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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

真夏の失踪劇

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




夏休みといえば、柔道部の合宿で始まるもの。その間、ジョミー君とサム君が璃慕恩院へ修行体験ツアーに行くのも毎度お馴染みのコースです。男の子たちが全員いなくなりますから、その間、スウェナちゃんと私は会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんと遊んで暮らして。
「かみお~ん♪ 今日のプールも楽しかったね!」
会長さんの家で女性多めの夕食会。フィシスさんが来ているから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が口当たり軽めのコース料理を作ってくれて、美味しく食べた後はデザート。イチゴのスープ仕立てですけど、こうした日々も今日までで…。
「明日はみんなが帰って来るのね…」
残念なような楽しみなような、とスウェナちゃん。
「賑やかなのは嬉しいけれど、のんびりとは程遠いわねえ…」
「うん、多分…」
明日はジョミー君の愚痴祭りから始まるでしょう。璃慕恩院で如何に酷い目に遭ったかを語り、二度と御免だと言うわけですけど、夏休みが来る度に璃慕恩院送りになっています。会長さんが勝手に申し込み、強制的に行かせてしまうお約束。
「気にしない、気にしない!」
賑やかにいこう、と会長さんは明るい笑顔。
「みんなが戻って三日もすればマツカの山の別荘だしね? きっと今年も素敵だよ、うん」
「わぁーい、別荘! 馬に乗りたぁーい!」
今年も乗るんだ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。馬と言ってもポニーなのですが、乗馬クラブで乗せて貰うのがお気に入りです。ハイキングに湖でのボート遊びと盛りだくさんな山の別荘。今年は何をして遊ぼうか、と男の子たちの行動にも思いを馳せていたら。
「…山の別荘なのだけれど…」
フィシスさんが少し心配そうに。
「何だか荒れそうな予感がするのよ、予感だけれど」
「荒れそうだって?」
どんな風に、と会長さん。
「空模様なら気を付けないと…。ハイキングでも遭難する時はするし、ボートも怖いし」
「どうなのかしら? 勘だけでは、ちょっと…」
「じゃあ、占ってくれるかい?」
「…ええ。詳しく分かればいいのだけど…」
フィシスさんは奥の部屋からタロットカードを持って来ました。会長さんの家にも置きカード。流石は会長さんの恋人、そんなものまでキッチリ揃っているんですってば…。



「結局、分からなかったわねえ?」
翌日、スウェナちゃんと私は待ち合わせ場所のバス停で顔を合わせてフウと溜息。もうすぐジョミー君やキース君たちも来る筈ですけど、まだ私たちしかいなかったために昨日の続き。
「荒れはするけど、別荘はちゃんと行けるんだっけ?」
「そうそう。だけど、その別荘で波乱がどうとか」
なんだろう? と顔を見合わせてみても分かるわけがなく、フィシスさんから貰った言葉は「気を付けて」ではなくて「楽しんできてね」。占った結果、荒れはしても結果オーライというか、別荘ライフは楽しめそうだという結論が出たのです。
「どう荒れるのかしら、やっぱりお天気?」
「そっちは無いって言ってなかった?」
そういうカードは出なかった筈。会長さんも「開き直って楽しめってことかな?」と念を押してましたし、フィシスさんの答えは「ええ」。だから何とかなるのであろう、と前向き思考。
「あっ、あのバス!」
「ジョミーが来るわね、それにサムとか」
バス停に滑り込んで来たバスから疲れた顔のジョミー君が降り、続いてサム君。愚痴祭りは会長さんのマンションに着くまで始まりませんし、まずは「お久しぶり」と挨拶から。そこへキース君たちのバスも到着して全員集合、みんなで歩き始めたのですが。
「えっ、荒れる?」
なんで、と不思議そうなジョミー君。
「山の別荘って大抵、平和だと思ったけどなあ…」
「お前のお蔭で心霊スポットに行っちまった年もあったがな?」
迷惑だった、とキース君がしかめっ面。
「フィシスさんの予言が出ている以上は自重しろ。今年はお前の意見は聞かん」
「意見も何も、特に無いけど…」
とりあえず馬に乗りたいだけ、とジョミー君が言い、サム君も。
「行動パターンは決まってるよなあ? それによ、あっちは俺たちだけで出掛けるんだしよ」
「ですね、余計な人は来ません」
シロエ君が大きく頷きました。
「荒れると言っても、きっと海の別荘よりマシですよ。あっちは毎年、大荒れです」
「…大荒れと言うか、迷惑と言うか…」
バカップルだな、とキース君。結婚記念日合わせで海の別荘に押し掛けて来るソルジャー夫妻は毎年迷惑、あれに比べればバカップル抜きの山の別荘は荒れてもたかが知れているかも…。



