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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

温かい右手

「…ハーレイっ…!」
 自分の泣き声で目を覚ました。
 常夜灯しか灯っていない真夜中の自室。涙に滲んだ瞳に映った夜更けの部屋が心細い。
(……まただ……)
 ブルーは右手をキュッと握った。
 ここ数日、毎晩メギドの悪夢を見る。前の生での、ソルジャー・ブルーだった頃の自分の最期をそっくりそのまま再現する夢。
 忌まわしい青い光が溢れる場所で何発もの弾を撃ち込まれ、夢だというのに激しい痛みを堪える間に大切なものを失くしてしまう。右手に残ったハーレイの温もり。最後にハーレイの腕に触れた右の手に持っていた筈の、最期まで持っていたいと願った恋人の温もりを失くしてしまう。
 その温もりさえあれば一人ではないと、一人きりで死んでゆくのではないと思っていたのに。
 一人ではないと思っていたのに、ブルーは独りぼっちになる。
 ハーレイの温もりを失くして凍えた右の手。冷たくなってしまった右の手。
 もうハーレイと一緒ではなくて、ただ一人きりで、独りぼっちで死んでゆくだけ。その悲しさに泣きじゃくりながら、独りぼっちになってしまったと泣きじゃくりながら…。



(また…)
 あの夢はもう見たくないのに。
 たまに見はしても、ここまで立て続けに見てしまうことはもう長いこと無かったのに。
(…これのせいだ)
 上掛けから出てしまっていたらしい右の手が冷たい。昨夜も、その前の夜もそうだった。夜中に急に冷えるのだろうか、冷たくなってしまった右手がメギドの悪夢を運んで来る。同じように手が冷たかった時の記憶がブルーの夢に忍び込んでくる。
「冷たいよ、ハーレイ…」
 手が冷たいよ、と涙交じりに呟いてみても、温めてくれる手は何処にも無かった。
 青い地球の上にハーレイと二人で生まれ変わって、再び巡り会うことが出来たけれども。右手が冷たいと訴える度にハーレイは大きくて温かな手で包んでくれるし、訴えなくともキュッと握ってくれたりするのに、その温かい手が此処には無い。
 今、温めて欲しいのに。
 メギドの悪夢で目覚めてしまった心細い闇の中だからこそ、ハーレイに温めて欲しいのに。
「…会いたいよ、ハーレイ…。独りぼっちになっちゃったよ、ぼく…」
 そう、本当に独りぼっち。
 家には両親も居るのだけれども、二人とも別の部屋のベッドで眠りの中。幼い子供ならベッドにもぐり込んでも可笑しくはないが、ブルーの年では「怖い夢を見たから」ともぐり込めない。前の生での恐怖を訴えたならば、両親は受け止めてくれそうだけれど…。
(…だけど心配させたくないよ…)
 そう思うから独りぼっちで耐えるしかない。辛くても堪えて眠るしかない。
(ハーレイなら分かってくれるのに…)
 けれどハーレイは此処には居ない。
 こんな夜中にハーレイは家に来てはくれない。
 せめてハーレイと話したくても、そのための思念を紡げはしない。連絡を取るには専用の機器が必要。
 遠い遠い昔、SD体制が始まるよりも前の時代には、確か携帯端末と言ったか、いつでも自由に話をしたり出来る道具があったらしいが、その類の機器は今は無い。利便性と引き換えに失う物が多すぎたとかで、時の彼方に消えてしまった。
 それを作らない理由は分かる。作るべきではないことも分かる。
 分かっているのに、考えずにはいられない。それがあったなら、今、眠っている筈のハーレイを起こして夜明けまででも話せるのに、と。



