シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
ゆったり、ゆっくりと流れる特別生の時間。誰もが年を取らない上に進級も進学も無いのですから、毎日のんびりまったりです。ただし周りの季節と暦は確実に進んでゆくわけで…。収穫祭だの学園祭だのと盛りだくさんな二学期を過ごしている内に気付けば今年も残り僅か。
「かみお~ん♪ 今日は朝から璃慕恩院に行ってきたんだよ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が放課後のお部屋で取り出したのは、璃慕恩院御用達の特製お饅頭でした。璃慕恩院へ行けば買えるというものではなく、特別な参拝客やお客様にしか出さないというレアものです。会長さんのお伴で出掛ける時には食べられますけど。
「そっか、これが来る季節なんだっけ」
遠慮の欠片も無いジョミー君が早速手を伸ばし、キース君も。
「…俺が貰えるようになる日は、まだまだ遠いな…。確かに美味い饅頭なんだが」
「ブツブツ言わずに頑張りたまえ。君も緋色の衣になったら顔を出しただけで食べられるから」
発破をかける会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒に璃慕恩院に行ってきたのです。璃慕恩院で一番偉い老師様は代々、会長さんと顔馴染みな上にお友達。お喋りがてら盆暮れの挨拶に訪問するのが会長さんの年中行事で、今日は御歳暮をお届けに…。
「キースとサムとジョミーによろしく、と老師が仰っておられたよ。でもってサムとジョミーは本格的に仏道修行に入るのか、って」
「ちょ、ちょっと! 誰もそんなの言っていないし!」
そんな予定も全く無いし、とジョミー君が青ざめ、キース君とサム君が吹き出しています。ジョミー君も璃慕恩院の特製お饅頭は大好きなくせに、自力でゲット出来る立場にはなりたくないらしく…。
「お饅頭は遠慮なく貰っておくけど、それと修行は別物だから! ブルーに貰って食べられるだけで充分だから! …あ、キースも貰って来てくれるんなら嬉しいけどさ」
「お前が努力すればいいだろう! さっさと覚悟を決めて修行した方がいいぞ、年々ハードルが上がるんだからな」
それも心のハードルが、と厳しく指摘するキース君。世間はどんどん技術が進歩していて、情報が溢れ返る日々が当たり前です。けれど、お坊さんの世界は今も昔も変わっていません。住職の資格を取るための道場入りでは一切の通信手段が断たれ、ニュースも全く入らないとか。しかも…。
「ちゃんと分かっているのか、ジョミー? 俺が大学に行っていた頃は専門コースの寮にもパソコンを使える部屋だけはあった。携帯を使うのも許されていたが、今は禁止の方向に動いてるんだぞ? 通信端末は舎監の了解を得て、目の届く範囲で使えという時代になるかもな」
「何、それ…。プライバシーとかはどうなるわけ?」
「そんな贅沢なものが存在すると思うのか? カナリアさんの修練道場は元々そういう所なんだし、俺たちの大学も合わせるべきだと唱える人が増えているのが実情だ」
そうなる前に専門コースで修行すべきだ、というキース君の主張に会長さんも頷いて。
「カナリアさんと同じ期間で済む一年コースも出来ちゃったんだ、厳しい指導をしようという方向へ行くのは分かる。大体、坊主にプライバシーはあって無いようなものだからねえ…」
「そもそも自分の家が無いしな。寺は総本山からの借り物に過ぎん」
一昨日の夜中にも檀家さんがやって来た、と話すキース君は昨夜はお通夜で読経する羽目に。アドス和尚が風邪で喉を傷めていたため、代理を務めに出たのです。幸い、今日のお葬式の方はアドス和尚が復活したので、キース君は普段通りに学校へ。
「…檀家さんが来たのが夜中の二時だぞ? 枕経をお願いします、と訪ねて来られたら断れん。向こうも其処が狙いなんだし」
「面と向かって頼みごとをされたら追い返すわけにはいかないしねえ…」
御苦労様、とお饅頭を差し出す会長さん。一昨日の夜は寒波の襲来で厳しい寒さと強風でした。そんな中、叩き起こされて枕経をあげに出掛けたアドス和尚が風邪を引いたのは無理もなく…。キース君は二つ目の璃慕恩院の特製お饅頭を頬張りながら。
「しかしアレだな、通信手段が年々便利になるというのも考えものだな…。二人使いが復活するとは思わなかったぜ、アルテメシアで」
「「「ふたりづかい?」」」
