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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

光の遊園地

(とっても綺麗…)
 見に行きたいな、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
 「光の遊園地」という見出しと写真。夜の遊園地を捉えた幾つもの写真は、どれも光に彩られた世界。まるで煌めく宝石箱。様々な色のイルミネーション、遊具にも、木々の枝にも光。
 夏に比べれば、夜のお客が減る季節。日は長くないし、冷える夜だってあるのだから。
 そういう季節も客を呼ぼうと、夜になったらライトアップ。観覧車はもちろん、遊園地へと続く並木道だって。光で出来た遊園地。その入口へと向かう道から、光の世界が始まる仕掛け。
(…シャングリラだって…)
 大人にも人気の、白いシャングリラを象った遊具。それも綺麗な青い光を纏って、宇宙に浮かぶ地球に照らされているかのよう。青く輝く水の星に。
(地球の青かな…?)
 それとも、タイプ・ブルーのサイオンカラーをイメージしたか。
 白いシャングリラは遠い昔のミュウの箱舟、今も語られる伝説の船。それを導いたソルジャーは全て、もれなくタイプ・ブルー。
 初代だった前の自分も、地球まで行ったジョミーもそう。最後のソルジャーのトォニィだって。
(タイプ・ブルーか、地球の青か、どっち…?)
 自分の好みで決めていいなら、断然、青い地球なのだけれど。
 前の自分が焦がれ続けて、見られずに終わってしまった星。あの時代にはまだ、青い地球は夢の星だったのに。蘇ってはいなかったのに。
(…前のぼく、知らなかったから…)
 青い星だと信じて夢見た。その地球の上に、生まれ変わって来たのが自分。残念なことに、青い地球はまだ見られていない。宇宙旅行をしたことが無いから。
 それでも青い地球は好きだから、シャングリラを彩る青い光は地球の青。その方が好き。
 前の自分のサイオンカラーで照らされるよりは、地球の青の方がきっと似合うと思うから。



 地球の青だよ、と勝手に決めたら、今度は気になる他の写真たち。昼間とは違う姿に変わった、光で出来た遊園地。夜の闇の中にぽっかり浮かんだ、夢の世界のように見えるから…。
(ハーレイと行ってみたいな、これ…)
 そんな気持ちがこみ上げてくる。二人で行けたら素敵だろうと、光の中を歩いてみたいと。
 「綺麗だよね」と見回しながら。無数の煌めきに照らされながら。
 けれど、ハーレイには頼むだけ無駄。
 きっとこう言うに決まっているから、「それはデートだ」と。夜の遊園地に二人で行くなんて。二人きりで夜の外出なんて。
(ハーレイ、絶対、断るんだよ…)
 「駄目だ」と睨む顔つきまでが、頭の中に浮かんで来るけれど。声も言葉も浮かぶのだけれど。
 光が溢れる遊園地には、両親と行ってもつまらない。幼い頃なら、それで良かったけれど。
(パパやママと一緒に行ったって…)
 この年になって、両親とはしゃぎ回れはしない。「次はあっち!」と手を引っ張って。
 友達と行く手もあるのだけれども、どうせ行くならハーレイがいい。
 ハーレイだったら、何もかも分かってくれるから。
 白いシャングリラを煌めかせている青、それを「地球の青だよ」と言いたがる理由も、白い船で暮らした前の自分も。
 そういう話はしないにしたって、ハーレイとだったら、きっと楽しい。
 夢の世界にも思える光の遊園地。其処を一緒に歩いたら。幾つもの光を見上げられたら。



