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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

青の間の灯り

(灯り、色々…)
 ホントに色々、とブルーが眺めた新聞の写真。学校から帰って、おやつの時間に。
 ダイニングで広げた新聞に灯りの特集、色々なタイプの照明器具。見ているだけで楽しい記事。灯りで変わる部屋のイメージ、明るさや色や、照明の形。
 シンプルなものから豪華なものまで、和紙で出来ている灯りまである。きっと昔の日本風。
(灯りを変えるだけで、部屋も変わるんだ…)
 同じ部屋でも、全く違うイメージに。天井も壁も床もそのままでも、変わる雰囲気。吊り下げるタイプを、天井にくっついたタイプに変えてやるだけでも。
 もっと簡単にやりたかったら、照明の色を変えるだけ。そういうタイプの器具もあるから。一番単純に出来たものだと、昼間みたいな色で灯る灯りと、暖炉の火みたいな優しい灯り。
 凝ったものなら、青や緑や、赤い光になる灯りだって。
(面白そう…)
 その日の気分で選ぶ照明。夜になったら部屋で楽しむ。今日は暖炉の灯りのように、と柔らかな光で読書とか。青の間みたいに、海の底みたいな青い光を灯すとか。他にも色々出来る筈。
(お料理だって…)
 記事を読んだら、灯りで変わってくるらしい。同じ料理を並べておいても、見た目がガラリと。煌々と灯る白い灯りと、暖炉や蝋燭を思わせる暖かな灯りとでは。
(前にハーレイと…)
 夜の庭で食事したけれど。母が置いてくれたランプの灯りで食べた料理は、とても特別な感じに見えた。普段の料理を庭で食べたというだけなのに。
 灯りで料理が変わるというなら、ああいう風にもなるのだろう。外でなくても、照明を落としてランプの明かりで食べたりしたら。
 前にハーレイも言っていた。落ち着いた雰囲気のレストランだと、夜はテーブルに蝋燭を灯したランプを置いてくれたりもする、と。



 面白いよね、と記事を読み終えて戻った部屋。おやつのケーキも美味しく食べて。
 その部屋だって、夜は色々な顔になる。常夜灯の時と、明るい照明の時とは違う。机の分だけを点けていたって、やっぱり変わる部屋の雰囲気。灯りしか変えていないのに。
(病気で寝ていて、知らない間に部屋が真っ暗になってた時に…)
 ハーレイが来て「寝てるのか?」と扉を開けたら、廊下から入って来る光。その中にハーレイの大きな影が見えると、とても幸せ。ハーレイの顔は暗くて見えないのに。
 それからパチンと点される灯り、ハーレイが壁のスイッチを探って。いきなり光が溢れる部屋。眩しくて目を瞑るけれども、ほんの一瞬。次に目を開けたらハーレイの姿。「大丈夫か?」と。
 大きかった影はハーレイになって、もう嬉しくてたまらない。「来てくれたんだ」と。
 あれも灯りの効果だろう。最初は影で、灯りが点いたら恋人の姿が見えるのだから。
 でも…。
(ハーレイとだったら、暗い部屋でもきっと幸せ…)
 そうに違いない、と思ってしまう。
 昼間みたいに明るくなくても、お互いの顔がぼんやりと見える程度でも。常夜灯とか、廊下から漏れてくる光。それだけが頼りの暗い部屋でも。
 ハーレイと二人でいられたら。あれこれ話して、手を握ったりもして貰えたら。
 部屋が暗いのに気付かなかったのは、病気だったせい。元気づけるために握ってくれる手。
 野菜スープも食べさせて貰えるのだろう。「火傷するなよ?」と懐かしい味のスープを、そっとスプーンで掬ってくれて。一口ずつゆっくり運んでくれて。
 暗い部屋なら、あのスープだってもっと美味しくなりそうに思う。味に集中出来るから。素朴なスープを味わう他には、することが何も無いのだから。
(ハーレイの顔だって、ぼんやりとしか…)
 見えないのだから、スープの味とハーレイとに夢中。余所見しようにも部屋は暗くて、気が散るものは目に入らない。本も本棚も、他の色々な家具だって。



