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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

本物の子供

(あっ、赤ちゃん…!)
 可愛い、とブルーが見詰めた親子連れ。学校からの帰りの路線バスで。
 母親に抱かれた赤ちゃんと、幼い娘を膝に座らせた父親と。街に出掛けた帰りなのだろう。良く見える場所に座っているから、つい見てしまう赤ちゃんの姿。
 まだ小さくて、一歳にもなっていないのだろうか。ニコニコ笑顔が可愛らしい。
(トォニィみたいな髪の毛だよ…)
 お揃いの色、と眺めた赤ちゃん。フワフワの巻き毛もトォニィのよう。
 名前はトォニィなんだろうか、と考えたけれど、違った名前。あやす母親が呼んだ名前は、全く違うものだった。トォニィとは似ても似つかない名前。
 けれど、何故だか良く似合う。「あの子はそういう名前なんだ」と。
(みんなトォニィとは限らないよね…)
 あの髪の色で、巻き毛の子供は。
 中にはトォニィもいるだろうけれど、誰もが名付けてしまったら…。トォニィだらけで、きっと困ってしまうと思う。将来、幼稚園に入った時とか、学校に行った時とかに。
(先生が名簿で呼ぶなら、大丈夫だけど…)
 そうでない時、大勢の子供の群れに向かって「トォニィ」と呼んだら、みんなが振り向く。あの髪の色の子たちが、一斉に。
 それは如何にも大変そうだし、トォニィでなくて正解だろう。赤ちゃんの名前。
 本当にトォニィを思わせるけれど。…前の自分が会ったトォニィ、あの子が赤ちゃんだった頃の姿はあんな具合、と。
(今のハーレイに見せて貰ったしね?)
 赤ん坊時代のトォニィの姿。だからそっくりだと思う。本物だったトォニィに。
 可愛いよね、と赤ちゃんを見詰めて、大満足。
 トォニィが赤ん坊だった頃には出会っていないけれども、きっとああいう風なんだよ、と。
 一人っ子で姉はいなかったけれど、両親と一緒で、可愛がられて。



 見惚れてしまっていた赤ちゃん。今は失われた赤いナスカが、平和だった時代を思いながら。
 その内に着いた、自分が降りるバス停。降りようとして席を立ったら、手を振って来た女の子。父親の膝に座った、赤ちゃんの姉。そういえば、その子はこちらを見ていた。何回も。
 挨拶しなきゃ、と「バイバイ」と手を振り返したら…。
「ソルジャー・ブルー!」
 バイバイ、と笑顔が弾けた女の子。「またね」と大きく振られた手。バスから降りても、懸命に手を振っていた。伸び上がって、こちらの方を見ながら。バスが動き出して、走り去るまで。
(…ソルジャー・ブルー…?)
 ぼくが、とポカンと見送ったバス。
 トォニィに似てる、と見ていた赤ちゃんの幼い姉には、ソルジャー・ブルーに見えていた自分。チビだけれども、確かにそっくりだから。銀色の髪も赤い瞳も、髪型だって。
(…それで何度も見てたんだ…)
 自分が弟の方を見ている間に、あの子はあの子で、「あんな所にソルジャー・ブルー」と。
 まだ幼稚園くらいの女の子なのに、「見付けちゃった」と目を丸くして。
 ほんの小さな女の子でも知っていた名前。ソルジャー・ブルーと呼ばれた前の自分の顔も。
(何処から見たって、幼稚園だよ?)
 学校に行くには小さすぎると思うんだけど、と女の子の顔を思い返したけれど。
 よく考えたら、今の自分も幼稚園の頃には知っていた。
 ソルジャー・ブルーという名前を。どういう顔をしていた人かも。
 今の自分の名前は、彼に因んだ名前。アルビノの子供に生まれて来たから、両親が付けた。遠い昔のミュウの英雄、ソルジャー・ブルーの名前を貰おうと。
 けれど、自分の名前が「ブルー」でなくても、さっきの女の子くらいの年なら、もう知っていたことだろう。ソルジャー・ブルーという人のことを。



