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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

渡り鳥の群れ

(空を飛ぶ鯨…?)
 なあに、とブルーが眺めた写真。学校から帰って、おやつの時間に。
 新聞に載っている写真。空を飛ぶ鯨、見出しも同じで「空を飛ぶ鯨」と書いてある。
(本物なの?)
 まさかね、と見詰めた鯨の写真。向こうの空が透けて見えている不思議な鯨。
 けれど確かに空の上だし、かなりの大きさ。白いシャングリラほどではないけれど…。
(凄く大きいよ?)
 下に一緒に写った景色と比べてみても。家や木立がオモチャみたいに見えるから。
 立体映像か何かだろうか、昼間に撮られた写真だけれど。映像を投影するのだったら、夜の方が適しているのだけれど。邪魔な光が少ないから。
(これ、シャングリラの再現ってことはないよね?)
 白い鯨のようにも見えたシャングリラ。今の時代も人気を誇る宇宙船。本物はとうに時の流れに連れ去られたのに、遊園地の遊具などにもなって。
 そのシャングリラが飛んでゆく姿を空に投影するなら、忠実に再現するだろう。シャングリラの形そのものを描き出すだろう。
 写真にあるような、海に棲んでいる本物の鯨を描くよりは。ヒレや尾までも備えた鯨を、大空を泳ぐ鯨の姿を映し出すよりは。
 とても大きな映像だけれど、どうして鯨なのだろう。
 何かのイベントの呼び物だったか、鯨が好きな人がやったのだろうか、と記事を読んだら…。



(偶然なんだ…)
 鯨は自然の産物だった。多分、そう呼んでもいいだろう。
 ムクドリの群れが作った空を飛ぶ鯨。向こうが透けて見えるのも当然、小さなムクドリが何羽も集まった群れなのだから。よくよく見たら点の集まり、一つ一つが一羽のムクドリ。
 渡りの途中で、ある町の上で、偶然こういう形になった。鯨そっくりに見える群れに。
 この地域のムクドリは渡りをしないけれども、遠く離れた他の地域では渡りをするらしい。空を見上げた人が見付けた、空を飛ぶ鯨。ムクドリの群れ。
 たまたまカメラを持っていたから、写して新聞に写真が載った。「空を飛ぶ鯨」と。
(ホントに鯨そっくりだよ…)
 鯨の形で暫く飛んで行った後は、色々な形に変化したという。沢山のムクドリたちの群れ。点にしか見えない鳥たちが描いた、空を飛ぶ鯨。
(凄いよね…)
 これなら、きっと襲われない。天敵が来ても大丈夫。
 ムクドリの身体は小さいけれども、群れになったら巨大な鯨。白いシャングリラのような。
 大きな鯨を襲うものなど、空には飛んでいないのだから。
 空を飛ぶ鯨が目に入ったなら、大慌てて逃げてゆくだろうから。捕まってしまわないように。



 鳥って賢い、と感心しながら戻った二階の自分の部屋。
 一羽一羽は弱いけれども、群れになったら空を飛ぶ鯨を作り出す。何処にも敵などいない鯨を。
 小さな鳥たちを狙う天敵、彼らが近付けないように。怖がって逃げてゆくように。
(他の形も強いんだよ、きっと…)
 ムクドリの群れは、鯨の形から色々に変化したそうだから。新聞にそう書かれていたから。
 いったいどんな形だろうか、と想像してみる。鯨の後は何の形になったのだろう、と。
 一目で強いと分かるものだし、ライオンにもなったかもしれない。空飛ぶライオン。
 鯨以外の写真も見てみたかった、と考える内に聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、早速話した。
「あのね、鳥って賢いね」
 凄く頭がいいみたい…。身体はあんなに小さいのに。
「はあ? 賢いって…」
 そりゃまあ、鳥にも色々いるが…。お前、どういう鳥に感心させられたんだ?
「ムクドリなんだけど…。此処からは遠い地域のムクドリ」
 其処だと、ムクドリは渡りをするんだって。その途中に、何処かの町で撮られた写真で…。
 群れの形が空を飛ぶ鯨だったんだよ。本当に本物の鯨みたいで、立体映像かと思っちゃった。
 大きな鯨の形をしてたら、天敵が来たって平気だよね。鯨の方が強いに決まっているもの。



