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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

飛べない羽衣

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園に入学式の季節がやって来ました。会長さんは今年も首尾よく1年A組の仲間入りを果たし、クラブ見学などの行事も終わって授業開始。それから間もない週末、私たち七人グループは会長さんのマンションにお邪魔していました。
「かみお~ん♪ ゆっくりしていってね!」
お昼御飯はお茶尽くしだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。お茶尽くしって和食かな、と思ったのですけど、さにあらず。なんとフレンチにお茶だそうで。
「ブルーと何回か食べに行ったの! 美味しいんだよ♪」
楽しみにしててね、と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に、キース君が。
「…その茶というのは意味があるのか?」
「えっ? お茶は身体にいいんだよ?」
「そうじゃなくて、だ。今度、俺たちが行こうとしている御忌には献茶もあるわけで…」
それに引っ掛けたんじゃないだろうな、とキース君。しかし「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキョトンとするばかりで、私たちだって『?』マーク。献茶って…なに?
「神様や仏様の前でね、お茶を点ててお供えするんだけれど?」
会長さんが教えてくれました。
「もちろん普通の人が点てるんじゃないよ。お茶のお家元がやるものさ。その辺もあって、お坊さんの修行の中には茶道も含まれてくるわけで…。ジョミーもそろそろ覚えたら?」
「嫌だってば! ぼくは絶対やらないからね!」
御忌も行かない、とジョミー君は脹れっ面。御忌は璃慕恩院の年中行事の中でも最大の法要で、宗祖様の法事のようなものだそうです。四月の下旬に一週間に渡って行われ、一般の人も参列可能。本職のお坊さんも全国からやって来る一大イベントなのだとか。
「…いずれはジョミーも行く日が来ると思うんだけどねえ…。専修コースに入学すれば御忌のお手伝いは必須だしさ。今の間から慣れておくとか」
「絶対、嫌だ! ブルーだって長いこと行ってないって言ってたくせに!」
「それは君たちがシャングリラ号に行きたがるから、色々と…。ゴールデンウィーク合わせで行くとなったら事前の準備が大切だしね」
「「「……準備……」」」
ズーン…と落ち込む私たち。ゴールデンウィークをシャングリラ号で過ごすことは素敵経験であると同時に、ドツボな思い出も多々ありました。会長さんが精魂こめて歓迎イベントを催すお蔭で、天国だったり地獄だったり。大抵、最後は私たち全員、もしくは誰かがババを引く結末に…。
「あれっ、どうかした? とにかく今年は君たちと地球で過ごすってことで暇になったし、どうせなら御忌に行こうかなぁ…って」
そうだよね、と訊かれて頷くキース君。璃慕恩院の御忌はお坊さんにとっても晴れ舞台。特にお役がついていなくても、行くだけで御仏縁が深まるらしいです…。



