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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

手紙とお使い

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。




お正月も冬休みも終わり、シャングリラ学園ならではの新年の行事も昨日の水中かるた大会でフィナーレ。もちろん私たちの1年A組がぶっちぎりの学園一位ですから、先生方による寸劇という副賞もゲット。その翌日は土曜日で…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
例によって会長さんの家へ出掛けてゆけば、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお出迎え。外は雪も舞っていて寒かったですが、此処は暖房が効いてポカポカ、窓越しに見る雪もまた良きかな。
「寒かったでしょ? しっかり温まってね!」
ホットココアに出来立てスフレ! と、温かい飲み物にオーブンから出したばかりのふんわりスフレ。今日はオレンジらしいです。うん、美味しい!
「おはよう!」
「「「は?」」」
もう「こんにちは」な時間なのでは、と声がした方を見てみれば。
「やあ。ぶるぅ、ぼくにもスフレはあるかな?」
「えとえと…。焼き時間が要るから、待っててくれれば…」
「うん、それでいいよ」
のんびり待つよ、と会長さんのそっくりさんが。紫のマントってことは、これからお出掛けではないようですが…。
「ああ、お出掛けなら昨日済ませたからね」
空いていたソファにストンと腰掛け、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たホットココアを一口。
「君たちは寸劇とやらで燃えていたけど、ぼくはノルディとデートでさ…。寒い時期には芸術観賞もいいものですよ、って連れて行かれちゃって」
「「「芸術鑑賞?」」」
「そう。ノルディの趣味で美術館! 何処がいいのかサッパリ分からない絵ばかり見ててもつまらないったら…」
でも、その後のお楽しみがね…、と聞いて緊張が走りましたが、行き先はホテルとはいえ部屋ではなくてメインダイニング。個室で二人でフルコースをご賞味、ゆっくりと食べてそこでサヨナラ。エロドクターは下心たっぷりに部屋も予約していたらしいのですけど。
「生憎、ぼくには待っている人がいるからねえ…」
だから帰った、と澄ました顔のソルジャー。はいはい、キャプテンのことですね?



デートの話を聞いている間に焼き上がって来ました、ソルジャーの分のオレンジスフレ。早速スプーンを入れつつ、ソルジャーは。
「ぶるぅの料理も美味しいけれどさ、昨日はちょっと珍しいものを御馳走になって…」
「珍しいもの?」
なんだいそれは、と会長さん。
「何処のホテルもぶるぅがメニューをチェックしてるけど、そんなに珍しいのがあったかな?」
どう? と訊かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「んーと…。これは食べなきゃ、って印を付けるほどのは無かったよ?」
「そうだよねえ? それともブルーの世界には無い食材なのかな?」
そっち方面だとまるでお手上げ、と両手を広げた会長さんですが。
「えっ、食材かどうかは分からないけど…。普通に存在してるよ、あれは」
「じゃあ、調理法が珍しいとか?」
「そういうわけでも…。でもさ、ぶるぅは作らないよね、鳩の料理って」
「「「鳩!?」」」
鳩って、あの鳩なんですか? 公園とかに居る、クルックーって鳴く…。
「そうだけど?」
高級食材なんだってねえ、とソルジャーは得意そうな顔。
「品種としては公園に居るのと同じらしいけど、ちゃんと食用に育てた鳩! それのテリーヌとかローストとか!」
美味しかった、とソルジャーが言った途端に。
「うわぁーん、鳩さん、可哀相だよう!」
食べられちゃったあ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が半泣き状態。
「鳩のお料理、ぼくだって作ろうと思えば出来るだろうけど…。でもでも、鳩さん、可哀相なの! 可哀相だから作らないのーっ!」
美味しいんだけど、でも可哀相、と支離滅裂な言葉からして、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も鳩料理は食べているようです。けれど料理をするのは別件、自分ではやりたくないらしく。
「鳩さん、とってもお利口なのに! 食べなくってもーっ!」
「「「利口?」」」
はて、と私たちは首を捻りました。カラスが賢いという話は聞きますが、鳩って賢い鳥ですか? 公園で餌を撒いたら寄って来ますけど、それは鯉とかと同じレベルじゃあ…?



