シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園、夏真っ盛り。期末試験も無事に終わって、あと一週間もすれば夏休み突入なんですけれども、どうしたわけだか夏風邪が流行り出しました。事の起こりは多分、期末試験。私たちの1年A組は会長さんのお蔭で勉強しなくても全員、全科目満点ですけど…。
「…やっぱり期末試験だよねえ?」
今の夏風邪、とジョミー君が愚痴る放課後、いつもの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。クーラーの効いた部屋でフルーツパフェを食べつつ、毎度の面子で過ごす時間で。
「明らかに期末試験だろうな。…犯人は肩身が狭いと思うぞ」
この流行の発信源、とキース君。
「欠席して追試を受ければいいのに、無理して出て来た結果がコレだと来た日にはな」
「そうですけれど…。そうする気持ちは分からないでもないですよ」
三年生の男子らしいですしね、とシロエ君が。
「聞いた話じゃ、スポーツ推薦を目指してるみたいなんですが…。コケた時が大変ですからね」
「「「あー…」」」
スポーツ推薦な男子だったか、と風邪の威力に納得です。身体は相当頑丈な筈で、そんな生徒が罹った夏風邪、多分、相当強力なウイルスだったんでしょう。
「スポーツ推薦のヤツだったのかよ、確かにコケたら内申だけが頼りだしなあ…」
普通に受けても何処もヤバいぜ、とサム君が言えば、会長さんも。
「あんまり勉強してないだろうし、定期試験はきちんと受けていたんです、というアピールだけでもしたいだろうしねえ…」
受けてさえいればフォローをしてくれるのがウチの学校、とシャングリラ学園ならではのセールスポイント登場。追試の点数は手加減無しですが、そうでない試験は多少の細工をして貰えます。その生徒が本当にピンチに追い込まれていて、内申だけが頼りという時は。
「しかしだな…。出て来るにしても、マスクくらいはして欲しかったぞ」
御本尊様が相手であってもマスクは必須で、と妙な話が。
「「「御本尊様?」」」
何故、御本尊様を相手にマスク、と誰もがビックリ。御本尊様は仏像だけに、風邪なんか引かないと思うんですけど…?
「風邪の予防じゃなくて、失礼がないようマスクなんだ!」
生臭い息がかからないよう、紙のマスクをするものだ、と言われてみれば、たまにニュースで見るかもです。仏像の掃除とかをする時にお坊さんの顔に大きなマスク。埃除けだと思ってましたが、あれって、そういうものだったんだ…?
プロのお坊さんなキース君曰く、仏像が相手でもマスクは必須。
「あれって、いつでもマスクってわけではないですよね?」
キース先輩の家に行っても見掛けませんし、とシロエ君が訊くと。
「息がかかったら失礼になる時だけだな。お身拭いだとか…。後はお茶とかをお供えするとか」
「「「お茶?」」」
それは基本じゃないのでしょうか、御本尊様にお茶。お仏壇のある家だったら毎日お茶だと聞いていますし、元老寺だって…。
「そういう普段の茶ではなくてだ、茶道の家元とか、その代理だとか…。とにかく非日常なお茶をお供えする時は、お茶を淹れる人が紙マスクなんだ」
抹茶の人なら紙マスクで点てて、煎茶の人なら紙マスクで淹れる、そういう作法があるらしく。
「…それはウイルス対策ですか?」
お茶だけに、とシロエ君が首を捻って、キース君が「なんで仏様が風邪を引くか!」と。
「お供えするお茶に息がかからんようにするんだ、人間の息は生臭いからな」
「そこまでですか?」
前の日にニンニクとかを食べていなければ済むんじゃあ…、とシロエ君が言い、私たちもそう思いましたが、そうはいかないのがお寺の世界で。
「人間の息は不浄なものだというのが定義だ、蝋燭も息をかけて消すのは厳禁だ!」
手で扇いで消す、というディープな世界。そんな世界で暮らすキース君にしてみれば、マスクをしないで登校して来たスポーツ推薦男子は非常識極まりないそうで。
「風邪など引かない仏様が相手でも気を遣うんだぞ、人間相手にも気を遣えと!」
「でもですね…。スポーツ推薦を目指す人ですよ?」
どちらかと言えばデリケートの反対な性格じゃないでしょうか、とシロエ君。
「風邪でゴホゴホやっていたって、自分がなんとか呼吸出来ればいいと思っていそうですが」
「そうかもしれんが…。事実、そうだったからこうなったんだが!」
なんだってこの暑いのにマスクをせねばならんのだ、というキース君の叫びは、私たちにも共通の叫びで。
「…マスクしないと罹りそうだもんね…」
凄い勢いで流行っているし、とジョミー君。
「マスクをしたままで昼御飯は食べられませんからね…」
