シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
育たない部屋
(今日はハーレイが来てくれるから…)
頑張って掃除しなくっちゃ、と張り切ったブルー。爽やかに晴れた土曜日の朝に、朝食の後で。
二階の自分の部屋に戻って、掃除の手順を確認して。
(床から始めて、ゴミ箱の中身もきちんと捨てて…)
勉強机も棚とかも…、と取り掛かった掃除。いつも自分でするのだけれども、週末は普段よりも念入りに。ベッドの下とかだけではなくて。もっと細かい所まで。
(だって、ハーレイが来るんだものね?)
一日一緒に過ごすのだから、綺麗な部屋で迎えたい。埃の一つも無いように。窓ガラスだって、まるで嵌まっていないかのように。
(頑張らなくちゃ…)
ぼくの部屋だもの、と一人で掃除を済ませた部屋。友達はみんな、母親任せらしいけど。学校に出掛けて留守の間に、掃除して貰うのが常の友人たち。
(任せっ放しだから、色々、隠されちゃうのにね?)
勉強の邪魔になりそうな本や、ゲームとかを。掃除のついでに「これなのね」と持って行かれてしまって、後から困ることになる。頼んでも返して貰えないから。
(そうなっちゃうのに、掃除、自分でしないんだから…)
不思議だよね、と思うけれども、変なのは自分の方かもしれない。小さな頃から綺麗好き。今も同じに綺麗好きだし、前の生でも…。
(綺麗好きすぎて、青の間、係が掃除しちゃって…)
前の自分がメギドに飛び立った時に、何も知らなかった部屋付きの係。部屋の主が二度と戻って来ないなどとは思わないから、心をこめて掃除をした。
「お帰りになったら、直ぐにお休みになれるように」と、大騒ぎだったシャングリラの中で。
メギドの炎でパニックの者たちも多かった中で、頑張った係。「これが自分の仕事だから」と。
そのせいで、何も残りはしなかった部屋。
後でハーレイが形見を探しに入っても。…銀色の髪の一筋さえも。
ぼくのせいだよね、とコツンと叩いた頭。「ハーレイに悪いことをしちゃった」と。
けれど、それくらいの綺麗好きだし、今の自分もそっくり同じ。朝からせっせと掃除した部屋。窓際に置かれた、ハーレイと座る椅子とテーブル。それも整えて大満足。
勉強机の前に座って、部屋をぐるりと眺め回して…。
(よし!)
これで完成、と大きく頷いた。いつハーレイが来ても大丈夫、と。
そうは思っても、まだ早い時間。この時間には、来ないハーレイ。早すぎる訪問は、ハーレイにとってはマナー違反になるらしい。母たちに迷惑がかかるから、と。
まだ来ないよね、と壁の時計を見てから、ふと思ったこと。此処は自分の部屋だけれども…。
(すっかりハーレイの部屋だよね…)
ハーレイがいたって可笑しくない部屋、と見回した。扉を開けて入って来る姿も、窓際の椅子に座る姿も、今では馴染みの光景だから。
何処かにハーレイの姿があるのが普通になってしまった部屋。この部屋に溶け込んでいる恋人。
来ない日の方が多くても。…いない時間の方が遥かに長くても。
それに、この部屋にはハーレイ用の椅子だってある。ハーレイが座るためだけの椅子。
何度もハーレイが座っている内に、重い体重で座面が少しへこんだ椅子。窓際に置かれた椅子の片方。よくよく見ないと分からないけれど、ハーレイが座る椅子はそうなっている。
前のハーレイのマントの緑を淡くしたような、若い苔の色をした座面。それが少しだけ。
(こんな日が来るなんて、思わなかったよ…)
自分の部屋に、恋人がやって来るなんて。
どっしりと重たい椅子とテーブルが、そのためにあった家具だなんて。
今ではすっかり、ハーレイのための椅子とテーブル。いつも二人で向かい合わせに座る場所。
ホントに不思議、と眺めた窓際のテーブルと椅子。
ハーレイが来たら、其処でお茶とお菓子をお供にお喋り。休日だったら、昼食も。二人分なら、充分に置けるテーブルだから。
とても役立つ、頼もしい家具。ハーレイのための椅子までついているけれど…。
(あのテーブルとかを買って貰った時は…)
子供らしくない、と思ったものだった。何処から見たって来客用で、客間が似合いそうな家具。もっと軽やかなものがいいのに、と。それに「無くてもいいのに」とも。
そう考えたのに、今では部屋にピッタリになったテーブルと椅子。今も子供の自分はともかく、大人のハーレイには良く似合う。まるでハーレイのために買ったみたいに。
デザインも、それに椅子の座面の色も。「あれで良かった」と心の底から思う家具たち。
(子供用のベッドを買い替える時に…)
テーブルと椅子もやって来た。両親が「これがいい」と選んでくれたもの。
あれが置かれて、ガラリと変わった部屋の雰囲気。
幼い子供が暮らす部屋から、ちょっぴりお兄ちゃんの部屋へと。部屋にお客が来るお兄ちゃん。
もっとも、テーブルと椅子が来たって、友達は滅多に使いはしなかったけれど。
部屋で大人しく遊ぶよりかは、かくれんぼだとか。おやつの時間も、大勢だからダイニングで。
あまり出番が来はしなかったテーブルと椅子。
それが今では大活躍で、片方の椅子はハーレイ専用。
変われば変わるものだよね、と思う家具たち。それに、ハーレイがいるのが当たり前の部屋。
前は考えもしなかったのに。恋人が訪ねて来ることなんか。…恋人が出来ることだって。
(ずうっと、この部屋で暮らすんだったら…)
また模様替えもするのだろう。今はまだ、子供部屋だから。ちょっぴりお兄ちゃんの部屋でも、大人の部屋とは違うから。
窓際のテーブルと椅子は立派に来客用でも、勉強机は大人用の机になってはいない。父の書斎にあるような机、作りからして重厚に見える机には。
(上の学校に進む時とかに…)
多分、買い替えになるだろう机。また両親が決めてくれるとか、今度は自分で選ぶとか。
けれど、上の学校には行かないと決めている自分。上の学校に行ける年になったら、結婚だって出来る年齢。今の学校を卒業したら、十八歳になるのだから。
待ち遠しい年が十八歳。ハーレイの所へお嫁に行くから、上の学校には行かないし…。
(部屋はこのまま…)
模様替えはしないで、机を買い替えることも無い。部屋の持ち主はハーレイの家に引越し。
そうして此処に残った部屋は、帰って来た時には迎えてくれる。「お帰りなさい」と、長いこと此処で暮らしていた自分を。
テーブルと椅子は持って行こうと思っているから、家具はちょっぴり減っていたって、今の姿と変わらずに。
子供時代のままの部屋。自分がお嫁に行ってしまっても、大人の世界の仲間入りでも。
たまにこの家に帰って来たなら、懐かしく思うだろう部屋。思い出が沢山詰まっているから。
此処で過ごした時の欠片を、そっくり閉じ込めた部屋だから。…時間を止めている部屋は。
買い替えずに終わった勉強机の前に座って、キョロキョロ見回すだろうけれども…。
(部屋には、少し可哀相かな?)
これ以上、大きくなれないから。
子供用の部屋のままで時間が止まってしまって、大人用の部屋に変身させては貰えないから。
上の学校に通う生徒に相応しい机が入るとか。他にも色々、大人らしく変わってゆくだとか。
自分が此処に住み続けるなら、部屋も育ってゆくけれど。…自分と一緒に、もっと大きく。
(でも、いいよね?)
そうなるまでには、十八年ほど幸せに使ったのだから。
最初は子供用の小さなベッドが置かれて、勉強机なんかは無し。幼稚園では、まだしない勉強。絵を描くなら床で充分なのだし、絵本を読むにも床やベッドがあればいい。
下の学校に入る時に机を買って貰って、その机も途中で今のに変わった。子供用のベッドが今のベッドに変わったように。
ベッドが今のに変わる時には、来客用のテーブルと椅子もやって来た。他の家具だって、自分の成長に合わせて色々と増えていった筈。
(…一歳の時には、まだこの部屋は使ってないかな?)
