シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
夢は大きく
(ふうん…?)
夢なら持っているけれど、と小さなブルーが眺めた新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
その紙面の中、「夢は大きく持ちましょう」と書いてあるコラム。子供向けにと書かれた記事。夢は大きく持つべきだ、という中身。夢を大きく持てば持つほど、可能性も広がるものだから。
どんな夢でも、大きく持つもの。小さい夢だと、未来も小さくなってしまうから。
(当然だよね?)
わざわざ書いて貰わなくても分かってるよ、と思ったけれど。相手は子供向けの記事だし、下の学校に通う生徒が対象だろう。自分の年なら分かって当然、教えて貰うようでは駄目。
(先生だって、よく言ってたから…)
下の学校に通っていた頃に。今の学校でも、入学式の時に聞いたと思う。「夢は大きく」と。
自分の夢なら、とうに決まっているけれど。あまり大きくないのだけれど…。
(お嫁さん…)
結婚できる年になったら、ハーレイのお嫁さんになることが夢。十八歳になったら結婚式。
お嫁さんだけに、誰でもなれそうな感じだけれども、本当はとても…。
(大きくて、叶えるのが難しすぎた夢なんだよ…)
それに叶わなかったんだから、と今の自分は知っている。「お嫁さんになる」ことが、どれほど難しい夢だったのか。叶えたくても、困難を伴うものだったのか。
(今のぼくなら、簡単だけれど…)
十八歳になれば結婚、ハーレイのプロポーズを受けるだけ。結婚式を挙げればいいだけ。
けれど、そのハーレイと恋をしていた前の自分は、結婚式を挙げるどころか…。
(ハーレイに恋をしてたのも内緒…)
お互いの立場がそうさせた。白いシャングリラを守るソルジャーと、船を預かるキャプテンと。船の頂点に立っていた二人、恋人同士だと明かせはしない。もしも知れたら、誰一人として…。
(ついて来てなんか、くれないものね…)
船を私物化しているのだ、と背を向けて。何を言っても、そっぽを向かれて。
そうなることが分かっていたから、明かせないままで終わった恋。地球まで辿り着いたなら、と夢見た結婚、それも叶わずに死んでいった自分。
結婚さえも出来なかったのが前の自分で、だから今度の夢は大きい。小さいようでも大きな夢。
前の自分の夢が叶うから、充分に大きく持っている夢。結婚するというだけの夢でも。
(ハーレイのお嫁さんになれるんだものね?)
ぼくには大きすぎる夢、と幸せな気分で閉じた新聞。なんて大きな夢なんだろう、と。ついでに言うなら、前の自分の夢だって大きかったから、と考えながら戻った自分の部屋。
(前のぼくの夢、今よりもずっと…)
大きくて凄かったんだものね、と勉強机の前に座って思い出す。前の自分が描いた夢を。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。白いシャングリラで見ていた夢。
(いつか必ず、地球に行こう、って…)
青い地球にも焦がれたけれども、それは自分の個人的な夢。青く輝く星への憧れ。
それとは違って、ミュウの未来を手に入れるために、地球に行こうと考えていた。青い地球まで辿り着けたなら、きっと未来を掴める筈。人類に追われない未来。ミュウが殺されない世界を。
だから地球へ、と目指そうとした青い水の星。
前のハーレイと恋に落ちた後には、もう一つ夢が加わった。ミュウの未来を手に入れたならば、白いシャングリラの役目も終わる。もう要らなくなるミュウの箱舟。
シャングリラが役目を終える時には、ソルジャーもキャプテンも必要なくなる筈だから…。
船の仲間たちに恋を明かして、二人で生きようと思っていた。シャングリラを降りて、何処かで二人。ほんの小さな家でいいから、青い地球の上に住める所を手に入れて。
ミュウの未来を掴み取ることと、ハーレイと二人で暮らすこと。そのために行きたかった地球。
(どっちも叶わなかったけど…)
前の自分が持っていた夢は、どちらも叶いはしなかった。
ミュウの未来も、ハーレイと二人で生きてゆける家も、前の自分は手に入れられずに、地球さえ見ずに宇宙に散った。ハーレイからも遠く離れたメギドで、独りぼっちで。
(本当に全部、夢だったまま…)
何も叶わなかったんだよ、と思うけれども、繰り返し描き続けた夢。いつか必ず、と。
前の自分が夢を大きく持っていたから、神様は叶えてくれたのだろう。ずいぶん時間がかかったけれども、それは仕方ない。前の自分が生きた頃には、青い地球が無かったのだから。
白いシャングリラが辿り着いた地球は、赤茶けた死の星だったのだから。
前の自分が夢見た通りに、地球で開けたミュウたちの未来。
地球は燃え上がって、ジョミーも、前のハーレイたちも命を落としたけれども、機械が支配する時代は終わった。SD体制が倒れた後には、もう人類もミュウも無かった。同じ人間なのだから。
(地球は、メチャメチャになっちゃったけど…)
大規模な地殻変動を起こした地球。ユグドラシルと呼ばれた地球再生機構の建造物さえ、地の底深く沈んだという。海も大陸も全てが壊れて、燃えて崩れていったのだけれど…。
それが再生への引き金。何も棲めない死の星だった地球は再び蘇った。青い星として。
気が遠くなるほどの時が流れて、今の時代は人が住んでいる地球。自分は其処に生まれて来た。前とそっくり同じに育つ身体を貰って、ハーレイも先に生まれて来ていた。同じ姿で。
地球はとっくに手に入れているし、次はハーレイと暮らす未来。今度は結婚できるから。
(そっちも沢山、夢は大きく…)
持たなくっちゃ、と記事の通りに考える。ハーレイとの未来に描く夢。
結婚式のことはよく分からないけれど、その前に、まずはプロポーズ。結婚を申し込まれる時。どんなプロポーズになるのだろうか、ハーレイは何をしてくれるだろう?
(ガラスの靴が欲しいよね、って思ったことも…)
あるのだけれども、他にも夢を見ていそう。こういうプロポーズもいいね、とハーレイに伝えてありそうな夢。すぐには思い出せないだけで。
(だから、プロポーズも夢だよね?)
きっと素敵なサプライズ。その日が来たなら、きっと感激で胸が一杯。ガラスの靴を貰っても。他の形で結婚を申し込まれても。
プロポーズされたら、もちろん「嫌」とは言わない自分。両親が結婚を許してくれたら、晴れてハーレイの婚約者。結婚式の用意も始めて。
婚約したら、忘れないようにシャングリラ・リングを申し込む。白いシャングリラの船体だった金属の一部、それを使って作られる結婚指輪。申し込みのチャンスは一度きりだから…。
(シャングリラ・リング、当たりますように…)
それが最初の大きな夢。指輪の形に姿を変えた、シャングリラを指に嵌めること。
前のハーレイと二人で暮らした白い船。懐かしい船が生まれ変わった指輪を、ハーレイと二人で結婚式で交換して。お互いの左手の薬指に嵌めて、そうして交わす誓いのキス。
ウェディングドレスで結婚するのか、ハーレイの母が着たと聞いている白無垢か。何を着るのか分からないけれど、誓いのキスはあるだろう。結婚指輪の交換だって。
(結婚式が終わったら…)
もうハーレイのお嫁さん。誰に紹介される時にも、「俺の嫁さんだ」とハーレイが言ってくれる筈。ハーレイの父や母たちだったら、「うちの息子のお嫁さんです」と。
考えただけで弾む胸。「ハーレイのお嫁さん」になるということ。前の自分が夢に見たこと。
夢が叶って結婚したら、新婚旅行は地球を見に行く。それもハーレイとの約束。
(ぼくは宇宙に出たことが無いし…)
まだ見てはいない、青い地球。足の下には地球があるのに、宇宙に浮かぶ地球を知らない。前の自分が焦がれ続けた、銀河の海に浮かぶ真珠を。
だからハーレイとの新婚旅行は、宇宙から地球を眺める旅。青い真珠のような地球。それが良く見える部屋に泊まって、ハーレイと二人、心ゆくまで地球を見詰めて、キスを交わして…。
きっと何日も飽きずに過ごし続けるのだろう。月にも火星にも行きはしないで、地球の周りしか飛ばない旅でも。…地球を見るだけで終わる旅でも。
前の自分の夢の星だし、そういう旅でかまわない。何処の宙港にも降りない旅で。
(そんな旅行でも、疲れちゃったら大変だから…)
せっかく新婚旅行に行くのに、寝込んでしまったら意味が無い。いくら窓から地球が見えても、ハーレイが側にいてくれても。
(看病して貰って、船のお医者さんに注射されちゃったりもして…)
きっとハーレイは優しく看病してくれるけれど、問題は船のお医者さん。大嫌いな注射を宇宙の旅で打たれるのは御免蒙りたい。青い地球が見える医務室で注射されるとしたって。
(嫌いなものは嫌いなんだよ!)
