シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(あれ?)
いったい何をしているのだろう、とブルーは少し向こうの道端を眺めた。
学校の帰り、バス停から家へと歩く道の途中。行く手に下の学校の生徒だと一目で分かる少女が二人。年は十歳くらいだろうか、制服は無いから普通の服。通学鞄も持ってはいないけれど。
(この時間だと…)
十歳くらいなら授業はとっくに終わっている筈。一度帰って、それから遊びに出て来たらしい。
少女たちの側の生垣に沿ってコスモスが沢山植えられていた。白やピンクや、色とりどりに。
その花を千切っては何かしている。一輪千切って、また一輪と。
(悪戯?)
花を戯れに手折るにしたって、花束にするならいいのだけれど。
少女たちは花びらを次々と毟ってしまっては、花を捨てているようだから。花びらが無くなった花を捨てては、また別の花を千切っているから、とても褒められたものではない。
(コスモス、駄目になっちゃうよ…)
いくら沢山咲いていたって、花びらは毟るものではないから。花は愛でるもので、その花びらを毟って捨ててしまうなどは論外だから。
(花だって可哀相だよね?)
自分が叱るのも変だけれども、あの年頃の子供からすれば充分に「大きなお兄ちゃん」。学校の制服も着ているのだから、多分、効果はあるだろう。「駄目だよ」と一声かければ、きっと。
家の人が気付いていないのならば、と決心を固めて近付いてゆけば。
(…えっ?)
生垣の向こうに顔馴染みのご主人。それも熱心に庭の手入れ中。他の作業をしているとはいえ、少女たちが見えない筈はない。コスモスの花を毟っては捨てる二人の少女が。
(じゃあ、黙認なの?)
あんなに酷い悪戯を何故、と首を傾げたら、少女の歓声。
「好きーっ!」
明るい声が響いたけれども、もう一人の声が被さった。羨ましそうに「いいな」と言う声。先に叫んだ少女の隣で肩を落として、「私の方は駄目みたい」と。
少女たちがポイッと投げたコスモス。花びらをすっかり失くしたコスモス。
(あ…!)
その瞬間に思い出した。
花占い。コスモスの花とは限らないけれど、花びらを使った恋の占い。
下の学校に通っていた頃、何度も目にした。様々な花が溢れる花壇の側やら、学校を囲む垣根に沿って植えられた花たちが幾つも咲いている横で。
花を一輪、手折って、持って。
花芯を取り巻く花びらを一枚、また一枚と抜き取る度に口にする言葉。
好き、嫌い、好き。
花びらを一枚、取って捨てる度に「好き」と「嫌い」を交互に唱えて、花びらが一枚も無くなる時まで続けていって。
最後に残った花びらを毟る時の言葉が「好き」か「嫌い」かで答えが決まる。花に託した占いの答えが導き出される。
好き、嫌い、好き。
花びらの数で恋を占う、少女たちが好きな恋占い。
(それで叱らなかったんだ…)
コスモスを幾つ毟っていたって、少女たちの方は悪戯ではなくて真剣だから。
花びらに恋の行方を尋ねて、否と言われても諦め切れずに次の花。望み通りの答えが出たって、更に確認したくなる。どの花も同じ答えをくれるか、何度訊いても同じなのかと。
それは一種の願い事。
こうであって欲しいと、こうなればいいと、コスモスの花に願い事をするようなものだから。
花占いをしている二人の少女を叱る者などいないだろう。むしろ微笑ましく見守るべきことで、最後の一輪を毟ってしまったとしても、叱る大人はいないだろう。
(でも…)
どう眺めたって、恋には早すぎる少女たち。
コスモスに「好き」と教えて貰った少女と、「嫌い」と答えを貰った少女。何度やっても答えは同じと思ったのかどうか、並んで去ってゆく小さな背中。
(いったい誰のこと、占ったのかな?)
