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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

開かずの間
「開かずの間だとか、開かずの扉というのがあってだな…」
 今の時代には無いようだがな、と始まったハーレイお得意の雑談。ブルーのクラスで。
 生徒たちの集中力が切れて来た時は、雑談で気分を切り替えさせる。人気でもある、ハーレイが話す色々なこと。今日のテーマは「開かずの間」。
 遠い昔は、そう呼ばれる部屋があちこちにあった。「開かずの扉」というものも。部屋も扉も、開けると良くないことが起きると思われていた。不吉な場所だと。
 けれども、度胸試しで入って、御褒美を貰った人もいたらしい。人間が宇宙を知らなかった頃、ずっと昔の日本のお城の天守閣で。
 白鷺城の名で知られたお城。天守閣には、人間ではないお姫様が住んでいたという。恐れて誰も入らない中、一人の小姓が上った階段。彼はお姫様に度胸を褒められ、入った証を貰って帰った。
「そういうわけでだ、彼は出世を遂げたらしいぞ。並みの人間より度胸があるから」
 立派な人物になったんだろうな、なにしろ武士の時代だから。
「でも、先生…。開かずの間は、開けちゃ駄目なんですよね?」
 その天守閣も駄目なんじゃあ…、という質問。生徒の一人が手を挙げて。
「本来はな。だから恐れられて、開かずの間だと言われるんだが…」
 白鷺城で入った小姓は、其処の主に気に入られたんだ。
 そんな時には、不吉なことが起こる代わりに、力を貸して貰えたりもする。面白いことにな。
 必ずしも、開けたら駄目なものとも限らんようだ、という解説。
 今の時代は、開かずの扉も、開かずの間なども無いそうだけれど。地球にも、他の惑星にも。
「先生、いつ頃まであったんですか?」
「そうだな…。人間が目には見えないものを信じていた時代までだから…」
 SD体制の時代に入っちまったら、駄目だったろうな。
 白鷺城はもう無かっただろうが、何処かに他の何かが存在していたとしても。
 SD体制だと、機械が最高権力者だったわけだから…。国家主席も機械が選んでいたんだし。
 機械が開かずの間だの扉だのを、許しておくと思うのか?
 どう考えても無理だろうが、という、もっともな話。
 もしもあったら、爆破して開けて、それでおしまいだったろう。機械は効率しか求めないから。誰も開けられない部屋や扉は、非効率的な代物だから。



 そう言い切られた「開かずの間」。開けてはならない「開かずの扉」も。
 機械だったら、強引に開ける。中にお姫様が住んでいようと、不吉なことが起こる扉だろうと。
 開けてしまえば、もう問題は起こらないから。開けっ放しになった部屋では、怪異の類は二度と起こりはしないのだから。
(あの時代じゃね…)
 そうなっちゃうよ、と納得できる。「ハーレイが言うと、説得力があるよ」とも。
 前のハーレイは、機械の時代を生きたのだから。それも機械が殲滅しようとしていた、異分子の側のミュウとして。ミュウの仲間たちを乗せた箱舟、白いシャングリラのキャプテンとして。
 けれど、ハーレイの正体は秘密。誰も知らない、「キャプテン・ハーレイ」だったこと。今ではただの古典の教師で、この学校で教えているだけ。
 開かずの間について語った後には、「授業に戻るぞ」とやっているのだから。教科書を広げて、教室の生徒を見回して。
(開かずの間の話は、これでおしまい…)
 ぼくも授業、と切り替えた気持ち。前の自分たちが生きた時代の話も此処まで、と。
 そうやって授業に戻った後には、忘れてしまった開かずの間。放課後になっても思い出さずに、学校の門を出て、路線バスに乗って帰った家。
 制服を脱いで、おやつを食べても、やっぱり同じに忘れたまま。おやつと、母との話に夢中で。
 食べ終えた後で、「御馳走様」と戻った二階の自分の部屋。扉を開けて入ろうとした途端、例の話を思い出した。開けてはならない、開かずの間。…開かずの扉。
(ちゃんと開くけど…)
 ぼくの部屋のは、と開けて入って、座った勉強机の前。この家に開かずの間などは無い。何処の扉も簡単に開くし、入れない部屋は一つも無い。他所の家にも無さそうだけれど…。
(ずっと昔はあったんだよね?)
 ハーレイはそう言っていた。
 お城の天守閣でなくても、あちこちにあった開かずの間。
 今の時代は消えてしまって、もう無いらしい。人間ではないお姫様が住む天守閣だの、開けたら不吉なことを呼び込む扉だのは。
 SD体制が敷かれた時代を挟んだせいで、宇宙からすっかり消し去られて。



