シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
補聴器の効果
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏休みがやって来ました。初日に会長さんの家に集まり、予定を決めるのが毎年恒例。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが済んだら、三日間のお疲れ休みを挟んでマツカ君の山の別荘です。その後はお盆を挟んで海の別荘、そういった所。
予定を決めた翌日から始まった合宿と修行、お留守番組のスウェナちゃんと私は会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんと夏休みを満喫して…。
「かみお~ん♪ お帰りなさいーっ!」
合宿と修行、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねている会長さんの家のリビング。一週間もの合宿や修行を終えた男の子たちが帰って来ました。
「うー…。今年も死んだー…」
もう駄目だ、と音を上げているジョミー君。修行の中身は子供向けでも、食事が精進料理というのが酷くこたえるらしいです。
「お前な…。今からそんな調子で、この先、どうする」
住職の資格を取る道場だと精進料理が三週間だぞ、とキース君が睨んでいますけど。
「だから、そっちは行かないってば…。坊主になってもロクなことが無いって知ってるし」
「なんだと!?」
「間違ってないと思うけど? …キース、今日だって卒塔婆書きだよね?」
お盆に向けて、とジョミー君の指摘。
「それはそうだが…。確かに今朝もノルマをこなして出て来たが…」
「ほらね、毎年、お盆の時期には卒塔婆、卒塔婆って言ってるし…。大変そうだし!」
春と秋にはお彼岸もあるし、十月になったらお十夜だって…、とズラズラと挙げたジョミー君。お寺の行事を把握しつつある辺り、既にお坊さんへの道が開けていませんか?
「それは無いって! ぼくは絶対、ならないから!」
「罰当たりめが! 銀青様の直弟子のくせに!」
この野郎、とキース君が怒鳴りましたが、会長さんが。
「まあまあ、今日はそのくらいでね? ジョミーも気が立っているんだよ」
「そだよ、お肉が食べられないのはキツイもん!」
だけど、おやつの時間に焼肉はちょっと…、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お肉なおやつは存在しないと思ったんですけど、暫く待ったら熱々の小籠包がドッサリと。冷たいジャスミンティーも出て来ましたし、お肉抜きだったイライラはこれで解消ですね!
小籠包でお肉を補給したジョミー君に笑顔が戻って、午前中は時ならぬ中華点心パーティー。お昼御飯の焼肉はまた別腹とばかりに色々と食べて盛り上がっていたら。
「こんにちはーっ! こっちは今日も暑そうだねえ!」
フワリと翻った紫のマント。別の世界から押し掛けて来たお客様です。
「…君が来た途端に、一気に暑くなった気がするけれど?」
会長さんの嫌味も気にせず、空いていたソファにストンと座ってしまったソルジャー。ちゃっかり着替えた私服は会長さんの家に置いてあるソルジャーの私物。
「暑いんだったら、クーラーをもっと強くするのがいいと思うよ」
でなきゃサイオンでシールドだね、とソルジャーは素早く取り皿を確保。あれこれと食べて楽しめるように、小皿が積み上げてあったんです。お箸は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取りに走って、これでソルジャーも仲間入りで。
「うん、美味しい! 暑い季節でも、蒸し立ての餃子とかは美味しいものだね」
「んーとね、中華の国では夏もお料理は熱いものなの! 冷たい食べ物は身体に悪いの!」
本当だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「だからね、あの国で一番暑い場所だと、夏のお料理はお鍋だから!」
「「「鍋!?」」」
鍋というのはあの鍋ですかね、冬に美味しい土鍋とかでグツグツ煮えてるお鍋…?
「うんっ! 火鍋ってあるでしょ、真ん中で仕切って辛いスープが二種類入っているお鍋!」
「…あの辛いヤツ? 赤い方が辛いように見えるけど、白い方がもっと辛いアレのこと?」
激辛だけど、とジョミー君が確認すると。
「そうだけど…? 火鍋は夏に食べるものなの、本場では!」
熱くて辛い火鍋を食べて汗をダラダラ、それが身体にいいそうですけど…。
「…それはぼくでもキツイかも…。なんだかアルタミラを思い出すよ」
ソルジャーの口から出て来た言葉は人体実験時代を指すもの。火鍋と人体実験は同列ですか?
「他の季節はともかく、夏はね! 身体の限界を試されてるって感じがするよ」
夏に食べるならこの程度、と変わり餃子や焼売なんかをパクパクと。ソルジャーの世界より、こっちの世界が断然暑いと思うんですけど…。いったい何をしに来たのでしょう、中華点心が美味しそうだったっていうだけなのかな?
中華点心パーティーの次は焼肉パーティー。ダイニングへとゾロゾロ移動で、ホットプレートや山盛りのお肉、野菜なんかもドッサリと。さあ始めるぞ、と着席したら…。
「はい、みんな揃ったし、注目、注目ーっ!」
いきなりソルジャーが手を挙げました。揃うも何も、さっきから揃っていましたけれど?
「揃ってたけど、ぼくは途中からの参加だったしね! やっぱり場所を改めないと!」
「「「は?」」」
「食事しながら会議というのも、こっちの世界じゃ多いと聞くし…。これから会議!」
「「「会議?」」」
ソルジャー夫妻や「ぶるぅ」も一緒の海の別荘行きの日程はとうに決まっています。夏休みの間にソルジャー絡みで会議をしなくちゃいけない理由は、何処にも無いと思いますが…?
「会議の議題はぼくじゃないんだよ、ぼくの永遠のテーマというヤツ!」
ゆっくり食べながら話をしよう、とソルジャーは肉を焼き始めつつ。
「…こっちのハーレイとブルーの仲はさ、今も険悪なままだからねえ…」
「失礼な! 至って良好な関係を保ってるってば、ぼくにしてみれば!」
ハーレイが間違っているだけだ、と会長さん。けれどソルジャーは取り合わずに。
「それは良好とは言わないよ。君とハーレイとが立派にカップルになってこそだよ!」
「ぼくには、そっちの趣味は無いから!」
「…そこなんだよねえ、いったい何処が違うんだと思う? …こっちのハーレイ」
「「「へ?」」」
何を訊かれたのか、まるで分かりませんでした。違うって…何が?
「こっちのハーレイと、ぼくのハーレイとの違いだよ! ぼくが思うに、それが鍵だよ!」
ぼくのハーレイにはあって、こっちのハーレイには無い何かがあるに違いない、というのがソルジャーの見解。
「誰が見たって一目瞭然、そういう違いがきっと何処かに…」
「…職業じゃないか?」
本物のキャプテンかどうかの違いが大きいのでは、とキース君が言いましたけれど、教頭先生だってシャングリラ号に乗ったらキャプテンです。シャングリラ号だって動かせますから、本物じゃないとは言い切れない気が…。
焼肉をやりつつ、ああだこうだと挙げられた違い。思い付くままに無責任なのが飛び出す傾向、下着が紅白縞かどうかという説までが出て来ましたが…。
「そうだ、補聴器じゃないですか?」
あれが決定的な違いなんじゃあ…、とシロエ君。
「「「補聴器?」」」
「ええ、補聴器をつけてらっしゃる筈ですよ? 向こうの世界においでの時は」
たまに補聴器のままで呼ばれてることもありますよね、というシロエ君の意見に目から鱗がポロリンと。キャプテン、そういえば補聴器をつけてましたっけ…。
「ああ、補聴器! ぼくも着けたままで来ちゃったけれども、外しちゃったねえ!」
こっちじゃ不自由しないから、と頷くソルジャー。
「ぼくの世界だと、シャングリラの中はミュウしかいなくて思念だらけで、補聴器無しだと困るんだよ。要らないものまで聞こえちゃってね」
だけど、こっちの世界はそういう雑音が少ないから…、とソルジャーは耳を指差して。
「雑音無しなら、ぼくもハーレイも聴力をサイオンで補えるんだよ! 補聴器が無くても!」
そういう意味でも素敵な世界だ、と言うソルジャーにシロエ君が。
「ですから、補聴器が大きな違いというヤツじゃないかと…。教頭先生がシャングリラ号に乗り込む時にも、あの補聴器は無いですよ?」
「してねえなあ…。ブルーは補聴器、着けるのによ」
ソルジャーの服を着ている時は、とサム君が賛成しましたけれど。
「あのねえ…。ぼくのは補聴器ってわけではないから! 単なる記憶装置だから!」
あれで聴力を補ってはいない、と会長さん。
「ブルーから貰ったシャングリラ号の設計図とかとセットものだよ、あれだって!」
「…ぼくの補聴器も記憶装置って面はあるしね」
なかなか便利な道具だけれど…、とソルジャーは顎に手を当てて。
「でも、ハーレイのは純粋に補聴器っていうだけだからさ…。やっぱり違いはそれなのかな?」
「ぼくはそうだと思いますけど…」
ビジュアルなのか、単なるプラスアルファなのかは分かりませんが、とシロエ君。
「決定的な違いを一つ挙げろと言うんだったら、補聴器ですね」
他の説はどれも弱いです、とキッパリと。確かにどれも弱すぎですけど、補聴器なんかが決定打ってことはあるんでしょうか…?
