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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

違っていた色
(んー…)
 まだまだチビだ、とブルーが覗いた鏡。学校から帰って、おやつの後で。
 自分の部屋の壁に掛かっている鏡。朝一番には髪に寝癖がついていないか、覗くそれ。鏡の中に映った自分は、やっぱりチビ。いつも通りに。
(背丈が少しも伸びてないから…)
 身体は育っていないわけだし、顔立ちが変わるわけがない。昨日までの顔と。
 目が大きくて、丸みを帯びている輪郭。何処から見たって子供の顔。大人びた部分は、ちっとも無くて。頬っぺただって柔らかそうで、ほんのりと子供らしい薔薇色。
(前のぼくとは違う顔だよ)
 ホントに違う、と見詰める姿。前のぼくは「こうじゃなかった」と。
 遠く遥かな時の彼方で、メギドで死んだソルジャー・ブルー。新しい命と身体を貰って、地球の上に生まれ変わってくる前に持っていた姿。それとはあまりに違いすぎる今。
(チビの頃なら、こうだったけど…)
 アルタミラの檻で成長を止めていた頃だったら、この姿。成人検査を受けた直後のままだから。
 もっとも、鏡は見なかったけれど。こうして鏡を覗き込もうにも、鏡なんかは無かった檻。実験動物を入れる檻には、鏡は要らない。
(実験に連れて行かれた時に…)
 磨き抜かれた壁に映るのや、強化ガラスのケースに映った姿をぼんやり見た程度。「ぼくだ」と何の感慨も無く。「まだ生きている」と思う程度で。
 アルタミラから脱出した船でも、初期の頃には、そうそう鏡を覗いてはいない。部屋には多分、無かった鏡。あったとしても、さほど興味は無かっただろう。覗いた記憶が無いのだから。
(鏡があったの、バスルームとか…)
 顔を洗う時には洗面台の鏡に映っていたし、バスルームにも鏡は確かにあった。それを覗いて、整えていた髪や服装などや。少年の姿だった頃には、たったそれだけ。
(今だと、何度も…)
 見るんだけどな、と考える鏡。部屋でも、それに洗面所でも。
 鏡の向こうを覗いてはガッカリ、今日みたいに肩を落としてしまう。「育ってないよ」と。
 チビの自分が映っているだけ、まるで子供の姿が其処にあるだけだから。



 なんとも酷い、と悲しくなってしまう顔。十四歳にしかならない、今の自分の顔立ち。
(少しも変わってくれないんだから…)
 今のハーレイと出会った時から、全く変わってくれない姿。一ミリさえも伸びない背丈。身体が育ってくれない以上は、顔立ちだって変わらない。子供っぽい顔でいるしかない。
 いつになったら育つのだろうか、前の自分と同じ姿に。ハーレイがキスをくれる背丈に。
 前の自分と同じ背丈にならない限りは、ハーレイはキスをしてくれない。キスはいつでも、頬と額にくれるだけ。恋人同士の唇へのキスは貰えない自分。
(育たないとキスも駄目なままだし、ハーレイの家にも遊びに行けないし…)
 今のままでは困るんだけど、と思っても鏡に映るのはチビ。毎日のように覗いてみても。少しは育っているだろうかと、期待を抱いて覗き込んでも。
(凄い速さで育つのは無理だろうけれど…)
 劇的な変化を遂げるのは無理、と溜息をついて、勉強机の前に座った。鏡から離れて。
 どんなに鏡を見詰めていたって、チビの自分が映るだけ。見る間に育っていったりはしない。
(かぐや姫とは違うんだから…)
 日毎に育って、アッと言う間に大人の姿に成長するのは無理だと思う。ミュウと言っても普通の人間、月の都のお姫様とは違うから。
 成長するなら、前の自分がそうだったように、ごくごく普通のスピードで。
 アルタミラから脱出した後、少しずつ背が伸び、子供の顔から大人びた顔に変わったように。
(早く育つといいんだけどな…)
 かぐや姫とは違う生まれでも、奇跡みたいに一瞬で育ってくれたら素敵、と夢見る奇跡。
 ある朝、起きたら、小さくなっているパジャマ。袖もズボンも短くなって、ボタンだって外れてしまっていて。
(前のぼくの背丈で、ぼくのパジャマを着ようとしたら…)
 きっとそういうことになる。小さすぎて身体に合わないパジャマ。
 其処から覗いた手足は華奢で細いけれども、「細っこい」子供の手足とは違う。目にした途端に気付くだろう。「前のぼくだ」と、「育ったんだ」と。
 起きて鏡を覗きに行ったら、待ち焦がれていた姿が映る。前の自分にそっくりな顔が。
 ずっと欲しかった顔と背丈が手に入る奇跡、そういう奇跡があればいいのに。