前の自分も嫌った注射。アルタミラでの酷い体験のせいで。
新婚旅行で注射は嫌だし、寝込んだら旅も台無しになる。地球を見ながらの食事なんかも、全部お流れになってしまって、ベッドで寝ているだけになるから。
そうならないよう、元気に旅に出掛けられること、それも大切。
前と同じに弱い身体に生まれたけれども、新婚旅行の間は健康を損ねないこと。それだって夢。
元気一杯で出掛けなくちゃ、と夢を抱くのが新婚旅行。ハーレイと青い地球を見る旅。宇宙から青い地球を見ようと、何度ハーレイと語ったことか。…白いシャングリラで暮らした頃に。
その夢が叶う新婚旅行。しかも結婚してから見られる青い地球。前の自分が描いた夢だと、結婚するのは地球に辿り着いてからだったのに。
夢よりも素敵になった現実。ハーレイのお嫁さんになって、新婚旅行で地球を見に行くなんて。
(旅行の約束、他にも一杯…)
今のハーレイと交わした約束。前の自分だった頃から夢を見た旅も、新しく出来た旅の予定も。
好き嫌い探しに出掛けてゆくのは、今の約束。好き嫌いが全く無い二人だから、あちこち回って苦手なものやら好物やらを探す旅。好き嫌いが無いのは、多分、前の生の影響だろうと思うから。
(砂糖カエデの森も見に行かなくちゃね…)
前の自分が地球で食べたかった、夢の朝食。ホットケーキを食べること。地球の草で育った牛のミルクで作ったバターと、本物のメープルシロップを添えて。
今のハーレイにそう話したら、砂糖カエデの森を見に行く約束が出来た。雪の季節が終わる頃に始まる、メープルシロップになる樹液の採取。その季節に二人で行ってみようと。
(ヒマラヤの青いケシだって…)
出来るものなら、高い山に咲く本物を見たい。前の自分が夢見たように、空を飛んでは行けないけれど。今の自分は空を飛べないから、ヤクの背に乗って運んで貰うしかないのだけれど。
そして、ハーレイと今の地球で結婚するのなら…。
(マードック大佐のお墓にだって…)
挨拶に行ってみたいと思う。マードック大佐とパイパー少尉の墓碑がある場所へ。
SD体制が崩壊した時、地球を破壊しようとした六基のメギド。トォニィやキースの部下たちが防ぎに飛び立ったけれど、残ってしまった最後の一基。
(マードック大佐の船が体当たりして…)
メギドを止めたと今も伝わる。退艦しないで船に残ったパイパー少尉がいたことも。
青い水の星が蘇った後、風化したメギドが発見された。二人の墓碑は其処にあるという。墓碑は森の奥にあるらしいけれど、その入口まで行く恋人たちが今も大勢。結婚の報告をするために。
花束や花輪を捧げて祈る恋人たち。マードック大佐たちのように最後まで共に、と。
知ったからには、挨拶をしたい二人の墓碑。「パパのお花」が咲く季節に。
今の時代は「パパのお花」と呼ばれている花。淡い桃色の豆の花。
幼かったトォニィがそう呼んだから、シャングリラ育ちだった豆にその名が付いた。トォニィが種子を残させた豆。「いつか地球へ」と、願いをこめて。
その種子が根付いたのが「パパのお花」だから、マードック大佐たちに挨拶するなら、花が咲く季節。墓碑がある地域に自生する花で、他の地域にはあえて広げないと聞いたから。
(夢は大きく…)
うんと沢山持たなくっちゃね、と思う旅行だけでも数え切れない。ハーレイと二人で行く旅行。デートの約束だって山ほど、もう本当に山のよう。
(新婚旅行は地球を見るんだ、って決まってるけど…)
次の旅行は何処にしようか、それも楽しみでたまらない。結婚してさえいない内から。こうして夢を見る間から。
前の自分の夢を叶える旅に出るのか、今の自分たちが交わした約束を叶えにゆくか。青い地球を見る新婚旅行から帰ったら直ぐに、もう計画を立てていそう。ハーレイとお茶でも飲みながら。
(今度は何処に出掛けようか、って…)
旅の計画、きっと最初は近い場所。新婚旅行は、ハーレイが長く休める時期に行くのだろうし、学校が休みになっている間。春休みだとか、夏休み。
同じ休みの間にまた行けそうな場所にするなら、家からもきっと近い筈。休みが終わってからの旅となったら、もう本当に近い場所。
(週末に行って、一泊二日で帰れる所…)
そんな感じ、と思う行き先。一泊二日で行ける所も色々あるから、何処にするかで大いに迷ってしまいそう。海に行くのか山に行くのか、旅の目的は何なのか。
(観光するのか、名物を食べに行くのかも…)
同じ行き先で回る所が変わってくるから、目的選びも大切なこと。充実した旅にするのなら。後から「しまった」と思わないよう、きちんと下調べもしておいて。
(せっかく行ったのに、知らずに帰って来ちゃったよ、っていうのは残念…)
食べ物にしても、観光名所にしても。
ハーレイと二人で旅をするなら、夢は大きく、欲張りに。あれもこれもと詰め込んで。御馳走を食べて観光だって、とギュウギュウ詰めになるだろう夢。
旅行するにも夢は大きく持たなくちゃ、と思ったけれど。夢は山ほど、と思うけれども、旅行に出掛けてゆく前に…。
(新婚旅行の次の旅行に行く前に、デート?)
結婚したら一緒に暮らすのだから、二度目の旅に出る前にデート。間違いなく、そう。
同じ家に住む二人なのだし、思い付いたら直ぐにデートに出掛けてゆける。時間さえあれば。
(ハーレイと食事をしに行くとか…?)
食事くらいなら、新婚旅行から戻った次の日にだって、と膨らむ夢。ハーレイとデート。食事に行くのはハーレイの家の近所の店だっていいし、ドライブに行くというのもいい。
車で少し走って行ったら、幾らでも選べる食事できる店。「此処がいいな」と思い付きだけで、選んで車を駐車場に停めて。
家の近所の店に行くなら、ハーレイと歩いてゆくのもいい。手を繋ぎ合って、のんびりと。
(夢は大きく…)
それに沢山、と思った所で気が付いた。次の旅行やデートの夢を見ていたけれど…。
ハーレイと結婚して、新婚旅行に出掛けた後。宇宙から青い地球を眺めて、大満足の新婚旅行が終わった後には、ハーレイの家で暮らすことになる。今の自分の家ではなくて。
旅行が済んだら、帰ってゆく先はハーレイの家。二人で家に帰り着いた時には、一番最初に何をすることになるのだろう…?
(ただいまのキス…?)
二人一緒に帰ったのだし、「おかえりなさい」ではないけれど。どちらが迎える側でもないのに「ただいま」は変かもしれないけれども、ただいまのキス。
二人きりの家に帰って来られた、と抱き合ってキスを交わすのだろう。これからはずっと一緒に暮らしてゆけるし、此処が二人の家なのだ、と。
(キスは絶対、しそうだけれど…)
結婚している二人だったら、ただいまのキスは挨拶代わり。「最初にすること」と考えるには、足りない重み。今の自分なら、キスは大切なのだけど。
(…ハーレイ、キスしてくれないものね…)
子供にキスは絶対しない、と言われているから憧れのキス。けれど結婚した二人ならば、キスは当たり前のように交わす筈のもので、「最初にすること」には数えられないほどだろうから…。
キスは違う、と考えた「家に帰ったら最初にすること」。ただいまのキスの後が問題。
新婚旅行はもう終わったから、ハーレイと一緒に過ごすのだけれど。結婚している恋人同士で、夜はもちろん同じベッドで眠るけれども…。
(いくらなんでも、帰って直ぐにベッドになんか…)
行かないだろうという気がする。帰って来たのが夜だとしても。宙港に着いた時間によっては、家に着いたら夜更けなのかもしれないけれども、直ぐにシャワーを浴びに行くのも…。
(あんまりだよね?)
二人で暮らす家に着くなりシャワーだなんて、夢もロマンも無い感じ。どう考えても、ベッドに入る準備だから。「早くベッドに行かなくちゃ」と宣言するようなものだから。
二人一緒でも狭くないだろう、ベッドには行きたいのだけれど…。
それとこれとは話が別。家に帰って最初にすることがシャワーだと、恥じらいさえも無さそう。
(ハーレイ、きっと結婚するまで…)
キスしかしないままなのだろう、と思ってはいる。何故だか、そういう予感がするから。
婚約した後もキスだけで我慢していたのならば、ベッドに行きたくなりそうだけれど。
(だけど、新婚旅行だったんだし…)
二人で旅行に出掛けたのなら、とうにベッドに行った筈。青い地球が見えるだろう部屋で。
大きな窓越しに地球を眺めて、何度もキスを交わした後には、やっと本物の恋人同士。長いこと我慢させられていた分、満ち足りた時を過ごせる筈。
(朝御飯なんかは、抜きでいいから…)
ハーレイとベッドで抱き合っていたい。今の幸せに酔いしれながら、愛を交わして、甘い睦言を交わし合って。
(旅行とセットの御飯、何度も抜けちゃったって…)
きっと二人とも気にしない。豪華な料理を食べそびれても、ルームサービスばかりでも。食事をするより、二人一緒にいたいから。前の生からの夢が叶って、ようやく結婚出来たのだから。
そういう旅行をして来たのならば、家に帰ってまでベッドなんかに急がなくてもいいだろう。
もっとのんびり、家でゆっくり。
此処が二人の家なのだから、と前の生から夢に見ていた地球にある家で。
前の自分たちが夢見た地球。いつか地球まで辿り着いたら、欲しいと思った小さな家。青の間のように広くなくていいから、ほんの小さな家でいいから。
その夢を叶えてくれるのが今のハーレイの家。この町で教師になろうと決めて、ハーレイの父に買って貰ったらしい家。其処にハーレイと二人で帰ったら…。
(家の中、色々…)
案内して貰えるのだろうか。一度だけ遊びに行った時にも、案内はして貰ったけれど…。それはあくまでチビの自分用、他の生徒を案内するのと大して変わりはしなかった筈。
けれど、一緒に暮らすとなったら、必要だろう様々な案内。それこそキッチンの棚の中まで。
ちゃんと案内して貰わないと、直ぐに困ってしまうだろうから。「あれは何処?」とハーレイに尋ねなくては、日用品さえ見付けられなくて。
(最初にすること、家の案内?)