その辺が防ぎ切れない原因でしょう、とシロエ君が大きな溜息。夏風邪、絶賛流行中です、引きたくなければ暑くてもマスク、当分はマスク生活かと…。
学校に登校して来たらマスク着用、そんな毎日。クーラーが効いている教室はともかく、校舎の外へ出て移動の時には外したくもなるというものです。けれども外したら夏風邪かも、とマスクをし続け、外せる場所は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋だけという日々が続いて…。
「やっと終わったぁー!」
もうマスクとはサヨナラだ、とジョミー君が歓声を上げた終業式の日。一学期の終業式とくれば、シャングリラ学園名物、夏休みの宿題免除のアイテムが登場する日で、今年もそれを探しに奔走していた生徒が多数。
会長さんは校内に隠されたアイテムを幾つか確保し、例によって中庭で高い値段をつけて販売、ボロ儲けをしていましたけれど…。私たちも暑い中で呼び込みだとか列の整理だとか、色々お手伝いしましたけれども、やっぱりマスクで。
「…今日のマスクは特に暑かったな…」
中庭に長時間いただけに、とキース君がアイスコーヒーを一気飲み。私たちも冷たいレモネードだとか、アイスティーだとか、冷たい飲み物補給中です。ともあれ終わったマスク生活、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でリラックス。
「夏風邪、とうとう最後まで引き摺っちゃったわねえ…」
相当強力なウイルスなのね、とスウェナちゃん。
「仕方ねえよな、最初に持ち込んだヤツのがパワフルすぎたんだぜ」
それにしても…、とサム君が。
「ブルーはマスクはしてねえんだよな、ぶるぅもよ。今日の客にもゴホゴホやってたヤツがけっこういたのによ…」
ヤバくねえか、と心配になる気持ちは分からないでもありません。サム君は会長さんと今も公認カップル、会長さんに惚れているだけに、夏風邪を引いたら大変だと思っているのでしょう。
「え、ぼくかい? ぼくとぶるぅは…」
「かみお~ん♪ マスク無しでも平気だもーん!」
そのためにシールドがあるんだもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「身体の周りをシールドしとけば、ウイルスなんかは平気だもん!」
「そういうこと! マスクなんていう無粋なものはね、ぼくには似合わないんだよ」
せっかくの顔が見えなくなるし、と会長さん。
「この顔もポイント高いんだからね、マスクなんかは論外だってば!」
坊主の立場で紙マスクならば仕方ないけど、それ以外は絶対お断りだ、と超絶美形が売りの人ならではの台詞です。そっか、シールド、ウイルスにも有効だったんだ…?
季節外れのマスクで通った学校にサヨナラ、翌日からは夏休み。会長さんの家に出掛けて夏休み中の計画を練るのが恒例です。朝からジリジリと暑い日射しが照り付けてますが、会長さんの家は快適、窓の向こうの夏空なんかを眺めながらマンゴーとココナッツのムースケーキを頬張って。
「山の別荘、行きたいよねえ…!」
馬に乗るんだ、とジョミー君が言うと、シロエ君が。
「今年は登山もしてみたいです。日帰りじゃなくて、山小屋泊まりで」
「「「山小屋?」」」
そこまで本格的なのはちょっと…、と遠慮したくなる登山コース。でも…。
「山小屋と言ってもお洒落なんですよ、フレンチなんかも食べられたりして」
「「「フレンチ?」」」
どんな山小屋だと思いましたが、オーナーの趣味。いわゆる普通の山小屋として泊まるのも良し、お値段高めでフレンチを食べて洒落たお部屋に泊まるのも良し。
「食材はキープしてあるらしくて、予約さえすればフレンチを作ってくれるそうです」
「面白そうじゃねえかよ、それ」
山でフレンチ、とサム君が乗り気で、キース君も。
「山登りの後にフレンチか…。それはいいかもしれないな」
非日常な気分が満載だな、とこれまた乗り気。男子は一気に山小屋コースに突っ走りましたが、別荘地からどれだけ登ってゆくのかと思うとスウェナちゃんと私は…。
「…パスした方が良さそうよね?」
別荘から見えるあの山でしょ、とスウェナちゃんがブルブル、私だって。二人揃ってお留守番でいいやと決めた所へ、会長さんが。
「もったいないと思うけどねえ? 山小屋でフレンチ、夜は満天の星空だよ?」
「でも、あんな山なんかは登れないわよ!」
高すぎるわよ、とスウェナちゃんが返しましたが。
「ぼくが誰だか忘れてないかい? 瞬間移動で登山くらいは楽勝だってね」
「「「あーっ!!!」」」
それはズルイ、と男子全員が叫んだ所へ。
「こんにちはーっ!」
遊びに来たよ、と聞こえた声と、フワリと翻る紫のマント。別の世界から来たソルジャー登場、まさか山の別荘にも来るとか言ったりしないでしょうね…?
