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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

カテゴリー「シャングリラ学園・外伝」の記事一覧

  ※こちらは2009年8月1日に「ハーレイの日」企画で書きました。
   後書きは当時のものですが、笑ってお許し頂ければ…。




シャングリラ学園教頭、ハーレイの朝は早い。授業のある平日はもちろんのこと、夏休み中といえどもそれは同じだ。目覚めて一番最初にすることは―――。
「おはよう、ブルー」
枕の下から取り出した写真にキスを贈る。ラミネート加工を施したそれはシャングリラ学園生徒会長、ブルーの写真。ブルーはハーレイが担任している唯一の生徒で、どのクラスにも属さない。学園の創立時から三百年以上も在籍しており、シャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれるほどの女好き。だがハーレイはブルーに心底惚れていた。
「ブルー、今日は天気がいいぞ。…お前に会えそうな予感がするな」
そう言いながらパジャマを脱いで着替えを済ませ、顔を洗って髭を剃り…丁寧に髪を撫でつける。
「よし。飯を食ってゆっくり出れば丁度いい時間になりそうだ」
夜の間に洗っておいた洗濯物をきちんと干すと、冷蔵庫から卵を出して朝食の支度。一人暮らしが長いハーレイだが、家事は決して手抜きをしない。いつかブルーと結婚したい、と大それた夢を見ているからだ。ブルーの側には家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が影のようにピタリとくっついている。結婚しても一緒についてくるだろう。その時に自分が無能だったら、ブルーが愛想を尽かすではないか。
「ふむ。今日も綺麗に焼けたな」
会心の出来の出し巻き卵を皿に盛りつけ、昆布と鰹で出汁を取った味噌汁の味を確かめる。焼きたてのアジの干物も食卓に並べ、炊き上がった御飯を茶碗に移して…。
「いただきます」
誰もいなくても合掌するのは、やはりブルーとの結婚生活に備えてのことだ。日頃から習慣づけておかないことには新婚早々幻滅されてしまうに違いない。ブルーは気紛れで悪戯好きだが、修行を積んだ高僧でもある。礼儀作法にはうるさそうだ、とハーレイは勝手に決め付けていた。教頭室を訪ねてくる時、ブルーは必ずノックしてから「失礼します」と入ってくる。その後で何をやらかすとしても、挨拶だけは欠かさないのだ。
「…今日は大したニュースもないな…」
テーブルの端に置いていた新聞に目をやり、手に取った。特に惹かれる記事もなかったが、新聞片手に黙々と出し巻きを頬張り、味噌汁の椀を持とうとして。
「いかん、いかん。…やってしまった。新聞を読みながら食べるというのは妻に嫌われる原因だったな」
妻もいないくせにハーレイは慌てて新聞を置き、「すまん」と深く頭を下げる。相手は心の中のブルーだ。ブルーの写真は此処には無いが、あれば写真の前まで行って詫びの言葉を言っただろう。…それほどブルーに惚れているのに、ブルーの態度は常に冷たい。
「…一度くらい振り向いてほしいものだが…。いや、今日こそチャンスがあるかもしれん」
朝食の片付けを済ませたハーレイは鏡を覗いて服装をチェックし、買い物に行く時に使う布製の大きなバッグを取って来る。靴を履き、一人住まいには大きすぎる家を出て向かった先は……朝市だった。