 おやつを食べ終えて部屋に戻っても、頭を離れない遊園地。夜になったら綺麗なんだ、と。光に包み込まれるから。幻想的な夢の世界に変わるから。
 もしもハーレイと出掛けられたら、観覧車に乗ってみたいと思う。シャングリラよりも。
(上から見たら、きっと凄いよ)
 遊園地を全部、見渡せるのが観覧車。ゆっくりと高く昇ってゆくから、どんどん広がる窓の外の景色。最初は乗り場の近くだけしか見えないけれども、一番上まで上がったら…。
(…光の遊園地を、全部、丸ごと…)
 目に出来るのだし、観覧車が一番いい乗り物。光の遊園地に行くのなら。
(みんな、おんなじことを考えそうだし…)
 長い行列が出来ているかもしれないけれども、行列したって乗る価値がある観覧車。光の世界を全部見られるなら、夢の世界を眺められるなら。
 その観覧車もイルミネーションで光っているから、並んでいる間も退屈しない筈。次から次へと色が変わるのが、観覧車だと書いてあったから。花火みたいに華やかに点滅してみたり。
(…夢みたいだよね…)
 色とりどりに輝く観覧車。行列しながらそれを眺めて、順番が来たら乗り込んで。
 ゴンドラがゆっくり昇り始めたら、窓の外は煌めく光の洪水。宝石箱の中身を広げたように。
 とても素敵な夢の世界で、光で出来た遊園地。
 今の小さな自分にとっては、本当に夢物語だけれど。
 ハーレイとそれを見に行きたくても、連れて行っては貰えないけれど。



 でも行きたい、と心から消えない遊園地。昼間ではなくて、夜だけの光の遊園地。
(駄目で元々…)
 ハーレイに「行きたい」と強請ってみようか、もしも訪ねて来てくれたなら。仕事の帰りに来てくれたならば、断られるのは承知の上で。
 仕事の終わりが遅くなったら、来てはくれないのがハーレイ。「遅い時間でも大丈夫ですよ」と母が言っても、父が「どうぞ御遠慮なく」と何度言っても。
 夕食の支度に間に合う時間を過ぎてしまったら、ハーレイは来ない。今日がどうなるかは、まだ分からない。来なかったならば、最初から脈無し。頼みたくても会えないのだから。
(来てくれたら、ちょっとは…)
 お願いを聞いて貰える可能性があるかも、と考えてみる。もしかしたら、と。
 そんな夢など叶うわけがないのに、欲張りな夢。ハーレイと二人で夜の遊園地に出掛けること。
 「来てくれないかな」と、「来たら頼んでみるんだけどな」と夢を描く内に聞こえたチャイム。窓に駆け寄って見下ろしてみたら、門扉の向こうにハーレイの姿。
 やった、と躍り上がった心。これで頼めると、お願いしようと。



 母が案内して来たハーレイ、いつものようにテーブルを挟んで二人で座った。向かい合わせで。胸を高鳴らせて、声にした夢。
「あのね、遊園地に行きたいんだけど…」
 今日の新聞に載っていたから、急に行きたくなっちゃって…。駄目?
「ほほう…。遊園地か、いいんじゃないか?」
 お前くらいのチビが好きそうな場所だしな。行けばいいだろう、今度の土曜日にでも。
 俺はその日は来ないことにするから、お前の好きにするといい。誰と行くのかは知らんがな。
「そうじゃなくって…!」
 遊園地には行きたいけれども、一緒に行きたい人が決まっているんだよ。別の人じゃ駄目。
 ハーレイと一緒に行きたいんだから、と正直に言ったら、案の定…。
「どうしてデートに行かねばならん」
 お前とデートはしないと何度も言った筈だが、とハーレイの眉間に寄せられた皺。そのくらい、分かっているだろうに、と。
「分かってるけど…。でも、シャングリラが綺麗なんだよ!」
「はあ?」
 シャングリラが綺麗って、どういう意味だ?
 それがどうしてデートになるんだ、俺と一緒に遊園地に行きたいと言い出すなんて。
「…えっとね、夜の遊園地…。昼間とは別になるんだよ」
 ライトアップで、イルミネーションが一杯で…。
 光の遊園地に変わるんだって、夜になったら。それがとっても素敵なんだよ、本当に。



