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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

日向と日陰
(今日はちょっぴり…)
 暑いかな、とブルーが見上げた太陽。学校の帰りに、バス停から家まで歩く途中で。
 今日は快晴、そのせいなのか、この季節にしては強く感じる日射し。燦々と照っているように。
(夏みたい…)
 今日のお日様、と思うくらいに眩しい太陽。照らされていたら、頬が痛いという気もする。気のせいなのか、本当に日射しが強すぎるのか。
 頬っぺたが痛いのは嬉しくないから、影の中に入ることにした。道に木たちが落としている影。そうして日射しが遮られたら、頬の痛さは無くなった。さっきまで感じていた暑さも。
(これでピッタリ…)
 痛くもないし、暑くもないよ、とホッと息をついた木の影の中。何処の家にも庭木があるから、道まで影が差している。上手い具合に、途切れないように。
 そういう日陰を選んでいこう、と歩き始めた帰り道。丁度いい具合の日陰という場所。家までは遠くないのだけれども、同じ歩くなら心地良い方がずっといいから。
 大きく道に張り出した枝が作る影やら、背の高い木が落とす影やら。その中を通って、日射しを避けて家まで帰り着いたのだけれど…。
(あれ?)
 生垣の所の門扉を開けようとして、ハタと気付いた。気持ちがいい、と選んで歩いて来た日陰。木たちの影が落ちている場所を、ずっと家まで来たのだけれど。
 日陰という場所、それを寒いと感じる日もある。今の季節はそうではなくても、冬になったら。
(おんなじ日陰なんだけど…)
 寒い時には、とっても寒いよ、と歩いて来た道を振り返ってみた。同じ日陰でも、真冬になれば雪が残ったり、一日中、ツルツルに凍っていたり。太陽が当たらないせいで。
 そんな時には、日向を選んで歩きたくなるもの。少しでも暖かい方がいいから。
(あっちの方とか、よく凍っているしね…)
 ツルリと滑るのは面白いけれど、直ぐに日向へ出たくなる。少し遊んで、満足したら。
 残っている雪で遊ぶ時も同じ。「まだ残ってる」と、足や傘なんかでつついてみたって、日向に戻ってゆきたくなる。「此処は寒いよ」と、暖かな太陽の光の中へ。
 同じ道路で、同じように日陰なんだけど、と見てみる道。「今日は日陰がいいんだけどな」と。



 門扉を開けて庭に入って、「ただいま」と帰り着いた家。制服を脱いだら、ダイニングに行っておやつの時間なのだけど。
(えーっと…)
 日向と日陰と、自分はどっちが好きなんだろう、と首を捻った。母が焼いたケーキを頬張って。
 ダイニングの大きなガラス窓の向こう、庭にも見える日向と日陰。太陽が明るく照らす日向と、影に入っている日陰。
 庭で一番大きな木の下、其処に据えられた、お気に入りの白いテーブルと椅子。木の下だから、今はもちろん、日陰に置かれているけれど…。
(お天気のいい日は、日向に出して…)
 ハーレイと午後のお茶を楽しむこともある。二人でゆっくり過ごせる週末、その日がいい天気で晴れていたなら。日射しも今日ほど強くない日で、柔らかな光だったなら。
(だけど、あのテーブルと椅子が届いた夏の間は…)
 お茶にする時は、必ず日陰。木陰から出しはしなかった。
 父が白いテーブルと椅子を買うよりも前は、ハーレイが愛車で運んで来てくれた、キャンプ用の椅子とテーブルでお茶。そのテーブルたちを、ハーレイが最初に据えたのも…。
(あそこの木の下…)
 日射しが強くて、飲み物だって冷えたレモネードだったような季節。日向だったら、弱い身体が悲鳴を上げる。「こんな場所には、とてもいられない」と。
 お蔭で庭のテーブルと椅子は、今でも庭で一番大きな木の下が定位置のまま。お茶にする時は、その日の気分で日向を選びもするけれど…。
(それは今だからで、夏の間は絶対に無理で…)
 日向でお茶など、とんでもない。今日よりもずっと眩しくて肌に痛い日射しが、上からジリジリ照り付けるから。…ハーレイとお茶を楽しむどころか、それではまるで我慢大会。
(ぼくって、どっちが好きなのかな…?)
 日向と日陰と、どちらか一つを選ぶなら。
 今日の帰り道は、日陰を選んだのだけど。そちらがいいと思ったけれども、季節で変わるだろう自分の好み。日向がいいのか、日陰が好きか。
 お気に入りの白いテーブルと椅子でも、日によってそれを置きたい場所が変わるのだから。