下の学校にいた頃に見た花占いでの恋のお相手は、人気のドラマのヒーローだったり、その役を演じる俳優だったり。あの少女たちも、きっとそういう恋の相談。
今の時代は誰もがミュウで、平均寿命も三百歳を軽く越えるから。恋をする年も遅くなるから、少女たちの年なら、まだまだ子供。ブルーの年でも恋には早い。恋の話など一度も聞かない。
(でも、ぼくには恋人、いるもんね?)
前の生からの大事な恋人。
青い地球の上に生まれ変わって再び出会えた、今のハーレイ。
正真正銘、本物の恋人、コスモスの花に訊くまでもなくて「好き」に決まっているけれど。
(ハーレイがぼくを嫌いな筈がないもの)
花びらは「好き」と答えるだろう。好き、嫌い、好き、と唱えてゆけば。
やってみようか、とコスモスの花に手を伸ばしたら。
「ブルー君?」
欲しいのかい、と家のご主人に声を掛けられた。庭仕事の合間に見ていたらしい。
気前よくチョキンと枝ごと切って貰ったコスモス。白やピンクや、真ん中に向かって濃い色へと染まる花びらを持った華やかなものや。
家に飾るならこのくらい、と両手に余るほど渡された。この蕾だって明日には咲くよと、充分に長く楽しめるよ、と。
(コスモス、いっぱい…)
貰ってしまった沢山のコスモス、思いがけずもコスモスの花束。
母に渡して生けて貰おうと思ったけれど。大きな花瓶に入れて貰ってリビングにドンと飾るのもいいし、二つに分けてダイニングもいい。
(あの花瓶に入れて貰って、ダイニングのテーブル…)
そうすればおやつを食べる間も眺められるし、と思ってから。
(花占い…)
大きすぎる花束を貰ってしまって、頭の中から消えてしまっていた花占い。一輪くらいは自分の部屋に飾っておくのもいいだろう。せっかく貰ったコスモスなのだし、記念に一輪。
コスモスの花束を抱えて帰って、「頂いたの?」と微笑む母に注文して。
リビングとダイニング、それから一輪挿しに一輪。
淡いピンクのコスモスを一輪、ガラスの一輪挿しに生けて貰って勉強机の上に飾った。着替えを済ませてダイニングでおやつを食べる間は、テーブルの花瓶のコスモスを愛でた。
白にピンクに、もっと濃いピンク。真ん中が濃い色に染まった花など。
それは賑やかなコスモスの花束、細い糸を編んだレースにも似た緑色の葉も美しい。
(貰っちゃったよ、こんなに沢山)
あの少女たちが毟った花より、ずっと沢山。手に余るほどの数のコスモスの花。
これだけの数の花に訊いても、きっと「好き」だと答えるだろう。
「ハーレイはぼくのことが好き?」と訊いてみたなら、花たちは、きっと。
おやつを食べ終えて、部屋に戻って。
勉強机の前に座って、一輪挿しに咲いたコスモスを見ながら考える。
淡いピンクのこの花もきっと、「好き」と答えてくれるのだろう、と。
(花占い…)
あの少女たちがやっていたように、花びらを毟れはしないから。
一輪しかないコスモスを丸坊主にしてはしまえないから、花びらを数えることにした。一枚ずつ順に数えて一周したなら、花は答えをくれるのだから。
一輪挿しを手前に引き寄せ、目印になってくれる一枚の花びらを決めた。
持って帰る途中でくっついたものか、それよりも先にミツバチが触れていったのか。ピンク色の花びらに黄色い花粉がほろりと零れて小さな点がついていた。他の花びらにはついていないから、その花びらが出発点。
そうっと指差し、心の中で問いを投げ掛ける。
(ハーレイはぼくのこと…)
好き、と唱えた一枚目の花びら。其処から隣へと移って「嫌い」と。
コスモスの花芯の周りを一周しながら、好き、嫌い、好き…。
(嘘!)
