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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

先生と生徒
(今日はハーレイの授業があったし…)
 幸せだったよね、とブルーが浮かべた笑み。とうに学校から家に帰った後。
 制服を脱いで、おやつも食べて、戻って来た二階の自分の部屋。勉強机の前に座って、学校でのことを思い出す。ハーレイが教える古典の授業。
 あの時間が好きでたまらない。ハーレイの姿を見られる上に、声もたっぷり聞けるから。
(困ってた子もいたけれど…)
 当てられて、答えられなくて。「聞いてたか?」とハーレイに軽く睨まれたりもして。きちんと授業を聞いていたなら、其処で詰まりはしないから。そういう質問だったから。
 その子を叱って座らせた後に、「仕方ないな」とハーレイが始めた雑談の時間。生徒の集中力が切れて来た時に繰り出す必殺技。居眠りしていた生徒も起きるし、人気の雑談。
(雑談、みんなに人気だけれど…)
 自分は普通の授業でもいい。延々と授業が続くだけでも。難しい質問をされるだけでも。
 答えられるだけの自信はあるから、何度でも当てて欲しいくらい。ハーレイの授業なのだから。
(他の先生の授業だったら…)
 当てて欲しいとまでは思わない。成績はいいし、当てられても困りはしないけれども、アピールしたいタイプではない。自分の方から「それ、出来ます!」とサッと手を挙げもしない。
(でも、ハーレイだと…)
 張り切って手を挙げてしまう。難問でなくても、音読係を募集中でも。
 「ぼくは此処だよ」と、「当てて欲しい」と。「ぼくにやらせて」と、「お願いだから」と。
(これって、珍しいタイプ…?)
 お気に入りの先生の授業だから、と張り切る生徒。自分の方を向いて欲しいと頑張る子。
 あまりいないかとも思ったけれども、どの生徒にも「お気に入りの先生」はいる。学校の廊下で会ったりしたら、呼び止めて立ち話をしたい先生。
(授業の時間に、当てて欲しいかは別だけれどね)
 もしも当たったら困るくらいにテストの点数が酷い科目でも、先生は好きという生徒。クラブの顧問の先生だとか、単に人柄が気に入ったとか。
 何度叱られても、好きな先生。授業中に「馬鹿か?」と呆れられても、テストで酷い点数ばかり取った挙句に、放課後などに呼び出しを食らっても。



 いくらでもいる、先生が好きな生徒たち。「また補習だよ」とぼやいていたって、先生を嫌いになったりはしない。「たまには勉強の話もしろよ?」と苦笑されても、廊下なんかで立ち話。
(ぼくがハーレイを好きな気持ちとは違うけど…)
 その生徒たちは、先生に恋はしていないから。
 もっとも、見た目は自分も変わらないけれど。ハーレイに会ったら呼び止めたりして、せっせと話をしている自分。多分、傍目には「ハーレイ先生がお気に入りの生徒」に見えることだろう。
(ぼくの他にも、ハーレイが好きな生徒は沢山…)
 柔道部員以外でも。男子も、それに女子たちも。
 ハーレイの授業を受けた生徒は、全員がハーレイを好きだと言ってもいいくらい。嫌いだという声を一つも聞かない、人気のハーレイ。「来年は担任して欲しい」と夢を見ている生徒も大勢。
 前の学校で急な欠員が出来て、着任するのが少し遅れたから、ハーレイは担任をやっていない。長く教師をしているのだから、着任して直ぐに担任をすることもある筈なのに。
 来年はきっと、何処かのクラスの担任になる。ハーレイのクラスになりたい生徒が何人も。
(ハーレイのクラス…)
 なれるのだったら、来年は其処のクラスがいい。ハーレイが担任になるのなら。
 ハーレイは柔道の腕がプロ級、柔道部の指導が優先されたら、担任をしないこともあるらしい。今までの学校で何度かあったと聞いているから、まだどうなるかは分からないけれど…。
(担任になって、ぼくの学年だったら、ハーレイはぼくのクラスかも…!)
 ハーレイは自分の守り役なのだし、その方が何かと便利だろう。側にいられる時間が増えたら、充分に目を配れるから。朝と帰りのホームルームで、必ず顔を合わせるのが担任の先生。
(聖痕、あれっきり出ていないけど…)
 二度と出ないと思うけれども、両親と病院の先生以外は知らない前の自分のこと。聖痕の理由は外見のせいだと信じているから、学校は今も心配な筈。「ハーレイを側に置かないと」と。
 そんな具合だから、ハーレイが担任するのなら…。
(きっと、ぼくの学年…)
 それにぼくのクラスだよね、という気がする。守り役を自分につけておくために。
 持ち上がりで順に上がってゆくなら、最後までハーレイのクラスだろう。卒業式を迎える時までハーレイのクラス。ずっとハーレイが担任のまま。



