シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。春うららかな日に登校してみれば、なんだか面子が足りないような。いつもだったら一番に登校するほどの真面目人間が…。
「あれっ、キースは?」
ジョミー君がキョロキョロと見回し、サム君が。
「そういや今日からだったっけか…。なんかボランティアって言ってたじゃねえかよ」
「そういえば…」
聞いてましたね、とシロエ君も。
「三日間ほどお休みでしたか? 何処へ行くのかは聞いてませんが」
「それじゃ、今週はお休みなのね」
三日間なら金曜までね、とスウェナちゃん。キース君のボランティアはお馴染みですけど、内容の方は実に様々。他のお寺のお手伝いやら、文字通りのボランティア活動やら。
「キース、今回は何なのかな?」
ジョミー君の疑問に答えられる人はいませんでした。要するに誰も突っ込んでは聞いていなかったという結果です。朝のホームルームで出欠を取るグレイブ先生に期待するしかないですが…。
「キース・アニアン。欠席だな」
金曜日まで、と呆気なく流され、行き先はおろか欠席理由も謎のまま。これは放課後まで待つしかなくて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
放課後に出掛けた、生徒会室の奥に隠された溜まり場、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋では。
「やあ、来たね。キースが足りないみたいだけどね」
どうぞ座って、と会長さんが。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいそいそとイチゴたっぷりのベイクドチーズケーキを切り分けてくれて、紅茶やコーヒーなどの飲み物も。
「えとえと…。キースはボランティアだよね?」
「うーん…。あれもボランティアと言うのかなあ…」
難しいね、と会長さん。ということは、ボランティアという名のタダ働きに出掛けて行きましたか? 先輩さんのお寺のお手伝いとか、そういうの…。
「ちょっと違うね、異業種交流会と言っておくのが早いかな?」
「「「は?」」」
異業種交流会って何でしょう?
「そのまんまのヤツだよ、璃慕恩院の主催でキリスト教との交流会でね」
「キース先輩、そんなのに出席させて貰えるほど偉かったんですか!?」
ああいうのはトップが出るんですよね、とシロエ君。言われてみればその手の記事には偉そうなお坊さんとかの写真が載っているもので、キース君もそういうレベルに実は達していたんですか?
「まさか。…キースがそこまでのレベルだったら、欠席は明日だけって所だね」
「「「えっ?」」」
「お偉いさんの出番は明日の会議だけ。でもねえ、会議の他にも親睦会とか、茶話会だとか。こう色々と細かいおもてなしの行事があるから…。手始めが今日の夕食会で」
そういった各種行事を円滑に進めるためには裏方が必須。璃慕恩院で普段からお役目のある人の他にも動員がかかり、キース君はそれに出掛けたのだとか。
「璃慕恩院かよ…。それじゃ、働いた分のバイト料とかは出ねえな、全く」
サム君が呟き、会長さんが「うん」と。
「お手伝いは名誉なことだからねえ、どちらかと言えば参加料を支払わなければならないほどのイベントだねえ? 支払ってでも手伝いたい、って坊主は山ほどいるわけで…」
「だったら、キースはエリートなのかよ?」
「そういうわけでも…。単に動員しやすいだけだね、自分のお寺の仕事を簡単に抜けられる上に、自由に休めるシャングリラ学園特別生だし!」
要は便利な助っ人なのだ、と言われると何だか気の毒なような。名誉な仕事でもタダ働きの日々が今日から金曜までですか…。
璃慕恩院までお手伝いに出掛けたキース君。金曜日まではキッチリ欠席、さて、土曜日はどうなるのだろう、と思っていれば「俺も行くぞ」と金曜の夜に思念波が。「どうせブルーの家だろう?」と集合時間を尋ねてきて…。
「あっ、キース、おはよう!」
ジョミー君が手を振る土曜日の朝。会長さんのマンションから近いバス停にキース君が降り立ちました。タダ働きが三日間の割には元気そうです。
「久しぶりだな、三日ぶりのシャバだ」
「シャバって…。キース、苦労したわけ?」
ジョミー君が訊くと、「それほどでもないが」という答え。後はワイワイ近況報告、会長さんの家の玄関まで行ってチャイムを鳴らして…。
「かみお~ん♪ キース、お帰りなさい~っ!」
入って、入って! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはリビングに通され、桜の餡をサンドしたふんわりブッセが出て来ました。キース君は「有難いな」と合掌すると。
「こういった菓子も久しぶりだ。…俺たちには所詮、おさがりだからな」
「「「おさがり?」」」
「言っただろうが、裏方だった、と。裏方なんぞのための菓子は無い。お偉いさんたちから「ご苦労様」と頂けるだけだ、菓子の残りを」
しかも種類がバラバラなんだ、とキース君。裏方さんの数が多いだけに、纏まった数が無いおさがりのお菓子は寄せ集め。お饅頭やらお煎餅やら、クッキー、マドレーヌなど実に様々。
「というわけでな、裏方同士で集まっていても、なかなか菓子が揃わなくってな…」
「なんか思いっ切り大変そうだね…」
お菓子だけでも、とジョミー君が言うと、「まあな」と返事が。
「そういった菓子を融通し合っている内に、だ。三日目ともなれば好みが分かって譲り合いとか、交換だとか…。なかなか有意義な日々ではあった。坊主だけではないからな」
「キリスト教の裏方さんもいたのかよ?」
サム君の問いに、キース君は。
「来ていたぞ? ただなあ、あっちはバラエティー豊かで…」
「「「えっ?」」」
裏方さんがバラエティー豊かって、何なのでしょう? キリスト教なんかはサッパリですけど、バラエティーに富んでいるものですか?