赤ん坊を一人で寝かせておくには広すぎる部屋。ベビーベッドは別の部屋に置かれて、ベッドの上に吊るす飾りも此処には無かったかもしれない。
それでも準備はしてあった筈。
子供が出来たと分かった時から、両親はきっと、部屋のプランを立てていた。
どういう部屋が喜ばれるかと、まだ生まれても来ない子供を想像して。二人であれこれ、色々なことを相談して。
(その前からだって…)
自分が母のお腹に宿る前から、この部屋は子供部屋だったのだろう。家を建てる時から、此処に作ろうと両親が決めていた部屋。二階の此処、と。
もしかしたら、他にも何処かにあったかもしれない子供部屋。二人目の子供が生まれて来たら、その子に使わせるつもりだった部屋が。
(隣の部屋とか…)
最初は子供部屋として作られた部屋かもしれない。一人っ子でなければ、弟か妹が貰った部屋。今は普通の部屋だけれども、そうはならずに子供部屋になって。
可能性としては充分にある。子供が何人生まれて来るか、今でも誰も予知など出来ない。
ハーレイの家にも子供部屋があるくらいなのだし、この部屋の他にも子供部屋。神様が弟か妹を届けてくれていたら、使う筈だった部屋が何処かに。
一人っ子だったから、子供部屋は一つになったのだけれど。自分が使っているのだけれども…。
(ハーレイの家のは使わないよね…)
あの部屋も子供部屋なんだけど、と思った途端に、「可哀相」と浮かんだ、さっきの考え。
いつか自分がお嫁に行ったら、この部屋の時間は止まってしまう。もう大きくはなれないで。
部屋の住人の成長と一緒に、育ってゆく筈だった部屋。家具が大人用になったりして。
それが出来ずに、大きくなれない自分の部屋。子供部屋のままで時が止まる部屋は、可哀相だと考えたけれど…。
(ハーレイの家の子供部屋は…)
もっと可哀相な部屋なんだ、と気が付いた。
子供部屋として生まれて来たのに、使って貰えないのだから。
いくら待っても、使う子供は来ない部屋。
住人がいない今の姿で、いつまでもポツンと残るしかない。使う子供がいない以上は。
一度だけ見た、ハーレイの家の子供部屋。遊びに出掛けて、家中を案内して貰った時に。
「この部屋は子供部屋なんだ」と扉を開けてくれたハーレイ。「俺の親父も気が早いよな」と。
子供部屋だって必要だ、とハーレイの父が用意した部屋。いつか子供が生まれるのだから、子供部屋も作っておかないと、と。
その子供部屋が使われないまま、放っておかれることになるのは…。
(ぼくのせいなの…?)
ハーレイが貰う「お嫁さん」は自分で、男だから。
男の自分がお嫁さんでは、どう頑張っても、子供が生まれはしないから。
(…あの子供部屋…)
ぼくのせいでとても可哀相、と見開いた瞳。待っても子供が来ないなんて、と。
子供部屋として用意されたのに、肝心の子供が来ない部屋。育ってゆくことが出来ない部屋。
其処に子供がやって来たなら、部屋は育ってゆけるのに。
この部屋が育って来たように。家具を増やしたり買い替えたりして、部屋も成長して来たのに。
けれど、育たないハーレイの家の子供部屋。
あの部屋と一緒に育ってゆく子は、何処からもやって来ないから。子供が生まれはしないから。
(…ぼくが男だから、子供、生まれて来なくって…)
子供部屋の出番は来ないまま。部屋は成長出来ないまま。
もしも自分が女の子として生まれていたなら、ちゃんと出番があったのに。ハーレイとの子供が生まれるだろうし、その子の部屋になったのに。…子供部屋を貰う頃になったら。
(…ハーレイ、どんなぼくでも好きになるって…)
猫でも、小鳥でも、何に生まれていたとしたって。…人間ではない姿でも。
ハーレイはそう言っていたのだし、女の子でも、きっと大丈夫。今の自分が女の子でも。
考えたことも無かったけれども、その方が良かったのかもしれない。
女の子だったら、誰が見たって「お嫁さん」。
男同士よりも普通のカップル、驚く人は何処にもいない。結婚式を挙げる時にも、結婚した後にハーレイが紹介する時にも。「俺の嫁さんだ」と、友達や先輩や、色々な人に。
それに子供も生まれて来る。結婚して一緒に暮らし始めたら、あの子供部屋を貰う子供が。
今のままだと育てない部屋、育つことが出来ないハーレイの家の子供部屋。
其処を使う子供がいないから。男の自分は「お嫁さん」になれるというだけ、ハーレイの子供は産めないから。
(ぼく、失敗した…?)
今の自分が持つべき姿を、間違えてしまっただろうか。男に生まれて来たなんて。
新しい命と身体を貰って生まれ変わるのなら、女の子になれば良かったのに。同じように新しい身体になるなら、前の自分とそっくりではなくて女の子。
そうしていたなら、子供部屋にも出番はあった。育つことの出来ない可哀相な部屋にならずに、子供と一緒に育ってゆけた。あの部屋を貰う子供と一緒に。
(…そしたら、部屋も喜んだよね…?)
うんとヤンチャな子供が生まれて、壁に落書きされたって。少しも部屋を片付けない子で、足の踏み場も無くなったって。
(放っておかれる部屋よりは、ずっと…)
幸せな部屋になっただろう。落書きだらけの壁になっても、本やオモチャが転がっていても。
子供部屋は子供のための部屋だし、ちゃんと成長してゆけるから。
いつかは壁から落書きが消えて、床もきちんと綺麗になる。子供が育っていったなら。
(…ぼくが女の子に生まれていたら…)
そうなった筈の子供部屋。
ハーレイと幸せに暮らせるのならば、女の子でも良かったのに。前とそっくり同じでなくても、少しも困りはしなかったのに。
(…ハーレイと結婚出来るなら…)
二人一緒に生きてゆけるなら、前の姿にはこだわらない。男でなくても、かまいはしない。
生まれ変わる時に、神様に「女の子になりたい」とお願いすれば良かっただろうか。
そして女の子の身体を貰って、ハーレイのお嫁さんになる。
子供が生まれるお嫁さんに。…子供部屋の出番があるお嫁さんに。
間違えたかも、と思う自分の身体。「選べたのに、失敗しちゃったかも」と。
きっと生まれ変わる前にだったら、選ぶことだって出来た筈。前と同じに男の子になるか、女の子の身体を貰うのがいいか。
選んでいいなら、女の子にしておくべきだった。前とそっくり同じ身体を選んだけれど。
(…ハーレイも、そう思ってるかも…)
新しい身体になるのだったら、女の子に生まれて来た自分。その方が嬉しかったかもしれない。今度は結婚出来るのだから、子供だって産める「お嫁さん」が。
(…ハーレイ、喜んでいたかもね…)
今の自分が女の子だったら、今よりも、もっと。男の子の自分に出会うよりも、ずっと。
(どうなの、ハーレイ…?)
今から女の子になるのは無理だけれども、ハーレイに確かめたい気分。
そっちの方が良かったかな、と。「ぼくは、女の子の方が良かった?」と。
(ハーレイの家の、子供部屋のためにも…)
その方がいいに決まってるよね、と考えていたら、聞こえたチャイム。天気がいいから、歩いてやって来たハーレイ。休日は時間がたっぷりあるから、のんびりと。
母がお茶とお菓子を運んで来てくれた後、テーブルを挟んで向かい合わせに座って訊いた。
「あのね、ぼく…。女の子の方が良かったかな?」
「はあ? 女の子って…」
お前がか、とハーレイの瞳が丸くなるから、「そう」と自分を指差した。
「ハーレイ、何度も言っているでしょ。…どんなぼくでも好きになる、って」
ぼくが猫とか小鳥とかでも、ハーレイ、見付けてくれるって…。好きになるって…。
動物じゃなくて、女の子のぼくでも好きになる?
今のぼくは前と同じだけれども、ぼくが女の子になってても…?
「そりゃまあ……なあ?」
男だろうが、女だろうが、お前なのには違いない。
もちろん俺は一目で惚れるんだろうし、お前しか見えちゃいないだろう。
俺にはお前しかいないんだから。…前の俺だった時から、ずっと。
今の俺にはお前だけだ、とハーレイは迷いもせずに答えたけれど。
女の子の姿に生まれていたって、好きになってくれるらしいけれども、それならば…。
「…ハーレイは、そっちの方が良かった?」
今みたいに男のぼくじゃなくって、女の子のぼく。…女の子でも好きになるんなら…。
女の子のぼくだった方が良かったりするの、ハーレイは…?
