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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

鳥たちの言葉

(小鳥…)
 一杯、とブルーが眺めた生垣と、その向こうにある庭の木と。
 学校の帰りに、バス停から家まで歩く途中で出会った光景。十羽くらいはいそうな小鳥。もっと沢山いるかもしれない。名前も知らない小鳥だけれど。
 家族なのか群れか、それすらも分からない小鳥。大きさも姿も、どれもそっくり。少し動くと、見ていた鳥がどれなのかも…。
(分かんなくなっちゃう…)
 目まぐるしく入れ替わってゆく小鳥たち。枝から枝へと、木から木へと。生垣にいた鳥が、見る間に庭へと。庭から生垣に来たかと思うと、その中でだって入れ替わる。チョンと飛んでは。
 賑やかにさえずって、クルクルと居場所を変える小鳥たち。気の向くままに飛び回って。
 その姿がとても楽しそうな上に、どの小鳥たちも愛らしいから。
(来てくれないかな…)
 ぼくの所にも、と待っているのに、気にも留めない小鳥たち。どんなに静かに立っていたって、人間は木とは違うから。そうっと片手を出してみたって、小鳥たちはまるで見向きもしない。
 自分たちだけの遊びに夢中で。さえずり交わして、生垣の中でかくれんぼで。
 沢山いるから、一羽くらいは来てくれたって、と覗いてみても知らんぷり。逃げないけれども、寄っても来ない。人間なんかは知らないよ、と。
(手乗りの小鳥じゃないものね?)
 野生の小鳥はこういうもの、と思うけれども、ちょっと残念。友達同士か、大勢だけれど大家族なのか、仲良しらしい小鳥たち。
 ほんの少しだけ、一緒に遊んでみたいのに。一羽でいいから、来て欲しいのに。



 仲間じゃないから仕方ないけど、と諦めて歩き出した道。いくら待っても、小鳥は来ない。
 あまりしげしげ眺めていたなら、怖がらせるかもしれないから。此処は危ない、と慌てて飛んで行ってしまったら、悲しい気持ちになるだろうから。
 鳴き交わす声が遠くなっていって、帰り着いた生垣に囲まれた家。庭に小鳥は一羽もいないし、寂しい気分。やっぱり遊んで貰えないよ、と。
 「ただいま」と家の中に入って、制服を脱いで、ダイニングに行っておやつを食べて。
 小鳥たちのことなどすっかり忘れて、二階の部屋に戻って来たら…。
(あれ…?)
 耳に届いた小鳥の声。帰り道に聞いた、賑やかなさえずり。軽やかに、とても楽しげに。
 窓の方だ、と駆け寄って覗いたガラスの向こう。庭の木の梢、枝から枝へと飛び移ってゆく影が沢山。小さくて、翼を持った影。
(あの小鳥たち…!)
 うちに来たんだ、と嬉しくなった。きっと、おやつを食べている間に、庭から庭へと移動して。次の遊び場は何処にしようかと、生垣や木を幾つも移って。
 陽の当たる場所に出て来た時には、影はきちんと小鳥になる。羽根の模様が見えるから。
(何の鳥だろ…?)
 野生の鳥には詳しくない。鴨や鷺なら分かるけれども、こんな小さな鳥たちは。
 名前は何でもかまわないけれど、遊んでみたい小鳥たち。あんなに沢山来ているのだから、一羽くらいは好奇心の強い小鳥が混じっていてもいい。「此処は何かな?」と覗きに来る鳥。
 そういう小鳥が来るといいよね、と窓を開けたけれど、側の枝までやって来るだけ。窓の中には向いてくれない、小鳥たちの目。窓枠にだって来てくれない。
(人間だけじゃなくて、家も駄目なの…?)
 少し止まってくれもしないの、と見ている間に、小鳥たちは隣の家の庭へと行ってしまった。
 鳴き交わしながら、「今度はこっち」と。「あっちの庭も楽しそうだよ」と。



