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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

迷子の子猫

(えーっと…?)
 猫だ、とブルーが見詰めた張り紙。学校の帰りに、家の近所のバス停で。
 学校の近くから乗って来たバス、それを降りたら目に入ったもの。バス停の邪魔にならない所にペタリと貼られて、カラーで刷られた猫の写真。
(迷子…)
 たまに見かける迷子捜し。こんな具合に、写真を添えて。
 前にハーレイが遅刻して来た休日もあった。ハーレイの家から歩いて来る途中で出会った子猫。その子が迷子だと分かったから。迷子の張り紙があったから。
 回り道になってしまうけれども、子猫を送って行ったハーレイ。張り紙に書いてあった住所へ、小さな子猫をしっかりと抱いて。
 大遅刻をしたハーレイだけれど、子猫を助けて遅刻だったし、自分も怒りはしなかった。それにお土産も貰ったから。ハーレイが子猫を届けた御礼に貰った、色々なケーキの詰め合わせを。
 今日の張り紙も、そういったもの。いなくなった猫を捜して下さい、と。
(ハナちゃん…)
 迷子になった猫はハナちゃん、縞模様になった三毛が特徴の猫。茶色と黒の模様の部分が、全部縞になっているらしい。茶色や黒の一色ではなくて。
 まだ子供だという小さなハナちゃん。日本風の名前だよね、と読んでいったら…。
(大変…!)
 てっきり近所だと思っていた家。ハナちゃんの飼い主が住んでいる場所。
 その家は此処からうんと遠くて、何ブロックも離れた所のハーレイの家よりまだ向こう。きっと子猫の目から見たなら、世界の果てかと思うくらいの距離だろう。
 小さな身体で、小さな足で、せっせと歩いても帰れない場所。どんなに頑張って歩き続けても。



(どうして…?)
 迷子の張り紙が此処に貼られているのだろう。ハナちゃんにとっては、世界の果てより遠そうな場所に。子猫の足では辿り着けそうもない場所に。
(…何かの事故に巻き込まれちゃった…?)
 ハナちゃんの家から、こっちの方へと向かうトラックに乗ったとか。何かを配達する車。
 子猫は好奇心が強いものだし、飼い主の人が知らない間に潜り込むこともあるだろう。配達用の車はそのまま出発、飼い主の人が届いた荷物を開けたり片付けたりしている内に。
(気が付いたら、ハナちゃん、消えちゃってたとか…?)
 慌ててトラックの会社に連絡、そのトラックが次に向かった配達先が此処だったとか。
(そうなのかも…)
 だったら本当に大変な事態。ハナちゃんは知らない所に連れて来られてしまって、今でも迷子。
 見れば、張り紙の側には、貼ってあるのと同じチラシが何枚も纏めて吊るされていた。
 「お願いします」という文字を添えて。「貼って頂けると有難いです」と。
 飼い主の人が貼れそうな場所はバス停くらい。他所の家には勝手に貼れない。貼りたくても。
(貰って帰って…)
 貼ればいいだろうか、家のポストにも。ハナちゃんが早く見付かるように。
 そう思ったから、一枚手にした。「お願いします」と吊るしてあるのを、外して取って。
 家に帰って、ちゃんと読んでから貼っておこうと。
 でも…。



 迷子捜しのチラシを手にして、家へと歩き始めたら。住宅街の道を歩いて行ったら…。
(あちこち、貼ってる…)
 家のポストや、門柱などに。
 ハナちゃんを捜すための張り紙、協力している家が何軒も。道を曲がって入ってゆく先、其処を覗いても見える張り紙。右に曲がっても、左側でも。
 沢山あるよ、と確かめながら帰って行ったら、隣の家にも貼ってあったから。
(ぼくの家には要らないかな?)
 お隣さんが貼ってるから、と眺めて持って入ったチラシ。
 二階の部屋で制服を脱いで着替えて、おやつの時間に持って下りて行った。ダイニングへ。まだ読み終わっていなかったから。
 テーブルに置いたら、おやつを運んで来てくれた母が気付いたチラシ。
「あら、持って来たの?」
 家に貼ろうと思ったのね。お隣さんがもう貼っているけど。
「これ、ママも見たの?」
「ええ。お隣さんのも、ご近所のも。…お買い物に行ったお店にも貼ってあったわよ」
「そうなんだ…。ハナちゃんの家、うんと遠くだよ?」
 やっぱりトラックに乗って来ちゃったのかな、配達用の…。お店にも貼ってあったんなら。
「読めば分かるわよ、書いてあるから」
 ママも読んだの、いったい何が起きたのかしら、って。
「ふうん…?」
 トラックに乗って来たんじゃないとか…?
 ハナちゃんが自分で歩いて来るには、此処、遠すぎると思うんだけど…。



