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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

かの人と薔薇
(おや…?)
 こんな所に、と止まったハーレイの足。土曜日の午前中、ブルーの家へと向かう途中で。
 朝早いとは言えないけれども、午前のお茶にはまだ早い時間。ゆっくり、のんびり、回り道でもしながら歩いてゆくのが似合い。早く着きすぎると、ブルーの母に悪いと思うから。
 晴れた空の下、気の向くままに歩いて来た道。其処で見付けた、青いようにも見える薔薇。
 通り掛かった家の庭から、零れるように咲いた薔薇たち。ほんのりと青みを帯びた花。
(こいつは気付いていなかったな…)
 何度も歩いた道だけれども、青い薔薇など。
 もう散りかけている花もあるから、前から咲いていたのだろうに。薔薇の木もそこそこの高さ。この大きさなら、気付いてもおかしくない筈なのに。
(青い薔薇か…)
 真っ青な花じゃないんだが、と観察してみた薔薇の花たち。幾重にも重なり合った花びら、青が濃いのは真ん中の辺り。けれど淡い青、紫のようにも見える色。いわゆる青い色とは違う。
 外側へゆくほど、薄くなる青み。一番外側の花びらになると、白い薔薇かと思うほど。
(筆でぼかしたみたいだな…)
 真ん中の青を、外へ向かって。どんどん薄くなるように。自然にぼやけてしまうように。
 そんな具合だから、花全体を見れば、ふうわりと青い。ほんの一刷毛、青を刷いたように。
(地味すぎて気が付かなかったか?)
 あるいは光の当たり具合で、白い薔薇だと思っていたか。太陽が真っ直ぐ射していたなら、淡い青色は飛びそうだから。
(こんな頼りない青ではなあ…)
 そうもなるよな、と眺めた青い薔薇の花。光の加減で消えてしまいそうな儚い青。
 前の自分が生きた頃には、真っ青な薔薇があったという。今の時代は、失われた青。写真にしか無い真っ青な薔薇。
 今はこういう淡い青だけ、薔薇の品種が幾つあっても。



 SD体制の時代だったら存在していた、本当に青い薔薇の花。地球が滅びてしまうよりも前に、その青は作り出されたけれど。
(シャングリラでは育てなかったんだっけな…)
 遠い昔に「不可能」を意味したともいう、青い薔薇は。
 その不可能を可能にしようと、人間が薔薇たちに組み込んだ色素。それが青色。薔薇は持たない筈の青。人の技術は青い薔薇を完成させたけれども、地球からは青が失われた。
(青い薔薇が吸い取っちまったわけじゃないんだろうが…)
 身勝手で愚かな人間たちが、青かった地球を死の星にした。緑は自然に育たなくなり、海からは魚影が消えていって。…地下には分解不可能な毒素。
 青い薔薇を見事に咲かせた代わりに、母なる地球を失くした人間。
 ヒルマンがそういう話をしたから、青い薔薇は導入しないで終わった。「自然のままに」と。
(…あいつの名前がブルーだったのにな?)
 白いシャングリラを導くソルジャー、ミュウたちの長の名前がブルー。「青」という意味を持つ名前。それでも青い薔薇は無かった。「植えよう」という者はいなかった。
 最初の頃には「青が無いとは片手落ちだ」という声も上がったけれども、青が無い理由を知れば誰もが納得した船。「自然のままが一番いい」と。
 白いシャングリラには無かった青い薔薇の花は、後の時代に失われた。
 SD体制の時代に消された文化や、禁じられていた自然出産。様々なものを、かつての姿に戻す過程で、薔薇の姿も元の通りに戻された。青い色素を持った薔薇など、もう要らないと。
(今はこういう薔薇ってことだ…)
 同じ青でも、淡い青色。薔薇が本来持っている色素、それだけで作り出せる青。
 綺麗なもんだ、と見ている間に、ふと思ったこと。
 あいつだったら、こういう青だ、と。