「キース先輩、それって服装とかですよね?」
確認したのはシロエ君でした。
「確か色々あるんですよね、お坊さんと一緒で階級別に」
「いや、そういうのとは別口だ。今度の交流会は修道会とのヤツだったからな、それこそ色々な修道服ってヤツが揃っていたわけで…」
「「「修道服!?」」」
それってアレですか、シスターですかね? なんか色々とあるらしいのは知ってます。アルテメシアで見かけるヤツだと茶色とか…。
「ああ、シスターももちろん居たが…。シスターが一番モロに出るなあ、バラエティーの豊かさ」
「なんで?」
なんでシスター、とジョミー君が不思議そうに。
「分からんか? 相手は女性だ、異教徒の男性と一緒に仕事はしない、という宗派もある」
そうかと思えばフレンドリーな宗派もあったりして…、と溜息が。
「記念写真を撮りましょう、と言い出すシスターがいるかと思えば、すれ違っても会釈だけとか…。そっち系だと、修道士の方も難しいんだ」
「「「へ?」」」
「会の方針が沈黙らしい。余計なお喋りの類は厳禁と来たもんだ。しかし喋らんと仕事が出来んし、何処まで喋っていいものやら…」
距離の取り方が実に難しかった、とキース君。
「この菓子、お食べになりますか、と訊いたら「ありがとうございます、大好物です」なんて言ってくるから、これはいけると喋ろうとしたら…」
「駄目なのかよ?」
「こう、穏やかに微笑まれてだな、「お互い、静かに祈りましょう」と来たもんだ。あちらさんは飯の時間も黙って祈っているらしい。黙って食え、というのは仏教の方でももちろんあるが…」
俺たちの宗派も修行中だとそうなんだが、とキース君。
「しかしだな! たかが菓子を食う時間くらいは息抜きだろうが!」
「祈りましょう、はキツイかもですね…」
ちょっとぼくには無理そうです、とシロエ君。
「ご苦労様でした、キース先輩。毎日、祈りの日々だったんですね?」
「うっかり気に入られてしまったもんでな!」
お菓子の時間も祈りましょう、という修道士に気に入られたらしいキース君。何かと言えば一緒に作業で、掃除や部屋の設えやら。三日間、キッチリ沈黙ですか…。
璃慕恩院の異業種交流会だか、親睦会だか。お偉いさんたちはもちろん交流、お手伝いの裏方同士も積極的に交流すべし、という方針で。キース君たちも顔馴染みの坊主仲間よりもキリスト教な人たちとの親睦が奨励されていたとか。
「ところがだ。沈黙なんぞが基本のヤツらと交流したいヤツはそうそういないし、気に入られた俺はババを引いたというわけだな。行きましょう、と声を掛けられたらおしまいだ」
作業も一緒なら、食事も隣同士で祈りながらの三日間。坊主仲間と羽目を外したくても、霊的な会話とやらに誘われてしまって宗教談義。
「宗教談義はいいのかよ?」
「それは許されるらしくてな…。お蔭様であちらさんの事情もかなり分かったが…」
俺には絶対、真似は出来ん! とキース君。
「必要最低限しか喋れない日々だぞ、ストレスが溜まって死にそうだ!」
この三日間だけでも死にそうなんだ、と相当に沈黙がこたえた模様。でもでも、他のお坊さんとかと喋れるチャンスもあったわけですよね?