どっちなの、と鳶色の瞳を見詰めた。「女の子の方が良かったと思う?」と。
「おいおい、何を言い出すんだか…。俺にとっては、お前の姿が一番でだな…」
今はチビだが、いずれは前のお前と同じに育つだろうが。
俺はそういうお前が好きでだ、選べるんなら、今のお前が何よりもいいと思うがな…?
同じ顔立ちをしてるにしたって、女よりかは男だ、うん。
「本当に…? ハーレイ、ホントに今のぼくでいいの?」
女の子のぼくでなくってもいいの、子供部屋まで家にあるのに…?
「何なんだ、そりゃ? 子供部屋って…」
確かに子供部屋ならあるが…、とハーレイは怪訝そうな顔。「あれがあったらどうした?」と。
「お前が女の子になるというのと、子供部屋がどう繋がるんだ?」と。
「…子供部屋、可哀相だと思って…。だって、出番が来ないままでしょ?」
せっかく子供部屋があるのに、子供、生まれて来ないから…。
ぼくは男で、子供なんかは産めないから。
女の子だったら、子供部屋、役に立てたのに…。生まれて来る子に使って貰えたのに…。
それにハーレイだって、ぼくが女の子の方が良くない?
男同士のカップルじゃなくて、普通のカップルになれるんだから。…ごく当たり前の。
「お前なあ…。さっきも言ったが、俺にはお前が一番なんだ。前とそっくり同じお前が」
そうするためには、お前は男でなくっちゃな。今のお前で丁度いいんだ。
女の子のお前に出会っちまったら、その時は仕方ないんだが…。
いや、間違いなくお前を好きにはなるんだが…。
きっと途惑っちまうだろうな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
まるで勝手が違うんだから、と。
「違うって…。どういう意味?」
見た目は違うと思うけど…。顔は同じでも、身体は女の子になっちゃうから…。
ハーレイと初めて出会った時には、制服、スカートだろうけど…。
「そんなのは大した問題じゃない。スカートだろうが、ズボンだろうが、そんなことはな」
問題はお前が女だってことだ。…前のお前と違ってな。
そういうお前を、男のお前と同じように扱っていいのかってこった。
其処が困った問題だよな、とハーレイが顎に手をやるから。
「同じでいいと思うけど?」
ぼくはぼくだし、中身はおんなじ。…女の子になったっていうだけだよ。
ハーレイは何も困らないでしょ、生徒な所も同じなんだし…。
同じ扱いでいい筈だよ、と言ったのに。
「どうなんだか…。お前が女の子だった場合は、難しいぞ?」
いくら前の俺たちがソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイにしても、やっぱりなあ…。
女の子の部屋に男の俺が入るとなったら、お前のお母さんたちだって心配だろう。
どちらかと言えば、お父さんの方かもしれんな、俺をジロジロ眺めるのは。
娘に近付く男というのを、父親は警戒するらしいから。
お父さんたちに心配かけないためには、この部屋のドアはいつでも開けておくとか…。
この部屋で二人で会ったりしないで、リビングとか客間で話すだとかな。
でないと俺が疑われちまう、と妙な心配をしているハーレイ。「お前が女だと、そうなるぞ」と大真面目な顔で。
「大丈夫なんじゃないのかなあ…。ずっと昔は、ぼくたち、友達だったんだしね」
ソルジャーとキャプテンの頃はそうでしょ、ママたちは何も知らないんだから。
「そうもいかんぞ、お前が女になっちまったら」
俺がお前を見る目も変わってくるかもしれん、と周りは考えちまうだろう。
実際、幼馴染の二人が結婚しちまうことも多いのが世の中ってヤツだから…。
子供の頃には仲良く走り回っていたのに、いつの間にやら、友情が恋に変わっちまって。
そいつと全く同じ理屈だ、とハーレイが軽く広げた両手。「女だったら厄介だぞ?」と。
「お前の方でも、学校の友達に訊かれるかもな。…やたらと俺と一緒にいたら」
ハーレイ先生は恋人なのか、と尋ねるヤツやら、付き合ってるのかと訊くヤツやら。
女の子なら、友達も当然、女の子が多くなるんだし…。女の子は恋の話をするのが大好きだ。
お前、そういう質問を全部、サラリと上手に躱せるんだか…。
前のお前なら得意そうだが、今のお前は何でも顔に出ちまうからな。
「そっか…。パパやママは平気でも、学校の友達…」
ぼくの顔、真っ赤になっちゃうかも…。ハーレイを好きか訊かれたら。
それは確かに厄介だよね、と頷いた。「恋をしてるの、バレちゃいそうだよ」と。
「ほらな、今よりも遥かに大変なんだ。…お前が女の子に生まれていたら」
其処を乗り越えて、無事に育ってくれても、だ…。
前みたいに凄い美人になった後にも、気を遣うことになるんだろうな。
婚約して、結婚に漕ぎ着けたって。お前と一緒に暮らし始めて、何処へ行くにも二人でも、だ。
「…なんで?」
結婚したのに、どうして気を遣うことになるわけ?
もう平気じゃない、パパやママの目も、ぼくの友達とかにしたって。
ぼくとハーレイは一緒にいるのが普通で、何処もおかしくないけれど…?
「それでもだ。お前が女性ということになると、レディーファーストとか、色々と…」
男の俺が考えなくちゃいけない場面が増えてくるってな。
冬に二人で店に入ったら、俺がお前のコートを脱がせてやるだとか…。そういうサービス、店にあったら要らないんだが、店も色々あるんだから。
ドアは必ず俺が開けるとか、約束事が山ほどだ。お前が女だったなら。
男のお前のようにはいかんさ、お前がいくら「前と同じだ」と言い張ったって。
周りから見ればお前は女で、俺がぞんざいに扱っていると思われたんでは堪らないからな。
それだけじゃなくて…、とハーレイに覗き込まれた瞳。「此処から先が肝心だ」と。
「俺たちに子供が生まれちまったら、人生、変わるぞ?」
文字通りガラリと変わっちまうんだ、俺たちの子供が生まれたら。男の子でも、女の子でも。
一人目の子供が生まれた所で、もう変わる。
俺とお前と、お互いの一番を誰にするかが問題だ。
どうするんだ、と訊かれたけれども、まるで分からない質問の意味。
「えーっと…?」
それって何なの、一番って?
ハーレイとぼくと、何がお互いの一番なの…?
「簡単なことだ。俺たちの子供が生まれたら…。世界で一番大切な人は、誰になるんだ?」
お前が一番大切だと思う人間は、誰なのか。俺にも同じ質問が投げ掛けられるってな。
子供は親の宝物だろ、小さかろうが、大きく育った大人だろうが。
幾つになっても子供は子供で、親にとっては宝物だ。それこそ、ずっと昔から。
前の俺たちが生きた時代は違うが、あの時代だけが例外なんだ。それに、あの時代でも、子供を愛した親はいた。…ジョミーの両親みたいにな。コルディッツまで一緒に行っちまったほど。
そういう子供が俺たちに生まれて来るわけで…。
血が繋がった本当の子供だ、其処の所が問題なんだ。
世界で一番大切なのは、お前か、子供か。…俺は悩むぞ、何と答えればいいのかを。
お前なんだ、と思っていたって、心は子供を選んでしまいそうだしな。
とてもじゃないが決められやしない、とハーレイが眉間に寄せた皺。「お前はどうだ?」と。
「…ぼくだって悩むよ、そんな質問…」
ハーレイが一番に決まっているけど、でも、子供…。ぼくたちの子供…。
選べやしないよ、どっちかなんて…!
どっちも一番大切なんだよ、ハーレイと子供。だけど、ぼくの一番はハーレイだから…。
どうすればいいの、と頭を抱えた。「ぼくにも、それは決められないよ」と。
「ほら見ろ、困っちまったろうが。…子供が生まれりゃ、人生、変わっちまうぞ」
そうならないよう、お前は男の方がいいんだ。お互いの一番、お互い、変えたくないだろう?
