シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
石の水切り
「水切りという遊びがあってだな…」
知ってるか、と始まったハーレイの雑談。ブルーのクラスで、古典の時間に。
生徒の集中力が切れて来た時、織り込まれるのが雑談の時間。居眠りしそうな生徒も起きるし、他の生徒も興味津々で耳を傾ける。
今日の話題は「水切り」なるもの。ハーレイ曰く、調理用語の「水切り」とは全く違うらしい。
「俺が言うのは、石の水切りというヤツだ」
水の上を石がピョンピョン跳ねて行くんだな、投げてやっただけで。
普通はドボンと沈みそうだが、そうはならない。先へ先へと弾んで飛んでゆくわけで…。
だが、サイオンは一切使わないんだ、この遊びには。
それでも石は水の上を跳ねて飛んでゆく、と言うものだから。
「本当ですか?」
何人もの生徒が上げた声。サイオン無しで、石が跳ねてゆくわけがない。水の上などを。
石は水より重いものだし、水に投げたら沈むもの。それが常識、跳ね返ることは無いのだから。
「俺が嘘をつくと思うのか? お前たちを全員騙してやろう、と狙った時なら別だがな」
しかし、その手の嘘の時には、後で本当のことを言ってる筈だぞ。「騙されたな」と。
今日の話は嘘じゃない。石の水切りに、サイオンは一切要らないんだ。
なんと言っても、ずっと昔からあった遊びだからなあ…。この地球の上に。
人間が地球しか知らなかった時代で、ミュウなんかは何処にもいない頃から。…世界中でな。
広い水面と石さえあれば出来た、という遊び。石の水切り。
投げられた石が跳ねた回数を競って遊んだらしい。沈むまでに何度、弾んだのか。
「世界記録ともなれば、信じられないような数だったんだぞ」
八十回くらいは跳ねたそうだ、と聞かされて皆が仰天した。水面に向かって投げられた石ころ、それが跳ねるだけでも驚きなのに、八十回など、凄すぎるから。
「八十回ですか?」
誰もがポカンと口を開ける中、ハーレイは「嘘じゃないぞ?」と楽しそうな顔。
「今の時代だと、サイオンなんてヤツがあるから…。ちと厄介になっちまったが」
昔みたいに世界記録は無理だろうなあ、実際、記録は破られてないし。
そもそも、記録を取ろうってヤツが何処にもいないんだがな。
SD体制の時代が挟まったせいじゃないぞ、とハーレイはクラスを見回した。
機械が統治していた時代は、様々な文化が消された時代。世界記録を作って遊ぶ余裕も無かった時代だけれども、「石の水切り」の新しい記録が生まれない理由は、それではない、と。
「石の水切りは今でもある。遊んでるヤツも多いわけだが、時代は変わった」
人間は誰でもミュウになったのが今の時代だ。みんながサイオンを持ってる時代。
サイオンを使えば、石を水の上で跳ねさせるくらいは簡単だから…。千回だって可能だろう。
そんな時代に、サイオンを使ったか、使わないかを正確に測定してまでは…。
誰も記録を作らないよな、元々が遊びなんだから。…スポーツじゃなくて。
そしてサイオンなんかがあるから、純粋に遊ぼうという人間の方も…。
大昔ほどには数がいないというわけだ。サイオンでズルをしたくなっちまうし、本人にその気が無くてもだな…。
もう少しだけ、と願えば石は跳ねちまうだろ?
サイオンの力を受けちまって、というハーレイの説明は正しい。サイオンを使わないのが社会のマナーになってはいても、誰しも使いたくなるもの。何かのはずみに、少しくらいは。
まして遊びに夢中になったら、無意識に使いもするだろう。水の上を跳ねて飛んでゆく石、その回数を競うのだったら「あと一回」と願ってしまう。石に向かって。
そうすれば石は一回余計に弾んで、「もっと」と思えば幾らでも。
サイオンを使った人間の方では、まるで自覚を持たなくても。「もっと飛べばいいのに」と願う気持ちだけで、石を眺めているつもりでも。
サイオンがあるから、きちんと記録を作るとなったら「ただの遊び」では済まない時代。
腕に覚えのある人を集めて、サイオンの測定をしながら競うことになる。其処までやって新しい記録を作らなくても、と誰もが考え、今は更新されない記録。水の上で石が跳ねた回数。
「スポーツだったら、世界記録にこだわるヤツらも多いんだが…」
ただの遊びじゃ、どうにもならん。
ついでに、石の水切り自体も、遊んでる内にサイオンが絡んでしまうから…。
「使わないぞ」と自分を戒めながら遊ぶとなったら、それは遊びと呼べるんだか…。
そんなわけでだ、このクラスだと、純粋に遊べそうなのは…。
サイオンってヤツを気にもしないで、石を投げて気軽に楽しめるのはだな…。
ハーレイが其処で言葉を切ったら、クラス中の生徒の視線が集中した。ブルーの上に。
(まだ名前、呼ばれていないのに…!)
酷い、と思ったら挙げられた名前。「あそこのブルーだ」と。
ドッと笑ったクラスメイトたち。確かにサイオンを気にもしないで、気軽に遊べそうだから。
サイオンがとことん不器用なのは、周知の事実。クラスの誰もが知っていること。
(これでもタイプ・ブルーなのに…!)
ちゃんと出席簿にも書かれている。生徒のサイオンタイプが何かは、何処の学校でも。
最強のサイオンを誇るタイプ・ブルーは、前の自分が生きた頃ほど珍しくはない。あの時代には前の自分と、ジョミーと、ナスカの子供たちしかいなかったけれど。
気が遠くなるほどの時が流れて、タイプ・ブルーもずいぶん増えた。そうは言っても、その数はけして多くない。現に、このクラスでも自分一人だけ。
本当だったら、「タイプ・ブルーなんだって?」と羨ましがられて、尊敬されて、注目の的。
空を飛べるのか、瞬間移動は出来るのかなどと、皆が「力」を知りたがる筈。
(こんな所で、笑われてなくて…)
もっと凄くて、何でも出来て、と悔しいけれども、これが現実。
ハーレイが名前を挙げる前から、皆がこっちを見ていたくらい。「ブルーなんだ」と、不器用なサイオンの持ち主の方を。
もしも自分が、石の水切りとやらをしようとしても…。
(サイオンなんかは使えないから、自分の力で投げるしか…)
方法が無くて、石はドボンと沈むのだろう。ただの一回すら弾みもせずに。
水の上で石が跳ねる遊びは、誰からも聞いたことが無い。跳ねると思ったことさえも無い。
もちろんコツなんか習っていないし、やり方だって分からない。
「ブルーだったら、もう間違いなく、昔の人間と同じ気分で遊べるだろうな」
サイオンでズルをしようとしたって、あいつの力じゃ無理だから。
だが、他のヤツらには難しい。「あと一回」と思えば石は跳ねちまうだろ?
その辺を心してやってみるんだな、石の水切りに挑むのなら。さて…。
授業に戻る、と背中を向けたハーレイ。
みんなの笑いの渦を残して。…笑いの渦の中心に、「不器用なタイプ・ブルー」を置いて。
とんでもなかった古典の授業。正確に言うなら、雑談の時間。
(今日のハーレイ…)
酷かったよね、と家に帰ってプリプリと怒る。おやつを美味しく食べ終えた後で、自分の部屋に戻って来て。勉強机の前に座って、今日の出来事を思い返して。
(あんまりだってば…)
サイオンを全く気にもしないで、石の水切りで遊べる生徒。その例に名前を出すなんて。
いくら不器用でも、それが本当のことであっても。…クラスのみんながよく知っていても。
(…ぼくだって、タイプ・ブルーなんだよ…?)
前の自分と何処も変わらない。サイオンタイプも、秘めている筈の能力も。
けれど、表に出て来ない力。出そうとしたって出ても来なくて、石の水切りなど出来はしない。水面に向かって石を投げたら、沈んでしまって跳ねてくれない。本当に、ほんの一回さえも。
(うー…)
前の自分だったら、そんなことにはならないのに。
サイオンを上手く使いさえすれば、世界記録を軽く破れる。八十回くらいは簡単なのだし、千回だろうと容易いこと。なにしろ「ソルジャー・ブルー」だったから。
(シャングリラにあったプールの水面だって…)
沈みもしないで、水の上を歩いてゆけたほど。
白い鯨に改造した後、船の中に作られたプール。前のハーレイが其処で泳いでいた時、その横に並んで「歩いて」いた。「ぼくは君みたいに泳げないしね」と、プールの水面を足で踏みながら。
(だけど、今だと…)
歩くどころか、たちまちドボンと沈むだけ。
プールに足を踏み出したら。「水の上を歩こう」と考えたなら。
不器用すぎる今の自分は、プールの水面などを歩けはしない。「タイプ・ブルー」は名前だけ。それに見合った能力となれば無いも同然、思念波さえもろくに紡げないレベル。
(うんと小さい、幼稚園の子でも…)
今の自分よりはマシにサイオンを使う。それは器用に。
情けないくらいに「駄目」なのが自分、どうにもこうにもならないサイオン。
タイプ・ブルーでなかったならば、クラスメイトも、あそこまで笑いはしないのに。
笑い転げていたクラスメイトたち。「ブルーだったら、確かにそうなる」と可笑しそうに。
とことん不器用になったサイオン、それは石にも作用はしない。「跳ねて欲しい」と心の底から願っていたって、まるで反映されたりはしない。
(ぼくの力じゃ、どんな小さな石ころだって…)
跳ねさせられやしないんだから、と分かっている。水面に石を弾かせるなどは、絶対に無理。
サイオンを使わない方にしたって、やはり跳ねてはくれない石。どうすれば石が水の上で跳ねて飛んでゆくのか、仕組みを全く知らないから。
(どう転がっても、出来やしないよ…)
水切りなんて、と膨れていたら聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来たから、もう早速に文句を言った。テーブルを挟んで、向かい合わせで座るなり。
「酷いじゃない、今日の古典の授業!」
なんでぼくなの、ぼくの名前をあそこで出すの?