今年の山の別荘ライフは山小屋でフレンチ、そんな方向。素敵なプランが出来つつあるのに、ソルジャーなんかに割り込まれては困ります。そうでなくても海の別荘の方を乗っ取られているも同然なのに…。毎年、毎年、結婚記念日合わせで日程を組まされているというのに…。
なんて迷惑なヤツが来たのだ、と誰の顔にも書いてありますが。
「あれっ、今日はマスクはしてないのかい?」
ソルジャーの口から出て来た台詞はズレていました。
「「「マスク?」」」
「そう、マスク! この所、いつ見てもマスクだったと思うんだけど…」
放課後以外は、と私たちをグルリと見回すソルジャー。
「キースもシロエも、ジョミーもサムも…。全員、いつでもマスクを装備で」
「あれは要らなくなったんだが?」
もう夏風邪の危険は無くなったからな、とキース君が。
「この面子だったら心配無いんだ、あんな面倒なのを着けなくてもな」
「え…? それじゃ、本気でウイルス対策だったわけ?」
あのマスク…、とソルジャーは目を丸くして。
「そりゃあ確かに、風邪だって馬鹿に出来ないけれど…。ぼくのシャングリラも航行不能に陥りそうになったこともあるけど…」
「「「航行不能?」」」
なんで風邪で、と驚きましたが、ブリッジクルーの殆どが風邪に罹ってしまって危なかったことがあるらしいです。見習い中みたいな人まで駆り出して乗り切ったという風邪騒ぎ。
「でもねえ、あれは油断していたって面があるしね、最初の患者が出た時に」
きちんとシールドを張っていたなら大流行は防げた筈だ、と言うソルジャー。
「だから君たちもそうだと思って…。酷い夏風邪だと分かってるんだし、シールドしておけばウイルスは入って来ないしね」
ウイルス対策はそれで充分! と最強のサイオンを誇るタイプ・ブルーならではの発言。
「それなのに何故かマスクだったし、何か理由があるのかと…。殆どの人がマスクを着けているのをいいことにして」
「「「へ?」」」
いったいどういう発想でしょうか、私たちのマスクは純粋にウイルス対策だったんですが…。シールドなんかは張れないからこそ、みんなでマスクだったんですけど…?
私たちのサイオンは未だにヒヨコなレベルで、思念波くらいが精一杯です。ウイルス対策のシールドなんぞは夢のまた夢、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が張っていたことにさえ気付かなかったというくらい。マスクに特別な理由なんぞがあるわけなくて。
「あんたが何を期待しているのかは知らんがな…。俺たちのマスクは普通にマスクだ」
風邪の予防だ、とキース君が代表で答えました。
「暑い最中にマスク生活は実に辛かったが、風邪を引くよりマシだからな」
「そうです、そうです。強力すぎる夏風邪でしたからね」
引いたら終わりなヤツでしたから、とシロエ君も。
「クシャミに鼻水、ついでに頭痛と高熱で…。インフルエンザも真っ青ですよ」
「…なんだ、ホントに風邪用のマスクだったのか…」
深読みしすぎた、とソルジャーが。
「言われてみれば、君たちにシールドは無理かもねえ…。そこまで気付かなかったから…」
「どう深読みをしたんだ、あんた」
そっちの方が気になるんだが、とキース君が尋ねると。
「ぼくにも意味が掴めなかったし、ランチついでにノルディに訊いてみたんだよ」
「何をだ?」
「クソ暑いのにマスクなんかをしてる理由だよ!」
他に何を訊くと、とソルジャーはフンと鼻を鳴らして。
「みんな揃って学校でマスク生活だけど、とノルディに訊いたら、教えてくれてさ」
「風邪の予防だと言われなかったか?」
あれでも医者だが、とキース君。エロドクターは何かと問題アリとは言っても名医で、マスクの理由もきちんと説明してくれそうです。ところがソルジャーは「ううん」と返事。
「学生運動だったっけか…。顔を隠すことに意味があるんです、と言ってたけれど?」
「「「学生運動?」」」
「そう言っていたよ、今はまだマスクの段階だけれど、もう少し経てば色々出ます、って」
「「「色々…?」」」
何が色々出ると言うのだ、と顔を見合わせた私たちですが。
「えーっと、サングラスにヘルメット…? それから角材」
「「「はあ?」」」
マスクの次にはサングラスが来て、それにヘルメットと角材ですって? なんですか、その建設現場の作業員みたいな装備品は…?
