シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年もいよいよ夏休み。昨日は恒例の宿題免除アイテムの店で会長さんがガッポリ儲け、今日は朝から会長さんの家のリビングで夏休みの計画を相談しています。数日後には柔道部の合宿が始まり、それに合わせてジョミー君とサム君が璃慕恩院へ修行体験ツアーに行くのですけど。
「…なんだか暗いねえ、副住職」
どうしたんだい、と会長さんの問い。えっ、キース君、暗いですか? 普段通りだと思いますけど…。あれっ、でもギクッとしているような?
「………。なんで分かった」
「そりゃあ、付き合い長いしさ…。それに溜息が今ので五回目」
「「「五回目!?」」」
やっぱり誰も気付いてなかったみたいです。だって朝から普通にコーヒー片手に夏休みプランを練ってましたし、お菓子もパクパク食べてましたし…。
「まあ、一般人にまで見抜かれるようじゃ副住職も失格ってね。自分の悩みは胸にしまって檀家さんと接してこその職業だしさ。…で、溜息の理由は何かな?」
吐いてしまえば楽になるよ、と会長さんが促すと、キース君はフウと溜息を。
「…すまん、今ので六回目なのか? 実は親父が」
「卒塔婆を押し付けてきたのかな? 今年もそういうシーズンだもんねえ」
百本単位? と尋ねる会長さんですが、キース君は首を左右に振って。
「卒塔婆書きなら根性で書けば何とかなる。…しかし、俳句は…」
「「「はいく?」」」
えーっと、ハイクってハイキングとかヒッチハイクとか? なんでそんなモノが、と首を傾げる私たちの姿にキース君は「ははは…」と力ない笑い。
「だよな、俺たちの年はともかく、外見だったらそっちだよな…。いや、実年齢で行っても早過ぎかもしれん。親父が言うのは五七五だ」
いわゆる俳句、とキース君の溜息、七回目。
「住職仲間の俳句の会があってな、親父も籍を置いている。お前もそろそろ入会しろ、と先月頃からうるさくて…。お盆が済んだら句会があるから、そこで仲間に紹介すると」
「入会すればいいじゃないか」
俳句もたしなみの一つだよ、と会長さんが返すと、キース君は八回目の溜息と共に。
「入会したら最後、フリータイムが削られるんだ! 親父は住職だけに仕事が多くてフットワークが軽くはないが、俺は基本が学生だろう? だから大いに参加すべし、と背中をバンバン叩かれた」
月例句会に吟行会に…、と指折り数えるキース君。お寺の住職ばかりの会だけに、平日をメインに沢山企画があるそうです。全部に出席するとなったら、それは確かに大変かも…。
キース君を見舞った俳句な危機。毎週、三日ほど有志が集う催しがあって、どれに出席するのも自由。住職をしている会員さんたちは月参りやお葬式などで忙しいですし、そんな人でも月に一回くらいは出られるようにと予定が多め。でも、キース君は学生ですから全て出席可能です。
「そんな会に無理やり突っ込まれてみろ、学校の方がどうなるか…。柔道部の方も休みがちになるし、俺の人生、真っ暗なんだが」
「だったらサボればいいだろう?」
適当に、と言う会長さんにクワッと噛み付くキース君。
「簡単に言うな、簡単に! 銀青様には分からんだろうが、この手の会は下っ端の仕事が多いんだ。上の方の人は予定を組むだけ、手配するのは下っ端だ。新入会員の若手となれば確実にお鉢が回って来る。しかも暇人なら尚更なんだ!」
会が無い日も連絡係やら取りまとめやら…、と溜息はもはや九回目。
「俺の平日は確実に削られ、フリータイムにも遠慮なく連絡が来まくるぞ。でもって合間に俳句を作らにゃならんし、それも他の会員よりも多めに要求されてくるよな」
「そうだろうねえ、集まりの度に披露は必須だ」
吟行会ならその場で一句、と会長さんが楽しそうに。
「行った先の景色や見たものを織り込んで一句捻るのもいいものだよ? 今日のお菓子は抹茶パフェだけど、これでも充分作れるよね」
夏ならではのガラスの器に、よく冷えた器に浮かぶ露に…、と会長さんはスラスラと。
「はい、一句出来た。こんな感じで即興でいけばいいんだよ」
「「「………」」」
何処から出たのか、立派な短冊。筆ペンで書き付けられた俳句は達筆過ぎて読めません。けれどキース君には読み取れたようで、盛大な溜息、十回目。
「…なんで抹茶パフェからコレが出るんだ…。何処から見ても夏の茶会だ」
それも涼しげな、と読み上げられた句にポカンと口を開ける私たち。打ち水をした露地がどうとかって、これが抹茶パフェからの連想ですか! 会長さんって凄すぎなのでは…。
