シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
お気に入りの席
(あ…)
塞がってる、とブルーが眺めた座席。学校からの帰りに乗り込んだバスで。
いつも腰掛ける、お気に入りの席が塞がっていた。車内が混んでいるわけではなくて、座席なら他にも空いている。もちろん立っている人もいない。
けれど、先客が座っている席。其処に座りたかったのに。
(反対側のも…)
同じに人が腰掛けている。お気に入りの席がある場所は。
通路を挟んだ反対側なら、空いていたっていいと思うのに。空いている席は他に幾つも、其処を塞がなくても良さそうなのに。
(だけど、みんなの席なんだから…)
何処に座るのも、その人の自由。今日はたまたま、そうなっただけ。先に乗った人が腰掛けて。
「ぼくの席だよ」と言えはしないし、仕方ないから別の席に座った。「此処でいいや」と。通学鞄を膝の上に置いて。
(眺めはそれほど変わらないけど…)
窓の向こうを眺めるのならば、いつもの席と全く同じ。ただ、バスの前がよく見えない。普段の席なら、通路の行く手に大きな窓が見えるのに。これから進む先の道路や、対向車などが真っ直ぐ前に見える窓。
(此処からでも、ちょっと通路に乗り出したら…)
見えるんだけどね、と首を傾けて前を見る。ちゃんと道路も、対向車とかも見えるけれども…。
それでも損をした気分。「ツイてないよ」と。
座れなかったわけではなくても、ほんのちょっぴり。いつものようには開けない視界。前の方を眺めたいのなら。…直ぐ横の窓の向こうではなくて。
(ぼくの我儘…)
不満に思うのも、「ツイていない」のも、我儘なのだと分かってはいる。路線バスは公共の交通機関で、誰が乗るのも、何処に座るのも自由。指定席など無いのだから。
そうは思っても、残念な気持ちが拭えない。
お気に入りの席を取ってしまった人が、今日は二人もいたということ。
立つ人がいるほど混んでいるなら、何とも思わないけれど。自分も同じに立つのだけれど。
そっちだったら、「ツイていない」と思いはしない。今日のような気分になったりはしない。
(こんな日もあるよね、って…)
吊り革を握って立つだけのことで、塞がっている席を未練がましく見たりもしない。空いている席があれば良かったのに、と車内を眺めているだけで。
ところが、混んではいないバス。座れる席なら幾つもある。自分が座った席の他にも、あちこち空いている座席。
こんな時には、普段の席のどちらかは空いているものなのに。通路を挟んで右か左か、運のいい日なら両方だって。
(だからお気に入り…)
バスに乗り込んだら、自分を迎えてくれるかのように、待っていてくれる席だから。
「どうぞ座って下さい」と。バスは言葉を話さないけれど、思念波だって来ないけれども。
(でも本当に、ぼくを待ってるみたいに空いてるから…)
いつもストンと腰掛けるわけで、窓の向こうを見ながら帰る。席の横の窓や、バスの前の窓を。面白いものが見えはしないかと、今日の天気はどんな具合かと、色々なことを考えながら。
その席が無いから、気分はガッカリ。
首を伸ばして前を見たって、なんだか違ってしまうから。少し見えにくいものだから。
(仕方ないけど…)
こういう日だって、たまにはある。滅多に無いというだけのことで。
だから余計に「ツイていない」気分。「どうして、今日はこうなんだろう」と。
家の近くのバス停までには、幾つか挟まる他のバス停。其処で誰かが降りてくれれば、いつもの席に移動も出来る。ほんのバス停一つ分でも、「ぼくの席だよ」と座れるのに…。
(…降りる人、他の席ばかり…)
降車ボタンを押して降りるのは、他の座席の人だった。「お気に入り」の二つの席は空かずに、自分が降車ボタンを押す番。「次で降ります」と。
(…ぼくの席、座りたかったのに…)
とうとう空いてくれなかったよ、と降りるしかなかった路線バス。
お気に入りの席には座れないまま、運転手さんに「ありがとうございました」と御礼を言って。降りる時にも振り返ってみて、「やっぱり今も塞がってる」と席を確かめて。
こんな日だってあるんだけどね、とトボトボと歩いて帰った家。「ツイていない」気分を抱えたままで、「何かいいこと、起こらないかな」と。お気に入りの席が無かった代わりに、と。
けれど、そうそう「いいこと」が降ってくるわけもない。ツイていなくもなかったけれど。
「ただいま」と玄関の扉を開けたら、その家の中は普段と同じ。
母がおやつを用意してくれて、ダイニングのテーブルでのんびり食べた。自分の席で、いつもと同じ景色を眺めて。
「御馳走様」とキッチンの母に空のカップやお皿を返して、戻った二階の部屋だって、そう。
勉強机の前に座ったら、周りは見慣れた自分の部屋。角度の一つも違いはしなくて。
(ぼくのための席って…)
大切だよね、と感じてしまう。ダイニングの席も、勉強机の前も落ち着く。いつも通りだというだけで。特に素敵なことが無くても、「いいこと」が起こってくれなくても。
(もしも、この席が無かったら…)
「ツイていない」どころの騒ぎではない。ダイニングに行っても、自分の椅子が無かったら。
自分の部屋に入ってみたって、勉強机の前から椅子が消えていたなら。
(そんなの、困る…)
バスの中の席が無かった程度で、文句を言っては駄目だろう。「お気に入りの席」は、誰のものでもないのだから。バスに乗った人が好きに座っていい場所だから。
(やっぱりホントに、ぼくの我儘…)
ツイていないなんて思ったら駄目、と我儘な自分を叱っていたら、ふと気が付いた。
今の自分は、バスの中にも「お気に入りの席」を持っているほど。自分が勝手に選んだ座席で、他の誰かが座っていたって、「ぼくのだよ」と言えはしないけど。
(でも、お気に入りで…)
空いていたなら、其処が自分の指定席。他に幾つも席があっても、迷わずに腰を下ろす場所。
家に帰れば、ダイニングのテーブルに「自分のための」席がある。おやつを食べるのも、食事も其処で、母がお皿を置いてくれる場所。
(この部屋だったら…)
勉強机の前が指定席だし、窓際にあるテーブルと椅子も、「自分の場所」は決まっている。使う時には、「ぼくがこっち」と座る椅子。バスにも、家にも、自分の席。
幾つも席を持っている自分。家なら本物の指定席だし、バスの中なら「勝手に決めた」指定席。座れば、とても落ち着く場所。
(その席が、今日は塞がってたから…)
ツイてないよ、とガッカリしたのが帰りのバス。「何かいいこと、あればいいのに」と思ったりしながら、家まで帰って来たほどに。
そうなったくらいに、「自分の席」は大切なもの。あって当然、消えていたなら残念な気分。
もしも自分の家で起きたら、大騒ぎすることだろう。「ぼくの席は?」と大声を上げて、消えてしまった椅子を探して。「ママ、ぼくの椅子は何処へ行ったの!?」と。
