シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
(あれ?)
似てる、とブルーが眺めた車。学校の帰りに、いつもの路線バスの窓から。
信号停止中の対向車。一番前で。それに瞳を惹き付けられた。「おんなじ色だ」と。
(ハーレイの色…)
前のハーレイのマントの色をした車。深みのある濃い緑色。ハーレイの愛車と同じ色だけれど、そっくりなのは車体の色だけ。
(似てるの、色だけ…)
形はちっとも似ていないよ、と眺めた車。色は本当にそっくりなのに。
止まっている車は、カブト虫みたいにコロンとした車体。可愛い印象。走り出したらコロコロと音が聞こえて来そう。コロコロコロと軽やかな音。本当に可愛らしいから。
(誰が運転しているの?)
今の場所ではまだ見えない。横断歩道とかが間に入って、ちょっぴり離れているものだから。
信号が青に変わったらバスとすれ違うのだし、「まだかな?」と待った青信号。バスも他の車も動き始めたから、興味津々、近付いて来る緑色の車を見ていたら…。
(わあ…!)
運転席には、少し年配のおばあちゃん。助手席に大きな犬を乗っけて。
犬の種類は分からないけれど、お行儀よく座ってシートベルトも。御主人の隣で得意そうな顔。余所見もしないで、クルンとした目で前を見詰めて。
(…犬まで乗ってる…)
ビックリしちゃった、と瞬きする間に、バスの横を通って走り去った車。名残惜しくて後ろを向いて見送った。行っちゃった、と。
遠ざかってゆく車の中には、シルエットになった犬とおばあちゃん。何処まで行くのか、一人と一匹が乗っている車。コロコロと音はしなかったけれど、コロンと丸くて濃い緑色。
車が見えなくなった後。同じ色でも、ハーレイの車とは似てなかった、と不思議な気持ち。色に惹かれて眺めていたのに、形も、乗っている人も。犬まで一緒にドライブしていた。
(ハーレイのお母さん、あんな感じかな?)
不意に頭に浮かんだ考え。隣町で暮らすハーレイの母。庭に大きな夏ミカンの木がある家で。
ハーレイの母が飼っていたのは真っ白な猫のミーシャだけれども、もしも車を運転していたら。今もミーシャが家にいたなら、助手席に乗せて走りそう。落っこちないようにケージに入れて。
(猫だとシートベルトをしたって…)
スルリと抜けてしまうから。さっき出会った犬ほど大きくないのだから。
猫を助手席に乗せてやるなら、ケージに入れてシートベルトをかけるのだろう。ハーレイの母が運転するなら、ミーシャも一緒に乗せてゆく筈。「お出掛けしましょ」と。
(車の免許…)
ハーレイの母が持っているとは聞かないけれども、会えたような気分。
顔も知らないハーレイの母に、バスの窓越しに偶然に。違う人だと分かっていたって、なんだか似ている気がするから。
ついつい惹かれた、ハーレイの車と同じ色の車。それに優しそうだったおばあちゃん。
今日までにハーレイから色々と聞いた、ハーレイの母と重なる印象。コロンとした車も、犬まで乗っけていたことも。
真っ白なミーシャは猫だったけれど、大きな犬なら、あんな風に乗せて走りそうだから。
ホントに何処か似ているかもね、と考えてしまう、行ってしまった車の運転手。ハーレイの母を思い浮かべたおばあちゃん。最初は車の色に惹かれただけなのに。
(こうして見てると…)
色々な車が走っている道路。形も色も、様々な車。全部同じに車だけれども、澄まし顔のとか、悪戯っぽい雰囲気の車とか。どれも溢れている個性。よくよく車を眺めてみたら。
(乗っている人も車と似てる?)
どうなのかな、と注意していると、そういう感じ。大真面目な顔に見える車は、カッチリとしたスーツを着込んだ男性。茶目っ気たっぷりの車の運転席には、ラフな格好の男性だとか。
どの車にも、それが似合いの運転手。男性も女性も、まるで車とセットみたいに。
運転している人と違うんだけど、と思う車は…。
(借りてるのかな?)
