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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

滑り台
(大人用の滑り台…)
 そんなのあるんだ、とブルーが眺めた新聞。学校から帰って、おやつの時間に目に付いた。
 滑り台は子供たちのための遊具の定番、公園には置いてあるものだけれど。大勢の子供が順番を待つ日もあるほどだけれど、大人の姿は滅多に見掛けない。
 もしも大人がいたとしたなら、小さな子供を膝の上に乗せて滑るため。幼い子供は、落っこちることもあるものだから。滑る途中で外に落ちたり、滑り降りた所で放り出されたり。
 そうならないよう、大人が一緒に滑ってやる。子供をしっかり抱えてやって。
 けれど新聞に載っているのは、大人用に出来た滑り台。公園にあるような遊具とは違う。
(ホントに本物…)
 大人用だ、と頷かざるを得ないもの。写真付きで幾つも紹介されている滑り台。一番上のは山の斜面を利用したもの。殆ど直線、真っ直ぐに滑り降りる山。自分の足で下りる代わりに。
 他にも色々な滑り台の写真、「子供時代に戻れそうですね」という紹介文。滑り台で遊んだ頃の幼い自分に戻れる遊具。それが大人用の滑り台。
(ぼくはまだ、子供なんだけど…)
 公園の滑り台では遊ばなくても、十四歳なら子供の内。大人よりはずっと小さい身体。その気になったら子供用の滑り台でも充分、遊べる。子連れの大人も滑るのだから。
 それに新聞に載せられた写真。山を一気に滑り降りるのも、他のタイプも、子供用のより遥かに長い滑る距離。角度も急なものが多いし、何度も曲がりくねっている滑り台も。
 こんな滑り台、怖くて滑れそうにない、と思いながらも説明文を興味津々で読み進めたら…。
(二人乗り禁止…)
 そう書かれていた、チューブ型をした滑り台。強化ガラスで出来ているのか、透明なチューブ。滑ってゆくのはチューブの中で、七階建ての高さがあるという。チューブの一番上の所は。
 其処から下の地面に向かって、螺旋状になっているチューブ。くるくると何度も回って滑って、地面に着くまでチューブの中。
(どんどんスピードがついちゃうんだから…)
 透明なガラスの外の景色を楽しむ余裕は無いらしい。くるくる回ってゆくだけで。下へ下へと、ぐんぐん滑ってゆくだけで。
 その滑り台は二人乗り禁止。チューブ型になっているからだろうか。他のと違って。



 わざわざ書かれた「二人乗り禁止」の注意書き。チューブ型をした滑り台の説明文だけに。
(禁止って書いてあるんだから…)
 きっと他のは二人乗りをしてもいいのだろう。山の斜面を真っ直ぐ滑ってゆく滑り台も、何度も急なカーブを曲がって長い距離を滑ってゆくものも。
 公園にある滑り台で見かける二人乗り。幼い子供を膝に乗っけた大人もそうだし、子供が二人で滑るのもある。友達の膝に乗った形で、二人一緒に。
(小さかった頃に…)
 友達がやっているのを見ていた。公園でも、幼稚園にあった滑り台でも。二人同時に滑り始めて歓声を上げていた友達。それは楽しそうに。
 幼かった自分は、怖くてやらなかったのだけれど。一人なら上手に滑れるけれども、二人乗りの方は自信が無かった。下に着いたら放り出されそうで、転んで泣き出してしまいそうで。
 その二人乗りが出来るらしいのが、大人用だという滑り台。チューブ型だと禁止だけれど。
(…ハーレイと二人で滑るんだったら、平気かな?)
 幼かった頃の友達よりも、ずっと頼りになるのがハーレイ。あの強い腕で抱えてくれるし、下に着いても放り出されはしないだろう。ハーレイが両足で踏ん張ってくれて、きちんと着地。
(うんとスピードがついていたって、ハーレイだったら大丈夫だよね?)
 二人揃って放り出されても、ハーレイが守ってくれると思う。地面に転がらないように。落ちて痛い目に遭わないように。
 そういえば、子供時代に両親と出掛けたプールで見ていた。お父さんの膝の上に座って、颯爽とプールに滑ってゆく子供たち。プールに繋がる滑り台の上を、楽しそうな声を上げながら。
 滑り降りたらプールが待っているから、派手に上がった水飛沫。お父さんと子供の二人分。
(パパに「滑るか?」って誘われたけど…)
 やっぱり怖くて遠慮した。公園のよりもずっと大きな滑り台。おまけに下はプールだから。
 でも、大人用の滑り台を知った今だったら…。
(ハーレイと滑ってみたいかも…)
 そんな気持ちになってきた。ハーレイと二人乗りで滑ってゆきたい気分。人生初の二人乗り。
 いつかデートに行けるようになったら、滑ってみるのも悪くない。ハーレイだったら安心できる二人乗り。放り出されてしまいはしなくて、痛い思いもしないだろうから。