「お前たちだって知らないだろう? 誰それが亡くなりまして、と知らせて回る使いのことだ。二人組だから二人使いと呼ばれるんだが、電話の普及で廃れてしまって地方にしか残っていなかった。…それがだ、最近はたまに来るから恐ろしい」
夜中に坊主を引っ張り出せるのがメリットなんだ、とキース君は肩を竦めてみせました。当然、お坊さんへのお布施は相場より高くなるらしいんですけど、故人を大切に思っていますというアピールだとか。
「こんな具合に坊主も世につれ、人につれ…だ。修行の中身は変わらなくても環境は変わる。より悲惨な目に遭いたくなければ早めに修行を済ませておけよ。この先の時代、何がどうなるか分からんぞ」
逃げて回るのも大概にしておけ、と滾々と説くキース君。璃慕恩院の特製お饅頭は美味しいですけど、抹香臭い話題を呼び易いのが難点と言えば難点かも…。
修行の話からプライバシー問題、果ては最近のお寺事情とお坊さん絡みの会話を続けつつ、お饅頭を二つ、三つと次々に食べる私たち。会長さんへの御歳暮を兼ねた璃慕恩院からの贈り物だけに数は充分あるのです。そこへユラリと空間が揺れて。
「こんにちは」
例によって押し掛けてきた異世界からのお客様。ソルジャーはストンとソファに座るなり特製お饅頭を手に取っています。
「今年も来たねえ、美味しい御歳暮! この味はやっぱり格別だよ」
「…今日は来ないかと思ったんだけどな…」
迷惑な、と会長さんが呟いても全く気にしないのがソルジャーで。
「来られる時は食べに来るのが基本じゃないか。でも素晴らしい習慣だよねえ、御歳暮ってさ。君は沢山貰えそうなのに、断ってるというのが勿体無いよ」
「…だって、貰っても面倒じゃないか。食べ物なんかは重なると困るし、他の物だって好みに合わなきゃ使えない。そりゃ寄付したりバザーに出すのも手ではあるけど、それもなんだか悪い気がして」
せっかく贈ってくれたのに…、と返す会長さんは御歳暮を受け取らないタイプ。なまじソルジャーなだけに貰うとなればドカンと凄い数が来るのは確実、断りたくもなるというもので…。
「…そんなものかな? 君に贈りたくてウズウズしている人もいるようだけど?」
あっちの方に、とソルジャーが指差したのは教頭室の方角でした。
「ついでに君からも欲しいらしいね、御歳暮が。…何か贈ってあげればいいのに」
「嫌だよ、なんでハーレイなんかに!」
世話になってもいないんだから、と会長さんは顔を顰めましたが、ソルジャーは。
「えっ、いつも色々貢いでいるだろ、君のためにさ。試験の打ち上げのパーティー費用とかを毟った分をお返ししようとは思わないわけ? せっかく美しい習慣なのに」
「そんな必要、無いってば! ハーレイは貢ぐのが生甲斐なんだ」
「ふうん? ぼくはハーレイに贈ったけどねえ、御歳暮を」
「「「えぇっ!?」」」
思わぬ言葉に私たちの声が引っくり返り、ソルジャーは赤い瞳を丸くしてから可笑しそうにクスクス笑い出して。
「違う、違う、こっちのハーレイに贈ったんじゃなくて、ぼくのハーレイ! ハーレイからも御歳暮が来たし、ぼくは大いに幸せなんだよ」
あらら、ソルジャーが御歳暮を贈った相手はキャプテンでしたか! それにしても夫婦で御歳暮を贈り合うとは、律儀というか何と言うか…。きっとキャプテンはソルジャー好みのお菓子を贈って、ソルジャーからは形ばかりの品でしょう。石鹸とか、サラダオイルとか。
「…なんでそういうイメージになるかな、石鹸にタオルにサラダオイルって?」
ハーレイが喜ぶと思うのかい、とソルジャーがフウと溜息をつき、慌てて自分の口を押さえたのは私だけではありませんでした。それで思念の零れを防げるわけではないのですけど、つい反射的に…。でもタオルって誰が考えたのかな? 他のみんなも似たことを思っていたらしく。
「ん? 石鹸はそこの端から五人目まで。タオルはスウェナとキースだね。…サラダオイルはブルーとぶるぅも含めて全員。サラダオイルって御歳暮の王道なのかい?」
「かみお~ん♪ サラダオイルは定番だよ!」
値段の割に箱が大きくて重いしね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニッコリ笑えば、ソルジャーは。
「なるほど、見栄えが大切なんだ? だったら正しいチョイスだったね、ぼくとハーレイが贈り合った物は。…何を貰って何を贈ったか、気にならない?」
「ぼくは知りたいとは思わないけど?」