 小鳥たちがいなくなった庭。鳴き声も隣の庭に移って、もう戻っては来ないだろう。お隣の次は別の庭へと行くのだろうし、残念だけれど、これでお別れ。
 溜息をついて閉めた窓。勉強机の前に座って、頬杖をついて考える。
(さっきの小鳥…) 
 帰り道でも遊べなかったし、窓を開けても駄目だった。人間は相手にされないから。小鳥たちは見てもくれないから。木から木へなら、飛び移るのに。木の枝だったら、止まるのに。
(ぼくだと来てもくれないよ…)
 人間と木の枝は違うのだから、当然と言えば当然のこと。人間と小鳥も、違う生き物。見た目も言葉もまるで違うし、「おいで」と呼んでも届かない言葉。小鳥たちの耳には、ただの雑音。
(雑音どころか、怖がっちゃうかも…)
 人間が来た、とビックリして。捕まるのかも、と大慌てで逃げて行ったりもして。
 こちらにそんなつもりは無くても、小鳥には通じないのだから。「おいで」と言ったか、叱っているのか、それさえも分からないのだから。
(…小鳥の言葉…)
 小鳥の言葉を喋れたならば、あの小鳥たちは、自分の手にもチョンと止まってくれるだろうか。手から頭へ、頭から肩へ、次から次へと飛び移りもして。
 部屋にも遊びに来るのだろうか、窓を開けて小鳥の言葉で呼べば。「こっちだよ」と。



(手乗りの小鳥は…)
 どうだったかな、と思い浮かべた愛らしい小鳥。友達の家で何度か出会った。
 けれど、友達が小鳥に話し掛けていた言葉は、人間の言葉。「おいで」も、「こっち」も。どの友達の家の小鳥も、人間の言葉を聞いていた。
(そういう訓練、するんだっけ…)
 飼い主の友達に教わったこと。手乗りの小鳥の育て方。
 卵から孵って、親鳥でなくても世話が出来るくらいになったなら…。鳥籠から出して、手の上で餌を食べさせる。人間の手を怖がらないよう、人間の手は優しいものだと覚えるように。
 そうして大きくなった小鳥は、すっかり手乗り。飼い主でなくても、差し出された手にチョンと止まってくれたりもする。飼い主が「ほら」と乗せてくれたら。
(人間を仲間だと思っているのかな?)
 小さい頃から一緒に暮らして、親鳥と同じで餌も食べさせてくれるから。身体の大きさがまるで違っても、話す言葉が違っていても。
 手乗りでなくても、人工的に卵を孵すと、そうなる鳥もいるそうだから。人間を親だと思い込む鳥。人間の後ろをついて歩いて、一緒に遊んだりもして。
 自分が鳥だと気付かないくらいに、人間に慣れる鳥もいるのだと何処かで聞いた。自分の仲間の鳥を見たって、「あれは誰?」と驚いてしまう鳥。
 卵から孵ったばかりの時から、人間と一緒だったから。人間に育てて貰ったから。



 そういうことでもないと無理かな、と思った鳥と遊ぶこと。小さい頃から世話をするとか、卵を孵してやるだとか。
 もしもシャングリラで鳥を飼っていたら、その光景を見られたろうか。人間を仲間だと思う鳥。違う言葉を話していたって、人間も鳥も同じものだと考える鳥。
 けれど、シャングリラの鶏たちでは起こらなかった、素敵な出来事。友達になれなかった鶏。
(…鶏、遊びで飼っていたわけじゃなかったから…)
 卵を産ませて、肉にもしたのが鶏たち。友達になったら、肉には出来ない。生まれた卵を貰って食べることだって。…卵からは雛が孵るから。食べてしまったら、雛は生まれないから。
(…友達になったら駄目だよね…)
 それだと生きていけなくなっちゃう、と思い浮かべたシャングリラ。白い鯨はミュウの箱舟。
 船の中だけが世界の全てで、自給自足で生きていた船。鶏の肉も卵も食べられないとなったら、たちまち困ってしまう船。
(鶏と友達になるのは駄目だし、前のぼくたちは鶏しか…)
 飼っていなかったから、鳥と遊ぶのは無理、と思ったけれども、不意に頭を掠めた記憶。鶏ではなくて、鳥を見上げていた自分。
 今日の自分がやっていたように、枝から枝へと飛び移る鳥を。
 シャングリラに鳥はいなかったのに。…欲しかった幸せの青い鳥さえ、シャングリラでは飼えはしなかったのに。