 ハーレイが担任をするのだったら、きっとそうなる。柔道部の指導が優先されなかったら。
 卒業式には、ハーレイに向かって御礼の言葉。大勢のクラスメイトと一緒に、花束を渡したりもして。寄せ書きをした色紙なんかも。
(それで卒業して、十八歳になった途端に、ハーレイと結婚しちゃったら…)
 なんだか複雑な気分だけれども、ハーレイならきっと大丈夫。「担任の先生」の顔は卒業、次は恋人で結婚相手。「お嫁さん」にしてくれる人。
 変な噂も、ハーレイだったら立たないと思う。みんな祝福してくれる筈。ハーレイの同僚の先生たちも、自分と一緒に卒業したクラスメイトたちも、学校に残っている生徒たちも。
(聖痕が出ちゃったせいで、守り役になって貰って、仲良くなって…)
 何度も家に通って貰って過ごす間に恋が生まれても、けして変ではないだろう。ただでも人気のハーレイなのだし、人柄に惹かれても不思議ではない。「いい人だよね」と。
 守り役だったハーレイの方でも、まるでペットを可愛がるように世話する間に情が移って、恋に落ちるということだって。
 男同士のカップルだけれど、恋の前には些細なこと。好きなものは好きで、恋は恋。
(前のぼくたちだって、最初はホントに友達同士…)
 燃えるアルタミラで初めて出会って、行動を共にしたけれど。大勢の仲間たちが閉じ込められたシェルター、それを端から開けて回って、逃がしたけれど。
(息がピッタリ合うんだってこと…)
 あの時から気付いて、その後も一緒。ハーレイが厨房担当だった頃も、手伝いながら色々な話をした。試食なんかもさせて貰って、ハーレイの「一番古い友達」。
 ソルジャーになってしまった後にも、誰よりもハーレイを頼りにしていた。キャプテンに推したくらいなのだし、当然のこと。…キャプテンの方が、ソルジャーよりも先に誕生したけれど。
 あまりにも仲良く過ごしていたから、これは恋だと気が付くまでにはかなりかかった。
 シャングリラと名付けた船が白い鯨に改造されても、友達同士でいた二人。
 ようやく恋だと分かった頃には、長い年月が経っていた。初めて出会った、あの日から。燃えるアルタミラで声を、思念を掛け合いながら、懸命に走り続けた日から。
 なんとも遅咲きだった恋。前の自分たちの恋はそうだった。



 気が長すぎる恋だよね、と自分でも思う前の恋。いったい何年かかっただろう、と。互いに特別だった二人で、会った時から一目惚れだと恋が実った後に気付いた。間抜けな話なのだけど。
 とはいえ、今度は最初から恋人同士の二人が出会ったのだから…。
(恋に落ちるのも早いよね?)
 元々、恋人同士だった二人。前の自分たちの記憶が戻れば、ストンと恋に落っこちる。一目惚れとも言うかもしれない。互いが互いを認識したなら、もう一度恋に落ちるだけ。
 前の自分たちの恋の続きを、新しい身体で生きるよう。新しい命で恋の続きをしてゆけるよう。
 だから二人は恋人同士で、十八歳になったら結婚。今度こそ恋を実らせるために。
(パパとママには、説明、大変そうだけど…)
 いつからハーレイに恋をしたのか、どうして結婚したいのか。上の学校に行きもしないで、結婚できる年になった途端に。…普通だったら、まだ遊びたい盛りだろうに。
 それに両親は知っている、前の自分の正体。前世の記憶を持っていること。ハーレイのことも、前のハーレイがキャプテン・ハーレイだったことも。
 そんな二人が結婚なのだし、ソルジャー・ブルーだった頃からの恋だと打ち明けるのか、それは隠しておくことにするか。前の自分たちが恋をしたことは、まるで知られていないから。
(うーん…)
 どうなんだろう、と思う今の自分の恋。
 ただの先生と生徒の恋なら、両親だって驚きはしても「結婚したいほどだったら…」と、きっと納得してくれる。男同士でも、やたら早すぎる結婚でも。
(ちゃんとしっかり考えたのか、って何度も確かめられそうだけど…)
 とりあえず上の学校に行ってみたらどうか、とも言うかもしれない。急がなくても、一年くらい視野を広げに通ってみたら、と。
(もう考えた、って言ったら、許して貰えそうなんだけどね…)
 問題は其処に至るまで。
 前世の記憶を持っているから、そちらの方をどうしたものか。ソルジャー・ブルーだった自分がキャプテン・ハーレイと結婚したいと思う現実。二人を知っている人にとっては青天の霹靂。
 今度は友情が恋になったみたい、と話すことにするか、前から恋をしていたのだと明かすのか。嘘は簡単につけるけれども、恋は初めてだと誤魔化しておけばいいのだけれど…。