会長さんのすげない口調をソルジャーの方はサラリと無視して。
「君の意見は聞いていないよ、知りたい面子が大多数! だけど喋っていいのかなぁ? でも今更って気もするし…」
今更だよね、と微笑むソルジャーに背中にタラリと嫌な汗が。この流れは非常にマズイのでは、と思う間もなくソルジャーは得意げに指を一本立てて。
「ぼくがハーレイから貰った御歳暮はハーレイなんだよ。勿論、ぼくも自分を贈った。…御歳暮として贈った以上は思う存分ヤリ放題! ハーレイは自分が満足するまでヤリまくったし、ぼくの方も…ね。いやもう、贈り合った次の日は腰が立たなくて…」
「「「………」」」
そう来たか、と私たちはテーブルに突っ伏し、会長さんは額を押さえました。大人の話が理解できない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は感動しているようですが…。
「凄い、凄いや! 喜んで貰える御歳暮を選ぶのって難しいんだよ、コレっていうのが決まってる人だといいんだけれど…。璃慕恩院に持っていくヤツは、いつもブルーが老師の心の中を少しだけ覗いて決めてるの! 好きな食べ物だって変わったりするしね」
同じ御漬物でも好みが変わるし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が褒めちぎる声が遙か遠くで聞こえます。よりにもよって自分自身を贈り合うとは、バカップル夫妻、恐るべし…。
再起不能なまでに打ちのめされた私たちを他所に、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」相手に御歳暮の効能と素晴らしさを称え、会長さんも教頭先生に贈るべきだと大演説。我に返った会長さんが慌てて止めにかかった時には既にとっくに手遅れで。
「ブルーも御歳暮してあげようよ」
ハーレイに喜んで欲しいもん、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生が大好きです。自分のパパになってくれたらいいな、と思っていたりする程ですから、会長さん自身を御歳暮としてお届けするのは素敵な案だと瞳がキラキラ。
「ねえねえ、ブルーを贈ろうよ! きっとハーレイも喜ぶもん!」
「…ぶるぅ…。ぼくはそういうのは……」
「えーっ、どうして? ブルーを一日贈るだけだよ、一日がダメなら半日とか!」
贈っちゃおうよ、と燃え上っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、会長さんを御歳暮にすることに伴う危険にまるで気付いていませんでした。あまつさえソルジャーが横から煽るものですから、火を消すどころか延焼しまくり、飛び火しまくり、もはや御歳暮を贈らないという選択肢は無く…。
「………。分かったよ、ぼくが御歳暮になればいいんだろう!」
憮然として言い放った会長さんに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は歓声を上げ、ソルジャーが拍手しています。えーっと……大丈夫ですか、会長さん? 教頭先生に自分を御歳暮として贈るだなんて…。
「ただし! ぼくをハーレイへの御歳暮にするに当たって、条件が一つ」
これは絶対に譲れない、と拳を握る会長さん。
「ぶるぅもブルーも、そこのみんなも知っているとおり、長老たちとの約束がある。…ぼくがハーレイの家に一人で行くことは禁止されているし、許されていない。御歳暮にぼくを贈る時にも付き添いが必要になるわけだ。ぶるぅは小さな子供だから数に入らないし、そこの七人に頼むしかないね」
「「「えぇっ!?」」」
「何をビックリしてるのさ? ハーレイがアヤシイ気分になったりしたら大変だろう? ぶるぅが全く使えないのは御歳暮発言で分かった筈だ。…というわけだから、付き添い、よろしく」
今度の土曜日でいいだろう、と会長さんはカレンダーに印を付けて。
「さて、ブルー? ぶるぅを上手に丸め込んでくれた君も一緒に来るのかい? ぼくがハーレイへの御歳暮として身体を張るのを見届けに?」
「うーん…。何か間違ってる気がしないでもないけれど…」
でもいいか、とソルジャーはコクリと頷きました。
「了解。土曜日は君がこっちのハーレイのために御歳暮になる、と…。ハーレイが大感激する姿が見えるようだよ、ぼくも大いに期待しておこう」