会長さんの家に着いた後は、予想通りにジョミー君の愚痴祭りという名の独演会。今年の璃慕恩院は如何にハードで厳しかったかを滔々と語るわけですけれども、そこは全員、慣れたもの。「分かった、分かった」とスル―しながらティータイムで。
「ところで、だ」
キース君が会長さんに切り出しました。
「ジョミーの愚痴は放置するとして、予言があったと聞いているが」
「フィシスのかい? あれはぼくにも分からなくてねえ…。今年の山の別荘ってヤツは荒れるけれども楽しめるらしい。命の危険は無いと言うから、開き直れという意味かな、と」
会長さんの答えに、キース君は。
「あんた自身はどう思うんだ? 俺としてはだ、余計な阿呆が来ない分だけマシと踏んだが」
「ブルーたちだろ? ブルーは山の別荘にも突発的に湧いてくれるけど、おやつ目当てで来るだけだしねえ…。貰う物を貰ったら消えてくれるし、荒れる要素はブルーではないと思うんだ」
「俺も同意だが、荒れても楽しめると言われるとな…」
サッパリ意味が掴めんのだが、とキース君が考え込むと。
「荒れても毎年、楽しんでるじゃない!」
ジョミー君が食ってかかりました。
「ぼくがあんなに苦労したのに、みんな笑って聞いてるだけだし! 今年なんか罰礼やらされたんだよ、もういい加減慣れただろう、って!」
罰礼、すなわち五体投地。南無阿弥陀仏に合わせてやるため、スクワットに匹敵するとも聞かされています。キース君がアドス和尚に食らう時には百回だったりするのですけど、ジョミー君は三十回コースで食らったそうで。
「他の子たちはやってないんだ、ぼくだけなんだよ! おまけに姿勢がなってないって叱られちゃったし、来年までに覚えてこいって!」
「そりゃ良かったな。毎日練習するのが吉だぞ、身体で覚えろ」
さあ頑張れ、とキース君。
「とりあえず其処でやってみろ。姿勢は遠慮なく指導させて貰う」
「ほら、遊んでるし! ぼくにとっては悲劇だったのに、楽しんでるし!」
山の別荘もそんな調子だ、とジョミー君はギャーギャーと。
「もしかしなくても、ぼくのことじゃないの? 罰礼の回数が段階的に増やされるとか!」
「それでお前が脱走するのか? 楽しめそうだな」
山狩りだな、というキース君の台詞に大爆笑。ジョミー君が大脱走で皆で追うなら大荒れです。なおかつ充分に楽しめそうですし、フィシスさんの予言ってこれのことかな?



荒れても楽しめるらしい山の別荘。どう荒れるのかを予想し合って賭けるという案も出て来ましたが、ジョミー君の大脱走で意見の一致を見てしまったため、それでは賭けになりません。蓋を開けてのお楽しみとなり、翌日も会長さんの家に遊びに来たのですけど。
「…あれっ?」
お客様かな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ピンポーンと玄関チャイムの音が。
「ブルー、聞いてた? お客様?」
「いや、ぼくは…。嫌な予感しかしないんだけど…」
開けなくていい、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出ようとするのを止めました。
「フィシスが来るとは聞いていないし、もちろん他にも予定は無い。このマンションに入って来られる人は限られているし、宅配便なら管理人さんが受け取るしね?」
「そだね、連絡、来るもんね!」
サイオンを持った仲間だけしかいないマンション。最上階の会長さんの部屋はソルジャー仕様で、二十光年の彼方を航行中のシャングリラ号との連絡設備を備えたものです。それだけに部外者は管理人さんが入口で止めて、中へ連絡してくる仕組み。宅配便だって例外では無く…。
「…また鳴ってますよ?」
シロエ君が玄関の方へ目をやる間もチャイムの連打。会長さんは「間違いない」と苦い顔つき。
「このしつこさといい、心当たりは一人しか無い。ぼくは留守だよ」
「えとえと、お留守?」
なんだったっけ、と尋ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「居留守!」と一言。
「この部屋には今は誰もいないし、出るわけがない。出入りの記録が無かったとしても、ぼくはドアなんか使わずに出掛けられるしね?」
「かみお~ん♪ 瞬間移動でお出掛けだもんね!」
で、誰なの? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「お留守にしておくお客様って、誰?」
「この手の馬鹿は一人しかいないさ、ハーレイだよ」
「「「あー…」」」
なるほど、と私たちは納得しました。会長さん一筋、片想い歴が三百年以上の教頭先生。夏休みだけに電撃訪問も大いにありそう、管理人さんにも顔パスですし…。
「花束つきでしょうか?」
シロエ君の読みに、サム君が。
「菓子とかもついているんじゃねえか? ついでに何かプレゼントな」
うんうん、実にそれっぽいです。チャイムはガンガン鳴ってますけど、ここで扉を開けてしまったら負けですよねえ?