 難しいよね、と思う恋のこと。先生と生徒の恋で通すか、前の自分たちだった頃からの恋だと、両親にきちんと話すべきなのか。
 先生と生徒の恋なら簡単だったのにね、と考えていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「ねえ、ハーレイ。…先生と生徒が結婚したっておかしくないよね?」
 ちゃんと卒業した後だったら、珍しくないと思うんだけど…。先生と結婚する生徒。
 お気に入りの先生だったのが恋に変わって、結婚しちゃう人もいるよね?
 それはちっとも変じゃないでしょ、と投げ掛けた問い。そんなカップルもいる筈だから。
「先生と生徒の結婚か…。お前が言うのは俺たちのことか?」
 いずれそうなる予定だからなあ、おかしくないかと訊いてるんだな?
 先生と生徒の結婚ってヤツ、とハーレイが質問の意味を確認するから頷いた。
「そう。…ぼくとハーレイのことも含めて」
「教師をやってりゃ、特に珍しくもないってトコか。…教え子と結婚するケースはな」
 俺たちの場合は男同士だが、別にかまいはしないだろう。結婚しようと思ったんなら、誰からも文句は出ない筈だぞ。男同士のカップルだってあるんだから。
 俺たちだって結婚したっていいと思うが、どうかしたのか?
 そんな話を持ち出すなんて、何か気になることがあるのか、と逆に問われた。「何故だ?」と。
「…パパとママには、どう言えばいいのか、分かんなくて…」
 ハーレイと結婚したい、ってお願いするのはいいんだけれど…。お願いしなくちゃ駄目だから。
 だけど、いつからハーレイに恋をしたかが問題。
 前のぼくたちのことがあるでしょ、そっちの話をどうすればいいか…。
 あの頃から恋人同士だったことをね、ちゃんと話すか、隠しておくか。何も言わないで。
 先生と生徒の間の恋なら、少しもおかしくないんだから…。
 前のぼくたちのことは黙っておくのがいいのかな、と鳶色の瞳を見詰めた。「どう思う?」と。
「それか…。今の俺たちのことはともかく、前の俺たちの恋の方だな」
 実は俺にも、そいつが難しい所でなあ…。
 正直、答えが出せていなくて、先延ばしにしたまま、今も抱えているってわけで…。



 お蔭で、親父たちにも話せやしない、とハーレイがフウとついた溜息。
 まだハーレイが両親に明かしていないこと。前世の記憶を取り戻したことと、未来の結婚相手の正体。キャプテン・ハーレイとソルジャー・ブルーが、いつか結婚するということ。
「お前と結婚するって話は、とっくの昔にしてあるんだが…」
 どうしてお前を選んだのかは、まだ話せないままなんだ。お前が俺を選んでくれた理由もな。
 下手に話せば、前の俺たちの恋のことまで、明かしちまうことになるからなあ…。
 お前と同じで悩んでるんだ、とハーレイも持っていなかった答え。前の自分たちの恋を隠すか、打ち明けるのか。
「そうなんだ…。ハーレイにも出せていないんだ、答え…」
 ハーレイでも無理なら、ぼくがちょっぴり考えたくらいで答えが出るわけないよね。パパたちになんて話せばいいのか、先生と生徒の恋だってことにしておくか。
「すまんな、少しも頼りにならない恋人で。まあ、時間だけはたっぷりあるんだから…」
 ゆっくり考えていけばいいじゃないか、前の俺たちの恋をどうするか。今度も隠すか、前からの恋だと話しちまうか。
 最初は「違う」と言っておいてだ、後で明かすって手もあるし。
 結婚してから二人で色々話し合った末に、「やっぱり話そう」と思ったならな。
 何十年も経ってから打ち明け話をしたって、まさか叱られやしないだろう、という意見にも一理ある。急いで決めてしまわなくても、ゆっくり考えてから出す結論。
「その方法も使えそうだね。二人で一緒に考えるんなら、いいアイデアが浮かびそう」
 パパやママたちがビックリしなくて、「そうだったんだ」って分かってくれる打ち明け方とか。
 その時が来るまで黙っておくなら、今度は先生と生徒の恋だね、ぼくたちの恋。
 先生に恋をしちゃったぼく、と微笑んだ。前の自分たちの恋を隠しておくなら、そうなるから。
「そいつも悪くないと思うぞ、俺は。先生に恋でも、男同士のカップルでも」
 友情から恋になっちまうんなら、前の俺たちも同じだから。最初は友達だったんだしな?
「それはおんなじなんだけど…。ハーレイ、今は先生なんだよね」
 先生と仲良くなってしまって、それから恋人。…前は最初から友達同士だったのに。
 前のハーレイと出会った時には、先生と生徒じゃなかったものね。