 ちょっといいよね、と思う大人用の滑り台。子供用のよりも長い距離を滑る、なんだか怖そうな滑り台ではあるけれど…。
(もしかしたら、デートに人気なのかもね?)
 大人が二人乗りをするなら、デートの時にも使えそう。女性だけなら「怖くて無理!」と悲鳴を上げる所を、エスコートする男性たち。「一緒に滑れば怖くないから」と。
 そうして二人で滑り降りたら、女性の目には頼もしく映る自分の恋人。しっかり支えて、下まで守ってくれたのだから。凄いスピードで滑る間も、ゴールで地面に着いた時にも。
 きっとそうだ、と考えながら戻った二階の自分の部屋。新聞を閉じて、空のカップやお皿を母の所に返した後で。
(デート用に作ったヤツじゃなくても…)
 恋人同士で二人乗りをすれば素敵だよね、と夢が膨らむ滑り台。子供用ではなくて、大人用。
 勉強机の前に座って、さっきの記事を思い出す。チューブ型は二人乗り禁止だけれども、他のはどれも出来そうだから。ハーレイと一緒に出掛けて行ったら、人生初の二人乗りが。
(ハーレイが来たら、頼んじゃおうっと!)
 いつか大人用の滑り台を二人で滑ること。ハーレイの膝に乗せて貰って二人乗り。どんなに急な角度だろうが、曲がりくねって降りてゆこうが、ハーレイと一緒なら大丈夫。
(怖くなっても、ハーレイと一緒…)
 ハーレイの腕が支えてくれていたなら、直ぐに消えるだろう怖さ。「一人じゃないよ」と、強い腕をキュッと掴んだりして。「ハーレイと一緒」と、腕の温もりを確かめて。
 それにハーレイの膝の上なら、背中にもきっと確かな温もり。包み込んでくれているハーレイの身体。膝の上の恋人を離さないよう、けして落としてしまわないよう。
(子供同士の二人乗りとは違うものね?)
 とても頼りになるハーレイ。そのハーレイと滑らない手はないだろう。大人用に出来ている滑り台。仕事の帰りに寄ってくれたら、早速、注文しなくては。「行ってみたいよ」と。
 今日は訪ねて来てくれなければ、「滑り台」とメモに書いておく。それだけだったら、母が目にしても掴めない意味。「滑り台って、何のことかしら?」と思うだけ。
 まさかデートだと気付きはしないし、ハーレイに頼める日がやって来るまでメモを一枚。とても素敵なデートの計画、それをリクエストしないなんて考えられないから。



 二人で滑り台に行くんだものね、と大きく夢を描いていたら、聞こえたチャイム。大人用の滑り台に行こうと頼みたい恋人、ハーレイが仕事の帰りに来てくれたから、高鳴った胸。
 早くハーレイに頼まなくちゃ、とテーブルを挟んで向かい合うなり切り出した。滑り台のこと。
「あのね、ハーレイ…。ぼくを滑り台に連れてってくれる?」
 今じゃなくって、もっと大きくなってから。…ハーレイと出掛けられるようになったら。
「はあ? 滑り台だって…?」
 公園のか、と訊き返された。何処の公園にも滑り台はあるし、公園に行ってみたいのかと。
「そうじゃなくって、もっと大きな滑り台だよ。公園にあるのとは比べられないくらいにね」
 大人用の滑り台が幾つもあるんだって。今日の新聞に記事が載ってて、山の斜面を真っ直ぐ滑り降りるヤツとか、くねくね曲がって降りてゆくのとか…。ホントに色々。
 二人乗りは禁止っていうのも載っていたから、それ以外のはきっと二人乗りでも大丈夫。
 だから、二人乗りが出来る滑り台に行ってみたいんだけど…。
 連れて行ってよ、と頼んだデート。大人用に出来ている滑り台を、ハーレイの膝に座って滑ってみたいから。後ろからしっかり抱えて貰って、ぐんぐんスピードがついてゆく中を。
「大人用の滑り台で二人乗りなあ…。要するに、滑り台でデートってか?」
 出掛けるカップルも多いからな、と微笑むハーレイ。「新聞に書いてあったのか?」と。
「デートのことは載っていなかったけれど…。あれってやっぱり、デート用だったの?」
 二人乗りをするためにあるの、と確かめてみた。子供の心に戻って楽しむ人より、デートに行く人が多いのだろうか、と。…二人乗りは禁止の場所はともかく。
「そういうわけでもないんだが…。少ないってこともない筈だぞ」
 お前が記事で読んだ通りに、二人乗り禁止のヤツもあるから、純粋に楽しむ人だって多い。子供時代に帰ったみたいに、上から下まで滑ってな。
 しかし、デートに使うヤツらも多いんだ。それを狙って、途中で合流できるタイプもあるから。
 別々の場所から滑り始めて、タイミングが合えばちゃんと出会える。滑り台の途中で。
 運試しだな、と教えて貰った滑り台。恋人同士が其処で出会えば、続きは二人乗りで降りたり。
「合流できるヤツもあるんだ…」
 その滑り台なら、本当にデートにピッタリだよね。
 上手く出会えて二人一緒に滑って行けたら、とても息の合うカップルってことになるんだもの。