そうでなくても、俺は前のお前と同じお前がいいってな。
前の俺が失くしたのは、お前なんだから。…男のお前で、女じゃなかったんだから。
違う姿で戻って来たって、好きにはなるが…、と深くなったハーレイの瞳の色。
「前の通りが一番なんだ」と。猫や小鳥や、女の子の姿のお前よりも、と。
「…俺はお前しか好きにならない。そして、選んでいいのなら…」
選べるんなら、断然、今のお前がいい。前のお前とそっくり同じに育つお前が。
女の子のお前に出会うよりもな、とハーレイが真顔で言うものだから…。
「ぼくも、ハーレイが一番のままがいいけれど…。ハーレイの一番でいたいけど…」
子供が生まれて一番が変わるの、ぼくだって困っちゃうけれど…。
でも、子供部屋は可哀相じゃない?
ハーレイの家にある子供部屋がとっても可哀相だよ、ぼくたちに子供がいなかったら。
可哀相な部屋になっちゃう、と訴えた。「あの子供部屋が可哀相」と。
「その発想は何処から来たんだ? お前、さっきも可哀相だと言ってたが…」
出番が無いってだけのことじゃないのか、子供部屋の?
子供がいなけりゃ、子供部屋の出番は来ないもんだし…。まあ、可哀相かもしれないが…。
「それもあるけど、部屋が大きくなれないんだよ」
出番が無いっていうだけじゃなくて、部屋が育っていけないまま。
子供部屋は子供と一緒に育っていくでしょ、家具が増えたり、変わったりして。
最初は子供用のベッドが入って、次は机、っていう風に。…机もベッドも、大きくなったら買い替えていくものじゃない。子供用から、次のサイズやデザインとかに。
だけど子供が使っていないと、子供部屋は育たないんだよ。誰も育ててくれないから。
ぼくの部屋、ぼくと一緒に育って来たのに…。今のこういう部屋になるまで。
ハーレイの部屋も育ったんでしょ、隣町の家にあるハーレイの部屋は。
「なるほどなあ…。可哀相というのは、そういう意味だったのか…」
一緒に育つ子供がいないから、あの子供部屋は育たないんだな?
俺の家にある、親父が勝手に作っちまった子供部屋。
「うん…。子供部屋なのに、可哀相、って」
ぼくがホントに女の子だったら、子供部屋、育っていけたのに…。
子供が生まれたら困っちゃうことは分かったけれども、あの部屋、やっぱり可哀相だよ…。
いつまで経っても大きくなれない、と子供部屋を思って項垂れた。
今の自分が暮らしている部屋は、ちゃんと育って来られたのに。いつか自分がお嫁に行くまで、一緒に育ってゆけるのに。
同じ部屋でも大違いだよ、と悲しい気持ち。「ぼくのせいだ」と。
もしも女の子に生まれていたなら、ハーレイの家の子供部屋も育ってゆけただろうに。
「…ぼくのせいだよ、あの部屋が大きくなれないのは…」
ハーレイのお嫁さんになるのに、ぼくは子供を産めないから…。
「お前の気持ちは、分からないでもないんだが…。しかし、相手は子供部屋だぞ?」
あれは部屋だし、お前の気持ちを切り替えてやればいいってな。
子供部屋だと思い込んでいないで、お前の部屋にしたっていいし。
部屋ってヤツは使いようだ、とハーレイが浮かべてみせた笑み。「お前の部屋だ」と。
「ぼくの部屋?」
子供部屋でしょ、ぼくの部屋にしてどうするの…?
「デカい子供用の部屋ってことだな、お前は育っちまっているから」
お前も本が好きなんだから、お前専用の書斎みたいにしようかって話もしていただろう?
畳の部屋にするって話もあったぞ、今の所は使っていない部屋なんだから。
何に変えるにせよ、部屋を生かしてやればいいのさ。あの子供部屋って空間をな。
そうすりゃ、育っていけるから。
子供と一緒に育つのもいいが、お前や俺が育てちゃいかんと誰も言ってはいないだろうが。
「ホントだ…!」
ぼくたちが部屋を育てあげればいいんだね。…子供の代わりに、あの子供部屋を。
それなら部屋も育っていけるね、書斎だとか、畳敷きだとか…。
「分かったか? 要は生かしてやるのが大事だ」
どういう形に育ててゆくかは、俺たち次第ということだな。
お前と二人で考えてみては、あちこち寸法を測ったりもして、計画を立てて。
書斎でもいいし、畳敷きの部屋も素敵だよな、とハーレイが挙げてくれた例。
今は子供部屋になっているけれど、本棚を幾つも据えれば書斎。もちろん読書用の机も置いて。
畳を敷くなら、掛軸を飾るスペースを設けてみるとか、畳専用の机を置くだとか。
「机と言っても色々あるぞ。デカイ机から、一人用まで」
どれを置くかでイメージも変わるし、座布団にしたって色や模様が山ほどだ。
書斎の方でも、どういう本を揃えてゆくかで、これまた中身が変わるってな。
今のお前が暮らしてる部屋は、お前が俺と結婚したら、もう成長は出来ないが…。
お前がこの家に帰って来た時くらいしか、出番は無くなっちまうんだが…。
この部屋の成長が止まっちまっても、俺の家にある子供部屋の方は育ってゆくんだ。使う子供は誰もいなくても、俺たちが育ててやるんだからな。
これから成長するって点では、本物の子供部屋と変わらんぞ。
それに、お前が嫁に来てから、育ち始めるというトコも。
でもって、本物の子供部屋より、遥かに長生き出来そうだよなあ…。子供部屋ではない分だけ。
子供部屋なら、この部屋や、隣町の俺の部屋みたいにだ、成長が止まっちまうんだが…。
あの部屋は、俺たちが使う限りは、いくらでも育っていけるんだしな。
だから安心しろ、お前はお前のままでいいんだ。
子供部屋の出番は立派にあるから、可哀相だと思わなくてもな。
お前は女の子じゃない方がいい、とハーレイは微笑んでくれたから。
「子供が生まれて、お互いの一番大切な人で悩むのは困る」とも言ってくれたから。
生まれ変わる時に失敗したかも、とは考えなくてもいいらしい。女の子にするか、男のままか、神様がくれた選べるチャンス。其処で選択ミスをしたかも、と。
「良かった…。ぼく、失敗をしてなくて」
ちょっぴり心配だったから…。ぼく、失敗をしちゃったかも、って。
「失敗だと?」
何を失敗するというんだ、お前、いったい何を考えてる…?
子供部屋が可哀相だと言い出した次は何なんだ、と首を捻ったハーレイ。「次は何だ?」と。
「えっとね…。子供部屋の話と同じかな…?」
ぼく、女の子に生まれた方が良かったのかな、って思ってたから…。
女の子になるか、男の子にするか、生まれ変わる前なら選べたかもね、って。
神様がどっちにするかを訊いてくれてたのに、ぼくは選ぶの、間違えたかも、って…。
ハーレイは女の子のぼくが欲しかったのに、男の子になってしまったかな、って思ってた…。
「そういうことなら、大成功だ。お前は失敗しちゃいない」
今はチビでも、育った時には、前のお前とそっくり同じになるんだからな。
選び間違えたどころか、もう最高の身体を選んで来たのがお前だ。
チビな所も、俺より年下に生まれた所も、何もかも俺は嬉しいってな。
お前が大きく育ってゆくのを、俺は見守っていけるんだから。
子供部屋を育てる話じゃないがだ、育っていくのを側で見られるのは幸せな気分なんだから。
よくやったぞ、と褒めて貰えたから、頑張ってちゃんと大きくなろう。
今はチビでも、いつかは前の自分とそっくり同じ姿に。
前のハーレイが失くした姿と同じに育って、子供部屋を二人で育ててゆこう。
子供は生まれて来ないけれども、子供の代わりに、ハーレイの家の子供部屋を。
本物の子供に与える代わりに、あの部屋を自分たちで育てる。
書斎にするとか、畳を敷くとか、使い方は幾つもありそうだから。
うんと幸せな部屋になるよう、ハーレイと二人で考えてやって、幾つもプランを立てて。
そういう日々も、きっと幸せ。
ハーレイと二人で生きてゆけるし、一番大切な人は誰かも、ずっと変わりはしないのだから…。
育たない部屋・了
※自分と一緒に育って来た部屋から、ハーレイの家の子供部屋のことを考え始めたブルー。
子供がいないと育たないよ、と。でも、女の子に生まれていたら、との心配は不要なのです。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv
頑張って掃除しなくっちゃ、と張り切ったブルー。爽やかに晴れた土曜日の朝に、朝食の後で。
二階の自分の部屋に戻って、掃除の手順を確認して。
(床から始めて、ゴミ箱の中身もきちんと捨てて…)
勉強机も棚とかも…、と取り掛かった掃除。いつも自分でするのだけれども、週末は普段よりも念入りに。ベッドの下とかだけではなくて。もっと細かい所まで。
(だって、ハーレイが来るんだものね?)