 神様が起こしてくれないかな、と思ってはみても、ただの「我儘なお願い」なだけ。今の姿でも生きてゆくのに困りはしないし、奇跡が起こるわけがない。聖痕とはまるで違うから。
(奇跡は無理だし、かぐや姫とも違うんだし…)
 凄い速さで育つことなど、前の自分でさえ無理だったこと。急成長を遂げることなど。見る間に育って、大人の姿を手に入れるなど。
(育たなくちゃ、って思っていなかったから…)
 今の自分とは異なる事情。前の自分は、「大人になろう」と急いでなどはいなかった。
 もう充分に強かったサイオン。子供の姿でも問題も不自由もありはしなくて、育ちたいと切実に思う理由が無い。「今の姿じゃ駄目なんだ」と成長を急ぐ理由など。
 だから、檻の中では長く止めていた成長を再び始めただけで、前の自分は普通に育った。日毎に大きくなりはしないで、ゆっくりと自然なスピードで。
 あれだけのサイオンを持っていてさえ、ゆるやかに育って大きくなった。前の自分の背丈まで。
(急に成長するなんて…)
 前のぼくでもやっていないよ、と思ったはずみに気が付いた。
 一度だけ、やっていたことに。劇的な変化を身体に起こして、すっかり変わってしまった姿。
(成長じゃなくて、変身だけど…)
 そう、「変身」という言葉が相応しいだろう。サナギが蝶へと脱皮するように、ミュウへと変化した自分。それまでの「人類」という姿から。ただの平凡な少年から。
(中身がミュウに変わっちゃったら…)
 外見まで同じに変化を遂げた。一瞬の内に色素が消し飛び、アルビノになって。
 銀色の髪に赤い瞳で、抜けるような肌を持ったアルビノ。前の自分はそういう姿に変化した。
 今の時代は、「ソルジャー・ブルー」と言ったらアルビノなのだけど。誰が聞いてもアルビノを思い描くけれども、そうではなかった本来の姿。
(金色の髪で、水色の瞳…)
 それが本当の色だったっけ、と思い出す。前の自分が持っていた色。
 成人検査よりも前の記憶は失くしたけれども、辛うじて残った最後の記憶。検査を受けに行った施設の待合室で、壁に映っていた姿。
 金髪に水色の瞳の少年、前の自分はそれを見ていた。見るともなしに、「ぼくの姿だ」と。



 そうだったよね、と蘇って来た前の自分の記憶。急成長を遂げる代わりに、抜け落ちた色素。
 ミュウに変化した証のように、アルビノに変わってしまった自分。それまでの色を失って。
(あの姿、何処に行っちゃったんだろ?)
 金色の髪と水色の瞳を、今の自分は持ってはいない。青い地球の上に生まれた時から、アルビノだった今の自分。母のお腹から生まれて来た時、既に持ってはいなかった色素。
 お蔭で名前が「ブルー」になった。
 前の自分と同じ名前でも、何処にも青い色は無い。けれど「ブルー」で、ソルジャー・ブルーに因んだ名前。タイプ・ブルーに生まれた子供で、アルビノだからと名付けられて。
(ソルジャー・ブルーは大英雄だし、パパとママが付けるのも分かるけど…)
 今ならではの名前だけれども、前の自分の「本当の姿」は何処に消え失せたのだろう?
 青い色を持っていた「ブルー」は。…金色の髪と水色の瞳は?
(失くしちゃったの…?)
 この地球の上に生まれてくる時、前の自分の本当の色を。生まれた時から持っていた色を。
 今の自分は生まれつきアルビノの子供だったし、それですっかり慣れているけれど。銀色の髪と赤い瞳を持った顔しか知らないけれど。
(…前のぼくなら、この顔の時には違ってた色…)
 十四歳になるまでは違う色を持ち、ミュウに変化してアルビノになった。
 子供時代の記憶は全く残っていないし、思い出せない本来の姿。幼かった頃はどんな顔立ちで、鏡の向こうに何を見たのか。「ぼくの顔だよ」と眺めていただろう顔。
 映っていたのは金色の髪と水色の瞳、それを何処かに落としたろうか…?
 今の自分は「知らない」から。そういう色を持った自分を、ほんの僅かな欠片でさえも。
(…前のぼくの記憶がある、っていうだけで…)
 ぼくは知らない、と椅子から立って、覗きに出掛けた壁にある鏡。さっき覗いていた鏡。
 其処に映った自分の姿に、金色の髪と水色の瞳を重ねようとしても、重ならない。ほんの少しも重なりはしない。どう頑張っても、金色と水色を重ねたくても。
(…そういう色に見えてくれないよ…)
 なんと言っても、今の自分が十四年間も見て来た顔だから。銀色の髪も、赤い瞳も。
 物心ついた時には、とうにこの色。アルバムの写真も全部そうだし、これが自分の色だから。



 あの色のぼくとは別人だよね、と戻った勉強机の前。鏡に映ったチビの自分に背中を向けて。
(本当のぼく…)
 何処へ行ったの、と考えてしまう。金色の髪に水色の瞳、それを確かに持っていた自分。
 あれは幻だったろうか、と勉強机に頬杖をついて、失くした姿を追ってみる。記憶の中に確かにあるのに、今は持ってはいない色。今の自分が生まれた時には、無かった色。
(鏡を見たって、上手く重ならないくらいだし…)
 幻でもいいのかもしれない。時の彼方に消えてしまった、蜃気楼のように儚い幻。
 前の自分は三世紀以上も生きたけれども、あの色を身体に持っていたのは十四年だけ。その上、記憶に残っているのは、成人検査の直前に壁に映った姿。他には何も覚えていない。
(長い人生の中の、ほんの一瞬…)
 ホントに一瞬だけだったよね、と思う色。それだけでも、まるで幻みたい、と。
 おまけに今の自分にとっては、「持っていたことがない姿」。金色の髪も、水色の瞳も。
 今の自分が金色と水色を取り戻したなら、両親は驚くことだろう。一人息子に何が起きたかと、目を丸くして。「これはブルーの色じゃない」と、二人とも慌てふためいて。
(…病院に連れて行かれちゃうかもね?)
 何かの病気で色が突然変わったろうか、と大きな病院へ。痛いわけでも何でもないのに、両親が揃って付き添って。
 そう思うと、なんだか面白い。身体に持っている色が変われば、病院なんて、と。
(前のぼくだと…)
 色が抜け落ちたら「ミュウになった」と銃で撃たれたのに、今の自分は病院で診察。今の自分と違った色の髪や瞳に変化したなら。
 どちらも同じに色が変わるだけで、自分の中身は変わらないのに。前の自分も、今の自分も。
 ミュウに変化した前の自分も、心は変わらなかったというのに、容赦なく銃を向けられた。誰も話を聞いてくれなくて、「何もしない」と訴えた言葉も聞き流されて。
(時代が違うと、ぼくの扱い、変わっちゃうんだ…)
 成人検査などは無い時代。それに血が繋がった本物の両親と暮らしている自分。
 そんな自分の髪と瞳の色が変わったら、撃たれはしないで、病院へ診察に連れてゆかれる。父が急いで車を出して、母が「大丈夫?」と心配しながら、車の中で手を握ってくれて。