 簡単に決められはしないよね、と考えながら戻った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップなんかを、キッチンの母に「御馳走様」と返してから。
(日向と日陰かあ…)
 部屋の窓から見下ろしてみても、両方がある家の庭。日が当たる場所と、当たらない場所。同じ芝生でも変わる表情、日向か、日陰か、どっちなのかで。
(日が当たってたら、うんと明るい緑色で…)
 とても元気そうに見えるのが芝生。日陰の方だと、少し弱々しい感じ。どちらもきちんと手入れしてあるし、見た目は変わらない筈なのに。
 なんとも面白いのが日向と日陰で、それを考えてみたくなる。勉強机の前に座って。
(今のぼくだと、その日の気分で変わるんだけど…)
 日向と日陰を選ぶ時。暑い日だったら断然、日陰。寒い日だったら、日向を選びたい気分。融け残った雪で遊んでみようと、日陰に入る時はあっても。
(前のぼくだと、どっちが好き?)
 ソルジャー・ブルーと呼ばれた頃なら、どちらを好んでいたのだろう。日向か、日陰か。
 白いシャングリラで長く暮らした、青の間は薄暗かったけれども。
(あれは、前のぼくが暗くしていたわけじゃなくって…)
 青の間を広く見せるためにと、勝手に決められた明るさだった。薄暗くして、照明の数を絞っておいたら、部屋の全貌は見渡せない。サイオンを使って見ない限りは。
 「ソルジャーの部屋は広いほどいい」と、演出のために暗くされてしまった青の間。部屋の壁が見えてしまっているより、壁も天井も見えない方が広く感じられるから。
(部屋を作る時には、あんな暗さじゃ作業できないから…)
 工事用にと明るい照明もあったというのに、完成したら取り外された。「もう要らない」と。
 お蔭で、青の間は昼でも薄暗いまま。深い海の底にあるかのように。
(暗い方がいいよ、って前のぼくは思っていなかったのに…)
 仕方なく諦めていただけのことで、あれは自分の好みではない。もっと明るい方が良かった。
 暮らす分には、特に不自由は無かったけれども、こけおどしの演出で暗い部屋よりは…。
(全体が見えて、みんながビックリしない部屋…)
 そういう部屋が欲しかった。「ソルジャーの部屋はこうか」と思える、親しみやすい部屋が。



 青の間の薄暗さを、前の自分が好んだわけではないのなら。好きでああいう照明にした、という話などまるで無いのなら…。
(前のぼくが好きなの、日向なのかな?)
 日陰よりは、と遠い記憶を探ってみる。青の間とは逆の、明るい場所が好きだったろうか、と。
 アルテメシアに降りた時には、日射しの中にいたことが多い。太陽の光を浴びられる場所に。
(太陽の下にいるっていうのが、とても嬉しくて…)
 その光の中にいようとしたから、前の自分は、きっと日向が好きだった。日向か日陰か、好みで選び取るならば。好きに選んでいいのなら。
 でも…。
(シャングリラの中には、日向、無かった…)
 それに日陰も、何処にも無かった。
 青の間でなくても、あの船の中で一番広かった公園でも。…ブリッジが見えた、シャングリラの皆が大好きだった大きな公園。あそこでさえも、無かった日向。
 白いシャングリラに太陽は無くて、人工の照明が作る影だと、その向きさえもバラバラだった。日陰を選んで歩きたくても、きちんと並んではいなかった影。同じ方へと、同じ角度では。
 その上、本物の太陽ではなくて照明だから…。
(日向も日陰も、選べないよ…)
 暑すぎるだとか、寒すぎるだとか、そういったことは無かった船。公園の温度は季節に合わせて調整されたし、照明の明るさや強さなどとは無関係。
 本物の太陽が照らしていたなら、眩しすぎる日もあっただろうに。逆に日陰では寒いと感じて、日向に出たいと思う時だって。
 けれど船には無かった太陽。日向も日陰も出来はしない船。
 だから日向が好きだったろうか、前の自分は?
 シャングリラの外に出掛けた時には、太陽の下を好んだろうか。本物の太陽の明るい日射しを。
(地球の太陽ではなかったけれど…)
 太陽と呼ばれる恒星の一つではあった、アルテメシアの空に輝く太陽。朝に昇って、夜は沈んでしまう本物の「太陽」があって、それの下にいるのが好きだった自分。
 だとしたら…。



 船の外へと出られた自分。ソルジャーとしての役目を果たしに、アルテメシアに何度も降りた。ミュウの子供の救出作戦を手伝うだとか、人類側の動きを探るためなどに。
 前の自分は、そうやって外に出られたけれど。外に出た時に太陽があれば、日射しを浴びられる日向にいたりしたけれど…。
(シャングリラの外に出られなかった、ハーレイたちは…)
 前の自分よりも、もっと太陽に憧れたろうか。日向に出たいと、太陽の下に立ってみたいと。
 日向も日陰も、無かった船にいたのでは。公園の温度が低めに設定された冬にも、日向ぼっこも出来ないような船で暮らしていたのでは。
(公園の温度が低すぎるから、って…)
 凍えてしまうことなどは無いし、日向ぼっこの必要は無い。けれど、代わりに太陽も無い。太陽さえ空に輝いていたら、冬でもあるのが日向と日陰。暖かい日向と、寒い日陰と。
(そっちの方が、断然いいよね?)
 此処は寒い、と日向を求めることになっても、人工の光の公園よりは。…暑すぎる夏は、日陰を探して入らなければ、肌に光が痛いほどでも。
(空にお日様があるんなら…)
 きっと光を浴びたくなる。前の自分がそうだったように、船から外に出られたならば。
 そうする機会が無いとなったら、増してゆくだろう太陽への憧れ。船の仲間たちは、そう考えていたのだろうか。「太陽の下に立ってみたい」と、「日向に出たい」と。
(そうだったの…?)
 まるで考えてもみなかった。
 白いシャングリラの中だけで暮らした、ミュウの仲間たちの太陽への思い。
(外の世界で暮らしたいだろう、って…)
 踏みしめる地面を求めたけれども、そのために地球を目指したけれど。
 地面があるなら、もちろん空には太陽がある。夜の間は沈むけれども、朝になったら東の空から昇って来て。
 夏には避けたくなるほどの日射し、冬には恋しくなる陽だまり。
 それらをもたらす太陽の光、その下に立つ日を夢見た仲間は、きっと少なくなかっただろう。
 前の自分は思いもしなくて、ただ地面だけを求めたけれど。宙に浮いたままの箱舟よりは、と。