会長さんの正体は伝説の高僧・銀青様。高校生の外見で最高位のお坊さんしか着られないという緋色の法衣を纏えることが自慢の種。その会長さんに「御忌に行くから一緒に来ないか」と声を掛けられたキース君は大喜びで承諾したものの…。
「で、今日の集まりには何の意味があるんだ? 御忌には俺しか行かないようだが」
「そうなんだよねえ、サムを連れてってもジョミーと同じで一般席しか入れないし…。君とぼくなら中まで入れて貰えるけどさ」
坊主の世界は上下に厳しい、と会長さんは残念そう。サム君も熱心に修行を積んではいますが、住職の資格は持っていません。修行中の身では纏える法衣も決まってくるため、一般参加の檀家さんたちと同じ席にしか入れて貰えないらしいのです。
「だけど一人で行くのもアレだし、君を誘ってみたってわけ。アドス和尚はどうだった?」
「都合がついたら行くそうだ。葬式が入ったら終わりだからな」
「確かにね。…じゃあ、アドス和尚も来るかもってことで考えようか」
「…だから何をだ?」
分からんぞ、と怪訝そうなキース君と私たちに向かって、会長さんはニッコリと。
「ぼくの晴れ着を決めるんだよ。ファッションショーって所かな?」
「「「晴れ着?」」」
「そう、晴れ着。御忌に行くのは久しぶりだし、どうせなら華やかに決めたいじゃないか。だけどキースとアドス和尚が一緒となったら一人で浮くのもマズイしねえ…。どんな感じがいいのかなぁ、って」
普通の人の意見も聞きたい、と会長さんが言えば、シロエ君が。
「どれでも同じじゃないですか! 素材は違うかもしれませんけど…」
「ですよね、見た目は同じですよね」
何処から見たって緋色ですよ、とマツカ君が相槌を打ち、私たちも揃って「うん、うん」と。けれど会長さんはチッチッと人差し指を左右に振って。
「それは衣の色だろう? 大切なのは其処じゃない。坊主のファッションで差がつくのはねえ、その上に纏う袈裟なんだよ。お袈裟を見れば法要の格が分かる、と言われるほどでさ」
「「「は?」」」
なんですか、それは? 袈裟なんてどれも同じなのでは、と思いましたが、キース君が深く頷いています。まさか本当に袈裟で変わるの?
「あまりハッキリ言いたくはないが、まあ、そうだ。…お袈裟ってヤツもピンキリでな。通販で普通に買えるヤツから特注品まで、値段の方も月とスッポンで…。それだけに保管や手入れにも気を遣う。どんな法事にも高級品で出ろと言う方が無理な話だ」
「「「………」」」
お布施の額で使い分けだ、と舞台裏を聞かされ、唖然呆然。それじゃ、同じお寺に法事を頼めば、お坊さんの袈裟で奮発したのかケチったのかが丸分かり? 坊主丸儲けとはよく聞きますけど、そこまでシビアな世界でしたか…。



知りたくなかった法事の密かなランク分け。実にコワイ、と皆でコソコソ囁き合っていると、会長さんが両手をパンと打ち合わせて。
「はい、そこまで! 問題はぼくのファッションなんだよ、まずは基本の部分かな」
ちょっと失礼、とキラリと光る青いサイオン。会長さんの私服はアッという間に緋色の法衣に変わっていました。ただし、衣だけで袈裟は無し。
「コレの上にね、キースに合わせてあげるとしたらコレになるわけ」
こんなヤツ、と出現した袈裟はお馴染みの品。でも、キース君に合わせるっていうのは、どういう意味になるんでしょう?
「ああ、それはね…。キースの僧階……いわゆるお坊さんの位ってヤツはまだ低め。これよりも上の袈裟は着けられないんだ」
「「「へ?」」」
なんとも間抜けな声が出ました。袈裟のランクはお布施だけじゃなく、お坊さんにも関係してるんですか?
「そういうこと。ぼくに相応しい袈裟となったら、この七條になるんだな」
パアァッと青い光が走って、袈裟だけがグンと大きめに。左肩だけではなくて両方の肩、いえ、全身を包むような形をしていて、キンキラキンで。
「もうワンランク下げるんだったら五條もある。それだと、こうで」
今度は右肩までの袈裟ではなくて左肩。それでもサイズは大きいです。そしてやっぱりキンキラキンの眩い代物。
「…どれにするのがいいだろう? 普通か、五條か、七條か」
「「「うーん…」」」
そんな専門的なことを訊かれても、と思いましたが、会長さんが求める答えはフィーリング。キース君やアドス和尚の法衣とかけ離れていても派手に着飾るか、控えめか。
「別に派手でもいいんじゃねえの?」
ブルーなんだし、とサム君が七條袈裟を推し、マツカ君が。
「ぼくもそれでいいと思います。キースとキースのお父さんだって、多分、最高のを着て行くわけでしょう?」
「ああ、まあ…。そうなるだろうな」
御忌だけに、とキース君が応じ、袈裟は七條に決まりました。が、それで終了とはいかなくて。
「七條も色々持ってるんだよ。どの袈裟が一番似合いそうかなぁ?」
季節なんかも考えてよね、とズラリ出てきた七條袈裟のオンパレード。鳳凰の模様だったり、一面にキンキラキンの模様だったり、そんなに出されても分かりませーんっ!