(機械が許さない、開かずの間かあ…)
 確かにそうだ、という気がする。機械ならばそうするのだろう、と。
 前の自分が押し込められた、アルタミラにあった狭い檻。大勢のミュウが殺されていった、檻が並んでいた研究所。檻から外に出された時には、人体実験の対象になる。誰であろうと、ミュウと判断されたなら。
(酷い実験、幾らでもあって…)
 殺された仲間の残留思念を、前の自分は感じていた。実験室に連れてゆかれる度に。
 嬲り殺しにされた者やら、「死にたくない」と叫びながら死んでいった者やら。彼らの無念は、あそこに残ったかもしれない。前の自分が知らなかっただけで。
 アルタミラの研究所はメギドの炎で星ごと焼かれたけれども、他の惑星にもミュウを閉じ込める施設はあった。育英都市から移送されたミュウを、研究のために「飼っていた」場所も。
 そういう施設なら、開かずの間も出来ていたろうか。ミュウは精神の生き物だから…。
(…思念体みたいな形で残って、幽霊になって…)
 死んだ後にも蹲っている檻があるとか、死んだ筈のミュウが彷徨い歩く実験室とか。
 あっても不思議ではない、幽霊が出る檻や、実験室や。…研究者たちも気味悪がって、入ろうとしない実験室。覗きたがらない、幾つかの檻。
(だけど、部屋ごと…)
 爆破されちゃって終わりだよね、とハーレイの話と重ねてみる。授業の時間に聞いた雑談。
 効率だけしか求めない機械は、開かずの間など許さない。研究者たちが入りたがらない実験室は役に立たないし、覗きたがらない檻でも同じ。その檻は使えないのだから。
(幽霊が出るから、って噂が立ったら…)
 実験室も檻も、爆破しそうなマザー・システム。
 誰も恐れて近寄らないなら、遠隔操作で破壊することも出来たろう。機械ならではの方法で。
(監視カメラとかが幾つもあるから…)
 その回線を転用したなら、送れるだろう爆破の命令。人間が爆破出来ないのならば、爆発物だけ仕掛けさせておいて、機械が起爆させるだけ。
 マザー・システムなら、そうするだろう。開かずの間など木っ端微塵にしてしまって。
 幽霊になっても消されるミュウ。人類は恐れて近寄らなくても、機械は何も恐れないから。



 人類の世界だと、消されてしまう開かずの間。ミュウの幽霊が蹲っていたり、彷徨い歩くと噂の部屋。機械はそれを良しとしないし、端から爆破してしまって。
(シャングリラには幽霊、出なかったけど…)
 あの船だったら、開かずの間も出来ていたろうか。
 誰かが其処に住み着いたなら。思いを残して幽霊になって、船にいたいと考えたなら。
(…ハンス…)
 真っ先に浮かんで来た名前。アルタミラから脱出する時、命を落としてしまったハンス。ゼルの弟。宇宙船など、誰も動かしたことが無かったせいで起こった事故。
 「離陸する時は乗降口を閉める」ということ、基本中の基本も知らなかった前の自分たち。
 ハンスは其処から放り出されて、燃える地獄に落下していった。ゼルが必死に握っていた手が、力を失ってしまった時に。「兄さん!」と叫ぶ声を残して。
 ハンスが投げ出された乗降口は、二度と使われはしなかった。何処にも着陸しなかった船だし、使う必要など無かったから。誰も降りたり、乗ったりはしない船だから。
 開きも閉じもしなかったけれど、考えようによっては、あの扉は…。
(開かずの扉…)
 扉はあっても開かないのだから、開かずの扉と呼ぶことも出来る。「開かずの間」だとか、扉の話があった時代なら、それに纏わる話も出来そう。
 扉を開けば、ハンスの幽霊が出るだとか。そうなった時は、ゼルが喜んで開けそうだけれど。
 他の仲間たちは避けていたって、ゼルだけが宇宙服を着込んで。命綱もつけて。
 誰もいない時を見計らっては、開けてみる扉。「今日もハンスに会えるだろうか」と。
 けれど、開かずの扉は無かった。乗降口は閉まっていただけ、一度も開かなかっただけ。
(ハンスの幽霊、出なかったしね…)
 ゼルは「会いたい」と言っていたけれど、出会えたと耳にしたことはない。開かずの扉になっていた乗降口、あの辺りに何度も行っていたのに。…ハンスを探し求めるように。
(だけど、ハンスは出て来ないままで…)
 ハンスの他にも、幽霊の話を聞いてはいない。
 ミュウの箱舟なら、機械に支配されてはいないし、幽霊が出ても消されないのに。開かずの間も扉も、あの船だったら立派に存在できたのに。



