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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

バスで並んで

(えーっと…)
 学校の帰り、ブルーが乗り込んだバス。学校の側のバス停から。
 お気に入りの席が空いていたから座ったけれど。窓の外を眺めていたのだけれど、次のバス停で乗り込んで来た親子連れ。父親と、小さな男の子。
 幼稚園くらいに見える男の子と、若い父親。ブルーの父より若々しい見た目。
 今の時代は人間はみんな、ミュウだから。好みの姿で自分の年を止めてしまえるから、若くても外見どおりの年とは限らない。あの子の父親だって、そうかもしれない。
 でも…。
(見た目通りの年だったら…)
 並んで席に座った親子。子供がせがんで、始めた手遊び。ブルーの席からよく見える。笑い合う声も聞こえて来る。それは微笑ましい光景。仲の良い親子。
(年の差、ぼくとハーレイよりも…)
 小さいのだろうか、もしかしたら?
 あの男の子くらいの年頃だった自分が、何処かでハーレイと出会っていて。
 知り合いになって、並んでバスに乗っていたなら、周りの人にはどう見えたろうか?
 男の子が五歳だったとしたなら…、と指を折ってみて。
(ハーレイ、二十八歳か二十九歳なんだ…)
 今のハーレイのその頃の姿は知らないけれども、前のハーレイならアルタミラで出会って一緒に居たから想像がつく。どんな外見だったのかが。
 そのハーレイが五歳の自分とバスの座席に二人並んで座っていたら…。



(もしかしなくても、お父さんと子供?)
 きっと、そうとしか見えないだろう。親子にしか見て貰えないだろう。
 肌の色がまるで違うと言っても、ブルーはアルビノなのだから。褐色の肌の父親の子でも、何の不思議もありはしないし、「アルビノなんだな」と思われるだけ。
 顔立ちが少しも似ていなくても、ハーレイと二人で乗っているのだし、「母親の方に似た子」と誰もが受け止め、それでおしまい。ハーレイと誰かの間の子供。ハーレイの息子。
(…ハーレイの子供になっちゃうだなんて…)
 そう勘違いされちゃうなんて、と親子連れの乗客をポカンと見詰めた。そうなるのか、と。
 ハーレイにチビと言われる理由がよく分かった。
 背丈の問題だけではなかった。
 足りない年齢、大きすぎる年の差。父親と子供で通る年の差。
 ハーレイから見れば、自分は明らかにチビなのだろう。背丈だけではなくて、年齢までが。



(前のぼくなら、年では負けていなかったのに…!)
 負けていないどころか遥かに年上、それを知ったハーレイが目を剥いたくらい。「お前、俺より年上だったのか…」と。
 ただ、アルタミラの研究所の檻で生きていた間、身体も心も成長を止めてしまっていたから。
 檻の中でも成長していたハーレイからすればチビではあった。外見そのまま、成人検査を受けた時のまま、十四歳の子供。
 だからハーレイも最初は気付かなかった。ブルーの方が年上だとは。
 生まれた年がSD暦の何年なのかを口にするまで、年上のつもりだったハーレイ。知った後でも態度は変わりはしなかったけれど。中身は子供なのだから、と優しく接してくれたけれども。
(だけど、ぼくの方がずっと年上…)
 その点に関しては今よりも有利。ハーレイにチビと言わせはしない。
 年上だったせいで、前のハーレイよりも遥かに先に寿命を迎えてしまったけれど。
 死んでしまうのだと、ハーレイと離れて死の世界へ連れて行かれてしまうと泣いたけれども。
 それさえ除けば、特に問題があったわけでもない。前の自分がハーレイよりも年上だったことは何の障害にもならなかった。友達になるにも、恋をするにも。
 けれど…。



(今のぼくだと、ああなっちゃうんだ…)
 幼い頃に出会っていたなら、二人一緒にバスに乗ったら、何処から見たって立派な親子。父親と子供、そんな風にしか見て貰えない。
 ブルーの方がずっと年下だから。ハーレイがずっと年上だから。
 下手をすれば、今の年であっても。今の自分がハーレイと二人でバスに乗っても。並んで座席に腰掛けていたら、父親と子供に見えるかもしれない。親子で何処かへ出掛けるのだな、と。
(うーん…)
 育ったならば少しはマシだろうか?
 親子なのだ、と思われない程度に年の差は縮まってくれるだろうか?
 ハーレイはもう外見の年を止めているのだし、後は自分が育つだけ。外見の差も縮まるだけ。
 前の自分が年を止めたのと同じ姿で成長を止めようと思っているから、多分、十八歳くらいか。結婚出来る年になる頃、その辺りで止める予定の成長。
(ハーレイとぼくは、二十四歳違うんだから…)
 出会った五月には二十三歳違ったけれども、ハーレイの誕生日が来て二十四歳違いになった。
 十八歳で年を止めるなら、ハーレイとの年の差は二十歳。単純に計算するならば。