「…鳩って頭が良かったですか?」
シロエ君が見回し、キース君が。
「俺は知らんが…。璃慕恩院の境内にも鳩は山ほどいるがな、そういう話は聞いていないな」
「だよねえ、ぼくも知らないけど…」
頭がいいのはカラスなんじゃあ、とジョミー君。けれど…。
「ホントだもん! 鳩さん、お手紙運ぶんだもん!」
ちゃんと運んでくれるんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に言われてピンと来ました。
「「「あー、伝書鳩!」」」
綺麗にハモッた私たちの声。ところがソルジャーはキョトンとして。
「なんだい、その…。えっと…」
「伝書鳩かい?」
会長さんが訊くと「うん」という返事。
「初耳だけれど、それはどういうモノだい?」
「なるほど…。君の世界には無くて当然かもしれないねえ…。なにしろ古典的な通信手段だし」
「通信手段?」
「そう。鳩の足に手紙をつけて飛ばせば、目的地に届くという仕組み」
ただし一方通行だけど、と会長さん。
「帰巣本能を使ってるから、家に向かっての片道のみさ。だから定期的に往復させたかったら、お互いに鳩を飼う必要が出て来るんだよ。そして先方に送り届けてスタンバイさせる、と」
ずうっと昔はそうやっていた人たちもいた、という話。空を飛ぶだけに早いですから、郵便とかのシステムが充実するまでは便利な通信手段だったとか。
「頭がいいかどうかはともかく、役立っていたことは確かだね」
「ふうん…。お使いをしてくれる鳥だったんだ…」
ぼくはてっきり食べるものだとばかり、と鳩料理の件を話すソルジャー。
「ノルディは如何に高級食材なのか、ってことは語っていたけど、伝書鳩は何も言わなかったよ」
「食べてる最中に喋っちゃったら興ざめだよ、それ」
ぶるぅでなくても「酷い」と言い出す、と会長さん。
「君の場合はタフだからねえ、相槌を打ちながら食べ続けるかもしれないけれど…。相手によっては「デリカシーに欠ける」と責められたって仕方ないから!」
「それで教えてくれなかったのか…」
面白そうな話なのに、とソルジャーの人差し指が顎へと。面白そうって、伝書鳩が?



「ぼくの世界には無い通信手段ねえ…」
確かに全く要らないだろうね、とソルジャーは窓の向こうをチラリと眺めて。
「空どころか、宇宙空間を越えて通信しなけりゃいけないしね? 鳩を飛ばして間に合う世界じゃないからねえ…」
SD体制が始まるよりも前の段階で既に無かったであろう、と言われてみればそうかもしれません。地球が滅びそうだから、と他の惑星へ移民を始めていたような世界ですから、のんびり鳩を飛ばして手紙どころでは…。
「それもそうだし、大気汚染が酷くちゃねえ…。鳩は飛んでは行けないよ」
「「「あー…」」」
そうした関係で忘れ去られた通信手段か、と深く納得。もっとも、私たちの世界でだって伝書鳩は過去のものになりつつありますが…。
「そうでもないよ?」
まだ現役だよ、と会長さん。
「「「現役?」」」
「名前はレース鳩に変わっているけど、手紙を運ぶ代わりに早さを競う鳩レースがね」
仕組み自体は伝書鳩と変わりはしないのだ、と会長さんは解説してくれました。遠い場所から放した鳩が家に着くまでの所要時間でレース結果が出るらしく…。
「だから愛好家はけっこういるよ? 伝書鳩ならぬレース鳩のさ」
家に鳩小屋を作ってせっせと世話を…、と聞いてビックリ。現役でしたか、伝書鳩。
「アルテメシアにも愛好家の人が何人も…ね。そしてレースをさせている、と」
「「「へえ…」」」
そういう鳩も飛んでいるのか、と外を見てみれば、ちょうど鳩らしき鳥の群れが遠くを飛んでいました。まあ、公園の鳩なんでしょうが。
「そうだね、あれは公園のだねえ…」
たまにレース鳩が混ざるんだけど、と会長さんが話してくれた豆知識。レースのために飛び立った鳩が迷子になって帰れなくなり、そのまま仲間の鳩を見付けて公園在住になってしまうとか。
「レース鳩は足輪をつけているから、その道のプロが見付けてくれれば捕獲して届けてくれるんだけど…。普通の人だとまず気付かないし、公園の鳩で終わるケースも多いかもね」
「レース鳩より伝書鳩がいいな」
そっちがいいな、とソルジャーの声が。そりゃあ確かに伝書鳩の方が役に立つ上、ロマンもあるように思いますけど。ソルジャー、伝書鳩が欲しいんですか?



