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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ケバブの誘惑

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園、本日も平和に事も無し。いえ、異変と言えば異変が一つ。キース君が欠席しているのです。秋のお彼岸でさえ欠席せずに登校したのに、風邪を引いたか何かでしょうか? グレイブ先生は「キース・アニアン、欠席だな」と言っただけでしたから、ちゃんと届けはあったのでしょうが…。
「キース、結局、来なかったね」
遅れて来るかと思ったのに、とジョミー君。それは私も考えてました。どうしても抜けられないお葬式などで六時間目にしか出られなくっても登校するのがキース君です。放課後の部活と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で過ごす時間を合わせれば充分値打ちがあるのだそうで…。
「キースかい? 学校どころじゃないだろうねえ…」
明日は来られるといいけれど、と会長さんが紅茶のカップを傾け、シロエ君が。
「えっ、キース先輩、病気ですか?」
「違うよ、ただのボランティアさ」
欠席届もそう書いた筈、と会長さんはのんびりと。
「ただ、今日中に全部終わるかどうか…。終わったとしても、明日はグッタリお疲れだろうね」
「「「???」」」
「その辺は本人の口から聞きたまえ。それよりさ、これ」
こんなチラシが、と会長さんが地味な茶色のチラシをテーブルの上に。文字とイラストが入ってますけど、色刷りなんかではありません。手作り感漂う黒ペン一色。
「ぶるぅが貰って来たんだよ。スーパーの前で配っていたらしい」
「かみお~ん♪ マルシェをやるんだって!」
「「「マルシェ?」」」
「本来の意味だと市場かな。それっぽく賑やかに手作り世界のグルメ市さ」
デパートの物産展のようにはいかないけれど、との説明どおり、会場からして小規模でした。外国からの観光客が拠点にしているユースホステルの庭が舞台です。でも本場の手作りソーセージとか、本格派カレーのお店とか。これはなかなか面白そうで。
「ねえねえ、みんなで行ってみようよ♪」
キースのお疲れ休みにもピッタリでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。開催は今度の土曜日です。うん、キース君が登校して来たら誘ってみるとしましょうか…。



ボランティアに出掛けたというキース君は次の日も欠席。いったい何のボランティアかと会長さんに尋ねても「本人に訊けば?」の一点張りで、疑問は膨らむ一方で。二日間休んで学校に現れたキース君は早速取り囲まれたのですが…。
「話は放課後にさせてくれ」
俺は現実に戻りたいんだ、と席に着くなり鞄を開けるキース君。教科書をチェックし、ペンケースなどを机に入れて授業の用意をしています。それが終わるとマツカ君とシロエ君に欠席中の部活の確認。話す気は全く無さそうです。
「…どうしたのかな?」
変だよね、とジョミー君が呟けば、サム君が。
「ボランティア先で何かあったんだろうなぁ、まあ、放課後まで待ってみようぜ」
「そうね、訊くだけ時間の無駄よね」
そうしましょ、とスウェナちゃん。それからのキース君は普段通りに振る舞ったものの、ボランティアの話は微塵も出さずに放課後になって、部活に出掛けて。ジョミー君とサム君、スウェナちゃんと私は一足お先に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で待つことに…。
「ダメだよ、キースも口が堅いよ」
ブルーと同じで、というジョミー君の嘆きに、会長さんは。
「口が堅いと言うよりは…。どちらかと言えば忘れたいんだよ、休んでた間の地獄をね」
「「「地獄?」」」
「そう、地獄。本人が来れば堰を切ったようにブチまけてくれると思うけどねえ、二日間の愚痴」
まあ楽しみにしていたまえ、と微笑む会長さんの手には例のチラシが。
「このマルシェ。キースもきっと喜ぶさ。非日常の憂さを晴らすには非日常ってね。ぶるぅの料理じゃ日常だからさ」
「んとんと…。お料理は色々作れるけれど、ぼくじゃ普段とおんなじだよね」
違うのはお料理の見た目だけ、と言いつつ今日も素敵なスイーツが。ちょっと黄色いモンブランだな、と思っていたら、なんとカボチャのモンブラン! 柔道部三人組のためにキノコたっぷりの焼きそばの用意も始まって…。