 だから頭がいいと思う、と説明した。小さな鳥でも、集まったら天敵を寄せ付けないから。
 群れの形を変えていっても、鯨と同じくらいに強いんだよ、と。
「そっちの写真は、新聞に載っていなくって…。空を飛んでる鯨だけ…」
 鯨から形を変えていった、って書いてあったのに、ちょっぴり残念。他の形も見たかったよ。
 ライオンとかでも良さそうだけど…。
 ハーレイは何の形だと思う、ムクドリの群れが作ったのは?
「別に何でもいいだろうが。鯨だろうが、ただのデッカイ群れだろうが」
「駄目だよ、強い生き物でなくちゃ。でなきゃ、天敵に狙われちゃうよ?」
 普通の群れで飛んでいたなら、空は危険が一杯だよ。
「お前なあ…。鯨に感動したのは分かるが、落ち着いてよく考えてみろよ?」
 ムクドリの天敵は何なんだ、とハーレイに尋ねられたから。
「えっと…。鷹とか?」
 この地域の鷹とは違うだろうけど、鷹はあちこちに棲んでるものね。
「そんなトコだが、そいつらは鯨と戦うのか?」
「え?」
「鷹だ、鷹。たまに、自分よりデカイ魚と戦う鳥もいるようだが…」
 そいつはそういう羽目に陥っただけで、狙った魚の大きさを読み間違えた結果だってな。
 普通はしないし、自分の足で掴めるサイズの魚を狙いに行くもんだ。鷹だって。
 だから鯨が強いかどうかも、空を飛ぶ鳥たちは知らんだろうが。鷹も、ムクドリも。
 もちろんライオンが強いってことも、ヤツらは全く知らん筈だが?
「そうなのかも…。じゃあ、なんで鯨?」
 どうして空を飛ぶ鯨の形をしてたの、ムクドリの群れは?
「偶然だろうな、どう考えても」
 お蔭で新聞の記事にもなった、と。鯨が空を飛ぶんだから。
 群れってヤツはだ、要はデカけりゃ、それでいんだ。…どんな形でも。



 鳥の群れはそのためにあるんだから、と言うハーレイ。
 渡り鳥でなくても、沢山の鳥が集まっているのだと周りに知らせるために。
「デッカイ群れを作って飛んでりゃ、敵だってそうそうやっては来ない」
 逆に自分が襲われかねないってことなんだからな。殺されはしないが、つつかれるとか。
 小さな鳥でも、集まれば強い。いくら鷹でも、寄ってたかって攻撃されたら負けちまうぞ。目を狙われたらおしまいだからな、他の鳥の相手をしている内に。
 そうならないよう、天敵の方もデカイ群れには近付かない。来たとしたって、長居はしない。
 端っこをチョイと失敬するだけで逃げちまうさ。
「…端っこって?」
 失敬するって、どういうこと?
「群れの端っこを飛んでいる鳥を捕まえるんだ。一番狙いやすいから」
 他の鳥にも気付かれにくい場所だしな。来たってことが。
「群れの端っこ、危ないの…?」
 端っこの所を飛んでいる鳥は、群れになってても危ないわけ…?
「当然だろうが、盾になるヤツがいないんだから」
 中の方にいたなら、上にも下にも、前も後ろも、他の仲間が飛んでるわけで…。
 鷹が狙うのは、囲まれた中にいる鳥よりかは、周りの鳥ってことになるだろ?
 それがいないのが端を飛ぶ鳥で、それを素早くサッと掴んで、逃げて行くってな、鷹とかは。
 他の鳥たちに気付かれる前に、一羽貰えばいいんだから。