会長さんに似合う七條袈裟はどれなのか。次から次へとファッションショーを繰り広げられて、キンキラキンの輝きに目をやられそうです。フィーリングだと言われましても、意見は一向に纏まらなくて…。
「遠山柄にしとけばどうだ?」
それが一番インパクト大だ、とキース君。指差す袈裟には山の模様が。
「それって地味だと思うわよ?」
こっちの方が、とスウェナちゃんが楽器の模様を挙げ、私たちも山よりはソレだと思ったのに。
「…遠山柄ねえ…。確かに一番、人を選ぶね」
いいかもね、と会長さんは遠山柄とやらを纏ってみて。
「どう? 地味な柄には違いないけど、この模様には約束事があるんだよ。若い人は着ちゃいけないんだ。緋色の衣が七十歳以上でないとダメなのと同じ。うん、ぼくの真価を出すにはいい模様かも」
分かる人なら分かってくれる、と得意げな会長さんの実年齢はとんでもないもの。せっかく御忌に出掛けるのですし、目立ちたいに違いありません。そのくせに関係者席に行くのは嫌で、一部の人に崇められるのが大好きで…。
「よし、決まり! 御忌で着るのはコレにしよう。アドス和尚にも伝えといてよ」
「分かった。あんたの迫力に飲まれないよう、俺たちの方も考えておく」
「三人セットで目立つのがいいね。君も出来ればキンキラキンで!」
「…俺に七條は無理なんだが……」
キンキラキンにも限度があるぞ、と額を押さえつつ、キース君も悪い気分ではないようです。銀青様のお供で御忌ともなれば、同期の人に出会った時に自慢できますし…。
「かみお~ん♪ 決まったんなら、お昼にしようよ!」
「そうだね。みんな、お付き合い感謝するよ」
この袈裟はしっかり風を通しておいて…、と会長さんが元の私服に戻った所へ。
「あっ、脱いだんなら着てみたいな、それ」
「「「!!?」」」
会長さんそっくりの声が聞こえて、フワリと翻る紫のマント。赤い瞳を煌めかせたソルジャーは法衣に興味津々でした。
「君の御自慢のヤツだよねえ? 一回くらい着せてくれてもいいだろう?」
「何度もダメだと言ってるってば!」
どうしても着たいなら修行してから出直してこい、と会長さんは法衣と袈裟とをササッと畳んで「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡して片付けさせると。
「何の修行もしてない君にね、コスプレ感覚で着られたんでは困るんだよ。どうしても着たいと言うんだったら仮装用衣装の専門店で作って貰えば? ノルディのお金で」
「ぼくは本物がいいんだけれど…」
「ダメなものはダメ! じゃ、そういうことで」
さっさと帰れ、と冷たく言われてしまったソルジャー。法衣は諦めたようですけれど、その代わりにとお茶尽くしのフレンチのテーブルにドッカリと。
「えーっと…。お茶って、飲むお茶?」
「うん! 味付けとかに使ってあるの! でね、好みでトッピングするのがこっち♪」
お魚にもお肉にもかけてみてね、と抹茶や刻んだお茶の葉などが。お茶尽くしって、こういう意味でしたか! あっさり上品なコース料理はなかなかに美味で、ソルジャーも満足してお帰りに。会長さんのファッションも決まりましたし、御忌の日、いいお天気になりますように~!



