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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

入れない店
(美味しそう…)
 それに綺麗、とブルーが眺めた新聞の写真。学校から帰って、おやつの時間に。
 評判が高い料理のお店で、いつも予約で一杯らしい。行くなら予約をするのが一番。でないと、席が無いことの方が多いから。キャンセルが出ても、直ぐに埋まってしまうから。
 それでも通り掛かった人が「空いてますか?」と尋ねるほど。店の表に出ている料理の写真が、これと同じに美味しそうだから。添えられたメニューも素敵だから。
(予約無しでも、運が良ければ入れるんだ…)
 急なキャンセルは、ありがちなもの。友達と行こうと予約したのに、友達が来られないだとか。家族で行こうと計画したのに、誰かの都合が悪くなったとか。
 けれど確実に入りたいなら、予約すること。この日の何時にお願いします、と。
(お休みの日にはハーレイが来るから、行かないけどね?)
 両親と食事に出掛けてゆくより、ハーレイと過ごす方がいい。母が作った料理を食べて、お茶やお菓子も楽しんで。
 どんなに料理が美味しそうでも、お店に行くより家にいる方がいいんだから、と考えながら読み進めた記事。お料理なんかに釣られないよ、と。
 そうしたら、驚かされたこと。「行かないんだから」と思った、このお店は…。
(小さな子供は…)
 予約をしたって入れない店。雰囲気を壊してしまうから。
 子供連れなら、予約の時に訊かれる年齢。「お子様は何歳でらっしゃいますか?」と。その子の年が足りなかったら、断られてしまう。予約なしでも変わらないルール。「何歳ですか?」と。
(ぼくの年だと、大丈夫だけど…)
 ちょっぴり酷くないだろうか、と思った「小さな子供は入れない」決まり。
 美味しそうな料理が出される店なら、子供だって食べてみたいだろうに。家族の誰かが出掛けて来たなら、話を聞いて行ってみたくもなるのだろうに。
(なんだかガッカリ…)
 お店への夢が壊れてしまった。最初は一目で惹かれたのに。…料理の写真を目にしただけで。
 同じように写真を眺めた子供も、きっと大勢いるのだろうに。お店に入れない年の子でも。
 その子供たちの夢が砕けてしまう店。「行きたいよ」と強請ってみたって、行けないのだから。



 おやつを食べ終えて、戻った二階の自分の部屋。
 勉強机に頬杖をついて、さっきの記事を思い出す。美味しそうだった料理の写真も。
(あんなに素敵な料理のお店…)
 子供だって入っていいと思う、と消えない不満。「ホントに酷い」と。
 自分は入れる年だけれども、入れない年の子供たちのことを思ったら。あの記事を見て、お店に行きたくなった子供も可哀相だけれど、もっと可哀相な子供もいそう。
(お店の前には、料理の写真とメニューが出してあるんだから…)
 通り掛かって食べたくなる子もいるだろう。「これ、美味しそう!」と、歓声を上げて。
 其処で普通のお店だったら、「此処で食べよう」と家族で入ってゆけるのに。ワクワクしながら店の扉を開けて入れるのに、あの店の場合はそうはいかない。
 きっと写真やメニューと一緒に、注意書きも添えてあるのだろう。小さな子供は入れないこと。子供はそれに気付かなくても、大人は気付く筈だから…。
 「入りたいよ」と駄々をこねても、「子供は駄目なお店だから」と言われてしまう。そう書いてある、と指差されて。「入っても、外に出されてしまうよ」と。
 もしもそんな目に遭ったとしたなら、心が傷ついてしまいそう。「どうして駄目なの?」と。
 目を真ん丸にして父や母を見上げて、「嘘でしょ?」とも。
(ぼくなら、泣きそう…)
 両親と街を歩いていた時、そういう店に出会ったら。何も知らずに料理に惹かれて、入りたいと思った素敵なお店。「此処がいいな」と足を止めたのに、「ブルーは駄目」と言われたら。
 「ブルーの年だと入れないよ」と父が教えてくれたなら。母も「そうね」と頷いたなら。
 いつも優しい筈の両親、その両親に「駄目」と引っ張られる手。
 「此処は駄目だから、他のお店」と、「他にもお店は沢山あるから」と。
 食べたい料理は、この店にしか無さそうなのに。メニューの写真はそういうものだし、何処にも同じものは無いのに。
 分かっているのに、入れないお店。小さな子供はお断りの店で、子供の我儘は通らないから。