そうなのかもね、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来たから、早速ぶつけてみた質問。テーブルを挟んで向かい合わせで。
「あのね、最初は何をすると思う?」
「はあ?」
最初って何だ、お前が何かしたいのか、とハーレイは目を丸くした。「意味が分からん」と。
「ごめん、色々すっ飛ばしちゃった…。ぼくは長いこと考えてたから」
おやつの後から考え続けて、そしたら気になり始めちゃって…。
いつかハーレイと結婚するでしょ、ぼくが十八歳になったら。…結婚できる年になったら。
その時のことだよ、訊いているのは。…最初は何かな、って思ったから。
ハーレイと結婚してから、ぼくが一番最初にすること。
何だと思う、と訊いたら顔を顰めたハーレイ。眉間の皺まで深くして。
「その手の話はお断りだが?」
お前はチビだし、まだ早すぎる。…何度言ったら分かるんだ?
キスも駄目だと言ってる筈だな、とハーレイが怖い顔をするから、慌てて首を左右に振った。
「違うってば…!」
ぼくは真面目に訊いてるんだよ、叱られるような話じゃないんだってば…!
ホントのホントに違う話で、ただ気になってただけなんだから…!
キスとかの話は全部抜きで、とハーレイに懸命に説明をした。どうして質問したのかを。
夢は大きく持ちたいから、と新聞のコラムを読んだお陰で、膨らませてしまった未来の夢。新婚旅行から帰った後には、最初は何をするのだろう、と。
「えっとね…。最初にすること、ハーレイの家の中の案内?」
そうじゃないかと思ったんだけど、それで合ってる…?
ねえ、とハーレイの瞳を覗き込んだら、「なんでそうなる?」と返った言葉。
「家の案内って、何処から思い付いたんだ。それが最初にすることだなんて…?」
「それが一番大事かな、って…。ぼく、ハーレイの家の中には詳しくないし…」
何度も遊びに行ってる柔道部員とかの方が詳しそうだよ。何処に何があるか、棚まで覗いて。
ぼくは一度しか、家の中、案内して貰ってないし…。
ハーレイと一緒に帰ってみたって、直ぐに困ってしまいそう。分からないことばっかりで。
だから案内、と自信を持って答えたのに。
「おいおい、そいつは今だけだろう?」
確かにお前は、俺の家には全く詳しくないよな、うん。…柔道部のヤツらの方が詳しい。
あいつら、遠慮なく家探しするから、冷蔵庫の中まで覗いて勝手に中身を飲み食いするし…。
だがな、お前も俺と結婚するとなったら、嫌というほど来るだろうが。
一度も来ないで結婚ってことは絶対に無いぞ、考えてみろよ?
俺の家でデートもするだろうし、と言われてみればそうだった。婚約したなら、ハーレイの家は未来の自分の家になる。今と違って出入りも自由。
「そっか、ハーレイの家でデートもあるよね…」
ハーレイが作ってくれるお料理とか、お菓子を食べに行くだとか…。
「お前を家に呼びもしないで、結婚ってことは有り得んな。デートでなくても来て貰わんと」
俺の家に引越して来るんだろうが、俺と一緒に暮らすんだから。
結婚の準備を進めるためには、お前が俺の家に来ないと始まらない。
お前の部屋を決めなきゃならんし、荷物だって運び込まないと…。でないとお前、宿無しだぞ?
この部屋からは出るんだろうが、というハーレイの言葉でやっと気付いた。
ハーレイの家で暮らしてゆくのだったら、それまでに準備。新婚旅行から帰ったら直ぐに、荷物などを置ける自分用の部屋が要るのだから。
まるで気付いていなかった、とポカンと開けてしまった口。結婚して同じ家で暮らすためには、先に必要なのが引越し。今のこの部屋から、ハーレイの家へ。
自分の引越しは新婚旅行の後だけれども、荷物は先に運ばれてゆく。それの置き場や、貰う部屋やら、決めるべきことが幾つもあった。…ハーレイの家まで出掛けて行って。
何度も出入りしていたならば、家の中のこともすっかり覚えてしまうだろう。新婚旅行から家に帰った途端に、困ってしまわない程度には。
「…最初にすること、家の中の案内じゃなかったんだ…」
きっとそれだと思っていたのに、違ったなんて…。もう案内は要らないだなんて…。
ぼくは色々覚えちゃってて、と零した溜息。「ぼくの考え、間違ってたよ」と。
「そのようだな。…あれこれ夢を見てはいたって、チビはチビだということだ」
まるで必要無い、家の案内が最初だと頭から考えちまうようでは。…チビならではの発想だな。
そんなお前の質問ってヤツに、あえて真面目に答えてやるとしたなら、だ…。
新婚旅行から帰った後に、一番最初にすることは何か、それが知りたいわけだよな…?
俺が思うに、お前、ペタンと座り込んじまって、何もしようとしないんじゃないか?
最初も何も…、とハーレイが唇に浮かべている笑み。ちょっぴり悪戯小僧の顔で。
「何もしないって…。なんで?」
どうしてそういうことになるわけ、新婚旅行から一緒に帰って来たんだよ?
やっとハーレイと二人で暮らせる家に帰って来られたのに…!
何もしないなんてこと、絶対に無い、と主張したのに、「そうか?」と腕組みをしたハーレイ。
「俺はそうなると思うがなあ…。まず間違いなく、そのコースだと」
お前が何もしない理由は、エネルギー切れというヤツだ。
身体中の力が抜けちまうんだな、家に帰ってホッとしたから、緊張の糸が切れたみたいに。
小さな子供がよくやるだろうが、何処かへ出掛けて、はしゃぎ過ぎた後に眠っちまうとか。
それと同じだ、お前の場合は眠る代わりに座り込むんだ。
新婚旅行ではしゃぎ過ぎちまった分がドカンと来るんだな、と指摘されたら反論出来ない。多分そうなるだろうから。
自分では注意しているつもりでいたって、新婚旅行の間中、はしゃいでいそうだから。
宙港から宇宙へ飛び立つ前から、もうワクワクが止まらない筈。結婚式の時から、ずっと。
きっとそうなっちゃうんだよ、と気付いてしまったエネルギー切れ。
ハーレイと結婚式を挙げて出掛けた新婚旅行で、青い地球だの、二人きりの時間だのと、存分に味わい過ぎて。来る日も来る日もはしゃぎ続けて、体力も気力も、すっかり限界。
自分では気付いていなくても。…まだまだ元気は充分にあると思っていても。
ハーレイの家に着いた途端に、プツンと切れるエネルギー。それこそ床にペタンと座って、もう動けないといった具合で。
「…エネルギー切れって…。じゃあ、それが最初にすることなの?」
ぼくがハーレイの家で最初にすること、エネルギーが切れて座っちゃうこと…?
床にペタンと座り込んじゃって、「動けないよ」って情けない声を出すしかないの…?
悔しいけれど、と認めざるを得ない、エネルギー切れで座り込むこと。きっと自分はそうなった末に、ハーレイの顔を見上げることしか出来ないから。
「そうなるだろうと思うんだが? …流石に床では可哀想だし…」
ちゃんと椅子には座らせてやる。玄関先でへたり込んだら、リビングとかまで抱えて運んで。
後は紅茶を淹れてやるとか、疲れが取れそうなホットココアとか…。
そういう飲み物をお前に渡して、時間によっては俺は飯の支度を始めるってトコか。
帰りは多分、夜なんだろうが、もっと早い時間に到着する便もあるからなあ…。晩飯は家で、と思って帰って来たなら、手早く何か作らんと。
お前は座って待ってるだけだな、紅茶やココアを淹れるにしても、飯の支度をする方にしても。
エネルギー切れが治るまでゆっくり座っていろ、とハーレイは微笑む。最初にすること、これで決まったも同じだろうが、と。
「ハーレイが言うの、当たっていると思うんだけど…。エネルギー切れになりそうだけど…」
それじゃホントに、役に立たないお嫁さんだよ。
せっかくハーレイと結婚したのに、最初から座っているだけなんて…。
ぼくだって、ハーレイに何かしてあげたいよ、と言ったのに…。
「何もしなくていいと何度も言ってるだろうが」
俺の嫁さんになってくれれば、それだけでいいと。…お前は何もしなくても。
料理も掃除も俺がするから、お前は威張っていればいいんだ。
俺の所へ嫁に来てやったと、こうして嫁に来てやったんだし、うんと丁重に扱えとな。
座り込んだまま動けなくても、座っていられるなら充分だ、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「座れるんなら、まだエネルギーが残っているからな」と。
「そういうことだろ、自分の身体を支える力はあるわけだ。椅子には座れるんだから」
もっと力が無くなっちまえば、お前は倒れてしまうってわけで…。
新婚旅行から帰ってくるなり倒れて寝込んじまって、早速スープの出番じゃ困る。
俺が最初に作ってやる料理が、野菜スープのシャングリラ風になっちまったら。
料理の腕の揮い甲斐さえ無いだろうが、とハーレイが恐れるエネルギー切れの酷いもの。最悪の場合は、倒れることだって起こり得るから。
「それだと、ぼくも困ってしまうよ…!」
やっとハーレイと暮らせる家に着いたのに…。座り込むどころか、寝込むだなんて…!