アルテメシア公園には土日になると朝市が立つ。近隣の農家から運ばれてきた新鮮な野菜や漬物が売りだ。シャングリラ学園と密接な関係を持つマザー農場の出店もある。そして何よりも…アルテメシア公園に近いマンションの最上階にはブルーが住んでいるのだった。朝市に行けばかなりの確率でブルーと顔を合わせられるし、そこではブルーも悪戯を一切仕掛けてこない。
「キャプテン! 今日はトマトがお買い得ですよ」
威勢良く声をかけてきたのはマザー農場の若者だ。朝市に来る人々はシャングリラ号など知りはしないので、キャプテンと呼ばれても問題はない。草野球チームのキャプテンかもしれないし、ハーレイの体格からすればフットボールということもある。
「…トマトか。確かに美味そうだな」
「そうでしょう? 玉葱と一緒にマリネにしても美味しいですし、冷やしたポタージュも夏向きです」
どうぞ、とポタージュのレシピを渡されたのを読んでいると。
「かみお~ん♪」
元気のいい声が耳に入った。ブルーと暮らしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」独特の挨拶だ。慌てて視線を下に向けると小さな身体の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い物籠を抱えて見上げている。
「おはよう、ハーレイ。…トマトを買うの?」
「ああ、おはよう。トマトは…どうしようかと考え中だ」
独り者には多すぎるからな、とトマトが入った大きなビニール袋に溜息をつく。お買い得なのは確かなのだが、こんなに買っても仕方がない。煮詰めてソースに…と考えてみても、料理に凝りたいわけではないし…。
「そっか、ハーレイ、一人だもんね」
無邪気な言葉がグサッと心に突き刺さった。独身生活を続けているのは誰のせいだと思っているのだ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は? ブルーが嫁に来てくれさえすれば一人暮らしにはオサラバなのに。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は三百年以上も生きているのに幼い子供のままだった。独身男の哀愁なんぞを理解するとは思えない。
「…ハーレイ? どうしちゃったの?」
首を傾げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の罪のない瞳に汚れた心を見透かされたようで、ハーレイは慌てて取り繕った。
「あ、いや…なんでもないんだ。ぶるぅはトマトを買いに来たのか?」
「ん~とね、他にも色々欲しいんだけど…持てるかなぁ?」
トウモロコシにカボチャ、それからキュウリ…と指折り数える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。どう考えても子供の身体で持てる量ではなさそうだった。
「一人なのか? …ブルーはどうした」
「えっとね、ブルー、よく寝てたから…起こしちゃったら可哀想でしょ?」
朝御飯を作って置いてきたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸を張る。実に立派な心がけだが、ハーレイとしては、正直あんまり嬉しくない。ブルーに会えるかもしれない…というのが朝市のお楽しみなのだから。…いや待て、ものは考えようだ。
「そうか、一人か…。それだけ持つのは大変そうだな」
「うん、いっぺんに買うのは無理みたい。…えっと…向こうのベンチに置こうかな?」
あそこなら木の陰で見えにくいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は指差した。多分買った物をベンチに纏めておいて、瞬間移動で一気に運ぶつもりだろう。ブルーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はタイプ・ブルーと呼ばれ、最強のサイオン……俗に言う超能力を持っていた。そのサイオンの力を使えば瞬間移動など朝飯前だ。…しかし。
「ぶるぅ、ジョギングしている人も多いぞ? 見つかって驚かれたら大変だからサイオンは使わない方がいい」
「え? 大丈夫だよ、いつもやってるもん」
「いつもはそうかもしれないが…。何のために私がいるんだ? 貸しなさい、家まで運んでやろう」
荷物持ちという大義名分があればブルーの家まで行くことができる。…玄関先で追い返されても、ブルーの顔を一目見られればラッキー・デーだ。夏休みに入ってからというもの、ブルーに会える機会といったら朝市くらいしかないのだから。ハーレイの下心に気付いていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうにピョコンと頭を下げた。
「ありがとう! でもハーレイのお買い物は? トマト買うんじゃなかったの?」
「いいんだ、朝市には散歩も兼ねて来ているからな。で、トマトの他には何を買うんだ?」
上機嫌になったハーレイは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の買い物に付き合い、山と積み上がった野菜をマザー農場の若者に貰った空き箱に詰めて、いそいそとブルーの家へ向かった。

