シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
十四歳になったばかりの小さなブルー。
前世の記憶を全て持っているのに、ブルーの心は身体と同じに年相応の子供のもの。
無邪気に微笑み、溢れんばかりの「好き」という想いをぶつけてくる小さなブルーがハーレイは可愛くてたまらなかったが、ブルー自身は一人前にキスを強請ってきたりする。
その度に「駄目だ」と叱りつけては、脹れっ面になったブルーを見る日々。
(…俺も本当は辛いんだがな…)
前世で愛したブルーが直ぐ目の前にいるというのにキスさえ交わせず、それよりも先に進むことなど出来る筈さえ無い辛さ。
ブルーが欲しい。ブルーを抱いて自分一人だけのものにしてしまいたい。
狂おしい欲望と戦いながらも、その一方でブルーが十四歳の子供であることを嬉しくも思う。
前の生では叶わなかった幸せ一杯な子供の時間。
SD体制の頃と違って十四歳から後も両親と共に暮らせる温かな時を、ブルーに存分に味わって欲しかったから…。
最初はハーレイも錯覚していた。
ブルーが通う学校の教室で出会い、赤い瞳から、その身体から大量の鮮血が流れ出したあの日。
前世の記憶を共に取り戻し、病院に搬送されるブルーに付き添って救急車に乗った。
けれどハーレイは学校に戻らねばならず、自らが思い出した前世の記憶や今後について従兄弟の医師と相談しただけで後ろ髪を引かれる思いで職場へ。
愛しいブルーが帰って来たのに、遠い遠い昔の生で死に別れた恋人が戻って来たのに、今の生がハーレイの自由を奪う。ブルーを抱き締め、側に居たいのに仕事がそれを許してくれない。
早く学校が終わらないかと何度も何度も時計を眺めた。転任教師の引き継ぎの仕事も「ブルーの様子を見に行きたいので」と早めに切り上げ、校門を出てブルーの家へと。
初めて訪ねたブルーが両親と暮らす家。
挨拶を済ませて二階にあるブルーの部屋に案内され、ブルーの母が扉を叩く。
「ブルー? ハーレイ先生が来て下さったわよ」
どうぞ、と開けられた扉の向こう側、ベッドにブルーが横たわっていた。ハーレイの記憶に最後に刻まれた姿よりも幼いけれども、銀色の髪も赤い瞳も間違いなく愛したブルーのもので。
「少しの間だけ、二人きりにさせて」と母に告げるブルーの姿に鼓動が高鳴った。
ブルーの母がお茶の用意をしに出て行くのを待って、ブルーの唇が紡いだ言葉。
「……ただいま、ハーレイ。帰って来たよ」
もうそれだけで堪らなかった。ブルーが負った傷を見てしまったから、激しい後悔に襲われる。どうしてブルーを一人でメギドへ行かせたのかと。何度も繰り返し「行かせるのではなかった」と悔やむハーレイに、ブルーが微笑む。
あの時は自分がそう決めた。けれど今度は離れたくない、と。
そう告げるブルーがあまりに健気で、そして儚く弱々しく思えて、たまらずベッドから起こして抱き締めていた。ブルーの腕がハーレイの背中に回され、キュッとしがみ付く。
「…離れない。二度とハーレイと離れたくない」
「ああ。二度とお前を離しはしない」
ほんの僅かの間だけ抱き合い、互いの想いを告げた時には「あのブルーだ」と思っていた。
別れた時そのままのブルーの心が幼い身体に宿ったのだ、と。
しかしブルーの母が紅茶とクッキーを用意して戻り、束の間の抱擁は終わってしまった。
そしてテーブルを挟んで再びブルーと向き合った時に、ハーレイは「違う」と気付かされた。
「…ハーレイ? クッキー、食べないの? 美味しいよ」
ぼくのママが焼いたクッキーなんだ、と勧めるブルーの年相応に幼い顔立ち。
ハーレイの来訪を心から喜び、その嬉しさを隠そうともしない輝くような笑顔。それはかつてのソルジャー・ブルーの笑みとは違った。
顔立ちが幼いからだけではなく、ブルーの中から滲み出す感情が違いすぎる。
ハーレイに向けられる純粋無垢でひたむきなブルーの想いと心。
ただひたすらにハーレイを慕い、側に居たいと願うブルーは姿そのままに小さな子供。
「…ハーレイ? どうかした?」
何処か変だよ、とブルーが首を僅かに傾げた。
「せっかく会えたのに嬉しくないの? …ぼくの身体が小さすぎるから?」
「いや。……そういうわけではないんだが…。確かにお前は小さすぎだな、驚いた」
まるでアルタミラで出会った頃のようだな、と言えばブルーは「そうだね」と素直に頷く。
「でもね、中身は違うから! ちゃんと何もかも思い出したし、昔のままだよ」
「…そうだな、どうやらそうらしいな」