 読んでいなかった迷子の理由。ハナちゃんがどうして行方不明になったのか。
 おやつの前に、とチラシの続きを読んでいったら…。
(いなくなった場所、分からないんだ…)
 ハナちゃんが消えてしまった場所は、此処ではなかった。トラックに乗ったわけでもなかった。
 同じ町でも、此処からは遠い所に住んでいる、飼い主の御夫婦。
 奥さんが焼いたフルーツケーキを配るためにと、ハナちゃんも乗せて車で出発。運転は御主人、奥さんは助手席。ハナちゃんは後ろのシートでウトウト眠っていた筈。籠に入って。
 町のあちこちへケーキを届けて回って、家のガレージに帰ったら…。
 空っぽだったハナちゃんの籠。ハナちゃんはいなくなっていた。
 甘えん坊だから、普段は勝手に降りないのに。「降ろして」と、ミャーミャー催促なのに。
 それが昨日の夕方のことで、大急ぎで作られた迷子捜しの張り紙が今朝からバス停に。出掛ける時には見なかったけれど、その後で貼られたのだろう。
「ママ…。ハナちゃん、どうなっちゃったの?」
 車から一人で降りちゃったなんて、何処で降りたかも分からないだなんて…。
「ママにも分からないけれど…。気になるものを見付けたのよ、きっと」
 子猫が飛び付きたくなる何か。それがあったんじゃないかしら?
 人間は全く気付かなくても、子猫の目には素敵な何か…、と母が言うのが正解だろう。
 籠に入って寝ていたハナちゃん、ふと目覚めたら、ちょっと触ってみたくなる何かが外に。丁度降りようと開けられたドアの、その向こう側に。
 とても魅力的で、惹かれる何か。
 甘えん坊でも、車を降りたくなるほどに。「降ろして」と頼むより先に。
 飼い主の御夫婦が気付かない内に、スルリと降りてしまったハナちゃん。あれが欲しい、と。
 まっしぐらに走って行ったのだろうハナちゃん、御主人たちは知らないまま。寝ているとばかり思っていたから、車を出してそれっきり。
(帰れるのかな…)
 ちゃんと家まで、と心配でたまらないハナちゃんの行方。
 チラシに書かれた範囲はとても広いから。御夫婦がケーキを配った範囲。ハーレイの家の辺りも入っているほど、他の方向にもケーキを配った家が幾つも。
 子猫の足では遠すぎる距離で、世界の果てが多すぎる。何処で車を降りたにしても。



 おやつを食べ終えて、部屋に帰って眺めたチラシ。迷子捜しのために貼るもの。
 隣の家にも貼ってあるから、明日、学校に持って行こうか。二軒並んで貼っておくより、友達の誰かの家が良さそう。このチラシを貼っていないなら。
(ハナちゃん…)
 迷子になってしまった子猫。それも昨日から。まだ子猫だから、本当に心細いだろう。家の外で一晩過ごしただけでも、きっと泣きそうな気持ちの筈。自分の家も、御主人たちの車も無くて。
 無事に帰れればいいけれど、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれて、勉強机に置いてあったチラシに目を留めて。
「おっ、チラシ…。この辺りにもあったのか?」
 俺は車で走って来たから、よく見なかったが…。そういや、あちこち貼ってたかもな。
「え? チラシって…」
 ハーレイも読んだの、このチラシを…、と勉強机から取って来た。迷子捜し、と。
「学校の所にもあったからな。お前がいつも乗ってるバス停」
 だから俺も一枚貰って帰って来たんだ。家の前に貼っておくかな、と。
「バス停って…。ぼく、帰る時には見てないよ?」
 チラシが貼ってあったんだったら、気が付くもの。…降りた時だって、直ぐ分かったから。
 猫が迷子になっちゃったんだ、って張り紙を読んで、これを貰って…。
「お前が学校を出た時間には、まだ貼りに来ていなかったんだろう」
 それから後に貼りに来たのを、俺が見付けて、チラシも貰った。…車の中に置いてあるがな。
「でも、張り紙は朝からだ、って…」
 ママに聞いたよ。ぼくが学校に行った後に貼りに来たみたいだけど…。
「この辺がだろ。…朝から貼ってあるっていうのは」
 他所へ行ったら違うわけだな、この張り紙が貼られた時間。
 こいつを貼って回る他にも、色々と手を尽くさんと…。何処で消えたか謎なんだから。