家族の車を、その人が。留守の間に乗っているとか、兼用だとか。
あまり車に乗らない家なら、車は一台あればいい。それを貸し借り、その日の都合で。御主人が乗っていない日だったら、乗るのは奥さん。
(だけど、車は御主人の趣味…)
これにするんだ、と御主人が決めた車だったら、奥さんには似合わないだろう。子供にだって。免許を持っている息子さんが借りて乗っていたって、きっと同じに似合わない。
(息子さんの趣味で決めちゃってたら…)
御主人とは違う印象の車。奥さんの趣味で決めたって。
家族で車を兼用するなら、似合わない人も出て来る筈。みんな個性は色々だから。
そうなのかもね、と考えながら降りたバス停。運転する人と車はよく似ていたから、どの車にも個性が出るのだろう、と。それを選んだ人の個性が。
(パパの車も…)
父に似合うし、ハーレイの車もハーレイにピッタリ。どんな服を着て乗っていたって。仕事用のスーツでも、普段着でも。これがそうだ、と一目で分かる気がする車。
バス停から家まで歩く途中の、ご近所さんの家を見ていても…。
(車で分かる人が多いかも…)
ガレージに停まっている車。家の人がいるなら、色々な顔で。澄ましていたり、茶目っ気のある車だったり。
持ち主は誰か、直ぐにピンと来る車たち。どれも個性がある車。色や形や。
気を付けていたら、まるで同じのは無い車。似たように見えていた車だって、近付いてみたら、違っている車体の細かい部分。車には詳しくないけれど。
(きっと、こだわり…)
これにしよう、と車を買う時に。この車よりは、こっちの車、と。
考えてみたら面白い。どんな車も、みんな持ち主の個性が出ているから。大好きな色や、好みの形。そういったものを詰め込んで選んだ車だから。
車があんなに個性的だなんて、と感心しながら家に帰って、おやつの時間。
ダイニングで味わう、母が用意してくれたケーキと紅茶。母は車に乗らないのだから…。
(ママが運転するんだったら、パパの車で…)
母にはあまり似合わない。父が選んだ車なのだし、当然の結果。色も形も、父の個性が出ている車なのだから。
それが似合わない母が乗るなら、どんな車になるのだろう?
母が自分で選ぶなら。運転手は母だ、と誰が見たって思いそうな車に乗るのなら。
(ハーレイのお母さんみたい、って思った車は…)
意外に似合うかもしれない。濃い緑色で、コロンと可愛い形をしていた車。濃い緑色だと母には少し渋すぎるから、それを変えれば。
色次第かも、と想像していた所へ、母が通り掛かったから訊いてみた。
「ママ、車に乗るなら、どんなのが好き?」
運転免許は持っているでしょ、ママが選ぶとしたら、どういう車?
「どんなのって…。ブルーは車に詳しくないでしょ?」
好きな子供は大好きだけれど、ブルーは車に興味が無いから…。分からないんじゃないの?
車の種類を言ったって、と首を傾げながらも側に来てくれた母。隣の椅子に腰を下ろして。話は聞いて貰えそうだから、続けた質問。
「車の種類は分かんないけど…。コロンと可愛い車とか…」
ちょっとカブト虫みたいに見える車は、ママ、好きじゃない?
「好きよ、どうして分かったの?」
「やっぱり…! あの車、ママに似合いそうだと思って…」
どんな色が好き、車の色も沢山あるから…。ああいう形の車に乗るなら、何色がいい?