「かみお~ん♪ 部活、お疲れ様~!」
「ああ、すまん。…ぶるぅの料理も久しぶりだな」
此処の空気も懐かしいぜ、とキース君はソファに腰掛けました。たった二日間お休みしただけで懐かしいとか、朝の「現実に戻りたい」発言だとか…。キース君に何があったのでしょう? 早く焼きそばを食べて落ち着いて、ゆっくり話してくれないかな…。



会長さん曰く、地獄を見て来たらしいキース君。どんな地獄か気になります。焼きそばをお代わりしている柔道部三人組を眺めつつ、待ちくたびれた気持ちでいると、ようやく三人組の前にも紅茶やコーヒー、それにモンブランが。
「美味いな、やっぱりインスタントはダメだ」
キース君がそう言ってコーヒーを啜り、私たちを見回すと。
「…思いっ切り聞きたそうな顔をしてやがるな、どいつもこいつも」
「そりゃ気になるよ! たったの二日休んだだけで、どうしたらそんなになるんだろうって!」
懐かしいなんて普通じゃないし、とジョミー君は遠慮がありません。
「ボランティアだって聞いたんだけどさ、何処に行ってたわけ?」
「お前の嫌がる所だが?」
「…ま、まさか……」
「気付いたようだな、いわゆる寺だ。璃慕恩院の御役目だったら文句も言わんし、何をやらされても忍の一字だが、流石に普通にタダ働きでは…」
酷く疲れた、とキース君はモンブランを大きめに切って口の中へと。甘い物が欲しい心境というヤツでしょう。
「大学の先輩が晋山式をすることになってな」
「「「シンザンシキ?」」」
「住職就任の儀式のことだ。先輩は自坊……自分の家の副住職だが、近所に長年住職のいなかった寺があったらしくて、璃慕恩院から兼務しろとのお達しが」
それで就任式なのだ、とキース君。ところが、長年お寺を守る住職がいなかっただけに、お寺の中は大変なことに。
「境内と建物は檀家さんが維持管理をしてくれていたらしい。だが、本堂の中身の方が…。檀家さんは素人集団だけに、御本尊様の埃を払うのが精一杯で…。仏具の類がすっかり曇って」
それを磨きに行って来たのだ、とキース君は自分の肩をトントンと。
「しかも先輩がうるさい人でな、ピカールを使わせてくれんのだ! ニューテガールなんぞはもっての外だ、と言われてしまってどうにもこうにも」
「「「…ピカール???」」」
名前からして磨くための道具みたいです。ニューなんとかもそうなのかな?
「そうか、お前たちに言っても分からんか…。ピカールは仏具専用の磨き材だが、これで磨くには時間がかかる。ニューテガールも仏具用でな、こっちは浸けておくだけなんだ」
引き上げて専用クロスで拭けばOK、とキース君。しかし件の先輩さんは仏具に敬意の人だったらしく。
「梅酢で拭って重曹で磨け、と言われても…。仏具磨きのプロもそれでやるんだし、ウチもそうだが、あそこまで曇った仏具が山積みとなると…」
二度と勘弁願いたい、とキース君は遠い目をしています。丸二日間も仏具磨きの地獄を過ごしてきたという手は気の毒なほどに荒れていました。会長さんがハンドクリームを差し出し、例のチラシを。インスタントコーヒーと仏具磨きの日々だっただけに、飛び付いたのは無理もありませんです~!



キース君の手荒れも癒えてきた週末、私たちはユースホステル主催のマルシェへお出掛け。秋晴れの行楽日和とあってマルシェは人で賑わっています。
「かみお~ん♪ あれ、食べたい! あっ、そっちも~!」
グルメ大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本場の味に大喜びで、私たちもバナナの葉っぱに盛り付けてもらえる本格派カレーやハーブたっぷりソーセージなどに舌鼓。中でも一番目を引いたのは…。
「アレって見るのも楽しいよね」
「うんうん、それに美味いんだよな!」
また食おうぜ、とサム君とジョミー君が先頭に立ってケバブの屋台へと。ドネルケバブと呼ぶらしいソレは屋台の店先で串に刺された肉のタワーがゆっくり回転しながら炙られていました。注文すると大きなナイフでそぎ取ってくれて、野菜と一緒にナンに似たパンに挟んで渡してくれます。
「一つ下さい!」
「俺も一つ!」
ジョミー君たちが注文する後ろに並んで私たちも。一番後ろに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も並びましたが…。
「あ、キャベツは抜きでお願いしたいな」
「ぼくもトマトとタマネギだけでお願いしまぁーす♪」
会長さんたちの注文に屋台のおじさんは満面の笑顔。ケバブの本場の人っぽいですが、流暢な言葉で「通ですね」と。そっか、キャベツたっぷりは邪道なんだ?