 ミュウの時代の、青い地球の礎になった偉大なソルジャー・ブルー。
 歴史の授業では必ず習うし、学校に上がる前から何処かで聞く名前。今の時代に生まれたら。
(…大英雄だしね…)
 それにしたって有名過ぎだよ、と溜息をついて帰った家。自分の方では、赤ちゃんのトォニィにすっかり夢中だったというのに、赤ちゃんの姉が見ていたものは…。
(トォニィに似てる弟じゃなくて、ぼくの方…)
 しかもソルジャー・ブルーのつもりだったなんて、と考えてしまう、おやつの時間。母がお皿に載せてくれたケーキを食べながら。
 どうして前のぼくだけが、と。赤ちゃんのトォニィがいたというのに、と。
 トォニィそっくりの弟を自慢すればいいのに、ソルジャー・ブルーの方を見ていた女の子。赤い瞳に銀色の髪で、ただ似ているというだけのことで。
(トォニィだって、英雄だよ?)
 記念墓地にはトォニィの墓碑は無いのだけれども、ミュウの英雄には違いない。ジョミーの跡を継いだソルジャーだったし、ミュウの時代の基盤を築き上げたのだから。
 そのトォニィに似ていた弟、そっちは放ってチビの自分に夢中だった幼い女の子。
(…あの子に小さなお兄ちゃんがいて、その子がジョミーそっくりでも…)
 きっと注目を浴びたのは自分。ジョミーに似ている兄よりも、やっぱりソルジャー・ブルー。
 なんとも酷い、と思うけれども、そうなるのが目に見えている。
(トォニィじゃ駄目で、ジョミーでも駄目で…)
 キースだって、駄目に違いない。ジョミーと同じに英雄だけれど、小さなキースがお兄ちゃんで一緒にいたとしたって、女の子の目が向くのは自分。ソルジャー・ブルーにそっくりだから。
(注目されるの、前のぼくばかり…)
 後の二人のソルジャーの方も、もっと有名でいいと思うのに。
 ソルジャー・ブルーと同じくらいに、ジョミーも、それにトォニィだって。
(一応、人気はあるんだけどね…)
 写真集だって出ている二人。今の時代も人気のソルジャー、ジョミーとトォニィ。
 それなのに、なんで駄目なんだろう、と頬張ったケーキ。
 前のぼくばかり目立たなくてもいいのに、と。トォニィたちにも目を向けてよ、と。



 おやつを食べ終えて、戻った二階の自分の部屋。
 勉強机に頬杖をついて、さっきからの続きを考える。前の自分だけが目立っていること。
(校長先生の挨拶、「ソルジャー・ブルーに感謝しましょう」は定番だけど…)
 下の学校でも何度も聞いたし、今、通っている学校でも。入学式とか始業式の時の、お決まりの言葉。こうして学校で学ぶことが出来るのも、ソルジャー・ブルーのお蔭だから、と。
(…ミュウの時代にならなかったら、学校どころじゃないものね…)
 ミュウは人類に処分されるか、檻に入れられて実験動物にされてしまうか。学校に通うなど夢のまた夢、生きる権利さえも無かったのが前の自分たち。
 確かに前の自分は「始まりのソルジャー」だったのだろう。初代のミュウたちを乗せていた船、それを守って生きたから。守るために命も捨てたのだから。
 そうは言っても、目立ち過ぎだと思う。…こうして記憶が戻って来たら。
 前の自分の跡を継いだジョミーはとても頑張ったのだし、もっと評価をされるべき。ジョミーがしたこと、それは本当に大きくて凄いことだったから。
(SD体制を倒して、自然出産だって…)
 ジョミーが「命を作ろう」と言わなかったら、トォニィたちは生まれていない。赤いナスカで、ミュウの大地で生まれた子たち。
 彼らは揃ってタイプ・ブルーで、あの子供たちがいなかったなら…。
 ミュウが地球まで辿り着くには、長い時間がかかっただろう。ジョミーの代で行けたかどうか、それすらも分からないくらい。
 ナスカの子たちは、誰もがソルジャー級だったから。戦いを有利に進めることが出来たから。