(学校に行ってる間に、ママが何かを零したとか…)
それで椅子ごと洗うことになって、何処かに干されているだとか。ちょっとした傷みに気付いた母が、修理に出してしまったとか。
(そういうことになっちゃってても…)
代わりの椅子が置いてあるなら、其処まで騒ぎはしないだろう。座り心地が少し違っても、席は同じにあるのだから。いつもの場所に座ることが出来て、見える景色も全く同じ。
(ぼくの家なら、そうなるけれど…)
「席が無いよ」と慌てていたなら、じきに現れるだろう母。「ごめんなさいね」と、別の椅子を運んで来てくれて。「暫く、これを使ってくれる?」と。
そうやって普段の席が戻って、ストンと座って、おやつに食事。この部屋だったら、勉強したり読書をしたりと、満喫できる「自分の席」。
(今のぼくだと、そうなんだけど…)
当たり前のように持っている「自分の席」。家はもちろん、バスの中でも勝手に決めている席があるくらい。塞がっていたら「ツイていない」と思う席が。
でも…。
(前のぼくだと、自分の席…)
無かったっけ、と白いシャングリラを思い出す。前の自分が生きていた船を。
シャングリラは巨大な船だったけれど、あの船には無かった「ソルジャーの席」。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた前の自分は、「自分の席」を持っていなかった。青の間に椅子はあったけれども、他の場所には。ブリッジにも、天体の間にも、食堂にだって。
まるで無かった、ソルジャー・ブルーのためにある席。青の間の椅子を除いては。
(あれはあれで理由があったんだけど…)
仲間外れにされていたとか、意地悪をされたわけではない。誰もソルジャーに、そんな真似などしないから。…敬い、大切に扱いはしても。
そうされた結果が「席が無かった」こと。ソルジャーだったから、席は無かった。あの船の中の何処を探しても、何処に行っても。
(前のぼくの席は無かったから…)
寂しい気持ちになる時もあった。他の仲間たちの姿を眺めて、「ぼくの席だけ、無いんだ」と。
そうして、いつも踵を返した。其処に「自分の席は無い」から。
もしも自分の席があったら、もっと愛着を覚えただろうか。視察が済んでも直ぐ立ち去らずに、「時間なら、まだあるだろう?」と腰を落ち着けたりもして。
ブリッジにしても、食堂にしても、のんびりとあちこち眺め回して。
(あれは何だい、って訊いてみるとか、「美味しそうだな」って見てるとか…)
きっと印象が変わっただろう。「自分の席」が其処にあったら、ゆっくり出来る場所だったら。
其処にいる仲間と話したりして、もう本当に「自分の居場所」。今の自分が暮らしている家の、ダイニングなどと変わらずに。
(いつでも行ったら、ストンと座れて…)
食堂だったら、飲み物なんかも注文する。「今日は紅茶で」とか、「あれと同じのを」と、他の誰かが飲んでいるものを真似るとか。
注文の品が届いた後には、自分の席でゆったりと。ソルジャーは暇な仕事だったから。
(そう出来ていたら、食堂だって、もっと身近で…)
居心地のいい場所だったろう。視察だけでなく、いつ出掛けても「自分の席」があったなら。
けれど、そうなったら仲間たちが困る。
船で一番偉いソルジャー、そんな人がフラリとやって来たなら。いつもの席に腰を落ち着けて、立ち去ってくれなかったなら。
(ソルジャーがいたら、マナーなんかも気になるし…)
誰もが緊張し切ってしまって、食堂の空気がピンと張り詰めてしまうだろう。賑やかだった声も静まり返って、黙々と食べているだけだとか。
ブリッジにしても、きっと同じこと。あそこにソルジャーの席が無かったのは、そんな理由ではなかったけれど。他に理由があったのだけれど、無理やりに席を設けていたら…。
(ぼくが座ってたら、みんなが大変…)
息抜きの会話も出来はしなくて、ひたすら仕事に打ち込むだけ。
「ソルジャーが見ていらっしゃるから」と、私語の一つもしようとせずに。
(…食堂もブリッジも、それじゃ、みんなが落ち着かないし…)
もっと寛いで貰わなければ、と自分の方から話し掛けても、きっと緊張は解けないまま。それを頑張って解いていったら、今度は「ソルジャーの威厳」が台無し。
子供たちと遊んでいるならともかく、大人相手に気さくに話し掛けたなら。…食堂で隣に座った誰かに、「それ、美味しいかい?」と声を掛けては、「ぼくもそれにしよう」とやっていたなら。
(その辺のことも、ちゃんと考えて…)
何処にも作りはしなかったんだよね、と分かってはいる「ソルジャーの席」。
旗振り役のエラはもちろん、ヒルマンたちも賛成だった。そういった席を「作らない」ことに。
船で一番偉いソルジャー、ミュウたちの長を「雲の上の人」にしておくために。
誰もが気軽に話せるようでは、ソルジャーの重みが無くなるから。「ソルジャーの席」を設けておいたら、皆との垣根が低くなるから。…其処にいるのが常になったら、気が向いた時はいつでも座っているとなったら。
(青の間だけでも沢山なのにね…)
ソルジャーを「偉く見せる」ための演出というものは。
やたらと広くて、大きな貯水槽まで作って、「特別な部屋」に仕立てられた青の間。其処に入る仲間が息を飲むように、「ソルジャーは凄い」と感動されるように。
あの部屋だけでも充分すぎると思っていたのに、たまに食堂に出掛けた時には、特別に席を用意された。其処で何かを食べる時には、他の仲間と相席にならないテーブルを。
(一緒に座るの、ハーレイだけで…)
でなければゼルたち、いわゆる長老と呼ばれた面々。彼らがソルジャーの周りを固めて、一緒に試食などをしていただけ。他の仲間たちは近付けないで。
広いテーブルに、一人きりのことも多かった。キャプテンも長老たちも忙しくしていて、食堂に来られない時は。…ポツンと一人で、他の仲間たちとは離れた場所で。
ブリッジはともかく、いつ出掛けても「席が無かった」食堂。ソルジャー用にと用意されても、まるで寛げなかった席。「お気に入り」とは思えもしなくて、食べ終わったら直ぐ、立っていた。
其処でゆっくりしていた所で、少しも楽しめないのだから。
他の仲間たちは寄って来ないし、こちらからも話し掛けられはしない。気軽に声を掛けた所で、相手が緊張するだけだから。「な、何でしょうか!?」と、立って敬礼したりもして。
そうならないよう、いつも急いで出ていた食堂。自分の席など持てないままで。
(酷かったよね…)
前のぼくだってツイてなかった、と思ってしまう。
いくら理由があったとはいえ、「お気に入りの席」を持てなかったのだから。食堂に行っても、ブリッジに行っても、何処にも無かった「ソルジャーの席」。
其処にストンと座りさえすれば、「いつもの時間」が始まる席。ごくごく平凡で、特別なことは何も起こりはしなくても。普段通りの時間が流れてゆくだけでも。