(…なんで…?)
 いない筈の鳥を見ていたなんて、と傾げた首。何処で見上げていたのだろう、と。
 白いシャングリラには鶏だけしかいなかったのだし、鳥がいたなら、船の外しかないけれど。
(…どうして、鳥…?)
 何のために鳥を見ていたろうか、と考える内に思い出したこと。前の自分が見ていた鳥たち。
 アルテメシアに降りていた時、山や林で鳥たちが何羽も遊んでいる所に出会ったら…。
(ぼくの所に来ないかな、って…)
 一羽くらいは来てくれないかと、姿を見上げていたのだった。今日の自分がしていたように。
 楽しげに鳴き交わす鳥の世界には、人類もミュウも無いだろうから。どちらも同じに「人間」なだけで、そういう姿をしている生き物。鳥たちの目には、きっとそう。
 だから一緒に遊びたかった。自分を「人」だと思ってくれる鳥たちと。
(…だけど…)
 いくら見ていても、来なかった小鳥。少し大きめの鳥たちも。
 枝から枝へと飛び移りはしても、自分の方へは来てくれない。手を差し伸べても、「おいで」と思念波で呼び掛けても。
 鳥たちは自分の遊びに夢中で、飽きてしまったら飛び去るだけ。次はあっちで遊ぼうと。
 どんなに熱心に見上げていたって、「遊ぼう」と思念で呼び掛けたって。



 前の自分にも出来なかったらしい、鳥を呼ぶこと。鳥たちと一緒に遊ぶこと。
 巧みにサイオンを操った、ソルジャー・ブルー。それでも鳥たちの世界に入ってゆくことは…。
(出来なかったし、今のぼくだと…)
 もっと出来ない、とガックリと肩を落とした所へ、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで問い掛けた。
「あのね、ハーレイ…。ハーレイも小鳥とは遊べないよね?」
 友達みたいに、手とか肩とかに止まって貰って。怖がられないで、遊ぶってこと。
「はあ? 小鳥って…」
 俺の身体は確かにデカイが、それと小鳥に怖がられるかは別問題で…。
 どちらかと言えば、好かれる方だぞ。俺の家では飼ってないがな、小鳥とかは。
「えっとね…。手乗りじゃなくって、普通の小鳥」
 外で生きてる野生の鳥だよ、そういう小鳥はハーレイとは遊んでくれないでしょ?
「それはまあ…。野鳥と手乗りじゃ全く違うな」
 あちらの方から寄っては来ないし、人間の手にも止まらない。鳥には鳥の世界があるしな。
 人間に育てられた鳥とは、まるで事情が違うってもんだ。
 しかし、そいつがどうかしたのか、いきなり鳥の話だなんて…?
「今日の帰りに、小鳥が沢山遊んでて…。ぼくの方にも来ないかな、って見てたのに…」
 ちっとも相手にしてくれなくって、木の枝とかに夢中なんだよ。生垣の中でかくれんぼとか。
 家に帰ってから、ぼくの家の庭にも飛んで来たから…。窓を開けたけど、やっぱり駄目。部屋の中には来てくれないし、窓枠にも止まってくれないし…。
 残念だよね、って思っていたら、前のぼくのことを思い出しちゃった。
 前のぼく、鳥と遊びたいと思っていたんだよ。…今日のぼくみたいに、小鳥たちと。
「鳥ってことは…。青い鳥か?」
 お前、欲しがっていたからな。幸せの青い鳥ってヤツを。
「青い鳥じゃなくて、普通の鳥だよ」
 アルテメシアに棲んでた鳥たち。山や林に降りた時には、出会うこともよくあったから…。
 鳥の世界なら、人類もミュウも無い筈なんだし、ぼくと遊んでくれるかな、って…。
 人類もミュウも、鳥が見たなら、人間だとしか思わないものね。