チャイムは無視して留守のふりだ、と知らん顔をする私たち。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飲み物のおかわりの注文を取り始めましたが。
『馬鹿野郎!』
俺だ、と部屋に響いた思念波。
「「「えっ!?」」」
この思念波って……キース君?
『誰と間違えてやがるんだ! いいからさっさと中に入れてくれ!』
「…き、キース?」
今日は卒塔婆じゃあ、とジョミー君が玄関の方を窺いながら。
「確か山の別荘に出掛けるまでは卒塔婆書きだよね、お盆の準備で」
「そう聞いてますが…。でも、この思念波は先輩ですね」
教頭先生では有り得ませんよ、とシロエ君も玄関の方を見ています。
「会長、玄関にいるのはキース先輩じゃないですか?」
「…う、うん…。ハーレイだとばかり思ってたけど…」
違ったらしい、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「居留守、撤回! 開けて入れてあげて」
「オッケー!」
飛び跳ねて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、直ぐにキース君を連れて戻って来ました。キース君は不機嫌MAX、機嫌の悪さが顔にしっかり出ています。
「よくもサックリ無視してくれたな、みんな揃って!」
「ごめん、ごめん。つい、ハーレイかと思ってしまって…」
まあ座って、と会長さんがソファを勧めながら。
「ぶるぅ、キースのレモンパイは大きめに切ってあげてよ、居留守のお詫び」
「うんっ! セットでアイスコーヒーだね!」
キッチンへ駆けてゆく「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですが、キース君は。
「あんたな…。落ち着いている場合じゃないと思うぞ」
「えっ、どうして?」
「俺に居留守を使ってくれたが、俺と間違えたという教頭先生の最新の消息、知らんようだな」
「知らないけど?」
知る必要も無いことだしね、と涼しい顔の会長さん。
「そのハーレイがどうかしたのかい?」
「どうかしたも何も!」
ダンッ! とテーブルを叩くキース君。教頭先生、何かなさっておられるんですか?



会長さん一筋な教頭先生、積極的なアタックに出られることもありがちです。夏休みともなれば開放的な気分になって当たって砕けろもありそうですけど、何故にキース君が教頭先生の消息なんかに詳しいと…?
「シロエ、お前は聞いてないのか?」
キース君の問いに、シロエ君は。
「何をです?」
「だから、事件だ!」
「「「事件?」」」
何事なのか、と目を見開いた私たち。教頭先生の最新の消息って、事件性のあるものだとか?
「キース先輩、事件というのは教頭先生絡みですか?」
「当然だろうが! マツカ、お前も聞いてないのか、誰からも?」
「…えーっと…。キース、それは柔道部からの情報でしょうか?」
マツカ君が携帯端末を取り出し、チェックしてみて。
「ぼくには何も…」
「ぼくもですね」
何も無いです、とシロエ君。
「キース先輩には誰かが何かを?」
「…くっそお、俺が坊主だからか? だから来たのか?」
「「「はあ?」」」
事件で、おまけにお坊さん。何のことやら謎ですけれども、もしかしなくても…。
「キース、まさかの枕経とか…?」
ジョミー君が声を震わせて。
「教頭先生、事件に巻き込まれてお亡くなりとか…? それでキースが枕経?」
「「「ええっ!?」」」
まさか、と仰け反る私たち。枕経は人が亡くなった時に最初に唱えられるお経で、お坊さんが出掛けてゆくものです。教頭先生に枕経なんて事態だったら、そりゃキース君も慌てますが…。
「なんで其処まで飛躍するんだ、事件と坊主で!」
「違うわけ?」
「当たり前だ!!」
もうちょっと考えて物を言え、とキース君は握った拳をブルブルと。
「まだ其処までは行っていないと思いたい。…思いたいんだが!」
実にヤバイ、と顔色が良くないキース君。枕経では無いようですけど、限りなくそれに近いとか?