教頭先生とキャプテンの違いは補聴器の有無。改めて言われてみれば頷けるものの、補聴器をしているかどうかで会長さんが惚れたり、惚れなかったりするとは思えない気が…。
「うん、ぼく自身がそう断言出来るね!」
ハーレイのビジュアルがどう変わろうが、ぼくの心は変わらない! と会長さん。
「剃髪して仏の道に入って、二度と俗世に出て来ないのなら、評価もするけど!」
「邪魔者は消えろという意味かい?」
酷すぎないかい、とソルジャーが言っても、「別に?」と会長さんは涼しい顔。
「三百年以上も一方的に惚れられてるとね、ぼくの前から消えてくれた方が評価できるね!」
特に暑苦しい夏なんかは…、とピッシャリと。
「ハーレイの顔を見なくて済むなら、その選択をしてくれたハーレイに感謝だよ!」
「あのねえ…。君は、ぼくが会議を始めた理由が分かってるのかい?」
「ハーレイ同士で何処が違うかっていう話だろ?」
そして答えは出たじゃないか、と会長さんが焼肉をタレに浸けながら。
「要は補聴器、それをハーレイが着けていようが、着けていまいが、ぼくは無関係!」
どっちにしたって惚れやしない、と頬張る焼肉。
「だからハーレイが補聴器を着けて来たって、鼻で笑うね!」
そんなものでモテる気になったのかと馬鹿にするだけ、と次の肉をホットプレートへ。焼けるのを待つ間は野菜とばかりに、タマネギとかを取ってますけど…。
「うーん…。ビジュアル面では補聴器をしたって効果はゼロ、と」
何の進歩も見られないのか、と難しい顔をするソルジャー。
「…使えそうだと思ったんだけどな、補聴器が違いだと言うのなら!」
「無理がありすぎだと俺は思うが?」
補聴器を着ければブルーが惚れると言うんだったら、とうにキャプテンにときめいている、とキース君がキッパリと。
「同じ顔だし、見た目も全く同じだし…。補聴器を着けている時に会ったらイチコロの筈だ」
「それもそうだね…。でもさ、補聴器は使えそうなのに…」
ソルジャーは補聴器に未練たらたら、キース君は呆れたように。
「補聴器は所詮は補聴器だろうが、それ以上の機能は無いんだからな」
聞き耳頭巾じゃあるまいし、と引き合いに出された昔話。そういう話がありましたっけね、被ると動物が喋っている言葉が分かるっていう頭巾でしたっけ…。
私たちにとっては馴染みの昔話が聞き耳頭巾。けれど、別の世界から来たソルジャーには理解不能なものだったらしく。
「なんだい、聞き耳頭巾って?」
それは補聴器の一種なのかい、と斜め上すぎるソルジャーの解釈。まあ、間違ってはいないんですかね、動物の声に関する聴力がアップするという意味では…。
「そうか、あんたは知らんのか…。詳しい話は、ぶるぅに絵本でも借りて読むんだな」
俺たちの国では有名な昔話で…、とキース君。
「そういう名前の頭巾があってな、それを被ると動物が喋る言葉が分かるというわけだ」
「へえ…。布巾を頭に被るのかい?」
なんだか間抜けなビジュアルだねえ…、と赤い瞳を丸くしているソルジャー。頭巾という言葉自体が馴染みが無かったみたいです。キース君は「頭巾だ、頭巾!」と自分の頭に手をやって。
「帽子の一種と言うべきか…。似たような形の被り物なら坊主も被るぞ」
「なるほどね…。ビジュアルは間抜けなわけじゃないんだ」
「当然だろう!」
笑い話じゃないんだからな、とキース君はフウと溜息を。
「動物の言葉が聞こえるようになったお蔭で、最後は御褒美を貰うという話なんだ!」
「御褒美ねえ…。聞こえない筈の言葉が聞こえたお蔭で?」
「そうなるな。動物たちだけが知っている世界の事情が聞こえたお蔭なんだし」
人間の言葉しか分からないのでは知りようもないことが分かったわけだ、とキース君。
「そんな具合に、凄い機能があると言うなら補聴器の出番もあるんだろうが…」
「ただの補聴器では無駄ですよね」
やたらうるさいだけですよ、とシロエ君も。
「ぼくが見付けた違いですけど、違うっていうだけですね。…補聴器に効果はありませんよ」
モテるアイテムとしての効果は…、と言い出しっぺのシロエ君にまで否定されてしまった補聴器の効果。教頭先生が補聴器を着けても、会長さんが惚れる筈なんかが無いんですから。
「うーん…。やっぱり駄目なのかなあ…」
絶対に補聴器だと思うんだけど、とソルジャーはまだブツブツと。
「…イチかバチかで着けさせようかな、この夏休み…」
「労力の無駄だと思うけど?」
それでもいいなら好きにしたまえ、と会長さん。私たちもそう思いますです、補聴器なんかは耳が聞こえる教頭先生には暑苦しいだけのアイテムですよ!
こうして焼肉パーティーは終わり、ソルジャーは帰って行きました。翌日からはキース君がお盆に備えて卒塔婆書きを続け、三日後にはマツカ君の山の別荘へと出発です。爽やかな高原で馬に乗ったり、湖でボート遊びをしたりと大満足の別荘での日々。快適に過ごして戻って来て…。
「くっそお…。アルテメシアはやっぱり暑いな」
昨日までが天国だっただけだな、とキース君の愚痴。例によって会長さんの家のリビングです。
「仕方ないですよ、此処とは気候が違いますから」
あっちは山です、とマツカ君。
「流石に高原の涼しさまでは持って帰れませんしね、諦めるしかないですよ」
「それは分かるんだが…。充分、分かっちゃいるんだが!」
しかし朝から暑すぎなんだ、と呻くキース君は早朝から卒塔婆を書いて来たとか。夜明け前から書いていたのに、既に蒸し暑かったのだそうで。
「…まだ続くかと思うとウンザリするな…。暑さも、それに卒塔婆書きもだ!」
「大変だねえ…。毎日、毎日、お疲れ様」
ぼくの世界には無い行事だけれど、と降って湧いたのがソルジャーです。またしてもおやつ目当てでしょうか、マンゴーのアイスチーズケーキですけれど…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
はい、どうぞ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと差し出すアイスケーキのお皿。ソルジャーは当然のようにソファに座って、アイスケーキを平らげて…。
「どうかな、これ?」
「「「???」」」
ジャジャーン! と効果音つきでソルジャーが取り出したものは補聴器でした。キャプテンがたまに着けてるヤツです。
「えーっと…。これは補聴器かい?」
君のハーレイの、と会長さんが尋ねると。
「違うよ、こっちのハーレイ用だよ! 中古じゃないから!」
ちゃんと一から作らせたのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「この前、シロエが言っていたしね、ぼくのハーレイとこっちのハーレイの違いはコレだと!」
「あのねえ…」
ぼくは補聴器の有無で惚れはしないと結論が出てた筈だけど、と会長さん。ソルジャーも暑さでボケてますかね、こっちの世界は暑いですしね…?
教頭先生がキャプテンと同じ補聴器を着けても、会長さんが惚れる可能性はゼロ。だから無駄だと会長さんがキッパリ言っていたのに、ソルジャーは作って来たようです。ソルジャーが自分で作ったわけではないでしょうけど。
「ああ、それは…。ぼくにはこういう細かい作業は向いてないしね!」
専門の部門で作らせたから、という返事。また時間外に働いて貰って、記憶を消去で、御礼はソルジャーの視察っていう酷いコースですね?
「そのコースは酷くないんだってば、ソルジャー直々の労いの言葉は価値が高いんだよ!」
士気だってグンと高まるんだから、と相変わらずソルジャーの立場を悪用している模様。でも、補聴器は作るだけ無駄なアイテムですから、作らされた人は気の毒としか…。
「それが無駄でもないんだな! この補聴器は特別だから!」
「…記憶装置になってるとか?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「もっと素晴らしい補聴器だよ! ハーレイが着ければ分かるって!」
何処にいるかな、と教頭先生の家の方へと視線をやって。
「よし、今はリビングでのんびりしてる、と…。ちょっと呼ぶから!」
「「「え?」」」
呼ぶって教頭先生を…、と思った途端に青いサイオンがパアッと溢れて、リビングに教頭先生が。
「な、なんだ!?」
どうしたのだ、と慌てる教頭先生ですけれど。
「ごめん、用事があったものだから…。君にプレゼントをしたくって」
「プレゼント…ですか?」
ソルジャーに気付いて敬語に切り替えた教頭先生。ソルジャーは補聴器を差し出して。
「これがなんだか分かるかな?」
「…あなたの世界のキャプテン用の補聴器ですね?」
「ピンポーン! このタイプのヤツはハーレイ専用、他の仲間は使っていないってね!」
ちょっと着けてみてくれるかな、とソルジャーは言ったのですけれど。
「…お気持ちは大変有難いのですが…。生憎と私は、耳は達者な方でして…」
補聴器などを着けたら却って聴力が落ちてしまいそうです、と教頭先生は真面目に答えました。言われてみれば、その心配があるような…。イヤホンだとかヘッドホンだと、大音量で聴き続けていたら聴力がアウトでしたっけね…?
教頭先生が装着しても無駄などころか、聴力が低下しそうな補聴器。なんて使えないアイテムなんだ、と誰もが思ったんですけれども、ソルジャーは。
「聴力の方なら、何も心配は要らないってね! 君の聴力に合わせてあるから!」
補聴器で耳が覆われて聞こえにくくなるのを補う程度、と自信満々。
「ぼくの世界の技術者の腕を信用したまえ、そこは完璧!」
「ですが…。どうして私に補聴器なのです?」
そこまでして下さる意味が分かりませんが、と教頭先生の疑問は尤もなもの。
「それなんだけどね…。ぼくのハーレイと君との大きな違いは補聴器の有無だとシロエがね!」
「言いましたけど、補聴器があればモテるとまでは言ってませんよ!」
「モテる…?」
補聴器でですか、とキョトンとしている教頭先生。
「私がこれを着けたくらいで、ブルーが惚れてくれますか…?」
「物は試しと言うからね! 着けたくらいで減りはしないし、試してみてよ」
せっかく作って来たんだから、とソルジャーが促し、教頭先生は会長さんの冷たい視線を気にしてはいても、補聴器の方も捨て難いらしく。
「…では、失礼して…」
試させて頂きます、と右の耳に着けて、左耳にも。顔だけを見たら立派にキャプテンですけど、あの制服の代わりにラフな夏用の半袖シャツにジーンズでは…。
「…どうだろうか?」
これは似合うか、と尋ねられても、正直な所を答えるより他は無いでしょう。
「…失礼だとは百も承知ですが…。今日のような服だと…」
あまり似合っておられないような、とキース君が言えば、シロエ君も。
「そうですね…。背広とかなら、なんとかなるかもしれませんけど…」
「柔道着にも似合いませんね…」
多分、と控えめに述べるマツカ君。私たちも口々に「似合わない」と言って、会長さんが。
「ハッキリ言うけど、もう最悪にセンス悪いから!」
「そうか、そう言ってくれるのか…!」
何故だかパアアッと輝きに満ちた表情になった教頭先生。センス最悪って言われて嬉しい気分になるものでしょうか。それとも会長さんからも「これは駄目だ」と言って貰えて、ソルジャーからの無駄な贈り物を突き返せそうな所がポイントとっても高いんですかね…?