 時代と環境、それに境遇。そういったものが違っただけで、自分への扱いも変わるらしい。前の自分と同じように「持っている自分の色」が変わっても、別の色へと変化をしても。
(…だったら、最初は金色の髪に水色の瞳のぼくで…)
 その色に生まれた今の自分が、ある日アルビノになったなら、と想像してみる。金色の髪が銀に変わって、水色の瞳は色を失くして血の色の赤。
 両親がそれを目にしたならば、やはり大慌てで病院に連れて行かれそう。「大変!」と父の車に乗せられて。母に手をしっかり握り締められて。
 きっと大騒ぎになるんだよ、と考えていたら、頭の中に浮かんだこと。今の自分が行った病院。
(そうだ、聖痕…!)
 前兆だった右の瞳からの出血。両親は「病院に行かないと」と車を走らせ、ずいぶん心配そうにしていた。瞳には傷が無いと聞いても、出血したのは本当だから。
 その後に起きた、学校での本物の聖痕現象。ハーレイと再会を果たした途端に、右の瞳や両方の肩から溢れ出した血。左の脇腹からも流れた鮮血、前の自分がキースに撃たれた傷の通りに。
(凄く痛くて、気絶しちゃって…)
 救急搬送された自分。ハーレイが付き添っていてくれたことさえも覚えてはいない。酷い痛みで意識を失くして、目覚めた時には病院のベッド。
 それほどの激痛、同時に戻った膨大な記憶。前の自分がミュウに変化した、成人検査の衝撃にも匹敵しそうな感じ。あの時の今の自分のショックは。
(今のぼくは、元からミュウだけど…)
 記憶が戻った時のショックで、アルビノに変化したとしたなら、どうだったろう。
 金色の髪と水色の瞳を失くしてしまって、銀色の髪と赤い瞳に変わったら。
(ホントに前のぼくとそっくり…)
 もう文字通りに、ソルジャー・ブルーの誕生と言っていい光景。
 ソルジャー・ブルーが成人検査でアルビノになった話は、今も有名だから。元は金色の髪だったことも、水色の瞳を持っていたことも。
(ぼくが同じに変化しちゃったら、パパもママもビックリで、ぼくもビックリ…)
 両親は腰が抜けそうなくらいに驚くだろう。一人息子がアルビノになってしまったら。
 自分も驚きそうだけれども、直ぐに納得するのだろうか。前の自分の記憶が戻っているのなら。



 色が抜け落ちた姿を鏡で眺めて、目をパチクリとさせそうな自分。「これが、ぼくなの?」と。
 病院のベッドに横たわったままで、アルビノになってしまった自分を鏡で見たら。
(ぼくの色は何処へ行っちゃったの、ってビックリするのか、納得か、どっち…?)
 これが本当の自分の色だ、と素直に受け入れるだろうか。記憶が戻っているのだったら、何度も見ていた色の筈。自分ではなくて、前の自分が。
(チビの頃には、鏡はそんなに見ていないけど…)
 育った後にもアルビノだったし、アルタミラから脱出した後も三百年は馴染んだ姿。今の自分の色を失くしても、素直に納得しそうではある。「この姿だって、ぼくだよね?」と。
 けれど、周りはどうだろう。両親はともかく、他の人たちの反応は…、と考えていたら聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、早速、訊いてみることにした。
 テーブルを挟んで向かい合わせで、ハーレイだったらどうなるのかと。
「あのね、ハーレイ…。ぼくがアルビノじゃなかったら、どうしてた?」
「はあ?」
 どういう意味だ、と怪訝そうなハーレイ。「そいつは、今のお前のことか?」と。
「そう。金色の髪と水色の瞳を持った、ぼくだよ。…前のぼくの色を知っているでしょ?」
 成人検査を受ける前にはこうだったよ、って記憶を見せたし、アルテメシアを落とした後には、前のぼくのデータも見てるよね。育った家とか、養父母のデータとかと一緒に。
 もしも、今のぼくが金髪で水色の瞳だったら…。そんなぼくでも、ハーレイの記憶は戻ったの?
 教室に入って出会った時に、と問い掛けた。まずは其処から訊かないと、と。
「俺の記憶か? 戻るだろうなあ、そんなお前でも聖痕は現れるんだろうから」
 どんな瞳と髪の色でも、聖痕は出てくるんだろう。あれは奇跡で、神様が起こしたものだから。
 お前と俺とを出会わせるために、きちんと時と場所とを選んで。
 人騒がせな場所ではあったが…、とハーレイが浮かべた苦笑。教室のあちこちで上がった悲鳴や叫び声。他のクラスにも騒ぎは飛び火で、救急車までが来たのだから。
「やっぱり記憶は戻るんだ…。ぼくの髪や瞳が違う色でも」
 それでね、ちょっと訊きたいんだけど…。
 聖痕が身体に出ちゃったショックで、ぼくがアルビノになってしまったら、どう思う?
 前のぼくがアルビノに変わったみたいに、今のぼくの色も変わってしまったら…?