「そうだよ、本場じゃキャベツ無し! ね、ぶるぅ?」
「うん! それに炭火の直火焼きだよ♪」
屋台じゃ炭火焼きは難しいよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。本場でも最近はガスや電気が増えたそうですけど、田舎では今も炭火が基本。肉もタワーみたいな垂直ではなく、羊なんかの丸焼きみたいに横倒しで回転させて焼くとか。
「あれはホントに美味しいよ。…食べたくなってきちゃったな」
「ぼくも食べたい!」
久しぶりに食べに行こうよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんの袖を引っ張っています。あの二人なら瞬間移動で今すぐにだって行けるでしょう。いいなぁ、本場のドネルケバブ…。
「ん? 君たちも食べたいわけ? でもねえ…」
この人数を連れて飛ぶのは流石に無理、と会長さん。
「テイクアウトで我慢したまえ、ちゃんと買ってきてあげるから」
「んーと、んーとね、今は無理だけど…」
向こうは夜の夜中みたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。そういえば時差がありましたっけ。とりあえず昼間はマルシェで色々食べて、本場モノは夜のお楽しみかな?



夕方までをマルシェで過ごすとお腹いっぱい。それでも本場のケバブは別腹とばかりに、私たちは会長さんのマンションにお邪魔しました。リビングで紅茶やコーヒーを淹れてもらって待っている間に会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパッと姿を消しまして…。
「かみお~ん♪ お待たせ―!!」
「はい、お待ちかねの本場のケバブ! 焼き立てだよ」
どうぞ、と配られた本場モノの味は絶品でした。マルシェのケバブも美味しかったですけど、もっとスパイシーでいい感じ。炭火焼きだとこうも違うか、と味わい深く噛み締めていると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「やっぱり美味しい~! 作りたいなぁ…」
「「「は?」」」
「えっとね、作り方が気になったから、みんなの分を待ってる間に、おじさんの頭の中を覗いてみたの! そしたら凄くビックリしちゃって…」
お肉は塊じゃなかったんだね、と言われましても。…ケバブ屋台で回っていたのは大きな肉の塊でしたよ? 他のみんなも怪訝そうな顔をしています。
「…塊だったよ、昼間に見たヤツ」
ジョミー君がストレートに口にし、キース君も。
「塊でなきゃ切れんだろう? それともアレは一種のハムか?」
「えとえと…。なんかハムより凄いみたい!」
ドカドカ重ねちゃうんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。えっ、重ねるって……串にグルグル巻き付けるとか? バウムクーヘンを焼くように…?
「違うの、ホントに重ねるの!」
「そう。ぶるぅが目を丸くしていたからねえ、ぼくも失礼して覗かせて貰った。秘伝のタレに漬け込んだ薄切り肉をね、串に何層にも刺していくんだよ。座布団を積み重ねるように」
「「「えぇっ!?」」」
ビックリ仰天とはこのことでしょう。塊だとばかり思っていた肉のタワーが何十段だか何百段だかの積み重ねだなんて…。今齧っている本場のケバブもそのようです。でも……お肉を見詰めてみても境目なんかは分かりませんよ?
「肉の境目が分かるようではダメなのさ。切ったらバラバラになっちゃうし…。肉を刺したら次は牛脂で、また肉で牛脂。そんな感じで固めるようだね」
なんと、牛脂が接着剤? そんな舞台裏を聞いてしまうと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作りたがるのも分かります。食欲の秋に手作りケバブ。これはとっても素敵かも…?