 ハナちゃんを捜しながら貼って回っていれば時間もかかる、と言われればそう。
 張り紙を貼ったら次の場所へと急いで行くより、聞き込みもして行くだろう。フルーツケーキを配った家の近所で、「こういう子猫を見ませんでしたか?」と。
 きっと何軒ものチャイムを鳴らして、庭にいる人にも声を掛けて。散歩をしている人にだって。
 誰かが手掛かりを知っているかもしれないから。「お願いします」とチラシも渡して。
「ハーレイ…。ハナちゃん、見付かる?」
 ちゃんと見付かって家に帰れるかな、自分で歩いて帰れそうにない場所ばかり…。
「大丈夫だろ。こうして張り紙をしておいたらな」
 この猫だ、って気付いた誰かが届けに行くか、連絡をしてくれるだろう。此処にいます、と。
 俺だって前に見付けてやったし…。迷子だった子猫。
 家まで送って行ってる間に、大遅刻になってしまったがな。
「そうだけど…。でも、ハナちゃん…」
 まだ子供だし、いなくなったの、昨日だし…。お腹ペコペコで死にそうかも…。
「心配するな。子猫も意外と逞しいもんだ」
 猫好きの人は多いからなあ、腹が減ったって顔をしていりゃ、おやつを出して貰えるぞ。迷子の子猫だとは気付いてないから、家の食事に差し支えない程度だろうが…。
 少しずつでも、あちこちの家でおやつを貰えば、案外、腹が膨れるもんだ。
 それに町中の人が張り紙を見て捜してくれるし、腹を空かせて弱っちまってても見付かるさ。
 迷子の子猫がいるらしい、と気が付いた人は、注意して歩いたりするからな。弱っちい鳴き声を聞いたら覗き込んだり、家に帰っても庭にいないか捜してみたり…。
 大勢の人がそれをやってりゃ、まず間違いなく見付かるってな。



 誰かが見付けてくれる筈だ、とハーレイがチョンとつついたチラシ。迷子になったハナちゃんの写真。「何処で見付かるかは分からないがだ、大丈夫さ」と。
「特徴もハッキリしてるしな。真っ黒とか、真っ白とかじゃないから」
 全身のブチが縞模様な上に、三毛と来たもんだ。あれだな、とピンと来る人は多い。
 昨日、チラッと見掛けただけでも、「あの猫だ」と。気付けば捜しに出掛けるだろうさ、昨日と同じ場所にいないか。
「そうだといいけど…。誰か、見付けてくれるといいけど…」
 ハナちゃんが動けなくなっちゃう前に。…お腹ペコペコで、鳴き声だって出せなくなって。
「心配は要らん、誰かが見付ける。これだけ張り紙を貼っておけばな」
 その内に「お蔭で無事に見付かりました」って、御礼のヤツが貼られるさ。これの代わりに。
 迷子捜しの張り紙を剥がして、見付かった子猫の元気な写真が刷ってあるのをペタリとな。
 まずは子猫の世話が先だし、その張り紙を貼りに来るのは、直ぐってわけではないだろうが…。
 しかし…。今はいい時代だよな。
 うん、本当にいい時代だ。
「いい時代って…。何が?」
 何の話、とキョトンと首を傾げたら。
「これだ、これ。…迷子捜しの張り紙のことだ」
 迷子になった一匹の子猫を、町中の人が懸命に捜してくれるってな。
 俺やお前も、こいつを貼ろうとしたわけだろう?
 お前は貼ろうと持って帰って、俺も車に乗っけてて…。今はそういう時代なんだが…。