何を言われたのか、意味が不明なラインナップ。マスク着用でサングラスとくれば、どちらも埃除けっぽいです。更にヘルメットで頭をガードで、角材となれば建設現場くらいしか思い付きません。ただでも暑い夏だというのに、誰が建築現場に出たいと…?
「おい、角材で何をしろと言うんだ」
俺たちに何を建てさせる気だ、とキース君がウンザリした顔で。
「今は夏だぞ、クソ暑いんだぞ? 卒塔婆書きでも汗だくになるほどに暑いんだが…」
そんな真夏に誰が建築現場に出るか、と一刀両断。
「本職の人でも夏の盛りはキツイんだ。慣れない俺たちだと、確実に熱中症になると思うが」
「建築現場とは言っていないよ、学生運動と言った筈だよ」
「何なんだ、それは? 運動会…。いや待て、もしかしてアレのことか?」
ずうっと昔に流行ったヤツか、とキース君。
「学校をバリケード封鎖するとか、機動隊相手に乱闘するとか、そういう激しいヤツのことか?」
「そう、それだよ! ノルディが言ってた学生運動!」
そして君たちは学生だしね、とソルジャーはそれは嬉しそうに。
「分かってくれて嬉しいよ! ぼくはね、そういう方面でマスク生活なんだと信じてたから」
「派手に勘違いをしやがって…。あれは普通にマスクなんだ!」
ついでにマスクの出番も終わった、とキース君はキッパリと。
「学校は昨日で終わりだったし、柔道部にも風邪に罹ったヤツはいないし…」
「ええ。明日から始まる合宿にマスクは要りませんよね」
もうマスクとはサヨナラなんです、とシロエ君も相槌を打ちましたが。
「えーーーっ!?」
不満そうな声を上げたソルジャー。
「マスク生活は終わりだなんて…。ぼくの期待はどうなるんだい?」
「「「期待?」」」
まさか学生運動とやらを期待してましたか、ソルジャーは? マスクに加えてサングラスにヘルメット、角材も要るとかいうヤツを…?
「そうなんだよ! ノルディがそうだと言ってたから!」
それが始まるんだと思っていたのに、とソルジャーはなんとも悔しそうです。でもでも、学生運動なんて名前がついてるからには、多分、学校とはセットもの。終業式が済んで夏休みに入ってしまったからには、学生運動、無理っぽいと思うんですけどねえ…?
シャングリラ学園は今日から夏休み。登校日なんかはありませんから、恒例の納涼お化け大会に行きたい生徒や部活の生徒を除けば、学校とはキッパリ縁が切れるのが夏休み期間。その上、ただでも暑いんですから、誰がわざわざ学生運動をしに学校へ行くと…?
「うーん…。学生運動ってヤツは、別に学校と限ったわけでは…」
ノルディの話を聞いた感じじゃ、とソルジャーは未練たらたらで。
「デモに出掛けて機動隊と衝突したりもしてたって言うし、バリケードだって…」
いろんな所でバリケード封鎖、と語るソルジャー。
「とにかく建物とかを占拠で、凄く過激な運動らしいし…!」
ちょっと仲間に入りたかった、と斜め上な台詞が飛び出しました。
「「「仲間?」」」
「そう! ぼくは激しい闘争が好きで!」
根っから好きで、と赤い瞳を煌めかせるソルジャー、そういえば名前どおりにソルジャーで戦士。日頃、何かとSD体制の苦労が云々と言っている割に、ソルジャー稼業が好きでしたっけ…。
「あっ、分かってくれた? でもねえ、人類軍が相手だとシャレにならなくて…」
下手をすれば本当に死にかねないから、と尤もな仰せ。人体実験で殺されかけた経験も多数なソルジャーですから、人類軍が相手の時にも危険な橋ではあるわけで。
「一つ間違えたらヤバイっていうのも多くてさ…。だから、こっちで!」
こっちの世界で学生運動をしてみたいのだ、と言われましても。シャングリラ学園は夏休みですし、そうでなくてもソルジャーの存在自体が極秘だと言うか、何と言うか…。
「分かってないねえ、そこでマスクの出番だってば!」
それとサングラスでヘルメット、とグッと拳を握るソルジャー。
「それだけ揃えば、マスク以上に誰が誰だか分からないしね!」
「…君は、ぼくたちに何をさせたいわけ?」
ぼくたちには学生運動をしたい動機が全く無いんだけれど、と会長さん。
「ノルディがどういう説明をしたか知らないけどねえ、学生運動には主義主張がね!」
授業料の値上げ反対だとか、と会長さんは例を挙げました。
「そういった理由が何も無いのに、なんでやらなきゃいけないのさ?」
それに学校も夏休み中、とバッサリと。
「勝手に誤解して期待したんだろ、ぼくたちの夏休みの邪魔をしないでくれたまえ!」
山の別荘に行って登山でフレンチ、と話は元へと戻りましたが。妙な誤解をしていたソルジャー、これで諦めてくれますかねえ…?