ハーレイに作って貰うお料理、野菜スープが最初だなんて…!
そんなの嫌だよ、と身体が震え上がりそう。新婚旅行の素敵な思い出、それがすっかり台無しになってしまいそうだから。…寝込んでしまえば、そうなるのだから。
「俺も勘弁願いたいんだが…。寝込むお前も悲しいだろうが、俺も同じに悲しいからな」
せっかくお前を嫁に貰って、薔薇色の日々が来たっていうのに、野菜スープを煮込むだなんて。
そいつは勘弁して欲しいからな、お前がはしゃぎ過ぎないように注意はするが…。
それでもお前は疲れちまって、エネルギー切れを起こすんだろう。軽く済むよう、祈ってくれ。
防ぐ方法はそのくらいしか無いってわけだが、お前が疲れちまうとなると…。
そうだな、俺の車が要るかもしれないな。
俺の車だ、とハーレイは至って真剣な顔。「アレの出番が来るかもしれん」と。
「車って…?」
ハーレイの車の出番って、何処で?
まさか病院に連れて行くわけ、ぼくに注射を打って貰いに…!?
酷い、と上げてしまった悲鳴。ハーレイの家から近い病院の医師は、注射好きだと聞いたから。問答無用でブスリと注射で、「これで治る」というタイプだと前に聞かされたから。
新婚旅行から帰った途端にエネルギー切れも嫌だけれども、それを治すのに注射だなんて。
ハーレイの車に押し込まれた上に、病院へ連れて行かれるなんて…!
酷すぎるよ、と抗議した車の出番。注射を打たれてしまうよりかは、寝込んだ方がマシだから。最初の食事が野菜スープのシャングリラ風でも、注射を打たれるよりはいいから。
そうしたら…。
「何を勘違いしているんだか…。お前の注射嫌いくらいは、俺だってよく知っている」
俺の家での最初の思い出、注射に連れて行かれたことになったら、お前に恨まれちまうしな…。
いきなり車を出しやしないさ、暫くは様子を見てやるから。…病院は無しで治るかどうか。
だからだ、俺が言っているのは違う車の使い方だ。
お前、宙港からの帰り道には、とっくに疲れていそうだし…。
タクシーの中で俺にもたれて寝るのと、俺の車の助手席で寝るのと、どっちがいい?
好きに選べよ、と訊かれたこと。新婚旅行に出掛けた帰りに、家までの道をどうするか。
「えーっと…?」
タクシーの中だと、ハーレイの肩にもたれて寝られるけれど…。
それは嬉しいけど、タクシーだったら、運転手さんが乗っているよね、運転席に。
バックミラーで見えてしまうかな、ぼくがハーレイにくっついてるの…。わざわざ見たりはしていなくても、何かのはずみに。
それって、ちょっぴり恥ずかしいかも…。運転手さんは、お仕事だけど…。
見られちゃった、って後で真っ赤になるより、ハーレイの車の方がいいかも…。
ハーレイの肩では寝られないけど、寝ちゃっていたって恥ずかしいことは無いものね…。
そっちの方がいいのかも、と選びたくなったハーレイの車。新婚旅行から帰る時には。
「ほらな、選びたくなっただろうが。俺の車を」
新婚旅行に出掛ける時もそうするか?
タクシーに乗って行くんじゃなくって、最初から俺の運転で。
そうするんなら、車を宙港まで運んで貰うサービスも要らなくなるからな。
「うん、ハーレイと二人がいいよ」
ハーレイが運転してくれるんなら、ハーレイと二人で行きたいな…。
せっかく結婚出来たんだものね、前のぼくたちの話もしたいよ。
運転手さんには聞こえなくても、タクシーの中では、やっぱり話しにくいから…。
車を出してくれるんだったら、その方がいい、と頼んだ車。ハーレイの車で出掛ける宙港。
「よし。それなら俺の車の出番だ、俺たちだけのシャングリラのな」
そいつで出掛けて帰って来るなら、家に着いたらガレージに停めて、荷物を降ろして…。
おっと、その前に、疲れちまってるお前を家に入れてやらんといけないな。
荷物は後だな、お前の休憩が先だから。
ペタンと床に座り込む前に、抱き上げて家に運び込んでだ…。
お疲れ様、と椅子に座らせてやって、何か飲み物を渡してやって…。
それをお前が飲んでる間に、俺が荷物を降ろして来る、と。…俺のも、お前の荷物も、全部。
そんなトコだな、とハーレイが立てている段取り。椅子に座っているだけらしい、自分。
「…ハーレイの家で最初にすること、椅子に座ること?」
床に座り込む方じゃなくても、やっぱり座ることなんだ…?
ハーレイに椅子に座らせて貰うのが最初、と尋ねた「一番最初にすること」。ハーレイの家で。
「さっきも言ったろ、そうなっちまいそうな気がしているんだが…」
それじゃ不満か、最初にすること。もっと劇的な何かを期待してるのか…?
劇的に倒れるのは無しで頼むぞ、とハーレイに念を押されたから。
「ぼくだって嫌だよ、そんなのは…! それにね…」
不満じゃないよ、うんと幸せだと思う。座ってることしか出来なくっても。
此処が今日からぼくの家だよ、って胸が一杯になっちゃって。
ハーレイが荷物を降ろしている間も、幸せ一杯。…椅子に一人で座っててもね。
きっと幸せ、と弾けた笑顔。最初にすることは椅子に座っているだけにしても、ハーレイと結婚出来るのだから。ずっと一緒に暮らすのだから。
「なら、決まりだな。…新婚旅行に出掛ける時には俺の車で宙港までだ」
今の所は、そういうことにしておこう。お前もそうしたいらしいから。
いつかお前と二人で行こうな、宇宙から地球を見る旅に。
しかしだ、何処でどう変わるかが分からないから面白いんだぞ、夢ってヤツは。
今のお前の夢の形が、明日も同じとは限らない。
もっと大きく育った時には、俺の車よりもタクシーがいいと言い出すってこともあるからな。
まあ、存分に夢を見ておけ、と言われた新婚旅行のこと。家で最初にすることも。
けれど、夢なら幾らでもあるし、前の自分の一番大きな夢は必ず叶うから…。
「前のぼくの夢、叶うんだよ。…ハーレイと結婚できるから」
それに叶ってる夢もあるもの、青い地球に生まれて来ちゃったから。
まだ宇宙からは見ていないけれど、前のぼくが見たかった地球まで来られちゃったよ。
「ふうむ…。前のお前の大きかった夢が、二つとも叶うというわけか」
それで今度も欲張るわけだな、あれもこれもと。
俺と新婚旅行はもちろん、他にも山ほど夢を抱えて。
「そう!」
夢は沢山持たなくっちゃね、でないと何も叶わないから。…未来もちっぽけになっちゃうから。
今度のぼくも欲張りだよ、と欲張り自慢。夢は本当に山ほどだから。
「いいさ、お前の夢なら全部叶えてやるから」
どれも端から、と請け合ってくれた、頼もしい恋人。優しいハーレイ。
「…ハーレイの夢は?」
ハーレイも夢を持っているでしょ、どんな夢なの?
「俺の夢か? そいつはお前と一緒に叶えていくんだ、これからな」
なにしろ今度は、前の俺の夢も叶うんだから。お前と結婚出来たらな。
前の俺の一番の夢だった、とハーレイの夢も結婚すること。白いシャングリラで生きた頃から。あの船で地球を夢見た頃から。
「そうだよね…!」
ハーレイの夢もおんなじだったよね、前のぼくのと。
いつか地球まで辿り着いたら、きっと結婚出来るんだから、って…。
同じだったね、と思う前の自分とハーレイの夢。いつか結婚するということ。地球に行くこと。
夢は大きく持たなければ、と改めて思う。
前の自分の大きな夢が叶うのだから、今度も沢山、幾つもの夢を。
前よりはささやかな夢だけれども、持っていればきっと、夢は叶うと知っているから。
最初の夢は、ハーレイと結婚式を挙げて新婚旅行に行くこと。
宇宙から青い地球を眺めて、旅を終えたら、ハーレイの家に二人で帰ってゆくこと。
それから二人で暮らし始めて、幾つもの夢を叶えてゆく。
前の自分だった時からの夢も、今の自分が持っている夢も。
ハーレイは全部叶えてくれるし、ハーレイの夢も二人で全部叶えてゆけるから。
今度は二人で生きてゆけるから、どんな夢でも、青い地球なら何もかも叶う筈なのだから…。
夢は大きく・了
※夢は大きく持つべきだ、という記事を読んだブルー。前の生での夢なら、大きなもの。
けれど今度は、前に比べると小さな夢ばかり。それでも夢は幾つも持って、二人で叶えて…。
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夢なら持っているけれど、と小さなブルーが眺めた新聞。学校から帰って、おやつの時間に。
その紙面の中、「夢は大きく持ちましょう」と書いてあるコラム。子供向けにと書かれた記事。夢は大きく持つべきだ、という中身。夢を大きく持てば持つほど、可能性も広がるものだから。
どんな夢でも、大きく持つもの。小さい夢だと、未来も小さくなってしまうから。
(当然だよね?)