「ふふ、ダテに銀青の名は背負ってないさ。…だけどキースには少々ハードル高いかな?」
「少々どころか高すぎだ! お盆が済んだら海の別荘だが、その後に句会に連れて行かれて俺の自由は無くなるんだ…」
明けても暮れても俳句漬けの日々、と十一回目の溜息が。そっか、キース君と予定を気にせず遊びまくれる日はもうすぐ終わりになるんですねえ…。
アドス和尚が住職として元老寺にドッシリ構えている以上、いつまでもシャングリラ学園特別生として自由なのだと思い込んでいたキース君の未来。それがいきなり断ち切られるとは夢にも思っていませんでした。それも俳句の会のお蔭でバッサリだなんて、フェイントとしか…。
「俺だって降って湧いた災難なんだ…。まさか俳句の会が来るとは…」
そういう趣味は持ってないのに、と嘆きつつ、溜息はついに十二回目です。気の毒ですし、私たちだって今までどおりの毎日を送りたいですけど、アドス和尚には逆らえませんし…。
「いいんだ、お前たちに頼ってどうなるものでもないからな。…これで終わった、俺の人生…」
俳句と共にはいサヨウナラ、と何処かで聞いたようなフレーズが。会長さんがクスクスと…。
「この世をば、どりゃお暇に線香の煙と共に灰さようなら、……ね。辞世の句としては最高傑作に入ると思うんだけどさ、君はサヨナラしたいわけ?」
「誰がしたいか! だがな、親父はこうと決めたら梃子でも動かん」
「そうだろうねえ…。じゃあ、起死回生のチャンスに賭けてみる?」
「…何のことだ?」
手があるのか、と縋るような目のキース君に、会長さんは。
「ぼくを唸らせるような名句を詠むか、別の意味で思い切り感動させるか。どっちかが出来たら手を貸してもいい。…アドス和尚が君を俳句の会に入れないようにね」
「本当か!?」
「こんなことで嘘はつかないよ。…ところで大食いに自信はあるかい?」
「…大食いだと?」
それが俳句とどう関係が、とキース君の頭上に『?』マークが。私たちだって同じですけど、会長さんはニッコリ笑って。
「ざるそばが美味しい季節なんだよ。新そばと言えば秋だけれどさ、この季節にも夏新そばが採れるわけ。風味じゃ秋に負けていないし、そもそも暑い夏にはざるそば!」
それを思い切り食べ放題、と会長さんが指をパチンと鳴らすと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「かみお~ん♪ 今日のお昼は手打ちそばなの! 十割蕎麦だよ」
採れたての蕎麦粉、百パーセント! と運ばれて来ました、お昼御飯はざるそばです。ワサビもその場ですりおろす本格派。とっても期待出来そうですけど、これが俳句とどう繋がると?
「とにかく食べてよ、美味しい内にね。お代わりもどんどん出来るから」
遠慮なくどうぞ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に勧められるままに。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
とりあえず、まずは食べなくちゃ。腹が減っては戦が出来ぬと言いますもんね!
手打ちざるそばのお昼は最高でした。凝ったお料理やお洒落なパスタもいいですけれど、たまには素材で勝負です。おそばの産地まで行って買って来たんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自慢するだけあって風味たっぷり、ワサビも新鮮。
「美味しかったー! 何枚食べたっけ?」
数えてなかった、とジョミー君が苦笑するほど男の子たちはお代わり三昧。スウェナちゃんと私も量控えめでお代わりしましたし、新そば、クセになりそうですよ~。
「それはよかった。これならキースも何枚食べても平気かな?」
「「「は?」」」
山と積まれたザルを前にして微笑んでいる会長さん。もしや、さっきの大食いの話は…。
「ざるそばを食べまくって量で感動させるか、名句を詠むか。…それが出来たら、ぼくがキースに手を貸そう。他のみんなは普通に食べればいいからね」
「…待て。俺だけがそばを食べまくるのか?」
「うーん…。そういうわけでもないんだけれど、君以外はペナルティー無しって言うか…。ついでに女子は除外しようかな、誘導係も必要だから」
「「「誘導係?」」」
ざるそばを盛るとか、カウントするとかの係じゃなくて誘導係? いったい何を考えているのでしょうか、会長さんは?