 そういう時間もきっと素敵、と考えてしまう暗い部屋でのお見舞い。学校を休んでしまった日の夜、ハーレイが部屋にスープを運んで来てくれて。
 前の生から好きだったスープを、コトコト煮込んだ野菜スープのシャングリラ風を。
(…許してくれそうにないけどね?)
 常夜灯とか、廊下からの明かりだけの部屋で、ハーレイと二人きりなんて。
 ハーレイはいつも、パチンと灯りを点けるから。暗かった部屋を一気に明るくしてしまうから。
 明るくした部屋を暗くする時は、「チビは寝ろよ」と出てゆくハーレイ。
 灯りを消して、「しっかり寝ろよ」と。「また来てやるから、早く治せ」と。
 ハーレイの姿はまた影に戻って、パタンと閉められる扉。「おやすみ」という声だけを残して、足音が遠ざかってゆく。自分だけがポツンと取り残されて。
 暗い部屋には、ハーレイはいない。入って来るなら灯りを点けるし、灯りを消すなら出て行ってしまう。その理由は、きっと…。
(前のぼくたちも、恋人同士だったから…)
 それも本物の恋人同士。前の自分はチビの姿ではなかったから。
 暗い部屋だと、前の生なら愛を交わしていた二人。青の間で、それにキャプテンの部屋で。
 けれども今ではそうはいかないし、キスさえ出来ないチビなのが自分。十四歳の小さな子供。
 だからハーレイは暗い部屋にはいないのだろう。灯りを消したら、「おやすみ」と扉を閉ざしてしまって、家へ帰ってゆくのだろう。
 「眠るまで側にいてやるから」と言ってくれる時は、いつも灯りがついたまま。
 眩しくないよう暗くしたって、何処かに残っている灯り。机の前とか、壁に一つとか。すっかり暗くならないようにと、お互いの顔が見えるようにと。
 「寝ろよ」と側にいてくれたって。上掛けの下の手を、優しく握ってくれていたって。



(前のぼくの部屋、暗かったから…)
 常に暗かったのが青の間。夜でも昼でも、深い海の底に沈んでいるかのように。
 ベッドの周りだけを除いて、他の灯りは控えめなもの。部屋全体すらも見渡せないほど、明るくなかった照明たち。
 だから余計に、ハーレイは灯りを点けておこうとするのだろうか。暗くなってから、お見舞いにやって来た時は。眠るまで側についていようとする時も。
 チビの自分と過ごす時間が、前の自分たちの時間と重ならないように。
 恋人同士だった頃の青の間、暗かった部屋が今の自分の部屋に重ならないように。
(そうなのかもね…)
 青の間の暗さのせいもありそう、と零れた溜息。ちょっと残念、という気分。
 暗い部屋でハーレイと二人きりになれる時間が来るのは、ずっと先。お見舞いに来てくれた時にしたって、チビのままでは駄目らしい。何処かに灯りが点いたまま。
(…ホントに残念…)
 きっと青の間のせいなんだよ、と考えたけれど。
 恋人同士で過ごしていた部屋、あそこが暗かったせいなんだから、と唇を尖らせたけれど。
(あれ…?)
 青の間、とパチクリ瞬きをした。前の自分が長い長い時を生きた部屋。白いシャングリラで。
 その青の間は、最初から暗い部屋だった。
 白い鯨が出来た時から。ハーレイと友達同士だった頃から、ずっと。
 恋人用にと暗かったわけではなかった部屋。そうなることなど、誰も想像していなかったから。
 前の自分が恋をすることも。…恋の相手と、あの部屋で一緒に夜を過ごすということも。