 写真が幾つも載っていたから、と説明した。光の遊園地は昼の姿とは全く違う、と。中でも青く輝く白いシャングリラ。それが綺麗と、あの青はきっと地球の青だ、と。
「タイプ・ブルーの青じゃなくって、地球の青だよ。きっとそうだよ」
 本物のシャングリラは、地球が青くなる前に消えちゃったけど…。
 青く照らすなら地球の青だよ、ハーレイだったら分かってくれるでしょ?
 ぼくが「地球の青だ」って言う理由。…タイプ・ブルーの青じゃないよ、って。
「もちろん、分かるが…。お前は地球に行きたがっていたしな、あの船で」
 本物の地球は青くなかったが、それでも地球の青が似合うと言いたいんだろう?
 前のお前やジョミーたちのサイオンの青よりは、ずっと。
 …それで、そいつを見たいだけなのか?
 地球の青を纏ったシャングリラってヤツを、遊園地まで見に行きたいと…?
「それも見たいけど、観覧車にも乗りたいな」
 上から見たら、きっと素敵で凄いから。遊園地が全部見えるんだもの、光が一杯。
 ゆっくり上まで上がって行く時も、降りて行く時も、窓の外、夢の世界でしょ…?
「断固、断る」
 お前の気持ちは分からんでもないが、お母さんたちと行って来い。
 でなきゃ、友達、誘うんだな。大勢いるだろ、一人くらいは行ってくれるさ。
「それじゃ、つまらないよ!」
 さっきも言ったよ、行きたい人は決まってる、って。別の人と行くんじゃ駄目なんだ、って…!



 ハーレイと一緒に行きたいんだよ、と訴えた。
 光の遊園地に出掛けてゆくのも、シャングリラを眺めて観覧車に乗るのもハーレイと一緒、と。
「ハーレイ、分かってくれたじゃない。どうして地球の青なのか、って」
 シャングリラを綺麗に光らせてる青、タイプ・ブルーの青じゃないんだってこと。
 分かってくれるの、ハーレイだけだよ。…だからハーレイと一緒に行きたいんだよ。
 それでも駄目なの、パパやママや友達と行けって言うの…?
「お前なあ…。俺と一緒に遊園地って…。しかも夜に、って…」
 そういうのは、もっと大きく育ってから俺に言うんだな。
 デートに行けるようになるまで待て。そういう歳になるまでな。
「…やっぱり、そう?」
 例外ってわけにはいかないの?
 いくらシャングリラが綺麗でも…。夜の遊園地を観覧車に乗って、見てみたくても。
「当たり前だろうが!」
 チビのお前とデートはしない。例外は無しだ。
 その上、俺と観覧車に乗りたいだなんて…。ますますもってお断りだな、そいつはな。



 観覧車はデートの定番なんだ、と睨まれた。「チビのお前は知らないだろうが」と。
「その手のヤツらは、昼間はそれほどいないからなあ…」
 子供の客の方がずっと多いから、まるで目立たないと言うべきか。
 ところが、夜になったらカップルがグンと増えるんだ。二人一緒にアレに乗ろうと。
 ゴンドラに乗ったら二人きりだし、外は夜だから、ロマンチックな雰囲気になるし…。
 観覧車でプロポーズするヤツもいるくらいだぞ。二人きりの世界なんだから。
「…プロポーズ?」
 あんな所でプロポーズするの、どうやって…?
「そいつはアイデア次第ってトコか…」
 定番中の定番だったら、もちろん指輪だ。「結婚して欲しい」と取り出してな。
「それじゃ、いつかハーレイも、ぼくにプロポーズをしてくれる?」
 二人一緒に観覧車に乗ったら、プロポーズ。
 指輪なんかはどうでもいいから、プロポーズして欲しいんだけど…。
「観覧車って…。お前、そんな場所でもかまわないのか?」
 アレはグルグル回ってるんだぞ、いくらゆっくりでも地上に着いたら降ろされちまう。
 まるで時間が足りないじゃないか、プロポーズの後の余韻ってヤツが。
 もっとプロポーズに似合いの場所なら、色々あるのに…。個室のある洒落たレストランだとか、夜景の綺麗な公園だとか。
 そういう場所を選んでおいたら、「思い出の場所だ」と記念日の度に行けるんだが…。
 出掛けてゆっくり食事するとか、同じベンチに座るだとか。
 しかし、観覧車じゃそうはいかんぞ。思い出のゴンドラに乗れたとしたって、一周しちまったら降りるしかないし。…もう一周、って続きに乗るのは無理なんだから。
「んーと…」
 そうだね、観覧車だったら、そうなっちゃうね…。一周したら時間はおしまい…。