「そうねえ…。ママがあの車に乗るのなら…」
この色かしら、と母が答えてくれた色。ちょっとお茶目な黄色でもいいし、白も好きよ、と。
どちらも母に似合った感じ。コロンとしていて黄色でも。真っ白でコロコロ走っていても。
思った通り、車は人に似るらしい。それを運転している人に。
当たっていたよ、と思った車。運転手の個性が出る車。
(ふふっ、車は持ち主そっくり…)
選んだ人で決まるんだよね、と二階の自分の部屋に戻って考える。勉強机の前に座って。
今のハーレイが乗っている車も、持ち主の個性が出ている車。形もそうだし、何よりも色。濃い緑色は、前のハーレイの色だから。キャプテン・ハーレイの背中のマントと同じ色。
あの緑色がハーレイの色、と濃い緑色の車を思い浮かべていて気が付いた。
(ハーレイ、次は白だ、って…)
次に車を買い替える時は白にしよう、と言ったハーレイ。白い鯨の、シャングリラの白に。
初めて車を買った時から、ハーレイの車は濃い緑色。白い車も勧められたのに、欲しい気持ちがしなかったという。
(…ぼくが隣にいなかったから、って…)
ハーレイにそう聞かされた。「今から思えば、そうなんだろうな」と。
白いシャングリラは、二人で暮らした船だったから。ハーレイが一人で乗っていたって、寂しい船でしかなかったから。
前の自分をメギドで失った後は、一人きりになってしまったハーレイ。白いシャングリラを地球まで運ぶためだけに、ハーレイは独りぼっちで生きた。恋人はもう乗っていなかった船で。
その悲しすぎる記憶が無くても、ハーレイは白い車を避けた。白い車もいいと思うのに、何故か乗りたくなかったから。「この色じゃない」と思ったから。
代わりに選んだ、青年が乗るには渋すぎる色。今では似合っているけれど。
濃い緑色もハーレイらしくて素敵だけれども、次の車は白になる。白い鯨と同じ色に。
今の車を買い替える頃は、大きく育った自分が隣に乗っているから。助手席に座って、デートやドライブに一緒に出掛けてゆくのだから。
「お前と二人で乗るんだったら、白でなくちゃな」とハーレイが決めた、次に買おうと思う色。
二人だけのために走るシャングリラは白でないとと、白い車に買い替えようと。
ハーレイが運転する車の色は、次の車からガラリと変わる。濃い緑色からシャングリラの白に。正反対と言っていいほど、暗い色から明るい色に。
(だけどハーレイ、白だってちゃんと似合うから…)
大丈夫だよ、とコクリと頷く。まるで違った車の色でも、きっとハーレイらしくなる筈。
庭で一番大きな木の下、ハーレイとお茶を飲む白いテーブルと椅子。褐色の肌が映える色だし、前のハーレイが舵を握ったシャングリラだって白かった。どちらもハーレイに似合う白。
車だってきっと、白に変えてもハーレイの色。
濃い緑をやめてしまっても。形は今のままで白にしたって、その車は白いシャングリラ。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイが舵を握った船と同じに、ピッタリの車になるのだろう。誰が見たって、今のハーレイに似合いの車に。
「先生、この色も似合いますね!」と、生徒たちだって褒める車に。
きっとそうだ、とハーレイの白い車を思う。白い車も似合う筈だもの、と。
(車が人に似るんだったら…)
運転する人の個性が表れるのなら、本物のシャングリラは前のハーレイに似ていただろうか?
前の自分たちが乗っていた船は。ハーレイが動かしていた白い鯨は。
(似ていたかも…)
あれもハーレイらしかったかも、と懐かしい船を思い出す。楽園という名のシャングリラ。
ミュウの箱舟だったけれども、いつも堂々としていた船。漆黒の宇宙を飛んでゆく時も、雲海に潜んでいた時も。
あの時代に宇宙に存在していた、どの宇宙船よりも大きかった船。
自給自足で生きてゆくには、船の仲間たちの世界を丸ごと乗せてゆくには、それだけの大きさが要ったから。元の船では、船の中だけでは生きられないから。
(改造前のシャングリラだと…)
元は人類のものだった船だと、ハーレイらしいという気はしない。何処にでもある宇宙船。
白い鯨がハーレイの船。
舵を握っていたハーレイのように、どんな時でもビクともしない、その強さ。人類軍の爆撃機に囲まれ、爆弾を山と浴びせられても。船体があちこち傷ついたって。
シャングリラは沈まなかったんだよ、と時の彼方に思いを馳せる。
前の自分が生きていた間も、いなくなった後も、白いシャングリラは飛び続けた。執拗なほどに攻撃されても、損傷した箇所を抱えながらも。
前のハーレイもそうだった。攻撃を受けた時の衝撃、それで額を打ち付けたって。血が流れても手当てもしないで、懸命に指揮を執り続けた。シャングリラが沈まないように。
(やっぱり似ちゃうものだよね…?)