ドネルケバブが作りたくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は着々と準備を進めました。屋台用の電動で焼ける回転機械は保管するのが面倒だから、と串は手回しする方向で。私たちが交代しながら順番に串を回すのだろうか、と一応覚悟はしていましたが…。
「ふふ、そういった力仕事は最適なのがいるだろう?」
アレを呼ばずにどうするのだ、とニヤリと笑う会長さん。
「ハーレイにグルグル回させるのさ、そしてぶるぅが肉をスライス! これなら誰もが楽しめる。ハーレイだって、ぼくと一緒にケバブを食べる会なんだよって言えば感激するからね」
「「「………」」」
教頭先生、一人で串を回すんですか! でもまあ、それが楽でいいかな…。
「そうそう、楽しくやらなくちゃ! 串も買ったし、今度の土曜日に肉のタワーを作ろうかと…。見学も兼ねて遊びに来るだろ?」
会長さんの提案に私たちは大歓声。そこへ…。
「ケバブの串を追加でよろしく」
「「「!!?」」」
いきなり聞こえた会長さんにそっくりの声。バッと振り返った先で紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが笑顔で立っていました。
「今日は黒イチジクのタルトだって? ぼくにも一つ」
スタスタと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を横切り、ソルジャーはソファに腰を下ろすと。
「ぼくもケバブを作ってみたいな、串を回さずに済むならね」
肉のタワーがいいんだよ、と言ってますけど、マルシェからこっち、ソルジャーは遊びに来ていませんよ? 覗き見しただけでケバブの味が分かるもんか、と思っていれば。
「ケバブかい? わざわざブルーが買いに出掛けたのを見たからねえ…。これは美味しいに違いない、とノルディに頼んで色々と用立てて貰ってさ」
言葉の壁はブルーと同じでサイオンでスパッと解決だ、と嘯くソルジャー。つまりエロドクターに本場の通貨を用意させた上で、買い食いにお出掛けしたわけで。
「食べに行っただけのことはあったよ、美味しかったなぁ…。もちろんハーレイにもお土産に買って、ぶるぅにも山ほど買ってやったよ。ハーレイもケバブが気に入ったらしい」
だから手作りしたいのだ、とソルジャーは膝を乗り出しました。
「作るんだったら是非、混ぜて欲しい。肉作りから参加するからさ」
「…串くらいは買ってあげてもいいけど…。君の肉作りは手伝わないよ?」
自分で肉の面倒を見ろ、と会長さんに言われたソルジャーはコクリと頷いて。
「うん、ちゃんと自分で用意する。土曜日は肉を持参で来るから、漬け込み用のタレだけ教えて貰えるかな? 漬け込んでおかないとダメなんだよね?」
「かみお~ん♪ でないと味が馴染まないしね! えっとね、薄切り肉だから前の日の晩に漬ければ充分なんだけど…。タマネギとニンニクをすりおろしてね、オリーブオイルにヨーグルトに…」
トマトペーストにオレガノ、クミン…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はズラズラズラ。料理なんかとは無縁のソルジャー、悲鳴を上げて「メモに書いて!」と泣きを入れる羽目に陥ったのは至極当然だと思いますです…。



約束の土曜日、私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんのマンションへ。エレベーターで最上階のお部屋に着くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎え。
「かみお~ん♪ お肉の用意、出来てるよ!」
もうすぐあっちのブルーも来るから、と案内されたキッチンの料理用テーブルに大きな串が立っていました。長さ一メートルくらいの銀色に光る太い串。本場モノだという串は二本で、片方がソルジャーのための串です。
「凄いや…。これに順番に刺すんだよね?」
薄切り肉を、とジョミー君が長い串を上から下まで何度も眺め、マツカ君が。
「とっても手間がかかりそうです。ぼくもお手伝いしましょうか?」
「んーとね、ぼくは大丈夫! お料理とかは慣れてるし…。お手伝いなら、あっちのブルーを手伝ってあげればいいんじゃないかな?」
きっと上手に出来ないと思うの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そう。それは私たちも同じでした。自分でやるとか言ってましたが、相手はソルジャー。あまり器用ではなかったような…。
「こんにちは。…なんか手伝ってくれるんだって?」
ありがとう、と空間が揺れてソルジャーが姿を現しました。ケバブ用に漬け込んだ肉が入っているらしい大きな袋を抱えています。
「まだ手伝うとは言っていないぞ」
アテにするな、とキース君が切り返したものの、ソルジャーはまるで聞いてはおらず。
「自分でやるとは言ったんだけどね…。肉を薄切りにする所からしてまるでダメでさ、仕方ないから奥の手を…。ちょっと悪いとは思ったけれど…」
「何をしたのさ?」
会長さんの咎めるような目つきに、ソルジャーが肩を竦めてみせて。
「時間外勤務」
「「「時間外勤務?」」」
なんじゃそりゃ、と私たちの声が引っくり返り、ソルジャーは。
「そのまんまの意味だよ、時間外! ぼくのシャングリラにも厨房専属のクルーたちがいる。その連中に私的なお願い。だけどバレたら始末書くらいじゃ済まないからねえ、何をしたかは忘れて貰った。残業したのも忘れているよ」