「それはあったが、上の方でも俺が気に入られているらしい、と事実を把握しているからな? 他の連中にも指示が出るんだ、キースの交流の邪魔をするな、と」
「だったら、本気で沈黙の三日間だったのかよ?」
「あの修道士に気に入られてからはな!」
一日目の昼には既にロックオンされていた、とキース君の激白。朝一番に璃慕恩院に出掛けて、裏方同士で挨拶をして。その後の掃除で偶然、一緒の担当になって何故か気に入られたという話。
「俺は外見がコレなお蔭で、他の連中と違って酒だ女だと派手に遊んだことは一度も無いしな…。恐らくその辺を見抜いたんだろう、あちらさんは完全に禁欲だ」
「らしいね、そもそも修道院から外へは出ないと言うからねえ…」
会長さんが相槌を打って、キース君が。
「あんた、知ってるのか?」
「少しくらいはね。選挙と病院に行く時だけしか出ないっていうのが基本だろ? 坊主みたいに寺を抜け出して遊ぶわけにはいかないねえ…」
「そのようだ。霊的会話とやらのついでに聞きはしたがだ、本当に神が全てのようだな」
祈りのための沈黙らしい、とキース君はそれなりに情報を引き出して来た様子。つまりは間の取り方が上手かったと言うか、必要最低限の会話で済ませるスキルがあったと言うべきか。そりゃあ相手に気に入られますよ、異業種でも話が通じるんなら…。
キース君と三日間、一緒だったらしい修道士。名前は聞いたそうですけれども、お互い、住所の交換は無し。メールアドレスなんかは論外、三日間だけのお付き合いだったらしくって。
「二度と会うことも無いんだろうが、だ…。あの沈黙の日々はキツかった…」
「仏教でも私語厳禁ってトコはあるんだけどねえ?」
会長さんが混ぜっ返せば、キース君は。
「表向きだろうが、表向き! 私語厳禁の時間が終わった後には喋りまくりで、山奥の寺でもタクシーを呼んで街に繰り出すとかは基本だろうが!」
「まあねえ、食事は精進料理と言いつつ、お寿司を食べていたりもするし…。坊主はどうしても羽目を外すね、何処かでね。中には真面目な人もいるけど、お寺が丸ごとってことは無いねえ…」
外出禁止を真面目に守って沈黙の日々なんてとてもとても、と会長さん。
「それを思うと、異業種ながら学ぶべき所も多いってことになるけれど…」
「沈黙は金と言うからな…。あそこまで徹底しろとは言わんが、黙って欲しいヤツならいるな」
「「「は?」」」
「誰とは言わんが、俺たちに迷惑をかけまくるヤツだ」
あいつが沈黙の欠片だけでも守ってくれたら…、という台詞で誰のことだか分かりました。会長さんがレッドカードを叩き付けてる相手です。何かと言えばアヤシイ話をしたがるソルジャー、その手のアヤシイ話だけでもせずに沈黙してくれていれば…。
「沈黙してくれたら平和だろうねえ…」
毎日が変わるね、とジョミー君。会長さんも大きく頷いています。
「あの手の話に関しては沈黙、それだけで平和になるんだけどねえ…。聞きたい人なんか誰もいないし、気付いてくれればいいんだけどね」
「分かるよ、そういう時間に沈黙するのはいいことだよね!」
「「「!!?」」」
何故このタイミングで湧いて出るのか。紫のマントのソルジャーが現れ、ソファにストンと腰を下ろして。
「ぶるぅ、ぼくにも紅茶とブッセ!」
「かみお~ん♪ 紅茶はミルクティーだよね?」
「そう! 今日のブッセに合いそうだからね!」
桜餡だよね、と嬉しそうですが。何処から話を聞いていたのか、そもそも何しに来たんだか…。
ソルジャーが沈黙してくれたなら、という話の真っ最中に現れてしまった当のソルジャー。ミルクティーと桜のブッセが前に置かれると、早速ブッセを頬張りながら。
「ああいう時間に沈黙っていうのは素敵なんだよ、うん」
「分かっているなら沈黙したまえ!」
会長さんがすかさず切り込みました。
「君はこれから喋らなくていい。まるで喋るなとまで言いはしないから、その手のヤツだけ!」
「ぼくの努力でどうなるものでもないからねえ…」
「「「は?」」」
沈黙は自分で守るもの。自分自身で努力しないと出来ないことだと思いますが?