車だけじゃなくて船だって、と考える運転手の個性。ハンドルか舵かの違いというだけ、動かす人に似てくるもの。車も船も、と笑みを浮かべた所へチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり車の話。
「あのね…。車って人に似てるよね」
色々な車が走っているけど、どれも人間にそっくりだよ。
「はあ? 車って…」
おいおい、車は車だろう。人間様とは似ても似つかないと思うがな?
形からしてまるで違うし、第一、車は動きはしたって、生き物ですらもないんだから。
「そういう意味で似てるっていうんじゃなくて…。車の色とか形のこと」
どの車も、それを運転している人に似てない?
借りてる車だと似てないけれども、自分で選んだ車だったら。これがいいな、って。
ハーレイの車はハーレイらしい車だと思うし、パパのも、ご近所さんのもそう。
「ふうむ…。なんだって急に車だなんて言い出したんだ?」
しかも人間に似ているだなんて、お前、車に興味は全く無さそうなんだが…?
「ママにも言われちゃったよ、それ。…ホントに詳しくないんだけれど…」
でもね、今日の帰りに乗ってたバスで…。
こういう車を見たんだよ、と話した例の緑の車。助手席に犬を座らせていた、おばあちゃん。
一度も会ったことは無いけれど、ハーレイのお母さんみたい、と。
「なんだか似てる、って思っちゃって…。なんとなく、だけど」
ハーレイのお母さんの顔なんか、見たことないのにね。…見せて貰ったことが無いから。
だけど車も、犬を乗せてたことだって…。ハーレイのお母さんなら、ミーシャを乗せそう。
「ほほう…。おふくろに似た人が運転してた、と」
どんな車だったんだ、その車は?
お前がおふくろらしいと思うからには、車の色ってだけじゃないよな?
俺の車と似たような色の車だったら、けっこう走っているんだから。
「うん。最初は色で気が付いたんだよ、おんなじ色だ、って」
なのに、色しか似てなくて…。形は全然違ってて。
コロンとしていて可愛らしくて、走ったらコロコロ音がしそうで…。それで見てたんだよ、誰が運転してるのかな、って。
そうだ、ハーレイ、見てくれる?
ぼくが見ていた本物の車、サイオンを使えば見られるでしょ?
この手、とハーレイに差し出した右手。「ぼくの記憶を覗いてみて」と。
「確かにそいつが手っ取り早いな、どんな車かも一目で分かるし…」
運転していた人も、隣に乗ってた犬の顔までそのまま分かるってことか。
よし、見てやるから、きちんと思い出してみろ。
お前が帰りに見たらしい車と、それに乗ってた人と犬をな。
いくぞ、と絡められた褐色の手。「見える?」と頭に浮かべた光景。バスの窓から眺めた、濃い緑色の可愛い車。コロンとしていて、おばあちゃんと犬が乗っていた車。
「こんなのだけど…。車と、おばあちゃんと犬」
どう、ハーレイのお母さんに似てる?
それとも、ちっとも似ていないの、と心配になって尋ねてみた。「これか」と頷いて、もう手を離した恋人に。
「そうだな、おふくろに似てると思うぞ。…顔と言うより雰囲気がな」
おふくろは車を運転しないが、運転したなら、きっとこういう感じだろう。
犬だって乗っけて走るだろうなあ、こんなデカイのを飼っていたなら。
自分一人で出掛けてゆくより、「一緒に行こう」と乗せると思うぞ。同じ乗せるなら、隣にな。
きちんとシートベルトをさせて。運転しながら、色々話し掛けたりもして。
「ホント?」
当たってたんだね、ぼくが思った通りだったよ!