 きっとホントに泣いちゃうんだよ、と光景が目に浮かぶよう。お店の表で踏ん張って泣くことはしないけれども、涙がポロポロ零れるだろう。「どうしてなの?」と。
 美味しそうなのに、自分は入れないお店の料理。それが食べたいのに、子供は入れて貰えない。納得出来るわけがないから、泣きながら店を離れるのだろう。「ぼくは駄目なの?」と、振り返りながら。「あそこのお店が良かったのに」と。
 歩く間も、止まらない涙。他のお店に入った後にも、まだポロポロと零れそう。
 父がメニューを広げてくれて、「こんなのもあるぞ」と指差したって、母が「これも素敵よ」と言ったって。それがどんなに美味しそうでも、本当に食べたかった料理は…。
(…入れなかったお店の料理…)
 今いる店には無い料理。だから注文して料理が来たって、またまた溢れ出しそうな涙。此処でもこんなに美味しいのならば、さっきのお店はもっと美味しい筈なのに、と。
(好き嫌いが無いのと、食べたいかどうかは別だから…)
 泣きながら食べていそうな料理。子供が喜びそうなプレートで出て来ても。可愛らしい子供用のエプロンなんかを着けて貰っても、スプーンやフォークが子供用の特別なデザインでも。
(その内に涙は止まるだろうけど…)
 御機嫌で食べるのだろうけれども、それまでの間。悲しい気持ちが消えない間は、涙が幾つも。
 「どうして子供は入れないの?」と。
 何も悪いことはしていないのに。お店に迷惑をかけてはいないし、入りたかっただけなのに。
 写真の料理がとても美味しそうで、食べてみたいと思ったから。それが食べたくなったから。
 けれど、入れもしなかった店。「小さな子供は入れませんよ」と、入る前から断られて。



 そうなったならば、悲しくてたまらないだろう。自分がその目に遭ったとしたら、ポロポロ零すだろう涙。別のお店に入った後にも、其処で料理が出て来た後も。
(だって、断られちゃったんだから…)
 小さな子供だというだけで、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり、ぶつけた気持ち。
 どう考えても、あんまりだから。小さな子供を断る店など、酷すぎるから。
「あのね、ハーレイ…。今日の新聞、酷いんだよ」
 読んだら悲しくなって来ちゃった、と鳶色の瞳の恋人に報告。「あんまりだよ」と勢い込んで。
「酷いって…。お前の悪口でも書いてあったのか?」
 今のお前ってことは無いから、前のお前だな。…ソルジャー・ブルー。
 大英雄の悪口というのも珍しいが、とハーレイは派手に勘違いをした。「どう酷いんだ?」と。
「そうじゃないけど…。ぼくの悪口じゃないんだけれども、似たような感じ…」
 ぼくが今より小さかったら、きっと悪口になるんだよ。子供は駄目です、って言うんだから。
 新聞に記事が載ってたんだよ、小さな子供は入れないお店。
 美味しそうなお店だったのに…。お料理の写真、とっても素敵だったのに。
 でもね、小さな子供は入っちゃ駄目なんだって。…ハーレイ、酷いと思わない?
「…たまにあるだろ、そういう店」
 多くはないが、珍しいとも思わないな、というのがハーレイの意見。驚いたことに。
「そうなの? それじゃ、ハーレイは酷いと思わないわけ?」
 お店のやり方が正しいって言うの、小さな子供は入れないんだよ?
「まるで間違ってはいないと思うぞ。ゆったりと落ち着いて食事したい人も多いんだから」
 そういうつもりで店に入っても、小さな子供がいたんじゃなあ…。
 子供はどうしても賑やかに騒いじまうモンだし、走り回ったりする子もいるだろうが。
 一緒に遊べる子がいなくたって、元気な子供はじっとしていないぞ?
 お気に入りの歌を歌い出すとか、ナイフやフォークを振り回すとかな。