 ハーレイは大人で、ぼくが見た目も中身もチビだっただけ、と今の自分たちとの違いを挙げた。前の自分の本当の年はともかくとして、大人と子供の間の友情。
「前のハーレイ、先生じゃなかったんだから…。ぼくは敬語を使っていないよ」
 ハーレイの方がずっと大人でも。…ぼくよりも、うんと大きくてもね。
 今のハーレイだと、学校では「ハーレイ先生」だから、と話したチビの自分の立ち位置。先生と生徒の間柄では、敬語の出番もやって来る。学校で出会った時だけにしても。
「其処が大きな違いだよなあ…。前の俺たちが出会った時と、見た目は変わっていなくても」
 お前にとっては俺は教師で、学校の中で話すとなったら、敬語が欠かせないからな。前の俺たちなら、いくらお前がチビの子供でも、言葉は普通で良かったんだが…。
 そういや、前の俺たちの場合。学校では出会えていないんだよなあ、燃えるアルタミラだから。
 炎の地獄で出会っちまった、とハーレイが浮かべた苦笑い。「一目惚れには似合わないな」と。
「ちっとも似合っていないよね…。地獄で一目惚れなんて」
 お互い、気付いていなかったけど。…あそこで恋をしちゃったことに。
 おまけに、ぼくの方がハーレイよりもずっと年上。とても生徒になれやしないよ、年上だもの。
 生徒だったら年下でしょ、という点も前の自分たちとの違い。今の自分はハーレイよりも年下。
「それなんだがな…。お前が年下だったとしたって、学校ってトコでは会えないぞ」
 出会えない上に、一目惚れをするチャンスも無いな、とハーレイが言うから首を傾げた。
「なんで? 前のぼくの方が年下だった時のことでしょ?」
 学校で会えると思うけど…。ハーレイが先生をしているのなら。今と同じで。
「そうはいかないのが、前の俺たちが生きた時代だ。…ミュウかどうかは抜きにしてだな…」
 俺が教師をしてるとなったら、俺は成人検査をパスしていないと駄目だから。
 ついでにお前も成人検査をパスして来ないといけないな。
 つまり、今より育ったお前になるわけだ。成人検査を通過しているわけだから。
 ほんのちょっぴりだけにしてもな、というのが出会いのための条件。成人検査をパスすること。
「…ぼくもなの?」
 パスする前でも、かまわないように思うんだけど…。
 前のぼくたちが出会った頃みたいな姿で会うなら、成人検査はあまり関係無さそうだけど…。