「それがソルジャーのすることかい!?」
「仕方ないだろ、君と違って不器用なんだよ! 一応、フォローはしといたし…。ソルジャー自ら視察した上で労いの言葉って喜ばれるんだ。次の日の朝に行っといた」
昨夜は肉の漬け込みをお願いしたから今日の朝も、と言うソルジャーのフォローとやらは軽すぎるような気がします。御苦労様の一言よりも、何か一品つけるとか…。
「ダメダメ、それだと頼みごとをしたのがバレちゃうし! 御礼の言葉と握手で充分」
「「「………」」」
ソルジャーの世界のシャングリラ号をケバブ作りに巻き込もうとは夢にも思っていませんでした。私たちが本場のケバブを食べたがったばかりに、この始末。ホントのホントにごめんなさいです…。



私服に着替えたソルジャーがエプロンを着けて串の前へと。隣の串は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の担当ですけど、なにしろ身体が小さいですからテーブルの上に立っています。
「えとえと、お行儀が悪いんだけど…。こうしないと串に刺せないし…」
「いいって、いいって! 気にすんなよ」
子供だしな、とサム君が豪快に笑い、私たちも拍手で応援。さあ、ケバブ肉作りの始まりです。会長さんが冷蔵庫からタレに漬け込まれた薄切り牛肉と牛脂の山を運んで来て。
「はい、ぶるぅ。ブルーも自力で頑張って欲しいんだけどさ、そもそも根本からして分かっていないみたいだし…」
なんで薄切り肉を買わなかったのだ、と会長さんは冷たい視線。
「肉の分量が分からなかったかもしれないけどねえ、そういう時にはお店で訊けばいいんだよ! このくらいの塊の肉を薄切りで買ったらどのくらいですか、と言えば量ってくれるから!」
「そうなのかい? でもねえ…」
あちこちで買ったものだから、とソルジャーは抱えて来た袋を開けて沢山の袋を取り出しています。薄切り肉と牛脂なのでしょうけど、こんなに小分けにしなくても…。それともアレかな、こだわりの肉が産地別に分けて詰めてあるとか? あちこちで買ったと言ってましたし…。
「うん、まあ…。産地と言うより種類別かな」
ああ、なるほど。ヒレとかロースとか、お肉にも色々ありますもんね。たかがケバブに、この凝りよう。そんなタイプとは知らなかった、と感心していると。
「ケバブを食べたいって言った時にさ、ノルディに教えて貰ったんだけど…。ドネルケバブの肉って牛肉だけじゃあないんだってね? 豚とか羊とか鶏だとか」
それがヒントになったのだ、とソルジャーは幾つもの袋を開けながら。
「ぼくのは究極のケバブなんだよ、思い切り自信アリってね」
まずはどれから刺そうかな、と悩みつつ、まずは一枚、危ない手つきでグッサリと。タレに漬け込まれたせいで豚だか牛だか分かりませんけど、なんとか下まで刺せました。お次は牛脂。ソルジャーがモタモタしている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」は既に何層も重ねています。
「んしょ、んしょ…。こんな感じかなぁ?」
精一杯の体重をかけて押し込み、ペタペタ叩いて形を整え、次のお肉と牛脂をグサリ。手際良く伸びてゆくお肉のタワーと、見るも危なっかしいソルジャーの殆ど高さが伸びないタワーと。とうとうキース君が見かねて声を掛けました。
「おい、良かったら手伝おうか?」
「いいのかい? 助かるよ」
ソルジャーの顔がパアッと輝き、キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」にエプロンの置き場所を尋ねています。うーん、ダテに仏弟子だの副住職だのはやっていませんでしたか、キース君! 困っている人を助ける役目って、お坊さんの基本ですものね。



助っ人に入ったキース君はソルジャーの肉のタワーをキッチリ押し込み、形をしっかり整えてから「ほれ」と右手を差し出しました。
「次に刺すのはどの肉なんだ? 言ってくれんと手伝えんぞ」
「ええっと…。コレかな、それじゃよろしく」
ソルジャーが渡した薄切り肉をキース君が上手く突き刺し、牛脂を重ねて「次!」と右手を。
「それじゃ、これ」
「よし。…ん? この肉は小さすぎないか?」
「いいんだってば、最終的には塊なんだし! その分、何処かで調整すればね」
「そういうものか? まあ、いいが…」
あんた専用のケバブ肉だしな、と素っ気なく口にしつつも、キース君は小さめの肉と次の牛脂を念入りに叩いて押し付けています。少しでも調整しておこうという心配りが凄かったり…。ソルジャーとキース君の共同作業は順調に進み、隣のタワーとの差も縮まり始めて。
「どんどん渡せよ、あんたは刺すのに向いてないしな」
「感謝するよ。はい、次」
「ああ」
薄切り肉をグサッと刺して押し込もうとしたキース君の手が不意にピキンと固まりました。肉を手にしたまま、震える声で。
「お、おい…。こ、此処に尻尾のようなものが…」
「えっ、尻尾? …ごめん、クルーが取るのを忘れたのかも」
「「「尻尾!!?」」」
どうして薄切り肉に尻尾なんかが、と覗き込んでみれば確かに尻尾。細くて短い尻尾です。牛とか豚の尻尾にしてはサイズが小さすぎる気が…。キース君は尻尾つきの肉をタワーに押し込み、ソルジャーをギロリと睨み付けると。
「…この尻尾、何の肉なんだ? 俺の知識が確かだったら、牛だの豚だのの尻尾ではないな」
「スッポンだよ。さっきの小さい肉も同じさ」
ケロリと答えたソルジャーに誰もが唖然。なんでスッポンがケバブ肉に…?
