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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

神とキースと
(んーと…)
 今日はハーレイが来てくれますように、と祈ったブルー。
 学校から帰っておやつの後で、戻った二階の自分の部屋で。窓の外を見て、空の上に向かって。神様がいるのは空の上だし、お祈りするならこれが一番、と。
 今日はハーレイに会いたい気分だから。仕事の帰りに寄って欲しいと思うから。
(学校でも、ちゃんと会えたけど…)
 挨拶できて、声だって掛けて貰えたけれども、ちょっぴり欲張り。神様にお願い。仕事の帰りに家を訪ねてくれますように、と。
 週の半ばだから、一日一緒にゆっくり過ごせる週末はまだ。あと何日か待たないと。
 けれどハーレイのことが好きだし、「今日だって二人で話したいよ」と。この部屋の中で、二人きりで。誰にも邪魔をされないで。
(なんでもいいから、お喋りだけで…)
 お茶とお菓子をお供に過ごす、夕食までの時間が欲しい。それを持てたら、うんと幸せ。
 キスは駄目でも、話せるだけで。ハーレイと向かい合わせで座って、顔を見て、大好きな温かい声が聞けたなら。
(神様、お願い…)
 ハーレイのこと、と念を押すように空にお祈りしてから、座った勉強机の前。
 頬杖をついて考える。「今のお祈り、叶うといいな」と。神様が祈りを叶えてくれたら、仕事の帰りにハーレイが来てくれる筈。門扉の脇のチャイムを鳴らして。
 空に向かって頼んだこと。神様に「お願い」と捧げた祈り。神様は叶えてくれるだろうか?
(ぼくの勝手なお願いだけれど、神様だものね?)
 神様だから大丈夫、という気がする。
 聖痕を持っている今の自分。神様が負った傷と同じなのが聖痕だけれど、自分の場合はそれとは違って、前の自分が負った傷跡。メギドでキースに撃たれた時に。
 その聖痕が現れた時に、ハーレイと出会って記憶が戻った。前の自分は誰だったのかを、それにハーレイも同じに思い出した記憶。
 お蔭で再び巡り会えたし、またハーレイに恋をしている。ハーレイも恋をしてくれている。
 前の自分たちの恋の続きを生きている今。時の彼方に消えてしまった、恋の続きを。



 ハーレイに会わせてくれた聖痕。前の自分たちの記憶を戻してくれた聖痕。
 とても痛くて気を失ってしまったけれども、傷跡だから仕方ない。前の自分も痛かった。痛みのあまりに、右手に持っていたハーレイの温もりを失くしたほどに。
 その聖痕をくれた神様なのだし、きっと優しい神様の筈。我儘な祈りも叶えてくれそう。今日はハーレイが来てくれますように、と空に捧げたお祈りだって。
(きっとホントに優しい神様…)
 聖痕をくれたこともそうだし、前の自分も祈った神様。アルタミラの地獄から逃れた後に。
 SD体制が敷かれた時代は、消されてしまった多様な文化。機械が統治しやすいように。神様も同じに消されてしまって、一人だけしか残らなかった。
 十字架に架けられた神様だけが残った時代で、今の自分がハーレイのことを頼んだ神様も、同じ神様。空の上の天国にいる神様。
(教会には行っていないけど…)
 お祈りするなら、その神様に。前の自分の記憶が戻った今では、前よりもずっと。
 それまでだったら、特に意識はしなかったのに。ただ「神様」とだけで、願い事や祈りを叶えてくれるのだったら、誰でも良かったかもしれない。今の時代は神様の数も多いから。
 けれど聖痕を貰って記憶が戻れば、その神様に頼みたくなる。お願いするなら、この神様、と。
(ホントは教会にも行かなくちゃ駄目?)
 日曜日はお祈りの集まりがあるし、それに出ないと駄目なのだろうか。チビの自分も。
 ハーレイが来てくれる時間よりも前に、教会に出掛けてきちんとお祈り。聖歌も歌って。
(…でも、行かなくても大丈夫だよね?)
 神様は怒ったりしない筈だものね、と考える。
 前の自分が生きた時代は、お祈りの作法も無かった時代。ただ「神様がいた」というだけ。
 それでも神様は願いや祈りを聞いてくれたし、きっと今だって大丈夫、と。
(ミツバチの蝋燭を灯しておくとか、お祈りのための鐘を鳴らすだけでも…)
 願いを叶えてくれた神様。白いシャングリラで暮らしたミュウたちが捧げる祈りを。
 誰も正式な作法で祈りはしなかったのに。祈りの言葉は自分の言葉で、聖歌も歌わなかった船。祈りたい時には鐘を鳴らして静かに祈るか、蜜蝋で作った蝋燭を部屋で灯して祈るか。
 それがシャングリラにいた仲間たちの祈り。前の自分も、その中の一人。



