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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

天国の食事
(ふかふかでフワフワ…)
 それに真っ白、とブルーが眺めた空の雲。部屋の窓から、ガラス越しに。
 学校から帰って、おやつを食べて戻った二階の自分の部屋。ふと目をやったら見付けた雲たち。青空に幾つも浮かぶ雲。ふんわり白くて、ゆっくりゆっくり流れてゆく。
(柔らかそう…)
 見上げたら、まるで雲の絨毯。こんもりと盛り上がった雲なら、雲の峰になる。天国はきっと、ああいう世界なのだろう。雲間から光が射している時は、天使が顔を覗かせるとも聞いたから。
 天使の梯子と呼ばれる現象、前にハーレイが教えてくれた。天使が昇り降りする梯子なのだと。昇り降りする天使の他にも、雲の縁から下を覗いている天使たち。ヒョイと顔を出して。
 それが天国の光景だったら、天国は雲の上にある。水蒸気で出来た雲だけれども、それとは別にある世界。前の自分が雲の上を飛んでも、天国は見えなかったから。
 生きた人間の目には見えない、魂たちが行く世界。何人もの天使が行き交う天国。もしも天国に行ったなら…。
(雲の上で暮らして、足元はフカフカ…)
 足がちょっぴり沈み込むような、真っ白な雲で出来ている世界。何処まで行っても雲の世界で、聳える山も雲なのだろう。前の自分が見下ろしたような、雲の峰が幾つも並んでいて。
 天国が雲の世界だったら、食べ物だって雲かもしれない。青空にぽっかり浮かんだ雲は、綿菓子みたいに見えるから。細い細い糸の砂糖菓子。甘くて幸せな味の綿菓子。
(毟って食べたら、美味しいとか?)
 甘いだけじゃなくて、と考えた。いくら天国でも、綿菓子ばかりの食事だと飽きてしまいそう。この世界にある綿菓子よりも、ずっと美味しい綿菓子でも。
 そうならないよう、色々な味になってくれる雲。なにしろ天国なのだから。
 甘いお菓子でも、オムレツにでも、どんな味にでもなれる雲。今、食べたいな、と思う味に。
(そうなのかもね?)
 天国だもの、と空に浮かぶ雲に思いを馳せる。水蒸気の塊の雲とは違った、天国の雲。此処から見える雲の上にある、本物の天国にあるだろう雲。
 その雲を千切って口に入れたら、欲しい味。食べたいと思う食べ物の味になるだとか、と。
 見た目は雲の塊でも。ふうわりと白い綿菓子でも。



 味だけ変身するのかもね、と広がる想像。天国の雲は色々な味がするのかも、と。
 雲の絨毯を毟って食べたら、食べたい味が口に広がる。食事の後には、雲のデザートだって。
(その方が神様だって、きっと楽だよ)
 天国には大勢の人が来るから、その人たちの数だけ色々な食べ物を用意するより、雲だけの方が省ける手間。「此処では雲を食べるように」と言いさえしたなら、それで済むから。
 天使たちがせっせと料理するより、誰もが好きに雲を千切って、食べたい料理を楽しめばいい。その日の気分で軽い食事や、うんと沢山の品数が並ぶ豪華なコース料理や。
(天国のレストランもいいけど…)
 あったら素敵だと思うけれども、きっと用意が大変だろう。テーブルや椅子は揃うとしたって、其処で供する料理が問題。大勢のお客の注文に応えて、あれこれと出してゆく料理。
 SD体制の頃ならともかく、今の時代や、SD体制に入るよりも前の豊かな地球の時代なら…。
(お料理、沢山…)
 地球が生み出した文化の数だけある料理。和食だけでも凄い数だし、他の文化の料理も山ほど。その上、料理人たちの工夫もあるから、数え切れないバリエーション。
 お客が「これを」と注文する料理、それを端から作るためにと、てんてこ舞いの天使たち。白い翼を背中に背負って、キッチンの中を右へ左へ。
 天使もエプロンを着けるのだろうか、シェフたちが被る帽子なんかも。料理をするなら、それに相応しい格好でないと、白い衣が汚れそう。輝くような天使の衣が。
(それとも、自分でお料理できるの?)
 天国のレストランで出てくる料理は、広く知られた料理だけかもしれない。SD体制が終わった今でも、効率の方を優先で。天使たちが無理なく作れる範囲で、定番のメニュー。
 他の料理が食べたいのならば、キッチンを借りて、好みの料理を自分で作る。材料などを揃えて貰って、「今日はこれだ」と食べたい料理を。
(それもなんだか大変そう…)
 作るのは天国の住人たちなのだけれど、食材を揃えに行く天使。それぞれの所に必要なものを。
 キッチンを借りる人に合わせて、あちらこちらに届けて回る。「此処にはこれ」と。
 調理器具だって、きっと山ほど要ることだろう。お鍋の種類もいくらでもあるし、混ぜるための道具も実に様々。何処にあるかと訊かれる度に、天使が「どうぞ」と出したりもして。