 ブルーの名前が意味する青。ブルーを青い薔薇にするなら、きっとこの薔薇。
 青い色素を組み込まれた薔薇の花とは違って、自然な青。ほんのりと青い、白い薔薇にも見えるような柔らかい色の花びら。
(あいつと言っても、前のあいつのことだがな…)
 同じブルーでも、今のブルーは、まだ薔薇の花は似合わない。
 「可愛らしい」と形容するのが似合いの子供で、前のブルーとはまるで違うから。前のブルーは気高く美しかったけれども、今のブルーは愛らしい子供。
(どうしても薔薇にしたいんだったら…)
 今が盛りの花とは違って、これから咲く蕾。開いたら何の花になるのか、蕾だけでは分からないほどの小さなもの。色さえも掴めないような。
(…この薔薇にだって、そういう時期があるわけだしな?)
 チビのあいつはそんなトコだ、と眺めた薔薇。
 まだまだ蕾で、「薔薇なのか?」と枝や葉を調べて、やっと薔薇だと分かる花。
 前のブルーなら、蕾ではなくて花なのだけれど。美しく咲いた薔薇の花。
(ついでに、散りかけた花じゃなくてだ…)
 こういう花ではないんだよな、と盛りを過ぎた花に目をやった。「これじゃないんだ」と。
 前のブルーは、最後まで気高い花だった。開いたばかりの凛とした花、そういう薔薇。
(あいつは、こっちだ)
 これがあいつ、と美しく咲いた花を見詰める。今朝、花びらを広げたばかりのような。
 三百年以上も生きて、寿命が尽きると分かった頃には、ブルーは弱っていたけれど。その肉体は日々衰えていったけれども、それを悟らせなかったブルー。
(どんなに弱っちまっても…)
 散りかけの姿を見せはしなかった。もうすぐ散るのだ、と分かる姿は。
 十五年もの長い眠りに就いた時さえ、ブルーは変わらず美しかった。
 この薔薇で言えば、とうに盛りを過ぎてしまって、散りかけの花の筈だったのに。ほんの一瞬、目を離した隙に、はらりと花が崩れて落ちても、不思議ではない姿だったのに。



 けれども、美しいままだったブルー。深い眠りの底にいてさえ、凛と咲き続けた薔薇の花。この薔薇のように淡い青色、ほんのりと青を纏った姿で。
(そして、本当に一瞬で…)
 前のブルーは散ってしまった。文字通り消えてしまった命。漆黒の宇宙で、メギドと共に。
 散る姿さえ見せもしないで、美しい薔薇は宇宙に散った。
 ふと振り向いたら、花びらだけが地面に散っているように。ついさっきまでは咲いていたのに、散る気配すらも見えはしなかったのに。
 そんな最期だ、と思うのが前のブルーの最期。
 前の自分も、白いシャングリラにいた仲間たちも、誰一人として見ていない。美しかった薔薇が散ってゆくのを、前のブルーが死んでゆくのを。
(キースの野郎は見ていやがったが…)
 あいつがブルーを撃ったんだ、と噛んだ唇。弄ぶように、何発も弾を撃ち込んだキース。
 今のブルーに現れた聖痕、あれがそのまま、前のブルーが受けた傷。左の脇腹に、両方の肩に、右の瞳まで撃たれたブルー。
 きっと血まみれだったろう。…小さなブルーがそれを体現したように。
 けれど、それをしたキースでさえも知りはしなかった。
 息絶えた、前のブルーの姿は。
 最後まで凛と咲き続けていた、ブルーという薔薇が散った姿は。
(あいつなら、きっと…)
 美しい姿だったのだろう、と思わないではいられない。
 赤く煌めく宝石のような、右の瞳が失われても。
 血まみれでも、息が絶えた後でも。
 ただ花びらが落ちているだけ、かつて「ブルー」という名の薔薇だったものが。
 その散り敷いた花びらでさえも、息を飲むほど美しく散っているのだろう。こうして零れて散るよりも前は、どれほど綺麗な花だったろうか、と誰もが思いを馳せるほど。
 「花びらだけでも美しいから」と、拾って持ち帰りたくなるほどに。
 澄んだ水の器に浮かべてやったら、その美しさを愛でられるから。たったひとひら、それだけになってしまった後にも、まだ充分に美しいから。