 他のお客さんの気持ちを考えてみろ、とハーレイは店の肩を持つ方。店の雰囲気を保つためには必要なことで、小さな子供は駄目というのも不思議ではない、と。
「お客さんのために作った決まりだ。ごゆっくり食事をなさって下さい、というサービスだ」
 子供が走り回っていったんじゃ、どうにも落ち着かないからな。歌にしたって。
「…そうじゃない子も沢山いるよ?」
 大人しく座って食事をする子。…小さかった頃の、ぼくだって、そう。
 パパやママとはお喋りしたけど、大きな声ではなかったと思う…。歌を歌ったりもしないよ。
 それにお店で走りもしない、と言ったのだけれど。
「俺も充分、分かっちゃいるが…。店の方でも、そいつは承知しているぞ」
 だがな、店が選んじゃ駄目だろうが。入って来た客の品定めってヤツは良くないぞ。
 同じ子供でも、この子は店に入ってもいいが、この子は駄目だ、って言われて嬉しいか?
 店に入ったら振り分けられてだ、入れる子供と断られる子に分かれちまうのは。
「それは嫌かも…。お店の人が決めるんだよね?」
 ぼくは入れる方の子供でも、他の子供が断られるのを見たら楽しくなくなっちゃうよ。
 いくら美味しいお料理が出ても、きっと、とっても悲しい気持ち。
 断られてションボリ出て行く子供を見ちゃったら。…あの子も食べたかったよね、って…。
「分かったか。そうならないよう、最初から纏めて断ってるんだ」
 大人しく出来る年になるまで、子供は全部駄目だとな。行儀のいい子も、そうでない子も。
 それならそういうルールなんだし、お客さんにも失礼じゃない。
 子供連れで入っちゃ駄目な店だ、と思うだけだし、不愉快な思いをすることもない。他の誰かの子供が食事をしてるというのに、自分の子供は断られちまって、ムッとするとか。
 色々な人のことを思えば、一番安心なルールだな。
 ゆっくり食事をしたい人にも、子供と一緒に楽しく食事をしたい人にも。



 そうだろうが、と説明されたら、分からないでもないけれど。ハーレイの言葉が、きっと正しいけれども、それでも心に引っ掛かること。
 ゆっくり食事をしたい大人も、子供連れの大人も、「これはルールだ」と分かるのだけれど。
 小さな子供は、そんなルールは分からない。現に自分も、ハーレイに聞くまで怒っていたほど。なんという酷い店だろうか、と。
「それがルールかもしれないけれど…。だけど、子供は傷ついちゃうよ?」
 小さいだけで、お店に入れないなんて。…美味しそうでも、お料理、食べられないなんて…。
 ぼくならホントに泣いてしまうよ、入れても貰えないんだから。
「そうなっちまう子もいるんだろうが…。其処は前向きに考えないとな」
 いつか入れる時は来るんだ、大きくなったら。そしたら此処に食べに来よう、と思うべきだぞ。
 負けるもんかと、大きくなって来てやるんだから、と。
「…そういうものなの?」
 ぼくだと、ポロポロ泣いていそうだけれど…。あのお店、ぼくは入れないんだ、って。
「いつまでも泣いちゃいないだろう? その内に機嫌も直るしな」
 最初は悲しい気持ちになっても、何処かで考えを切り替えるもんだ。その日は無理でも、もっと先でも。…ある時、そいつに気付くってな。「大きくなったら行けるじゃないか」と。
 ずっと子供のままじゃないから、いつかは行ける。店に入れる時が来るんだ。
 もっとも、お前はチビのままでだ、少しも育ちやしないんだが。
「それは余計だよ、あのお店、ぼくでも入れるよ!」
 ぼくの年なら入れるんだけど、入れない子が可哀相…。新聞の写真で行きたくなった子も、街で見掛けて入りたくなった小さな子供も。
 「これが食べたい」ってパパやママに言っても駄目なんだよ?
 此処は子供は駄目なお店、って言われておしまい。…どうして駄目なのか、分からないのに。
 ハーレイが教えてくれたようなこと、小さな子供じゃ、聞いても意味が掴めないのに…。