「え、だって。薄切り肉を固めて塊にするんだろう? バラエティ豊かに仕上げるチャンスさ、いろんな肉をね」
「ちょ、ちょっと…」
会長さんが隣のタワーから移動してきて。
「もしかして薄切り肉を買えなかった原因はソレなのかい? スッポンの薄切り肉なんて売っているのは見たことないしね」
「そうなんだよ! 何処も塊とか丸ごとばかりで、どうにもこうにも」
薄切りにするのも一苦労だった、と愚痴るソルジャー。その作業、ソルジャーじゃなくて向こうの世界のシャングリラ号のクルーたちがやった筈ですが…?
「だから余計に苦労したんだよ、普段に厨房で扱ってるモノと違うしさ…。ぼくも捌き方なんて分かっていないし、もう適当にやれとしか…。それで尻尾の取り残しがね」
申し訳ない、とソルジャーがキース君に謝り、袋の中から次の肉を。
「こっちは尻尾は無いと思うよ、最初から塊で買ったから」
「…何の肉だ?」
「パワーみなぎるオットセイ! でもって、こっちのが馬で、こっちがアザラシ」
「……分かった、もういい……」
説明しなくても大体分かった、とキース君は大きな溜息。スッポンにオットセイ、馬肉とくればソルジャーが何を目指しているのか嫌でも分かるというものです。万年十八歳未満お断りでも、長年ソルジャーに付き合っていれば精の付く食べ物オンパレードだというくらい…。
「悪いね、手伝ってくれているのに嫌な思いをさせちゃって。…尻尾の件は本当にごめん」
「い、いや…。気付いた俺が悪かった。ほれ、次!」
「了解。これはね、龍と名高い蛇の肉でさ」
「……へ、ヘビ………」
ぎゃあぁぁぁぁ!!! とキース君の叫びが響き渡って、それ以降、ソルジャーのタワー作りに新たに加わる人は誰一人としていませんでした。乗りかかった船のキース君だけが泣きの涙で積み重ねた肉、センザンコウなんていう御禁制の品もしっかり混じっていたようです…。



ソルジャーが嬉々として作った精力目当てのケバブ肉のタワーと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」作の牛肉オンリーのケバブ肉タワーは余分な肉をナイフで切り落として形を整え、型崩れしないよう食品用ラップでグルグル巻きに。出来上がったら串から外して冷蔵庫に保管。
「…ブルーの分は持って帰ってくれて助かったよ…」
あんな肉なんか預かりたくない、と呻く会長さん。あれから毎日、ソルジャーのケバブ肉は何かと話題になっています。タワーを作り終えたキース君が洗面所で三十分も手を洗い続けたとか、あれ以来、朝夕の勤行で本堂の『三界万霊』と書かれた位牌の前で五体投地だとか、色々と。
「…あいつのことだ、一つくらいは殺生したかもしれんしな…」
キース君が嘆けば、会長さんも。
「そうだよねえ…。全部お店で買ったと言うけど、活けで買ってたら殺生だしねえ…。君には本当に同情するよ、ダメージが半端なさそうだ」
ヘビ肉だけでも大ダメージ、と会長さんが呟く横でキース君は合掌とお念仏。ヘビ肉を串に刺してゆく作業よりかは、先輩さんに苦労させられた仏具磨きの地獄の方が遙かに極楽らしいです。それに文句を言ったばかりに罰が当たった心境らしく。
「阿弥陀様、申し訳ありません…。荘厳具を磨かせて頂く有難さも忘れ、至らぬ凡夫でございました。どうかお許し下さいませ。…南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」
「もうそのくらいにしとけよ、な? キリがねえぜ」
サム君がキース君の肩をポンと叩くと、親指を立てて。
「それより明日はケバブ焼きだろ? あっちのブルーの肉は忘れて楽しまなきゃな」
「そうだったな…。俺が延々と落ち込んでいたんじゃ、せっかくのケバブも味が落ちるか…」
「かみお~ん♪ ハーレイにお手伝い、頼んであるもん! 沢山パンを焼いとくね!」
トマトとタマネギのスライスも、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。念願の手作りドネルケバブ。本場のお店からレシピを盗んだヨーグルトソースもバッチリ仕込んで、明日の土曜日を待つばかり。ソルジャーが肉を抱えてやって来ることは分かってますけど、忘れにゃ損、損!