 天敵だって無駄な危険は冒さない、と言われてみればその通り。
 群れを作って飛んでいる鳥は、どれを捕まえても同じ種類の鳥なのだから。端っこでも、群れの真ん中でも。
 ならば、端っこの鳥を捕まえるのが賢いやり方。近付いてサッと掴んで逃げれば、他の鳥たちは攻撃して来ない。整然と飛び続けるだけで、追っては来ない。
 端を飛ぶ鳥を捕まえるのと同じ理屈で、群れを離れて遅れそうな鳥も狙われる。弱っている、と目を付けられたら、遅れるのを待って、攫われてしまう。鋭いクチバシで、鋭い爪で。
「そんな…。遅れちゃった鳥は仕方ないかもだけど…」
 端っこを飛んでいるだけの鳥は、其処にいるだけで危ないじゃない。…真ん中よりも。
「ちゃんと危険は承知だってな、そういう場所を飛ぶからには」
 隙を見せたらおしまいなんだし、頑張って飛んでゆくわけだ。自分を守るためにもな。
 飛んでゆく列から外れないよう、天敵に狙われないように。
「…鳥の世界にもクジ引きはある?」
 端っこの鳥は危ないのなら、と尋ねてみた。真ん中を飛ぶ鳥は安全だというのだから。
「クジ引きだと?」
「そう。本当にクジは引かないだろうけど、クジ引きみたいに」
 今日は此処を飛んで下さいね、って決めるためのクジ引き。端っこだとか、真ん中だとか。
 クジ引きじゃないなら、みんなで相談して決めるとか…。今日は此処、って。



 何かある筈、と考えた鳥たちが飛んでゆく場所。群れの中でも色々な場所があるのなら。危険な場所と安全な場所に分かれるのなら。
 クジ引きのように、公平に飛ぶよう決めてゆくとか、譲り合いとか、相談だとか。
 けれど、ハーレイは「無いな」と答えた。鳥の世界に、そういう仕組みは無いようだ、と。
「ありそうに見えるのが群れなんだが…。飛ぶためのルールというヤツが」
 しかし、そいつは存在しない。少なくとも、渡りをする時には。
 何処を飛ぶとか、そんなことは決めちゃいないんだ。
「…クジ引き、無いの?」
 それに相談したりもしないの、今の言い方だと、そういう風に聞こえるけれど…?
「うむ。家族単位で飛ぶ時だったら、別なんだろうが…」
 初めて空へと飛び立ったような子供連れなら、親が守ってやるからな。飛び方を教えて、天敵がいないか目を配って。
 渡りのためにと集まる時にも、鳥はそうしているかもしれん。初めての渡りをする子を連れて。
 だがな、渡りのための群れには、リーダーはいない。
 群れを纏めるヤツがいないなら、相談だってするわけがない。お前が言うようなクジ引きもな。
 渡りの時には、ルールは一つ。ただし、人間が考えるようなルールとは違う。
 他のヤツらにぶつからない、という規則だけで飛んでいるんだそうだ。
 一羽だけスピードを上げてしまったら、前のにぶつかる。隣の鳥との距離を取り過ぎても、逆に縮め過ぎても、やはりぶつかることになる。…他の鳥とな。
 ぶつかることを避けて飛ぶなら、他の仲間と同じ速度で、同じように飛んでいかんとな。
 そうやって飛べば、全体を見れば綺麗な群れが出来るってことで…。
 ルールはたったそれだけなんだし、其処へ天敵がやって来たなら、遅れたら終わり。運悪く端にいたって終わりだ。他の仲間は飛び続けるのに、一羽だけ捕まっちまってな。
 本当に運だけで決まっちまうのが鳥の世界だが、人間の世界はそうじゃないから…。
 お前じゃなくても、こういう仕組みだと考えがちだな、人というのは。



 よくある誤解というヤツだが、とハーレイが話してくれたこと。鳥たちの渡りを、人間の基準で考えてしまって、生まれた俗説。
 渡りを何度も経験している強い鳥たちは、先頭や端で仲間を纏めて飛び続けるもの。
 リーダーもその中にいそうだけれども、実は安全な場所を選んで飛んでいる。周りには盾になる他の鳥たち、けして天敵には攫われない場所。
 そういう所を飛んでいないと、リーダーを失って群れが崩れてしまうから。
 群れを纏める鳥たちに向けて、指揮をしながら飛んでゆける場所にいるのがリーダー。
「前の俺たちで言えば、俺が先頭や端っこを飛ぶ鳥になるっていうわけだな」
 皆を纏めていかなきゃならんし、何かあった時は最後まで船に残るのがキャプテンなんだから。
 天敵が襲って来た時にだって、俺が対処をすべきだろう。他の仲間を守るためにな。
 そしてお前は安全なトコだ、天敵に捕まらないように。
「…それ、逆じゃない?」
 前のハーレイとぼくは逆だと思うよ、危ない所を飛んでたのはぼく。
 みんなの命を守らなくちゃ、ってメギドに飛んで行ったんだから。…だから端っこ。
 ちゃんと鷹から守ったんだよ、他のみんなを。
 ぼくは捕まっちゃったけど…。鷹に捕まったから、メギドで死んでしまったけれど。
「そのメギドだが…。ジョミーがいなけりゃ、お前はどうした?」
「ジョミーって?」
「トォニィたちも入るだろうな。…お前が飛んで行っちまった時だ」
 あの時、お前の他にはタイプ・ブルーが一人もいなかったとしても、行ったのか?
 ジョミーもトォニィも、桁外れのサイオンを持っていないミュウなら、お前はどうしてたんだ?
「それは…。もしもジョミーやトォニィたちが…」
 タイプ・グリーンだとか、タイプ・イエローだったらどうするか、ってことだよね?
 ぼくが一人きりのタイプ・ブルーで、他には誰もいなかったなら…。