 成人検査とは違うけれども、ショックは大きかったんだから、と話した聖痕現象。激しい痛みと酷い出血、それに膨大な記憶までが戻って来た瞬間。
「…あれでアルビノに変化したって、おかしくないと思うんだけど…」
 元からアルビノだったお蔭で、変化しなかっただけかもね。…もう失くす色は無いんだから。
 だけど、金髪で水色の瞳を持ったぼくなら、前と同じに色が抜けそう…。全部、すっかり。
 聖痕が身体に出た途端にね、と肩を竦めてみせた。「そうなっていたら、ビックリした?」と。
「驚くなんてモンじゃないんだろうな…。俺の目の前で、お前がアルビノになったなら」
 お前が帰って来てくれたんだ、と喜びもするが、きっと度肝を抜かれるんだろう。とんでもない現象を見たわけだしなあ、お前の色素が一瞬の内に消えるんだから。
 俺も驚くが、教室中の生徒がパニックじゃないか?
 まるでソルジャー・ブルーだからなあ、色素を失くしてアルビノに変化するなんて。
 歴史の授業で教わるんだし…、とハーレイが言っている通り。ソルジャー・ブルーについて習う時には、成人検査の所から。「色素を失くしてアルビノになった」と始まる授業。
「そうだよね…。クラスのみんなも、ビックリ仰天…」
 ぼくがソルジャー・ブルーみたいになった、って大騒ぎだよね、アルビノに変化しちゃったら。
 さっきまでいた金色の髪と水色の瞳を持っていたぼくが、銀髪で赤い瞳になったら…。
 気絶しちゃったら、瞳の色は分からないかもしれないけれど…。
 どの辺で変化するかによるよね、と瞬きをした。聖痕が現れた瞬間だったら、暫くは瞳も開いていた筈。ハーレイが教室に入って来た時、右の瞳から出血を起こしたのだから。
「聖痕が出るだけじゃないんだな? お前に出会った瞬間の変化」
 瞳の色まで変わっちまって、髪の毛の色も変化して…。ついでに大量出血、と。
 俺もパニックに陥りそうだが、前の俺の記憶が戻ってくれればストンと納得しそうではある。
 お前なんだ、と直ぐに分かるから。…アルビノに変わっちまうのも無理はない、と。
 しかしだ…。俺はともかく、お前を運んでゆく先の病院ってヤツが問題だぞ。
 救急車を呼んでも、救急隊員が慌てるだろう、とハーレイは頭を振っている。何処へ搬送すればいいのか、彼らが頭を悩ませそうだ、と。
 聖痕からの大量出血も大変だけれど、失くした色素。それは出血のせいでは消えない。
 原因不明の出血と、消えてしまった色素。運ぶ病院を決めるのに、きっと困るのだろう、と。



 受け入れる病院は何処になるんだ、と言われてみれば難しそう。聖痕現象の前兆の時に、診察を受けた大病院。あそこに運ばれるにしても…。
「聖痕だけなら、前に診てくれた先生で決まりなんだけど…」
 ぼくがソルジャー・ブルーの生まれ変わりじゃないか、って言ってた先生。目からの出血、あの先生が診てくれていたしね。傷も無いのに血が出るなんて、って色々と調べて。
 だから身体中から血が出ていたって、傷は何処にも無いってことが分かれば、あの先生だよ。
 最初の間は、怪我の専門家の先生たちが診そうだけれど…。手術が必要なのかも、ってね。
 怪我なら急いで手術しなくちゃ、と自分が起こした聖痕現象を思う。両肩と左の脇腹から溢れる鮮血は早く手当てをしないといけない。場所が場所だけに、命が危ういかもしれないから。
 実際、救急搬送された時には、そうだったという。輸血や手術の用意をしながら、到着を待った病院の医師たち。けれども患者の服を剥いだら、怪我は無かったものだから…。
(最初に診てくれた、あの先生…)
 聖痕現象だと見抜いた医師の出番になった。前兆の時から診ていたわけだし、適任だろうと。
 症状が聖痕現象だけなら、あの医師だけでいいのだけれど。他の医師の出番は皆無だけれども、色素を失くした現象の方は、管轄が違うような気がする。引き金は聖痕だとしても。
「お前の色素まで抜けちまったなら、どの先生が診るやらなあ…」
 あの先生も診るんだろうが、聖痕よりも厄介なのがアルビノのような気がするぞ。原因は聖痕にしたってな。…あの先生がそれを見抜いてくれても、お前、アルビノなんだから…。
 直ぐには退院できないんじゃないか、聖痕だけの時と違って。
 入院ってことになっちまうかもな、とハーレイが言うから驚いた。聖痕は直ぐに帰れたのに。
「え? 入院って…」
 どうして入院しなきゃ駄目なの、ぼくはアルビノになっただけだよ?
 髪の毛と目の色は失くしちゃったけど、他の色に変わってしまっただけで…。
 沢山の血が流れ出すよりマシじゃないの、と傾げた首。何故、アルビノだと入院なのかと。
「そのアルビノが厄介だって言っただろうが。…聖痕よりも」
 聖痕だったら、お前の身体に傷は一つも無いわけだから…。
 何度も繰り返す恐れが無いなら、特に心配要らんだろう。酷い出血さえ起こさないなら。
 だが、アルビノだとそうはいかない。お前の体質、すっかり変わっちまったんだし。