わざわざ書いて貰わなくても分かってるよ、と思ったけれど。相手は子供向けの記事だし、下の学校に通う生徒が対象だろう。自分の年なら分かって当然、教えて貰うようでは駄目。
(先生だって、よく言ってたから…)
下の学校に通っていた頃に。今の学校でも、入学式の時に聞いたと思う。「夢は大きく」と。
自分の夢なら、とうに決まっているけれど。あまり大きくないのだけれど…。
(お嫁さん…)
結婚できる年になったら、ハーレイのお嫁さんになることが夢。十八歳になったら結婚式。
お嫁さんだけに、誰でもなれそうな感じだけれども、本当はとても…。
(大きくて、叶えるのが難しすぎた夢なんだよ…)
それに叶わなかったんだから、と今の自分は知っている。「お嫁さんになる」ことが、どれほど難しい夢だったのか。叶えたくても、困難を伴うものだったのか。
(今のぼくなら、簡単だけれど…)
十八歳になれば結婚、ハーレイのプロポーズを受けるだけ。結婚式を挙げればいいだけ。
けれど、そのハーレイと恋をしていた前の自分は、結婚式を挙げるどころか…。
(ハーレイに恋をしてたのも内緒…)
お互いの立場がそうさせた。白いシャングリラを守るソルジャーと、船を預かるキャプテンと。船の頂点に立っていた二人、恋人同士だと明かせはしない。もしも知れたら、誰一人として…。
(ついて来てなんか、くれないものね…)
船を私物化しているのだ、と背を向けて。何を言っても、そっぽを向かれて。
そうなることが分かっていたから、明かせないままで終わった恋。地球まで辿り着いたなら、と夢見た結婚、それも叶わずに死んでいった自分。
結婚さえも出来なかったのが前の自分で、だから今度の夢は大きい。小さいようでも大きな夢。
前の自分の夢が叶うから、充分に大きく持っている夢。結婚するというだけの夢でも。
(ハーレイのお嫁さんになれるんだものね?)
ぼくには大きすぎる夢、と幸せな気分で閉じた新聞。なんて大きな夢なんだろう、と。ついでに言うなら、前の自分の夢だって大きかったから、と考えながら戻った自分の部屋。
(前のぼくの夢、今よりもずっと…)
大きくて凄かったんだものね、と勉強机の前に座って思い出す。前の自分が描いた夢を。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。白いシャングリラで見ていた夢。
(いつか必ず、地球に行こう、って…)
青い地球にも焦がれたけれども、それは自分の個人的な夢。青く輝く星への憧れ。
それとは違って、ミュウの未来を手に入れるために、地球に行こうと考えていた。青い地球まで辿り着けたなら、きっと未来を掴める筈。人類に追われない未来。ミュウが殺されない世界を。
だから地球へ、と目指そうとした青い水の星。
前のハーレイと恋に落ちた後には、もう一つ夢が加わった。ミュウの未来を手に入れたならば、白いシャングリラの役目も終わる。もう要らなくなるミュウの箱舟。
シャングリラが役目を終える時には、ソルジャーもキャプテンも必要なくなる筈だから…。
船の仲間たちに恋を明かして、二人で生きようと思っていた。シャングリラを降りて、何処かで二人。ほんの小さな家でいいから、青い地球の上に住める所を手に入れて。
ミュウの未来を掴み取ることと、ハーレイと二人で暮らすこと。そのために行きたかった地球。
(どっちも叶わなかったけど…)
前の自分が持っていた夢は、どちらも叶いはしなかった。
ミュウの未来も、ハーレイと二人で生きてゆける家も、前の自分は手に入れられずに、地球さえ見ずに宇宙に散った。ハーレイからも遠く離れたメギドで、独りぼっちで。
(本当に全部、夢だったまま…)
何も叶わなかったんだよ、と思うけれども、繰り返し描き続けた夢。いつか必ず、と。
前の自分が夢を大きく持っていたから、神様は叶えてくれたのだろう。ずいぶん時間がかかったけれども、それは仕方ない。前の自分が生きた頃には、青い地球が無かったのだから。
白いシャングリラが辿り着いた地球は、赤茶けた死の星だったのだから。
前の自分が夢見た通りに、地球で開けたミュウたちの未来。
地球は燃え上がって、ジョミーも、前のハーレイたちも命を落としたけれども、機械が支配する時代は終わった。SD体制が倒れた後には、もう人類もミュウも無かった。同じ人間なのだから。
(地球は、メチャメチャになっちゃったけど…)
大規模な地殻変動を起こした地球。ユグドラシルと呼ばれた地球再生機構の建造物さえ、地の底深く沈んだという。海も大陸も全てが壊れて、燃えて崩れていったのだけれど…。
それが再生への引き金。何も棲めない死の星だった地球は再び蘇った。青い星として。
気が遠くなるほどの時が流れて、今の時代は人が住んでいる地球。自分は其処に生まれて来た。前とそっくり同じに育つ身体を貰って、ハーレイも先に生まれて来ていた。同じ姿で。
地球はとっくに手に入れているし、次はハーレイと暮らす未来。今度は結婚できるから。
(そっちも沢山、夢は大きく…)
持たなくっちゃ、と記事の通りに考える。ハーレイとの未来に描く夢。
結婚式のことはよく分からないけれど、その前に、まずはプロポーズ。結婚を申し込まれる時。どんなプロポーズになるのだろうか、ハーレイは何をしてくれるだろう?
(ガラスの靴が欲しいよね、って思ったことも…)
あるのだけれども、他にも夢を見ていそう。こういうプロポーズもいいね、とハーレイに伝えてありそうな夢。すぐには思い出せないだけで。
(だから、プロポーズも夢だよね?)
きっと素敵なサプライズ。その日が来たなら、きっと感激で胸が一杯。ガラスの靴を貰っても。他の形で結婚を申し込まれても。
プロポーズされたら、もちろん「嫌」とは言わない自分。両親が結婚を許してくれたら、晴れてハーレイの婚約者。結婚式の用意も始めて。
婚約したら、忘れないようにシャングリラ・リングを申し込む。白いシャングリラの船体だった金属の一部、それを使って作られる結婚指輪。申し込みのチャンスは一度きりだから…。
(シャングリラ・リング、当たりますように…)
それが最初の大きな夢。指輪の形に姿を変えた、シャングリラを指に嵌めること。
前のハーレイと二人で暮らした白い船。懐かしい船が生まれ変わった指輪を、ハーレイと二人で結婚式で交換して。お互いの左手の薬指に嵌めて、そうして交わす誓いのキス。
ウェディングドレスで結婚するのか、ハーレイの母が着たと聞いている白無垢か。何を着るのか分からないけれど、誓いのキスはあるだろう。結婚指輪の交換だって。
(結婚式が終わったら…)
もうハーレイのお嫁さん。誰に紹介される時にも、「俺の嫁さんだ」とハーレイが言ってくれる筈。ハーレイの父や母たちだったら、「うちの息子のお嫁さんです」と。
考えただけで弾む胸。「ハーレイのお嫁さん」になるということ。前の自分が夢に見たこと。
夢が叶って結婚したら、新婚旅行は地球を見に行く。それもハーレイとの約束。
(ぼくは宇宙に出たことが無いし…)
まだ見てはいない、青い地球。足の下には地球があるのに、宇宙に浮かぶ地球を知らない。前の自分が焦がれ続けた、銀河の海に浮かぶ真珠を。
だからハーレイとの新婚旅行は、宇宙から地球を眺める旅。青い真珠のような地球。それが良く見える部屋に泊まって、ハーレイと二人、心ゆくまで地球を見詰めて、キスを交わして…。
きっと何日も飽きずに過ごし続けるのだろう。月にも火星にも行きはしないで、地球の周りしか飛ばない旅でも。…地球を見るだけで終わる旅でも。
前の自分の夢の星だし、そういう旅でかまわない。何処の宙港にも降りない旅で。
(そんな旅行でも、疲れちゃったら大変だから…)
せっかく新婚旅行に行くのに、寝込んでしまったら意味が無い。いくら窓から地球が見えても、ハーレイが側にいてくれても。
(看病して貰って、船のお医者さんに注射されちゃったりもして…)
きっとハーレイは優しく看病してくれるけれど、問題は船のお医者さん。大嫌いな注射を宇宙の旅で打たれるのは御免蒙りたい。青い地球が見える医務室で注射されるとしたって。
(嫌いなものは嫌いなんだよ!)