「その手の時間の沈黙は別! 黙らせよう、って意志が無いとね!」
「じゃあ、沈黙!」
黙ってくれ、と会長さんが命令すると。
「そうじゃなくって…。猿ぐつわだとか、手で押さえるとか、こう、無理やりに!」
それが燃える、と妙な発言。何のことだ、と私たちは首を傾げましたが。
「分からないかな、真っ最中の話だよ! 声が出せないっていうのは燃えるよ、本当に!」
「退場!」
会長さんがレッドカードをピシャリと叩き付けると、ソルジャーは。
「まだまだ話の途中なんだよ! 昨日ね、ノルディとランチに出掛けて、たまたまそういう話になって…。あのシチュエーションは燃えるんだけどさ、ぼくのハーレイには向いてなくって…」
なにしろヘタレなものだから、と溜息をフウと。
「猿ぐつわなんて絶対、出来っこないし…。自分でしたんじゃ馬鹿みたいだし、たまには口を押えてみてよ、って言うんだけどねえ…。ぼくは燃えるけど、ハーレイの方は…」
とことん腰が引けているのだ、と嘆くソルジャー。
「仕方ないかな、って思っていたらさ、こっちも似たような話をしてるし…。耳寄りな言葉も聞こえて来たし! 沈黙は金、って言ったよね?」
「確かに言ったが、分かっているなら黙ってくれ!」
キース君が返すと、ソルジャーは。
「その、沈黙は金って言葉で閃いたんだよ! ちょっと素敵なイベントが!」
「「「イベント?」」」
「そう、イベント!」
実に楽しいイベントなのだ、と言っていますが、どういうイベント…?
「沈黙は金って言うほどなんだし、これは人間の金の方にも効くのかな、とね」
「さっさと退場!」
もう帰れ、と会長さんが怒鳴りましたが、ソルジャーは我関せずで。
「金と言ったら大事な部分! 黙っていればエネルギー充填、すっごいパワーが出るのかな、なんて思っちゃったけれど、どうなんだか…」
「君のハーレイで試せばいいだろ、効くかどうか!」
猿ぐつわでも何でもやってくれ、と会長さんは半ば捨て鉢。ところがソルジャーの方は「そういうのはちょっと…」と乗り気ではなく。
「ぼくのハーレイには効きっこないねえ、その手の趣味が無いからね? こっちのハーレイも多分、効かない。それを承知で遊んでみたいと!」
「…誰で?」
「もちろん、こっちのハーレイで!」
黙って貰うイベントなのだ、とソルジャーは顔を輝かせながら。
「ライブラリーで読んだことがあるんだよ! 黙っていないと魔法が解ける、という話! 魔法じゃなくって呪いを解くんだったかな…」
タイトルは忘れてしまったけれども白鳥なのだ、という話。白鳥に変えられてしまった王子たちを妹のお姫様が助けるそうで。
「ああ、あれね…。黙ってイラクサの帷子を編むんだったか、それなら知ってる」
でも、その話をどうすると、と会長さんが訊けば。
「黙って編み物をして貰うんだよ、こっちのハーレイに! そして編み物をやってる間はぼくがせっせと妨害を!」
喋って貰う方向で、とソルジャーはニヤリ。
「当然、タダでは編まないだろうし、編み終えた時はぼくと一発! ただし黙って最後まで編めば、という御褒美だけどね!」
「ちょ、ちょっと…!」
「どうせヘタレだし、一発なんかは無理じゃないかと思うけど? でもねえ、それでも一発ヤれるようなら、沈黙は金に効くっていうことが証明されるし!」
万一、沈黙が効いた場合はぼくのハーレイでも試してみよう、と抜け目ない策。でもでも、黙って編み物だなんて、教頭先生はイラクサの帷子を編むんでしょうか…?
「えーっと…。それって、ハーレイはイラクサを編むのかい?」
痛そうだけど、と会長さんが。
「あれは葉っぱと茎とに棘があるしね? でもまあ、ハーレイの手なら問題ないかもだけど…」
面の皮と同じで手の皮も厚い、と酷い言いよう。けれどソルジャーの答えはといえば。
「イラクサの帷子なんかを何に使うと! 使えないし!」
もっと実用的なものがいいのだ、と瞳がキラリ。
「「「実用的?」」」
「そう、実際に使えるもの! レースなんかは実にいいねえ、あの太い指でせっせと大判のストールとかね! 編み上がったらぼくが使わせて貰うよ、有難くね!」
ぼくのハーレイとの夫婦の時間に…、とソルジャーの目的は予想以上に良からぬものでした。素肌にレースもいいものだとか言っていますが、それを教頭先生が編むと…?
