忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

君の許へと

 遠い昔、荒廃し切って人間が棲めなくなった星、地球。
 その地球を蘇らせるために完全な生命管理社会が築かれ、サイオンを持った新人類のミュウと、旧人類との戦いの火蓋が切って落とされた。
 それはとうに遙か彼方に過ぎ去った歴史の世界で、青い水の星として蘇った地球に今は大勢のミュウたちが暮らす。旧人類はもう植民惑星にすら残ってはおらず、人間と言えばミュウを指す社会。
 ブルーはそういう地球に生まれて育った。優しい両親と暮らす暖かで穏やかな日々に恵まれ、アルビノであることを除けば、ごくごく平凡な少年として。
 十四歳を迎えて間もなく、前世の自分が死の直前に受けた傷痕がその身に現れ、あまりにも特異で悲劇的であった前世の記憶を取り戻すまでは……。



「…ハーレイっ…!」
 自分の悲鳴で目覚めたブルーの瞳に常夜灯だけが灯った暗い部屋が映る。
(……夢だったんだ……)
 腕を伸ばして明かりを点ければ、其処はいつもの自分の部屋。机の上にはノートと教科書が置かれ、学校へ提げてゆく鞄もあった。
 そう、今の自分は両親と共に地球で暮らしている普通の少年。三百年以上もの長い時を生き、その仲間たちの盾となるために一人きりで戦い、宇宙に散ったミュウの長ではないのだけれど…。
「…また、あの夢…」
 怖い、とブルーは身を震わせて自分の身体を抱き締めた。
 忌まわしい青い光に満ちた惑星破壊兵器・メギドの制御室。其処で何発もの銃弾を受け、自らのサイオンを暴走させて巨大なメギドを道連れに死ぬ。
 その夢を何度見ただろう。目が覚める度に言い知れぬ不安に襲われる。実は自分はあの時に死に、魂だけが地球へ行きたくて夢を紡いでいるのではないか。今の日々は死んだソルジャー・ブルーが見ている夢で、十四歳の自分は彼が紡ぎ出した陽炎のように儚い幻なのではないだろうか、と。
(…怖い。怖いよ、ハーレイ…。夢だよね? ぼくが見ていたメギドの方が夢なんだよね?)
 そうだよね、と同意を求めたくても、応えてくれる声は無かった。
 前世でブルーが愛したハーレイ。
 ミュウたちの船、シャングリラのキャプテンであった彼もまた、ブルー同様に生まれ変わっていたのだけれど。ブルーの記憶が戻ると同時に彼の記憶もまた戻ったのだけれど、この生でブルーはソルジャー・ブルーではなく、ハーレイもキャプテンなどではなかった。
 ブルーは学校へ通う十四歳の少年であり、ハーレイはブルーの学校の教師。ただそれだけしか接点の無い二人にとっては共に暮らすなど夢のまた夢、こうして夜中に独り目覚めても傍にハーレイの温もりは無い。
(……ハーレイ…。今すぐ君に会いたいよ。夢だと言って欲しいよ、ハーレイ…)
 ハーレイの所へ飛んで行けたなら、とブルーの瞳から涙が溢れる。
 会いたい。ハーレイに会いたくてたまらないのに、ハーレイの家は何ブロックも離れた先で。
(…ぼくだってタイプ・ブルーなのに…)
 飛べないなんて、とブルーはポロポロと涙を零した。