こうして迎えたドネルケバブ焼きの日。会長さんのマンションの屋上に炭火焼き用の竈が二つ並べて据えられ、冷蔵庫から出された肉とソルジャーが持参した肉が串に刺されて竈へと。タワーではなく横倒しにされ、いわゆる丸焼きコースです。
「じゃあ、ハーレイ。君は間に立って串を回す、と」
会長さんの指示で、今日から参加の教頭先生がスタンバイ。右手と左手、それぞれに串を回すための取っ手を握ると、点火と共にグルリグルリと回してゆきます。炭火で炙られた肉は香ばしい匂いを漂わせ始め、ソルジャーの肉も何で出来ているかを考えなければいい焼き色で。
「えとえと…。ブルーのお肉も、もう削ってもいいと思うの!」
頑張ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちの分をナイフで削いで、野菜と一緒にパンに挟んで特製ソースをたっぷりと。うん、美味しい! これぞまさしく本場の味です。ソルジャーはと言えば、私たちの方のケバブを頬張っていて。
「おや。あちらの肉は召し上がらないのですか?」
教頭先生が不思議そうに訊くと、ソルジャーは。
「あれはお土産用なんだよ。ぼくのハーレイ、今日は来られないものだから…。焼き上がったヤツをお持ち帰りで食べて貰うしかなくってさ」
「そうでしたか…。それは残念でらっしゃいますね」
焼き立てが最高だと思うのですが、と教頭先生はソルジャー夫妻を気遣いつつも会長さんとのケバブ・パーティーに感動中。なにしろ両手が塞がっているわけですから、たまに会長さんが「はい」と口許にケバブ入りのパンを差し出してくれるという特典が…。
「はい、じゃなくって「あ~ん♪」なんだよ、君はイマイチ配慮が足りない」
ソルジャーの指摘を受けた会長さんは。
「お手、おあずけって言わないだけでもマシだと思って欲しいんだけど? ぼくには「はい」が精一杯だね」
「おあずけねえ…。犬にするのもプレイとしては燃えるよね」
「その先、禁止!」
余計な台詞を喋る暇があったら肉を削れ、とピシャリと叱られ、ソルジャーはナイフ片手にブツブツと。焼き上がった肉を削る作業はさほど下手ではないようです。ソルジャー曰く、「ナイフも剣も似たようなもの」。物騒な気もしますけど…。
「あっ、分かる? 昔ね、海賊たちの拠点にいた時にはさ、サイオンで剣を振り回したり…ね。海賊相手に勝ったんだってば」
だからケバブの肉くらい、と焼けた分から削るソルジャー。精力抜群を目指す特製肉がお皿に山盛り、冷めた分からラップに包んで保冷ケースへと。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にパンのお裾分けを頼んでいますし、キャプテンに食べさせてパワーアップということでしょうねえ…。



あんなに大きかった肉の塊も、みんなでワイワイ食べている間に小さくなっていって、ついにフィナーレ。串の周りに残った肉を削いで落として、もう無くなったパンの代わりに野菜と一緒にお皿に盛ってソースをかけて…。
「ハーレイ、今日はお疲れ様。お蔭でたっぷり食べられたよ」
はいどうぞ、と会長さんがお皿を差し出し、ソルジャーも。
「ぼくからも御礼を言わせて貰うよ、ありがとう。焼いてくれた肉はいいお土産になるし、今日の思い出に何度にも分けて食べなくっちゃね」
はい、あ~ん♪ と特製ソースがかかった肉を目の前にぶら下げられた教頭先生、躊躇ったのは一瞬だけで。
「「「………」」」
パクン、と頬張った教頭先生は、それは幸せそうでした。頭の中では妄想爆発、ソルジャーの姿が会長さんとダブっているに違いありません。
「ふふ、美味しい? それじゃ、あ~ん♪」
「…………(はあと)」
涎の垂れそうな顔で無言の内にもハートマークな教頭先生、緩んだ顔でモグモグと。会長さんは怒り心頭、ソルジャーを教頭先生の前から引っぺがそうとしたのですけど。