二人の絆が深まるといいね、とウインクするソルジャーが目指しているのは会長さんと教頭先生の結婚なのは明々白々。けれど、そんな結果にならないことは間違いないのも事実です。御歳暮になる覚悟を決めた会長さんがどう出るのかは分かりませんけど、結婚だけは絶対に無理~。
そして運命の土曜日の朝、私たちは会長さんのマンションの前に集合しました。今日も朝から寒いです。間もなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんが現れ、その後ろには私服のソルジャー。
「やあ、おはよう。今日は付き添い、よろしく頼むよ」
「かみお~ん♪ それじゃ、しゅっぱぁ~つ!」
会長さんたちの青いサイオンの光が迸り、アッと言う間に移動した先は教頭先生の家の門の前。もちろん周囲の人に見咎められないよう、きちんとシールドが張られています。会長さんがチャイムを鳴らすと教頭先生が玄関を開けて飛び出してきて…。
「どうした、ブルー? 朝早くから大人数で?」
「えーっと…。暮れの御挨拶ってことになるのかな? いわゆる御歳暮」
「御歳暮? 私にか?」
顔を輝かせる教頭先生に、会長さんは。
「ただの御歳暮じゃないんだよ。…ブルーの案でね、御歳暮の品はぼくなんだ」
「………は?」
「聞こえなかった? ぼくが御歳暮だと言ったんだけど…。早く入れてよ、せっかくの御歳暮が風邪を引いてもいいのかい?」
「…す、すまん…」
入ってくれ、と教頭先生がドアを大きく開くと会長さんは先頭に立って家に上がり込み、続いて私たちがゾロゾロと。教頭先生は事情が把握出来ていないらしく、私たちをリビングに案内して。
「さっき暖房を入れたばかりで、充分に暖まっていないのだが…。コーヒーでいいか?」
紅茶の人は手を挙げてくれ、と言った教頭先生を手で制したのは会長さん。
「ちょっと待った! ぼくの役目を取らないで欲しいな」
「…どういう意味だ?」
「言ったじゃないか、御歳暮だって。今日は一日、君の手足として働くんだよ。君の代わりに掃除洗濯、お客様のおもてなしも引き受けます…ってね」
任せといてよ、と会長さんは飲み物の注文を取るとキッチンの方に消え、教頭先生が呆然と。
「……これはいったい……」
「御歳暮らしいね、ブルーからの」
ちょっと趣向がズレてるけども、と説明を始めたのはソルジャーです。
「この前、こっちに遊びに来たんだ。ブルーが璃慕恩院に御歳暮を届けに行った日でねえ…。でもって、ぼくも御歳暮を贈り合ったって話をしていた結果がコレ。ぼくはね、ぼくのハーレイに自分を御歳暮にしたんだよ。だからブルーにもお勧めしたのさ、君宛の御歳暮になるべきだ…って」
「お、御歳暮……ですか?」
「そう、御歳暮。貰ったからには煮ようが焼こうが君の自由だ。…ちなみに、ぼくの場合は御歳暮になった翌朝は腰が立たなくて大変だったよ」
「……こ、腰……」
耳まで真っ赤になってしまった教頭先生に、ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「ふふ、据え膳食わぬは男の恥…って言うだろう? 君も頑張ってブルーをモノにするといい。なにしろ相手は御歳暮だから、好きな時間に好きな所で」
「…………」
教頭先生の鼻からツツーッと赤い筋が垂れ、大慌てでティッシュを詰めた所へ会長さんが戻って来ました。コーヒーと紅茶のカップを大きなお盆に乗っけています。鼻血の件には触れようともせず、教頭先生の前にはコーヒーのカップ。私たちが注文した飲み物も手早くパパッと並べ終わると。
「…ブルー? お前の分はどうした?」
カップの数が足りないようだが、と振り返った教頭先生の背後が会長さんの立ち位置でした。そう、文字通り立っているのです。空になったお盆を手にして背筋を伸ばし、姿勢よく。
「ブルー? そんな所で何をして…」
「おかまいなく」
会長さんの唇が続けて紡いだ言葉は。
「今日のぼくは君の代わりに働きます、って言った筈だよ。…使用人は御主人様の前では飲食しないし、御主人様の目にも入らない。空気みたいに無視してくれればいいんだってば。ついでに用事も命じられる前に片付けてゆくのが理想の使用人の姿ってね。以上!」
それっきり会長さんは口を閉じてしまい、教頭先生が代わりに口をパクパク。確かに自分を贈ったには違いないでしょうが、ソルジャーが解説していたモノとは月とスッポン、似ても似つかぬ存在です。会長さんを空気みたいに無視するなんてこと、教頭先生に出来るのでしょうか…?
