シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
お洒落と制服
(落ち込んだ時には、気分転換が一番…)
そうだよね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
今は平和な時代だけれども、心が沈むことはある。ちょっと失敗してしまったとか、立てていた予定が直前で駄目になったとか。とても楽しみに準備していた、旅行なんかが中止になって。
そういった時には気分転換が一番です、と書かれた記事。普段とは違うことをして。
散歩や軽い運動なども記者のお勧めだけれど、他にも色々あるのだけれど。
(女性の場合は、とっておき…)
お洒落すること、と綴っている記者。家の外へは出ないにしたって、お気に入りの服に着替えてみる。鏡を覗いて、髪型だって整えてみて。
そうしてみたなら、鏡の中には「ずっと素敵になった自分」の姿。もうそれだけで、沈んでいた気分が晴れる人だっているくらい。鏡に映った顔もすっかり笑顔になって。
お洒落して外に出掛けて行ったら、もっと明るくなる笑顔。ご近所の人に挨拶したり、気ままに散歩してみたり。公園のベンチに座っていたって、どんどん晴れてゆく気分。
お洒落しているから、誰に会っても自信たっぷり、見て貰えたならとても嬉しい。公園を通ってゆく人にだって、道ですれ違った人だって。
(そうなのかもね…)
何処かへ出掛けてゆくとなったら、小さな女の子もお洒落するもの。可愛らしい服や、その子が好きな模様の服。一人前に小さなバッグも提げたりして。
弾んだ足取りで歩いてゆくから、きっと心が浮き立つのだろう。両親と一緒に出掛けることも、お洒落して外に出ることも。
お気に入りの服に、御自慢のバッグ。ぬいぐるみなのかと思うバッグもあるくらい。よく見たら違って、「バッグなんだ…」とビックリするような猫やウサギや。
ほんの幼い女の子でも、大好きなのが「お洒落すること」。
小さな子供もはしゃいで出掛けてゆくほどなのだし、お洒落はきっと「とっておき」の気分転換なのだろう。気分が沈んでしまったら。溜息が零れそうになったら。
(お気に入りの服に着替えて、鏡…)
それで晴れるという、女性たちの気分。人によっては、たったそれだけで笑顔になれる。駄目な人でも外に出掛けたら、笑顔が戻って来るお洒落。近所を散歩してみるだけでも。
そういえば…、と今の学校でもある心当たり。女の子たちが大好きなお洒落。
(制服よりも、私服の方が好きらしいもんね?)
今の自分が通う学校の女の子たち。みんな制服を着ているけれども、たまに聞くのが制服の話。制服が嫌いとまでは言いはしなくても、「下の学校の方が楽しかった」と。
下の学校の頃は、制服が無かったものだから。好きな服を着て通えた学校。通学鞄も、教科書やノートがきちんと入れば自由に選べた。色も形も。
個性に合わせて選べた鞄。その日の気分で着られた服。女の子だったらスカートの日やら、男の子みたいな格好の日やら。朝、起きた時の気分や天気で決めて。「今日はこの服」と袖を通して。
それが出来ないのが今の学校。最初から決まっている制服。鞄も学校指定の鞄。
お洒落の機会を奪われてしまった、女の子たち。どんなに素敵な服があっても、学校に行く時は必ず制服。下の学校なら、好きに選んで着てゆけたのに。服に似合いの鞄を提げて。
だから「下の学校の方が楽しかった」という言葉が飛び出す。学校がある日は、どう頑張っても出来ないお洒落。家に帰った後ならともかく、学校という場所にいる間は。
(逆だっていう子、女の子には少ないみたい…)
制服の方が好きだという女の子。制服か私服か、そういう話を聞いていたなら、たまにいるのが今の学校の制服が好きな子。「大人っぽくて素敵じゃないの」と。
下の学校の子は、今の学校の制服などは着られない。其処に通ってはいないのだから。
入学しないと着せて貰えない、今の自分が通う学校にある制服。申し込んでも、断られるだけ。採寸さえもして貰えなくて、門前払いになってしまう店。「入学してから来て下さい」と。
(男の子だったら、制服が好きな子、多いんだけどな…)
下の学校に通う内から、憧れだったという子たち。早く制服を着てみたくて。
制服を着られるようになったら、ちょっぴり「お兄ちゃん」だから。入学したての一年生でも、卒業間際の四年生と同じ制服を着て通う学校。上の学校が近い、上級生たちと同じ制服で。
(上の学校に行ったら、制服、無いから…)
今だけの特権なのが制服、男の子ならば下の学校の間に夢見る。「ぼくも着たいな」と、制服の生徒を目にする度に。
チビの自分も憧れていた。あれを着たなら、自分だって立派な「お兄ちゃん」。下の学校に通う子たちに憧れられる、一人前の「制服の先輩」になれるのだから。
男の子だったら制服が好きで、出掛ける時にも着ると言う子も多いのに。きちんとした服を着て行くように、と両親などに言われた時には「制服が一番楽だもんな」と話す友達も多いのに。
その制服が嬉しくないのが女の子。下の学校の頃と違って、自由に服を選べないから。
(どっちも制服なんだけどな…)
男子も女子も、デザインが違うというだけのこと。なのにどうして、制服の見方か変わるのか。憧れの制服をやっと着られたと喜ぶ男子と、「下の学校の方が楽しかった」と言う女子とに。
(ぼくも制服、好きなんだけどな…)
女の子って面白いよね、と考えながら戻った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップを母に返して、「御馳走様」と。
勉強机に頬杖をついて、思い浮かべた女の子たち。制服よりも私服が好きで、お洒落をしたなら気分転換。お気に入りの服で鏡に向かえば、それだけで笑顔になれる女性も。
(…ぼくが着替えて、鏡を見たって…)
沈んだ気分が晴れるようには思えない。お気に入りの服で散歩に行っても同じこと。心の中身は重たいままで、それが綺麗に晴れたとしたなら、お洒落ではなくて散歩のお蔭。目についた綺麗な花に見惚れて気が紛れたとか、ご近所さんに挨拶をしたら、楽しい話が聞けたとか。
お洒落は関係ないものね、と女の子との違いを思った所で心を掠めていったもの。フッと掠めて通り過ぎたもの。
(…制服…)
今の自分が好きな制服。下の学校に通う頃から、早く着たいと憧れた制服。
学校がある日は当たり前のように袖を通して、朝からシャキッとした気分。「今日は学校」と。
友達もみんな着ている制服、上級生たちも、みんなお揃い。体格でサイズが変わるだけ。誰もが同じ制服なのだし、あの制服が大好きな自分。
(憧れだったってこともあるけど、前のぼくの記憶が戻ったら…)
もっと制服が好きになった。
ソルジャーだった頃と違って、一人だけ特別な服ではないから。友達も上級生も同じで、何処も少しも変わらない。デザインも色も、ボタンの形も。
制服を着れば、すっかり溶け込んでしまえる学校。自分だけ目立ってしまいはしないし、とても気に入っている今の制服。「みんなと同じ」と、「ぼくもお揃い」と。
特別扱いが好きではなかった前の自分。やたら大きすぎた青の間はもちろん、ソルジャーだけが着る制服だって。
何度思ったことだろう。「みんなと同じ服がいいな」と、「同じ制服を着られたら」と。
けれど、他の仲間たちが着ていた制服。前の自分が生きた船では…。
(制服だけしか無かったんだよ…)
何処を見回しても、仲間たちの服は制服だけ。他にあったのは作業服くらい。それが必要な農場だとか、機関部の仲間が着ていた服。いつもの制服では、難しそうな作業の時に。
白い鯨に改造する前から、シャングリラにあった揃いの制服。ソルジャーとキャプテン、長老の四人を除いた仲間は、誰もが同じ制服を着た。男性用のと女性用のを。
皆の声で生まれた制服だけれど、無かった私服。誰一人、着てはいなかった。個性的な服やら、可愛らしい服。素敵な模様が入った服も、皆とデザインが違った服も。
(個性的なの、フィシスくらいで…)
ミュウの女神だと、皆に紹介したフィシス。…本当はミュウではなかったけれど。
機械が無から作った生命、青い地球を抱いていた少女。フィシスの青い地球が欲しくて、仲間を騙して船に迎えた。「特別なのだ」と大嘘をついて、ミュウの女神に祭り上げて。
フィシスは特別な存在だからと、皆とは違う服を作らせて着せた。それは優美なデザインのを。姫君のような服だったけれど、フィシス以外の他の女性たちは…。
(気分転換にお洒落したくても…)
出来なかった、と今頃になって気が付いた。さっきの記事と、今の学校の女の子たちのお蔭で。
気分が沈んでしまった時の、女性たちのための「とっておき」。
お洒落して鏡に向かってみること、お気に入りの服を身につけること。それだけで気分が晴れる人がいるのも、きっと本当なのだろう。男の子の自分には分からなくても。
(女の子はみんな、お洒落が大好き…)
幼い子だって、出掛ける時にはお洒落するほど。素敵な気分になれるのがお洒落。
今の学校に通う女子たちも、私服の方が好きな子が多い。下の学校の頃は楽しかった、と私服で通えた学校を懐かしむ声が聞こえるほどに。
気分転換に役立つらしい、お洒落すること。女性の場合は。
なのに私服が無かった船がシャングリラ。お洒落したいと考えたって、無かった私服。
シャングリラはそういう船だったっけ、と制服が頭に蘇る。誰も私服は着ていなかった。女性は大勢いたというのに、誰一人として。…船に私服は無かったから。
(だけど、みんなの希望で生まれた制服だったし…)
前の自分やハーレイたちの提案ではない、あの制服。誰からともなく声が上がって、作りたいと機運が高まったから、デザイン画が描かれて生まれた制服。前の自分のソルジャーの服も。
それまでの間は、人類の船から奪った服を誰もが着ていた船。サイズが合うのを好きに選んで、靴も好みで選んだりして。…バラバラだった皆の服装。男性も女性も、揃っていなくて。
だから制服が出来た時には、皆が大喜びだった。やっとシャングリラらしくなったと、ミュウの船にはこの制服が相応しいと。
そして船から私服は姿を消してしまって、誰もが制服。「この服がいい」と気に入って。だから制服で良かったのだ、と納得しかけた今の自分。仲間たちが望んだのだから、と。
女性たちも喜んで着ていた制服。「私服の方が良かった」という声は一度も上がらなかったし、前の自分が生きていた船と、今の自分が暮らす世界は価値観が全く違ったのだと思ったけれど。
シャングリラにいた仲間たちは皆、制服の方が好きだったのだと考えたけれど…。
(…それって、アルタミラからの脱出組だけ…?)