 聖痕と違って本当に身体に起こった変化だ、とハーレイは指でテーブルをトンと叩いた。
 「金色の髪に水色の瞳のお前は、何処にもいなくなったんだから」と。
「聖痕は出血が収まっちまえば、傷なんか一つも無いんだが…。元のお前の肌に戻って」
 しかし、アルビノの方は違うぞ。聖痕から出血するのが止んでも、髪や瞳の色は戻って来ない。いつまで待っても色は抜けたままで、戻りそうにないと分かったら…。
 其処から先が大変だってな。お前はいきなり、アルビノとして生きてゆくことになるんだから。
 まずは、お前が色素を失くしたことで、身体に起こった変化を確かめてやらないと。
 そいつが医者の仕事だよな、と言うハーレイにキョトンとした。どうして医者の出番なのかと。
「…なんでお医者さん? 聖痕の方なら分かるけど…」
 大怪我をしたみたいに見えるし、ホントに凄い血だったから…。検査も色々してたけど…。
 アルビノの方なら、色が変わっただけじゃない。お医者さんが調べて「アルビノです」って診断したら終わりじゃないの?
 それだけでしょ、と首を傾げた。実際、今の自分は病院とは無縁。虚弱な身体の方はともかく、アルビノの方では行かない病院。定期検査にも、健康診断にも。
 なのに病院がどう関わるのか、本当に不思議に思ったのだけれど。
「さっきも言ったぞ、アルビノの方が厄介だと。…聖痕よりも」
 お前の体質は変わっちまって、身体から色素が無くなったんだ。それも一瞬で消し飛んで。
 失くしちまった色素の方は、お前の身体を守っていたようなモンだから…。そうなる前には。
 アルビノになった身体の負担を補えるだけの、充分なサイオン。そいつがきちんと働いてるかを調べないと。…そこで病院の出番になるってな。
 生まれつきのアルビノだった場合は、今の時代は全く問題ないんだが…。
 前の俺たちの頃と同じで、サイオンが身体の弱い部分を自然に補ってくれるから。…アルビノに生まれて色素が無いなら、そういう身体に相応しく。
 ところが、お前は生まれつきのアルビノじゃないからなあ…。いきなり変化したってだけで。
 その上、サイオンが不器用と来た。病院の方でも、不器用なのは把握してるから…。
 検査しようとするだろうさ、というハーレイの指摘。アルビノの身体が抱えた弱点、それを補うサイオンが使えているかの検査。
 なにしろ突然変化したのだし、タイプ・ブルーでもサイオンを上手く扱えない子供だから。



 サイオンを自由に使いこなせるなら、早めに退院できそうだが、とハーレイに言われて、やっと気付いた。今の自分の不器用すぎるサイオン、それが大いに問題なのだと。
「そうなのかも…。今のぼく、ホントに不器用だから…」
 生まれた時からアルビノだったし、サイオンで補えてるけれど…。元からこういう身体だから。
 だけど途中で変わっちゃったら、サイオンがついていかないかも…。不器用すぎて。
 アルビノは光に弱いんだよね、色素が無いから。…目とかが痛くなっちゃうの?
 上手くサイオンで補えなかったら…、と目をパチパチと瞬かせた。今の自分はまるで平気だし、空の太陽を見上げたりもする。もちろん、太陽は眩しすぎるけれど。
「そうらしいなあ、サイオンで補えなかった時代は大変だったという話だぞ」
 真夏でなくても、サングラスをかけたりしたらしい。でないと光で目をやられるから。
 肌の日焼けも酷かったと聞くな、日光で火傷しちまうんだ。肌が真っ赤に焼けてしまってな。
 もっとも、前のお前の場合は、まるで気にしちゃいなかったが…。今のお前と全く同じで。
 宇宙を旅していた頃はともかく、アルテメシアに落ち着いた後も、平気で外に出ていただろう?
 太陽が燦々と照っていようが、目が痛かったとも、日焼けしたとも言いもしないで。
 前のお前も、無意識にやっていたんだろうなあ…。生まれつきじゃなくても、変化した時から。
 アルタミラの檻に押し込められるよりも前から、もう早速に。
 成人検査の機械を壊して、アルビノになった途端にな…、というハーレイの言葉に頷いた。
「そうだと思う。あの部屋も明るかったんだけど…。眩しいって思わなかったから」
 ぼくの目の色と髪の毛の色が変わっちゃった、ってビックリしただけで、たったそれだけ…。
 眩しくって目がチカチカしたなら、きっと覚えているだろうしね。太陽の光じゃなくっても。
「うむ。その後、直ぐに撃たれたらしいが、目が痛かったなら忘れはしないだろう」
 それも変化の一部分だから、「あの時はこういう風になった」と、ずっと後まで。お前の人生、あそこで丸ごと変わっちまって、別の人生になったんだしな。
 そういう記憶が無いと言うなら、前のお前は上手にサイオンでカバーしたんだ。色素を失くした瞳の弱さを、変化と同時に実に素早く。
 なんと言っても、完璧なタイプ・ブルーだったんだから…。
 今の不器用なお前と違って、サイオンを直ぐに使いこなすことが可能だった、と。どういう風に使えばいいのか、アルビノの弱点を補うことも含めてな。



 光に弱いというアルビノ。身体がそれに変化したなら、弱くなった部分はサイオンで補う。前のお前はそうだったろう、というのがハーレイの読み。最強のサイオンの持ち主に相応しい能力。
「しかしだ、今の不器用なお前だと…。その方面の力も、駄目な可能性が高いしな?」
 元がとことん不器用なんだし、サイオンで上手く補うどころか、ただ途惑ってるだけだとか…。
 補えてるにしても、生まれつきのアルビノの場合と違って、足りない部分があるかもしれん。
 そういったことがハッキリするまで、病院に留め置きになるんじゃないか?
 検査の内容までは知らんが、眩しがらずに見えているのか、肌は日焼けに弱くないかだとか…。色々な項目について調べて、「大丈夫だ」とお墨付きが出るまで入院とかな。
 預かっちまった病院の方にも責任ってヤツがあるじゃないか、と大真面目な顔をするハーレイ。急に色素を失くした患者を診察したなら、その患者が普通に暮らせるかどうかを調べねば、と。
 アルビノ特有の弱点をサイオンで補えない状態となれば、生活のためのアドバイスも必要。強い日差しは避けるべきだとか、サングラスをかけるようにとか。
 検査が済んで結果が出るまで、留め置かれたままになる病院。聖痕現象の方は収まっていても、失くした色素が問題だから。
「それじゃハーレイに会えないじゃない!」
 病院から家に帰れないんじゃ、ハーレイに会えないままになっちゃう…。
 検査にどのくらいかかるか分からないけど、その間は入院なんだから。家に帰れないで、何度も検査。アルビノでも普通に生きていけるか、お医者さんたちが調べ終わるまで…。
 入院してたらハーレイに会えなくなっちゃうじゃない、と困ってしまった。
 金色の髪と水色の瞳を持って生まれて、それを失くしたら、前のハーレイが良く知っていた姿が戻ってくるけれど。アルビノの姿になるのだけれども、肝心のハーレイに会えないらしい。暫くの間は家に帰れず、検査入院になりそうだから。
「いや、其処は心配しなくても…。ちゃんと見舞いには行ってやるから」
 学校の仕事が終わりさえすれば、自分の時間が取れるんだし…。直ぐに車を走らせて。
 行き先がお前の家になるのか、病院なのかの違いだけだな、俺にとっては。
 心配するな、とハーレイは微笑むけれども、病院の部屋へ見舞いに来て貰っても…。
「来てくれるのはいいんだけれど…。再会の場所が病院だなんて…」
 やっとハーレイに会えたっていうのに、ゆっくり話も出来ないだなんて…!