 どうしたのだろう、と考えたことさえ無かったこと。
 ジョミーは前の自分が選んだ後継者だったし、タイプ・ブルーだからこそ彼を選んだ。ミュウの未来を託すために。きっと自分の代わりになるから、皆を地球へと導くから。
 そのジョミーがいて、他にトォニィたちもいた。タイプ・ブルーの子供が七人も。
 ミュウの未来を、白いシャングリラを充分に任せられる者たち。ジョミーも、ナスカで生まれたトォニィたちも。
 だから彼らに後を託して、一人メギドへと飛んだけれども。それでいいのだと考えたけれど。
 もしもあの時、彼らが其処にいなかったなら。…タイプ・ブルーではなかったならば…。
「…前のぼく、行けていないかも…」
 ううん、行けない。…メギドにはとても行けないよ。
 タイプ・ブルーが一人もいないと、誰もみんなを守れないから。
 …死にそうなぼくでも、残っていたなら、誰もいないよりかはマシに決まっているんだから。
「ほら見ろ、お前は安全な所を飛ばなきゃいけなかったんだ」
 天敵が来たって大丈夫な場所で、リーダーとして飛んでいたってな。俺たちを指揮して。
 俺はお前の指示の通りに皆を纏めて、端っこを飛ぶ鳥だった。先頭だったかもしれないが…。
 お前は長いことリーダーの場所で飛び続けた後、ジョミーに後を譲ったってな。
 リーダーは安全に飛び続けてこそだ、どんな時でも。…群れを守ってゆくためには。



 前のお前が飛ぶべき場所は其処だった、というのがハーレイの考え方。
 危険な場所には飛び込んでゆかずに、他の仲間を盾にしてでも安全な場所を飛ぶリーダー。
 そうだったのかも、と納得しかけたけれども、メギドの他にもあった例。前の自分が飛び込んで行った危険な場所。…まるで群れの端を飛ぶ鳥のように。
「メギドの時はそうかもしれないけれど…。ハーレイが言う通りだけれど…」
 だけど、ジョミーを連れ戻すために出て行った時は…。
 アルテメシアの衛星軌道まで昇ってしまったジョミーは、ぼくが追い掛けて行ったんだよ?
 ジョミーを無事に連れ戻せたなら、ぼくの代わりになるんだし…。それに、あの時は…。
「お前しか行けるヤツがいなかったから、行くのも仕方ないってか?」
 安全な場所を離れるべきじゃない筈の、リーダーの鳥でも行くしかなかったと言うんだな?
 あれにしたって、どうだかなあ…。
「他に方法は無かったよ?」
 ぼくが行かなきゃ、誰もジョミーを連れ戻せないし…。あんな所からは。
「俺に言わせりゃ、お前が勝手に行っちまっただけだ」
 お待ち下さい、と止めただろうが。…お前が出ようとしていた時に。
 ジョミーを追うから、シャングリラを少し浮上させろと言われはしたが、俺は止めたぞ。
「止められたけど…。それは覚えているけれど…」
 でも…。誰もいなかったよ、前のぼくの他には。
 ジョミーを追い掛けて連れ戻すことが出来る人間、ぼくしかいなかったんだから…。