一日一緒に過ごすのだから、綺麗な部屋で迎えたい。埃の一つも無いように。窓ガラスだって、まるで嵌まっていないかのように。
(頑張らなくちゃ…)
ぼくの部屋だもの、と一人で掃除を済ませた部屋。友達はみんな、母親任せらしいけど。学校に出掛けて留守の間に、掃除して貰うのが常の友人たち。
(任せっ放しだから、色々、隠されちゃうのにね?)
勉強の邪魔になりそうな本や、ゲームとかを。掃除のついでに「これなのね」と持って行かれてしまって、後から困ることになる。頼んでも返して貰えないから。
(そうなっちゃうのに、掃除、自分でしないんだから…)
不思議だよね、と思うけれども、変なのは自分の方かもしれない。小さな頃から綺麗好き。今も同じに綺麗好きだし、前の生でも…。
(綺麗好きすぎて、青の間、係が掃除しちゃって…)
前の自分がメギドに飛び立った時に、何も知らなかった部屋付きの係。部屋の主が二度と戻って来ないなどとは思わないから、心をこめて掃除をした。
「お帰りになったら、直ぐにお休みになれるように」と、大騒ぎだったシャングリラの中で。
メギドの炎でパニックの者たちも多かった中で、頑張った係。「これが自分の仕事だから」と。
そのせいで、何も残りはしなかった部屋。
後でハーレイが形見を探しに入っても。…銀色の髪の一筋さえも。
ぼくのせいだよね、とコツンと叩いた頭。「ハーレイに悪いことをしちゃった」と。
けれど、それくらいの綺麗好きだし、今の自分もそっくり同じ。朝からせっせと掃除した部屋。窓際に置かれた、ハーレイと座る椅子とテーブル。それも整えて大満足。
勉強机の前に座って、部屋をぐるりと眺め回して…。
(よし!)
これで完成、と大きく頷いた。いつハーレイが来ても大丈夫、と。
そうは思っても、まだ早い時間。この時間には、来ないハーレイ。早すぎる訪問は、ハーレイにとってはマナー違反になるらしい。母たちに迷惑がかかるから、と。
まだ来ないよね、と壁の時計を見てから、ふと思ったこと。此処は自分の部屋だけれども…。
(すっかりハーレイの部屋だよね…)
ハーレイがいたって可笑しくない部屋、と見回した。扉を開けて入って来る姿も、窓際の椅子に座る姿も、今では馴染みの光景だから。
何処かにハーレイの姿があるのが普通になってしまった部屋。この部屋に溶け込んでいる恋人。
来ない日の方が多くても。…いない時間の方が遥かに長くても。
それに、この部屋にはハーレイ用の椅子だってある。ハーレイが座るためだけの椅子。
何度もハーレイが座っている内に、重い体重で座面が少しへこんだ椅子。窓際に置かれた椅子の片方。よくよく見ないと分からないけれど、ハーレイが座る椅子はそうなっている。
前のハーレイのマントの緑を淡くしたような、若い苔の色をした座面。それが少しだけ。
(こんな日が来るなんて、思わなかったよ…)
自分の部屋に、恋人がやって来るなんて。
どっしりと重たい椅子とテーブルが、そのためにあった家具だなんて。
今ではすっかり、ハーレイのための椅子とテーブル。いつも二人で向かい合わせに座る場所。
ホントに不思議、と眺めた窓際のテーブルと椅子。
ハーレイが来たら、其処でお茶とお菓子をお供にお喋り。休日だったら、昼食も。二人分なら、充分に置けるテーブルだから。
とても役立つ、頼もしい家具。ハーレイのための椅子までついているけれど…。
(あのテーブルとかを買って貰った時は…)
子供らしくない、と思ったものだった。何処から見たって来客用で、客間が似合いそうな家具。もっと軽やかなものがいいのに、と。それに「無くてもいいのに」とも。
そう考えたのに、今では部屋にピッタリになったテーブルと椅子。今も子供の自分はともかく、大人のハーレイには良く似合う。まるでハーレイのために買ったみたいに。
デザインも、それに椅子の座面の色も。「あれで良かった」と心の底から思う家具たち。
(子供用のベッドを買い替える時に…)
テーブルと椅子もやって来た。両親が「これがいい」と選んでくれたもの。
あれが置かれて、ガラリと変わった部屋の雰囲気。
幼い子供が暮らす部屋から、ちょっぴりお兄ちゃんの部屋へと。部屋にお客が来るお兄ちゃん。
もっとも、テーブルと椅子が来たって、友達は滅多に使いはしなかったけれど。
部屋で大人しく遊ぶよりかは、かくれんぼだとか。おやつの時間も、大勢だからダイニングで。
あまり出番が来はしなかったテーブルと椅子。
それが今では大活躍で、片方の椅子はハーレイ専用。
変われば変わるものだよね、と思う家具たち。それに、ハーレイがいるのが当たり前の部屋。
前は考えもしなかったのに。恋人が訪ねて来ることなんか。…恋人が出来ることだって。
(ずうっと、この部屋で暮らすんだったら…)
また模様替えもするのだろう。今はまだ、子供部屋だから。ちょっぴりお兄ちゃんの部屋でも、大人の部屋とは違うから。
窓際のテーブルと椅子は立派に来客用でも、勉強机は大人用の机になってはいない。父の書斎にあるような机、作りからして重厚に見える机には。
(上の学校に進む時とかに…)
多分、買い替えになるだろう机。また両親が決めてくれるとか、今度は自分で選ぶとか。
けれど、上の学校には行かないと決めている自分。上の学校に行ける年になったら、結婚だって出来る年齢。今の学校を卒業したら、十八歳になるのだから。
待ち遠しい年が十八歳。ハーレイの所へお嫁に行くから、上の学校には行かないし…。
(部屋はこのまま…)
模様替えはしないで、机を買い替えることも無い。部屋の持ち主はハーレイの家に引越し。
そうして此処に残った部屋は、帰って来た時には迎えてくれる。「お帰りなさい」と、長いこと此処で暮らしていた自分を。
テーブルと椅子は持って行こうと思っているから、家具はちょっぴり減っていたって、今の姿と変わらずに。
子供時代のままの部屋。自分がお嫁に行ってしまっても、大人の世界の仲間入りでも。
たまにこの家に帰って来たなら、懐かしく思うだろう部屋。思い出が沢山詰まっているから。
此処で過ごした時の欠片を、そっくり閉じ込めた部屋だから。…時間を止めている部屋は。
買い替えずに終わった勉強机の前に座って、キョロキョロ見回すだろうけれども…。
(部屋には、少し可哀相かな?)
これ以上、大きくなれないから。
子供用の部屋のままで時間が止まってしまって、大人用の部屋に変身させては貰えないから。
上の学校に通う生徒に相応しい机が入るとか。他にも色々、大人らしく変わってゆくだとか。
自分が此処に住み続けるなら、部屋も育ってゆくけれど。…自分と一緒に、もっと大きく。
(でも、いいよね?)
そうなるまでには、十八年ほど幸せに使ったのだから。
最初は子供用の小さなベッドが置かれて、勉強机なんかは無し。幼稚園では、まだしない勉強。絵を描くなら床で充分なのだし、絵本を読むにも床やベッドがあればいい。
下の学校に入る時に机を買って貰って、その机も途中で今のに変わった。子供用のベッドが今のベッドに変わったように。
ベッドが今のに変わる時には、来客用のテーブルと椅子もやって来た。他の家具だって、自分の成長に合わせて色々と増えていった筈。
(…一歳の時には、まだこの部屋は使ってないかな?)