もしかしたら、と浮かんで来た思い。
最初から船にいた女性たちだけが、制服を好んで着ていたろうか。私服よりも制服の方を好んだ女性たち。「こっちの方が断然いい」と、自分たちの望みで出来上がった服を。
(これがいい、って決めた制服だったら…)
今の自分が学校の制服が大好きなように、シャングリラにいた女性たちも制服好きだったろう。皆で揃いの服を着るのが、お揃いの「ミュウの制服」が。
けれども、船にいた女性たちは二通り。白いシャングリラになった後には。
アルタミラの惨劇を目にした女性と、見ていない女性。…アルテメシアで船に加わった、新しい世代の若いミュウたち。
雲海の星で救出されたミュウの子供は、アルタミラの地獄を見て来てはいない。その上、記憶を失くしてもいない。
成人検査で記憶を消される前に、救い出されて船に来たから。幼い子供も、成人検査でミュウと発覚した子供たちも。
アルテメシアで救った子たちは、船に来たなら直ぐ制服を身に着けた。子供用のものを。
最初の間は制服が無くて私服で暮らした子もいたけれども、ほんの短い間だけ。シャングリラで生きる子供に似合いのものをと、服飾部門が頑張った。
大人たちの制服をベースに描かれた、子供たちのためのデザイン画。それが出来たら、制服用の生地を急いで作って、採寸をして縫い上げた。やって来た子にピッタリの服を。
(トォニィたちの制服だって、直ぐに作ったくらいだしね?)
赤ん坊や幼児用はともかく、ナスカの子たちが急成長しても、サッと上がった新しいデザイン。間に合わせの服にはしておかないで、みる間に出来上がった服。
(…あんな速さで成長するなんて、誰も思っていなかったのに…)
ナスカが悲劇に見舞われる中で、もう制服は出来ていた。トォニィの分も、アルテラたちのも。それが必要だと、船の仲間は思ったのだろう。七人ものタイプ・ブルーたちのために。
直ぐに制服を作るほどだし、「制服を着る」のが普通だった船。誰もが制服を着ているもので、私服は存在しなかった船。
白いシャングリラはそうだった。古い世代も、新しい世代も、揃いの制服。
(トォニィたちは、ミュウの世界しか知らないけれど…)
赤いナスカと白いシャングリラと、その二つしか知らずに育った子供だけれど。制服があるのが当たり前の世界で生まれ育った子たちだけれども、そうではない子供たちもいた。その前には。
アルテメシアで外の世界から来た子供たちは、お洒落を覚えていたかもしれない。女の子なら、小さな子でも、お洒落するのが好きだから。今の時代の子供がそうなら、きっと昔も。
前の自分は子供時代の記憶をすっかり失くしたけれども、アルテメシアで見ていた育英都市。
養父母と出掛ける女の子たちは、今と同じにお洒落していた。お気に入りの服で、楽しそうに。
そういう世界からやって来たのが、新しい世代のミュウの子供たち。処分されそうな所を救って船へと連れて来たけれど、制服も直ぐに与えたけれど…。
(あの女の子たちは、お洒落したくても、服が無かった…?)
思いもしなかったことだけれども、そうかもしれない。
船に着いたら、採寸して作られていた子供用の制服。「この船ではこれを着なさい」と。
ミュウの仲間は皆そうなのだし、誰も疑問に思わなかった。「子供たちに制服を着せる」こと。育英都市で着ていた服の代わりに、子供用の制服を与えることを。
お洒落が気分転換になるとは全く思わなかった時代に、シャングリラの中で決めた制服。
アルタミラの地獄を見て来たのだから、生きてゆけるだけで充分、気晴らし。狭い檻で暮らした時代からすれば、部屋と呼べる場所を貰えた上に、仲間たちがいる船での日々は天国のよう。
(お喋り出来たら、一人よりもずっと素敵だし…)
気分転換するにしたって、船の中の散歩くらいで良かった。白い鯨になった後なら、広い公園もあったのだから。
古い世代の女性たちには、それだけで足りていただろう。お喋りや散歩、好みの飲み物を飲んでみるとか、お菓子をつまんでみるだとか。…どれも贅沢な時間だから。檻での暮らしに比べたら。
けれど後からシャングリラに来た、新しい世代の女性たちは…。
(…お洒落な服を着たかったかも…)
気分転換の件はともかく、それぞれの個性。「こういう服が好き」という好み。
幼い子供でも、女の子はお洒落が大好きなもの。育英都市で長く暮らせば、制服の世界はまるで縁が無いまま。学校は目覚めの日を迎えるまで私服なのだし、制服に馴染みが無い子供たち。
(今の学校の女の子たちと一緒で…)
私服を着たいと思う子たちも、本当は多かったのかもしれない。慣れない船にやって来たから、何も言わずにいただけで。…命を救ってくれた船だし、シャングリラに馴染まなければ、と。
(本当はお洒落したくって…)
もっと色々な服を着たくて、溜息をつく子もいたのだろうか。…制服のせいで。
個性を発揮できる服装、それを求めていた子供たち。「こんな色より他の色がいいのに」と思う子だとか、「自分らしい服が欲しい」と思った子とか。
人間の数だけある個性。好みも色々、食べ物に限ったことではなくて。
(お洒落も立派な個性なんだよ…)
下の学校は楽しかった、と懐かしがっている同級生の女の子たち。私服で学校に行けた時代を。
子供時代の記憶を失くさず、シャングリラに来た女の子たちも同じだったのかもしれない。制服よりも私服が好きで、それを着たかった子供たち。
前の自分たちは、彼女たちからお洒落の機会を奪ったろうか。一方的に制服を押し付けて。
そういうものだと思っていたから、「船ではこれを」と着せた制服。
良かれと思って、逆に苦痛を与えたろうか。お洒落を知っていた女の子たちに…?
そうだったかも、と考えるほどに気になる制服。白いシャングリラに来た子供たちに、大急ぎで作って着せた制服。「新しい仲間が一人増えた」と。
ミュウの子供が増えてゆく度、誰もが嬉しかったのだけれど。前の自分も、真新しい制服を着た子を眺めて、「助けられて良かった」と笑みを浮かべていたけれど…。
(大失敗…)
子供たちの心を読んではいないし、制服への不満があったとしても気付かない。「制服は嫌」と思う子供がいたって、「他の服を着たい」と思っている子が混じっていたって。
(女の子は全員、そうだったのかも…)
養父母の家で着ていたような、他の子のとは似ていない服。たまたま同じ服があっても、それは本当に、ただの偶然。次の日はお互い違う服だし、誰もが同じ服ではない。来る日も来る日も。
(子供の数だけありそうな服…)
色もデザインもとりどりの世界で育った子たちは、制服に馴染めなかっただろうか。
古い世代はアルタミラの檻で粗末な服を着せられ、脱出直後は男性も女性も服装は同じ。人類は実験動物に着せる服のために、男女のデザインを変えるようなことはしなかったから。
(あんな世界で生きた後だと、色々な服を着ていた時代があったって…)
制服の方に魅力を感じたことだろう。「これこそがミュウのシンボルなのだ」と、自由な時代の象徴として。…派手すぎる服を用意されてしまった、前の自分は別だけれども。
(だけど、アルテメシアで育った子たちは…)
個性豊かに育ったのだし、それぞれに好みがあった筈。
いくら機械が統治していた時代とはいえ、養父母たちにも個性や好み。それを受け継いだ子供もいれば、「こんなのは嫌!」と自分の好みを押し通していた子供だって。
ミュウと判断された子供も、そうなるまでは養父母の許で育っていたから、個性は豊か。好きな服だってあったのだろう。お洒落が好きな女の子ならば、なおのこと。
(そんなの、ちっとも気が付かなかった…)
前のぼくたちの大失敗だ、と痛感させられた制服のこと。
新しい子供が船にやって来たら、制服を作って着せるものだと思い込んでいた前の自分たち。
シャングリラの仲間は制服なのだし、子供たちだって同じこと。制服を着れば立派に船の一員、子供ながらも白いシャングリラの仲間入りだと。
古い世代の目から見たなら、制服は正しかっただろう。子供たちにまで着せておくことも。
けれど、着せられた子供たちの方。好きな服を着て、お洒落も好きだった女の子ならば、制服はどんなに辛かったことか。他の服を着たいと考えたって、制服しか無い世界だなんて。
(下の学校の頃は楽しかった、って言ってる女の子たちと…)
同じだったかもしれない、新しい世代のミュウの女の子たち。もっと色々な服が着たい、と船でガッカリした子供たち。「此処にはこれしか無いらしい」と、着せられた制服に溜息をついて。
(エラもブラウも、子供時代の記憶なんかは無かったし…)
古い世代の女性たちは皆、似たようなもの。お洒落を楽しんだ子供時代は覚えていない。だから制服にも違和感は無いし、喜んでそれを着ていたほど。ミュウのシンボルの服として。
新しい世代が制服をどう考えるのかは、まるで思いもしなかった。狭すぎる世界で懸命に生きた世代のミュウには、欠けていた配慮。押し付けてしまった形の価値観。
船に来たからには制服なのだ、と深く考えさえもしないで。それがいいのだと思い込んで。
(若い世代との間に亀裂が出来ちゃう筈だよ…)
赤いナスカで生まれた対立。古い世代と新しい世代、出来てしまった深い溝。
ナスカという星に魅せられた世代と、ナスカを嫌った世代の間の対立だとばかり思ったけれど。原因は全てナスカなのだと考えたけれど、もっと根深いものがあったのだろう。実の所は。
(制服がいいと思う世代と、私服を着たいと思う世代じゃ…)
感覚が違いすぎたんだ、と気付いても遅い。前の自分はとうに死んだし、赤いナスカもとっくに燃えてしまった後。何もかもが既に手遅れだから。…過去に戻れはしないのだから。
(でも、失敗…)
ホントに失敗、と制服のことを悔やんでいた所へ、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。
「あのね、お洒落をするのは楽しい?」
お気に入りの服を着て鏡の前に立ってみるとか、それを着てお出掛けするだとか…。
「楽しいかって…。この俺がか?」
お前、正気で訊いているのか、と丸くなったハーレイの鳶色の瞳。「お洒落だって?」と。
「ハーレイも違うとは思うけど…。そういうタイプじゃなさそうだけど…」
似合う服は選んでいるんだろうけど、お洒落とは別。動きやすいのとか、仕立てで選びそう。
でも、女の子ってお洒落が好きなものだよね、うんと小さな子供でも…?