 色々なのがあるらしい、と思った大人用の滑り台。新聞に載っていた滑り台の他にも。その上、デートに使うカップルも多いのだったら、是非ハーレイと出掛けなければ。
「滑り台…。デート用なら、ホントにハーレイと行ってみたいな」
 今は無理だけど、前のぼくと同じ背丈になるまで育ったら。ハーレイと一緒に滑り台でデート。
 連れて行ってよ、と強請ってみた。ハーレイと二人で行ってみたくて、メモまで書こうと思ったくらいなのだから。ウッカリ忘れてしまわないように。
「大人用に出来てる滑り台なあ…。あれもなかなか凄そうではある。俺は経験してないが」
 男ばかりでワイワイ出掛けて、滑ってるヤツも多いんだ。なにしろ大人用だしな?
 度胸試しと呼ぶのが丁度いいような、とんでもない滑り台も幾つもあるもんだから。山の上から下までにしても、急な角度で一気に滑り降りるヤツだと、スリリングだろうが。
 途中で何度も止まりながら降りてゆくなら別だが、と挙げられた例。自分でブレーキをかけない限りは、ぐんぐん上がってゆく速度。終点が近付いて、傾斜が緩やかになるまでは。
「そうみたいだけど…。怖そうなのも多かったんだけど…」
 ハーレイと一緒に行くんだったら、そういうヤツでも平気かな、って。…二人乗りなら。
 膝の上に乗せて貰って滑るんだったら、ハーレイ、支えてくれるでしょ。ぼくがブルブル震えていたって、ギュッと抱き締めてくれたりして。…ぼくを背中から。
 ぼく、一回も二人乗りをしたことがなくって…。滑り台は何度も滑ったのにね。
 ホントに一度もやっていないよ、と白状した。「怖そうだったから、見ていただけ」と。
「そうなのか? 友達同士でやるんだったら、それも分かるが…」
 子供同士の二人乗りだと、相棒はアテにならんしな。滑り降りた途端に団子になって、二人ともコロコロ転がっちまうのはよくあることだ。お前も多分、それを何度も見たんだろう。
 だからだ、子供同士でやっていないというのは分かるんだが…。お父さんともやってないのか?
 本当にただの一度も無いのか、と尋ねられたから頷いた。
「覚えてないほど小さい頃なら、やっていたかもしれないけれど…。ママとだって。でも…」
 小さい頃にね、プールに行ったら滑り台があって…。滑って行ったらプールに落ちるヤツ。
 「滑らないか?」ってパパに誘われたけれど、怖そうだから逃げちゃった…。
 だってプールに落っこちるんだよ、滑った後は。凄い水飛沫が上がるんだから。



 凄い速さで水の中に落ちてゆくなんて…、と怖かった幼かった頃。楽しそうに滑る他の子たちが英雄に見えた。プールにザブンと突っ込んだって、誰もが笑顔だったのだから。
「今のお前なら、そうなるのかもしれないなあ…。お父さんが側についていたって」
 滑るのも怖くて、滑り降りた後に突っ込むプールも怖かった、と。
 ごくごく普通の滑り台でも、二人乗りが駄目な子供だったんだし…。プールのはもっと恐ろしく見えても仕方ないよな、大きくてスピードも出るヤツだから。
 お前、前のお前よりもずっと弱虫になっちまってるし、滑り台でも怖いんだなあ…。
 二人乗りだの、プールについてる滑り台だのが…、とハーレイは可笑しそうな顔。ソルジャーと呼ばれていた筈なのにと、「ソルジャー・ブルーは、今でも英雄なんだがな?」と。
「うん…。前のぼくなら、滑り台は怖くなかったよ、きっと」
 子供時代の記憶は失くしてしまっていたから、小さかった頃のことまでは分からないけれど…。
 今のぼくとそっくりだった頃でも、滑り台くらいはホントに平気。どんなヤツでも。
 ハーレイに頼んで二人乗りをしなくても、一人で滑って行けたと思うよ。度胸試しをするような凄い角度の滑り台でも。うんと高くから、凄い速さで滑るヤツでも。
 前のぼくなら、スピードも高さも気にしないもの。空を飛んでたくらいだから。
 ジョミーを追い掛けて衛星軌道まで昇っていたって怖くなかった、と今も鮮やかに思い出せる。足の下には何も無くても、恐ろしさを感じはしなかった。落ちたら死ぬような高さでも。其処まで空を駆けてゆく時、凄い速さで飛んでいたって。
「前のお前か…。チビの頃から凄かったんだが、つくづく弱くなったな、お前」
 俺と初めて出会った時には、今と変わらん姿だったが…。チビの子供だと思い込んだくらいに。
 それでも強くて、メギドの炎で燃えてる中でも走ってたくせに…。今のお前とは大違いだ。
 今のお前が怖がってるのは、たかだか滑り台だろうが…、って、また滑り台か。
 滑り台なあ…、とハーレイは顎に手を当てた。「滑り台とも縁が深いようだ」と。
「え? 滑り台って…?」
 縁が深いってどういうことなの、ぼく、滑り台の話をしたっけ…?
 大人用の滑り台じゃなくって、公園とかにある滑り台。ハーレイと何か話をしてた…?
 いつかデートで滑りに行こう、って約束したとか、そういうので…?