メギドで無茶をしすぎたお前だ、と返すと「もうしないよ」と答えが返った。
「ぼくは何処にも行かないよ。…ずっとハーレイの側に居るから」
「そうしてくれ。生憎と家は別なんだがな」
「…そうだったね…。ハーレイと一緒に居たいのに…。今夜くらいは一緒に過ごしたいのに」
でもママとパパが居るから無理だよね、と俯くブルーが何を求めているのか、ハーレイには視線だけで分かった。前世での仲と全く同じに、恋人同士の絆を確かめ合う時間。ハーレイに抱かれ、失った時を取り戻したいとブルーの赤い瞳が揺れる。
「無理を言うんじゃない。お前、倒れたばかりだろうが」
我儘を言うな、とブルーの髪をクシャリと撫でてハーレイは椅子から立ち上がった。
「…しっかり眠って疲れを取れ。今日はもう、俺は帰るから」
「えっ…。でも、また会いに来てくれるよね?」
「ああ。ちゃんと身体を大事にするんだぞ」
分かったな、とブルーの右手を握ってやれば「うん」と柔らかな頬を擦り付けてくる。
その仕草。ブルーが心からハーレイを愛し、側に居たいと願っているのが伝わってきた。
けれど…。
前の生で愛したブルーは確かに其処に居るのだけれども、前と同じに愛を語らうには心も身体も幼すぎる、とハーレイの勘が告げていた。
(…見た目どおりに子供なブルーか…)
ブルーと別れて自分の家に戻ったハーレイはフウと大きな溜息をつく。
慌ただしかった一日が終わり、もう今頃はブルーもベッドでぐっすり眠っていることだろう。
大量出血を起こしたブルーは今週中は登校禁止で自宅静養。明日も様子を見に出掛けたいと思うけれども、今日ですら引き継ぎを途中で切り上げねばならなかった身だ。次にブルーを訪ねられる日は恐らく週末まで来ない。
(…一日でも早く会いたいんだがな…)
あまりにも突然過ぎた前世での別れ。
十五年ぶりに目覚めたブルーとろくに言葉も交わせない間に時だけが過ぎて、ブルーはメギドに行ってしまった。別れの言葉を残す代わりに「頼んだよ、ハーレイ」と次の世代を託しただけで。
だからこそ余計にブルーを諦めきれずに、悔み続けたまま前の自分の生は終わった。死んだ後はブルーに会えるであろう、と再会の時を待ち続けながら。
それなのに何処でどう間違えたか、あるいは神の采配なのか。病み果てた地球の地の底深くで死を迎えてからの記憶はまるで無く、時を飛び越えたように自分は再生を遂げた地球の上に居た。
最期まで会いたいと願い続けたブルーと共に生まれ変わって、新たな生を謳歌している。
(やっと会えたのに、当分仕事で会えないとはなあ…)
それに、とブルーの姿を思い浮かべた。
側に居たいと、今夜くらいは共に過ごしたいと寂しそうだったブルー。
ブルーが両親の庇護の下で暮らす子供だったから「今夜は駄目だ」と切り抜けてきたが、ブルーがハーレイに望んでいるものは前世と変わらない深い関係。
抱いて欲しい、と赤い瞳が訴えていた。ハーレイと結ばれ、またハーレイのものになりたいとブルーは本気で考えている。けれど、ブルーの幼い身体はそのようには出来ていなかった。その身に宿るブルーの心もまた、そのように出来上がってはいない。
(…身体に合わせて心も子供になってしまったか…)
ブルーの倍以上もの年数を生きてきた大人だからこそ見抜けた真実。
前世の記憶を持ったブルーは以前と全く同じつもりでハーレイを求め、愛されることを望んではいるが、それがどういう行為であるかを本当に分かっているのではない。小さな身体には早過ぎることも、その柔らかくて幼い心には激しすぎる行為であることも…。
「…厄介なことになっちまったな……」
ハーレイは自分のベッドに転がり、暗い天井を見上げて呟いた。
長い時を越えて巡り会えたブルーは愛おしい。今すぐにでも攫って来て家に閉じ込めたいほど、ブルーが欲しくてたまらない。しかしブルーは十四歳の小さな子供で、手は出せないし、出してもいけない。
それなのにブルー自身の望みが他ならぬハーレイによって愛され、前世そのままに結ばれることだとは、運命はなんと皮肉なものなのか…。
どんなにブルーが願い、望もうとも前世のブルーと同じようには扱うまい。
ハーレイがそう決意するまでに時間はさほどかからなかった。今のブルーは年相応の子供でしかなく、その言葉が如何に前世の想いを映したものであろうとも、それは言葉の上だけのこと。幼いブルーは望みをそのままに口にするけれど、本当は何も分かってはいない。
(さて、どうやって止めたもんかな…)