これでも、ぼくはタイプ・ブルーで、ぼくのクラスには一人だけしかいないのに…!
「タイプ・ブルーなあ…。確かに名簿にもそう書いてあるが、お前の場合は名前だけだし…」
俺は本当のことを言ったまでだぞ、サイオン抜きで石の水切りを楽しめそうなヤツの名前を。
みんなも笑ってくれてただろうが、それは楽しそうに。俺が授業に戻った後にも、まだ笑い声がしていたからな。あっちこっちで。
雑談ってヤツは生徒に楽しんで貰ってこそだ、とハーレイは謝りさえしない。石の水切りは好評だったし、クラスの生徒の心を見事に掴んだのだから。
でも…。
「ハーレイは、それでいいかもしれないけれど…。ぼくは笑われちゃったんだよ!?」
ぼくの名前が出てくる前から、みんなこっちを見ていたし…。
ハーレイがホントに名前を出すから、クラスのみんなが大笑いで…。
あんまりじゃない、と不満をぶつけた。不器用すぎるのが悪いとはいえ、タイプ・ブルーだとも思えないサイオン。それを笑われてしまったわけだし、酷すぎる、と。
なんとも意地悪すぎる恋人。
あそこで名前を出して来なくても、雑談は充分、クラスのみんなが楽しめた筈。
石が水の上で跳ねてゆくなど、それだけで「凄いこと」だから。俄かには信じられないほどに。
何も自分を「笑いの種」に使わなくても、とプンプン怒った。「水切りだけでいいのに」と。
「だってそうでしょ、みんなビックリしていたじゃない!」
サイオンなんかを使わなくても、石が水の上で跳ねるだなんて…。昔からあった遊びだなんて。
その話だけで止めてくれればいいのに、ぼくの名前を出すのは酷いよ…!
ホントに酷い、と膨れたけれども、ハーレイはこう問い掛けて来た。
「なら、訊くが…。そのせいで酷い目に遭ったのか、お前?」
恥ずかしくて顔が真っ赤になっちまったとか、情けなかったとか、そんな気持ちは別にして。
俺の授業が終わった後で、誰かに苛められでもしたか?
笑いの種にされちまったのが原因で…、と鳶色の瞳が覗き込む。「どうだったんだ?」と。
「…ううん……」
誰も苛めてなんか来ないよ、「やっぱり、お前だったよな」とかは言われたけれど…。誰だって直ぐにピンと来るしね、ぼくだってこと。
「本当にタイプ・ブルーなのかよ?」って、笑う友達もいたけれど…。でも…。
苛めた子なんか誰もいないよ、と素直に答えた。
今の時代は、他の誰かを苛めるような人間はいない。広い宇宙の何処を探しても、どんな辺境の星や基地などに出掛けてみても。
人間はみんなミュウになったし、ミュウは優しい生き物だから。他の人間の心が見える生き物、そうなればとても出来ない「苛める」こと。相手に与えた痛みの分だけ、自分の心に跳ね返るのが伝わるから。…心を読もうとしていなくても。
そうやって長い時が流れて、今は誰一人「苛めない」。
今日も同じで、「サイオンが不器用すぎる」ことを誰もが笑いはしたって、ただそれだけ。皆で笑ってしまえばおしまい、それを種にして苛めはしない。授業が終わった後になっても。
「ほらな。誰もお前を苛めてないなら、問題なんかは無いじゃないか」
お前が苛められたんだったら、俺も謝らなきゃいけないが…。苛められる種を作ったんだし。
しかし、そうなってはいない。みんなが賑やかに笑っただけで、それで全部だ。
ああいった話の種を上手に作ってやるのも、教師の腕の見せ所でだな…。
クラスの生徒の心を掴んで、ドッと笑って貰うというのが大切なんだぞ、あの手の話は。
ついでに、サイオンがうんと不器用なヤツが、お前でなければ…。
名前を挙げてはいないかもな、とハーレイは笑んだ。「お前だからだぞ」と。
「俺が名前を出しちまったのは、お前がクラスにいたからかもなあ…」
丁度いいのが一人いるぞ、と目に付いたのがお前だったから。
「え?」
ぼくじゃなかったら、黙っていたわけ?
名簿とかで誰か分かっていたって、その不器用な子が、ぼくじゃなかったら…?
どうしてなの、と目をパチクリと瞬かせた。あの雑談を他のクラスでしたなら、ハーレイは名を挙げないかもしれないという。同じように不器用な生徒が一人いたって、伏せたまんまで。
「何故ってか? ごく単純な理由だってな、深く考えてみなくても」
なんと言っても、お前は俺の恋人だ。いくらチビでも、学校じゃ俺の教え子でも。
恋人なんだし、みんなに散々笑われちまって赤っ恥でも、ちゃんと許してくれそうじゃないか。
今みたいに怒って膨れていたって、俺がきちんと「お前でないと」と言ったなら。
俺の雑談の手伝いが出来たと、お前、思ってくれないのか?
お前がいなけりゃ、あそこまで皆を笑わせることは出来ないからなあ…。お前の名前を出さない内から、みんなお前を見ていたろうが。「さては、あいつか」と。
其処で「誰かは想像に任せておく」と終わらせるのと、お前の名前を出しちまうのと…。
どっちが笑いの種になるかは、考えなくても分かるだろう?
お前のクラスだったお蔭で、最高に笑って貰えたんだぞ。お前が手伝ってくれたからだな、俺は名前を出しただけだが。
お前は立派に俺の手伝いをしてくれたんだ、とハーレイは真っ直ぐ見詰めて来た。鳶色の瞳で。
「そう思わんか?」と、「お前だったから、遠慮なく名前を言えたんだが」と。
「えーっと…。不器用なのが、ぼくだったから…?」
ぼくはハーレイのお手伝いをしたわけ、「こんなに不器用なのが一人います」って…?
石の水切り、サイオン抜きでしか遊べないほど、うんと不器用なタイプ・ブルーの生徒が…?
ぼくの名前だけで、ハーレイの雑談のお手伝いって…。
そうだったんだ、と気付かされたら悪い気はしない。クラス中の生徒が笑ったけれども、それでハーレイの手伝いが出来たというのなら。
恋人が授業でやった雑談、それが見事に成功したのが、自分の名前が使われた結果だったなら。
(…みんなに笑われちゃったけれども、あれがハーレイのお手伝い…)
不器用な生徒が自分でなければ、ハーレイは名前を出さずに終わっていたかもしれない。
笑われた子が怒っていたって、「すまん」と謝るしかないから。
「俺を手伝ってくれただろう?」と言うにしたって、御礼が必要。「これで許してくれ」と後でお菓子を渡してやるとか、「次の宿題、お前は出さなくてもいいぞ?」と許可を出すとか。
けれど、そうではなかった自分。名前を出されて笑われたって、「お手伝い」。大好きな恋人の手伝いが出来て、それは「自分にしか出来ないこと」で…。
それを思うと、ついつい緩んでしまう頬。許せてしまう、ハーレイのこと。
さっきまで「酷い!」と怒っていたのに、頬を膨らませもしていたのに。
「どうした、急に黙っちまって? 膨れっ面もやめてしまって、もうニコニコとしているし…」
お前、嬉しくなってきたのか、俺の手伝いだと聞いた途端に?
恋人だからこそ出来る手伝いで、他の生徒じゃ出来やしないと聞いちまったら…?
分かりやすいヤツだな、お前ってヤツは。…お前らしいと言っちまったら、それまでなんだが。
一人前の恋人気取りでいると言っても、まだ子供だし…。見た目通りのチビだしな?
心がそのまま顔に出るよな、とハーレイは可笑しそうな顔。「機嫌、直ったじゃないか」と。
「そうだけど…。だって、ホントに嬉しかったから…」
顔に出ちゃうのも仕方ないでしょ、どうせ、ぼくは子供でチビだってば!
前のぼくとは全然違うよ、まだ十四年しか生きていなくて、生きた中身も平和すぎるから…。
嬉しかったら顔に出ちゃうし、悲しい時でも、怒った時でも、それはおんなじ。
前のぼくみたいに、何があっても表情を変えずにいるなんて、無理。
三百年ほど生きた後なら、今のぼくでも、頑張ったら出来るかもしれないけれど…。
でも今は無理で、何でもかんでも顔に出ちゃうよ、本当に子供なんだから…!
どう頑張っても無理だからね、と繰り返してから、子供ついでに訊いてみた。
「石の水切りは、どうやるの?」と。
笑われてしまった原因は、それ。
水面に石を投げてやったら、弾んで飛んでゆくという雑談。
サイオンを使えば簡単そうでも、サイオンなどは無かった頃から、地球にあった遊び。
教室で聞いた話は其処まで、どうすれば石がサイオン抜きでも跳ねるかは聞いていないから。
子供は好奇心旺盛なもの。同じ子供なら、石の水切りの秘密を知りたい。
学校では何も聞いていないし、教えて貰ってもいいだろう。こうしてハーレイと二人なのだし、不思議な話の種明かしを。
「サイオンを少しも使わなくても、石が跳ねるって言ったよね? 水の上で…?」
ずっと昔の世界記録だと、八十回くらいは飛んでくものだったんでしょ?
どういう仕組みになっているわけ、石は水より重いのに…。投げ込んだら沈みそうなのに。
それにハーレイ、あんな話をするくらいだから…。水切り、上手に出来るんじゃないの?