 その子供たちが生まれた切っ掛け、「命を作ろう」というジョミーの宣言。
 完璧な管理出産の時代に、それを実行に移したジョミー。もう一度、自然出産を、と。
(トォニィだって凄いんだよ…)
 初めての自然出産児。もうそれだけで、前の自分よりも凄いと思う。
 母親の胎内で育った子供。SD体制が始まって以来、そんな子供は何処にもいなかったのに。
 そうやって子供が生まれることさえ、人間は忘れかけていたのに。
 生まれからして凄いトォニィ、誕生自体が歴史の節目。機械の時代の終焉の兆し。
(前のぼくだと、ミュウ因子を持っていただけの子供…)
 トォニィと同じタイプ・ブルーでも、全く違う。
 機械が組み合わせた交配で生まれた、偶然と言ってもいい産物。ジョミーも同じで、人工子宮で育てられた子供。あの時代は、それが普通だったけれど。
(でも、トォニィは本物の…)
 お母さんから生まれた子供なんだよ、と考えた所で気が付いた。
 帰りのバスでも「トォニィみたい」と、赤ちゃんを眺めていたけれど。その赤ちゃんより目立つ前の自分はどうなんだろう、と思ったけれど。
(…前のぼく、ちゃんと知っていたっけ…?)
 キースが人質に取ったトォニィ、あの日、格納庫で出会った時に。
 「人質を一人、解放しよう」とキースが無造作に投げた、幼いトォニィを受け止めた時に。
 トォニィがどういう子供なのか。
 どれほどの価値を持っているのか、どうやって生まれた子供なのかを、前の自分は…。



(えーっと…?)
 遠い記憶を手繰ったけれども、まるで気付いていなかった自分。
 「子供が危ない」と守っただけ。満足に動けもしない身体で飛び出しただけ。
 トォニィを庇って床に叩き付けられて、思念波も紡げなかったほど。ナキネズミのレインの力が無ければ、ブリッジに連絡も出来なかったほどに。
 それでもトォニィを腕にしっかり抱えてはいた。「早く手当てをしなければ」と。
 トォニィは酷い怪我をしていて、仮死状態。早く手術を、と祈ったけれども、たったそれだけ。腕の中にいる幼い子供が、何者なのかは知らなかった。医療班が駆け付けて来るまで、ずっと。
(だったら、いつ…?)
 いつなのだろうか、ナスカの子たちの正体に気が付いたのは?
 医療班はトォニィと自分をメディカル・ルームに搬送しただけ、彼らから何も聞いてはいない。もちろんドクター・ノルディからも。
 何も聞かされた覚えは無いというのに…。
(フィシスに会いに行った時には…)
 もう知っていた。
 赤いナスカで、あの子供たちが生まれたことを。
 自然出産で生まれたのだと、トォニィの他にも、母の胎内から生まれた子たちがいるのだと。



 けれど、全く記憶に無い。
 フィシスに会った時には知っていた子たち、彼らに会った記憶が無い。トォニィにだって、その正体を知った後には…。
(…会っていないよ?)
 それなのに何故、前の自分は、トォニィたちのことを知っていたのだろう。誰からそれを聞いていたのか、まるで記憶に残っていない。
 どうしてだろう、と考え込んでいたら、仕事の帰りにハーレイが訪ねて来てくれた。チャイムを鳴らして、「よう」と笑顔で。
 きっとハーレイなら知っている筈、と早速、切り出したトォニィたちのこと。テーブルを挟んで向かい合わせで。
「ねえ、ハーレイ…」
「なんだ?」
「前のぼく、ナスカの子たちに会っていないよ」
 トォニィには格納庫で会ったけれども、他の子たちには。
「何を言うんだ、会っただろうが。…メギドの炎を防いだ時に」
 どの子も揃っていたじゃないか。それをジョミーに託してしまって、お前は一人きりでメギドに行っちまったんだ。
 …誰にも応援を頼みもしないで、たった一人で。
「その前だよ…!」
 まだシャングリラもナスカも無事だった頃だよ、逃げたキースが戻って来る前…。
 その時のぼくは、自然出産で生まれた子供たちのことは知っていたけど、会っていなくて…。
 SD体制始まって以来の、初めての自然出産児だなんて、とっても凄いことなのに…。
 会ってみたいと思う筈なのに、どうして会っていないんだろう?
 ぼくに話をしてくれた人は、あの子供たちに会わせようと思わなかったわけ…?
 会わせるつもりが無いんだったら、話す必要、無さそうなのに…。
「おいおい…。そんな酷いことを考える筈が無いだろう」
 本当だったら、前のお前に一番に知らせたいほどのニュースなんだぞ、トォニィのことは。
 お前が目覚めたら話したかったし、前の俺だってそのつもりで…。
 いや、待てよ…?