 なんとも大変、と改めて思った天国の食事。食べたい料理も食べられないなら、それは天国とは呼べないから。「こんな所は嫌だ」と思う人が大勢、出て来そうだから。
 誰もが幸せに暮らせる天国、食事も工夫されていた筈。誰でも満足できるようにと。
 ならば、天国の食事はどういうものだったろう。やって来た人が飽きない料理で、喜ばれる味を出していた筈の天国の食事というものは…?
(うーん…)
 確かに食べた筈なんだけど、と記憶の奥を探ってみる。何か手掛かりは無いだろうか、と。青い地球の上に生まれる前には、天国で食事をしただろうから。
 新しい命と身体を貰って生まれ変わる前には、きっと何度も食事していた筈なのに…。
(…思い出せない…)
 何を食べたか、何処で食事をしていたか。フカフカの雲の絨毯の上で暮らしていた頃。
 レストランに行ったか、雲を千切って食べていたのか、それとも料理をして食べたのか。何度も食べた筈だというのに、記憶の欠片も残っていない。美味しかったとも、不味かったとも。
(好き嫌いが無いのが悪かった…?)
 弱い身体に生まれた割には、何でも食べられる今の自分。好き嫌いなどは言わないで。
 前の自分もそうだった。アルタミラの檻で過ごした頃には、食べ物と言ったら餌と水だけ。檻に突っ込まれたそれを黙々と食べて、命を繋いでいたというだけ。希望の光も見えないままで。
 脱出した後も、贅沢を言えはしなかった食事。出された食事がどんな物でも、食べられなければ無くなる食べ物。パンと水しか。
 そういう暮らしが長かったせいで、好き嫌いなど無かった自分。今の自分にも継がれるほどに。
 前の自分はそうだったから、何が出たって食べただろうし、「これは嫌」とも思わないから…。
(覚えるような食べ物、無かった…?)
 天国という所には。生まれ変わっても覚えているほど、印象に残る食べ物などは。
 我儘を言っていなかったせいで、キッチンも借りずに終わっただとか。日々の食事に満足して。
(そうだったのかも…)
 こうして記憶を探ってみたって、まるで覚えていないなら。欠片さえも思い出せないのなら。
 ハーレイと一緒に、何度も食べていた筈なのに。
 青い地球の上に生まれられる日を待っている間に、何度も何度も食べただろうに…。



 ハーレイと二人で食べていたなら、毎日がデートのようなもの。前の自分たちが青の間で食べた朝食みたいに、ハーレイと二人きりのテーブルではなかったとしても。
 他にお客がいたとしたって、デートはデート。天国のレストランに行くというだけ、今の自分の憧れのデートと変わらない。「ハーレイと食事に行きたいな」と描いている夢。
 二人で雲を食べていたなら、二人きり。キッチンを借りていたのだったら、二人きりであれこれ楽しめた筈。作る時から二人なのだし、出来上がった料理を食べる時にも。
 そうは思っても、ハーレイと食べた食事のこと。天国で何を食べていたのか。
(…ハーレイだって、覚えていないよね?)
 好き嫌いが無いという点については、ハーレイも全く同じだから。前の生でも無かったのだし、今のハーレイも変わらない。二人揃って好き嫌いが無いから、それを探す旅を約束したほど。
(結婚したら、好き嫌い探しの旅に行こう、って…)
 色々な場所へ、其処の名物料理を食べに。沢山の食べ物がある今だったら、「これは駄目だ」と思う何かや、「また食べたい」と気に入る何かが、何処かで見付かりそうだから。
 そんな約束を交わすほどだし、ハーレイだって忘れていそうな天国の食事。好きな料理も苦手な料理も無かったのなら、印象に残らないままで。
 それとも欠片くらいは覚えているのだろうか、雲を食べたとか、レストランだったとか。ほんの微かな記憶だったら、ハーレイの中に今もあるのだろうか…?
 訊いてみたいな、と思っていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。気になって仕方ないことを。
「あのね、ハーレイ…。天国の食事を覚えてる?」
 どんなお料理を食べていたのか、ハーレイだったら分かるかなあ、って…。
「はあ? 天国の食事って…」
 何の話だ、そんなものを何処で食べるというんだ。地獄みたいな食事だったら覚えてるがな。
 アルタミラで食ってた餌と水だ、と眉間に皺を寄せたハーレイ。「あれは地獄の飯だった」と。
「それの後だよ、アルタミラよりもずっと後の話」
 前のぼくたちには違いないけど、死んじゃった後。…ハーレイも、ぼくも。
 此処に来る前の話だってば、今の地球にね。