 きっとそうだ、と眺めるブルーを思わせる薔薇。前のブルーに似た、青い薔薇。
(こういう風にはならないな…)
 散りかけなのだ、と分かる薔薇の花。やたら広がってしまった花びら、開きすぎている花びらの隙間。じきに一枚、また一枚と零れて落ちてゆくのだろう。すっかり散ってしまうまで。
(…くっついたままで萎れる花びらだって…)
 何枚か出て来るかもしれない。茎についたまま、萎れ、色褪せてゆく花びら。
 前のブルーは、そんな散り方はしなかった。
 一瞬の内に散ってしまって、気付けば花びらが落ちているだけ。そういう最期。
(あいつには、それが似合ってた…)
 綺麗なままで逝っちまうのが、と薔薇の花にそっと触れてみた。凛と咲いている、美しい薔薇。咲いたばかりで、露を纏っていそうな薔薇。
 ブルーが其処にいるようだから。…前のブルーの姿が薔薇に重なるから。
(これからも綺麗に咲くんだぞ?)
 あいつみたいに、と微笑み掛けて、薔薇に別れを告げたけれども。
 ほんのりと青い薔薇が咲く家、其処を離れて再び歩き始めたけれども、少し歩いてから気付いたこと。角を曲がって、薔薇たちが見えなくなってから。
(…待てよ…?)
 前のブルーはああいう風ではなかった、と眺めていた薔薇。散りかけの姿だった薔薇。
 もうすぐ散ってしまうのだろう、あの薔薇の花は来年も咲く。同じ花は二度と咲きはしないし、咲くのは新しく出て来る蕾。
 それでも来年は咲くのだろうし、もしかしたら冬の季節にだって。四季咲きの薔薇なら、冬にも花を咲かせるから。上手く育てれば、他の季節にも負けない花を。
 けれど、凛と美しく咲いたブルーは…。
(散ってしまって…)
 それきり、咲きはしなかった。
 新しい蕾をつけることなく、二度と開きはしなかった薔薇。
 前の自分はブルーを失くした。美しい薔薇はもう、宇宙の何処にも無かったから。



 生きて戻りはしなかったブルー。散ってしまった、気高い薔薇。
(今のあいつは…)
 これから花を咲かせようという薔薇だった。まだ小さすぎて、薔薇の花には見えないけれど。
 同じ薔薇でもせいぜい蕾で、十四歳にしかならない子供だけれど。
(はてさて、どんな花になるやら…)
 さっき見たような青い薔薇なのか、それとも愛らしい薔薇か。
 前のブルーのようだと思った、あのほんのりと青かった薔薇。前のブルーが其処にいるようで、指先でそっと触れてみた薔薇。
 本当にブルーに似ていたけれども、あくまで前のブルーの姿。今の小さなブルーなら…。
(青と言うより…)
 淡いピンクの薔薇かもしれない。
 華やかなピンク色とは違って、淡い桃色。今のブルーの頬っぺたのような、優しい薔薇色。白い肌の下の血の色が透けた、命の色の柔らかなピンク。
(今のあいつは、青い薔薇の花じゃないかもな…)
 違う色の薔薇になるのかもな、と考えながら歩いた道。小さなブルーが待っている家へ。
 歩く間も、様々な色を湛えた薔薇に出会っては、その色合いと今のブルーとを重ねてみる。今のあいつはこれだろうかと、あの色の方がいいだろうかと。
 ピンクだけでも何色もあるし、他の色ならもう何色も。赤や黄色や、真っ白な薔薇も。
(何か企んでやがる時のあいつは…)
 黄色い薔薇も似合うんだよな、という気もする。心の欠片がキラキラ零れているブルー。
 シュンと萎れてしまった時には、白い薔薇。頬っぺたを膨らませて怒る時なら、何色だろう?
(あいつ、コロコロ表情が変わるもんだから…)
 どれがあいつに似合う薔薇やら、と出ない結論。
 前のブルーなら、あの青い薔薇が似合うのに。…あれがブルーだと、直ぐに姿が重なったのに。



 いくら考えても、様々な色の薔薇に出会っても、出て来ない答え。今のブルーに似合いの薔薇。
 そうして着いたブルーの家にも、薔薇の花は咲いていたのだけれど。
(うーむ…)
 ますますもって決められんぞ、と生垣越しに眺めた庭の薔薇たち。
 一色だけなら、この色が今のブルーの薔薇だと思えるのに。ブルーの家にはこの薔薇なのだし、今のブルーも同じ色だと決めてやることが出来るのに。
 庭を彩る、ブルーの母が育てている薔薇。一種類なら良かったのに、と考えたけれど。
(そういえば…)
 薔薇の花には、愛好家たちが名前をつける。新しい品種を生み出した時に、誇らしげに。
 愛する妻の名前をつけたり、お気に入りのスターに捧げてみたり、といった具合に。
 そうやって名付けられた中には、「ソルジャー・ブルー」もあるのだろうか?
 如何にもありそうな気がして来たから、門扉を開けに来たブルーの母に尋ねてみたら。
「ありますわよ。…薔薇のソルジャー・ブルーなら」
 いともあっさり返った答え。前のブルーの名前を持った、薔薇が存在するらしい。
「どんな花かは御存知ですか?」
「ええ。…よろしかったら、お見せしましょうか?」
 どうぞ、と思念で送られて来た薔薇のイメージは、さっきの青い薔薇に少し似ていた。花の形がほんの僅かに違うだけ。眺める角度で変わってくるから、あの薔薇がそうだったのかもしれない。
(どおりで、前のあいつに似ていたわけだ…)
 そのものズバリの名前だったら、薔薇の姿も似るだろう。前のブルーに。
 愛好家が名前をつけた時にも、「似ている」と思っただろうから。
 「ソルジャー・ブルーのような薔薇だ」と思ったからこそ、その名を付けた筈だから。