 遊ぼうと思って頑張ったのに駄目だった、と話したら。思念波を使って呼び掛けてみても、鳥は来てくれなかったのだと、溜息を一つ零したら…。
「そりゃ無理だろうな、人間と鳥じゃ、言葉が全く違うんだから」
 思念波で呼んでみたって同じだ、思念波も人間の言葉だからな。声か思念かの違いだけで。
 ナキネズミどものようにはいかんさ、鳥が相手では。
「やっぱり無理…?」
 前のぼくでも無理だったんなら、今のぼくにも無理だよね…。
 今日、会った小鳥、ホントに楽しそうだったのに…。一緒に遊びたかったのに…。
「話をしようというのは無理だな、鳥と俺たち人間ではな」
 だが、呼ぶことは出来るんだぞ。野生の鳥でも、「こっちへ来いよ」と。
 そうやって沢山呼び寄せていれば、肩に止まったりするのも出て来る。好奇心の強い鳥ならな。
「野生の鳥って…。餌で?」
 沢山集めてやるんだったら、餌をたっぷり用意するの?
「呼び寄せた以上は、餌をやるのもいいんだが…。うんと仲良くなれるんだが…」
 餌があるから、と呼んでやった所で、鳥に通じやしないだろう?
 あちらが見付けてくれない限りは、餌では呼べん。餌場を作ってやるにしたって。
 鳥を呼ぶには、鳴き真似なんだ。そいつが一番早いってな。
「鳴き真似…?」
 なあに、それ?
 鳥の鳴き声の真似をするってことなの、それで合ってる?
「その通りだが?」
 もっとも、猫や犬じゃないから、声で真似るのは難しい。…其処の所は、鳥にもよるが。
 その辺の小鳥の鳴き真似をするなら、口笛を使うのが定番だな。



 こんな具合に、とハーレイが吹いた口笛のウグイス。「ホー、ホケキョ!」と本物そっくりに。
 今はウグイスの季節ではないのに、本物が部屋で鳴いたみたいに。
「凄いね、上手い…!」
 ハーレイ、本物のウグイスみたい。口笛だなんて、側で見てなきゃ分からないよ。
「そうだろう? こいつには俺も自信があるんだ、昔から」
 これを吹いてりゃ、ウグイスがやって来るってな。この声で鳴く季節だったら。
 聞こえる所に本物がいれば、聞こえた途端に、俺の所へ。
「本当に? …ウグイスが近い所にいたら?」
 聞こえたら直ぐに遊びに来るわけ、ハーレイを仲間と間違えて…?
「ウグイスの場合は、遊びに来るんじゃないんだがな。やって来る理由は喧嘩だ、喧嘩」
 俺と喧嘩をしなきゃならん、と大急ぎで飛んで来るってわけだ。
 この鳴き声は、オスのウグイスの縄張り宣言みたいなものだから…。
 そいつが聞こえて来たってことはだ、他のウグイスが縄張りに入っているわけで…。
 自分の縄張りを荒らしに来たな、と慌てて調べにやって来る。どんなヤツだ、と確認しに。
 向こうは向こうで、この鳴き声で鳴くんだぞ。何しに来た、という警告だな。
 それに応えて鳴いてやったら、「まだいるのか」と向こうも返す。「さっさと出て行け」と。
 俺とウグイスとで「ホーホケキョ」と何度も交わしてる内に、どんどん近くなって来て…。
 直ぐ近くまで飛んで来るなあ、相手のウグイス。
 もっとも、相手が人間様だと気付いちまったら、行っちまうんだが…。
 人間様には用は無いしな、追い出さなくてもいいんだから。…縄張り荒らしじゃないんだし。
「遊んでは貰えないんだね…」
 せっかくウグイスが側まで来たって、人間だとバレたら行っちゃうなんて。
「元から喧嘩のつもりだからなあ、仕方ないだろ」
 鳴いていたのが本物だったら、顔を合わせた途端に喧嘩だ。そりゃあ物凄い喧嘩らしいぞ。
 ウグイスの喧嘩は、足まで使うらしいから…。
 足で相手の羽根を掴んで、引っ張って毟っちまうんだ。掴み合いの喧嘩だ、鳥のくせに。
 だからウグイスの鳴き真似をしても、喧嘩の相手を呼ぶだけなんだが…。