今年の夏休みはマツカ君の山の別荘から登山に行く予定。フレンチが食べられるらしいお洒落な山小屋、其処に泊まろうというのが目的。学生運動なんかをやっているより断然そっちが楽しそうですし、それに決めたと思っているのに。
「フレンチな山小屋は逃げないじゃないか!」
また来年の夏にだって、とソルジャーはしつこく食い下がって来ました。
「人気のある宿は廃れないものだし、来年行けばいいんだよ!」
「来年まではまだ一年もあるんだけれど!」
どれだけ待てという気なんだ、と会長さんが切り返すと。
「それを言うなら、ぼくは一年後があるかどうかが謎なんだけどね?」
なにしろ毎日が命懸けの日々、とソルジャーの方も負けてはいなくて。
「此処でこうして話していてもね、明日にはシャングリラごと沈められてしまって、なんだったっけ…。お浄土だっけ? キースにいつも頼んでいる場所!」
あそこの蓮の上に引越しかも、と最強とも言える脅し文句が。
「そんな明日をも知れない身の上がぼくなわけでね、一年先なんて、とてもとても…」
君たちみたいに待てはしない、と頭を振っているソルジャー。
「一年先が無いかもしれないぼくと、一年後にはまた夏休みが来る君たちと…。どっちの希望を優先すべきか、普通は分かると思うけどねえ?」
「…ぼくたちに学生運動をしろと?」
マスクにサングラスでヘルメットなのか、と会長さんが嫌そうな顔で。
「ぼくの美意識に反するんだけどね、マスクってヤツは!」
「それはマスクだけで考えるからだろ、学生運動は誰が誰だか分からないんだよ?」
そのためのマスクでサングラス、とソルジャーは指を一本立てました。
「そうして隠せば顔は見えないし、君の自慢の顔がどうこう以前の問題! それに頭にヘルメットだから、髪の毛だって見えないから!」
銀髪なんだか金髪なんだか…、と言われてみれば一理あります。もちろん、よく見れば分かるんでしょうが、少なくとも真正面から見ただけではハッキリ分かりませんし…。
「ほらね、分からないだろうと思っている人間、ぼくの他にも大勢いるから!」
此処にいる面子の殆どがそういう考えだから、とソルジャーは強気。
「この夏休みは学生運動! ぼくも一緒にバリケードだよ!」
顔を隠してヘルメットを被ろう! とブチ上げているソルジャーですけど、何処でバリケードを作る気でしょう? シャングリラ学園、これだけの人数で封鎖するには広すぎませんか…?
ソルジャーがやりたい学生運動、目指すは何処かをバリケードで封鎖。とはいえ、シャングリラ学園の敷地は広大です。私たち七人グループに会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、ソルジャーを足しても全部で十人、バリケード作りからして思い切り大変そうですが…?
「え、学校を封鎖したいとは言ってないけど?」
そもそも封鎖する理由がぼくには無いし、とソルジャーが先刻の会長さんの台詞と同じようなことを言い出しました。理由が無いなら学生運動、やらなくってもよさそうですが…。
「ダメダメ、ぼくはバリケードとサングラスにマスクの世界に憧れているんだよ!」
それに角材も持ってみたいし、とニコニコと。
「角材で殴りに行くんだってねえ、学生運動! そのレトロさがたまらないよ!」
ぼくの世界では角材はとっくの昔に消えた武器、と角材にまで魅力を感じるらしいソルジャー。
「銃は現役なんだけれどね、角材なんかじゃ戦えないねえ…。ぼくの世界じゃ」
流石のぼくでも角材は無理、とソルジャー、力説。
「サイオンを乗せて殴るにしたって、メンバーズとかを相手に角材はちょっと…。ましてテラズ・ナンバーだとか、戦闘機とかになってきたらね、角材なんかを持って行ったら馬鹿だから!」
もう絶対に馬鹿としか思って貰えないから、という見解はよく分かります。いくらソルジャーがミュウの長でも、最強の戦士という認識でも、武器に角材。その段階で失笑を買うだろうことは確実、たとえ勝っても後々まで記録に残りそうと言うか、語り草になっていそうと言うか…。
「そこなんだよねえ、やっぱりメンツにこだわりたいしね!」
同じ戦うならカッコ良く! というソルジャーもまた、会長さんと同じで自分を美しく見せたいタイプみたいです。角材で戦うなどは論外、笑いの種など作りたくないという発想で。
「決まってるじゃないか! ソルジャーはあくまで最強の戦士!」
それに相応しい戦いをすべし、とソルジャーは持論を披露しました。
「スマートに戦ってなんぼなんだよ、剣でも、銃でも!」
見た目にカッコいい武器がいいのだ、と言いつつ、どうやら憧れているらしい角材。どの辺がどうカッコいいのか分からないんですけどね、その角材…。
「カッコいいとは言わなかったよ、レトロなのがいいと言ったんだよ!」
もう素朴すぎる武器が角材、とソルジャーは夢見る瞳でウットリと。
「殴りようによっては人も殺せるけど、ただの木の棒なんだしねえ…。人類最古の武器だと聞いても驚かないねえ、角材はね!」
それで戦えれば充分なのだ、と言ってますけど、その前にバリケードが必須です。何処かを封鎖してしまわないと角材バトルも無理ですけれども、ソルジャーに動機は無いんですよね…?