 二度と見たくないメギドの夢。
 ハーレイの温もりを失くして独りぼっちで死んでゆく夢。
 その夢が毎夜襲って来るのに、ハーレイは家に来てくれなかった。学校の仕事で遅くなるのか、平日の夜に訪ねてくれる日が一度も無かった。たった五日間の平日だけれど、ブルーには長い。
 五日間もメギドの夢を見続け、夜毎目覚めたブルーにはあまりにも悲しくて長すぎた。
 悲しくて、寂しくて、夜が来る度に独りきりで泣いたブルーには長すぎた五日間だったから。
 やっとハーレイが来てくれた週末、抱き付いて、膝に座って甘えた。会えなかった五日間の分を取り戻すかのように、その間の悲しみと寂しさを癒すかのように。
 初めの間は気付かなかったハーレイだったが、昼食の後も食後のお茶のカップを放って膝の上に乗って来たブルーにギュッと抱き付かれて「おかしい」と思う。
「どうした? 今日は甘えん坊だな」
 問われたブルーはハーレイの服をキュッと握って。
「…右手…」
「右手?」
 その言葉だけでハーレイには何が起こっているのか分かった。
 ブルーが前の生の最期に失くしたという右の手に残ったハーレイの温もり。右の手が冷たいと、凍えてしまって冷たいのだと訴える時のブルーは悲しみと寂しさの只中に居る。
 前の生での悲しすぎた最期の記憶に囚われてしまい、不安の中で揺らいでいる。
 ハーレイは自分の胸にぴったりと身体を寄せているブルーの小さな背中を優しく撫でた。
「…右の手か…。お前、長いこと、落ち着いてたのに。…何かあったのか?」
 学校で嫌なことでもあったか、と訊かれてブルーは「ううん」と首を微かに振った。
「そうじゃない。そうじゃなくって…」
 ハーレイに言おうか、どうしようか。
 言ってもどうにもなりはしないし、黙っていようかとも考えたけれど。
 それでは却って心配させることになるかもしれない。
(…ただの夢なんだよ…)
 たかが夢。
 夢だけれども、ブルーにとっては恐ろしすぎるメギドの悪夢…。



 打ち明けるか否か、ずいぶん迷った。
 ブルーをメギドに行かせたことをハーレイは今も後悔している。
 そのメギドの悪夢が自分を苛むのだ、と話したならばハーレイもきっと苦しむだろう。けれど、理由を明かさなければハーレイは悩む。何がブルーを苦しめるのかと、心を痛めるに違いない。
 どうするべきかと考えた末に、ブルーはポツリと口にした。
「…ぼくの寝相が悪いだけだよ…」
「寝相?」
 怪訝そうな顔のハーレイの胸に頬を擦り寄せ、右の手でキュッと縋り付く。
「…寝てる間に右手が出ちゃうと夢を見るんだ…。ぼくの右手が冷たくなる夢」
「メギドか…。もしかして毎晩なのか?」
「うん。…今週に入ってから、ずっと毎日」
 打ち明けたら堰が切れたかのように涙が一粒零れて、ポロポロと続いて転がり落ちた。頬を伝う涙が止まらない。ハーレイの服が濡れてしまうと分かってはいても、止められない。
「怖いよ、ハーレイ…。怖くてたまらないんだよ…」
「泣くな、ブルー。泣くんじゃない」
 俺は此処に居る。
 お前は独りぼっちじゃないんだ。俺と一緒に地球に来たんだろう?
 俺と幸せになるんだろうが?
 何度も繰り返し耳元で言われて、背中を、頭を大きな手で撫でられて、涙が伝う度に褐色の指で頬を拭われて…。
 ようやっとブルーの涙は止まって、ハーレイの胸に身体を預けた。
 ハーレイが其処に確かに居ると心に刻むかのように、赤い瞳で鳶色の瞳を見上げながら。



「落ち着いたか? ブルー」
 大丈夫だからな、とハーレイはブルーの小さな身体に腕を回して抱き締める。
「俺は此処に居るし、お前だってちゃんと生きているんだ。メギドはもう遠い昔のことだ」
「…うん…」
 うん、と頷くブルーの怯えはそれでもハーレイに伝わって来た。
 またあの夢を見るのではないかと、そして怖くて悲しくて泣く夜が襲って来るのではないかと。なんとか救ってやりたいけれども、夢まではどうしようもない。ただ…。
 ブルーが悪夢を見続けるようになった原因。それが何かは見当が付くから。
「この所、夜中に急に冷えたりするからな…」
 手袋をはめて寝てみたらどうだ?
 そうすれば上掛けの外に出ちまっても冷たくなったりしないだろう。
「試してみる価値はあると思うぞ、何もしないよりは解決策を考えないとな?」
「…そっか、手袋…」
 気が付かなかった、とブルーは笑みを浮かべた。
 右手が冷えるせいで悪夢を見るなら、冷やさなければ見ずに済む。
「凄いね、ハーレイ。そんな方法、ぼくだと思い付かないよ」
 打ち明けて良かった、と喜んだブルーだったけれど。
 ハーレイが教えてくれた手袋は効果を発揮してくれず、悪夢は再び襲って来た。どうやら夜中に暑く感じてしまうらしくて、泣きながら目覚めれば手袋を外してしまっている。
 メギドの悪夢は夜毎に訪れ、自分の泣き声で目が覚める日々。
 学校帰りに来てくれたハーレイにブルーは抱き付いて甘え、離れようとはしなかった。
 夕食前にブルーの部屋で過ごす時間は、母は決して部屋に来ないから。
 ハーレイは「そうか、手袋でも防げんか…」とブルーの右手を温めながら辛そうに溜息をつく。
 気温が落ち着いてきたら治るのだろうが、それまでの間をどうしたものか、と。
 まだ暫くは落ち着きそうもないし、神経が参ってしまわねばいいが…、と。