 ようやく気付いた、仲間たちの気持ち。「日向に出たかったかもしれない」と。
 もっとも、日向を手に入れるのなら、やはり地面が必要だけれど。…足の下に踏みしめる地面が無ければ、日向や日陰を作る太陽も無いのだけれど。
(だけど、お日様、欲しかったよね…?)
 前のハーレイたちもそうだよ、と前の自分と重ねてみる。アルテメシアに降りた時には、太陽の下を好んだ自分。「日向が好きだ」という自覚は無くても、自然とそちらを選んでいた。
 ならば、船から外に出られなかった前のハーレイや、船の仲間たちは…。
(ぼくよりもずっと、日向が大好き…)
 願っても手に入らない分だけ、憧れも増したことだろう。輝く太陽の下に立つこと、日向に出て日射しを浴びること。たとえ肌には痛かったとしても、それが本物の太陽ならば。
 きっとそうだ、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「あのね、ハーレイ…。日向と日陰と、どっちが好き?」
 ハーレイが好きなのはどっちなのかな、日向か、日陰か。
「はあ? どっちかって…」
 何の話だ、とハーレイは怪訝そうな顔。「日向か日陰かって、どういう意味だ?」と。
「そのままだってば、お日様のことだよ。お日様があれば、出来るでしょ?」
 日向も、それに日陰だってね。ハーレイはどっちの方が好きなの、日向と日陰じゃ…?
「そりゃ日向だなあ、選ぶとなれば。外で泳ぐんなら、断然、日向だ」
 海にしたって、プールにしたって、お日様ってヤツが似合うじゃないか。水飛沫には。
 こうキラキラと光って弾けて、「泳いでるんだ」と実感できる。太陽の下で。
 もっとも、海だと、日陰なんぞは無いに等しいようなモンだが…。浜辺以外では。
 ついでに無駄に暑い時には、日陰が恋しくなったりもするな。ちょいと休憩しようって時には、日陰に入ることだってある。「こりゃ、たまらんぞ」と日射しを避けて。
「同じだね、ぼくと」
 その日の気分で、日向か日陰か、好きな方を選んでるんだけど…。
 庭のテーブルと椅子もそうでしょ、木の下でお茶を飲む時もあるし、日向に出す時も。
 ハーレイも、今だとぼくと同じみたいだけど、前のハーレイだったら、どう…?



 前のハーレイなら、どうだったの、と投げ掛けた問い。「どっちの方が好きだった?」と。
「ハーレイがシャングリラで暮らした頃だよ、好きだったのは、どっち?」
 日向だったか、それとも日陰か。前のハーレイだと、どっちになるの…?
「前の俺だって? キャプテン・ハーレイだった頃の、俺の好みのことだよな…?」
 改めて、そう訊かれても…。そもそも太陽が無かったからなあ、あの船じゃ…。
 農場用だとか、公園用にと、それらしい光を作っちゃいたが…。自然光に似せた照明ってヤツはあったが、あれは所詮は照明だ。日向や日陰は出来なかったな、船の中では。
 そういったことを考えてみると、日向の方になるのかもしれん。どちらかを一つ選ぶなら。
 日陰に入れば、太陽の光を直接浴びるのは無理だから…。遮られちまって、届かなくて。
 空に太陽があるんだったら、そいつの光をたっぷりと浴びてみたいじゃないか。暑すぎようが、クラクラするほど眩しかろうが。
 そうだな、やはり日向だよなあ、前の俺なら…。
 選ぶなら日向の方だろう、と返った答え。前のハーレイが憧れたものは、やはり太陽の光。踏みしめられる地面の上に立つのと同じに、太陽の下に立ってみたかった、と。
「そうなんだ…。やっぱり、思った通りだったよ…」
 日向か日陰か、前のぼくはどっちが好きだったのか、思い出してみていたんだけれど…。
 前のぼくも日向が大好きだった。アルテメシアに降りた時には、太陽の下にいようとしてた…。
 それで、前のハーレイや船の仲間も、そうだったかも、って気が付いて…。
 ぼくの考えで合ってたんだね、前のハーレイも日向が好き。太陽の光が当たってる場所が。
 前のぼくはちっとも気付いていなくて、地面のことばかり考えていたよ。シャングリラは降りる地面が無かった船だし、「この船は宙に浮いているんだ」って。
 いつか降りられる地面が欲しくて、そればかり思っていたけれど…。
 地面だけじゃなくて、お日様だって欲しかったよね。地面に降りたら、太陽も一緒についてくるもので、手に入れることは出来るんだけど…。ミュウが地面に降りられたなら。
 だけど、其処まで考えが回っていなくって…。
 ごめんね、前のハーレイたちの気持ちも知らずに、あの船の中に閉じ込めちゃって。
 お日様の光も当たらない船で、日向も日陰も出来ない船。
 みんな、太陽が欲しかったんだろうと思うのに…。地面のことばかり言うような、ぼくで…。