 ブルーのサイオン・タイプは名前そのままに、前世であったソルジャー・ブルーと同じに最強レベルと謳われるブルー。
 けれど人類が全てミュウとなった社会でタイプ・ブルーの高い能力は必要が無い。攻撃力などは言わずもがなだし、得意とされる瞬間移動も私的な移動ならばともかく、登下校や出勤などの際にはルール違反とされる有様だった。
 それゆえにブルーは瞬間移動をしたことがない。幼い頃から駆け回るよりも本を読んだりする方が好きで、足の速い友人たちを出し抜くための瞬間移動などブルーにはまるで必要無かった。
 瞬間移動が出来ないタイプのミュウも多いから教えてくれる授業は無いし、成長の過程で自然に身に付けることをしなかったブルーにとっては雲の上の技と呼ぶに等しい。
(…ハーレイの所へ飛んでいけたら…)
 一度だけ遊びに行ったことのあるハーレイが一人で暮らす家。
 それまではハーレイがブルーの家を訪れ、ブルーの母がお茶を淹れたり食事を用意してくれたりと気遣ってくれるのが常だった。母の気持ちは有難かったが、ブルーは何処か落ち着かない。前世のようにハーレイと二人きりの時間を過ごしたいのに、同じ屋根の下に母がいるのだから。
 そういう逢瀬が続いただけに、ハーレイの家に招かれた時は嬉しかった。誰にも邪魔をされることなく、母が来ないかとドアの方をいつも気にしていなくても済む。
 すっかり舞い上がってしまったブルーは前世で失った時間を取り戻すかのようにハーレイに甘え、幸せなひと時を過ごしたのだけれど…。
「ブルー。…やはり次からは私が行こう」
 帰り際にハーレイがそう告げた。
「…お前と二人きりになってしまうと抑えが利かなくなりそうだ。お前に自覚は無いかもしれんが、お前、昔とそっくりな顔をしていたぞ。…そんな表情、お前にはまだ早いんだ」
 駄目だと言われるキスを強請ったわけでもないのに、どの辺りがいけなかったのか。キョトンとするブルーにハーレイは重ねてこう言ったものだ。
「自覚が無いなら、尚更だな。…お前の中身は昔と変わっていないんだろうが、お前は心も身体も子供だ。…俺はお前を大事にしたいし、それが分かるなら来るんじゃない」
 それきり、ハーレイは家に呼んではくれなかった。学校のクラブ活動での教え子たちは遠慮なく遊びに行っているのに、ブルーは呼んで貰えない。いっそクラブに入ろうかとまで思い詰めたが、運動の類が不得手なブルーにハーレイが顧問を務めるクラブは些か敷居が高すぎた。



(…ハーレイ…。会いたいよ、ハーレイ…)
 ハーレイならきっと、さっきの夢を「もう過ぎたことだ」「思い出すな」と何度も繰り返してくれるだろうに。…会いたい時にハーレイがいない。こんな夜中に独りで泣いていたくはないのに、飛んで行くことすら叶わない自分。
 せめてタイプ・ブルーの能力どおりに瞬間移動が出来たなら。
 そうしたら数ブロックの距離くらい軽く飛び越え、ハーレイの家に行けるのに。
 「来てはいけない」とは言われたけれども、こんな夜は側に居て欲しい。メギドでのことは過ぎたことだと、今の生は夢でも幻でもなく、間違いなく二人で地球に居るのだと、繰り返し言って欲しいのに…。
(……ハーレイ……。側にいて抱き締めて欲しいよ、ハーレイ……)
 けれど空間は越えられない。
 ミュウしかいない今の世界では、ハーレイの許にだけ届く思念を紡ぐことすら難しい。瞬間移動を教える授業が無いのと同じで、その術もブルーは習わなかった。相手を定めず、ただ大声で叫ぶに等しい思念だったら数ブロックくらい離れていたって届けられるのかもしれないけれど。
(…それこそ近所迷惑だよね…)
 今のような夜中でなくとも、不特定多数に届く思念を私的な目的で放つ行為は無作法とされる。誰の思念かがバレようものなら、父や母に苦情が来るかもしれず。
(……ハーレイ……)
 会いたいよ、と枕に顔を埋めて半ば泣きながらブルーは再び眠りに就いた。せめて今から見る夢でくらい、ハーレイに会いたいと願い続けながら…。



 ブルーが心底、会いたいと願って求めたハーレイ。
 そのハーレイはブルーが夢にうなされて目覚めたことも、泣いていたことも全く知らずに自分のベッドで眠っていた。夢さえ見てはいなかったのだが、不意に意識が浮上する。
「………ん?」
 ハーレイの傍らに何かが居た。子供の頃に母が飼っていた猫の温もりを思い出す。
(…また来たのか…)
 自分の身体で猫を潰してしまわないよう、寝ぼけ眼で押しやろうとして気が付いた。此処まで自分が育つよりも前に猫はいなくなってしまった筈だ。では、何が…?
 夜の闇の中、手探りでその生き物を判別するべく触れようとした矢先にそれが身じろぐ。
「……ハーレイ……」
 会いたいよ、と涙交じりの声が微かに聞こえた。
(ブルー?!)
 何故、とハーレイは仰天した。恐る恐る伸ばした指先に感じる柔らかく滑らかな頬の感触。前世で何度も触れて口付けた、愛おしいブルーの頬そのままで。
(…ど、どうしてブルーが此処に居るんだ!?)
 いつの間に、と慌てふためく心に届いたブルーの思い。前世の彼なら有り得なかった、遮蔽されていない心から溢れて流れ出す記憶。
 メギドでの出来事を夢に見てしまい、怯えてハーレイを呼んでいた。会いたいと願い、それが叶わぬ悲しみに泣き濡れながら眠りに就いて、恐らくは……。
(……無意識の内に飛んだのか…。誰が教えたわけでもないのに……)
 前世のブルーは自由自在に飛ぶことが出来た。その記憶が助けたのかもしれない。とにかくブルーは眠っている間に、自分のベッドからハーレイが眠るベッドへと空間を越えて来たわけで。
「……弱ったな……」
 ハーレイはボソリと呟いた。
 ブルーが考えているよりもずっと、ハーレイはブルーに惹かれている。かつてハーレイと恋人同士の時を持つようになった頃よりも、今のブルーは幼く、か弱い。それなのにブルーを求めてしまう。既に手に入れているブルーの心と共に、その身体をも愛し、思う存分、貪りたくなる。
 しかしブルーの心はともかく、身体にはまだ求める行為は早過ぎた。前世と同じくらいに育つまでは、と懸命に自制し、家にも決して訪ねて来るなとあれほどに念を押したのに…!