 俺の親父は笛を使うな、とハーレイが教えてくれたこと。鳥寄せのバードホイッスル。
 名前の通りに、鳥の鳴き声を真似られる笛。
「一種類だけじゃないんだ、バードホイッスルで真似られる鳥は」
 色々な鳥の声を真似られる便利な笛だぞ、本物そっくりの音で鳴るから。
「そんなのがあるの?」
 笛を吹くだけで鳥の声になるの、ハーレイがやったウグイスみたいに?
「吹くだけでは無理だな、練習しないと。こういう風に、と鳥の声を真似て」
 上手く吹いたら、いろんな鳥を呼べるってな。何通りもの音を鳴らしてやれば。
 どういうわけだか、猫まで来るが…。
「猫…?」
 それは鳥じゃないよ、笛の音とも似ていないように思うけど…。猫の鳴き声。
 生まれたばかりの赤ちゃん猫なら、ちょっぴり似ているかもだけど…。
「鳥は餌だろ、猫の場合は。…捕まえられたら、新鮮な肉が食えるんだ」
 多分、そいつが狙いなんだろうな、直ぐ近くに美味い餌がいるぞ、と。
 笛の音だか、本物なんだか、猫には分からないんだから。
 そうやって猫が来てしまったら、呼び寄せた鳥を食っちまうから…。
 おふくろがミーシャを飼ってた頃には、親父は家では吹いていないぞ、バードホイッスル。
 今も庭で吹こうと思った時には、猫が来ないか見張っているなあ、あちこち眺めて。



 隣町の家で、ハーレイの母が飼っていたミーシャ。甘えん坊の真っ白な猫。
 ミーシャが家に住んでいた頃は、ハーレイの父は、釣りに行く時にバードホイッスルを吹いた。釣り糸を垂れて魚を待っている間に、鳥寄せの笛を。
 子供時代のハーレイを連れて、キャンプなどに出掛けて行った時にも。
「凄いぞ、親父の鳥寄せの腕は」
 家で吹いても、鳥が呼べるほどの腕だから…。自然の中だと沢山来るんだ。
 呼び寄せた鳥が虫を食うなら、釣り用の餌を分けてやったりしていたな。「食うか?」ってな。
「…その鳥、どれも野生の鳥だよね…」
 笛を吹いたら、餌を食べに来てくれるんだ…。鳥の言葉で呼べるんだね、鳥を。
 ハーレイも、バードホイッスル、吹ける?
 さっきやってたウグイスみたいに、色々な鳥の真似が出来るの?
「教えては貰ったんだがなあ…。こうやるんだ、と」
 残念ながら、親父ほどの腕は無かったな、俺は。笛の練習より、釣りやキャンプが面白いから。
 子供というのはそうしたモンだろ、練習するより遊ぶ方が好きで。
「そうかも…。ハーレイが練習しなくったって、お父さんが鳥を集めてくれるんだから…」
 自分でやろうとは思わないかもね、練習してまで。…直ぐには上手く吹けないんなら。
 今はどうなの、前よりも上手い?
「…今か? 長いこと吹いていないんだが…」
 柔道と水泳をやっていたんじゃ、鳥とは殆ど縁が無いしな?
 まるで駄目だな、吹くチャンスが無い。たまに親父と釣りに行っても、忘れているし…。
 親父も俺と出掛ける時には、鳥を呼ぶより俺と話すのが優先だしな。



 せっかく親子で釣りなんだから、と言われれば、そう。バードホイッスルを吹くより、あれこれ話をするのだろう。今は離れて暮らしているから、なおのこと。
 鳥の鳴き真似で鳥と話すより、親子の会話。そっちの方が、ずっと楽しくて大切だから。
 そうは思っても、気になるのがバードホイッスル。色々な鳥を呼べるという笛。
「えっと…。バードホイッスル、ぼくでも吹ける?」
 ハーレイのお父さんみたいに上手くなれるかな、沢山の鳥が来るほどに?
 呼んだ小鳥に餌をやったり出来るくらいに…?
「そりゃまあ…。お前だって、ちゃんと練習すれば…」
 俺みたいに途中で放り出さなきゃ、充分、上手に吹けるんじゃないか?
 楽器の笛とは違うわけだし、人を選びはしないだろう。…楽器の笛だと選ぶそうだが。
 名人でないと鳴らない笛とか、いい音が出ないって話もあるから。
「じゃあ、やる!」
 バードホイッスルの練習、するよ。色々な鳥の声で鳴らせるようになるように。
 うんと頑張って練習したなら、ぼくでも鳥を呼べそうだから。
「おいおい、練習するって…。今か?」
 この家の庭で練習するのか、バードホイッスルを買って来て…?
「違うよ、もっと先だってば。…もっと大きくなってから」
 前のぼくと同じ背丈になったら、ハーレイとデートに行けるでしょ?
 ハーレイのお父さんたちにも会いに行けるよ、隣町の家までドライブをして。…それからの話。
 ぼくがハーレイや、ハーレイのお父さんたちと釣りに行くようになってからだよ。
 バードホイッスルを上手く吹くには、先生がいないと無理そうだもの。
 お父さんに習うのが一番いいと思うから…。名人なんでしょ、バードホイッスルも?
 釣りだけじゃなくて、そっちも名人。
「ふむ…。それで親父に教わろうってか、いい考えではあるんだが…」
 本当の所は、一番の先生は、親父じゃなくって自然だってな。
 吹き方の基本を覚えた後には、自然の鳥を真似るんだ。…自然の中で、耳を澄ませて。
 どう鳴いてるのか、自分の耳で聴いて覚えて、その通りに吹けるよう練習する、と。
「面白そう…!」
 自分の耳で覚えるんだね、鳥の鳴き声。…ぼくの先生、本物の鳥の声なんだ…。