 そういやそうか、と翳ってしまったハーレイの顔。ほんの一瞬だったけれども。
 「結果的には、そうなっちまったのか…」と、小さな溜息を一つ零して。
「…前のお前には、報告しかしていなかったんだ。目覚めた後は」
「え?」
 目覚めた後って…。どういうこと?
「起きる前なら、話していたということさ。…眠り続けていたお前にな」
 お前の所を訪ねた時には、全部話した。カリナが身ごもった時から何度も、眠るお前の枕元で。
 ゆりかごの歌も歌ってやったろ、トォニィのための子守歌だったからな。
 …いつかお前が目覚めた時には、ゆっくり話そうと思っていた。俺がこの目で見たことを。
 もちろん、あの子供たちも紹介して。
 だが、前のお前が目覚めた時には、トォニィは重傷を負っていただろう。意識も無かった。他の子たちはナスカにいたし…。
 そんな時だったから、「実は、あの子たちは…」と報告がてら話しただけだ。
 前のお前を、ゼルたちと一緒に見舞った時に。
「…そうだったっけ…」
 ホントだ、ハーレイが言う通りだよ。
 前のぼくは自然出産のことも、子供たちのことも、聞かされただけ…。
 キースが船で起こした騒ぎや、脱出したキースを連れて逃げたミュウがいた話と一緒に…。
 それにカリナが死んじゃったことや、シャングリラの被害状況とかも…。



 すっかり忘れてしまっていた。前の自分がナスカの子たちの存在を知った時のこと。
 他の色々な報告と一緒に、自然出産の子供が七人、生まれたのだと聞いただけ。
 トォニィもそうだと知ったけれども、重傷だったから面会謝絶。会ったとしても話は出来ない。他の子供たちは、あの時には、まだナスカの自分の家にいたから…。
(ナスカ、船からでも見られる力は持っていたけど、使えなくて…)
 十五年もの長い眠りから覚めたばかりの弱った身体は、サイオンを自在に使いこなせなかった。船からナスカを見られるほどには。
 充分に回復していたのならば、どんな子たちか見られただろうに。…青の間から。
 けれど出来ずに、「そういう子たちが生まれたのだ」とだけ知った。
 SD体制始まって以来、初めての自然出産児。母の胎内から生まれた子供。ミュウという種族の未来を担う子。
(幸せに育って欲しい、って…)
 一番初めに考えたことは、それだった。
 記念すべき自然出産児の子供たちの未来に、幸多かれと。幸せな未来を掴んで欲しいと。
 会えたら彼らを祝福しようと、この目で見たいと強く願った。
 トォニィの怪我も跡形も無く治るようにと、目覚めたら話し掛けたいと。
 「はじめまして」と、「君がトォニィ?」と。
 自分に残された時間が少ないことは悟っていたのだけれども、ミュウの未来を生きる子だから。