本当にハーレイのお母さんだったら、犬じゃなくって猫だろうけど…。
ミーシャがいたなら、ミーシャを乗せて走るだろうけど。
猫だとシートベルトは無理だし、ケージに入れて。…お出掛けするなら、ミーシャも一緒。
ハーレイのお母さん、ああいう人なんだ…。うんと優しそうで、車に乗るならコロンとした車。
あの車、とっても似合ってたんだよ、あのおばあちゃんに。
大当たりだね、と嬉しくなった車のこと。イメージ通りだったハーレイの母。
顔は似ていないらしいけれども、雰囲気が当たっていれば充分。夏ミカンの実のマーマレードをくれる優しい人。こんな人かな、と何度も想像していたのだから。
(あの可愛らしい車のお蔭…)
ハーレイの車と同じ色のコロンとした車。あれに出会っていなかったならば、気付かないままで車は通り過ぎただろう。同じように犬を乗せていたって、あのおばあちゃんが乗っていたって。
(御主人の車とか、息子さんの車に乗ってたら…)
本当に気付かないでおしまい。ついでに、車が運転する人に似ていることにも気付かない。
「ねえ、今、ハーレイが見てくれた車…」
運転してた人に似てるでしょ?
そう思ったから、他の車も見てたんだけど…。どれも似てたよ、車を運転していた人に。
たまに似てない車もあるけど、あれは借りてる車じゃないかな?
自分が選んだ車じゃなくって、家族の誰かが選んだ車。そうじゃないかと思うんだけど…。
「そりゃまあ、なあ? なんたって車なんだから」
運転するのは自分なんだし、自分の好みの車を買いたくなるってな。色も形も。
そうやって選べば、自然と個性が出て来るもんだ。持ち主に似た車になるってことだな。
自分らしくない車を買うヤツ、普通はいないだろうからなあ…。
「じゃあ、ハーレイの車もそう?」
あの緑色はハーレイの趣味だと聞いたけど…。車の種類とかもハーレイの好み?
「当然だろうが、俺が運転するんだから」
俺が乗りたいと思う車にしないと、ドライブしててもつまらんじゃないか。
こんな車は好きじゃない、って車で走って楽しいか、お前?
「…ぼくは運転出来ないけれど…。そうだよね、乗ってて楽しい車がいいよね」
自分の車だ、っていう気持ちになれる車がいいに決まっているよね。
きっと部屋だって同じだろうし…。
落ち着かない部屋で過ごしているより、ゆっくり出来る部屋がいいもの。自分の部屋は。
分かる気がする、と思った車の選び方。車の中は小さな部屋だから。同じ過ごすなら、気持ちが落ち着く部屋の方がずっといいのだから。
それで車は人に似るのか、と納得したら、頭に浮かんだシャングリラ。前のハーレイに似ていた気がする、ミュウの箱舟。どんな時でもビクともしないで、宇宙を、雲海を飛び続けた船。
「えーっと…。前のハーレイはどうだった?」
やっぱりあれも大好きだったの、今の車が好きなみたいに…?
「前の俺って…。大好きも何も、前の俺は車に乗っていないぞ」
乗せて貰ったことならあったが、俺は運転していない。それにお前は知らんと思うが?
前の俺が車に乗っていたのは、アルテメシアを落とした後だから…。
行った先の星で移動する時に、ジョミーと一緒に乗せて貰っていただけだからな。
「車じゃなくって、シャングリラだよ!」
前のハーレイが動かしてたでしょ、シャングリラは。…車の運転と変わらないじゃない。
動かすのが車か宇宙船かっていう違いだけだよ、だからシャングリラも好きだったかな、って。
白い鯨はハーレイに似てたよ、今のぼくはそう思うけど…。
それにハーレイ、シャングリラのこと、好きな船だったと言っていたから…。
車みたいに大好きだったから、シャングリラはハーレイに似てたのかな、って思うんだけど。
「白い鯨が前の俺だってか?」
俺が鯨って…。海にいる鯨は、俺に似てるか?