さて、御忌とは縁の無い私たち。会長さんとキース君が参加する日は普通に平日、授業の日です。登校してみればキース君が欠席なだけで、放課後には御忌も終わってますから「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行こうと思っていたのですけれど…。
「キース・アニアン。…欠席だな」
璃慕恩院か、とグレイブ先生が出席簿に書き入れ、残りの出欠を取っている最中に教室の扉がいきなりガラリと。
「ブルーはいるか!?」
「「「??!」」」
飛び込んで来たキース君の姿に教室中の人の目が点に。グレイブ先生も硬直しながら。
「な、なんだ、その格好は、キース・アニアン! 制服はどうした!」
「あっ…。す、すみません、急いで走って来ましたから…。ブルーはいますか?」
「来ていないが?」
「し、失礼しましたぁーっ!」
ピシャリと扉を閉め、駆け去って行ったキース君。萌黄の法衣に刺繍を施した袈裟を纏ってましたが、いったい何が? この時間には璃慕恩院で御忌の法要に出席なのでは…?
「そこの特別生ども、今のは何だ!?」
「「「…し、知りません…」」」
「新手のドッキリか、悪戯かね? …朝から風紀が乱れたようだが」
カツカツカツ…と踵を鳴らし、神経質そうに出席簿の表紙を指先で叩くグレイブ先生。
「もういい、今日の諸君には何も期待せん。この上、ブルーまで来たら1年A組の規律は終わりだ。そうなる前に災いの芽を摘まねばな。…出て行きたまえ」
「「「えっ?」」」
「二度言わせる気か? 特別生に出席義務は無い。今日の授業は出なくてよろしい。いや、出ないことを希望する。お前たち六人、早退だ!」
あちゃー…。停学ならぬ早退だなんて、どうしてこういう展開に? そりゃ、居残ってもキース君の坊主ファッションとか会長さんに絡む質問とかの嵐になって迷惑かかりまくりでしょうけど、早退ですか…。
「さっさと荷物を纏めたまえ! 出る時は後ろの扉から!」
「「「…は、はいっ!」」」
机に入れていた教科書、筆箱、その他もろもろ。現役学生の必須アイテムを鞄に詰め込んだ私たち六人はガックリと肩を落として廊下へと出てゆきました。キース君の姿はありません。これからどうすればいいのでしょう? いつもの溜まり場、開いてるかなぁ…?



早退を命じられ、トボトボと中庭まで歩いた所でブラウ先生に声を掛けられました。一時間目は授業が無いのだそうで、校内ウォーキング中らしいです。
「なんだい、集団サボリかい? さっきはお仲間が凄い格好で走って行ったし…」
「キース先輩に会われたんですか!?」
シロエ君の問いに、ブラウ先生は「ああ、見かけたよ」とウインクして。
「全速力で走る坊主をこの目で見たのは初めてさ。…墨染じゃなかったし、あれは正装だろ? なんで学校にいるんだい?」
「それはこっちが訊きたいですよ! キース先輩のせいで、ぼくたち…」
「ん?」
「ぼくたち、早退になっちゃったんです!」
グレイブ先生に追い出されました、というシロエ君の激白は大ウケでした。ブラウ先生はお腹を抱えて笑い転げて、目尻に涙が滲む勢いでケタケタと。
「ご、ご、御愁傷様だねえ、早退かい…! あんなのが走り回っていたんじゃ無理ないか…」
「キース先輩はどっちの方へ?」
「ああ、ぶるぅの部屋の方だけど? そこから先は知らないよ」
別ルートから走り去ったら目に付かないし、と言われてみればその通り。ともあれ、袈裟を靡かせたキース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に向かって駆けて行ったことは確実で。
「…ぼくたちも行ってみましょうか?」
「寄ってみるつもりではありましたしね…」
手掛かりがあればいいんですけど、とマツカ君。会長さんが登校しない日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」も学校に来ないと聞いています。今日も御忌が終わった後でお部屋に行くのだと言ってましたし、影の生徒会室こと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は閉まっている可能性大。でも…。
「とにかく行くだけ行ってみようよ」
もう教室には戻れないし、とジョミー君が言い、サム君が。
「おう! 閉まってた時は食堂に行こうぜ、この時間でも何か食えるだろ」
隠しメニューがある日だといいな、との台詞に思わずゴクリ。食堂には特別生向けの隠しメニューがあるのです。ゼル特製とエラ秘蔵。ゼル先生の特製お菓子と、エラ先生の秘蔵のお茶の組み合わせが売りで美味なレアもの。
「あんたたち、とことん運が無いねえ…。隠しメニューは昨日だったよ」
残念でした、とブラウ先生に肩を叩かれ、「強く生きな」と励まされ…。運が皆無の早退組に明るい未来は無いかもです。こんなことなら御忌に行っとくべきでした~!