 あったかな、と探ってみる記憶。ブランコだったら誘ったけれども、滑り台の方はどうだろう?
 公園にある滑り台では、滅多に見掛けない大人。いたとしたなら子供の付き添い、二人乗りして滑ってゆくだけ。滑り台と言えばそういうものだし、ハーレイと行きたいと思うだろうか…?
 誘うとは思えないけれど…、と自分でもまるで分からない。どうして縁が深いというのか、また滑り台だと言われるのか。
 そうしたら…。
「滑り台の話を俺にしたのは、お前だ、お前。間違いなくお前なんだがな…」
 お前ではなくて、前のお前の方だった。滑り台だ、と言い出したんだ。前の俺にな。
 覚えてないか、と訊かれた滑り台のこと。白いシャングリラでの話だというから、ますます謎が深まった。今ならともかく、前の自分が生きた頃。おまけに白い鯨だなんて、と。
「あのシャングリラで滑り台って…。そんなの、何処にあったっけ?」
 色々な設備があった船だけど、大人用の滑り台なんかは覚えてないよ。無かったんじゃないの?
 それとも、ぼくが忘れてるだけで、船の何処かにあったのかな…?
 誰かが作った滑り台、とハーレイに疑問をぶつけてみた。ハーレイは覚えている滑り台。何処にあったか、誰が作った滑り台のことを言っているのかと。
「勘違いするなよ、俺は滑り台としか言っていないぞ。大人用だとは言わなかったが…?」
 シャングリラにそんな粋な遊具は無かったな。大人用の滑り台なんかは誰も作っちゃいない。
 大人用のがあるわけがないが、子供用ならあっただろうが。ごくごく普通の滑り台がな。今でも幼稚園とかに置いてる、屋内用の小さなヤツ。
 養育部門にあった筈だぞ、とハーレイが挙げた滑り台。それなら自分の記憶にもある。鮮やかな色で塗られた、小さな子たちに人気の遊具。いつも順番待ちだったっけ、と。
「小さいの…。それなら覚えているけれど…」
 あれと前のぼくがどう繋がるわけ、ぼくは滑り台で遊んでいないよ?
 子供たちが並んで順番を待っているのに、ソルジャーが一緒に並んじゃったら可哀想じゃない。
 順番が回るのが遅くなるよ、と前の自分の記憶を辿る。滑り台で遊んではいない、と。
「それはそうだが、お前、子供たちとよく遊んでいたから…」
 ソルジャーの仕事は多くないしな、養育部門で子供たちと遊ぶのを仕事代わりにしてただろう?
 そいつが問題だったんだ。毎日のように通っていたなら、色々な遊びを覚えちまうから…。



 二人乗りもその一つなんだ、とハーレイが口にした言葉。さっき頼んでいた二人乗り。大人用の滑り台でしたいと、今のハーレイに今の自分が。
「前のお前も、二人乗りってヤツを見ちまったわけだ。養育部門にあった滑り台で」
 船に来た子たちは、外の世界で遊んでいたのと同じように遊ぶわけだから…。船で新しく出来た友達と、昔から一緒だった友達みたいに。
 そうやって誰かが持ち込んだんだな、滑り台でやる二人乗りを。一人で滑るより楽しいから、と船に前からいた誰かを誘って。「一緒に滑ろう」と声を掛けて。
 そんな具合に始まったんだ、と聞かされた二人乗りのこと。養育部門にいた子供たちが、ある日始めた滑り台を二人で滑り降りる遊び。
「思い出した…! 最初にやったの、誰だったのかは覚えてないけど…」
 ぼくが遊びに行った時には、すっかり人気になってたんだよ。二人一緒に滑り降りるのが。
 ヒルマンが「怪我をしないように気を付けなさい」って注意してたけど、みんな知らんぷり。
 二人で滑るのはとても楽しいから、注意なんか聞きもしなくって…。下まで滑って、止まれない子もいたけれど…。コロンと転がったりもしていたけれども、それでも誰もやめないんだよ。
 よっぽど楽しかったんだね、と子供たちの笑顔が蘇る。大はしゃぎだった子供たち。二人乗りで滑って床にコロコロ転がっていても、懲りずに滑り台の列に並んで、また二人乗り。
 幼かった自分も何処かで滑っていただろうか、と考えたのが始まりだった。滑り台で二人乗りをするということ。一人で滑ってゆくのではなくて、二人で一組。
 養父母の家で暮らした頃には、自分も友達とあんな風に滑っていたのかも、と。
 滑り台を一緒に滑った友達。二人で列にきちんと並んで、順番が来たら二人乗り。一緒に滑って下に着いたら転がったりして、滑り台を楽しんでいただろうか、と。
(でも、友達の記憶は無くって…)
 何も覚えていなかった自分。子供時代の記憶は消されて、何一つ残っていなかった。
 成人検査と、その後に続いた過酷な人体実験と。それらが奪い去った過去。育ててくれた養父母たちも、育った家も、一緒に遊んだ友達も、全部。
 それでは覚えているわけがない。滑り台で遊んだ時の思い出も、誰が一緒にいたのかも。二人で滑って遊ぶ友達、仲のいい子がいたのかさえも。
 二人乗りをしてはしゃぐ子たちは、楽しそうなのに。自分もしたかもしれないのに。



 どうしても思い出せない友達。子供時代に滑り台で遊んでいた記憶。二人乗りをして滑ったかもしれない滑り台。目の前ではしゃぐ子供たちのように。
 けれど記憶は残っていなくて、一番古い友達と言えばハーレイ。燃えるアルタミラの地獄の中を二人で走って、大勢の仲間を助けた時から。…初めて出会ったミュウの仲間で、一番の友達。
 シャングリラで長く一緒に暮らして、今では恋人同士になった。誰よりも愛おしい人に。いつも一緒にいたいくらいに、大切に想う恋人に。
(ハーレイと滑ってみたいよね、って…)
 二人乗りで滑る子供たちの姿を見ている間に、そういう夢が浮かんで来た。何度も何度も二人で滑る子供たち。列に並んでは、二人一緒に。それは楽しそうに、歓声を上げて。
 子供時代の記憶は失くしてしまったけれども、ハーレイと二人で滑れたらいい。恋人同士の二人だったら、友達同士で滑るよりもずっと素敵だろう。息がピタリと合う筈だから。
(それに一番古い友達…)
 長い年月を共に生きたし、最高の友達でもあったハーレイ。恋人同士になった後にも、恋をしたことは誰にも言えない。ソルジャーとキャプテンだったから。皆の前では、あくまで友達。
 そのハーレイと滑ってみたい滑り台。子供たちがやっているのと同じに、二人乗りで。
 ハーレイの膝に乗せて貰って、滑り降りたらきっと楽しい筈。子供時代に帰ったみたいに、心が弾んで。もう覚えてはいない昔に、心だけが飛んで戻ったようで。
(…ハーレイと滑ってみたかったのに…)
 恋人同士で滑りたいのに、子供用の滑り台しか無かった船。滑り台で遊ぶのは子供たちだけ。
 その滑り台では小さすぎるから、ハーレイと一緒に滑るのは無理。細くて華奢な自分だけなら、滑れないこともないけれど。幅が狭くても、直ぐに下まで着いてしまっても。
 自分一人なら滑れるけれども、肝心のハーレイには小さすぎるのが滑り台。船で一番体格のいいハーレイの身体は、滑り台の幅より大きいだろう。どう考えても。
(それに体重も、うんと重くて…)
 子供たちなら何人分になるのだろうか。ハーレイが一人いるだけで。
 そんなハーレイが乗ろうものなら、滑り台はきっと壊れてしまう。まだ滑ろうともしない内に。上に登ろうと階段に足を乗せた途端に、壊れる音が響きそう。何かが割れる鈍い音とか、砕け散る音がするだとか。