 その週末の土曜日も、ブルーは母がテーブルに紅茶とお菓子を置いて出てゆくなり、ハーレイの膝の上に座って甘え始めた。心臓の辺りに頬を寄せれば確かな鼓動が伝わって来る。何にも増して生の証を感じられる音。規則正しく脈打つ心臓の音にブルーが耳を傾けていれば。
「お前にこうしてくっつかれるのも悪い気分ではないんだが…」
 ハーレイの手がブルーの銀色の頭をクシャリと撫でた。
「どうにもお前が可哀相でな」
 ほら、とハーレイのもう片方の手が小さな紙の袋を差し出す。
「なに?」
 キョトンとするブルーに、「開けてみろ」とハーレイが微笑んだ。
「医療用のサポーターっていうヤツだ」
「…サポーター?」
 首を傾げつつブルーが開けた袋の中から指無し手袋に似たものが出て来た。包帯のように白くて薄い生地で出来たサポーター。それをハーレイが指差しながら。
「こいつは手の指を自由に動かせる。そのくせに、手のひらをしっかりガードしてくれるんだぞ。お前の右手にはめてみろ」
「右手?」
 ブルーは言われるままにそれを右手にはめてみた。
(あっ…)
 薄い生地なのに、手のひらをギュッと握られているような感じがする。
 それに暖かい。
 この感覚を知っている、とブルーは思った。懐かしくて恋しくて、温かくて優しい。
「どうだ? 手袋よりはマシそうか?」
 ハーレイの手がサポーターをはめたブルーの右手をそっと包んだ。
「俺がお前の手を握る時くらいの力加減で作って貰った。そういう注文も出来るんでな」
「…そうなんだ…。ハーレイの手に似てると思ったけど、おんなじなんだ?」
「ああ。寝る時にはめてみるといい。これでお前が眠れるといいな」
 医療用だから、手袋と違って通気性とかもいいからな。
 寝ている間に暑くて外しはしないだろう。
「うん。…うん……」
 ブルーはサポーターを何度もはめたり外したりして確かめた。外している間にハーレイが握ってくれる手の感覚と変わらないことを、全く同じ力加減であることを…。



 ハーレイと二人で土曜日を過ごして、夕食はブルーの両親も一緒に食卓を囲んだ。食後のお茶をブルーの部屋で飲んだ後、ハーレイは「また明日な」と軽く手を振って帰って行って。
 ハーレイの手を思わせるサポーターを貰ったブルーは、眠る前にそれを右の手にはめた。
(…ふふっ)
 其処にハーレイの姿は無いのだけれども、あの大きな手に右の手を握られている感覚。
 右手が冷たいと訴えた時に握ってくれる手と同じ感覚。
(…ハーレイの手だ…)
 見た目にはただのサポーターだけれど、ハーレイの手が握る力を再現したもの。
 ハーレイがブルーのためにと注文してくれたサポーター。
 これがあれば夢を見ない気がする。
 メギドの悪夢を見ずに眠れるような気がする…。
(…そうだといいな)
 見ないといいな、とブルーはベッドに入って部屋の明かりを消してみた。
 常夜灯だけが灯った部屋。
 昨日までは怖く感じた夜の暗さが、今夜はそれほど気にならない。
(ハーレイの手があるからだよ、きっと)
 右手をキュッと握ってくれているサポーター。
 此処には居ないハーレイの代わりに、ブルーの右手を握ってくれるサポーター。
 ハーレイが注文して作ってくれた。
 ブルーのためにと、側に居られない自分の代わりにブルーの右の手を握るようにと、ハーレイが持って来てくれた。
 心がじんわりと暖かくなる。幸せで涙が出そうになる。
 きっと今夜は大丈夫。
 今夜こそ、きっとメギドの悪夢を見なくなる…。