くるりと一周数え終わった時、「嫌い」と告げてくれた花。淡いピンクのコスモスの花。
その花はハーレイはブルーを嫌いだと言った。嫌いなのだと、好きではないと。
(ハーレイがぼくを嫌いだなんて…)
そんなことがある筈がない。ハーレイとは前の自分の頃からの恋人同士で、この地球にも二人で生まれて来た。また出会うために生まれて来たのに、ハーレイが自分を嫌いだなんて…。
(嘘なんだから…!)
この花は嘘をついたのだ、とブルーはキッと唇を噛んだ。
でなければ問いを間違えたか。もっと分かりやすいことを訊くべきだったろうか、答えが絶対に揺らがないことを?
好きか嫌いかという漠然とした尋ね方ではまずかったろうか、その日の気分というものもある。
(ぼくがしつこくキスを強請ってたら、ハーレイ、嫌かもしれないしね?)
たまには嫌いになってしまうこともあるだろう。あんなチビは知らん、と言いたい時が。
(うん、きっとそうだ…!)
自分の訊き方が悪かったのだ、と質問を変えることにした。さっきとは別の花占い。
やり方は全く同じだけれども、花びらをぐるりと一周しながら、今度はこう。
(ハーレイと結婚出来るかどうか…)
出来る、と最初の花びらから順に数え始めて、できる、できない、できる…。
淡いピンクのコスモスの花の、花びらの数は同じなのだから。
数え直した所で増えも減りもしないで同じ数だから、当然、出来ないと出て来たお告げ。
ブルーはハーレイと結婚出来ないと、結婚することは出来ないのだと。
(そんな…!)
まさか結婚出来ないだなんて、と愕然としてしまったけれど。
今度こそ嘘だと思ったけれども、そういった結末も絶対に無いとは言い切れないのが今の生。
ハーレイは前のハーレイとは全く違った別の人生を生きて来たのだし…。
(ぼくはちょっぴりしか生きてないけど、ハーレイはもっと…)
三十八歳にもなるハーレイ。十四歳の自分の倍どころではない時間をハーレイは生きた。色々な人と出会って、色々な場所へ出掛けて行って。
白いシャングリラの中だけが世界の全てだった前の生とは違う。ブルーの他にも大勢の人たちと出会って笑い合って、地球の上ばかりか他の星にも友人がいて…。
そう、ハーレイはブルーとは違う時間を生きた。前はそっくり同じ時間を、同じシャングリラで過ごしていたのに。まるで違う場所で違う時間を、ハーレイは生きてはいなかったのに。
別の時間を生きた今のハーレイには、ブルーのそれとは重なり合わない人生があって…。
(ハーレイ、昔はモテたって…)
水泳と柔道で活躍していた学生時代はモテたと聞いた。
ハーレイは笑って語らなかったけれど、恋人がいてキスを交わしていたかもしれない。
キスどころか、その先のことだって。
その可能性も大いにあった。
そして、その恋人がハーレイの前に再び戻って来ることも。
喧嘩別れをした恋人でも、再会したなら恋が再び燃え上がらないとも限らない。ブルーのように子供も産めない同性の相手と結婚するより、女性を妻に迎える方が周りから見ても自然だし…。
(ハーレイ、誰かと結婚しちゃうの?)
自分以外の誰かを選んで去ってしまうのだろうか、ハーレイは?
ハーレイだけしか見えない自分をアッサリと捨てて、他の誰かと結婚式を挙げるのだろうか…?
信じたくないことだけれども、コスモスの花はそう告げた。
ハーレイと結婚出来はしないと、出来ないのだと。
(どうしよう…)
突然に崩れ去ってしまった、自分の未来。
大きく育ってハーレイと一緒に暮らすつもりが、そのハーレイには別の相手がいるという。
ハーレイと結婚式を挙げる誰かが、共に人生を歩む誰かが。
(…ハーレイと結婚出来ないだなんて…)
ブルーがガックリと落ち込んでいたら、来客を知らせるチャイムが鳴った。ハーレイが押したと分かる時間で、窓から見下ろせば門扉の向こうで手を振る影があったけれども。
暫くしたら母がハーレイを案内して来たけれども、気になる勉強机のコスモス。淡いピンクの、残酷なお告げをくれたコスモス。
ハーレイはブルーが嫌いなのだと、結婚だって出来ないのだと。
そのコスモスにチラリチラリと目を遣っていたら、ハーレイもそれに気付いたようで。
「おっ、コスモスか?」
何処かの家で貰って来たのか、お前の家には咲いてないしな。
生垣沿いにズラリと植えている家か、バス停から此処まで来る途中の?
