シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(最古のペット…)
ふうん、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
ペットは色々いるのだけれども、どの動物が一番昔から人間の側にいるか、という内容の記事。人間が地球しか知らなかった頃から、一緒に暮らしていた動物。
(猫と犬…)
よく知られたのは、その二つ。絵や彫刻が見付かっていたのも猫と犬。今の時代も人気は高い。
ペットとしての歴史の中では、猫に軍配が上がるという。愛玩動物だったから。ネズミの駆除もしたのだけれども、人間に可愛がられた動物。餌を貰って、家の中で人間と一緒に暮らして。
犬は実用的な動物、元々は狩りのパートナー。獲物を追うのに便利だったし、家の番だってしてくれる。夜の間に恐ろしい動物がやって来たなら、激しく吠えて。人間に危険を知らせてくれて。
猫か犬かのどちらかだろう、と思われがちな最古のペット。
けれど…。
(ホラアナグマ…)
石器時代の洞窟の中から、飼育跡が見付かったのがホラアナグマ。猫や犬よりずっと昔で、まだ人間が文字さえも持っていなかった頃に飼った動物。
ただし、ホラアナグマは大きな動物だった。アナグマと違って、体長は三メートル近い。とうに絶滅していたらしくて、温厚だったか獰猛だったか、それは分からないそうだけれども。
あまりにも大きいホラアナグマ。猫や犬とは比較にならない。
だから飼育した跡があっても、ペットかどうかは分からなかった。牛や豚のように、食べようとして飼っていた可能性だって高いのだから。子供の頃から育てておいたら、沢山の肉が手に入る。
(結論は…)
出ないままに地球が滅びておしまい。
様々な研究をしに出掛けようにも、とても調査は出来なかった地球。
大気は汚染され始めていたし、古い遺跡を調べたくても、調査には危険が伴ったから。
そうやって地球は滅びてしまって、次にやって来た機械の時代。SD体制が敷かれた時代は…。
(管理社会…)
出産さえも機械がコントロールしていたほどだし、ある意味、人間が機械のペット。
機械が統治しやすいようにと多様な文化も消してしまって、記憶処理だって当たり前。何もかも機械の都合で決められ、人間はそれに従っただけ。機械が命令するままに生きて。
(ホントに機械のペットだよ…)
一般社会で暮らす者たちも、軍人たちも。猫や犬とまるで変わらない。
ネズミを駆除して生きる代わりに社会を守るか、猟犬や番犬がそうだったように、機械に反旗を翻す者を狩ったりすることを仕事にするか。…人間の姿をしていただけの猫や犬たち。
SD体制の時代の人間たちは、そういう位置付け。彼らが気付いていなかっただけで。
けれど機械は知っていたから、ペットの研究をされては困る。最古のペットでも、可愛がられる愛玩動物の方のペットでも。
深く研究されてしまったら、人間も実はペットなのだと気付かれるから。
何かのはずみで「我々もそうだ」と見破られたら、綻びが生じるSD体制。最初はほんの小さな切っ掛け、其処から穴が広がってゆく。蟻の穴から堤が崩れてゆくように。
(それで研究されないまま…)
機械が良しとしない研究、そんなものを手掛ける学者はいない。教える学校もあるわけがない。
ペットはペットで可愛がるだけ、深く考えたりせずに。猫でも犬でも、他の動物でも。
そういう風に機械が仕向けていたから、途絶えてしまったペットの歴史を探る研究。技術は進歩していたのに。有毒な地球の大気の中でも、その気になったら発掘は可能だったのに。
誰も研究しなかったせいで、最古のペットは分からないまま、地球は激しく燃え上がった。SD体制の崩壊と共に、地震と火山の噴火が起こって。
遺跡も当然失われたから、もう不可能になった研究。何も残っていないのでは。
分からなくなった最古のペット。猫だったのか犬か、それともホラアナグマだったのか。
誰も答えを出せはしないし、研究だってもう出来ない。手掛かりは何処にも無いのだから。
でも…。
(ナキネズミ?)