駄目だ、と言えばブルーも強引に食い下がってはこないだろう。ハーレイが積極的に動かない限りはブルーの望む関係になどなれはしないし、幼いブルーに誘う技などある筈もない。けれど釘は刺しておく必要がある。
(…そう何回も強請られたんでは俺が耐えられん)
自制心の強さには自信があったが、会う度に「抱いて欲しい」と口にされてはたまらない。瞳で訴えただけの今日と違って、ブルーならば遠からず確実に言う。幼さゆえの純粋無垢さでハーレイへの想いを告げるためにだけ、その意味すらも深く考えずに。
その場では辛うじて耐えられるだろうが、それから後がどうなるか。子供のブルーは断られればしょげるか、脹れっ面になるかで終わるが、ハーレイの方はそうはいかない。名実ともに成人男性であるハーレイには大人の身体の事情というものがあるわけで…。
「普通に「駄目だ」と言っただけでは懲りずに何度でも言いそうだしな…」
いい手は無いか、とハーレイは考えを巡らせた。小さなブルーを納得させて黙らせるには確たる理由が必要だ。ただ漠然と「駄目だ」と告げてもブルーは決して「うん」とは言わない。そういう頑固さはソルジャー・ブルーだった頃のブルーとさして変わりはない筈で…。
「…そうか!」
ソルジャー・ブルーか、とハーレイの頭に素晴らしい案が閃いた。
小さなブルーの前世であったソルジャー・ブルー。前世で恋人同士の仲になった時、彼の背丈は今のブルーよりもかなり高かった。小さなブルーの身長は聞いてはいないが、目測だけでも二十センチほどは違うだろう。
(…前の時と同じくらいの背になるまでは駄目だと言えば大人しくなるな)
それに限る、とハーレイは唇に笑みを浮かべた。
小さなブルーがその背丈にまで育つ間には、心の方も育ってゆく。心が育てば恥じらいも生まれ、背丈が大きくなったからといって「抱いてくれ」とはとても言えまい。そうやって年相応の心と身体をブルーが得たなら、その時こそは…。
(……それまでの間が多少辛いが、子供らしいブルーは今しか見られないからな…)
奇跡のようにハーレイの前に帰って来てくれた小さなブルー。その成長を文字通り側で見守れる立場になれたのだから、今はその幸運を喜ぼう。ブルーが幸せそうに笑えば、きっと自分も幸せになれるに違いない…。
ハーレイの仕事がようやく一段落して、引き受けたクラブの引き継ぎも済ませた土曜日の午後。
訪ねて行ったブルーの家では予想通りに小さなブルーが待っていた。ハーレイの身体に抱き付いて甘え、あれこれと話を交わした挙句に、その腕がハーレイの首に回されて…。
「駄目だ」
口付けようとしたブルーを制すると「どうして?」と赤い瞳が途惑う。
「お前、自分が何歳か分かっているのか?」
お前にはキスは早過ぎる、と言い聞かせれば「酷いよ、ハーレイ」と恨めしげに訴えられたが。
「酷くない。お前みたいな子供相手にキスをする方がよっぽど酷い」
俺にその手の趣味は無い、とハーレイはブルーを突き放した。
「お前はまだ十四歳にしかならない子供で、身体も立派に子供サイズだ。…そんな子供にキスなど出来るか。そういうことをやらかすヤツはな、ロクでもない大人だけなんだ」
「…でも、ぼくは…!」
「俺の恋人だと言いたいのか? それについては認めてやるが、お前の年と小さな身体が問題だ。俺は子供にキスはしないし、それ以上となれば尚更だ。悔しかったら早く大きくなるんだな」
前のお前と同じくらいに、とハーレイは立ち上がって右手で高さを示した。
「このくらいだ、前のお前の背丈は。…お前、身長は何センチだ?」
「……百五十センチ」
「そうか。だったら残りは二十センチだ、ソルジャー・ブルーの背は百七十センチあった」
そこまで育て、と屈み込んでブルーの銀色の髪をクシャリと撫でる。
「お前がそこまで大きくなったらキスを許してやることにしよう。…いいな?」
「…そ、そんな…! 酷いよ、二十センチもだなんて!」
「しっかり食べればすぐに伸びるさ。…とにかく、それまでは絶対に駄目だ」
分かったな、と念を押されたブルーは脹れっ面になってしまったが、それも小さな子供ゆえ。
ハーレイはクックッと小さく笑っただけで、撤回したりはしなかった。
まだ百五十センチにしかならないというブルーの背丈。それが前世と同じ背丈まで伸びる頃にはブルーの顔から幼さも消えて、あの日ハーレイが失くしたブルーと寸分違わぬ美しい姿を目にすることが出来るだろう。
その時まではキスもお預け、ブルーも不満で一杯だろうが、ハーレイ自身も…。
(…ブルー、俺だって辛いんだぞ?)