サイオンは抜きで、石を投げたって。…サイオンは少しも使わなくても。
世界記録に届くくらいは無理だとしても…、と尋ねてみた。ハーレイはきっと、水切りが上手いだろうから。今のハーレイなら、出来る筈だという気がするから。
「そりゃまあ、なあ…? 雑談の種にしてたわけだし…」
まるで出来ないんじゃ話にならんぞ。お前みたいな質問をするヤツがいたら、困るだろうが。
「仕組みは知らん」なんて言おうものなら、話自体が「嘘くさい」ってことになっちまう。石が水の上で跳ねるだなんて、嘘に違いないと普通は思うだろうからな。
とはいえ、世界記録には遠すぎる。八十回なんて、俺には無理だ。
上手く飛んでも、せいぜい十回くらいってトコか。二十回の壁は厚すぎるってな、サイオンってヤツを使わないなら。
俺の限界は其処なんだが…、と話すハーレイは、水切りを父に習ったという。隣町に住む、釣り名人のハーレイの父。
釣りに出掛けたら、川でも池でも水面はある。石の水切りは水面があったら何処でも出来るし、小さい頃から仕込まれたハーレイ。「こうやるんだ」と、水切りのコツを。
「ハーレイの先生、お父さんなんだ…」
お父さんが得意だったの、趣味の釣りだけじゃないんだね。
釣りに行くなら、水面は何処でもあるけれど…。水面が無いと、釣りは無理なんだけど…。
「うむ。魚ってヤツは、水の中にしか住まないからな」
そういう魚が相手の趣味が釣りってヤツだし、水が相手の色々な技もついてくる。
釣り仲間の間じゃ、水切りの名人、特に珍しくもないってな。
親父もそうだし、俺に教えないわけがない。「よく見てろよ?」と石をブン投げてな。
初めて見た時は驚いたのだ、とハーレイが語る石の水切り。水面を跳ねて行った石。
「サイオンなのかと思ったんだが、親父は「違う」とハッキリ言った」
そんなズルなどしてはいないと、「サイオンを使えば、もっと遠くまで飛ぶもんだ」とも。
「お前も、コツを覚えれば出来るようになる」と、何度も石を投げるんだよなあ…。
こうやって、と池に向かって、勢いをつけて。「こういう石を選んで、こう」と。
「覗き込み過ぎて落ちるんじゃないぞ?」と注意もされていたハーレイ。初めて見た日は、食い入るように池を見詰めていたものだから。石が飛んでゆく方に向かって、「凄い!」と叫んで。
「勢いっていうのは分かったけれど…。石を選ぶの?」
小さい石だとよく跳ねるだとか、同じ大きさなら軽い石の方がいいだとか…?
石の重さは色々だものね、と河原の石を思い浮かべる。水が磨いた丸っこい石は、大きさが似た石でも重さが違っているもの。石の詳しい名前はともかく、軽い石やら、重い石やら。
「選ぶってトコは間違いないが…。重さはあまり関係ないな」
もちろんデカすぎる石じゃ駄目だし、重すぎる石もまるで話にならないが…。
これくらいだな、という大きさだったら、跳ねやすい石というのがあるんだ。色や重さとは違う基準だな、石の形が大切だから。
平たい石が一番なんだ、とハーレイは手で示してくれた。「こんな具合に」と形を作って。
水切りに丁度いい石が見付かったら、水面に向かって投げてやるだけ。
サイオンなんかは使いもしないで、手だけで石に回転をつけて。それから水に投げる時の角度、それも狙って投げ込むのがコツ。長く跳ねさせるには、スピードも大事。
「んーと…? 最初に石を選んで…」
幾つも落ちてる石の中から、ピッタリの石を選ぶんだね?
平たくて、よく飛びそうな石。それを見付けたら、後は投げるだけ…。
でも、回転をつけてやるとか、石を投げる時の角度とか…。それにスピードも要るんだよね?
やっぱりそれって難しそうだよ、手品みたい…。
普通に石を投げただけだと駄目なんだ、と頭の中に描いていたイメージと比べてみる。あの話を教室で聞いた時には、どんな石でも跳ねるものだと考えたから…。
(ウサギみたいにピョンピョン跳ねて…)
飛んでゆくのだと思い込んでいた。鋭い角度で跳ねてゆくとは思いもせずに。
石の水切りは、言葉通りに「切るように」石が飛んでゆく。ピョンピョンではなく、ピッピッと水の面を切るようにして。
サイオンを使わずに飛ぶだけあって、本当にまるで手品のよう。石さえ選べばいいと言っても、回転をつけたり、投げる角度を狙ったり。その上、速いスピードも要る。
「…ハーレイでも二十回の壁があるなら、ぼくの壁だと一回かも…」
一回も跳ねずにドボンと沈んで、それっきり。…そんな感じになっちゃいそう。
サイオンを使ってズルも出来ないし、使わずに投げても、絶対に上手くいきっこないし…。
駄目に決まってる、と肩を落とした。
ハーレイは雑談の時に「サイオンの心配をせずに遊べそう」だと言ったけれども、そんな自分に水切りは無理。子供の頃から練習を積んだハーレイでさえも、十回くらいしか跳ねないのなら。
「そう悲観したモンでもないぞ?」
要はコツだし、練習さえすれば、お前でも出来る。二回か三回でいいのならな。
下手なヤツでも、そのくらいは出来るようになるから、とハーレイに励まされた。才能が無いと嘆く人でも、一回くらいなら石を跳ねさせられる、と。
「ホント?」
ぼくなんかでも、ちゃんと水切り、出来るの…?
石の選び方は覚えられても、その先が大変そうなんだけど…。身体が弱いから、キャッチボールとかは滅多にしなくて、投げるだけでも難しくって…。
角度の方ならまだ分かるけれど、回転なんかは無理だってば。石を回転させるんでしょ?
野球をやってる友達なんかが、ボールに回転をつけて投げたりするけれど…。
いつも「凄い」って見ているだけで、ぼくには真似が出来ないんだもの。
ストンと落っこちていくボールとか…、と思い浮かべた変化球。「こうやるんだぜ」と投げ方をレクチャーして貰っても、一度も投げられたことが無い。ボールの持ち方までがせいぜい。
「変化球なあ…。俺も投げられるが、あれに比べりゃ簡単だぞ?」
一度覚えりゃ、どんな石でも上手く回転させられるから。
ボールみたいに大きくはないし、回転をつけるのも楽だってな。それに向いてる石を使えば。
お前に才能が無いにしたって、一回くらいは跳ねるようになるさ。
でなきゃ昔に流行りやしないぞ、水切りなんていう遊びが。
あくまで回数を競っていたんだから、というのがハーレイの励まし。より多く石を跳ねさせれば勝ちで、そんな遊びが普及するには、下手な人間もいないと駄目だ、と。
「俺だと十回くらいなわけだが、ずっと昔の世界記録は八十回を越えてたわけで…」
八十回も跳ねさせられるヤツが一人で遊んでいたって、誰も注目してくれないぞ?
十回ほどしか出来ないヤツだの、もっと少ないヤツらだの…。そんなヤツらが「凄い」と褒めてくれたからこそ、腕が上がって記録も残った、と。
どんなスポーツだってそうだろ、輝いているヤツはほんの一部だ。プロと呼ばれる連中は。
水切りだってそれと同じで、ずっと昔に流行ってた頃は、下手くそなヤツらが星の数ほどいたと思うぞ。一回跳ねれば上等だ、というような才能の無い連中が。
だから、お前も頑張ればいい。まずは一回、其処からだよな。
幸いなことに、お前の場合は、サイオンというズルが出来ないわけだから…。一回だけでも石が跳ねたら、それはお前の実力だ。もう間違いなく、本物の水切りが出来たってな。
その一回をモノにしたなら、後はお前の努力次第で上を目指せる。二回、三回と。
三回くらいが限界だろうとは思うんだがなあ、一回きりでは終わらんだろう。いくら下手でも、きちんと練習しさえしたなら。
お前の腕でも三回くらいは…、とハーレイが言うから、是非やってみたい。三回も続けて跳ねてくれなくても、一回くらいは跳ねさせてみたい。頑張って投げて、サイオンは抜きで。
「ぼくでも投げられるようになるなら、やってみたいな」
どうせサイオンは使えないんだから、ホントに実力。魔法か手品みたいな水切り、やりたいよ。
ハーレイ、ぼくに教えてくれない?
石の選び方とか、どうやって回転をつけて投げるか、そういうのを…。
お願い、とペコリと頭を下げた。せっかく話を聞いたからには、水切りを覚えてみたいから。
「教えてやりたいのは山々なんだが…」
しかし、そこそこ大きな水面が無いと、アレを教えるのは無理だ。
池とか川とか、そういった場所。
学校のプールなら、初心者用の大きさとしては充分なんだが、石が沈んで迷惑をかけるし…。
次にプールを使うシーズンがやって来た時に、石拾いもしなきゃいかんから。
お前一人なら、まだいいとしても、他の生徒も来ちまうからな。練習しようって連中が。
学校でやってりゃ、そうなるだろう、というハーレイの意見は間違っていない。
今の季節は使われていない、学校のプール。其処で休み時間にハーレイと水切りの練習をやっていたとしたなら、他の生徒もやって来る。
(ハーレイ、人気者だから…)
それだけで覗きに来る生徒が大勢。「水切り」などという珍しい遊びの練習となれば、入門する生徒が引きも切らないことだろう。「ハーレイ先生!」と、石まで沢山用意して来て。
(こういう石がいいんですよね、ってホントに山ほど…)
大勢の生徒が石を持参で、次から次へとプールに投げたら、来年のプールはきっと大変。水泳の授業が始まる前には、何処の学校でもプールの掃除をするけれど…。
(水を抜いて掃除をしようとしたら、石が一杯沈んでて…)
拾うだけで時間がかかりそうだし、場合によっては「水切り」の練習をしていた生徒を集めて、「石拾い」ということになるかもしれない。「自分で投げた石には、自分で責任を持て」と。
(プールの掃除は、業者さんだけど…)
石拾いなどは、普通の学校のプール掃除には必要ないこと。綺麗に洗って磨くだけだし、まるで関係ない石拾いの方は「投げた生徒」がするのだろうか…?
