シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
迦邦璃阿山こと光明寺での三週間の修行を終えたキース君が帰って来たのは学園祭の直前でした。クラス展示や演劇などの準備もクライマックス、校内は既に華やいでいます。高飛びとやらで出会った時には五分刈りだったキース君の髪も元の長髪に戻っていて…。
「かみお~ん♪ お帰りなさい!」
「やあ、待ってたよ。やっぱり似合うね、そのスタイルが」
放課後にみんな揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんがすかさずキース君の頭を褒めました。
「五分刈りも坊主頭もいいけど、それが一番しっくりしてる。君がこだわるのも無理ないよ。…ぼくがプレゼントしたカツラだって言い訳の方も重宝しているみたいじゃないか」
「その件はとても感謝している。大学にもサイオニック・ドリームを解いて行ったんだが、あんたにプレゼントされたカツラだと言ったら羨ましがられた。…高飛びしたのも何故か勘違いされてたな。あんたに呼ばれて有難い話を聞きに出掛けたと思われている」
感謝する、と頭を下げるキース君。焼肉とガーリックの匂いもバレずに済んだみたいです。会長さんが何か細工をしたのでしょうか? キース君の大学の人や本山の偉い人たちが敬意を払う高僧ですけど、その実態は悪戯好きの生徒会長だったりしますしねえ…。案の定、会長さんはクスッと笑って。
「焼肉、バレなかっただろう? 匂いを消すくらいは簡単なんだよ、ちょっとシールドすればおしまい。君は髪の毛限定でしか上手くサイオンが扱えないから、ぼくがシールドしておいたのさ。…で、そのカツラ。お父さんも認めてくれたようだね」
「ああ。道場から家に帰ってすぐにこの髪型に戻したら文句を言ってきたんでな…。あんたに貰ったカツラなんだと言い返したらすぐに黙った。ただ、朝晩のお勤めだけは被らずにやれとうるさいんだがな」
「お勤めの間くらいは我慢したまえ。少しずつ髪を伸ばす過程をサイオニック・ドリームで見せるんだから集中力も更に身につく。来年の冬の道場目指して力をつけておかなくちゃ」
大丈夫だとは思うけれども、と会長さんは自信たっぷりです。サイオン・バーストを起こさせてまで引きずり出したキース君の力は髪の毛限定なら最上級のサイオニック・ドリームを操ることが出来るのですから。
「でね、君の能力を開花させるために全壊したのがこの部屋だ。学園祭で一般公開するのも喫茶店をするのも許可が下りてる。…もちろん手伝ってくれるんだろう?」
「そりゃあ…。案内係も準備の方も皆で手伝うのが当然だしな。力仕事だったら俺だけ負担を倍増でいいぞ、皆に迷惑かけたわけだし」
「それは素晴らしい心がけだ。力仕事と言えばソファとかテーブルの移動になるけど、業者さんに頼んであるんだよね。ドアの工事をするのとセットで」
ついでだから、と会長さん。普段は隠されているというドアを使えるようにするための工事に来るのは私たちの仲間です。内装工事なども請け負う業者だけに、家具の移動もお手の物。ラウンジから予備のテーブルや椅子も運んでくれるそうで、喫茶店の開店準備は手伝わなくてもいいのだとか。
「そうなのか…。だったら案内係くらいだな、俺たちが役に立てそうなのは。料理はぶるぅがするんだし…」
「まあね。君たちに料理を任せようとは思っていないし、ぶるぅだって一人でやる気満々だよ。手伝って欲しいのは接客さ」
「接客だと!?」
キース君の声が引っくり返りました。
「ひょっとしなくてもまたアレか!? 俺にホストをしろと言うのか!?」
「察しが良くて助かるよ」
満足そうに微笑む会長さん。
「ホストとくれば分かってるよね、制服も前と同じヤツだ」
「………」
キース君の顔から血の気がサーッと引いてゆきます。全壊した「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の修理が終わったお披露目の時、キース君が着せられたのはバニーガールの衣装でした。お披露目は特別生と教職員限定のイベントでしたが、今回は全校生徒がお客さんです。キース君が青くなるのも当然で…。
「あ、それから」
会長さんは私たちをグルリと見渡すと。
「キースの言葉を訂正するなら、ホストじゃなくてウェイターだ。喫茶店にはウェイターかウェイトレスと相場が決まっている。今回はウェイターでいってみようと思ってるんだ」
「「「………」」」
なんて気の毒なキース君! 思い切り晒し者ですか…。ウェイターだなんて言い換えてみても制服がアレじゃ笑いものです。全校生徒にバニーちゃん姿を披露しなくちゃいけないなんて、と私たちは言葉もありませんでした。しかし…。
「ウェイターが一人じゃ心許ない。ちょうど制服も揃ったことだし、男子は全員ウェイターで」
「「「えぇっ!?」」」
全員の声が裏返りました。制服って…なに? 揃っただなんて言ってますけど、もしかしてソレは…?