『……シッ! これから面白くなるんだからさ』
あ~ん♪ と肉を頬張らせつつ、ソルジャーが思念でクスクスと。
『食べさせてるのは特製肉! ジワジワ効いてくると思うな、じきにズボンがキツくなるかと』
『なんだって!?』
『そうなった時は、今日の御礼にしっかりサービスしようかなぁ…』
ふふふ、と笑ったソルジャーは肉を咥えて「ん…」と教頭先生の顔の前へ。夢見心地の教頭先生はポ~ッとしたまま口で受け取り、モグモグモグ。必然的にソルジャーの唇を引き寄せてしまい、あわや触れるかという寸前で。
「はい、ここまで~♪」
続きは君のベッドでしようか、と耳元で熱く囁かれた教頭先生、一気に鼻血。ソルジャーはサッと身を翻すと。
「あっ、悪いけど、ぼくはヘタレはちょっと…。続きはブルーにお願いしてよね、パワーだけなら充分みなぎる筈だから!」
後は努力でカバーしたまえ、と艶やかなウインクを残し、ソルジャーは特製肉の山を抱えて消え失せました。取り残された教頭先生は耳まで真っ赤で、もじもじと。
「…す、すまん…。ブルー、今のは、そのぅ……」
「分かってるってば、君がどういう目でぼくを見ていて、何をしたいと思ってるかは……ね」
「…で、では……。お、お前さえ良かったらの話なのだが……」
これから私と、と鼻血を堪えての告白が出来た裏には特製肉の凄いパワーがあったのでしょう。しかし会長さんの答えはといえば…。



「ふん、君の貧弱なケバブ肉には特製ソースがピッタリなんだよ」
これをしっかりまぶしたまえ、と頭の上からヨーグルトソースの残りがドボドボと。
「トマトとタマネギを添えておいたら、ブルーが戻って食べに来るかも…。それまでベッドで待つんだね。それじゃ、さよなら」
今日はお手伝いありがとう、と瞬間移動で放り出された教頭先生の行き先は自宅の寝室辺りでしょうか? ソルジャーはキャプテンに特製ケバブを食べさせた上でお楽しみでしょうし、戻って来るわけがありません。えーっと、教頭先生は…?
「いいんだってば、あんなスケベは!」
面白いけれど愛想も尽きる、と会長さんはツンケンと。
「ぼくのジョークを真に受けたらしいよ、本気でソースをまぶすつもりだ」
「えとえと…。ハーレイ、ケバブ肉のお土産、持っていないよ?」
あっちのブルーがあげてたっけ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を捻って、私たちは顔を見合わせるばかり。会長さんの言ってたケバブ肉って……もしかしなくてもアレだろうな、と思うんですけど…。
「ケバブ肉っていうの、アレだよねえ?」
ジョミー君の疑問に、キース君が。
「どうだかな…。とにかく俺はドッと疲れた」
仏具磨きに精進するぞ、と誓うキース君の肩を会長さんがトントンと。
「磨きついでにケバブの串も磨いてくれると嬉しいんだけど…。また機会があったら作りたいから、きちんとメンテをしておかないと」
「く、くっそぉ…。えーい、梅酢でもピカールでも、ニューテガールでも持ってきやがれ!」
ヘビもスッポンももう沢山だ、とキース君は沈もうとしている夕陽に向かって絶叫でした。とんでもない肉を焼かされた串の始末は、仏具磨きのプロの腕前で綺麗に拭って欲しいです。ついでにソルジャーの煩悩なんかも綺麗に消えると嬉しいですけど、そっちは無理な相談ですかねえ?




      ケバブの誘惑・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ケバブの屋台、最近は増えているようですねえ、移動屋台で。
 来月は 「第3月曜」 9月15日の更新になります、よろしくお願いいたします。
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