それがあったら、落ち着ける。「ぼくの席だ」と、「此処が、ぼくの場所」と。
(今のぼくでも、バスの中にまで…)
お気に入りの席を持っているのに。
ソルジャーではないチビの自分でも、十四歳にしかならない「ただの子供」でも。
もっとも、バスの中の座席は、貰ったものではないけれど。指定席にさえもなってはいなくて、自分が勝手に「お気に入り」に決めた座席だけれど。
(ぼくのじゃないから、今日みたいに…)
誰かが先に座ってしまって、座れない日も出来てくる。「空かないかな?」と待っていたって、空いてくれずに終わる日が。
(今日はホントに、ツイてなかったけど…)
前のぼくよりは、よっぽどマシ、と「お気に入りの席」を考えずにはいられない。今の自分でも持っているのが、ダイニングの椅子や、今、座っている勉強机の前の椅子。
家にいる時はいつでも座れて、のんびり寛いでいられる場所。
バスの中の席は少し違うけれども、「お気に入り」には違いない。其処に座れば、窓の向こうは見慣れた景色。いつもの風景。
運が無ければ座り損ねて、今日の帰りのようになっても。他の席しか空いていなくても。
今日は無かった「お気に入り」の席。取られてしまった、いつも座る席。それも二つとも。
けれど、たまには消えてしまって「ツイていない」と思う席でも…。
(そういうのでもいいから、欲しかったよね…)
ソルジャーの席、と白いシャングリラを思い浮かべる。あそこに一つ欲しかった、と。
出掛けて行ったら座れる席が。いつも自分を待ってくれていて、「どうぞ」と迎えてくれる席。他の仲間が座っていたなら、その日は諦めたっていいから。
(ソルジャーの席だし、他の仲間が座ったりすることは無いかもだけど…)
皆が遠慮して、常に空いたままかもしれないけれど。
そんな席でも、無いよりはいい。食堂でも、ブリッジでも、天体の間でもかまわないから。
あれば良かった、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで切り出した。
「あのね、シャングリラの、ぼくの席…。どう思う?」
ぼくは酷いと思うんだけどな、何処を探しても無かったなんて…。
「はあ? 席って…?」
何の話だ、とハーレイは怪訝そうな顔。「お前の席が、どうかしたのか?」と。
「ソルジャーの席だよ、前のぼくの席。…シャングリラの中の何処にも無かったでしょ?」
ブリッジにも、食堂にも、天体の間にも。
青の間には椅子があったけれども、あそこはぼくの部屋だったから…。無い方が変。
だけど、他の場所には席が一つも無かったんだよ。何処に行っても、ぼくのための席は。
まさか忘れたとは言わないよね、とハーレイを真っ直ぐ見詰めたけれども、いとも簡単に返った答え。少しも考え込んだりせずに。
「忘れるわけがないだろう。…俺を誰だと思ってるんだ?」
シャングリラを纏めていたキャプテンだぞ、前のお前の席くらい分かる。あったかどうかも。
確かに席など無かったんだが、そいつは「要らない」からだったろうが。
前のお前はソルジャーだったし、ソルジャーには青の間という立派な居場所があってだな…。
用がある時は、皆が出向いて行くもんだ、とハーレイは澱みもせずに続けた。他の仲間が行けば済むから、ソルジャーの席は青の間にだけあれば充分だ、と。
「それに、会議の時には席があったぞ」とも。…長老たちを集めた会議の場では。
ハーレイに指摘されたこと。会議の時のソルジャーの席。それは間違いなくあった。
キャプテンの他にもヒルマンやゼルを集めて、六人で会議をする時は。「この席がそうだ」と、皆が空けておく席。…後から遅れて行った時にも、その席はいつも空いていたから。
「会議の時って…。それはそうだけど…」
あの席には誰も座っていなかったけれど、でも…。あそこ以外に、前のぼくの席は…。
無かったじゃない、と訴えたけれど、ハーレイはフンと鼻を鳴らした。「あれで充分だろ」と。
「会議の時にも席が無かったのなら、文句を言ってくれてもいいが?」
俺やヒルマンたちは座っていたのに、お前だけが突っ立っていたのなら。…椅子なんか無しで。
しかし、そうなってはいない。ソルジャーの席は一番奥だ、と決まっていたろうが。
お前が遅れてやって来たって、誰もあそこに座っちゃいないぞ。他の席に座って待つだけで。
誰も座りに行かない以上は、あれがお前の席だったわけで…。
お前の席はきちんとあった、と言われたらグウの音も出ない。ソルジャーのための席の件では。今、ハーレイが言った通りに、「まるで無かった」わけではないから。
会議の時なら、いつも「此処だ」と決まっていた席。扉から一番離れた所がそうなのだ、と。
皆よりも早く着いた時には、迷わずに其処に座っていた。先にストンと腰を下ろして、その日の会議の中身なんかを考えながら。
とはいえ、本当に「会議の時だけ」だった席。それもハーレイたちとの会議。他の仲間たちまで集まる時には、ソルジャーの席は「あって無いようなもの」。一番奥には違いなくても、お飾りのように座っていただけ。発言の機会も得られないままで。
(ああいう大きな会議の時には、ハーレイたちが進行役で…)
ソルジャーは最後に承認するだけ。「こういう具合に決まりました」と報告されたら、頷いて。
「それで頼むよ」とか、「それなら、続きは日を改めて検討するように」とか。
あの席は少し違うだろう。「自分の場所」と呼ぶよりは…。
(此処に座っていて下さい、って…)
座らされたわけで、お気に入りでも何でもない。
自分で選んでいいのだったら、あれだけ大勢が集まるからこそ、真ん中の方にいたかった。皆の意見がよく聞ける場所で、自分の考えも述べられる席。「こうしたらどうかな?」と。
ソルジャーの肩書きにこだわりはせずに、船の仲間の一人として。
なのに、貰えなかった席。会議の時でも、無かったも同じな席だったから…。
「ハーレイたちとの会議だったら、ぼくの席は確かにあったけど…。決まってたけど…」
でも、他のみんなと会える時には、前のぼくの席は無かったんだよ。会議の時でも。
ソルジャーは此処、って決まってはいても、あの席じゃ何も出来なかったし…。ぼくの意見は、先にハーレイたちが聞いてて、それを伝えるだけだったし。
酷いよ、ぼくだけ自分の席が無かったなんて。…青の間で座っているだけなんて…。
前のぼくの席が欲しかったよ、と重ねて言っても、ハーレイは耳を貸そうともせずに。
「ソルジャーの席は必要ない。シャングリラがどんなにデカイ船でも」
エラはもちろん、前の俺やヒルマンやゼルやブラウたち。…それに各部門の責任者もだな。
船の誰もがそう考えたせいで、ソルジャーの席は何処にも作られなかったんだが?
お前も分かっていた筈だろうが、どうしてそういうことになったか。…何のためにソルジャーの席を作らず、皆が青の間に行くという形を取っていたのか。
それにしてもだ、どうしていきなり席の話だ?