「…プールに石を投げ込んじゃったら、確かにホントに大変かも…」
来年、プールを使う前には、ぼくも呼ばれて「石を拾いなさい」って言われちゃいそう。
水切りの練習をやっていたのはバレてるんだし、他の生徒もみんな呼ばれて。
「分かったか? 俺だって、きっと呼ばれるぞ」
お前たちの石拾いの監督ついでに、俺だって拾わされるんだ。投げさせてたのは俺だから。
そうなっても俺は気にしないんだが、やはり教師としてはだな…。
学校に迷惑はかけられないから、プールはいかん。初心者向けには似合いの場所でも、あそこで練習するのは駄目だ。
諦めるんだな、とハーレイは腕組みをした。このポーズが出たら、お許しは無理。
「…水切り、教えて欲しいのに…」
学校のプールで出来るんだったら、昼休みとかに頑張るのに…。
石だって毎日、気を付けて探して、いいのを集めて、学校に持って行くのにな…。
そしたら早く上手くなるのに…。直ぐには無理でも、ぼくでも出来るようになるのに…。
学校のプールは駄目だなんて、と残念な気分。駄目な理由は分かっていても。
「いい場所、他にあればいいのに…。学校に大きな池があるだとか…」
「無茶を言うな。今の学校じゃ、そういう池は無いと分かっているんだろうが」
俺もお前に教えてやりたい気持ちはあるが、今は無理だな。プールは使えないんだから。
いつかお前が大きくなったら、デートのついでに練習するか。
池がある公園は幾つもあるしな、景色が綺麗な池もあちこちにあるってわけで…。そういう所に出掛けた時には、石を拾って投げればいい。…白鳥とかがいたら駄目だが。
石が当たったら可哀相だろう、というのは分かる。普通に投げるだけならまだしも、跳ねてゆく石は水鳥たちには危険すぎるから。…飛び過ぎた時に怪我をさせかねないから。
「分かってる…。鳥がいる時には投げないよ」
ぼくにはそんなつもりが無くても、跳ねちゃった石が当たっちゃうこともありそうだもの。
二回くらいしか跳ねない石でも、浮かんでる鳥は、急には避けられないもんね?
「そういうこった。石が飛んで来たら逃げはするがな…」
中には動きが鈍いのもいるし、疲れてる鳥もいるモンだから…。逃げ損なったら可哀相だ。
気を付けて石を投げることだな、潜ってる鳥もいたりするから、ちゃんと確かめて。
それに、デートに行けるようになったお前なら…。
親父に習うという手もあるぞ、とハーレイは思わぬ提案をした。「親父はどうだ?」と。
「お父さんって…。ハーレイのお父さん、名人だよね?」
水切り、とても上手いとか…?
ハーレイは二十回の壁があるとか言っていたけど、お父さんには壁が無いとか…?
八十回は無理だろうけれど、と質問したら、「それは流石に無理ってモンだ」と返った答え。
「親父が其処まで凄いんだったら、今日の授業で自慢してるな」
俺の親父は、サイオンが普通の時代でなければ、世界記録に挑んでいたかもしれないと。
親父の方でも、きっとその気で記録を目指していただろう。公式記録には残らなくても、ずっと昔の世界記録と並ぶヤツとか、抜けそうな数を叩き出そうと。
それは親父には難しすぎるが、なんたって、俺の師匠だぞ?
「こう投げるんだ」と教えた腕はダテじゃない。
今も現役で投げてるからなあ、教え方は俺より上手いんじゃないか…?
ハーレイの父の趣味は釣り。水面が無いと出来ない趣味。
今でも釣りに出掛けた時には、気が向けば投げるらしい石。落ちている石をヒョイと拾っては、回転をつけて、角度を狙って。
釣りを始める前に投げたり、竿を仕舞った後だったり。
もちろんサイオンは使いもしないで、石が跳ねた回数を数えるという。自分が出した最高記録を塗り替えられるか、それとも駄目か、と水を切ってゆく石を見送りながら。
「釣りを始める前か、後って…。釣りの間は投げないの?」
魚がかかるのを待っている時間、とても長いと思うんだけど…。狙ってる魚によるだろうけど。
退屈しのぎに投げればいいと思うんだけどな、練習にもなるし。
腕がグンと上がりそうなのに、と首を傾げたら、「釣りの最中だぞ?」と呆れたハーレイ。
「魚は水の中にいるんだ、そんな所へ石を投げ込んでみろ」
餌なら寄っても来るんだろうが、石だと魚が逃げちまうじゃないか。…怖がっちまって。
「そっか…。鳥でも逃げてしまうんだものね…」
魚も逃げるね、頭の上を石がピョンピョン跳ねて行ったら。…音にもビックリするんだろうし。
だけど、水切り…。
面白い遊びだね、石と水面があれば何処でも出来るんだから。
「サイオンが普通になった今では、上手く出来ても尊敬しては貰えないがな。昔のようには」
世界記録を作ろうって動きが無くなるくらいだ、上手く投げてもサイオンだろうと思われる。
本人は全く使ってなくても、傍から見ればそうなるだろうし…。
下手な間は、無意識の内にサイオンを使っちまうだろうし。
俺だって、正直、使っていないという自信は無い。十回を越えたら危ういかもなあ、もう少しと思うモンだから。…自分では使っていないつもりでも。
この俺でさえ、その始末だ、とハーレイが明かす水切りの事情。今の時代は、誰もがサイオンを持っているから、昔のようには数えられない記録。ただの遊びにサイオンの計測装置は無粋。
「それがちょっぴり残念かも…」
ぼくなら、サイオン、少しも関係ないのにな…。
ハーレイが授業で言ったみたいに、ぼくだけは昔の人と同じに遊べるんだよ。
うんと不器用で、サイオンなんかは使いたくても使えないから…。ホントに実力なんだから。
石が跳ねていく回数を増やせはしないよね、と零した溜息。
今の時代は、ハーレイでさえも「自信が無い」と言うほど、誰もがズルをしそうな時代。跳ねてゆく石に向かって「もう少し」と願ってしまって、無意識の内に使うサイオン。
けれども、今の自分には無理。どんなに強く願ってみたって、石は跳ねてはくれないから。
「お前が石を投げた場合は、実力か…。サイオンでズルは出来なくて」
皮肉だよなあ、今のお前も前と同じでタイプ・ブルーなのに。
前のお前なら、水の上でも平気で歩いてたのに…。石をサイオンで跳ねさせるどころか、少しも濡れずに水の上を歩いていたもんだ。
あの力は何処へ行ったんだか…。とことん不器用になっちまって。
「今だと沈んでおしまいだよ!」
石の水切りも出来ないけれども、ぼくだって沈んじゃうってば!
プールでも池でも、水の上なんかを歩こうとしたら、ドボンと沈んでしまうんだよ…!
もう真っ直ぐに落っこちちゃって…、と嘆いた自分の不器用さ。石さえ跳ねさせられない力は、自分の身体も支えてくれない。重いものは沈む水の上では。
「真っ直ぐにドボンと沈むのか。その姿が目に浮かぶようだが…」
沈んじまうようなお前がいいな、とハーレイが浮かべた優しい笑み。
石の水切りでさえもズルが出来ない、不器用なサイオンを持った今のお前が…、と。
「…なんで?」
沈んじゃうほど不器用なんだよ、そんなぼくの何処がいいって言うの?
クラスのみんなも笑っちゃうほど、ぼくのサイオン、不器用すぎてどうしようもないのに…。
「何度も言ったと思うがな? そんなお前だから、今度こそ俺が守ってやれると」
前のお前だと、俺にはとても守れなかったが、今のお前なら…。
水切りの練習中に池にドボンと落ちてしまっても、飛び込んで助けられるしな?
