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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

あなたに御縁を  第3話

教頭先生がお見合いをする日は今週の土曜。その話を知った翌日、私たちは寝不足の頭で登校しました。夜遅くまでメールや電話、思念波も交えて色々と話していたからです。お見合いを覗き見に行こう、と言い出した会長さんは我関せずと眠ってしまって連絡途絶。そして1年A組の教室にも会長さんの姿はありませんでした。
「ブルー、来ないね…」
ジョミー君が教室の後ろを眺めます。机が増えていないからには、会長さんは来る気も無いのでしょう。私たちは居眠りしながら授業を受けて、終礼が済むと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ急ぎました。柔道部三人組も一緒です。今日は部活は無いんでしょうか?
「教頭先生、朝練に来なかったんですよ」
そう言ったのはシロエ君。
「今週は柔道部の指導を休ませてもらう、ということなんです。教頭先生の指導が受けられないんじゃ、部活に出ても張り合いが…」
「ああ。だから俺たちも今日は休んで、昨日の話の続きをしようと」
キース君が相槌を打って、マツカ君も頷きます。教頭先生が柔道部を休む理由は、お見合いを強制されてショックを受けているからでしょうか?
「多分な。ブルーなら色々と情報を集めているだろう」
入るぞ、と先に立って壁を抜けてゆくキース君。私たちも急いで続くと…。
「かみお~ん♪ 今日はオヤツは後なんだって」
迎えてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの方を向きました。会長さんはソファに座って微笑んでいます。
「ハーレイに呼ばれているんだよ。全員揃ったら教頭室へ来いってさ」
「「「えっ…」」」
教頭先生が私たち全員に用事だなんて、いったい何事? もしかして昨日の食事代のことで…? お会計は会長さんがやっていたので金額はサッパリ分かりませんけど、教頭先生の名前でツケにしたのは確かです。大目玉を食らったらどうしましょう…。
「大丈夫。食事代の件なのは間違いないけど、叱られることはない筈だ。どちらかと言えば泣きつかれる方」
「泣きつかれる…だと?」
何故、と首を傾げてからアッと息を飲むキース君。
「まさか俺たちの食事代のせいで、財布が空になったんじゃないだろうな? 返せと言われても俺は赤貧だぞ。大学との両立が精一杯で、バイトしている暇がないんだ」
「ぼくたちだってバイトしてないよ! どうしよう、お小遣い少ないのに…」
ジョミー君が叫び、私たちは真っ青です。いつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が色々と御馳走してくれるので飲食費こそ要りませんけど、お小遣いの額は誰もが少額。夏休みの旅行だってマツカ君がいなければ実現できっこないプランでした。みんなの視線は自然とマツカ君の方向に…。
「いいですよ。そういうことなら、ぼくがお支払いさせて頂きます」
財布を出そうとするマツカ君を止めたのは会長さんでした。
「違うんだ、マツカ。…お金で片がつく問題じゃない。教頭室へ行ってみれば分かる」
行くよ、と立ち上がる会長さん。私たちは慌てて続きました。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。食事代の件で教頭先生に泣きつかれる…って、何でしょう? しかもお金で片がつかない問題って…?