 これは駄目だ、と諦めざるを得なかった滑り台。「ハーレイはとても滑れない」と。二人乗りで滑って遊びたいのに、ハーレイが乗ったら壊れてしまう滑り台。階段に足を掛けただけでも。
 子供たちのための滑り台では、ハーレイの体重に耐えられない。子供たちが遊ぶためには、充分頑丈なのだけど。華奢な自分の体重だったら、きっと支えてくれるのだけれど。
(だけど、ハーレイは無理だから…)
 ガッカリしながら部屋に帰った。子供たちと別れて、青の間へと。
 夜になったらハーレイが訪ねて来るのだけれども、その時間にはまだ早い。キャプテンの仕事は多忙なのだし、夕食もとうに終わった頃しか来てはくれない。この時間なら、ブリッジだろう。
 まだまだ来てはくれやしない、と一人、ハーレイを待っている間に眺めたスロープ。ゆったりと優美な弧を描きながら、入口まで続いている通路。ベッドが置かれたスペースから。
 スロープと言っても緩やかな傾斜で、滑り台のように滑ってゆけはしないけれども…。
(此処に滑り台…)
 ついていたなら良かったのに、と思ったのだった。同じスロープを設けるのならば、そのための傾斜を利用して。入口とベッド周りのスペース、その高さの差を活用して。
(滑り落ちたりしたら駄目だし、わざわざカーブをつけてあるわけで…)
 最短距離で入口とベッドの所を結ぶのならば、滑り台のようなものになるのだろう。上るのには不向きで、不評でも。横に階段を設けなければ、歩いて上れはしなくても。
(下りるだけなら、滑って行くのが早い筈だよ)
 アッと言う間に入口に着くし、スロープを下りるより遥かに早い。もっとも、誰も使いたがりはしないだろうけれど。ソルジャーの私室から滑り台を使って退出するなど、失礼だから。
 けれども、子供たちは別。滑り台を使って遊んでいたって、子供たちなら許される。ソルジャー自ら招待したなら、「遊んでいいよ」と許したならば。
 もしも滑り台が此処にあったら、ハーレイと二人で滑って遊べて、最高の気分。二人乗りで。
(どうせ、こけおどしの部屋なんだから…)
 滑り台をつけておいても良かった筈。入口まで真っ直ぐ滑れるものを。
 やたら口うるさいエラやゼルたちにも、子供たちを遊ばせてやるためのものだ、と言えば意見も通っただろう。いつか来るだろう、子供たち。
 子供は希望の光だから。来てくれる日などはまるで見えなくても、子供は未来なのだから。



 そう考えたら、あれば良かったと思う青の間の滑り台。ハーレイと二人乗りで滑れて、幾らでも遊べる頑丈なもの。ソルジャーの私室に作るのだったら、本格的なものになる筈だから。
 強度も素材も検討を重ねた、それは立派な滑り台。青の間でも見劣りしないようにと、見た目も美しいものを。透き通ったガラスで出来ているとか、ぼんやりと青く発光するとか。
(絶対、凄いのを作ってた筈で…)
 不可能ではなかった技術力。白い鯨を作れるのだから、滑り台くらいは容易いこと。たった一言頼みさえすれば、滑り台はきっと出来ていた。青の間の中に。
 その筈なのだ、と思い始めたら、もう止まらない滑り台への夢。入口まで滑ってゆける、それ。
 だからハーレイが来るのを待って、自分の夢を口にした。キャプテンの報告が終わった後で。
 青の間の入口の方を指差し、「あそこに滑り台が欲しかった」と。
「滑り台…ですか?」
 子供たちが遊んでいる遊具でしょうか、と怪訝そうな顔で返したハーレイ。その滑り台を此処に作ると仰るのですか、と。
「そう思ったんだけどね? 滑り台は君も見ているだろう。養育部門で」
 今の流行りは二人乗りだよ、二人一緒に滑って行くのが人気なんだ。二人一組で滑り台をね。
 此処に滑り台がありさえしたなら、君と二人で滑ってゆける。君の膝の上に、ぼくが座って。
 そうやって君と二人で滑れば、きっと楽しいだろうから…。
 養育部門の滑り台だと、壊れてしまって無理なんだよ。君の体重が乗っかったなら。それに滑り台の幅も狭いし、君の身体じゃ滑れない。…ぼくはなんとか滑れそうだけれど。
 君も無理だと思うだろう、と問い掛けた。「あそこの小さな滑り台では」と。
「ええ、壊れると思います。…こういう身体ですからね」
 あなたの仰る二人乗りなら、私も先日、見掛けました。楽しそうな遊びがあるものだ、と。
 ですが、あなたと二人で滑ろうという考えまでは…。素敵だろうとは思いますが。
 ああいう遊びが出来たなら、とハーレイも心を惹かれたらしい二人乗り。滑り台を二人で滑ってゆくこと。膝の上に恋人を座らせておいて、一緒に滑る滑り台。
「ほらね、滑り台が此処にあったら良かったんだよ」
 青の間に作ることになったら、きっと頑丈だろうから…。幅もゆったりしたもので。
 でないと見劣りしてしまうからね、この部屋では。やたら大きくて、無駄に立派な造りだから。