 プロポーズされても、持ち時間が少ないらしい所が観覧車。レストランや公園とは違った場所。次のお客が待っているから、それに乗ろうと。ズラリと並んで列を作って。
 クルリとゆっくり一周したなら、「降りて下さい」と開けられてしまうゴンドラの扉。どんなに二人で乗っていたくても、一周して降りて来たならば。
 其処でのプロポーズはどうだろう、と考えたけれど。制限時間つきのゴンドラ、観覧車の上でのプロポーズは嬉しくないだろうか、と自分に尋ねてみたけれど。
(…降りて終わりでも、かまわないよね?)
 記念日のデートに、同じゴンドラに乗れなくても。思い出の場所に出掛けて行っても、クルリと回って地上に戻ればそれでおしまい、制限時間つきのデートでも。
(…プロポーズして貰えるってことが大切なんだし…)
 何処でもいいや、と返った答え。それをそのまま口にした。
「プロポーズの場所なら、何処でもいいよ」
 一周して来たら、降ろされてしまう観覧車でも。…記念日にデートしようとしたって、思い出の場所には、観覧車が一周する間だけしかいられなくても。
 何処だっていいよ、ハーレイがプロポーズしてくれるなら。
 レストランどころか街角でだって、ぼくはちっとも気にしないから。…もう最高に幸せだから。
「プロポーズの場所、こだわらないのか…」
 ロマンチックな場所がいいとか、雰囲気のいい店だとか。…普通、こだわるもんだがな?
「他の人たちはどうか知らないけど、こだわると思う?」
 ぼくがこだわると思っているの、プロポーズの場所や雰囲気とかに?
「…結婚出来ればいいんだったな、お前の場合は」
 俺と一緒に暮らすのが夢で、目標ってヤツもそれだっけか…。
「そうだよ、だからプロポーズだけで充分なんだよ」
 結婚しよう、って言ってくれるんでしょ、それで充分。指輪も何にも要らないんだから。
 観覧車でもいいんだけれども、ホントに何処でもいいんだよ。
 遊園地でなくても、レストランでも公園でもなくて、歩いてただけの街角でも。



 何処でもプロポーズは出来るんだから、と恋人の鳶色の瞳を見詰めた。
 だから遊園地に連れて行ってと、夜の遊園地に行きたいからと。
「…光の遊園地、見に行きたいよ…。シャングリラを見て、観覧車だって…」
 プロポーズは何処でもかまわないんだし、観覧車がそういう場所だっていうのは抜きにして。
 地球の青色に光るシャングリラ、二人で見ようよ。…観覧車からも、きっと見えるよ。
「遊園地なあ…。しかも夜にな」
 今は駄目だな、まだプロポーズをしてやれないのと同じだ、同じ。
 二人きりで夜の遊園地なんて、立派にデートなんだから。…昼の遊園地でも同じだぞ?
 お前と二人で出掛けちまったら、それはデートになっちまうってな。
「…夜の遊園地、ハーレイと一緒に行きたいのに…」
 シャングリラ、とっても綺麗なのに。あれって絶対、地球の青だよ。その青なんだよ。
 それに遊園地も、夢みたいに綺麗なんだもの。ハーレイと二人で見に行きたいよ…。
「…お前、前にも言わなかったか?」
「えっ?」
 何を、とキョトンと目を見開いたら、ハーレイは「いや…」と顎に手をやって。
「とても綺麗だから見に行きたい、っていうヤツだ」
 前にも俺に言っていないか、そういうことを。…一緒に行こうと。
「ライトアップの記事は初めて見たよ?」
 今日の新聞を読むまで全然知らなかったし…。遊園地の広告、見ていないから。
「だろうな、俺もお前の口から、そいつを聞くのは初めてだ」
 やってるってことは知ってたが…。始まる前にも何かでチラッと目にしたからな。
 しかし、確かに聞いたような気が…。
 お前が行きたいと強請っていた気がするんだがなあ、今日みたいに。