 なんだか変だ、と気付いたこと。部屋の明るさを、灯りのことを思えば思うほどに。
(青の間、なんで暗かったわけ…?)
 あれだけ大きい部屋だったのだし、明るくすれば映えるだろうに。
 さっき読んで来た新聞の記事にもあった通りに、照明で変わる部屋のイメージ。それを生かせば良かったのに。ありとあらゆる手を使ったなら、効果があったと思う青の間。
 こけおどしのために作られた部屋に、更に迫力が増しそうな感じ。照明に工夫を凝らしたら。
 青の間が無駄に広かった理由、それに巨大な貯水槽。
 どちらもソルジャーの威厳を高めるためで、それ以外の意味は全く無かった。そういう部屋。
 せっかく広く作られていたのに、あんなに暗い照明だけでは…。
(部屋の広さが、少しも分からないじゃない…!)
 入って来たって、スロープと終点が見えるだけ。天蓋つきのベッドがあったスペース。
 部屋全体が暗かったせいで、目に入るものはたったそれだけ。青の間に入った瞬間には。
 暫く経っても、部屋の全ては見えては来ない。壁も天井も闇に覆われて、何処にあるのか掴めもしない。貯水槽さえも満足に見えない明るさでは。水面の反射でようやく分かる程度では。
 だから見えない部屋の大きさ。
 白いシャングリラでも、屈指の広さがあったのに。
 天体の間と並ぶ大きさがあって、私室としては船で最大。他の仲間が住んでいた部屋なら、幾つ入るか分からないほど。居住区の一部なら、きっと丸ごと入っただろう。
 それほどの広さを誇っていたのに、掴めなかった全体像。青の間の照明は暗すぎたから。



 どうして暗くしたのだろう、と不思議でたまらない青の間の灯り。
 青い照明を灯していたって、数を増やせば明るく出来る。深い海の底のような暗さを、透き通る青にすることも。光を透かして青くゆらめく、明るい海にすることだって。
 そうしておいたら、部屋の広さが良く分かる。貯水槽がどんなに大きく出来ていたかも。
(青の間の灯り、ちゃんと明るく…)
 灯しておけば良かったのに、と首を傾げていたら聞こえたチャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。
「ねえ、青の間って、どうして暗くなっていたわけ?」
 とても暗かったよ、一日中。…昼間でも、まるで夜みたいに。
 なんであんなに暗くしてたの、もっと明るくても誰も困らないと思うんだけど…。
「青の間だって?」
 いきなり何だ、と目を丸くしているハーレイ。急に青の間の話だなんて、と。
「えっとね…。今日の新聞に灯りの記事が載っていて…」
 部屋のイメージ、照明だけでも変わるんだって。どういう灯りを使うかだけで。
 それで色々考えていたら、青の間を思い出しちゃって…。あそこはいつも暗かったよね、って。
 前のハーレイと恋人同士で過ごす時には、あの明るさで良かったけれど…。
 とても素敵な部屋だったけれど、青の間を暗くしていた理由が分からないんだよ。出来た時から暗かった部屋で、いつだって海の底みたい。
 ぼくに恋人が出来た時のために、って暗く作ったわけじゃないでしょ?
「そいつは無いな。其処までの配慮は誰もしてない」
 お前に恋をした俺でさえもな。…青の間が完成した段階では、まだ恋人ではなかったが…。
 後でお前の恋人になった前の俺ですらも、お前が恋をするなんてことは考えなかった。
 俺でもそういう有様なんだし、他のヤツらが思い付くわけがなかろうが。
 いつかお前が恋をした時は、青の間の暗さが役立つだなんて。
「だったら、どうして暗くしちゃったの?」
 青の間、ホントに暗すぎだったよ。目が慣れてないと、見えるのはスロープとベッドだけ…。
 目が慣れて来ても、せっかくの広さがちっとも分からないじゃない。壁も天井も見えないから。