「誘導しないと好き勝手な方に行っちゃうからねえ、アヒルってヤツは」
「「「アヒル?!」」」
ざるそばとアヒルがどう結び付くのか、サッパリ分かりませんでした。しかし、会長さんは指を一本立てて。
「ぶるぅが最近ハマッてるんだよ、アヒルレースに。マザー農場で始まっただろう?」
「あー、この夏の期間限定…」
チラシで見た、とジョミー君。私も折り込みチラシで見ました。アヒルちゃん大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が喜びそうなイベントだな、と思っていたら既にお出掛け済みでしたか!
「気が向いた時にヒョイと出掛けて、1レース見て帰ってくるわけ。あれでなかなか奥が深いよ、大穴はおろか本命も当たらないんだな」
「ぼくもブルーも負け続きなの! 一回くらいは勝ちたいなぁ…」
お金は賭けてないんだけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。レース会場への入場料で馬券ならぬアヒル券ゲットらしいです。勝てば賞品として新鮮なミルク飲み放題とか、揚げたてコロッケ食べ放題とかだそうですが…。
「あんたならサイオンでレースくらいは弄れるだろう?」
なんで負けが、とキース君が尋ね、私たちもコクコク頷きました。賭けたアヒルを突っ走らせることは無理かもですけど、他のアヒルのコースを妨害する程度なら出来そうです。
「それがね…。相手はマザー農場だろう? 職員は全員、サイオンを持った人ばかりだ。何のはずみでレースに影響を与えてしまうか分からない。そうなった場合、反省会があるんだよ」
それに備えてサイオンの検知装置を仕掛けてある、と会長さん。
「あれはサイオンのパターンを分析できるし、影響したのが誰のサイオンなのか即座に分かる。ぼくもぶるぅも例外じゃない。…アヒルレースに来てズルをしました、というのは不名誉なことだと思わないかい?」
「あんた、一応、ソルジャーだっけな…」
「確かにカッコ悪そうですね…」
シロエ君が苦笑いすると、サム君も。
「引っ掛かったのがぶるぅの方でも、監督不行き届きって言われそうだぜ」
「そういうこと! だから盛大に負けっぱなしで、この夏の間に勝てるかどうか…」
一度は勝って食べ放題、と会長さんが御執心なものはミルクや揚げたてコロッケではなく、単なる万馬券、いえ、万アヒル券というヤツでしょう。夏休みに入れば参加者も増えますし、その分、出やすくなるかもです。でも…。ざるそばとアヒルの関係の答えにはなってませんよ?
「ああ、そこは直接の繋がりは無いよ。…アヒルレースに通ってるからヒョコッと思い付いたってだけのことだしね」
「何を?」
分かんないよ、とジョミー君が直球を投げると、会長さんは。
「ん? ヒントは歌と水鳥かなぁ」
「「「…歌と水鳥?」」」
なんじゃそりゃ、と答えはますます藪の中。歌は俳句で水鳥はアヒルのことでしょうけど、ざるそばの歌ってありましたっけ? 少なくとも私たちがカラオケで歌うような流行りの曲ではなさそうです。んーと、演歌か、それとも民謡…?
「違うね、演歌でも民謡でもない。歌と言ったら三十一文字だよ、かるた大会で毎年、下の句を奪い合うだろう?」
「まさか……和歌か? 俳句を通り越して?」
そっちは俺はまるで詠めない、と白旗を上げるキース君。会長さんを感動させる名句を詠むか、ざるそば大食いで感動させるかが条件です。キース君、大食い決定ですかねえ?
俳句どころか和歌を詠む羽目に陥りそうなキース君はズーン…と落ち込み、それでもグッと両の拳を握り締めると。
「俺も男だ、チャンスを逃すつもりはない。和歌がダメなら大食いで行く!」
「そう焦らずに、話は最後まで聞きたまえ。…確かに和歌とは言ったけれどね」
和歌はアヒルと関係が深い、と会長さんはパチンとウインク。
「アヒルじゃないのは確実だけどさ、アヒルも水鳥の内だから…。水鳥っていう括りでいくとね、和歌との繋がりが生まれるわけ。…曲水の宴って知ってるかい?」
「…アレか、酒の入った盃を小川に浮かべて、自分の前に流れて来るまでの間に和歌を作るというヤツか? 俺はこの目で見た事はないが」
神社のイベントとかでよくあるな、とキース君が答え、私たちの知識もその程度。テレビのニュースなどで目にする程度で、特に興味は無かったのですが。
「それで間違ってはいないんだけど…。盃を直接浮かべるわけじゃないんだよ」
「「「えっ?」」」
違ったんですか、そうだとばかり思ってたのに…?