「かみお~ん♪ ブルー、起きてる?」
ガチャリと玄関の扉を開けて大声を出す「そるじゃぁ・ぶるぅ」。奥からブルーの返事が聞こえた。それだけでハーレイの心が浮き立つ。軽やかな足音が近付いてきて…。
「おかえり、ぶるぅ」
現れたブルーは襟元が開いた薄い水色のパジャマを着ていた。これは最高にツイている、とハーレイはゴクリと唾を飲む。ブルーのパジャマ姿など滅多に拝めるものではない。しかも鎖骨が覗いているのがいいではないか。結婚すれば毎日のように…いやいや、パジャマどころかもっと素敵なあれやこれやを…。
「……エプロンとか?」
ブルーの言葉にハーレイは素直に頷いた。
「……エプロンの前に裸がつく?」
更に勢いよく頷くハーレイ。頭の中は既に妄想モードだ。その質問をしたのが誰だったのかも全く気付いていなかった。
「………そうなんだ………」
空気が凍結しそうな声が聞こえて、赤い瞳が目に入る。ハーレイを睨むブルーの瞳は軽蔑の色に溢れていた。そこでハッタと我に返ったが、もう遅い。
「ハーレイのスケベ!! 裸エプロンが何さ、パジャマだけでもお釣りがくるよ!!」
「す、すまん…! そ、そんなつもりじゃ…」
慌てふためくハーレイをブルーは冷たい視線で眺めて。
「いいけどね。ぶるぅの買い物を手伝ってやってくれたんだろう? ご苦労さま」
ありがとう、と野菜が詰まった大きな箱を受け取るためにブルーが腕を伸ばしてきたが、未来の花嫁に重量物を持たせたりしたら男がすたる。
「やめておけ、かなり重いんだから。…何処に置くんだ、キッチンか?」
「…スケベなことを考える男を家に上げるような馬鹿はいないよ」
青い光が走ったかと思うと野菜の箱は消えていた。瞬間移動でアッサリと運び去られたらしい。空っぽになった両手を下げるのも忘れ、そのままポカンと突っ立っていると…。
「その手で何をするつもり? 痴漢行為はお断りだな」
「い、いや……。そ、そういうわけでは…!」
ハーレイは両手をビシッと両脇につけて直立不動の姿勢を取った。せっかくブルーに会えたというのに痴漢にされてはたまらない。しかしブルーはキョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見下ろして。
「…ぶるぅ、お客様のお帰りだ。お見送りして」
「うん! ハーレイ、今日はありがとう! 助かっちゃった」
またね、と手を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」をブルーが玄関の奥に引っ張り込んで、扉がバタンと無情に閉まる。何も入っていない自分用の買い物袋を提げたハーレイは未練がましく閉まった扉を見詰めていたが、不穏な気配を感じた気がしてエレベーターに近い非常口へと身を潜めた。途端にバン! と扉が開いて。
「ぶるぅ、塩!」
「えっ?」
「いいから塩を持っておいで。壺ごとだ」
パジャマ姿のブルーが上薬のかかった茶色の壺を抱えて扉から顔を覗かせた。
「…まだハーレイの匂いがする。朝っぱらから痴漢だなんて最悪だよ! まったく、なんでハーレイなんか…」
言うなり塩を派手にブチ撒き、これでもか…とサンダル履きの足で踏み躙って。
「ぼくとしたことが、油断した。ぶるぅ、今度からハーレイがついてきた時は言うんだよ」
「はーい!」
「荷物持ちには役に立つから、こき使うのはかまわない。いいね」
上手に使いまくるんだよ、と教えながらブルーは扉を閉めた。どうやらハーレイは下僕になり下がってしまったらしい。おまけに塩まで撒かれるとは…。しかし。
(怒った顔も綺麗だな。…パジャマ姿もしっかり見たし、今日はなかなかツイている)
朝食を食べながら見た新聞の今日の運勢を思い返して、ハーレイは非常に御機嫌だった。下僕だの塩だのでへこんでいてはブルーの相手は務まらない。こんな日は宝くじを買うのもいいな、と鼻歌交じりにエレベーターに乗り、ブルーの家を後にする。朝市では何も買えなかったが、ブルーに会えれば満足だ。帰ったらのんびりシャワーを浴びて、ブルーのパジャマ姿をオカズにして…、と良からぬ妄想を繰り広げながらハーレイは楽しく家路についた。