身体がデカイって所くらいしか、似ているようには思えんがな…?
「本物の鯨は、ハーレイに似てると思わないけど…。あれは少しも似ていないけど…」
白い鯨だったシャングリラなら、前のハーレイに似ていたよ。改造前だと似ていないけど。
改造した後はミュウの箱舟で、いつもみんなを乗せて飛んでた。…どんな時でも。
ブリッジで指揮を執る時のハーレイみたいにしっかりと立って、ビクともしないで。
仲間たちが安心してられる船で、頼もしくって…。
それって前のハーレイだったよ、みんなが頼れるキャプテン・ハーレイ。
「うーむ…。白い鯨は、確かに頼もしい船だったが…」
こいつさえあれば安心だ、と俺も思っていた船だったが、そいつが俺に似てたってか?
考えたことさえ一度も無いなあ、シャングリラと俺が似ているだなんて。
俺に自覚は全く無いが、という返事。似ていると言われたことさえ無いが、と。
「長年、あれを動かしていたが、誰も言ってはいなかったな」
白い鯨が俺に似ているとも、あれが俺らしい船だとも。
動かし方なら、俺らしいと言われることもあったが…。そいつは大抵、褒め言葉じゃない。
荒っぽいことをやった時だな、三連恒星の重力の干渉点からワープするとか、そういったヤツ。
無茶をやらかしたら、「またかい!」とゼルやブラウが派手に怒っていたもんだが。
「そうなの…?」
前のハーレイに似てはいないの、白い鯨は?
とても似てると思ったのに…。車と同じで、動かしている人にそっくりだよ、って。
「間違えるなよ? 白い鯨はミュウの箱舟だったんだ」
あの船に乗ってた全員のものだ、シャングリラだけが世界の全てだったんだから。
動かしていたのが俺だってだけで、シャングリラは俺の船じゃない。
いくら好きでも、俺の持ち物ではなかったわけだな、白い鯨は。
シャングリラの他には、船は一隻も無かったろうが。…小型艇の方はともかくとして。
たった一隻しか無かった船をだ、俺の船だと考えるのは大きな間違いだってな。
「そっかあ…」
シャングリラ、似てると思ったんだけどなあ、ハーレイに…。
ハーレイらしい船だったよね、って考えちゃって、ホントに感心してたのに…。
違うなんて残念、と崩れてしまった「船も動かす人に似るかも」という考え。
車が人に似るように。運転している人の個性が、色や形に表れるように。
白い鯨は、前のハーレイに似ていたから。舵を握る人にそっくりな船に思えたから。船の仲間を守り続けて、沈まなかったシャングリラ。前のハーレイそのものの船。
けれど「違う」と言われたからには、そうなのかとも思ったものの…。ふと閃いた、逆の考え。船も車と同じなのでは、と気付いたこと。
「待ってよ、ハーレイ。…船は増えたよ、ずっと後から」
前のぼくがいなくなった後だけど…。今のぼくが歴史で習ったことなんだけど。
ゼルたちの船が増えていたでしょ、シャングリラの他に。
ジュピターの上空で戦った時は、もうシャングリラだけじゃなかった筈だよ。
「あれか…。エラとブラウとゼルの船だな」
しかし、人類の船を供出させただけだし、三隻とも形はそっくりだったぞ?
個性も何もありやしないし、車のようにはいかないってな。
「そうかなあ? そっくりだったことは認めるけれど…。でも…」
歴史の授業でも教わることだよ、ゼルの船にだけはステルス・デバイスがあったってこと。
それでコルディッツを救えたんでしょ、人類に全く気付かれないで近付けたから。
一隻だけステルス・デバイスを搭載していただなんて、ゼルらしくない?
あのシステムは、ゼルとヒルマンが開発したヤツだったんだから。
「開発者はそうだが、あれをゼルの船に搭載したのはヤエだったぞ」
ゼルじゃないんだ、ヤエの功績だな。そいつを間違えてやってはいかん。
授業では教えないかもしれんが、歴史好きなら知ってることだ。
「そうなんだ…。だけど、それって、ヤエ一人だけで決められたの?」
ゼルの船だけに搭載するとか、エラたちの船には搭載しないでおくだとか。
船の装備に関することだし、ヤエ一人では無理そうだけど?