 なのに出なかった、誰かの幽霊。聞いたことが無い、幽霊の噂。もちろん開かずの間など無い。開かずの扉も、船には無かった。白いシャングリラにも、改造前の船にも、一つも。
 前の自分があの船からいなくなった後にも、幽霊が出たとは聞いていないけれど…。
(もしかして、出た…?)
 ナスカで死んだ仲間たち。メギドの犠牲になった者たち。
 彼らが船に現れたろうか、赤いナスカはもう無かったから。彼らが残りたがっていた星、手放すことを拒んだ星。それはメギドの炎に焼かれて、砕けて宇宙に散ってしまった。どんなにナスカに残りたくても、砕けた星には留まれない。星が壊れて消えた後には。
 行き場所を失くしてしまった彼ら。ナスカで命を落とした者たち、彼らは船に戻ったろうか。
 白いシャングリラの居住区の中に、彼らの部屋は暫くはあった筈だから。ナスカにあった家とは別に、以前から暮らしていた部屋が。
(其処に戻って来ていたら…)
 出会う仲間も現れた筈。掃除のために入っていったら、死んだ筈の者がいただとか。夜が更けて照明を暗くした通路を、歩く姿を見かけたとか。
 誰かの幽霊が出るとなったら、出来そうなのが開かずの間。通路は通らねばならない場所だし、封鎖することは出来ないけれども、部屋なら閉じてしまえばいい。厳重に扉をロックして。
(入れないようにするのが一番…)
 そうすれば出会わない幽霊。誰も入りはしないのだったら、部屋の住人にも出会わないから。
 白いシャングリラにあっただろうか、幽霊が出ると評判の部屋。施錠されたままの開かずの間。
(どうなんだろう…?)
 今の時代には多分、伝わっていない。そういう部屋があったとしても。
 シャングリラはとうに解体されて、時の彼方に消え失せた船。写真集が編まれるくらいに人気の高い船だけれども、細部の構造までを知っているのは専門の研究者たちくらいだろう。
(そんな人たちが調べる資料に、幽霊の出る話なんかは…)
 恐らく記されてはいない。船の設計図にも、補修などの際のデータなどにも。
 超一級の歴史資料で、シャングリラや初代のミュウについて調べる時には参考にされる、有名な本。前のハーレイが綴り続けた航宙日誌。あの中にもきっと、書かれてはいない。
 幽霊が出る部屋があったとしても。…シャングリラに開かずの間があっても。



 キャプテン・ハーレイが綴った日誌の中身は、日々の出来事を書き留めたもの。シャングリラを纏め上げていたキャプテンの視点で、ただ淡々と。
(幽霊が出る、って噂なんかは…)
 書きそうにないし、開かずの間が出来てしまったとしても、封鎖した事実を書き記すだけ。どの区画の何処を閉鎖したのか、原因の方は何も書かずに。
(でも、ハーレイなら…)
 幽霊が出たなら知っているよね、と考えなくても分かること。たとえ噂でも、その結果として、船に開かずの間が出来たなら。閉鎖された部屋があったなら。
 気になって仕方ないものだから、訊いてみたいと思っていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。今日の授業で、開かずの間の話をしてたでしょ?」
 シャングリラの中にも、ああいう部屋があったかな、って…。開かずの間、あった?
「はあ? 開かずの間って…。シャングリラにか?」
 なんでまた、とハーレイは怪訝そうな顔。「あればお前も知ってるだろうが」と。
「前のぼくが生きてた間だったら、もちろん知っているけれど…。その後だってば」
 入ったら良くない部屋っていうのが、開かずの間でしょ。人間じゃないお姫様が住んでるとか。
 シャングリラにだって、ナスカが壊れてしまった後ならありそうだよね、って…。
 ナスカで死んだ仲間の幽霊が出るから、誰も入らないように閉めた部屋とか。
 そういう開かずの間なんだけど、と尋ねたけれども、ハーレイは「無いな」と直ぐに答えた。
「生憎と、幽霊の話は無かった。出ると噂になった部屋もな」
 ナスカで死んだ連中はみんな、真っ直ぐ天国に行ったんだろう。あの船にまた戻って来るより、天国の方がいいに決まってる。もう戦いは無いんだから。
 誰も戻って来やしなかったし、幽霊を見たという話も聞いてはいない。
 出るんだったら、今のお前が言ってる通りに、開かずの間にすることも検討するんだがな。他の仲間の不安を煽っちゃ、地球までの道が厄介になる。
 「入っちゃいかん」と閉鎖するのが一番だ。幽霊の噂が船に広がって、誰もが怯え始める前に。
 不安ってヤツは、ミュウの場合は、ぐんぐん広がっちまうから…。
 一人が怖いと思い始めたら、思念波のせいで、アッと言う間に誰もに伝染しちまうからな。



 ミュウの長所であると同時に、弱点でもあった思念波というもの。瞬時に伝達可能な感情、負の感情ほど広がりやすい。怯えや恐怖といった類の、皆の不安を煽るものほど。
 だからハーレイの判断は正しい。幽霊が出ると噂が立ったら、その場所を閉鎖してしまうこと。誰も立ち入らない部屋になったら、もう幽霊には出会わない。開かずの間が船に生まれるだけで。
「やっぱり、開かずの間にしちゃうんだ…。シャングリラに幽霊が出る部屋があったら」
 だけど幽霊、出ていないんだね。…みんな天国に行っちゃったから。
「そういうこった。ナスカを離れろと指示を出しても、残ったようなヤツらだけにな」
 シャングリラに戻って地球を目指すより、天国に行こうと思うだろうさ。
 前のお前なら、メギドにいたかもしれないが…。前に話をしてたみたいに、ポツンと一人で。
 …って、あったじゃないか、開かずの間が。シャングリラにも。
 思い出したぞ、とポンと手を打ったハーレイ。「そうだ、あの船にもあったんだ」と。
「あったって…。何処に?」
 幽霊なんかは出なかった、って言ったじゃない。それなのに、なんで開かずの間なの?
 そんな部屋がいったい何処にあったの、と興味津々。前の自分が知らないからには、死んだ後に出来た開かずの間。ナスカの悲劇とは別の原因、それで生まれた閉鎖された部屋。
 居住区の中か、まるで関係ない場所か。…開かずの間は何処にあったのだろう?
「何処にって…。お前も知ってる筈なんだが?」
 もちろん今のお前と違って、前のお前だ。ソルジャー・ブルーだった頃のことだな。
 それは立派な開かずの間がだ、白い鯨にあったわけだが…?
 お前もよくよく知ってる部屋だ、と言われても何も思い出せない。白いシャングリラの幾つもの部屋を頭の中に描き出してみても、船の構造図を描いてみても。
「開かずの間って…。そんな部屋、ぼくは知らないよ?」
 今のぼくは何も覚えていないし、前のぼくの記憶の中もおんなじ。
 シャングリラにあった部屋を端から数えてみたって、「これだ」っていう部屋、無いけれど…。
 居住区の中の誰かの部屋なら、忘れちゃったかもしれないけれど…。
「やれやれ、灯台下暗しか…」
 馴染み深すぎて、ピンと来ないって所だな。
 立派な部屋だと話してやっても、よくよく知ってる部屋だと説明してやっても。