「…柔道部の主将から電話が来たんだ、俺の所へ」
キース君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運んで来たアイスコーヒーを一口飲んで。
「夏休み中は朝練をやっているだろう? 俺たちは見事にサボッているが」
「そうですねえ…。サボリと言うか、実力が違いすぎるせいで自主欠席と言うか」
自主トレだけで充分ですし、とシロエ君。柔道部三人組は元から凄かったキース君とシロエ君に加えて、マツカ君も今や実力者。頼まれない限り、休み中の朝練などは欠席です。
「その朝練。…教頭先生も顔を出されることが多いが、昨日はお休みなさったらしい」
「別にいいんじゃないですか?」
「俺もそう言ったんだが、合宿の総括をする予定だったと言われてみれば…な」
何かが変だ、とキース君。
「俺たちは合宿は参加するだけだし、その後のことまでは知らないが…。総括となれば報告もあるし、教頭先生が御欠席というのは有り得んぞ」
「急な研修が入ったとかもありますよ」
シロエ君の発言に、会長さんも「うん」と頷きました。
「その線もあるし、シャングリラ号の方かもしれない。夏休み中は大規模な人員交代があるからねえ…。ハーレイはあれでもキャプテンなんだし、呼び出しがかかる時だってあるさ」
「それなら連絡なさると思う。…ところが全く連絡無しでの無断欠席、携帯端末も繋がらなかったらしくてな」
あれは宇宙でも繋がる筈だ、と言われてみればその通り。会長さんや先生方の携帯端末は特別仕様で、ワープ中でない限り二十光年の彼方にいようが連絡は取れる仕組みです。
「…繋がらないって?」
逃げたかな、と会長さんが人差し指を顎に当て…。
「自由な夏休みを満喫するべく、携帯端末も放ってトンズラ! いつだったかグレイブがやらなかったっけ? ミシェルとセットで南の島でのリゾートライフ」
「俺は知らんが、あったのか?」
「あったんだよねえ…。いけない、一般の仲間には秘密だったかな? あの二人のサボリ」
喋っちゃった、とペロリと舌を。
「忘れといてよ、今の件はさ。…ハーレイもそういうヤツじゃないかな、小心者だから近場の温泉くらいだろうけど」
「…書き置きが置いてあってもか?」
「「「書き置き!?」」」
それってアレですか、捜さないで下さいとか、そういう書き置き? 教頭先生、家出したとか?



「書き置きだって? それはまた…」
ゴージャスだねえ、と会長さんは感心したような口調でのんびり。
「何処へ消えたかな、やっぱり温泉? それとも南の島のリゾート…」
「あんた、どういうつもりなんだ! それでも俺たちのソルジャーなのか!?」
キース君が憤然と。
「教頭先生が行方不明なんだぞ、書き置きを置いて! 柔道部の主将に行方を聞かれたゼル先生が見に行ってだな、「捜さないで下さい」と書いたヤツを書斎で見付けたとかで!」
「うーん…。でもねえ、ぼくは聞いていないし」
緊急性は皆無であろう、と会長さんは断言しました。
「今までお世話になりました、と書いてあったなら多少はマズイ。場合によっては枕経の出番もあるだろう。…だけど「捜さないで下さい」だけだと、温泉か南の島くらいかと」
北の大地でグルメもアリか、と会長さん。
「ゼルから連絡が無いってことはさ、ソルジャーのぼくに知らせる必要は無いっていう意味。それどころか知らせない方がいいと判断したんじゃないかな、ゼルたちは」
行方不明なら長老に連絡が回る筈だ、というのが会長さんの見解でした。連絡網とでも呼ぶのでしょうか、教頭先生を含めた五人の長老の先生方のネットワークがあるのだそうです。其処で協議してソルジャーである会長さんに知らせるかどうかを決めるとか。
「ぼくが思うに、捜さないで下さいっていうのは形だけだね。実際の所はその逆かと」
「「「逆?」」」
「捜して下さい、ってパフォーマンスさ。ぼくに心配してくれっていうメッセージ」
そうに決まっている、と手厳しい読み。
「恐らく、ゼルたちはその辺の事情に気付いたんだと思うわけ。…ぼくは書き置きを見ていないけれど、残留思念で真意が読めることもある。でなきゃ何らかの動かぬ証拠が在ったとか…。ハーレイの場合はやってそうだよ、リゾートホテルの予約を取った形跡とかね」
「…なるほどな…」
慌てた俺が馬鹿だったろうか、とキース君。
「緊急事態だと思い込んだから、卒塔婆書きを放って飛び出してきたが…。分かった、帰って真面目に続きを書こう」
「そうしたまえ」
会長さんが「ぶるぅ、レモンパイをお土産にあげて」と促し、キース君の卒塔婆書きのお供に二切れほどが箱詰めされて。
「頑張って卒塔婆を書くんだね。山の別荘も近いんだしね」
あと一日半、と送り出されるキース君を私たちも笑顔で見送りました。ご苦労様です、キース君!