 こけおどしのために広かったんでしょ、と指摘した青の間の真実の姿。満々と水を湛えた貯水槽だって、本当は意味が無かったのに、と。
 前の自分のサイオンは水と相性がいいのだから、という理由で作られた貯水槽。サイオンを無理なく増幅するには、貯水槽の水が役に立つ、と。相性の良さは誤差の範囲に過ぎなかったのに。
 けれど、青の間の広さはもちろん、貯水槽さえもろくに見えなかった暗い照明。
 もっと明るく照らしていたなら、誰もが青の間の全貌を掴めた筈だから…。
「こけおどしで広く作った部屋でしょ、明るくしなくちゃ駄目じゃない」
 どれだけ広いか分からなかったら、広くする意味が無いんだから。それに貯水槽だって、暗いと水しか見えないよ?
 水面に光が反射するから、水があるんだって分かるけど…。大きさの方は分からないまま。
 あんな部屋だと、まるで値打ちが無いじゃない。広いんですよ、って照らして見せなくちゃ。
「そういうことか…。今のお前の考え方だと、そうなるんだが…」
 青の間の場合は逆だってな。お前が言うのとは全く逆だ。
「逆…?」
 どういうことなの、ぼくの考え方の何処が逆なの?
「明るい方がいいってトコだ。もっと明るい照明を使うべきだったという所だな」
 其処がまるっきり逆なんだ。青の間を広く見せるためには、あの照明が一番だった。
 人間ってヤツは面白いもんで、同じ部屋なら暗い方が広く見えるってな。
「そうなの?」
「目の錯覚の一つだな。真っ暗なだけだと、広さは分からないんだが…」
 周りを見たって闇しか見えんし、広いか狭いか、それも全く掴めやしない。ところが、だ…。
 暗闇の中に灯りを幾つか灯しておいたら、実際よりも広く感じるらしい。
 ただし、壁とかが見えない程度に。
 灯りだけがポツン、ポツンと灯っていたなら、灯りと灯りがうんと離れて見えちまうんだ。
 実際に開いている距離よりも。本当の灯りの間隔よりもな。



 サイオンを使わずに見なきゃならんが、とハーレイが話す目の錯覚。暗闇に灯った灯りの間は、実際よりも広く見えるらしいから。
「それ、ホント?」
 暗いと本当に離れて見えるの、灯りと灯りの間の距離が?
 そんなに離れていないヤツでも、とても離れて見えちゃうだとか…?
「うむ。ヒルマンが言っていたんだが…。覚えていないか?」
 その錯覚を使えば、狭い空間でも広く見えると話していたぞ。小さな部屋でもデカく化けると。
 元がデカけりゃ、もっと大きく出来るともな。
「そうだっけ…!」
 青の間、それであんなに暗くなっちゃったんだ…。暗いと広く見えるから。
 真っ暗でなくても、壁も天井も見えなかったら、おんなじ効果を出せるんだから…。
 思い出した、と零れた溜息。青の間の暗さも、こけおどしの中の一つだった、と。
 自分の手さえも見えないくらいに、真っ暗な闇に包まれた時の人間の瞳。
 闇が何処まで続いているのか、まるで想像がつかないもの。サイオンを使って見ない限りは。
 そういう闇に、灯りを幾つか灯してやる。ほんの小さな、闇に溶けそうな弱い光を。
 すると瞳は小さな灯りに引き寄せられて、それを頼りに広さを測り始めるけれど。
 あそことあそこ、と数えていっては、「このくらいだ」と距離を認識するのだけれど。
 パッと明るくしてやったならば、思った以上に狭い空間。瞳が「こうだ」と捉えたものより。
 ただの闇よりも、小さな灯りを灯した方が、遥かに広いと錯覚するのが人間の瞳の不思議な所。
 狭い部屋でも、果ての無い部屋であるかのように。
 何処まで行っても、壁も扉も見付からないほどの部屋にいるかのように。



 人間の瞳が起こす錯覚、青の間にはそれを利用しようとヒルマンは言った。
 壁も天井も見えないくらいに暗くしておいて、スロープと終点のスペースだけを明るく照らす。他の照明はほんの少しだけ、「灯りがあるな」と思う程度に。
 そうすれば広く見える青の間。本当の広さ以上に大きく、何処にも果てが無いかのように。
 ヒルマンの案に、前の自分は愕然とした。とてつもない広さと貯水槽を持つ設計だけでも、もう充分に参っていたから。「なんという部屋を作るのだ」と。
 なのに、まだ足りないとばかりに出て来た案。広すぎる部屋を、錯覚を使ってより広くなどと。
「…それに何の意味があるんだい?」
 ただでも広すぎる部屋だよ、これは。他の仲間たちの部屋が幾つ入るか、考えたくもないほどに広いんだけどね?
 それを余計に広く見せかける仕掛けだなんて…。実際よりも広く見せるだなんて。
 どういうつもりで計画したのか、聞かせて欲しいと思うんだけれど?
「意味はあるとも、ソルジャーのための部屋なのだからね」
 これがソルジャーの部屋なのだ、と誰もが息を飲むような立派さと神秘性とを持たせるのだよ。
 ただ広いよりは、どれほど広いか分からないほどの部屋がいい。同じ広い部屋を作るなら。
 照明は青を基調にするのがいいね、とヒルマンは髭を引っ張った。
 青の間の名前通りにしようと、イメージは深い海の底だ、と。より神秘的になるだろうから。