 今日の俺の話をきちんと思い出してみろ、とハーレイが挙げた例の雑談。遠い昔の日本にあった開かずの間。白鷺城の天守閣のこと。
 とうの昔に、時の流れに消えてしまった白鷺城。天守閣には人間ではないお姫様がいた。迂闊に入ると祟るのだけれど、御褒美を貰った小姓もいた場所。
「えっと…。天守閣の話がどうかしたの?」
 面白いとは思うけど…。普通の人は祟られちゃうのに、御褒美を貰った人がいたなんてね。
「その天守閣だ。そっくりじゃないか、シャングリラにあった開かずの間と」
 シャングリラの方のも、天守閣と言ってもいい場所だしな。
 ああいう形はしちゃいなかったが、そう呼んだっておかしくなかった場所だ。開かずの間は。
 天守閣だ、とハーレイが繰り返すから、首を傾げた。心当たりが無かったから。
「…天守閣って…。ブリッジは誰でも入れたよ?」
 ブリッジクルーじゃない人だって、立ち入り禁止じゃなかったもの。非常時は入れないけれど。
 それとも、そっちを言ってるの?
 普通の仲間は入れない時があったりするから、ブリッジのことを「開かずの間だ」って…?
「ブリッジなあ…。確かに入れない時はあったが、あのブリッジは天守閣とは言わんだろう」
 天守閣は城の中でも一番立派なんだが、城のシンボルみたいなモンだ。
 どんなに立派に作ってみたって、戦争の時には役立たなかった。…ブリッジと違って。
 もっとも、シャングリラの天守閣の方は、守りの力にはなっていたんだが…。
 本物の天守閣に比べりゃ、船の役には立ったんだがな。
 見た目だけってことは無かったぞ、と言われても、やはり分からない。天守閣のようだと思える部屋も、開かずの間になっていそうな部屋も。
「ハーレイ、それって…。何処のことなの?」
 いくら考えても答えが出ないよ、天守閣だった開かずの間って、どの部屋の話…?
「なあに、簡単なことだってな。白い鯨で一番立派で、天守閣のような部屋なんだから…」
 前のお前が暮らしてた頃の青の間だ。…立派だったろ、とても広くて。
 そして、お前がお姫様だな。天守閣に住んでた、祟りがあると評判の綺麗なお姫様だ。
「えっ…?」
 青の間が天守閣っていうのはいいけど、お姫様って…。どうして、ぼくがお姫様なの…?

 ぼくは祟ったりしてないよ、と目をパチクリと瞬かせた。
 青の間で暮らしたソルジャー・ブルー。部屋付きの係が設けられたほど、大きかった部屋で。
 ソルジャーと皆に敬われはしても、青の間に来る者を拒みはしない。むしろ来客は歓迎な方で、誰でも自由に来て欲しかった。ソルジャーだから、と遠慮しないで、もっと気軽に。
 そうは思っても、滅多に来てくれはしなかったけれど。…一緒に遊んだ子供たちでさえ。
「前のぼく、祟るわけじゃないのに…。みんな、あんまり来てくれなくて…」
 寂しかったよ、ハーレイたちがあんな部屋を作るから…。こけおどしの貯水槽までつけて。
 ソルジャーはとても偉いんだから、って敬うように仕向けてしまって、ぼくは独りぼっち。青の間にいる時にはね。…誰も遊びに来てくれなくて。
 子供たちだって、滅多に来てくれなかったから、と今のハーレイに文句を言った。そういう風にしてしまったのは、前のハーレイと長老たちなのだから。
「其処だ、其処。…お前の部屋と、開かずの間が良く似ている所」
 青の間はソルジャーの部屋で恐れ多いから、係以外は立ち入らない。部屋付きの係や食事係や、メンテナンスの担当者やら。
 そういう係のヤツを除けば、出入りするのは俺やゼルたちや、フィシスといった所だし…。
 他のヤツらが入る時には、許可を得ようとしていたっけな。
 今は入ってもいい時間なのか、入っても咎められないか。お前の都合を確認していたわけだが、祟りを避けているようじゃないか。下手に入って、お前の機嫌を損ねないように。
 お前は別に祟りやしないし、機嫌も損ねはしないんだがな…、とハーレイは笑う。
 「天守閣のお姫様のようじゃないか」と、「誰もが入るのを遠慮するんだから」と。
「…言われてみれば、そのお話に似てるかも…」
 前のぼくは何にも言ってないのに、勝手に遠慮されてしまって。…誰も来なくて。
 誰でも好きに入っていいのに、そんなの、分かって貰えなくって…。
 子供たちだって、ヒルマンやエラが叱ってたんだよ、「青の間で騒いじゃいけません」ってね。そう言われたら、そうそう遊びに来ないよね…。子供たちは賑やかに遊びたいんだから。
 大きな声で笑って、駆け回って…、と零れる溜息。それが自由に出来ない場所には、子供たちは遊びに来てくれない。余程でなければ、子供たちの方から「ソルジャー!」とは。
 どうしても直ぐに知らせたい何かや、一緒に遊びたいことでも出来ない限りは。