しおしおと生徒会室のある校舎に入り、生徒会室の奥の壁に飾られた紋章の前へ。この紋章はサイオンが無いと見えません。これに触れれば瞬間移動で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れる仕組みになっています。ただし、お部屋が開いている時だけ。
「…開いてるのかな?」
恐る恐る触れたジョミー君が壁に吸い込まれて消え、どうやらお部屋は開いている様子。こうなれば話は早いです。私たちは我先に紋章に手を伸ばし、折り重なるように部屋に雪崩れ込み…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、早退になっちゃったって?」
大変だよねえ、と会長さんがソファで紅茶を飲んでいました。御自慢の緋色の衣ではなく制服姿で、その隣では萌黄の法衣のキース君がギャンギャンと。
「全部あんたのせいだろうが!」
「違うだろ? 君がグレイブのクラスに飛び込まなければ早退はねえ…」
「あんたがいるかと思ったんだ! まるで連絡が付かなかったしな!」
「「「………???」」」
いったい何が起こったのだ、とキョロキョロするだけの私たちに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソファを勧めてくれ、紅茶やコーヒーが出て来ました。お菓子は手早く作れるホットケーキで、ホイップクリームが添えてあります。
「ごめんね、今日は授業が終わる頃に開ける予定だったし…。お昼御飯はオムライスでいい?」
「素うどんでもいいけど、どうなってるわけ?」
なんでブルーが此処にいるの、とジョミー君。会長さんとキース君は今頃は璃慕恩院で御忌の大法要に出ていた筈です。それが二人とも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にいるなんて…。
「…えっと、えっとね…。ぼくが失敗しちゃったみたい…」
「「「は?」」」
「あのね、みんなに選んで貰ったブルーのお袈裟がなくなっちゃったの…。ちゃんと毎日風を通して、昨夜は縫い目とかもチェックして…。衣とかと一緒に和室に揃えて置いといたのに、朝になったら消えちゃってたの…」
何処に行ったか分からないの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳から涙がポロリ。
「アレで行くんだって決めていたから、他のお袈裟は用意してなくて…。樟脳の匂いはサイオンで誤魔化して着られるんだけど、ブルーはケチがついたからって…」
「おい、ぶるぅまで泣いてるだろうが!」
全部あんたが悪いんだ、とブチ切れているキース君。つまりアレですか、会長さんは予定していた袈裟が無いから御忌に出るのをやめちゃった……と? そりゃキース君だって走って来ますよ、すっぽかされちゃったんですよねえ…?