教頭室に着くと分厚い扉を会長さんが軽くノックし、返事を待たずにガチャリと開けて。
「失礼します」
ゾロゾロと入って行った私たち。教頭先生はいつものように羽根ペンで書きものをしていましたが…。
「おお、みんな来たか。…ブルー、私の名前で飲み食いしたのはこの連中か?」
「そうだけど?」
わわっ、やっぱり叱られるかも! 首をすくめた私たちを教頭先生はじっと眺めて。
「昨夜したたかに飲んで、帰ろうとしたら言われたんだ。お隣の分の御勘定もお願いします、とな。…何のことかと思ったのだが、ブルーのサインがしてあった。隣の部屋で何をしていた?」
「「「………」」」
覗き見だなんて言えません。心で冷や汗を流していると、会長さんがしれっとした顔で答えました。
「ハーレイが考えているとおりだよ。ぼくたち全員で覗き見してた。ね、ぶるぅ?」
「うん! えっと、えっとね…ドーテーってなぁに?」
ひゃぁぁ! なんてことを、と叫ぶ間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は更に重ねて尋ねます。
「ドーテーだからお見合いするんでしょ? それ、なぁに? ブルーに聞いたら、本人に聞くのが一番だよって言われたんだけど…」
教頭先生は頬を真っ赤に染め、続いてサーッと青ざめて…。
「…何もかも聞いていたんだな…? それもお前たち全員で…」
「うん! みんな一緒に聞いてたよ。で、ドーテーってどんなものなの?」
「……私には関係ないことだ。その話はゼルのでっち上げだ」
「えっ、ハーレイってドーテーじゃないの?」
ポカンと口を開ける「そるじゃぁ・ぶるぅ」に教頭先生は重々しく頷いてみせました。
「ああ、違う。…だから意味は教えてやれないな。どうしても気になるのなら、後でブルーに聞いてみなさい」
「そっか…。じゃあ、そうする!」
素直に信じた「そるじゃぁ・ぶるぅ」。けれど私たちは疑わしい目で教頭先生を見るばかり。教頭先生は咳払いをして財布の中から一枚の紙を取り出します。
「これが昨夜の領収書だ。一番高いコースを頼んだらしいな。おまけに覗き見していたとくれば、見物料も請求できる。ぜひ支払ってもらいたい」
ひぇぇ! ゼロが並んだ領収書を見せられ、私たちは顔面蒼白。その上、見物料なんて…。マツカ君に頼るしかないじゃないですか! けれど会長さんは平然と。
「ハーレイ、言葉遣いが間違ってるよ。支払ってもらいたい、じゃなくて支払え、だろう。依頼じゃなくて命令形。それに支払いはお金じゃないよね。お金で済むならそうしたいけど…。マツカ、払ってくれるかな」
「あっ、はい!」
ポケットから財布を取り出すマツカ君に会長さんが領収書を見せ、教頭先生に向かってウインクしました。
「じゃあ、現金で清算しよう。見物料の他に慰謝料も上乗せしてくれていい。合計いくら?」
「ま、待て! 金ではなくて労働で…」
「「「労働!?」」」
とんでもない言葉に呆然とする私たち。あのゼロの数の分、どう働けと…?
「………見合いをブチ壊してもらいたい」
教頭先生は「頼む」と頭を下げ、机に頭を擦りつけるようにして言ったのでした。
「お前たちなら角が立たん。覗き見していたなら、私の窮地が分かるだろう? 昨日の食事代は私が負担する。だから見合いをブチ壊してくれ」

お見合いを…ブチ壊す? 乱入でもしろと言うのでしょうか。でも、そんなことをしたら私たちが処分されそうです。いくら未成年の団体だといっても、ホテルで騒げばつまみ出される可能性大。おまけに理事長が同席しているのに、どうしろと…? シャングリラ学園の学生だとバレたら最後、特別生でも停学とか…。
「やだね」
会長さんがプイッと顔を背けました。
「なんでぼくたちが働かなくちゃいけないのさ。食事代も見物料も慰謝料も、耳を揃えて払っておくよ。…マツカ」
「はいっ! えっと、食事代が…」
ひい、ふう…とお札を数え始めるマツカ君。教頭先生は慌てて止めに入りました。