「うん…。あの家のおじさんがくれたんだけど…」
もっと一杯、持ちきれないくらい貰ってしまって、リビングとかにもあるんだけれど…。
「どうした、お前、元気がないな?」
何かあったか、それとも具合が良くないのか?
「そうじゃないけど…。ハーレイ、ぼくのことは好き?」
ぼくのこと好き、ちゃんと恋人っていう意味で?
「決まってるだろう」
でなきゃどうして俺がこの家にしげしげやって来るんだ、守り役ってことにはなっているがな。
お前のことが好きでなければ、もっと手抜きをする筈だが?
「…結婚してくれる?」
「どうしたんだ、お前。何か変だぞ」
悪いものでも食ったのか?
熱でもあるのか、どうも妙だぞ、今日のお前は…?
「だって、コスモス…」
コスモスの花が花占いでそう言った、とブルーは訴えた。
ハーレイは自分のことが嫌いで、結婚だって出来ないのだと。
あのコスモスの花で占ってみたら、そういう答えが出て来たのだと。
「ホントなんだよ、好きか嫌いか、って占ったらハーレイはぼくが嫌いで…」
結婚出来るかどうか、って占った時は出来ないっていう答えだったんだよ…!
だからハーレイはぼくが嫌いで、結婚だってしてくれないんだと思っちゃって…。占いの質問を変えてみたって、酷い答えしか出ないんだもの…!
「馬鹿。占いは所詮、占いだぞ?」
それにだ…。お前がどういう占い方をしたかはともかく、花びらの数。
何度やっても花びらの数は変わらんだろうが、とハーレイは可笑しそうに笑って言った。
その花を俺に貸してみろ、と。
今度は俺が占うから、と。
「ハーレイがするの、花占いを?」
「俺がやったら駄目だということもないだろう」
デカイ大人でも花占いをする権利くらいは持ってる筈だと思うがな?
お前に妙なことを吹き込んじまったコスモスらしいが、俺の場合はどうだかなあ…?
やってみよう、とハーレイが花を指差すから。
ブルーは一輪挿しごと取って来たコスモスをテーブルにコトリと置いた。ハーレイが「よし」と一輪挿しに手を添え、コスモスの花を観察して。
「ふうむ…。こいつを出発点にするかな、分かりやすいしな」
ハーレイが選んだ花びらはブルーが選んだのと同じ、黄色い花粉が零れた一枚の花びらだった。それを示して「いくぞ」と合図するハーレイの褐色の大きな手の側、可憐なコスモス。
淡いピンクのコスモスの花びらを指先でチョンとつついて、ハーレイはそれを数え始めた。
「いいか? お前は俺のことを…」
好き、嫌い、好き、と…。
ほほう、嫌いか。嫌われたらしいな、この俺はな。
「そんなこと!」
違うよ、それは間違ってるから!
コスモスの花が間違ったことを言ってるんだよ、ぼくはハーレイを嫌いじゃないよ!
前のぼくだった頃からずっとずっと好きで、今だってハーレイが大好きなのに…!
コスモスのお告げが間違いなのだ、とブルーは懸命に抗議した。
花占いの答えは間違っていると、ハーレイを嫌ったことなどは一度も無いと。
「それは光栄だな、一度も嫌われたことが無いとはな。…なら、次だ」
このコスモスに訊くとするかな、お前は俺と結婚を…。
する、しない、する、と…。
しないそうだが?