朝市ならぬ近所のスーパー横の宝くじ売り場で買ってみたスクラッチくじは当たりだった。ブルーと二人で豪華ディナーに行けそうだ、とハーレイの夢が大きく膨らむ。誘った所で断られるか、当選金を巻き上げられるのがオチという現実は見えてはいない。なんといってもラッキー・デーだ。
「ただいま、ブルー」
帰宅するなり寝室に行ってブルーの写真にキスをする。さっきブルーに塩を撒かれたことは何の障害にもならなかった。写真の中のブルーは魂まで蕩けそうな笑顔でハーレイの方を見ているのだから。それからバスルームでたっぷり楽しみ、サッパリとした服に着替えてラッキー・デーを確認しようと壁に下がったカレンダーを見ると…。
「しまった、今日から八月だったか。めくるのをすっかり忘れていたな」
カレンダーは七月のままだった。そこにはこんな今月の言葉が書かれている。
『貪る人は貧しく 施す人は豊かに生きる』
ふむ、とハーレイは納得した。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の荷物を持ってやったらブルーに会えた。これが施しと豊かさというヤツだろう。そして幸運にも出会えたブルーの姿に舞い上がってしまい、あれこれ妄想しまくっていたら叩き出されて塩を撒かれた。まさに貪る人は貧しく……だ。では八月の言葉は何だ? 勢い込んでめくってみれば…。
『浄土は心のふるさと』
どうしろと、とハーレイは深く溜息をついた。このカレンダーはブルーが属する宗派の総本山が発行している。きっとブルーも同じカレンダーを使っているに違いない、という思い込みから買うようになって何年くらい経っただろうか? 普段は普通の教訓などだが、たまに抹香臭い言葉が出るのが玉に瑕だ。
「八月一日、土曜日…か。四緑仏滅、つちのえとら…だな」
更に『八朔』と書いてあった。朔は朔日、一日を指す。今日は八月の一日なのだし、八朔なのは当然だろう。何か意味がある日のようにも思えたのだが、急には思い出せなかった。
「ラッキー・デーが一日というのは縁起がいい。仏滅は見なかったことにしておこう」
ブルーさえいれば人生バラ色のハーレイにとって、こんないい日は気分もいい。昼食は何にするかな…、と冷蔵庫の中身を確かめていると不意に玄関のチャイムが鳴った。宅配便か何かだろうか? インターフォンで確認もせずにハーレイは扉を開けたのだが…。
「!!?」
庭を挟んだ門扉の向こうに立っている筈の訪問客は、すぐ目の前に立っていた。どうやって、と聞くまでもない。この来訪者には門扉どころか扉も意味をなさないのだから。
「こんにちは、ハーレイ」
さっきはどうも、と風呂敷包みを両手で抱えたブルーが言った。パジャマではなく眩しいくらいに白いシャツを着て制服のズボンを履いている。
「一人でハーレイの家に行っちゃいけない…って言われてるから玄関先で失礼するよ。これ、いつもお世話になってる御礼」
「…御礼?」
「うん。ビックリして叩き出しちゃったけど、後でカレンダーを見たら八朔だった。…お中元とは別の意味でね、日頃お世話になっている人に贈り物をして挨拶する日。だから悪いことをしたと思って…。ハーレイはぼくの担任なのに」
言われてみれば…、と八朔の意味を思い出す。ブルーから贈り物を貰えるなんて、叩き出されてみるものだ。あの時、お礼を言われていたらそこで終わっていたのだから。
「ぶるぅの荷物を持ってくれたのに、お茶も出さずに本当にごめん。…受け取ってもらえるかな?」
風呂敷の中から出てきた箱をハーレイは大感激で受け取った。ブルーは回れ右をして帰っていったが、細かいことはどうでもいい。あのブルーから…贈り物。やっぱり今日はラッキー・デーだ。

「八朔か…。確かにそんな習慣が残っている所もあると聞いたな。ブルーは寺とも付き合いが深いし、坊主の世界では常識になっているのだろう」
うんうん、とハーレイは一人頷く。坊主の世界ではなく花街に色濃く残る習慣なのだが、そういう所に縁のないハーレイに気付けと言う方が無理な話だ。ブルーが置いていった箱は渋い包装紙に包まれていて、中身は何か分からない。はやる心を抑えて開けると薄い包みが入っている。その下にも何か詰まっているようだ。まずは、と取り出した包みの中から出てきたものは団扇だった。
「……これは……」
どうしたものか、とハーレイは団扇を裏返してみる。
「むむぅ…」
他に言葉が出てこなかった。紺色の団扇の表側には金色の文字で般若心経。裏側には銀色で妙な模様が描かれている。逆さになった釜の絵の下に般若のお面、その下は…人間の腹か? 額の皺を深くしながら謎の暗号を追っていく内に突然ハタと合点がいった。絵般若心経というヤツらしい。般若心経が覚えられないと悩む人々のために絵に描いて教える経文と聞くが、こっちの方が難解なような…。
「こんな団扇を貰っても……」
困るのだが、と団扇の下に詰められていた品を見ようと薄紙をめくり、ハーレイはウッと仰け反った。入っていたのは浴衣用の生地の反物。白地に紺のありがちな配色はともかくとして、どうして模様が絵般若心経になっているのだ…! 総本山発行のカレンダーを使ってはいても、ハーレイは熱心な仏教徒というわけではない。なのに何故…。きちんと巻かれた反物を持ち上げてみると、白い封筒が一緒に出てきた。ブルーが書いた手紙らしい。
「…ブルーから…?」
これは嬉しいサプライズだった。ブルーは綺麗な字を書くのだが、悲しいことに年賀状しか寄越さない。私的な手紙はごくたまにしか貰えはしないし、それも大抵は悪戯絡みで…。しかし今回は悪戯ではなく、きっと真面目な手紙だろう。面妖な品といえども贈り物を持って来たのだから。心臓がドキドキと脈打ち始める。手紙を開いて読み進めると鼓動は更に速くなった。
「そうか、お揃いの生地なのか…。団扇もブルーとお揃いなのだな。これは早速仕立てなければ…」
手紙には『シャングリラ学園の納涼お化け大会はお揃いの浴衣と団扇にしたいね』と素晴らしい提案が書かれていた。ブルーの浴衣と同じ生地だと知らされた今は絵般若心経も気にならない。浴衣に合う帯も買わなくては。おまけに手紙の結びの言葉は…。
『デジタルの時計を見ていて素敵なことに気が付いたんだ。8月1日ってハーレイの日になっているんだね。ほら、0801って書くだろう? 最初のゼロは放っておいて、801。ハチ、レイ、イチでハーレイと読める。だからハーレイの日って呼んでもいいかな?』
もちろんだ、とハーレイは相好を崩して呟く。
「ハーレイの日か…。ブルーも可愛いことを言う。…私のためにあるような日だな。どおりでツイていたわけだ」
カレンダーを眺め、太字のペンを手に取った。やはり記念日は書かねばなるまい。今日の日付の横の空欄にデカデカと大きな文字で書き込む。『ハーレイの日』と。教師らしく赤い花丸で囲み、ハーレイは大いに満足した。8月1日はハーレイの日。今夜は赤飯もいいかもしれない。そしてビールで祝杯といこう。