今日の新聞にこういう記事があったんだよ、と話した中身。気分転換に関する記事だけれども、女性の場合は「とっておき」の手がお洒落らしい、と。
「お洒落するだけで、気分が晴れちゃう人もいるって…。鏡の中を覗いただけで」
うんと素敵な自分がいるから、沈んだ気分が消えちゃうんだって。お洒落して鏡を覗けばね。
その格好で散歩に行ったら、ホントに元気になるらしいんだけど…。
どう思う、と尋ねた女性のお洒落のこと。「学校の女子も制服より私服の方が好きみたい」と。
「そりゃ好きだろうな、何処の学校の女子も似たようなモンだ」
休みの日に外で出会っちまうと、どの子も生き生きしているぞ。自分好みの服でお洒落して。
学校に通っているような年の女の子でも、そんな具合になるんだから…。
立派な大人の女性となったら、気分転換にも有効だろう。鏡の向こうに素敵な自分を発見だ。
沈んでいた気分も晴れるだろうさ、とハーレイも頷くお洒落の効果。女性なら出来る気分転換、お気に入りの服でお洒落すること。揃いの服より、自分が好きな素敵な服。
「やっぱりね…。女の人はお洒落が好きで、女の子だって、何処の学校でも同じ…」
制服よりも私服が好きで、ずっと生き生きしてるんだ…。ハーレイが外で会った時には。
前のぼくたち、失敗しちゃった…。ホントのホントに大失敗だよ。
とっくに手遅れなんだけど、と肩を落とした。「今頃、気付いても、もう遅いよね」と。
「失敗って…。それに手遅れって、何の話だ?」
前の俺たちのことだと言ったな、俺にはサッパリ分からんのだが…。お洒落と関係してるのか?
お前の口ぶりだとそう聞こえるが、とハーレイが訊くから「そう」と答えた。
「制服の話で気が付かない? 女の子はお洒落が好きって所と」
シャングリラにも制服、あったでしょ。作った時には、まだ白い鯨は出来ていなかったけれど。制服を作ろうって話が出て来て、それでみんなが制服になって…。
その時の仲間はそれでいいんだよ、欲しかった制服なんだから。みんながバラバラの服を着てる船より、素敵だと思っていたんだものね。
だけど制服、新しい世代にも押し付けちゃった…。あるのが当たり前だったから。
アルテメシアでミュウの子供を助け出したら、直ぐに制服をデザインして。…子供用のを。
制服を着たら船の仲間だ、って思っていたから、もう本当に大急ぎで。
それで制服、着せていたけど…。女の子もみんな制服だったよ、シャングリラに来た途端にね。
自分の家で着ていた服は無くなっちゃった、と説明した。養父母の家で暮らした頃には、制服は無い。どの子も私服で、学校に行く時も好きな服。出掛けるとなれば、当然、お洒落。
船に来た子が幼い子でも、大きな子ときっと変わらない。色々な服を着たかった筈。
「…でもね、船だと制服だから…。これを着なさい、って渡されちゃうから…」
お洒落したくても絶対に無理で、ずいぶんガッカリしたのかも…。自分の好きな服が無いから。
欲しいって誰かに言いたくっても、大人もみんな制服だものね。
だから言えずにいたのかも…、と項垂れた。「前のぼくも気付かなかったんだよ」と。いったい何度遊んだだろうか、あの船に来た子供たちと。養育部門に出掛けて行っては、幼い子たちと。
けれど気付きはしなかった。子供たちの心にあったかもしれない、制服への不満。
「そういや、そうか…。そういうことになるんだなあ…」
好きな服を買って貰いに行けやしないし、作って貰えることも無かった。制服があれば充分だと誰もが考えていたし、制服の方がいいと思っていたくらいだし…。
しかしそいつは、俺たちだけの考え方だ。…シャングリラの中しか知らない世代の。
アルテメシアで育った子たちは、そうじゃなかったかもしれないのにな。女の子はもっと色々な服が欲しくて、着たいと思ったかもしれん。…制服とは違う服だって。
なのに俺たちは、訊いてやりさえしなかった。制服を気に入ってくれたかどうかも、尋ねる係はいなかったからな。着て当然だと思っていたから、ジョミーにさえも訊いていないぞ。
ソルジャー候補の服が出来上がる前の時期に、とハーレイがついた大きな溜息。ジョミーは他のミュウたちと同じ制服を着た時期があったけれども、着心地は確認していないという。ハーレイも四人の長老たちも。…もちろん、前の自分もだけれど。
「…ホントだ、ジョミーにも訊かなかったよ…。ジョミーの服は燃えちゃったから…」
元の服を着たくても無かったんだけど、それまではあの服にこだわってたのに…。
ミュウの仲間になったんだから、あれで当然だと思い込んじゃった。前のぼくもね。あんな服、嫌かもしれなかったのに…。着たくなかったかもしれないのに…。
ぼくの後継者でも、着心地を訊いて貰えなかっただなんて、と制服に凝り固まっていたミュウの酷さを突き付けられてしまったよう。
シャングリラの仲間になった以上は制服なのだ、と思い込んでいた前の自分たち。新しい世代は制服の無い世界から船にやって来たのに。船に来るまでは、制服を着ていなかったのに…。
なんという酷い船だったろうと、やりきれない思いに包まれる。子供たちの個性をすっかり無視して、制服を無理やり着せていた船。悪気は無かったにしても。
「…前のぼくたち、酷すぎたよね…。制服のこと」
女の子からはお洒落を奪ってしまって、男の子たちにも押し付けだよ。男の子の方だと、制服に憧れる子も多いけど…。今のぼくだって、早く制服を着たいと思っていたんだけれど…。
下の学校に通っていた頃にはね、と白状したら、「そうだろうな」と返った笑み。
「男の子ってのは、そんな所があるもんだ。早く一人前になりたい気持ちが出るんだろうな」
俺だってお前と同じだったさ、下の学校にいた頃は。あの制服を早く着たいと憧れてたから…。
シャングリラに来たミュウの子供も、男だった場合はそうかもしれん。子供用の制服を早く卒業して、大人用のを着たいと思っていたかもな。…ジョミーは例外かもしれないが。
だが、女の子の方となるとだ…。制服とは違う色々な服が欲しかったことも有り得るなあ…。
俺も全く気付かなかった、とハーレイが指でコツンと叩いた自分の額。「ウッカリ者め」と。
船を纏めるキャプテンだったら、船全体を見渡してこそ。古い世代も、新しい世代も。
制服はあって当然だなどと思わずに。新しい世代にはどう見えているか、それを調べて改革することも検討すべきだったのかも、と。
「ハーレイも、そう思うでしょ? 制服のことに気付いたら…」
ぼくたちは普通だと思っていたのが、新しく来た子供たちには少しも普通じゃなかったかも…。制服なんかは欲しくなくって、お洒落したい子もいたのかも、って。
前のぼくたち、失敗しちゃった。若い世代とは、感覚が違いすぎることに気付かなくって。
そんな状態だと喧嘩にもなるよ、ナスカでだって…。ゼルがトマトを投げちゃったんでしょ?
ゼルの物差しで測るからだよ、と古い世代の頑固さを嘆いた。一事が万事で、制服を押し付けるような古い世代は、若い世代との違いが大きすぎたのだ、と。
「うーむ…。あのナスカでの対立なあ…」
若いヤツらが苦労知らずだったというだけじゃなくて、制服までが絡むのか…。押し付ける形になってしまった制服。
本当には絡んでいないとしたって、制服ってヤツも窮屈ではあったかもしれないな。
制服を決めた古い世代に、身体ごと縛られているようで。この船は何処までもこうなのか、と。
自分たちの意見は通らない船で、そのいい例が制服みたいに思ってたヤツもいたかもなあ…。
もっと気を配るべきだった、とハーレイも悔やむ制服のこと。若い世代にはどう見えたのか。
「そうだよね…。古い世代が押し付けちゃった制服だもんね…」
とても窮屈に思ってたかもね、毎日、それを着るんだから。他に着る服は無かったんだから…。
ホントに酷いことをしたかも、と気付いても、もう遅すぎる。シャングリラはとうに時の彼方に消えてしまって、制服を着ていた仲間たちも皆、時の流れが連れ去ったから。
「制服じゃない服も着たかったんだ、というのは分かる。…前の俺が証拠を見ているからな」
人類軍との本格的な戦いが始まった後で、陥落させた幾つもの星。
其処で買い物の許可を出したら、服を山ほど買って戻った仲間たちもいたもんだから…。
服や帽子を山のように、とハーレイが語る思い出話。持ち切れないほど服を抱えて戻った仲間。
「その話、ハーレイから聞いたけど…。その時は他の買い物に気を取られていたけど…」
みんなお洒落をしたかったんだね、ずっと我慢をしていただけで。…船では制服だけだから。
他に色々な服が欲しくても、頼める所は無いんだから…。服飾部門で作ってくれるのは、新しい制服だけなんだから。…サイズを測って、決まったデザイン通りのヤツを。
好みの服は作って貰えないしね、と思い描いた船の仲間たちの姿。沢山の服を買った仲間は皆、女性たち。新しい世代の者だったのに違いないのだから。
「さてなあ…? そいつを我慢と言うべきかどうか…」
俺が思うに、あの制服は必要だった。古い世代の思い込みだろうが、新しい世代が本当は不満を持っていようが。…無くてはならない服だったんだ。
シャングリラにあった制服は…、とハーレイが言うから驚いた。その制服こそが、新しい世代をあの船に縛り付けたもの。古い世代の頑迷さを表すようなもの。
いいことは何も無さそうなのに。…女性たちからは、お洒落の機会を奪ったのに。
「…なんで制服が必要なの…?」
ハーレイも納得してた筈だよ、あの制服は古すぎたかも、って。
キャプテンだったら若い世代の話だって聞いて、改革すべきだったかも、って言ったじゃない。
それと全く逆の話だよ、制服が必要だっただなんて。
新しい世代が不満を持っていたって、制服は無くてはならないだなんて。
古い世代はかまわないけど、新しい世代は我慢なんだよ…?