キース君が元老寺へと帰って行った後、会長さんが腕組みをして。
「さてと…。これかな、フィシスが言ってた件は」
「「「え?」」」
「山の別荘は荒れるってヤツだよ、まさかハーレイが消えるとはねえ…。山の別荘には呼んでないけど、その辺も関係しているかもね?」
ぼくと憧れのリゾートライフ! と妙な台詞が飛び出したからビックリです。会長さんとのリゾートライフが何ですって?
「例の書き置きだよ、捜して欲しいって言わんばかりに消えちゃって…。ゼルから連絡が無いのが怪しい。だけどキースやシロエたちがいるし、柔道部の方からいずれは知れる」
ハーレイの狙いは多分そこだ、と会長さん。
「ぼくに捜して欲しいわけだよ、ついでに心配して欲しいわけ。捜したんだよ、と迎えに来たぼくを引っ張り込んでさ、そのまま夢のリゾートライフを」
「「「リゾートライフ?」」」
「海だか山だか知らないけどねえ、ぼくと満喫しようと思って何処かに隠れていそうだけれど? 捜し出したが運の尽きってヤツで、ぼくも付き合わされるんだ」
その線で絶対に間違いは無い、と会長さんは教頭先生の家がある方を睨んで。
「ハーレイが隠れた場所によるけど、山の別荘は行き先変更になるかもしれない。…ぼくが捜すのを待っているなら、是非とも行ってあげないと…。でもって夢をブチ壊す!」
「…壊すのかい?」
いきなり後ろから聞こえた声に、私たちがバッと振り返ると。
「こんにちは」
紫のマントがフワリと翻り、ソルジャーが姿を現しました。
「ハーレイが消えたって言うから覗き見してたら、ブルーが追い掛けて行くんだって? それなのに愛の告白じゃなくて、ハーレイの夢を壊すだなんて…」
酷すぎないかい、とソルジャー、溜息。
「捜してくれって言わんばかりに消えたんだろう? だったら捜して愛の告白! そういうのを期待してると思うな、こっちのハーレイ」
「それっぽいから壊すんじゃないか、迷惑極まりない夢を!」
山の別荘に行こうと言うのに用事を増やしてくれちゃって、と会長さんは不愉快そうに。
「ぼくは楽しみにしてたんだってば、マツカの山の別荘行き! それなのにハーレイ捜しだよ?」
「だからと言って壊さなくても…」
楽しめばいいと思うけどねえ、とソルジャーは大きく伸びをすると。
「ハーレイも山の別荘だよ? ただし自前じゃないけどね」
「「「山の別荘!?」」」
何ですか、それは? ソルジャー、教頭先生の行き先をしっかり掴んでますか?



降ってわいたソルジャーのお目当ては昼食タイム。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意していたスパイスたっぷりエビ入り焼きそばとガーリック風味のスパイシーなお粥、どちらも好きなだけ食べ放題。早く食べたいと騒いだ挙句に、ダイニングのテーブルに陣取っています。
「いいねえ、夏はこういうのが美味しいってね」
お粥もいいし焼きそばもいい、と食べていますが、会長さんは。
「昼御飯は出したし、例の情報! ハーレイは何処に隠れてるって?」
「目と鼻の先って言うのかなあ? けっこう近いよ」
あっちの方向に車なら多分二時間ほど、とソルジャーはスプーンでお粥を掬って。
「君もソルジャーなら分からないかな、ハーレイの居場所」
「積極的には知りたくないし! 楽をして分かるならそれで充分だし!」
「やれやれ、ハーレイも報われないねえ…。君が推測していた通りに予約した形跡を残しているし、こっちのゼルたちも調べがついてるようだけど…」
肝心の君が捜してあげないなんて、と深い溜息。
「まあ、いいけどね? 教えたら捜しに出掛けるだろうし、それから愛を育んでくれれば…」
「育まないっ!」
会長さんは即答でした。
「そんな予定は何処にも無いし、これからも無い! それで何処なのさ、隠れてるのは」
「言っただろう? 山の別荘だってば!」
とても素敵な別荘なのだ、と微笑むソルジャー。
「マツカの別荘には敵わないけど、丸ごと一軒借りられるタイプ。近くに綺麗な川もあるしさ、庭ではバーベキューも出来るという場所!」
「…そんな所に隠れたわけ?」
「君が来るのを今か今かと待ち焦がれてるよ、寝室もしっかりあるものだから」
こういう所、とソルジャーがパチンと指を鳴らすと宙からヒラリとリーフレットが。
「ハーレイの書斎に突っ込んであったよ、こっちのゼルたちは気付かなかったみたいだけれど」
「「「…貸し別荘…」」」
アルテメシアからそう遠くない山あいの村の貸し別荘。教頭先生が書き置きを残して向かった先は、何棟かの二階建ての貸し別荘が点在する緑豊かな谷間でした。川遊びに魚釣りなど自然を満喫できる場所。貸し別荘は家族やグループ用で、収容人数も多くって。
「うーん…。十人超えでもいけるって? そこに一人で隠れるとはねえ…」
無駄に広すぎ、と会長さんが呆れた口調で言えば、ソルジャーが。
「ハーレイのお目当てはコレだと思うよ、夫婦用の部屋も備えてます、って」
ダブルベッド! と指差す箇所にそういう部屋がありました。教頭先生、先走り過ぎ…。