ブルーとの結婚を夢見るハーレイの独身生活、三百年余。最高にツイていたハーレイの日の8月1日は夢見の方も最高だった。ブルーとお揃いの浴衣を纏って花火大会を見に行く夢。金魚すくいに綿飴に…と、はしゃぐブルーはとても可愛く、それから二人で家に帰ってシャワーを浴びて…。
幸せな夢の余韻に浸りまくって夏休みを過ごしていたハーレイが奈落の底に転落するのは『納涼お化け大会』の日の夜のこと。仕立て上がった絵般若心経浴衣でキメて、帯に般若心経団扇を挟んで会場に行ったハーレイはブラウやゼルに爆笑されてしまったのだ。ブラウは会場の隅の方にいたブルーの姿を指差した。
「ハーレイ、あんた、騙されたのさ。ブルーの浴衣は秋草だよ。ほら、紺の地色に桔梗と萩と…。女物じゃないかと思うんだけど、似合ってるだろ?」
団扇も秋草模様だった。隣には金魚の子供浴衣の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がくっついている。
「……ははは……。そうか、騙されたのか…」
身体からガクリと力が抜けた。さらば、最高のラッキー・デー。さらば、良き思い出のハーレイの日…。
「ハーレイの日じゃと!?」
なんじゃそれは、とゼルが目をむき、ブラウがハーレイを問い詰める。そして教職員たちに散々笑われた末にハーレイの日は伝説となった。8月1日が巡ってくる度、ハーレイの家の郵便ポストには仲間たちからのカードが届く。
『ハーレイの日、おめでとう』
祝いの言葉が書かれたカードの山をハーレイは泣き笑いしながら眺めるしかない。一番凝ったカードを寄越すのがブルーだというのが救いだろうか。今年は飛び出すメロディーカードだ。
「…ブルー、お前のせいでハーレイの日が定着したぞ。いつかお前を嫁に貰ったら思い知らせてやるからな。私のためにあるような日だ、妻として存分に祝ってもらわないと…」
もちろんエプロンは外せないな、とハーレイは分不相応な夢を見る。そのエプロンが災いの元だったことを彼は完全に忘れていた。……8月1日はハーレイの日。きっと今年こそラッキー・デーだ。




 ※このお話はシャングリラ学園シリーズですが、本編でも番外編でもなく、
  外伝というヤツでございます。
  今後の学園生活に「ハーレイの日」は出てきません。
  でも、もしかしたらブルーや先生たちは毎年やっているのかも…?
  シャングリラ学園は不思議一杯の学校ですから!

  そして暦をお持ちの方は、ちょこっと調べてみて下さい。
  8月1日が土曜日で「四緑仏滅、つちのえとら」なのは今年です(笑)



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