 どう考えても、他に方法は無かったと思う。前の自分が出て行く他には。
 ジョミーは人類軍の戦闘機に追われて飛び続けていたし、誰も危険を冒せはしない。あんな中で救助艇は出せない、ジョミーを迎えに行く船などは。
 けれど、ハーレイは「違うな」とゆっくり瞬きをした。
「そいつはお前の思い込みだ。…実際それで成功したから、余計に間違えちまうんだ」
 自分の選択は正しかった、と今でも思っているんだな。
 だが、実際はそうじゃない。あそこでお前が行かなかったら、俺が方法を考えた。
 そういう時こそキャプテンの出番だ。あらゆる知識を総動員して、何か手は無いかと検討する。
 小型艇を何機も発進させてだ、ジョミーの救出に向かうヤツ以外は、全部囮にするとかな。
 うん、なかなかにいい方法じゃないか。…たった今、思い付いたんだが。
「危ないよ、それ…!」
 囮だなんて危険すぎるよ、端っこを飛ぶ鳥と同じで捕まっちゃう…。
 人類軍の戦闘機の群れに追い掛けられて、一つ間違えたら、全部撃ち落とされてしまうよ。
「キャプテンだった俺を甘く見るなよ?」
 小型艇の遠隔操作は出来たぞ、囮に使う程度だったら。サイオンを使って援護させれば、小回りだって利くってな。本来の機体の性能以上に。
 ジョミーの救出に向かう船には、仲間が乗っていないと駄目だが…。囮の方には誰も要らない。
 それに囮は逃げ回るだけだ、どうとでも出来る。ただの陽動作戦なだけで。
 壊されちまっても、次々に出せば済むことだろうが。滅多に使わない船なんだから。
 あんな騒ぎの最中だからこそ、それに紛れて打つ手はあった。
 シャングリラも浮上させてただろうが、人類軍の注意を引き付けるために。
 あの要領でいけば、小型艇でもジョミーは充分、救出できた。
 …俺が打つ手を考える前に、お前が行ってしまっただけだ。
 リーダーが飛ぶべき安全な場所から抜け出しちまって、自分から危険に向かってな。



 メギドの時にしたってそうだ、と鳶色の瞳に見据えられた。「お前が無茶をしただけだ」と。
「今のお前に何度も言ったろ、あの時もワープは可能だったと」
 お前がメギドを止めに行かなくても、ナスカを完全に放棄するなら、間に合ったんだ。
 ジョミーはナスカをウロウロしてたし、その前にはリオも踏ん張っていた。
 その気になったら、シェルターに残っていた連中を強制的に連れ戻す方法はあった。俺が判断を下しさえすれば、そのための船を降下させたり、色々とな。
 ナスカに誰もいなくなったら、ワープして逃げればいいだけだろうが。メギドは放って。
 要はお前が命知らずになっちまっただけだ、ジョミーがあそこにいたばかりにな。
 ジョミーさえいれば後は大丈夫だ、と思ったからメギドに行ったんだろうが。
 上手い具合にトォニィたちもいたし、自分が欠けても問題は無い、と。
「…そうかも…。さっきもハーレイに訊かれたけれど…」
 タイプ・ブルーが前のぼくだけだったら、メギドに行ってはいないだろう、って。
 確かにそうだよ、それじゃ行けない。…ぼくしか仲間を守れないなら。
 アルテメシアで、ジョミーを追い掛けて飛び出して行った時だって…。
 ぼくがあそこで死んでしまっても、ジョミーがいるから大丈夫、って思ってた…。
 ジョミーに追い付いて、ぼくの気持ちを伝えさえすれば、後はジョミーがやってくれる、って。
 地球へ行くことも、ミュウの未来を守るのも…。