「盃じゃうまく流れない。それで盃を木の台に乗せて流すというのがお約束。その台のことを羽觴と言ってね、水鳥の形をしているんだな」
「「……ウショウ……」」」
「ウは鳥の羽根で、ショウが盃。漢字で書くとこうなるんだけど」
会長さんがメモに書いてくれた『羽觴』の文字はとても覚えられそうにありませんでした。鳥と盃、鳥と盃……。ひょっとして会長さん、曲水の宴をするつもりだとか?
「ご名答。俳句で追い詰められたキースのために、和歌の代わりに俳句を詠んで曲水の宴! ついでに羽觴は本物のアヒルで」
「「「!!!」」」
それで誘導係が必要だなんて言ってたのですね、分かりました。でも、ざるそばは…?
「アヒルの背中に盃じゃ小さすぎるだろう? アヒルにはザルを背負ってもらう。十割蕎麦を盛り付けたザルを背負ってアヒルが流れを下ってくるんだ」
「じゃ、じゃあ、ぼくたち、俳句を作ってざるそばを…?」
ざるそばはともかく俳句は無理! とジョミー君。けれど会長さんはニッコリと。
「そこはきちんとハンデがつくよ。キース以外は詠めなくっても、ざるそばを食べるだけでいい。これ以上もう食べられない、となったら宴を抜けるのもOKだ。でもね…」
キースはそうはいかない、と会長さんの目が据わっています。ハンデ無しのキース君、どうなっちゃうの…?
ざるそばを背負ったアヒルが泳いでくるらしい曲水の宴。和歌の代わりに俳句を詠めばいいそうですけど、詠めなくっても罰は無し。その例外がキース君で。
「曲水の宴はキースが俳句の会から逃れられるかどうかを賭けたイベントだ。つまり主役はキースになる。主役が敵前逃亡はマズイ。キッチリ俳句を詠まなくちゃ」
制限時間内に、と会長さんの赤い瞳が悪戯っぽく輝いています。
「曲水の宴はルールにもよるけど、歌を詠めなかったら罰盃っていう時もある。それに因んでキースも罰盃! 俳句を詠み損なった場合は、ざるそば追加で」
二枚食べろ、と会長さん。
「そして宴は一回きりではないからね? さっき言ったろ、他の男子は抜けるのもアリ、って。君が名句を見事捻り出すか、でなきゃ感動の大食いエンドか。どっちかになるか、あるいは君が棄権するまでアヒルは何度でも泳いでくるから」
「「「………」」」
凄すぎる、と私たちはゴクリと唾を飲み込み、キース君の顔を凝視しました。こんな恐ろしい宴でもキース君は参加するのでしょうか? それとも諦めて俳句の会に御入会…?
「…受けて立とう」
後ろは見せん、と言い切ったキース君に誰からともなく拍手がパチパチ。会長さんは満足そうに。
「うん、それでこそ男ってね。ぶるぅ、手打ちそば、打ち放題だよ」
「わーい! アヒルちゃんが背負ってくれるんだね!」
頑張るもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。アヒルは会長さんがマザー農場から借りるそうですけど、会場になる小川は何処に…?