レース鳩より伝書鳩の方が、と妙な台詞を吐いたソルジャー。けれどソルジャーが鳩を飼っても、シャングリラの中でしか使えない筈。思念を飛ばせば済む世界だけに、あちこち迷惑がかかるだけだという気がします。糞害とか。
「…糞害って?」
何のことだい、とソルジャーはやはり知らない模様。
「そのまんまの意味だよ、糞が落っこちて社会の迷惑」
こっちの世界では名物で…、と会長さんが説明しました。名物と言っても迷惑な方で、鳩が沢山住み着いた場所には「頭上注意」とかの注意書きがある、と。
「注意したって降ってくるものは避けられないしね? 何処で糞を落とすか分からないから」
「…それは困るかもしれないねえ…」
これからデートって時に頭に糞とか…、と頷くソルジャー。
「だけどさ、それは鳩だからでさ。きちんと訓練されたものなら大丈夫だよね?」
「「「は?」」」
「だからトイレは躾済みとか!」
「「「躾?」」」
鳩にトイレの躾なんかが出来るでしょうか? サイオンを使えば可能なのかとも思いますけど…。
「違う、違う! こう、生き物を使った通信手段って斬新だなあ、と思ってね!」
言わば一種のお使いだよね、とソルジャーの指摘。
「まあ、お使いの一種では…ある…かな?」
どうなんだろう、と悩む会長さん。
「鳩は家へ帰ろうと飛んでるだけだし、それに人間が便乗しただけ…?」
「そういう解釈も可能だねえ! でもさ、ぼくにはロマンなんだよ」
通信と言えば思念波か普通の通信手段で宇宙空間をも越えて一瞬、と自分の世界の通信手段について語るソルジャー。それではロマンに欠けるのだそうで、レトロな伝書鳩が憧れ。
「レトロと言えばさ、ぼくのハーレイなんかは羽根ペンを愛用しているからねえ…」
「そうらしいね?」
「だからさ、たまにはぼくもレトロに! 思念を飛ばす代わりに手紙で!」
「はいはい、分かった」
ナキネズミね、と会長さん。
「アレが手紙を咥えて運ぶわけだね、頑張って」
行き先はブリッジとかなんだろう、との台詞に「ううん」と否定が。そうか、ソルジャーだけに厨房に行かせて「おやつちょうだい」とかなのかも?



「ああ、おやつ!」
それもいいねえ、とソルジャーの瞳が輝きました。私、マズイことを考えたでしょうか?
「いいアイデアだよ、「おやつちょうだい」。手紙の文面はそれに決めたよ!」
あちゃー…。ソルジャーの世界のシャングリラに多大な迷惑をかけちゃうようです。私たちの世界にはいない動物、ナキネズミ。アレがソルジャーの手紙を咥えて出掛けて、厨房の人たちが青の間までおやつの配達に…。
「うん、青の間には違いないけど…」
行き先は厨房じゃないんだよね、とソルジャーはニヤリ。もしやブリッジ? ブリッジでお仕事中のキャプテンの所にナキネズミがそういう手紙を届けて、キャプテンは仕事を抜ける羽目に? 厨房に寄っておやつを調達、それからソルジャーの待つ青の間まで…?
「そのアイデアも素晴らしいよ!」
頂いておこう、とソルジャーの声が再び。私はまたしてもマズイ発想を…?
「ううん、マズイどころか素敵で最高! ハーレイだったら盗み食いの心配も要らないしね!」
「「「は?」」」
「おやつちょうだい」と書いた手紙を持たせてお出掛けするのはナキネズミ。それに応えておやつをお届けは人間の役目、ソルジャー用のおやつを盗み食いするようなクソ度胸の持ち主、ソルジャーの世界にいるんですか?
「忘れてないかな、とんでもなく悪戯が好きな大食漢を!」
「「「ぶるぅ!?」」」
「そう、ぶるぅ」
アレをお使いに使おうと思っていたのだ、とソルジャーの発想の方が私よりも斜め上でした。ちゃんとナキネズミがいるというのに、「ぶるぅ」とは…。でもって「ぶるぅ」は使えないからキャプテンだなんて、何か間違っていませんか?
「えっ、間違ってはいないけど? だって、ナキネズミには無理だからねえ…」
「お使いがかい? 鳩よりよっぽど利口なんじゃあ?」
会長さんの問いに、ソルジャーは。
「そりゃ、ナキネズミは使える動物だよ? だけど、こっちの世界に行かせたらマズイだろ?」
「「「え?」」」
「おやつちょうだい、って手紙の宛先は此処なんだよ!」
この家か、シャングリラ学園にある「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋か、どっちか。其処へ「おやつちょうだい」な手紙を出すのだ、って本気ですか!?