「決まってるだろう、同じ編むなら使えるもの! それも有意義に!」
是非ともレースを編んで貰う、とニヤニヤニヤ。
「仕事が仕事だけに、学校では喋るしかないからねえ…。その間の沈黙は免除するけど、それ以外! 一切喋らず、沈黙を守ってレースを編みつつ、あわよくば金も!」
大事な部分もエネルギーが充填出来ればいいな、と欲が丸出し。あまつさえ…。
「エネルギー充填を目指すんだしねえ、妨害もエロい方向で! ぼくとハーレイとの夫婦の時間をダイレクトにお届けするんだよ! 中継で!」
「やり過ぎだから!」
それは絶対に鼻血で死ぬから、と会長さんが止めに入りました。
「ハーレイはヘタレで鼻血体質ってコト、君だって知っているだろう! レース編みが鼻血で駄目になるのは間違いないよ!」
「さあ、どうだか…。沈黙するぞ、って気合を入れていたら乗り切れるかもね?」
編んでる間は中継画面も見られないし、と言われてみればその通り。レースを編みつつ余所見だなんて絶対に無理に決まっています。
「つまりさ、チラリと画面に目を走らせては編み続ける、と! 編み上がった時はぼくと一発、それを夢見て編んでいたなら、金だってエネルギー充填で!」
「…早い話が、止めるだけ無駄っていうことなんだね、君の計画は?」
「そういうこと!」
ハーレイにはレースを編んで貰う、とソルジャーはカッ飛んだ方向へと。キース君が仕入れて来た沈黙のネタとは真逆に走っていませんか…?
ソルジャーという人は思い込んだら一直線。沈黙が効くかもしれないというのと、教頭先生で遊んでみたいのと目的は二つ。こうと決めたら梃子でも動かず、お昼御飯の時間まで大いに盛り上がった末に、教頭先生の家へ出掛けると言い出して…。
「後はハーレイとの直談判! 編んでくれると決まった時には、もう今夜から!」
レースを編んで貰うのだ、とブチ上げつつもピラフをパクパクと。シーフードと菜の花のピラフは美味しいんですけど、ソルジャーの悪だくみが無ければもっと美味しく…。
「ホントだよ。黙って欲しいのは君だったのにさ」
誰もが同じ考えだったらしくて、会長さんがソルジャーに文句を付けましたが。
「別にいいだろ、ぼくが黙るなんて最初から誰も期待はしてないだろうし!」
「「「………」」」
そう来たか、としか思えない答え。ソルジャーに沈黙して欲しかったのに、黙るどころか喋りまくって教頭先生を追い込む方へと。教頭先生、果たして黙ってレースを編みますかねえ?
「編むと思うよ、ハーレイだしね!」
御褒美をチラつかせてやればいくらでも、とソルジャーは自信たっぷりでした。
「どんなレースにしようかなあ…。ぼくのマントくらいのサイズで編んでくれれば素敵だけどねえ、ぼくのハーレイとの時間がグッと楽しく!」
「ハーレイにレース編みの技術があるとでも?」
「無いだろうから面白いんだよ、一から始めるレース編み! 始めたからには最後まで! たとえ喋って御褒美がパアになろうとも!」
そのくらいのリスクは覚悟して貰う、と恐ろしい台詞が。
「パアになっても編ませる気か!?」
そこで終わりにならないのか、とキース君が訊くと、「ならないねえ!」と明快な答え。
「ぼくはレース編みの大判のストールも欲しい気持ちになって来たんだ、それも手編みだよ? 夫婦の時間が贅沢なアイテムでうんと充実、豪華に演出!」
もちろん真っ白なレースなのだ、とソルジャーはウットリと夢見る瞳で。
「花模様が幾つも繋がるのがいいかな、ロマンティックで」
「かみお~ん♪ お花模様のレース編みなら、編めるようになる本、持ってるよ!」
「本当かい!?」
「レース編み、やってたことがあるしね!」
こんなのはどう? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙からヒョイと取り出した本がドサドサドサッと何冊も。レース編みまでやってましたか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」…。
ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の本を参考にして編んで貰うレースを決めました。花模様の連続、大きさはマントと同じサイズで。
「よし、これでいこう! ハーレイが受けてくれるんだったら、糸を買って!」