「……ハーレイ……」
 ブルーが瞼を閉ざしたままで、ハーレイの腕に縋り付いてきた。求める温もりを見出したからか、そのままスルリと懐にもぐり込み、後は穏やかな寝息が聞こえてくるだけ。
(…おい、ブルー! 襲われたいのか!)
 無防備すぎるブルーの姿にハーレイは恐慌状態だったが、それをブルーが知る筈もない。その夜、すやすやと眠り続けるブルーとは逆に、ハーレイは夜明けまでまんじりともせずに己の欲望と戦うことを余儀なくされた。
 うっかり眠ってしまったが最後、何をしでかすか分からない。なにしろ前世の自分とブルーは身も心も結ばれた恋人同士で、ブルーの身体の弱い所も隅々までも、指が、この手が、あますことなく記憶し、覚えているのだから。



 翌朝、ハーレイのベッドで目覚めたブルーは「あれ?」と周囲を見回してから、蕩けそうな笑みを浮かべて言った。
「…おはよう、ハーレイ。もしかして、気が付いて来てくれた…?」
「違う、来たのはお前の方だ。…お前がいるのは俺のベッドで、この家は俺の家なんだが…」
 その瞬間のブルーの笑顔を、ハーレイはきっと生涯、忘れることは出来ないだろう。喜びに満ちて輝くような眩しく、そして美しい笑顔。
「ハーレイ…!」
 ブルーはハーレイが徹夜で己と戦い続けたことも知らずに抱き付き、その胸に頬を擦り寄せた。
「良かった、あれは夢じゃなかった。…メギドの夢を見たんだ、昨夜。とても怖くて、ハーレイにとても会いたくて…。会いたくて、どうしても会いたくて…。そうしたら側にハーレイがいた」
 しがみ付いたら温かかった、とブルーはハーレイの胸に甘える。
「…ぼくは飛べないと思っていたけど、飛べたんだ。もう今度から夢を見たって怖くない。…ハーレイの所に来てもいいよね、飛べるんだから」
「……あ、ああ……。そうだな、お前は飛べるんだしな…」
 怖い夢を見たらいつでも来い、とブルーの倍以上の年を重ねた大人の貫録を示してやりつつ、ハーレイは秘かにうろたえていた。
 前世でのブルーの能力の高さからして、二度目、三度目は確実にあるだろう。その度に蛇の生殺しなのか、と天を仰ぎたい気持ちになる。
 おまけに今日の、この状況。幸い土曜日で学校の方は休みだったが、ブルーの両親に何と説明するべきか…。ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイが恋仲だったという事実など誰一人として知りはしないし、何ゆえにブルーが此処へ来たかを話すことはとても難しそうだ。
「…ハーレイ? どうしたの、何か迷惑だった?」
「い、いや…。今日は学校は休みだったな、と思ってな」
 朝飯にするか? と尋ねるとブルーは嬉しそうにコクリと頷いた。年相応なその表情にハーレイは心で苦笑する。身体が中身についていかない、誰よりも愛おしくて大切な恋人。手を出さないよう我慢するのは拷問だったが、それもブルーに再び出会えたがゆえの甘く切ない茨の檻で。
「よし、お前のために腕を奮うとするか。これでも料理は得意なんだぞ」
 沢山食べて大きくなれよ、とブルーの銀色の髪を右手でクシャクシャと撫でてベッドから降りる。
(…まずはブルーの家に連絡しておかないとな。朝飯が済んだら送って行くか)
 考えながら歩き始めたハーレイの腕にブルーがギュッと抱き付いてきた。何処までも無自覚で、それでいて立派な恋人のつもりの十四歳のブルー。当分はギャップに悩まされることになりそうだ、と溜息をつきながらもハーレイもまた、心地よい幸せに酔いしれていた……。




              君の許へと・了





PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]