お前、俺以外のヤツと結婚するらしいぞ。嫁に行くのか、嫁さんを貰うのか、それは知らんが。
「それは絶対、有り得ないから!」
ぼくはハーレイとしか結婚しないし、ハーレイのお嫁さんにしかならないよ!
ハーレイと結婚しないなんてこと、ぼくには考えられないから…!
「ほら、そんなものだ。花占いの答えなんぞはアテにならんさ」
ついでに、だ。
ちゃんと見てろよ、もう一度こいつに訊いてみるからな?
お前は俺のことをだな…。嫌い、好き、嫌い…、と。
見ろ、好きと出たぞ。
「ホントだ!」
ハーレイ、こっちが正解なんだよ、間違えないでよ?
「ああ、分かってるさ。さっき訊いてた結婚の方も訊き直すとするか」
お前は俺と結婚を…。しない、する、しない、する…。
な、結婚すると言われただろう?
「うんっ!」
これが本当だよ、花がホントのことを言ったよ。
ぼくはハーレイと結婚するって決めてるんだし、これが正しい答えだからね…!
良かった、と胸を撫で下ろしたブルーだけれど。
コスモスの花が本当のことを言ってくれたと喜んだけれど、その頭をコツンと軽く叩かれた。
「まだ気付かないのか、めでたいヤツだな。俺は二回もやって見せたんだが…」
お前、最初に選ぶ言葉を間違えたってな。
好きから始めて嫌いで終わってしまったんなら、次に別の質問をする時には、だ。
結婚出来るか出来ないのかを尋ねる時には、出来ないって方から始めなければマズイだろうが。最初の言葉の逆の言葉しか出ないんだからな、この花びらの数ではな。
「そっか…」
確かに言われてみればそうだね、花びらの数は同じだもんね。
質問を変えても無駄だったんだね、数える時に言う順番の方を変えないと…。
「そういうことだ。それに全く気付かないとは、お前、つくづく間抜けだと言うか…」
俺が二回も実演したって、仕組みを見抜いて笑うどころか大喜びで感激と来た。
どうなってるんだ、お前の頭。成績はいい筈なんだがなあ…。
学年トップは勉強だけでだ、他の方面になると実はサッパリだったってか?
「恋は盲目って言うじゃない!」
ハーレイとのことを占ったんでなきゃ、ぼくだってもっと冷静になるよ!
いきなり嫌いって言われちゃったからビックリしちゃって、訊き方を間違えたんだと思って…。
だから結婚出来るか訊いたら、そっちも駄目だと言われちゃって…!
ハーレイには昔の恋人とかがいたかもしれない、って思い始めたらもう、ドン底だよ!
ぼくと結婚しなくったって、結婚相手は他に何人でもいそうだし…!
「なるほどなあ…。悪い方へと考え出したらキリが無かった、と」
それですっかり落ち込んじまって、俺に直接、訊いてみることにしたんだな?
俺はお前を好きかどうかと、結婚はしてくれるのかと。
「そうだよ、それが一番早いんだもの…」
嫌いだし結婚も絶対しない、って言われちゃったら大ショックだけど、聞かないよりマシ。
ぼくには何の話もしないで、ある日いきなり、他の人と結婚されちゃうよりはね。
「その度胸がありゃ、花占いなんかに頼らなくてもいいと思うが」
占いは訊きに行くだけの度胸が無いヤツがするものなんだぞ、可能性があるか、無いかってな。
お前みたいに訊いて確認しようってヤツには、まるで必要無さそうなんだが…?
「たまには確かめたくなるんだよ…!」
ホントにハーレイはぼくが好きか、って、確かめてみたくなるじゃない!
ぼくが貰ったコスモスは全部、好きって言うんだと思ってたのに…。
それなのに逆のことを言うから、ショックでパニックになっちゃったんだよ…!