 最初は本当にそうだった。…トォニィにも、他の子供たちにも、会って話をしたかった。
 そう思ったのに、次々と昏睡状態に陥った子たち。治療のためにと、ナスカからシャングリラに運び込まれて来た子供たち。
 それで気付いた異変の兆候。フィシスが恐れた不吉な風。…赤いナスカに死の風が吹く。
(変動の予兆なんだ、って…)
 眠り続ける子供たち。彼らの眠りが示しているのは、ナスカに訪れるだろう滅びの時。
 そう思ったから、子供たちを見舞いに出掛けなかった。
 彼らの誕生を知った時には、姿だけでも船から見たいと願ったのに。会って話したかったのに。
 今、出掛けたなら、眠る彼らを見られるのに。
(…だけど、あの子たちは…)
 次の時代を生きてゆく子たち。これから訪れる破滅を乗り越え、ミュウの未来へゆく子供たち。
 彼らはこれから生きてゆくのだ、と考えただけで竦んだ足。
 下手に会ったら、きっと泣き出すだろうから。…眠る子供たちを見ただけでも。
(ぼくの命は尽きるのに…)
 ナスカで尽きる予感がするのに、子供たちはミュウの未来を生きる。
 自分の旅は此処で終わって、青い地球へは行けないのに。青い星は夢で終わるのに。
 けれど、トォニィたちの命はこれから。
 ミュウの未来を生きて、生き抜いて、きっと地球まで行くのだろう。
 そんな彼らには、とても会えない。
 彼らの未来が羨ましすぎて、泣き出すことが分かっているから。
 その場では涙を堪えたとしても、青の間に一人、戻った途端に、涙は堰を切るだろうから。



 会えはしない、と思った子たち。自分は見られない、青い地球まで行く子供たち。
(あれって、嫉妬してたんだよね…)
 未来を生きる子供たちに。寿命が尽きる自分と違って、輝かしい未来を持つ子供たちに。
 今から思えば、我慢して会っておけば良かった。一人一人に祝福の言葉を贈るべきだった。前の自分が妬んだ子たちは、七人揃って地球には着けなかったから。
(…アルテラも、コブも、タージオンも…)
 地球を見ないで逝ってしまった。ミュウの未来を作るためにだけ、戦って暗い宇宙に散った。
 彼らにも夢があっただろうに。
 あんな時代に生まれなかったら、子供らしく生きて育ったろうに。
 今の自分が、こうして生きているように。両親に愛されて、幸せに育って来たように。
 なのに、未来が無かった彼ら。…前の自分が嫉妬した未来、それを持ってはいなかった子たち。
 ああなるのだったら、前の自分は、なんと酷いことをしたのだろう。
 「あの子供たちには未来があるから」と、嫉妬して会わなかっただなんて。
 会えば自分が辛くなるから、顔を出しさえしなかったなんて。
 本当だったら、誰よりも先に、言葉を贈るべきだったのに。
 前の自分が後継者にと選んだジョミー、彼が望んで生まれた子たち。ミュウの未来を担ってゆく七人の子供たち。
 ミュウの未来をよろしく頼むと、ジョミーと一緒にどうか地球へと、頼むべきだった子供たち。
 それをしないで、前の自分は殻の中に一人、籠っていた。
 自分は行けない地球を見る子たち、彼らには未来があるのだから、と。



 なんとも、みっともない話。…前の自分の、ソルジャー・ブルーとも思えない行動。
 どうしようかと迷ったけれども、抱えていても仕方ない。それに自分は生まれ変わりで、弱虫でチビの子供だから、と今のハーレイに打ち明けた。「ホントはね…」と。
「…前のぼく、トォニィやナスカの子たちに、会えるチャンスがあったのに…」
 話をするのは無理だったけれど、お見舞いだったら行けたのに…。
 だけど行かずに、放っておいてしまったんだよ。…あの子たちは地球に行くんだから、って。
 ぼくは見られない地球を見られる、幸せな子供たちだから、って…。
 みっともないよね、ホントに酷い…。自分のことしか考えてなくて、おまけに嫉妬…。
 あの子供たちは、揃って地球には行けなかったのに…。アルテラたちは死んじゃったのに…。
「みっともないって…。それが普通だろ?」
 人間としては、ごくごく普通の感情だ。自分よりも恵まれているヤツが、羨ましいと思うのは。
 この野郎、と思っちまうのも。
 相手が小さい子供だろうが、やっぱり考えちまうだろうが。「お前は幸せでいいよな」と。
 人間たるもの、そうでなくちゃな、いくらソルジャー・ブルーでも。
 ミュウの初代のソルジャーだろうが、人間には違いないんだから。
「…それが普通って…。本当に…?」
 今のぼくなら仕方ないけど、前のぼくはソルジャーだったんだよ?
「だからこそだな、普通な部分も持っていないと辛いじゃないか。お前自身が」
 お前も最後に人間らしく嫉妬してたか、と俺は嬉しく思っているぞ。
 何の未練も無かったみたいに、真っ直ぐに飛んでっちまったから…。
 もう戻れないと分かっていたのに、前の俺まで捨ててしまって、メギドへな。
「……ごめん……」
 ホントにごめんね、ハーレイを置いて行っちゃったこと…。独りぼっちにしちゃったこと。
 どんなに辛いか考えもせずに、ぼくの形見も残さないで…。
「謝るな。…とっくに終わったことなんだからな」
 それに、あの時は、あれが最善の道だと俺も思っていたんだし…。
 後からよくよく考えてみれば、道は他にも幾つもあった筈なんだがな。