遠山柄の袈裟が消えたから、と御忌に行かなかった会長さん。そうとも知らないキース君とアドス和尚は璃慕恩院で待っていたのだそうです。しかし法要の時間が迫って来ても会長さんは現れず、アドス和尚はキース君を残して朋輩と一緒に会場の御堂へ。
「親父は朋輩に誘われたからな、御忌の後は打ち上げに出掛けるんだ。俺には一人で帰るようにと言って行ったが、それ以前にブルーが来ないとなると…。メールも電話もサッパリ駄目だし、思念を飛ばしても返事が無いし」
それで家まで行ってみたのだ、とキース君は会長さんを睨み付けました。
「タクシーを飛ばしてマンションに着いたら、管理人さんが今日はお出掛けになりましたよ、と。どんな服だったか尋ねてみたら、お会いしていないので分かりません、だと!?」
よくもトンズラこきやがって、とキース君は眉を吊り上げています。
「あんた、瞬間移動で出掛けて留守にする時は「行ってきます」と言うだけだしな。御忌に行くのに瞬間移動は有り得ない。さては学校か、と駆け付けてみれば…」
「なんで教室に行ったんだい? ぼくは普通はこっちだろ?」
「普通じゃないから教室なんだ! 何かイベントの匂いでもしたかと!」
それで御忌の方をすっぽかすのならまだ分かる、と拳を握り締めるキース君。
「袈裟が無いから来なかっただと!? あれが無いと格好が付かないなんてことはないだろう! 他にも山ほど持ってるんだし、適当にだな!」
「…君がそれを言うのかい? お袈裟ってヤツは法要に合わせて事前に準備をしておくものだよ、急に引っ張り出すものじゃない。まして七條ともなれば相応に……ね。急いで出して来たんです、と一発で分かる樟脳の匂いはNGだってば」
「匂いはサイオンで誤魔化せる、と、ぶるぅが言ったぞ!」
「ぼくのポリシーに反するんだよ。…どちらかと言えば美学かな」
袈裟と法衣はキッチリ着こなしてこそ、と会長さんが反論すれば、キース君が。
「だったらきちんと管理しろ! ぶるぅ任せにしておくな!」
小さな子供を泣かせやがって、とキース君は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を優しく撫でて。
「ぶるぅ、お前は悪くなんかないぞ。袈裟がどうなったのかは知らんが、自分のを管理していなかったブルーが悪い。…ジョミーたちの件については全面的に俺が悪いんだがな」
申し訳ない、と平謝りのキース君に、サム君が「いいって、いいって」と。
「仕方ねえよ、キースも焦ってたんだし…。ブルーに何かあったんだったら大変だけどよ、袈裟が消えたってだけのことなら心配ねえしさ」
「しかし…。お袈裟が消えたくらいで御忌に出ないとは、何処まで外見が大切なんだ…。それともアレか、お袈裟はあんたの羽衣なのか?」
羽衣なら天人の証だが、とキース君がチクリと嫌味を言えば、会長さんは悪びれもせずに。
「そんなトコかな、銀青のシンボルの一つではある。…最初から適当に決めていたなら、そこまでこだわらないんだけどね」
「ふうん…。やっぱり羽衣だったんだ?」
「「「!!?」」」
バッと振り返る私たち。そこには紫のマントを纏ったソルジャーが立っていたのでした。



「…ぼくには絶対貸せないって言うし、試着もさせてくれないし…。もしかして、ってピンと来たんだよねえ、あれがブルーの羽衣なのか、って」
羽根みたいに軽くないようだけど、とソルジャーはソファにストンと腰掛けると。
「ぶるぅ、ぼくにもホットケーキ! それと紅茶で」
「はぁーい!」
ちょっと待ってね、とキッチンに走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はすぐに紅茶を淹れて来ました。ホットケーキも間もなく焼けて、ソルジャーは御満悦ですが。
「羽衣なんて発想、何処から来たのさ! 七條は真逆で重いんだけど!」
刺繍たっぷりでサイズも大きめ、と噛み付く会長さんに、ソルジャーはホットケーキにホイップクリームを塗りながら。
「羽衣かい? 君のファッションショーの次の日だったか、その次だったか…。ノルディとデートをしたんだよ。能っていうんだっけ、なんか舞台を観てから食事で」
「…それが羽衣?」
「うん。ぼくにはサッパリ分からなかったし、ノルディに話を教えて貰った。羽衣ってヤツは天女専用なんだって? それを隠せば空を飛べなくなって人間と結婚するしかないとか」
「大雑把に言えばそうなるかな? バリエーションも色々あるけど、お袈裟と羽衣は別物だから! 坊主と天人は違うから!」
一緒にしないでくれたまえ、とピシャリと言ってから、会長さんはアッと息を飲んで。
「…ま、まさか…。お袈裟は君が盗んだとか…? 軽くないとか言ったよね…?」
「盗んだなんて、人聞きの悪い…。隠しただけだよ、羽衣は隠すものだろう?」
ノルディに聞いた、とソルジャーが胸を張り、キース君が。
「あんた、自分が何をやらかしたか分かっているのか!? 御忌というのは俺たちの宗派の宗祖様の御命日の法要なんだぞ、それに出るためのお袈裟をだな…!」
「代わりは幾つもあるだろう? 君だってそう言ったじゃないか。羽衣認定したのはブルーで、こだわってるのもブルーの勝手だ。御忌ってヤツより羽衣なんだよ」
貸してくれないなら隠すだけ、とソルジャーは嫣然と微笑みました。
「あ、着るなと言われたからには着てないよ? それに羽衣って、天女以外が身に付けたって空は飛べないみたいだし…。ぼくが着たってお経は読めない」
「当然だろう!」
よくも大切なお袈裟を大切な日に、と激怒している会長さん。
「お蔭で御忌には出そびれちゃったし、ジョミーたちは巻き添えを食って早退になるし…。ぶるぅだって責任を感じて泣いちゃったんだし、落とし前はつけさせてくれるんだろうね!?」
高くつくよ、と睨み付けている会長さんの隣では萌黄の法衣のキース君までが怖い顔。此処で修羅場になるのはマズイ、と誰かが言い出し、場所を変えることになりました。瞬間移動で会長さんのマンションへ。…ソルジャー、逃亡しないでしょうね?