角材でのバトルに憧れるソルジャー、レトロな武器で戦いたいという御希望。けれど戦うには相手が必要、学生運動とやらをやるならバリケードで封鎖で、それからバトル。シャングリラ学園を封鎖したい動機が無いというのに、何故に封鎖で角材バトル…?
「ぼくに無いのはシャングリラ学園を封鎖する動機! 角材バトルはまた別の話!」
だだっ広い学校を封鎖せずとも学生運動は充分出来る、とソルジャーは胸を張りました。
「要は学校関係者とバトルが出来ればいいんだよ! 角材で!」
「「「…関係者?」」」
理事長先生とかなんでしょうか、それとも校長先生とか?
「そういう人たちを殴りたいとは思わないねえ…。面識も無いし」
「ちょっと待て!」
面識だと、とキース君がソルジャーの言葉を聞き咎めて。
「あんたが直接顔を知ってる学校関係者といえば、教頭先生だけしか無いんじゃないのか?」
「ピンポーン!」
それで正解、とソルジャーは笑顔。
「他の先生もまるで知らないとは言わないけどさ…。ブルーのふりをして入り込んでたこともあるから、接触は何度もしているけどさ…。向こうはぼくだと知らないからねえ!」
ブルーだと思っているからね、とアッサリ、サラリと。
「だから、狙うならハーレイなんだよ! バリケード封鎖も、角材バトルも!」
「「「きょ、教頭先生…」」」
どんな理由で教頭先生を相手に学生運動なのか。授業料は教頭先生の管轄じゃないという気がしますし、角材で殴られるほどのことも全くしてらっしゃらないのでは…?
「してないだろうね、学校という組織の中ではね」
でも、外へ出ればどうだろう? とソルジャーは視線を会長さんへと。
「ブルーも生徒の内なんだけどね、そのブルーに惚れて色々とねえ…」
プレゼントなんかは序の口で、とニンマリと。
「結婚を夢見てあれこれ妄想、何かと悪事を働いてるよね?」
「君もせっせと焚き付けていると思うけど?」
今までにどれほど迷惑を蒙ったことか、と会長さんは冷たい口調ですが。
「それはそれ! ぼくがやりたいのは学生運動!」
日頃の夢より、角材バトル! とソルジャーは学生運動のターゲットとして教頭先生をロックオンしたみたいです。どういう要求を突き付けるんだか、バリケード封鎖は何処でやると…?