会長さんに捜して貰って引っ張り込むべく、ダブルベッドの部屋を備えた貸し別荘に隠れた教頭先生。ソルジャーに呆気なくバレた理由は、ダダ漏れの思念という話。
「隠れたと言うから軽く捜してみようかと…。ちょっと思念を研ぎ澄ましてみたら引っ掛かったよ、ハーレイの思念! 君の到着をワクワク待ってる」
「…馬鹿じゃないかと思うけどねえ?」
捕まえた、と冷たい笑みの会長さんも教頭先生の居場所を掴んだようです。
「ぼくが捜しに来たら歓迎しようと準備万端整えてるよ。ジビエが自慢のレストランまで連れて行こうか、それとも出張料理を頼む方か、と決めかねてる部分もあるようだけど…」
「ジビエはいいよね、ぼくも御馳走になりたいな」
ソルジャーが自分の唇をペロリと。
「君のふりをして出掛けようかな、捜しに来たよ、って。…君じゃないって直ぐにバレるとは思うんだけどさ、ぼくの場合は色々と美味しいオマケが付くからねえ…」
「付けなくていいっ!」
「そうかなあ? あんなに期待して隠れてるのに?」
「要らないってば!」
どうせなら燻し出してやる、と会長さん。
「出て来るしかないように仕向けてやるとか…。通報するのもいいかもねえ?」
「「「通報?」」」
「何とでも言えるさ、襲われそうになりましたとか! 一度踏み込まれてみればいいんだよ、警察に!」
「…そ、それはマズイんじゃないですか?」
シロエ君が止めに入りました。
「仮にも教頭先生ですし、警察は…。それに悪戯通報を誰がしたのかも調べられますよ」
「バレない自信はあるんだけれど? たかが警察の捜査くらいは!」
警察が怖くてソルジャーが出来るか、と会長さんの過激な理論。そりゃあ確かにシャングリラ号どころか専用空港さえもバレないシャングリラ学園、警察くらいは軽くかわせるのでしょうが…。
「やっぱり警察はどうかと思うよ」
ジョミー君も止める方向で。
「もっと平和な方法にしようよ、教頭先生に何かするなら」
「平和な方法? 相手はぼくを引っ張り込もうと目論んでいるハーレイなのに?」
「だからさ、ぼくが代わりに行くって!」
そしてジビエを食べるのだ、とソルジャーが割って入りました。食い気が第一、ついでに色気。あわよくば教頭先生を味見しようとしている態度が顔に出てますが…?