 此処に作った滑り台なら、大人も充分遊べたんだ、とハーレイに向かって語った夢。二人乗りで何度も滑って遊べて、素敵な気分になれただろうと。
「君と二人で過ごす時には、ぼくたち専用になるんだけれど…。二人きりの滑り台だけど…」
 昼の間は、子供たちのために開放してね。「好きに滑って遊べばいいから」と。
 いくら青の間がソルジャーの部屋でも、子供たちなら遊びに来たっていいだろう?
 堅苦しい礼儀作法は抜きで、と微笑んだ。子供たちとは、普段から遊んでいたのだから。
「お気持ちはよく分かるのですが…。今から整備は出来かねます」
 シャングリラの改造はとうに終わっていますし、この青の間も完成してから長いですから…。
 工事用につけてあった照明も全て撤去してしまった後です。なのに大規模な改修などは…。
 それが必要な時期になったら、皆も考えはするのでしょうが…。今の所は、メンテナンスだけで充分です。この状態で、数百年は軽く持つかと思われますので…。そのように作りましたから。
 それを改修するとなったら、ゼルたちもきっとうるさいでしょう。どう不都合があったのかと。
 まして遊びの道具など…。滑り台を此処に作りたいからと、皆に提案するなどは…。
 子供たちがどんなに喜びそうでも、難しいかと、と答えたハーレイ。恋人ではなくて、この船を預かるキャプテンの貌で。「私は賛成いたしかねます」と。
「分かっているよ。君の答えがそうなることも、ぼくには最初から分かっていたんだ」
 賛成するようなキャプテンだったら、誰もついては行かないだろう。ぼくも信頼しはしない。
 「駄目だ」と止める君だからこそ、ぼくの友達で恋人なんだよ。…誰よりも大切で、ぼくの命も心も丸ごと預けておくことが出来る。…君にだったら。
 だから余計に残念なんだよ、君と滑り台を一緒に滑れないこと。二人乗りでは滑れないこと。
 もっと早くに言えば良かった、此処に滑り台を作りたいと。そしたら、君と滑れたのに。
 設計していた段階で言えば、通っただろうと思うんだけどね。…無茶なようでも。
 絵本を残していたのと同じで、いつか来るだろう子供たちのために、と。
 そうすれば良かった、と後悔しきりな滑り台。青の間には作れるスペースがあって、入口までの滑り台を設けられたのに。作ろうと思いさえすれば。最初から提案していれば。
 「子供たちのために」という理由だって、誰も反対しなかった筈。
 子供たちが来るとは思えない船に、絵本が積まれていたのだから。いつか子供が船に来たなら、読んでくれるだろう絵本。未来のために残しておこうと、絵本は廃棄しないようにと。



 子供たちの影さえ見えない頃から、絵本があったシャングリラ。白い鯨ではなかった時代から。
 シャングリラはそういう船だったのだし、滑り台も可能だったろう。青の間の中に、子供たちのための滑り台を作っておくということ。それは大きな滑り台を。
「入口からは、これだけの高さがあるんだから…。きっと凄いのが作れたんだよ」
 子供たちが何度も滑って行っては、また上って来て滑って行ける滑り台。養育部門の小さな滑り台より、ずっと大きくて楽しいのをね。
 ぼくたちだって滑れるような…、と夢の滑り台を描いてみる。心の中で。其処にあったら、どう見えたかと。透明なガラスの滑り台だったか、ほんのりと青く光っていたかと。
「そうですね…。いい遊び場になったことでしょう。船の子供たちの」
 此処に来れば大きな滑り台で遊べる、と子供たちが毎日来たのでしょうね。小さな滑り台なら、少し大きな子たちは見向きもしませんが…。そんな子たちも来ていたでしょう。
 あなたが滑ってみたいとお思いになられたように…、とハーレイが口にする通り。年かさの子はもう滑り台では遊ばないけれど、大きな滑り台なら別。まだまだ遊びたい盛りなのだし、滑り台が充分大きかったら、きっと遊びにやって来た筈。この青の間まで。
「…どうして思い付かなかったんだろう?」
 滑り台を作ればいいということ。…この部屋だったら、とても大きなのが作れたのに。
 今のぼくでもハーレイと一緒に滑りたくなるほど、滑り台は素敵なものなのに…。
 二人乗りで滑りたいんだけどね、と言い添えた。自分一人で滑っていたって、それほど心躍りはしない。楽しくはあっても、「滑り台が欲しい」と思うほどには。
 けれど子供たちが遊ぶ姿は何度も見ていて、いい遊具だと眺めていた。二人乗りという遊び方が登場する前も。一人ずつ順番に滑って行っては、並び直すのを見ていた頃も。
 あの素晴らしい遊具を作れただろう空間。その青の間を設計する時、放っておいたのだけれど。出来上がった図面に目を剥いたけれど、滑り台くらいの意見は挟めた。その気があれば。
 それなのに思い付かずにいたなんて…、と零した溜息。「どうしてだろう?」と。
「記憶をすっかり失くしてしまわれたからですよ。子供時代の記憶を全部」
 滑り台で遊んだ楽しい記憶をお持ちだったら、事情は変わっていたでしょう。…私もですが。
「そうかもしれない…。ぼくも、君もね」
 こういう部屋だと分かっていたって、記憶が無いなら仕方ない。滑り台で遊んだ頃の記憶が。