赤ん坊を一人で寝かせておくには広すぎる部屋。ベビーベッドは別の部屋に置かれて、ベッドの上に吊るす飾りも此処には無かったかもしれない。
それでも準備はしてあった筈。
子供が出来たと分かった時から、両親はきっと、部屋のプランを立てていた。
どういう部屋が喜ばれるかと、まだ生まれても来ない子供を想像して。二人であれこれ、色々なことを相談して。
(その前からだって…)
自分が母のお腹に宿る前から、この部屋は子供部屋だったのだろう。家を建てる時から、此処に作ろうと両親が決めていた部屋。二階の此処、と。
もしかしたら、他にも何処かにあったかもしれない子供部屋。二人目の子供が生まれて来たら、その子に使わせるつもりだった部屋が。
(隣の部屋とか…)
最初は子供部屋として作られた部屋かもしれない。一人っ子でなければ、弟か妹が貰った部屋。今は普通の部屋だけれども、そうはならずに子供部屋になって。
可能性としては充分にある。子供が何人生まれて来るか、今でも誰も予知など出来ない。
ハーレイの家にも子供部屋があるくらいなのだし、この部屋の他にも子供部屋。神様が弟か妹を届けてくれていたら、使う筈だった部屋が何処かに。
一人っ子だったから、子供部屋は一つになったのだけれど。自分が使っているのだけれども…。
(ハーレイの家のは使わないよね…)
あの部屋も子供部屋なんだけど、と思った途端に、「可哀相」と浮かんだ、さっきの考え。
いつか自分がお嫁に行ったら、この部屋の時間は止まってしまう。もう大きくはなれないで。
部屋の住人の成長と一緒に、育ってゆく筈だった部屋。家具が大人用になったりして。
それが出来ずに、大きくなれない自分の部屋。子供部屋のままで時が止まる部屋は、可哀相だと考えたけれど…。
(ハーレイの家の子供部屋は…)
もっと可哀相な部屋なんだ、と気が付いた。
子供部屋として生まれて来たのに、使って貰えないのだから。
いくら待っても、使う子供は来ない部屋。
住人がいない今の姿で、いつまでもポツンと残るしかない。使う子供がいない以上は。
一度だけ見た、ハーレイの家の子供部屋。遊びに出掛けて、家中を案内して貰った時に。
「この部屋は子供部屋なんだ」と扉を開けてくれたハーレイ。「俺の親父も気が早いよな」と。
子供部屋だって必要だ、とハーレイの父が用意した部屋。いつか子供が生まれるのだから、子供部屋も作っておかないと、と。
その子供部屋が使われないまま、放っておかれることになるのは…。
(ぼくのせいなの…?)
ハーレイが貰う「お嫁さん」は自分で、男だから。
男の自分がお嫁さんでは、どう頑張っても、子供が生まれはしないから。
(…あの子供部屋…)
ぼくのせいでとても可哀相、と見開いた瞳。待っても子供が来ないなんて、と。
子供部屋として用意されたのに、肝心の子供が来ない部屋。育ってゆくことが出来ない部屋。
其処に子供がやって来たなら、部屋は育ってゆけるのに。
この部屋が育って来たように。家具を増やしたり買い替えたりして、部屋も成長して来たのに。
けれど、育たないハーレイの家の子供部屋。
あの部屋と一緒に育ってゆく子は、何処からもやって来ないから。子供が生まれはしないから。
(…ぼくが男だから、子供、生まれて来なくって…)
子供部屋の出番は来ないまま。部屋は成長出来ないまま。
もしも自分が女の子として生まれていたなら、ちゃんと出番があったのに。ハーレイとの子供が生まれるだろうし、その子の部屋になったのに。…子供部屋を貰う頃になったら。
(…ハーレイ、どんなぼくでも好きになるって…)
猫でも、小鳥でも、何に生まれていたとしたって。…人間ではない姿でも。
ハーレイはそう言っていたのだし、女の子でも、きっと大丈夫。今の自分が女の子でも。
考えたことも無かったけれども、その方が良かったのかもしれない。
女の子だったら、誰が見たって「お嫁さん」。
男同士よりも普通のカップル、驚く人は何処にもいない。結婚式を挙げる時にも、結婚した後にハーレイが紹介する時にも。「俺の嫁さんだ」と、友達や先輩や、色々な人に。
それに子供も生まれて来る。結婚して一緒に暮らし始めたら、あの子供部屋を貰う子供が。
今のままだと育てない部屋、育つことが出来ないハーレイの家の子供部屋。
其処を使う子供がいないから。男の自分は「お嫁さん」になれるというだけ、ハーレイの子供は産めないから。
(ぼく、失敗した…?)
今の自分が持つべき姿を、間違えてしまっただろうか。男に生まれて来たなんて。
新しい命と身体を貰って生まれ変わるのなら、女の子になれば良かったのに。同じように新しい身体になるなら、前の自分とそっくりではなくて女の子。
そうしていたなら、子供部屋にも出番はあった。育つことの出来ない可哀相な部屋にならずに、子供と一緒に育ってゆけた。あの部屋を貰う子供と一緒に。
(…そしたら、部屋も喜んだよね…?)
うんとヤンチャな子供が生まれて、壁に落書きされたって。少しも部屋を片付けない子で、足の踏み場も無くなったって。
(放っておかれる部屋よりは、ずっと…)
幸せな部屋になっただろう。落書きだらけの壁になっても、本やオモチャが転がっていても。
子供部屋は子供のための部屋だし、ちゃんと成長してゆけるから。
いつかは壁から落書きが消えて、床もきちんと綺麗になる。子供が育っていったなら。
(…ぼくが女の子に生まれていたら…)
そうなった筈の子供部屋。
ハーレイと幸せに暮らせるのならば、女の子でも良かったのに。前とそっくり同じでなくても、少しも困りはしなかったのに。
(…ハーレイと結婚出来るなら…)
二人一緒に生きてゆけるなら、前の姿にはこだわらない。男でなくても、かまいはしない。
生まれ変わる時に、神様に「女の子になりたい」とお願いすれば良かっただろうか。
そして女の子の身体を貰って、ハーレイのお嫁さんになる。
子供が生まれるお嫁さんに。…子供部屋の出番があるお嫁さんに。
間違えたかも、と思う自分の身体。「選べたのに、失敗しちゃったかも」と。
きっと生まれ変わる前にだったら、選ぶことだって出来た筈。前と同じに男の子になるか、女の子の身体を貰うのがいいか。
選んでいいなら、女の子にしておくべきだった。前とそっくり同じ身体を選んだけれど。
(…ハーレイも、そう思ってるかも…)
新しい身体になるのだったら、女の子に生まれて来た自分。その方が嬉しかったかもしれない。今度は結婚出来るのだから、子供だって産める「お嫁さん」が。
(…ハーレイ、喜んでいたかもね…)
今の自分が女の子だったら、今よりも、もっと。男の子の自分に出会うよりも、ずっと。
(どうなの、ハーレイ…?)
今から女の子になるのは無理だけれども、ハーレイに確かめたい気分。
そっちの方が良かったかな、と。「ぼくは、女の子の方が良かった?」と。
(ハーレイの家の、子供部屋のためにも…)
その方がいいに決まってるよね、と考えていたら、聞こえたチャイム。天気がいいから、歩いてやって来たハーレイ。休日は時間がたっぷりあるから、のんびりと。
母がお茶とお菓子を運んで来てくれた後、テーブルを挟んで向かい合わせに座って訊いた。
「あのね、ぼく…。女の子の方が良かったかな?」
「はあ? 女の子って…」
お前がか、とハーレイの瞳が丸くなるから、「そう」と自分を指差した。
「ハーレイ、何度も言っているでしょ。…どんなぼくでも好きになる、って」
ぼくが猫とか小鳥とかでも、ハーレイ、見付けてくれるって…。好きになるって…。
動物じゃなくて、女の子のぼくでも好きになる?
今のぼくは前と同じだけれども、ぼくが女の子になってても…?
「そりゃまあ……なあ?」
男だろうが、女だろうが、お前なのには違いない。
もちろん俺は一目で惚れるんだろうし、お前しか見えちゃいないだろう。
俺にはお前しかいないんだから。…前の俺だった時から、ずっと。
今の俺にはお前だけだ、とハーレイは迷いもせずに答えたけれど。
女の子の姿に生まれていたって、好きになってくれるらしいけれども、それならば…。
「…ハーレイは、そっちの方が良かった?」
今みたいに男のぼくじゃなくって、女の子のぼく。…女の子でも好きになるんなら…。
女の子のぼくだった方が良かったりするの、ハーレイは…?