誰の目で見てもお洒落ではない、補聴器を着けた教頭先生。キャプテンの場合は「お洒落じゃない」とは思いませんから、あの制服が大きいのかもしれません。会長さんでなくてもセンス最悪としか言えない姿は、褒めようが全く無いんですけど…。
「まさかブルーが褒めてくれるとは…。着けてみるものだな、補聴器も」
教頭先生の口から出て来た言葉は、まるで逆さになっていました。センス最悪は褒め言葉ではないと思うんですけど、あの補聴器、聞こえにくいんですか…?
「どう聞いたら、そうなるんだい? ぼくは最悪だと言ったんだけどね?」
「有難い…! ここまで褒めて貰えるとは…!」
なんと素晴らしい贈り物だろう、と教頭先生は感激の面持ち。
「いいのでしょうか、これを私が貰っても…? 製作にかかった分の費用はお支払いしますが」
こちらの世界のお金でよろしければ…、とズボンのお尻に手をやってから。
「す、すみません、財布は家でした! また改めてお支払いさせて頂きますので…!」
どうやら財布を持っておいでじゃなかったようです。外出の時はズボンのポケットに突っ込む習慣があるのでしょう。ソルジャーは「いいよ」と手を振って。
「ぼくの世界で作ったヤツだし、そんなに高くもないものだしね。それに、プレゼントだと言っただろう? お金を貰っちゃ、本末転倒!」
プレゼントの意味が無くなっちゃうよ、と気前のいい話。
「その補聴器はタダで持って行ってよ、ぼくのハーレイには使えないしね」
聴力を補助する機能が無いのに等しいから…、と言うソルジャー。
「君専用だよ、モテるためには欠かせないってね!」
「そのようです。…まさか補聴器を着けたくらいで私の世界が変わるとは…!」
今でも信じられない気持ちがします、と教頭先生は大喜びで。
「これは有難く頂戴させて頂きます。…そして、シロエのアイデアでしたか?」
「そうだよ、シロエが気付いたんだよ。ぼくのハーレイと君との違いは補聴器だとね」
シロエにも御礼を言いたまえ、と促された教頭先生はシロエ君の方に向き直って。
「感謝する、シロエ…! この件の御礼に、家に菓子でも送っておこう」
好物はブラウニーで良かっただろうか、と尋ねられたシロエ君は「そうですねえ…」と。
「ブラウニーも好きなんですけど、今の季節はアイスクリームもいいですね」
「分かった、アイスクリームだな?」
何処のアイスが好みだろうか、という質問にシロエ君が調子に乗って高級店のを挙げてますけど、教頭先生、ちゃんと復唱してますねえ…?
シロエ君の注文、べらぼうにお高いお店のアイスクリームの詰め合わせセット。それを買うべく、教頭先生はいそいそと帰ってゆかれました。ソルジャーに瞬間移動で家まで送って貰って、それから車でお出掛けです。「補聴器は外では外すんだよ?」と念を押されて。
「えーっと…。ぼく、儲かったみたいですね?」
あそこのアイスをセットで買って貰えるなんて、と棚から牡丹餅なシロエ君。お使い物で貰うことはあっても、なかなか買っては貰えないとか。それはそうでしょう、高いんですから。
「お前、上手いことやったよなあ…。つか、教頭先生、ちゃんと聞こえてたよな?」
店の名前もアイスの種類も、とサム君が首を捻っています。
「うん、聞こえてたよね…」
聞き間違えてはいなかったよ、とジョミー君も。
「だけど、ブルーが言ってた台詞は、自分に都合よく聞き間違えていたような…」
「俺もそう思う。まるで逆様としか言えない感じで、意味を取り違えてらっしゃったような…」
補聴器のせいで聞こえにくいのなら、シロエの注文も同じ方向へ行く筈なんだが、とキース君。
「アイスクリームは聞こえたとしても、その辺で売ってる安いヤツとかな」
「…そう言われれば…。割引セールのアイスでもいいわけですよね、アイスでさえあれば」
聞き間違えの件を忘れてました、とシロエ君。
「ぼくにお菓子を下さると言うので、ついつい調子に乗りましたけど…。あの補聴器、まさか、会長の言葉だけが聞こえにくい仕様じゃないでしょうね?」
それなら辻褄が合いますが…、というシロエ君の疑問に、ソルジャーが。
「惜しい! いい所まで行っているんだけどねえ、シロエの推理」
「は?」
会長限定というのが合ってますか、とシロエ君が訊き返すと。
「そうなんだよ! あの補聴器は、実は聞き耳頭巾で!」
「「「聞き耳頭巾?」」」
動物の言葉が聞こえるというアレのことですかね、でも、会長さんは動物じゃなくて人間で…。
「この上もなく人間だねえ…! 要は聞き耳頭巾の応用なんだよ!」
サイオンで細工してみましたー! とソルジャーは威張り返りました。
「あの補聴器を着けてる限りは、ブルーの言葉は悉く愛が溢れた言葉に聞こえるんだよ!」
センス最悪と言い放たれれば、センス最高と聞こえたりね、と得意満面のソルジャーですけど。つまり、さっきの教頭先生、会長さんに褒めて貰ったと本気で信じていたんですね…?
キャプテンと教頭先生の大きな違いは補聴器の有無。けれど教頭先生が補聴器を着けた所でモテるわけがない、という話のついでにキース君が持ち出したのが聞き耳頭巾。それを覚えて帰ったソルジャー、補聴器に応用したようです。それこそ自分に都合よく。
「なんていうことをするのさ、君は!」
物凄く迷惑なんだけど、と会長さんが怒鳴ると、ソルジャーは。
「…その台詞。ハーレイが此処で聞いてた場合は、こう聞こえると思うんだよねえ…。なんて素敵なアイデアだろうと、ぼくに向かって御礼の言葉で、とても嬉しいと!」
「なんでそういう方向に!」
「なんでって…。それはやっぱり、ハーレイと仲良くして欲しいからね!」
これを機会に親密な仲を目指して欲しい、とソルジャー、ニコニコ。
「お盆が済んだら、海の別荘行きが待っているしね…。この夏休みで君たちの仲がググンと前進、そうなることが目標なんだよ!」
ぼくの夏休みの目標で課題、とソルジャーの視線がキース君に。
「キースの場合は卒塔婆書きが夏の目標だしねえ、お互い、目標を高く掲げて頑張ろう!」
「縁起でもないことを言わないでくれ!」
卒塔婆書きはもう沢山だ、と頭を抱えるキース君。
「目標を高く掲げたいなどと言える余裕は俺には無いんだ、ノルマだけで正直、精一杯だ!」
今日も帰ったら卒塔婆が俺を待っているんだ、とブルブルと。
「あんたが口走った今の言葉で、数が増えたらどうしてくれる! 言霊は侮れないんだぞ!」
「そう、言霊は侮れないよ! だからこそ聞き耳頭巾が大切!」
こっちのハーレイの耳にはブルーの愛が溢れた言葉しか届かないわけで…、とソルジャーは自信に溢れていました。
「ブルーがどんなに悪く言おうが、ハーレイの心は浮き立つ一方! そして気持ちもグングン上昇してゆくわけだね、ウナギ昇りに!」
「「「ウナギ昇り?」」」
「そう! 自分はこんなに愛されている、とハーレイが自覚するのが大事!」
愛されているという自信があったら、人間は強くなれるものだし、とソルジャーは得意の絶頂で。
「あの補聴器を着けてる限りは、ハーレイは無敵! ブルーとの愛に関しては!」
そういう気持ちの高まりがあれば、愛は後からついてくる! と言ってますけど、聞き間違えをする補聴器を着けた教頭先生の方はともかく、会長さんは正気なんですけどね…?
会長さんが何を言おうが、愛に溢れた言葉に聞こえるらしい聞き耳頭巾な仕組みの補聴器。大人しくしている会長さんではない筈だ、と思いましたけど…。
「…あれ? なんで?」
ぼくのサイオンが届かない、と焦った様子の会長さん。
「ぶるぅ、代わってくれるかな? ハーレイの家から、あの補聴器を…」
「分かった、こっちに運ぶんだね!」
鏡の前に置いてあるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が引き受けたものの。
「…あれっ、サイオン、どうなっちゃったの? えーっと、んーっと…」
届かないーっ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。補聴器を運べないようです。ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「ぶるぅにも無理だし、キースたちが空き巣に行っても無駄だね!」
あれはぼくからのプレゼント! と勝ち誇った声。
「勝手に奪って処分されたら困るんだよ! 聞き耳頭巾なサイオンの細工を仕掛けたついでに、ハーレイの持ち物としてキッチリ関連づけといたから!」
ハーレイ以外の手で取り外しは出来ない仕組みで、もちろん盗んで処分も出来ない、とソルジャーは補聴器にサイオンを使って良からぬ工夫をした模様。教頭先生が自分の意志でアレを装着して現れた時は、会長さんの言葉は端から甘い言葉に変換されて…。
「その通り! 嫌いだと言おうが、来るなと言おうが、ブルーの言葉は全部ハーレイの耳に都合よく届くってね! 愛してるよとか、こっちへ来てとか!」
「「「うわー…」」」
なんという迷惑なモノを作ってくれたんだ、と誰もが顔面蒼白ですけど、ソルジャーはそうは思っていなくて。
「なんでそういう風になるかな、愛は人生の彩りだよ? 素敵なパートナーと暮らしてなんぼで、愛されてなんぼ!」
この夏休みで仲を深めて、早ければ秋にも結婚式を! とソルジャーの思い込みは激しく、もう止めようがありません。こんな調子で教頭先生の耳にも、会長さんの言葉が変換されて届くのでしょう。補聴器を着ければモテると勘違いなさっているわけですし…。
「…教頭先生、ブルーに会う時は、アレ、着けるよね?」
ジョミー君の声が震えて、スウェナちゃんが。
「着けないわけがないじゃない…。モテるアイテムだと思ってらっしゃるんだもの…」
海の別荘にも持っておいでになるのよ、きっと…、と恐ろしい読み。海の別荘、怖すぎです~!