 生まれ変わる前は天国にいたと思うんだけど、と続けた話。きっといただろう、雲の上の世界。
「ぼくもハーレイも、天国で何か食べた筈だと思うんだけど…」
 何も食べていないとは思えないしね、食事も出来ない世界なんてつまらなさそうだから。
 天国があるのは雲の上でしょ、此処から見える本物の雲の上じゃないけど…。雲の上を飛んでた前のぼくだって、天国を見てはいないから。
 でも天国は雲の上にあるものだから…。いったい何を食べていたのか、気になっちゃって。
 雲を千切って食べていたとか、レストランがあったとか、自分でお料理してたとか。
 ハーレイは何か覚えていないの、天国で食べた食事のことを…?
 ほんのちょっぴりでいいんだけれど、と期待した恋人の返事。何かヒントがありはしないかと。綿菓子を見た覚えがあるとか、雲の欠片を千切っただとか。
 けれど…。
「おいおい、俺が覚えていると思うのか?」
 覚えていたなら、とっくの昔に話しているぞ。「これは天国でも食ってたよな」と、思い出話。
 何かのはずみに思い出したら、そいつを土産に持って来たりして。「懐かしいだろ?」と。
 生まれ変わってくる前のことは、お前と一緒だっただろうっていうことくらいしか分からない。
 それだって記憶は全く無いしな、何処にいたのかも謎だと何度も言っただろうが。
 お前と暮らした思い出さえも無い有様だぞ、食事なんかは覚えていない。何を食ったか、お前と二人で食っていたのかも。
 覚えているかと訊かれても無理だ、とハーレイの方もお手上げだった。天国で何を食べたかは。
「やっぱり無理…?」
 ハーレイも覚えていないんだ…。天国にも食事はあった筈だと思うのに…。
 雲を千切って食べていたとか、天使がやってるレストランに食べに行ったとか。
 綿菓子みたいに見える雲だけど、いろんな味になりそうな気がしてこない?
 これが食べたい、って思って食べたら、思った通りの味になる雲。それが一番良さそうだよ。
 今はお料理、うんと沢山ある時代だから…。
 大勢の人が自分の好みで注文したなら、天使も大忙しだもの。あれを作って、次はこれ、って。
 そうなるよりかは、好きな味になってくれる雲が良さそう。
 でなきゃ自分でキッチンを借りて、好きな料理を作るだとかね。



 どういう仕組みになっていたのか知りたくなるでしょ、と眺めた雲。「ちょっと残念」と。
 あの雲の上で二人で暮らした筈なのに、と。
「いつもハーレイと一緒なんだよ、食事も一緒。…デートみたいに」
 レストランに行くならホントにデートで、二人で雲を食べていたって、やっぱりデート。
 キッチンを借りてお料理するのも、二人なら素敵だったのに…。忘れてしまって覚えてないよ。
 ハーレイと食べた天国の食事、と零れた溜息。二人で食べた筈なのだから。
「そうなんだろうな、きっとお前と一緒に食べていたんだろうが…」
 レストランに出掛けて行くにしたって、雲を千切って頬張ってたって。…俺の隣にはお前だな。
 しかしだ、食事の話をするなら、お前の方が先輩なんだぞ。俺よりも、ずっと。
 天国暮らしというヤツが…、とハーレイに覗き込まれた瞳。「お前の方が馴染み深いんだ」と。覚えているなら、俺よりもお前の方だろう、と。
「なんで?」
 どうしてハーレイの先輩になるわけ、ぼくの方が?
 ちっとも思い出せないぼくが…、と首を捻った天国の食事。それに暮らしも、先輩なんて、と。
「お前なあ…。今じゃお前がチビなわけでだ、俺よりも後に生まれて来たが…」
 天国の方はそうじゃないだろ、俺よりも先に行ってたろうが。…俺を一人で残してな。
 シャングリラに置いて行っちまったぞ、と持ち出された前のハーレイとの別れ。一人でメギドに飛んでしまって、ハーレイを残して行ったのが自分。ジョミーを支えてやってくれ、と告げて。
「そうだっけ…。ぼくの方が先だね、天国へ行ってしまったのは」
 ハーレイよりも早く着いてしまったんなら、ぼくが先輩…。早く天国に着いた分だけ。
「分かったか? お前は俺の大先輩ってことになるんだ、天国では」
 一足お先に着いてるんなら、天国のことにも詳しいだろう。もちろん、天国の食事にだって。
 お前も食事をしただろうしな、俺が後から着くよりも前に。
 雲を千切って食っていたなら、それが美味いと知っているわけで…。
 天使がレストランをやっていたなら、色々な料理を食ってた筈だ。時間は充分あったんだから。
 俺が遅れて着いた時には、お勧めの料理を色々と教えてくれそうだがな?
 これが一番美味い料理だとか、とても人気の高い料理はこれだとか。