前の自分も嫌った注射。アルタミラでの酷い体験のせいで。
新婚旅行で注射は嫌だし、寝込んだら旅も台無しになる。地球を見ながらの食事なんかも、全部お流れになってしまって、ベッドで寝ているだけになるから。
そうならないよう、元気に旅に出掛けられること、それも大切。
前と同じに弱い身体に生まれたけれども、新婚旅行の間は健康を損ねないこと。それだって夢。
元気一杯で出掛けなくちゃ、と夢を抱くのが新婚旅行。ハーレイと青い地球を見る旅。宇宙から青い地球を見ようと、何度ハーレイと語ったことか。…白いシャングリラで暮らした頃に。
その夢が叶う新婚旅行。しかも結婚してから見られる青い地球。前の自分が描いた夢だと、結婚するのは地球に辿り着いてからだったのに。
夢よりも素敵になった現実。ハーレイのお嫁さんになって、新婚旅行で地球を見に行くなんて。
(旅行の約束、他にも一杯…)
今のハーレイと交わした約束。前の自分だった頃から夢を見た旅も、新しく出来た旅の予定も。
好き嫌い探しに出掛けてゆくのは、今の約束。好き嫌いが全く無い二人だから、あちこち回って苦手なものやら好物やらを探す旅。好き嫌いが無いのは、多分、前の生の影響だろうと思うから。
(砂糖カエデの森も見に行かなくちゃね…)
前の自分が地球で食べたかった、夢の朝食。ホットケーキを食べること。地球の草で育った牛のミルクで作ったバターと、本物のメープルシロップを添えて。
今のハーレイにそう話したら、砂糖カエデの森を見に行く約束が出来た。雪の季節が終わる頃に始まる、メープルシロップになる樹液の採取。その季節に二人で行ってみようと。
(ヒマラヤの青いケシだって…)
出来るものなら、高い山に咲く本物を見たい。前の自分が夢見たように、空を飛んでは行けないけれど。今の自分は空を飛べないから、ヤクの背に乗って運んで貰うしかないのだけれど。
そして、ハーレイと今の地球で結婚するのなら…。
(マードック大佐のお墓にだって…)
挨拶に行ってみたいと思う。マードック大佐とパイパー少尉の墓碑がある場所へ。
SD体制が崩壊した時、地球を破壊しようとした六基のメギド。トォニィやキースの部下たちが防ぎに飛び立ったけれど、残ってしまった最後の一基。
(マードック大佐の船が体当たりして…)
メギドを止めたと今も伝わる。退艦しないで船に残ったパイパー少尉がいたことも。
青い水の星が蘇った後、風化したメギドが発見された。二人の墓碑は其処にあるという。墓碑は森の奥にあるらしいけれど、その入口まで行く恋人たちが今も大勢。結婚の報告をするために。
花束や花輪を捧げて祈る恋人たち。マードック大佐たちのように最後まで共に、と。
知ったからには、挨拶をしたい二人の墓碑。「パパのお花」が咲く季節に。
今の時代は「パパのお花」と呼ばれている花。淡い桃色の豆の花。
幼かったトォニィがそう呼んだから、シャングリラ育ちだった豆にその名が付いた。トォニィが種子を残させた豆。「いつか地球へ」と、願いをこめて。
その種子が根付いたのが「パパのお花」だから、マードック大佐たちに挨拶するなら、花が咲く季節。墓碑がある地域に自生する花で、他の地域にはあえて広げないと聞いたから。
(夢は大きく…)
うんと沢山持たなくっちゃね、と思う旅行だけでも数え切れない。ハーレイと二人で行く旅行。デートの約束だって山ほど、もう本当に山のよう。
(新婚旅行は地球を見るんだ、って決まってるけど…)
次の旅行は何処にしようか、それも楽しみでたまらない。結婚してさえいない内から。こうして夢を見る間から。
前の自分の夢を叶える旅に出るのか、今の自分たちが交わした約束を叶えにゆくか。青い地球を見る新婚旅行から帰ったら直ぐに、もう計画を立てていそう。ハーレイとお茶でも飲みながら。
(今度は何処に出掛けようか、って…)
旅の計画、きっと最初は近い場所。新婚旅行は、ハーレイが長く休める時期に行くのだろうし、学校が休みになっている間。春休みだとか、夏休み。
同じ休みの間にまた行けそうな場所にするなら、家からもきっと近い筈。休みが終わってからの旅となったら、もう本当に近い場所。
(週末に行って、一泊二日で帰れる所…)
そんな感じ、と思う行き先。一泊二日で行ける所も色々あるから、何処にするかで大いに迷ってしまいそう。海に行くのか山に行くのか、旅の目的は何なのか。
(観光するのか、名物を食べに行くのかも…)
同じ行き先で回る所が変わってくるから、目的選びも大切なこと。充実した旅にするのなら。後から「しまった」と思わないよう、きちんと下調べもしておいて。
(せっかく行ったのに、知らずに帰って来ちゃったよ、っていうのは残念…)
食べ物にしても、観光名所にしても。
ハーレイと二人で旅をするなら、夢は大きく、欲張りに。あれもこれもと詰め込んで。御馳走を食べて観光だって、とギュウギュウ詰めになるだろう夢。
旅行するにも夢は大きく持たなくちゃ、と思ったけれど。夢は山ほど、と思うけれども、旅行に出掛けてゆく前に…。
(新婚旅行の次の旅行に行く前に、デート?)
結婚したら一緒に暮らすのだから、二度目の旅に出る前にデート。間違いなく、そう。
同じ家に住む二人なのだし、思い付いたら直ぐにデートに出掛けてゆける。時間さえあれば。
(ハーレイと食事をしに行くとか…?)
食事くらいなら、新婚旅行から戻った次の日にだって、と膨らむ夢。ハーレイとデート。食事に行くのはハーレイの家の近所の店だっていいし、ドライブに行くというのもいい。
車で少し走って行ったら、幾らでも選べる食事できる店。「此処がいいな」と思い付きだけで、選んで車を駐車場に停めて。
家の近所の店に行くなら、ハーレイと歩いてゆくのもいい。手を繋ぎ合って、のんびりと。
(夢は大きく…)
それに沢山、と思った所で気が付いた。次の旅行やデートの夢を見ていたけれど…。
ハーレイと結婚して、新婚旅行に出掛けた後。宇宙から青い地球を眺めて、大満足の新婚旅行が終わった後には、ハーレイの家で暮らすことになる。今の自分の家ではなくて。
旅行が済んだら、帰ってゆく先はハーレイの家。二人で家に帰り着いた時には、一番最初に何をすることになるのだろう…?
(ただいまのキス…?)
二人一緒に帰ったのだし、「おかえりなさい」ではないけれど。どちらが迎える側でもないのに「ただいま」は変かもしれないけれども、ただいまのキス。
二人きりの家に帰って来られた、と抱き合ってキスを交わすのだろう。これからはずっと一緒に暮らしてゆけるし、此処が二人の家なのだ、と。
(キスは絶対、しそうだけれど…)
結婚している二人だったら、ただいまのキスは挨拶代わり。「最初にすること」と考えるには、足りない重み。今の自分なら、キスは大切なのだけど。
(…ハーレイ、キスしてくれないものね…)
子供にキスは絶対しない、と言われているから憧れのキス。けれど結婚した二人ならば、キスは当たり前のように交わす筈のもので、「最初にすること」には数えられないほどだろうから…。
キスは違う、と考えた「家に帰ったら最初にすること」。ただいまのキスの後が問題。
新婚旅行はもう終わったから、ハーレイと一緒に過ごすのだけれど。結婚している恋人同士で、夜はもちろん同じベッドで眠るけれども…。
(いくらなんでも、帰って直ぐにベッドになんか…)
行かないだろうという気がする。帰って来たのが夜だとしても。宙港に着いた時間によっては、家に着いたら夜更けなのかもしれないけれども、直ぐにシャワーを浴びに行くのも…。
(あんまりだよね?)
二人で暮らす家に着くなりシャワーだなんて、夢もロマンも無い感じ。どう考えても、ベッドに入る準備だから。「早くベッドに行かなくちゃ」と宣言するようなものだから。
二人一緒でも狭くないだろう、ベッドには行きたいのだけれど…。
それとこれとは話が別。家に帰って最初にすることがシャワーだと、恥じらいさえも無さそう。
(ハーレイ、きっと結婚するまで…)
キスしかしないままなのだろう、と思ってはいる。何故だか、そういう予感がするから。
婚約した後もキスだけで我慢していたのならば、ベッドに行きたくなりそうだけれど。
(だけど、新婚旅行だったんだし…)
二人で旅行に出掛けたのなら、とうにベッドに行った筈。青い地球が見えるだろう部屋で。
大きな窓越しに地球を眺めて、何度もキスを交わした後には、やっと本物の恋人同士。長いこと我慢させられていた分、満ち足りた時を過ごせる筈。
(朝御飯なんかは、抜きでいいから…)
ハーレイとベッドで抱き合っていたい。今の幸せに酔いしれながら、愛を交わして、甘い睦言を交わし合って。
(旅行とセットの御飯、何度も抜けちゃったって…)
きっと二人とも気にしない。豪華な料理を食べそびれても、ルームサービスばかりでも。食事をするより、二人一緒にいたいから。前の生からの夢が叶って、ようやく結婚出来たのだから。
そういう旅行をして来たのならば、家に帰ってまでベッドなんかに急がなくてもいいだろう。
もっとのんびり、家でゆっくり。
此処が二人の家なのだから、と前の生から夢に見ていた地球にある家で。
前の自分たちが夢見た地球。いつか地球まで辿り着いたら、欲しいと思った小さな家。青の間のように広くなくていいから、ほんの小さな家でいいから。
その夢を叶えてくれるのが今のハーレイの家。この町で教師になろうと決めて、ハーレイの父に買って貰ったらしい家。其処にハーレイと二人で帰ったら…。
(家の中、色々…)
案内して貰えるのだろうか。一度だけ遊びに行った時にも、案内はして貰ったけれど…。それはあくまでチビの自分用、他の生徒を案内するのと大して変わりはしなかった筈。
けれど、一緒に暮らすとなったら、必要だろう様々な案内。それこそキッチンの棚の中まで。
ちゃんと案内して貰わないと、直ぐに困ってしまうだろうから。「あれは何処?」とハーレイに尋ねなくては、日用品さえ見付けられなくて。
(最初にすること、家の案内?)