お袈裟を盗んだ張本人が逃げ出さないよう、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が両の手首をガッチリ確保。経験値の高さが売りのソルジャーだけに、それでも逃げるかと思われましたが、大人しく連行されまして…。
「かみお~ん♪ 喧嘩の前にお昼御飯を食べなきゃね!」
腹が減っては戦が出来ぬと言うんでしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が予告していたオムライスを作ってくれて昼食タイム。キース君は法衣が汚れては大変だから、と割烹着姿でモグモグと。これはこれで平和な時間です。けれど昼食が終わった後は…。
「まず、お袈裟を返して貰おうか。それから落とし前をつけるってことで」
何をして貰うかは君の態度で考える、と会長さんが袈裟の返還を迫れば、ソルジャーが。
「うーん…。隠した場所は分かってるけど、羽衣なら自分で見付けたら? そういうお話なんだろう? 見付からなければ結婚だよねえ、隠した人と」
「ふざけていないで、さっさと返す!」
君と結婚する気は無い、と会長さんは怒っていますが、本音はソルジャーの世界に隠された品物を見付けるだけの能力が無いといった所でしょう。
「どうしても返すつもりが無いなら、弁償ってことでもかまわない。…ただし、七條は高いからね? おまけにぼくのは特注品の一点ものだし、ノルディといえども多少の打撃は蒙るかと」
しばらく食事もデートも無しだ、と会長さん。あのぅ……七條って、そんなに高いの?
「まあな」
キース君が指を三本立てて。
「これくらいは軽くいくだろう。一点ものならもう一本とか、二本とか。一本は百だ」
「「「そ、そんなに…?」」」
恐ろしすぎる、と凍り付いている私たち。いくらエロドクターが大金持ちでも、その値段だと一日分のお小遣いの半分くらいは飛ぶかもです。金銭感覚がズレていたって認識できる程度の損害なわけで…。会長さんはソルジャーに指を突き付けると。
「今の話は聞いていたよね? 返すか、でなきゃ弁償か。どっちの道を選ぶんだい?」
「…どっちだろう?」
選ぶのはぼくじゃないんだよね、と大きく伸びをするソルジャー。
「実はさ、羽衣かもって思ったからさ……」
ゴニョゴニョゴニョ、とソルジャーが小声で呟き、ウッと仰け反る私たち。
「「「隠させた!?」」」
「そうなんだよねえ、ブルーの羽衣を隠して得をする人間は一人!」
捜しに行く? と訊かれた会長さんがテーブルに突っ伏し、私たちの視線は窓の彼方へ。よりにもよって羽衣伝説をパクりましたか、ソルジャーは! おまけに大喜びで隠した人が存在しますか、そうですか…。