 そんなの嫌だ、と頬を膨らませた。病室なんかで再会したって、二人きりで話せる時間は短い。あの日、ハーレイが来たのは夜だった。学校への報告などにも時間がかかったのだろう。
 家だったから夜でも良かったけれども、病院の場合はそうはいかない。面会時間はもう終わっていて、話せたとしても僅かだけ。
(ただいま、ハーレイ、って言えるかどうか…)
 母が病室に付き添っていたら、きっと口には出来ない言葉。「帰って来たよ」という言葉も。
 ハーレイが家まで来てくれたから、母に頼めた我儘なこと。「暫く二人きりにして」と。
 母は「お茶の支度をしてくるわね」と出て行ったけれど、病院の部屋だとどうなるだろう。外の廊下に出るだけだったら、じきに戻って来るのだろうし…。
(ただいま、ってハーレイに言うことは出来ても、抱き合ったりはしてられないよ…)
 ハーレイの方でも、ベッドの側に立っているだけで終わりそう。あるいは枕元の椅子に座って、そっと手を握ってくれるだけ。…抱き締める代わりに。
 それでは困る。「せっかくの再会が台無しだよ」と文句を言ったら、ハーレイに問い掛けられたこと。「なんでまた、アルビノじゃなかったらなんてことを考えてるんだ?」と。
「俺がお前に出会った時には、お前、アルビノだったじゃないか。…生まれつきの」
 途中で変化したってわけじゃないだろ、前と違って。なのに、どうしてこだわるんだか…。
 今のお前がアルビノに変化しちまった時は、困ったことになりそうだっていうのにな?
 お前もそれは困るんだろうが、と鳶色の瞳に覗き込まれたから、「そうだけど…」と口籠った。
「ぼくも困ってしまうんだけれど、でも、気になってしまったんだよ」
 えっとね…。家に帰って鏡を見てたら、前のぼくのことを思い出しちゃって…。
 今のぼくだと、生まれた時からアルビノだから、髪も瞳もこういう色。
 だけど、前のぼくは成人検査を受ける前には、金色の髪に水色の瞳をしてたわけだし…。
 その色、ぼくは欠片も持ってはいないんだよ。小さい時から、ずっとこの色。
 ハーレイと二人で青い地球に生まれ変わって来たけど、前のぼくの色は無くなっちゃった。前のぼくが持ってた、金色の髪と水色の瞳は最初から持っていなかったから。
 今のぼくはね、前のぼくの色を失くしてしまったみたいだから…。
 どんなに鏡を覗いてみたって、金色の髪に水色の瞳の顔は重なって来ないから…。
 本当のぼくは何処へ行ったのかな、って…。だって、この色だと別人だもの。



 顔立ちは同じでも別のぼくだよ、とハーレイの鳶色の瞳を見詰めた。自分でも違うと思う印象。まるでそっくり同じ顔立ちでも、髪と瞳の色が違えば別人になる。
「そう思わない? 双子なんです、って言っても似てない双子…」
 双子だったらそっくりだけれど、本物のぼくとアルビノのぼくだと、似ていないってば。
 それくらい違って見える筈なのに、今のぼくは最初からアルビノで…。前のぼくは何処に行ってしまったのかな?
 金色の髪に水色の瞳のぼくは…、と消えない疑問。今の自分が欠片さえも持っていない色。
「本物って…。本物のお前は、今のお前だろ? 銀色の髪に赤い瞳のアルビノ」
 前のお前の記憶はともかく、俺が知ってるお前は、そうだ。…最初からな。
 燃えるアルタミラで出会った時には、お前はとっくにアルビノだった。前の俺と一緒に暮らしたお前も、ずっとアルビノのままだったろうが。…色素は戻って来なかったから。
 俺は、金色の髪に水色の瞳のお前は知らん。前のお前が見せてくれた記憶の中でしか。
 後はテラズ・ナンバー・ファイブが持ってたデータだ、前の俺たちに関するデータ。前のお前の子供時代のデータの中には、そういうお前の写真もあったが…。
 お前の記憶の通りだったな、と考えただけで、何の感慨もありはしなかった。本物のお前だ、と思いもしないし、データをきちんと残したいとも思わなかったな。
 お前の養父母や、育った家のデータの方には俺も興味があったんだが…。それにお前の誕生日。
 そういったことは、いつかお前に教えてやろうと、頭に叩き込んだんだがな。
 俺の命が終わった後に…、と笑ったハーレイ。
 「逝ってしまった前のお前の所に行ったら、話してやろうと思ってたんだ」と。
 そう考えていたハーレイの目には、「本物」に見えなかった金色の髪に水色の瞳の「ブルー」という名の子供の写真。アルビノではない頃の姿は、本物らしく見えなかったと聞かされたから…。
「…こっちの姿が本物なの?」
 前のハーレイにはそう見えたって言うの、アルビノの方が本物のぼくの姿なんだ、って…。
「そうなるが? ついでに今の俺が見たって、お前の姿はアルビノでこそだ」
 金色の髪と水色の瞳のお前がいたって、ピンと来ないぞ。お前だと分かりはするんだが…。
 そういや、こういう色だったよな、と前のお前の記憶やデータを思い出したりするだろうが…。
 本物のお前の色じゃないな、と思うだろうなあ…。今のお前はこういう姿になったのか、と。