 何も分かっていないソルジャーだったよ、と項垂れた。
 船の仲間たちが焦がれているもの、それが太陽だと気付きもしない、愚かなソルジャー。いつか地球へと繰り返しはしても、目指していたものは地面だけ。ミュウが踏みしめられる地面で、その上を照らす太陽の方には、まるで関心が無いままで。
「ホントにごめん…。太陽が無かった船だったのに、ぼくは地面の方ばかり見てて…」
 船のこと、分かっていなかったかも…。船のみんなが、何を求めていたのかも…。
 あの船だけで満足しちゃって、と零した溜息。「足りないものは地面だけだ」と、地球に辿り着く日を夢見ていたとは、どれほど愚かだったのか、と。
 白いシャングリラは、地面ばかりか太陽も持たない船だったのに。皆が焦がれただろう日向は、船の何処にも無かったのに。
「何を言うんだ、シャングリラは立派な船だったのに…。ただの船じゃなくて、箱舟だぞ」
 人類に追われるミュウたちを乗せて、いつか地面に降りられる日まで、命を繋ぐための箱舟。
 乗りさえしたなら、殺されずに生きてゆけるんだ。箱舟だからな。
 それだけでも素晴らしい船だというのに、名前通りに楽園だったぞ?
 船の中だけで全て賄えて、自給自足で飛んでいられる船。前の俺たちには充分すぎる船だった。あれよりも凄い船が欲しいと言うようなヤツは、ただの一人もいなかったろうと思うがな…?
 そんな贅沢な仲間は知らん、とハーレイは自信たっぷりだった。船を預かるキャプテンとして、皆の要望にも目を通し続けていたわけだから。
「でも、お日様…」
 誰も文句を言わない船でも、お日様が無かったことは本当。
 農場も公園も、何処も人工の照明ばかりで、温度の調節と照明は別…。
 本物の太陽があるんだったら、太陽の熱が必ず関係してくるのにね。季節の移り変わりにも。
 だけど、シャングリラはそうじゃなくって…。
 太陽が無いから、日向も日陰も出来なかった船で、前のハーレイだって日向が憧れ…。
 選べるんなら、日向が良かった、って言ったでしょ?
 前のハーレイがそう思うんなら、他のみんなが考えたことも同じだろうし…。
 それでも、あの船は充分すぎる船だって言うの?
 地面も無ければ、太陽も無いような船の中だけが、みんなの世界の全部になっていたんだよ…?



 大切なものが欠けちゃっていた楽園じゃない、と挙げた地面と太陽。白いシャングリラが持っていなかったもの。「楽園」という名を持っていようと、所詮は箱舟。
「そんな船でも良かったって言うの、前のハーレイだって、太陽の光が欲しかったんでしょ?」
 日向が好きだ、って言えるくらいに、太陽の下に立ちたかったのに…。
 それなのに太陽が無かった船、と挙げた欠点。地面ばかりか、太陽も無かったシャングリラ。
「まあな。…それについては否定はせんが…」
 前の俺だって、太陽の光は欲しかった。アルテメシアの太陽でもいい、思い切り浴びられる日が来たならば、と考えたことが無かったとは言わん。…お前と違って、外には出られなかったから。
 前のお前と、潜入班のヤツら以外は、太陽の下には立てやしなかった。いつも船の中で。
 しかし、そういう日々だったからこそ、前の俺たちは地球を目指せたんだ。
 前のお前がいつも言ってた、踏みしめられる地面。…宙に浮いていない世界で生きたかったし、空には輝く太陽が欲しい。地球に着いたら、それが手に入るんだから。
 地面と太陽、何処かの星の上で暮らしていたなら、当たり前に其処にある筈だろう?
 地球はもちろん、アルテメシアでも、ノアでも、人間が生きられる星だったなら、何処だって。
 それを持てずにいたのがミュウだ。前の俺たちは、どちらも持っていなかった。地面も、地面を照らす太陽も、船の中では手に入らない。
 そのせいでナスカが余計に素晴らしく見えたんだろうな、若いヤツらには。
 地球とは違う星だというのに、すっかり魅せられちまったわけだ。欲しかったものが、ナスカの上にあったお蔭で。…古い世代なら、そいつを地球に求めるんだが。
 地面も太陽も、地球でこそだ、とハーレイは苦い顔をする。「ナスカは仮の宿に過ぎん」と。
「そっか、お日様…。ナスカに降りたら、太陽もついてくるものね」
 地面に降りて、其処で暮らして、野菜を育てて、トォニィたちも生まれたけれど…。
 あのナスカには、地面の他にも大切なものがあったんだね。…船のみんなが欲しかったものが。
 空には本物の太陽があって、それが地面を照らしてて…。
「地球じゃないから、太陽は二つあったがな」
 二つもあるのはどうかと思うが、若いヤツらは気にしちゃいなかったんだろう。
 ナスカはこうだ、と思ってしまえば、一つだろうと、二つだろうと…。
 太陽には違いないんだからなあ、燦々と光を降らせてくれれば、充分なように思えたんだな。