 自分たちの流儀で祈っていたって、神様は願いを叶えてくれた。地球への道を開いてくれたし、ミュウが殺されない平和な世界も作ってくれた。船の仲間たちや、前の自分が願ったように。
 あれだけの願いが叶ったのだし、今の自分も部屋で祈るだけでいいだろう。空に向かって、祈る言葉も「神様、お願い」と我儘たっぷりでも。
 とても頼もしい神様だよね、と思う神様。
 クリスマスに馬小屋で生まれた神様、人間の姿で地上に降りたと伝わる神様なのだけど…。
(あれ?)
 なんだか、ちょっぴりキースみたい、と気付いた神様。馬小屋だっけ、と考えたら。
 人間の姿で生まれた神様、馬小屋で生まれた赤ん坊には、ちゃんと両親が揃ってはいても…。
(お母さんは本物のお母さんだけど、神様を産んだっていうだけで…)
 自然出産だから、お腹で育てて生んだのだけれど、その神様のお父さん。身重だったお母さんを連れて旅をして、馬小屋を宿に貸して貰ったお父さんは、「お母さんの夫」なだけ。
 お母さんと婚約していた間に、お母さんのお腹に宿った神様。天国にいる神様の子供として。
 神様のお父さんは天国にいたから、お母さんとは結婚していない。結婚したのは、婚約者だったお父さん。その時にはもう、お母さんのお腹の中には神様がいた。
(…神様、無から生まれて来ちゃった?)
 そういう風にも受け取れる。
 自然出産には違いなくても、神様にはいない「お父さん」。お母さんだって、「お腹で育てて」産んだというだけ。お腹の中で神様を「作って」はいない。
(…お父さんとお母さんが結婚しないと…)
 子供を作ろうと考えないと、子供が出来はしない筈。精子と卵子が結び付かないと、受精卵にはならないから。…そうでなければ、赤ちゃんの命は芽生えては来ない。どう転んでも。
 けれど、神様は違ったらしい。「何もしないのに」、お母さんのお腹に宿ったのだから。
(…お父さんはいなくて、お母さんはお腹で育てて産んだってだけで…)
 それならキースも似たようなもの。
 神の領域を機械が侵して、無から作った生命だけれど。
 三十億もの塩基対を繋いで、紡いだDNAという名の鎖。そうやってキースの命を作って、人工子宮の中で育てた。機械が思う通りの年まで、ずっと胎児の状態のままで。



 何処か重なる、と思った生命。クリスマスに生まれて来た神様と、無から生まれて来たキース。
(うーん…)
 実は似ているのだろうか、という気になってしまうキースと神様。
 全く逆の存在でも。
 神が自ら作った命と、神の領域を侵した機械が無から作った生命と。
 生まれは全く逆になるのだし、本当は似てはいない筈。神に祝福された命と、そうではない命。
 けれど、どちらも「無から」生まれた。本来だったら、宿る筈などない生命。
(…ハーレイに言ったら、怒りそうだけど…)
 キースをとても嫌っているのがハーレイなのだし、「神様に似てる」などと話したら顔を顰めることだろう。「あいつの何処が神様なんだ」と、眉間に深い皺まで刻んで。
 そうは思っても、大発見。神様とキースが似ていること。
 今日の話題はこれに決めた、と考える。神様が願いを叶えてくれたら、ハーレイが仕事の帰りに訪ねて来てくれたなら。
 其処へ聞こえたチャイムの音。願いが叶って、部屋に来てくれた愛おしい人。
 神様の話をしなくちゃね、とテーブルを挟んで向かい合うなり問い掛けた。ハーレイが怒っても気にしないもの、とワクワクと胸を躍らせて。
「あのね、ハーレイ…。神様のことは知っている?」
「神様だって?」
 どの神様だ、と尋ねた恋人。「今の時代は、神様も大勢いらっしゃるからな?」と。
「えっと…。前のぼくたちが生きてた頃にも、消えずに残っていた神様だよ」
「あの神様か…。お前に聖痕を下さった神様だな?」
 聖痕と言えば、あの神様しかいらっしゃらないそうだから。…前の俺たちが生きた時代は、聖痕なんかは無かったんだが…。
 あれは敬虔な信者の人しか貰えない傷跡らしいしな、とハーレイも詳しい聖痕現象。自分の目で見て、おまけに恋人が持っているとなれば当然だろう。
 それに聖痕が再発しないよう、今の自分についた「守り役」。そういう立場にいるハーレイ。
 神様が誰かはこれできちんと伝わったから、次は本題に入るべき。
 ハーレイが顔を顰めようとも、「キースだって?」と眉間に皺を刻もうとも。



 よし、と見詰めた恋人の顔。テーブルの向かいに座るハーレイに、こう切り出した。
「その神様のことなんだけど…。神様、キースに似ていない?」
 キース・アニアン、とハーレイが嫌いな名を出したから、案の定、ピクンと動いた眉。
「なんだって?」
 神様の何処がキースに似てると言うんだ、あの罰当たりな野郎なんかに?
 前のお前を撃った野郎で、ナスカを滅ぼした極悪人だぞ。それから後にも、ミュウの仲間を至る所でせっせと殺していやがったんだが…。「殺せ」と部下どもに命令しては。
 あんな野郎が神様に似ているわけがない。どちらかと言えば悪魔の方だろ、地獄の使いの。
 メギドも持って来やがったしな、とハーレイは不快そうな顔。「あれは地獄の劫火だった」と。確かに皆はそう呼んでいた。アルタミラがメギドに焼かれた時から、「地獄の劫火」と。
「キースがミュウを殺してたことは本当だけど…。前のぼくを撃ったのも本当だけど…」
 でもね、それと神様に似ている話は関係無いんだよ。キースの生まれのことだから。
 神様もキースも、どっちも無から生まれたものだと思うんだけど…。
 キースは機械が作った命で、神様は神様が作ったけどね。誰が作ったかは全く別なんだけど…。
 でも、似ていると思うんだよ。神様もキースも。
 こんな具合に、と説明をした。ハーレイが来る前に気付いたことを。
 神様には本当の意味での両親がいなくて、母親のお腹で育ってはいても、自然出産児とは違っていた生まれ。「無から生まれた」と言っていい命、生命を紡ぐ行為は無かったのだから。
 キースは機械が無から作って、人工子宮で育てた人間。胎児の時代を過ぎた後にも、人工子宮の中に留めて。…人類の指導者に相応しい知識を与え続けて、外の世界から遮断して。
 神様とキース、まるで違った二人だけれども、生まれは似ているように思える、と話したら…。
「お前なあ…。神様に叱られるぞ、そんな考え」
 キースの野郎と神様を一緒にするなんて。
 しかも生まれが似ているだなんて、罰当たりすぎだ。
 いいか、よくよく考えてみろよ。神様はどうして人間の世界に生まれることになったんだ?
 そのまま天国で暮らしていれば、苦しいことなんか何も無かった。
 貧しい大工の子供じゃないし、十字架に架けられるような羽目にも陥らないってな。
 それでも神様は人間の罪を背負うためにだ、この世界に来て下さったんだが…?