 とっても素敵、と思った先生。バードホイッスルの吹き方は鳥が教えてくれる。本物の鳥が。
 上手く鳴らせるようになったら、呼べる鳥たち。山や林や、家の庭でも。
 前の自分には出来なかったこと。鳥たちを集めて遊ぶこと。
 それが出来そう、と嬉しくなった。前の自分とは比較にならない、不器用すぎるサイオンの持ち主の自分でも。思念波もろくに紡げなくても。
 バードホイッスルを吹けば、鳥たちが来るのだから。鳥の言葉で呼べるのだから。
「ねえ、ハーレイ…。バードホイッスルで呼べる鳥たち…」
 上手に呼べたら、ぼくと遊んでくれるよね?
 餌を欲しがる小鳥だったら、餌を用意して待ってれば。…直ぐに他所には行っちゃわないで。
 喧嘩しに来る、ウグイスのオスとは違うんだから。
「手や肩に止まってくれるような鳥が、上手く来るかは分からんが…」
 野生なんだし、その時の運次第ってトコか。人間を怖がらない鳥が来たなら、遊べるだろう。
 ただし、そういう鳥が来たって、怖がらせちまったら駄目だがな。
 急に動くとか、いきなりクシャミをしちまうだとか。
「気を付けるってば、鳥をビックリさせないように」
 だから練習してもいいでしょ、バードホイッスル?
 いつかハーレイのお父さんに習って、自然の中でも一杯練習。…家の庭でも。



 やってみたいよ、と頼んだバードホイッスル。いつか大きくなったら、と。
 ハーレイと出掛けられるようになったら、ハーレイの父に手ほどきして貰って。基本を覚えて、自然の中で本物の鳥にも教えて貰って。
「いいでしょ、ハーレイ?」
 楽しそうだもの、鳥と遊べるなんて。…前のぼくでも出来なかったことが出来るだなんて。
 餌を沢山用意して待つよ、虫を食べる鳥のも、パンや果物を食べる鳥たちの分も。
「かまわんが…。俺の留守に庭で練習するなら、猫に注意だぞ」
 さっきも言ったろ、あれを吹いたら猫も来るんだ。御馳走が鳴いているんだから。
 お前が気付いて追い払わないと、来ている鳥が狙われる。猫にとっては御馳走だからな、どんな鳥でも、捕まえさえすれば。
「そっか…。ぼく一人だと、猫がいたって気付かないかも…」
 ハーレイみたいに勘が鋭くないんだもの。それにシールドも張れないし…。
 あっ、シールドが張れたとしたって、それじゃ小鳥も入れない…。猫は来ないけど、来て欲しい小鳥の方だって…。
 じゃあ、ハーレイが家にいる時以外は、猫がいない所で練習なの?
 猫の姿がチラッと見えたら、直ぐに分かるような広い公園の真ん中とかで…?
「そうなっちまうな、小鳥を猫に食われちまいたくなかったら」
 猫がいなくて鳥が沢山いる場所だったら、山や林が一番なんだが…。
 お前一人じゃ行けやしないし、俺が連れて行ってやらんとな。休みの時に。
 だが、その前に…。お前もウグイス、覚えてみないか?
 これなら笛は要らないぞ。この部屋でだって練習出来る。
 ついでにウグイスがやって来たって、喧嘩しに来るわけだから…。
 間違ったって猫に食われはしないな、そうなる前に「なんだ、人間か」と飛んでっちまって。
「えーっと…。ウグイスだったら安心かも…」
 喧嘩するのが目的なんだし、猫の心配、要らないね。
 それに、バードホイッスルが無くても練習出来るから…。ウグイスの真似…。