 天国の食事に詳しそうだぞ、と言われてみれば、その通り。ハーレイよりも先に着いたなら。
 メギドで命を失くした後には、空に浮かんだ雲の上の世界にいたのなら。
(ぼくが天国に行ってたんなら…)
 天国という世界にいたのだったら、するべきことがあった筈。ハーレイを待っている間に。雲の上の世界で、一人で何度も食事をしたなら、そういう日々を過ごす間に…。
(ハーレイが喜びそうな食べ物…)
 それを探して待ったのだろう。雲の下の世界に置いてきてしまった恋人のために。
 天国に行けば、もう戦いなど無い世界。身体も衰弱してはいないし、何処へでも好きに出掛けてゆける。雲の絨毯の上を歩いて、雲の峰だって自分の足で登って越えて。
(空を飛べるの、天使だけかもしれないものね?)
 背に翼を持つ神の使いが飛ぶ世界では、人間は飛べないかもしれない。生きていた頃には楽々と飛べた、白い雲の上や雲の峰の上を。
 タイプ・ブルーのミュウだとはいえ、天国に行けば「ただの人間」。神様や天使の方が偉いし、翼を持たない人間は歩くだけだとか。
 それが天国でも、ガッカリはしない。戦いが無ければそれで充分、弱っていた身体が元気だった頃と同じになったら、もう最高に素晴らしい気分。「なんて素敵な世界だろう」と。
(…ハーレイにも教えたくなるよ…)
 ぼくはこんなに幸せだから、と手紙を書いて。雲の上から白いシャングリラに向かって投げて。
 けれど手紙は届けられないし、思念波だって届かない。ハーレイがいる世界と雲の上の世界は、全く違うものだから。雲の下に白い鯨が見えても、別の世界を飛んでいる船だから。
(ぼくの幸せ、ハーレイには分けてあげられないし…)
 それが無理なら、いつかハーレイが来た時のために、天国ならではの美味しい食べ物。あれこれ調べて知っておきたい、ハーレイが喜びそうなもの。
(ぼくはお酒もコーヒーも駄目で…)
 ハーレイには付き合えなかったけれども、それも探してみたのだろう。
 雲の絨毯の上をせっせと歩いて、雲の峰を幾つも越えていって。空を飛ぶ力は持たなくても。
 天国で空を自由に飛んでゆけるのは、翼を持った天使に限られていても。



 自分の二本の足で歩くしかない、雲の上の世界。空を飛んではゆけない天国。飛べたらどんなに楽だろうかと思ったとしても、歩いて探し回っただろう。ハーレイが喜ぶ食べ物を。
 まるで飲めないコーヒーやお酒も、頑張って色々と情報集め。コーヒー好きな人を見付けて話を聞いたり、お酒が好きな人たちに質問してみたり。「どれが一番美味しいですか?」と。
 皆の意見が分かれていたなら、苦手だけれども、ちょっぴり味見。
 雲を千切ったお酒だったら、それが大好きな人が千切ったのを分けて貰って。「こんな味か」と舌で覚えて、次は自分で千切れるように。…同じ味になってくれるよう。
(それなら、ちゃんとハーレイに…)
 「美味しいんだよ」と差し出せるだろう。色々な味がする、お酒の雲を。
 ブランデーもラムも、ウイスキーだって。白いシャングリラには無かった本物、合成品ではない様々なお酒。「こういう味のもあるんだって」と雲を千切って、何種類でも。
 お酒を飲ませる店があるなら、やっぱり出掛けて自分で味見。好きな人たちのお勧めを。
 飲んだ次の日は頭が痛くてフラフラだろうが、かまわない。胸やけがして寝込んでしまっても。
 いつか出会えるだろうハーレイ、恋人のための下見だから。頑張って味見をした結果だから。
(コーヒーだって、負けないんだから…)
 今の自分も同じに苦手な、あの苦味。砂糖とミルクをたっぷり入れても、まだ駄目な苦さ。
 それでも負けずに味見しただろう、コーヒー好きな天国の住人たちが勧めるものを。コーヒーの味がする雲だったら、その雲を。喫茶店にあるなら、カップに入ったコーヒーを。
(白い鯨になった後には、本物のコーヒー、無くなっちゃって…)
 代用品のコーヒーだけしか無かった船。チョコレートの代用品が作れるイナゴ豆がそれで、今の時代は健康食品。前にハーレイが持ってきてくれた。「懐かしいだろう?」と。
 白いシャングリラには無かった本物、お酒も、それにコーヒーも。
 どちらもハーレイが好きだったもので、前の自分は苦手な飲み物。「何処が美味しいんだい?」などと何度も苦情を言ったけれども、ハーレイのためなら頑張れた。雲の上での本物探しを。
(うんと美味しい、コーヒーとお酒…)
 それを求めて、広い天国を歩き回ったことだろう。雲の絨毯が何処までも広がる平原も。聳える雲の峰を登って、そのまた向こうに住んでいる人に会いに出掛けることだって。
 空を飛んではゆけなくても。空を飛ぶのは天使たちだけで、歩くより他に道は無くても。