 キースとは心構えが違う、とハーレイは苦い顔をした。
 神は自分の命を捧げて、人間の罪を贖った者。それに比べてキースはどうかと、ミュウを端から殺した悪党で極悪人だった、と。
「あいつは本当に悪魔のようなヤツだった。…人類はともかく、俺たちミュウにとってはな」
 キースのせいで何人死んだか、俺は考えたくもない。
 前のお前が死んだ後にも、あいつはミュウを殺し続けた。アルテメシアが陥落したら、実験体のミュウも一部を除いて皆殺しだぞ?
 お前にも話してやった筈だが、とハーレイが呻く大虐殺。それまではミュウの研究施設が幾つもあった。育英都市を擁する星の上などに。
 ミュウを発見したら処分していた時代とはいえ、実験動物としてのミュウも必要。ミュウを研究してゆかなければ、有効な対策が立てられないから。効率的な処分方法などの。
 そのために生かしてあったミュウまで、キースは処分させてしまった。「ミュウは危険だ」と。
 白いシャングリラが辿り着いた星で、前のハーレイたちは仲間の救出に向かったけれど…。
(…何処の星でも、檻は空っぽ…)
 ミュウを恐れた担当者たちが逃げ出した星しか、生き残りのミュウはいなかった。皆、殺されてしまった後で。…彼らが処分されたのはいつか、そういうデータが辛うじて残っていただけで。
「…それはハーレイから聞いたけど…。でも、仕方ないことじゃない」
 その命令を出した頃のキースは、まだ人類の方についていたから。
 マツカを側に置いてはいたって、グランド・マザーの命令に従い続けていた頃で…。
 そんな時期だと、ミュウを殺すのがキースの役目。心の中では、何を考えていたとしたって。
 あれこれ色々考え続けて、出した答えがグランド・マザーに逆らうこと。
 …SD体制を壊すことだったよ、時代遅れのシステムなんだ、って皆にメッセージを伝えてね。
 だからキースは、今では英雄。
 ジョミーや前のハーレイたちと一緒に、ちゃんとお墓があるじゃない。記念墓地に。
 そうだ、キースも死んじゃったんだし…。
 死んでしまったっていう所までが、神様に似てると思わない?
 神様は人間のために死んだけど、キースも同じ。
 SD体制とグランド・マザーを倒して、人類とミュウが生きてゆける世界を作ったんだから。



 キースも人間のために死んだよ、と神様の死と比べてみた。
 神様は人間の罪を背負って十字架の上で死んだけれども、キースはミュウと人類が共に暮らせる世界を作るために死んだ。地球の地の底で、トォニィや部下たちに自分の思いを伝えて。
「人類とミュウは手を取り合え、ってキースはトォニィに言ったんでしょ?」
 それをキースが言ってくれなきゃ、もっと混乱してたかも…。SD体制が崩壊した後は。
 キースも人間のために死んでしまったわけだから…。神様に似てると思うんだけどな。
 十字架の出番は無かったけどね、と肩を竦めた。それにキースは英雄だけれど、神様扱いをする人は誰もいないから。…長い時が流れた今になっても。
 キースのためにと祈る人はいても、願い事をする人などはいない。神様だったら、人はあれこれ願い事をするものなのに。今の時代は大勢になった、色々な種類の神様たちに。
「キースも人間のために死んだってか? 其処も神様に似てると、お前は言うんだな」
 しかしだ、あいつは死んで終わりで、復活してはいないんだが?
 神様の方は、十字架で死んだ後に復活して天に昇って行った。そして今でも天におられる。
 前の俺たちが生きた時代も、神様はずっと天国にいらっしゃったんだ。人間のために命を捨てた後にも、人間を救い続けるために。
 だがな、キースはそうじゃない。復活して天に昇っちゃいないし、神様とは大違いだな。
 あいつは死んだだけじゃないか、とハーレイは共感してもくれない。キースも神様と同じように死んでいったのに。…キースのお蔭で、ミュウが生きられる平和な時代が訪れたのに。
「…それはキースが、本物の神様じゃなかったから…」
 天国から来た神様とは違って、無から生まれた生命でも人間だったから…。
 ただの人間には復活なんかは出来やしないよ、死んだら其処でおしまいだから。…どんなに偉い人にしたって、みんなに惜しまれる人にしたって。
 復活は無理、と分かってはいる。キースが神様ではないことも。
 誰もキースに願い事をしたりはしないし、キースのために祈るだけ。記念墓地の墓碑に祈る人もいれば、写真に向かって祈る人たちもいるのだろう。今の平和への感謝をこめて。
「ほら見ろ、ただの人間だったら、それは偽物だということだ。…神様じゃなくて」
 あいつの何処が神様なんだ、ミュウにとっては疫病神ではあったがな。
 神様だと言うならそっちの方だ。災厄をもたらす嫌われ者の疫病神でしかなかったろうが。