 綺麗で、おまけに遊園地で…、と記憶を探っているらしいハーレイ。
 けれども、自分もその記憶は無い。遊園地に行きたいと強請ったことなら、あったとしても…。
(…綺麗だから、って場所じゃないよね、遊園地は?)
 楽しそうだとか、あれで遊んでみたいとか。そういう理由で誘う所で、綺麗だからと強請るのは今日が初めての筈。きっとハーレイの記憶違いだと考えたのに…。
「そうだ、お前が言ったんだ。…もっとも、あれは今の遊園地ではなくてだな…」
 前のお前だ、行きたいと俺に言い出したのは。
「…前のぼく?」
 ぼくが言ったの、前のハーレイに?
「ああ。今の遊園地とはまるで違うが、それでも光の遊園地だった」
 そんな名前で呼ばれていたのか、違ったのかは覚えていないが。
 とにかく光に照らし出された遊園地。太陽じゃなくて、夜に人工の明かりでな。
「光の遊園地って…。そんなの、何処で?」
 何処にあったの、その遊園地?
「アルテメシアに決まっているだろう。…人間が暮らしている星は、あそこだけだった」
 前のお前が生きてた間に、シャングリラが旅した星の中では。
 あそこにあった、アタラクシアの遊園地だ。前のお前が俺と一緒に行きたがった光の遊園地は。
「アタラクシアの遊園地って…」
 なんで、そんな所?
 どうしてハーレイと行きたがるわけ、光の遊園地をやってるから、って…。
「覚えていないか、お前、救助班のために下見に出掛けて…」
 船から思念で見ているよりも、と身体ごと出掛けて行っちまって。
 ついでだから、と夜まで観察していた間に、ライトアップに出くわしたんだが…?
「…思い出した…!」
 あったんだっけね、そういうのが。…前のぼくが見た、光の遊園地。
 昼間とはすっかり違う姿の、光で出来てた遊園地が…。



 雲海の星、アルテメシア。シャングリラが長く潜んだ星。
 子供たちを育てる育英都市があった、人工の海を持った惑星。育英都市はアタラクシアと、もう一つ。同じ惑星の上に、エネルゲイアという都市も。
 前の自分が探りに出たのは、アタラクシアの方の遊園地だった。子供のための育英都市。それに遊園地、だから閉園時間も早い。今の時代の遊園地よりは。
 けれども、夜の遊園地も人気。闇が降りる夜ならではの光の演出、イルミネーション。
 前の自分はそれを目にした。サイオンで姿を隠してしまって、明るい頃から隠れ続けて、夕闇が辺りを覆った後に。
 一つ、二つと灯り始めていた明かり。日暮れと共に。足元が暗くならないように。
 そういうものか、と眺めていたら、一斉に点いたイルミネーション。揃って咲いた光の花たち。色とりどりに、煌びやかに。それは華やかに、辺り一面に。
 俄かに明るくなった園内。夜空の星たちを全て集めて、地上に持って来たかのように。
(とても綺麗で…)
 遊園地は、まるで夢の国。お伽話の世界さながら。
 輝くお城や、観覧車などや、あちこちに続く並木道。全てが光の煌めきの中。
 それを見ていたら、闇はこの世に無いかのよう。
 ミュウと知れたら殺される世界、この遊園地でも処分された子供はいたというのに。
 同じ轍を二度と踏まないようにと、こうして自分が降りて来たのに。
(光って…)
 なんと美しいものなのだろう、と光の遊園地に酔いしれた自分。
 ミュウが人知れず処分される世界、それは何処にも無いように見える。暗い闇を抱えた、機械が支配している世界。そんな世界は存在しない。この遊園地だけを見ていたら。
 無数の光は夜の闇さえ明るく照らして、希望の光そのもののよう。
 こんな世界に住んでいたなら、争いも何もかも、光に溶けて消えてゆきそう。
 光は闇を照らし出すから。闇を払って、美しく輝き続けるから。