 まるで覚えていない遊具は、直ぐに浮かびはしないだろう。知識の形で持っていたって、直ぐに使えはしないから。「この部屋だったら作れそうだ」と。
 人は幾つもの経験を重ねて、それを役立てて生きてゆくもの。滑り台も同じだったろう。遊んだ記憶を持っていたなら、「此処に作れる」とピンと来た筈。自分も、それにハーレイだって。
 でも…、と残念でならない滑り台。此処に滑り台がありさえしたなら、ハーレイと二人で滑って遊べた。二人乗りをして何度も滑って、それは幸せに。
「…滑り台、此処に欲しかったよ…。今から作れはしないんだけどね」
 それさえあったら、君と一緒に滑れたんだ。子供たちが始めた、あの二人乗りで。
 君の膝の上に乗せて貰って、真っ直ぐ下まで滑って行って。…また上って来て、また滑って。
 きっと楽しく遊べただろうに、と夢でしかない滑り台を思う。透明なガラスで出来ていたのか、内側から青く光っていたかと。
「それがあなたの夢なのですね。…私と一緒に、二人乗りで滑ってゆくということ」
 では、いつか。…地球に着いたら、二人乗りで滑ってみましょうか?
 あなたが転がって行ってしまわれないよう、私がしっかり抱えますから。下に着くまで。
 ご安心下さい、と笑みを浮かべたハーレイ。「初心者でも、なんとかなりますよ」と。
「滑り台、地球にはあるのかい?」
 ハーレイが乗っても壊れないくらい、頑丈に出来ている滑り台が…?
「育英都市には無いようですが、大人社会には大人用のがあるそうですよ。娯楽のために」
 私もデータしか知りませんから、それが地球にもあるかどうかは分かりませんが…。
 大人たちが暮らす他の星しか、滑り台は無いかもしれないのですが…。ノアのような星ですね。
 地球は人類の聖地ですから、とハーレイは言ったけれども、皆が焦がれる星が地球。住みたいと夢を見ている星。青い地球なら、何処よりも暮らしやすいのだろうから…。
「娯楽のための滑り台なら、きっと地球にもあると思うよ。人類が住んでいるんだから」
 それで滑ろう、地球に着いたら。君と一緒に、二人乗りをしてね。
 何処にあるのか見付け出したら、直ぐに滑りに行かなくちゃ。…君と二人で、船を降りてね。
 もうソルジャーでもキャプテンでもない二人だから、と交わした約束。
 いつの日か地球に辿り着いたら、ソルジャーもキャプテンも役目を終える。ただのミュウでしかなくなるのだから、その日が来たなら出掛けてゆこうと。…滑り台を滑って遊ぶために。



 シャングリラが青い地球に着いたら、ミュウの時代がやって来る。ソルジャーもキャプテンも、必要とされない平和な時代が。
 その時が来たら、二人一緒に滑り台を滑って遊ぶこと。それがハーレイと交わした約束。
「サイオンは抜きでお願いしますよ、私は無茶は御免です」
 とんでもない速さで滑り降りられたら、いくら私でも腕が緩むかもしれません。あなたを抱えている筈の腕が外れてしまって、二人乗りが崩れてしまうとか…。
 お一人で滑ってゆかれたのでは、二人乗りにはならないでしょう、と困った顔をしたハーレイ。お手柔らかにお願いしますと、「どうか普通の速さで」と。
「大丈夫。凄い速さで滑ったりはしないよ、それじゃ滑り台を楽しめないしね」
 せっかく二人で滑っているのに、アッと言う間に終わったのでは…、と前の自分は夢見ていた。いつか地球まで辿り着いたら、滑り台を滑って遊ぼうと。ハーレイと二人乗りをしようと。
 ハーレイが「前のお前だ」と言ったお蔭で、蘇って来た滑り台への夢。前の自分が描いた夢。
「…これって、前のぼくのせいかな? 滑り台に行きたくなっちゃったのは」
 新聞の記事を読んでいる内に、いつかハーレイと一緒に行こうとぼくが思ってしまったのは…。
 デートの約束、今の内からしておかなくちゃ、って。
「どうだかなあ? 俺も其処までは分からんが…。ただの偶然かもしれないが…」
 それでも、前のお前だった頃からの夢の一つには違いない。俺と一緒に滑り台に行く夢。
 前のお前とも約束したから、そういうことなら行くとするかな。…お前が大きく育ったら。
 俺が車を出してやろう、と乗り気になってくれたハーレイ。滑り台へデートに行くことに。
「いいの?」
 ぼくのお願い、聞いてくれるの、うんと弱虫のぼくなんだけど…。二人乗りをしていないほど。
 パパに誘われても逃げたくらいで、ホントに初心者。…一度もやっていないから。
「なあに、そいつは前の俺でも同じだってな」
 初心者だからお手柔らかに、と前のお前に頼んでいたぞ。サイオンは抜きで、と前の俺がな。
 今の俺なら、初心者なんかじゃないんだが…。
 お前も知っての通りの悪ガキ、子供時代は元気一杯に走り回っていたわけだから…。
 もちろん二人乗りもしてるし、もっととんでもない滑り方だって経験済みだ。
 たまにいるだろ、後ろ向けで滑って降りてゆくヤツ。ああいうのとか、他にも色々とな。