 すっかり惑わされちまって…、とハーレイが嘆くナスカという星。地球とは違った赤い惑星。
 おまけに輝く二つの太陽、ジルベスター星系の中心の星は連星だった。地球を擁するソル太陽系なら、太陽は一つきりなのに。アルテメシアがあったクリサリス星系でも、そうだったのに。
 それでも太陽には違いないから、地面の上に出来た日向や日陰。
 ナスカの夏には眩しい日射しが照り付けていたし、冬には暖かな陽だまりがあった。太陽が二つある星とはいえ、その恵みを受けて育つ作物。外にいれば降り注ぐ太陽の光。
(…ハーレイは、惑わされたって言うけど…)
 誰もが長く焦がれていたもの、それが目の前に現れたならば、誰だって夢中になるだろう。古い世代なら、ミュウの未来を憂えるけれども、若い世代が思うミュウの未来は…。
(自分たちの未来で、ミュウ全体のことじゃないよね?)
 いくら歴史を教えられても、若い世代はアルタミラの惨劇に出会ってはいない。燃える炎の中を走って、地獄で命を拾ってはいない。過酷な人体実験も知らず、人類に追われた経験さえも…。
(シャングリラに来る前に、ユニバーサルの保安部隊に追われた程度で…)
 幸運な者は、それさえ知らない始末。早い段階で救出されたら、保安部隊の姿すらも目にせず、小型艇で船に連れて来られただけなのだから。
 そういう世代に、「他のミュウたちのことを思え」と、説くだけ無駄というものだろう。彼らは言わば井の中の蛙、自分たちが見聞きしたことが全て。
(他の星でもミュウが生まれ続けてて、なんとかしないと、みんな殺されるだけで…)
 それを止めるには「地球に行き着く」ことしか無い、と唱えたところで分かる筈もない。安全に暮らせる場所があるのに、どうして危険を冒さなければいけないのか、と考えるだけ。
 「ナスカにいれば安全なのに」と、「此処で生きればいいじゃないか」と。
 踏みしめられる地面もあれば、空に輝く太陽もある。日向も日陰も生まれる世界。
(此処でなら、生きていける、って…)
 思ってしまえば、他のことはもう、頭には入らないだろう。
 ナスカを持たない頃だったならば、「いつか地球へ」と、古い世代と同じに思って育っても。
 地面と太陽が欲しいのだったら、地球へ行かねば、と考えていても。
(どっちも手に入れたんだから…)
 もう地球に行く必要は無い。自分たちだけの未来だったら、ナスカがあれば充分だから。



 そう考えた末に、彼らは道を誤った。天国のようだと思ったナスカに魅せられすぎて。赤い星に魂を奪われすぎて、取り戻すことが出来なくて。
「ナスカって…。若い世代には、地球みたいに見えていたんだと思うよ」
 地面があって、太陽もあって、欲しかったものが一度に手に入った星。…シャングリラの中には無かったものがね。地球に行かなきゃ、手に入らないと思ったものが。
 いろんな意味で、とても大事な星になってしまっていたんだと思う。地球でなくても、ナスカで何でも手に入るんだ、って。地面も、それに太陽も。
 それにトォニィたちまで生まれちゃったら、ますますナスカを手放せないよ。地球よりも素敵に思えていたかも、ミュウの故郷みたいにね。
 そうじゃないかな、と問い掛けてみたら、ハーレイも否定しなかった。
「地球とは違う、ってことを除けば、人間らしく生きられる場所ではあったな。…あの星は」
 足の下には地面があって、頭の上には太陽だから。…どっちも船には無かったものだ。
 やっと普通の暮らしが出来る、と若いヤツらは飛び付いちまって、夢中になって…。仮の宿だということさえも、いつの間にやら忘れちまった。あまりに居心地が良かったから。
 ただし、そいつにこだわり過ぎると、命を落としちまうんだが…。
 キースの野郎がやって来た時点で、危ないと思うべきなのに。しかもキースは逃げてしまって、どう動くのかも分からない。…普通だったら、逃げようと考えそうなモンだが…。
 それさえも思い付かないくらいに、ナスカという星は魅力的だったというわけか…。
 撤収しろ、と出された命令を、古い世代の陰謀みたいに考えるほどに。
 これが船なら、直ぐに危険に気付くんだが…、とハーレイがフウと零した溜息。実際、船なら、皆はそうしただろうから。
 白いシャングリラで警戒警報が鳴って、「総員退避」と繰り返されたら、誰だって逃げる。船の中央の安全な場所へ、先を争うようにして。
「そうだね、船なら、そうなってたね…」
 キースが逃げたっていう話が無くても、警報だけで逃げ出すよ。これは危ない、って。
 だけどナスカは、船の中とは違ってたから…。
 とても素敵な星を手に入れて、まだまだ夢も一杯あって…。そっちに頭が向いちゃった。
 「此処で逃げたら、全部失くしてしまう」って。行きたくもない地球に行くしかない、って。