 さっきの薔薇は、本当に「ソルジャー・ブルー」だったかもな、と見回した庭。
 此処で何度も小さなブルーと過ごしたけれども、青い薔薇を見た覚えが無い。こうして見たって咲いていないし、庭には無さそうな「ソルジャー・ブルー」と呼ばれる薔薇。
 なんとも不思議だ、とブルーの母に問い掛けた。今のブルーは、ソルジャー・ブルーから貰った名前。同じアルビノの子供だから、と両親が名付けたと聞いているから。
「庭の薔薇…。ソルジャー・ブルーは植えないんですか?」
 ブルー君の名前の薔薇なのに、と訊いてみたくもなるだろう。薔薇を育てていない家なら、特に変でもないけれど…。この家の庭には薔薇があるのだし、ソルジャー・ブルーもありそうなもの。
 一人息子の名前を貰うついでに、薔薇だって。今のブルーが生まれた記念に植えるとか。
 そうしたら…。
「植えたかったんですけれど…。花屋さんで訊いたら、育てるのが難しい薔薇なんですって」
 花が咲きにくいのなら、綺麗に咲くよう、頑張ればいいんですけれど…。
 根付いて育つまでが大変な薔薇で、駄目になることも多いと言われましたから…。
 枯れてしまったら、嫌でしょう?
 一度も花を咲かせもしないで、苗の間に。…せっかく庭に植えてあげても。
「そうですね…。薔薇だって可哀相ですし…」
 ブルー君と同じ名前となったら、枯れさせるなどは…。
 嫌どころではないですね、と相槌を打った。
 一人息子と同じ名前の薔薇が枯れたら、誰の親でも嫌だろう。いくら欲しいと思った薔薇でも、育ちにくいなら冒険したい親はいない筈。
(…誕生記念に、って気軽に植えられやしないよなあ…)
 ましてブルーは身体が弱いし、生まれた時からそれは分かっていた筈。
 ブルーが丈夫に生まれていたなら、「ソルジャー・ブルー」を庭に植えても、失敗する度、また植え替えればいいけれど…。
(今でも弱いままだしな、あいつ)
 薔薇のソルジャー・ブルーはとても植えられないな、と頷かざるを得ない状況。
 苗を買って来て植えてみたって、元気が無ければハラハラする。枯れてしまったら、きっと胸が痛むし、その時にブルーが病気だったら、とても心配だろうから。



 なるほどな、と薔薇の「ソルジャー・ブルー」が家の庭に無い理由を納得しながら、案内された二階のブルーの部屋。
 小さなブルーは窓から下を見ていたらしくて、テーブルを挟んで向かい合うなり尋ねられた。
「ハーレイ、ママと何を話してたの?」
 ぼくにお土産、持って来てくれたわけじゃなさそうだけど…。何のお話?
 庭で暫く話してたでしょ、とブルーが訊くから、答えてやった。
「薔薇の話さ」
「薔薇…?」
 なんで薔薇なの、とキョトンとしている小さなブルー。「ハーレイ、薔薇が好きだっけ?」と。
「違うな、俺の話じゃない。…お前の方だ」
 お前はどういう薔薇の花かと思ってな…。何色だろう、と。
「ぼくが薔薇?」
 どうして薔薇の花になるの、と瞬いた瞳。「分かんないよ」とブルーは怪訝そうな顔。
「前のお前は薔薇みたいだった、と思ったんだ。…そう考えたのは今の俺だが」
 此処まで歩いて来る途中にだ、色々な薔薇にも出会うってわけで…。
 その中に、前のお前に似ている薔薇があったから…。
 つい立ち止まって眺めちまった、前のお前に似ているな、と。
「前のぼくって…。どんな薔薇なの?」
 ちっとも想像出来ないけれど、とブルーが首を傾げているから、差し出した右手。
「手を出せ、記憶を見せてやるから」
 さっき見て来たばかりだからなあ、少しもぼやけちゃいないってな。
「ホント? じゃあ、お願い」
 ブルーが絡めて来た右手。その小さな手をキュッと握って、「ほら、これだ」と明け渡した心。其処に入っている記憶。
 多分、「ソルジャー・ブルー」だろう薔薇。凛と咲いていた、淡い青色を纏った薔薇たち。