いったい何処から持って来たんだ、前のお前の席が無かった苦情だなんて…?
とうの昔に時効だろうが、とハーレイは呆れたような顔。「何年経ったと思ってるんだ?」と。
「それは分かっているけれど…。シャングリラだって、もう無いんだけれど…」
思い出したんだよ、前のぼくには自分の席が無かったことを。
今日の帰りに乗ったバスでね、ぼくの席が空いていなくって…。あれは普通の路線バスだから、ぼくが勝手に決めている席で、指定席とは違うんだけど…。
二つあるんだよ、ぼくのお気に入り。いつもだったら、どっちかに座って帰れるのに…。今日は二つとも塞がっちゃってて、空かないままになっちゃった…。
席は他にも空いてたけどね。別の席には座って帰れたんだけど…。
それでもツイていない気分、と帰り道に感じたことを話した。お気に入りの席に座れないまま、家まで帰る羽目になったから。「ツイてないよ」と何度も心で零したから。
勝手に選んだバスの座席でさえ、空いていなかったら気分が沈む。
逆にストンと座れた時には、「ぼくの席だよ」と嬉しいもの。家で座る場所は尚更、この部屋の椅子も、ダイニングの椅子も、あったら心が安らぐもの。「ぼくの席は此処」と。
そういう席が、前の自分も欲しかった、と。バスの席のようなものでもいいから。
誰かが座っていたっていいし、と例に挙げたのが食堂の席。船の仲間が集まる食堂、あそこには指定席は無かった。誰もが空いている席を探して、腰を下ろして食べていた場所。
「お気に入りの席がある仲間だって、きっと多かった筈なんだよ。今のぼくみたいに」
今日もあそこの席で食べよう、って思って行ったら、他の誰かに座られてたとか…。
前のぼくの席も、そういう席で良かったんだよ。此処がいいな、って勝手に選んだ場所で。
気が向いた時に出掛けて座れれば充分だから、と言ったのだけれど。塞がっていたら、他の席を探して座るから、とも訴えたけれど…。
「お前なあ…。今のお前なら、その考えでも別にかまいはしないんだが…」
前のお前が生きてた時代と、場所をよくよく考えてみろ。いったい何処で暮らしてたのか。
シャングリラは大勢の仲間が乗ってた船だが、路線バスとは違うんだ。
踏みしめる大地を手に入れるために地球を目指す船で、ミュウの箱舟。外の世界じゃ、ミュウは生きてはいけないからな。…人類に端から殺されちまって。
シャングリラがそういう船だった上に、前のお前がソルジャーだから…。
バスの乗客気分じゃ困る、とハーレイは顔を顰めてみせた。「皆はともかく、お前は駄目だ」と眉間の皺まで深くして。
ソルジャーは、船の仲間たちを導く灯台。他の仲間と一緒の席には座れない、と。
「そんな…。食堂の席くらい、一緒でいいのに…」
ぼくのお気に入りの席を見付けて、其処に座れたら良かったのに…。塞がってた時は、ちゃんと他のを探すから。…「ぼくの席だ」って、座ってる人を追っ払ったりはしないから…。
「それが駄目だと言っているんだ。シャングリラって船は、路線バスではなかったからな」
ソルジャーと気軽に触れ合えるような、遠足気分の旅じゃなかった。…地球を目指す旅は。
地球の座標は掴めなくても、誰もが地球を目指してたんだ。あの船の中じゃ。
前のお前も承知してたろ、自分の立場というヤツを。…ソルジャーはどう生きるべきかを。
仲間たちが何を期待したかも…、と鳶色の瞳が見据えてくる。「覚えてるよな?」と。
「…覚えてるけど…。前のぼくだって、ちゃんと分かっていたけど…」
でも、今のぼくは…。
今のぼくだと、前のぼくとは生きてる時代が違うから…。周りも全く違っちゃうから…。
頭では分かっているつもりだって、心がついていかないんだよ…!
今のぼくが同じことになったら、寂しい気分になっちゃうよ、と白いシャングリラを思い出す。
長く暮らした懐かしい船に、もう戻ることは出来ないけれど。
前の自分は死んでしまって、シャングリラも時の彼方に消えた。けれど今でも、忘れてはいない白い船。忘れることなど出来ない船。
あの船にソルジャーの席があったとしたなら、もっと身近な船だったのに、と思いは募る。
「そう思わない? ぼくのお気に入りの席があったら、今よりもずっと懐かしくって…」
もう戻れないって分かっていたって、座ってみたくなるんだよ。好きだった席に。
他の仲間に座られていたら、ガッカリしちゃった席でいいから…。ぼくが勝手に決めちゃってた席で、指定席なんかじゃなくていいから…。
食堂にあったら良かったのにね、と夢見るけれど。そういう席が欲しかったけれど…。
「さっきから何度も言ったがな? それは駄目だと」
お前が懐かしむ気持ちは分かるが、思い出す時に「身近な船だ」と言われる船では話にならん。
シャングリラは船の仲間たちにとっては、箱舟というヤツだったんだ。船の他には、生きられる場所は何処にも無かった。
世界の全てになってた船だぞ、あれだけが全てで、外の世界は無いのと同じだ。
その頂点に立ってたお前が、身近な存在になっていたなら、皆の気が緩む。ソルジャーが好きな席を選んで、「此処がいい」と座るような船では。
ついでに、ソルジャーの席が決まってても同じことだな。お前が食堂やブリッジなんかに、日に何回も顔を出してたら…。皆と気軽に話すようになるし、そんな船では駄目なんだ。
今の平和な時代だったら、それでも困りはしないんだがな。
ソルジャーが身近な存在だろうが、シャングリラが身近な船だろうが。
平和な時代の宇宙船なら…、と説くハーレイの意見は正しい。ミュウの箱舟だった船では、皆の気分が緩めばおしまい。ソルジャーや船が身近になったら、緊張感が消えてしまうから。
「そうだろうけど…。ハーレイが言う通りだけれど…」
前のぼくだって、ホントに分かっていた筈だけど…。
そういうものだと思っていたから、ぼくの席、無くても良かったんだと思う。
作って欲しいって言わなかったし、自分で勝手に選んで決めてもいなかったから…。
食堂とかに出掛けた時にも、用事が済んだら、いつでも直ぐに出て行ったから…。
でも寂しいよ、と拭えない思い。前の自分に「お気に入りの席」が無かったことは確かだから。
懐かしい白い鯨の中には、そんな席など無かったから。
「前のぼくの席、欲しかったのに…。欲しいのは、今のぼくだけど…」
欲しがったって、シャングリラはもう無いけれど…。前のぼくだって、もういないけど…。
でも…、と何度も繰り返していたら。
「そう言うな。寂しい気持ちは分からんでもないが、済んじまったことはどうにもならん」
だがな、じきにお前の席が出来るから。…シャングリラの中に。
あと少しだけの辛抱だ、というハーレイの言葉に目を丸くした。白いシャングリラは時の彼方に消えたし、宇宙の何処にも残っていない。その中に席を作ろうだなんて、不可能なこと。
「ハーレイ、それって…。どういう意味?」
シャングリラはとっくに消えちゃったんだよ、どうやってぼくの席を作るの?