 どんなに沢山歩いたとしても、きっと天国なら疲れない。もう衰弱した身体ではないし、誰もが元気でいそうな場所。お酒を飲んだら二日酔いでも、コーヒーが舌に苦くても。
(好きな人たちなら、そんなことにはならないんだから…)
 二日酔いをする自分の身体が不向きなだけで、コーヒーの苦みも好みの問題。それと身体の疲労とは別、何処までだって歩いてゆける。ハーレイの好きなものを探しに。
 コーヒーもお酒も頑張って探すし、もちろん他の食べ物だって。
 美味しいと評判の料理があるなら、必ず食べに出掛けてゆく。自分の舌で確かめに。ハーレイが喜びそうな料理か、目でもきちんと確認して。
 好き嫌いが無いハーレイだけれど、美味しいものは「美味しい」と分かる舌の持ち主。その舌を喜ばせるだろう食べ物、それを幾つも見付けなければ。…ハーレイのために。
(先に天国に行ったんだったら、やらないわけがないもんね?)
 雲の上にある天国から下を覗いたら見える、苦労している前のハーレイ。
 白いシャングリラのキャプテンとして、毅然とブリッジに立っている姿。舵を握っている姿も。
 前の自分がいなくなった後は、独りぼっちで船に残されて。それでも懸命に地球を目指して。
(…前のぼくが頼んじゃったから…)
 ジョミーを支えてやってくれ、とハーレイにだけ伝えた思念。メギドに向かって飛び去る前に。
 それが無ければ、ハーレイは追って来たのだろうに。
 小型艇でメギドまで飛んで来るとか、何度も誓ってくれた通りに薬で命を断っていたとか。
 けれど「駄目だ」とハーレイを縛った、前の自分が遺した言葉。生きてジョミーを支え続けて、地球まで辿り着いてくれと。
(…ハーレイを独りぼっちにしたのは、前のぼくだし…)
 地球までの辛く長い道のり、それを歩ませたのも前の自分の言葉。
 恋人を失くして独りぼっちで、ハーレイは辛いだけなのに。誰にも言えない深い悲しみと辛さ、その淵に沈んでいたというのに。
 天国からは全てが見えるけれども、何も出来ないのが自分。
 「ぼくは幸せだよ」と伝える思念も短い手紙も、雲の上からは届けられない。
 ハーレイがどんなに苦しんでいても、前の自分を想って涙していても。
 白いシャングリラが飛んでいる場所と、天国は違う場所だから。けして重ならない世界だから。



 キャプテンの務めを黙々と果たし続けるハーレイ、独りぼっちで地球までの道を。大勢の仲間が船にいたって、癒えることのない悲しみの中で。
(でも、シャングリラが地球に着いたら…)
 ミュウの未来を手に入れたならば、ハーレイはきっと天国にやって来るだろう。後継者だって、とうの昔に決めていたから。…前の自分の寿命が尽きると知った時から、シドを騙して。
(主任操舵士で、いずれはキャプテン…)
 ハーレイの腕が鈍った時には交代を、という名目で選ばれたシド。船を纏めてゆくキャプテンは大任なのだし、早い内から仕事を覚えた方がいい、と。
 本当は、ハーレイが前の自分を追うために決めた後継者なのに。前の自分の命が尽きたら、後を追って死へと赴くために。
 キャプテンを継ぐシドがいるなら、地球でハーレイの役目は終わる。ミュウの時代をジョミーが掴み取ったなら。側で支える者がいなくても、ジョミーが自分の足で歩んでゆけるなら。
 その時が来たら、ハーレイは追って来てくれる筈。さりげなくシドに引継ぎを済ませて、部屋に隠していた薬を飲んで。…致死量を超える睡眠薬を。
 身体が永遠の眠りに就いたら、ハーレイの魂が天国に来る。雲の絨毯が広がる世界へ。
 長い年月、苦労をかけてしまったハーレイ。前の自分の我儘だけで。独りぼっちで船に残して。
 そのハーレイを労うためにも、きっと準備をしていただろう。前の自分は。
 天国でも評判の美味しいお酒や、コーヒー好きが挙って褒めるコーヒー。それを端から味見してみては、「この味だよね」と舌に覚えさせるとか、味わえる場所を覚えるだとか。
 此処で食事をするのがいいとか、これを是非、食べて欲しいとか。自分の目と舌で確かめて。
 ハーレイが来たらお酒にコーヒー、様々な料理でもてなそうと。
(…前のぼくは、お料理しなかったけど…)
 厨房出身だったハーレイは料理が得意なのだし、天国に来たら料理をするかもしれない。出来る環境があったなら。色々な食材が揃うのならば。
(キッチン、貸して貰えるんなら…)
 下見に行ったことだろう。自分は全く使えなくても、誰かが使っている時に。
 どんな所か、どういう料理を其処で作れる場所なのか。作った料理を食べるテーブル、其処には何人座れるのかと。キッチンを借りる手続きなんかも、天使たちに訊いておいたりして。