 どうだった、と手を離してから尋ねた感想。「あれがお前に似ていた薔薇だが」と。
「青いね…」
 ハーレイが見た薔薇、青かったんだ…。ほんのちょっぴり、青く見える薔薇。
「うむ。…前の俺たちが生きてた頃には、青い薔薇はもっと青かったがな」
 俺の記憶には残っちゃいないし、今の俺が写真で見た程度だが…。
 あれこそ本物の青い薔薇だな、今の時代は幻の薔薇になっちまったが。…本物は何処にも残っていなくて、新しく作られることもないから。
「青い薔薇…。地球の青さを吸い取っちゃったみたいな薔薇のことでしょ?」
 人工的に青い色素を持たせた薔薇。
 …青い薔薇は綺麗に出来たけれども、地球の青さは無くなっちゃった…。汚染されちゃって。
 あの青い薔薇は、シャングリラには植えていないよね。いろんな薔薇を育ててたけど…。
「不自然だったからな、青い薔薇は」
 本来、存在してはならない色だ。…ヒルマンが強く反対したから、植えてはいない。
 しかし、今の時代の青い薔薇は違うぞ。愛好家たちが頑張って作った、自然の色の青なんだ。
 ああいう青い薔薇の花なら、お前のイメージそのものだと思って、暫く側で眺めていて…。
 くどいようだが、前のお前だぞ?
 前のお前のイメージがあれなら、今のお前はどんな薔薇か、と考えながら歩いて来たが…。
 まるで答えが出て来ない上に、この家の薔薇も一色じゃなかったと来たもんだ。
 一種類しか咲いていないんだったら、それがお前の薔薇ってことでもいいんだが…。
 そうじゃないしな、「これがお前だ」と思える薔薇が無くってなあ…。
 困ったもんだ、と見ていた間に、薔薇の名前に気が付いた。薔薇につけられてる色々な名前は、そいつを作った愛好家たちの趣味だった、とな。
 奥さんの名前をつける人とか、お気に入りのスターの名前だとか…。
 それでお母さんに訊いていたんだ、薔薇の名前に「ソルジャー・ブルー」はあるのか、と。
「…前のぼくの薔薇…。それって、あった?」
 ソルジャー・ブルーっていう名前の薔薇、あってもおかしくないけれど…。
 誰かがつけていそうだけれど。



 ホントにあるの、とブルーは興味津々。「もしもあるなら、青い薔薇かな?」と。
「ソルジャー・ブルーってつけるんだものね、青い色をした薔薇になりそう」
 でも…。本当に青い薔薇は今は無いから、ソルジャー・ブルーって名前の薔薇はないのかな…?
 それとも違う色だとか、と答えを待っているブルー。
 ソルジャー・ブルーという名前の薔薇はあるのか、無いのか、どっちだろうと。
「あったぞ、こういう薔薇らしい」
 お前のお母さんに見せて貰ったイメージだが、とブルーの右手を握って送り込んだイメージ。
 ほんのりと淡い青を纏った、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれる薔薇。
「…似てるね、ハーレイが見て来た薔薇と」
 前のぼくに似てる、って言っていた薔薇。…さっき見せてくれてた記憶にある薔薇。
 同じ薔薇じゃないの、とブルーは瞳を輝かせた。絡めた右手をほどいた後で。
「やっぱりお前もそう思うか? 似てるよなあ…?」
 眺める角度をちょっと変えたら、まるで同じになりそうだ。…俺が見たヤツと。
 ソルジャー・ブルーだったのかもなあ、前のお前に似ていたんだし。
「そうじゃないかと思うけど…。でも、その薔薇…」
 ママは植えてはいないんだ…。
 ソルジャー・ブルーっていう薔薇があるなら、植えていたっていいのにね。
 ママは庭仕事をするのが好きで、薔薇も幾つも育ててるのに…。前のぼくと同じ名前がついてる薔薇なら、大喜びで植えそうなのに…。
 ぼくの名前はソルジャー・ブルーから貰ったんだけど、と考え込んでしまったブルー。
 「どうして薔薇のソルジャー・ブルーは無いんだろう?」と。
「それなんだが…。俺も不思議に思っちまって…」
 あって当然みたいな薔薇だろ、ソルジャー・ブルー。
 似たような薔薇も見て来たトコだし、「植えないんですか?」と尋ねたんだが…。
 お母さんも育てたいとは思ったらしい。
 ソルジャー・ブルーにそっくりなお前が生まれて来たんじゃ、そうなるよな。
 ところがだ…。