 無邪気な幼い子供たちさえ、そういう有様。ソルジャーの部屋に遊びに来てはくれない。船中を走り回っていたって、その続きには入って来ない。青の間だけは避けて通って。
 大人ともなれば、子供たち以上に遠慮したのがソルジャーの居室。入りたいなら、許可など必要無かったというのに、いつも部屋付きの係が訊きに来た。
 「こういう用件で、お会いしたい者が来ておりますが」と、用件と客の名前を告げて。青の間に通していいかどうかを、ソルジャーの機嫌を窺うように。
 わざわざ自分に尋ねなくても、答えは決まっていたというのに。「いいよ」と答えていた自分。いつも答えは「いいよ」ばかりで、「駄目だ」と言いはしなかったのに。
(係が訊きにやって来るのは、まだマシな方で…)
 そうでなければ、係が用件を取り次ぐだけ。客は直接入って来ないで、返事だけを貰って帰ってゆく。…それで充分、満足して。「ソルジャーにお答え頂けた」と。
「…青の間、開かずの間になっちゃってたんだ…。鍵はかかっていなかったけど…」
 開けても何にも起こらないけど、ホントに開かずの間みたいな場所。
 ハーレイが「天守閣に似た部屋だ」って言うのも分かるよ、ソルジャーが暮らす部屋だものね。
 ソルジャーはミュウの長だったんだし、シンボルみたいなものだから…。
 それに青の間、前のぼくがサイオンを使えさえしたら、船を丸ごとシールドしたりも…。外には一歩も出て行かなくても、あの部屋に、ぼくがいさえしたらね。
「うむ。本物の天守閣よりも役立つ部屋だったよなあ、あの青の間は」
 貯水槽はこけおどしに過ぎなかったが、お前の力が凄かったから。最強のミュウで、一人きりのタイプ・ブルーでな。
 お姫様の代わりに、そういうお前が住んでいた、と…。シャングリラにあった開かずの間には。
 ついでに、度胸試しの小姓も突っ込んで行ったじゃないか。
 白鷺城の話と同じにな…、とハーレイは可笑しそうだけれども、小姓とは誰のことだろう?
「度胸試しって…。誰が?」
 子供たちの中の誰かなのかな。それとも、子供たちなら誰でも、度胸試しの小姓だとか…?
「もっと大きな子供だったぞ。ジョミーだ、ジョミー」
 突っ込んで行って、ちゃんと褒美も貰ってたように思うんだが…。
 前のお前の前で怒鳴って、家に帰して貰ったじゃないか。



 二度と帰れない筈の家にな、とハーレイがニヤリと笑ってみせる。「あれこそ度胸試しだ」と。
 あんな度胸は誰も持たないと、「誰があそこから入るんだ?」と。
「そうだ、あの時のジョミーの通路…!」
 普通じゃなかったんだっけ…。ちゃんと青の間までやって来たけど、ジョミーが来た場所…。
 思い出したよ、と鮮やかに蘇った記憶。
 白いシャングリラで苛立ち、孤立していたジョミーを、青の間に来るよう、呼び寄せた時。
 「ソルジャー・ブルー」の姿を探し求めて走るジョミーに、二通りの入口の情報を送った。彼が読み取る思念の中に織り交ぜて。
 緩やかな弧を描くスロープ、その端にある誰もが通ってくる入口。ハーレイたちも、部屋付きの係も、たまに入ってくる来客も。
 それが一つ目の入口の情報、もう一つは非常用通路の方。緊急事態に備えて設けられたもので、スロープの途中に出て来られる。スロープを歩いて上らなくても、エレベーターのように。
 どちらの通路の入口にだって、警備員などが詰めてはいない。係が見張っているわけでもない。
 とはいえ、遠慮するべき通路が非常用のもの。
 ソルジャーの生活空間に繋がるスロープ、それを省いて入り込むなどは無礼だから。一刻を争う時ならともかく、そうでないなら、スロープを歩いて上るべき。急ぎの用があったとしても。
「前のぼく、ジョミーに、入口を二つ教えたのに…」
 スロープの下から入ってくる方と、途中に出られる非常用のと。
 どういう具合に使い分けるのか、それも送った筈なのに…。非常用の通路は使われない、って。
 便利で早く来られるけれども、みんなが遠慮する通路。
 ハーレイたちだって使わないんだ、ってジョミーに送ったんだけど…。いくら酷く怒っていたにしたって、読み取れないことは無さそうなのに…。
 ジョミーの力なら充分、読めたよ、と前の自分が読み取らせた思念の中身を思う。
 初めて自分の意志で心を読んでいたジョミー、そんな彼でもきちんと読めていた筈だ、と。
「迷いもしないで、真っ直ぐ突っ込んで来たんだろ?」
 非常用の方の通路から。
 前の俺でさえ、遠慮して使いはしなかったヤツ。
 どんなに気持ちが焦っていたって、ソルジャーのお前に、無礼な真似は出来ないからなあ…。