そんな制服、シャングリラにはもう、要らなかったように思うんだけど…。
廃止しちゃっても良かったくらいなんじゃあ…、と恋人の瞳を見詰めた。着たい者だけが制服を着る船にするとか、ブリッジクルーだけが制服だとか。
「そういう船でも良かったんだよ。何処に行くにも制服だなんて、窮屈だもの…」
今のぼくだって、家でも制服を着なきゃいけない決まりだったら、嫌いになるよ。小さい頃には憧れてたって、着る羽目になった途端にね。
だけど家だと脱いでいられるから、制服は好き。…シャングリラだって、いつでも制服っていう決まりでなければ、もっと自由にのびのび出来たと思うから…。
制服を残しておくんだったら、学校の制服みたいな形、と自分の意見を述べたのだけれど。
「さっきも言ったろ、買い物をしたヤツらがいたと。…服をドッサリ山のようにな」
着る場所も無いのにどうするんだ、と呆れちまったが、今から思えば、地球に着いたら着ようと思っていたんだろう。…あの戦いが終わったら。
着るべき時を知ってたんだな、俺たちが規則で縛らなくても。船では制服を着て過ごすように、何度もうるさく怒鳴らなくても。
現に買い物をして来たヤツらは、その服を着てはいなかったから。…俺が知る限り、一度もな。
それに、服や帽子を買いに出掛けるようになる前。
船の中だけが全ての頃にも、リボンやピアスなんかはあったぞ。船で作れるヤツだけだが。
あれがささやかなお洒落でだな…。若いヤツらも、ちゃんとお洒落をしてたんだ。
ルリはリボンにピアスだったし、とハーレイが挙げる若いルリの名。幼い頃からブリッジにいた少女の髪にはリボンがあった。長じてからはリボンがカチューシャに変わったルリ。
それにピアスもしていたっけ、と覚えている。育った彼女に似合いのピアスを。でも…。
「ピアスだったら、エラやブラウもつけてたよ?」
最初にピアスをつけたのはブラウで、エラはずいぶん怖がってて…。耳たぶに穴を開けるのを。
それでもピアスをつけてたんだし、他にもピアスをつけてた仲間…。
制服を決めた古い世代にもいたんだけれど、と反論したピアス。ずっと前からあったのだから。
「おいおい、エラやブラウも女なんだぞ? きっと分かっていたんだな」
お洒落をすれば気分がいい、と。お前が言ってた新聞にあった記事みたいに。
そして選んだのがピアスってわけで、新しい世代も素敵だと思ってつけていた、と。
出来る範囲のお洒落が似合いの船だったんだ。…シャングリラという前の俺たちの船は。
ピアスとリボンで充分な船だ、とハーレイは言っているけれど。制服をやめることはしないで、自分なりに少しお洒落をするのがピッタリだったと語るのだけれど…。
「でも、ハーレイ…。制服が無ければ、もっとお洒落が出来たのに…」
同じリボンでも、服に合わせて選べるよ。今日は青とか、今日はピンクにしてみようだとか。
下の学校、そういう子たちが大勢いたもの。リボンの色も、髪型も変えて通ってくる子が。
制服の学校じゃなかったからだよ、と今の自分だから分かる。好きな服を着て通える学校、下の学校でお洒落していた子たちを大勢見て来たから。
「お前が言うのも分からないではないんだが…。お洒落したかった仲間もいたんだろうが…」
シャングリラには他に優先すべきことがあったろ、ミュウの未来だ。ミュウが殺されない世界。
それを手に入れてから、存分にお洒落をすべきだってな。制服を脱いで。
みんな分かってくれていたと思うぞ、誰かが改めて言わなくても。
俺がナスカで一度だけ手を上げたみたいな真似をしなくても、船のヤツらは、きっと全員。
若い世代も制服のことはきっと分かっていた筈だ、とハーレイは自信たっぷりだけれど。誰もが承知で、古い世代が決めた制服を守っていたと信じているようだけれど…。
「そうなのかな…? ハーレイは本当にそう思う…?」
シェルターに残るような無茶をしてまで、ナスカにしがみつこうとしたのが若い世代だよ?
その仲間たちも、制服は着ていたんだけれど…。自分たちで勝手に服を作ってはいないけど…。
でも、制服の大切さを分かった上で着てくれていたと思うわけ…?
それしか無いから着たんじゃなくて…、と投げ掛けた問い。他に色々な服が無ければ、制服しか着られないのだから。どんなに嫌でも、それを着るしか無いのだから。
「多分な。…証拠を出せと言われても困るが、ナスカならではの服というのも無かったから…」
あいつらがその気になっていたなら、新しい服もきっと作れた。ナスカ風とでも銘打ってな。
しかしヤツらは作っていないし、作ろうという話さえも出てはいなかった筈だ。出たなら、俺の耳にも入って来るからな。…材料の調達の関係なんかで。
それと同じで、キャプテンには色々な苦情も届くが、制服が嫌だと聞いてはいない。俺の方から訊きに行かなくても、本当に嫌だと思っていたなら、自然と聞こえてくるもんだ。
お洒落をしたいという声の方も、俺は一度も聞いていないな。
そういう時はまだ来ていないことを、船の誰もが知っていたんだ。…まだ早すぎると。
あくまで制服を貫き通して、お洒落も出来る範囲でだけ。皆が分かってくれていたから、制服は船にあったという。
ミュウの未来を手に入れるまでは、お洒落をすべきではないと。いつか平和な時代が来るまで、白いシャングリラには制服が一番似合いなのだと。
「それじゃ、トォニィの時代のシャングリラはどうなっていたのかな…?」
とっくに平和になってたんだし、制服、なくなっちゃったと思う…?
好きな服でお洒落が出来たのかな、と尋ねたけれども、「さあな?」と首を捻ったハーレイ。
「俺はとっくに死んでいたから、トォニィの時代の船は分からん。しかしだな…」
船を降りたヤツらもいたほどなんだし、私服で船に乗ってたヤツらもいたんじゃないか?
仕事が無くて非番の時なら、何を着たってかまわないから。…どんな仕事もそんなものだろ?
制服は残っていた筈なんだが、強制力はもう無かっただろうな。着ろと命令するヤツも。
だからだ、船に残ったヤツらにしたって、休みの日には羽を伸ばして…。
命の洗濯をしたんじゃないか、というのがハーレイの読み。もう箱舟ではないシャングリラで。
「お洒落してた仲間もいたのかな…?」
気分転換じゃなくても、お洒落。今はこういう服が流行りだとか、この色がいいとか、みんなで騒いだりもして。…女の人も大勢いた船なんだし。
そういう仲間もきっといたよね、と尋ねてみたら「いただろうな」という答え。
「俺が思うに、あちこちの星で買い込んで来た服を大いに生かすべきだし…」
喪が明けた後には着てたんじゃないか、ジョミーや前の俺たちの喪だな。地球が燃えた後に。
そして船を降りて遊びに行ったり、船でお洒落をしてみたり。…非番の時に。
きっとあの服たちの出番はあったぞ、とハーレイの瞳が見ている彼方。制服しか着られなかった時代に仲間たちが買った、山ほどの服の行方を眺めているのだろう。仲間たちが纏っている姿を。
「…その記録、何処かに残ってるかな?」
トォニィの時代になったシャングリラで、制服はどうなっていたのか。
みんなが着てたか、もう着ていない人が多かったか、そういうの、気になるんだけれど…。
「制服か…。探せばデータが残っているとは思うんだがな」
ただし今でも残ってる写真は、恐らく制服を着ているヤツらのばかりだろう。
私服のヤツらは一人もいなくて、全員集合の写真となったら、みんな制服を着込んでいて。
なにしろ私服だと絵にならないから…、とハーレイが見せたキャプテンの貌。まるでブリッジにいるかのように、「俺ならそうする」と。
「写真を撮るぞ、ということになったら、「制服を着ろ」と言うんだろうな」
普段は制服を着てないヤツにも、「早く着てこい」と。…でないと格好がつかないじゃないか。
いくらシャングリラが立派な船でも、私服じゃ駄目だ、とハーレイが言うものだから。
「…そんな理由で制服なわけ?」
私服の仲間が大勢いたって、残ってる写真は制服の仲間ばかりになっちゃうの…?
「平和な時代ならではじゃないか。いわゆる演出というヤツだな。すまし顔の写真」
シャングリラらしい写真を撮るなら、制服にするのが一番だ。私服じゃ締まらないだろう…?