「えとえと、糸もね、買うんだったら、お店、案内するからね~!」
意気投合してしまったソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。糸はソルジャーが買い、必要な道具は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のを貸すようです。此処まで決まれば後は教頭先生のお宅訪問、瞬間移動での電撃訪問あるのみで…。
お昼御飯の片付けが済んだら、教頭先生のお宅へ出発。有無を言わさず巻き込まれてしまった私たちも青いサイオンにパアアッと包まれて…。
「うわあっ!?」
仰け反っておられる教頭先生。これも毎度のパターンだよね、と思っている間にソルジャーが。
「こんにちは。今日はね、君に提案があって」
「提案…ですか?」
「そう! 沈黙は金って知ってるかい?」
「それはまあ…。これでも古典の教師ですから」
それが何か、と怪訝そうな教頭先生に、ソルジャーは「それは良かった」と満足そうに。
「色々あってね、沈黙は金に効くんじゃないかと思ったわけ! 君も持ってる、その金だよ!」
いわゆる大事な部分のことだね、と教頭先生の股間にチラリと視線を。
「…き、効くとは…。いったいどういう…?」
「文字通りの意味だよ、喋れないのは燃えるものだし…。ヤッてる時にね、口を押さえられたら堪らないんだ、だから君なんかも同じじゃないかな、と!」
我慢することでパワーが高まる、とソルジャーは自説を展開しました。
「黙っている間にエネルギー充填、まさに弾けんばかりのパワー! それを目指して黙って貰おう、と思うんだけれど、ただ黙るっていうだけではねえ…」
「私が黙ればいいのですか?」
「話が早くて助かるよ。こういう話を知っているかな、白鳥にされた王子を助けるために黙ってイラクサを編む妹姫。喋ってしまうと王子は助からないらしくって…」
「あの話ですか…」
知っています、と答えた教頭先生に向かって、ソルジャーは。
「それの真似をして欲しいんだよ! 黙って黙々とレースを編むんだ、君の場合は!」
これでお願い、とレース編みの本が突き付けられましたけれど。教頭先生、そんなの、お受けになりますか…?
「お花模様のレース編み…」
これを編めと、と教頭先生がレース編みの本のページを覗き込んだら、ソルジャーが。
「そうなんだよねえ、このパターンを幾つも繋いでいったら大きなサイズになるらしいし…。ぼくやブルーのマントくらいに仕上げてくれれば文句なし!」
「そこまでですか!?」
そんなサイズを編むのですか、と教頭先生は唖然呆然。
「わ、私はレース編みなどは…。それに、それほどのサイズを編むとなったら、どれほどかかるか…。第一、黙って編むんですよね、そのレースは?」
「そうだけど? ただし、学校へ行ってる間は免除だから! 黙るのは家の中だけだから!」
「し、しかし…」
「君にも美味しい話じゃないかと思うんだけどね? ぼくはさ、沈黙が金かどうかを試してみたいと言っただろ? だから黙って最後まで無事に編み上げられたら、ぼくと一発!」
溜め込んだエネルギーで一発やろうじゃないか、とソルジャーはズイと踏み出しました。
「ブルーそっくりのぼくと一発だよ? 絶対、悪い話じゃないって!」
「で、ですが、私は、初めての相手はブルーだと決めておりまして…!」
「パワーが溜まれば、ブルーだろうが、そうでなかろうが! 一発ヤリたい気分になるって!」
ぼくの身体で練習してくれ、とソルジャーに言われた教頭先生、ウッと詰まって。
「…れ、練習…」
「そう、練習! ぶっつけ本番で失敗するより、ぼくの身体で稽古をね!」
手取り足取り教えるから、と殺し文句が。
「この提案を受けてくれたら、編み上がった時には最高の時間を約束するよ。でもね…。もしも途中で喋っちゃったら、練習の話は無かったことに! 君にはレース編みのノルマだけが残る」
レース編みは最後まで仕上げて貰う、とキッツイ台詞で。
「の、ノルマ…」
「それくらいのリスクは覚悟しないとね? 白鳥の王子の話だってそうだろ、最後は処刑の危機だった筈だと思うけどねえ?」
「そ、そうでした…」
「じゃあ、ノルマ」
処刑までされるわけじゃなし、とレース編みのノルマの登場ですけど、教頭先生、黙ってレースを編む方に行くか、断るか、どっち…?