思いがけない動物の名前が一番最後に載っていた。前の自分が馴染んだ動物、白いシャングリラではお馴染みだったナキネズミ。あの船の中でミュウが開発した動物。リスとネズミから。
どうして名前が出て来るのだろう、と記事を読んだら、載せる理由は確かにあった。
人類はともかく、ミュウの時代の最古のペットは、ナキネズミだと書かれた記事。今では人間は誰もがミュウだし、最古のペットではあるだろう。ミュウという種族が飼っていたペット。
今は滅びた動物だけれど、遠く遥かな時の彼方で白いシャングリラで生きたナキネズミ。
初代のミュウたちを乗せていた船で、ミュウの歴史の始まりの船で。
そんなわけだから、ナキネズミだって最古のペットという扱いになるらしい。今の時代では。
確かにあれが最初だったと、ミュウが飼い始めた一番古いペットだった、と。
(うーん…)
間違ってはいないと思う、と戻った二階の自分の部屋。おやつを食べ終えて、新聞を閉じて。
ナキネズミもペットだと言われてみれば、そうなのだろう。白いシャングリラに猫や犬などは、本物のペットはいなかったけれど。
自給自足で生きてゆく船に、本物のペットを飼う余裕などは無かったから。
船にネズミは出ないのだから、駆除するための猫は要らない。猟犬も番犬も、出番など無い。
不要な生き物は乗せなかった船がシャングリラ。生き物を飼うには、様々な物が必要だから。
(幸せの青い鳥だって…)
たった一羽の小鳥でさえも、飼えなかったのがシャングリラだった。誰も許しはしなかった。
それがソルジャーの望みでも。前の自分の夢の小鳥で、地球への憧れを託す青い鳥でも。幸せを運ぶ鳥だというから、欲しかったのに。地球の青色を纏った鳥が。
(鳥など何の役にも立たんわ、って…)
ゼルにバッサリと切り捨てられた青い鳥。
同じ理屈で、蝶さえも飛んでいなかった船。花が咲いてもミツバチだけ。空を飛ぶのもミツバチだけで、鳥の影すらも無かった船。
青い小鳥を飼えなかったから、せめてと選んだ青い毛皮のナキネズミ。
何種類かの毛皮のナキネズミたちがいたのだけれども、「この血統を育ててゆこう」と青いのに決めた。前の自分が。
青い小鳥は飼えないのだから、青い毛皮のナキネズミで我慢しておこう、と。
そうやって生まれたナキネズミ。青い毛皮を持った血統のだけを繁殖させて。
彼らは船の中を自由に歩いて、ミュウの仲間たちと思念で会話をしていたけれど。
(ナキネズミだって…)
愛玩動物の方ではなくて、実用的なペットだろう。犬と同じで、仲間たちの役に立つペット。
あれを開発した目的からして、そうだったから。思念波を上手く扱えない子供たちの思念を中継するよう、パートナーになって生きるようにと。
ナキネズミは可愛らしかったけれど、撫でたりするためにいたのではない。思念波の中継をするために作り出されて、船で飼われていた動物。愛玩用ではなかったのだ、と考えたけれど。
誰もナキネズミを愛玩用に飼ってはいなかったよね、と遠く遥かな時の彼方を思ったけれど…。
(違ったっけ…!)