 今度は俺に任せておけ、と頼もしい言葉を貰えた滑り台を二人乗りで滑ること。今のハーレイは二人乗りのプロで、もっと色々な滑り方もしていたようだから。悪戯小僧がやりそうなことを。
「今の俺たちなら、堂々と滑りに行けるからな。お前が大きくなりさえしたら」
 地球に着いたらなんて言っていないで、きちんと結婚できるってわけで…。お前がそういう年になったら、俺がお前にプロポーズして。
 結婚するような二人なんだぞ、滑り台を二人で滑るくらいは普通だ、普通。遠慮しなくても。
 青の間に滑り台があったら良かったのに、なんて考えては溜息をつかなくても。
 何処の滑り台に滑りに行くのも自由だからな、とハーレイがパチンと瞑った片目。何処で二人で滑っていたって、誰からも文句は出はしない。顔を顰める人だって。
「ホントだね…。デートで二人で滑っている人、大人用の滑り台には多いんだものね」
 ぼくたちが二人で滑っていたって、カップルなんだし当たり前…。少しも変じゃないんだもの。
 それに地球だよ、前のぼくたちが約束していた、本物の地球にある滑り台。
 前のぼくたちが生きた頃には、青い地球は何処にも無かったんだけど…。
「まったくだ。今ならではの大きな滑り台だよな、本物の地球の上にあるのは」
 よしきた、いつかお前と一緒に出掛けて行こう。大人用の滑り台、二人乗りして滑るためにな。
 ついでに芝生も滑ってみるか、と不思議なことを訊かれたから。
「芝生って…?」
 なあに、とキョトンと見開いた瞳。芝生を滑るとは、何なのだろう?
「そのまんまの意味になるんだが…。文字通り芝生を滑って行くんだ。滑り台みたいに」
 専用の橇を貸して貰って滑れるのさ。雪じゃなくても、芝生の上を。面白いほど滑るんだぞ?
 俺はガキの頃にレジャーシートで滑ってたがな、とハーレイが教えてくれた芝生の遊び方。雪の上を橇で滑るみたいに、芝生の上を滑ってゆくのだという。もちろん二人乗りだって。
「それ、やりたい…!」
 芝生の上も滑ってみたいよ、ハーレイと橇に二人乗りをして。
 それにね、雪の上で滑る橇にも乗ってみたいんだけど、と強請って約束。
 滑り台を二人乗りで滑って楽しんだ後は、二人で橇に乗るんだから、と。芝生の上を滑ってゆく橇も、真っ白な雪の斜面を滑って走る橇にも。



 約束だからね、と強引に小指を絡めてやった。恋人の無骨な褐色の小指に。
「いいでしょ、地球に来たんだから。うんと欲張って、橇に乗っても」
 二人乗りが出来る滑り台もいいけど、橇だって地球だから乗れるんだし…。芝生のも、雪のも。
 だから乗せてよ、と約束した橇。芝生の上を滑る橇にも、雪の上の橇にも乗るんだから、と。
「それはかまわないが…。風邪を引くなよ、雪の上の方は」
 寒いんだからな、雪が積もるということは。ちゃんと暖かくして、俺にしっかりくっついてろ。
 それから無理をしないことも…、とハーレイは注意を続けるけれど。
「風邪くらい別に引いたっていいよ、ハーレイが看病してくれるもの」
 前のぼくだった頃から大好きだった、野菜スープを作ってくれて。シャングリラ風のを。
 あれをコトコト煮てくれるんでしょ、ぼくが寝込んでしまった時は…?
「こらっ! 何が野菜スープのシャングリラ風だ!」
 まずはきちんと風邪の予防だ、そいつを疎かにするんじゃない。雪の上で橇に乗りたいんなら。
 甘えるなよ、と頭をコツンと小突かれたけれど、きっとハーレイなら大丈夫。
 本当に寝込んでしまった時には、優しく看病してくれる筈。野菜スープも作ってくれて。
 そのハーレイと一緒に地球に来たから、まずは二人で滑り台。
 小さかった頃の今の自分は怖かった滑り台の二人乗り。それに挑戦しなくては。
 ハーレイにしっかり抱えて貰って二人で滑ろう、前の自分の夢だったから。青の間にもあればと思ったくらいに、前の自分はハーレイと一緒に滑り台を滑りたかったのだから。
 大人用の滑り台を二人乗りで滑って、芝生の上も橇で滑って、雪だって橇で滑ってゆく。
 ハーレイと二人なら怖くないから、幸せ一杯に滑ってゆけるから。
 生まれ変わって来た、この地球で。前の自分が焦がれ続けた、青く輝く水の星の上で…。



              滑り台・了


※ブルーがハーレイと二人で滑りたくなった、滑り台。前のブルーも、そうだったのです。
 青の間に滑り台があれば、と悔しい思いをしたようですけど、今は橇遊びも出来るのが地球。
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