「…喋ってしまえばノルマだけが残るわけですか…」
教頭先生はレース編みの本を広げて編み方をチェックし、それから暫く考え込んだ末に。
「私も男です、やってみましょう! 要は黙って編むのですね?」
「やってくれるのかい? だったら契約成立ってことで!」
ソルジャーは満面の笑みで教頭先生と握手を交わすと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方に視線を。
「編んでくれるらしいよ、道具をよろしくお願いするね」
「かみお~ん♪ 糸も沢山買わなくっちゃね!」
「それじゃ二人で用意しようか、道具と糸と」
「オッケー!」
行ってくるねー! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の元気な声が響いて、二人の姿が消え失せました。教頭先生は「レース編みか…」と本を眺めておられますけど。
「…スケベ」
会長さんの冷ややかな声に、教頭先生の顔が凍り付いて。
「い、いや…! こ、これはだな…!」
「言い訳のしようも無いと思うんだけどねえ、編み上げたらブルーと一発だろう?」
ただし一言も喋らなければ、と冷たい微笑み。
「ブルーは沈黙は金って言葉も実践したいようだしねえ? おまけに遊びが半分なんだよ、君が黙って最後まで編めなかった場合に備えてノルマも課していたくらいだしね」
「…どういう意味だ?」
「喋ってしまう方向で妨害をするって言ってたけれど? エロい方向で!」
毎日毎晩、夫婦の時間を中継でお届けらしいんだけど、と聞かされた教頭先生は一気に耳まで真っ赤に染まってしまって。
「ま、毎晩…?」
「うん、毎晩。それでも喋らずにせっせと編む! 最後まで!」
喋らずに編み上がった時だけがブルーの美味しい御褒美、と会長さんの笑みは冷ややかで。
「どうだろうねえ、喋らずに編み上げられるのかな? そういうエロい妨害付きで?」
「う、うう…。しゃ、喋らなければいいわけで…」
「ふうん、挑戦するわけなんだ? ヘタレ返上で頑張るのかな? まあ、既に契約は成立しちゃっているからねえ…」
ブルーは糸を買いに行っちゃったし、と会長さんは冷淡でした。契約成立で編むしかないのだと、今更白紙には戻せないのだと。そして…。
「糸、買って来たよーっ!」
これで充分、足りると思うの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が紙袋を抱え、ソルジャーがレース編みの道具が入っているらしい箱を手にして戻って来ました。
「それじゃ今日からよろしく、ハーレイ。ぼくたちはこれで失礼するけど、喋っちゃ駄目だよ?」
しっかり監視してるんだから、とソルジャーが。
「ぼくのサイオンを舐めないようにね? 君が喋ったか喋らないかくらいは簡単に分かることなんだしね」
こうやって、とソルジャーの手が教頭先生の背中をバンッ! と。
「な、何ですか!?」
「ん? 今のでぼくのサイオンの波長の一部を君のとシンクロさせたわけ。君がウッカリ喋ったりすれば、「しまった」という感情が心に生まれる。それがダイレクトに伝わる仕組み!」
喋った瞬間にバレるから、とソルジャーは自信たっぷりで。
「だからね、君が御褒美を貰える資格を失くした時には隠し通せはしないからね? ノルマだけが残るし、そこを間違えないように」
「…わ、分かっております…」
「それと、ブルーから聞いているかもしれないけれど。沈黙で金のパワーを高めるためにね、これから毎晩、ぼくとハーレイとの夫婦の時間を中継画面でお届けするから!」
「ほ、本当だったのですか、その話は!?」
教頭先生、やはり疑っておられたようです。ソルジャーは「嘘じゃないよ?」とクスッと笑って。
「ぼくはハーレイとの時間に夢中だからねえ、中継はぶるぅに任せるつもり! 元から覗きが大好きな子だし、喜び勇んで中継するよ!」
その妨害に負けないように、と激励された教頭先生は。
「…が、頑張ります…! 喋ったら最後、ノルマしか残らないわけですし…」
「よく出来ました。それじゃ始めてくれていいからね、レース編み!」
マントのサイズは縦横がこれだけ、と書き付けたメモを差し出すソルジャー。教頭先生はそれを受け取り、レース編みの本に挟みました。マントサイズのお花の模様のレース編み。どのくらいかかるか分かりませんけど、その間、ずっと沈黙ですか…。
私たちが瞬間移動で立ち去った後に、教頭先生はレース編みの本を広げて道具を取り出し、いざ挑戦。私たちの方は午後のおやつを口にしながら中継画面での見物です。
「教頭先生、本気で編むんだ…」
レースなんか、とジョミー君が言えば、マツカ君が。
「ノルマだっていう話ですしね…。そうなれば編むしかないでしょう」
「契約、成立しちゃいましたしね」