教頭先生を燻し出すとか通報するとか、とにかく苛めたい会長さん。ソルジャーの方は自分が会長さんの代わりに出掛けて美味しい思いを、と企んでいるため、二人の会話は平行線で。
「なんでハーレイに素敵な思いをさせる方向に行くのかな、君は!」
「君の方こそロクな発想にならないし! もっと別荘を楽しまなくちゃ!」
山の別荘より断然こっち、とソルジャーは教頭先生が隠れた貸し別荘のリーフレットを指し示しました。
「どうせなら君が乗っ取れば? 君用の寝室もあるみたいだしさ、ダブルベッドの!」
「乗っ取る…?」
「山の別荘は荒れるという予言もあったんだろう? これだって山の別荘なんだよ」
こっちに行くべし、とソルジャーの主張。
「君はこっちで別荘ライフを満喫するのがいいと思うよ、ハーレイの愛人扱いが嫌なら寝室に一人で立て籠るとか…。そうやっておいて美味しいトコだけ持って行く!」
「…ジビエとか?」
「そう! そして君がハーレイの方に行くなら、ぼくが代わりにマツカの山の別荘へ!」
君の代わりにグルメ三昧、と言い出したソルジャー、けっこう本気。マツカ君を捕まえて「ぼくでも待遇はブルー並みだよね?」と念を押したり、私たちに「よろしく」とウインクしたり。
「ぼくのシャングリラはハーレイがいれば大丈夫だから、山の別荘を楽しみたいな。ハイキングに乗馬にボート遊び!」
「ちょ、ちょっと待った! ぼくの代わりは勘弁してよ!」
会長さんが悲鳴を上げて。
「君はマナーの類が最悪なんだよ、ぼくの評判が地に落ちるってば!」
「じゃあ、ぼくも一緒にハーレイの山の別荘は?」
一緒にジビエを食べに行こう! とソルジャーはアッサリ方向転換。
「どっちの別荘でもかまわないんだよ、地球で過ごす休日には代わりないしね? 十人以上も泊まれるんだし、全員で押し掛けてバーベキューとか川遊びというのも面白そうだ」
「「「全員!?」」」
ゲッと仰け反った私たちですが、会長さんは「いいね」とコックリ。
「考えないでもなかったよ、それ。…ぼく一人だとハーレイの相手がうっとおしいから御免だけれども、君が来るならハーレイは君に丸投げってことで」
「本当かい!? だったら是非ともお邪魔したいな」
大勢いれば遊び放題! とソルジャーがブチ上げ、会長さんも。
「了解。山の別荘は行き先変更、ハーレイの隠れ家を目指すってことで!」
早速キースに連絡しよう、と携帯端末を取り出しています。山の別荘、荒れるどころか行き先が別の山の別荘。こんな展開、誰も想像しませんでしたよ~!



本来、マツカ君の山の別荘へと出掛ける筈だった二日後の朝。卒塔婆書きのノルマを終えたキース君が来るのを待って、マツカ君が手配してくれたマイクロバスでいざ出発。ソルジャーも私服で乗っていますし、お泊まり用の荷物もしっかり。
「かみお~ん♪ あの山の向こうだね!」
とっても楽しみ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。教頭先生の書き置きの件は未だ全く問題にならず、柔道部の方にはゼル先生から「心配無い」との連絡があったという話。
「キース先輩、それじゃ教頭先生は旅行中っていう扱いですか?」
「主将の話じゃそうらしい。御旅行でした、と笑っていたな」
それで話が通っている、とキース君は超特大の溜息を。
「…振り回された俺がババを引いたというオチのようだ。ブルーの家では居留守を使われ、心配したのも俺一人だし…。書き置きと聞いたら非常事態かと普通は思うが…」
「職業病だよ、副住職」
会長さんがサラリと言ってのけました。
「書き置きくらいで枕経まで心配するとは、君はハーレイを分かっていない。ついでに副住職として人生相談もやったりするから解釈暗めで、大袈裟な方に行くんだな」
「…それはそうかもしれないが…」
「心配した分までハーレイから大いに毟りたまえ。ジビエ料理は食べなきゃ損だし、バーベキューもコースが色々あるみたいだしね? 一日一食、バーベキュー! それとジビエ料理!」
食べなきゃ損々、と会長さんが発破をかければ、ソルジャーも。
「そうだよ、滞在型の別荘だからさ、美味しい店が近所に沢山あるらしい。石窯で焼いたピザの店とか、評判のステーキハウスとか!」
ソルジャーはバッチリ下調べをして来たようです。山あいの村と言ってもアルテメシアからほんの二時間、近くには他にも市街地が。ドライブがてら食事という人に人気の都市部から気軽に行けるリゾート、飲食店も経営が成り立つらしくって…。
「こっちのハーレイ、下心があって隠れてますってバレバレだよねえ…。本当に心配して欲しいんなら、何も無さそうな場所がお勧めだけどね?」
ソルジャーの指摘に、会長さんも。
「うん、分かる。…書き置きを残して山奥のお寺の宿坊にでも泊まっていればね、世を儚んで引っ込んでいるとゼルたちだって多少は心配していたかもだよ」
そしてぼくにも一報が…、と会長さん。
「そっちの方なら、燻し出すだけで終わってたのに…。こんなに大勢で毟り取りには行かないんだけどね? 今となっては手遅れってね」
行け行けゴーゴー! と目指すは山あいの別荘地。間もなくマイクロバスは山を越え…。