ソルジャー憧れの伝書鳩。うんとレトロな通信手段を使いたいそうで、手紙の宛先はよりにもよって私たちの世界。しかも文面が「おやつちょうだい」。
「なんなのさ、それは!」
会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは。
「ダメかい、「おやつちょうだい」ってヤツは? それなら普通の手紙にするけど…」
元々そういう案だったし、と顎に手を当てて。
「明日は遊びに行ってもいい? とかさ、そういう手紙を出そうかと…。でもねえ、「おやつちょうだい」だと毎日おやつが貰えるしね?」
こっちの世界に来なくっても、とソルジャー、ニコニコ。
「そしてお使いをするハーレイの方も、少しの間、リフレッシュ! 手紙を届けにやって来たなら、お茶くらい御馳走してくれるだろ?」
「そりゃまあ…。着発で帰れと言えはしないしね、お客様には」
「じゃあ、決まり!」
早速、明日から始めよう! とソルジャーはグッと拳を握りました。
「明日はハーレイ、オフなんだ。ぼくと二人で過ごすんだけれど、その間にお使い第一弾! 二人分のおやつを持たせてやってよ、こっちに来たなら!」
「そ、それはいいけど、君のハーレイ、空間移動は出来ないんじゃあ…」
会長さんの質問に、返った答えは「うん」というもの。
「その辺もあって、ぶるぅを使うつもりでいたんだけどねえ…。盗み食いのリスクを考えてみたら、ぶるぅじゃ全然使えやしない。ここは一発、ぼくの力で空間移動を!」
そしてハーレイがお使いに来る、と一方的に決まってしまった、伝書鳩ならぬ伝書キャプテン。明日から「おやつちょうだい」の手紙持参で空間移動をするわけですか~!



とんでもないアイデアに目覚めたソルジャーは夜まで居座り、おやつも食事も堪能してから自分の世界へ帰って行ってしまいました。「明日からよろしく」の言葉を残して。
次の日、私たちは会長さんの家で「今日も寒いね~」と午前中のおやつは餅ピザ、昼食は具だくさんでワイワイとラーメン鍋を。そうこうする内、昨日のことなどすっかり忘れて…。
「すみません、お邪魔いたします」
「「「!!?」」」
誰だ、と一斉に振り向いた午後のおやつの真っ最中。見慣れた紫のマントの代わりに半端な長さの濃い緑色。制服を纏ったキャプテンがリビングに立っていて…。
「どうも、御無沙汰しております」
礼儀正しく頭を下げたキャプテンの首から奇妙なものが下がっていました。紐で下げるタイプのペンダントかとも思いましたが、どうやら金属製の筒。長さは五センチくらいでしょうか。頭を上げたキャプテンは胸元の筒を指差して。
「此処に手紙が入っております。…ブルーからの」
「「「………」」」
本格的にやり始めたな、と誰もが溜息。普通に手紙を持たせる代わりに、伝書鳩よろしく筒入りの手紙。首から下がっているだけマシかな…。
「ブルーが言うには、本当は足に付けたいそうなのですが…」
この辺りに、とキャプテンが示す自分の太もも。足の付け根に近い部分で。
「此処に結んで、それをこちらの……そのう……」
「…ぼくってわけだね、それを開けろ、と」
それは勘弁願いたい、と会長さん。キャプテンが言った場所に筒があったなら、開けるためには会長さんは嫌でもキャプテンの股間を目にする羽目になります。制服で隠れていると言っても、「ちょっと失礼」と顔を近づけないと筒には触れない場所。
「…やはりそうですよね、足は無理だと…」
「お断りだね」
「では、この形でお願いします」
中に手紙が、と胸元の筒を示してみせるキャプテン。開ける係は会長さんに限定されるみたいです。会長さんは「了解」とキャプテンの首から下がった筒を開けて…。
「……おやつちょうだい……」
本気だった、と広げられた手紙。其処にはソルジャーの字でデカデカと書きなぐってありました。例の「おやつちょうだい」の一言だけが…。