教頭先生の後ろに控えた会長さんをチラチラと盗み見しながらのティータイムは、些か居心地の悪いものでした。しかし会長さんの方は誰かのカップが空になる度にキッチンに走り、熱いお代わりを運んできます。暫く姿が見えないな、と思っていた間には昼食の支度をしていたらしく。
「どうぞ、ピラフとオニオンスープ。…買い出しに行ける時間が無いから夜はクリームシチューでいいよね、後は冷蔵庫の中身で適当に」
「…お前が作ってくれたのか?」
感激の面持ちの教頭先生に会長さんは一切答えず、空になっていたカップを下げて代わりに昼食のお皿を並べてゆきます。熱いスープと炊きたてのピラフは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に引けを取らない出来栄えとあって、教頭先生は大喜びでらっしゃるのですが…。
「美味いぞ、ブルー。お前も一緒に食べないか?」
冷めない内に、と教頭先生が何度誘っても会長さんは御給仕に徹して無言のまま。ソルジャーは面白そうに笑っていますし、私たちも賑やかにお喋りをしているだけに、会長さんの沈黙っぷりが強調されるというわけで…。
「「「御馳走様でしたー!」」」
食べ終えた私たちが声を揃えると、会長さんはお皿を片付けてテーブルを拭き、また飲み物の注文取り。それを全員に配った後は廊下へと消えて行きましたけれど。
「へえ…。今度は掃除の時間なんだね」
手際がいいや、とソルジャーが感心したように言えば、教頭先生がハッとして。
「掃除ですって?」
「うん。午前中は洗濯もしていたようだよ」
「せ、洗濯!?」
「…そうだけど? 何か不都合なことでもあった?」
二階のベランダに干してあるけど、とソルジャーが上を指差し、教頭先生は顔面蒼白。
「ゆ、昨夜は疲れていたもので…。し、下洗いをせずに洗濯籠に適当に…。よ、よりにもよってアレをブルーに…」
「そうだったのかい? それっていつもの紅白縞?」
「……は、はい……」
穴があったら入りたいです、と教頭先生は半泣きでした。キース君たちの証言によると、教頭先生は昨日は柔道部の指導に燃えておられて汗びっしょり。学校で洗い物はなさいませんから、汗だくになった紅白縞はお持ち帰りというわけで。
「汗臭い紅白縞をブルーがねえ…。サイオンを使って扱ってたのはそのせいなのかな、じかに触りたくなかったとかさ」
「うわ、サイテー…」
ジョミー君が最低と口にした対象は汗臭い紅白縞を放置していた教頭先生なのか、サイオンで扱った会長さんか。恐らく後者だと思うのですけど、教頭先生は前者と受け取ったみたいです。ズシーンと落ち込み、どんより澱んで鬱々と…。
「そうだな、やはり最低最悪だな…。だらしない男だと思われただろう、どう考えても…」
もう駄目だ、と呻く教頭先生にソルジャーが。
「お取り込み中に申し訳ないんだけれど…。ブルーが君の寝室の前に立ってる。掃除を始めるみたいだよ? 紅白縞の二の舞になりそうなモノが置いてあったらマズイんじゃないかと」
「寝室ですって!?」
マズイ、と立ち上がった教頭先生が凄い勢いで飛び出してゆくのを私たちはポカンと見送りました。あの部屋、色々とヤバイんですよねえ、会長さんの写真がプリントされた抱き枕とか、抱き枕とか、抱き枕とか…。
「…なんか飛び出して行っちゃったけど…」
あの部屋はやっぱりマズイんだねえ、とソルジャーはまるで他人事。
「あんたがオーダーしたヤツだろうが、抱き枕は!」
猛然と噛み付いたキース君にもソルジャーは動じず、寝室の方角へ瞳を凝らしてニヤニヤと。
「やってる、やってる。ブルーが淡々と掃除をしている横から、ハーレイが必死に言い訳を…。だけどアレだね、ブルーはプロだね。これは直接見に行くだけの価値がある」