教頭先生が隠れているという別荘は直ぐに分かりました。周りを緑の木々に囲まれ、お洒落な二階建ての立派な家が。私たちを降ろしたマイクロバスは最終日に迎えに来てくれますけど、それまでは此処で別荘ライフで…。
「ふふ、ハーレイは気付いてないねえ…」
会長さんがクスクスと。
「君たちは庭に隠れていたまえ、ブルーもね。…ぼくが話をつけてくるから」
返事をする代わりに私たちはサッと四方に散って、別荘の庭にコソコソと。それを確認した会長さんが玄関の呼び鈴を鳴らし、教頭先生が中から出て来て…。
「ブルー!? ど、どうして此処が…?」
「ハーレイ…。元気そうで良かった、心配したんだ。…何があったわけ?」
あんな書き置きを残すなんて、と会長さんは見事な役者っぷり。教頭先生は見事に騙され、「そのう…」と頭を掻きながら。
「すまん。お前は今年も山の別荘かと思うと、どうにもやり切れない気分になって…。いっそお前が側に居るつもりで別荘ライフを過ごそうかと…」
「それで書き置き? 言ってくれれば良かったのに…」
そしたら君と一緒に来たのに、と会長さんは別荘の建物を振り仰いで。
「…今からでもまだ間に合うかな? 君と一緒の別荘ライフ…。良かったら、だけど…」
「き、来てくれるのか? お前用の部屋もあるにはあるが…」
「部屋があるなら喜んで。…もっと大勢泊まれそうだけど」
「ああ、此処か? 寝室は沢山あるんだぞ。まあ、入ってくれ」
遠慮するな、と教頭先生が会長さんの肩を抱くのと、会長さんが庭を振り向くのは同時でした。
「聞いたかい!? 寝室は沢山あるってさ! 入ってくれって!!」
「「「はーいっ!!!」」」
返事は大きく、元気よく。ダッと飛び出した私たちは「お邪魔します」と教頭先生の脇をすり抜け、別荘の中へ。わあっ、幾つも部屋があります。どれにしようかな?
「かみお~ん♪ ぼく、此処がいいな!」
「キース先輩、この部屋、どうです? 凄く眺めがいいですよ!」
あっちだ、こっちだ、と好きに駆け回って部屋を確保し、教頭先生の下心満載のダブルベッドのお部屋には…。
「素晴らしいねえ、気に入ったよ、此処」
今夜はうんとサービスするね、とソルジャーがちゃっかり入り込んでしまってニコニコと。教頭先生は唖然呆然、会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と同じ部屋に行ってしまいましたし…。



「…す、すまん…。書き置きの件は悪かった!」
このとおりだ、と土下座する教頭先生の立場は既に最悪。会長さんは聞く耳を持たず、別荘の管理人さんに豪華バーベキューのコースを注文中。その一方ではソルジャーがジビエ料理の予約を人数分でブチ込んでますし、今日の食費だけでも凄そうで…。
「頼む、明日以降はなんとか自炊にならないだろうか…」
「ならないねえ?」
ぼく一人なら御馳走してくれる筈だったんだろ、と会長さん。
「それにキースは君の枕経まで心配していたんだよ? 枕経を頼めばそれなりに…ね」
「らしいね、お布施は高いんだってね?」
ソルジャーが横から口添えを。
「お盆の卒塔婆書きだっけ? それを中断して走ったキースの分のお布施もよろしく!」
ついでに美味しい思いをしたければこっちにも、と自分を指差し…。
「滞在中はダブルベッドで待ってるから! いつでもOK!」
「き、君は…! 余計なことはしなくていいっ!」
「君の代わりにサービスだってば、御馳走して貰えばいくらでも…ってね」
書き置きをして家出な度胸で、ぼくと一発! と妖艶な笑みを浮かべるソルジャーに、教頭先生、一気に鼻血。今年の山の別荘は荒れると聞いてましたが、どうなるのでしょう。教頭先生の財布が空になるのか、はたまた鼻血で失血死か。
「荒れるからには失血死だね」
枕経なら任せておけ、と会長さんが伝説の高僧、銀青モードに入っています。お盆も近いですし、此処はやっぱり枕経? 教頭先生のご冥福を祈って、お唱えしましょう、南無阿弥陀仏…。




          真夏の失踪劇・了

※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 生徒会長に捜して欲しくて、書き置きまでして隠れた教頭先生だったんですけど…。
 思い通りにはいかない世の中、何もかもがパアという悲惨な結末。ある意味、お約束?
 シャングリラ学園、来月は普通に更新です。いわゆる月イチ。
 次回は 「第3月曜」 5月15日の更新となります、よろしくです~! 

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 こちらでの場外編、4月は、まだ出てもいないスッポンタケに追われる羽目に…?
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