「ホントだ、前のぼくだったら…。落っこちたって、濡れもしないんだものね」
バランスを崩したら、すぐにシールドを張ってしまって、落っこちた池からヒョイと上がって。
助けに飛び込んで貰わなくても、ちゃんと自分で。
「そうなんだよなあ、前のお前だと」
俺の出番は全く無かった。…今のお前が同じ力を持っていたって、そうなるんだが…。
お前は持っちゃいないから、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「今度はお前を守らせてくれ」と、「不器用なお前は、俺が守る」と。
水切りの練習をしている最中に池に落ちたら、今の自分は沈むだけ。ドボンと真っ直ぐ。
そうなった時は、ハーレイが飛び込んで助けてくれて、ちゃんと岸にも押し上げてくれる。
頼もしい腕でグイと支えて、「早く上がれ」と。
そのハーレイは、真剣な顔でこう口にした。
「しかしだ…。頼むから、お前は池には落ちてくれるなよ?」
濡れたら風邪を引いちまうから、と気を付けるように念を押されたけれど。
そう注意するハーレイの気持ちも、分からないではないけれど…。
落ちてみたい気がしないでもない。
水切りの練習中に落ちた時には、ハーレイが飛び込んで、直ぐに引き上げてくれるから。
「石でも上手に跳ねていくのに、お前が落ちてどうするんだ」と、小言なんかを言いながら。
ゴシゴシ拭かれて、「風邪を引くぞ」と心配されて、そんな時間もきっと幸せだろう。
水の上を歩けない不器用な自分になったからこそ、池の水にも落っこちられる。
冷たくても、風邪を引いてしまっても、ハーレイと持てる幸せな時間。
だから池にも落ちたっていい。石を思い切り投げたはずみに、頭からドボンと落っこちても…。
石の水切り・了
※石の水切りという遊び。サイオンが普通な時代の今、ズルが出来ないのはブルーくらい。
サイオンが不器用になってしまったせいですけど、その分、ハーレイに守って貰えるのです。
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知ってるか、と始まったハーレイの雑談。ブルーのクラスで、古典の時間に。
生徒の集中力が切れて来た時、織り込まれるのが雑談の時間。居眠りしそうな生徒も起きるし、他の生徒も興味津々で耳を傾ける。
今日の話題は「水切り」なるもの。ハーレイ曰く、調理用語の「水切り」とは全く違うらしい。
「俺が言うのは、石の水切りというヤツだ」
水の上を石がピョンピョン跳ねて行くんだな、投げてやっただけで。
普通はドボンと沈みそうだが、そうはならない。先へ先へと弾んで飛んでゆくわけで…。
だが、サイオンは一切使わないんだ、この遊びには。
それでも石は水の上を跳ねて飛んでゆく、と言うものだから。
「本当ですか?」
何人もの生徒が上げた声。サイオン無しで、石が跳ねてゆくわけがない。水の上などを。
石は水より重いものだし、水に投げたら沈むもの。それが常識、跳ね返ることは無いのだから。
「俺が嘘をつくと思うのか? お前たちを全員騙してやろう、と狙った時なら別だがな」
しかし、その手の嘘の時には、後で本当のことを言ってる筈だぞ。「騙されたな」と。
今日の話は嘘じゃない。石の水切りに、サイオンは一切要らないんだ。
なんと言っても、ずっと昔からあった遊びだからなあ…。この地球の上に。
人間が地球しか知らなかった時代で、ミュウなんかは何処にもいない頃から。…世界中でな。
広い水面と石さえあれば出来た、という遊び。石の水切り。
投げられた石が跳ねた回数を競って遊んだらしい。沈むまでに何度、弾んだのか。
「世界記録ともなれば、信じられないような数だったんだぞ」
八十回くらいは跳ねたそうだ、と聞かされて皆が仰天した。水面に向かって投げられた石ころ、それが跳ねるだけでも驚きなのに、八十回など、凄すぎるから。
「八十回ですか?」
誰もがポカンと口を開ける中、ハーレイは「嘘じゃないぞ?」と楽しそうな顔。
「今の時代だと、サイオンなんてヤツがあるから…。ちと厄介になっちまったが」
昔みたいに世界記録は無理だろうなあ、実際、記録は破られてないし。
そもそも、記録を取ろうってヤツが何処にもいないんだがな。
SD体制の時代が挟まったせいじゃないぞ、とハーレイはクラスを見回した。
機械が統治していた時代は、様々な文化が消された時代。世界記録を作って遊ぶ余裕も無かった時代だけれども、「石の水切り」の新しい記録が生まれない理由は、それではない、と。
「石の水切りは今でもある。遊んでるヤツも多いわけだが、時代は変わった」
人間は誰でもミュウになったのが今の時代だ。みんながサイオンを持ってる時代。
サイオンを使えば、石を水の上で跳ねさせるくらいは簡単だから…。千回だって可能だろう。
そんな時代に、サイオンを使ったか、使わないかを正確に測定してまでは…。
誰も記録を作らないよな、元々が遊びなんだから。…スポーツじゃなくて。
そしてサイオンなんかがあるから、純粋に遊ぼうという人間の方も…。
大昔ほどには数がいないというわけだ。サイオンでズルをしたくなっちまうし、本人にその気が無くてもだな…。
もう少しだけ、と願えば石は跳ねちまうだろ?
サイオンの力を受けちまって、というハーレイの説明は正しい。サイオンを使わないのが社会のマナーになってはいても、誰しも使いたくなるもの。何かのはずみに、少しくらいは。
まして遊びに夢中になったら、無意識に使いもするだろう。水の上を跳ねて飛んでゆく石、その回数を競うのだったら「あと一回」と願ってしまう。石に向かって。
そうすれば石は一回余計に弾んで、「もっと」と思えば幾らでも。
サイオンを使った人間の方では、まるで自覚を持たなくても。「もっと飛べばいいのに」と願う気持ちだけで、石を眺めているつもりでも。
サイオンがあるから、きちんと記録を作るとなったら「ただの遊び」では済まない時代。
腕に覚えのある人を集めて、サイオンの測定をしながら競うことになる。其処までやって新しい記録を作らなくても、と誰もが考え、今は更新されない記録。水の上で石が跳ねた回数。
「スポーツだったら、世界記録にこだわるヤツらも多いんだが…」
ただの遊びじゃ、どうにもならん。
ついでに、石の水切り自体も、遊んでる内にサイオンが絡んでしまうから…。
「使わないぞ」と自分を戒めながら遊ぶとなったら、それは遊びと呼べるんだか…。
そんなわけでだ、このクラスだと、純粋に遊べそうなのは…。
サイオンってヤツを気にもしないで、石を投げて気軽に楽しめるのはだな…。
ハーレイが其処で言葉を切ったら、クラス中の生徒の視線が集中した。ブルーの上に。
(まだ名前、呼ばれていないのに…!)
酷い、と思ったら挙げられた名前。「あそこのブルーだ」と。
ドッと笑ったクラスメイトたち。確かにサイオンを気にもしないで、気軽に遊べそうだから。
サイオンがとことん不器用なのは、周知の事実。クラスの誰もが知っていること。
(これでもタイプ・ブルーなのに…!)
ちゃんと出席簿にも書かれている。生徒のサイオンタイプが何かは、何処の学校でも。
最強のサイオンを誇るタイプ・ブルーは、前の自分が生きた頃ほど珍しくはない。あの時代には前の自分と、ジョミーと、ナスカの子供たちしかいなかったけれど。
気が遠くなるほどの時が流れて、タイプ・ブルーもずいぶん増えた。そうは言っても、その数はけして多くない。現に、このクラスでも自分一人だけ。
本当だったら、「タイプ・ブルーなんだって?」と羨ましがられて、尊敬されて、注目の的。
空を飛べるのか、瞬間移動は出来るのかなどと、皆が「力」を知りたがる筈。
(こんな所で、笑われてなくて…)
もっと凄くて、何でも出来て、と悔しいけれども、これが現実。
ハーレイが名前を挙げる前から、皆がこっちを見ていたくらい。「ブルーなんだ」と、不器用なサイオンの持ち主の方を。
もしも自分が、石の水切りとやらをしようとしても…。
(サイオンなんかは使えないから、自分の力で投げるしか…)
方法が無くて、石はドボンと沈むのだろう。ただの一回すら弾みもせずに。
水の上で石が跳ねる遊びは、誰からも聞いたことが無い。跳ねると思ったことさえも無い。
もちろんコツなんか習っていないし、やり方だって分からない。
「ブルーだったら、もう間違いなく、昔の人間と同じ気分で遊べるだろうな」
サイオンでズルをしようとしたって、あいつの力じゃ無理だから。
だが、他のヤツらには難しい。「あと一回」と思えば石は跳ねちまうだろ?
その辺を心してやってみるんだな、石の水切りに挑むのなら。さて…。
授業に戻る、と背中を向けたハーレイ。
みんなの笑いの渦を残して。…笑いの渦の中心に、「不器用なタイプ・ブルー」を置いて。
とんでもなかった古典の授業。正確に言うなら、雑談の時間。
(今日のハーレイ…)
酷かったよね、と家に帰ってプリプリと怒る。おやつを美味しく食べ終えた後で、自分の部屋に戻って来て。勉強机の前に座って、今日の出来事を思い返して。
(あんまりだってば…)
サイオンを全く気にもしないで、石の水切りで遊べる生徒。その例に名前を出すなんて。
いくら不器用でも、それが本当のことであっても。…クラスのみんながよく知っていても。
(…ぼくだって、タイプ・ブルーなんだよ…?)
前の自分と何処も変わらない。サイオンタイプも、秘めている筈の能力も。
けれど、表に出て来ない力。出そうとしたって出ても来なくて、石の水切りなど出来はしない。水面に向かって石を投げたら、沈んでしまって跳ねてくれない。本当に、ほんの一回さえも。
(うー…)
前の自分だったら、そんなことにはならないのに。
サイオンを上手く使いさえすれば、世界記録を軽く破れる。八十回くらいは簡単なのだし、千回だろうと容易いこと。なにしろ「ソルジャー・ブルー」だったから。
(シャングリラにあったプールの水面だって…)
沈みもしないで、水の上を歩いてゆけたほど。
白い鯨に改造した後、船の中に作られたプール。前のハーレイが其処で泳いでいた時、その横に並んで「歩いて」いた。「ぼくは君みたいに泳げないしね」と、プールの水面を足で踏みながら。
(だけど、今だと…)
歩くどころか、たちまちドボンと沈むだけ。
プールに足を踏み出したら。「水の上を歩こう」と考えたなら。
不器用すぎる今の自分は、プールの水面などを歩けはしない。「タイプ・ブルー」は名前だけ。それに見合った能力となれば無いも同然、思念波さえもろくに紡げないレベル。
(うんと小さい、幼稚園の子でも…)
今の自分よりはマシにサイオンを使う。それは器用に。
情けないくらいに「駄目」なのが自分、どうにもこうにもならないサイオン。
タイプ・ブルーでなかったならば、クラスメイトも、あそこまで笑いはしないのに。
笑い転げていたクラスメイトたち。「ブルーだったら、確かにそうなる」と可笑しそうに。
とことん不器用になったサイオン、それは石にも作用はしない。「跳ねて欲しい」と心の底から願っていたって、まるで反映されたりはしない。
(ぼくの力じゃ、どんな小さな石ころだって…)
跳ねさせられやしないんだから、と分かっている。水面に石を弾かせるなどは、絶対に無理。
サイオンを使わない方にしたって、やはり跳ねてはくれない石。どうすれば石が水の上で跳ねて飛んでゆくのか、仕組みを全く知らないから。
(どう転がっても、出来やしないよ…)
水切りなんて、と膨れていたら聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来たから、もう早速に文句を言った。テーブルを挟んで、向かい合わせで座るなり。
「酷いじゃない、今日の古典の授業!」
なんでぼくなの、ぼくの名前をあそこで出すの?