実に嬉しくない、ソルジャーから教頭先生へのプレゼント。聞き耳頭巾な補聴器を貰った教頭先生はシロエ君の家に高級アイスクリームの詰め合わせセットを送って、その足で花束を買いにお出掛けに。真紅の薔薇が五十本というそれを抱えて、もちろん補聴器持参で…。
「ぼくは受け取らないってば!」
会長さんが突き返しても、「そう照れるな」と。
「高すぎたのでは、と心配してくれる気持ちは分かる。しかし、これも男の甲斐性だからな」
惚れた相手には貢がなければ、と真紅の花束を会長さんに押し付け、「また来る」と。
「来なくていいっ!」
「おお、楽しみにしてくれるのか…! では、明日も花束持参で来よう」
それに菓子もな、という言葉で、会長さんがキッと睨み付けて。
「お菓子だったら、シロエたちの分も! 全員分で、でもって、ぼくが欲しいお菓子は…」
ここぞとばかりにズラズラと並べ立てられたお菓子、全部が超のつく高級品。教頭先生は「お安い御用だが、一日に全部食ったら腹を壊すからな」と片目を瞑って。
「よし、明日から差し入れに来るとしよう。一日に二回、午前と午後にな」
明日はコレとコレを買って来るから、と会長さんに約束、「そるじゃぁ・ぶるぅ」には。
「というわけでな、ぶるぅ、暫くお菓子作りは休みでいいぞ」
たまにはお前ものんびりしろ、と小さな頭を撫で撫で撫で。
「夏休みの間は、私が色々届けてやるから」
「ありがとう! でもでも、ぼくもお菓子は作りたいから…。ハーレイ、お土産に持って帰ってくれるかなあ? 甘くないのを作っておくから!」
「そうなのか? それなら、有難く頂くとしよう。…明日から、お前の手作り菓子だな」
では、と颯爽と立ち去る教頭先生は自信に満ちておられました。会長さんの言葉が誤変換されるというだけで勇気百倍、やる気万倍。この調子でいけば、海の別荘へ出掛ける頃には…。
「…教頭先生、一方的に両想いだと思い込んでしまわれる気がするんですけど…」
そうとしか思えないんですけど、とシロエ君が青ざめ、サム君が。
「それしかねえよな、どう考えても…」
「ほらね、補聴器は最高なんだよ! シロエのアイデアに大感謝だよ!」
秋にはブルーの結婚式だ、と浮かれるソルジャー。この人が旗を振っている限り、あの補聴器は教頭先生に自信を与え続けるのでしょう。海の別荘行きが無事に済む気が、ホントに全くしないんですけど~!
キース君が卒塔婆書きと戦う間も、教頭先生の勘違いライフは続きました。毎日、午前と午後に差し入れ、とてつもなく高いお菓子がドッサリ。会長さんには大きな花束。私たちは「何か間違っているんです」と伝えようと努力はしたのですけれど…。
「…これが本当の無駄骨だな…」
俺たちが何を言っても、ブルーの言葉で振り出しに戻る、と溜息をつくキース君。教頭先生は必ず会長さんに「そうなのか?」と確認するものですから、それに対する会長さんの返事が変換されてしまうのです。教頭先生の耳に都合がいいように。
愛の誤解は深まる一方、そうこうする内にキース君とサム君、ジョミー君が棚経に走るお盆到来。お盆が終われば、恐れ続けた恐怖の海の別荘で…。
「かみお~ん♪ やっぱり海はいいよね!」
「今年もぶるぅと遊べるもんね!」
キャイキャイとはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、そっくりさんの「ぶるぅ」。早速繰り出したプライベートビーチでは、ソルジャーとキャプテンがバカップル全開でイチャついています。
「…まただよ、あそこの二人はさ!」
結婚記念日合わせだからって迷惑な、と会長さんが吐き捨てるように言った途端に。
「すまん、あの二人が羨ましかったのだな…。申し訳ない」
気が付かなくて、と頭を深々と下げた教頭先生。
「しかし、物事には順番がだな…。まずはお前と深い仲になって、それから結婚を考えようかと」
「ちょ、ちょっと…! それは順番が逆だと思う…!」
先に結婚だと思う、と会長さんが叫びましたが。
「そうか、お前も賛成なのだな。…だったら、今夜は初めての夜といこうじゃないか」
訪ねて行くから待っていてくれ、と自信に溢れた教頭先生には何を言っても無駄でした。会長さんの拒絶は全て変換され、私たちの助け舟は座礁か沈没する有様。そんなこんなで…。
「…良かったねえ、ブルー! ついに今夜はハーレイと!」
初めての夜を迎えるわけだね、と歓喜のソルジャー。明日はソルジャー夫妻の結婚記念日、夕食は豪華な特別メニューになる筈です。その料理を全て会長さんと教頭先生に譲ると勢い込んでいて。
「結婚記念日は来年もまたあるからね! 今年は君たちを祝わないと!」
カップル成立! と拳を突き上げるソルジャー、キャプテンは放って来たのだそうで。
「こんな大切な夜に、ぼくの都合を優先するっていうのもねえ…」
君のためにも付き添いが必要になるだろうし、と満面の笑顔。
「なにしろ、こっちのハーレイは童貞らしいから…。ブルーの身体を守るためには、経験豊かな先達がサポートすべきなんだよ!」
ちゃんと隠れて指図するから心配無用、と言うソルジャー。
「この子たちと一緒にサイオン中継で見ながら指示を出すからね! ハーレイの意識の下にきちんと、次はどうするべきなのかを!」
「要らないから!」
それよりもアレを外してくれ、という会長さんの悲鳴は綺麗に無視され、教頭先生の補聴器は外されないまま。防水仕様で海にも入れた代物なだけに、まさに無敵の補聴器です。私たちはソルジャーに「君たちはこっち」と連れてゆかれて、会長さんの部屋の隣に押し込まれて…。
「はい、この画面をしっかりと見る! 劇的な瞬間を見届けないとね!」
「俺たちは全員、精神的には未成年だが!」
キース君の抵抗は「いいって、いいって」と取り合って貰えず、モザイクのサービスがあるのかどうかも分かりません。ブルブル震えて縮み上がっていたら…。
「待たせたな、ブルー」
画面の向こうに教頭先生、会長さんが枕を投げ付けましたが、全く動じず。
「恥じらう姿もいいものだ。…さあ、ブルー…」
「ぼくは絶対、嫌だってばーっ!」
会長さんはソルジャーにサイオンを封じられてしまって逃げられません。大暴れしたって、相手が教頭先生なだけに…。ん…?
「「「………」」」
教頭先生は会長さんの身体の上にのしかかったまま、意識を手放しておられました。這い出して来た会長さんのパジャマに鼻血の染みがベッタリ、これはもしかして…。
「…オーバーヒート…ですか?」
「そのようだな…」
補聴器のパワーが凄すぎたようだ、とキース君。会長さんが上げた悲鳴をどういう風に変換したかは謎ですけれども、嫌だと叫べば逆の方向に変換されるわけですし…。
「…しまった、加減を誤ったかも…」
ハーレイには刺激が強すぎたかも、とソルジャーが歯噛みしています。でもでも、刺激が強すぎるも何も、教頭先生は元からヘタレな鼻血体質ですよ…?
「…それもあったっけ…。妄想までは逞しくっても、その先が…」
悉く駄目というのがハーレイだった、とガックリしているソルジャーの背後に会長さんが音もなく忍び寄っていました。サイオンは未だに使えないのか、ハリセンで殴るみたいです。
(((………)))
暴力反対を唱える人は誰もおらず、それはいい音が響き渡って…。
「あの補聴器! 使えないんだから、もう外したまえ!」
「ちょっと待ってよ、今、改良の余地を考えてるから、もう少しだけ!」
「問答無用!!」
食らえ! と炸裂するハリセン。ソルジャーもシールドを忘れているのか、散々に殴られまくっています。今の間に、あの補聴器…。
「ええ、今だったら外せますよね?」
行きましょう! と補聴器騒動の発端になったシロエ君が駆け出し、私たちは補聴器を教頭先生の耳から奪い取りました。ソルジャーはまだハリセンでバンバンやられてますから、今の内。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンを使って壊して貰って、めでたし、めでたしな結末ですよ~!