そうなのかもね、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来たから、早速ぶつけてみた質問。テーブルを挟んで向かい合わせで。
「あのね、最初は何をすると思う?」
「はあ?」
最初って何だ、お前が何かしたいのか、とハーレイは目を丸くした。「意味が分からん」と。
「ごめん、色々すっ飛ばしちゃった…。ぼくは長いこと考えてたから」
おやつの後から考え続けて、そしたら気になり始めちゃって…。
いつかハーレイと結婚するでしょ、ぼくが十八歳になったら。…結婚できる年になったら。
その時のことだよ、訊いているのは。…最初は何かな、って思ったから。
ハーレイと結婚してから、ぼくが一番最初にすること。
何だと思う、と訊いたら顔を顰めたハーレイ。眉間の皺まで深くして。
「その手の話はお断りだが?」
お前はチビだし、まだ早すぎる。…何度言ったら分かるんだ?
キスも駄目だと言ってる筈だな、とハーレイが怖い顔をするから、慌てて首を左右に振った。
「違うってば…!」
ぼくは真面目に訊いてるんだよ、叱られるような話じゃないんだってば…!
ホントのホントに違う話で、ただ気になってただけなんだから…!
キスとかの話は全部抜きで、とハーレイに懸命に説明をした。どうして質問したのかを。
夢は大きく持ちたいから、と新聞のコラムを読んだお陰で、膨らませてしまった未来の夢。新婚旅行から帰った後には、最初は何をするのだろう、と。
「えっとね…。最初にすること、ハーレイの家の中の案内?」
そうじゃないかと思ったんだけど、それで合ってる…?
ねえ、とハーレイの瞳を覗き込んだら、「なんでそうなる?」と返った言葉。
「家の案内って、何処から思い付いたんだ。それが最初にすることだなんて…?」
「それが一番大事かな、って…。ぼく、ハーレイの家の中には詳しくないし…」
何度も遊びに行ってる柔道部員とかの方が詳しそうだよ。何処に何があるか、棚まで覗いて。
ぼくは一度しか、家の中、案内して貰ってないし…。
ハーレイと一緒に帰ってみたって、直ぐに困ってしまいそう。分からないことばっかりで。
だから案内、と自信を持って答えたのに。
「おいおい、そいつは今だけだろう?」
確かにお前は、俺の家には全く詳しくないよな、うん。…柔道部のヤツらの方が詳しい。
あいつら、遠慮なく家探しするから、冷蔵庫の中まで覗いて勝手に中身を飲み食いするし…。
だがな、お前も俺と結婚するとなったら、嫌というほど来るだろうが。
一度も来ないで結婚ってことは絶対に無いぞ、考えてみろよ?
俺の家でデートもするだろうし、と言われてみればそうだった。婚約したなら、ハーレイの家は未来の自分の家になる。今と違って出入りも自由。
「そっか、ハーレイの家でデートもあるよね…」
ハーレイが作ってくれるお料理とか、お菓子を食べに行くだとか…。
「お前を家に呼びもしないで、結婚ってことは有り得んな。デートでなくても来て貰わんと」
俺の家に引越して来るんだろうが、俺と一緒に暮らすんだから。
結婚の準備を進めるためには、お前が俺の家に来ないと始まらない。
お前の部屋を決めなきゃならんし、荷物だって運び込まないと…。でないとお前、宿無しだぞ?
この部屋からは出るんだろうが、というハーレイの言葉でやっと気付いた。
ハーレイの家で暮らしてゆくのだったら、それまでに準備。新婚旅行から帰ったら直ぐに、荷物などを置ける自分用の部屋が要るのだから。
まるで気付いていなかった、とポカンと開けてしまった口。結婚して同じ家で暮らすためには、先に必要なのが引越し。今のこの部屋から、ハーレイの家へ。
自分の引越しは新婚旅行の後だけれども、荷物は先に運ばれてゆく。それの置き場や、貰う部屋やら、決めるべきことが幾つもあった。…ハーレイの家まで出掛けて行って。
何度も出入りしていたならば、家の中のこともすっかり覚えてしまうだろう。新婚旅行から家に帰った途端に、困ってしまわない程度には。
「…最初にすること、家の中の案内じゃなかったんだ…」
きっとそれだと思っていたのに、違ったなんて…。もう案内は要らないだなんて…。
ぼくは色々覚えちゃってて、と零した溜息。「ぼくの考え、間違ってたよ」と。
「そのようだな。…あれこれ夢を見てはいたって、チビはチビだということだ」
まるで必要無い、家の案内が最初だと頭から考えちまうようでは。…チビならではの発想だな。
そんなお前の質問ってヤツに、あえて真面目に答えてやるとしたなら、だ…。
新婚旅行から帰った後に、一番最初にすることは何か、それが知りたいわけだよな…?
俺が思うに、お前、ペタンと座り込んじまって、何もしようとしないんじゃないか?
最初も何も…、とハーレイが唇に浮かべている笑み。ちょっぴり悪戯小僧の顔で。
「何もしないって…。なんで?」
どうしてそういうことになるわけ、新婚旅行から一緒に帰って来たんだよ?
やっとハーレイと二人で暮らせる家に帰って来られたのに…!
何もしないなんてこと、絶対に無い、と主張したのに、「そうか?」と腕組みをしたハーレイ。
「俺はそうなると思うがなあ…。まず間違いなく、そのコースだと」
お前が何もしない理由は、エネルギー切れというヤツだ。
身体中の力が抜けちまうんだな、家に帰ってホッとしたから、緊張の糸が切れたみたいに。
小さな子供がよくやるだろうが、何処かへ出掛けて、はしゃぎ過ぎた後に眠っちまうとか。
それと同じだ、お前の場合は眠る代わりに座り込むんだ。
新婚旅行ではしゃぎ過ぎちまった分がドカンと来るんだな、と指摘されたら反論出来ない。多分そうなるだろうから。
自分では注意しているつもりでいたって、新婚旅行の間中、はしゃいでいそうだから。
宙港から宇宙へ飛び立つ前から、もうワクワクが止まらない筈。結婚式の時から、ずっと。
きっとそうなっちゃうんだよ、と気付いてしまったエネルギー切れ。
ハーレイと結婚式を挙げて出掛けた新婚旅行で、青い地球だの、二人きりの時間だのと、存分に味わい過ぎて。来る日も来る日もはしゃぎ続けて、体力も気力も、すっかり限界。
自分では気付いていなくても。…まだまだ元気は充分にあると思っていても。
ハーレイの家に着いた途端に、プツンと切れるエネルギー。それこそ床にペタンと座って、もう動けないといった具合で。
「…エネルギー切れって…。じゃあ、それが最初にすることなの?」
ぼくがハーレイの家で最初にすること、エネルギーが切れて座っちゃうこと…?
床にペタンと座り込んじゃって、「動けないよ」って情けない声を出すしかないの…?
悔しいけれど、と認めざるを得ない、エネルギー切れで座り込むこと。きっと自分はそうなった末に、ハーレイの顔を見上げることしか出来ないから。
「そうなるだろうと思うんだが? …流石に床では可哀想だし…」
ちゃんと椅子には座らせてやる。玄関先でへたり込んだら、リビングとかまで抱えて運んで。
後は紅茶を淹れてやるとか、疲れが取れそうなホットココアとか…。
そういう飲み物をお前に渡して、時間によっては俺は飯の支度を始めるってトコか。
帰りは多分、夜なんだろうが、もっと早い時間に到着する便もあるからなあ…。晩飯は家で、と思って帰って来たなら、手早く何か作らんと。
お前は座って待ってるだけだな、紅茶やココアを淹れるにしても、飯の支度をする方にしても。
エネルギー切れが治るまでゆっくり座っていろ、とハーレイは微笑む。最初にすること、これで決まったも同じだろうが、と。
「ハーレイが言うの、当たっていると思うんだけど…。エネルギー切れになりそうだけど…」
それじゃホントに、役に立たないお嫁さんだよ。
せっかくハーレイと結婚したのに、最初から座っているだけなんて…。
ぼくだって、ハーレイに何かしてあげたいよ、と言ったのに…。
「何もしなくていいと何度も言ってるだろうが」
俺の嫁さんになってくれれば、それだけでいいと。…お前は何もしなくても。
料理も掃除も俺がするから、お前は威張っていればいいんだ。
俺の所へ嫁に来てやったと、こうして嫁に来てやったんだし、うんと丁重に扱えとな。
座り込んだまま動けなくても、座っていられるなら充分だ、とハーレイがパチンと瞑った片目。
「座れるんなら、まだエネルギーが残っているからな」と。
「そういうことだろ、自分の身体を支える力はあるわけだ。椅子には座れるんだから」
もっと力が無くなっちまえば、お前は倒れてしまうってわけで…。
新婚旅行から帰ってくるなり倒れて寝込んじまって、早速スープの出番じゃ困る。
俺が最初に作ってやる料理が、野菜スープのシャングリラ風になっちまったら。
料理の腕の揮い甲斐さえ無いだろうが、とハーレイが恐れるエネルギー切れの酷いもの。最悪の場合は、倒れることだって起こり得るから。
「それだと、ぼくも困ってしまうよ…!」
やっとハーレイと暮らせる家に着いたのに…。座り込むどころか、寝込むだなんて…!