「それはまあ…。お前が言ってる通りで合ってる、ヤエの意見では決められん」
其処までの発言権は無かったな、ヤエに。…有能なヤツではあったんだが。
なにしろ年が若いからなあ、発言したって、まずは会議にかけんことには…。だかだらだな…。
ゼルの船にだけ搭載されたステルス・デバイス。そうなった理由はゼルの言葉だという。新しく船を加えて艦隊を組むと決まった時に、漏らした一言。
「わしの船を貰えると言うんじゃったら、欲しいんじゃがな」と。
シャングリラが誇るステルス・デバイス、人類はそれを持ってはいない。だからこそ、ミュウの船には欲しい。新たに船を加えるのなら。艦隊を組んでゆくのなら。
開発者ならではの言葉だけれども、ゼルは無理だとも考えていた。ステルス・デバイスを自分の船に搭載することは出来ないと。
元は人類の船だったものを、転用するだけの改造船。構造からして全く違う。シャングリラでも形状そのものを改造しないと、搭載不可能だったシステム。前の船から白い鯨に。
「お前も覚えているだろう。…ステルス・デバイスを搭載するには、改造が必要だったこと」
白い鯨の形にしないと、あれは使えなかったんだ。もちろんゼルも覚えていた。開発者だしな。
人類の船に搭載出来るわけがない、と最初から諦めていたんだが…。
そいつを解決したのがヤエだ。お蔭でゼルの船にはステルス・デバイスがあったわけだな。
「解決したって…。ヤエはゼルより凄かったの?」
「ステルス・デバイスの研究を続けていたからな。…ゼルの理論を元にして」
どういう具合に改良したなら、他の船でも使えるかと。出番があるとは限らないのに。
ミュウが力をつけない限りは、日の目を見そうにない研究だが…。
好きだったんだろうな、研究自体が。
役に立つとか立たないだとかは全く抜きで、一人でコツコツやっていくのが。
ゼルが「欲しい」と言い出した時に、ステルス・デバイスは搭載出来る、と言ったヤエ。
資料を提出して、三隻ともに可能だろう、とも会議で説明したのだけれど…。
慎重派だったエラは、思い切った改造に乗り気にならなかった。ステルス・デバイスは白い鯨にしか無い機能なのだし、人類の船に搭載すれば不具合が生じるかも、と。
ブラウの方は「急ぐんだろ? 無くてもいいさ」と豪快だった。人類の船に載せねばならない、サイオン・キャノンやサイオン・シールド。それだけでも時間がかかるんだから、と。
余裕が出来たら載せればいいと、最初はゼルのに載せておくだけでいいじゃないか、と。
「…そんなわけでな、ゼルの船にしか無かったんだ」
欲しくないと言うエラには無理強い出来んし、ブラウは「要らん」と断ったんだし…。
「それでゼルだけだったんだ…」
ほらね、やっぱり船にも個性がきちんと出ているじゃない。
エラは慎重だし、ブラウは豪快。…ゼルは欲しいと思ってたものを貰ったんでしょ?