 お前を待たせちまった時でも使っていない、と苦笑するハーレイ。「キャプテンだしな?」と。
 夜になったら、青の間へ一日の報告に来ていたキャプテン。報告が終われば、ただのハーレイ。前の自分と恋人同士で、二人きりの甘い時間を過ごした。キスを交わして、愛を交わして。
 だから急いでくれてもいいのに、ハーレイは「キャプテンとして」礼儀作法を守った。非常用の通路を使いはしないで、代わりにスロープを走って上ったりもして。
「そうだね…。ハーレイは、いつも走っていたね」
 非常用の通路で来れば早いのに、ちゃんと入口から入って来て。「遅くなりました」って、前のぼくに謝ったりもして…。
「そりゃまあ…なあ? お前はソルジャーなんだから」
 俺の恋人である前にソルジャー、そして俺だってキャプテンだ。其処の所はきちんとしないと。下手に甘える癖がついたら、何かのはずみに出ちまうから。…他のヤツらが見てる時にな。
 そいつはマズイ、と今のハーレイが口にする通り。ソルジャーとキャプテンが恋人同士だと皆に知られるわけにはいかない。白いシャングリラを、仲間たちを纏めてゆくためには。
 だからハーレイは常に敬語で話し続けて、非常用の通路も使わなかった。遅くなった夜は、早く青の間に来て欲しいのに。…そんな夜更けに、誰も見咎めはしないのに。
「分かってるけど…。でも、ハーレイでも使っていなかった通路…」
 それをジョミーが使うだなんてね、迷いもせずに。…どういう通路か、承知の上で。
 ジョミーなら、やると思ったけれど。
 真面目にスロープなんかを上って、会いに来るとは思っていなかったけど…。
 ジョミー、本当にやっちゃった、と今でも思い出せる、あの日の光景。スロープの途中に開いた非常用の通路と、其処から姿を現したジョミー。皆が使う入口を通りもせずに。
「お前に礼なんかを取っていられるか、っていうクソ度胸だよな」
 後からお前に話を聞いて、みんなが呆れ返ったもんだ。俺も、ヒルマンも、ゼルたちも。
 エラは「なんて無礼な!」と顔を顰めたし、ヒルマンは自分の教育不足を嘆いてたっけな。船で一番偉いのは誰か、それを厳しく教えておくべきだった、と。
 ジョミーはお前とは初対面だったし、それだけでも礼を取るべきなのに…。
 その上、お前はミュウの長だぞ。
 いくらジョミーが「自分はミュウじゃない」と、思い込んでいたにしたってなあ…。



 年長者だとか、目上の人への礼儀ってヤツはどうなったんだ、とハーレイが軽く広げた両手。
 SD体制の時代といえども、そういった礼儀はあったから。学校の教師や目上の人には、敬語で話す。初対面なら、きちんと挨拶。育英都市でも徹底された、基本の基本。
 ジョミーは、それらを綺麗に無視した。挨拶はもちろん、敬語も使いはしなかった。スロープの途中に現れるほどだし、敬意の欠片も抱いてはいない。「ソルジャー・ブルー」に。
 シャングリラで暮らす仲間たちなら、恐れ多くて入れないのが青の間なのに。子供たちでさえ、遠慮していた部屋だったのに。
「前のぼくはジョミーに恨まれてたから、ああなって当然なんだけど…」
 ぼくが成人検査を妨害したせいで、酷い目に遭ったと思い込んじゃっていたんだから…。
 その憎いぼくを怒鳴りに来ようって言うんだものね。礼儀作法なんかは無視だってば。
 それにしても、凄い度胸だったけど…。
 普通は誰も使わない、って教えた方の通路を選んで、青の間に突っ込んで来ちゃったからね。
 ジョミーらしい、って嬉しかったよ。…怒る気なんかは、まるで無くって。
 自分の心を信じているから、そういうことが出来るんだもの。周りに何と言われていても。
 そんなジョミーなら、きっと立派なソルジャーになる、って思ったから…。
 嬉しくて、褒めてあげたいくらいで、ずっとこの強さを持ってて欲しい、って…。
「それで褒美に家に帰してやったってか?」
 度胸試しに出掛けた小姓は、お姫様から、天守閣に来たという証拠の品を貰ったんだが…。
 それを皆に見せて、度胸を認めて貰ったわけだが、ジョミーは家に帰れたんだな?
 お姫様のお前に褒めて貰って…、とハーレイが訊くから、「まさか」と肩を竦めてみせた。
「違うこと、知っているんでしょ」
 家に帰したのは、前のぼくの計算だったってこと。…帰っても、家には何も無いから。
 ジョミーがお母さんたちと暮らした痕跡、ユニバーサルの職員がすっかり消してしまって。何も無い家を見てしまったら、ジョミーも船に戻るだろう、って…。
「その話は、前の俺だって聞いて知ってはいるが…」
 しかし、ジョミーの方にしてみりゃ、褒美ってヤツだ。
 青の間まで突っ込んで行った甲斐があった、と思って満足していたろうさ。
 度胸試しの小姓じゃないがだ、もう本当に最高の褒美を手に入れた、って具合でな。