 俺だって選択を誤ったんだ、とハーレイは優しく慰めてくれた。「お前だけじゃない」と。
 「前のお前の嫉妬の方が、選択ミスとしては、よっぽどマシだ」と。
「…お前は子供たちに言葉を贈り損なっただけで、嫉妬も人間にはありがちだが…」
 前の俺のミスは、それどころじゃない。…前のお前を失くしちまった。
 ナスカに残ろうとした仲間たちも大勢喪ったわけで、キャプテンの判断ミスの結果だ。あの時点ではベストを尽くしたつもりでいたって、今から思えば痛恨のミスというヤツなんだから。
 アレに比べりゃ、前のお前の嫉妬くらいは可愛いモンだな。
 そういや、お前…。
 あの子たちのことは、殆ど知らんか。…今のお前が知っているだけで。
「シャングリラでは会わないままだったけれど、ちゃんと会えたよ?」
 メギドの炎を受け止めた時に、ナスカの上空で。
 いきなり成長しちゃっていたから、トォニィ以外は小さかった頃を知らないけれど…。
 それでも一人残らず会えたし、気を失ってた子供以外は声も聞けたよ。
 …ペスタチオとツェーレンは、ジョミーが連れて帰る前には、ぼくが抱えていたんだから。
「だが、その程度しか知らんだろうが。…直接はな」
 お前が知ってる、あの子たちが生まれてからのこと。トォニィも、それにアルテラたちもだな。
 色々なことを知ってる筈だが、それは知識で記憶じゃない。
 今の俺が教えてやったこととか、歴史の授業で習ったことが殆どを占めているんじゃないか?
 お前が直接目にしたものは、ほんの少ししか混ざってなくて。
「…そうなのかも…」
 トォニィだって、会ったのは二回だけだったし…。他の子たちは一回きりだし…。
「もったいないなあ、歴史的な時に生きてたのにな」
 SD体制始まって以来の、初めての自然出産児だぞ?
 前のお前が起きてさえいれば、歴史的瞬間に立ち会えたのに…。
「そうだね…」
 生きていたけど、見損ねちゃったね。…人の歴史が変わる所を。
 人間が人工子宮からじゃなくって、お母さんのお腹から生まれる時代に戻ってゆくのを…。



 前の自分は同じ時代に生きていたのに、眠っていたから何も知らない。
 ジョミーが命を作ろうと決めて、それが実行に移されたことも。自然出産の子供たちがナスカで生まれたことも。
 最初に生まれたトォニィに会っても、その特別さに気付かなかった前の自分。どういう生まれか知っていたなら、もっと大切に抱き締めたろうに。…格納庫で救助を待つ間に。
 「この子が本物の子供なのか」と、「母親の胎内から生まれた子か」と。
 身動きも出来ないほどに弱っていたって、残った力で撫でたり、頬をすり寄せたりもして。
「…前のぼく、ホントに、もったいないことしちゃったね…」
 トォニィが生まれる前から起きていたなら、とてもワクワクしたんだろうに…。
「まったくだ。あの時の賑やかだった空気を知らないなんてな」
 ナスカに入植した時以上に、船も、地上もお祭り騒ぎという有様だ。子供が生まれるんだから。
 俺たちは日々、カリナの出産を心待ちにしていたわけでだな…。
 ん?
 駄目だな、お前は知らなかった方が良かったんだな。…眠ったままで正解だった。
「知らなかった方がいいって…。何を?」
 もったいないって先に言ったの、ハーレイじゃない。なのに、知らなくていいなんて…。
「知らない方がいいことも、世の中には色々あるからな」
 トォニィが生まれた時のことだ。そいつが大いに問題で…。あれは、お前じゃ耐えられないぞ。
「耐えられないって…。何に?」
「出産の痛みというヤツだ」
 凄かったんだ、とハーレイは顔を顰めるけれど。
「何、それ…?」
「だから痛みだ、出産の時の。…トォニィが生まれて来た時のな」
 歴史の授業じゃ、其処まで教えないからなあ…。医者になるための学校だったら別だろうが。
 トォニィを産む時にカリナが味わった痛み、それが俺たちを襲ったってな。
 実は、病室にノルディが張らせた、思念波シールドが破れちまって…。