 前の俺たちはどうだった、とハーレイに投げ掛けられた問い。鳶色の瞳で真っ直ぐ見詰めて。
「…どうなんだ? このハナちゃんじゃなくて、前の俺たち」
 ずっと昔の、前の俺たちが生きた時代は…?
「え…?」
 前のぼくたちって…。それにハナちゃんって…?
「そのままの話だ。ミュウだ、ミュウ」
 ハナちゃんは、こうして捜して貰える。張り紙を見た人たちが捜して、張り紙を自分の家にまで貼って。…この子を助けてやらなければ、と。
 だが、前の俺たちが生きてた時代のミュウってヤツは、どうだったんだ?
 いなくなっても誰か捜してくれたのか、という質問。
 成人検査で発覚したミュウの場合はともかく、もっと幼かったミュウの子供たち。
 目覚めの日を迎えた子供が姿を消すのは当たり前だし、誰も変には思わない。それが普通のことなのだから。
 けれど、幼い子供は違う。ミュウだと知れて姿を消したら、町から一人子供が消える。昨日まで確かに家にいたのに、突然に。
 まるでハナちゃんが消えたみたいに。…何処へ行ったか、飼い主が捜し回っているハナちゃん。
 猫のハナちゃんは、今この瞬間も、町中の人が捜しているけれど。張り紙も増えてゆくけれど。
 消えたのが前の自分が生きた時代の、幼いミュウの子供だったら…。
「…誰も捜さないね…。ミュウの子供なんか」
 ユニバーサルに処分されちゃっていても。…二度と姿を見せなくても。
「捜すどころか、消えた理由をデッチ上げられて終わりだったぞ」
 俺たちが助けてシャングリラに迎え入れてた子供も、処分されてしまった子供たちも。
 もっともらしい理由を作って、消えちまったことを変に思うヤツが出て来ないように隠蔽工作。
 みんな、そいつで納得するから、誰一人捜しやしなかったってな。
「そうだっけね…」
 ご近所の人も、学校とかで一緒だった子も、誰も捜しはしなかったよ。
 存在ごと消されてしまったんだし、捜す理由が無いもんね…。



 そういう時代だったのだ、と蘇って来た遠い遠い記憶。前の自分が知っていたこと。
 白いシャングリラで立派に育った、シドも、ヤエも、リオもそうだった。人類の社会から消えてしまった子供。ミュウだと判断された途端に。
 ユニバーサルはミュウを端から処分するけれど、その前に救うのがシャングリラ。白い鯨だったミュウの箱舟。…危うい所で救い出したり、もっと早めに船に迎えたり。
 そうやって姿を消した子供は、人類が暮らす育英都市では、病死だったり、事故死だったり。
 死んだ子供は、もう捜しては貰えない。何処にも存在しないのだから。
 「うちの子供は何処かおかしい」と通報したのが養父母だったら、彼らは疑問も抱きはしない。子供が突然消えてしまっても、「死にました」という知らせを受け取っても。
 周りの者にも「突然のことで…」と説明するだけ、ユニバーサルからの通知そのままに。
 逆に養父母が消えた子供を愛していた場合は、諦めさせられていた時代。
 ユニバーサルから来た職員の、「お子さんは行方不明になりました」という一言で。
 もう戻らない、と告げられた上に、子供の行方を尋ねられたら「死んだ」と説明するように、と言い含められた。
 その養父母が泣いていたって。戻らない子供の名前を何度も繰り返したって。
 「これが社会の仕組みですから」と言われた時代。
 消えた子供を諦めるのなら、新しい子供を育てられるように手配するから、と。
 それを聞いたら、もう本当に諦めるしかない。消えた子供は戻らないから、新しい子を、と。
 次の子供を愛してゆこうと、今度こそ立派に育て上げようと。