「マツカ、財布を片付けてくれ! 働けなどと言った私が悪かった。食事はおごる。おごってやるから、私の見合いを…。お願いだ、ブルー!」
「………。命令の次はお願いかい?」
「お前たちにしか頼めないんだ。このままでは結婚させられてしまう。…覗いていたのなら知ってるだろう? 理事長の紹介となれば、そう簡単には断れない。おまけに断る理由が無い」
条件が揃いすぎている、と眉間に皺を寄せる教頭先生。
「まりぃ先生とは親しくさせて貰ってるからな…。それにサイオンこそ目覚めていないが、因子を持っているのも確かだ。私のブルーに対する気持ちも承知の上での申し出とくれば、承諾するしかないだろうが」
「相性がいいのは認めるんだ?」
会長さんの問いに、教頭先生は「うむ」と答えて俯きました。
「お前も知っているだろう? お前の写真や似顔絵を何度もプレゼントしてくれた。気前がよくて優しい人だ」
「似顔絵ねえ…。エロい絵を沢山貰ったんじゃないの?」
「………」
気まずい沈黙が流れたものの、教頭先生は気を取り直して。
「とにかく、まりぃ先生が乗り気で理事長が絡んでいるからな…。断る理由が見つからない以上、見合いをしたらトントン拍子に結婚が決まりそうなんだ。…ブルー、私はお前を忘れたくない」
「忘れなくてもいいじゃないか。まりぃ先生は承知なんだろ? 今までと何も変わらないよ」
「………。お前なら、そうかもしれないな。だが、私はお前のようにはいかない。結婚とは家庭を持つことだ。妻は大切にしてやりたいし、子供が生まれれば父親として愛情を注いでやりたいし。…本当は…ブルー、お前を嫁に貰って、ぶるぅを子供にしたかったんだが…そういうこともいつか忘れてしまうのだろう」
それが現実というものだ、と寂しそうに微笑む教頭先生。会長さんの悪戯を笑って許せる懐の広い先生ですから、いい旦那様になれるでしょう。奥さんや子供に囲まれる内に、会長さんを忘れてしまっても全く不思議はありません。
「……そうか、ハーレイがぼくを忘れちゃったら、もう悪戯ができなくなるんだ」
それは困る、と会長さんが不穏な言葉を口にしました。
「三百年も馴染んだオモチャがいなくなるのは面白くないな。…分かった、お見合いが成功しなければいいんだね? 全力でブチ壊してみるよ。まだまだ遊び足りないし」
「…オモチャというのが悲しいが…。お前にかまってもらえるのなら、オモチャでも満足すべきだろうな」
よろしく頼む、と繰り返す教頭先生に別れを告げて、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって一直線。今日のおやつのナタデココ入り杏仁豆腐を楽しみながら、お見合い壊しのプランを練り始めたのでした。

そして土曜日、お見合い当日。私たちは会長さんのマンションに集合し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんのシールドに入ってホテル・アルテメシアへ瞬間移動。いつもの『見えないギャラリー』となってメインダイニングの個室に潜入すると、理事長とヒルマン先生、まりぃ先生、そして教頭先生がテーブルを囲んで食事中でした。
「まりぃはハーレイ先生にぞっこんでしてな」
白い髭の理事長が目を細め、まりぃ先生と教頭先生を交互に眺めて笑みを浮かべます。まりぃ先生はフェミニンなワンピースを着て、とても清楚に見えました。かぶっている猫は半端な数ではないでしょう。
「ハーレイ先生の結婚相手を探している、という話をしたら、まりぃが名乗りを上げまして…。結婚なんぞに興味は無いと思っていたのに、女心というのは分からんものです」
「いやいや、学園に来られた時から仲は良さそうに思えましたよ」
そう言ったのはヒルマン先生。
「親睦ダンスパーティーでのタンゴは実に見事でした。今から思えば運命の赤い糸というヤツですかな」
こんな調子で談笑する理事長とヒルマン先生の間で、教頭先生はカチンコチンです。まりぃ先生は教頭先生に話しかけたり、微笑みかけたりと積極的。やっぱり本当に結婚志願?