そうじゃなかった、と蘇って来た前の自分の記憶。シャングリラにいたナキネズミ。
さっきの新聞にあった記事では、ミュウの最古のペットの動物。初代のミュウたちが飼っていたペット。愛玩動物ではなかったけれども、愛玩用のナキネズミもいた。
ほんの初期だけ、ナキネズミという動物が生まれて間もない頃だけ。
(試作品ってわけじゃないけれど…)
色々な色や模様の毛皮を持って生まれたナキネズミたち。交配していた血統によって、真っ白な毛皮や、黒や、ブチやら。
飼育室のケージには何種類もいて、どれも性質は全く同じ。毛皮の色が違っただけ。前の自分が「これにしよう」と選んだ青い毛皮のとは。
青い毛皮を持っていなかったナキネズミたちは、「青いのを育てる」と決まった時点で、飼育室から出ることになった。其処にいたって、意味が無いから。開発は終わったのだから。
何匹もいた、青い毛皮の血統以外のナキネズミ。
彼らは愛玩動物になった。思念波で会話が出来るペットで、希望者が部屋で飼える生き物。
「飼いたい」と名乗りを上げたなら。「一匹欲しい」と声を上げたら。
もう開発は終わったから、と飼育室から出されたナキネズミたち。白や茶色や、黒やブチやら、個性豊かな毛皮を纏っていた彼ら。
どのナキネズミも、希望者が端から引き取って行ったのだけれど…。
(凄い人気で…)
希望者がとても多かった。なんと言っても、ペットを飼うことが出来るのだから。
おまけに、毛皮の色こそ様々だけれど、思念波で会話が出来る動物。猫や犬とは全く違って。
きちんと世話さえしてやったならば、一緒に暮らせる小さな友達。まるで人間の友達みたいに、色々な話が出来る友達。…少し言葉がたどたどしくても。人間とは姿が違っていても。
ナキネズミがどういう動物なのかは、とうに誰もが知っていた。開発中だった段階で。
それを一匹貰えるのだから、大勢の仲間が「欲しい」と名乗り出たナキネズミ。配れる数より、遥かに多い人数が。ナキネズミの数を軽く上回るほどの仲間たちが。
(…あれって、クジ引きだったっけ…?)
誰がナキネズミを貰うことにするか、決めるクジ引き。希望者たちは全員、クジを引く。それに当たれば一匹貰えて、ペットが飼えるという仕組み。
(白とか、茶色とかだって…)
最初からクジに書いておいたら、恨みっこなし。どのナキネズミが当たっても。
クジ引きと言えば、薔薇の花びらから作られたジャムもクジ引きだった。少しだけしか作れないジャム、全員にはとても行き渡らない。いつもクジ引き、ブリッジの仲間も引いていたクジ。
ナキネズミが当たるクジ引きの方が、薔薇のジャムより先だったことは間違いないけれど。
(…シャングリラで何かを決めるんだものね?)
投票で決めたわけでないなら、クジ引きをする方だろう。ナキネズミが欲しい仲間はクジ引き。
そうだった筈、と思うけれども…。
(ナキネズミ希望の仲間のクジ引き…)
きっと賑やかだっただろうに、そのクジ引きが記憶に無い。
クジ引き会場の光景はもちろん、いつやったのかも、まるで全く。…ほんの小さな欠片さえも。
当たったと喜ぶ仲間たちの顔も、貰ったナキネズミを抱いて帰ってゆく姿も。
(でも、ナキネズミ…)
青い毛皮のナキネズミ以外は、仲間たちのペットになった筈。
飼っていた仲間は確かにいた。白や茶色や、ブチの毛皮のナキネズミたちを。
公園で遊ばせている姿をよく見掛けたし、肩に乗っけていた仲間だって。ずっと後にジョミーがそうしたように。「仲良しなんだ」と一目で分かる微笑ましさ。
けれど、そうなる前の過程がスッポリ抜け落ちてしまった記憶。あのナキネズミたちの配り方。希望者たちでクジを引いたか、それとも他の方法だったか。
(ナキネズミ、どうやって配ったの?)