「それなんだけどさ…。マツカのお祖父さんの別荘に池と小川があったよね? アルテメシアの北の方の…。貸して貰えると嬉しいんだけど」
「いいですよ。いつにしますか?」
空いている日を調べさせます、とマツカ君が執事さんに連絡を取り、曲水の宴の日が決まりました。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の修行体験ツアーが終わった二日後、マツカ君のお祖父さんの別荘で。本物のアヒルとざるそばだなんて、ぶっ飛び過ぎてる気もしますけどね。
こうして男子たちが合宿へ、修行へと旅立った後、スウェナちゃんと私は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお供で夏を満喫。フィシスさんも一緒にプールに行ったり、教頭先生の車でドライブしたり。もちろんマザー農場のアヒルレースにも参加して…。
「うーん、今日もやっぱり負けが込んだか…」
大穴なんか狙うんじゃなかった、と呻く会長さんにフィシスさんが。
「レースの前に言いましたでしょ? 私と同じアヒルに賭ければ間違いありませんわ、って」
「君を信じないわけじゃないけど、大穴は男のロマンなんだよ」
「かみお~ん♪ 大穴、狙わなくっちゃね!」
夏の間には絶対、勝つ! と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。占いの名手、フィシスさんの助言も聞かないようでは勝てないのでは、と思うのですけど…。
「あんな調子で勝てるのかしら?」
スウェナちゃんも同じ意見のようです。
「そうでしょ、なんだか危なそうよね…」
負け続けで終わりじゃないかしら、と返していると、フィシスさんが。
「私もそれに賛成ですわ。ギャンブルは確実に勝ってこそですの、万馬券よりコツコツ地道に」
今日は揚げたてコロッケに致しましょうか、とフィシスさん。お告げに従って同じアヒル券を選んだスウェナちゃんと私は揚げたてコロッケ食べ放題のコースです。食堂に行ってチケットを見せ、熱々を頬張る私たちの前では、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が串カツを。
「ね、ぶるぅ。食べ放題より色々と食べる方が楽しいよね」
「うんっ! 串カツの次はポテトがいいな♪」
今日も沢山食べるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。こんな二人に勝利の女神が微笑む日なんて来るのでしょうか? 無理じゃないかな、この夏いっぱい…。
アヒルレースに興じる内に日は過ぎ、精悍な顔になった柔道部三人組とサム君、憔悴しきったジョミー君の御帰還です。歓迎パーティーで一日が潰れ、その翌日が曲水の宴の最終打ち合わせ。明日は瞬間移動でマツカ君のお祖父さんの別荘へ出掛け、其処でアヒルとざるそばと…。
「女子はアヒルの誘導を頼むよ、違う方向へ行こうとしたらコレをね」
目の前にポイと投げるだけ、とアヒルが大好きな穀物、オートムギの袋が示されました。なんとも楽なお役目です。男の子たちは小川の側に座ってアヒルが来るのを待ち、アヒルの背中からざるそばのお皿を取って渡す役目は会長さんが。
「ついでに俳句も採点ってね。キースの短冊が白紙だった時は、ざるそば追加! 他のみんなはペナルティー無し、好きなだけ新そば食べ放題で」
「「「やったぁ!」」」
「くっそぉ、明日は絶対に勝つ!」
何処かで聞いたような台詞をキース君が口にし、大食いだか名句作りだかに燃えてますけれど。
「えーっと…。追加二名でお願いできる?」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り返った先でフワリと翻る紫のマント。会長さんのそっくりさんがスタスタと部屋を横切り、ソファにストンと腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくにもアイスティー」
「オッケー! それとお菓子もだね!」
待っててね、と駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアイスティーとグレープフルーツのシャルロットのお皿を運んで来ました。ソルジャーはウキウキとシャルロットにフォークを入れながら。
「明日のイベント、ぼくとハーレイも来たいんだけど…。ざるそばの量は足りるよね?」
「何を考えているのさ、君は!」
そんなにざるそばが食べたいのか、と会長さんが叫ぶと、ソルジャーは。
「ざるそばじゃなくて、なんだっけ…。俳句だったっけ? それがやりたい」
「「「へ?」」」
なんでまた、と目が点になる私たち。ソルジャーとキャプテン、俳句なぞとは全く縁がなさそうですけど、いつの間にか始めていたのでしょうか?
「五七五で詠めばいいんだろ? 本式のヤツだと長すぎて無理だけど、そっちだったら出来るでしょう、ってノルディに言われてやりたくなった」
「「「………」」」
よりにもよってエロドクター。なんで何処から、エロドクターが湧いたんですか~!