 存在そのものを消された子たち。ミュウに生まれたというだけで。
 処分された子も、白いシャングリラで成長した子も、表向きは皆、病死や事故死。死んだ子供は何処にもいないし、誰も捜そうとは試みない。死んだ者は戻って来ないのだから。
 「…思い出したか?」とハーレイに瞳を覗き込まれた。「そういう時代だっただろうが」と。
「ある日突然いなくなっても、誰も捜しちゃくれなかったんだ」
 前の俺たちが生きた時代に、ミュウに生まれた子供たちは。…殺されていても、逃げ延びても。
 今じゃ、迷子の子猫でも捜して貰えるのに…。
 このハナちゃんって猫の名前は初めて聞いた、って人までが捜して、張り紙を家に貼るのにな。
「…みんな、存在ごと消されちゃったね…」
 そんな子供は何処にもいません、って。…死んじゃったから、もういないんです、って。
 死んでしまった子供は捜せないしね、本当に何処にもいないんだから。
「それで納得出来ない親だと、次の子供を用意するからと説得されてな」
 どういう子供を育てたいですか、と訊かれちまったら、そっちに心が傾くし…。
 いなくなった子供にこだわるよりかは、条件のいい新しい子供を育てたい気持ちになるもんだ。
 普通だったら「この子供です」と一方的に渡される所を、少し譲って貰えるんだから。
 髪の色とか、瞳の色とか、その辺を好きに選べるだとかな。
 「いなくなった子供に似ている子がいい」という希望も、きっと通っただろう。
 それで大人しくしてくれるんなら、いそいそと用意したろうな。その条件に合った子供を。



 だから親たちも諦めたんだ、とハーレイが眉間に寄せた皺。「酷い時代だった」と。
「…今の時代は、猫が消えても大騒ぎなのに…」
 飼い主は必死に捜し回って、知らない人たちだって協力するんだ。見付け出そうと。
 なのに、人間の子供が消えても、誰も捜さなかっただなんて…。消えてしまった子供を愛してた筈の、優しい養父母たちでもな。
「…捜した親って、いなかったのかな?」
 急に子供が消えちゃうんだよ、元気に学校とかへ送り出したのに。…朝には元気だったのに。
 死んじゃいました、って言われたって、それで納得出来る?
 行方不明になっちゃったなんて、余計に諦め切れないよ。何処へ行ったか、気になるじゃない。
 捜しに行く人、いそうだけれど…。
 死んだんだったら死に顔を見たいし、行方不明なら、誰か手掛かりを知ってる人は、って。
「俺たちは知らんぞ、そんなケースは」
 前のお前も、俺だって知らん。…一つも耳にしていない。
 自分の子供を通報した酷い養父母だったら、嫌というほど知っているがな。
「そうなんだけど…。前のぼくたちは知らないけれど…」
 アルテメシアでは見ていないけれど、他の何処かの育英都市で。
 前のぼくたちが見ていない場所で、処分されちゃった子を捜し回った人がいたかも…。
 シャングリラがいなかった星の子供は、殺されちゃうか、研究施設に送られちゃうか。
 どっちにしたって、二度と戻って来ないけれども、その子を捜し回った人たち…。
「さてなあ…。そいつはどうなんだろうな」
 あの時代は機械が支配してたし、完璧な管理社会というヤツだから…。
 何処も似たようなモンだと思うぞ、アルテメシアじゃない星でもな。