 パスすることは必須じゃないでしょ、と思った忌まわしい成人検査。ミュウはパス出来ない検査だけれども、今、話している「もしも」はミュウは抜きなのだから。
「ミュウかどうかは関係無いなら、成人検査はどうでもいいよ?」
 どうせ受ければパスするんだから、それよりも前にハーレイに会ってもいいじゃない。
 学校の先生をやってるハーレイにね、と言ったのだけれど、「それは甘いぞ」と返った声。
「いいか、成人検査を受ける前には何処にいたんだ? 前の俺たちが生きた頃には」
 俺たちは記憶をすっかり失くしちまって覚えていないが、アルタミラにあった育英都市だ。成人検査にパスするまでは、育英都市の学校に通うのが義務だったわけで…。
 育英都市だと、教師と生徒の恋というのは有り得んな。…ああいう時代だったんだから。
 どう転んでも恋は出来ん、とハーレイに畳み掛けられた。「育英都市にある学校だぞ?」と。
「育英都市…。あそこの学校、子供のための学校で…」
 大人の社会に旅立つ前の勉強の場所で、純粋で無垢な子供を育てる学校だから…。
 其処で先生に恋をしたって、成人検査を受けた後にはお別れで…。
 それに本気で恋をするなんて、子供には相応しくないって判断されちゃうだろうし…。
 ハーレイに恋をしちゃ駄目なんだよね、と気が付いた。
 あの時代には、恋をするなら教育ステーションに行ってから。大人の社会への入口になる場所、其処に進んでゆかないと無理。子供はあくまで子供らしく、と機械が定めていたのだから。
 それまでは恋に憧れるだけ。大人になったら、素敵な人を見付けて恋をしようと。
 育英都市にあった学校は、そういう子供が通う場所。大好きな先生に恋をしてみた所で…。
(その恋、実らないどころの騒ぎじゃなくって、カウンセリングルーム…)
 アタラクシアでジョミーを見守っていた時、何度も覗いたカウンセリングルーム。呼び出されて叱られるジョミーの姿も、ションボリと出てゆく時の姿も。
 あれと同じで、もしも自分が学校でハーレイに恋をしたなら、きっと食らってしまう呼び出し。自分を担任する教師はもちろん、場合によっては当のハーレイまでが其処に現れて…。
 指導を受けて、諦めさせられることになる。ハーレイに恋をすることを。
 それで駄目なら、記憶の処理もされるのだろう。
 恋など忘れて、子供らしく健全に生きてゆくよう。二度とハーレイに恋をしないよう、恋をする切っ掛けになった出来事や、育んだ想いを全て消されて。



 育英都市の学校で先生に恋をするのは無理だ、と思い知らされた。目覚めの日を迎えて、学校や先生に別れを告げるよりも前に、恋そのものが出来なかった場所。
 其処でハーレイが教えていても。…ハーレイのことを好きになっても、けして実りはしない恋。子供時代を過ごす間は、恋は相応しくないものだから。
「…先生のハーレイに会いたかったら、教育ステーションなんだ…」
 会うだけだったら、育英都市の学校でだって会えるけど…。ハーレイに恋をしたいなら。
 恋が出来る場所で出会うんだったら、成人検査をパスした後…。
 今のぼくより、ちょっぴり育ったくらいかな、と眺める手足。前のハーレイとは、こういう姿で出会ったけれども、あの時代に「ハーレイ先生」に会うなら、教育ステーションなのだろう。
「そうなっちまうな、E-1077かもしれないぞ」
 前の俺とお前が出会う場所。…前の俺は本物を見てはいないがな、E-1077そのものは。
 すぐ近くまでは行ったんだが、というのはシロエの船をキースが落とした時のこと。ジョミーが試みた思念波通信、それを行うための航行の真っ最中。
「E-1077って…。どうしてなの?」
 キースやシロエがいた場所だから、って言うんじゃないよね、時代が全く違うんだもの。
 ぼくが行ってもキースは生まれてさえもいないよ、と思い出すのはフィシスのこと。人類を導く指導者として、機械が無から創った生命。フィシスが最初に作り出されて、遺伝子データを使ってキースが作られた。E-1077に場所を移して、エリート候補生として。
 その実験がまだ始まってもいなかった時代、それが前の自分が成人検査を受けた頃。検査にパスしてE-1077に行っても、大して意味は無さそうだけれど…。
「俺があそこを挙げた理由か? キースの野郎は関係無いぞ」
 もちろんシロエも、サムやスウェナも。
 お前、頭が良かったからなあ、あそこじゃないかと思ったんだが…。成人検査をパスしたなら。
 待てよ、頭の方は良くても、身体が駄目か。弱い身体じゃ、訓練についていけないからな。
 それじゃメンバーズになれやしないし、E-1077は対象外になっちまうのか…。
「そうみたい…」
 他のステーションになると思うよ、前のぼくなら。
 成人検査をパスしていたって、E-1077に行く人間には選ばれないよね。