 勘違いをした若い世代。赤いナスカを離れ難くて、「手放したくない」としがみついて。
 冷静になって考えさえすれば、身の安全が第一なのに。今はどういう状況なのか把握したなら、誰だって直ぐに危険だと気付く。逃げたキースは、メンバーズエリートなのだから。
 けれど彼らは、ナスカという星に酔っていた。其処での暮らしにすっかり魅せられ、何処よりも安全で、素晴らしい場所だと思い込んで。
「シェルターに入れば安全だ、って考えていても、メギドには敵わないんだけれど…」
 ミサイルだって、直撃されたら、シェルターなんかは一瞬で壊れてしまうんだけど…。
 それも分からずに、みんなナスカに残ってしまって…。船で警戒警報が鳴ってる時より、ずっと危ないことにも気が付かないままで…。
 地面とお日様があった場所だし、きっと気が緩んでいたんだね。「此処なら絶対、大丈夫」っていう風に。…ミュウが手に入れた星だったから。
 そうなっちゃったのも分かる気がするよ、ソルジャーじゃない、今のぼくなら。
 お日様の光はとても素敵だもの、日向も日陰も好きに選べて。
 こっちがいいな、って選びさえすれば、暖かくもなるし、涼しくもなるし…。地面もいいけど、太陽も素敵。ナスカだったら、太陽は二つらしいけれどね?
 前のぼくは見ていないけど、と苦笑したナスカの二つの太陽。赤いナスカには降りていないし、太陽を目にすることは無かった。その太陽が作る、日向も日陰も。
「日向と日陰か…。今なら選び放題だよなあ、本物の地球の太陽で」
 どっちが好みか決める時にも、その日の気分で選んでいいんだ。一日の内にも、何回も。
 のんびり日光浴も出来れば、涼しい日陰で過ごすことも出来る。
 前の俺だと、どっちも出来はしなかったんだが…。シャングリラには太陽が無かったからな。
 ナスカには二つもあったとはいえ、キャプテンの立場じゃ、ナスカに肩入れすることは出来ん。俺が率先してナスカ暮らしを楽しんでいたら、若い世代が「お墨付きを貰った」と思うしな?
 ゼルたちが何と言っていようが、「キャプテンもナスカがお好きだから」と。
「そうなっちゃうよね、ハーレイがナスカ暮らしだと…」
 キャプテンも船を降りたんだから、って勝手に噂が流れていそう。
 「地球に行くのは止めたらしい」だとか、「みんなシャングリラを降りるんだ」とか。
 ハーレイの立場じゃ動けないよね、どんなにナスカで日光浴をしたくても。



 「本当にやってみたかったの?」と尋ねてみた、ナスカでの日光浴。キャプテン・ハーレイは、そのキャプテンという立場のせいで、日光浴のチャンスを逃したのか、と。
「おいおい、まさか…。前の俺だぞ、思い付きさえしなかっただけだ」
 日光浴ってヤツを考え付いたら、試してみていた可能性はある。どんなモンかと、日向の地面にゴロンと転がったりしてな。
 健康的ではあるだろうが、と笑うハーレイなら、確かに試したかもしれない。せっかくナスカを手に入れたのだし、太陽の光を存分に浴びるためにはコレだ、と日光浴を。
「…前のハーレイが、日光浴を思い付かなかったということは…」
 やってた仲間がいなかったんだね、ハーレイの目につく所では。…それならいいかな、やろうと思ってても無理だったんなら、前のハーレイが可哀相だから…。
 今のハーレイなら、日光浴もしていそうだけれど。
「していないわけがないだろう? 俺の趣味の一つは水泳だぞ」
 海や屋外プールだったら、水から上がれば甲羅干しだってしたくなる。いい天気ならな。それが醍醐味というヤツだろうが、外で泳いでいる時の。
 前の俺の記憶が戻っていない頃からな、とハーレイはとても嬉しそう。たった今、日光浴をして来たみたいな笑顔で。「日光浴は気持ちいいぞ」と、「髪だって直ぐに乾いちまうし」と。
「ハーレイ、日光浴が好きなんだ…。外で泳ぐんなら、そうなるだろうけど」
 幸せそうな顔をしてるよ、「本当に日光浴が大好き」って、見ただけで分かるような顔。
 記憶が戻った今なら、前よりもずっと幸せなんだと思うけど…。お日様、地球のお日様だから。
「うむ。夏にたっぷり満喫したなあ、地球の太陽」
 お前の所に通っていたから、去年までのようにはいかなかったが…。
 一人で海までドライブしてって、泳いだ後には日光浴、っていうのが定番だったんだが。
 それをやってちゃ、お前が膨れちまうから…。「どうして来てくれなかったの?」と怒って。
「当たり前だよ、仕事なら仕方ないけれど…」
 そうじゃないのに、一人で海までドライブだなんて、酷すぎるから!
 ぼくでなくても怒ると思うよ、そんな恋人。
 一緒にドライブするならいいけど、一人で出掛けて、おまけに日光浴なんて…!



 許すわけないでしょ、と尖らせた唇。いくらハーレイのことが好きでも、膨れたくもなる。海に一人で出掛けるだなんて、ドライブに日光浴なんて。
「ほらな、やっぱり膨れたろうが。…だから今年は、俺一人では行っていないんだが…」
 柔道部のヤツらを連れてっただけで、日光浴はそのついでだ。好きなんだがなあ、日光浴。
 とはいえ、お前はどうなんだか…。
 サイオンはとことん不器用らしいが、アルビノを補えるだけの分なら働いているようだから…。
 日焼けなんぞはしないんだろうな、日光浴をしてみても。
 俺みたいに浜辺に寝転んでても、とハーレイが言うから、首を傾げた。
「どうだろう? 夏に海に行けば日焼けするかも…」
 日光浴ほどに頑張らなくても、遊んでるだけで。夏は暑いし、あんまり外には出ていないから。
 でも、ハーレイみたいな肌になるのは無理だけれどね。ぼくの肌、元が白すぎるもの。
 そういう色にはなれそうにないよ、と見詰めた恋人の褐色の肌。如何にも健康そうな色。
「これは生まれつきだ、日焼けじゃないぞ」
 生まれた時からこういう色だし、日光浴で日焼けしたわけじゃない。勘違いしてくれるなよ?
 俺の肌はこうだ、とハーレイが指差す自分の顔。「身体中、この色なんだがな?」と。
「前のハーレイもそういう肌だったから、そうだろうとは思うけど…」
 もっと黒くはならないの?
 ブラウほどにはならなくっても、もっと色の濃い肌になるとか…?
 日光浴を沢山してたらどうなるの、と興味津々。日焼けしたハーレイも気になるから。この家をせっせと訪ねて来ていなかったら、ハーレイの夏は海で日光浴らしいから。
「日光浴の効果ってヤツか…」
 人によっては効果てきめん、小麦色になるヤツも多いが…。
 俺の場合はこのままだよなあ、元の肌の色がこういう具合なモンだから。
 ガキの頃から其処は同じだ、夏休み中、外を駆け回っていても真っ黒になりはしなかった。俺と一緒に遊んだヤツらが、こんがりと日焼けしちまっても。
 あれはちょっぴり残念だったな、子供心に。
 夏休みに遊んだ思い出ってヤツが、俺の肌には残ってくれないわけだから。