 今の季節は鳴かないけれど、と吹こうとしたら、「ホー、ホケキョ」と吹けなかった口笛。音が途中で消えてしまって、ハーレイのようにはいかなかった。
「あれ? ウグイス…」
 ホーホケキョ、と吹いてみたいのに、「ヒュッ」と鳴るだけの掠れた音。頑張ってみても。
「お前、口笛、下手だったのか…」
 今の感じじゃ、まるで吹けそうにないんだが…?
 ウグイスが無理なら、ちょっとした曲も吹けないんじゃないのか、口笛では…?
「そうだけど…。ウグイスくらいなら出来るかな、って…」
 曲じゃないから、短いし…。息は続くと思ったんだけど…。
「口笛が駄目だということは…。息だけじゃないな、頬の筋肉が弱いんだ」
 そのせいで上手く吹けないわけだな、音が途中で消えちまう。
 意外だったなあ…。お前、しょっちゅう膨れているから、頬の筋肉、強そうなんだが。
「頬っぺたが弱いって…。そうなの、ぼく?」
 だから口笛が上手じゃないわけ、ウグイスの真似も出来ないの…?
「筋肉の問題だと思うがな?」
 いいから、プウッと膨れてみろ。いつもやってる、お得意のヤツ。
 「ハーレイのケチ!」って時の顔だな、出来るだろ?
「…ぼくがやったら、笑うんでしょ?」
「笑わないから、やってみろ」
 いつも通りに、あの顔を。「ハーレイのケチ!」とは言わなくていいから。



 膨れっ面は得意だろうが、と促されたから、注文通りに膨れてみせたら、大きな手でペシャンと潰された頬。褐色の手で、両方を。
「うむ。…実に見事なハコフグだな」
 前にも言ったが、こうすると似てる。俺の可愛いハコフグだってな、チビのお前は。
「今、笑った…!」
 笑わないって言っていたくせに…!
 酷いよ、ハーレイ、笑おうと思って潰したんでしょ、ぼくの頬っぺた…!
「そう怒るな。少しくらいは許してくれ。…本当にハコフグなんだから」
 可愛いハコフグだと言っているだろ、愛称ってヤツだ。チビのお前にピッタリの。
 この頬っぺたを鍛えてやればだ、口笛が吹けるようになる。ウグイスの真似も、曲だって。
 そういや、前のお前も口笛は一度も吹かなかったか…。
 少なくとも俺は聞いてはいないな、お前、口笛、吹いていたのか?
「…吹いてないと思う。下手だったのかどうかも知らないよ」
 吹こうと思わなかったしね。…どうしてなのかな、口笛、吹いても良さそうなのに。
 お気に入りだった曲が吹けたら、楽しい気分になれそうなのに…。
 前のぼくも口笛、下手だったのかな?
「さてなあ、そいつも俺は知らんぞ。…前のお前から聞いちゃいないし」
 鼻歌はたまに歌っていたのに、口笛は無しか…。まるで気付きもしなかった。
 しかしだ、ソルジャー・ブルーに口笛ってヤツは似合わんし…。
 吹いていなくて正解だったな、今のお前なら練習してても大丈夫そうだが。
「なに、それ…」
 前のぼくだと口笛は駄目で、今のぼくだと大丈夫だなんて、どういう意味?
「なあに、簡単なことだってな。前のお前だと、誰もが注目してたから…」
 似合いそうにない口笛を吹いて歩いていたなら、エラが叱りに来たかもしれん。威厳が台無しになってしまうから、口笛は直ぐにやめるように、と。
 しかし今だと、お前がチビでなくなったとしても、ただのブルーでしかないだろう?
 みんなが注目してないってこった、お前が何をしていたってな。
「それはそうかも…」
 ソルジャーじゃないから、威厳なんかは要らないね。何をしてても。