 指摘されたら、自分でも否定出来ないこと。
 安全な場所を飛ばねばならないリーダーだったのが前の自分で、群れを指揮して飛ぶのが仕事。天敵の餌食になってはならない。仲間を、群れを守りたければ。
 リーダーが鷹に攫われたならば、群れは散り散りになるのだから。群れが散ったら、もう天敵の思う壺。端を飛ぶ鳥を狙わなくても、どの鳥でも好きに捕まえられる。
 バラバラになってしまった鳥たち、それは襲って来ないから。自分が逃げることに必死で、他の仲間が襲われていても、助けようとして飛んで来たりはしないから。
(…前のぼくがいなくなっちゃったら…)
 消えてしまうのがミュウの未来で、仲間たちを守ることは出来ない。
 ジョミーがいないか、いたとしてもタイプ・ブルーではなかったらば…。
 ミュウの未来を彼に託して、飛び去ることは出来なかっただろう。命の焔が消える時まで、船に残って仲間たちを守ろうとしていた筈。メギドの劫火がナスカを燃やしてしまおうとも。
 前の自分はリーダーの役目をジョミーに譲ったからこそ、無茶な飛び方が出来ただろうか?
 天敵の餌食になると承知で、メギドに向かって飛んだのだろうか?
「…前のぼく、無茶をし過ぎちゃったの…?」
 安全な場所を飛んでいたのに、新しいリーダーが来てくれたから…。
 ジョミーが来たから、もう大丈夫、って端っこを飛ぶ鳥になっちゃった…?
 端っこの方で群れを纏めて飛んで行く鳥に。…鷹に捕まっちゃう場所を飛ぶ鳥に…。
「その通りだってな。お前、本当なら、安全な所を飛ぶべきなのに…」
 新しいリーダーが来たにしたって、側で補佐するべきなのに。こう飛ぶんだ、と。
 端っこを飛ぶのは俺に任せて、リーダーの側を離れないでな。
「それじゃ、ハーレイが危ないよ!」
 いつも端っこを飛んでるんでしょ、鷹とかが来たらどうするの?
 捕まっちゃうかもしれないんだよ、端っこを飛んでいる鳥は捕まえやすいなら…!
「なあに、俺なら大丈夫だ。体力自慢の鳥が飛ぶ場所なんだからな」
 先頭や端っこを飛んで行くのは、そういう鳥だ。渡りに慣れてて、体力にも自信たっぷりの鳥。
 でなきゃ群れなど纏められんぞ、沢山の仲間がいるんだから。
 現に地球まで飛んで行ったからな、前の俺は。シャングリラを運んで、地球までの道を。
 だからだ、…もしもお前が、無茶をしないで引退しただけの鳥だったなら…。



 リーダーの役目を譲っただけの鳥だったならば、守って飛んだ、と鳶色の瞳に見詰められた。
 「俺は、そうする」と。「前のリーダーだったお前を守る」と。
 群れの端を飛んで、新しいリーダーの指揮に従いながら。大勢の仲間を纏め上げながら。
 危険な場所を飛び続けながら、見詰める先には、いつも引退した前のリーダー。
 その鳥が弱って群れから遅れてしまわないよう、天敵に狩られてしまわないよう。
「お前が遅れそうになった時には、俺がお前の側を飛ぶんだ」
 遅れてるぞ、と注意してやって、何か来たなら追い払って。鷹でも、鷲でも。
「…そんなことが出来るの、ホントに? …ハーレイにとっても天敵だよ?」
 ぼくが遅れそうになっているなら、もう本当に群れの端っこ…。
 鷹や鷲の姿が見えた時には、手遅れのような気がするけれど…。後は捕まっちゃうだけで。
「心配は要らん。端を飛ぶ鳥ならではの頭の使いようだな」
 仲間たちを呼べばいいだけのことだ。攻撃じゃなくて、防御の方で。
 群れの形を変えてやるのさ、遅れそうなお前に天敵が近付けないように。
 周りを飛んでくれる仲間が来るよう、群れの形を変えてしまえば状況も変わる。
 遅れそうな鳥はもう見付からないから、鷹や鷲だって近付きにくい。
 無理をして端っこのを捕まえようとしたなら、群れの形がまた変わっちまって巻き込まれて…。
 大勢の鳥に嫌と言うほどつつかれちまって、ボロボロになるかもしれないんだぞ?
 そうなっちまう前に、向こうから逃げて行くってな。
 俺は群れの形を変えるだけだが、それで立派にお前を守れる。
 鯨の形に見える群れを作って飛んでいたなら、別の形になるように。逆ってこともあるだろう。
 遅れそうな鳥を守って飛ぶのに、最適な形に組み替えるんだな。群れの形を。