 育てるのが難しい薔薇だそうだ、と教えてやった。ブルーの母から仕入れた知識。
「ソルジャー・ブルーは、根付くまでの間が大変らしい」
 苗の間に駄目になっちまって、一度も花を咲かせないままで枯れちまうことも多いんだそうだ。
 それでお前のお母さんは植えていないわけだな、とても難しい薔薇だから。
 もしもだ、お前の名前の薔薇が枯れたら、どんな気持ちだ?
 前のお前の記憶が戻る前にしたって、ソルジャー・ブルーが枯れちまったら…?
 どうなんだ、とブルーの瞳を覗き込んだら、「嬉しくない…」という返事。
「そんなの嫌だよ、ぼくとおんなじ名前なのに…」
 猫や犬とは違うけれども、やっぱりうんと悲しくなるよ。枯れちゃった、って…。
 これから大きく育つ筈だったのに、枯れちゃうなんて可哀相…。
 薔薇の苗、とても可哀相だよ、とブルーが顔を曇らせるから。
「ほらな、お前でもそう思うんだ。…同じ名前だというだけで、薔薇に同情しちまって」
 お前のお母さんとなったら、もっと悲しいだろうと思うぞ。…それに心配も山ほどだ。
 大事な一人息子と同じ名前の薔薇なんだしなあ、そりゃあ大切にするんだろうが…。
 それでも土が合わなかったり、園芸にトラブルはつきものだ。
 枯れそうになったら、もうハラハラして、せっせと世話をするんだろう。何か助ける方法は、と花屋さんに訊いたり、詳しい人を連れて来てみたりして。
 そうやって無事に育てられたらいいんだが…。なにしろ難しい薔薇らしいからな?
 枯れてしまったら、自分を責めるしかないし…。
 お前と同じ名前なだけに、お前のことまで心配になって来そうじゃないか。薔薇みたいに病気になっちまわないか、ちゃんと育ってくれるかと。
 お母さんは俺にこう言っていたぞ、「枯れてしまったら嫌でしょう?」と。
 そうならないよう、ソルジャー・ブルーは植えないでおこう、というのがお母さんの考え方だ。
 弱いお前と、枯れやすい薔薇のソルジャー・ブルーが重なったんじゃたまらんからな。
「そうなんだ…」
 ぼくが弱いから、ママは植えずにいるんだね。…ソルジャー・ブルーを。
 もっと丈夫で元気だったら、薔薇の苗が駄目になったくらいじゃ、心配しないだろうけれど…。
 新しい苗を買いに行かなきゃ、って花屋さんに行っては、何度でも挑戦しそうだけれど。



 ちゃんと「ソルジャー・ブルー」の花が咲くまで、と小さなブルーが言う通り。
 庭仕事が好きで薔薇も育てるブルーの母には、「ソルジャー・ブルー」は魅力たっぷりだろう。
 此処に来る途中で見て来た青い薔薇がそれなら、なおのこと。
 上手く育てれば、幾つもの花を咲かせる薔薇。しかも美しい青い薔薇だし、きっと育ててみたい筈。その薔薇と同じ名前の一人息子が、丈夫なら。…弱い子供でなかったら。
「お前、素敵なお母さんを持ったな、本当に」
 弱いお前が、薔薇みたいに枯れてしまわないよう、気を配ってくれるお母さん。
 たとえ薔薇でも、お前と同じ名前だったら枯らすわけにはいかないから、と植えないなんて。
 お前が此処まで育った今なら、もう植えたって良さそうなんだが…。
 それでも植えないままってトコがだ、とても優しいお母さんだっていう証明だよな。
 植えちまう人もいそうだぞ、と見詰めた小さなブルーの顔。ブルーの身体は今も弱いけれども、幼かった頃よりは丈夫だろう。体育の授業も、出られる時には出ているのだから。
 其処まで育った息子だったら、もう心配は要らない筈。薔薇のソルジャー・ブルーが枯れても、息子の命の心配まではしなくていい。
 だから、植えようと思ったのなら植えられる薔薇。…けれど植えないブルーの母。
 息子を大切に思っているから、植えようとしない「ソルジャー・ブルー」。
 人によっては、「もういいだろう」と植えるだろうに。「今まで我慢したのだから」と。
「ママは優しいよ、いつだって」
 ぼくを大事にしてくれるもの。…病気の時も、元気にしている時も。
 たまに叱られることもあるけど、それは悪いことをしちゃったから…。
 ママが「駄目」って言っていたのに、守らずにおやつを沢山食べ過ぎちゃった時とか。