 キースが神様に似ているなどとは、俺は認めん、とハーレイの眉間の皺が深くなる。
 思った通りにハーレイは否定し続けるだけで、「疫病神」とまで口にしたのだけれど。
「…いや、待てよ…。キースの野郎が神様か…」
 それはともかく、フィシスはミュウの女神だったな。生まれはキースと同じだったが…。
 機械が無から作った命だ、とハーレイが挙げたフィシスのこと。青い地球を抱いていた女神。
 彼女も機械が無から作って、地球の映像を持たせていた。水槽の中に浮かぶ少女に、胎児よりも大きく育った子に。
「そうだよ、フィシスもキースと同じ。…だけどフィシスはミュウの女神で、大切な存在」
 前のぼくがサイオンを与えて、フィシスをミュウにしちゃったから…。
 フィシスの青い地球が欲しくて、船の仲間をみんな騙して連れて来たから…。
 青い地球の記憶を持っていた上に、未来まで読める凄いミュウだよ?
 ミュウの女神になりもするでしょ、誰が見たって女神様なんだから。他のミュウとは違ってね。
 前のぼくでなくても女神と呼ぶと思うんだけど、と瞬かせた瞳。
 率先してそう呼ばせなくても、フィシスは「女神」だったから。白いシャングリラの仲間たちは皆、彼女を「女神」と呼んでいたから。
「そのフィシスだ。…フィシスの遺伝子データを継いでいたのがキースなんだし…」
 自然出産の時代で言ったら、親子のような関係になるな。フィシスとキースは。
 キースの野郎が、ミュウの女神の子供だということになったら…。
 女神の子供は何になるんだ、と尋ねられたから、「神様でしょ?」と即答した。考えなくても、神様の子供ならば神様。女神の子供も、やはり神様。
「神話の中の女神の子供は神様だよ。…何処の神話でも同じじゃないの?」
 人間の血が混じっていたって、半分は神様みたいなものでしょ。人間には無い力を持ってて。
 そういう英雄の話も幾つもある筈だよね、と神話の時代に思いを馳せる。神と女神の間の子供は全て神だし、人間と女神の間に生まれた子供も、半分は神。
「うーむ…。女神の子は神だということか…」
 キースがフィシスの遺伝子データを継いでいるなら、ミュウの女神の子だから神になるのか…。
 あいつが神様に似ているという、お前の説。
 それには反対したい所なんだが、ちと厄介かもしれないなあ…。



 ミュウの女神だったフィシスが絡むとなると…、とハーレイは腕組みをした。
 「そうなってくると、頭から否定も出来んか」と。
「…キースの野郎は大嫌いだしな、神様だなんて呼びたくもないが…」
 疫病神で充分だろうと思うわけだが、フィシスがキースの母親という点を考えるとだ…。
 本物の母親ではないんだがな、と難しい顔。「遺伝子上のデータに過ぎないんだが」とも。
「認めてくれるの? 女神の子だから神様だ、って」
 ミュウにとっては疫病神でも、神様には違いなかった、って。…それで厄介だと言うの?
 フィシスの子供ってことになると…、と傾げた首。
 疫病神が生まれたのなら、確かに厄介そうではある。「ミュウの女神」と皆が崇めたフィシス。その女神の子が疫病神のキースで、ミュウに災厄をもたらしたなら。
「…そうじゃない。疫病神なキースの方じゃないんだ、フィシスの方が問題だ」
 ミュウの女神で、キースの母親になるフィシス。そっちが大いに問題だってな、この話では。
 キースは神様に似てるかどうかという話だ、とハーレイが言うものだから。
「フィシスって…。キースのお母さんって他にも、まだ何かあるの?」
 遺伝子上のお母さんなだけで、キースを産んではいないけど…。でも、お母さんはお母さん。
 今の時代なら、遺伝子データを継いでいるのは、お母さんのお腹から生まれた子供だものね。
「其処だ、其処。…キースの野郎が、お前が言ってる神様に似ているんだとすると…」
 聖母まで揃っていたんだったな、と思ってな。
 あんな野郎にはもったいない話になっちまうが、とハーレイがフウとついた溜息。「厄介な」とでも言うように。
「聖母って…?」
 神様のお母さんのことだよね、聖母。…マリア様のこと。それもキースに揃ってたわけ…?
 それって誰、と尋ねたけれども、答えは「フィシス」なのだろう。遺伝子上だけの話とはいえ、キースはフィシスの子になるから。…二人は親子と言えるのだから。
「もちろん、フィシスだ。…他には誰もいないだろうが」
 キースの親だと言える人間、フィシスの他にはいない筈だぞ。あいつには親は無いからな。
 フィシスにしたって、本当の親じゃないんだが…。
 直接、細胞を採取したとか、そういうのとは違うから。遺伝子データを使っていただけで。