「うーん、ハーレイには気の毒だけど…まりぃ先生はその気だね」
シールドの中で会長さんが呟きました。
「まりぃ先生が本気でないなら、お見合いを壊す必要も無いと思ったのにさ。この展開だと、ぼくらの出番になりそうだ。…帰ろう、準備しなくっちゃ」
マンションに戻った私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のピザとパスタで腹ごしらえ。食事が済むと会長さんは部屋へ着替えに出かけて行って…。
「どうかな?」
サラサラという衣ずれの音と共に現れたのは花嫁姿の会長さん。ゼル先生とのドルフィン・ウェディングでも着ていた、お馴染みの豪華なドレスです。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がきちんとお手入れしているらしく、今も新品同様でした。真珠のティアラと長いベールを着けた会長さんはリビングのソファに腰掛けます。
「ハーレイ、打ち合わせ通りにタクシーでこっちへ向かっているよ。まりぃ先生には悪いけれども、ぼくのオモチャを譲る気はないし」
教頭先生は「本当にブルーの存在を許せるかどうか、自分の気持ちを確かめて欲しい」とまりぃ先生に注文をつけ、会長さんの家に連れてくることになっていました。間もなく玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ ブルーが待ってるよ!」
「あらぁ、ぶるぅちゃん! 今日もいい子ねぇ」
まりぃ先生の弾んだ声が近づいてきて、リビングのドアが開きます。教頭先生が「どうぞ」とドアを押さえて、まりぃ先生を中へ通した瞬間。
「ハーレイ!!」
花嫁姿の会長さんが教頭先生めがけて駆け寄り、そのまま胸に飛び込みました。
「いやだよ、ハーレイ…。ずっと、ずっと考えてた。結婚するって聞いた時から、ずっと考え続けていたんだ。本当にそれでいいのかって。今日は祝福するつもりだった。でも、できない…。やっぱりできない。ぼくはハーレイと結婚する気はないけれど…ハーレイが他の誰かと結婚するのは嫌なんだ!」
「ブルー…。それでドレスを着てくれたのか?」
戸惑いながらも会長さんをそっと抱き締める教頭先生。
「うん。ハーレイのためにウェディング・ドレスを着るのはぼくだけでいい。ハーレイに下着を買ってあげるのも、ぼく一人だけでいたいんだよ」
切ない表情をする会長さんに、まりぃ先生が怪訝そうな顔を向けました。
「…えっと。ウェディング・ドレスはともかくとして、下着っていうのは何かしら…?」
「ぼくがハーレイに贈ってる下着。今も履いてると思うんだけど…。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
ダッと飛び出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の腰の辺りにポンッと両手でタッチした途端、青い光がパァッと走って…。
「うわぁっ!!」
教頭先生のベルトがスルリと外れ、ズボンがストンとずり落ちて…。会長さんが素早く身体を離した後には、上半身だけをスーツで決めた教頭先生が紅白縞のトランクスを履き、呆然と立っていたのでした。

「……あらら……」
まりぃ先生の目が大きく見開かれ、視線の先には紅白縞。教頭先生はハッと我に返り、アタフタと床に屈み込んで。
「…と…とんだ失礼を…」
落っこちたズボンを引き上げようとしたのですけど、ズボンは床に貼りついたように動きません。会長さんがサイオンで押さえているみたい。真っ赤になって焦る教頭先生を他所に、まりぃ先生が私たちを見回します。
「…ぶるぅちゃんの悪戯かしら? それとも計画の内なのかしら?」
「「「えっ?」」」
「私、ブルーに会うために来たのよね。なのに大勢揃っているし、なんだかちょっと変じゃない? ブルーがハーレイ先生の結婚を阻止したいんなら、ブルーだけいれば済むことよ。…そうでしょ?」
「「「………」」」
まりぃ先生の言うとおりでした。私たちが此処にいるのは、花嫁姿の会長さんを見た教頭先生が不埒な真似をしでかした時に備えるためで、ボディーガードみたいなものなんです。会長さんは「ハーレイは大根役者だから」と一切の計画を教えておらず、ただマンションに呼んだだけ。これでは確かに場合によっては危険です。