補聴器の効果・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生とキャプテンの違いは、確かに補聴器。けれど、それだけでは何の意味も無し。
そこで工夫したソルジャーですけど、とんでもない効果が炸裂。無事に奪えて良かったです。
次回は 「第3月曜」 8月15日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、7月と言えば夏休み。マツカ君の山の別荘行きが楽しみで…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
今年も夏休みがやって来ました。初日に会長さんの家に集まり、予定を決めるのが毎年恒例。柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが済んだら、三日間のお疲れ休みを挟んでマツカ君の山の別荘です。その後はお盆を挟んで海の別荘、そういった所。
予定を決めた翌日から始まった合宿と修行、お留守番組のスウェナちゃんと私は会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」、フィシスさんと夏休みを満喫して…。
「かみお~ん♪ お帰りなさいーっ!」
合宿と修行、お疲れ様! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねている会長さんの家のリビング。一週間もの合宿や修行を終えた男の子たちが帰って来ました。
「うー…。今年も死んだー…」
もう駄目だ、と音を上げているジョミー君。修行の中身は子供向けでも、食事が精進料理というのが酷くこたえるらしいです。
「お前な…。今からそんな調子で、この先、どうする」
住職の資格を取る道場だと精進料理が三週間だぞ、とキース君が睨んでいますけど。
「だから、そっちは行かないってば…。坊主になってもロクなことが無いって知ってるし」
「なんだと!?」
「間違ってないと思うけど? …キース、今日だって卒塔婆書きだよね?」
お盆に向けて、とジョミー君の指摘。
「それはそうだが…。確かに今朝もノルマをこなして出て来たが…」
「ほらね、毎年、お盆の時期には卒塔婆、卒塔婆って言ってるし…。大変そうだし!」
春と秋にはお彼岸もあるし、十月になったらお十夜だって…、とズラズラと挙げたジョミー君。お寺の行事を把握しつつある辺り、既にお坊さんへの道が開けていませんか?
「それは無いって! ぼくは絶対、ならないから!」
「罰当たりめが! 銀青様の直弟子のくせに!」
この野郎、とキース君が怒鳴りましたが、会長さんが。
「まあまあ、今日はそのくらいでね? ジョミーも気が立っているんだよ」
「そだよ、お肉が食べられないのはキツイもん!」
だけど、おやつの時間に焼肉はちょっと…、とキッチンに走った「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お肉なおやつは存在しないと思ったんですけど、暫く待ったら熱々の小籠包がドッサリと。冷たいジャスミンティーも出て来ましたし、お肉抜きだったイライラはこれで解消ですね!
小籠包でお肉を補給したジョミー君に笑顔が戻って、午前中は時ならぬ中華点心パーティー。お昼御飯の焼肉はまた別腹とばかりに色々と食べて盛り上がっていたら。
「こんにちはーっ! こっちは今日も暑そうだねえ!」
フワリと翻った紫のマント。別の世界から押し掛けて来たお客様です。
「…君が来た途端に、一気に暑くなった気がするけれど?」
会長さんの嫌味も気にせず、空いていたソファにストンと座ってしまったソルジャー。ちゃっかり着替えた私服は会長さんの家に置いてあるソルジャーの私物。
「暑いんだったら、クーラーをもっと強くするのがいいと思うよ」
でなきゃサイオンでシールドだね、とソルジャーは素早く取り皿を確保。あれこれと食べて楽しめるように、小皿が積み上げてあったんです。お箸は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が取りに走って、これでソルジャーも仲間入りで。
「うん、美味しい! 暑い季節でも、蒸し立ての餃子とかは美味しいものだね」
「んーとね、中華の国では夏もお料理は熱いものなの! 冷たい食べ物は身体に悪いの!」
本当だよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「だからね、あの国で一番暑い場所だと、夏のお料理はお鍋だから!」
「「「鍋!?」」」
鍋というのはあの鍋ですかね、冬に美味しい土鍋とかでグツグツ煮えてるお鍋…?
「うんっ! 火鍋ってあるでしょ、真ん中で仕切って辛いスープが二種類入っているお鍋!」
「…あの辛いヤツ? 赤い方が辛いように見えるけど、白い方がもっと辛いアレのこと?」
激辛だけど、とジョミー君が確認すると。
「そうだけど…? 火鍋は夏に食べるものなの、本場では!」
熱くて辛い火鍋を食べて汗をダラダラ、それが身体にいいそうですけど…。
「…それはぼくでもキツイかも…。なんだかアルタミラを思い出すよ」
ソルジャーの口から出て来た言葉は人体実験時代を指すもの。火鍋と人体実験は同列ですか?
「他の季節はともかく、夏はね! 身体の限界を試されてるって感じがするよ」
夏に食べるならこの程度、と変わり餃子や焼売なんかをパクパクと。ソルジャーの世界より、こっちの世界が断然暑いと思うんですけど…。いったい何をしに来たのでしょう、中華点心が美味しそうだったっていうだけなのかな?
中華点心パーティーの次は焼肉パーティー。ダイニングへとゾロゾロ移動で、ホットプレートや山盛りのお肉、野菜なんかもドッサリと。さあ始めるぞ、と着席したら…。
「はい、みんな揃ったし、注目、注目ーっ!」
いきなりソルジャーが手を挙げました。揃うも何も、さっきから揃っていましたけれど?
「揃ってたけど、ぼくは途中からの参加だったしね! やっぱり場所を改めないと!」
「「「は?」」」
「食事しながら会議というのも、こっちの世界じゃ多いと聞くし…。これから会議!」
「「「会議?」」」
ソルジャー夫妻や「ぶるぅ」も一緒の海の別荘行きの日程はとうに決まっています。夏休みの間にソルジャー絡みで会議をしなくちゃいけない理由は、何処にも無いと思いますが…?
「会議の議題はぼくじゃないんだよ、ぼくの永遠のテーマというヤツ!」
ゆっくり食べながら話をしよう、とソルジャーは肉を焼き始めつつ。
「…こっちのハーレイとブルーの仲はさ、今も険悪なままだからねえ…」
「失礼な! 至って良好な関係を保ってるってば、ぼくにしてみれば!」
ハーレイが間違っているだけだ、と会長さん。けれどソルジャーは取り合わずに。
「それは良好とは言わないよ。君とハーレイとが立派にカップルになってこそだよ!」
「ぼくには、そっちの趣味は無いから!」
「…そこなんだよねえ、いったい何処が違うんだと思う? …こっちのハーレイ」
「「「へ?」」」
何を訊かれたのか、まるで分かりませんでした。違うって…何が?
「こっちのハーレイと、ぼくのハーレイとの違いだよ! ぼくが思うに、それが鍵だよ!」
ぼくのハーレイにはあって、こっちのハーレイには無い何かがあるに違いない、というのがソルジャーの見解。
「誰が見たって一目瞭然、そういう違いがきっと何処かに…」
「…職業じゃないか?」
本物のキャプテンかどうかの違いが大きいのでは、とキース君が言いましたけれど、教頭先生だってシャングリラ号に乗ったらキャプテンです。シャングリラ号だって動かせますから、本物じゃないとは言い切れない気が…。
焼肉をやりつつ、ああだこうだと挙げられた違い。思い付くままに無責任なのが飛び出す傾向、下着が紅白縞かどうかという説までが出て来ましたが…。
「そうだ、補聴器じゃないですか?」
あれが決定的な違いなんじゃあ…、とシロエ君。
「「「補聴器?」」」
「ええ、補聴器をつけてらっしゃる筈ですよ? 向こうの世界においでの時は」
たまに補聴器のままで呼ばれてることもありますよね、というシロエ君の意見に目から鱗がポロリンと。キャプテン、そういえば補聴器をつけてましたっけ…。
「ああ、補聴器! ぼくも着けたままで来ちゃったけれども、外しちゃったねえ!」
こっちじゃ不自由しないから、と頷くソルジャー。
「ぼくの世界だと、シャングリラの中はミュウしかいなくて思念だらけで、補聴器無しだと困るんだよ。要らないものまで聞こえちゃってね」
だけど、こっちの世界はそういう雑音が少ないから…、とソルジャーは耳を指差して。
「雑音無しなら、ぼくもハーレイも聴力をサイオンで補えるんだよ! 補聴器が無くても!」
そういう意味でも素敵な世界だ、と言うソルジャーにシロエ君が。
「ですから、補聴器が大きな違いというヤツじゃないかと…。教頭先生がシャングリラ号に乗り込む時にも、あの補聴器は無いですよ?」
「してねえなあ…。ブルーは補聴器、着けるのによ」
ソルジャーの服を着ている時は、とサム君が賛成しましたけれど。
「あのねえ…。ぼくのは補聴器ってわけではないから! 単なる記憶装置だから!」
あれで聴力を補ってはいない、と会長さん。
「ブルーから貰ったシャングリラ号の設計図とかとセットものだよ、あれだって!」
「…ぼくの補聴器も記憶装置って面はあるしね」
なかなか便利な道具だけれど…、とソルジャーは顎に手を当てて。
「でも、ハーレイのは純粋に補聴器っていうだけだからさ…。やっぱり違いはそれなのかな?」
「ぼくはそうだと思いますけど…」
ビジュアルなのか、単なるプラスアルファなのかは分かりませんが、とシロエ君。
「決定的な違いを一つ挙げろと言うんだったら、補聴器ですね」
他の説はどれも弱いです、とキッパリと。確かにどれも弱すぎですけど、補聴器なんかが決定打ってことはあるんでしょうか…?