 そのフィシスがだ…、とハーレイが指先でトンと叩いたテーブル。「聖母なんだ」と。
「考えようによっては立派に聖母で、誰も反論できなくなるぞ」
 お前が言ってた、キースの生まれと神様の生まれが似ているという論法で行けば。…フィシスは聖母で、キースを産んだ。神の子になるキースをな。
 復活も出来ない偽物の神様だったわけだが…、とハーレイが言うキースの母。聖母になるというフィシス。神の子を産んだ、聖母マリアのような立場に。
「えっと、それって…。フィシスがミュウの女神だから?」
 女神の子供は神様になるんだし、キースも神様。…そういう考え方をするから、聖母になるの?
 フィシスの遺伝子データを継いでる神様のキース、そのお母さんになるってことで…?
 神様を産んだ女神だったから聖母なの、と整理してみた自分の考え。キースが神様に似ているのならば、フィシスは聖母になるのかと。
 そうしたら…。
「神様の母親で、女神って所も確かにあるが…。それだけじゃないんだ、聖母となると」
 聖母も普通の人間ではないという考え方がある。神様と同じで、特別な人間。
 子供が出来なかった人間が神様に祈って出来た子供で、生まれる前から特別だった、と。
 だから聖母は神様みたいに天に昇って行っちまった、と聞かされてみれば、そういう有名な絵があった。人間が地球しか知らなかった時代に描かれた名画。「聖母被昇天」というタイトルの。
 死を迎えた時、大勢の天使に取り囲まれて天に昇ってゆく聖母。
(…天国に昇って行っちゃったんだし、お墓は無し…)
 前の自分の知識の中に、微かに残っていた欠片。
 ライブラリーにあった本で読んだか、ヒルマンにでも聞いたのか。聖母は身体ごと天に昇って、地上には何も残さなかった。聖母が産んだ子供のキリスト、彼がそうやって天に帰ったように。
 聖母が天に昇ってゆく時、帯が地上に落ちたという。それだけが聖母が残したもの。
 普通の人間が死んだ時には、亡骸が残るものなのに。跡形もなく燃えてしまったとか、そういう場合を除いては。
(身体ごと天国に行っちゃうだなんて、普通じゃないよね?)
 ならばハーレイが言った通りに、聖母も特別な人間だったというのだろうか。聖母が産んだ子がそうだったように、神の世界から来た人間だと…?



 前の自分の知識は其処まで。知らなかったのか、生まれ変わる時に記憶を落として来たか。
 探ってみても分からないから、ハーレイに訊いてみることにした。聖母のことを。
「聖母も特別な人間だった、って…。そうだったの?」
 天国に昇ってゆく聖母の絵は覚えているけれど…。「聖母被昇天」っていう名前の有名な絵を。
 前のぼくたちが生きた時代は、もう本物の絵は無かったけれど…。データが残っていただけで。
 身体ごと天国に行っちゃったことは思い出したけど、それ以上は無理。…覚えていないよ。
 どういう風に特別なの、と尋ねた聖母マリアのこと。フィシスと重なるのかもしれない聖母。
「チビのお前には、少し難しくなるんだが…。前のお前の知識があるなら、大丈夫だろう」
 聖母のことを「無原罪の御宿り」と呼んだ時代があった。今も教会に行けば使っているかもな。
 原罪ってヤツは知っているだろ、人間なら誰でも背負っている罪。…生まれた時から。アダムとイブが神に背いて、エデンの園を追われた時の罪のことだな。
 人間は誰でもアダムとイブの子孫になるから、その罪からは逃れられない。どう足掻いても。
 しかし聖母は、その原罪を背負わずに生まれたという意味なんだ。「無原罪の御宿り」は。
 生まれる前から選ばれた存在で、神様の母親に相応しい女性。だから原罪など持っていない、と言われてた。神の子を産むために生まれた女性だ、と。
 幼い頃から神殿で育てられたくらいに…、とハーレイが教えてくれたこと。人間だったら、必ず背負っている原罪。それを持たないという聖母。
「…本当に? 聖母って、そこまで特別だったの?」
 生まれた時から特別だったら、神様のお母さんになるのも不思議じゃないけれど…。死んだ後に身体ごと天国に行くのも、当たり前だっていう気がするけれど…。
 凄く特別で人間離れしている感じ…。聖母そのものが神様みたい…。
 産んだ子供も神様だけど、と驚かされた聖母の特別さ。神の母になるには相応しいけれど。
「どうなんだかなあ…。あまりにも聖母が特別すぎてだ、神様が掠んじまうから…」
 教会の中でも考え方が分かれちまって、認める教会と認めない教会、どっちも存在したらしい。今の時代はどうなってるのか、俺も詳しくないんだが…。教会に通っちゃいないから。
 しかし聖母の生まれのことで揉めた時代も、特別なんだと認める人たちは多かった。
 原罪を背負わずに生まれて来たから、神様の母親で天国の女王様なんだ、と。
 神様と同じに、お祈りすれば必ず助けてくれる人だと、聖母に縋った人たちが大勢いたってな。