分かってないな、という心の嘆きをハーレイはグッと堪えて飲み込んだ。
小さなブルーは心も身体も健やかに育ってゆかねばならない。優しい両親に慈しまれて、幸せな時と温もりとに包まれながら…。
前世と同じ背丈になるまでキスも駄目だ、と言われたブルー。
その日、ハーレイがブルーの両親も交えての夕食を終えて帰っていった後、ブルーはそうっと足音を忍ばせ、クローゼットの隣に立ってみた。両親ともに階下に居るのだし、足音を気にする必要は何も無いのだけれど…。
「…んーっと…」
ハーレイの背があの辺りかな、と見当をつけて見上げてみる。前世よりも小さくなってしまったブルーがハーレイの顔を仰ごうとすると首が痛いくらい。アルタミラで出会った頃にもそうだったけれど、本当にハーレイは背が高い。
「ぼくの背は、と…」
どのくらいかな、とソルジャー・ブルーだった頃の背丈を思い浮かべてみて「あと少し!」と今の背丈との差に満足してから、その差を指で測ってみたら。
「……あれ?」
願望が入っていたのだろうか。二十センチにはとても満たない。これはキチンと正確に測って、目標を書いておくべきだろう。家庭科の授業で使うメジャーを引っ張り出して、床から百七十センチの高さまで。
(…………)
酷い、とブルーは泣きそうになった。何度測っても一向に変わってくれない、その高さ。小さなブルーの頭の天辺よりもうんと高いソルジャー・ブルーの背丈。けれど…。
「…やっぱり書かなきゃダメだよね…」
残酷な現実でも、それが目標。ブルーは机から鉛筆を持って来ると、もう一度メジャーで測った高さでクローゼットに微かな印を付けた。母に見付かって叱られないよう、小さく、薄く。
「……あそこまでかぁ……」
いつになったら伸びるんだろう、と唇を噛んで、爪先で軽く床を蹴る。
普段は使うことすらないサイオン。それを使って身体を浮かせ、印の位置に頭の天辺を合わせてみると床までが遠い。ふわりと舞い降り、背伸びしてみて、また浮いてみて…。
(……まだまだ伸びそうにないんだけれど……)
あんなに床が遠いだなんて、とブルーは大きな溜息をついた。
しかしハーレイと晴れて本物の恋人同士になりたかったら、背を伸ばすしかないわけで。
(…酷いよ、ハーレイ。ぼくは子供じゃないんだけどな…)
見た目だけだよ、と零してみてもハーレイは側に居なかった。ハーレイがいつも隣に居てくれる生活を目指すためにも育つしかない。まずは育って、それからキスで…。
こうして始まったブルーの努力が実を結ぶまでに、どのくらいの時がかかるのか。
何かといえばクローゼットに付けた印を眺めて溜息を漏らすブルーとは逆に、その原因となったハーレイの方は二つの思いの狭間で揺れる。
早く育ったブルーが欲しいと願いながらも、無邪気な子供でいて欲しいと思う。
美しく気高かったブルーも、十四歳の小さなブルーも、どちらもハーレイの大切なブルー。
かつて愛したソルジャー・ブルーも、今のブルーも、たまらなく愛おしく抱き締めていたい。
小さなブルーが育つまでの間に、何度考えることだろう。
自分が心から愛するブルーは、いったいどちらの姿なのか、と。
答えなどきっと、見付からない。
ブルーがどんな姿であろうと、愛さずにはいられないのだから……。
小さな印・了
※いつもハレブル別館にお越し下さってありがとうございます。
あの17話から今日、7月28日で7年です。
7月28日の記念用に作った筈のハレブル別館が今や毎月2回の更新だなんて…。
14歳ブルー君とハーレイ先生にとっては「メギドは遠い過去のこと」。
というわけで、7月28日も普段通りの更新ということになりました。
14歳ブルー君とハーレイ先生、これからもよろしくお願いしますv
過去の記念作品へは、ハレブル別館TOPからどうぞ。
←ハレブル別館へのお帰りは、こちらV
←当サイトのペットと遊びたい方は、こちらからV
※「ウィリアム君のお部屋」というコンテンツです。
そのまんまです、「キャプテン・ハーレイのお世話」をして頂きます。
「外に出す」と「お部屋がほんのりハレブル風味」になるのが売りです。
外に出しても5分経ったら戻って来ます~。