どう転んでも編むしか道は無いですよ、とシロエ君も。とはいえ、素人がレース編み。お花模様でマントサイズなんかが編めるのだろうか、と案じていれば。
「えっとね、ハーレイ、筋は良さそうだよ?」
見れば分かるの! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコと。
「初めての人でも編める本だけど、コツを掴んでいるみたいだし…。綺麗なレースが編めると思うな、お花模様のレースのマント!」
真っ白だよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーも瞳を煌めかせて。
「そりゃね、マントサイズのレースともなれば花嫁衣装を意識したいしねえ…。色は白しかないと思って! 素肌に纏える真っ白なレース!」
手編みで出来ててうんとゴージャス、と大いに悦に入っているソルジャー。沈黙の方はもはやどうでもいいのだろうか、と思いましたが。
「えっ、金かい? 無駄だろうとは思うけれどさ、出来れば頑張って欲しいものだねえ…。沈黙を守れば金のパワーも高まるとあれば、ぼくのハーレイにも真似させたいし!」
そして充実の夫婦の時間を! とソルジャー、グッと拳を。
「そのためにも今夜から妨害あるのみ! こっちのハーレイが沈黙していられないような凄い映像を生中継でバンバンお届け!」
きっと「ぶるぅ」も張り切るよ、とソルジャーだって張り切っています。教頭先生、妨害に耐えて無事に沈黙を守れるでしょうか? それとも残るはノルマだけとか…?
その夜は春らしい豪華ちらし寿司の夕食を御馳走になって解散。教頭先生に異変が起きたら、会長さんから速報の思念が入ると聞いていましたが、何も無いまま次の日になり、日曜日。
「…何も起こらなかったようだな…」
俺は正直、反省している…、とキース君が沈痛な面持ちでバス停からの道を歩きながら。
「こんな方向に話が転ぶと分かっていたなら、あんな話はしなかったんだが…」
「仕方ないですよ、キース先輩。場外から乱入して来る人の動きまでは読めませんから」
不可抗力です、とシロエ君の慰めが。私たちも口々に「責任を感じる必要は無い」と言いつつ、会長さんの家まで辿り着いてみれば。
「かみお~ん♪ ハーレイ、かなり編んだの!」
筋がいいよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その隣ではソルジャーが。
「沈黙の方も頑張ってるよ。昨夜は遠慮なくやらかしたけれど、一言も喋らなかったようだね」
集中力が半端ではない、と大絶賛。中継していた「ぶるぅ」は音声の方も大音量で流したらしいのですけど、教頭先生は黙々とレースを編んでいただけで。
「…もしかして、マントサイズが仕上がるでしょうか?」
精神力はお強いですよ、とシロエ君が青ざめ、キース君が。
「まずいな、俺はブルーに殺されるのか?」
あのレース編みが無事に仕上がってしまったならば…、と震え上がっているキース君。レース編みのマントが沈黙を守って出来上がったなら、ソルジャーが教頭先生に…。
「「「………」」」
ヤバイ、と誰もが顔面蒼白、キース君の処刑も覚悟しましたが。
「沈黙は金…ね。ハーレイ、確かにヘタレなりにもパワーを蓄えつつあるようだけど!」
ブルーの読みもある意味、当たっていたようだけど、と会長さんがフンと鼻を鳴らして。
「そうそう美味しい思いをさせてはあげないってね。もっとも、ぼくが何もせずとも、その内に自爆しそうだけどねえ?」
「うん…。多分、今夜か明日くらいかと…」
こっちのハーレイの我慢の限界、とソルジャーが少し残念そうに。
「なまじ万年童貞だから…。溜まったパワーを持て余しちゃって派手に爆発、何か叫ぶんだよ」
「その叫び、何か賭けようか? ぼくは「一発」が入ると見たね」
「ぼくもだけどね?」
君たちは何に賭けるのかな? と言われましても、困ります。会長さんとソルジャーが始めたトトカルチョには入れそうもない私たちですが、教頭先生も今日明日で夢が砕けそう。沈黙を破った後にはノルマで、ただ延々とレース編みの日々。教頭先生、ご苦労様です~!
沈黙に耐えろ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生が沈黙しながらレース編み。まあ、間違いなく喋って終わりなコースですけど。
そしてキース君がロックオンされた修道士の方は、本当に実在する宗派です。厳しさ最高。
次回は 「第3月曜」 7月15日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、6月は、梅雨で雨なシーズン。キース君には、それで悩みが。
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