 聖母が無原罪の御宿りならば…、とハーレイが口にしたフィシスの名前。「似てるかもな」と。
「俺も神様に叱られそうだが、フィシスは原罪を背負っちゃいない。…其処が似ている」
 原罪を背負うのはアダムとイブの子孫だけだし、そうでないなら最初から持っちゃいないんだ。
 フィシスは無から生まれたんだろ、機械が作り出したんだから。
 それまでに生まれた誰の子孫でもない、誰の血も引いていない人間。アダムもイブも関係ない。誰の子孫でもないと言うなら、原罪も持っていないだろうが。
 違うのか、と問われたフィシスの生まれ。機械が無から作った生命。原罪を持っていない存在。
 それがフィシスで、さながら聖母のようだった女性。
 彼女の遺伝子データを継いで生まれたキースも同じで、やはり原罪を背負ってはいない。まるで神の子であるかのように。
「凄いじゃない! フィシスが聖母で、キースが聖母の子供だなんて…」
 それに原罪も持ってはいなかったなんて、やっぱり神様みたいなものだよ。…キース、ホントに神様に似ているってば。
 無から生まれて来て、原罪は無し。それだけでもうんと凄いことだよ、復活は無理でも。機械が作った人間ってだけで、他の所は普通の人間と変わらなくても…。
 身体ごと天国には行けなくてもね、とキースと神様が似ていることに感激した。もしかしたら、機械は計算したかもしれないから。
 アダムとイブの子孫ではない、原罪を持たない人間を作り出すということ。それを作れたなら、新たな時代の聖母や神が誕生する。人類の指導者に相応しい者が、命ある神が。
 機械はそれを狙ったろうか、と勢い込んで問い掛けた。「神様を作る気だったのかな?」と。
「どうなんだか…。俺には其処まで分かりはしないし、そういうデータも無さそうだが…」
 神を作ろうとしていたのならば、今の時代には解き明かされていそうだが…。機械の思惑。
 それに機械が其処まで計算して作ったなら、キースの人生は別のになっていたんじゃないか?
 疫病神じゃない人生に…、とハーレイが顎に手を当てる。「きっと、そうだな」と。
「えっ、どうして?」
 キースの人生が変わってしまうって、どんな具合に?
 機械が作った生命って所は同じなんだよ、神様を作るつもりでいようが、指導者を作るつもりで塩基対を合成していようが。…どっちにしても、出来上がるのは同じ人間なんだと思うけど…。



 本物の神様は作れないでしょ、と考えなくても分かること。機械がどんなに努力しようと、何度実験を繰り返そうとも、本物の神は作れない。原罪を持たない者は作れても、神そのものは。
 それこそ神の領域だから。…機械が神を作ることなど、本物の神は、けして許しはしないから。
「だってそうでしょ、神様は本当にいるんだもの。…ぼくに聖痕をくれた神様」
 その神様が許さないから、キースを神様にするのは無理。…生まれなんかは似せられても。
 どう頑張っても、あのキースしか作れはしないと思うんだけど…。
 だから生き方もおんなじだよね、とキースの人生を思い浮かべる。ミュウを滅ぼそうとメギドを持ち出した、グランド・マザーに忠実なキース。その陰でマツカを生かしながらも。
 ナスカの後にも大勢のミュウを殺し続けて、けれど最後にはグランド・マザーに反旗を翻した。それをしたなら、キースの命も無いというのに。…粛清されてしまうだろうに。
 けれどキースは「未来」に賭けた。
 時代遅れのマザー・システム、機械が人間を支配し続ける歪んだ時代を終わらせようと。人類とミュウが手を取り合ったならば、きっと時代を変えられると。
 そうして時代は変わったのだし、どう生きたってキースはキース。
 理想の指導者として作り出されようが、新たな時代の神として生を享けようが。
「それはどうだか…。神として作り出されていたなら、人生だって変わっていたと思うがな?」
 神としての心構えってヤツも、機械は叩き込む筈だ。結果なんかは考えもせずに。
 機械は心を持たないものだし、感情だって持ってはいない。ただ計算をしてゆくだけのことで、神を作れば人は従うと考えるのが関の山ってトコだな。
 そうやって自分が作り出した「神」が、どう動くのかは考えないで。…機械の思惑通りに上手く動く人間、それが出来ると信じ込んで。
 だが、作られた「神」の方では、そうはいかない。神として育てられた以上は、神らしく生きてゆこうとする。人間としての感情も心も、神としての自分に相応しく律し続けてな。
 そういうキースを作り出したなら、ミュウを端から滅ぼす代わりに、助ける方へと動いたろう。
 マツカだけを生かしておくんじゃなくてだ、ミュウと聞いたら漏れなく生かす方向へ。
 そう生きてこその神様だろうが、機械が作った神様にしても。
 自分を作った機械に何度脅されようとも、自分が正しいと信じる道を行くもんだ。「殺すぞ」と警告され続けようが、本当に消される瞬間までな。