 お行儀のいい子ほど可哀相、と訴えた。お店の雰囲気を壊さないのに、小さな子供というだけで駄目。入れる資格は充分あるのに、年が足りないというだけで。
「そうでしょ、年の問題だけだよ?」
 お店の人が入っていいかを決めるよりかはマシだろうけど、やっぱり可哀相だと思う。
 あと一週間で入れる年になるんです、っていう子供だって入れないんだから。
「まあな。そういう意味では、可哀相かもしれないが…」
 しかし、大きくなったら入れる。どんな子供でも、店が決めてる年になったら。
 いつまで経っても入れて貰えないってわけじゃないだろ、其処はデカイぞ。
 将来に夢と希望が持てるし、たかが料理の店にしたって、入れる時が必ず来るというのはな。
「ハーレイ、それって…。どういう意味?」
 お店の話と違うみたいに聞こえるんだけど…。お料理を食べに行く話とは。
「気付いたか? 前の俺たちの頃の話だ、今じゃとっくに昔話になっちまったが…」
 あの時代にミュウに生まれちまったら、いつまで経とうがミュウのままだぞ。
 いくら待っても、人類になれるわけじゃない。
 小さな子供は大きくなれるが、ミュウは人類にはなれないだろうが。
 どう頑張っても、人類の仲間入りをするのは無理だったんだ。一人前の人類にはなれん。
 小さすぎて店に入れない子は、何年か待てば入れるが…。
 前の俺たちはそうじゃなかっただろう?
 人類の仲間入りなど出来やしないし、人類が入る店にも入れないままだ。…違うのか?
「そうだったっけ…」
 人類とミュウは、違う生き物だと思われてたから…。
 同じだとは思って貰えなかったし、人間だとさえ、誰にも思われないままで…。



 今とはまるで違ったのだ、と思い出した時の彼方でのこと。
 ミュウに生まれたというだけのことで、人間扱いされなかった前の自分たち。人類とは違うと、滅ぼすべきだと言われた種族。発見されたら処分されるか、研究施設に送られるか。
「…ホントだ、お店に入れる時なんて、絶対、来なかったよね…」
 お店は人類のためだけにあって、人類が出掛けて行くための場所。…ミュウじゃなくって。
 ミュウがお店に入ろうとしても、バレたら殺されちゃうんだから…。
「そういうことだな。…いくら大きく育っていこうが、ミュウは何処までもミュウなんだ」
 シャングリラにしか居場所は無くてだ、人類の仲間入りは出来ない。人類になれやしないから。
 それに比べりゃ、小さな子供が店に入れないっていう決まりくらいは可愛いもんだ。
 いつかは必ず入れるんだし、子供の方も我慢しないとな。
 少々、悲しい思いをしようが、そいつは小さい間だけのことで済むんだから。
「それでも酷いと思うけど…」
 前のぼくたちよりはマシだけれども、悲しくなるのは子供なんだよ?
 お店の決まりの意味も分からない小さな子供で、ポロポロ泣くしかないんだもの。
「酷いも何も、社会のルールでマナーなんだぞ。その店ならお前は入れるようだが…」
 酒を飲むために入る店だと、お前でも無理だ。
 もう文字通りに門前払いだ、中に入れては貰えないってな。…酒を飲める年じゃないんだから。
「そっちは仕方ないけれど…。駄目なことくらい、分かるけど…」
 料理のお店はそうじゃないでしょ、お店の雰囲気だけのことだよ?
 お料理は子供でも食べられるもので、食べたくなる子供、きっと沢山いる筈なのに…。
「さっきも言ったが、将来に希望が持てるだろうが」
 大きくなったら食べに行くんだ、と入れる年になるのを夢見る。
 次に店の前を通った時には、「前より少し育ったから…」と料理の写真を見るわけだ。
 あとどのくらいで入れるだろう、と指を折って数えたりもして。
 来年になったら入れそうだ、と胸を膨らませたり、早く誕生日が来てくれないかと思ったり。