 病人や怪我人の苦痛を外の人間が共有しないようにと、ノルディが開発した技術。それが思念波シールドだった。サイオンを持つミュウは、手を打たなければ苦痛も共有してしまうから。
 カリナの出産の時にも張られたけれども、不足していたシールドの強度。ノルディが読んだ古い医学書、それに基づいて設定された数値は弱すぎた。
 自然出産が普通だった時代の人間が書いた医学書なのだし、書き手の経験で記された中身。この程度だ、と書かれた内容、ノルディも「そういうものだ」と思った。シールドを設定する時に。
 けれど、違っていた現実。自然出産が消えた時代の人間には、予測不可能だったのが痛み。
 思念波シールドは破れてしまって、皆が痛みを共有した。
 それはとんでもない苦痛というのを、ハーレイもエラも、ゼルも、ジョミーたちも。
 トォニィが無事に生まれて来るまで。…元気が産声が上がった瞬間まで。



 あれは酷かった、とハーレイはフウと大きな溜息をついた。
「お前、寝ていて良かったな。…本当にな」
 もしも、お前が食らっていたなら、残り少なかった命の焔が消し飛びかねん。
 せっかくトォニィが生まれて来たって、俺たちはソルジャー・ブルーを喪うわけで…。
「前のぼくが痛みで死んじゃうだなんて…」
 そんなに凄い痛みだったの?
 前のぼくならソルジャーだったし、アルタミラでも酷い目に遭ったし、痛みに強そう…。
 だけど、駄目なの?
「それを言うなら、前の俺やゼルだって、アルタミラからの生き残りだぞ?」
 長い年月が経ってはいたが、普通よりかは痛みってヤツに強かったかと…。
 だが、アレは駄目だ。…痛みの質が違うってな。
 いかん、思い出したら、なんだか痛くなって来た。今の俺の記憶じゃないっていうのに。
「今のハーレイでも、やっぱり痛いの?」
 柔道だったら投げられたりもするから、今度も痛みに強そうなのに…。
「言っただろうが、痛みの質が違うんだと。…そういった類の痛さとはな」
 尋常じゃないぞ、あの痛みは。
 しかしだ、今は自然出産の時代なんだし…。
 俺のおふくろも、お前のお母さんも、同じ思いをしてくれたんだな…。俺たちのために。
 カリナがトォニィを産んだ時のと、同じ痛みを味わって産んでくれたってことだ。
「そうなるよね…。ぼくもハーレイも、今は本物のママなんだから…」
 だったら、ぼくも知りたいよ。
 前のハーレイたちが共有した痛み、どんなのか、ぼくも知りたいんだけど…!
「おい、お前、今は弱虫だろうが」
 ついでにチビだし、あんなのを食らったら気絶するぞ。…聖痕でも気絶してただろうが。
「あれも痛かったから、大丈夫だよ」
 少しくらいなら、きっと平気だと思うから…。
 ハーレイが今も覚えてるんなら、ちょっとだけ…。
 ほんのちょっぴりでかまわないから、ぼくにも記憶を見せて欲しいな。