 叱られる時は理由があるよ、と微笑むブルー。「それでも許してくれるけどね」と。
「…パパにも言い付けられたりするけど、いつも許してくれるよ、ママは」
 ごめんなさい、って謝ったら。
 「もうしないのよ」って言われちゃうけど…。
 次におんなじことをやったら、前よりもうんと叱られちゃうけど、大丈夫。
 悪いのはぼくで、ママは優しいから。…許してくれないままになったりはしないから。
「本当にいいお母さんだな、俺なんかは酷く叱られたがなあ…。ガキの頃には」
 おやつ抜きの刑は当たり前だったし、下手すりゃそいつが二日も三日も続くとか…。
 俺も大概、悪ガキだったし、そうなっても仕方ないんだが。
 お前の場合は、おやつ抜きだとポロポロ涙を零してそうだし、そういう刑も無いんだろう?
「無いよ、おやつが無いなんてこと」
 病気だから食べちゃいけません、って言われた時は別だけど…。
 お医者さんにそう言われた時でも、ママは必ず訊いてくれるよ。ぼくが食べられそうなもの。
 先生が「いい」って言ってくれたら、プリンとかを作ってくれるんだから。
 食事の代わりに食べられるおやつ、と得意そうな笑みを浮かべたブルー。
 「ぼくのママはホントに優しいんだから」と、「おやつ抜きなんか言わないよ」と。
「ふうむ…。俺のおふくろには無い優しさだな、おふくろだって優しいんだが…」
 息子の俺が悪ガキではなあ、お前のお母さんの育て方では、どうにもこうにもならないから。
 でもって、自慢の優しいお母さんに育てられたお前は、どういう薔薇になるんだか…。
 前のお前とは違うんだろうな、同じ薔薇でも花の色だって。
「そうなっちゃうかも…」
 今のぼくは、前のぼくよりもずっと幸せだから。
 パパとママがいて、ぼくの家があって、ハーレイもいてくれるんだもの。
 うんと幸せに暮らしているから、前のぼくとは違う薔薇の花になっちゃいそう…。
「そうだろう? 俺が最初に考えていたイメージでは、だ…」
 今のお前は淡いピンクの薔薇ってトコだな。お前の頬っぺたみたいな薔薇色。
 前と同じに大きくなったら、また変わるのかもしれないが…。



 それでもソルジャー・ブルーの薔薇とは違う気がするんだ、と話してみた。
 此処へ来る途中に出会った、「ソルジャー・ブルー」に似ていた、ほんのり青い薔薇。あの花に前のブルーを重ねたけれども、今度は重ならない気がする、と。
「…いつかお前が大きくなっても、あの薔薇じゃない、って気がしてなあ…」
 どういう薔薇になるかは謎だが、ああいう感じじゃないっていうか…。
 上手く言葉に出来ないんだが、と顎に手を当てたら、「そう思うよ」とクスッと笑ったブルー。
「ぼくも違うと思うよ、それ。…今のぼくはそういう薔薇じゃない、って」
 色もそうだし、花だってそう。もっと小さな薔薇かもね。
 ハーレイが見て来た青い薔薇の花は大きいけれども、小さい薔薇。
「…小さい薔薇?」
 お前みたいにチビってことか?
 立派に大きく育つ代わりに、鉢植えサイズになっちまうとか…。テーブルの上に飾っておくのが丁度似合いの、鉢植えの薔薇。
「違うよ、薔薇の木の大きさじゃなくて…。花の方だよ、ぼくが言うのは」
 あるでしょ、小さい花が咲く薔薇。ミニサイズの花を咲かせるヤツ。
 今のぼく、あれじゃないのかなあ…。もしも薔薇だとしたならね。
 同じ薔薇でも、前のぼくみたいに偉くないから…。
 ソルジャー・ブルーが大きな花が咲く薔薇だったら、ぼくはミニサイズの花だと思う…。
「おいおい、花が小さいってか?」
 偉いかどうかはともかくとしてだ、美人な所は、前のお前とそっくり同じだと思うんだが…。
 もうとびきりの美人なんだし、ソルジャー・ブルーに負けない大きさの花を咲かせそうだが…?
 美人な所は同じだしな、と言ったのだけれど、ブルーは「ううん」と首を横に振った。
「顔は同じでも、中身は今のぼくだから…。うんとちっぽけで、弱虫のぼく」
 そんな中身じゃ、目立たない筈だよ、前みたいには。…ソルジャー・ブルーだった頃と違って。
 だから小さい薔薇なんだよ。
 前のぼくが大きな花の薔薇なら、今のぼくは小さい花が咲く薔薇。
「そう来たか…。そういうこともあるかもなあ…」
 見た目は同じでも、中身の違いか。…色だけじゃなくて、花のサイズも違うのか…。