ブリッジにしても、天体の間にしても…、と聞いて想像したら分かった。確かにシャングリラは制服の仲間が似合う船。いくら平和な時代になっても、素敵な写真を撮りたいのなら。
「そうだね、トォニィもあのソルジャーの服でないと駄目だよね…」
違う服だって着てただろうけど、シャングリラで写真を撮るんだったら、絶対、あれだよ。
きっと写真は残ってなくても、みんなお洒落が出来たよね…。制服を脱いで。
「うむ。時と場所ってヤツは大切なんだ。…今のお前も、学校ではいつも制服だしな」
女子も制服、着てるだろうが。私服だった下の学校がいいとは言っても、私服で来ないで。
それと同じだ、シャングリラだって。時と場所とがきちんと揃えば、お洒落も出来たさ。
時が来たなら制服を脱いで、誰もがお洒落していただろう、とハーレイが言ってくれたから。
前はキャプテンだった恋人が保証してくれたから。
白いシャングリラにいた女性たちも、平和になった後の時代は私服だったと思いたい。
写真は残っていなくても。すまし顔の制服の写真ばかりが残っていても。
トォニィたちの時代になったら、制服の代わりに、誰もが好みのお洒落な服。
非番の日などはうんとお洒落して、シャングリラで幸せな時を過ごしていて欲しい。
今の自分が幸せなように。…青い地球の上で、幸せな今をハーレイと満喫しているように…。
お洒落と制服・了
※子供たちまで制服だったシャングリラ。養父母の家にいた頃は、服を自由に選べたのに。
古参以外の仲間たちには、制服は窮屈だったかも。トォニィの時代は、私服になっていそう。
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そうだよね、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
今は平和な時代だけれども、心が沈むことはある。ちょっと失敗してしまったとか、立てていた予定が直前で駄目になったとか。とても楽しみに準備していた、旅行なんかが中止になって。
そういった時には気分転換が一番です、と書かれた記事。普段とは違うことをして。
散歩や軽い運動なども記者のお勧めだけれど、他にも色々あるのだけれど。
(女性の場合は、とっておき…)
お洒落すること、と綴っている記者。家の外へは出ないにしたって、お気に入りの服に着替えてみる。鏡を覗いて、髪型だって整えてみて。
そうしてみたなら、鏡の中には「ずっと素敵になった自分」の姿。もうそれだけで、沈んでいた気分が晴れる人だっているくらい。鏡に映った顔もすっかり笑顔になって。
お洒落して外に出掛けて行ったら、もっと明るくなる笑顔。ご近所の人に挨拶したり、気ままに散歩してみたり。公園のベンチに座っていたって、どんどん晴れてゆく気分。
お洒落しているから、誰に会っても自信たっぷり、見て貰えたならとても嬉しい。公園を通ってゆく人にだって、道ですれ違った人だって。
(そうなのかもね…)
何処かへ出掛けてゆくとなったら、小さな女の子もお洒落するもの。可愛らしい服や、その子が好きな模様の服。一人前に小さなバッグも提げたりして。
弾んだ足取りで歩いてゆくから、きっと心が浮き立つのだろう。両親と一緒に出掛けることも、お洒落して外に出ることも。
お気に入りの服に、御自慢のバッグ。ぬいぐるみなのかと思うバッグもあるくらい。よく見たら違って、「バッグなんだ…」とビックリするような猫やウサギや。
ほんの幼い女の子でも、大好きなのが「お洒落すること」。
小さな子供もはしゃいで出掛けてゆくほどなのだし、お洒落はきっと「とっておき」の気分転換なのだろう。気分が沈んでしまったら。溜息が零れそうになったら。
(お気に入りの服に着替えて、鏡…)
それで晴れるという、女性たちの気分。人によっては、たったそれだけで笑顔になれる。駄目な人でも外に出掛けたら、笑顔が戻って来るお洒落。近所を散歩してみるだけでも。
そういえば…、と今の学校でもある心当たり。女の子たちが大好きなお洒落。
(制服よりも、私服の方が好きらしいもんね?)
今の自分が通う学校の女の子たち。みんな制服を着ているけれども、たまに聞くのが制服の話。制服が嫌いとまでは言いはしなくても、「下の学校の方が楽しかった」と。
下の学校の頃は、制服が無かったものだから。好きな服を着て通えた学校。通学鞄も、教科書やノートがきちんと入れば自由に選べた。色も形も。
個性に合わせて選べた鞄。その日の気分で着られた服。女の子だったらスカートの日やら、男の子みたいな格好の日やら。朝、起きた時の気分や天気で決めて。「今日はこの服」と袖を通して。
それが出来ないのが今の学校。最初から決まっている制服。鞄も学校指定の鞄。
お洒落の機会を奪われてしまった、女の子たち。どんなに素敵な服があっても、学校に行く時は必ず制服。下の学校なら、好きに選んで着てゆけたのに。服に似合いの鞄を提げて。
だから「下の学校の方が楽しかった」という言葉が飛び出す。学校がある日は、どう頑張っても出来ないお洒落。家に帰った後ならともかく、学校という場所にいる間は。
(逆だっていう子、女の子には少ないみたい…)
制服の方が好きだという女の子。制服か私服か、そういう話を聞いていたなら、たまにいるのが今の学校の制服が好きな子。「大人っぽくて素敵じゃないの」と。
下の学校の子は、今の学校の制服などは着られない。其処に通ってはいないのだから。
入学しないと着せて貰えない、今の自分が通う学校にある制服。申し込んでも、断られるだけ。採寸さえもして貰えなくて、門前払いになってしまう店。「入学してから来て下さい」と。
(男の子だったら、制服が好きな子、多いんだけどな…)
下の学校に通う内から、憧れだったという子たち。早く制服を着てみたくて。
制服を着られるようになったら、ちょっぴり「お兄ちゃん」だから。入学したての一年生でも、卒業間際の四年生と同じ制服を着て通う学校。上の学校が近い、上級生たちと同じ制服で。
(上の学校に行ったら、制服、無いから…)
今だけの特権なのが制服、男の子ならば下の学校の間に夢見る。「ぼくも着たいな」と、制服の生徒を目にする度に。
チビの自分も憧れていた。あれを着たなら、自分だって立派な「お兄ちゃん」。下の学校に通う子たちに憧れられる、一人前の「制服の先輩」になれるのだから。
男の子だったら制服が好きで、出掛ける時にも着ると言う子も多いのに。きちんとした服を着て行くように、と両親などに言われた時には「制服が一番楽だもんな」と話す友達も多いのに。
その制服が嬉しくないのが女の子。下の学校の頃と違って、自由に服を選べないから。
(どっちも制服なんだけどな…)
男子も女子も、デザインが違うというだけのこと。なのにどうして、制服の見方か変わるのか。憧れの制服をやっと着られたと喜ぶ男子と、「下の学校の方が楽しかった」と言う女子とに。
(ぼくも制服、好きなんだけどな…)
女の子って面白いよね、と考えながら戻った二階の自分の部屋。空になったお皿やカップを母に返して、「御馳走様」と。
勉強机に頬杖をついて、思い浮かべた女の子たち。制服よりも私服が好きで、お洒落をしたなら気分転換。お気に入りの服で鏡に向かえば、それだけで笑顔になれる女性も。
(…ぼくが着替えて、鏡を見たって…)
沈んだ気分が晴れるようには思えない。お気に入りの服で散歩に行っても同じこと。心の中身は重たいままで、それが綺麗に晴れたとしたなら、お洒落ではなくて散歩のお蔭。目についた綺麗な花に見惚れて気が紛れたとか、ご近所さんに挨拶をしたら、楽しい話が聞けたとか。
お洒落は関係ないものね、と女の子との違いを思った所で心を掠めていったもの。フッと掠めて通り過ぎたもの。
(…制服…)
今の自分が好きな制服。下の学校に通う頃から、早く着たいと憧れた制服。
学校がある日は当たり前のように袖を通して、朝からシャキッとした気分。「今日は学校」と。
友達もみんな着ている制服、上級生たちも、みんなお揃い。体格でサイズが変わるだけ。誰もが同じ制服なのだし、あの制服が大好きな自分。
(憧れだったってこともあるけど、前のぼくの記憶が戻ったら…)
もっと制服が好きになった。
ソルジャーだった頃と違って、一人だけ特別な服ではないから。友達も上級生も同じで、何処も少しも変わらない。デザインも色も、ボタンの形も。
制服を着れば、すっかり溶け込んでしまえる学校。自分だけ目立ってしまいはしないし、とても気に入っている今の制服。「みんなと同じ」と、「ぼくもお揃い」と。
特別扱いが好きではなかった前の自分。やたら大きすぎた青の間はもちろん、ソルジャーだけが着る制服だって。
何度思ったことだろう。「みんなと同じ服がいいな」と、「同じ制服を着られたら」と。
けれど、他の仲間たちが着ていた制服。前の自分が生きた船では…。
(制服だけしか無かったんだよ…)
何処を見回しても、仲間たちの服は制服だけ。他にあったのは作業服くらい。それが必要な農場だとか、機関部の仲間が着ていた服。いつもの制服では、難しそうな作業の時に。
白い鯨に改造する前から、シャングリラにあった揃いの制服。ソルジャーとキャプテン、長老の四人を除いた仲間は、誰もが同じ制服を着た。男性用のと女性用のを。
皆の声で生まれた制服だけれど、無かった私服。誰一人、着てはいなかった。個性的な服やら、可愛らしい服。素敵な模様が入った服も、皆とデザインが違った服も。
(個性的なの、フィシスくらいで…)
ミュウの女神だと、皆に紹介したフィシス。…本当はミュウではなかったけれど。
機械が無から作った生命、青い地球を抱いていた少女。フィシスの青い地球が欲しくて、仲間を騙して船に迎えた。「特別なのだ」と大嘘をついて、ミュウの女神に祭り上げて。
フィシスは特別な存在だからと、皆とは違う服を作らせて着せた。それは優美なデザインのを。姫君のような服だったけれど、フィシス以外の他の女性たちは…。
(気分転換にお洒落したくても…)
出来なかった、と今頃になって気が付いた。さっきの記事と、今の学校の女の子たちのお蔭で。
気分が沈んでしまった時の、女性たちのための「とっておき」。
お洒落して鏡に向かってみること、お気に入りの服を身につけること。それだけで気分が晴れる人がいるのも、きっと本当なのだろう。男の子の自分には分からなくても。
(女の子はみんな、お洒落が大好き…)
幼い子だって、出掛ける時にはお洒落するほど。素敵な気分になれるのがお洒落。
今の学校に通う女子たちも、私服の方が好きな子が多い。下の学校の頃は楽しかった、と私服で通えた学校を懐かしむ声が聞こえるほどに。
気分転換に役立つらしい、お洒落すること。女性の場合は。
なのに私服が無かった船がシャングリラ。お洒落したいと考えたって、無かった私服。
シャングリラはそういう船だったっけ、と制服が頭に蘇る。誰も私服は着ていなかった。女性は大勢いたというのに、誰一人として。…船に私服は無かったから。
(だけど、みんなの希望で生まれた制服だったし…)
前の自分やハーレイたちの提案ではない、あの制服。誰からともなく声が上がって、作りたいと機運が高まったから、デザイン画が描かれて生まれた制服。前の自分のソルジャーの服も。
それまでの間は、人類の船から奪った服を誰もが着ていた船。サイズが合うのを好きに選んで、靴も好みで選んだりして。…バラバラだった皆の服装。男性も女性も、揃っていなくて。
だから制服が出来た時には、皆が大喜びだった。やっとシャングリラらしくなったと、ミュウの船にはこの制服が相応しいと。
そして船から私服は姿を消してしまって、誰もが制服。「この服がいい」と気に入って。だから制服で良かったのだ、と納得しかけた今の自分。仲間たちが望んだのだから、と。
女性たちも喜んで着ていた制服。「私服の方が良かった」という声は一度も上がらなかったし、前の自分が生きていた船と、今の自分が暮らす世界は価値観が全く違ったのだと思ったけれど。
シャングリラにいた仲間たちは皆、制服の方が好きだったのだと考えたけれど…。
(…それって、アルタミラからの脱出組だけ…?)