 そうして決まってしまった計画。青の間の照明は暗くすること、目の錯覚で広く見せること。
 反対したって、無駄だと分かっていたけれど。
 着工された後は、工事中の部屋を視察する度に溜息をついていたのだけれども、明るい間はまだ良かった。工事現場は暗いと話にならないのだから、煌々と点いていた灯り。作業のために。
 現場に行っても、無駄な広さだけを眺めていれば良かったから。天井も壁も、巨大すぎる貯水槽だって。「こういうものか」と、「それにしたって広すぎる」と。
 青の間の工事は着々と進み、やがて届いた「完成した」という報告。ヒルマンたちに呼ばれて、出掛けた広い青の間でのこと。暗くはなくて、明るい空間。
「試験点灯だって?」
 例の灯りを点けるのかい、と見回した部屋。作業員たちは引き揚げた後で、前の自分の他には、長老の四人とハーレイだけ。
「どんな具合か、確認しないといけないだろう」
 我々だけが立ち会ってだね…、とヒルマンが浮かべた穏やかな笑み。「舞台裏は、大勢の仲間に見せるものではないからね」と。
 点灯してみて、必要なようなら調整せねば、という意見。
 もう青の間には、ベッドなどの家具が置かれていた。無駄な広さの、だだっ広い場所に。
 これまた大きなベッドの周りにハーレイたちと立って、試験点灯を待つまでの間。
「ハーレイ。…こんな部屋、ぼくは欲しくはないんだけどね?」
 部屋も、この立派すぎるベッドもだ。本当に無駄に大きすぎるよ、何もかもが。
「しかし、反対なさいませんでしたので…」
 何も仰いませんでしたから、ソルジャーのお部屋はこのように…。
「勝手に計画したんだろう! ぼくが全く知らない間に!」
 ぼくが設計図を見せられた時には、もう何もかもが決まってて…。この部屋の位置も、大きさも全部。決定事項になってしまっていて、変更するのは不可能で…。
 ぼくは「任せる」とは言ったけれどね、こんな部屋は頼んでいないんだよ…!



 こうなったのは誰のせいなんだい、とジロリと睨んでおいたハーレイ。改造案には、ハーレイも関わっていたのだから。キャプテンが承認しなかったならば、何も進みはしないのが船。
 そうする間に消された灯り。全部一度に消えてしまって、真っ暗になってしまった空間。部屋もベッドも貯水槽も消えて、自分の手さえも見えない闇。
 ヒルマンが「では、点けてみよう」と声を上げたら…。
 ぼうっと浮かび上がったスロープ。緩やかな弧を描いて下へと。遥か下に見える入口まで。
 あんなに離れていただろうか、と思った入口までの距離。ただ暗いだけで、こうも変わるかと。長いスロープは全体像が見えるわけだし、目の錯覚はまるで関係無い筈なのに。
 そう思う中で、闇に隠れてしまった天井。壁も貯水槽の端も、肉眼で見ることは出来ない暗さ。幾つか灯った青い照明、それを包む闇が降りて来るだけ。青を含んだ闇の色が。
 明るかった時よりも遥かに広くて、果てが無いように思える部屋。
 果ては確かにある筈なのに。
 ヒルマンが灯りを消してしまう前には、天井も壁もあったのに。