教頭先生とキャプテンの違いは補聴器の有無。改めて言われてみれば頷けるものの、補聴器をしているかどうかで会長さんが惚れたり、惚れなかったりするとは思えない気が…。
「うん、ぼく自身がそう断言出来るね!」
ハーレイのビジュアルがどう変わろうが、ぼくの心は変わらない! と会長さん。
「剃髪して仏の道に入って、二度と俗世に出て来ないのなら、評価もするけど!」
「邪魔者は消えろという意味かい?」
酷すぎないかい、とソルジャーが言っても、「別に?」と会長さんは涼しい顔。
「三百年以上も一方的に惚れられてるとね、ぼくの前から消えてくれた方が評価できるね!」
特に暑苦しい夏なんかは…、とピッシャリと。
「ハーレイの顔を見なくて済むなら、その選択をしてくれたハーレイに感謝だよ!」
「あのねえ…。君は、ぼくが会議を始めた理由が分かってるのかい?」
「ハーレイ同士で何処が違うかっていう話だろ?」
そして答えは出たじゃないか、と会長さんが焼肉をタレに浸けながら。
「要は補聴器、それをハーレイが着けていようが、着けていまいが、ぼくは無関係!」
どっちにしたって惚れやしない、と頬張る焼肉。
「だからハーレイが補聴器を着けて来たって、鼻で笑うね!」
そんなものでモテる気になったのかと馬鹿にするだけ、と次の肉をホットプレートへ。焼けるのを待つ間は野菜とばかりに、タマネギとかを取ってますけど…。
「うーん…。ビジュアル面では補聴器をしたって効果はゼロ、と」
何の進歩も見られないのか、と難しい顔をするソルジャー。
「…使えそうだと思ったんだけどな、補聴器が違いだと言うのなら!」
「無理がありすぎだと俺は思うが?」
補聴器を着ければブルーが惚れると言うんだったら、とうにキャプテンにときめいている、とキース君がキッパリと。
「同じ顔だし、見た目も全く同じだし…。補聴器を着けている時に会ったらイチコロの筈だ」
「それもそうだね…。でもさ、補聴器は使えそうなのに…」
ソルジャーは補聴器に未練たらたら、キース君は呆れたように。
「補聴器は所詮は補聴器だろうが、それ以上の機能は無いんだからな」
聞き耳頭巾じゃあるまいし、と引き合いに出された昔話。そういう話がありましたっけね、被ると動物が喋っている言葉が分かるっていう頭巾でしたっけ…。
私たちにとっては馴染みの昔話が聞き耳頭巾。けれど、別の世界から来たソルジャーには理解不能なものだったらしく。
「なんだい、聞き耳頭巾って?」
それは補聴器の一種なのかい、と斜め上すぎるソルジャーの解釈。まあ、間違ってはいないんですかね、動物の声に関する聴力がアップするという意味では…。
「そうか、あんたは知らんのか…。詳しい話は、ぶるぅに絵本でも借りて読むんだな」
俺たちの国では有名な昔話で…、とキース君。
「そういう名前の頭巾があってな、それを被ると動物が喋る言葉が分かるというわけだ」
「へえ…。布巾を頭に被るのかい?」
なんだか間抜けなビジュアルだねえ…、と赤い瞳を丸くしているソルジャー。頭巾という言葉自体が馴染みが無かったみたいです。キース君は「頭巾だ、頭巾!」と自分の頭に手をやって。
「帽子の一種と言うべきか…。似たような形の被り物なら坊主も被るぞ」
「なるほどね…。ビジュアルは間抜けなわけじゃないんだ」
「当然だろう!」
笑い話じゃないんだからな、とキース君はフウと溜息を。
「動物の言葉が聞こえるようになったお蔭で、最後は御褒美を貰うという話なんだ!」
「御褒美ねえ…。聞こえない筈の言葉が聞こえたお蔭で?」
「そうなるな。動物たちだけが知っている世界の事情が聞こえたお蔭なんだし」
人間の言葉しか分からないのでは知りようもないことが分かったわけだ、とキース君。
「そんな具合に、凄い機能があると言うなら補聴器の出番もあるんだろうが…」
「ただの補聴器では無駄ですよね」
やたらうるさいだけですよ、とシロエ君も。
「ぼくが見付けた違いですけど、違うっていうだけですね。…補聴器に効果はありませんよ」
モテるアイテムとしての効果は…、と言い出しっぺのシロエ君にまで否定されてしまった補聴器の効果。教頭先生が補聴器を着けても、会長さんが惚れる筈なんかが無いんですから。
「うーん…。やっぱり駄目なのかなあ…」
絶対に補聴器だと思うんだけど、とソルジャーはまだブツブツと。
「…イチかバチかで着けさせようかな、この夏休み…」
「労力の無駄だと思うけど?」
それでもいいなら好きにしたまえ、と会長さん。私たちもそう思いますです、補聴器なんかは耳が聞こえる教頭先生には暑苦しいだけのアイテムですよ!
こうして焼肉パーティーは終わり、ソルジャーは帰って行きました。翌日からはキース君がお盆に備えて卒塔婆書きを続け、三日後にはマツカ君の山の別荘へと出発です。爽やかな高原で馬に乗ったり、湖でボート遊びをしたりと大満足の別荘での日々。快適に過ごして戻って来て…。
「くっそお…。アルテメシアはやっぱり暑いな」
昨日までが天国だっただけだな、とキース君の愚痴。例によって会長さんの家のリビングです。
「仕方ないですよ、此処とは気候が違いますから」
あっちは山です、とマツカ君。
「流石に高原の涼しさまでは持って帰れませんしね、諦めるしかないですよ」
「それは分かるんだが…。充分、分かっちゃいるんだが!」
しかし朝から暑すぎなんだ、と呻くキース君は早朝から卒塔婆を書いて来たとか。夜明け前から書いていたのに、既に蒸し暑かったのだそうで。
「…まだ続くかと思うとウンザリするな…。暑さも、それに卒塔婆書きもだ!」
「大変だねえ…。毎日、毎日、お疲れ様」
ぼくの世界には無い行事だけれど、と降って湧いたのがソルジャーです。またしてもおやつ目当てでしょうか、マンゴーのアイスチーズケーキですけれど…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
はい、どうぞ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと差し出すアイスケーキのお皿。ソルジャーは当然のようにソファに座って、アイスケーキを平らげて…。
「どうかな、これ?」
「「「???」」」
ジャジャーン! と効果音つきでソルジャーが取り出したものは補聴器でした。キャプテンがたまに着けてるヤツです。
「えーっと…。これは補聴器かい?」
君のハーレイの、と会長さんが尋ねると。
「違うよ、こっちのハーレイ用だよ! 中古じゃないから!」
ちゃんと一から作らせたのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「この前、シロエが言っていたしね、ぼくのハーレイとこっちのハーレイの違いはコレだと!」
「あのねえ…」
ぼくは補聴器の有無で惚れはしないと結論が出てた筈だけど、と会長さん。ソルジャーも暑さでボケてますかね、こっちの世界は暑いですしね…?
教頭先生がキャプテンと同じ補聴器を着けても、会長さんが惚れる可能性はゼロ。だから無駄だと会長さんがキッパリ言っていたのに、ソルジャーは作って来たようです。ソルジャーが自分で作ったわけではないでしょうけど。
「ああ、それは…。ぼくにはこういう細かい作業は向いてないしね!」
専門の部門で作らせたから、という返事。また時間外に働いて貰って、記憶を消去で、御礼はソルジャーの視察っていう酷いコースですね?
「そのコースは酷くないんだってば、ソルジャー直々の労いの言葉は価値が高いんだよ!」
士気だってグンと高まるんだから、と相変わらずソルジャーの立場を悪用している模様。でも、補聴器は作るだけ無駄なアイテムですから、作らされた人は気の毒としか…。
「それが無駄でもないんだな! この補聴器は特別だから!」
「…記憶装置になってるとか?」
会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「もっと素晴らしい補聴器だよ! ハーレイが着ければ分かるって!」
何処にいるかな、と教頭先生の家の方へと視線をやって。
「よし、今はリビングでのんびりしてる、と…。ちょっと呼ぶから!」
「「「え?」」」
呼ぶって教頭先生を…、と思った途端に青いサイオンがパアッと溢れて、リビングに教頭先生が。
「な、なんだ!?」
どうしたのだ、と慌てる教頭先生ですけれど。
「ごめん、用事があったものだから…。君にプレゼントをしたくって」
「プレゼント…ですか?」
ソルジャーに気付いて敬語に切り替えた教頭先生。ソルジャーは補聴器を差し出して。
「これがなんだか分かるかな?」
「…あなたの世界のキャプテン用の補聴器ですね?」
「ピンポーン! このタイプのヤツはハーレイ専用、他の仲間は使っていないってね!」
ちょっと着けてみてくれるかな、とソルジャーは言ったのですけれど。
「…お気持ちは大変有難いのですが…。生憎と私は、耳は達者な方でして…」
補聴器などを着けたら却って聴力が落ちてしまいそうです、と教頭先生は真面目に答えました。言われてみれば、その心配があるような…。イヤホンだとかヘッドホンだと、大音量で聴き続けていたら聴力がアウトでしたっけね…?
教頭先生が装着しても無駄などころか、聴力が低下しそうな補聴器。なんて使えないアイテムなんだ、と誰もが思ったんですけれども、ソルジャーは。
「聴力の方なら、何も心配は要らないってね! 君の聴力に合わせてあるから!」
補聴器で耳が覆われて聞こえにくくなるのを補う程度、と自信満々。
「ぼくの世界の技術者の腕を信用したまえ、そこは完璧!」
「ですが…。どうして私に補聴器なのです?」
そこまでして下さる意味が分かりませんが、と教頭先生の疑問は尤もなもの。
「それなんだけどね…。ぼくのハーレイと君との大きな違いは補聴器の有無だとシロエがね!」
「言いましたけど、補聴器があればモテるとまでは言ってませんよ!」
「モテる…?」
補聴器でですか、とキョトンとしている教頭先生。
「私がこれを着けたくらいで、ブルーが惚れてくれますか…?」
「物は試しと言うからね! 着けたくらいで減りはしないし、試してみてよ」
せっかく作って来たんだから、とソルジャーが促し、教頭先生は会長さんの冷たい視線を気にしてはいても、補聴器の方も捨て難いらしく。
「…では、失礼して…」
試させて頂きます、と右の耳に着けて、左耳にも。顔だけを見たら立派にキャプテンですけど、あの制服の代わりにラフな夏用の半袖シャツにジーンズでは…。
「…どうだろうか?」
これは似合うか、と尋ねられても、正直な所を答えるより他は無いでしょう。
「…失礼だとは百も承知ですが…。今日のような服だと…」
あまり似合っておられないような、とキース君が言えば、シロエ君も。
「そうですね…。背広とかなら、なんとかなるかもしれませんけど…」
「柔道着にも似合いませんね…」
多分、と控えめに述べるマツカ君。私たちも口々に「似合わない」と言って、会長さんが。
「ハッキリ言うけど、もう最悪にセンス悪いから!」
「そうか、そう言ってくれるのか…!」
何故だかパアアッと輝きに満ちた表情になった教頭先生。センス最悪って言われて嬉しい気分になるものでしょうか。それとも会長さんからも「これは駄目だ」と言って貰えて、ソルジャーからの無駄な贈り物を突き返せそうな所がポイントとっても高いんですかね…?