 日焼けした友達が羨ましかった、と子供時代を懐かしむハーレイ。悪ガキだったと何度も聞いているから、活動的な夏休みだったのだろう。肌の色が元から濃くなかったら、小麦色にこんがりと日焼けするほどに。
「俺は日焼けは無理なんだが…。お前だったら、日焼け出来るかもしれないな」
 元が真っ白でも、ほんの少しなら。小麦色とはいかなくても。
 真っ白ではなくなるかもしれん、とハーレイが顔を覗き込むから、想像してみた日焼けした顔。今の肌の色が日焼けしたなら、どうなるのかと。
 ほんのちょっぴり、肌に乗せてみた小麦色。ランチ仲間たちの肌の色などを参考にして。
(んーと…?)
 ぼくじゃないよ、と思った自分の顔立ち。肌の色が白くなくなっただけで。
「…白くない、ぼく…。印象、変わってしまいそう…」
 なんだかヤンチャそうな感じで、悪戯だってしていそう…。ハーレイの子供時代みたいに。
 ケガをしそうな遊びなんかは、ぼくにはとても出来ないけれど…。
「ふうむ…。そう言われれば、そうかもなあ…。お前が白くなくなったらな」
 チビのお前だと、悪戯小僧って気もしないではないが…。それはお前がチビだからで、だ。
 もっと育ったお前だったら、健康的でいい感じかもしれないな。ひ弱そうには見えないから。
 一度、日焼けをしてみるか?
 お前が大きく育ったら…、という提案。「健康的に日焼けしちゃどうだ?」と。
「日焼けって…。海で?」
 ハーレイがドライブに連れてってくれて、海で泳いで、日光浴も…?
 ぼくも一緒に日光浴なの、浜辺なんかで寝転がって…?
「その通りだが? やるんだったら、俺がオイルを塗ってやるから」
 日光浴用のオイルがあるんだ、健康的に日焼けするための。…愛用している人も多いぞ。
「日焼け用って…。日焼け止めじゃなくって、日焼け用なの?」
「夏の海辺じゃ、人気のアイテムなんだがな? その手のオイルは」
 日焼けしたいなら、ムラにならないよう、心をこめて塗ってやる。
 見たい気分になって来たしな、日焼けしたお前。
 そんなお前は、前の俺だって知りやしないし、見てみたい気持ちもしてくるだろうが。



 小麦色とはいかなくても…、とハーレイも想像しているらしい。チビではなくて、育った恋人が日焼けしたなら、どうなるか。どんな印象になるものなのか、と。
(育ったぼくだし、ソルジャー・ブルーが日焼けした顔になるんだよね?)
 思い描いた、大きく育った自分の顔。真っ白な肌の色を変えたら、ソルジャー・ブルーは消えてしまった。同じ目の色と髪の色でも、まるで変わってしまう印象。
 だから…。
「ぼくも、ちょっぴり見てみたいかも…」
 日焼けしちゃった顔になったら、ソルジャー・ブルーに見えないみたい。別の顔だよ。
 面白そうだし、日焼けもいいかも…。ハーレイにオイルを塗って貰って、浜辺で日光浴をして。
 そしたら日焼けするんだよね、と乗り気になった日焼け作戦。いつか大きくなった時には、海に出掛けて泳いで、日焼け、と。
「おっ、やろうって気になったか? だが、ほどほどにしておけよ?」
 お前の想像、小麦色の肌のソルジャー・ブルーみたいだが…。そこまでの日焼けは無理だろう。元が白いし、とてもじゃないが焼けやしないぞ。
 それに欲張って日焼けをすると痛いんだ。少しずつなら大丈夫でも。
 適度な所で切り上げないと…、とハーレイに教えられた日焼けのコツ。欲張らないこと。
「欲張るなって…。ホントに痛いの、欲張ったら?」
 もうちょっと、って頑張っていたら、日焼けで痛くなっちゃうの…?
「お前、サイオンが不器用だからな…。上手い具合にカバー出来るって気がしなくてなあ…」
 アルビノの方なら生まれつきだし、きちんとサイオンが働いてるが…。日光浴だと、サイオンはまるで働かないかもしれないぞ。日焼け、したことないだろう?
 普通はガキの間に学んで、自然と加減が出来るようになっていくんだが…。
 お前の場合は、サイオンが不器用なのに加えて、サイオン抜きだと肌が弱い筈のアルビノだ。
 うっかり日焼けを欲張った時は、「痛い」と騒いでいそうでなあ…。
 その辺のガキなら子供時代にとっくに済ませているのを、今頃になって。
「…そうなのかも…」
 言われてみれば、そういう友達、いたような気が…。
 うんと小さい頃だけれども、日焼けしちゃって、触っただけでヒリヒリする、って…。