 これが人間の目の錯覚なのか、と呆然と眺め回した部屋。信じられないような気持ちで。
 肉眼は確かだと思っていたのに、こうも簡単に騙されてしまうものなのか、と。
「どうかね?」
 こんな具合でどうだろうか、とヒルマンの声と共に明るくなった部屋。「元はこうだよ」と。
 果てが見えなかった部屋は元に戻って、広くはあっても普通の空間。さっきまでと違って天井も壁もちゃんとあるから、ホッとついた息。この方がずっと落ち着く部屋だ、と。
「ぼくは今の方がいいと思うけれどね?」
 やたら暗くて、端も見えない部屋よりは。…この部屋の方がずっといい。
 あの照明は使わずにおいて、今のままにするのが良さそうだけど?
 そうしておこう、と言った途端に、「いいえ」とエラに遮られた。
「ソルジャーには、あちらがお似合いです。御覧になられましたでしょう?」
 今の照明では、広い部屋にしか見えません。貯水槽の底も、この通りに覗ける状態ですし…。
 それでは神秘性に欠けます、せっかくの部屋が。
 ああいう仕掛けが無かったのなら、このままでもかまわないのでしょうが…。
 作ったからには大いに活用すべきです、と譲らなかったエラ。それにヒルマンも。
「でも…! 何もソルジャーだからと言って…」
 あそこまでのことをしなくても、と訴えたけれど、他には無かった反対意見。ゼルもブラウも、頼みの綱のハーレイでさえも「やめた方がいい」と言いはしなかった。
 ソルジャーの私室になるのが青の間。
 其処は神秘的な部屋であるべきだ、と皆は考えていたものだから。
 ハーレイだって、キャプテンとしてはそういう意見。ソルジャーは偉大な存在なのだ、と。



 試験点灯が成功したから、青の間の工事は全て完了。前の自分が引越す時には、もう暗い部屋になっていた。工事中に見ていた明るい部屋は消えてしまって。
「…思い出したよ、青の間の灯り…。試験点灯が済んだ時には明るかったけど…」
 あれっきり二度と、明るい部屋には戻らなくって…。ぼくが引越しした時も暗いままだったよ。
 明るい方がいいですか、って誰も訊いてはくれなかったし。
「そりゃそうだろう。あの部屋に住むのはお前なんだから、暗いのが当たり前なんだ」
 引越しの時だけ明るくしたって、何の役にも立たないだろうが。
 お前の荷物を運ぶヤツらに、舞台裏が見えてしまうだけだってな。実はこういう広さです、と化けの皮がすっかり剥がれてしまって。
 それじゃ駄目だろ、あの照明にした意味が無い。メンテナンスだって、暗い中でも充分出来る。ミュウはサイオンを持ってるんだし、そいつを使えば簡単だしな?
 そうだろうが、というハーレイの言葉の通り。
 青の間を明るく照らす設備は、やがて取り外されてしまった。貯水槽の循環システムも含めて、全て順調だと判断された段階で。
 工事用の照明はもう要らない、と。使わない設備を残しておいても無駄だから、と。



 前の自分が押し付けられてしまった部屋。目の錯覚を利用してまで、広く見せようと工夫された青の間。わざわざ暗い部屋に仕上げて、青い照明を控えめに灯しただけの。
「…酷いよ、なんであんな部屋…」
 やたら暗くて、スロープとベッドの周りくらいしか見えない部屋なんて…。
 もっと普通の部屋がいいのに、灯りまで使ってこけおどし。…広く見せなきゃ、って。
「ふうむ…。お前、あの部屋、嫌いだったか?」
 部屋そのものじゃないな、あの灯りだ。ああいう照明、嫌だったのか?
「えーっと…?」
 嫌いだって言っているじゃない。さっきからずっと。あんなの酷い、って。
「だったら、最初にあった照明。工事用に使っていた方のヤツ…」
 あっちの方なら、前のお前も言ってた通りに明るい部屋になっただろう。よく見える部屋に。
 でもって、お前に訊きたいんだが…。
 うんと明るい部屋で暮らして、その部屋で俺と二人きりで会うのが良かったか?
 最初の頃なら友達同士で会ってたんだし、何の問題も無いんだが…。
 恋人同士になった後だな、仕事が終わった俺が明るい部屋に来るというのはどうだったんだ?
 もちろん入口を入った時から、俺の姿は鮮やかなんだが。…その後も、ずっと。
「…それはちょっと…」
 ずっとハーレイがハッキリ見えているわけ、普通の灯りなんだから…?
 青の間の灯りで見ていた時には、服の色とかも外とは違っていたけれど…。
 それにハーレイが側まで来たって、部屋は明るいままなんだよね?