(お父さんと子供でも…)
 通らないこともなさそうだった。
 結婚出来るようになる年は十八歳。結婚して直ぐに子供が出来たら、そのくらいの年の差。
 若い父親と、その息子。ハーレイと自分の年齢の差は親子と言ってもおかしくはない。
(じゃあ、ハーレイと二人で出掛けたら…)
 親子に見られてしまうのだろうか、何処へ行っても?
 バスで並んで座っていたって、二人で食事をしていたって。
 ちゃんと結婚しているのに。恋人同士でデートの途中で、バスに乗ったりしているのに。
(…お父さんと子供…)
 あんまりだ、とグルグル考えていたら、いつものバス停を通り過ぎそうになって。
 慌てて「降ります!」と叫んで前へと走った。鞄を抱えて、降りる方のドアへ。



 失敗しちゃった、とバスを降りたら、窓から手を振っている子供。さっきの子供。
 振り返してやったら、父親の方も手を振ってくれた。手を振る親子を乗せて走って行ったバス。見えなくなるまで手を振り返して、バス停から家へと歩き始めて。
(仲良し親子…)
 あの二人は何処へ行くのだろう?
 家へ帰るのか、それとも遊びに出掛けてゆくのか。
 明らかに親子だと分かる二人だったけれど、あれが自分とハーレイだったら…。
(結婚した後でも仲良し親子?)
 もしかしたら分かって貰えないかもしれない。恋人同士で並んでいたって。
 恋の経験を持つ大人はともかく、子供には。
 さっきの子のように幼い子供には、親子なのだと思われるかもしれない。親子でバスに揺られているのだと、親子で出掛ける途中なのだと。
(ハーレイと結婚してるのに…!)
 親子だなんて、とショックだったけれど、それが現実。
 今の年ならどう見ても親子、育った後でも危うい年の差。十八歳と三十八歳。
 それ以上はもう縮められない。
 自分の姿が前とは変わってしまうから。前の自分よりも育ってしまって、前のハーレイが愛した姿を見せられなくなってしまうから…。



(なんだか酷い…)
 トボトボと歩いて家に帰って、着替えを済ませて。
 おやつを食べながら母に訊いてみた。何気ない風を装いながら。
「ねえ、ママ…。ハーレイ先生とぼく、並んでいたら親子に見える?」
 それとも友達同士になるかな、どっちだと思う?
「親子じゃないの? 知らない人が見た時でしょう?」
「やっぱり、親子に見えちゃうの?」
「当たり前でしょ、パパとハーレイ先生、いくつ違うと思っているの?」
 年はそんなに変わらないこと、ブルーだって知っているでしょう?
 ハーレイ先生とブルーは似ていないけど、親子に見えるか、友達同士か、っていうんだったら、答えは親子ね。そういう年の差。
 パパのお友達が家に遊びに来たことは何度もあるけど、ブルーのお友達にはなってないでしょ?
 ブルーは遊んで貰っていたけど、お友達とは違うものね?
 ハーレイ先生でも、何も知らない人から見ればおんなじなのよ。
 パパのお友達と遊んでいます、っていう風になるか、似てない親子か、親戚くらいね。
 友達同士だと思うような人は、誰もいないんじゃないのかしら…。
 本当はお友達だけれども、ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイだったからでしょ?



 母にまで言われてしまった親子。友達同士よりかは親子。
 そういうことになってしまうのか、と部屋に戻って考え込んだ。勉強机に頬杖をついて。
 これはマズイと、ハーレイとバスには乗れないと。
 二人並んで乗っていたなら、さながら今日の親子連れ。父親と子供にされてしまう。恋人同士で乗っているのに、デートに出掛ける途中なのに。
(…出掛けるんなら車だよね?)
 車だったら、きっと安心。
 ハーレイが運転して、自分は助手席。これならデートだ、と思ったけれど。
(…お母さん抜きのドライブに見える?)
 助手席に乗るべき母親は留守番をしていて、息子が助手席に座っているように見えるだろうか。父親と息子だけでの外出はさして珍しくもないのだし…。例えば釣りとか、山登りとか。