ゼルたちらしいよ、同じ船でも中身が違っていたんだから。
エラとブラウの船にしたって、ステルス・デバイスが無かった理由が違うんだしね。
車みたいだよ、ちゃんと個性があるんだから。
「そうかもなあ…。シャングリラが俺の船だったかどうかは、別の話だが…」
ゼルたちの船には、立派に個性があったってことか。見た目は同じ船だったのに。
すると、あいつらが今、地球にいたなら…。
「車で分かっちゃうんじゃない?」
色や形で、あれはゼルとか、これはブラウの車だとか。
「あるかもなあ…!」
供出させた船と違って、車は好きに選べるんだし…。
大いに個性を発揮しそうだな、エラはともかく、ゼルとブラウは。
あの三人なら、どういう車に乗りたがるだろう、とハーレイと二人で考えてみた。ブラウなら、こういう車だとか。ゼルはこうだとか、エラだったら、とか。
車の色や形の他にも、運転の仕方にも個性が出るのだ、とハーレイが教えてくれたから。慎重に運転するタイプだとか、大らかなタイプがあるそうだから。
「面白そうだね、みんなでドライブに出掛けたら」
ぼくはハーレイの車に乗っけて貰って、ゼルやブラウたちと。もちろんエラもね。
みんな自分の車で来ること、って約束をして。
「そいつは愉快な日になりそうだな、あいつらと一緒にドライブか」
車を連ねて、郊外に出掛けてバーベキューとかもいいもんだ。キャンプに行くとか、色々とな。
そういう時には、普通は誰かが車を出して、他のヤツらはそいつに乗って行くんだが…。
五人だったら充分乗れるが、あえて別々の車で行くのも、うんと楽しくなりそうだ。
向こうに着いたら、変な荷物を積んで来ているヤツがいたりして。
バーベキューなのに、まるで合わない飲み物や菓子を山ほど運んで来るとかな。
「ホントにありそう…。ゼルやブラウなら、きっとやるよね」
そうなったらエラが怒り出すんだよ、「責任を持って食べなさい」って。もったいない、って。
だけどゼルたちなら、ハーレイに全部押し付けそう。好き嫌いが無いのを知っているから。
「ありそうだよなあ、あいつらの場合…」
お前だって好き嫌いは無いのに、俺の所に全部来るんだ。「さあ、食え」と。
そうなるだろうな、貧乏クジは俺だぞ、きっと。
結果が今から見えるようだ、とハーレイが苦笑するドライブ。持ち主の個性が表れる車、それを連ねて出掛けるキャンプやバーベキュー。
懐かしいゼルやブラウたちと。変わらずに口うるさいだろうエラと。
「みんなでドライブ、やってみたいな…」
会えたらいいのに、ゼルやブラウに。…それにエラにも。
「俺もそう思うが、無理なんだろうな…」
お前が食え、とバーベキューには似合わん代物を食わされようが、会えるもんなら…。
あいつらとドライブに行けるんだったら、文句は言わん。
しかし、そいつは難しいだろう。夢物語で、きっと叶いはしないだろうな。
「うん…。ぼくたちだけしかいそうにないよね、記憶を持って生まれて来たのは」
ゼルやブラウもいるんだったら、とっくに会えていそうだから。
「ああ。残念ではあるが、お前さえいれば、充分だっていう気もするし…」
俺にはお前がいればいいから、あいつらのことは思い出話が出来ればいいさ。
「ぼくも、ハーレイがいてくれれば充分」
二人一緒なら、幸せだもの。
それにいつかは、ハーレイのお母さんにも会いにいけるしね。…本当はどんな人なのか。
ハーレイ、教えてくれないんだもの、お母さんの顔。
「お楽しみは取っておくもんだ。その方が値打ちが出るからな」
楽しみにしてろよ、おふくろたちに会いに出掛けるドライブ。
お前を俺の隣に乗っけて、俺の個性が溢れる車で隣町まで走るんだから。
その頃はまだ白い車じゃない筈だがな、とハーレイがパチンと瞑った片目。
買い替える時には白いシャングリラの色に変わる予定の、濃い緑色のハーレイの愛車。
それの助手席に乗せて貰って、ハーレイと出掛けてゆく隣町。
ハーレイの両親に会いにゆくために、「はじめまして」と挨拶するために。
濃い緑色をした車でも、今のハーレイのシャングリラ。
白くなくても、ハーレイに似合う車なのだし、それで一緒に出掛けてゆこう。
とても幸せなドライブに。
隣町へ、庭に夏ミカンの大きな木がある家を目指して、ハーレイの車の助手席に乗って…。
車と個性・了
※持ち主に似ているように見える、とブルーが思った車。前の生でのシャングリラも、と。
ハーレイの船ではなかったのですが、後に増えた三隻の船には、個性があったみたいですね。
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