もしかしたら、と浮かんで来た思い。
最初から船にいた女性たちだけが、制服を好んで着ていたろうか。私服よりも制服の方を好んだ女性たち。「こっちの方が断然いい」と、自分たちの望みで出来上がった服を。
(これがいい、って決めた制服だったら…)
今の自分が学校の制服が大好きなように、シャングリラにいた女性たちも制服好きだったろう。皆で揃いの服を着るのが、お揃いの「ミュウの制服」が。
けれども、船にいた女性たちは二通り。白いシャングリラになった後には。
アルタミラの惨劇を目にした女性と、見ていない女性。…アルテメシアで船に加わった、新しい世代の若いミュウたち。
雲海の星で救出されたミュウの子供は、アルタミラの地獄を見て来てはいない。その上、記憶を失くしてもいない。
成人検査で記憶を消される前に、救い出されて船に来たから。幼い子供も、成人検査でミュウと発覚した子供たちも。
アルテメシアで救った子たちは、船に来たなら直ぐ制服を身に着けた。子供用のものを。
最初の間は制服が無くて私服で暮らした子もいたけれども、ほんの短い間だけ。シャングリラで生きる子供に似合いのものをと、服飾部門が頑張った。
大人たちの制服をベースに描かれた、子供たちのためのデザイン画。それが出来たら、制服用の生地を急いで作って、採寸をして縫い上げた。やって来た子にピッタリの服を。
(トォニィたちの制服だって、直ぐに作ったくらいだしね?)
赤ん坊や幼児用はともかく、ナスカの子たちが急成長しても、サッと上がった新しいデザイン。間に合わせの服にはしておかないで、みる間に出来上がった服。
(…あんな速さで成長するなんて、誰も思っていなかったのに…)
ナスカが悲劇に見舞われる中で、もう制服は出来ていた。トォニィの分も、アルテラたちのも。それが必要だと、船の仲間は思ったのだろう。七人ものタイプ・ブルーたちのために。
直ぐに制服を作るほどだし、「制服を着る」のが普通だった船。誰もが制服を着ているもので、私服は存在しなかった船。
白いシャングリラはそうだった。古い世代も、新しい世代も、揃いの制服。
(トォニィたちは、ミュウの世界しか知らないけれど…)
赤いナスカと白いシャングリラと、その二つしか知らずに育った子供だけれど。制服があるのが当たり前の世界で生まれ育った子たちだけれども、そうではない子供たちもいた。その前には。
アルテメシアで外の世界から来た子供たちは、お洒落を覚えていたかもしれない。女の子なら、小さな子でも、お洒落するのが好きだから。今の時代の子供がそうなら、きっと昔も。
前の自分は子供時代の記憶をすっかり失くしたけれども、アルテメシアで見ていた育英都市。
養父母と出掛ける女の子たちは、今と同じにお洒落していた。お気に入りの服で、楽しそうに。
そういう世界からやって来たのが、新しい世代のミュウの子供たち。処分されそうな所を救って船へと連れて来たけれど、制服も直ぐに与えたけれど…。
(あの女の子たちは、お洒落したくても、服が無かった…?)
思いもしなかったことだけれども、そうかもしれない。
船に着いたら、採寸して作られていた子供用の制服。「この船ではこれを着なさい」と。
ミュウの仲間は皆そうなのだし、誰も疑問に思わなかった。「子供たちに制服を着せる」こと。育英都市で着ていた服の代わりに、子供用の制服を与えることを。
お洒落が気分転換になるとは全く思わなかった時代に、シャングリラの中で決めた制服。
アルタミラの地獄を見て来たのだから、生きてゆけるだけで充分、気晴らし。狭い檻で暮らした時代からすれば、部屋と呼べる場所を貰えた上に、仲間たちがいる船での日々は天国のよう。
(お喋り出来たら、一人よりもずっと素敵だし…)
気分転換するにしたって、船の中の散歩くらいで良かった。白い鯨になった後なら、広い公園もあったのだから。
古い世代の女性たちには、それだけで足りていただろう。お喋りや散歩、好みの飲み物を飲んでみるとか、お菓子をつまんでみるだとか。…どれも贅沢な時間だから。檻での暮らしに比べたら。
けれど後からシャングリラに来た、新しい世代の女性たちは…。
(…お洒落な服を着たかったかも…)
気分転換の件はともかく、それぞれの個性。「こういう服が好き」という好み。
幼い子供でも、女の子はお洒落が大好きなもの。育英都市で長く暮らせば、制服の世界はまるで縁が無いまま。学校は目覚めの日を迎えるまで私服なのだし、制服に馴染みが無い子供たち。
(今の学校の女の子たちと一緒で…)
私服を着たいと思う子たちも、本当は多かったのかもしれない。慣れない船にやって来たから、何も言わずにいただけで。…命を救ってくれた船だし、シャングリラに馴染まなければ、と。
(本当はお洒落したくって…)
もっと色々な服を着たくて、溜息をつく子もいたのだろうか。…制服のせいで。
個性を発揮できる服装、それを求めていた子供たち。「こんな色より他の色がいいのに」と思う子だとか、「自分らしい服が欲しい」と思った子とか。
人間の数だけある個性。好みも色々、食べ物に限ったことではなくて。
(お洒落も立派な個性なんだよ…)
下の学校は楽しかった、と懐かしがっている同級生の女の子たち。私服で学校に行けた時代を。
子供時代の記憶を失くさず、シャングリラに来た女の子たちも同じだったのかもしれない。制服よりも私服が好きで、それを着たかった子供たち。
前の自分たちは、彼女たちからお洒落の機会を奪ったろうか。一方的に制服を押し付けて。
そういうものだと思っていたから、「船ではこれを」と着せた制服。
良かれと思って、逆に苦痛を与えたろうか。お洒落を知っていた女の子たちに…?
そうだったかも、と考えるほどに気になる制服。白いシャングリラに来た子供たちに、大急ぎで作って着せた制服。「新しい仲間が一人増えた」と。
ミュウの子供が増えてゆく度、誰もが嬉しかったのだけれど。前の自分も、真新しい制服を着た子を眺めて、「助けられて良かった」と笑みを浮かべていたけれど…。
(大失敗…)
子供たちの心を読んではいないし、制服への不満があったとしても気付かない。「制服は嫌」と思う子供がいたって、「他の服を着たい」と思っている子が混じっていたって。
(女の子は全員、そうだったのかも…)
養父母の家で着ていたような、他の子のとは似ていない服。たまたま同じ服があっても、それは本当に、ただの偶然。次の日はお互い違う服だし、誰もが同じ服ではない。来る日も来る日も。
(子供の数だけありそうな服…)
色もデザインもとりどりの世界で育った子たちは、制服に馴染めなかっただろうか。
古い世代はアルタミラの檻で粗末な服を着せられ、脱出直後は男性も女性も服装は同じ。人類は実験動物に着せる服のために、男女のデザインを変えるようなことはしなかったから。
(あんな世界で生きた後だと、色々な服を着ていた時代があったって…)
制服の方に魅力を感じたことだろう。「これこそがミュウのシンボルなのだ」と、自由な時代の象徴として。…派手すぎる服を用意されてしまった、前の自分は別だけれども。
(だけど、アルテメシアで育った子たちは…)
個性豊かに育ったのだし、それぞれに好みがあった筈。
いくら機械が統治していた時代とはいえ、養父母たちにも個性や好み。それを受け継いだ子供もいれば、「こんなのは嫌!」と自分の好みを押し通していた子供だって。
ミュウと判断された子供も、そうなるまでは養父母の許で育っていたから、個性は豊か。好きな服だってあったのだろう。お洒落が好きな女の子ならば、なおのこと。
(そんなの、ちっとも気が付かなかった…)
前のぼくたちの大失敗だ、と痛感させられた制服のこと。
新しい子供が船にやって来たら、制服を作って着せるものだと思い込んでいた前の自分たち。
シャングリラの仲間は制服なのだし、子供たちだって同じこと。制服を着れば立派に船の一員、子供ながらも白いシャングリラの仲間入りだと。
古い世代の目から見たなら、制服は正しかっただろう。子供たちにまで着せておくことも。
けれど、着せられた子供たちの方。好きな服を着て、お洒落も好きだった女の子ならば、制服はどんなに辛かったことか。他の服を着たいと考えたって、制服しか無い世界だなんて。
(下の学校の頃は楽しかった、って言ってる女の子たちと…)
同じだったかもしれない、新しい世代のミュウの女の子たち。もっと色々な服が着たい、と船でガッカリした子供たち。「此処にはこれしか無いらしい」と、着せられた制服に溜息をついて。
(エラもブラウも、子供時代の記憶なんかは無かったし…)
古い世代の女性たちは皆、似たようなもの。お洒落を楽しんだ子供時代は覚えていない。だから制服にも違和感は無いし、喜んでそれを着ていたほど。ミュウのシンボルの服として。
新しい世代が制服をどう考えるのかは、まるで思いもしなかった。狭すぎる世界で懸命に生きた世代のミュウには、欠けていた配慮。押し付けてしまった形の価値観。
船に来たからには制服なのだ、と深く考えさえもしないで。それがいいのだと思い込んで。
(若い世代との間に亀裂が出来ちゃう筈だよ…)
赤いナスカで生まれた対立。古い世代と新しい世代、出来てしまった深い溝。
ナスカという星に魅せられた世代と、ナスカを嫌った世代の間の対立だとばかり思ったけれど。原因は全てナスカなのだと考えたけれど、もっと根深いものがあったのだろう。実の所は。
(制服がいいと思う世代と、私服を着たいと思う世代じゃ…)
感覚が違いすぎたんだ、と気付いても遅い。前の自分はとうに死んだし、赤いナスカもとっくに燃えてしまった後。何もかもが既に手遅れだから。…過去に戻れはしないのだから。
(でも、失敗…)
ホントに失敗、と制服のことを悔やんでいた所へ、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。
「あのね、お洒落をするのは楽しい?」
お気に入りの服を着て鏡の前に立ってみるとか、それを着てお出掛けするだとか…。
「楽しいかって…。この俺がか?」
お前、正気で訊いているのか、と丸くなったハーレイの鳶色の瞳。「お洒落だって?」と。
「ハーレイも違うとは思うけど…。そういうタイプじゃなさそうだけど…」
似合う服は選んでいるんだろうけど、お洒落とは別。動きやすいのとか、仕立てで選びそう。
でも、女の子ってお洒落が好きなものだよね、うんと小さな子供でも…?