大人数だった希望者たちは、様々な毛皮のナキネズミたちをどんな方法で分けたのだろう。皆で公平にクジ引きしたのか、もっといい方法があったのか。
いくら考えても思い出せない。ナキネズミを分けた方法が。それをしていた会場さえも。
ホントに忘れてしまったみたい、と遠い記憶を探っている間に、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、訊いてみようと考えた。
前のハーレイはキャプテンなのだし、船のことには詳しい筈。ナキネズミを配った方法だって、きっと覚えているだろうから。
まずナキネズミの話をしないと…、と持ち出した最古のペットの話題。
「あのね、ハーレイ…。一番古いペットは何か知ってる?」
人間が最初に飼い始めたペット。…今はペットも色々いるけど。
「猫だろ、でなきゃ犬だよな。どっちも長い歴史があったと聞いてるし…」
他にも「これじゃないか」と名前が挙がった動物はいたが、結局、結論は出なかった。
研究が進んで答えが出るよりも前に、地球が滅びてしまったからな。
「そうなんだけど…。ハーレイが言ってる通りだけれど…」
今日の新聞で読んだんだけどね、ナキネズミが一緒に載ってたよ。あれも最古のペットだって。
「はあ? ナキネズミが最古のペットって…」
どうすりゃそういうことになるんだ、あれは新しい生き物だぞ?
前の俺たちの船でリスとネズミから作ったわけで…。
最新のペットだと言うなら分かるが、最古のペットと言われてもなあ…。
「ぼくもビックリしたけれど…。でも、本当に最古のペットだったよ」
人間のペットとしては新しいけど、ミュウが飼い始めた最初のペット。だから一番古いんだよ。
ミュウにとっては最古のペットで、それまではミュウがいないんだから。
「なるほどなあ…。一番最初のミュウが飼ってりゃ、そうなるな」
あのナキネズミが最古のペットか、面白い話もあるもんだ。だが、違いないな、その説で。
ミュウの最古のペットとなったら、ナキネズミということになるよな…。
新しく作った動物でもな、と愉快そうに笑っているハーレイ。「あれが最古か」と。
ナキネズミの記憶は充分に戻って来ただろうから、「それでね…」と疑問をぶつけてみた。
「あのナキネズミ、どうやって配ったんだっけ?」
「…配る?」
なんのことだ、とハーレイは怪訝そうな顔。「あれは配っていたんじゃないが」と。
思念波の扱いが下手な子供たちのパートナーとして、一匹ずつ渡す仕組みだったぞ、と。
「それは青い毛皮のナキネズミでしょ?」
ジョミーに渡したレインと同じで、そのために育てていたナキネズミ。
あれに決まる前に、色々なのがいたじゃない。…試作品って言っていいかは分かんないけど…。白や茶色や、ブチの毛皮のナキネズミたち。
青い毛皮の血統を育てると決まった後には、あのナキネズミたちを配った筈だよ。
欲しい仲間にあげようとしたら、希望者の方が多くって…。分けてあげられるナキネズミより。
ナキネズミの数が足りなかったから、あれはクジ引きで分けたんだった?
毛皮の色も一緒にクジに書いておいて、当たった人が貰って行った…?
「おいおい、相手はナキネズミだぞ?」
動物とはいえ、思念波で会話が出来るんだ。薔薇のジャムとは違うってな。
きちんと個性を持ってるんだし、自分で考えたりもする。それをクジ引きで分けるだなんて…。
いくら公平でも、そいつは酷いというモンだ。…ナキネズミは物じゃないんだから。
「じゃあ、どうやったの?」
クジ引きは駄目で、物じゃないって言うのなら。
どうやって分けたの、ナキネズミの数より希望者の方がずっと多かったのに…。
「ん? 簡単なことだ、お見合いだ」
「お見合い…?」
えーっと、それってどういう意味?
お見合いって、いったい何をするわけ…?