 考えるほどに、前の自分がやっていそうな天国の食事についての調査。
 雲を千切って食べる場所でも、レストランがあっても、キッチンを借りて作れる仕組みでも。
「…前のぼく、いっぱい調べていそう…」
 ハーレイが来たら食べて欲しくて、いろんなお料理。それにお酒やコーヒーとかも…。
 自給自足の船になったら、お酒もコーヒーも本物は無くなっちゃったから…。
 「お疲れ様」って御馳走したくて、飲めないお酒も頑張ったかも…。苦いコーヒーも、いろんな人から話を聞いたり、教えて貰って飲んだりして。
 きっと山ほど調べていたよ、と天国での自分の行動を思う。雲の絨毯の上を歩き回って、聳える雲の峰だって越えて行っただろう。空を飛べないなら、自分の足で。
「天国じゃ空を飛べないってか? それはそうかもしれないなあ…」
 翼を持ってる天使がいるなら、人間は歩くだけかもしれん。前のお前でも、飛べはしなくて。
 それでも歩いて下調べをしたと言うんだったら、お前は間違いなく大先輩だ。天国でのな。
 天国の料理がどんな風かは、俺よりもお前が詳しそうだが…。大先輩な上に、下調べだから。
 なのに覚えていないのか、とハーレイにジロジロ見られた顔。「忘れたってか?」と。
「…仕方ないじゃない、本当に覚えていないんだから…。雲を食べたかどうかもね」
 だけど料理はハーレイの方が得意なんだよ、前のぼくよりも。
 天国のキッチンを借りていたなら、その辺のことを覚えていないの…?
 何かを刻んでいた記憶だとか、煮込んでたとか…、と尋ねた料理の手順。下ごしらえからやっていそうだし、ハーレイが思い出さないかと。
「それを言うなら、天国で俺が料理をしたのは、当然、お前のためでだな…」
 俺が食いたくて料理するよりは、お前のための料理だ、うん。これが美味い、と評判を聞いて。
 そうやって作ってやった料理を忘れたとなると、それも薄情な話だよな?
 俺は頑張っていたんだろうに。…美味い料理を食って欲しくて、レシピを集めて。
 何年天国で暮らしていたんだ、俺とお前は。何度料理を作ったんだか、天国の俺は。
 お前のためにとキッチンを借りて…、とハーレイが言う長い歳月。地球に生まれるまでの時間。
「…慣れ過ぎちゃって、忘れちゃったとか?」
 ハーレイが作ってくれる料理が、当たり前のことになってしまって。
 何度も何度も食べていたなら、慣れてしまうと思わない…?



 とても素敵なお料理でもね、と考えたこと。「忘れちゃうかも」と。
 死の星だった地球が青く蘇るくらいに長い時が流れ去ってゆく間、来る日も来る日もハーレイの料理。「二人で食べに出掛けてゆくより、二人きりの食事がいいだろう?」と。
 毎日のようにキッチンを借りて、作って貰える色々な料理。ハーレイが腕を振るい続けて。
 出会って直ぐには感激の涙を流したとしても、厨房時代の姿を思い出したとしても…。
 それが普通になってしまったなら、日常のことになったなら。
「…前のぼく、ハーレイのお料理のことを、忘れちゃうかもしれないよ?」
 ハーレイが朝のパンから焼いてくれてて、色々なお料理をしてくれていても。…同じのは滅多に出ないくらいに、工夫を凝らしていてくれたって。
 だって、それが普通なんだもの。ハーレイがキッチンに立っているのも、お料理するのも。
 珍しかったら、ちゃんと覚えていそうだけれど…、と今の自分の考えを述べた。キッチンに立つ姿を殆ど見なかったならば、「そんなこともあった」と記憶に残るものだけれども。
「うーむ…。俺の料理が普通になってしまっていたってか?」
 そのせいで忘れちまったというわけなんだな、俺が料理をしていたんなら。…天国ってトコで。
 確かにそいつが日常となれば、そうなることもあるかもしれん。
 毎朝、お前を起こしてやっては、飯を食わせていたんなら。「出来てるぞ?」と肩を揺すって。
 お前が眠い目を擦りながら起きたら、二人で朝飯。俺が焼いたパンや、オムレツなんかで。
 もちろん昼飯も俺が作って、晩飯も俺が作っていた、と。キッチンを借りてたにしても。
 それが毎日続いていたなら、忘れちまっても仕方がないか…。お前には普通のことなんだから。
 俺が作った飯を食うのが、とハーレイがフウと零した溜息。「無理もないよな」と。
 どんなに素敵な日々が続いても、幸せ一杯の毎日にしても、日常だったら当たり前のこと。今の平和な時代にすっかり慣れているのと同じ。毎日感激したりはしないし、普通なのだから。
「ね、そうでしょ?」
 前のぼくが薄情だったんじゃなくて、幸せに慣れてしまってたから…。
 考えてみてよ、どれくらいの間、ハーレイが作ってくれた食事を食べていたのか。
 死の星だった地球が今では青い星だよ、前のぼくたちが生きた時代は歴史のずっと向こうで…。
 それだけの間、毎日、毎日、ハーレイが作った食事ばかりを食べてたら…。
 すっかり普通になってしまって、もう特別じゃないんだから。幸せなのが当たり前でね。