ハーレイに作って貰うお料理、野菜スープが最初だなんて…!
そんなの嫌だよ、と身体が震え上がりそう。新婚旅行の素敵な思い出、それがすっかり台無しになってしまいそうだから。…寝込んでしまえば、そうなるのだから。
「俺も勘弁願いたいんだが…。寝込むお前も悲しいだろうが、俺も同じに悲しいからな」
せっかくお前を嫁に貰って、薔薇色の日々が来たっていうのに、野菜スープを煮込むだなんて。
そいつは勘弁して欲しいからな、お前がはしゃぎ過ぎないように注意はするが…。
それでもお前は疲れちまって、エネルギー切れを起こすんだろう。軽く済むよう、祈ってくれ。
防ぐ方法はそのくらいしか無いってわけだが、お前が疲れちまうとなると…。
そうだな、俺の車が要るかもしれないな。
俺の車だ、とハーレイは至って真剣な顔。「アレの出番が来るかもしれん」と。
「車って…?」
ハーレイの車の出番って、何処で?
まさか病院に連れて行くわけ、ぼくに注射を打って貰いに…!?
酷い、と上げてしまった悲鳴。ハーレイの家から近い病院の医師は、注射好きだと聞いたから。問答無用でブスリと注射で、「これで治る」というタイプだと前に聞かされたから。
新婚旅行から帰った途端にエネルギー切れも嫌だけれども、それを治すのに注射だなんて。
ハーレイの車に押し込まれた上に、病院へ連れて行かれるなんて…!
酷すぎるよ、と抗議した車の出番。注射を打たれてしまうよりかは、寝込んだ方がマシだから。最初の食事が野菜スープのシャングリラ風でも、注射を打たれるよりはいいから。
そうしたら…。
「何を勘違いしているんだか…。お前の注射嫌いくらいは、俺だってよく知っている」
俺の家での最初の思い出、注射に連れて行かれたことになったら、お前に恨まれちまうしな…。
いきなり車を出しやしないさ、暫くは様子を見てやるから。…病院は無しで治るかどうか。
だからだ、俺が言っているのは違う車の使い方だ。
お前、宙港からの帰り道には、とっくに疲れていそうだし…。
タクシーの中で俺にもたれて寝るのと、俺の車の助手席で寝るのと、どっちがいい?
好きに選べよ、と訊かれたこと。新婚旅行に出掛けた帰りに、家までの道をどうするか。
「えーっと…?」
タクシーの中だと、ハーレイの肩にもたれて寝られるけれど…。
それは嬉しいけど、タクシーだったら、運転手さんが乗っているよね、運転席に。
バックミラーで見えてしまうかな、ぼくがハーレイにくっついてるの…。わざわざ見たりはしていなくても、何かのはずみに。
それって、ちょっぴり恥ずかしいかも…。運転手さんは、お仕事だけど…。
見られちゃった、って後で真っ赤になるより、ハーレイの車の方がいいかも…。
ハーレイの肩では寝られないけど、寝ちゃっていたって恥ずかしいことは無いものね…。
そっちの方がいいのかも、と選びたくなったハーレイの車。新婚旅行から帰る時には。
「ほらな、選びたくなっただろうが。俺の車を」
新婚旅行に出掛ける時もそうするか?
タクシーに乗って行くんじゃなくって、最初から俺の運転で。
そうするんなら、車を宙港まで運んで貰うサービスも要らなくなるからな。
「うん、ハーレイと二人がいいよ」
ハーレイが運転してくれるんなら、ハーレイと二人で行きたいな…。
せっかく結婚出来たんだものね、前のぼくたちの話もしたいよ。
運転手さんには聞こえなくても、タクシーの中では、やっぱり話しにくいから…。
車を出してくれるんだったら、その方がいい、と頼んだ車。ハーレイの車で出掛ける宙港。
「よし。それなら俺の車の出番だ、俺たちだけのシャングリラのな」
そいつで出掛けて帰って来るなら、家に着いたらガレージに停めて、荷物を降ろして…。
おっと、その前に、疲れちまってるお前を家に入れてやらんといけないな。
荷物は後だな、お前の休憩が先だから。
ペタンと床に座り込む前に、抱き上げて家に運び込んでだ…。
お疲れ様、と椅子に座らせてやって、何か飲み物を渡してやって…。
それをお前が飲んでる間に、俺が荷物を降ろして来る、と。…俺のも、お前の荷物も、全部。
そんなトコだな、とハーレイが立てている段取り。椅子に座っているだけらしい、自分。
「…ハーレイの家で最初にすること、椅子に座ること?」
床に座り込む方じゃなくても、やっぱり座ることなんだ…?
ハーレイに椅子に座らせて貰うのが最初、と尋ねた「一番最初にすること」。ハーレイの家で。
「さっきも言ったろ、そうなっちまいそうな気がしているんだが…」
それじゃ不満か、最初にすること。もっと劇的な何かを期待してるのか…?
劇的に倒れるのは無しで頼むぞ、とハーレイに念を押されたから。
「ぼくだって嫌だよ、そんなのは…! それにね…」
不満じゃないよ、うんと幸せだと思う。座ってることしか出来なくっても。
此処が今日からぼくの家だよ、って胸が一杯になっちゃって。
ハーレイが荷物を降ろしている間も、幸せ一杯。…椅子に一人で座っててもね。
きっと幸せ、と弾けた笑顔。最初にすることは椅子に座っているだけにしても、ハーレイと結婚出来るのだから。ずっと一緒に暮らすのだから。
「なら、決まりだな。…新婚旅行に出掛ける時には俺の車で宙港までだ」
今の所は、そういうことにしておこう。お前もそうしたいらしいから。
いつかお前と二人で行こうな、宇宙から地球を見る旅に。
しかしだ、何処でどう変わるかが分からないから面白いんだぞ、夢ってヤツは。
今のお前の夢の形が、明日も同じとは限らない。
もっと大きく育った時には、俺の車よりもタクシーがいいと言い出すってこともあるからな。
まあ、存分に夢を見ておけ、と言われた新婚旅行のこと。家で最初にすることも。
けれど、夢なら幾らでもあるし、前の自分の一番大きな夢は必ず叶うから…。
「前のぼくの夢、叶うんだよ。…ハーレイと結婚できるから」
それに叶ってる夢もあるもの、青い地球に生まれて来ちゃったから。
まだ宇宙からは見ていないけれど、前のぼくが見たかった地球まで来られちゃったよ。
「ふうむ…。前のお前の大きかった夢が、二つとも叶うというわけか」
それで今度も欲張るわけだな、あれもこれもと。
俺と新婚旅行はもちろん、他にも山ほど夢を抱えて。
「そう!」
夢は沢山持たなくっちゃね、でないと何も叶わないから。…未来もちっぽけになっちゃうから。
今度のぼくも欲張りだよ、と欲張り自慢。夢は本当に山ほどだから。
「いいさ、お前の夢なら全部叶えてやるから」
どれも端から、と請け合ってくれた、頼もしい恋人。優しいハーレイ。
「…ハーレイの夢は?」
ハーレイも夢を持っているでしょ、どんな夢なの?
「俺の夢か? そいつはお前と一緒に叶えていくんだ、これからな」
なにしろ今度は、前の俺の夢も叶うんだから。お前と結婚出来たらな。
前の俺の一番の夢だった、とハーレイの夢も結婚すること。白いシャングリラで生きた頃から。あの船で地球を夢見た頃から。
「そうだよね…!」
ハーレイの夢もおんなじだったよね、前のぼくのと。
いつか地球まで辿り着いたら、きっと結婚出来るんだから、って…。
同じだったね、と思う前の自分とハーレイの夢。いつか結婚するということ。地球に行くこと。
夢は大きく持たなければ、と改めて思う。
前の自分の大きな夢が叶うのだから、今度も沢山、幾つもの夢を。
前よりはささやかな夢だけれども、持っていればきっと、夢は叶うと知っているから。
最初の夢は、ハーレイと結婚式を挙げて新婚旅行に行くこと。
宇宙から青い地球を眺めて、旅を終えたら、ハーレイの家に二人で帰ってゆくこと。
それから二人で暮らし始めて、幾つもの夢を叶えてゆく。
前の自分だった時からの夢も、今の自分が持っている夢も。
ハーレイは全部叶えてくれるし、ハーレイの夢も二人で全部叶えてゆけるから。
今度は二人で生きてゆけるから、どんな夢でも、青い地球なら何もかも叶う筈なのだから…。
夢は大きく・了
※夢は大きく持つべきだ、という記事を読んだブルー。前の生での夢なら、大きなもの。
けれど今度は、前に比べると小さな夢ばかり。それでも夢は幾つも持って、二人で叶えて…。
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