「ちなみに制服はこの前のアレだよ、ノルディが特注しただろう? 回収したヤツを保存しといた。…この時のためにね」
会長さんが回収したのはキース君の道場入りの前にエロドクターがコンテストを企画して特注していたバニーガールの衣装です。黒幕は実はソルジャーだったという話もありますが、コンテストの後で男子は全員、その格好でドクターの家から会長さんの家まで行進させられ、衣装は会長さんが処分すると言って集めて…。やっぱり処分しませんでしたか~!
「つまりさ、喫茶店の売りはバニーちゃん! これはウケるよ。君たちも喫茶店には賛成だったし、もちろん嫌とは言わないよね? 楽しみだなぁ、学園祭が」
「かみお~ん♪ パフェとかにウサギリンゴをつけるんだ!」
ウサギさんのお店だもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」もニコニコ顔です。キース君にもジョミー君たちにも拒否権はありませんでした。スウェナちゃんと私は普段の制服で案内係に決まりましたが、男の子たちの心を思うと素直に喜べないような…。学園祭の期間は二日間。開幕直前になってえらいことになっちゃいましたよ~!
誰一人文句を言えないままに学園祭の日がやって来ました。1年A組の教室はクラス展示に使われていますし、他のクラスも似たようなもの。朝のホームルームの代わりに講堂に全校生徒を集めて朝礼があり、それから各自の持ち場に散って…。私たちは勿論「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に直行です。
「わあ、本当にドアがある!」
ジョミー君が指差す先には磨き込まれた木製の扉。金色のドアノブが鈍い光を放っています。本館にある校長室や教頭室の扉には大きさで負けますけれど、なかなか立派なものでした。それが内側からカチャリと開いて…。
「おはよう。今日から二日間、よろしくね」
「かみお~ん♪ ブルーとメニューを作ったんだよ!」
ほらね、と喫茶店に置いてあるようなメニューを差し出してくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と悪戯っぽい笑みの会長さん。
「さあ、男子はさっさと着替えてくる! ぶるぅの部屋を喫茶店として公開するのは前評判が高いんだからね。開店と同時にお客様がやって来るだろう。服はあっちに用意したから」
「「「………」」」
項垂れた男の子たちが消えて行ったのは私たちの憩いの場になる予定だった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の作業部屋でした。その間にスウェナちゃんと私はメニューを見せて貰ったのですが、サンドイッチにパフェにケーキと盛りだくさん。飲み物も充実しています。お値段の方もお小遣いの額に配慮してあってリーズナブルで…って、あれ?
「何、これ?」
「どうしてこれだけ高いのかしら?」
メニューの中に飛び抜けて高い値段がつけられたものがありました。ケーキと飲み物のセットなのですが、ゼロの数が一つ多いのです。学園祭の出店にしてはちょっと高すぎないでしょうか?