(…車でもやっぱり間違えられちゃう?)
 それでも車には二人きり。他の乗客はいないわけだし、そうそう人目につかないだろう。信号で止まっても覗き込むような人はいないし、親子連れだと思われはしない。
 車の方が安心だよね、と考えたけれど。
(じゃあ、バスには…)
 乗れないのだろうか、仲良し親子と勘違いされたくないのなら。
 ハーレイと二人、バスの座席に並んでゆくことは無理なのだろうか?
 何処かへ行こうと、今日はバスだと乗り込むことは。



(でも、ハーレイの車があるしね?)
 バスは駄目でも車があるから、と思ったけれども、問題が一つ。
 運転するのはハーレイなのだし、自分の方を向いて話しては貰えない。バスに乗っていた親子のように遊びも出来ない。
 ハーレイと手遊びをしたいわけではないけれど。手を繋げればそれで充分だけれど。
 それが出来ないのが、ハーレイの運転する車。
 ハーレイの目は前を見詰めていなければ駄目だし、両手はハンドルに持ってゆかれる。車を操る方が優先、鳶色の目も大きな両手も、ブルーの相手をしてはくれない。
(バスだったら…)
 座席に二人、並んで座れる。並んで好きなだけ話が出来るし、手だって繋げる。ハーレイの肩にもたれて乗っても行ける。
 眠くなったらもたれて、眠って、「そろそろ着くぞ」と起こして貰える。
(だけど、ハーレイと仲良し親子…)
 誤解されそうなバスの中。
 恋人同士だとは思って貰えず、親子なのだと間違えられそうなバスの中。



 ハーレイと乗るなら車か、バスか。
 いったいどちらがいいのだろう、と悩んでいたらチャイムが鳴って。
 仕事帰りのハーレイが寄ってくれたから、早速、訊いてみることにした。母が運んで来たお茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで、向かい合わせで。
「えーっと…。ハーレイ、車かバスかどっちがいい?」
「はあ?」
 何の前置きもなく投げ掛けた質問、ハーレイに通じるわけがない。意図に気付いて貰えない。
 返って来た答えは「バスは運転出来んからなあ…」という的外れなもの、バスを運転するための免許は持っていないというハーレイ。
「バスはな、免許が別なんだ。普通の車よりも大きいからな」
 シャングリラよりはずっと小さいが…、とハーレイは白い鯨を持ち出した。あの船も動かすには資格が必要だったが自分は持っていなかったと。しかし今ではそういうわけにもいかないと。
 無免許では運転出来ない世界。ブルーが乗りたくてもバスを運転してはやれない、と大真面目な顔で言われたから。
「ううん、ハーレイが運転するんじゃなくって…」
 運転手さんが運転するバス。ぼくが学校へ行くのに乗ってるようなバスのことなんだけど…。



 こうなんだよ、と最初から順を追って話した。
 バスの中で出会った親子連れのこと、それに母との会話のこと。自分があれこれ考えたことも。
 ハーレイと二人でバスに乗ったら親子連れだと思われそうだと、車の方がいいだろうか、と。
 車にハーレイを取られてしまうけれども、恋人同士ならば車だろうか、と。
「うーむ…。確かに車を運転するなら、お前がお留守になっちまうが…」
 運転しながら横は向けんし、ハンドルから手を離すわけにもいかんしなあ…。
 しかしバスだと親子連れだと思われちまう、と言われりゃそういう気もするし…。
「ハーレイも車の方がいい? バスよりも車」
 覗き込まないと、誰が乗ってるのか分かりにくいし、間違われにくいと思うんだけど…。
 だけど車はハーレイの手と目を持ってっちゃうし…。手を繋いだりも出来ないし…。
「なるほどなあ…。バスだと俺の目も手も、お前の相手だけをしていられるか…」
 いつかはお前と二人でドライブに行こう、と楽しみにしてたが、バスと来たか。
 俺はバスなんぞは、まるで考えてはいなかったんだが…。