 きっと残念に思うんだぞ、とハーレイはアルビノに軍配を上げた。「それが本物のお前だ」と。
「俺が知ってるお前はそれだし、アルビノのお前が本物だろう」
 お前は本物の色を失くしたわけじゃなくてだ、最初から本物のお前の色で生まれて来たんだ。
 途中で色が抜けるとなったら大変だしなあ、病院に入院ってことになるかもかもしれないし…。
 面倒が無くて良かったじゃないか、と言われたアルビノ。今の自分の生まれつきの色。
「本物のぼくは、アルビノなわけ…? 前のぼくが最初に持ってた方の色じゃなくって…?」
 いくら鏡を覗いてみたって、重ならないとは思っていたんだけれど…。
 金色の髪も、水色の瞳も、ちっともぼくらしい感じがしなくて…。別人みたい、って。
 アルビノの方が本物だったら、重ならなくても不思議じゃないよね。こっちが本物なんだから。前のぼくがちょっぴり持っていた色は、成人検査で消えちゃったし…。
 あっちが仮の姿なのかな、と首を捻った。「本物のぼくは、ホントはアルビノ?」と。
「アルビノの方が本物なんだと思うがな? でなきゃ、あの色にはならんだろう」
 ミュウに変化すると色素を失くすと言うんだったら、シャングリラはアルビノばかりになるぞ?
 俺もアルビノなら、ゼルやブラウもアルビノだ。あの船の仲間はみんなミュウだし…。
 爆発的な変化でアルビノになると仮定したって、それだとジョミーが当てはまらない。あいつは前のお前以上に、凄いサイオンを爆発させてミュウになったが…。
 アルビノになっちゃいないだろうが、ジョミーと言えば金髪だ。緑の瞳も健在だったぞ。
 前のお前しかいなかったよなあ、アルビノのミュウは。…それが「本物」だという証拠だ。あの姿こそが、本物の前のお前の姿だってな。
 銀色の髪に赤い瞳のアルビノのお前、とハーレイが押した太鼓判。「あれがお前だ」と。
「うーん…。今のぼく、本物の色を失くしたわけじゃなくって、最初から本物だったわけ…?」
 前のぼくが違う姿をしていただけなの、ミュウになる前の間だけ…?
 記憶はちっとも残ってないけど、人類の世界で育てられてた十四年間だけが違う姿で…。
「俺はそうだと思ってるんだが? 今のお前が本物の姿をしているんだと」
 生まれつきのアルビノで、不器用なサイオンでも弱点をカバー出来てるお前。前の俺が知ってた頃のお前と、そっくり同じ色を持ったお前がな。
 第一、今のお前がだ…。金色の髪と水色の瞳に生まれていたら。
 名前は「ブルー」になっていたのか、今のお前は前と同じで「ブルー」なんだが…?



 其処の所はどうなるんだ、と投げられた問い。「お前の名前はブルーだったか?」と。
「今のお前が持ってる名前は、アルビノだった前のお前の名前なんだが…」
 同じアルビノの子供だから、と付けて貰った名前らしいが、そいつはどうなる?
 ちゃんと「ブルー」になっていたのか、という質問。金色の髪と水色の瞳に生まれていても。
「どうだろう…?」
 そっちでもブルーになっていたかな、瞳の色が水色だから…。水色も青の内だしね。
 前のぼくだって、名前は「ブルー」だったもの。きっと水色の瞳からだよ、育ててくれたパパとママが名付けたんだと思う。…前のぼくが忘れてしまった人たち。
 今は本物のパパとママだけど、ぼくの名前はどうなったのかな…?
 アルビノに生まれていなかったなら…、と考えてみた。金色の髪と水色の瞳だったら、どういう名前が付いたのだろう。両親は何と名付けただろう…?
 アルビノではない子供だったら、きっと「ソルジャー・ブルー」の名前を貰いはしない。いくら英雄の名前とはいえ、まるで似ていない子供では。
(身体が弱いのも分かってたんだし、英雄の名前なんか思い付かないよ…)
 それでも「ブルー」と名付けたとしたら、瞳の色の水色から。
 けれど両親は、別の名前を選んだ可能性もある。瞳の水色にはこだわらないで、自分たちの子に相応しい名前をあれこれ考えて。幾つも幾つも、候補を挙げて。
(アルビノだったから、直ぐにブルーに決まったけれど…)
 何日も色々考えた末に、違う名前にしそうな両親。咄嗟には例を思い付かないけれど。
 そうなったかも、と考えていたら、「ブルーの名前は貰えそうか?」とハーレイに尋ねられた。
「どうだ、金髪に水色の瞳のお前だった時も、お前は「ブルー」になれそうなのか?」
 俺が思うに、かなり難しそうなんだが…。
 アルビノのお前が生まれて来たなら、迷わずに「ブルー」だっただろうがな。
 誰だって最初に連想するぞ、と言われたソルジャー・ブルーの名前。両親もそうだったお蔭で、今の自分の名前はブルー。でも…。
「…金髪に水色の瞳だったら、違う名前になっちゃいそう…」
 水色の瞳で、ブルーにするかもしれないけれど…。前のぼくは多分、そうなんだけど…。
 今のぼくだと、パパとママが違う名前にしそう。二人で色々、素敵な名前を考えて…。