なあに、と首を傾げた言葉。「お見合い」そのものが分からない。初めて耳にしたのだから。
今の自分は知らない言葉で、前の自分も恐らくは知らなかった筈。知っていたなら、お見合いでピンと来るだろうから。「そうやって配ったんだっけ」と。
「お見合い」と口にしたハーレイの方も、「ありゃ?」と顎に手をやって…。
「…そうか、お見合い、古典の授業じゃ出て来ないよなあ…」
もっと昔の話ならするが、お見合いの時代は話の肝ってわけじゃないしな、お見合いが。
古典ってほどだし、昔のことだ。ずっと昔の日本にあった結婚のためのシステムだな。
この人と結婚してみないか、という顔合わせが「お見合い」だったんだ。先に写真とかは貰っていたらしいがな。…どういう人かが分かるように。
しかし会うのは初めてってわけで、「この人となら、やっていけそうだ」と考えたら、そういう返事をする。両方がそう思っていたなら、結婚に向けて話が進んで行くんだな。
逆に断られてしまった時には、それっきりだ。相手に嫌だと言われちまったら駄目だろうが。
「…なんだか凄いね、恋をするかどうかを決めるために会うの?」
そのためだけに会うわけなんでしょ、一目惚れでもしない限りは大恋愛は難しそう…。
今みたいにミュウじゃない時代だから、ちょっと会っただけで本当のことは分からないのに…。
第一印象が最悪の人でも、ホントは相性ピッタリってことも、ありそうなのに。
「そりゃあるだろうな、珍しいことじゃなかっただろう」
断っちまった相手が実は最高の恋人ってケースは、きっと山ほどあっただろうさ。
それでも、俺が授業で話したみたいに、手紙の交換だけで相手が決まった時代よりかはマシだ。
ちゃんと顔を見て話が出来るし、どういう人かを自分の目で確かめられるんだから。
「それはそうだけど…。手紙の時代よりマシだけど…」
だけど、やっぱり嬉しくないよ。そのやり方だと、運命の相手に出会うの、難しそうだから…。
会えていたって、ウッカリ断っちゃいそうだから…。
恋をするには向いてないよ、と思った「お見合い」。運命の相手に一目惚れとは限らないから。
最初は派手に喧嘩をしたって、後で惹かれる恋だって多い筈だから。
お見合いが何かは分かったけれども、問題はナキネズミの配り方。ナキネズミと結婚するような仲間はいなくて、ペットを欲しがっていただけで…。
「…ハーレイ、ナキネズミのお見合いって、なに?」
ナキネズミと結婚するんじゃないのに、お見合いをしてどうするの?
お見合いの意味が無さそうだけれど、あのナキネズミたち、そうやって配っていたんだよね…?
「そのままの意味だ、文字通りにお見合いというヤツだ」
お互いの相性を確かめるってな、その人間とナキネズミが仲良く暮らしていけるかどうか。
簡単なことだろ、ナキネズミは喋れるんだから。…思念波を使えば、誰とでもな。
希望者は順に、ナキネズミたちと面会なんだ。毛皮の色にこだわらないなら、全部とでもな。
そして選ぶのは人間ではなくて、ナキネズミたちの方だったんだぞ、と言われてみれば…。
「思い出した…!」
ホントにお見合いだったっけ…。毛皮の色にこだわった仲間も、そうでない人も。
ナキネズミが中で待っている部屋に入るんだっけね、ちょっぴり緊張している顔で…。
お見合いという言葉が相応しかった、ペットのナキネズミの配り方。一緒に暮らす相手を選んでいたのは、実はナキネズミの方だった。数が少なくて、希望者の方が多かったから。
お見合い用の部屋で待つナキネズミが一匹、其処へ一人ずつ入って行った仲間たち。
部屋の中では記録係も待っていた。ナキネズミの飼育を担当していた仲間で、彼らが点数を記録する。お見合いを終えた仲間が出て行った後で、その仲間につけられた点数を。
ナキネズミが決めていた点数。入って来た仲間と思念で話して、今の人間はこの点数、と。
「誰がナキネズミをペットに貰うか、あの点数で決まったんだっけ…?」
一番点数が高かった人が、ナキネズミを貰えたんだっけ…?