 あそこは駄目、と肩を竦めたら、浮かんだ他の可能性。教育ステーションなら幾つもあったし、身体の弱い子供用のも、多分、存在したのだろうけれど。
 そういう場所なら、そのステーションに似合いの教師が配属されて教えた筈。同じように身体が弱い教師や、弱い子供を教えるのに向いている教師。
(…今のハーレイは古典の先生だけど…)
 それは今のハーレイが選んだ仕事。柔道や水泳のプロの選手にならずに、教師になろうと決めた職業。けれど、前の自分たちが生きた時代は、自分で仕事を選べなかった。進みたい道も。
 弱い身体ではE-1077に行けないのと同じで、前のハーレイにも機械が割り当てる道。この職業に就くように、と。そんな時代に、ハーレイが教師になったなら…。
(古典の先生なんかじゃなくって、うんとハードな体育とかの…)
 教師の道が待っていそう。それこそE-1077でも通用しそうな、激しい訓練担当の。身体の弱い子供たちが行くステーションには、ハーレイは来ない。きっと配属されたりはしない。
「…前のぼく、ハーレイが教えてくれるような教育ステーションには、行けそうにないよ…」
 ハーレイはE-1077でも教えられそうだから、ぼくみたいな弱い子供が行くような場所にはいないと思う。…もっと丈夫な子供が行く教育ステーションの先生だよ、きっと。
 それに、先生じゃない可能性の方が高いかも…。仕事、自分で選べなかったんだもの。
 機械が勝手に決めてしまって、と話したら、ハーレイも「そうかもなあ…」と軽く手を広げた。
「俺もそういう気がして来た。どうやら教師は無理なようだ、と」
 あの時代だったら、ミュウじゃない俺は、有無を言わさずスポーツ選手にされてたかもな。何の選手になったかは知らんが、プロを養成する教育ステーションに送られちまって。
 でなきゃパイロットといった所か、才能はあったようだから…。
 前の俺が自分じゃ気付いていなかっただけで、キャプテンに向いていたようだしな?
 プロの選手にせよ、パイロットにせよ、そういう道に進んじまったら、引退した後に教師の道があったとしても…。
 まだ充分に若かったとしても、お前が来そうなステーションには…。
「いないでしょ、ハーレイ?」
 ぼくはスポーツのプロも無理だし、パイロットになるのも無理そうだから…。
 どっちも丈夫な身体が要るから、ハーレイが先生になっていたって、会えないんだよ…。



 先生のハーレイがいるステーションには行けないよ、と溜息をついたら、ハーレイも「うむ」と相槌を打った。「どう考えても、それは無理だよな」と。
「今のお前が柔道部員になれないみたいに、向き不向きってのがあるもんだから…」
 SD体制の時代は適性を機械が判断してたし、例外ってヤツは無いだろう。こいつは此処だ、と決めちまったら、そのコースを進ませるだけで。
 前のお前は、成人検査をパスしていたって、教師の俺には出会えないんだな。俺とお前の適性が違い過ぎるから。
 そして俺だって、生徒のお前には出会えないままになっちまう、と。成人検査を通過出来ても、俺たちの道は重なりそうにないからなあ…。
「…それじゃやっぱり、ミュウ同士で出会うしかないの?」
 せっかく恋が出来る教育ステーションに行っても、先生のハーレイがいないなら。
 …ぼくを教えてくれないのなら、アルタミラの地獄で会うしか無かった…?
 先生と生徒は無理だものね、と消えてしまった可能性。前の自分たちの、別の出会い方。
「そうかもしれんな、違う道なら何処かにあったかもしれないが…」
 教師と生徒でなくていいなら、宇宙は広いし、出会えた可能性もある。一目惚れ出来るチャンスだってな。…それこそ何処かへ旅する途中に、宇宙船の席が隣同士になったとか。
 しかし今だと、こうして出会えた。…ちゃんと、お前に。
 前の俺たちは行けずに終わっちまった、教育ステーションって所でな。
 俺は教師で、お前は俺の教え子だろうが、とハーレイは笑みを浮かべるけれども、ステーションではない学校。…教育ステーションという名前でもないし、宇宙に浮かんでもいない学校。
「ステーションじゃなくて、学校だよ?」
 ハーレイと会ったの、学校だってば。…先生と生徒なのは間違いないけど、普通の学校。
 義務教育で行く最後の所で、教育ステーションなんて名前はついていないよ…?
 今の時代は、教育ステーションっていうのも無いでしょ、何処を探しても。
 SD体制が無くなった後は、あのシステムも無くなったから…。
 人類もミュウも、自分で好きな道を選んで、行きたい学校に行くようになってしまったから。
 教育ステーションは廃止されたんだってことを習うよ、歴史の授業で。