 お願い、と頼み込んで、ハーレイに絡めて貰った褐色の手。
 フィシスの地球を見ていた時と同じ要領で、前のハーレイの記憶を送って貰ったけれど…。
「いたたた…!」
「ほら見ろ!」
 言わんこっちゃない、とパッと離されたハーレイの手。「痛かったろうが」と。
「…うん、痛かった…」
 お腹がとっても、と手を当てていたら、「これからだぞ?」と笑うハーレイ。
「今のは、ほんの序の口だってな」
「…まだ酷くなるの?」
「そういうことだな。生まれるまでは、もう酷くなる一方で…」
 どんどん痛くなっていくんだが、続き、見てみるか?
 今は俺から手を離したが、もっとしっかり握ってやるから。…お前が逃げられないように。
「…見てみたい気はするけれど…。でも…」
 気絶しちゃったら、ママが困るし…。病院にだって、連れて行かれるかもしれないし。
「賢明だな。…好奇心だけで見るというのも感心しないし」
 なにしろ、俺のおふくろや、お前のお母さんも味わった痛みなんだから。
 それにカリナは、あんな痛みに耐えてトォニィを産んだんだ。…本当の命を作るためにな。
 チビのお前は、今のヤツで充分だろうと思うが…。
 いつか、俺が気絶したお前の面倒を見てやれるようになったら、味わってみるか?
 痛いとはいえ、貴重な体験には違いない。トォニィ誕生の時の記憶だからな。
 俺以外には誰も知らんし、痛みは記録出来ないんだから。
「…考えとく…」
 さっきの、とっても痛かったから…。
 もうちょっとアレが酷くなったら、本当に気絶しそうだから…。



 今のぼくは前より弱虫だもの、と肩を震わせたけれど、いつかハーレイと結婚したら。
 同じ家で二人で暮らし始めたら、その時は…。
 気絶しても面倒を見て貰えるなら、記憶の続きを見せてくれるように頼んでみようか。
 少しだけでも本当に酷く痛かったけれど、今の時代は、自然出産の時代だから。
 命はあれと全く同じに、紡がれて生まれて来るのだから。
 本来の出産の形だったのに、SD体制の時代は消えていたのが自然出産。
 カリナがそれを取り戻したから、出産は元の姿に戻った。人間が機械に統治される時代、それも自然出産児だったナスカの子たちの力のお蔭で崩壊した。
 あの子供たちがいなかったならば、出来ていないこと。ジョミーとキースの力だけでは。英雄と呼ばれる前の自分が、ソルジャー・ブルーがいただけでは。
 だからこそ、しっかり見ておきたいという気持ちがする。トォニィを産んだ時のカリナの痛み。前のハーレイたちが味わったという、苦痛の記憶を。



(本当の英雄、前のぼくじゃなくって、カリナかもね…)
 今も語られるソルジャー・ブルーなどではなくて、トォニィを生み出した母親のカリナ。
 其処から歴史が始まったから。…本当の意味でのミュウの歴史が。
 人工子宮から生まれた子供ではなくて、母親の胎内で育まれた子供。本物の子供。
 今の自分も、ハーレイもそうやって生まれて来たから、英雄はカリナかもしれない。
 人が人らしく生きてゆく世界、それを取り戻した切っ掛けの英雄。
(…英雄の座なら、いつでも譲ってあげるんだけど…)
 ジョミーやトォニィにも譲りたいけれど、カリナにだって。
 心からそう思うけれども、カリナが聞いたら断られそうな気がしないでもない。
 カリナにとっては、前の自分が、きっと英雄だろうから。
 赤いナスカへ皆を導いたソルジャー、ジョミーを連れて来た英雄。一番最初のミュウたちの長。
 そんな所だ、と思うから…。
(困っちゃう…)
 ホントに厄介、と竦めた肩。
 誰に英雄を譲ろうとしても、どうやら難しそうだから。
 けれども、今の自分は普通の子供なのだし、良かったと思う。
 ソルジャー・ブルーにそっくりなだけの、アルビノなだけの、ただのブルー。
 もう英雄でも何でもないから、ハーレイと二人で幸せに生きてゆけばいい。
 いつかハーレイと結婚式を挙げて、何処までも一緒。
 気絶したって、ハーレイが「大丈夫か?」と面倒を見てくれる、幸せな日々が来るのだから…。




             本物の子供・了


※前のブルーが格納庫でトォニィを受け止めた時は、知らなかった自然出産児だということ。
 そして報告を受けても、ナスカの子たちには会わなかったのです。彼らの未来に嫉妬をして。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









 

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