 それに天国にいたんだから、と窓の向こうを指差した。夕焼けの色に染まり始めた雲を。
 白くてふわふわだった綿菓子、今は何の味がするだろう。雲を千切って食べたなら。天国にいる人たちは誰でも、雲を千切って美味しく食べているというなら。
「あの雲の上が天国でしょ? 人間の目には見えないけどね」
 前のぼくにも見えなかったけれど、天国はあそこ。雲の上にある、とても素敵な所。前のぼくが天国に行った時にも、戦いなんかは無かった筈だよ。ミュウと人類とが戦っていても。
 前のぼくがハーレイに御馳走したくて、お酒やコーヒーのことを習った人たち。きっと人類で、ミュウじゃないよね。…ミュウは端から殺されてたから、詳しいわけがないんだもの。
 そんな時代でも平和だったのが天国なんだし、SD体制が終わった後には、もっと素敵な場所になったよ。うんと幸せに暮らせる場所に。
 其処でハーレイと二人だったら、それだけで幸せ一杯じゃない。食事のことは抜きにしたって。
 雲を千切って食べていたとしても、毎日、一緒なんだから…。
 もう離れずに済むんだものね、と見詰めた恋人の鳶色の瞳。「幸せが当たり前なんだよ?」と。
「ただでも幸せ一杯な上に、それが当たり前の食事だってことで、忘れるんだな?」
 俺が作った料理はもちろん、いろんな味に変わる不思議な雲を食べていたって。
 天国に着いて、初めて雲を食った時には驚いていても。…俺の方だって。
 お前に勧められて食ってビックリでもな、とハーレイも目をやった雲。「あれを食うのか」と、天国の食べ物の記憶を探るかのように。
「うん、ハーレイも忘れちゃったんだよ。毎日がとても幸せすぎて」
 それに幸せが当たり前すぎて、毎日の食事は、もっと当たり前で。毎日食べていたんだもの。
 前のぼくが「天国では雲を食べるんだよ」って教えた時には、凄くビックリしててもね。
 お酒の味がする雲を千切って、「美味しいよ」って渡したりしたら。
 食べるまで信じそうにないよね、とクスクス笑った。前の自分が悪酔いしながら、恋人のために舌で覚えたお酒の味。「こういう味の雲なんだよ」と味見だけして、懸命に。
 それをハーレイに渡したとしても、雲のお酒は見た目では分かって貰えそうにない、と。
「ありそうだよなあ…。俺まで忘れちまったってこと」
 極上の雲の酒を幾つも飲んでいたって、それが普通になっちまったら…。
 今日はこいつを飲むとするか、と雲を千切って飲んでいたなら、そいつが俺の日常だよなあ…。



 慣れてしまって忘れちまった可能性ってヤツは大いにあるな、とハーレイも納得の天国の食事。何度も二人で食べた筈なのに忘れてしまって、お互いに思い出せない理由。
 とても幸せだったのに。ハーレイが作っていたにしたって、雲を千切っていたにしたって。
「幸せに慣れて忘れちまうとは、なんとも残念な話だよなあ…」
 俺もお前も、間違いなく食っていたんだろうに。天国で食べられる食事ってヤツを。
 なのに欠片も出て来ないなんて、実にもったいない話だ。料理したにしても、雲を食ってても。
 …前の俺たちが生きてた間に食ってたものなら、いくらでも思い出せるのにな?
 ジャガイモ地獄やらキャベツ地獄やら、苦労続きだった時代の料理も、白い鯨の美味い料理も。
 アルタミラの狭い檻で食ってた、不味い餌まで今でも思い出せるんだが…。
 あのとんでもなく不味いヤツだ、とハーレイが顔を顰める餌。好き嫌いが無いハーレイさえも、アルタミラの餌だけは別だという。生まれ変わった今になっても。
 前にハーレイが出掛けたパン屋のレストラン部門、其処で開催されたイベント。シャングリラで生きた歴代のソルジャー、三人の食事を再現する企画。ソルジャー・ブルーの朝食になったのは、アルタミラで餌として食べたシリアル。そのシリアルは今も変わらず不味かったらしい。
「前のぼくが食べた食事だったら、ぼくだって思い出せるけど…。生きていた時の分ならね」
 美味しかった料理も、不味かった餌も、ちゃんと覚えているんだけれど…。
 きっと天国のは、とっても美味しかったんだよ。頬っぺたが落っこちそうになるほど。
 ハーレイが作ってくれた料理を食べてたにしても、雲を千切って食べてたにしても。
 本当にとても美味しい料理、と笑みを浮かべた。「美味しすぎて忘れちゃったかもね」と。
「おいおいおい…。とびきり美味い食事だったら、忘れそうにはないんだが?」
 いくら普通になっちまっていても、欠片くらいは覚えていそうだ。
 こんなに美味い料理があるのか、と感動したなら俺は忘れはしないと思うぞ。料理の名前や形は忘れてしまったとしても、美味かったことは記憶に残って。
 これでも料理人の端くれなんだ、とハーレイが自分の顔を指す。「俺は厨房出身だぞ?」と。
「普通だったら、そうだろうけど…。ぼくたちがいたのは天国だよ?」
 雲の上にあって、人間の目には見えない天国。…神様と天使がいるような所。
 とても素敵な場所なんだものね、同じくらいに美味しい料理は地球にも無いかもしれないよ?
 天国の食事に負けない料理。この味だよね、ってピンとくる味は。