今日の新聞にこういう記事があったんだよ、と話した中身。気分転換に関する記事だけれども、女性の場合は「とっておき」の手がお洒落らしい、と。
「お洒落するだけで、気分が晴れちゃう人もいるって…。鏡の中を覗いただけで」
うんと素敵な自分がいるから、沈んだ気分が消えちゃうんだって。お洒落して鏡を覗けばね。
その格好で散歩に行ったら、ホントに元気になるらしいんだけど…。
どう思う、と尋ねた女性のお洒落のこと。「学校の女子も制服より私服の方が好きみたい」と。
「そりゃ好きだろうな、何処の学校の女子も似たようなモンだ」
休みの日に外で出会っちまうと、どの子も生き生きしているぞ。自分好みの服でお洒落して。
学校に通っているような年の女の子でも、そんな具合になるんだから…。
立派な大人の女性となったら、気分転換にも有効だろう。鏡の向こうに素敵な自分を発見だ。
沈んでいた気分も晴れるだろうさ、とハーレイも頷くお洒落の効果。女性なら出来る気分転換、お気に入りの服でお洒落すること。揃いの服より、自分が好きな素敵な服。
「やっぱりね…。女の人はお洒落が好きで、女の子だって、何処の学校でも同じ…」
制服よりも私服が好きで、ずっと生き生きしてるんだ…。ハーレイが外で会った時には。
前のぼくたち、失敗しちゃった…。ホントのホントに大失敗だよ。
とっくに手遅れなんだけど、と肩を落とした。「今頃、気付いても、もう遅いよね」と。
「失敗って…。それに手遅れって、何の話だ?」
前の俺たちのことだと言ったな、俺にはサッパリ分からんのだが…。お洒落と関係してるのか?
お前の口ぶりだとそう聞こえるが、とハーレイが訊くから「そう」と答えた。
「制服の話で気が付かない? 女の子はお洒落が好きって所と」
シャングリラにも制服、あったでしょ。作った時には、まだ白い鯨は出来ていなかったけれど。制服を作ろうって話が出て来て、それでみんなが制服になって…。
その時の仲間はそれでいいんだよ、欲しかった制服なんだから。みんながバラバラの服を着てる船より、素敵だと思っていたんだものね。
だけど制服、新しい世代にも押し付けちゃった…。あるのが当たり前だったから。
アルテメシアでミュウの子供を助け出したら、直ぐに制服をデザインして。…子供用のを。
制服を着たら船の仲間だ、って思っていたから、もう本当に大急ぎで。
それで制服、着せていたけど…。女の子もみんな制服だったよ、シャングリラに来た途端にね。
自分の家で着ていた服は無くなっちゃった、と説明した。養父母の家で暮らした頃には、制服は無い。どの子も私服で、学校に行く時も好きな服。出掛けるとなれば、当然、お洒落。
船に来た子が幼い子でも、大きな子ときっと変わらない。色々な服を着たかった筈。
「…でもね、船だと制服だから…。これを着なさい、って渡されちゃうから…」
お洒落したくても絶対に無理で、ずいぶんガッカリしたのかも…。自分の好きな服が無いから。
欲しいって誰かに言いたくっても、大人もみんな制服だものね。
だから言えずにいたのかも…、と項垂れた。「前のぼくも気付かなかったんだよ」と。いったい何度遊んだだろうか、あの船に来た子供たちと。養育部門に出掛けて行っては、幼い子たちと。
けれど気付きはしなかった。子供たちの心にあったかもしれない、制服への不満。
「そういや、そうか…。そういうことになるんだなあ…」
好きな服を買って貰いに行けやしないし、作って貰えることも無かった。制服があれば充分だと誰もが考えていたし、制服の方がいいと思っていたくらいだし…。
しかしそいつは、俺たちだけの考え方だ。…シャングリラの中しか知らない世代の。
アルテメシアで育った子たちは、そうじゃなかったかもしれないのにな。女の子はもっと色々な服が欲しくて、着たいと思ったかもしれん。…制服とは違う服だって。
なのに俺たちは、訊いてやりさえしなかった。制服を気に入ってくれたかどうかも、尋ねる係はいなかったからな。着て当然だと思っていたから、ジョミーにさえも訊いていないぞ。
ソルジャー候補の服が出来上がる前の時期に、とハーレイがついた大きな溜息。ジョミーは他のミュウたちと同じ制服を着た時期があったけれども、着心地は確認していないという。ハーレイも四人の長老たちも。…もちろん、前の自分もだけれど。
「…ホントだ、ジョミーにも訊かなかったよ…。ジョミーの服は燃えちゃったから…」
元の服を着たくても無かったんだけど、それまではあの服にこだわってたのに…。
ミュウの仲間になったんだから、あれで当然だと思い込んじゃった。前のぼくもね。あんな服、嫌かもしれなかったのに…。着たくなかったかもしれないのに…。
ぼくの後継者でも、着心地を訊いて貰えなかっただなんて、と制服に凝り固まっていたミュウの酷さを突き付けられてしまったよう。
シャングリラの仲間になった以上は制服なのだ、と思い込んでいた前の自分たち。新しい世代は制服の無い世界から船にやって来たのに。船に来るまでは、制服を着ていなかったのに…。
なんという酷い船だったろうと、やりきれない思いに包まれる。子供たちの個性をすっかり無視して、制服を無理やり着せていた船。悪気は無かったにしても。
「…前のぼくたち、酷すぎたよね…。制服のこと」
女の子からはお洒落を奪ってしまって、男の子たちにも押し付けだよ。男の子の方だと、制服に憧れる子も多いけど…。今のぼくだって、早く制服を着たいと思っていたんだけれど…。
下の学校に通っていた頃にはね、と白状したら、「そうだろうな」と返った笑み。
「男の子ってのは、そんな所があるもんだ。早く一人前になりたい気持ちが出るんだろうな」
俺だってお前と同じだったさ、下の学校にいた頃は。あの制服を早く着たいと憧れてたから…。
シャングリラに来たミュウの子供も、男だった場合はそうかもしれん。子供用の制服を早く卒業して、大人用のを着たいと思っていたかもな。…ジョミーは例外かもしれないが。
だが、女の子の方となるとだ…。制服とは違う色々な服が欲しかったことも有り得るなあ…。
俺も全く気付かなかった、とハーレイが指でコツンと叩いた自分の額。「ウッカリ者め」と。
船を纏めるキャプテンだったら、船全体を見渡してこそ。古い世代も、新しい世代も。
制服はあって当然だなどと思わずに。新しい世代にはどう見えているか、それを調べて改革することも検討すべきだったのかも、と。
「ハーレイも、そう思うでしょ? 制服のことに気付いたら…」
ぼくたちは普通だと思っていたのが、新しく来た子供たちには少しも普通じゃなかったかも…。制服なんかは欲しくなくって、お洒落したい子もいたのかも、って。
前のぼくたち、失敗しちゃった。若い世代とは、感覚が違いすぎることに気付かなくって。
そんな状態だと喧嘩にもなるよ、ナスカでだって…。ゼルがトマトを投げちゃったんでしょ?
ゼルの物差しで測るからだよ、と古い世代の頑固さを嘆いた。一事が万事で、制服を押し付けるような古い世代は、若い世代との違いが大きすぎたのだ、と。
「うーむ…。あのナスカでの対立なあ…」
若いヤツらが苦労知らずだったというだけじゃなくて、制服までが絡むのか…。押し付ける形になってしまった制服。
本当には絡んでいないとしたって、制服ってヤツも窮屈ではあったかもしれないな。
制服を決めた古い世代に、身体ごと縛られているようで。この船は何処までもこうなのか、と。
自分たちの意見は通らない船で、そのいい例が制服みたいに思ってたヤツもいたかもなあ…。
もっと気を配るべきだった、とハーレイも悔やむ制服のこと。若い世代にはどう見えたのか。
「そうだよね…。古い世代が押し付けちゃった制服だもんね…」
とても窮屈に思ってたかもね、毎日、それを着るんだから。他に着る服は無かったんだから…。
ホントに酷いことをしたかも、と気付いても、もう遅すぎる。シャングリラはとうに時の彼方に消えてしまって、制服を着ていた仲間たちも皆、時の流れが連れ去ったから。
「制服じゃない服も着たかったんだ、というのは分かる。…前の俺が証拠を見ているからな」
人類軍との本格的な戦いが始まった後で、陥落させた幾つもの星。
其処で買い物の許可を出したら、服を山ほど買って戻った仲間たちもいたもんだから…。
服や帽子を山のように、とハーレイが語る思い出話。持ち切れないほど服を抱えて戻った仲間。
「その話、ハーレイから聞いたけど…。その時は他の買い物に気を取られていたけど…」
みんなお洒落をしたかったんだね、ずっと我慢をしていただけで。…船では制服だけだから。
他に色々な服が欲しくても、頼める所は無いんだから…。服飾部門で作ってくれるのは、新しい制服だけなんだから。…サイズを測って、決まったデザイン通りのヤツを。
好みの服は作って貰えないしね、と思い描いた船の仲間たちの姿。沢山の服を買った仲間は皆、女性たち。新しい世代の者だったのに違いないのだから。
「さてなあ…? そいつを我慢と言うべきかどうか…」
俺が思うに、あの制服は必要だった。古い世代の思い込みだろうが、新しい世代が本当は不満を持っていようが。…無くてはならない服だったんだ。
シャングリラにあった制服は…、とハーレイが言うから驚いた。その制服こそが、新しい世代をあの船に縛り付けたもの。古い世代の頑迷さを表すようなもの。
いいことは何も無さそうなのに。…女性たちからは、お洒落の機会を奪ったのに。
「…なんで制服が必要なの…?」
ハーレイも納得してた筈だよ、あの制服は古すぎたかも、って。
キャプテンだったら若い世代の話だって聞いて、改革すべきだったかも、って言ったじゃない。
それと全く逆の話だよ、制服が必要だっただなんて。
新しい世代が不満を持っていたって、制服は無くてはならないだなんて。
古い世代はかまわないけど、新しい世代は我慢なんだよ…?