 前の俺たちにそれが出来たか、と問い掛けられた。将来に希望を持つということ。
「漠然としたヤツじゃ駄目なんだぞ? 具体的な目標になっていないと」
 この日が来たら確実に叶う、という希望。…待っていれば必ずやって来る未来。
 小さな子供は入れません、って店に入りたかったら、入れる年になればいいんだが…。
 そういう夢を持つということ、前の俺たちに出来たのか…?
 どうなんだ、と瞳を覗き込まれて、横に振るしかなかった首。「出来なかった」と。
「…前のぼくたちには、必ず貰える未来なんか何も無かったよ…」
 地球に行こう、って思っていただけ…。地球に行ったら、ミュウも認めて貰えそうだから。
 だけど、その日がいつになるかは分からなかったし…。来るかどうかも分からないまま。
 それでも、地球に行くっていう目標が無いと、何も出来ないままだから…。
 いつ行けるのかは、まるで見当もつかなくっても、それだけが希望…。
「ほら見ろ、前の俺たちには必ず貰える将来の希望は何も無かった」
 誰でも貰えたものと言ったら、実験室とか、檻だとか…。ついでに殺されちまう結末。
 実験室や檻でいいなら、誰だって入れて貰えたが…。
 前のお前みたいなチビの子供でも、ちゃんと入れては貰えたんだが。
 小さな子供は入れません、とは言われないでだ、他のヤツらと同じようにな。
「一緒にしないでよ、実験室と料理のお店を」
 全然違うよ、料理のお店は入れなかったら悲しいけれど…。実験室とか檻だと、逆。
 入れて貰えない方がずっといいんだし、断られた方がいいんだもの。
「そうか?」
 一緒にしたっていいと思うがな、希望ってヤツを語るためには。
 今の平和な時代だからこそ、一緒に語っちまっていいんだ。
 希望が無かった前の俺たちのことと、小さすぎる子供は入れない店の話とをな。



 今だから出来る話なんだ、とハーレイは穏やかな笑みを浮かべた。今のお前と俺だから、と。
「前の俺たちだった頃には、まだ見えてさえもいなかった。…ミュウの時代というヤツは」
 そんな時代が来ればいい、と思ってはいても、いつ来るのかさえ分からなかった。
 「小さな子供はお断りです」という料理の店なら、断られたって次があるんだが…。いつかその子が大きくなったら、ちゃんと店には入れるんだが…。
 しかしミュウだと、そうはいかなかった。前の俺たちが生きた時代は。
 人類の店にミュウは決して入れやしないし、入れる時だって来なかったんだ。大きくなろうが、ミュウは人類にはなれないからな。…いつまで経ってもミュウのままで。
 ミュウの時代を掴むことさえ、夢物語だったのが前の俺たちだ。…長い長い間。
 その点、今だと同じミュウでも大違いだぞ?
 入っていい時まで待ちさえしたなら、どんな店でも入れて貰える。小さな子供は駄目な店でも、今のお前が門前払いを食らってしまう、酒を飲ませてくれる店でも。
 「まだ入れません」と断られたって、何年か待てば堂々と店に入れるってな。小さかった子供は大きく育つし、チビのお前も大人になるから。
 …いい時代だと思わんか?
 同じミュウ同士で、「今はまだ駄目です」とも言えるんだから。
 ミュウがルールを作っているんだ、人類じゃなくて。
 小さな子供は入れない店も、チビのお前は断られちまう酒を飲ませる店にしたって。
 前の俺たちの時代だったら、どんなルールも人類が決めていただろう?
 同じ世界にミュウもいたのに、ミュウの意見は一切、抜きで。
 人間扱いさえしようとしないで、何もかも人類のためだけにあった。色々な店も、店のルールも人類のためだ。…ミュウのためじゃなくて。
 社会のルールがミュウを認めていなかったんでは、そうなっちまって当然だがな。