 閉園時間が訪れた後も、イルミネーションはまだ消されなかった。来ていた客たち、彼らが全て家路につくまで。遊園地を離れて帰ってゆくまで、彼らの行く手を照らすかのように。
 一時間ほどは、そのまま灯っていたろうか。誰一人いなくなってしまっても。警備の者しか歩く姿が無くなってからも、夢の世界を守るかのように輝いていたイルミネーション。
 それにすっかり魅せられたから、船に帰って提案した。長老たちが集まる会議の席で。
 白いシャングリラの中の公園、其処でもあれが出来ないだろうか、と。ブリッジが見える、船で一番大きな公園。幾つもの明かりを飾り付けてやって、夜になったらそれを灯して。
「いいと思うんだよ、きっと希望が見えるだろうから」
 光にはそういう力があるんだ、と遊園地を見ていて分かったからね。あれは凄いよ。
 この船でも毎晩やるようにしたら、希望が見えると思わないかい?
「公園を光で飾り立てるじゃと?」
 エネルギーの無駄じゃ、とゼルが放った一言。「そんなものには何の意味も無いわい」と。
「そうだよ、それに…。子供たちに夜更かしは勧められないね」
 公園なんかに来てるよりかは、寝るべきだよ。どうだい、ヒルマン?
 あたしは間違っていないと思うけどね、とブラウも賛成しなかった。ヒルマンもエラも。
「でも…。あれは希望の光なんだよ」
 少なくとも、ぼくにはそう見えた。夢も、希望も、あそこで見たよ。
 昼の間は、ただの遊園地だと思っていたのに、夜になったら別の世界に変わったから…。
 すっかり暗くなっていたのに、光り輝く夢の世界で…。この世界はとても素敵なんだ、と。
「何処に希望があると言うんじゃ、この船の先の!」
 希望の光どころではないわ、とゼルは首を縦に振ってはくれない。機関長の彼に反対されたら、回して貰えないエネルギー。公園を彩る沢山の明かりを灯したくても。
「今は確かにそうかもしれない。でも、夢は大切なものだから…」
 希望が駄目なら、今は夢でいい。その夢を船で見て欲しいから…。夢の世界を見て欲しいから。
「夢にしてもじゃ、実現可能な夢がいいんじゃ」
 わしらでも手が届く程度の、現実的な夢を見るのが今は似合いというものじゃ。
 大きすぎる夢を持ってしまったら、叶わなかった時が辛いだけじゃぞ。



 現に出番が無いじゃろうが、と槍玉に挙げられた展望室。いつか其処から青い地球を、と夢見て皆が望んだ部屋。
 ガラス張りの展望室の向こうに、青い地球は今も見られないまま。それどころか、雲に覆われたままのガラス窓。いつ入っても雲しか見えない、青い地球を見ようと作られた部屋。
 あれと同じじゃ、と切って捨てられたイルミネーション。
 人類の真似などしなくてもいいと、この船にそれは要らない、と。
 誰も賛成しなかったけれど、美しかった光の国。アタラクシアで見た光の遊園地。その煌めきが忘れられなくて、心から消えてくれなくて…。
 その夜、ハーレイが青の間にやって来た時に、ポツリと零した。会議の席では、反対意見を皆と唱えていたキャプテンに。…前の自分が恋した人に。
「やっぱり駄目かな…」
 ぼくの考え、誰も分かってくれなかったけれど…。君も同じで、駄目だったけれど…。
「ブルー…?」
 今日の会議のことですか?
 シャングリラの公園を光で飾るという件でしたら、私も賛成いたしかねますが…。
 船のエネルギーには余裕があります。ですが、そういう飾りには意味が無さそうですから。
「…見ていないからだよ、あの遊園地を」
 光で出来た遊園地をね。本当に夢の世界だったよ、闇も影も入り込む余地なんか無い。
 君もあれを見れば変わると思うよ、意見がね。夢も希望も必要なんだと、作り出せると。光さえあれば、気分だけでも。…この世界には夢も希望もある、とね。
 本物を見に、一緒に行ければいいんだけれど…。そうすれば分かって貰えそうなのに…。
 そうだ、ぼくと行こう。アタラクシアまで、あの遊園地を眺めにね。
 視察ということにすればいいだろう。君が人類に見付からないよう、ぼくが姿を隠すから。
「…そのお気持ちは分かりますが…」
 私は船を離れられません。たとえ視察でも、私はキャプテンなのですから。