 消えた子供を捜そうとする親は何処にもいなかったろう、というのがハーレイの意見だけれど。
 そうだったろう、と今の自分も思うけれども、ふと引っ掛かった養父母の顔。
 偶然にも、ミュウの子供を二人続けて育てた人たち。前の自分は一人目までしか見ずに終わってしまったけれども、彼らの顔はよく覚えている。…そう、今でも。
「消えちゃった子供…。ジョミーのお母さんたちなら、捜したかもね」
 ジョミーは成人検査の後に消えたから、変だと思わなかっただけ。無事に成人検査をパスして、何処かの教育ステーションに行ったと信じていただろうから。
 …だけどジョミーが、もっと早くに消えてたら…?
 ユニバーサルがミュウだと判断しちゃって、学校の帰りに消えちゃったとか…。前のぼくたちに救出されて、シャングリラに連れて行かれてしまって。
 そうなっていたら、捜さない…?
 行方不明になりました、って言われたんなら、アルテメシア中を。エネルゲイアにも出掛けて、こういう子供を見ませんでしたか、ってチラシを沢山配って回って。
 死んだんだ、って説明されたら、「顔を見させて」って言いそうだよ。会わせて欲しいって。
 最後のお別れを言いたいから、って…。ジョミーが好きだった服も着せたい、って。
 …きっと絶対、諦めたりしない。ジョミーを育てたお母さんたちなら、ジョミーのことを。
「その可能性は有り得るなあ…」
 成人検査の前の日だって、ジョミーを大事にした人たちだ。
 あれが普通の養父母だったら、自分たちの方を心配するんだが…。目覚めの日の直前に、とんだ騒ぎに巻き込まれた、とな。このせいで自分たちの評価が下がらなければいいんだが、と。
 しかし、ジョミーの養父母は違った。ジョミーばかりを心配していた。
 …それに、二人目の子供の時は…。
 レティシアの時は、コルディッツにまで行っちまった。子供を離してたまるものか、と。
「でしょ…?」
 とても優しい人たちだったよ、ジョミーを育てた人たちは。
 コルディッツの時は、前のぼくはもう、とっくに死んでいたんだけれど…。



 優しかったジョミーの養父母たち。二人目の子のレティシアと共に、コルディッツにまで行った勇敢な夫婦。ミュウの強制収容所などに行けば命が危ういのに。
 けれど、二人は逃げ出さなかった。ジョミーを守れなかった分まで、守ろうとした彼らの子供。
「…あの人たちなら、捜していたと思わない?」
 もしもジョミーが消えちゃっていたら。…目覚めの日よりも前に消えたら。
 ユニバーサルが何と説明したって、絶対に諦めてしまわないで。…ジョミーは何処、って。
 その内に記憶を処理されてしまいそうだけれども、そうなるまでは、必死になって。
「やっていたかもしれないな…。あの二人なら」
 お前が言う通りに諦めないで、チラシを配って、手掛かりは無いかと懸命に二人で捜し回って。
 そうしただろう、という気がしないでもない。…ジョミーが消えていたならな。
 だとすると…。そういう時代がもう、来てたってことだ。
「…時代って?」
 どういう時代が来てたって言うの、ジョミーのお母さんたちが諦めずに捜していたのなら…?
「SD体制の時代の終焉ってヤツだ」
 機械がコントロールし切れない時代。…管理社会の限界だな。
 それまでだったら、「消えた子供は諦めなさい」で済んでいたのが、もう無理だった。
 血縁関係の無い子供でさえも、ジョミーのお母さんたちは守ろうとして戦ったんだ。自分たちが行けば守ってやれる、と一緒にコルディッツに行ったくらいに。
 機械はそういう教育なんかは、全くしていない筈なんだがな…?
 どちらかと言えば、ユニバーサルが何を言おうが、頭から信じるような教育。そいつをせっせと施した筈で、ジョミーの親たちもその教育を受けたのに…。
 習ったことより、人間としての感情の方が遥かに強かったんだ。子供を守らなくては、と。
 強い愛情を持っていたわけで、それは教わるものじゃない。…自分で身につけていくものだ。
 そうやって育んだ子供への愛が、機械を否定したんだな。もう従ってはいられない、と。