 そんな時代が終わった今では、ミュウのルールだ、とハーレイは笑う。人類のルールは、何処を探しても残っていないと。
「元は人類のルールだったのを、ミュウが引き継いでるヤツも多いが…」
 それだってミュウが決めたことだろ、「このルールは今も役に立つから使おう」と。
 もう人類のルールじゃないんだ、ミュウが選んで「使おう」と決めた時点でな。
 小さな子供は入れません、って店のルールも、元を辿ればSD体制よりも前の時代に遡る。まだ人間が地球しか知らなかった時代に、そういう店が生まれたそうだ。
 だから元々は人類のルールだったわけだが…。そいつが今ではミュウのルールになったってな。
「ホントだ、そういう考え方も出来るね」
 今のぼくたちの世界のルールは、人類が決めたルールじゃなくって、全部ミュウのルール…。
 社会のルールも、色々なお店が作ったルールも。
 それに何でも、「ミュウだから駄目」ってわけでもないし…。
 小さな子供が入れないお店は、まだ小さすぎるから、っていうだけだものね。…小さな子供には可哀相でも、前のぼくたちが生きてた時代のミュウよりはマシ。
 いつか大きくなった時には、お店に入っていいんだから。大きくなるまでだけの我慢で。
「そうなんだよなあ、お前は憤慨してたがな」
 俺が来た途端に、「酷い」だなんて言い出して。…何のことかと思っちまったぞ。
 お前は可哀相だと言うがな、あれはあれでだ、幸せなルールというヤツだ。
 ちょっぴり意地悪なように見えても、子供にとっては励みにもなる。将来の夢で希望だな。
 早く大きくなるんだ、と。
 大きくなったら今は入れない店に入れて、美味い料理が食べられる。世界がグンと広がるんだ。そういう夢を持たせてくれるぞ、あのルールはな。
 断られた時にはガッカリだろうし、泣いちまう子供も多いだろうが…。
 其処の所を通り過ぎたら、待っているのは未来への夢だ。「大きくなろう」と、そしたら店にも入れるんだ、と。
 もっとも俺は、お前にはゆっくり育って欲しいが…。
 早く大きくなろうとしないで、今の幸せを味わいながら、子供らしく過ごして欲しいんだが。
 何度も言ったろ、前のお前が失くしちまった子供時代の分までな。
 今のお前は幸せに生きてゆけるんだから。…本物のお母さんたちと一緒に住んで。



 慌てて大きく育つんじゃないぞ、と釘を刺された。まるで育たなくて、背丈も伸びないのが悩みなのに。今のハーレイに出会った時から、背は一ミリも伸びていないのに。
 だから意地悪な恋人を見詰めて、こう訊いてみた。
「えっとね…。今日の新聞に記事が載ってた、小さな子供は入れないお店…」
 あのお店、ぼくの年なら入れるけれど…。お料理、とっても美味しそうなんだけど…。
 ハーレイ、食べに連れて行ってはくれないよね?
 お店の話からミュウの話にもなっちゃったんだし、お店、一緒に行きたいんだけど…。
「駄目だな、デートになっちまうから」
 お前と食事に行くとなったら、そいつは立派にデートだぞ?
 その上、小さな子供は入れない店と来たもんだ。どう考えても、落ち着いた店に決まってる。
 デートに使うかどうかはともかく、ゆっくりと食事を楽しむ店だな。俺が教え子たちと一緒に、ワイワイ出掛ける店と違って。
 そんな店にお前を連れて行けるか、前のお前と同じ背丈に育っているなら別だがな。
「やっぱり…?」
「当たり前だろうが、これも何度も言った筈だぞ。デートは大きくなってからだ、と」
 そういう話を持ち出すお前は、俺とデートに出掛けられる日を目指しているわけで…。
 いつか必ず叶う将来の希望ってヤツが、お前の場合はデートなんだ。他にも色々ある筈だが。
 店に入れない小さな子供も同じことだな、デートの代わりに店に入れる日を目指すんだ。
 今は駄目でも、一人前の小さな紳士や淑女になろう、と。
 そうすりゃ店の扉は開くし、美味しい料理を食べに入れる。子供ながらも、胸を張ってな。前は入るのを断った店が、今度は「どうぞ」と恭しく迎えてくれるんだから。
 それでも酷い店だと思うか、お前が言ってた店のこと。
 いつか入れるようになった時には、店の魅力もグンと大きく増しそうだがな?
 前は入れなかったのに、と堂々と入って行く時には。…扉の向こうはどんな世界だろう、と。
 テーブルや椅子はどんなのだろうと、料理の他にもお楽しみが山ほどあるだろうから。
「そうかもね…」
 子供は駄目です、って断られてから、ずっと入りたかったんだから…。
 夢だって大きく膨らんでるよね、断られないでスッと入れたお店より。食べたいお料理も増えていそうだよ、何度も何度も、お店の前を「まだ入れない…」って通っていた間に。