これでも、ぼくはタイプ・ブルーで、ぼくのクラスには一人だけしかいないのに…!
「タイプ・ブルーなあ…。確かに名簿にもそう書いてあるが、お前の場合は名前だけだし…」
俺は本当のことを言ったまでだぞ、サイオン抜きで石の水切りを楽しめそうなヤツの名前を。
みんなも笑ってくれてただろうが、それは楽しそうに。俺が授業に戻った後にも、まだ笑い声がしていたからな。あっちこっちで。
雑談ってヤツは生徒に楽しんで貰ってこそだ、とハーレイは謝りさえしない。石の水切りは好評だったし、クラスの生徒の心を見事に掴んだのだから。
でも…。
「ハーレイは、それでいいかもしれないけれど…。ぼくは笑われちゃったんだよ!?」
ぼくの名前が出てくる前から、みんなこっちを見ていたし…。
ハーレイがホントに名前を出すから、クラスのみんなが大笑いで…。
あんまりじゃない、と不満をぶつけた。不器用すぎるのが悪いとはいえ、タイプ・ブルーだとも思えないサイオン。それを笑われてしまったわけだし、酷すぎる、と。
なんとも意地悪すぎる恋人。
あそこで名前を出して来なくても、雑談は充分、クラスのみんなが楽しめた筈。
石が水の上で跳ねてゆくなど、それだけで「凄いこと」だから。俄かには信じられないほどに。
何も自分を「笑いの種」に使わなくても、とプンプン怒った。「水切りだけでいいのに」と。
「だってそうでしょ、みんなビックリしていたじゃない!」
サイオンなんかを使わなくても、石が水の上で跳ねるだなんて…。昔からあった遊びだなんて。
その話だけで止めてくれればいいのに、ぼくの名前を出すのは酷いよ…!
ホントに酷い、と膨れたけれども、ハーレイはこう問い掛けて来た。
「なら、訊くが…。そのせいで酷い目に遭ったのか、お前?」
恥ずかしくて顔が真っ赤になっちまったとか、情けなかったとか、そんな気持ちは別にして。
俺の授業が終わった後で、誰かに苛められでもしたか?
笑いの種にされちまったのが原因で…、と鳶色の瞳が覗き込む。「どうだったんだ?」と。
「…ううん……」
誰も苛めてなんか来ないよ、「やっぱり、お前だったよな」とかは言われたけれど…。誰だって直ぐにピンと来るしね、ぼくだってこと。
「本当にタイプ・ブルーなのかよ?」って、笑う友達もいたけれど…。でも…。
苛めた子なんか誰もいないよ、と素直に答えた。
今の時代は、他の誰かを苛めるような人間はいない。広い宇宙の何処を探しても、どんな辺境の星や基地などに出掛けてみても。
人間はみんなミュウになったし、ミュウは優しい生き物だから。他の人間の心が見える生き物、そうなればとても出来ない「苛める」こと。相手に与えた痛みの分だけ、自分の心に跳ね返るのが伝わるから。…心を読もうとしていなくても。
そうやって長い時が流れて、今は誰一人「苛めない」。
今日も同じで、「サイオンが不器用すぎる」ことを誰もが笑いはしたって、ただそれだけ。皆で笑ってしまえばおしまい、それを種にして苛めはしない。授業が終わった後になっても。
「ほらな。誰もお前を苛めてないなら、問題なんかは無いじゃないか」
お前が苛められたんだったら、俺も謝らなきゃいけないが…。苛められる種を作ったんだし。
しかし、そうなってはいない。みんなが賑やかに笑っただけで、それで全部だ。
ああいった話の種を上手に作ってやるのも、教師の腕の見せ所でだな…。
クラスの生徒の心を掴んで、ドッと笑って貰うというのが大切なんだぞ、あの手の話は。
ついでに、サイオンがうんと不器用なヤツが、お前でなければ…。
名前を挙げてはいないかもな、とハーレイは笑んだ。「お前だからだぞ」と。
「俺が名前を出しちまったのは、お前がクラスにいたからかもなあ…」
丁度いいのが一人いるぞ、と目に付いたのがお前だったから。
「え?」
ぼくじゃなかったら、黙っていたわけ?
名簿とかで誰か分かっていたって、その不器用な子が、ぼくじゃなかったら…?
どうしてなの、と目をパチクリと瞬かせた。あの雑談を他のクラスでしたなら、ハーレイは名を挙げないかもしれないという。同じように不器用な生徒が一人いたって、伏せたまんまで。
「何故ってか? ごく単純な理由だってな、深く考えてみなくても」
なんと言っても、お前は俺の恋人だ。いくらチビでも、学校じゃ俺の教え子でも。
恋人なんだし、みんなに散々笑われちまって赤っ恥でも、ちゃんと許してくれそうじゃないか。
今みたいに怒って膨れていたって、俺がきちんと「お前でないと」と言ったなら。
俺の雑談の手伝いが出来たと、お前、思ってくれないのか?
お前がいなけりゃ、あそこまで皆を笑わせることは出来ないからなあ…。お前の名前を出さない内から、みんなお前を見ていたろうが。「さては、あいつか」と。
其処で「誰かは想像に任せておく」と終わらせるのと、お前の名前を出しちまうのと…。
どっちが笑いの種になるかは、考えなくても分かるだろう?
お前のクラスだったお蔭で、最高に笑って貰えたんだぞ。お前が手伝ってくれたからだな、俺は名前を出しただけだが。
お前は立派に俺の手伝いをしてくれたんだ、とハーレイは真っ直ぐ見詰めて来た。鳶色の瞳で。
「そう思わんか?」と、「お前だったから、遠慮なく名前を言えたんだが」と。
「えーっと…。不器用なのが、ぼくだったから…?」
ぼくはハーレイのお手伝いをしたわけ、「こんなに不器用なのが一人います」って…?
石の水切り、サイオン抜きでしか遊べないほど、うんと不器用なタイプ・ブルーの生徒が…?
ぼくの名前だけで、ハーレイの雑談のお手伝いって…。
そうだったんだ、と気付かされたら悪い気はしない。クラス中の生徒が笑ったけれども、それでハーレイの手伝いが出来たというのなら。
恋人が授業でやった雑談、それが見事に成功したのが、自分の名前が使われた結果だったなら。
(…みんなに笑われちゃったけれども、あれがハーレイのお手伝い…)
不器用な生徒が自分でなければ、ハーレイは名前を出さずに終わっていたかもしれない。
笑われた子が怒っていたって、「すまん」と謝るしかないから。
「俺を手伝ってくれただろう?」と言うにしたって、御礼が必要。「これで許してくれ」と後でお菓子を渡してやるとか、「次の宿題、お前は出さなくてもいいぞ?」と許可を出すとか。
けれど、そうではなかった自分。名前を出されて笑われたって、「お手伝い」。大好きな恋人の手伝いが出来て、それは「自分にしか出来ないこと」で…。
それを思うと、ついつい緩んでしまう頬。許せてしまう、ハーレイのこと。
さっきまで「酷い!」と怒っていたのに、頬を膨らませもしていたのに。
「どうした、急に黙っちまって? 膨れっ面もやめてしまって、もうニコニコとしているし…」
お前、嬉しくなってきたのか、俺の手伝いだと聞いた途端に?
恋人だからこそ出来る手伝いで、他の生徒じゃ出来やしないと聞いちまったら…?
分かりやすいヤツだな、お前ってヤツは。…お前らしいと言っちまったら、それまでなんだが。
一人前の恋人気取りでいると言っても、まだ子供だし…。見た目通りのチビだしな?
心がそのまま顔に出るよな、とハーレイは可笑しそうな顔。「機嫌、直ったじゃないか」と。
「そうだけど…。だって、ホントに嬉しかったから…」
顔に出ちゃうのも仕方ないでしょ、どうせ、ぼくは子供でチビだってば!
前のぼくとは全然違うよ、まだ十四年しか生きていなくて、生きた中身も平和すぎるから…。
嬉しかったら顔に出ちゃうし、悲しい時でも、怒った時でも、それはおんなじ。
前のぼくみたいに、何があっても表情を変えずにいるなんて、無理。
三百年ほど生きた後なら、今のぼくでも、頑張ったら出来るかもしれないけれど…。
でも今は無理で、何でもかんでも顔に出ちゃうよ、本当に子供なんだから…!
どう頑張っても無理だからね、と繰り返してから、子供ついでに訊いてみた。
「石の水切りは、どうやるの?」と。
笑われてしまった原因は、それ。
水面に石を投げてやったら、弾んで飛んでゆくという雑談。
サイオンを使えば簡単そうでも、サイオンなどは無かった頃から、地球にあった遊び。
教室で聞いた話は其処まで、どうすれば石がサイオン抜きでも跳ねるかは聞いていないから。
子供は好奇心旺盛なもの。同じ子供なら、石の水切りの秘密を知りたい。
学校では何も聞いていないし、教えて貰ってもいいだろう。こうしてハーレイと二人なのだし、不思議な話の種明かしを。
「サイオンを少しも使わなくても、石が跳ねるって言ったよね? 水の上で…?」
ずっと昔の世界記録だと、八十回くらいは飛んでくものだったんでしょ?
どういう仕組みになっているわけ、石は水より重いのに…。投げ込んだら沈みそうなのに。
それにハーレイ、あんな話をするくらいだから…。水切り、上手に出来るんじゃないの?