 そんな風に飛びたかったのに…、とハーレイは悔しそうだから。
 前の自分が無茶をする鳥でなかったならば、守って飛んで、群れの形まで変えたらしいから。
「…あの鯨、そういう鯨だったのかな…?」
 ムクドリの群れが作った鯨。あれも仲間を守るために鯨になっていたかな?
 それとも、その後に変わった形が、遅れそうな仲間を守るための形だったのかな…?
「有り得るかもなあ、前の俺たちの姿に当て嵌めてやるならな」
 俺がその群れにいたとしたなら、お前がリーダーをやってる間は、端っこを飛んでお前の指揮に従うわけだ。仲間たちにも気を配りながら。
 誰かが遅れてしまいそうだな、と判断したなら、群れの形を変えてやって守る。空を飛ぶ鯨や、他にも色々。…仲間を守って飛んでゆくのに、適した形を指示してな。
 そして、お前が引退した後は、お前を守って飛び続ける。
 前の俺たちなら、地球に着くまで。
 ムクドリの群れなら、渡ってゆく先に無事にみんなが辿り着くまで。
 そいつが俺の理想なんだが、しかしだな…。



 さっきも言ったろ、とハーレイが浮かべた苦笑い。「こいつは人間の考え方だ」と。
「俺たちは人間に生まれて来たから、こう考えてしまいがちなんだが…」
 鳥の世界にも、群れを指揮するリーダーがいたり、渡りに慣れた鳥が飛ぶ場所があったりすると考えちまうわけなんだが…。
 本物の鳥の渡りってヤツはそうじゃない。ルールは一つで、ぶつからないこと。
 それさえ守れば、リーダー無しでも、きちんと見事な群れを作って飛んでゆけるってな。
 実際、リーダーはいないんだ。慣れた鳥が先頭を飛ぶってことも無いらしい。
 お互いに疲れちまわないよう、順に入れ替わりながら飛んでゆく。前の方を飛ぶと、どうしても消耗しちまうし…。ほど良いタイミングで順番を変えて、目的地まで旅をするわけだ。
「…それって、なんだか寂しくない?」
 とっても長い旅をするのに…。広い海だって越えてゆくのに。
 リーダーは無しで、旅に慣れてる仲間が案内してもくれなくて、みんな揃って飛んでいるだけ。
 天敵が来ても、端っこの鳥が消えちゃうだけでおしまいなんでしょ?
 他の仲間が助けに来てくれるってこと、そんな群れだと難しそうだよ。
 せっかく大勢の仲間で飛ぶのに、寂しい感じ…。もっとみんなで助け合ったら幸せなのに。
「それはそうだが…。こいつはあくまで、渡りの時だ」
 長い旅をするために集まった群れだと、こうなるという話でだな…。
 家族の時には違うかもしれん、と言っただろうが。親鳥が子供を守って飛ぶとか。
 そんな家族も、渡りの時にはバラバラなのかもしれないが…。
 つがいの相手を一生変えない鳥だっているし、そういう場合はどうなるんだか…。
 渡りの間はバラバラに飛んでも、休憩の時には集まってるかもしれないぞ。眠る時にはつがいの相手を呼び寄せるだとか、家族がきちんと揃うだとかな。
「そっか…。そうかもしれないね」
 渡りの時でも、家族や恋人が一緒だといいな。…休憩する時くらいはね。
 だって、あんまり寂しすぎるもの。リーダーもいなくて、纏める仲間もいないだなんて…。



 ハーレイが前の自分たちに重ねた話をしてくれたから、鳥たちの群れに見てしまう夢。
 天敵から身を守るためにと、集まって海を越えてゆく鳥。遠い場所まで、長い渡りをして。
 長くて大変な旅だからこそ、助け合って飛んで欲しいのに。
 リーダーの鳥や、旅に慣れた鳥が群れを纏めているといいのに、鳥たちの旅は違うらしい。前の自分たちが地球を目指した旅路とは。
 皆を地球へと送り出すために、前の自分が犠牲になった白いシャングリラの旅路とは。
 まるで違う、と思ったけれども、不意に気付いた素敵なこと。旅をしてゆく鳥たちの群れは…。
「ねえ、ハーレイ。…鳥たちの群れにリーダーはいないらしいけど…」
 前のぼくたちとは違うけれども、あの鳥たちは最初から地球にいるんだね。
 空を飛ぶ鯨の形になってたムクドリの群れも、渡りをする他の鳥たちも。
 地球を目指して飛ばなくっても、地球の上を飛んでいるんだよ。どの鳥も、青い地球の空を。
「そういや、そうか…。前の俺たちとは、其処も違うな」
 頑張って地球を目指さなくても、最初から地球の上なのか…。卵から孵った時から、ずっと。
 そう考えると、前の俺たちよりも遥かに恵まれた旅をしているんだな。あの鳥たちは。
 ついでに、前の俺たちの頃は、渡り鳥ってヤツはいなかった。
 地球はもちろん、何処の星にも、渡ってゆく先が無かったってな。
 テラフォーミングされた星の上では、生きられる場所が限られてたし…。ノアでさえも、渡りは無理だった筈だ。あそこが一番、テラフォーミングが進んだ星だったが。
 それが今では、地球は立派に蘇っているし、他の星でも渡りをする鳥がいるからなあ…。季節に合わせて旅をする鳥、あちこちの星にいるらしいしな?