 自分ならきっとそうなるだろう、と思ったこと。まだ入れない夢のお店は、憧れの店。通る度に膨らむだろう夢。扉の向こう側を夢見て、美味しそうな料理の写真を眺めて。
 前の自分が、青い水の星に焦がれたように。まだ座標さえも掴めない地球、其処へ行こうと夢を描いたように。
 前の自分と違う所は、店の扉は待てば必ず開かれること。子供にとっては長い時間でも、ほんの数年、待ちさえすれば。…店に入れる年にさえなれば。
 其処が地球との違いだよね、と前の自分が辿り着けなかった青い星を思った。あの頃には地球は死の星のままで、青くはなかったのだけど。…青い地球は夢でしかなかったけれど。
 その青い地球に来たのが今の自分で、世界のルールはミュウが決めたルール。前の自分が生きた時代は、ミュウという種族は店に入れもしなかったのに。
 そう考えたら、ふと思い出した。前にハーレイから聞かされたこと。
「…ねえ、ハーレイ…。前のぼくたちが生きた時代は、お店、人類のためのものだったけど…」
 アルテメシアを落とした後には、シャングリラの仲間も買い物に出掛けられたんだよね?
 嬉しかったかな、初めてお店に入れた時は。…前のハーレイが配ったお小遣いを持って。
「そうに決まっているだろう? 買い物がそれは凄かったんだ、と話してやったぞ」
 いったい何をする気なんだ、と思うような物まで買って来ちまって…。
 出番が無さそうな自転車だとか、いつ着るんだと呆れるような服をドッサリ山ほどだとか。
 無理もないがな、世界がいきなり大きく開けたんだから。
 データくらいしか見られなかった店って所に、客として入って行けるんだからな。
 気が大きくなって羽目も外すさ、とハーレイが苦笑するものだから。
「それと同じかな、今はお店に入れない小さな子供が、いつかお店に入れるようになる時も?」
 夢が一杯で、胸だってきっとドキドキしてて…。
 あれも食べよう、これも食べよう、って欲張りながら入るのかもね。沢山食べられないくせに。
 子供なんだし、今のぼくより、もっと少ししか食べられるわけがないんだけれど…。
 それでも欲張って注文するとか、注文しようとしてお父さんたちに止められるとか。
「うむ。初めての買い物に出掛けて行ったヤツらと全く同じだろうな」
 しかも子供だから、もっと凄いぞ。夢も一杯、憧れ一杯、ついでに我儘一杯ってな。