「ああ、それかい?」
会長さんがメニューを覗き込んで。
「そこにスペシャルって書いてあるだろ、貸し切り料金が入ってるんだ。それを頼むと五分間だけ貸し切りになる」
「この部屋が?」
「まさか」
そんなことをしたら大混乱だ、と会長さんは即座に否定。だったら何を貸し切るのでしょう? 五分間なんて短すぎると思うんですけど…。そこへバニーちゃんに変身を遂げた男の子たちが出て来ました。うわぁ……何回見ても気の毒すぎ…。
「そんな顔じゃダメだよ、スマイル、スマイル!」
パンパンと手を打ち合わせる会長さん。
「お客さんには笑顔で接客するのが基本だ。それにぼくだって頑張るんだし、君たちも努力してくれないと」
「「「………」」」
不審そうな顔の男子一同。会長さんが頑張れば頑張るほど大変な結果になるのは毎度のことです。今回は何をやらかすのか、と問いたげなジョミー君たちに会長さんはニッコリ笑って。
「そこのメニューを見てみたまえ。スペシャルって書いてあるだろう? それを注文した人の接客はぼくがする。ただし五分間限定だ。ケーキを運んで紅茶を注いで、制限時間いっぱい話し相手をしようかと…」
「あんたはホストか!? ぼったくりな値段をつけやがって!」
キース君の鋭い突っ込みに会長さんは。
「そんなとこかな。君がやってたホストと違ってホストクラブの方のホストさ。…注文してくれた人にだけ言うんだけれど、紅茶のお代わりを頼んでくれれば時間延長も出来る仕組みだ」
「…お代わりって…それもこの値段ですか?」
メニューを示したシロエ君に会長さんが返した答えは衝撃的なものでした。
「その値段じゃ割に合わないよ。お代わりは倍額、それで延長五分間。三杯目だと値段も三倍、延長時間は同じく五分」
「「「………」」」
つまり会長さんを十五分間独占すると、スペシャル・セット六個分のお金がかかるわけです。そんな馬鹿なモノを頼む人なんているのでしょうか? いや…絶対いないとは言い切れないのがシャングリラ・ジゴロ・ブルーの恐ろしいところ。会長さんとお喋りしたいと思っている女子は掃いて捨てるほどいるのですから。
「ほらほら、男子は持ち場を確認! セクハラと写真撮影はニッコリ笑顔で断ること。…そうそう、写真は隠し撮りされても写らないから大丈夫さ。サイオンでそういう細工をしてある」
一応君たちの名誉のために、と会長さんは恩を売るのを忘れません。ジョミー君たちがホッとしたような顔で部屋の中に散り、スウェナちゃんと私が扉を開けると…。
「わっ、開いた!!!」
「ホントに部屋があったんだ~!」
生徒会室の外の廊下の方までズラリと列が続いていました。リオさんとフィシスさんが整理券を配っているようです。会長さんが奥から出てきて、とびきりの笑みで。
「ようこそ、そるじゃぁ・ぶるぅの部屋へ。先頭のお客様から順番に案内していくからね。…キース!」
呼ばれて進み出たキース君のバニーちゃん姿を目にした生徒がプッと吹き出し、それから後は笑いの渦です。バニーちゃんがウェイターをして「そるじゃぁ・ぶるぅ」がウサギリンゴを添えたメニューを手早く仕上げるお店は大繁盛。会長さんを貸し切るスペシャル・セットも…。
「スペシャル・セット、お願いしまぁ~す!」
ウサギ耳を揺らしたジョミー君の声で姿を現した会長さんは制服ではなくタキシード。しかし頭には白いフワフワのウサギの耳が乗っかっていて…。
「…あれが三月ウサギだなんて…」
私と一緒に入口に立つスウェナちゃんの声は溜息混じり。
「ウサギのお店だから三月ウサギだって理屈の方は分かるんだけど、あんな格好でも延長料金を払う人がいるのが驚きよねえ…」
「うん…。最高記録は四杯頼んで二十分だっけ? …ちょっと凄すぎ」
「ホストクラブじゃないのにねえ…」
みんな見た目に騙されている、とスウェナちゃんと私は思ったのですが、スペシャル・セットは噂が噂を呼んだらしくて売れ行き抜群。バニーちゃんな男の子の方も男女を問わず人気者です。隠し撮りでは写らないことに気付いた生徒がツーショットを撮りたいと申し出たのが切っ掛けになって撮影会が始まっちゃったり、この学校、ノリが良すぎますって…。
「写真、何回撮られたっけ?」
ジョミー君がそう言ったのは学園祭二日目の準備時間中。バニーちゃん服に着替えた男の子たちとミーティングをしている時でした。
「そうだな…。はっきり数えたわけではないが、撮影会だけで五回くらいか? 個人単位のツーショットならジョミーも俺も多分三十回以上じゃないかと」
「…やっぱり…」
なんでこういうことになるのさ、とジョミー君は半泣きです。
「男子が来るのは分かるんだけど、なんで女子まで? 半永久的に笑い者だよ…」
「あら、ジョミー。それはちょっと違うと思うわ」
スウェナちゃんが割り込みました。
「ジョミーと写したのを携帯の待ち受けにするんだって言ってた女子を何人か見たの。ほら、ツーショットなんて普段は頼めないじゃない? ウサギの耳とかはフレームで隠すって言ってたわよ」
「それ、ホント!?」
「嘘を言うわけないでしょう。みゆも聞いてたから確かめてみれば?」
「そうなんだ…。女子はお笑い目当てじゃなくて、ただのツーショット希望なんだ?」
なんだか元気が出てきたよ、とジョミー君に笑顔が戻り、他の男子も一気に浮上したようです。学園祭は今日までですし、撮影会も人気のバロメーターだと思えば気合も入るというもので…。そう言えばキッチン担当の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も顔を出す度に記念写真を頼まれていましたっけ。
「かみお~ん♪ 今日もみんなで頑張ろうね!」
お料理、お料理…と張り切っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコックさんの格好です。会長さんは今日もタキシード姿にウサギ耳ですが、またスペシャル・セットが人気なんでしょうねえ…。
「…今日はスペシャルなお客があると思うんだけど」
「「「は?」」」
会長さんの言葉に私たちは首を傾げました。スペシャルなお客って何でしょう?