空間を超えてお使いにやって来た伝書キャプテン。午後のおやつはドライフルーツとナッツのタルトで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が切り分けながら。
「えっと…。お使いだったら、ぶるぅの分も持ってってくれる?」
「よろしいのですか?」
「うんっ! ぼくとぶるぅは親友だもん!」
だからよろしく、とペコリと頭を下げる「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、悪戯小僧の「ぶるぅ」と何故か気が合い、大親友。それだけに、お持ち帰り用のおやつも届けてあげたいらしく。
「えーっと、ブルーのと、ハーレイのと、ぶるぅと…。はい、こんな感じ~!」
詰めてみたよ、と持ち運び出来る紙箱にキッチリ詰められたタルト。更に「せっかく来てくれたんだし、食べて行ってね」とキャプテン用のお皿にもタルト。
「…私の分は詰めて頂いたと思うのですが…」
「お使い、大変だと思うから! お腹一杯にならないんだったら食べてって!」
「では、頂戴いたします」
「どうぞ! コーヒーにする? 紅茶にする?」
飲み物の注文まで取った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がキャプテン御希望のコーヒーを淹れて、普段とはまるで違う面子でティータイム。いつもだったらソルジャーが混ざる所を何故かキャプテン。
「すみません、御馳走になってしまいまして…」
「ううん、全然!」
それよりお使い、大変だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は同情しきり。
「伝書鳩さんは迷子になっちゃうこともあるくらい、なんだか大変みたいだし…」
「いえ、私の場合はブルーが完璧にコントロールをしておりますから」
行きも帰りも一直線です、とキャプテンは笑顔。
「来る時もほんの一瞬でしたし、帰りもそうだと思いますよ。ブルーはおやつを楽しみに待っていますから」
ただ…、とキャプテンは少し申し訳なさそうな顔で。
「ブルーは一度言い出したら聞かない性分で、当分の間は「おやつちょうだい」が続くかと…」
「かみお~ん♪ ぼくはホントに気にしてないから!」
お客様もおもてなしも大好きだから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はウキウキと。
「毎日おやつを貰いに来てくれると嬉しいな。それに、ぶるぅにも届けられるし!」
「では、これからよろしくお願い致します」
手紙を届けに参りますので、とあくまで礼儀正しいキャプテン。うん、ソルジャーが自分でやって来るより、断然こっちが平和ですよね!



首から下げた金属製の筒に「おやつちょうだい」と書かれたソルジャーの手紙。伝書キャプテンは頑張りました。ソルジャーに呼ばれたとブリッジを抜けては、空間を超えて私たちの世界へと。
本当に忙しい日は持ち帰り用の箱を手にして、急いで元の世界へ戻って。そうでない日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋や会長さんの家でティータイム。
「…こういう体験はなかなか出来ませんねえ…」
感謝しております、と今日も感激の面持ちのキャプテン。ソルジャーの世界のシャングリラにも休憩やお茶の時間はあるそうですけど、そうそう毎日、素敵なおやつが出る筈もなくて。
「此処では当たり前のお菓子なのですが…。私たちのシャングリラでは種類がなかなか…」
お蔭様でブルーも大満足です、とキャプテンは嬉しそうな顔。自分がお使いで手紙を届ければ、奥さんと言うか何と言うのか、伴侶なソルジャーに毎日立派なお菓子を持って帰れるのですから。
「ブルーに聞いた話では、こちらの世界では仕事帰りにケーキなどを買って家に帰るのだそうですね? 土産だ、と提げて」
「毎日ってわけじゃないけどね」
記念日とかが多いかな、と会長さん。
「でなきゃ、喧嘩をした時に仲直り用に買って帰るとか…。毎日ケーキを買って帰る男は少ないと思うよ、一般的な存在じゃないね」
「…そうなのですか? ブルーはそれが普通だと言いましたが…」
「君が実態を知らないと思って言っているだけさ。君は立派な愛妻家だよ」
こうして毎日おやつを貰いに来るなんて、と会長さんはキャプテンをベタ褒めです。
「いえ、愛妻家だなどと…。ブルーが聞いたら怒り出します、妻ではない、と」
「そういえば、未だに決着ついてないねえ、ぶるぅのママの座」
「はい。…私としては、やはりぶるぅのパパの座を目指したいのですが」
『ハーレイ!』
調子に乗るな、と飛び込んで来たソルジャーの思念。伝書キャプテンには見張りもキッチリついているわけで、たまにこうしてお叱りが。けれども大抵、キャプテンは羽を伸ばしてゆったりと過ごし、それからお菓子を詰めた箱を手にして空間移動で元の世界へ。
「…今日もお世話になりました」
「ううん、こちらこそ。楽しかったよ」
「かみお~ん♪ また明日ね~!」
バイバイ、と大きく手を振る「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、笑顔で見送る会長さんと。この光景もすっかりお馴染み、伝書キャプテン、今日で早くも十日目ですか…。