遊園地にあるヤツのことなの、シャングリラの形の乗り物なら色々あるけれど…?
デートに出掛けてそれに乗るの、と瞬かせた瞳。遊具の中なら、お気に入りの座席も選べそう。一番前に乗るのがいいとか、真ん中だとか。…一番後ろがいいだとか。
「いや、遊園地のヤツじゃない。それだと、お前、困るだろうが」
シャングリラは今も一番人気の宇宙船だし、遊園地のも行列だ。お気に入りの席が出来たって、次に並んだら、全く違う場所にしか乗せて貰えないとか…。ありそうだろ?
俺が言うのは、今の俺たちのシャングリラだ。
いつかお前とドライブする予定の俺の車だ、お前の席は助手席だろう…?
ちゃんとお前の席が出来るぞ、と言われてようやく気が付いた。白いシャングリラの代わりに、今ならではのシャングリラ。車の形になったシャングリラがあることに。
「そうだっけ…!」
船のシャングリラは無くなったけれど、今のハーレイのシャングリラ…。
あれがあるよね、あの中だったら、ぼくの席だって出来るんだっけ…!
ハーレイが運転席に座って、ぼくは助手席。運転するのを横で見てたり、地図を広げたり…。
ちゃんとあるね、と嬉しくなった自分のための席。
前の自分には「お気に入りの席」さえ無かったけれども、今度は貰えるのだった。
いつか大きくなった時には、ハーレイと二人きりのシャングリラの中に、自分の席を。
そう考えたら、綻んだ顔。前の自分が持てなかった席を、今の自分は貰うことが出来る。
白い鯨のようだった船より、ずっと小さい車の中に。ハーレイと二人で乗るシャングリラに。
楽しみだよね、と夢を膨らませていたら、ハーレイの瞳に覗き込まれた。
「ずいぶんと嬉しそうな顔だが…。機嫌、直ったか?」
バスでお気に入りの席を逃しちまって、ツイていないと嘆いてたのがお前だが…。
前のお前の席のことまで思い出した挙句に、俺に文句を言っていたのも、お前なんだが…?
ツイてる気分になって来たのか、と尋ねられたから「うんっ!」と笑顔になった。
「今日は駄目だよ、って思ってたけど、もう平気。いいこと、ちゃんとあったから!」
大きくなったら、シャングリラの中に、ぼくの席を貰えるんだから。
ハーレイと指切りしなくったって、席は絶対、貰えるものね。ドライブの時は。ぼくを乗せずに走って行ったら、ハーレイ、慌てて戻ってくるのに決まってるもの。
凄く大きな忘れ物だよ、とクスクス笑った。
恋人とドライブに行こうというのに、その恋人を乗せるのを忘れて走り出すなんて、可笑しくて笑いが止まらない。ハーレイはどれほど慌てることかと、きっと平謝りだろうと。
「うーむ…。お前を忘れて行っちまうってか?」
やりかねないよな、「ちゃんと乗ったか?」って訊いていたって、お前、勝手に返事だけして、ドアを開けて降りていそうだから。
ドライブの途中の休憩の時に、可愛い動物か何かを見付けて行っちまうとか…。何か美味そうなものを見付けて、「買ってこよう」と降りちまうだとか。
「やっちゃいそう…。ドアをバタンと閉めた途端に、また開けちゃって降りるんだよ」
ハーレイ、ちゃんと確かめてよね。ぼくを忘れて行かないように。
忘れて走って行かれちゃっても、ぼくは思念波、飛ばせないから…。
それに動物とかに夢中で、気が付くまでにも、うんと時間がかかっちゃいそう。ハーレイの車が行っちゃった、ってポカンと道端に立つまでにはね。
「まったくだ。俺も大概ウッカリ者だが、お前の方でも負けちゃいないな」
下手をしたなら、俺が慌てて戻って来た時、「どうしたの?」と訊きかねないぞ。
置いて行かれたことにも気付いていなくて、動物と遊んでいるだとか…。
何かを買おうと列に並んでて、俺の方には目もくれないとか、そんな具合で。
ありそうだよな、とハーレイも心配する「恋人を乗せるのを忘れて走ってゆく」こと。知らない間に降りてしまって、「忘れて行かれた」ことにも気付かない恋人の方も、大いに有り得る。
「ぼく、本当にそうなっちゃうかも…。ハーレイが気を付けてくれないと…」
置き去りなことにも気が付かないなら、ハーレイ、謝るどころじゃないね。ぼくの方が、うんと叱られちゃいそう。…「置き去りだぞ」って、凄い勢いで。
前のぼくなら、ハーレイに叱られたりはしないんだけど…、と肩を竦めた。前の自分はウッカリ者ではなかったのだし、「自分の席」さえ貰えないほど、雲の上の人という扱い。
そんなソルジャーを、キャプテンは叱りはしなかった。叱る理由が無かったから。
「前のお前か…。確かに、そういうことで叱っちゃいないな、俺は」
無理をしすぎて熱を出したとか、そんな時しか叱っていない。今のお前とはかなり違うな、前のお前というヤツは。…自分の席さえ持てないくらいに、偉すぎたしっかり者だったから。
それに比べて、お前ときたら…。俺に置き去りにされたことさえ、気付かないってか…?
そうだ、面白いことを思い付いたぞ。前のお前と今のお前が違いすぎるなら、これはどうだ?
今のお前をソルジャー扱いするというのは。…置き去り防止にも良さそうだし。
いいかもしれん、とハーレイは顎に手を当てている。「これなら置き忘れも無いからな」と。
「ソルジャー扱いって?」
それって何なの、どうして置き去り防止になるの?
今のぼくをソルジャー扱いするって、どういう風に…?
分かんないよ、と目をパチクリとさせたけれども、ハーレイは「ソルジャーだしな?」と笑う。
「ソルジャーは偉くて、雲の上の存在だったんだから…。そいつをお前に反映するのさ」
車の中でのお前の席に。…お前を乗せて行く場所に。
お前の気に入りの場所は助手席だろうが、車ってヤツは、目上の人を乗せる時にはだな…。
助手席じゃなくて後部座席に乗せて行くものなんだぞ、違うのか?
タクシーなんかはそうなってるが、という解説。車の中での偉い人の場所。
「そうだけど…。それじゃ、ハーレイがぼくを乗せて行くのは…」
助手席じゃなくて、後ろの席なわけ?
ぼくは隣に乗っていたいのに、ソルジャー扱いで後ろになるの…?