「昨日、先生たちも来てただろう? 視察を兼ねてって言ってたけども、それは最初のエラだけだね。ブラウとかゼルは完全に見世物見物だったし、グレイブとミシェルも似たようなものだ。…で、ブラウが来ていた時にスペシャル・セットを頼んでた子がいただろう?」
えっと…。それは記憶にありませんでした。先生方がおいでの時はちょっと緊張していたようで、一般のお客さんには注意を払っていなかったのです。キース君やジョミー君たちも同じでしたが、マツカ君が。
「あっ、覚えてます! ぼくがご案内したお客様で、スペシャル・セットをご希望で…。二年生の女子の三人組です」
「ナイスなフォローありがとう。その注文でぼくが出た。時間延長も頼まれたから十分間ほどお相手したかな。…それをブラウがニヤニヤ笑って見てたんだ。あの顔は絶対、やってくれると信じてる」
「…何をだ?」
キース君の問いに会長さんは。
「情報のリーク。昨日は行かなかったみたいだけれど、今日は出掛けるか電話をするか…。教頭室にスペシャル・セットの存在を知らせるだろうと思うんだよね」
「そ、それって…スペシャルなお客って…」
教頭先生? と顔を引き攣らせているジョミー君。会長さんはクスッと笑うとウインクをして。
「そうなるね。そこでみんなに頼んでおきたい。教師がスペシャル・セットをオーダーするなら値段の方は十倍だ。ただしハーレイの場合だけ。…まあ、そんなメニューを頼む教師が他にいる筈ないんだけどさ。とにかくハーレイがオーダーしたら十倍になります、と言うんだよ」
「「「………」」」
凄いボッタクリもあったものだと思いましたが、誰も反論しませんでした。教頭先生、毟り取られにやって来るのか、来ないのか…。来たとしてもオーダーせずに諦めるってことも有り得ますよね?
本日もバニーちゃん喫茶は開店と同時に満員御礼。お客さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の見学よりもバニーちゃんな男の子たちと三月ウサギな会長さんに目が行ってしまい、案内係のスウェナちゃんと私は殆ど用事がありません。たまに「普段は見えないお部屋」について尋ねる人もありますけれど、答えはマニュアルで決まっていて…。
「学園祭の期間中だけ特別公開してるんです。そるじゃぁ・ぶるぅの力で隠されているお部屋ですから、普段は探しても見つかりません」
「そうなんですか? このドアも?」
「見つけることは出来ません。壁を触っても探り当てるのは不可能です」
「…なんか凄い…。あ、でも今日は入れるんですよね?」
何か注文してゆっくり見よう、とバニーちゃん喫茶に足を踏み入れたお客さんがウッと仰け反るのもお決まりのパターン。噂は聞いているのでしょうが、見ると聞くとではインパクトが違いますからねえ…。男の子たちも会長さんも調理係の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大忙しの内に時間が過ぎて、交替でお昼ご飯を食べて…気付けば後夜祭の開始時刻まであと一時間。
「お客さんが減ってきたわね」
スウェナちゃんが腕の時計を眺めました。
「駆け込みでドッと押し寄せるかと思ってたけど、やっぱり喫茶はギリギリまでは繁盛しないってことかしら?」
「うーん、そうかも…。まだ食べてるのに閉店ですって言われちゃったら悲しいもんね」
空席待ちのお客さんは誰もいませんでした。飲食中の人もまばらになって、スペシャル・セットも注文が無いのか会長さんは奥で休憩中。バニーちゃんな男子も一部は手持無沙汰に突っ立っています。やがて最後までいた四人組の女子が席を立ち、指名されていたらしいジョミー君がお会計をして一緒に記念撮影をして…。
「「「ありがとうございました~!」」」
会長さんを除く全員が、キッチンから出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」も含めて元気一杯にお見送り。営業時間は半時間ほど残ってますけど、そろそろ閉店かな…と思った所へ。