 ちょっと困る、と思った青の間。明るく出来ていたならば、と。
 もしもあんなに大きな部屋で、それも煌々と灯りが灯った部屋で、ハーレイと恋人同士になった時には、どうしよう?
 キスはともかく、その後のこと。恋人同士でベッドに入って過ごすなら…。
(…明るいままだと、天井も壁も、全部見えてて…)
 前の自分たちが夜を共にした、あの青の間とは全く違う。昼間かと思うほどの明るさ、その光が照らす部屋の中の全て。ベッドも周りも、スロープも全部。
 そんな部屋ではとても眠れないし、愛を交わせるわけもない。それでは困るし、消してゆかねばならない灯り。もっと暗い部屋になるように。
 ただ、その灯りを消してゆくのも、次の日の朝に点けるのも…。
(うんと恥ずかしそう…)
 消す時だったら、これから何をしようというのか、ちゃんと分かっているのだから。暗い部屋で二人、どういう時間を過ごすのか。
 逆に灯りを点ける時には、何をしていたかが照らし出される。眩しく感じるほどの灯りに、何もかもが。…自分たちの姿も、乱れたベッドも。
(…シャワーを浴びに行く時だって…)
 ベッドから下りる姿が見えるし、持ってゆく服や、脱ぎ散らかした服も目に入るだろう。明るくなった部屋の中なら、灯りを点す前よりも、ずっと鮮明に。
(それって、とっても恥ずかしいってば…!)
 青の間の灯りが暗かったからこそ、それほど無かった気恥ずかしさ。消したり点けたり、そんなことは一度もしなかったから。灯りは灯ったままだったから。
 それに明るい部屋だったならば、ハーレイが入って来た瞬間から…。
(前のぼくが感じていたより、もっとドキドキ…)
 ハーレイと過ごす時間を思って、脈打っていただろう自分の心臓。暗い部屋ではなかったら。
 灯りを消さずに、愛し合うのではなかったら。
 明るい部屋で暮らしていたなら、きっと最後まで、慣れることは無かったのだろう。
 あの大きな部屋の灯りを消すのも、次の日の朝にまた点すのも。



 とんでもない部屋に住んでいたものだ、と今のハーレイにまで苦情を言った青の間だけれど。
 前の自分も、押し付けられたと不満を抱えた部屋だったけれど…。
「…青の間、あれで良かったのかな?」
 だだっ広いのは嫌だけれども、暗かったことは。…最初から暗く出来ていたことは。
 ハーレイと恋人同士になった後にも、灯りは点けたままでいたから…。
 消さなくちゃ、って思うことは一度も無かったわけだし、点けることだって無かったものね。
 点けたり消したりしなきゃいけない大きな部屋なら、とても恥ずかしそうだから…。
 消す時も、それに点ける時にも。
「結果的には、あれが良かったわけだな、うん」
 最初の頃には、無駄に暗いと思ったもんだが…。お前の所へ行く度に。此処は暗いな、と。
 友達同士で話をするには、あの部屋はちょいと暗すぎたからな。
 とはいえ、そいつもじきに慣れたし、あの照明で良かったんだろう。後々のことを思うとな。
 点けたり消したりするとなったら、きっと平気じゃいられんし…。
「ぼくもだけど…。明るかったら、恥ずかしかったと思うけど…」
 ハーレイ、今でも部屋を暗くしないの、そのせいなの?
 ぼくの部屋だよ、夜にお見舞いに来てくれる時。…ぼくが病気で寝込んじゃってて。
 野菜スープを食べさせてくれて、「しっかり治せよ」って側にいてくれる時。
 ぼくが寝るまで側についててくれる時には、絶対、部屋を暗くしないよ。帰る時なら、パチンと消してしまうのに…。「おやすみ」って暗くしていくのに。
 部屋にいる時は、いつも灯りを点けておくでしょ、一つは必ず。
 前のぼくたちの頃と重ならないように、部屋を明るくしておくの…?
「そんなトコだな。お前がチビの間はなあ…」
 暗くしちまったらマズイだろうが。
 チビでもお前はお前なんだし、つい思い出すこともあるってな。…前のお前を。
 灯りを消して一緒にいたなら、余計に思い出すってモンだ。
 青の間のことやら、前の俺の部屋で過ごしたことやら、こう、色々と…。
 たかが明るさでも、部屋の雰囲気ってヤツが重なっちまうと、思い出も重なりやすいから…。