「なんだか面白そうだったしさ…」
アヒルでざるそば、とソルジャーはシャルロットをモグモグと。
「あっちで覗き見してたんだよね。それでどういうイベントなのかが気になって…。ノルディにランチのお誘いをかけて質問してみた」
「…それで?」
冷たい口調の会長さんですが、ソルジャーが怯むわけもなく。
「お勧めですよ、と言ってたよ。なかなかそういうチャンスは無いから、この際、ぜひとも雅な雰囲気を体験なさってきて下さい、と」
「…全然、雅じゃないんだけれど?」
「分かってる。でもさ…。ノルディが言うには、俳句に変更されている分、初心者でも参加しやすいって…。ぼくもハーレイも一応、稽古はしてるんだ」
五七五のね、とまで食い下がられては断れません。下手に断ったらSD体制がどうこうという反論不可能な必殺技が出るのも必至。会長さんは頭を抱え、キース君も額を押さえていますけれども…。
「…仕方ない…。二人追加だね、君とハーレイ」
「ありがとう! ハーレイもきっと喜ぶよ。明日は遅刻しないよう気を付けるから」
今夜は控えめにしておくね、と言うなりソルジャーは消えてしまいました。お皿は空っぽ、アイスティーもしっかり飲み干してしまって氷だけが。
「なんで、あいつらまで来やがるんだ…」
俺の人生が懸かっているのに、とキース君は深い溜息。ことの始まりの最初の溜息からカウントしたら何十回目だか、とっくの昔に数百回を越えて増殖中か。恐らく家でも吐いてるでしょうし、千の大台に乗ってるのかな…?
キース君の苦悩とはまるで無関係に乱入してきたソルジャー夫妻。翌日の朝、会長さんのマンションに行くと私服の二人が先に到着していました。
「おはようございます。初心者ですが、今日はよろしくお願いします」
「ぼくも初心者だし、お手柔らかにお願いするよ。あ、キース以外はペナルティー無しだね」
心配無用か、と手を握り合って二人はイチャイチャ。こんなバカップルに割り込まれた日には、キース君、名句を捻り出すどころじゃないかも…。
「くっそぉ…。シャットアウトだ、あいつらは視界から消してやる!」
集中あるのみ、とキース君が睨み付ける先にアヒルのケージが。マザー農場から借りて来たアヒルが一羽、のんびり座って羽づくろい。
「かみお~ん♪ お蕎麦の用意も出来たし、お出掛けする?」
「そうだね、キースの覚悟も決まったようだ」
出掛けようか、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それにゲストのソルジャーの青いサイオンが重なり合ったかと思うと身体が浮いて…。瞬きする間にマツカ君のお祖父さんの別荘の庭に到着です。執事さんが手配しておいてくれたらしく、小川の脇には緋毛氈を敷いた席が七ヶ所。
「いいねえ、すぐにでも始められそうだ。席順はどうする?」
お好きにどうぞ、と会長さん。
「積極的に詠みたがってる初心者を最初に据えるかい? キースの自信がつきそうだけど」
「え、その初心者って、ぼくたちのこと?」
それは照れるな、とソルジャーがキャプテンを見上げると、キャプテンも。
「そうですねえ…。出来れば目立たない最後の方が…」
「だよね、お前もそう思うよねえ?」
「乱入しといて選ぶ権利があると思うわけ!?」
今日の主役はキースだから、と会長さんが眉を吊り上げ、キース君は。
「…いや、初心者を踏み台にして詠んでいたのでは名句はとても…。俺は何処でも気にしない。場に飲まれるようでは大食いの道しか無いと言うことだ」
「ふうん? いい覚悟だねえ、評価はしよう。それじゃ、ブルーはハーレイと一緒に最後の二ヶ所に行くんだね?」
「うん。ハーレイが川上に座るんだ」
「へえ…。なかなかに度胸があるねえ」
こっちのハーレイとは大違い、と教頭先生のヘタレっぷりと比べて会長さんがクスクスと。バカップルの席は決まりましたし、後は適当に散るようですよ~!
キース君が選んだ席は男子五人のド真ん中。ジョミー君、サム君と流れてきた後に一句を詠んで、次へと流すポジションです。詠んだ俳句は短冊に書き、会長さんに手渡す仕組み。全員が席に着き、ざるそばを背負ったアヒルがスタートして…。
「ダメだったぁ~!」
詠めなかった、とジョミー君があっさりギブアップ。会長さんがアヒルの背中から取ったざるそばを麺つゆにつけてズルズルと。新しいザルを「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと会長さんに手渡し、アヒルが背負ってサム君の前へ…。あっ、ダメダメ、そっちじゃないってば~!