行こう、とソルジャーに誘われた私たちは好奇心を抑え切れずに階段を上り、二階の一番奥にある寝室へ。扉が全開になった部屋の中では会長さんがベッドメイキングの真っ最中です。
「そ、そこまで頑張ってくれなくても…! ベッドは私が自分でやる!」
やめてくれ、と悲鳴を上げる教頭先生。会長さんは手際よくベッドに新しいシーツを広げてキチンと折り込み、床に置いてあった抱き枕を抱えてパンパン叩いて空気を含ませ、ベッドの上に。それから上掛けを抱き枕に掛け、教頭先生が使っているらしい枕の下には…。
「「「………」」」
会長さんが枕の下に突っ込んだ物を見てしまった私たちは目が点でした。それはラミネート加工を施した会長さんのカラー写真。教頭先生、あんな写真を枕の下に入れてましたか! 抱き枕といい、枕の下の生写真といい、会長さんには見られたくなかったに決まっています。
「…ブルー、其処も掃除はしなくていい!!」
教頭先生が絶叫したのはベッドサイドのテーブルの上。会長さんは手にしたハタキでパタパタとはたき、山と積まれた本の類を一冊ずつ脇に動かしてはパタパタパタと。
「なるほどねえ…。ブルーの生写真を隠した本とか、生写真だらけのアルバムとか…。要するに夜のオカズが満載ってわけだ、あのテーブルには」
「「「…おかず?」」」
なんですか、それは? レシピの本もあるのでしょうか? 会長さんの写真だけではなくて? だったらそんなに焦らなくても、とソルジャーを見れば必死に笑いを堪えていて。
「…おかずの本って何かマズイわけ?」
ジョミー君が首を傾げれば、シロエ君が。
「アレじゃないですか、寂しい独身生活がバレバレになるって意味なんじゃあ?」
「あー、そうかも! 夜のおかずも自分で作るしかないもんね」
それは恥ずかしい、と教頭先生に背を向けて笑う私たちの脇ではソルジャーが笑い死にしそうな勢いです。うん、見物に来た甲斐はありました。教頭先生の夜のオカズに、会長さんの抱き枕に…。あっ、今度は書き物机の上を掃除する件で揉めていますよ、あそこにもレシピ本があるんでしょうね。
そんなこんなで会長さんのお掃除タイムは、家のあちこちで波風が。教頭先生はお風呂の更衣室にまでレシピ本を置いていたらしいのです。ソルジャーが会長さんに思念波で確認した所では、プロの使用人たるもの、掃除の前と後とで寸分たがわぬ位置に物を戻してこそなのだそうで。
「ハーレイ、疲れているようだけど?」
ソルジャーに尋ねられた教頭先生はグッタリとリビングのソファに凭れていました。
「…そうですね…。やはり色々と落ち着かなくて…」
使用人がいる生活は向かないようです、と泣き言を漏らす教頭先生には私たちだって同情しきり。いきなり家に上がり込まれてプライバシーを暴かれまくりはキツイでしょう。しかも恩着せがましく御歳暮だと言われ、断ることも出来ないだなんて…。
「悪いね、ハーレイ。ぼくが余計な提案をしたばっかりに色々こじれてしまったかな?」
「い、いえ…。元は私が悪いのです。隠れてコソコソしていなければ、今日も堂々とブルーに任せていられたわけで…。これも修行だと思っておきます。もしもブルーと結婚したなら、隠し事など出来ませんしね」
「それはそうかも…。ブルーは怖いよ、なんと言ってもタイプ・ブルーだ。うっかり浮気でもしようものなら命は無いと思った方がいいんじゃないかな、君は浮気はしないだろうけど」
その調子で修行を頑張りたまえ、とソルジャーが教頭先生の背中を押した所へ、会長さんが静かに入って来て。
「お風呂の支度が出来たんだけど、夕食前に入るかい?」