 命を落とすと分かっていても、そう生きるのが神様だ、とハーレイが語るキースの生き方。
 機械が神として作っていたなら、ミュウを端から殺す代わりに、生かそうと努力を重ねる人生。その結果として、自分が粛清されようと。…自分を作った機械に命を奪われようと。
「そう思わないか? 神様と言えば救い主だぞ、前の俺たちが生きた時代の神様は」
 他に神様などいなかったんだし、原罪を持たない神を作ろうとしたんだったら、出来上がるのは救い主でしかない。機械の思惑に従いもせずに、ミュウの命を救い続ける神様だな。
 しかし、キースはそうじゃなかった。ナスカはメギドに焼かれちまったし、アルテメシアが陥落した後は、実験体だったミュウを皆殺しだ。兵器の開発に必要な分を除いてな。
 あんなヤツの何処が神様で救い主なんだ、とハーレイは苦々しい顔だけれども、キースは最後にそのように生きた。まるで神の子であったかのように。
「そうだけど…。キースは酷いことをしたけど、でも、最後にはちゃんと世界を…」
 ミュウも人類と同じ人間なんだ、っていうことを明かして、あるべき形に戻してくれたよ。
 時代遅れのマザー・システムはもう要らない、ってメッセージを流して、ミュウのことだって、進化の必然だったんだ、って人類にちゃんと説明して。
 キースがそれをやってくれてたから、SD体制を思った以上の速さで完全に倒せたんだよ?
 グランド・マザーを倒しただけだと、マザー・ネットワークは破壊出来ないんだから。…宇宙に散らばる端末を壊さないと駄目。それをするには、人類とミュウが手を取り合わないと。
 キースは神様のようだったよ、とハーレイの鳶色の瞳を見詰める。
 自らの命が危うくなるのに、人類に向けて真実を全て語ったキース。自分の命を犠牲に捧げて、世界を救った「無から作られた」生命体。
 さながら神の子のように。…十字架に架かって、人の子の罪をその血で贖った救い主のように。
「それは機械の計算外だ。想定していなかった出来事だったと思うがな…?」
 最初からそういう人間として、キースを作ったわけじゃない。もしもそうなら、ミュウを端から殺し続けた極悪人など、存在しなかったことになるからな。
 ナスカに来やがった、あの疫病神。
 前のお前をなぶり殺しにしやがった上に、ナスカをメギドで焼き払った悪魔。
 あんな野郎は神なんかじゃない、機械が神として作っていたなら、それらしいのが出来るから。
 機械が「殺せ」と命令したって、ミュウを救おうと頑張り続ける人間がな。



 キースは断じて「神」などではない、とハーレイは怒っているけれど。死の星だった地球が蘇るほどの時が流れても、まだ許そうとはしないのだけれど。
「…だったら、キースの頑張りじゃないの? SD体制を倒したことは」
 神様みたいに生きてやろう、って決心して。…自分の生まれを知った後には、それらしく。
 知識は沢山持ってた筈だし、自分が原罪を背負っていないことも分かるだろうから…。そういう風に生まれたんなら、神様らしく生きてゆくこと。
 それが自分の役目なんだ、って気付いて頑張ったんじゃないかな…?
「おいおいおい…。そいつは時間がずいぶんズレてしまっているぞ?」
 考え方としては悪くないがな、ヤツの人生をきちんと考えてみろ。E-1077を処分した後、何年、ミュウと戦っていやがったんだ。実験体まで処分させちまって、血も涙もない戦いを。
 ジュピター上空での決戦までに何年あった、と問われればそう。
 E-1077で自分の生まれを知った後にも、キースはミュウを殺し続けた。それまでの日々と全く同じに、容赦なく。マツカ以外は、一人の例外も作りはせずに。
 けれどキースは人生の最後に、人類を、ミュウを、全て救った。マザー・システムという悪魔の手から。歪んだ力で長く世界を支配し続けた、忌まわしい機械の軛から。
「でも、キース…。神様らしく生きたような気がするんだけどな…」
 それまでにやったことはともかく、SD体制を倒した時は。…ミュウは進化の必然なんだ、って人類に向かって呼び掛けた時は。
 あんなことをしたら、グランド・マザーを怒らせてしまうだけなのに。…地下に降りた途端に、殺されたって不思議じゃないのに、キースはメッセージを託したんだよ。スウェナにね。
 きっと分かっていたんじゃないかな、どう生きるべきか。死ぬと分かってても、自分のやるべきことをしなければ、って。
 神様だってそうだったでしょ、と十字架に架かった神様の最期を思い出す。弟子の一人が裏切ることも、自分が十字架に架けられることも知っていた神。未来を見通す力で、自分の最期を。
 けれども、神は逃げ出さなかった。苦痛に満ちた死を迎えると気付いていても。
「あいつに分かっていたとは思えんが? 神様のような生き方なんていう立派なものが」
 お前があいつの肩を持ちたがるだけだ。どういうわけだか、お前はあいつを嫌わないから。
 とんでもない目に遭ったというのに、いつも俺から庇い続けて。



 俺があいつの悪口を言う度に庇うよな、とハーレイはフンと鼻を鳴らした。「あんなヤツ」と、それは忌々しそうに。
「キースの野郎が神の子だなんて、俺は絶対、認めんぞ」
 神として作られた生命だというのも、認める気にはなれないな。あいつは地獄の使いだったし、最後の最後に悔い改めても、それまでの悪行を帳消しにしは出来ん。
 もっとも、あいつが奇跡を起こして見せてくれれば別だがな。神様には奇跡がつきものだ。
 神だと言うなら奇跡を頼む、という注文。キースに向けて。
「奇跡って?」
 聖痕はもう貰っちゃったし、どんな奇跡を起こせって言うの?
 海が割れるとか、天から食べ物が降って来るとか、水がワインに変わるだとか…。ほんの少しのパンと魚で、大勢の人がお腹一杯になるっていうのもあったっけ…。
 どんなのがいいの、とハーレイに訊いた。神様の奇跡は山ほどあるから、どれをキースにやって見せろと言っているのか、と。
「なあに、簡単なことだってな。神様として俺の前に姿を現したならば、認めてやろう」
 こいつは間違いなく神の子だな、と俺が納得できる姿で。場所は選ばんから、何処でもいいぞ。
 今すぐでもいいし、俺が自分の家に帰ってからでもいいが…。
 そうは言っても、似ても似つかん顔立ちだったし、無理そうだがな。俺に納得させるのは。
 あいつの顔の何処が神様に似ているんだ、と辛辣な評価。「濃い色の髪だけじゃないか?」と。
「…神様に似てはいなかったよね…」
 髭を生やしたら少しは似るかな、だけど目の色が違うから…。アイスブルーの瞳の神様、一度も絵では見たことが無いし…。神様の目の色、青じゃないよね…。
 うーん、と考え込んでしまった神様の顔とキースの顔。
 馬小屋生まれの神様の顔は、誰が描いても見事な髭面のものばかり。赤ん坊時代や、少年時代を描いた絵ならば髭は無いけれど。
(…キース、髭面じゃないだけでも不利…)
 たとえ姿を見せた所で、ハーレイは納得しそうにない。「幽霊だな」とでも笑い飛ばして。
 けして神だと認めはしなくて、知らん顔。髭面ではないというだけで。
 フィシスの方なら、聖母のモデルになっても綺麗に収まりそうなのに。金髪を持った聖母でも。