 前の自分が吹いていたなら、エラに叱られそうな口笛。ソルジャー・ブルーの威厳を損ねると。
 けれども、今の自分は違う。チビの今でも育った後にも、ソルジャーではない、ただのブルー。
 今度は口笛も吹いていいから、練習したっていいらしいから…。
 ハーレイが得意なウグイスの真似から始めてみようか、口笛を吹く練習を。
(頬っぺたの筋肉、鍛えないと吹けないらしいけど…)
 口笛の練習を頑張っていたら、頬の筋肉も強くなるだろう。ウグイスの真似も出来るだろう。
 そしていつかは鳥寄せの笛、バードホイッスルにも挑戦しよう。
(…ハーレイのお父さんに教えて貰って…)
 基本の吹き方をマスターしたなら、自然の中で積む練習。本物の鳥たちを先生にして。どういう声で鳴いているのか、耳を澄ませて、きちんと聴いて。
「口笛もバードホイッスルも練習するから、小鳥、いっぱい呼べるといいね」
 ぼくの手から餌を食べてくれるくらいに、好奇心の強い鳥だって。
 頭にも肩にも、小鳥、沢山止まってくれるといいな…。
「鳥なあ…。前のお前も遊びたかったと聞いちまうとな…」
 シャングリラには鶏だけしか、いなかったせいもあるんだろうな。
 お前が欲しがった青い鳥は船じゃ飼えなかったし、余計に惹かれたんだろう。鳥ってヤツに。
 そうでなくても、人類もミュウも気にしちゃいない鳥の世界は、大いに魅力的なんだしな。



 前のお前の夢だった鳥を山ほど呼ぶか、とハーレイが言ってくれるから。餌も色々用意しようと頼もしい言葉もくれたから。
 いつかハーレイと暮らし始めたら、山で、林で小鳥を呼ぼう。色々な鳥を。
 最初は口笛で呼べるウグイス、来ても喧嘩が目的だけれど。
 綺麗な鳴き声はオスの縄張り争い、その代わり、猫には攫われない。やって来たって、遊ぼうと思っていないから。縄張りを荒らしたオスのウグイス、それと喧嘩をしに来るのだから。
(…ぼくと喧嘩は出来ないんだから、直ぐに行っちゃう…)
 鳴き声の主が人間なのだと分かった途端に、飛んで行ってしまう鳥がウグイス。それでも充分、練習は出来る。猫を気にせず、家の庭でも。
 口笛でウグイスを真似るのが無理でも、鳥寄せの笛のバードホイッスル。
 練習をすれば、きっと上手に吹けるだろう。何種類もの鳥の鳴き声を、その笛で。
「ハーレイ、ぼくがバードホイッスルを吹けるようになったら…」
 青い小鳥も来てくれる?
 山や林の中で吹いたら、綺麗な青い鳥だって。
「そうだな、オオルリは難しそうだが…」
 青い鳥は他にも色々いるから、上手く真似れば来てくれるだろう。
 餌も用意しておかんと駄目だな、青い鳥が喜びそうな餌。
 でないとお前に恨まれちまう。せっかく青い鳥が来たのに、餌が無いから行っちまった、と。



 青い鳥の餌を調べないと、とハーレイも協力してくれる。いつか鳥たちと遊ぶ時には。
 前の自分にも出来なかったこと、鳥たちを呼んで遊ぶこと。
 それが出来るのが今の自分だから、ハーレイと二人で楽しもう。「こんなに来たよ」と。
 山や林でバードホイッスルを吹いて、沢山の鳥を呼び集めて。
 地球は凄いねと、青い鳥もいるよ、と。
 アルテメシアよりもずっと沢山と、シャングリラには鶏しかいなかったのに、と。
 きっと幸せだろうと思う。鳥に囲まれて遊ぶ自分は。
 小鳥たちと同じ世界で遊んで、餌をやったり、眺めたり。
 満足するまで一緒に過ごした後にも、帰ってゆく先は地球の上。
 鳥のいない船に戻ってゆくことはなくて、地球の地面に建っている家。
 ハーレイと暮らす家の庭でも、呼んだら鳥は来るのだから。
 猫が狙わないよう気を付けていたら、いつでも鳥たちを呼べるのだから…。




         鳥たちの言葉・了


※前のブルーにも出来なかったのが、鳥たちを呼んで遊ぶこと。鳥には思念が通じなくて。
 今なら、バードホイッスルで鳥を呼べるのです。いつかハーレイと山や林で、沢山の鳥を…。
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