「いや。…それだと本物のお見合いと同じで、失敗しちまうこともあるだろ?」
さっき、お前も言っただろうが。第一印象が最悪のヤツが、相性ピッタリってこともあるしな。
ナキネズミのお見合いだって同じだ、一度だけで決めてしまうよりかは、ゆっくりと…。
時間はたっぷりあったわけだし、点数の高いヤツらを集めて、お試し期間だ。
ナキネズミは順番に泊まり歩いていたのさ、候補になった仲間たちの部屋を幾つもな。
何回も回って決めるヤツもいれば、一回目で決めたナキネズミもいた。
この人間が気に入ったから、一緒に暮らしてゆくんだとな。
「そうだっけね…」
一生、人間と暮らしてゆくんだものね。相性のいい人が、断然いいに決まっているし…。
みんないい人ばかりの船でも、性格とか好みは色々だから…。
「うむ。俺とゼルだと全く違うし、ヒルマンとでも違ってくるんだし…」
ナキネズミに一人選べと言ったら、ヤツらの好みが出るんだろう。俺は断られてゼルだとか。
その辺はきちんとしてやらないとな、ナキネズミたちが幸せに生きていけるように。
交配のリストから外れたヤツらで、カップルも作れないんだから。
青い毛皮のナキネズミ以外は、増やさない。白いシャングリラで決まった方針。青い毛皮を持つ血統を育ててゆこう、と前の自分が言った時から。
他の血統はもう不要なのだし、繁殖させても無駄になるだけ。餌や飼育の手間がかかるだけ。
子孫を増やす必要は無い、と教えられていたから、ナキネズミたちは素直に従った。
自分とは違う毛皮を持つ仲間同士より、人間と一緒に生きてゆく道。それを行こうと。
そうやって青い毛皮以外のナキネズミたちは、いつしか消えていったのだけれど…。
「ナキネズミ…。ちょっと可哀相だったかな…」
可哀相なことをしちゃったのかな、前のぼく…。
「何故だ?」
あいつらは充分に幸せだったぞ、自分好みの飼い主を見付けて、一緒に暮らして。
「でも…。カップルも作れないんだよ?」
子供が生まれちゃうから駄目、って教えられちゃって。
いくら幸せでも、同じナキネズミと恋も出来ずに、人間と暮らしていくだけなんて…。
「それはそうだが、ヤツらにその気があったなら…」
カップルを作ろうと思っていたなら、俺たちが止めても無駄だぞ、無駄。
恋はそういうモンだろうが。周りが止めても、どんなに障害だらけの恋でも、突っ走るってな。
「そう…なのかな?」
「分かっちゃいないな、恋ってヤツが」
ナキネズミのことだと思っているから、そういう間抜けなことを言うんだ。
お前自身で考えてみろ。
もしもお前がナキネズミだったら、どういう風になっちまうかを。
ちょっと置き換えてみるんだな、とハーレイが指差した自分の顔。「お前もだが」と。
「よく聞けよ? …前の俺がナキネズミだったとしよう。色は茶色でも何でもいいが」
そしてお前もナキネズミなんだ、俺が茶色なら、お前は白ってトコかもな。
カップルになるのは駄目だ、と教えられていたって、公園とかで俺に会ったらどうする?
白い毛皮のナキネズミのお前が、茶色い毛皮のナキネズミの俺に会っちまったら。
「決まってるじゃない、恋をするよ…!」
会った途端に大好きになるし、ハーレイで胸が一杯になるよ。人間じゃなくてナキネズミでも。
「ほらな、俺だって全く同じだ。ナキネズミのお前に一目惚れだな」
惚れちまったら、お前に会いたくなるじゃないか。
公園に行けば会えるんだろうし、飼い主に何かと理由を付けては、公園に行こうと考える。
きっとお前が来るだろうしな、何度も公園に通っていたら。
「ぼくも…!」
同じだよ、ぼくも公園に行くよ。…飼い主に頼んでハーレイに会いに。
その内に時間が分かって来るから、おんなじ時間に散歩して貰って、ハーレイとデート。
飼い主同士が話している間に、ハーレイと遊んで、お喋りをして…。
「分かったか?」
そうやって仲良くなっちまってみろ、どんどん一緒にいたくなるもんだ。
公園で会うだけじゃ物足りなくなって、もっと他にも会えるチャンスを作りたくなるぞ。
「そうなっちゃうかも…」
頑張っちゃうかも、ハーレイに会いに行きたくなって。
飼い主の人と一緒でなくても、船の中は自由に歩けるもんね…?