「おいおい、貰ったコスモスの花が揃いも揃って同じ答えを出すってか…?」
そいつは凄いな、お前、そこまで自信に溢れていたわけか。
「…それくらい幸せ気分だったんだよ、コスモスの花を貰った時は…」
ぼくには恋人がちゃんといるから、占ったら「好き」って答えが出るのに決まってる、って。
考えてみたら、花びらの数は花によって違っていることもあるし…。
コスモスの花はどれも同じに見えるけれども、あれだけあったら違う数のも混じるだろうし。
全部が揃って「好き」って言うわけないんだけれどね、コスモスの花。
「さてなあ、そいつはどうだかな?」
俺がやって見せたろ、占う言葉の順の入れ替え。
花を選ぶ度に言葉の順も気まぐれに変えていった場合は、「好き」って答えで揃っちまうことも絶対に無いとは言い切れないがな…?
「よっぽど運が良くないと出来ないよ、それ…!」
ハーレイと結婚するより難しそうだよ、あんなに沢山のコスモスに同じ答えを出させるなんて。
結婚する方が簡単そうだよ、ハーレイが嘘をついてないなら。
「ついていないさ、嘘なんかつくか」
俺はお前に嘘なんか言わん。お前が悲しむようなことも決してしない。
俺はお前しか好きにならんし、お前しか嫁に欲しいと思わん。
だから安心していりゃいいんだ、コスモスが何と言っていようが鼻先で笑い飛ばしてな。
この花の方が間違っていると、俺がお前を嫌いになったりするわけがない、と。
花占いをするなら、ほどほどに。
たまに戯れに占ってみても、悪い結果よりは俺を信じろ、とハーレイは言った。
その方がよほど信頼できると、気まぐれな花が告げることより俺の意見が確かだと。
「まあ、世の中には本当に予言をする植物がまるで無いこともないかもしれんが…」
前の俺たちがいくら探しても、どう頑張っても、見付からなかった四つ葉のクローバー。
あれは予言をしたかもしれんが、あっちの方が例外だ。
今の俺たちには未来を予言するような花なんか無いさ、何処にもな。
「…ハーレイが言うなら信じるよ。花占いより、ハーレイを信じる」
それに、四つ葉のクローバー。
今のぼくたちは見付けられたしね、自分の家の庭で。ぼくの家の庭にも、ハーレイの家の庭にもあったし、今度は幸せになれる筈だよ、あのクローバーがあるんだから。
「うむ。それが分かっているんならもう振り回されるなよ、花占いに」
勝手に占って、勝手に一人で思い込んで。
落ち込んでる所へ俺が来たから良かったようなものの、俺が仕事で遅くなっていたら。
お前の家に寄る暇がなくて帰っていたなら、お前、明日までドン底だろうが。
花占いを真に受けるヤツがあるか、と苦笑するハーレイだったけれども。
小さなブルーが落ち込んだ理由も分からないではなかったから。
銀色の頭を大きな右手でクシャリと撫でると、パチンと片目を瞑ってみせた。
「とりあえず、ちゃんと正しい結果が出て来て良かったな」
このコスモスだって言っただろうが。
俺はお前のことが好きだし、ついでに結婚出来るってな。
「うん。ハーレイが占い、やり直してくれたお蔭だよ」
ぼくが自分でやっただけだと、正しい答えは出なかったしね。ハーレイがやって見せてくれても占い方、分かっていなかったしね…。
「うんうん、恋は盲目らしいしな。お前の言い分を信じるならな」
ところで、お前。コスモスの名前、知ってるか?