「…すまん、まだ注文は出来るのだろうか?」
わわっ、出ました、教頭先生! すっかり忘れ果ててましたが、来た、来ましたよ、スペシャルなお客! スウェナちゃんと私はスウッと息を吸い込み、威勢よく。
「いらっしゃいませ!」
「係の者がご案内しますので、どうぞお入り下さいませ~!」
「そうか、営業中だったか」
ホッとしたような顔で扉をくぐる教頭先生。閉店時間を気にするのなら早めに来れば良かったのに、と思っているとキース君がメニュー片手にテーブルに案内しています。ボッタクリ価格を平然と告げるには最適と判断されたのでしょう。でも…注文するかな、スペシャル・セット…。
『ご苦労様』
不意に会長さんの思念が届きました。
『もうお客様は来ないんだ。そういう風に仕向けていたし、ハーレイが最後のお客なんだよ』
え? それって意識の下に働きかけるとかそういうヤツのことですか?
『ご名答。だから案内係の仕事はおしまい。部屋に入って見物したまえ』
ハーレイがぼったくられるのをね…、と笑いを含んで消えてゆく思念。スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、廊下にお客さんの影が無いのを確認してから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の中へ。
「こちら、先生方がご注文の場合は価格が十倍となっております」
バニーちゃんなキース君がメニューを説明していました。教頭先生、スペシャル・セットに目をつけたようです。会長さんが言っていたとおり、ブラウ先生の口コミなのかな?
「十倍だと!?」
驚いている教頭先生。
「そんな話は聞いていないぞ。私はだな、その…ブラウから……これを頼むとブルーに会える、と…。ウサギの格好をしたブルーを独占できると聞いたのだが……ブルーは何処だ?」
「注文の無い時は奥におります。スペシャル・セットを御注文なさると五分間お相手いたします。紅茶のお代わりをなさると更に五分で、何杯でも…と申し上げたいのですが、もうすぐ閉店時間ですので…。お代わりは二杯まででお願いします」
「ふむ…。ウサギなブルーを十五分間独占か。では、それで」
「かしこまりました。お値段の方はスペシャル・セット通常価格の六十倍となっております」
ぐえっ、という声が聞こえたように思いましたが、教頭先生は眉間の皺を指で揉みほぐしながら「かまわない」と答えました。いいんでしょうか、六十倍…。今月のお小遣いどころかお財布壊滅じゃないのでしょうか…?
「スペシャル・セット、入ります! お代わり二杯で」
キース君が奥の部屋に声をかけ、会長さんの返事が返ってきました。
「オッケー、今、行く。ぶるぅに用意をして貰って」
教頭先生の顔が耳まで赤く染まっています。もしかして…勘違いしてますか? 会長さんは三月ウサギなんですけど、バニーちゃんだと思ってますか? まさか、まさか…ね…。
「いらっしゃいませ。…ウサギのお店へようこそ、ハーレイ」
「!!!」
ティーセットが載ったワゴンを押してきたタキシード姿の会長さんに、教頭先生の顎がガクリと落ちて。
「…な、な……。確かにウサギと聞いたのだが…」
「ブラウに、かい? ウサギには間違いないだろう? ほら、ここに耳がちゃんとついてるし! 三月ウサギだって説明するのを忘れたのかな、ブラウも案外ウッカリ者だね」
お茶をどうぞ、と勧める会長さんの前で教頭先生は真っ白に燃え尽きてしまっていました。バニーちゃん姿の会長さんを十五分間独占しようと決死の覚悟で閉店間際に飛び込んできて、ボッタクリ価格を支払わされて、拝んだものはタキシード姿の三月ウサギ。…家でバニーちゃんなソルジャーのセクシーショットを愛でていた方がマシだったのでは、と私たちは心で合掌でした。
ブラウ先生に担がれたのか、はたまた独自の勘違いか。バニーちゃんな会長さんを拝み損ねた教頭先生は現金と借用書への署名でボッタクリ価格の支払いを済ませ、後夜祭の準備にグラウンドへ。私たちも喫茶店の片付けを…と言いたい所ですが、ドアを再び隠す作業と一緒に業者さんがやってくれるとあって、制服に戻った男の子たちと連れ立って後夜祭の会場へ…。会長さんは三月ウサギの格好のままで「そるじゃぁ・ぶるぅ」は誰かのウサギ耳をくっつけています。