酷くない、とハーレイを縋るように見た。後部座席では、ハーレイの姿もよく見えないから。
「いや、酷いとは思わんが?」
お前をそっちの席に乗っけて、俺は運転に専念する、と。
「ソルジャー、次はどちらに参りましょうか?」といった具合にな。
後ろだったら、ドアの開け閉めも俺がきちんと確認しないと…。目上の人はドアを閉めるのも、運転手任せというヤツだから。
お前を乗せるのを忘れる心配も無くなるわけだ、とハーレイは自信たっぷりだけれど。
「それって、酷い…」
ハーレイの姿が見えないじゃないの、ぼくの席から!
助手席だったら隣同士で楽しいけれども、後ろなんかに乗せられちゃったら…!
「そうでもないだろ、楽しめる筈だと思うんだがな?」
お前は偉そうに言えばいいんだ、後ろの席から。次はあっちだの、此処で停めろだの。
好き放題に命令してればいいだろうが、と言われたソルジャー扱い。助手席の代わりに、後ろの席に座って、偉そうに出掛けてゆくドライブ。
「うーん…。どう見ても、偉そうだけど…」
今のぼくは少しも偉くないのに、ソルジャー扱いで後ろだなんて…。でも…。
置き去りの心配はしなくていいよね、と考えてみたら、そんなドライブも愉快かもしれない。
前の自分だった時と違って、今はハーレイと二人きりなのだし、後ろで偉そうにしていても…。
(ソルジャーごっこで遊んでるだけで…)
その状況を楽しめばいい。
キャプテン・ハーレイに命令をして。…ソルジャー・ブルーになったつもりで。
(あの店に寄ってくれたまえ、って…)
やってみるのもいいかもしれない。
「かしこまりました」と車を運転してゆくハーレイ。
二人きりで乗るシャングリラのハンドルを握って、大真面目に。キャプテン・ハーレイだった頃さながらに、「面舵一杯!」と声を上げたりもして。
(ぼくがソルジャーなら、ハーレイはキャプテン…)
そういうドライブも悪くはない。遊びで偉そうに乗ってゆくなら、後部座席が自分の席でも。
置き去り防止のために乗せられる後部座席と、それとセットのソルジャー扱い。
ハーレイの車がシャングリラになって、自分のための席がその中に出来て…。
「…ハーレイ、それって、着いたらドアも開けてくれるの?」
運転手さんだと、着いたら開けてくれるけど…。ハーレイが運転してくれる時も…?
「当然だろうが。俺は運転手に徹するまでだ」
お前をウッカリ置き去りにしないよう、後ろの席に乗せるからには頑張らんとな?
乗り降りの時は、ドアを恭しく開け閉めしてやる。「どうぞ」と、それは丁寧に…な。
任せておけ、とハーレイは運転手になる気でいるらしい。ソルジャー扱いでドライブしようと。
「ホントに偉そうな恋人だけど…」
そんなのでいいの、ハーレイは…?
ソルジャーごっこだって知らない人が見たなら、恋人に馬鹿にされてるみたいじゃない…?
「いいんじゃないのか、俺がお前に首ったけってことで。…恋人同士だとは分かるんだから」
甘やかされて我儘放題なんだな、と誰もが温かく見てくれるさ。
本当は置き去り防止のためとか、ソルジャー扱いだとかは気付きもせずに。
「ふふっ、熱々?」
ハーレイはぼくにぞっこんなわけで、運転手までしてるってわけ…?
「そんなトコだな、お前、本当にやってみたいか?」
置き去り防止の方はともかく、ソルジャー扱いで後ろの席に乗って行くこと。
「ちょっぴりね」
ほんのちょっぴりなんだけど…。でも、そういうのも楽しそう…。
前のぼくには、ソルジャーの席が無かったから…。その分、今のぼくが欲しいな、その席。
「よしきた、お前にソルジャーの席をプレゼントだな?」
かまわないぞ、とハーレイが片目を瞑るから。「好きにしていいぞ」と言ってくれたから。
いつかドライブしてゆく時には、たまに頼んでみるのもいい。
「今日はソルジャーの席がいいな」と。
白いシャングリラには、ソルジャーの席など無かったけれども、今なら貰える。
今のハーレイの車にだったら、ソルジャーの席を作れるから。
偉そうに座る席だけれども、きっと二人で楽しくドライブしてゆけるから…。
お気に入りの席・了
※シャングリラには無かった、前のブルーの席。お気に入りの席が無かったソルジャー。
けれど、今度は専用の席を貰えるようです。ハーレイが運転する車の中に、自分だけの座席。
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塞がってる、とブルーが眺めた座席。学校からの帰りに乗り込んだバスで。
いつも腰掛ける、お気に入りの席が塞がっていた。車内が混んでいるわけではなくて、座席なら他にも空いている。もちろん立っている人もいない。
けれど、先客が座っている席。其処に座りたかったのに。
(反対側のも…)
同じに人が腰掛けている。お気に入りの席がある場所は。
通路を挟んだ反対側なら、空いていたっていいと思うのに。空いている席は他に幾つも、其処を塞がなくても良さそうなのに。
(だけど、みんなの席なんだから…)
何処に座るのも、その人の自由。今日はたまたま、そうなっただけ。先に乗った人が腰掛けて。
「ぼくの席だよ」と言えはしないし、仕方ないから別の席に座った。「此処でいいや」と。通学鞄を膝の上に置いて。
(眺めはそれほど変わらないけど…)
窓の向こうを眺めるのならば、いつもの席と全く同じ。ただ、バスの前がよく見えない。普段の席なら、通路の行く手に大きな窓が見えるのに。これから進む先の道路や、対向車などが真っ直ぐ前に見える窓。
(此処からでも、ちょっと通路に乗り出したら…)
見えるんだけどね、と首を傾けて前を見る。ちゃんと道路も、対向車とかも見えるけれども…。
それでも損をした気分。「ツイてないよ」と。
座れなかったわけではなくても、ほんのちょっぴり。いつものようには開けない視界。前の方を眺めたいのなら。…直ぐ横の窓の向こうではなくて。
(ぼくの我儘…)
不満に思うのも、「ツイていない」のも、我儘なのだと分かってはいる。路線バスは公共の交通機関で、誰が乗るのも、何処に座るのも自由。指定席など無いのだから。
そうは思っても、残念な気持ちが拭えない。
お気に入りの席を取ってしまった人が、今日は二人もいたということ。
立つ人がいるほど混んでいるなら、何とも思わないけれど。自分も同じに立つのだけれど。
そっちだったら、「ツイていない」と思いはしない。今日のような気分になったりはしない。
(こんな日もあるよね、って…)
吊り革を握って立つだけのことで、塞がっている席を未練がましく見たりもしない。空いている席があれば良かったのに、と車内を眺めているだけで。
ところが、混んではいないバス。座れる席なら幾つもある。自分が座った席の他にも、あちこち空いている座席。
こんな時には、普段の席のどちらかは空いているものなのに。通路を挟んで右か左か、運のいい日なら両方だって。
(だからお気に入り…)