サイオンは抜きで、石を投げたって。…サイオンは少しも使わなくても。
世界記録に届くくらいは無理だとしても…、と尋ねてみた。ハーレイはきっと、水切りが上手いだろうから。今のハーレイなら、出来る筈だという気がするから。
「そりゃまあ、なあ…? 雑談の種にしてたわけだし…」
まるで出来ないんじゃ話にならんぞ。お前みたいな質問をするヤツがいたら、困るだろうが。
「仕組みは知らん」なんて言おうものなら、話自体が「嘘くさい」ってことになっちまう。石が水の上で跳ねるだなんて、嘘に違いないと普通は思うだろうからな。
とはいえ、世界記録には遠すぎる。八十回なんて、俺には無理だ。
上手く飛んでも、せいぜい十回くらいってトコか。二十回の壁は厚すぎるってな、サイオンってヤツを使わないなら。
俺の限界は其処なんだが…、と話すハーレイは、水切りを父に習ったという。隣町に住む、釣り名人のハーレイの父。
釣りに出掛けたら、川でも池でも水面はある。石の水切りは水面があったら何処でも出来るし、小さい頃から仕込まれたハーレイ。「こうやるんだ」と、水切りのコツを。
「ハーレイの先生、お父さんなんだ…」
お父さんが得意だったの、趣味の釣りだけじゃないんだね。
釣りに行くなら、水面は何処でもあるけれど…。水面が無いと、釣りは無理なんだけど…。
「うむ。魚ってヤツは、水の中にしか住まないからな」
そういう魚が相手の趣味が釣りってヤツだし、水が相手の色々な技もついてくる。
釣り仲間の間じゃ、水切りの名人、特に珍しくもないってな。
親父もそうだし、俺に教えないわけがない。「よく見てろよ?」と石をブン投げてな。
初めて見た時は驚いたのだ、とハーレイが語る石の水切り。水面を跳ねて行った石。
「サイオンなのかと思ったんだが、親父は「違う」とハッキリ言った」
そんなズルなどしてはいないと、「サイオンを使えば、もっと遠くまで飛ぶもんだ」とも。
「お前も、コツを覚えれば出来るようになる」と、何度も石を投げるんだよなあ…。
こうやって、と池に向かって、勢いをつけて。「こういう石を選んで、こう」と。
「覗き込み過ぎて落ちるんじゃないぞ?」と注意もされていたハーレイ。初めて見た日は、食い入るように池を見詰めていたものだから。石が飛んでゆく方に向かって、「凄い!」と叫んで。
「勢いっていうのは分かったけれど…。石を選ぶの?」
小さい石だとよく跳ねるだとか、同じ大きさなら軽い石の方がいいだとか…?
石の重さは色々だものね、と河原の石を思い浮かべる。水が磨いた丸っこい石は、大きさが似た石でも重さが違っているもの。石の詳しい名前はともかく、軽い石やら、重い石やら。
「選ぶってトコは間違いないが…。重さはあまり関係ないな」
もちろんデカすぎる石じゃ駄目だし、重すぎる石もまるで話にならないが…。
これくらいだな、という大きさだったら、跳ねやすい石というのがあるんだ。色や重さとは違う基準だな、石の形が大切だから。
平たい石が一番なんだ、とハーレイは手で示してくれた。「こんな具合に」と形を作って。
水切りに丁度いい石が見付かったら、水面に向かって投げてやるだけ。
サイオンなんかは使いもしないで、手だけで石に回転をつけて。それから水に投げる時の角度、それも狙って投げ込むのがコツ。長く跳ねさせるには、スピードも大事。
「んーと…? 最初に石を選んで…」
幾つも落ちてる石の中から、ピッタリの石を選ぶんだね?
平たくて、よく飛びそうな石。それを見付けたら、後は投げるだけ…。
でも、回転をつけてやるとか、石を投げる時の角度とか…。それにスピードも要るんだよね?
やっぱりそれって難しそうだよ、手品みたい…。
普通に石を投げただけだと駄目なんだ、と頭の中に描いていたイメージと比べてみる。あの話を教室で聞いた時には、どんな石でも跳ねるものだと考えたから…。
(ウサギみたいにピョンピョン跳ねて…)
飛んでゆくのだと思い込んでいた。鋭い角度で跳ねてゆくとは思いもせずに。
石の水切りは、言葉通りに「切るように」石が飛んでゆく。ピョンピョンではなく、ピッピッと水の面を切るようにして。
サイオンを使わずに飛ぶだけあって、本当にまるで手品のよう。石さえ選べばいいと言っても、回転をつけたり、投げる角度を狙ったり。その上、速いスピードも要る。
「…ハーレイでも二十回の壁があるなら、ぼくの壁だと一回かも…」
一回も跳ねずにドボンと沈んで、それっきり。…そんな感じになっちゃいそう。
サイオンを使ってズルも出来ないし、使わずに投げても、絶対に上手くいきっこないし…。
駄目に決まってる、と肩を落とした。
ハーレイは雑談の時に「サイオンの心配をせずに遊べそう」だと言ったけれども、そんな自分に水切りは無理。子供の頃から練習を積んだハーレイでさえも、十回くらいしか跳ねないのなら。
「そう悲観したモンでもないぞ?」
要はコツだし、練習さえすれば、お前でも出来る。二回か三回でいいのならな。
下手なヤツでも、そのくらいは出来るようになるから、とハーレイに励まされた。才能が無いと嘆く人でも、一回くらいなら石を跳ねさせられる、と。
「ホント?」
ぼくなんかでも、ちゃんと水切り、出来るの…?
石の選び方は覚えられても、その先が大変そうなんだけど…。身体が弱いから、キャッチボールとかは滅多にしなくて、投げるだけでも難しくって…。
角度の方ならまだ分かるけれど、回転なんかは無理だってば。石を回転させるんでしょ?
野球をやってる友達なんかが、ボールに回転をつけて投げたりするけれど…。
いつも「凄い」って見ているだけで、ぼくには真似が出来ないんだもの。
ストンと落っこちていくボールとか…、と思い浮かべた変化球。「こうやるんだぜ」と投げ方をレクチャーして貰っても、一度も投げられたことが無い。ボールの持ち方までがせいぜい。
「変化球なあ…。俺も投げられるが、あれに比べりゃ簡単だぞ?」
一度覚えりゃ、どんな石でも上手く回転させられるから。
ボールみたいに大きくはないし、回転をつけるのも楽だってな。それに向いてる石を使えば。
お前に才能が無いにしたって、一回くらいは跳ねるようになるさ。
でなきゃ昔に流行りやしないぞ、水切りなんていう遊びが。
あくまで回数を競っていたんだから、というのがハーレイの励まし。より多く石を跳ねさせれば勝ちで、そんな遊びが普及するには、下手な人間もいないと駄目だ、と。
「俺だと十回くらいなわけだが、ずっと昔の世界記録は八十回を越えてたわけで…」
八十回も跳ねさせられるヤツが一人で遊んでいたって、誰も注目してくれないぞ?
十回ほどしか出来ないヤツだの、もっと少ないヤツらだの…。そんなヤツらが「凄い」と褒めてくれたからこそ、腕が上がって記録も残った、と。
どんなスポーツだってそうだろ、輝いているヤツはほんの一部だ。プロと呼ばれる連中は。
水切りだってそれと同じで、ずっと昔に流行ってた頃は、下手くそなヤツらが星の数ほどいたと思うぞ。一回跳ねれば上等だ、というような才能の無い連中が。
だから、お前も頑張ればいい。まずは一回、其処からだよな。
幸いなことに、お前の場合は、サイオンというズルが出来ないわけだから…。一回だけでも石が跳ねたら、それはお前の実力だ。もう間違いなく、本物の水切りが出来たってな。
その一回をモノにしたなら、後はお前の努力次第で上を目指せる。二回、三回と。
三回くらいが限界だろうとは思うんだがなあ、一回きりでは終わらんだろう。いくら下手でも、きちんと練習しさえしたなら。
お前の腕でも三回くらいは…、とハーレイが言うから、是非やってみたい。三回も続けて跳ねてくれなくても、一回くらいは跳ねさせてみたい。頑張って投げて、サイオンは抜きで。
「ぼくでも投げられるようになるなら、やってみたいな」
どうせサイオンは使えないんだから、ホントに実力。魔法か手品みたいな水切り、やりたいよ。
ハーレイ、ぼくに教えてくれない?
石の選び方とか、どうやって回転をつけて投げるか、そういうのを…。
お願い、とペコリと頭を下げた。せっかく話を聞いたからには、水切りを覚えてみたいから。
「教えてやりたいのは山々なんだが…」
しかし、そこそこ大きな水面が無いと、アレを教えるのは無理だ。
池とか川とか、そういった場所。
学校のプールなら、初心者用の大きさとしては充分なんだが、石が沈んで迷惑をかけるし…。
次にプールを使うシーズンがやって来た時に、石拾いもしなきゃいかんから。
お前一人なら、まだいいとしても、他の生徒も来ちまうからな。練習しようって連中が。
学校でやってりゃ、そうなるだろう、というハーレイの意見は間違っていない。
今の季節は使われていない、学校のプール。其処で休み時間にハーレイと水切りの練習をやっていたとしたなら、他の生徒もやって来る。
(ハーレイ、人気者だから…)
それだけで覗きに来る生徒が大勢。「水切り」などという珍しい遊びの練習となれば、入門する生徒が引きも切らないことだろう。「ハーレイ先生!」と、石まで沢山用意して来て。
(こういう石がいいんですよね、ってホントに山ほど…)
大勢の生徒が石を持参で、次から次へとプールに投げたら、来年のプールはきっと大変。水泳の授業が始まる前には、何処の学校でもプールの掃除をするけれど…。
(水を抜いて掃除をしようとしたら、石が一杯沈んでて…)
拾うだけで時間がかかりそうだし、場合によっては「水切り」の練習をしていた生徒を集めて、「石拾い」ということになるかもしれない。「自分で投げた石には、自分で責任を持て」と。
(プールの掃除は、業者さんだけど…)
石拾いなどは、普通の学校のプール掃除には必要ないこと。綺麗に洗って磨くだけだし、まるで関係ない石拾いの方は「投げた生徒」がするのだろうか…?