ナキネズミは勝手に歩いちゃ駄目、って決まりは何処にも無かったんだし…。
部屋からも好きに出られた筈で、と思い出したナキネズミの知能。ボタンを押せば扉は開く。
自分で扉を開けられるのなら、きっと部屋だって抜け出すだろう。
散歩の時間以外の時でも、ハーレイに会おうとするのだろう。
一緒に過ごして、ハーレイとカップルになりたくて。
ハーレイからもプロポーズされて、きっと幸せ一杯で…。
そうなったならば、もう言い付けには従えない。いくら決められていたことでも。
人間と一緒に生きるペットになった時点で、そうするようにと教え込まれていても。
「ぼく、ハーレイに恋をしちゃったら、決まりがあっても守れないよ…!」
カップルは駄目、って言われていたって、我慢出来っこないんだから…!
オス同士だから子供は絶対生まれないけど、でも、カップルは駄目なんだろうし…。
「駄目だろうなあ、カップル希望の他のヤツらの手前もあるから」
許して貰えそうにはなくても、俺だって、とても我慢は出来ん。…お前に恋をしちまったら。
お前もそうだろ、決まりがあっても俺とカップルになりたくなる。
だからこそ例に出したんだ。…俺たちの立場で考えてみろ、と。
これが本物のナキネズミにしても同じだ、同じ。恋をしたならカップルはいたな。
どんなに人間が禁止したって、あいつらの恋は止められん。
なまじ思念波が使えるだけに、ソルジャーに直訴するだとか…。
青の間に二匹でコッソリ入って、「どうしても結婚したいんです」と訴えるとかな。
「…そんなのが来たら、前のぼく、その恋、許してしまいそうだよ…」
まだハーレイとは恋人同士じゃなかったけれども、真剣なのは分かるもの。
ヒルマンやエラと喧嘩になっても、「許してあげて」って頼みそうだよ。
「ほら見ろ、お前が許可を出したら、めでたくカップル成立ってな」
充分に恋は出来たってわけだ、ソルジャーも味方をしてくれるんだし…。
それでもカップルがいなかったのは、ヤツらにその気が無かったというだけのことだな。
「どうしてなのかな?」
恋をしようと思っていたなら、出来たのに…。なんでカップル、いなかったのかな?
「きっと満足だったんだろう。人間と暮らしてゆくのがな」
自分で選んだパートナーの人間なんだし、最高に気の合う相手ではある。…人間なだけで。
その人間から餌を貰って、おやつも貰って、ついでに仕事は何も無いってな。
青い毛皮に生まれていたなら、子供たちのサポートをするって役目があるんだが…。
「…仕事は何もしなくて良くって、御飯とおやつを貰って暮らして…」
後は遊んでいればいいって、本当にペットそのものだね。愛玩動物の方のペットだよ、それ。
「そのようだなあ…」
最古のペットはダテじゃないなあ、ナキネズミ。…愛玩用のも立派にいたわけだな。
恋をしようと考えたならば、カップルにもなれたナキネズミ。青い毛皮を持っていなくても。
白や茶色やブチの毛皮で、自分とは全く違う毛皮の持ち主とでも。
けれども、恋をしなかった彼ら。パートナーの人間と一緒に暮らして、いつの間にやら、船から消えたナキネズミ。真っ白なのも、茶色のも。ブチも、真っ黒な毛皮のも。
それでもきっと、彼らは幸せだったのだろう。
恋をしてカップルを作らなくても、一匹の子孫も残さずに消えてしまっても。
「ねえ、ハーレイ…。あのナキネズミたち、きっと幸せだったよね?」
生きてた印は何も残らなかったけど…。
ナキネズミは青い毛皮なんだ、って誰もが思い込んじゃったけれど。
白とか茶色だったナキネズミの子供、一匹も生まれないままになっちゃったから…。
「なあに、恋をしようって方もそうだが、子孫の方にもこだわる必要は無いからな」
欲しいと思えば作っただろうし、思わなければ要らないってことだ。
ついでに、俺とお前が恋をしたって子孫は出来ん。…お前、子供は産めないんだから。