 おっと、とハーレイが切ってしまった言葉。「此処までだな」と。
「思い出話は、今日はこのくらいにしておくか」
 青の間の灯りの話もいいがだ、今のお前の話ってヤツもしようじゃないか。
 お前が読んだっていう新聞記事には、どんな灯りが載っていたんだ?
 今の時代はユニークな照明器具も多いし、前の俺たちが生きた時代とはかなり違うだろう?
 SD体制の時代ってヤツは、そういうトコまで統一されてて、面白みも何も無かったからな。
「待ってよ、なんでいきなり灯りの話?」
 前のぼくたちの話だったのに、SD体制の時代の灯りと今の灯りの違いだなんて…。
 同じ時代の話をしてても、中身が全然違うんだけど…!
「そりゃそうだろうな、話題を切り替えたんだから」
 チビのお前には、こっちの方が相応しい話題というヤツだ。ただの灯りの話がな。
 青の間の灯りの話に釣られて、ついついウッカリ前の俺たちのことまで話しちまったが…。
 お前とそういう話をするのは、まだ早すぎだ。
 部屋の灯りを点けておくのはどうしてなのか、って所までで終わりにしないとな。
「ハーレイのケチ!」
 せっかく前のぼくとハーレイの話だったのに…。
 暗い部屋だと、前のぼくのことを思い出しそうだって言ってくれたのに…。
 其処で終わりなの、その先が大切なことなのに…!
 だってそうでしょ、恋人同士で過ごすためには、青の間も暗い方が良くって…!
「知らんな。あの部屋は無駄に暗かったよなあ…」
 いつ出掛けたって、海の底みたいに暗いんだ。…たまには明るくすればいいのに。
「そういう設備は無かったってことも、ハーレイ、ちゃんと知ってるくせに!」
 さっきから二人で話していたでしょ、どうして青の間は暗かったのか…!
 ハーレイだって、暗い部屋の方が良かったと思っていたくせに…!



 知らんぷりをするなんて酷い、とプンスカ怒ったけれども、ハーレイは知らん顔のまま。
 「俺は知らん」と紅茶のカップを傾けているから、憎らしい。
 ケチで意地悪な恋人だけれど、それは自分がチビだから。十四歳にしかならない子供だから。
 いつか大きく育った時には、暗い部屋でも一緒にいられる。灯りは点けておかないで。
 暗い部屋で二人、キスを交わして、愛を交わして、朝まで一緒。
(青の間はもう、何処にも無いけど…)
 ハーレイと一緒に暮らし始めたら、ああいう灯りを提案しようか、遠い昔を懐かしんで。
 夜は暗くなる部屋だけれども、ベッド周りの照明だけでも青くするとか。
 深い海の底を思わせるような青の間の灯り、それに似せた雰囲気を作るとか。
 たまには、そんな夜だっていい。
 前の自分たちが一緒に過ごした時間を、そっと重ねて過ごせるような。
 今はまだ、話せないけれど。
 提案しただけで頭をコツンと叩かれそうだけれど、いつかは二人で暮らせるから。
 青い地球の上でハーレイと二人、幸せに生きてゆけるのだから…。




           青の間の灯り・了


※深い海の底のように暗かった青の間。その理由もまた、こけおどしの一つだったのです。
 人間の目の錯覚を利用して、広く見せかけていた暗い青の間。明るい部屋なら、効果はゼロ。
 
 ハレブル別館、2022年から更新のペースを落とします。
 シャングリラ学園番外編が来年限りで連載終了、それに合わせてのペースダウンになります。
 月に2回の更新を予定で、いずれは月イチ。そしていつかは、お話の長さがショートの形に
 移行する日がやって来るかと。
 書く気がある間は続けますけど、頻繁な更新は止めて、まったり。よろしくです~。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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