「私が思うに、この計画は二段構えね。まずブルーが結婚反対を叫ぶでしょ? それで私を動揺させておいて、第二弾として幻滅作戦を繰り出すという予定だったんじゃないかしら」
ズボンと格闘中の教頭先生は何も耳に入っていないようでした。まりぃ先生の方が冷静な上、この状況を楽しんでいます。紅白縞のトランクスをまじまじと眺め、それから会長さんに微笑みかけて。
「本当にあなたのプレゼントなの? 私には理解不能なセンスだけれど、ハーレイ先生を愛してるのね」
「…え?」
「私は愛だと思うわよ。それも屈折した愛ね。自分に惚れ抜いている人に下着を贈る…。それも普通の人が見たなら笑うしかない悪趣味なのを贈るというのは、独占欲の裏返しよ。自分以外の人の前では脱いで欲しくないという願望が裏に隠されてるの」
「………」
妄想の大爆発に絶句している会長さん。サイオンの集中が途切れたらしく、床から剥がれたズボンを教頭先生が必死の形相で履いて。
「ブルー! なんてことをするんだ、女性の前で!!」
「いいんですのよ。私、全然、気にしませんわ」
ニッコリ笑うまりぃ先生。
「意外な一面が分かって嬉しいんですの。紅白縞…。それもブルーのプレゼントを大事に履いてらっしゃるなんて、心温まるお話ですわ。こんなに思い合っていらっしゃるのに、お邪魔をしてはいけませんわね」
「は?」
「お見合いの話。ハーレイ先生となら素敵な結婚生活が送れそうだと思ったんですけど、先生は結婚なさりたくないのでしょ? だからお見合いをブチ壊そうと、ブルーたちを引っ張り出した。…先生、ブルーも先生のことを愛してるんだと思いますわよ」
まりぃ先生は会長さんの歪んだ愛情とやらについて熱弁を奮い始めました。会長さんが口を挟もうとする度に「いいの、いいのよ、分かってるから」と軽くいなして、延々と自説を唱えまくったその果てに…。
「ブルーは自覚していないのが泣けますわ。でも、確かに愛は存在しますの。どなたがハーレイ先生の結婚話を言い出されたのか知りませんけど、そんな計画は滅ぼさなくては。愛し合う二人を引き裂くなんて最低です。トップバッターが私だったのは天の声。不肖まりぃが結婚計画を闇に葬って差し上げますわ!」
メラメラと炎を背負って拳を握り締めるまりぃ先生。
「ハーレイ先生、私にお任せ下さいな。ハーレイ先生とブルーのイラストを好きなだけ描ける結婚生活を夢見た私も馬鹿でしたの。ブルーにその気は無いんだと思って、ハーレイ先生の全てを堪能しながら色々描いて楽しもうと…。
けれど、両想いなら身を引きますわ。…ただ、その前にデートの続きを」
お芝居のチケットを買って下さっているんでしょ、と教頭先生の袖を引っ張ります。
「え、ええ…。お好きだと聞いたものですから」
「ブルーに雰囲気が似てるんですのよ。ハーレイ先生は女形はお好き?」
花魁姿が絶品ですの、とキャーキャーはしゃぎ立てながら、まりぃ先生は教頭先生と腕を組んで劇場に出かけていきました。…えっと、これからどうなるんでしょう…?

「…参ったな…」
花嫁姿の会長さんはソファに突っ伏して脱力中。
「どうしてあんな話になるのさ。ぼくがハーレイを好きだって…? そりゃ、からかうと楽しいけれど…」
「だから愛情の裏返しだろ」
すかさず突っ込みを入れるキース君。
「ちやほやされるのは大好きなんだし、歪んだ愛というヤツだろう。あんたが女に幻滅したら、消去法で教頭先生が一番最後に残るんじゃないか?」
「…どんな女性でもハーレイよりかはマシだと思う…」
「その格好で何を言っても説得力は全く無いぞ。何処から見ても輿入れ前の花嫁だ」
「…分かってるけど動く気もしない…」
サイオンを使う気にもなれない、という会長さんのドレスを脱がせて着替えさせたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」とサム君でした。サム君は会長さんに弟子入りしたので、手伝う義務があるのだそうです。着替えの間、スウェナちゃんと私はリビングの外に出ていましたが、着替えが済んで戻ってみるとサム君は頬を染めていました。会長さんったら、本当にサム君にだけは甘いんですから…。
「まりぃ先生、どうするのかな?」
ジョミー君が首を傾げます。