そんな制服、シャングリラにはもう、要らなかったように思うんだけど…。
廃止しちゃっても良かったくらいなんじゃあ…、と恋人の瞳を見詰めた。着たい者だけが制服を着る船にするとか、ブリッジクルーだけが制服だとか。
「そういう船でも良かったんだよ。何処に行くにも制服だなんて、窮屈だもの…」
今のぼくだって、家でも制服を着なきゃいけない決まりだったら、嫌いになるよ。小さい頃には憧れてたって、着る羽目になった途端にね。
だけど家だと脱いでいられるから、制服は好き。…シャングリラだって、いつでも制服っていう決まりでなければ、もっと自由にのびのび出来たと思うから…。
制服を残しておくんだったら、学校の制服みたいな形、と自分の意見を述べたのだけれど。
「さっきも言ったろ、買い物をしたヤツらがいたと。…服をドッサリ山のようにな」
着る場所も無いのにどうするんだ、と呆れちまったが、今から思えば、地球に着いたら着ようと思っていたんだろう。…あの戦いが終わったら。
着るべき時を知ってたんだな、俺たちが規則で縛らなくても。船では制服を着て過ごすように、何度もうるさく怒鳴らなくても。
現に買い物をして来たヤツらは、その服を着てはいなかったから。…俺が知る限り、一度もな。
それに、服や帽子を買いに出掛けるようになる前。
船の中だけが全ての頃にも、リボンやピアスなんかはあったぞ。船で作れるヤツだけだが。
あれがささやかなお洒落でだな…。若いヤツらも、ちゃんとお洒落をしてたんだ。
ルリはリボンにピアスだったし、とハーレイが挙げる若いルリの名。幼い頃からブリッジにいた少女の髪にはリボンがあった。長じてからはリボンがカチューシャに変わったルリ。
それにピアスもしていたっけ、と覚えている。育った彼女に似合いのピアスを。でも…。
「ピアスだったら、エラやブラウもつけてたよ?」
最初にピアスをつけたのはブラウで、エラはずいぶん怖がってて…。耳たぶに穴を開けるのを。
それでもピアスをつけてたんだし、他にもピアスをつけてた仲間…。
制服を決めた古い世代にもいたんだけれど、と反論したピアス。ずっと前からあったのだから。
「おいおい、エラやブラウも女なんだぞ? きっと分かっていたんだな」
お洒落をすれば気分がいい、と。お前が言ってた新聞にあった記事みたいに。
そして選んだのがピアスってわけで、新しい世代も素敵だと思ってつけていた、と。
出来る範囲のお洒落が似合いの船だったんだ。…シャングリラという前の俺たちの船は。
ピアスとリボンで充分な船だ、とハーレイは言っているけれど。制服をやめることはしないで、自分なりに少しお洒落をするのがピッタリだったと語るのだけれど…。
「でも、ハーレイ…。制服が無ければ、もっとお洒落が出来たのに…」
同じリボンでも、服に合わせて選べるよ。今日は青とか、今日はピンクにしてみようだとか。
下の学校、そういう子たちが大勢いたもの。リボンの色も、髪型も変えて通ってくる子が。
制服の学校じゃなかったからだよ、と今の自分だから分かる。好きな服を着て通える学校、下の学校でお洒落していた子たちを大勢見て来たから。
「お前が言うのも分からないではないんだが…。お洒落したかった仲間もいたんだろうが…」
シャングリラには他に優先すべきことがあったろ、ミュウの未来だ。ミュウが殺されない世界。
それを手に入れてから、存分にお洒落をすべきだってな。制服を脱いで。
みんな分かってくれていたと思うぞ、誰かが改めて言わなくても。
俺がナスカで一度だけ手を上げたみたいな真似をしなくても、船のヤツらは、きっと全員。
若い世代も制服のことはきっと分かっていた筈だ、とハーレイは自信たっぷりだけれど。誰もが承知で、古い世代が決めた制服を守っていたと信じているようだけれど…。
「そうなのかな…? ハーレイは本当にそう思う…?」
シェルターに残るような無茶をしてまで、ナスカにしがみつこうとしたのが若い世代だよ?
その仲間たちも、制服は着ていたんだけれど…。自分たちで勝手に服を作ってはいないけど…。
でも、制服の大切さを分かった上で着てくれていたと思うわけ…?
それしか無いから着たんじゃなくて…、と投げ掛けた問い。他に色々な服が無ければ、制服しか着られないのだから。どんなに嫌でも、それを着るしか無いのだから。
「多分な。…証拠を出せと言われても困るが、ナスカならではの服というのも無かったから…」
あいつらがその気になっていたなら、新しい服もきっと作れた。ナスカ風とでも銘打ってな。
しかしヤツらは作っていないし、作ろうという話さえも出てはいなかった筈だ。出たなら、俺の耳にも入って来るからな。…材料の調達の関係なんかで。
それと同じで、キャプテンには色々な苦情も届くが、制服が嫌だと聞いてはいない。俺の方から訊きに行かなくても、本当に嫌だと思っていたなら、自然と聞こえてくるもんだ。
お洒落をしたいという声の方も、俺は一度も聞いていないな。
そういう時はまだ来ていないことを、船の誰もが知っていたんだ。…まだ早すぎると。
あくまで制服を貫き通して、お洒落も出来る範囲でだけ。皆が分かってくれていたから、制服は船にあったという。
ミュウの未来を手に入れるまでは、お洒落をすべきではないと。いつか平和な時代が来るまで、白いシャングリラには制服が一番似合いなのだと。
「それじゃ、トォニィの時代のシャングリラはどうなっていたのかな…?」
とっくに平和になってたんだし、制服、なくなっちゃったと思う…?
好きな服でお洒落が出来たのかな、と尋ねたけれども、「さあな?」と首を捻ったハーレイ。
「俺はとっくに死んでいたから、トォニィの時代の船は分からん。しかしだな…」
船を降りたヤツらもいたほどなんだし、私服で船に乗ってたヤツらもいたんじゃないか?
仕事が無くて非番の時なら、何を着たってかまわないから。…どんな仕事もそんなものだろ?
制服は残っていた筈なんだが、強制力はもう無かっただろうな。着ろと命令するヤツも。
だからだ、船に残ったヤツらにしたって、休みの日には羽を伸ばして…。
命の洗濯をしたんじゃないか、というのがハーレイの読み。もう箱舟ではないシャングリラで。
「お洒落してた仲間もいたのかな…?」
気分転換じゃなくても、お洒落。今はこういう服が流行りだとか、この色がいいとか、みんなで騒いだりもして。…女の人も大勢いた船なんだし。
そういう仲間もきっといたよね、と尋ねてみたら「いただろうな」という答え。
「俺が思うに、あちこちの星で買い込んで来た服を大いに生かすべきだし…」
喪が明けた後には着てたんじゃないか、ジョミーや前の俺たちの喪だな。地球が燃えた後に。
そして船を降りて遊びに行ったり、船でお洒落をしてみたり。…非番の時に。
きっとあの服たちの出番はあったぞ、とハーレイの瞳が見ている彼方。制服しか着られなかった時代に仲間たちが買った、山ほどの服の行方を眺めているのだろう。仲間たちが纏っている姿を。
「…その記録、何処かに残ってるかな?」
トォニィの時代になったシャングリラで、制服はどうなっていたのか。
みんなが着てたか、もう着ていない人が多かったか、そういうの、気になるんだけれど…。
「制服か…。探せばデータが残っているとは思うんだがな」
ただし今でも残ってる写真は、恐らく制服を着ているヤツらのばかりだろう。
私服のヤツらは一人もいなくて、全員集合の写真となったら、みんな制服を着込んでいて。
なにしろ私服だと絵にならないから…、とハーレイが見せたキャプテンの貌。まるでブリッジにいるかのように、「俺ならそうする」と。
「写真を撮るぞ、ということになったら、「制服を着ろ」と言うんだろうな」
普段は制服を着てないヤツにも、「早く着てこい」と。…でないと格好がつかないじゃないか。
いくらシャングリラが立派な船でも、私服じゃ駄目だ、とハーレイが言うものだから。
「…そんな理由で制服なわけ?」
私服の仲間が大勢いたって、残ってる写真は制服の仲間ばかりになっちゃうの…?
「平和な時代ならではじゃないか。いわゆる演出というヤツだな。すまし顔の写真」
シャングリラらしい写真を撮るなら、制服にするのが一番だ。私服じゃ締まらないだろう…?
ブリッジにしても、天体の間にしても…、と聞いて想像したら分かった。確かにシャングリラは制服の仲間が似合う船。いくら平和な時代になっても、素敵な写真を撮りたいのなら。
「そうだね、トォニィもあのソルジャーの服でないと駄目だよね…」
違う服だって着てただろうけど、シャングリラで写真を撮るんだったら、絶対、あれだよ。
きっと写真は残ってなくても、みんなお洒落が出来たよね…。制服を脱いで。
「うむ。時と場所ってヤツは大切なんだ。…今のお前も、学校ではいつも制服だしな」
女子も制服、着てるだろうが。私服だった下の学校がいいとは言っても、私服で来ないで。
それと同じだ、シャングリラだって。時と場所とがきちんと揃えば、お洒落も出来たさ。
時が来たなら制服を脱いで、誰もがお洒落していただろう、とハーレイが言ってくれたから。
前はキャプテンだった恋人が保証してくれたから。
白いシャングリラにいた女性たちも、平和になった後の時代は私服だったと思いたい。
写真は残っていなくても。すまし顔の制服の写真ばかりが残っていても。
トォニィたちの時代になったら、制服の代わりに、誰もが好みのお洒落な服。
非番の日などはうんとお洒落して、シャングリラで幸せな時を過ごしていて欲しい。
今の自分が幸せなように。…青い地球の上で、幸せな今をハーレイと満喫しているように…。
お洒落と制服・了
※子供たちまで制服だったシャングリラ。養父母の家にいた頃は、服を自由に選べたのに。
古参以外の仲間たちには、制服は窮屈だったかも。トォニィの時代は、私服になっていそう。
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