 そいつもいいな、とハーレイが微笑む。
 バスでゆく旅も、なかなかに面白いものなのだ、と。
「…バスの旅?」
 それって路線バスじゃなくって、観光バスで行く旅行のこと?
 学校の遠足とかで乗るようなバスで旅行をするの?
「行ったこと、ないか? バスで旅行は」
 色々なヤツがあるんだがなあ、お前は遠足でしか乗ってないのか、観光バスは?
「うん…。バスでなくても、普通の旅行は疲れちゃうから行ったことがないよ」
 いつも両親が計画を立てた旅行だった、と説明した。
 生まれつき身体が弱いブルーは、祖父母に会いに遠い地域へ出掛けただけでも熱を出したから。決まったスケジュールで旅をするなど難しそうだ、と何処へ行くにもツアーは無し。
 初めてのツアーになる筈だったのが父が約束してくれた宇宙から地球を眺められる旅で、本当は夏休みに行く予定だった。けれども出会ってしまったハーレイ。再会した前の生からの恋人。
 そのハーレイと一緒にいたくて、過ごしたくて。
 夏休みのツアーは父に頼みもしなかった。行きたいと言うのも忘れていた。
 だから知らない、バスの旅どころかツアーなるもの。
 観光バスには学校の行事で乗って行っただけで、それすらも休みがちだった、と。



「そうだったのか…。しかしだ、宇宙旅行をしようって程度には少し丈夫になったんだな?」
 夏休みに予定があったのなら、と訊かれたから。
「うん。…パパが短い旅行だったら行けそうだな、って言ってくれたし…」
 地球を見る旅は宇宙船に乗って行くだけで、あちこち見て回るわけじゃないしね。疲れた時には部屋で休めるから、ちょうど良さそうだ、ってパパとママが…。
 大丈夫だったら、もっと他にも旅行をしよう、って話になっていたんだよ。
「ふうむ…。それなら、まずは俺の車でドライブってトコから始めてバスの旅だな」
 車の方が小回りが利くし、いつでも休憩出来るんだが…、とハーレイは車の利点を挙げた。二人きりだから好きな時間に行って帰って来られるけれども、便利なものではあるけれど。
 バスでなければ行けない場所も存在していて、其処に行くならバスの旅だと。



「…それって、何処なの?」
 車だと駄目でバスならいいって、どういう場所なの、ねえ、ハーレイ?
「自然を大切にしている場所だな、高い山にある高原とかな」
 他の地域だとライオンなんかが住んでいる場所を走ったりもする。地球の上だけでも幾つくらい存在してるんだかなあ、そういう所。
 この地域で野生のライオンを見るのは無理だが、高原に行けば雷鳥がいるぞ。
「雷鳥? あれに会えるの?」
「普通は山を登って行かなきゃ会えないが…、だ。バスの旅なら高原まで運んでくれるしな」
 後はハイキングの気分で歩けば、雷鳥に会える。運が良ければヒナを何羽も連れたヤツにな。
「ヒナを何羽も? 行列してるの、雷鳥のヒナが?」
「そうさ、親鳥の後ろについて行くんだ、小さいのが何羽もヨチヨチとな」
 見てみたいだろ、そういうの。高山植物だって沢山あるぞ。自然ってヤツがたっぷりなんだ。
 だから人間が大勢で押し寄せないよう、車は禁止でバスだけってな。
 どうだ、バスの旅、行ってみたい気がしてきたか?
「うんっ!」
 雷鳥のヒナの行列に会ってみたいよ。それで大丈夫だったら、もっと他にも。ライオンとかにも会ってみたいし、いろんな所へ行ってみたいな、ハーレイと。



「よし。バスの旅なら二人並んで座って行けるし…」
 それから、お前の夢の宇宙旅行。約束したろう、いつか宇宙から地球を見ようと。
 あれも並んで座るシートだぞ、観光バスとは違うがな。
「そういえば…」
 宇宙船のシート、そうなってるね。ぼくは乗ったことがないけれど…。
「なあに、いつかは乗ることになるんだ、俺と一緒に」
 宇宙船でも観光バスでも、きっとカップルに見て貰えるさ、とハーレイは極めて楽観的で。
「どうしてそうだと言い切れるの?」
「ん? それはだな…。なにしろ俺がお前に惚れてるからなあ、そのせいだな」
 二人並んで座ったからには、お前の肩とか抱いてるだろうし。
 そんな具合でくっついていれば、恋人同士だと一目で分かるだろうが。
「でも…。仲のいい親子とか友達だったら…」
「肩は組むってか?」
「うん」
 そういうのと間違えられるんじゃないの? ぼくとハーレイ、男同士のカップルだもの。
 恋人同士だって思うよりも先に、親子か友達。
 そんな組み合わせと勘違いされて、最悪、ハーレイとぼくは親子なんだよ、仲良しの親子。