 意気揚々と帰って行っただろうが、というハーレイの指摘は間違っていない。
 前の自分の意図に気付かなかったジョミーは、「せいせいした」という顔だった。自分の人生を滅茶苦茶にしてしまった、ミュウの長に「勝った」わけだから。
 お蔭で家に帰ってゆけるし、もうシャングリラにいなくてもいい。ミュウの船に閉じ込められた日々は終わりで、自由を手に入れたのだから。
(うーん…)
 あれが開かずの間だったのか、と気付いた青の間。…前の自分が暮らしていた部屋。
 船の仲間たちの多くにとっては、入ることさえ恐れ多かった開かずの間。おまけに、ハーレイが授業の時に話した白鷺城の天守閣よろしく、度胸試しに来た小姓まで。
「そっか、青の間…。ホントに開かずの間だったんだ…」
 前のぼくは鍵なんかかけてないのに、「入るな」とも言っていないのに…。
 ハーレイたちが「ソルジャーは偉い」って言い続けたせいで、開かずの間になってしまってて。
 なんだか酷い、と寂しい気分。前の自分は生きていたのに、まるで人ではなかったかのよう。
 誰も部屋には来てくれないなら、度胸試しの小姓しかやって来ないなら。
 白鷺城の天守閣に住んでいたお姫様のように、ひっそりと其処にいるというだけ。皆と変わらず生きているのに、ソルジャーだったというだけなのに。
「仕方ないだろう、前のお前はそういう立場にいたんだから」
 ソルジャーのお前がいてくれたからこそ、皆の心を一つに出来た。…どんな時でも。
 そうするためには、お前が普通のミュウのようではマズイんだ。皆の気持ちが弛んじまって。
 お前には気の毒なことをしちまったが、あの時代だから仕方ない。お前も分かっていただろう?
 それに、青の間。…お前がいなくなった後には、立派に開かずの間になったぞ。
 正真正銘、開かずの間だな。ジョミーは引越ししなかったから。
 誰も暮らしていない部屋だし、普段は立ち入ることもないし…、と言われた青の間。前の自分がいなくなった直後は、ベッドの寝具も片付けられていたという。枠だけを残して。
 それでは寂しすぎるから、と暫くしてから、元の通りに戻されたけれど。
 部屋の主が今もいるかのように、枕も上掛けも整えられて。
 そうなった部屋は、誰が入って行っても良かった。もうソルジャーはいないのだから。
 けれども人の出入りは見られず、前のハーレイが訪れた時も、ナキネズミしかいなかった部屋。



 どうして、そうなったのだろう。前の自分がいないのだったら、入っても誰も咎めはしない。
 部屋付きの係を通さなくても、ソルジャーの都合を確かめなくても。
「…なんで開かずの間になっちゃったの?」
 ジョミーが引越ししていないんなら、好きに見学すればいいのに…。出入りは自由なんだから。
 まさか、ぼくの幽霊が出るって噂でも立った…?
 そういうことなら、ハーレイが閉鎖させなくっても、誰も行かないだろうけど…。
 元から開かずの間みたいな部屋だったしね、と瞳を瞬かせた。幽霊が出るなら、開かずの間にもなるだろう。ソルジャー・ブルーの幽霊にしても、幽霊には違いないのだから。
「いや、そんな噂は立っていないが…。お前の幽霊なんかはな」
 お前の幽霊が出ると言うなら、俺が真っ先に会いに出掛ける。キャプテンの役目だとか、上手いことを言って。…幽霊になった、お前に会いに。
 そうしたかったが、お前は出てはくれなくて…。俺はいつでも一人だったな、あの部屋で。
 たまにレインが来ていたくらいで、昔話をしていたもんだ。いなくなっちまったお前のことを。
 それ以外だと、会議なんかでも使っちゃいたが…。
 前のお前がソルジャーだった頃は、あそこで会議をしていたこともあったしな。シャングリラの天守閣みたいな部屋とも言えるし、重要なことを決める会議にはお誂え向きだ。
 そうは言っても、部屋の主がいないわけだから…。前のお前が暮らしているような感じだよな。
 ベッドも元のままで置いてあるんだし、ちょっと部屋を留守にしているっていうだけで。
 …だから、トォニィがシャングリラを解体させていなかったら。
 お前、あそこにいたんじゃないか?
 そう問われたから、キョトンとした。前の自分が、青の間にいるということは…。
「ぼくに、メギドから引越せって?」
 前のぼくは、メギドで幽霊になって座っていたかもしれないから…。
 シャングリラはいつ通るんだろう、ってポツンと一人で、残骸に座って、ぼんやりと。
 前のハーレイが迎えに来てくれて、天国に行ったと思っていたけど…。
 そうする代わりに、青の間に一人で引越すの?
 トォニィたちが、メギドの残骸を片付けにやって来た時に。
 ハーレイは迎えに来てくれてなくて、仕方ないから、シャングリラの方に引越すわけ…?