「ナイス! そんな調子で誘導よろしくお願いするよ」
投げ込んだオートムギを食べるべく、アヒルはクルッと軌道修正。サム君の前でざるそばが取られ、サム君は会長さんに白紙の短冊を。やはり簡単には一句詠めないみたいです。
「さてと、キースはどうなるやら…」
鼻でせせら笑う会長さんの声にも無反応なキース君が短冊に筆を走らせ、アヒルが前に到着しました。ざるそばを渡した会長さんが「追加は無しか…」と舌打ちをして短冊に手を。
「俳句の出来はそこそこかな? まあ、頑張って」
「分かっている。いきなり名句が捻り出せたら苦労はせん」
今の一句はウォーミングアップだ、と嘯いているキース君。次の場所に陣取ったシロエ君も負けじと提出したようです。その次のマツカ君も心得があるらしく、会長さんが笑顔で短冊チェック。アヒルはいよいよ初心者なキャプテンの前に到着ですが…。
「頑張ります!」
「「「は?」」」
何も声に出して気合を入れなくても、とドッと笑いが広がる中で、キャプテンは。
「今日もあしたも、ヌカロクで!」
バシャッ! と水音が響き、会長さんが滑らせた手からざるそばがザルごと小川の中へ。
「あーーーっ、ブルー、落っことしちゃダメーーーっ!」
素早く「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで拾い上げたものの、食べるのはどうかということで交換に。い、今、なんて言いましたっけ、キャプテンは? 短冊を渡された会長さんの顔が引き攣っています。
「え、えーっと…。これは何かな…?」
「俳句ですが?」
五七五にしたつもりなのですがダメでしょうか、とキャプテンは至極、大真面目。俳句ってあんなのでしたっけ? それにヌカロクって何なのでしょうか、未だに分かってないんですけど…。
斜め上な俳句をかましてくれたキャプテンでしたが、悪意はまるで無いようです。会長さんは頭痛を堪えてアヒルの背中にざるそばを乗せ、終点のソルジャーの所にアヒルがスイーッと。
「ありがとう」
ざるそばを渡されたソルジャーは艶やかに微笑むと。
「期待してるよ、思い切り」
「「「へ?」」」
アヒルに? それともざるそばに? 会長さんが短冊を手に取り、顔を顰めて。
「何さ、これ! 俳句じゃないし!」
「違うよ、ちゃんと五七五! それにハーレイの俳句とセットにするならこうだろう!」
ダメなんだったら書き直す、と短冊を奪い返したソルジャーの筆がサラサラと動き…。
「頑張って、シックスナイン、ヌカロクと! …これで文句は無いだろう?」
「き、君は…。君はいったい、どういうつもりで…」
ブルブルと震える会長さんと、「シックスナインって何だっけ?」と顔を見合わせる私たちと。俳句にしても何か変だね、と思念で囁き合っていると、ソルジャーが。
「だってアレだろ、川を挟んで向かい合ってさ、恋の歌を交わすと聞いたけど?」
ノルディが確かにそう言っていた、とソルジャーは自信満々です。曲水の宴ってそんなのでした? 私たち、イマイチ、詳しくなくて…。
「ノルディに何と質問したのさ!?」
会長さんが怒鳴り付け、ソルジャーは。
「えーっと…。名前を思い出せなかったから、キの付く行事で和歌を詠むんだ、って」
「………。それはノルディの勘違いだよ…。そっちは乞巧奠だってば!」
「「「キッコウデン?」」」
「七夕の行事さ。男女に分かれて天の川に見立てた白い布を間に挟んで、明け方まで恋の歌を交換し合うという習わしが…」
よりにもよって勘違いか、と会長さんが嘆いても既に手遅れ。ソルジャーは自分の思い込みを直そうなどとは思っておらず、もちろん帰る気など毛頭なくて…。
「やりましょう、四十八手もヌカロクも」
キャプテンが詠めば、ソルジャーの返歌。
「ヌカロクを超えて励んで、今夜もね」
もう何度目になるのでしょうか、男の子たちが食べ飽きて座を去ったというのにバカップルの歌は止まりません。いい加減、お腹いっぱいになりそうな頃なのに…。
「ダメだね、後ろにあっちのぶるぅがいるんだよ」
「「「ぶるぅ!?」」」
あの大食漢の悪戯小僧か、と私たちが目をむくと、会長さんが溜息交じりに。
「食べ飽きたらよろしくと言ってあったらしいね、あっちの世界にブルーが転送してるんだ。なにしろ底なしの胃袋だけに、どれだけ食べても大丈夫かと」
「そ、それじゃキースの大食いの線は?」
どうなっちゃうの、とジョミー君が心配そうに見詰める先にはアヒルとざるそば。会長さんがヒョイと取り上げ、キース君の前にざるそばを。