バスに乗り込んだら、自分を迎えてくれるかのように、待っていてくれる席だから。
「どうぞ座って下さい」と。バスは言葉を話さないけれど、思念波だって来ないけれども。
(でも本当に、ぼくを待ってるみたいに空いてるから…)
いつもストンと腰掛けるわけで、窓の向こうを見ながら帰る。席の横の窓や、バスの前の窓を。面白いものが見えはしないかと、今日の天気はどんな具合かと、色々なことを考えながら。
その席が無いから、気分はガッカリ。
首を伸ばして前を見たって、なんだか違ってしまうから。少し見えにくいものだから。
(仕方ないけど…)
こういう日だって、たまにはある。滅多に無いというだけのことで。
だから余計に「ツイていない」気分。「どうして、今日はこうなんだろう」と。
家の近くのバス停までには、幾つか挟まる他のバス停。其処で誰かが降りてくれれば、いつもの席に移動も出来る。ほんのバス停一つ分でも、「ぼくの席だよ」と座れるのに…。
(…降りる人、他の席ばかり…)
降車ボタンを押して降りるのは、他の座席の人だった。「お気に入り」の二つの席は空かずに、自分が降車ボタンを押す番。「次で降ります」と。
(…ぼくの席、座りたかったのに…)
とうとう空いてくれなかったよ、と降りるしかなかった路線バス。
お気に入りの席には座れないまま、運転手さんに「ありがとうございました」と御礼を言って。降りる時にも振り返ってみて、「やっぱり今も塞がってる」と席を確かめて。
こんな日だってあるんだけどね、とトボトボと歩いて帰った家。「ツイていない」気分を抱えたままで、「何かいいこと、起こらないかな」と。お気に入りの席が無かった代わりに、と。
けれど、そうそう「いいこと」が降ってくるわけもない。ツイていなくもなかったけれど。
「ただいま」と玄関の扉を開けたら、その家の中は普段と同じ。
母がおやつを用意してくれて、ダイニングのテーブルでのんびり食べた。自分の席で、いつもと同じ景色を眺めて。
「御馳走様」とキッチンの母に空のカップやお皿を返して、戻った二階の部屋だって、そう。
勉強机の前に座ったら、周りは見慣れた自分の部屋。角度の一つも違いはしなくて。
(ぼくのための席って…)
大切だよね、と感じてしまう。ダイニングの席も、勉強机の前も落ち着く。いつも通りだというだけで。特に素敵なことが無くても、「いいこと」が起こってくれなくても。
(もしも、この席が無かったら…)
「ツイていない」どころの騒ぎではない。ダイニングに行っても、自分の椅子が無かったら。
自分の部屋に入ってみたって、勉強机の前から椅子が消えていたなら。
(そんなの、困る…)
バスの中の席が無かった程度で、文句を言っては駄目だろう。「お気に入りの席」は、誰のものでもないのだから。バスに乗った人が好きに座っていい場所だから。
(やっぱりホントに、ぼくの我儘…)
ツイていないなんて思ったら駄目、と我儘な自分を叱っていたら、ふと気が付いた。
今の自分は、バスの中にも「お気に入りの席」を持っているほど。自分が勝手に選んだ座席で、他の誰かが座っていたって、「ぼくのだよ」と言えはしないけど。
(でも、お気に入りで…)
空いていたなら、其処が自分の指定席。他に幾つも席があっても、迷わずに腰を下ろす場所。
家に帰れば、ダイニングのテーブルに「自分のための」席がある。おやつを食べるのも、食事も其処で、母がお皿を置いてくれる場所。
(この部屋だったら…)
勉強机の前が指定席だし、窓際にあるテーブルと椅子も、「自分の場所」は決まっている。使う時には、「ぼくがこっち」と座る椅子。バスにも、家にも、自分の席。
幾つも席を持っている自分。家なら本物の指定席だし、バスの中なら「勝手に決めた」指定席。座れば、とても落ち着く場所。
(その席が、今日は塞がってたから…)
ツイてないよ、とガッカリしたのが帰りのバス。「何かいいこと、あればいいのに」と思ったりしながら、家まで帰って来たほどに。
そうなったくらいに、「自分の席」は大切なもの。あって当然、消えていたなら残念な気分。
もしも自分の家で起きたら、大騒ぎすることだろう。「ぼくの席は?」と大声を上げて、消えてしまった椅子を探して。「ママ、ぼくの椅子は何処へ行ったの!?」と。
(学校に行ってる間に、ママが何かを零したとか…)
それで椅子ごと洗うことになって、何処かに干されているだとか。ちょっとした傷みに気付いた母が、修理に出してしまったとか。
(そういうことになっちゃってても…)
代わりの椅子が置いてあるなら、其処まで騒ぎはしないだろう。座り心地が少し違っても、席は同じにあるのだから。いつもの場所に座ることが出来て、見える景色も全く同じ。
(ぼくの家なら、そうなるけれど…)
「席が無いよ」と慌てていたなら、じきに現れるだろう母。「ごめんなさいね」と、別の椅子を運んで来てくれて。「暫く、これを使ってくれる?」と。
そうやって普段の席が戻って、ストンと座って、おやつに食事。この部屋だったら、勉強したり読書をしたりと、満喫できる「自分の席」。
(今のぼくだと、そうなんだけど…)
当たり前のように持っている「自分の席」。家はもちろん、バスの中でも勝手に決めている席があるくらい。塞がっていたら「ツイていない」と思う席が。
でも…。
(前のぼくだと、自分の席…)
無かったっけ、と白いシャングリラを思い出す。前の自分が生きていた船を。
シャングリラは巨大な船だったけれど、あの船には無かった「ソルジャーの席」。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた前の自分は、「自分の席」を持っていなかった。青の間に椅子はあったけれども、他の場所には。ブリッジにも、天体の間にも、食堂にだって。
まるで無かった、ソルジャー・ブルーのためにある席。青の間の椅子を除いては。
(あれはあれで理由があったんだけど…)
仲間外れにされていたとか、意地悪をされたわけではない。誰もソルジャーに、そんな真似などしないから。…敬い、大切に扱いはしても。
そうされた結果が「席が無かった」こと。ソルジャーだったから、席は無かった。あの船の中の何処を探しても、何処に行っても。
(前のぼくの席は無かったから…)
寂しい気持ちになる時もあった。他の仲間たちの姿を眺めて、「ぼくの席だけ、無いんだ」と。
そうして、いつも踵を返した。其処に「自分の席は無い」から。
もしも自分の席があったら、もっと愛着を覚えただろうか。視察が済んでも直ぐ立ち去らずに、「時間なら、まだあるだろう?」と腰を落ち着けたりもして。
ブリッジにしても、食堂にしても、のんびりとあちこち眺め回して。
(あれは何だい、って訊いてみるとか、「美味しそうだな」って見てるとか…)
きっと印象が変わっただろう。「自分の席」が其処にあったら、ゆっくり出来る場所だったら。