 他の仲間たちは、地上に降りられないミュウの箱舟。ミュウの子供たちの救出に向かう、救助班所属の者以外は。どんなに地面を踏んでみたくても、けして許されることはない。危険だから。
 誰一人として自由に降りられない船、それをキャプテンが降りるわけには、と断られた。まして遊園地の視察などでは、と。
 ハーレイの意見を変えられないなら、公園をイルミネーションで飾るのは無理。
 本当に綺麗だったのに。光の遊園地は夢の世界で、とても美しかったのに。
(…シャングリラでは無理なんだ…)
 希望が見えない船なんだから、と項垂れていたら、手を握られた。褐色の手で、ギュッと。
「…今は無理ですが、あなたがそれほど仰るのなら…」
 それならば、いつか…。ご一緒しましょう、その遊園地へ。
「え…?」
 いつか、って…。君が、ぼくと一緒に?
「ええ。…この船に、希望が見える時が来たら。今は見えない希望の光が」
 皆の心にも余裕が出来たら、それを一緒に見に行きましょう。…皆には視察ということにして。
 あなたが魅せられた光の世界がどれほどのものか、この船でやるだけの価値があるかを。
「本当かい?」
 来てくれるのかい、ぼくと一緒に遊園地まで?
 昼間から潜んで、日が暮れて辺り一面が輝き出すまで、アタラクシアに…?
「はい。…いつになるかは分かりませんが…」
 お約束しますよ、あなたの夢を私も見に行くことを。
 地球の座標が手に入る頃になるのでしょうか、皆にも希望の光が見える時代と言うのなら。
「…その頃にもやっているかな、あれを?」
 あの遊園地で続いているかな、夜になったら一面に光を灯して綺麗に照らし出すこと…。
「やっていますよ、その頃も、きっと」
 人類の世界は、そうそう変わりはしませんから。…子供たちを育てるための都市では。



 ですから、いつか…、とハーレイが約束してくれたこと。アタラクシアまで、二人で行こうと。夜になったら光り輝く遊園地を見に。美しく煌めく夢の世界を眺めるために。
 けれど、行けずに終わってしまった。
 希望の光を掴むよりも先に、前の自分の命そのものが。
 光の遊園地に酔いしれたアルテメシアからも、地球からも遠く離れたメギドで。
 だから二人で行けなかった場所。ハーレイと二人で眺められずに、消えてしまった光の遊園地。光の遊園地はきっとあったのだろうに、自分の命が尽きたから。
 それをまざまざと思い出したら、もう黙ってはいられなくて。
「…ハーレイ、ぼくに約束してたよ。…前のぼくだけど」
 いつか行こう、って。ぼくと一緒に、夜の遊園地へ。…光の遊園地を見に行くんだ、って。
 みんなに希望の光が見えたら、地球の座標を手に入れたら。
「そのようだな。…確かにお前と約束をした」
 前のお前だったが、約束したことに間違いはない。夜の遊園地へ二人で行こうと。
「…今は駄目?」
 あの時の約束、今は駄目なの?
 地球の座標はもう要らないんだよ、ぼくたち、地球にいるんだもの。
 船のみんなを心配しなくても、ハーレイはもうキャプテンじゃないし…。ぼくもただの子供。
 それに希望は山ほどあるでしょ、夢だって。
 だから、約束…。前のハーレイの約束だけれど、遊園地、一緒に行ってくれない?
 地球の青色に光るシャングリラを見たいよ、観覧車に乗って上からだって。
「…今の俺たちに希望はあるがだ、一つ大きな問題がある」
 お前、すっかりチビだろうが。…あの時のお前と違ってチビだ。
 俺とデートに行くには早くて、まだまだ小さな子供でしかない。…違うのか?
 デートは駄目だと何度も言ったぞ、今までも、それに今日だってな。