どっちなの、と鳶色の瞳を見詰めた。「女の子の方が良かったと思う?」と。
「おいおい、何を言い出すんだか…。俺にとっては、お前の姿が一番でだな…」
今はチビだが、いずれは前のお前と同じに育つだろうが。
俺はそういうお前が好きでだ、選べるんなら、今のお前が何よりもいいと思うがな…?
同じ顔立ちをしてるにしたって、女よりかは男だ、うん。
「本当に…? ハーレイ、ホントに今のぼくでいいの?」
女の子のぼくでなくってもいいの、子供部屋まで家にあるのに…?
「何なんだ、そりゃ? 子供部屋って…」
確かに子供部屋ならあるが…、とハーレイは怪訝そうな顔。「あれがあったらどうした?」と。
「お前が女の子になるというのと、子供部屋がどう繋がるんだ?」と。
「…子供部屋、可哀相だと思って…。だって、出番が来ないままでしょ?」
せっかく子供部屋があるのに、子供、生まれて来ないから…。
ぼくは男で、子供なんかは産めないから。
女の子だったら、子供部屋、役に立てたのに…。生まれて来る子に使って貰えたのに…。
それにハーレイだって、ぼくが女の子の方が良くない?
男同士のカップルじゃなくて、普通のカップルになれるんだから。…ごく当たり前の。
「お前なあ…。さっきも言ったが、俺にはお前が一番なんだ。前とそっくり同じお前が」
そうするためには、お前は男でなくっちゃな。今のお前で丁度いいんだ。
女の子のお前に出会っちまったら、その時は仕方ないんだが…。
いや、間違いなくお前を好きにはなるんだが…。
きっと途惑っちまうだろうな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
まるで勝手が違うんだから、と。
「違うって…。どういう意味?」
見た目は違うと思うけど…。顔は同じでも、身体は女の子になっちゃうから…。
ハーレイと初めて出会った時には、制服、スカートだろうけど…。
「そんなのは大した問題じゃない。スカートだろうが、ズボンだろうが、そんなことはな」
問題はお前が女だってことだ。…前のお前と違ってな。
そういうお前を、男のお前と同じように扱っていいのかってこった。
其処が困った問題だよな、とハーレイが顎に手をやるから。
「同じでいいと思うけど?」
ぼくはぼくだし、中身はおんなじ。…女の子になったっていうだけだよ。
ハーレイは何も困らないでしょ、生徒な所も同じなんだし…。
同じ扱いでいい筈だよ、と言ったのに。
「どうなんだか…。お前が女の子だった場合は、難しいぞ?」
いくら前の俺たちがソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイにしても、やっぱりなあ…。
女の子の部屋に男の俺が入るとなったら、お前のお母さんたちだって心配だろう。
どちらかと言えば、お父さんの方かもしれんな、俺をジロジロ眺めるのは。
娘に近付く男というのを、父親は警戒するらしいから。
お父さんたちに心配かけないためには、この部屋のドアはいつでも開けておくとか…。
この部屋で二人で会ったりしないで、リビングとか客間で話すだとかな。
でないと俺が疑われちまう、と妙な心配をしているハーレイ。「お前が女だと、そうなるぞ」と大真面目な顔で。
「大丈夫なんじゃないのかなあ…。ずっと昔は、ぼくたち、友達だったんだしね」
ソルジャーとキャプテンの頃はそうでしょ、ママたちは何も知らないんだから。
「そうもいかんぞ、お前が女になっちまったら」
俺がお前を見る目も変わってくるかもしれん、と周りは考えちまうだろう。
実際、幼馴染の二人が結婚しちまうことも多いのが世の中ってヤツだから…。
子供の頃には仲良く走り回っていたのに、いつの間にやら、友情が恋に変わっちまって。
そいつと全く同じ理屈だ、とハーレイが軽く広げた両手。「女だったら厄介だぞ?」と。
「お前の方でも、学校の友達に訊かれるかもな。…やたらと俺と一緒にいたら」
ハーレイ先生は恋人なのか、と尋ねるヤツやら、付き合ってるのかと訊くヤツやら。
女の子なら、友達も当然、女の子が多くなるんだし…。女の子は恋の話をするのが大好きだ。
お前、そういう質問を全部、サラリと上手に躱せるんだか…。
前のお前なら得意そうだが、今のお前は何でも顔に出ちまうからな。
「そっか…。パパやママは平気でも、学校の友達…」
ぼくの顔、真っ赤になっちゃうかも…。ハーレイを好きか訊かれたら。
それは確かに厄介だよね、と頷いた。「恋をしてるの、バレちゃいそうだよ」と。
「ほらな、今よりも遥かに大変なんだ。…お前が女の子に生まれていたら」
其処を乗り越えて、無事に育ってくれても、だ…。
前みたいに凄い美人になった後にも、気を遣うことになるんだろうな。
婚約して、結婚に漕ぎ着けたって。お前と一緒に暮らし始めて、何処へ行くにも二人でも、だ。
「…なんで?」
結婚したのに、どうして気を遣うことになるわけ?
もう平気じゃない、パパやママの目も、ぼくの友達とかにしたって。
ぼくとハーレイは一緒にいるのが普通で、何処もおかしくないけれど…?
「それでもだ。お前が女性ということになると、レディーファーストとか、色々と…」
男の俺が考えなくちゃいけない場面が増えてくるってな。
冬に二人で店に入ったら、俺がお前のコートを脱がせてやるだとか…。そういうサービス、店にあったら要らないんだが、店も色々あるんだから。
ドアは必ず俺が開けるとか、約束事が山ほどだ。お前が女だったなら。
男のお前のようにはいかんさ、お前がいくら「前と同じだ」と言い張ったって。
周りから見ればお前は女で、俺がぞんざいに扱っていると思われたんでは堪らないからな。
それだけじゃなくて…、とハーレイに覗き込まれた瞳。「此処から先が肝心だ」と。
「俺たちに子供が生まれちまったら、人生、変わるぞ?」
文字通りガラリと変わっちまうんだ、俺たちの子供が生まれたら。男の子でも、女の子でも。
一人目の子供が生まれた所で、もう変わる。
俺とお前と、お互いの一番を誰にするかが問題だ。
どうするんだ、と訊かれたけれども、まるで分からない質問の意味。
「えーっと…?」
それって何なの、一番って?
ハーレイとぼくと、何がお互いの一番なの…?
「簡単なことだ。俺たちの子供が生まれたら…。世界で一番大切な人は、誰になるんだ?」
お前が一番大切だと思う人間は、誰なのか。俺にも同じ質問が投げ掛けられるってな。
子供は親の宝物だろ、小さかろうが、大きく育った大人だろうが。
幾つになっても子供は子供で、親にとっては宝物だ。それこそ、ずっと昔から。
前の俺たちが生きた時代は違うが、あの時代だけが例外なんだ。それに、あの時代でも、子供を愛した親はいた。…ジョミーの両親みたいにな。コルディッツまで一緒に行っちまったほど。
そういう子供が俺たちに生まれて来るわけで…。
血が繋がった本当の子供だ、其処の所が問題なんだ。
世界で一番大切なのは、お前か、子供か。…俺は悩むぞ、何と答えればいいのかを。
お前なんだ、と思っていたって、心は子供を選んでしまいそうだしな。
とてもじゃないが決められやしない、とハーレイが眉間に寄せた皺。「お前はどうだ?」と。
「…ぼくだって悩むよ、そんな質問…」
ハーレイが一番に決まっているけど、でも、子供…。ぼくたちの子供…。
選べやしないよ、どっちかなんて…!
どっちも一番大切なんだよ、ハーレイと子供。だけど、ぼくの一番はハーレイだから…。
どうすればいいの、と頭を抱えた。「ぼくにも、それは決められないよ」と。
「ほら見ろ、困っちまったろうが。…子供が生まれりゃ、人生、変わっちまうぞ」
そうならないよう、お前は男の方がいいんだ。お互いの一番、お互い、変えたくないだろう?