 今ならではの光景ってヤツだ、とハーレイが語る鳥たちの群れ。渡りの季節に空をゆく鳥。
 いつか渡り鳥の群れに出会ったならば、鳥のハーレイを探してみようか。
 あれがそうかも、と端っこを飛んでいる鳥を。群れの形を変える合図をしそうな鳥を。
「えっと…。この辺りだと、渡り鳥の群れを見るのは難しそうだけど…」
 見られそうな場所があるんだったら、いつかハーレイと行ってみたいな。
 鳥のハーレイを探したいから。…渡りに慣れた熟練の鳥で、群れを纏めて飛んでいる鳥。
 天敵が来ないか見張りをしていて、他の仲間を守って端っこを飛んでく鳥だよ。
「おいおい、鳥の世界にリーダーはいないと言っただろ」
 渡りの時には、リーダーの鳥はいないんだから。…普段の暮らしなら、いるらしいがな。群れで暮らしている鳥だったら、リーダー格の鳥ってヤツが。
 しかし、渡りの時にはいない。ぶつからない、というルールがあるだけだ。
 群れの端っこを飛んでいる鳥も、たまたま其処にいるだけだぞ。何の役目も持ってやしない。
「…分かってるけど、気分だけでも、鳥のハーレイを探してみたいよ」
 仲間を守って飛んで行く鳥、前のハーレイみたいだもの。
 シャングリラの舵をしっかり握って、仲間たちを地球まで運んだから…。
「お前の言いたいことは分かるが…。そういう鳥は何処にもいないんだ」
 渡り鳥の群れには、前の俺みたいな役目の鳥はいやしない。いくら探しても、見付からないぞ。
 いもしない鳥を探すよりかは、俺と一緒に飛んでゆかないか?
「ハーレイと飛ぶって…。どういう意味?」
 今のぼくは少しも飛べないのに…。ハーレイだって空は飛べないのに…。
「俺がお前を守ってやるということだ。…この地球の上で」
 今度こそお前を守ると何度も言った筈だぞ、俺が一生、お前を守って飛んでやるから。
 鳥の世界でも、きっと家族で飛ぶ時だったら、親鳥が子供を守るんだろうし…。
 一生相手を変えない鳥なら、つがいの相手と一緒の時には必ず守っているだろうからな。
 それと同じだ、俺がお前を守ってやる。前のお前を守り損ねた分まで、一生、俺が守るんだ。
 だから、前の俺みたいに見える鳥を探しに、一緒に出掛けてゆくよりはだな…。



 二人で幸せに飛んでゆこう、と言って貰えたから、鳥たちのように二人で飛ぼう。
 ハーレイと一緒に、この地球の上で、幸せに。
 空を飛ぶ力は持っていないから、本当は歩いてゆくのだけれど。
 広い空を一緒に飛んでゆく代わりに、手を繋ぎ合って未来へ歩くのだけれど。
 それでも飛んでゆける空。
 鳥のように空を舞う力が無くても、二人なら、きっと幸せだから。
 青い地球の上を、いつまでも、何処までも、ハーレイと飛んでゆけるのだから…。




              渡り鳥の群れ・了


※渡り鳥の群れと、前の自分たちを重ねて語ったハーレイ。ブルーは無茶をしすぎたのだと。
 確かに、その通りだったかもしれません。渡り鳥の群れには、リーダーはいないそうですが。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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