 あんまりじゃない、と睨んだ恋人の鳶色の瞳。「幽霊になった、ぼくを放っておくなんて」と。
「ぼくにシャングリラに引越せだなんて…。酷すぎない?」
 いくら青の間があるって言っても、開かずの間になって残っていても…。
 ハーレイと離れて独りぼっちで、そんな所で暮らしていくなんて…。
「そうじゃない。ちゃんとお前を迎えには行くが、そうじゃなくてだ…」
 青の間にお前はいないというのに、勝手に「いる」ことになっちまうんだな。青の間がそのまま残っているから、ミュウの神様みたいになって。
 お前の魂は青の間に住んでいるってことになるんだ、というハーレイの話に驚かされた。本当は其処にいないというのに、「いる」ことになるソルジャー・ブルー。神様のように。
「…記念墓地より凄いね、それ…」
 青の間を貰って、神様みたいに住んでるなんて。…前のぼくは、とっくに死んでいるのに。魂もハーレイと一緒に行ってしまって、青の間の中は空っぽなのに…。
「しかし、無いとは言えんだろう? お前は伝説のソルジャーなんだ」
 ミュウの時代の礎になった初代のソルジャーで、今の時代も大英雄だぞ?
 シャングリラが宇宙に残り続けていたなら、ソルジャーも代替わりしてゆくし…。ソルジャーと言っても名前だけだが、トォニィが次の誰かを指名して、また次の代も。
 そうやってソルジャーが継がれていったら、青の間に住む前のお前の所にはだな…。
 代々のソルジャーが挨拶に行くとか、そんな習慣まで生まれそうだぞ。
「挨拶って…?」
 何をするの、と傾げた首。開かずの間に住む初代のソルジャーに挨拶なんて、と。
「もう文字通りに挨拶だな。白鷺城の天守閣にいた、お姫様の場合はそうだったんだ」
 毎年、城の主がきちんと挨拶に行く。今年もよろしくお願いします、と礼を尽くして。すると、お姫様が城の未来を話してくれた。こういうことが起こるだろう、と。
 お前も未来を告げるんじゃないか、というのがハーレイの読み。ソルジャー・ブルーが青の間に住んで、開かずの間になっていたならば。…青の間に「いる」と思われていたら。
「シャングリラの未来を、ぼくが話すの…?」
 それって、フィシスの役目なんだと思うけど…。
 前のぼくは漠然と未来が見える程度で、予知なんかまるで無理だったけど…?



 それなのに未来を話すわけ、と質問したら、「そうなるかもな」という返事。
「時が流れりゃ、話はどんどん変わってゆくから…。お前が青の間にいるって話と同じでな」
 初代のソルジャーが今もいるとなったら、話に枝葉がついていくんだ。
 そして代々のソルジャーの方も、そのつもりで挨拶に行くわけだから…。お前の姿を見たんだと思うソルジャーだって出てくるだろう。見えてようやく一人前とか、色々と。
 シャングリラが解体されなかったら、お前、本当に青の間に住んでたかもな。伝説になって。
 本当はとっくに天国に行ってしまって、何処を探しても「いない」のに。
 青の間に行けば、今もソルジャー・ブルーが其処に暮らしている、と誰もが信じていて。
 伝説っていうのは、そういうもんだ。…何処からか生まれて、皆が信じて、伝わってゆく。
 シャングリラ、トォニィの代で解体されてて良かったな。変な伝説が出来なくて。
 流石に今の時代までは残っていやしないが、とハーレイが語るシャングリラ。解体されずに残り続けたなら、伝説が出来ていたかもしれない。青の間に住む、前の自分の伝説が。
「うん…。トォニィに感謝しなくっちゃ」
 前のぼくは神様なんかじゃないしね、そんな伝説が出来ても困るよ。シャングリラの未来を読むことだって出来ないし…。挨拶に来て貰っても。
 トォニィ、ホントにいい決断をしてくれたよね…。シャングリラ・リングも残してくれたから。
 ただ解体して終わりじゃなくて…、と思いを馳せた白い船。
 白いシャングリラは今も生き続けている。結婚指輪に姿を変えて、その船体の一部分が。
「そうだな、シャングリラ・リングがあるからなあ…」
 頑張って抽選で当てないと。申し込むチャンスは一度きりだが、お前ならきっと当てられるさ。
 なんと言っても、シャングリラの開かずの間の主なんだから、とハーレイが瞑った片目。
 「お前のためにあったような船だし、きっとお前なら当てられる」と。
 開かずの間の主になっていた方は、別にどうでもいいけれど。青の間にも未練は無いけれど。
 白いシャングリラが姿を変えた、結婚指輪を引き当てることが出来るなら…。
 青の間で生きた、前の自分に期待したい。シャングリラをきっと呼んでくれると。
 シャングリラ・リングをハーレイと嵌めて、幸せに生きてゆきたいから。
 平和になった今の時代にとても相応しい、白く輝く結婚指輪。
 出来るなら、それを左手に嵌めたい。ハーレイと幸せに生きてゆける証の指輪を、薬指に…。



             開かずの間・了


※まるで開かずの間のようだった、ソルジャー・ブルーが暮らす青の間。それも生前から。
 皆が遠慮して入らないのに、ジョミーは突入したのです。度胸試しに出掛けた小姓みたいに。
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