「…プールに石を投げ込んじゃったら、確かにホントに大変かも…」
来年、プールを使う前には、ぼくも呼ばれて「石を拾いなさい」って言われちゃいそう。
水切りの練習をやっていたのはバレてるんだし、他の生徒もみんな呼ばれて。
「分かったか? 俺だって、きっと呼ばれるぞ」
お前たちの石拾いの監督ついでに、俺だって拾わされるんだ。投げさせてたのは俺だから。
そうなっても俺は気にしないんだが、やはり教師としてはだな…。
学校に迷惑はかけられないから、プールはいかん。初心者向けには似合いの場所でも、あそこで練習するのは駄目だ。
諦めるんだな、とハーレイは腕組みをした。このポーズが出たら、お許しは無理。
「…水切り、教えて欲しいのに…」
学校のプールで出来るんだったら、昼休みとかに頑張るのに…。
石だって毎日、気を付けて探して、いいのを集めて、学校に持って行くのにな…。
そしたら早く上手くなるのに…。直ぐには無理でも、ぼくでも出来るようになるのに…。
学校のプールは駄目だなんて、と残念な気分。駄目な理由は分かっていても。
「いい場所、他にあればいいのに…。学校に大きな池があるだとか…」
「無茶を言うな。今の学校じゃ、そういう池は無いと分かっているんだろうが」
俺もお前に教えてやりたい気持ちはあるが、今は無理だな。プールは使えないんだから。
いつかお前が大きくなったら、デートのついでに練習するか。
池がある公園は幾つもあるしな、景色が綺麗な池もあちこちにあるってわけで…。そういう所に出掛けた時には、石を拾って投げればいい。…白鳥とかがいたら駄目だが。
石が当たったら可哀相だろう、というのは分かる。普通に投げるだけならまだしも、跳ねてゆく石は水鳥たちには危険すぎるから。…飛び過ぎた時に怪我をさせかねないから。
「分かってる…。鳥がいる時には投げないよ」
ぼくにはそんなつもりが無くても、跳ねちゃった石が当たっちゃうこともありそうだもの。
二回くらいしか跳ねない石でも、浮かんでる鳥は、急には避けられないもんね?
「そういうこった。石が飛んで来たら逃げはするがな…」
中には動きが鈍いのもいるし、疲れてる鳥もいるモンだから…。逃げ損なったら可哀相だ。
気を付けて石を投げることだな、潜ってる鳥もいたりするから、ちゃんと確かめて。
それに、デートに行けるようになったお前なら…。
親父に習うという手もあるぞ、とハーレイは思わぬ提案をした。「親父はどうだ?」と。
「お父さんって…。ハーレイのお父さん、名人だよね?」
水切り、とても上手いとか…?
ハーレイは二十回の壁があるとか言っていたけど、お父さんには壁が無いとか…?
八十回は無理だろうけれど、と質問したら、「それは流石に無理ってモンだ」と返った答え。
「親父が其処まで凄いんだったら、今日の授業で自慢してるな」
俺の親父は、サイオンが普通の時代でなければ、世界記録に挑んでいたかもしれないと。
親父の方でも、きっとその気で記録を目指していただろう。公式記録には残らなくても、ずっと昔の世界記録と並ぶヤツとか、抜けそうな数を叩き出そうと。
それは親父には難しすぎるが、なんたって、俺の師匠だぞ?
「こう投げるんだ」と教えた腕はダテじゃない。
今も現役で投げてるからなあ、教え方は俺より上手いんじゃないか…?
ハーレイの父の趣味は釣り。水面が無いと出来ない趣味。
今でも釣りに出掛けた時には、気が向けば投げるらしい石。落ちている石をヒョイと拾っては、回転をつけて、角度を狙って。
釣りを始める前に投げたり、竿を仕舞った後だったり。
もちろんサイオンは使いもしないで、石が跳ねた回数を数えるという。自分が出した最高記録を塗り替えられるか、それとも駄目か、と水を切ってゆく石を見送りながら。
「釣りを始める前か、後って…。釣りの間は投げないの?」
魚がかかるのを待っている時間、とても長いと思うんだけど…。狙ってる魚によるだろうけど。
退屈しのぎに投げればいいと思うんだけどな、練習にもなるし。
腕がグンと上がりそうなのに、と首を傾げたら、「釣りの最中だぞ?」と呆れたハーレイ。
「魚は水の中にいるんだ、そんな所へ石を投げ込んでみろ」
餌なら寄っても来るんだろうが、石だと魚が逃げちまうじゃないか。…怖がっちまって。
「そっか…。鳥でも逃げてしまうんだものね…」
魚も逃げるね、頭の上を石がピョンピョン跳ねて行ったら。…音にもビックリするんだろうし。
だけど、水切り…。
面白い遊びだね、石と水面があれば何処でも出来るんだから。
「サイオンが普通になった今では、上手く出来ても尊敬しては貰えないがな。昔のようには」
世界記録を作ろうって動きが無くなるくらいだ、上手く投げてもサイオンだろうと思われる。
本人は全く使ってなくても、傍から見ればそうなるだろうし…。
下手な間は、無意識の内にサイオンを使っちまうだろうし。
俺だって、正直、使っていないという自信は無い。十回を越えたら危ういかもなあ、もう少しと思うモンだから。…自分では使っていないつもりでも。
この俺でさえ、その始末だ、とハーレイが明かす水切りの事情。今の時代は、誰もがサイオンを持っているから、昔のようには数えられない記録。ただの遊びにサイオンの計測装置は無粋。
「それがちょっぴり残念かも…」
ぼくなら、サイオン、少しも関係ないのにな…。
ハーレイが授業で言ったみたいに、ぼくだけは昔の人と同じに遊べるんだよ。
うんと不器用で、サイオンなんかは使いたくても使えないから…。ホントに実力なんだから。
石が跳ねていく回数を増やせはしないよね、と零した溜息。
今の時代は、ハーレイでさえも「自信が無い」と言うほど、誰もがズルをしそうな時代。跳ねてゆく石に向かって「もう少し」と願ってしまって、無意識の内に使うサイオン。
けれども、今の自分には無理。どんなに強く願ってみたって、石は跳ねてはくれないから。
「お前が石を投げた場合は、実力か…。サイオンでズルは出来なくて」
皮肉だよなあ、今のお前も前と同じでタイプ・ブルーなのに。
前のお前なら、水の上でも平気で歩いてたのに…。石をサイオンで跳ねさせるどころか、少しも濡れずに水の上を歩いていたもんだ。
あの力は何処へ行ったんだか…。とことん不器用になっちまって。
「今だと沈んでおしまいだよ!」
石の水切りも出来ないけれども、ぼくだって沈んじゃうってば!
プールでも池でも、水の上なんかを歩こうとしたら、ドボンと沈んでしまうんだよ…!
もう真っ直ぐに落っこちちゃって…、と嘆いた自分の不器用さ。石さえ跳ねさせられない力は、自分の身体も支えてくれない。重いものは沈む水の上では。
「真っ直ぐにドボンと沈むのか。その姿が目に浮かぶようだが…」
沈んじまうようなお前がいいな、とハーレイが浮かべた優しい笑み。
石の水切りでさえもズルが出来ない、不器用なサイオンを持った今のお前が…、と。
「…なんで?」
沈んじゃうほど不器用なんだよ、そんなぼくの何処がいいって言うの?
クラスのみんなも笑っちゃうほど、ぼくのサイオン、不器用すぎてどうしようもないのに…。
「何度も言ったと思うがな? そんなお前だから、今度こそ俺が守ってやれると」
前のお前だと、俺にはとても守れなかったが、今のお前なら…。
水切りの練習中に池にドボンと落ちてしまっても、飛び込んで助けられるしな?
「ホントだ、前のぼくだったら…。落っこちたって、濡れもしないんだものね」
バランスを崩したら、すぐにシールドを張ってしまって、落っこちた池からヒョイと上がって。
助けに飛び込んで貰わなくても、ちゃんと自分で。
「そうなんだよなあ、前のお前だと」
俺の出番は全く無かった。…今のお前が同じ力を持っていたって、そうなるんだが…。
お前は持っちゃいないから、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「今度はお前を守らせてくれ」と、「不器用なお前は、俺が守る」と。
水切りの練習をしている最中に池に落ちたら、今の自分は沈むだけ。ドボンと真っ直ぐ。
そうなった時は、ハーレイが飛び込んで助けてくれて、ちゃんと岸にも押し上げてくれる。
頼もしい腕でグイと支えて、「早く上がれ」と。
そのハーレイは、真剣な顔でこう口にした。
「しかしだ…。頼むから、お前は池には落ちてくれるなよ?」
濡れたら風邪を引いちまうから、と気を付けるように念を押されたけれど。
そう注意するハーレイの気持ちも、分からないではないけれど…。
落ちてみたい気がしないでもない。
水切りの練習中に落ちた時には、ハーレイが飛び込んで、直ぐに引き上げてくれるから。
「石でも上手に跳ねていくのに、お前が落ちてどうするんだ」と、小言なんかを言いながら。
ゴシゴシ拭かれて、「風邪を引くぞ」と心配されて、そんな時間もきっと幸せだろう。
水の上を歩けない不器用な自分になったからこそ、池の水にも落っこちられる。
冷たくても、風邪を引いてしまっても、ハーレイと持てる幸せな時間。
だから池にも落ちたっていい。石を思い切り投げたはずみに、頭からドボンと落っこちても…。
石の水切り・了
※石の水切りという遊び。サイオンが普通な時代の今、ズルが出来ないのはブルーくらい。
サイオンが不器用になってしまったせいですけど、その分、ハーレイに守って貰えるのです。
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