 SD体制が崩壊した後、真っ先に廃止されたのが教育ステーション。成人検査を廃止するなら、教育ステーションだけを残しておく意味は何もない。
 同じ水準の教育をしようというなら、宇宙ではなくて何処かの星で。大人も子供も一緒に暮らす社会の中に、学校を作ればいいのだから。ちゃんと家から通えるように。
 自分の家から遠すぎる子なら、寮に入ればいいだけのこと。そして学校が休みの時期には、家に帰って家族と暮らす。…もう目覚めの日が来て、引き離されはしない養父母たちと。
(初めの間は、養父母が本物のパパやママっていう時代になって…)
 自然出産の子供が混じり始めて、じきに本当の家族ばかりになった。血が繋がった両親と子供、そういう家族しかいない世界。成人検査も教育ステーションも、時の彼方に消えてしまって。
 今は人間は全てミュウになったし、地球さえも青く蘇ったほど。そんな時代に教育ステーションなどという言葉自体が無い筈なのに、と首を捻って考えていたら…。
「分からないか? 俺がどうして教育ステーションだと言ったのか」
 お前の学校は教育ステーションじゃないが、あれはとっくに無くなったんだが…。
 あの時代の流れを継いでいるんだ、今の時代の学校も。
 成人検査も教育ステーションも廃止されたが、子供を教える学校は無いと駄目だしな?
 暫くの間は混乱していて、何処の学校も、休校みたいになっていた時期もあったそうだが…。
 じきに新しいのに整え直して、教師をしていた人間も配属し直した。新しく出来た学校に。
 今のお前が通っているのが、元は教育ステーションだったヤツなんだ。其処で教えていた教師を連れて来て、あちこちの星に置かれた学校。…教える中身も、教科書も変えて。
 お前の学校、十四歳で入って、四年間で卒業するだろう?
 在籍期間は教育ステーションってヤツと全く同じだ、気付かなかったか…?
 ステーション時代の名残なんだな、と聞かされた今の学校を卒業するまでの年数。それから入学する時の年も。
「本当だ…!」
 十四歳になったら通うんだものね、目覚めの日も十四歳だっけ…。
 それに教育ステーションで過ごすの、四年間っていう決まりだったよ。
 E-1077でも、何処でも同じ。四年経たなきゃ、どんなに優秀でも卒業は無理…。
 義務教育みたいなものだったんだね、あの時代の教育ステーションって…。



 今の自分が通う学校と、教育ステーションとの共通点。入学の年と在籍年数が同じ。ハーレイに聞くまで、まるで気付いていなかった。そっくりそのまま真似ているのに。
 前の自分には、教育ステーションは関係の無い場所だったから。子供たちを教育ステーションに送り出すための、振り分けを兼ねた成人検査を酷く憎んでいただけだから。
(…教育ステーションまで行ける子供は、みんな人類…)
 ミュウの子供は弾き出されて、その場で処分されてしまうか、研究所に送られて実験動物になる道を歩むか。どちらも人類と機械の都合で、そうならないよう救出したミュウの子供たち。
 前の自分の役目は其処まで、教育ステーションに気を配りはしない。どうせ人類しかいない場所だし、ステーションによっては、ミュウの天敵とも言えるメンバーズを育てていたのだから。
 少しも興味が無かった場所。目を向けさえもしなかった教育ステーション。
「…ハーレイ、なんで知ってるの?」
 ぼくの学校、教育ステーションを元にしてるんだ、って…。
 教えてることは違うけど。あの頃みたいに、色々な仕事のプロを育ててはいないけど…。
 もっと沢山勉強するなら、上の学校に行かないと教えて貰えないから。
「簡単なことだ、教師にとっては常識だってな。学校の仕組みと歴史ってヤツは」
 基礎の基礎だと言ってもいい。…何の科目の教師になるにも、一番最初に教わることだ。
 お前が通っている学校は、元は教育ステーションだった学校なんだな。教える中身と、場所とが変わってしまっただけで。
 つまりだ、今のお前は教育ステーションにいるってことだ。成人検査は全く抜きで。
 お前の学校、宇宙に浮いてはいないがな。…何かの仕事のプロに育ててもくれないが。
 義務教育だし、そんなモンだ、とハーレイは笑う。「SD体制の頃とは時代が違うから」と。
「ぼく、教育ステーションに入れたんだ…」
 前のぼくは門前払いになってしまって、入れて貰えずに終わったけれど…。
 どんなステーションに行ける才能を持っていたのか、それも知らないままだったけど…。
「お互い様だな、俺も教師になれたようだぞ」
 前の俺には門前払いを食らわせてくれた、教育ステーションって所でな。
 何になりたいかを選ばせて貰って、プロのスポーツ選手の道とか、パイロットとかはお断りで。