夏風邪防止のマスク姿に端を発した、ソルジャー独自の勘違い。エロドクターから学生運動と聞いたばかりに、ソルジャーは角材バトルをやろうと決めてしまって…。
「…なんでこうなるわけ?」
山の別荘と山小屋フレンチは何処へ…、とジョミー君が嘆く炎天下。あれから恒例の柔道部の合宿とジョミー君とサム君の璃慕恩院での修行体験ツアーが終わって、昨日は打ち上げの焼肉パーティーでした。クーラーの効いた会長さんの家で美味しいお肉を食べまくって。
それなのに今日は一転した境遇、炙られそうな酷暑とセミがミンミン鳴きまくる中でマスクにサングラス、ヘルメットという完全装備に、誰が誰だか分からないよう長袖シャツに長ズボン。
「くっそお、暑い…。暑いんだが…!」
これくらいならまだ墓回向の方が遥かにマシだ、とキース君も文句たらたらですけど、同じ格好をしたソルジャーと会長さんは「そこの二人!」と名指しで「サボらないように」と。
「早くバリケードを作らないとね、ハーレイが帰って来てしまうからね!」
「そうだよ、せっかく出掛けたくなるようサイオンで細工したのにさ!」
ぼくの努力を無にしないで欲しい、とバリケード封鎖の言い出しっぺのソルジャー。
「とにかく急いで仕事をする! ご近所からは見えていないんだからね!」
「そのシールドの能力とやらで、暑さもなんとかして欲しいんだが…!」
暑くてたまらないんだが、とキース君が訴えましたが、ソルジャーは。
「夏のマスク生活、学校で充分やっただろう? 慣れればいいんだよ、この環境も!」
「しかしだな…! あの時はヘルメットとかは無くてだ、長袖とかも…!」
「君の正体がバレてもいいなら、外してくれてもいいんだよ?」
マスクもヘルメットもサングラスも…、というソルジャーの台詞は間違ってはいませんでした。間もなくお帰りになる予定の教頭先生にバレていいなら、マスクもサングラスも要りません。半袖シャツを着てもオッケー、誰も駄目とは言いませんけど…。
「…俺だけ正体がバレると言うのか?」
「そりゃねえ、他のみんなが完全防備で顔も見えない状態だとね?」
背格好でも分からないようサイオンで調整中だからね、とソルジャーが言う通り、同じ格好をしている面子はその状態にあるらしいです。そしてスウェナちゃんと私は会長さんに暑さ防止のシールドを張って貰っていますから…。
「女子だけシールドをサービスだなんて、差別だと思う…」
なんでぼくたちだけが暑い思いをさせられるのさ、とジョミー君がブツブツ、他の男子もブツブツブツ。会長さんもソルジャーも「そるじゃぁ・ぶるぅ」もシールドつきなんですよね…。
こうして教頭先生のご自宅は完全にバリケードで封鎖されてしまいました。庭までは入って来られますけど、家の中へは入れません。玄関前には一番堅固なバリケード。その前にズラリ並んで待っている間に、何も知らない教頭先生がお帰りで…。
「な、なんだ!?」
何事なのだ、と門から庭へと入った所で固まっておられる教頭先生。行き先は本屋だったらしくて、ロゴが入った紙袋を提げておられます。其処でソルジャーが拡声器を手にして、スウッと大きく息を吸い込んで…。
「我々はぁーーーっ!!」
マスク越しでもガンガン響く声、ただし庭より外へは聞こえないよう、バリケードと同じくサイオンで細工。音声もキッチリ変えてありますから、ソルジャーの声とは分からない仕組み。教頭先生がギョッと後ろへ一歩下がると、ソルジャーは。
「断固、抗議するーーーっ!! 教え子に惚れるなど言語道断、絶対反対ーーーっ!!」
「…お、教え子…?」
嫌というほど身に覚えのある教頭先生、オロオロとして。
「そ、それはブルーのことなのか…?」
「他に誰がいるとーーーっ!! 我々は断固、戦うのみでーーーっ!!」
その関係を撤回するまで戦い抜くのみ! と大音量でのアジ演説が始まりました。会長さんには今後一切手を出さないと約束するまでバリケード封鎖を解く気は無いと。
「し、しかし…! 私はブルーに惚れているわけで…!」
三百年以上もブルーだけを想って一筋に今日まで来たわけで、と教頭先生も諦めません。どうせ遊びだとなめてかかっている部分もあるのか、「私はブルーを諦めないぞ!」と言い放った後は、クルリと背を向け、庭から外へと出てゆかれて…。
「…どうなったわけ?」
武器でも取りに行ったんだろうか、とジョミー君が首を傾げると、会長さんが。
「違うね、暑いからアイスコーヒーを飲みに喫茶店へね」
「行きつけの店で休憩らしいよ、これは持久戦コースかもねえ…」
それでこそ戦い甲斐ってものが、とソルジャーはウキウキしています。マスクにサングラス、ヘルメット装備で、長袖シャツに長ズボンで。
「ぼくのシャングリラは、ぶるぅに見張らせてあるから安心! 持久戦でもドンと来いだよ!」
バリケードを守りながらの食事とかもまたいいものだしねえ…、とソルジャーは学生運動もどきを楽しんでいます。角材も用意していますけれど、角材バトルまで行くんでしょうか…?