誰の目で見てもお洒落ではない、補聴器を着けた教頭先生。キャプテンの場合は「お洒落じゃない」とは思いませんから、あの制服が大きいのかもしれません。会長さんでなくてもセンス最悪としか言えない姿は、褒めようが全く無いんですけど…。
「まさかブルーが褒めてくれるとは…。着けてみるものだな、補聴器も」
教頭先生の口から出て来た言葉は、まるで逆さになっていました。センス最悪は褒め言葉ではないと思うんですけど、あの補聴器、聞こえにくいんですか…?
「どう聞いたら、そうなるんだい? ぼくは最悪だと言ったんだけどね?」
「有難い…! ここまで褒めて貰えるとは…!」
なんと素晴らしい贈り物だろう、と教頭先生は感激の面持ち。
「いいのでしょうか、これを私が貰っても…? 製作にかかった分の費用はお支払いしますが」
こちらの世界のお金でよろしければ…、とズボンのお尻に手をやってから。
「す、すみません、財布は家でした! また改めてお支払いさせて頂きますので…!」
どうやら財布を持っておいでじゃなかったようです。外出の時はズボンのポケットに突っ込む習慣があるのでしょう。ソルジャーは「いいよ」と手を振って。
「ぼくの世界で作ったヤツだし、そんなに高くもないものだしね。それに、プレゼントだと言っただろう? お金を貰っちゃ、本末転倒!」
プレゼントの意味が無くなっちゃうよ、と気前のいい話。
「その補聴器はタダで持って行ってよ、ぼくのハーレイには使えないしね」
聴力を補助する機能が無いのに等しいから…、と言うソルジャー。
「君専用だよ、モテるためには欠かせないってね!」
「そのようです。…まさか補聴器を着けたくらいで私の世界が変わるとは…!」
今でも信じられない気持ちがします、と教頭先生は大喜びで。
「これは有難く頂戴させて頂きます。…そして、シロエのアイデアでしたか?」
「そうだよ、シロエが気付いたんだよ。ぼくのハーレイと君との違いは補聴器だとね」
シロエにも御礼を言いたまえ、と促された教頭先生はシロエ君の方に向き直って。
「感謝する、シロエ…! この件の御礼に、家に菓子でも送っておこう」
好物はブラウニーで良かっただろうか、と尋ねられたシロエ君は「そうですねえ…」と。
「ブラウニーも好きなんですけど、今の季節はアイスクリームもいいですね」
「分かった、アイスクリームだな?」
何処のアイスが好みだろうか、という質問にシロエ君が調子に乗って高級店のを挙げてますけど、教頭先生、ちゃんと復唱してますねえ…?
シロエ君の注文、べらぼうにお高いお店のアイスクリームの詰め合わせセット。それを買うべく、教頭先生はいそいそと帰ってゆかれました。ソルジャーに瞬間移動で家まで送って貰って、それから車でお出掛けです。「補聴器は外では外すんだよ?」と念を押されて。
「えーっと…。ぼく、儲かったみたいですね?」
あそこのアイスをセットで買って貰えるなんて、と棚から牡丹餅なシロエ君。お使い物で貰うことはあっても、なかなか買っては貰えないとか。それはそうでしょう、高いんですから。
「お前、上手いことやったよなあ…。つか、教頭先生、ちゃんと聞こえてたよな?」
店の名前もアイスの種類も、とサム君が首を捻っています。
「うん、聞こえてたよね…」
聞き間違えてはいなかったよ、とジョミー君も。
「だけど、ブルーが言ってた台詞は、自分に都合よく聞き間違えていたような…」
「俺もそう思う。まるで逆様としか言えない感じで、意味を取り違えてらっしゃったような…」
補聴器のせいで聞こえにくいのなら、シロエの注文も同じ方向へ行く筈なんだが、とキース君。
「アイスクリームは聞こえたとしても、その辺で売ってる安いヤツとかな」
「…そう言われれば…。割引セールのアイスでもいいわけですよね、アイスでさえあれば」
聞き間違えの件を忘れてました、とシロエ君。
「ぼくにお菓子を下さると言うので、ついつい調子に乗りましたけど…。あの補聴器、まさか、会長の言葉だけが聞こえにくい仕様じゃないでしょうね?」
それなら辻褄が合いますが…、というシロエ君の疑問に、ソルジャーが。
「惜しい! いい所まで行っているんだけどねえ、シロエの推理」
「は?」
会長限定というのが合ってますか、とシロエ君が訊き返すと。
「そうなんだよ! あの補聴器は、実は聞き耳頭巾で!」
「「「聞き耳頭巾?」」」
動物の言葉が聞こえるというアレのことですかね、でも、会長さんは動物じゃなくて人間で…。
「この上もなく人間だねえ…! 要は聞き耳頭巾の応用なんだよ!」
サイオンで細工してみましたー! とソルジャーは威張り返りました。
「あの補聴器を着けてる限りは、ブルーの言葉は悉く愛が溢れた言葉に聞こえるんだよ!」
センス最悪と言い放たれれば、センス最高と聞こえたりね、と得意満面のソルジャーですけど。つまり、さっきの教頭先生、会長さんに褒めて貰ったと本気で信じていたんですね…?
キャプテンと教頭先生の大きな違いは補聴器の有無。けれど教頭先生が補聴器を着けた所でモテるわけがない、という話のついでにキース君が持ち出したのが聞き耳頭巾。それを覚えて帰ったソルジャー、補聴器に応用したようです。それこそ自分に都合よく。
「なんていうことをするのさ、君は!」
物凄く迷惑なんだけど、と会長さんが怒鳴ると、ソルジャーは。
「…その台詞。ハーレイが此処で聞いてた場合は、こう聞こえると思うんだよねえ…。なんて素敵なアイデアだろうと、ぼくに向かって御礼の言葉で、とても嬉しいと!」
「なんでそういう方向に!」
「なんでって…。それはやっぱり、ハーレイと仲良くして欲しいからね!」
これを機会に親密な仲を目指して欲しい、とソルジャー、ニコニコ。
「お盆が済んだら、海の別荘行きが待っているしね…。この夏休みで君たちの仲がググンと前進、そうなることが目標なんだよ!」
ぼくの夏休みの目標で課題、とソルジャーの視線がキース君に。
「キースの場合は卒塔婆書きが夏の目標だしねえ、お互い、目標を高く掲げて頑張ろう!」
「縁起でもないことを言わないでくれ!」
卒塔婆書きはもう沢山だ、と頭を抱えるキース君。
「目標を高く掲げたいなどと言える余裕は俺には無いんだ、ノルマだけで正直、精一杯だ!」
今日も帰ったら卒塔婆が俺を待っているんだ、とブルブルと。
「あんたが口走った今の言葉で、数が増えたらどうしてくれる! 言霊は侮れないんだぞ!」
「そう、言霊は侮れないよ! だからこそ聞き耳頭巾が大切!」
こっちのハーレイの耳にはブルーの愛が溢れた言葉しか届かないわけで…、とソルジャーは自信に溢れていました。
「ブルーがどんなに悪く言おうが、ハーレイの心は浮き立つ一方! そして気持ちもグングン上昇してゆくわけだね、ウナギ昇りに!」
「「「ウナギ昇り?」」」
「そう! 自分はこんなに愛されている、とハーレイが自覚するのが大事!」
愛されているという自信があったら、人間は強くなれるものだし、とソルジャーは得意の絶頂で。
「あの補聴器を着けてる限りは、ハーレイは無敵! ブルーとの愛に関しては!」
そういう気持ちの高まりがあれば、愛は後からついてくる! と言ってますけど、聞き間違えをする補聴器を着けた教頭先生の方はともかく、会長さんは正気なんですけどね…?