 しかし…、とハーレイが握ってくれた手。遠い昔の、あの日のように。約束を交わした遠い昔の青の間のように、大きな手で。今は小さくなってしまった、子供になった自分の手を。
「前のお前とした約束でも、約束には違いないからな」
 思い出した時には果たすこと、って前にもお前に言ったっけか…。
 幸せな約束ってヤツに時効は無いと。たとえ何年経っていようが、お互い、約束は果たそうと。
 そう言ったからには、あの約束も有効だ。…今の時代でも。
 幸い、光の遊園地ってのは、今もやってるようだから…。この町でも見られるらしいから。
 いつか行こうな、お前と一緒に。…あの時の約束、叶えるのが俺の役目だから。
 もうキャプテンではなくなっちまって、視察も何も無いんだが…。
 見に出掛けても、ただの遊びで、夜のデートだというだけなんだがな。
「ホント?」
 本当にぼくと行ってくれるの、光の遊園地を見るために?
 地球の青色に光るシャングリラとかを見て、観覧車にも乗ってくれるの?
 前のぼくたちだと、観覧車には乗れなかったけど…。それは流石に無理だったけれど。
「ほらな、今ならではのお楽しみってヤツが増えてるだろうが」
 俺とお前で観覧車だ。…前の俺たちだと、これは出来んぞ。
 前のお前が上手く情報を操作したなら、観覧車だって乗れたんだろうが…。そんなの、視察では思い付いたりしないしな?
 お前も、俺も。…あんな乗り物もあるんだな、と見上げる程度で。
「そうだったと思う…」
 人間が大勢、並んで順番を待っているよね、って眺めるだけで満足だったよ。前のぼくなら。
 だけど、今のぼくは乗りたいよ。…ハーレイと一緒に観覧車に。



 プロポーズは無しでも乗ってみたいな、と強請ったら。夜の遊園地を上から見たいと頼んだら。
「お安い御用だ、観覧車くらい。…行列だって俺に任せておけ」
 長い行列が出来ていたなら、お前は休んでいるといい。立って待つのは俺に任せて。
 順番が来るまで、側のカフェにでも座ってな。
「ううん、ぼくもハーレイと一緒に待つよ」
 二人一緒なら、行列も平気。きっと疲れてしまいもしないよ、ハーレイと一緒なんだもの。
 手を繋いで一緒に立っていたなら、ぼくは絶対、疲れないから。
「…そうなのか? 無理はするなよ」
 もう駄目だ、と思うより前に俺に言うんだぞ、「疲れちゃった」と。
 一緒に行列するんだったら、そいつを約束してくれないとな。お前がすっかり参っちまったら、デートどころじゃないんだから。
「…約束する…。ハーレイに心配かけないように」
 くたびれちゃったら、きちんと言うよ。…「ちょっと座って休んでもいい?」って。
「よし。…それなら、いつか二人で行こう」
 お前が大きくなったらな。俺とデートが出来る背丈に。
 そしたら一緒に光の遊園地を見に行こう。やってる季節に、お前と二人で。
 前のお前との約束だから。…幸せな約束に時効は無いって、俺は確かに言ったんだしな。
「うん、約束…!」
 いつか行こうね、今は無理でも。
 ぼくが前のぼくと同じに大きくなったら、二人で行こうね、夜の光の遊園地に…。



 前の自分がアタラクシアで見惚れた光の遊園地。夢と希望の世界がある、と。
 それを知って欲しくて誘ったハーレイ。いつかは、と答えてくれた前のハーレイ。
(…幸せな約束に、時効は無いから…)
 今は小さくて無理だけれども、いつか大きくなったなら。
 デートに行ける背丈になったら、ハーレイと二人で出掛けてゆこう。
 平和になった幸せな時代に、光が溢れる夜の遊園地へ。前の自分が虜になった光の国へ。
 夢と希望が溢れる世界。光が輝く夢の世界へ、ハーレイと。
 観覧車に乗って、上からも見て。
 ゴンドラの中でも手を繋ぎ合って、光の世界を眺めては微笑み交わしながら…。




             光の遊園地・了


※夜の遊園地を見た、前のブルー。けれど、シャングリラの公園でのライトアップは無理。
 そしてハーレイと約束した、夜の遊園地の視察。今のハーレイとなら、いつか行けるのです。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv













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