 おぼろげだけれど、覚えていること。「痛い」とベソをかいていた友達。あれは幼稚園の頃で、どうやら普通は、その年くらいで覚えるらしい。日焼けと、それをサイオンでカバーする方法。
 けれど自分に経験は無くて、おまけにアルビノ。下手に日焼けをしたならば…。
「でも…。ぼくが日焼けして痛くなったら、ハーレイが面倒見てくれるんでしょ?」
 とっても痛い、って言い出した時は、きちんと手当て。
「手当って…。日焼けのか?」
 あれは病気じゃないんだが…。赤くなった後は、ヒリヒリ痛みはするんだがな?
 後は個人差だな、皮が剥けるってタイプもあれば、剥けないヤツもいるわけで…。お前の場合はどっちだろうなあ、アルビノの日焼けの話は知らんし…。
「火傷みたいなものでしょ、日焼けは! 手当てしてよ!」
 ぼくは痛くてたまらないんだし、冷やすとか、薬を塗ってくれるとか!
「うーむ…。日焼けしたお前は見てみたいんだが、そういったリスクを考えるとだ…」
 日焼け、やめておく方がいいよな、そうなっちまう前に。痛くなったら辛いんだから。
 痛い目に遭うのはお前だぞ、とハーレイは止める方に回った。「日焼けしてみろ」という意見を変えて。さっきまで日焼けを勧めていたのに。
「ぼくも痛いのは嫌だけど…。でも、ハーレイと海には行きたいし…」
 日光浴をするハーレイも見たいよ、海で泳いでいるハーレイもね。だから日焼けも我慢する…。
「俺と一緒に海だってか? それならパラソルを借りることにしよう」
 お前はそいつの陰にいろ。日陰だったら安心だからな、日焼けもしないし。
「やだ!」
 ハーレイが海で泳ぐんだったら、ぼくだって、ついて行きたいってば!
 日焼けをしたってかまわないから、日陰で留守番なんかはしないよ!
 絶対に嫌だ、と拒否した留守番。パラソルの陰がいくら安全でも、一人でポツンと待つなんて。
 きっと賑わっているだろう海辺、其処で一人でハーレイを待っているなんて。
「お前なあ…。俺は沖まで泳いで行っちまうんだぞ?」
 そんな所まで、お前、ついては来られんだろうが。
 ただでも水には長い間、入っていられない身体らしいしな?
 ちゃんと大人しく浜辺で待ってろ、パラソルの陰で本でも読んで。



 日光浴もするんじゃないぞ、とハーレイは諦めさせようとしているけれど。泳いで沖から戻ってくるまで、待たせるつもりらしいのだけど…。
「浮き輪を持つから、大丈夫だよ」
 上に乗っかって一休みすれば、そんなに身体は冷えないから…。
 うんと大きな浮き輪があるでしょ、上に乗っても大丈夫な形をしているヤツが。
 イルカの形とか、色々なのが…、と思い浮かべた頼もしい浮き輪。あれがあったら、沖の方まで一緒に行っても大丈夫、と。
「デカイ浮き輪か…。あれを抱えてついてくるってか、俺と一緒に?」
 そこまで言うなら、ゴムボート、曳いて泳いでやろうか?
 ゴムボートの上なら疲れないしな、浮き輪を抱えてせっせと泳いで行くよりは。
 ずいぶん楽になる筈だぞ、とゴムボートに乗せて曳いて行ってくれるらしいから…。
「ゴムボートって…。いいの?」
 ぼくを乗っけて引っ張るだなんて、ハーレイ、疲れてしまわない?
 沖まで行くなら、とても大変だと思うけど…。ホントに乗せて行ってくれるの?
「俺を誰だと思っているんだ、大したことではないってな。お前を連れて泳ぐくらいは」
 だが、パラソルまではついて来ないぞ、ゴムボートには。
 日焼けしちまってもいいと言うなら、一緒に沖まで行こうじゃないか。
 後で「痛い」と泣くんじゃないぞ、と脅された日焼け。日陰が無いなら、本当に日焼けしそうな気がしないでもないけれど…。
「痛くなっても我慢するよ!」
 日向も日陰も、本物の地球のお日様のお蔭で出来てるんだし…。日焼けも、そのせい。
 だから日焼けで痛くなっても、ぼくは後悔しないってば!
 ハーレイと一緒に沖に出られるなら、お日様で日焼けしてもいい、と宣言した。
 その時が来たら、「日陰がいい」と注文するのも忘れて、ゴムボートの上で揺られていそう。
 「地球のお日様だよ」とニコニコしながら、燦々と夏の日射しを浴びて。
 そのせいで、後で「痛い」と泣く羽目になっても、ハーレイと沖まで出掛けてみたい。
 地球の太陽を一杯に浴びて、真っ青な真夏の地球の海の上を。
 二人きりの世界を満喫しながら、日陰すら無い日向の世界を、青い水平線に向かって…。



            日向と日陰・了


※前のブルーがこだわっていた、踏みしめるための地面。ミュウは持っていない、と。
 けれど同じに持っていなかったものが、太陽。必要なものは、地面だけではなかったのです。
 ところで、ハレブル別館ですけど、アニテラ自体が、既にニーズが皆無な今。
 来年は月に1度の更新に変えて、もう1年だけ続けてみます。その後は、未定。
 毎日更新のシャングリラ学園場外編の方は、やめる予定はありませんので、よろしくです。
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