 なんとも不利だ、と思う、キースが「神の子」だった時。
 本物の神の子とは違うけれども、機械が新たな「神」として作り上げた生命。原罪を背負わず、無から生まれた生命だから、そのように生きてゆけるだろうと。
 キースはそれらしく生きた気がするのに、生憎と生やしていなかった髭。神様の絵には漏れなく描かれた、濃い色の髭。
「…キース、やっぱり神様とは違うのかな…」
 聖痕をくれた神様は絶対にキースじゃないし、今日のお願いを聞いてくれたのだって…。
 キースじゃない方の神様だよね、と分かってはいる。本物の「神の子」の方だ、と。
「お願いだって? お前がか?」
 そしてそいつは叶ったのか、とハーレイが訊くから頷いた。「うん」と、笑顔で。
「学校から帰って、この部屋でお願いしたんだよ。ハーレイが来てくれますように、って」
「なるほど、叶ってはいるな。俺が今、此処に座っているということは」
 その願い事をキースの野郎が叶えるとは、とても思えんが?
 あいつは神様なんかじゃないしな、どう頑張っても願いを叶える力なんぞは無いだろう。死んで天国に行けたとしたって、下っ端の天使にも敵わんだろうさ。
 所詮は人だ、とハーレイは冷たく切り捨てる。けして神などでは有り得ない、と。
「それは分かっているんだけれど…。神様だとしても、機械が作った神様だよね、って…」
 前のぼくたちやキースが生きてた時代も、神様は別にいたんだものね。…キースの他に。
 ぼくに聖痕をくれた神様がいたし、キースは本物の神様になれるわけなんかなくて…。
 あれっ、でも…。
 神様は一人で、一人しかいない筈なのに…。だけど、馬小屋で生まれた神様のお父さん、天国にいる神様で…。それに聖霊も入れて三人、そんなにいるなら、もっと神様、いるのかな…。
 キースも神様の内に入れるのかな、と抱えた頭。機械が無から作ったものでも、神ならば。
「そのくらいにしておけ、罰当たりな話は。父と子と聖霊は三位一体だろうが」
 余計なことまで考えていると、チビのお前は知恵熱を出すぞ。脳味噌がすっかり煮えちまって。
 キースと神様をじっくり考えたばかりに、明日は学校、休みだとかな。
 俺はそれでもかまわないが、とハーレイが浮かべた意地悪い笑み。
 「キースの野郎の話に散々付き合わされたし、明日はのんびりしたいもんだ」と。



 知恵熱を出して休んでおけ、とキース嫌いの恋人は冷たい。「俺も明日は真っ直ぐ帰宅だ」と。此処には寄らずに家に帰って、コーヒーでも淹れてゆっくりしよう、と。
「それは嫌だよ! お休みだなんて、嫌だからね!」
 ハーレイもお見舞いに来てくれないなんて、酷すぎるから!
 そんなの嫌だし、もう神様の話はしないから…。キースは神様に似てるって話…。
 もうやらないよ、と神様の話は諦めたけれど。キースもフィシスも、神様ではないと、ちゃんと分かってはいるけれど…。
(だけど、ちょっぴり…)
 何処か似ている。原罪を背負っていなかったことも、キースが最後に自分を犠牲にしたことも。
 機械が「神を作ろう」と計算したなら、凄いのだけれど。神が出来たのなら、凄いけれども。
 きっと機械は考えないから、ただの偶然。
 神を作ろうと思うよりかは、自分が神になろうとするのが機械の思考だろうから。
 そういう歪んだ機械の時代を、壊したのがキースだったから。
(だけど、機械の言いなりになるような神様、作ろうとして失敗したのなら…)
 本物の神様のような人間が出来てしまったという結末だったら、面白い。
 ミュウを端から殺したキースが、神の使命に目覚めたのなら。神らしい最期を迎えたのなら。
 けれどハーレイには言わないでおこう、神様の話は、もうこれ以上。
 せっかく訪ねて来てくれたのに、不機嫌な顔はさせたくないから。
 神様がプレゼントしてくれた幸せな時間は、本物の神様に感謝しながら笑顔で使いたい。
 ハーレイと二人、幸せに笑って過ごしていたなら、きっと神様も空の上で喜んでくれるから…。



             神とキースと・了


※神様とキースは似ているかも、と考えたブルー。思った以上に、類似点が多そうです。
 ハーレイは否定するのですけど、神様のような人間が出来てしまったのが、キースなのかも。
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