 きっと地球にも無い味なんだよ、と話した天国の食事の美味しさ。ハーレイがキッチンを借りて作っていたとしたって、雲を千切って食べる不思議な食事にしたって。
 天国で食べた美味しい食事は、青い地球でさえも食べられない。天国だけでしか味わえなくて、もう一度それを食べたいのならば、天国に行くしかない食事。この世界の何処にも無い食事。
「本当にとっても美味しかったから、ハーレイにも思い出せないんだよ」
 前のぼくだって少しも思い出せなくて、お料理だったか雲だったのかも分からなくて。
 だって、最高に美味しいんだから。何処を探しても、生きてる間は出会えないのが天国の食事。天国に行って食べない限りは、その美味しさには会えない料理。
 それで神様が忘れさせちゃったってこともあるでしょ、ぼくとハーレイの記憶を消して。
 せっかく生まれ変わって来たのに、食べに帰りたくならないように。
 あれをもう一度食べてみたいよ、って帰りたい気持ちにならないように。…食事のせいで。
 ぼくたちは生まれ変わりだものね、と前の生からの記憶を思う。其処での食事は忘れないのに、消えてしまった天国で食事をしていた記憶。
 雲の絨毯の上の世界で、ハーレイと食べた筈なのに。まるでデートのようだったろうに。
「そういうことも無いとは言えんな、なにしろ相手は天国だから。…神様の国だ」
 機械がやってた記憶処理とはまるで違って、生きて行くのに困らないように記憶を消した、と。
 天国の美味い食事を恋しがっては、「早く帰りたい」と思わないように。
 この世の何処にも無い美味さならば、そう考えることもありそうだ。また食べたい、と。
 だが、天国の食事がどれほど美味いにしたって、お互い、地球に来たんだからな?
 前のお前の夢だった食事が出来る地球だぞ、ホットケーキの朝飯だって。
 地球の草で育った牛のバターと、本物のメープルシロップをつけて…、とハーレイが覚えていてくれた夢の朝食。前の自分が「いつか地球で」と夢を見ていたホットケーキの朝食。
「そう! それに砂糖カエデの森に出掛けて、キャンディーも作って食べなくちゃ」
 樹液を煮詰めてメープルシロップを作る季節に、雪の上で固めて作るキャンディー。
 それは絶対に食べに行きたいし、今のぼくの夢。砂糖カエデの森に行くこと。
 好き嫌い探しの旅も出来るね、ハーレイと。
 いろんな地域に出掛けて行っては、名物を食べて探すんだよ。好きなものとか、嫌いなものを。
 前のぼくたちが苦労したせいで、今のぼくたちにも、好き嫌いが無いのが残念だから…。



 青い地球まで来られたんだし、うんと沢山食べなくっちゃ、と思ったけれど。
 とても美味しかったから忘れてしまった天国の食事、それの分まで美味しいものを、と未来への夢を描いたけれど…。
「ねえ、ハーレイ…。地球で食べたもの、ちゃんと覚えて帰れるかな?」
 天国まで忘れずに覚えて帰って、天国でまた食べられるかな…?
 雲を千切って食べる場所でも、キッチンを借りてハーレイに作って貰える場所でも。
 お気に入りの味を忘れてしまっていたらどうしよう、と心配になった。天国の食事を今の自分が忘れたみたいに、天国に着いたら地球の食事を忘れるのでは、と。
「気の早いヤツだな、今から考えなくてもだ…」
 そう簡単に忘れやしないさ、天国だったらどんな料理でも揃うんだろう。…天国だから。
 地球で好きだった味はこれじゃない、と思った時には、お前の好みに味が変わると思うがな?
 雲の食事ならそうなるだろうし、俺が作って食べさせるんなら、お前の好みに作ってやる。
 だがな、その前に、これから俺の自慢の料理や、色々な料理を食うんだろうが、と苦笑された。
 「天国の食事は忘れちまっても、美味い料理が山ほどだぞ」と。
 天国に行く前に地球でしっかり食べてくれ、とハーレイが注文をつけるから。
「そうだったっけ…。まだまだこれからだったよね…」
 ハーレイが作ってくれる食事も、あちこちへ食べに出掛ける料理も。…まだこれからだよ、結婚しないと無理なんだから…。デートは出来ても、旅行は無理…。
 それに今だとハーレイが作る料理も無理、と項垂れた。チビの間は家に遊びに行けないから。
「分かったようだな? まずは結婚しないと駄目だ」
 美味い料理を二人で好きなだけ食べられるようになるには、俺と一緒に暮らさないと。
 天国でそうしていたようにな…、とハーレイがパチンと瞑った片目。「まずは其処からだ」と。
 前のハーレイと二人で過ごした天国、地球に生まれて来る前には。長い長い間。
 天国で何を食べていたかは全く思い出せないけれども、きっと幸せだった筈。
 美味しい食事をハーレイに勧めて、キッチンで作って貰ったりもして。
 それを今度は青い地球の上で楽しもう。
 雲の絨毯の上を歩く代わりに、地球の地面を歩いて行って。
 白い雲を千切って食べる代わりに、ハーレイと二人でキッチンに立ってみたりもして。
 今度は二人で生きてゆけるから。いつまでも何処までも、ハーレイと歩いてゆけるのだから…。



             天国の食事・了


※青い地球に生まれ変わって来るまでの長い長い間、天国にいた筈のハーレイとブルー。
 けれど天国で何を食べていたのか、二人とも思い出せないのです。それもまた、きっと幸せ。
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