「頑張りたまえ。大食いか、一句捻るかだ。…いいね?」
「うう…。分かっている。あいつらには負けん」
歌でも大食いでも絶対に負けん、と歯を食いしばるキース君の努力を嘲笑うように。
「お望みとあらば一生ヌカロクで!」
「ヌカロクはいいね、今夜もヌカロクで!」
「「「………」」」
終わったな、と私たちはキース君に心の底から同情しました。大食い勝負はソルジャー夫妻の後ろに
「ぶるぅ」がいては勝てるわけがなく、胃袋の限界も近い筈。更に俳句とも呼べない迷句が飛び交う中では名句を捻るなど、まず無理で…。
「…………」
会長さんに短冊を差し出すキース君の額に脂汗が。もう無茶するな、と誰もが叫び出したい気持ちでした。でも、ここで止めたらキース君は俳句の会に入会するしか道が無く…。
「…ん? これは……」
会長さんの目が短冊に釘付けになり、キース君に「筆ペンを貸して」と短く一言。そしてサラサラと何やら書き加えています。もしかしてついに失格ですか? キース君の人生、終わりましたか?
短冊に加筆している会長さん。私たちが無言でつつき合っていると、会長さんは短冊をキース君の手にスッと返して。
「…君の歌だ。今日、即興で作りました、とアドス和尚に渡したまえ」
「「「………???」」」
「君の歌はぼくの心を打ったよ、だけどまだまだレベルが足りない。銀青として添削しておいた。君とぼくとの共作なんだし、堂々と提出できるだろう。清書して渡せば俳句の会には誘われないさ」
息子の方が上手いだなんてアドス和尚のプライドがね…、とクスクス笑う会長さん。
「君の本気が見たかった。ざるそば大食いで根性を見せたら、ぼくの句を渡そうと思っていたんだけれど…。よく頑張ったね、まさか俳句で突破するとは思わなかったな」
「…俺は負けんと言っただろう…。あいつらにだけは、絶対に…負けん…」
だがもう食えん、とギブアップしたキース君に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が胃薬を渡す中、私たちは万歳三唱でした。頑張りましたよ、キース君。これで俳句とサヨナラですよ~!
「負けません! あなたのために何発も!」
「負けないで、ヌカロク超えで頑張って!」
えーっと…。ざるそばを背負ったアヒルはキース君の前でゴールインだと思ったのですが…。
「あいつら、セルフざるそばかよ?」
サム君が呆れ、シロエ君が。
「そうみたいですね。ざるそばだけは山ほど残っていますもんねえ…」
いつまで続けるつもりでしょう、と溜息が幾つも上がる庭の小川をアヒルがスイスイ下ってゆきます。背中にざるそば、下る先にはバカップル。勘違いを貫きまくった二人のお蔭でキース君の名句が生まれたのですし、放っておくしかないんですけど…。
「えとえと、アヒルちゃん、疲れないかなぁ?」
心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、会長さんが。
「疲れたら勝手に岸に上がるよ、アヒルも馬鹿じゃないんだからね。キースだって此処まで頑張ったんだ、アヒルレースにもきっと勝てる日が来るさ」
「かみお~ん♪ 目指せ、大穴だね!」
バカップルも大概ですけど、この二人だってアヒルレースにかける根性は見上げたものかもしれません。そのせいでキース君はざるそば地獄でバカップル地獄になったんですけど、俳句会からの逃亡、おめでとう。アドス和尚に名句を見せて、晴れて自由の身ですよ、万歳!
俳句と新蕎麦・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
シャングリラ学園番外編、今回が年内最後の更新です。1年、早いですね~。
ハレブル別館の始動でご心配をおかけしましたが、無事故で1年、突っ走りました。
来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
ですから 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
次回は 「第1月曜」 1月5日の更新となります、よろしくお願いいたします。
皆様、どうぞ良いお年を~!
そして、本家ぶるぅこと悪戯っ子な 「そるじゃぁ・ぶるぅ」、今年のクリスマスに
満8歳のお誕生日を迎えます。一足お先にお誕生日記念創作をUPいたしました!
記念創作は 『待降節のリンゴ』 でございます。
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