「そうだね…。ぼく、男だから、子供は無理…」
欲しいと思うことも無いけど、でも、恋人は絶対、欲しいよ。
ハーレイがいない人生だなんて、寂しすぎて考えられないもの。
「其処の所が、あのナキネズミたちとの大きな違いだな」
恋人を欲しがるという所。カップルで生きたいと思う所だ。
だが、あいつらが恋をしていたら…。前のお前が、恋を許してやっていたなら…。
「ナキネズミ、青い毛皮のだけじゃなかったね…」
仕事をしているナキネズミは青い毛皮だろうけど、そうじゃないのも何匹もいたよ。
白とかブチとか、茶色だとか。
好きに恋してカップルになって、生まれる子供も毛皮の色は色々だもの。
様々な色や模様の毛皮のナキネズミたちが住んでいる船。ナキネズミのカップルが何組も住んでいるだろう船。
白いシャングリラは、そういう船でも良かったかもしれない。前の自分は、きっとナキネズミの恋を許していただろうから。けして「駄目だ」とは言わなかったと思うから。
そうやって増えたナキネズミたちの餌が要るなら、必要な分を作らせて。
元は自分たちが開発していた生き物なのだし、冷たく見捨てはしなかっただろう。二度と子供が生まれないよう、手術をさせろと言いもしないで。
けれど、色々な毛皮のナキネズミたちは恋をしなくて、それっきり。
彼らの子孫は生まれないまま、ナキネズミは青い毛皮になった。青い毛皮の血統だけが、子孫を増やしていったから。飼育係が育てていたのは、青い毛皮のものだけだから。
「…ぼくなら絶対、ハーレイに恋をするけれど…」
ハーレイがいなくちゃ寂しくて生きていけないけれども、ナキネズミ…。
どうして恋をしなかったんだろ、ペットになってたナキネズミたちは?
人間と暮らして満足してても、何処かで恋に落ちそうなのに…。
「そいつも説明は出来るってな。俺とお前がナキネズミなら、というヤツで」
お前がナキネズミで、人間と一緒に暮らしてて…。
公園に行けば他のナキネズミにも会えるわけだが、そのナキネズミの中にだな…。
俺がいなかったら、お前はどうする?
ナキネズミは何匹もいるというのに、俺とは違うナキネズミしかいなかったとしたら…?
それでも、お前は恋をするのか?
俺は何処にもいないわけだが、お前、どうする…?
「…ハーレイがいないなら、恋はしないよ」
恋をする必要、無いんだもの。…だって、ハーレイはいないんだから。
「俺の方でもそうだってな。お前というナキネズミがいないなら、恋はしないんだ」
そしてシャングリラのナキネズミどもは、そうだったのさ。
恋をしたいと思うナキネズミが何処にもいなくて、恋はしないで終わっちまった、と。
運命の相手に出会わなかったから、恋も無しだ、と言われたから納得した理由。
白や茶色やブチのナキネズミたちが、船から消えてしまった理由。
運命の相手がいなかったのなら、恋だってきっと生まれない。カップルも、彼らの子孫たちも。
そういうことなら、前の自分も今の自分も、最高に幸せなのだろう。
ナキネズミ同士でも恋に落ちるほど、駄目だと教えられていたってカップルになるだろう二人。
ハーレイという運命の相手と出会って、二人で生まれ変わって、また巡り会えて、恋人同士。
前の自分たちの恋の続きを、これからも一緒に生きてゆくから。
青い地球の上で、いつまでも幸せに生きるのだから。
ハーレイと二人で、手を繋ぎ合って。
今度こそ決して手を離さないで、結婚して、何処までも幸せな道を…。
最古のペット・了
※ミュウの時代の最古のペットは、ナキネズミ。そして実際、ペットだったのもいたのです。
けれども、恋をしないで終わった彼ら。運命の相手がいないのだったら、恋はしませんよね。
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