 いつの間にか眠ってしまったブルーだったけれど、気付けばやはりメギドに居た。
 夢の中のブルーは夢だと認識していないから、悲劇はまたしても繰り返す。
 容赦なく撃たれ、痛みのせいで右手から消えてゆくハーレイの温もり。
(嫌だ、ハーレイっ…!)
 失くしたくない、とブルーは心の中で叫んでいるのに、シールドで弾を防いでいるのに。
「これで終わりだ!」
 キースの勝ち誇った声と同時に発射された弾がシールドを貫き、右の瞳に走った激痛。真っ赤に塗り潰された視界と激しい喪失感。
 それが何処から来るものなのかを考えている余裕は無かった。
 止めなければ。何としてもメギドを止めなければ…!
 サイオンを自ら暴走させてバースト状態に持って行った後は、死を待つだけ。
 地球の男は逃がしてしまったけれども、メギドは遠からず崩壊する。
(ジョミー…! みんなを頼む)
 これでいい。自分の役目は終わったのだ、と安堵した途端に思い出した。
 ハーレイの温もりを失くしてしまった。
 右の手に確かに持っていた筈の、失くしたくないと叫んでいた筈のハーレイの温もり。
(…あの時に失くした…)
 視界が真っ赤に塗り潰された時に感じた喪失感。あの時に温もりを失くしてしまった…。
「…ハーレイっ…!」
 嫌だ、とブルーは叫んだ。
「嫌だ、ハーレイ…! ハーレイっ…!」
 独りぼっちで逝きたくない。こんな所で独りぼっちで死んでしまうなんて…!
「ハーレイっ…!」
 もう会えない。二度と会えない。
 あの温もりさえ失くさなかったら、ハーレイと一緒だったのに。
 一緒に死ぬというわけではなくても、何処までも一緒に居られたのに…。



「…ハーレイっ…!」
 無駄だと分かっていても泣き叫ぶことは止められなくて。
 もう終わりだと、これで全てが終わりなのだと泣きじゃくるブルーの右手を誰かが強く握った。
(えっ…?)
 此処には自分しか居ない筈なのに、と右側を見れば。
「ハーレイ…?」
 忘れようもない褐色の肌の恋人。
 居る筈がないハーレイが微笑みながらブルーの右手を握っていた。
 ブルー、と名前を呼ばれた気がした。
「ハーレイっ…!」
 どうして此処へ、と問う前にハーレイの姿は消えてしまったけれども、右の手に残された確かな温もり。失くしてしまった筈の温もり。
(…ハーレイが届けに来てくれたんだ…)
 どうやってシャングリラから来られたのかは分からないけれど、ハーレイは此処に来てくれた。
 思念体でも、幻であってもかまわない。
 ハーレイが此処まで温もりを届けに来てくれた、それだけが分かっていればいい…。
(…温かい…)
 こんなにも温かかったのか、と遠くシャングリラに居る恋人を想う。
 あの手はこんなにも温かかったかと、こんなにも優しく強かったのか…、と。
(…ハーレイ…。ぼくは一人じゃないよ)
 君が来てくれたから一人じゃないよ、とブルーの瞳から涙が零れた。
 悲しみが流す涙ではなくて、幸せから溢れ出す涙。
 独りぼっちで死ななくてもいい。
 ハーレイが来てくれたから、もう一人ではない。
(…ありがとう、ハーレイ…。これでもう独りぼっちじゃないよ)
 いつまでも、何処までも一緒だから。
 君がくれたこの温もりを抱いて、ぼくは幸せに眠れるから。
 ありがとう、ハーレイ。
 君といつまでも一緒だから…。



(ハーレイ…?)
 右の手に戻って来た温もりを大切に抱いて、いつ眠ったのか。
 目覚めれば、自分の部屋に居た。青の間ではなくて、地球の上に在る十四歳の自分の部屋。
(…ハーレイ…?)
 悪夢だったけれど、泣きながら目覚めずに済んだ夢。
 ハーレイの温もりが戻って来た夢。
 何故、と夢の中で温もりが戻った右手をそうっと持ち上げてみて。
(……サポーター……)
 暗くてよくは見えないけれども、その手にはめられた白くて薄い生地のサポーター。
 ハーレイがくれた、ハーレイが手を握ってくれる力を再現したというサポーター。
(…これが届けに来てくれたんだ…)
 ハーレイを連れて来てくれたんだ、とブルーはサポーターをはめた右手に頬ずりをした。
 失くした筈の温もりを届けにメギドまで来てくれたハーレイ。
 そのハーレイを連れて来てくれたサポーター。
 あれは夢でも幻でもなく、本当に本物のハーレイだった。
 ハーレイの想いを、ハーレイの気持ちを届けるために形を取って現れたハーレイの心。
 それを運ぶ役目を託されたものが、このサポーター。
 ブルーのためにとハーレイが注文して作ってくれたサポーター…。
(…これのお蔭でハーレイに会えたよ、メギドの夢で)
 ハーレイは温もりを置いて行っただけで消えてしまったけれども、泣かずに済んだ。
 優しくて温かい温もりが戻って来たから、泣かないで済んだ。
(幸せだったから泣いちゃった分は、泣いた内には入らないよね?)
 悲しみではなく、幸せで瞳から零れた涙。
 ハーレイの温もりを抱いて、幸せなままで永遠の眠りに就く夢。
 そんな夢は今までに一度も見たことが無い。
 メギドの悪夢が幸せの中で終わったことなど、ただの一度も無かったのに…。
(これのお蔭だよ)
 ハーレイが来たよ、とブルーはベッドの中で微笑む。
 サポーターをはめた右手を何度も撫でながら、柔らかな頬を擦り寄せながら…。