教頭先生は喫茶店からファミレスに移動、夏の長い日が暮れる頃に戻ってこられましたが。
「我々はぁっ、断固、抗議するーーーっ!!」
断固戦う、というアジ演説をブチかまされて深い溜息、また出てゆかれてビジネスホテルに泊まるようです。私たちの方は交代で会長さんの家まで瞬間移動で、お風呂に仮眠に、食事タイムも。基本が高校一年生な肉体、それだけ休めばもう充分というもので。
次の日も教頭先生と睨み合いの一日、バリケードを守って日が暮れました。山の別荘と山小屋フレンチな登山の代わりに男子は汗だくコースですけど、三日目ともなれば出て来た余裕。
「…こういう経験も悪くないかもしれないな…」
今どき学生運動なんぞは無いからな、とキース君がマスクの下で呟き、サム君が。
「此処まで来たらよ、角材も振り回してみてえよなあ…」
「だよねえ、相手は機動隊とは違うしね」
逮捕ってことはないわけだから、とジョミー君も角材バトルをやりたいようです。ソルジャーは元からそれが夢ですし、会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も…。
「ハーレイを角材で殴れるチャンスはそうは無いしね、最初で最後かもしれないからねえ…」
「かみお~ん♪ ぼくも大きく見えてるんだし、ぼくがやったってバレないもんね!」
角材で一発やってみたいよう! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。ソルジャーはレトロな憧れの武器の素振りに余念が無いという有様、後は教頭先生の強行突破を待つのみで…。
「…ん? 来たかな?」
ついに戦う気になったかな、とソルジャーが庭の外へと目を凝らしたのが三日目の夕方。ビジネスホテル住まいで過ごした教頭先生、武器は持たずにズンズンと庭へ入って来られて…。
「私も男だ、ブルーを諦める気にはなれんのだーーーっ!!」
入れないなら突入する! とダッと駆け出し、玄関へ突進、バリケード突破を目指されましたが。
「させるかーーーっ!」
マスクでサングラスなソルジャーが振り下ろした角材の一撃、教頭先生の肩に見事にヒット。これは痛そうだと思ったんですけど、ぼんやりと光る緑のサイオン、シールドで防がれてしまったみたいです。突入すると決めた時点で想定してましたか、角材攻撃…。
「ふん、角材か。私には効かんな」
これでもタイプ・グリーンだからな、と威張り返った教頭先生、そういうことなら何の遠慮も要りません。効かないんだったら殴り放題、これは私も殴らなくては…!
たかが角材、されど角材。いくらダメージを受けないとはいえ、総勢十人分の攻撃、面子の中には歴戦の戦士のソルジャーだとか、柔道部で鳴らしたキース君とかもいるわけで。バリケードを破ることが出来ない教頭先生、何を思ったか、庭の方へと走ってゆかれて…。
「「「…???」」」
武器でも取りに行ったのだろうか、と眺めていたら、ズルズルズルと引き摺っておいでになった水撒き用のホース。教頭先生はそれを構えて。
「こういう時の定番は放水銃なのだーーーっ!!!」
食らえ! と景気よくぶっ放された水、こちらもシールドで楽勝で防げる筈なのですが。
「何するのさーーーっ!!!」
よくもぼくに、と会長さんがマスクとサングラスをかなぐり捨てました。ヘルメットもポイと。長袖シャツとズボンはずぶ濡れ、明らかに意図的にシールドを解いていたわけで…。
「す、すまん…! ま、まさかお前だとは…!」
「ぼくの見分けがつかなかったって? ブルーと間違えるよりも酷いよ、それは!」
君のぼくへの愛の程度がよく分かった、と会長さんが怒鳴って、その隣から。
「…ぼくもずぶ濡れになったんだけどね、こういう時には大乱闘でいいんだっけね…?」
バリケードを巡ってバトルはお約束らしいよね、とマスクとサングラスを捨てたソルジャー、手に角材をしっかりと。
「…そ、それは…! いえ、決してわざとやったというわけでは…!」
「どう考えてもわざとだろう? 君の愛するブルーと、ぼくとがずぶ濡れだしねえ…?」
この落とし前はつけて貰う、とソルジャーが角材を振り上げ、会長さんも。
「総攻撃してかまわないから! 誰が誰だか分からないから!」
「「「はーい!!!」」」
こんなチャンスは二度と無い! と構えた角材、顔を隠したマスクとサングラス、それにヘルメットな私たち。戦いは夜まで続くんでしょうか、なんとも貴重な夏休みの思い出になりそうです。教頭先生、遠慮なく殴らせて頂きますから、頑張ってガードして下さいね~!
マスクで隠せ・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
コロナでマスクな夏も二年目。シャングリラ学園にも流行る夏風邪、暑くてもマスクな日々。
そこから転じて学生運動、教頭先生の家をバリケード封鎖。こんな夏休みも楽しいかも。
次回は 「第3月曜」 8月16日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、7月は卒塔婆書きに追われるキース君。まさに地獄の日々で…。
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