「かみお~ん♪ ダンスと人気投票だよね! 今年は誰が一位かなあ?」
「「「あ…」」」
忘れてた、と私たちは溜息をつきました。後夜祭と言えば男女の人気投票ですけど、例年アヤシイことになります。キース君が一位にされてドレスを着せられたり、ジョミー君とキース君が一位にされて坊主頭を披露させられたり。…今年はバニーちゃん姿を晒しただけに危ないなんてものではなくて…。私たちの心配を他所に投票用の薔薇が配られ、ダンスパーティーの始まりです。
「何を不景気な顔をしてるのさ? ダンスは楽しく踊らなくちゃね」
三月ウサギな会長さんがフィシスさんと踊りながら通り過ぎてゆきます。フィシスさんは今年のラッキーカラーだというミントグリーンのドレスでしたが、ドレスの形と頭のリボン、エプロンからしてイメージは多分アリスでしょう。かつては一位を独占していたというこの二人が票を取ってくれれば何も問題ないんですけど…。そして。
「人気投票の結果を発表するよ!」
特設ステージに立ったブラウ先生が高らかに声を張り上げました。
「男子の部、ブルー! 女子の部、フィシス! 三年ぶりに名物コンビの復活だ! 二人ともステージに上がっておくれ」
おおっ、と湧き立つグラウンド。美男美女なこのカップルが一位を取るのは今の三年生も見たことがありません。三月ウサギとアリスな二人はステージの上で何度もお辞儀し、平穏無事に幕が下りるかと思ったのですが…。
「かみお~ん♪」
ウサギ耳をつけた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステージに飛び上がり、会長さんが一礼して。
「ぼくとフィシスが一位だった頃は色々工夫をしてたんだけど、返り咲くとは思わなかったものだから…何の用意もしていないんだ。それじゃあんまり申し訳ないし、友情出演を頼もうと思う。大人気だった喫茶店のウサギ一同によるダンスでいいかな?」
「「「えぇっ!?」」」
ジョミー君たちの悲鳴が大歓声に消された次の瞬間、パアッと青い光が走ってステージ上に勢揃いするバニーちゃん。制服の代わりにバニーちゃんスタイル、横一列に並んで肩を組んでいますが、いったい何が…? と、大音響で鳴り響いたのは運動会のBGMとフレンチ・カンカンで知られた『天国と地獄』の『地獄のギャロップ』。
「「「わはははははは!!!」」」
男の子たちが一斉に足を高く上げ、ラインダンスを始めました。それともフレンチ・カンカンなのかな? こんな芸、どこでどうやって…。いつの間に練習したっていうの…?
『ヒントはサイオン。横でぶるぅが踊ってるだろう? あれくらいの技、サイオンですぐに伝わるさ。ただ、サムにはちょっと気の毒かな…。他の四人ほど運動が得意ってわけでもないし、身体も柔らかくないからね』
動きと足の上がりがイマイチ、と会長さんの思念がステージの上から送られてきました。確かにジョミー君たちの隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊っています。いつの間に用意していたものか、可愛いバニーちゃんスタイルで。会長さんとフィシスさんが手拍子を打ち、それに合わせて全校生徒が手拍子を始め、佳境を迎えるラインダンス。花火が上がって、ジョミー君たちの足も高く上がって…。
「アンコール!」
「「アンコール!!」」」
湧き返るグラウンドの隅で教頭先生が黄昏れています。見たかったのはダンスしているウサギではなく、会長さんのバニーちゃん。ぼったくられた財布の痛みも分かりますけど、身体を張って笑いを取らされているジョミー君たちの勇姿に拍手は無しですか? バニーちゃん喫茶にウサギのダンスと男の子たちは大受難。悪戯好きな会長さんに振り回されて跳ねて踊って、それでも笑顔の五人のウサギに盛大な拍手をお願いします~!