 どうにも心配でたまらない、世間の勘違い。
 せっかく恋人同士で並んで座っているのに、友達どころかハーレイと親子。
 それは嫌だ、と思うからこそ、バスに乗るのは諦めようかと悩んでいたのにバスの旅。ついでに宇宙船の旅。どちらも親子と間違えられる危険と隣り合わせだ、とブルーが訴え掛けたら。
「だったら、キスだな。こいつで間違いなく恋人同士だ」
 頬っぺたや額にキスするんじゃないぞ、今はまだ禁止しているキスだ。これなら誰でも分かってくれるさ、恋人同士なんだとな。
「…やっていいの、人前でキスなんか?」
 頬っぺたとかなら普通だけど…。親子とかでもやっているけど、そんなキスをしても大丈夫?
「周りに大人しかいなかったらな」
 子供が見てたら流石にマズイが、大人だったら見ないふりをしててくれると思うぞ。
「見ないふりって…。それって、とっても恥ずかしいんだけど…!」
 キスをしてるの見えてるんでしょ、だけど見てないふりだなんて…!
 逆に注目してるんじゃないの、あそこの二人はキスをしてるな、って…!
「それはそうだが、親子でいいのか?」
 俺と親子のままでいいのか、勘違いされて、お前が俺の息子ってことで。
「親子は困るよ!」
「ならば、ベッタリといこうじゃないか」
 恥ずかしがってなんかいないで、堂々とキスだ。周りが注目していようとな。



 前のお前の憧れだろう、とハーレイは片目を瞑ってみせた。
 憧れていたと、何度も口にしていたと。
「…前のぼくって…。何に?」
「忘れちまったか? お前が教えてくれたんだが…。こういう言葉を見付けた、とな」
 バカップル、と紡がれた言葉。
 馬鹿とカップルとを組み合わせた造語、前のブルーが見付け出した遠い昔の呼び方。周りに人が大勢いようが、ベッタリくっついた恋人たちをそう呼んだという。バカップル、と。
「ハーレイっ…!」
 たちまち思い出した遠い記憶に、ブルーは真っ赤になってしまった。耳の先まで。
 バカップルという言葉を見付けて、それがなんとも幸せそうに思えたから。前の自分たちの仲は誰にも内緒で、決して明かせなかったから。
 羨ましかったバカップル。真似てみたい、と憧れた。バカップルと呼ばれた恋人たちに。
 気分だけでも、とハーレイを巻き込んで青の間でやっていたバカップルごっこ。
 ブリッジでの勤務を終えたハーレイに大きな綿菓子を一個持って来させて、二人で食べた。同じ綿菓子を間に挟んで、それぞれの側から食べて進んで、最後にはキス。
 そんな遊びを何度もしていた。バカップルだと、バカップルならではの食べ方なのだ、と。



「お前、俺にもやらせてたろうが、バカップルの真似」
 綿菓子の食い方、前にも土産に持って来てやって話したよな…?
 今度は誰にも遠慮しないでバカップルになれるし、キスしてもいいと思うんだが…。
 そういうのは嫌か、人前でキス。
 親子連れと間違われている方がいいか、バカップルだと思われるよりも…?
「ううん…。親子連れよりバカップルだよ」
 ちょっぴり恥ずかしいけれど…。ううん、とっても恥ずかしいけれど、バカップルがいい。
 ハーレイと恋人同士なんだ、って分かって貰える方がずっといいよ、間違えられてるよりも。
 ちゃんと結婚してるのに親子だと思われていたんじゃ、あんまりだもの。
「まあな。…しかしだ、俺に言わせれば…、だ」
 別にキスまでしなくたってだ、ベッタリくっついていれば充分、分かって貰えそうだがな…?
 お前、まるっきり忘れちまっているみたいなんだが、結婚指輪。
 前の俺たちには無かった指輪が今度はあるんだ、それで大抵、気付くんじゃないか?
 小さな子供は分からんだろうが、お前くらいの年になったら知ってるだろうが。
 左手の薬指に嵌まった指輪は何の意味だか、揃いの指輪を嵌めていたならカップルだな、と。