会長さんが何を言おうが、愛に溢れた言葉に聞こえるらしい聞き耳頭巾な仕組みの補聴器。大人しくしている会長さんではない筈だ、と思いましたけど…。
「…あれ? なんで?」
ぼくのサイオンが届かない、と焦った様子の会長さん。
「ぶるぅ、代わってくれるかな? ハーレイの家から、あの補聴器を…」
「分かった、こっちに運ぶんだね!」
鏡の前に置いてあるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が引き受けたものの。
「…あれっ、サイオン、どうなっちゃったの? えーっと、んーっと…」
届かないーっ! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。補聴器を運べないようです。ソルジャーがクッと喉を鳴らして。
「ぶるぅにも無理だし、キースたちが空き巣に行っても無駄だね!」
あれはぼくからのプレゼント! と勝ち誇った声。
「勝手に奪って処分されたら困るんだよ! 聞き耳頭巾なサイオンの細工を仕掛けたついでに、ハーレイの持ち物としてキッチリ関連づけといたから!」
ハーレイ以外の手で取り外しは出来ない仕組みで、もちろん盗んで処分も出来ない、とソルジャーは補聴器にサイオンを使って良からぬ工夫をした模様。教頭先生が自分の意志でアレを装着して現れた時は、会長さんの言葉は端から甘い言葉に変換されて…。
「その通り! 嫌いだと言おうが、来るなと言おうが、ブルーの言葉は全部ハーレイの耳に都合よく届くってね! 愛してるよとか、こっちへ来てとか!」
「「「うわー…」」」
なんという迷惑なモノを作ってくれたんだ、と誰もが顔面蒼白ですけど、ソルジャーはそうは思っていなくて。
「なんでそういう風になるかな、愛は人生の彩りだよ? 素敵なパートナーと暮らしてなんぼで、愛されてなんぼ!」
この夏休みで仲を深めて、早ければ秋にも結婚式を! とソルジャーの思い込みは激しく、もう止めようがありません。こんな調子で教頭先生の耳にも、会長さんの言葉が変換されて届くのでしょう。補聴器を着ければモテると勘違いなさっているわけですし…。
「…教頭先生、ブルーに会う時は、アレ、着けるよね?」
ジョミー君の声が震えて、スウェナちゃんが。
「着けないわけがないじゃない…。モテるアイテムだと思ってらっしゃるんだもの…」
海の別荘にも持っておいでになるのよ、きっと…、と恐ろしい読み。海の別荘、怖すぎです~!
実に嬉しくない、ソルジャーから教頭先生へのプレゼント。聞き耳頭巾な補聴器を貰った教頭先生はシロエ君の家に高級アイスクリームの詰め合わせセットを送って、その足で花束を買いにお出掛けに。真紅の薔薇が五十本というそれを抱えて、もちろん補聴器持参で…。
「ぼくは受け取らないってば!」
会長さんが突き返しても、「そう照れるな」と。
「高すぎたのでは、と心配してくれる気持ちは分かる。しかし、これも男の甲斐性だからな」
惚れた相手には貢がなければ、と真紅の花束を会長さんに押し付け、「また来る」と。
「来なくていいっ!」
「おお、楽しみにしてくれるのか…! では、明日も花束持参で来よう」
それに菓子もな、という言葉で、会長さんがキッと睨み付けて。
「お菓子だったら、シロエたちの分も! 全員分で、でもって、ぼくが欲しいお菓子は…」
ここぞとばかりにズラズラと並べ立てられたお菓子、全部が超のつく高級品。教頭先生は「お安い御用だが、一日に全部食ったら腹を壊すからな」と片目を瞑って。
「よし、明日から差し入れに来るとしよう。一日に二回、午前と午後にな」
明日はコレとコレを買って来るから、と会長さんに約束、「そるじゃぁ・ぶるぅ」には。
「というわけでな、ぶるぅ、暫くお菓子作りは休みでいいぞ」
たまにはお前ものんびりしろ、と小さな頭を撫で撫で撫で。
「夏休みの間は、私が色々届けてやるから」
「ありがとう! でもでも、ぼくもお菓子は作りたいから…。ハーレイ、お土産に持って帰ってくれるかなあ? 甘くないのを作っておくから!」
「そうなのか? それなら、有難く頂くとしよう。…明日から、お前の手作り菓子だな」
では、と颯爽と立ち去る教頭先生は自信に満ちておられました。会長さんの言葉が誤変換されるというだけで勇気百倍、やる気万倍。この調子でいけば、海の別荘へ出掛ける頃には…。
「…教頭先生、一方的に両想いだと思い込んでしまわれる気がするんですけど…」
そうとしか思えないんですけど、とシロエ君が青ざめ、サム君が。
「それしかねえよな、どう考えても…」
「ほらね、補聴器は最高なんだよ! シロエのアイデアに大感謝だよ!」
秋にはブルーの結婚式だ、と浮かれるソルジャー。この人が旗を振っている限り、あの補聴器は教頭先生に自信を与え続けるのでしょう。海の別荘行きが無事に済む気が、ホントに全くしないんですけど~!
キース君が卒塔婆書きと戦う間も、教頭先生の勘違いライフは続きました。毎日、午前と午後に差し入れ、とてつもなく高いお菓子がドッサリ。会長さんには大きな花束。私たちは「何か間違っているんです」と伝えようと努力はしたのですけれど…。
「…これが本当の無駄骨だな…」
俺たちが何を言っても、ブルーの言葉で振り出しに戻る、と溜息をつくキース君。教頭先生は必ず会長さんに「そうなのか?」と確認するものですから、それに対する会長さんの返事が変換されてしまうのです。教頭先生の耳に都合がいいように。
愛の誤解は深まる一方、そうこうする内にキース君とサム君、ジョミー君が棚経に走るお盆到来。お盆が終われば、恐れ続けた恐怖の海の別荘で…。
「かみお~ん♪ やっぱり海はいいよね!」
「今年もぶるぅと遊べるもんね!」
キャイキャイとはしゃぐ「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、そっくりさんの「ぶるぅ」。早速繰り出したプライベートビーチでは、ソルジャーとキャプテンがバカップル全開でイチャついています。
「…まただよ、あそこの二人はさ!」
結婚記念日合わせだからって迷惑な、と会長さんが吐き捨てるように言った途端に。
「すまん、あの二人が羨ましかったのだな…。申し訳ない」
気が付かなくて、と頭を深々と下げた教頭先生。
「しかし、物事には順番がだな…。まずはお前と深い仲になって、それから結婚を考えようかと」
「ちょ、ちょっと…! それは順番が逆だと思う…!」
先に結婚だと思う、と会長さんが叫びましたが。
「そうか、お前も賛成なのだな。…だったら、今夜は初めての夜といこうじゃないか」
訪ねて行くから待っていてくれ、と自信に溢れた教頭先生には何を言っても無駄でした。会長さんの拒絶は全て変換され、私たちの助け舟は座礁か沈没する有様。そんなこんなで…。
「…良かったねえ、ブルー! ついに今夜はハーレイと!」
初めての夜を迎えるわけだね、と歓喜のソルジャー。明日はソルジャー夫妻の結婚記念日、夕食は豪華な特別メニューになる筈です。その料理を全て会長さんと教頭先生に譲ると勢い込んでいて。
「結婚記念日は来年もまたあるからね! 今年は君たちを祝わないと!」
カップル成立! と拳を突き上げるソルジャー、キャプテンは放って来たのだそうで。
「こんな大切な夜に、ぼくの都合を優先するっていうのもねえ…」
君のためにも付き添いが必要になるだろうし、と満面の笑顔。
「なにしろ、こっちのハーレイは童貞らしいから…。ブルーの身体を守るためには、経験豊かな先達がサポートすべきなんだよ!」
ちゃんと隠れて指図するから心配無用、と言うソルジャー。
「この子たちと一緒にサイオン中継で見ながら指示を出すからね! ハーレイの意識の下にきちんと、次はどうするべきなのかを!」
「要らないから!」
それよりもアレを外してくれ、という会長さんの悲鳴は綺麗に無視され、教頭先生の補聴器は外されないまま。防水仕様で海にも入れた代物なだけに、まさに無敵の補聴器です。私たちはソルジャーに「君たちはこっち」と連れてゆかれて、会長さんの部屋の隣に押し込まれて…。
「はい、この画面をしっかりと見る! 劇的な瞬間を見届けないとね!」
「俺たちは全員、精神的には未成年だが!」
キース君の抵抗は「いいって、いいって」と取り合って貰えず、モザイクのサービスがあるのかどうかも分かりません。ブルブル震えて縮み上がっていたら…。
「待たせたな、ブルー」
画面の向こうに教頭先生、会長さんが枕を投げ付けましたが、全く動じず。
「恥じらう姿もいいものだ。…さあ、ブルー…」
「ぼくは絶対、嫌だってばーっ!」
会長さんはソルジャーにサイオンを封じられてしまって逃げられません。大暴れしたって、相手が教頭先生なだけに…。ん…?
「「「………」」」
教頭先生は会長さんの身体の上にのしかかったまま、意識を手放しておられました。這い出して来た会長さんのパジャマに鼻血の染みがベッタリ、これはもしかして…。
「…オーバーヒート…ですか?」
「そのようだな…」
補聴器のパワーが凄すぎたようだ、とキース君。会長さんが上げた悲鳴をどういう風に変換したかは謎ですけれども、嫌だと叫べば逆の方向に変換されるわけですし…。
「…しまった、加減を誤ったかも…」
ハーレイには刺激が強すぎたかも、とソルジャーが歯噛みしています。でもでも、刺激が強すぎるも何も、教頭先生は元からヘタレな鼻血体質ですよ…?
「…それもあったっけ…。妄想までは逞しくっても、その先が…」
悉く駄目というのがハーレイだった、とガックリしているソルジャーの背後に会長さんが音もなく忍び寄っていました。サイオンは未だに使えないのか、ハリセンで殴るみたいです。
(((………)))
暴力反対を唱える人は誰もおらず、それはいい音が響き渡って…。
「あの補聴器! 使えないんだから、もう外したまえ!」
「ちょっと待ってよ、今、改良の余地を考えてるから、もう少しだけ!」
「問答無用!!」
食らえ! と炸裂するハリセン。ソルジャーもシールドを忘れているのか、散々に殴られまくっています。今の間に、あの補聴器…。
「ええ、今だったら外せますよね?」
行きましょう! と補聴器騒動の発端になったシロエ君が駆け出し、私たちは補聴器を教頭先生の耳から奪い取りました。ソルジャーはまだハリセンでバンバンやられてますから、今の内。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンを使って壊して貰って、めでたし、めでたしな結末ですよ~!
補聴器の効果・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生とキャプテンの違いは、確かに補聴器。けれど、それだけでは何の意味も無し。
そこで工夫したソルジャーですけど、とんでもない効果が炸裂。無事に奪えて良かったです。
次回は 「第3月曜」 8月15日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、7月と言えば夏休み。マツカ君の山の別荘行きが楽しみで…。
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