そして二週間目になろうかという土曜日のこと。いつものように会長さんの家に集まり、午後のお茶の時間にはキャプテンを迎えて賑やかにやっていたのですけど。
「あれっ?」
お客さんかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチャイムの音で玄関へ。管理人さんからの連絡は何も来ていませんけど、宅配便でも届いたのでしょうか? そういう時には管理人さんが下で受け取って運んで来るのが恒例ですし…。
え、なんで宅配便を管理人さんが受け取るのかって? 最上階にある会長さんの家は、二十光年の彼方を航行中のシャングリラ号とも連絡が取れるソルジャー仕様。宅配便の配達くらいでは入れないようになっているのです。
「荷物かなあ?」
頼んだ覚えは無いんだけれど、と会長さん。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食材の取り寄せなどもしていますから、そっちだったら覚えが無くて当然で。任せておこう、とティータイム続行、間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻って来たのですが。
「かみお~ん♪ ハーレイが来たよ!」
「「「ええっ!?」」」
何故に教頭先生が、と仰天する間に、ご本人がリビングに入って来られて。
「すまんな、急に。…こ、これは…!」
ご無沙汰しております、とキャプテンに慌てて頭を下げる教頭先生。キャプテンの方もソファから立ってお辞儀を。
「こちらこそ、御無沙汰しております。…今日は御用でらっしゃいましたか」
「いえ、用と言うか…。ブルー、バレンタインデーのザッハトルテだが…」
「そんな事でわざわざ来たのかい?」
会長さんの冷たい声。バレンタインデーのザッハトルテとは教頭先生から会長さんへの貢物のことで、プロ顔負けの腕になられた手作りのザッハトルテが届けられます。
「い、いや…。そのぅ、数を増やせば喜ぶかと…」
「日持ちするから沢山あったら嬉しいけどねえ、そういうのは電話でいいんだよ!」
わざわざ来るな、と蹴り出しそうな勢いですけど、教頭先生と瓜二つなキャプテンの方はソファに座り直してティータイムなわけで。
「し、しかし…」
どうしてこうも待遇が違うのだ、と言わんばかりの教頭先生、キャプテンをまじまじと見ておられます。そりゃそうでしょう、これがホントの月とスッポン、誰でも訊きたくなりますって!



「…あちらさんは仕事のついでなんだよ」
君と一緒にしないように、と会長さんは釘を刺しました。
「思い立ったが吉日とばかりに電撃訪問をかます君と違って、毎日、定時にお使いってね」
「お使い?」
怪訝そうな教頭先生に、キャプテンが「はい」と。
「定時というわけでもないのですが…。こちらで午後のおやつの支度が整いましたら、お邪魔することになっております」
「…それがお使いなのですか?」
お茶を飲むことが、と教頭先生が勘違いなさったのもやむを得ないでしょう。キャプテンは「まさか」と苦笑しながら、首から下げた金属製の筒を指差しました。
「これがお使いの印ですよ。今は空ですが、来る時は手紙が入っております」
「…手紙?」
「ええ。ブルーが書くのです、「おやつちょうだい」と」
「……おやつちょうだい……?」
ますますもって混乱しておられる教頭先生に、キャプテンが。
「そのままの意味です、おやつちょうだい。…そして私が空間移動で手紙を運んで、帰る時にはお菓子を貰って持ち帰ります」
「おやつの宅配便ですか?」
「ブルーは伝書鳩だと言っていましたが…?」
そういう鳩がいるそうですね、とキャプテンは至極真面目な顔で。
「足に付けた筒に手紙を入れて運ぶのだとか…。私も本来は足に付けたいとブルーが言ってはいたのですが…。その…。色々と問題がありまして、首から下げて来ることに」
「はあ…」
それでお仕事中なのですか、と教頭先生、ようやく納得。キャプテンが「そういうことです」と頷き、会長さんが。
「つまり、今も絶賛お仕事中だよ! お菓子の箱を持ち帰るまでが仕事なんだから!」
「かみお~ん♪ 伝書鳩さん、大変だしね? お菓子くらい食べて貰わなくっちゃ!」
そして元気に飛んで帰って貰うんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も満面の笑み。伝書キャプテンが丁重にもてなされる中、教頭先生は会長さんが「今年はこれだけ! 出来たらお願い!」とザッハトルテの希望数を書き付けたメモだけを貰って放り出されました。
お茶もお菓子も、一切、無し。待遇の差も此処に極まれりといった所でしょうか…。