 同じ薔薇でも、花まで小さくなっちまうのか、と小さなブルーを見詰めたけれど。
 この愛らしい恋人だったら、育っても確かにそうかもしれない。
 姿は前とそっくり同じになっていたって、中身は弱虫でちっぽけなブルー。凛として咲き続ける薔薇と違って、時には弱音を吐いたりして。…もう咲けない、とペシャンと潰れたりもして。
(…こいつだったら、そうかもなあ…)
 前のあいつとは違うんだから、と自分の思いに沈んでいたら、掛けられた声。
「ハーレイ、どうかした?」
 ぼく、何か変なことでも言っちゃった…?
 ミニサイズの薔薇っていうのは駄目かな、ハーレイ、そういうぼくは困るの…?
 ちゃんと大きな薔薇がいいの、とブルーが心配そうな顔をするから、「いや」と返した。
「…考え事をしちまっただけだ、前のお前と、今日の薔薇のことで」
 前のお前は、散る姿さえも見せなかったな、と思ってな…。
 最後まで凛と咲いたままでいたんだ、前のお前は。…散りかけの姿を見せもしないで。
「そうだっけ? シャングリラでは、ちゃんと頑張ってたけど…」
 泣いてたよ、ぼくは。…独りぼっちになっちゃった、ってメギドの制御室でね。
 散りかけどころか、もっとみっともない姿。…クシャクシャになってしまった薔薇だよ。
 萎んでしまって駄目になった薔薇、とブルーは言ったけれども、それは間違い。
「…そうかもしれんが、その姿、誰も目にしていないだろうが」
 キースは逃げてしまった後だし、お前の姿を見た者はいない。…本当に駄目になった薔薇でも。
 つまりだ、前のお前は最後まで綺麗に咲き続けたんだ。誰も知らない以上はな。
 その点、今のお前ということになると…。
 もう散りそうだ、と弱音を吐きそうな気がするな。…潰れそうで咲いていられない、とか。
「そうだと思うよ、弱虫だから」
 ハーレイはそういう薔薇は嫌なの、ミニサイズの薔薇で弱虫なのは…?
「俺はその方が好みだな。世話のし甲斐があるってもんだ」
 せっせと世話して、水をやったり、日陰に入れたりと手のかかる薔薇。うんと弱虫の。
「ありがとう…!」
 ぼくはホントに弱虫なんだし、きっとそういう薔薇だろうから…。



 弱い薔薇でも、ハーレイがちゃんと守ってくれるんだね、と笑顔のブルー。
 「ぼくがペシャンと潰れそうでも、ミニサイズの花しか咲かない薔薇でも」と。
 きっと本当に、今度のブルーはそうなのだろう。
 小さな花しか咲かせない薔薇で、散りそうになったら元気を失くしてしまう薔薇。
 最後まで凛と咲き続けていた前のブルーとは、まるで違った薔薇になるブルー。
 けれど、どういう薔薇になっても、美しい花を咲かせてやろう。
 大切に守って、世話をして。
 今のブルーに似合いの姿で、一番綺麗な花が見事に咲くように。
 どんな色合いの薔薇が咲いても、それが今度のブルーだから。
 小さな花を咲かせる薔薇でも、愛おしい薔薇。
 今度のブルーは、自分が一人占めしてもいい花を咲かせる、それは美しい薔薇なのだから…。




            かの人と薔薇・了


※ハーレイが目を留めた薔薇の花。前のブルーを思わせる薔薇で、そういうイメージ。
 今のブルーが薔薇になったら、まるで違った薔薇なのかも。それを育てるのも、きっと素敵。
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