 そうして知らぬ間に眠ってしまって、目を覚ましたら朝だった。
 ハーレイが訪ねて来てくれる日曜日の朝。
 ブルーの右手を朝までしっかり守っていてくれたサポーターをくれた、ハーレイが来る日。
 苛まれ続けた悪夢が途切れたお蔭だろうか、朝からとても気分が良くて。
 ブルーは張り切って部屋を掃除し、ハーレイが訪ねて来るのを待った。今か今かと部屋の窓から庭の生垣の向こうに見える通りを見下ろし、見付けた影に大きく手を振る。
 もうサポーターは外したけれども、夢の中でハーレイが握ってくれた右手を。
 やがて母に案内されたハーレイがブルーの部屋を訪れ、お茶とお菓子が載ったテーブルを挟んで二人で向かい合いながら、ブルーは笑顔で報告した。
「ハーレイ、サポーター、ありがとう! ぼくの夢の中にハーレイが来たよ」
「メギドの夢にか?」
「うんっ!」
 嬉しそうに答えるブルーに、ハーレイが「そうか」と頷いて尋ねる。
「…それで、俺はお前を救えたのか? お前をメギドから助けられたか?」
「ううん、そこまでは無理だったけど…。でも嬉しかった」
 ハーレイの温もりが戻って来たよ。
 ぼくが失くしたのを、ハーレイがちゃんと届けに来てくれたよ。
 だから、独りぼっちで死ななくて済んだ。
 ハーレイがくれた温もりをちゃんと抱き締めて、幸せなままで眠ったんだよ…。



「そうか…。あれを渡した甲斐があったな、お前の心だけでも救えたんなら」
 本当は身体ごと助けたかったが、と話すハーレイに、ブルーは「ううん」と首を横に振る。
「あれで充分、幸せだったよ。ハーレイと一緒なんだ、って嬉しかったよ」
 ハーレイがサポーターをくれたからだよ、と褐色の手をキュッと握った。
 この手と同じように出来たサポーターだから夢の中まで温もりを届けてくれたのだ、と。
「だから幸せ。ハーレイの温もりがあったら、ぼくは幸せ」
「そうなのか? だが、俺はお前を助けてやりたいんだ。…現実では何も出来なかった分、せめて夢の中でくらいはメギドからお前を助け出したい」
 いつか必ず助けてやるさ、とハーレイの手がブルーの手を強く握り返した。
「あのサポーターでお前の心を救えたんなら、いつかはきっと身体ごと助けられるさ」
「…どうやって?」
「ん? 実に単純で簡単なことだ。今はまだ使えない方法だがな」
 俺の手の偽物でそれだけの効果があったんだ。本物の手だと、どうなると思う?
「ゆっくりでいいから、大きくなれ。前のお前と変わらない姿になるんだ、ブルー」
 そうしたら、お前と一緒に眠れる。
 同じベッドで眠ることが出来る。
 そうなったなら。
 一緒に眠るようになったら、俺がお前の手を握ってやるから。
 俺は必ずお前を助ける。
 決してメギドで死なせやしないさ、夢の中でも守ってやるから。
 だから大きくなれ、ブルー。
 俺がお前を夢の中でも守れるように。ゆっくりと幸せに、前の分まで幸せに育て。
 いいな、幸せにゆっくりと…、だぞ?
 なあ、ブルー……。




       温かい右手・了

※メギドの悪夢に来てくれたハーレイ。そして届けてくれた温もり。
 きっといつかは、夢の中で守って貰える日が来るのでしょう。二人で暮らし始めたら…。
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