 俺とお前は教育ステーションで出会ったようだ、とハーレイはパチンと片目を瞑った。
 「教育ステーションってヤツは、今は何処にも無いんだがな」と。
「俺は教師で、お前は生徒。…E-1077とはいかなかったが、教育ステーションなんだ」
 前の俺たちの考え方だと、そういうことになるんだろう。…今の俺たちの出会いはな。
「そう考えると面白いね。前のぼく、教育ステーションには行けなかったけど、今は学校」
 それに、ハーレイまでくっついて来たよ。教育ステーションの先生になって。
 前のぼく、そんなの、夢にも思っていなかったよ。やり直せて教育ステーションなんて。
 其処に行ったら、ハーレイが先生をしてるだなんて…。
 夢よりもずっと凄い未来になっちゃった、と輝かせた顔。「ホントに凄い」と。
「俺も思いやしなかった。…考えたことさえ無かったってな」
 こういう人生も悪くないなあ、俺は教師で、お前は生徒。
 教育ステーションでバッタリ出会っちまって、一目惚れして、今度は結婚出来るだなんて。
 …教師と生徒になっちまったから、結婚します、と宣言するタイミングが難しそうだが…。
 お前のお父さんたちにとっては、俺はあくまで「ハーレイ先生」なんだから。
 その俺がお前と結婚か…、とハーレイが腕組みしているから。
「パパたちに頼むの、ハーレイに任せちゃってもいい?」
 結婚したいと思ってます、って頼む時にはハーレイにお願い出来る…?
 ぼくだとタイミングが掴めないしね、と頼んでみた。ハーレイの方が遥かに年上なのだし、肝も据わっている筈だから。
「そのつもりだが…。場合によっては、お前にも努力して貰わんと」
「努力って?」
「お父さんたちに反対された時だな。絶対に駄目だ、と俺が叩き出されたら、お前の出番だ」
 俺は家にも入れて貰えないし、お前が説得してくれないと…。なんとか入れて貰えるように。
 通信を入れても切られそうだしな、家から叩き出されてしまった時は。



 問答無用というヤツで、とハーレイが恐れる両親の反対。「結婚は駄目だ」と、一人息子を嫁に欲しがる男を家から叩き出すこと。訪ねて来たって家には入れずに、通信も切るという有様。
「…パパたち、其処まで反対するかな?」
 ハーレイを家から叩き出すほど、酷いことをやったりすると思うの…?
「どうだかなあ…?」
 こればっかりは、蓋を開けてみないと分からんし…。俺が本当に叩き出されたら、お前を頼りにするしかない。お父さんたちに会えないことには、話のしようが無いんだから。
 土下座するにしたって、会えないと出来はしないんだぞ、とハーレイは最悪のケースを予想しているけれど。父と母とに放り出されて、結婚の許可が下りないことを恐れているけれど…。
 前にそういう夢を見た。
 ハーレイと結婚したいから、と思い切って父に打ち明ける夢を。
 夢の中の父は少し怖かったけれど、最後は結婚を許してくれたし、現実もきっと…。
「パパとママなら許してくれるよ、ハーレイと結婚するのなら」
 ずっとハーレイと一緒に過ごして、先生と生徒で結婚したくなったんならね。
 ハーレイを叩き出したりなんかはしないよ、きっと話をきちんと聞いてくれるってば。
「そうなってくれればいいんだが…。どうなるんだか…」
 俺の方だと、親父たちはもう知ってるからなあ、お前を嫁に貰うってこと。
 親父たちに反対されなかった分、お前の家で苦労をする羽目になるかもしれないが…。
 お前の努力が必要な立場になっちまっても、俺も全力で努力しよう、とハーレイは結婚のために頑張ってくれるらしいから。
 先生と生徒の恋が実るよう、結婚式を挙げられるように力を尽くしてくれるから…。
 両親もきっと結婚を許してくれるし、それまでは恋を楽しもう。
 キスもデートも出来ないけれども、今はステーション時代だから。
 前の自分は行けなかった場所でハーレイと出会って、今は毎日、幸せな恋をしているから…。




              先生と生徒・了


※今のハーレイとブルーの恋は、先生と生徒の間の恋。今の時代だから、可能なのです。
 SD体制の時代だったら、制約がありすぎて叶わない恋。それが出来る今を楽しまないと…。
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