「…う、うむ…。それは正直、有難いな」
少しリラックスしたかったんだ、とソファから起き上った教頭先生に、会長さんは。
「じゃあ、着替えを揃えて持って行くから。…紅白縞は分かってるけど、とっておきの方がいいのかな? 普段使いの方がいい?」
「い、いや、着替えは私が自分で…!」
「ダメだよ、何のために使用人を置いているのさ? 君は指図をするだけでいい。もちろん、お風呂もぼくが手伝う。服を脱ぐのも、身体を洗うのも全部ぼくが……って、ハーレイ?」
ツツツツツーッと教頭先生の鼻の穴から赤い血が伝い、ドッターン! と派手な音が響き渡って、その後は…。
「うーん…。このハーレイをどうすべきか…。こんな所で失神されても困るんだけどな」
寝室に運ぶのも大変じゃないか、と会長さんが文句を言えばソルジャーが。
「いっそ、お風呂で洗ってみるとか? 気絶してる間に洗われちゃったとなればショックは二倍じゃ済まないね。紅白縞まで脱がされたって気付くわけだし」
「ああ、そうか。だったら洗う…って、ぼくが洗うわけ? ハーレイを? そこまでサービスする気は無いんだ、敵前逃亡するに決まってると踏んでいたから」
「どうして君は気が付かないかな、敵前逃亡よりも高確率で鼻血でダウンするかもってトコに!」
こっちのハーレイはヘタレなんだし、と呆れた顔をするソルジャーにも教頭先生を洗うなどという親切心はありませんでした。曰く、自分の世界のキャプテンだったら心をこめて隅々まで洗うそうですが…。
「君も洗う気が無いんだったら、このまま放置で終わりかな? それもイマイチ…。そうだ、そこの柔道部三人組! 君たちが責任を持って丸洗いしたまえ、ついでに着替えもよろしくね」
洗った事実は口外厳禁、と釘を刺した会長さんの命令が下り、キース君たちが教頭先生をバスルームに運んで行きました。その間に会長さんがメモ用紙にサラサラと書き置きを…。
『ハーレイへ。シチューは温め直して食べるように。君の身体を一人で洗うのは骨が折れたよ、ぼくは心底、疲れ果てたから帰らせてもらうね。ブルーより。』
嘘八百を書く会長さんを止める人は誰もいませんでした。更にソルジャーが『ブルーが君とお風呂に入って洗う所は見届けたよ。ぼくより手際がいいかもしれない。多分、御奉仕に向いてると思うな、頑張ってモノにするんだね』などと大嘘を書いてサインしていたり…。
「さて、キースたちが戻ってきたらシチューを食べて帰ろうか。食器は洗わずに置いて帰るのが礼儀だよねえ、疲れ果てたぼくには洗えないから」
「そこまでやるって言うのかい? まあ、それでこそ君らしいか…」
御歳暮の意味を間違えてるよ、とソルジャーが溜息をつきつつ苦笑しています。とんだ御歳暮に上がり込まれて酷い目に遭った教頭先生、二度と御歳暮は御免でしょうか? それとも懲りずに二度目、三度目と貰い続けることになるのか、今後がちょっぴり楽しみかも…?
素敵なお歳暮・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
季節外れなネタですみません。少しは暑さがまぎれているといいんですけど…。
このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
次回は 「第3月曜」 8月19日の更新となります、よろしくお願いいたします。
そして去る7月28日に 『ハレブル別館』 に短編をUPいたしました。
ブルー生存ネタな 『奇跡の狭間で』 、読んで頂けると嬉しいです。
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