「コスモスの名前って…。コスモスでしょ?」
「その他に別の名前があるのさ、秋桜だ」
秋に咲く桜って意味の名前だな、花は桜よりもかなりデカイが…。桜みたいに木でもなければ、葉っぱもまるで別物なんだが、秋桜と言えばコスモスなんだ。
「へえ…!」
秋桜って、秋に咲いてる桜じゃないんだ…。
たまにあるよね、秋になって葉っぱが落ちてしまう頃に咲いてる桜。
そういう桜を知っているよ、とブルーは話した。
季節外れに咲く桜。秋の終わりに花を咲かせている桜。
「ああ、あれか…。あれは冬桜だ、そういう品種で秋から冬に咲くのが普通だ」
あれとは違って、普通の桜も秋に咲くことがあるんだが…。気候のせいで秋に花芽が目覚めると咲く。もっとも、冬桜ほどに沢山の花は咲かんがな。
「ふうん…。普通の桜でも秋に咲いてることがあるんだ、ぼくはそっちは見たことがないよ」
ぼくが知ってるのは冬桜。普通の桜の花は春に見ただけ。
「桜か…。お前の誕生日の頃に早けりゃ咲くよな、桜の花」
「早ければね」
だけど満開はもっと先だよね、ぼくの誕生日にお花見をするのは無理みたい。
「うんと昔は、その頃にはとうに満開だったって話もあるが…。SD体制よりも前の時代だがな」
この辺りが日本だった頃。早い年には三月の末に桜が満開だったらしいぞ、そして花見だった。
お前、桜の花は好きなのか、花は好きだと聞いているが…。
「桜、好きだよ」
満開も好きだし、咲き初めも好き。散ってしまう頃は少し寂しいけれども、花吹雪だって大好きだよ。満開の時にヒラリと落ちてくる花びらもいいけど、次から次へと舞うのも好き。
「そうか、好きか。桜の花が好きなんだったら…」
いつか、お前と結婚したら。
春は桜を見に出掛けようか、俺の車で。
「ホント!?」
お花見に行くの、車だったら遠い所でも行けるよね。桜が沢山見られる所も、山の奥でも。
「行きたい所に連れてってやるぞ、のんびり桜見物といくか」
俺が弁当を作ってやるから、そいつを持って。
花見に行ったら、また花占いをするといい。桜は「好き」としか言わないからな。
コスモスと違って、大抵の桜はそう言う筈だ。
「どうして?」
コスモスの名前は秋桜なんでしょ、桜の花とコスモス、何処が違うの?
「ん? そいつはな…」
桜と言ったら花びらが五枚だ、それ以外じゃ桜らしくない。八重桜とかは別だがな。
花びらが五枚だけしかなければ、好きで始めりゃ最後はどうなる?
「えーっと…。好き、嫌い…」
あっ…!
必ず「好き」で終わっちゃうんだね、桜の花びらで占った時は。
結婚出来るか出来ないかだって、「出来る」って言ってくれる頼もしいのが桜なんだね…!
「そうなるな。もっとも、結婚しちまった後で…」
結婚出来るか、出来ないのかって占うヤツはいないと思うが。
好きか嫌いかを占って遊んでいればいいのさ、俺と一緒に桜を見に行くお前はな。
「うん…。うん、ハーレイ…」
ハーレイはぼくを好きなんだよ、って桜が教えてくれるんだね。いつまでも好き、って。
コスモスの花びらの花占いのせいで、落ち込んでしまったブルーだけれど。
花占いが告げた言葉にショックを受けてしまったけれども、花占いの答えを見事に逆さに変えたハーレイ。こうだ、と全く逆の答えを導き出してくれたハーレイ。
そのハーレイが教えてくれた、コスモスの別名、秋桜。
コスモスは桜に似ていないけれど、秋桜という名前から素敵な未来がチラリと見えた。
いつかハーレイと結婚したなら、二人一緒に桜見物。
コスモスの花占いには泣かされたけれど、「好き」としか言わない桜の花の花占い。それを桜の下で占ってみては、ハーレイの心を確かめる。
気まぐれに桜の花を手にして、好き、嫌い、好き、と。
答えはいつも「好き」とだけ。
そしてハーレイの心にもまた、「好き」とだけ。ブルーが好きだと、ブルーだけだと…。
花占い・了
※花占いにチャレンジしたブルー。「ハーレイは、ぼくのことが好き?」と。
けれど「嫌い」と出てしまった答え。大ショックなのを、ハーレイが助けてくれました。
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