そうでなくても、俺は前のお前と同じお前がいいってな。
前の俺が失くしたのは、お前なんだから。…男のお前で、女じゃなかったんだから。
違う姿で戻って来たって、好きにはなるが…、と深くなったハーレイの瞳の色。
「前の通りが一番なんだ」と。猫や小鳥や、女の子の姿のお前よりも、と。
「…俺はお前しか好きにならない。そして、選んでいいのなら…」
選べるんなら、断然、今のお前がいい。前のお前とそっくり同じに育つお前が。
女の子のお前に出会うよりもな、とハーレイが真顔で言うものだから…。
「ぼくも、ハーレイが一番のままがいいけれど…。ハーレイの一番でいたいけど…」
子供が生まれて一番が変わるの、ぼくだって困っちゃうけれど…。
でも、子供部屋は可哀相じゃない?
ハーレイの家にある子供部屋がとっても可哀相だよ、ぼくたちに子供がいなかったら。
可哀相な部屋になっちゃう、と訴えた。「あの子供部屋が可哀相」と。
「その発想は何処から来たんだ? お前、さっきも可哀相だと言ってたが…」
出番が無いってだけのことじゃないのか、子供部屋の?
子供がいなけりゃ、子供部屋の出番は来ないもんだし…。まあ、可哀相かもしれないが…。
「それもあるけど、部屋が大きくなれないんだよ」
出番が無いっていうだけじゃなくて、部屋が育っていけないまま。
子供部屋は子供と一緒に育っていくでしょ、家具が増えたり、変わったりして。
最初は子供用のベッドが入って、次は机、っていう風に。…机もベッドも、大きくなったら買い替えていくものじゃない。子供用から、次のサイズやデザインとかに。
だけど子供が使っていないと、子供部屋は育たないんだよ。誰も育ててくれないから。
ぼくの部屋、ぼくと一緒に育って来たのに…。今のこういう部屋になるまで。
ハーレイの部屋も育ったんでしょ、隣町の家にあるハーレイの部屋は。
「なるほどなあ…。可哀相というのは、そういう意味だったのか…」
一緒に育つ子供がいないから、あの子供部屋は育たないんだな?
俺の家にある、親父が勝手に作っちまった子供部屋。
「うん…。子供部屋なのに、可哀相、って」
ぼくがホントに女の子だったら、子供部屋、育っていけたのに…。
子供が生まれたら困っちゃうことは分かったけれども、あの部屋、やっぱり可哀相だよ…。
いつまで経っても大きくなれない、と子供部屋を思って項垂れた。
今の自分が暮らしている部屋は、ちゃんと育って来られたのに。いつか自分がお嫁に行くまで、一緒に育ってゆけるのに。
同じ部屋でも大違いだよ、と悲しい気持ち。「ぼくのせいだ」と。
もしも女の子に生まれていたなら、ハーレイの家の子供部屋も育ってゆけただろうに。
「…ぼくのせいだよ、あの部屋が大きくなれないのは…」
ハーレイのお嫁さんになるのに、ぼくは子供を産めないから…。
「お前の気持ちは、分からないでもないんだが…。しかし、相手は子供部屋だぞ?」
あれは部屋だし、お前の気持ちを切り替えてやればいいってな。
子供部屋だと思い込んでいないで、お前の部屋にしたっていいし。
部屋ってヤツは使いようだ、とハーレイが浮かべてみせた笑み。「お前の部屋だ」と。
「ぼくの部屋?」
子供部屋でしょ、ぼくの部屋にしてどうするの…?
「デカい子供用の部屋ってことだな、お前は育っちまっているから」
お前も本が好きなんだから、お前専用の書斎みたいにしようかって話もしていただろう?
畳の部屋にするって話もあったぞ、今の所は使っていない部屋なんだから。
何に変えるにせよ、部屋を生かしてやればいいのさ。あの子供部屋って空間をな。
そうすりゃ、育っていけるから。
子供と一緒に育つのもいいが、お前や俺が育てちゃいかんと誰も言ってはいないだろうが。
「ホントだ…!」
ぼくたちが部屋を育てあげればいいんだね。…子供の代わりに、あの子供部屋を。
それなら部屋も育っていけるね、書斎だとか、畳敷きだとか…。
「分かったか? 要は生かしてやるのが大事だ」
どういう形に育ててゆくかは、俺たち次第ということだな。
お前と二人で考えてみては、あちこち寸法を測ったりもして、計画を立てて。
書斎でもいいし、畳敷きの部屋も素敵だよな、とハーレイが挙げてくれた例。
今は子供部屋になっているけれど、本棚を幾つも据えれば書斎。もちろん読書用の机も置いて。
畳を敷くなら、掛軸を飾るスペースを設けてみるとか、畳専用の机を置くだとか。
「机と言っても色々あるぞ。デカイ机から、一人用まで」
どれを置くかでイメージも変わるし、座布団にしたって色や模様が山ほどだ。
書斎の方でも、どういう本を揃えてゆくかで、これまた中身が変わるってな。
今のお前が暮らしてる部屋は、お前が俺と結婚したら、もう成長は出来ないが…。
お前がこの家に帰って来た時くらいしか、出番は無くなっちまうんだが…。
この部屋の成長が止まっちまっても、俺の家にある子供部屋の方は育ってゆくんだ。使う子供は誰もいなくても、俺たちが育ててやるんだからな。
これから成長するって点では、本物の子供部屋と変わらんぞ。
それに、お前が嫁に来てから、育ち始めるというトコも。
でもって、本物の子供部屋より、遥かに長生き出来そうだよなあ…。子供部屋ではない分だけ。
子供部屋なら、この部屋や、隣町の俺の部屋みたいにだ、成長が止まっちまうんだが…。
あの部屋は、俺たちが使う限りは、いくらでも育っていけるんだしな。
だから安心しろ、お前はお前のままでいいんだ。
子供部屋の出番は立派にあるから、可哀相だと思わなくてもな。
お前は女の子じゃない方がいい、とハーレイは微笑んでくれたから。
「子供が生まれて、お互いの一番大切な人で悩むのは困る」とも言ってくれたから。
生まれ変わる時に失敗したかも、とは考えなくてもいいらしい。女の子にするか、男のままか、神様がくれた選べるチャンス。其処で選択ミスをしたかも、と。
「良かった…。ぼく、失敗をしてなくて」
ちょっぴり心配だったから…。ぼく、失敗をしちゃったかも、って。
「失敗だと?」
何を失敗するというんだ、お前、いったい何を考えてる…?
子供部屋が可哀相だと言い出した次は何なんだ、と首を捻ったハーレイ。「次は何だ?」と。
「えっとね…。子供部屋の話と同じかな…?」
ぼく、女の子に生まれた方が良かったのかな、って思ってたから…。
女の子になるか、男の子にするか、生まれ変わる前なら選べたかもね、って。
神様がどっちにするかを訊いてくれてたのに、ぼくは選ぶの、間違えたかも、って…。
ハーレイは女の子のぼくが欲しかったのに、男の子になってしまったかな、って思ってた…。
「そういうことなら、大成功だ。お前は失敗しちゃいない」
今はチビでも、育った時には、前のお前とそっくり同じになるんだからな。
選び間違えたどころか、もう最高の身体を選んで来たのがお前だ。
チビな所も、俺より年下に生まれた所も、何もかも俺は嬉しいってな。
お前が大きく育ってゆくのを、俺は見守っていけるんだから。
子供部屋を育てる話じゃないがだ、育っていくのを側で見られるのは幸せな気分なんだから。
よくやったぞ、と褒めて貰えたから、頑張ってちゃんと大きくなろう。
今はチビでも、いつかは前の自分とそっくり同じ姿に。
前のハーレイが失くした姿と同じに育って、子供部屋を二人で育ててゆこう。
子供は生まれて来ないけれども、子供の代わりに、ハーレイの家の子供部屋を。
本物の子供に与える代わりに、あの部屋を自分たちで育てる。
書斎にするとか、畳を敷くとか、使い方は幾つもありそうだから。
うんと幸せな部屋になるよう、ハーレイと二人で考えてやって、幾つもプランを立てて。
そういう日々も、きっと幸せ。
ハーレイと二人で生きてゆけるし、一番大切な人は誰かも、ずっと変わりはしないのだから…。
育たない部屋・了
※自分と一緒に育って来た部屋から、ハーレイの家の子供部屋のことを考え始めたブルー。
子供がいないと育たないよ、と。でも、女の子に生まれていたら、との心配は不要なのです。
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