 両親が可愛い一人息子のために選んだ、今の自分に似合いの名前。ソルジャー・ブルーの名前を貰う代わりに、水色の瞳に因んで「ブルー」と付ける代わりに。
 幼い頃から呼ばれていたなら、その名前で馴染んでいそうだけれど。「ブルー」とは違う名前になっても、それが自分の名前だと思っていそうだけれど。
「…ぼくの名前、違うのになってたら…。それって困るよ、ブルーじゃない、ぼく…」
 記憶が戻ってくる前だったら、少しも困らないけれど…。どんな名前でも、好きなんだけど。
 前のぼくが誰だったのかを思い出した後に、違う名前で呼ばれちゃったら…。
 ハーレイにもそっちで呼ばれるんだよね、と途惑うしかない、「ブルー」とは違っている名前。家はともかく、学校でハーレイに呼ばれる時には、別の名前になるのだから。
「俺も困ってしまうぞ、うん。…違う名前のお前だなんて」
 お前の家なら、お母さんたちも事情を知っているから、ブルーと呼んでいいんだろうが…。
 学校で混乱してしまいそうだ、授業中でも、それ以外の場所で会った時でも。
 いつも学校でお前がやってる、「ハーレイ先生」どころじゃないぞ。お前は「先生」と付けさえすればいいわけなんだし、「ハーレイ……先生?」と間が空いても問題ないが…。
 俺の場合は、全く違う名前でお前を呼ばんといかん。間違っても「ブルー」と言えやしなくて。
 お前は「ブルー」じゃないんだからなあ、他に立派な名前があって。
 先生たちもお前の友達もみんな、そっちの名前に慣れているんだから、とハーレイが振っている頭。「ウッカリ呼び間違えちまった時には、俺が注目されちまう」と。
「ホントだね…。誰と間違えてるんだろう、って思われるだけならいいけれど…」
 何度も間違えて呼んだりしてたら、ぼくとハーレイの正体がバレてしまうかも…。
 ハーレイは見た目がキャプテン・ハーレイだし、ぼくの方だって、アルビノに変わっちゃったりしていたら。…前のぼくだった頃とそっくり同じに、色素を失くしてアルビノだったら…。
 そうなっちゃっても、「渾名なんだ」って、誤魔化すことは出来るかもしれないけれど…。
 ハーレイはキャプテン・ハーレイにそっくりなんだし、ぼくはアルビノなんだから…。
 「ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイごっこで付けたんだ」って、誤魔化して渾名。
 なんとか誤魔化せそうだけれども、ハーレイ、ちょっぴり子供っぽいかも…。
 ぼくの家で「ブルー」って呼んで遊んでいるならいいけど、学校でも渾名で呼ぶなんて。
 廊下とかで会った時ならいいけど、授業中に渾名は、みんなに笑われそうだよね…?



 渾名で呼ばれる子もいるけれど、とクスクス笑った。クラスのムードメーカーなんかは、名簿の名前で呼ばれる代わりに渾名のことも多いから。…茶目っ気の多い先生ならば。
 ハーレイも渾名を使うけれども、「ソルジャー・ブルーごっこ」の名前はどうかと思う。学校で呼ぶべき名前ではなくて、聖痕を持った自分の守り役の時に使う名前だから。
「まったくだ。…俺がお前を「ブルー」と呼んだら、「また間違えた」と生徒が笑うぞ」
 俺の威厳が台無しだよなあ、何度も間違えちまっていたら。
 しかし俺には、お前は「ブルー」なんだから…。切り替えようとしても難しいだろう。
 そうならないよう、神様は色々と考えた上で、今のお前に本当の姿を最初から下さったんだ。
 アルビノの子だから「ブルー」になるよう、途中で色素を失くしてしまって困らないように。
 もっとも、お前が金色の髪と水色の瞳に未練があるなら、いつか髪の毛を染めてもいいが。
 銀色だから綺麗に染まる筈だぞ、というハーレイの案。今の学校の生徒の間は無理だけれども、卒業してハーレイと暮らし始めたら、髪を染めてもいいらしい。前の自分が持っていた色に。
「金髪に染めるの? 瞳の色は…?」
 赤いままだと、前のぼくの色にならないんだけど…。水色でなくちゃ。
「色がついてるレンズを入れれば水色になるぞ。そうしてみたいか?」
 前のお前の瞳の水色、レンズで再現できそうだがな…?
 そういう色を持ってた頃より、大きく育っちまっているが、とハーレイが持ち出した、瞳の色を変えられるレンズ。今の赤から、前の自分が持っていたあの水色に。
「えーっと…。別人になってしまいそうだけど、ちょっと興味はあるかな、それ…」
 今のぼくが知らない色をしたぼく、と瞳を輝かせた。今の自分はその色を持っていないから。
「そういうお前とデートするのも楽しそうだな、前の俺が知らない色だしなあ…」
 その色を持った前のお前に、直接会ってはいないから。…その色を知っているってだけで。
 機会があったらやってみるか、とハーレイが笑顔を向けてくれるから、いつかやってみようか。
 髪を金色に染めて、水色の瞳になるレンズ。そういう色になって、「ねえ、似合う?」と。
 銀色の髪に赤い瞳の今の姿も好きだけれども、ソルジャー・ブルーではない自分。
 前の自分とは違った色をした、「似ていない自分」になってみるのも悪くない。
 金色の髪と水色の瞳に姿を変えた自分になっても、ハーレイなら好きでいてくれるから。
 「今日は別人のお前とデートなんだな」と、おどけた顔で腕を差し出してくれそうだから…。



            違っていた色・了


※今のブルーは生まれた時からアルビノですけど、前のブルーは、元は金髪で水色の瞳。
 今度もその色を持っていたなら、事情が色々、違っていたかもしれません。聖痕で変化とか。
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