「…そっか、指輪…」
 すっかり忘れてしまっていた。まるで気付きもしなかった。
 前の自分たちには縁が無かったものだから。嵌めてみたくても、嵌められなかった二人だから。
 それに白いシャングリラに結婚指輪は無くて、誰も嵌めてはいなかったから…。
「ほらな、忘れていたんだろうが。…いや、知らないと言うべきか…」
 今度は指輪が必須なんだぞ、結婚式を挙げる時には。
 お互いに指輪を交換しなくちゃ、結婚式を挙げる意味が無いってな。俺がお前の左手に嵌めて、お前が俺の左手に嵌めて。
 …そうして揃いの指輪が出来るってわけだ、左手の薬指に俺たちの結婚指輪。
 お前は完全に忘れただろうし、こいつも思い出しておけ。…シャングリラ・リング。
「…シャングリラ・リング?」
 なんだったっけ…。えーっと…。ああ、思い出した!
 シャングリラで出来た指輪だった、とブルーは叫んだ。白いシャングリラの指輪だっけ、と。
 遠い昔にトォニィが決めて、役目を終えたシャングリラ。
 その船体の一部だった金属が今も残っているという。結婚を決めたカップルのために、そこから作られるシャングリラ・リング。年に一回、決まった数だけ、抽選で。
 それをハーレイと申し込もうと決めたのだった。白いシャングリラの指輪を、と。
「お前、やっぱり忘れていたな? そして、俺はだ…」
 約束した通り、ちゃんと覚えていたぞ?
 貰えるといいな、シャングリラ・リング。同じ結婚指輪なら断然、そいつだよなあ…。



 当たるかどうかは運次第だけども、出来るならば嵌めたいシャングリラ・リング。
 それが駄目でも、左手の薬指には結婚指輪。揃いの指輪。
 親子連れなら嵌めてはいないし、友達同士でも嵌めてはいない。
 ハーレイの言う通り、わざわざキスなど交わすまでも無く、恋人同士だと指輪が周りに知らせてくれる。結婚式を挙げた二人なのだと、カップルなのだと。
 けれども二人でバスに乗るなら、宇宙船に乗ってゆくのなら。
 二人並んで座席に座ってゆくのだったら、バカップルの旅もいいかもしれない。
 前の自分が憧れていたバカップル。綿菓子を食べて遊んだバカップルごっこ。
 今度は結婚出来るのだから。結婚して旅をしているのだから。
 親子ではないと、恋人同士の二人なのだと、結婚指輪を嵌めていたってバカップル。
 恥ずかしい気持ちはあるのだけれども、周りに人がいても、キスを交わして。



 「バカップルもいいね」と小さな声で頬を染めながら呟いたら。
 そんなのもいいね、と鳶色の瞳を見上げたら…。
「うむ。俺もたまには運転しないで触りたいしな、お前にな」
 ちゃんと顔を見て話が出来てだ、両手も空いているのがいいな。
 バカップルとまではいかなくっても、並んで座って出掛けたいもんだ。運転席と助手席に別れて乗るんじゃなくって、本当に並べる席に座って。
「それじゃ、最初は…」
 二人並んで座って行くだけでいいの、結婚指輪を左手に嵌めて。
 そういうのを何度かやって慣れたら、いつかバカップルになってみるとか…?
「俺のお勧めはそいつだな。まずは普通のバスでデートと洒落込んでみるか?」
 結婚指輪を嵌めていたなら、親子連れだと間違えられることも無さそうだしなあ…。
 それでも誰かが間違えてたなら、二人で手でも繋いでみるか。



 バスの旅への練習も兼ねて、普通のバスでの外出から。
 いきなり旅行に出掛けるのではなくて買い物くらい、と誘われたから。
 行ってみようか、そういうデートに。
 ハーレイと二人、お揃いの結婚指輪を左手の薬指に嵌めて街まで買い物に。
 行き先は特に何処とも決めずに、あちこち回って、買い物とデート。
 親子連れだと間違えられないかどうか、路線バスの座席に二人で並んで座って。
(うん、結婚指輪を嵌めていたなら、大丈夫!)
 きっと恋人同士だと分かって貰える、と思うけれども、こればっかりは分からない。
 ハーレイとの年の差は大きいのだから、親子でも通りそうなのだから。
 周りを時々窺いながらの、路線バスでの二人掛けのシート。
 其処にハーレイと並んで座って、デート。
 もしも親子連れだと間違えられそうな気配がしたなら、ハーレイにベッタリ甘えてみよう。
 バカップルはちょっぴり恥ずかしいから、もたれかかって、手を繋いで。
 「肩を抱いて」と強請ってみるとか、それくらいがきっと限界だろうけれども…。




           バスで並んで・了

※ハーレイと乗るなら、バスか車か。考え込んだブルーですけど、提案されたバスでの旅。
 きっと素敵な旅になる筈。前のブルーが憧れていた、バカップルの夢も実現できそうですね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv










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