「闇に葬るとか言ってたけれど、そんなに簡単に出来るものなの?」
「…まりぃ先生ならやってのけるさ」
ようやく立ち直った会長さんが座り直して言いました。
「ハーレイには不名誉なことになるけど絶対確実、二度と縁談は持ち上がらない」
「「「???」」」
「さっきサイオンで探ったんだ。芝居を見た後、二人は夕食を食べて別れる予定になっている。でも、まりぃ先生は二人でホテルに出かけたことにする気らしいね」
「「「ホテル!?」」」
ホテルって…まりぃ先生と教頭先生が…? それってバーに行くとかじゃなくて…。
「うん。バーじゃなくって、部屋の方。そこでやることは一つだけれど、できなかったらどうなると思う?」
クスッと笑う会長さん。
「まりぃ先生は保健室の先生だから、色々と知識があるんだよね。今夜の内にヒルマンの所に報告が届く。ハーレイ
は結婚よりも先に治療しないといけません…って」
「「「治療?」」」
「そう。EDの」
「「「いーでぃー???」」」
聞き慣れない言葉にオウム返しの私たち。会長さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「男性として役に立たないっていう意味さ。それじゃ結婚できないだろ? ヒルマンたちも治療してまで結婚しろとは言わない筈だ。結婚話はこれで立ち消え」
「じゃあ、あんたへの強姦未遂は…」
キース君の問いに「未遂だからね」と会長さん。
「未遂だった以上、EDかどうかは分からないんだし問題ないよ。まりぃ先生とのお見合いをブチ壊しても次がくるだろうと思ってたけど、もう安心だ。これからもハーレイをオモチャにできる」
「つくづく歪んだ愛情だな…」
「愛じゃないっ!」
からかうのが楽しいだけなんだ、と会長さんは懸命に主張しています。確かに愛は無さそうですが、三百年以上の付き合いだけに歪んだ何かはあるのかも…。

まりぃ先生は宣言通り、教頭先生の結婚計画を闇に葬り去りました。教頭先生の所に山ほどあった結婚相談所への登録はゼル先生が全て抹消し、届いていたプロフィールも送り返してしまったようです。まりぃ先生との縁談は、まりぃ先生の方から「私にはもったいない方ですので」と断りがあったらしいのですが…。
「ブルー、お前は何か聞いていないか?」
教頭先生が私たち全員を教頭室に呼び出し、不思議そうな顔で尋ねました。
「まりぃ先生が結婚話が持ち上がらないようにしてくれたのは間違いない。それはいいんだが、どうも変でな」
「………何が?」
「ゼルたちの私を見る目が変なのだ。こう、妙に優しい眼差しというか…。ブラウには「強く生きな」と肩を叩かれたし、ヒルマンは「いつでも相談に乗るよ」と言った」
何のことだろう、と首を捻っている教頭先生。童貞の次はEDのレッテルを貼られたなんていう事実を知ったら、いったいどんな反応が…? でも会長さんは知らん顔。
「さあ?…ぼくは何も聞かされていないけど…。ぶるぅ、お前も知らないよね?」
「うん、知らない」
童貞って何? と前に叫んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」は今度は沈黙を守りました。会長さんを見ると肩が微かに震えています。きっと口止めをしておいた上で笑いを堪えているのでしょう。
「…やっぱり知っているんだな? 教えてくれ、ブルー! 気になって夜も眠れないんだ」
「大丈夫、そのうち疲れて眠れるってば。どうしても気になるんなら、まりぃ先生に直接聞くのがいいと思うよ」
新作のイラストも出来たようだし、と艶やかに微笑む会長さん。
「タイトルは『歪んだ愛』だってさ。ぼくを紅紐で縛って吊るす絵らしいね。確かに歪んだ愛情だ。…言っとくけれど、ぼくは縛られるのも吊るされるのも御免だから」
じゃあね、と踵を返す会長さんに私たちも続いて出てゆきます。教頭先生、まりぃ先生の所へ行くんでしょうか? 行ったとしてもEDのレッテルは剥がれないような気がするんですが…。まりぃ先生は歪んだ愛を守る決意でEDの噂を流したのですし、撤回したら降ってくるのは結婚話。教頭先生、二度と縁談を持ち込まれないよう、ED判定を食らっておくのが最上の策だと思いますよ~!




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