会長さんが御忌に着て行こうとファッションショーを催してまで選んだ、遠山柄の七條袈裟。キース君曰く、指が三本分だか五本分だか、あるいはもっとお高いかもな一点モノの特注品は羽衣伝説でピンと来たらしいソルジャーのせいで隠されてしまい。
「……よりにもよって、なんでハーレイ……」
君の世界に隠された方がマシだった、と会長さんが嘆く横では、ソルジャーが。
「え、だって。羽衣を隠した男は運が良ければ天女を嫁に貰えるらしいし…。日頃から君と結婚したいと言ってるハーレイの家に隠すのが王道だろう?」
早く見付けて回収したまえ、とソルジャーはニコニコ笑っています。
「今ならハーレイは学校にいるし、家探ししてでも持って帰れば羽衣回収完了ってね。見付けられなきゃ返してくれと頼みに行って、そのまま嫁になってくるとか」
「却下!」
こうなったら意地でも探し出す、と会長さんは教頭先生の家の方角に目を凝らし、サイオンを集中させたのですけど…。
「どう? 何処にあるのか見付けられた?」
「邪魔をしないでくれたまえ!」
ぼくは忙しいんだから、と突っぱねた会長さんが頑張り続けること一時間、二時間…。そろそろ下校時刻です。教頭先生はまだお仕事がありますけれど、夜になったら御帰宅でしょう。えーっと、羽衣ならぬ遠山柄の七條袈裟は見付かりましたか、会長さん?
「…ダメだ、どうして…。なんで何処にも無いんだろう…」
「ふふ、ぼくがハーレイに隠させたんだよ? 見付けられるようなヘマをするとでも?」
ばっちりシールドのガード付き、とソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた苺ミルクのパウンドケーキを口に運んで。
「もちろんハーレイには袈裟が何処にあるか分かってる。頼めば返してくれるかもだけど、その前に何か注文しろとは言っといた。能だと舞を見せるのが返す条件だったし、ストリップとかね」
「「「ストリップ!?」」」
「結婚するよりマシだろう? まあ、そのまま袈裟を放置するのも一つの選択ってヤツではあるよ。ただし、君が残した羽衣ってことで、どう扱われるかは保証出来ないかも…」
「取り返す!!!」
夜のオカズにされてたまるか、と会長さんは瞬間移動ですっ飛んで行ってしまいました。それきり戻って来る気配は無く、ソルジャーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に夕食の注文をしています。キース君が萌黄の法衣に襷を掛けて、私たちに。
「…おい。手伝いに行った方がいいと思うぞ、俺たちも」
「そうかもね…。教頭先生が帰って来ちゃったら最悪だよね」
大惨事になる前に助っ人に、とジョミー君が腰を上げかけた所で、つんざくような思念波が。



『…誰か、助けてーーーっ!!!』
「おやおや、天女が捕まったかなぁ?」
今日はハーレイ、残業をしないと言ってたからね、とソルジャーの声がのんびりと。
「寝室で家探ししていた所へ、ハーレイが帰って来たらしい。ベッドに上っていたっていうのも悪かったよねえ、ストリップで済めばいいんだけれど…」
「畜生、あんたに関わってる場合じゃなかったぜ!」
タクシー! とキース君が草履をつっかけて飛び出してゆき、私たちも後ろから転がるように。結局、教頭先生宅に辿り着いた時には、何故かベッドは鼻血の海で。
「「「………???」」」
「なんか勝手に妄想が爆発しちゃったようだよ、ハーレイだけに」
ストリップを頼むのが精一杯なヘタレの憐れな結末、と会長さんがベッドに転がっている教頭先生をゲシッと蹴飛ばし、ギャッと短い悲鳴を上げて。
「…ぼ、ぼくの七條……。シーツの下に……」
鼻血まみれ、と顔面蒼白の会長さん。キース君がシーツを引っぺがし、其処から鼻血が点々と付いた遠山柄の七條袈裟が…。
「…こ、これって、とっても高いんだよね…?」
ジョミー君が声を震わせ、シロエ君が。
『ぶるぅ、聞こえますか!? そこのお客さんを捕まえてて下さい、しっかりと!』
『かみお~ん♪ ブルーはお食事中だよ!』
デザートを食べ終わるまで帰らないって、と無邪気な声が。いい根性をしているようです、今回の騒動の張本人。会長さんと今すぐ戻ってフルボッコの上に弁償コースで! 私たちの早退の分も含めて、落とし前つけさせて頂きます~!




       飛べない羽衣・了


※いつもシャングリラ学園番外編を御贔屓下さってありがとうございます。
 お坊さんのお袈裟、実は色々あるようですよ?
 次回は 「第3月曜」 10月20日の定例更新となります、よろしくお願いいたします。
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 こちらでの場外編、10月はスッポンタケの卒塔婆事情から始まったようですが…。
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