「…あんた、今のは酷過ぎないか?」
キース君が教頭先生が放り出された玄関の方を眺めて、シロエ君も。
「そうですよ。お茶くらい御馳走して差し上げても罰は当たらないと思いますが」
「…電撃訪問して来たような男にかい?」
お仕事とは全く違うんだから、と会長さんは冷然と。
「ぼくの直筆のメモは渡したし、それで充分! 本来だったら電話だけになる所をメモで!」
もう充分に有難いのだ、という持論を展開されては仕方なく。
「…教頭先生、気の毒すぎるぜ…」
サム君が呟き、マツカ君も。
「せっかくザッハトルテの数の確認にいらっしゃったのに…。お気の毒です」
「いいんだってば!」
ぼくがいいと言ったらオッケー! と会長さんが言い放った途端。
「…そうなのかなあ?」
なんだか気の毒、と空間が揺れて、紫のマントのソルジャーがフワリと。
「こんにちは。いつもハーレイがお世話になっちゃって…」
「珍しいねえ、君が来るとは」
当分来ないと思っていたよ、と会長さん。
「うん、来る予定は無かったんだけど…。こっちのハーレイが気の毒すぎてね」
出て来ちゃった、とソルジャーはキャプテンの隣にヒョイと腰掛けました。
「あ、おやつはいいよ? 詰めて貰った分を帰って食べるから」
「それはいいけど、何か用かい?」
「こっちのハーレイなんだけど…。ぼくのハーレイの待遇が羨ましくってたまらないようだし、伝書鳩にしてみないかい?」
「「「伝書鳩?」」」
なんのこっちゃ、と顔を見合わせる私たち。伝書鳩ならキャプテンが毎日やってます。それを見てますから、言いたいことは分かりますけど、教頭先生を伝書鳩に仕立てて何処に飛ばすと?
「こっちのハーレイをお使いに出すと言うんだったら、もちろん、ぼくのシャングリラ!」
手紙は「おやつちょうだい」でいいよ、とソルジャーはニッコリ微笑みました。
「ぼくのシャングリラじゃ、ロクなお菓子は無いんだけれど…。代わりに極上のおやつが青の間に住んでいるってね!」
このぼくだけど、と自分の鼻の頭に人差し指。「おやつちょうだい」の意味はもしかして…?



「そうさ、もちろん、おやつは、このぼく!」
食べる根性があるのならば、と妖艶な笑みを浮かべるソルジャー。
「もちろん普通のおやつも出すよ? 箱に詰めてもあげるけれどさ、このぼくを食べて行かないか、と甘いお誘い!」
「「そ、それは…」」
会長さんとキャプテンの声が重なって。
「ブルー、なんということを仰るのです!」
「最悪すぎるだろ、そのお使い!」
誰がそんな伝書鳩ごっこがしたいものか、と会長さんは叫びましたけど。
「…鳩は迷子になるんだってねえ?」
でもって公園の鳩に混ざって行方不明になるんだよねえ、とソルジャーが自分の唇をペロリ。
「お使いに出たまま行方不明の伝書鳩っていうのもお洒落じゃないかと」
「「「行方不明?」」」
「こっちの世界の昔話にあるだろ、確か竜宮城だっけ? とっても素敵な別世界に行って、其処で暮らすというお話!」
そんな感じで青の間は如何、とソルジャーの瞳がキラキラと。
「ぼくのハーレイは基本が忙しいから、ハーレイの留守にもう一人いると嬉しいなあ…、って。どうせヘタレだから、鼻血三昧だろうけど…。そうそう危ない関係になりはしないと思うけど!」
お使いに出たまま鼻血を噴いて行方不明でどうだろうか、とソルジャーが出した意見に、会長さんが「うーん…」と唸って。
「行方不明か…。今の時期だと受験シーズンだし、後で何かと問題だろうね、ハーレイが消えてしまったら…」
「そうだろう? そんな本来の仕事も忘れて過ごせる竜宮城に、是非!」
「…ハーレイが消えても、代わりはいるか…」
学校の仕事自体は回る筈か、と会長さんはニンマリと。
「よし。お使いに出掛けて行方不明コースを目指してみよう。例年、ハーレイから横流しして貰う試験問題の方はサイオンでいくらでも盗み出せるし、消えちゃっても…ね」
「じゃあ、こっちのハーレイが自発的に仕事を思い出すまで!」
「うん、君の竜宮城とやら!」
お使いに出すよ、と会長さんはソルジャーとガッチリ指切りを。あちらへの空間移動のサポートの約束も取り付け、教頭先生は明日の出発になるようです…。