 さぞかし凄い光景だろうさ、とハーレイは大きく頷いた。シャングリラの仲間の比ではないと。
「ようやく店に入れた子供たちの感激は俺が保証するから、入れてやらない店を恨むな」
 小さな子供を断るからには、そうする理由があるんだから。
 他のお客のことを色々考えた上で、決めたルールだ。それに子供連れの親たちの方も、不愉快な気分にならないように。「あの子は良くて、うちの子供は駄目なんて」というのは嫌だろう?
 最初から纏めて断っておけば、大勢の人が嫌な思いをしなくて済む。
 断られた子供は可哀相だが、いつかは入れて、店への夢も憧れも膨らむわけだから…。
 そうそう悪い話じゃないだろ、ミュウに生まれただけで酷い目に遭った時代に比べたら。…店に入れる権利どころか、生きる権利も無かったのが前の俺たちだしな?
「うん…。でも、ハーレイと一緒に行きたいなあ…」
 あのお店、今のぼくでも入れるのに…。チビだけれども、小さい子供じゃないんだから。
 ハーレイと二人で出掛けて行ったら、ちゃんと食事が出来るのに…。
 でも連れて行ってくれないんだね、と尖らせた唇。「ハーレイのケチ!」と。
「それも理屈は同じだろ。…小さな子供は入れないのと、根っこの所は同じだってな」
 俺と出掛けてゆくとなったら、それはデートになっちまうから…。
 今のお前だと、デートが出来る背丈に育っていないんだ。店に入るには、まだ年が足りない子供みたいに。…二十センチほど足りていないな、お前の背丈。前のお前と同じになるには。
 だがな、お前もいつかはデートに行けるんだ。俺と一緒に。
 前のお前と同じに育てば、どんな店でも、デートだから、と堂々とな。
 それを楽しみに待てば待つほど、デートの魅力も増すってもんだ。まだ入れない店の扉を眺める間に、どんどん夢が膨らむみたいに。…デートの魅力もそれと同じだ、きっと凄いぞ?
 初めてのデートに行くとなったら、約束した時から夢がキラキラしちまってな。
「…もう相当に待ったんだけど…」
 ハーレイにうんと待たされてるから、夢は一杯なんだけど…。憧れも、デートの魅力だって。
 キラキラしすぎて、目が眩みそう。…それでもデートはまだ行けないの?
「まだだな、お前はチビなんだから」
 ゆっくり育てと言っているだろ、今を楽しめ。…これはさっきも言ったことだが。
 未来の夢もたっぷり見ながら、デートに行ける日を待つんだな。いつか必ず行けるんだから。



 子供時代は今だけだぞ、とハーレイに念を押されたから。
 「慌てるんじゃない」と、「急いで育つな」と、鳶色の瞳が優しい光を湛えるから。
 少しも育たないチビだけれども、いつかデートに出掛けられる日を楽しみに待っていればいい。
 ハーレイが「デートは駄目だ」と言うのも、意地悪ではなくて、ちゃんと理由がある。
 つい「ハーレイのケチ!」と膨れてしまっても、唇を尖らせてしまっても。
(…ぼくが大きくなるまでは駄目…)
 前の自分と同じ背丈に成長するまで、キスをするのも、デートも駄目。
 それはハーレイが決めたルールで、小さな子供は入れない店と同じこと。今はそういうルールを守って、じっと我慢をするべき時。
 ハーレイとの間のルールが大切、それを守ってゆくことも。
 いつか必ず、デートに行ける日がやって来る。前と同じに大きくなったら、ハーレイとデートに出掛けてゆける。
 今はデートに行けないルールが、「行ってもいい」と許してくれるから。
 同じルールの筈だけれども、「駄目だ」から「いいぞ」に変わってくれる。
 その日が来たなら、ハーレイと一緒に初めてのデート。
 楽しみに待って、待って待ち続けて、幸せ一杯で出掛けてゆける。
 ハーレイと二人で何処へでも行けるし、どんな店にも入ってゆける、今のルールが変わった時。
 同じルールのままなのだけれど、前と同じに育ったら。
 デートに行ける姿に成長したなら、必ずデートに誘って貰えて、幸せな時を過ごせるから…。




            入れない店・了


※小さな子供は入れて貰えない、美味しそうな料理の店。憤慨したブルーですけれど…。
 大きくなったら、もちろん入ってゆけるのです。未来に希望を持てる世界が、今という時代。
←拍手して下さる方は、こちらからv
←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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