 ミュウも進化の必然だったが…、とハーレイは腕を組んで続けた。
 機械が支配していた時代は終わろうとしていたのだろう、と。ミュウはもちろん、人類の方でもシステムに疑問を感じる時代。「これはおかしい」と考える時代。
 だからジョミーの養父母のような人間が現れた。機械に逆らい、子供を守ろうとした人間が。
「…たとえキースの野郎が出て来なくても、SD体制は自滅したんだろう。…遠くない未来に」
 既にあちこち綻び始めて、子供が消えたら捜しそうな親がいたんだから。
 機械はそうしろと教えなかったのに、自分たちの意志で判断して。…収容所にまで行くほどに。
 放っておいても、あのシステムは滅びただろうな、内側から壊れ始めていって。
 人類のためのシステムの筈が、その人類たちに背を向けられて。
「そっか…。そうだったかもね…」
 人類が疑い始めていたなら、システムの終わりは近いよね。誰も従わなくなったなら。
 いくら機械が叫んでいたって、命令を聞く人がいなくなったら駄目だもの。
 「うるさい機械だ」ってメンテナンスを放棄されちゃったら、機械は壊れてゆくだけだしね…。
 グランド・マザーも、マザー・ネットワークも、何もかも全部。パーツが古くなっても誰も交換しないし、交換用のパーツも作って貰えないから。
 …前のぼくたち、ちょっぴり急ぎ過ぎたかな?
 のんびり、ゆっくり旅をしていたら、戦わなくてもミュウと人類は和解したかな…?
 ジョミーのお母さんたちみたいな人ばかりが暮らす時代が来たら。
 子供が消えたら頑張って捜す、そんな人間ばかりになったら…。
「多分な。…その時代は遠くなかった筈だ」
 いずれ人類は機械を捨てて、人間らしく生き始めたんだろう。
 管理出産のシステムもやめて、俺たちがナスカでそうしたように、自然出産の時代に戻って。
 そうやってSD体制が終わっちまえば、人類もミュウも、ちょっと種類が違うってだけだ。同じ人間には違いないから、手を取り合うことになっただろうが…。



 だが…、と真剣なハーレイの瞳。「それを待ってはいられなかった」と。
「前の俺たちは急ぎ過ぎちゃいない。…そういう風にも思えるがな」
 慌てずにゆっくり構えていたって、ミュウの時代は来ただろう。…今に繋がるミュウの時代が。
 しかし、そいつを待っていたんじゃ駄目だった。
 それまでに無駄に流される血が多すぎる。機械が統治している限りは、ミュウは端から殺されてゆくだけなんだから。…シャングリラが救えるミュウの命は、ほんの一部に過ぎないってな。
 だから、急ぎ過ぎたようでも、あれで良かった。
 前の俺はお前を失くしちまったが、それだけの価値はあったんだ。…前のお前が選んだ道。
 メギドを沈めてシャングリラを守った他にも、きっと大勢の仲間の命を救った。前のお前は。
 あそこでお前が守らなかったら、シャングリラは沈んで、それっきりだ。
 SD体制が自滅してゆくまで、ミュウは殺され続けただろう。シャングリラが地球まで行けずに沈んでいたなら、何万というミュウが死んだと思うぞ。
「…そうなのかな?」
 もっと早くに終わりそうな気もするけれど…。SD体制と機械の時代。
 綻び始めていたんだったら、ミュウが殺される時代の終わりも、そんなに遠くは…。
「それじゃ駄目だと言っただろうが」
 前のお前は正しかった。そうに決まっているだろう。
 急ぎ過ぎたなんてことはないんだ、あの道が正しかったんだ。
 沢山の血が流れたようでも、それが最短距離だった。もっと多くの血が流れるより、あれだけの血で全てを終わらせちまうのが一番だ。
 機械を止めて、SD体制そのものを壊しちまってな…。