翌日の日曜、私たちが会長さんの家にお邪魔して間もなく、教頭先生がやって来ました。今日は電撃訪問ではなく、会長さんからの御招待で。
「すまんな、お茶の時間に来てくれということだったから来たのだが…」
早すぎたか? とリビングを見回す教頭先生。お茶の支度は出来ていませんでした。テーブルにはまだティーカップもコーヒーカップもありません。むろん、お菓子も。
「早すぎないよ? むしろ遅いくらい」
「は?」
「君には仕事をお願いしようと思ってさ。昨日、羨ましかったんだろう? ブルーの世界のハーレイが…さ」
会長さんはパチンと片目を瞑ると。
「だからね、君にも仕事をお願い! ちょっとお使いに行って欲しいんだ、ブルーの許可は貰ってあるから!」
あっちの世界でおやつを調達して来てくれ、と会長さんはメモに大きく書き付けました。いつもソルジャーが寄越すあの一文を、「おやつちょうだい」と。
「これをブルーに渡してくれれば、お茶のためのお菓子が手に入るんだ。たまには別の世界のお菓子もいいしね」
「で、では、私は…」
「それを持って帰って来てくれたら、君も交えてみんなでお茶会! そうそう、お使いに行って「食べて行かないか」って誘われた場合は食べて来ていいよ」
その間くらいはお茶だけで凌いで待っているから、と会長さんに唆された教頭先生は。
「…そうか、お使いに行けばいいのだな!」
「うん、この手紙を入れた筒をくっつけて…ね」
こう入れて…、と会長さんの手元にはキャプテンが首に下げて来るのとそっくりな筒が。けれども筒を取り付ける仕組みが違うのです。教頭先生に「よろしく」と近付いた会長さんは。
「…お、おい、ブルー…?」
「あっちのブルーの注文なんだよ、筒は首じゃなくて足に付けろ、と」
それもこの辺…、と会長さんが細いベルトのようなもので筒を結びにかかった先は教頭先生の左の太ももでした。それも足の付け根に近い辺りに、しっかりと。固定する間、会長さんの顔と頭が股間に近付くだけあって、教頭先生は耳まで真っ赤で。
「…あれっ、ハーレイ、どうかしたかい?」
「いや、なんでもない」
「それなら行って来てくれるかな? お使い、よろしく」
じゃあね、と会長さんが教頭先生の腕をポンと叩いて、教頭先生は消え失せましたが…。



「…おやつなんかは最初から期待していないってね」
もう死んだらしい、と鼻先で笑う会長さん。ソルジャーから思念での連絡が入ったみたいです。
「筒を開ける前にまずはサービス、と言ったらしいね」
サービスの内容までは聞いていないけどね、とニヤニヤニヤ。
「それだけで鼻血を噴いて倒れて、お使いどころじゃないらしい。ぼくたちだけでお茶にしようか、ぶるぅ、お願い」
「かみお~ん♪ 今日のおやつは柚子のシフォンケーキだよ!」
お昼御飯に響かないように軽めのケーキ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーからは「それも取っておいて!」と思念が届いたらしくて、午後のおやつを貰いにキャプテンが来たら、今日は二種類渡すようですが…。
「…教頭先生、どうなるわけ?」
まさか本当に行方不明に…、とジョミー君が窓の向こうに降る雪に目をやり、会長さんが。
「さあねえ? 自分の立場とすべき仕事を思い出したら帰れるってブルーは言ってるけれど…」
当分戻って来ないかもねえ、と無責任極まりない発言。あまつさえ、午後になって伝書鳩ならぬ伝書キャプテンが「おやつちょうだい」のメッセージを首から下げて現れて。
「ブルーからの伝言です。竜宮城はお気に召したようだから、今夜は丁重におもてなしする、と」
「「「うわー…」」」
今夜は丁重におもてなし。ということは、お帰りは早くても明日の朝です。もしも学校に間に合わなかったら…。
「受験シーズンに無断欠勤、連絡もつかない状態ってね」
せいぜい悲惨な目に遭うがいい、と会長さんは救い出す気すらありませんでした。教頭先生、キャプテンのお使いに憧れたばかりに命運が尽きてしまいそうです。
「「「竜宮城…」」」
早くお帰りにならないとエライことになると思うんですが…。教頭だのキャプテンだのってポストが消えてしまうかもしれないんですが、教頭先生、いつお仕事を思い出すのでしょうか。頑張って早く正気に戻って下さい、迷子になった伝書鳩だって場合によっては戻るんですから~!




           手紙とお使い・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 伝書鳩ならぬ伝書キャプテン、頑張って役に立ったんですけど、その後が問題。
 教頭先生がお使いに行った場合は、なんと迷子の伝書鳩。無事に帰れるといいですねえ…。
 次回は 「第3月曜」 10月15日の更新となります、よろしくです~! 

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 こちらでの場外編、9月は、お彼岸の法要が大問題。避けられるわけがなくて…。
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