 無駄な血は決して流されちゃいかん、とハーレイは強く言い切った。
 平和は早く来るに限る、と。「青い地球だって、こうして蘇ったじゃないか」と。
「あの戦いが無かったとしたら、もっと時間がかかっていたぞ」
 SD体制が終わるまでには、もっとかかった。…ミュウも大勢殺されただろう。機械はミュウを認めないから、殺されるしか道は無いってな。SD体制が終わる時まで。
 人類たちが「何かが変だ」と気付かない限り、ミュウは殺されるし、和解も出来ん。SD体制も終わりやしない。…それはお前も知ってる筈だ。前のお前が、誰よりもずっと。
 実際の歴史よりも長い時間が必要だったことは確かだな。自然に崩壊するのを待つなら。
 それに、ミュウと人類の和解もそうだが、地球が見事に再生したこと。
 こいつは荒療治が欠かせないしな、のんびりゆっくり和解してたら、青い地球は自分たちの手で作ってゆくしかないんだぞ?
 なかなか効果が出ないもんだ、と試行錯誤の繰り返しで。あれこれと研究を重ね続けて。
 其処をすっ飛ばして、古い地球をすっかり焼き尽くした後に、今の青い地球があるんだろうが。
 お蔭で、こういう迷子の子猫を捜す張り紙もある、というわけだ。
 行方不明になっちまった猫を知りませんか、と貼ってある場所、地球の上だろ。
「そうだ、ハナちゃん…!」
 見付かったのかな、この張り紙で…?
 誰かが見付けて連れてったかなあ、ハナちゃんの家へ。…でなきゃ、連絡してるとか。
 ハナちゃんを家で預かってるから、車で迎えに来てあげて下さい、って。
「どうだかなあ…?」
 そっちの方は俺にも分からん。子猫ってヤツは気まぐれだしなあ…。
 張り紙を見ていない誰かの家でだ、その家の猫と一緒に遊んでいるってことも充分にあるぞ。
 子猫を産んだお母さん猫に出会っちまって、他の子猫と一緒に遊んで、食事も一緒。
 そうなっていたら、張り紙を見て貰えるのは、いつになるやら…。
 まあ、明日には気付くんだろうがな。張り紙は増える一方なんだし、何処かで見かけて。
 「この猫だったら、うちにいる子だ」と、大慌てで家に戻って行って。
 そうなれば後は早いもんだぞ、送って行くにしても、迎えを頼むにしても。
 連絡さえつけば万事解決、ハナちゃんは家に帰れるってな。



 心配要らん、とハーレイが言う通り、きっと明日には見付かるだろう。
 行方不明になったハナちゃん。縞模様の三毛の小さな子猫を、町中が捜しているのだから。家の表にチラシを貼ったり、あちこちを覗き込んだりして。
 明日、学校から帰る頃には、あのバス停に…。
「ありがとう、って張り紙、きっとあるよね」
 ハナちゃんは無事に見付かりました、っていう張り紙。…ハナちゃんの元気な写真付きで。
「今頃はもう、貼ってあるかもしれないぞ」
 でなきゃ、作っている真っ最中とか。何枚も撮った写真の中から一枚選んで、そいつを使って。
 ハナちゃんはグッスリ寝ているかもなあ、「やっと家まで帰って来られた」と。
 車の後ろに乗っけてたらしい籠に入って、冒険していた間の夢を見ながら。
「そうかもね…!」
 大冒険だものね、一晩も他所にいたんなら…。
 何処かの家で大事に飼われていたって、自分の家じゃないんだし…。
 冒険の夢を見てるといいよね、ちゃんと大好きな家に帰って。
 美味しい御飯を沢山貰って、お腹一杯で、幸せ一杯…。



 そうだといいな、とハーレイと眺めたハナちゃんの写真。迷子捜しを頼む張り紙。
(…ハナちゃん、きっと見付けて貰って帰っているよね…)
 張り紙のお蔭で、何処かの誰かに。車から降りてしまった場所の近くで、「この猫だ」と。
 御主人の家まで送り届けて貰っただろうか、それとも迎えに来て貰ったのか。
(…どっちの方でも、ハナちゃんは家に帰れるものね)
 今の時代は、迷子の子猫もきちんと捜して貰える時代。町中の人が捜すハナちゃん。
 遠い昔のミュウの子供たちのように、存在を消されはしない時代。とても小さな子猫でも。
 だからハナちゃんも、きっと自分の家に帰れる。
 今は平和な時代だから。行方不明のままにされたりはしないから。
(…ホントに平和で、幸せな時代…)
 此処に来られて良かったと思う、青く蘇った地球の上に。
 誰もが優しい、今の時代に。
 またハーレイと巡り会って二人、此処で幸せに生きてゆく。
 迷子の子猫を懸命に捜す人たちが暮らす、温かな今の時代の地球で…。




            迷子の子猫・了


※今の時代は迷子の子猫を、町中が捜してくれるのですけど、SD体制の頃は違ったのです。
 人間の子供が消えても、誰も捜さなかった時代。ジョミーの両親なら、捜したのでしょうね。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv








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