其処にいる仲間と話したりして、もう本当に「自分の居場所」。今の自分が暮らしている家の、ダイニングなどと変わらずに。
(いつでも行ったら、ストンと座れて…)
食堂だったら、飲み物なんかも注文する。「今日は紅茶で」とか、「あれと同じのを」と、他の誰かが飲んでいるものを真似るとか。
注文の品が届いた後には、自分の席でゆったりと。ソルジャーは暇な仕事だったから。
(そう出来ていたら、食堂だって、もっと身近で…)
居心地のいい場所だったろう。視察だけでなく、いつ出掛けても「自分の席」があったなら。
けれど、そうなったら仲間たちが困る。
船で一番偉いソルジャー、そんな人がフラリとやって来たなら。いつもの席に腰を落ち着けて、立ち去ってくれなかったなら。
(ソルジャーがいたら、マナーなんかも気になるし…)
誰もが緊張し切ってしまって、食堂の空気がピンと張り詰めてしまうだろう。賑やかだった声も静まり返って、黙々と食べているだけだとか。
ブリッジにしても、きっと同じこと。あそこにソルジャーの席が無かったのは、そんな理由ではなかったけれど。他に理由があったのだけれど、無理やりに席を設けていたら…。
(ぼくが座ってたら、みんなが大変…)
息抜きの会話も出来はしなくて、ひたすら仕事に打ち込むだけ。
「ソルジャーが見ていらっしゃるから」と、私語の一つもしようとせずに。
(…食堂もブリッジも、それじゃ、みんなが落ち着かないし…)
もっと寛いで貰わなければ、と自分の方から話し掛けても、きっと緊張は解けないまま。それを頑張って解いていったら、今度は「ソルジャーの威厳」が台無し。
子供たちと遊んでいるならともかく、大人相手に気さくに話し掛けたなら。…食堂で隣に座った誰かに、「それ、美味しいかい?」と声を掛けては、「ぼくもそれにしよう」とやっていたなら。
(その辺のことも、ちゃんと考えて…)
何処にも作りはしなかったんだよね、と分かってはいる「ソルジャーの席」。
旗振り役のエラはもちろん、ヒルマンたちも賛成だった。そういった席を「作らない」ことに。
船で一番偉いソルジャー、ミュウたちの長を「雲の上の人」にしておくために。
誰もが気軽に話せるようでは、ソルジャーの重みが無くなるから。「ソルジャーの席」を設けておいたら、皆との垣根が低くなるから。…其処にいるのが常になったら、気が向いた時はいつでも座っているとなったら。
(青の間だけでも沢山なのにね…)
ソルジャーを「偉く見せる」ための演出というものは。
やたらと広くて、大きな貯水槽まで作って、「特別な部屋」に仕立てられた青の間。其処に入る仲間が息を飲むように、「ソルジャーは凄い」と感動されるように。
あの部屋だけでも充分すぎると思っていたのに、たまに食堂に出掛けた時には、特別に席を用意された。其処で何かを食べる時には、他の仲間と相席にならないテーブルを。
(一緒に座るの、ハーレイだけで…)
でなければゼルたち、いわゆる長老と呼ばれた面々。彼らがソルジャーの周りを固めて、一緒に試食などをしていただけ。他の仲間たちは近付けないで。
広いテーブルに、一人きりのことも多かった。キャプテンも長老たちも忙しくしていて、食堂に来られない時は。…ポツンと一人で、他の仲間たちとは離れた場所で。
ブリッジはともかく、いつ出掛けても「席が無かった」食堂。ソルジャー用にと用意されても、まるで寛げなかった席。「お気に入り」とは思えもしなくて、食べ終わったら直ぐ、立っていた。
其処でゆっくりしていた所で、少しも楽しめないのだから。
他の仲間たちは寄って来ないし、こちらからも話し掛けられはしない。気軽に声を掛けた所で、相手が緊張するだけだから。「な、何でしょうか!?」と、立って敬礼したりもして。
そうならないよう、いつも急いで出ていた食堂。自分の席など持てないままで。
(酷かったよね…)
前のぼくだってツイてなかった、と思ってしまう。
いくら理由があったとはいえ、「お気に入りの席」を持てなかったのだから。食堂に行っても、ブリッジに行っても、何処にも無かった「ソルジャーの席」。
其処にストンと座りさえすれば、「いつもの時間」が始まる席。ごくごく平凡で、特別なことは何も起こりはしなくても。普段通りの時間が流れてゆくだけでも。
それがあったら、落ち着ける。「ぼくの席だ」と、「此処が、ぼくの場所」と。
(今のぼくでも、バスの中にまで…)
お気に入りの席を持っているのに。
ソルジャーではないチビの自分でも、十四歳にしかならない「ただの子供」でも。
もっとも、バスの中の座席は、貰ったものではないけれど。指定席にさえもなってはいなくて、自分が勝手に「お気に入り」に決めた座席だけれど。
(ぼくのじゃないから、今日みたいに…)
誰かが先に座ってしまって、座れない日も出来てくる。「空かないかな?」と待っていたって、空いてくれずに終わる日が。
(今日はホントに、ツイてなかったけど…)
前のぼくよりは、よっぽどマシ、と「お気に入りの席」を考えずにはいられない。今の自分でも持っているのが、ダイニングの椅子や、今、座っている勉強机の前の椅子。
家にいる時はいつでも座れて、のんびり寛いでいられる場所。
バスの中の席は少し違うけれども、「お気に入り」には違いない。其処に座れば、窓の向こうは見慣れた景色。いつもの風景。
運が無ければ座り損ねて、今日の帰りのようになっても。他の席しか空いていなくても。
今日は無かった「お気に入り」の席。取られてしまった、いつも座る席。それも二つとも。
けれど、たまには消えてしまって「ツイていない」と思う席でも…。
(そういうのでもいいから、欲しかったよね…)
ソルジャーの席、と白いシャングリラを思い浮かべる。あそこに一つ欲しかった、と。
出掛けて行ったら座れる席が。いつも自分を待ってくれていて、「どうぞ」と迎えてくれる席。他の仲間が座っていたなら、その日は諦めたっていいから。
(ソルジャーの席だし、他の仲間が座ったりすることは無いかもだけど…)
皆が遠慮して、常に空いたままかもしれないけれど。
そんな席でも、無いよりはいい。食堂でも、ブリッジでも、天体の間でもかまわないから。
あれば良かった、と考えていたら、聞こえたチャイム。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで切り出した。
「あのね、シャングリラの、ぼくの席…。どう思う?」
ぼくは酷いと思うんだけどな、何処を探しても無かったなんて…。
「はあ? 席って…?」
何の話だ、とハーレイは怪訝そうな顔。「お前の席が、どうかしたのか?」と。
「ソルジャーの席だよ、前のぼくの席。…シャングリラの中の何処にも無かったでしょ?」
ブリッジにも、食堂にも、天体の間にも。
青の間には椅子があったけれども、あそこはぼくの部屋だったから…。無い方が変。
だけど、他の場所には席が一つも無かったんだよ。何処に行っても、ぼくのための席は。
まさか忘れたとは言わないよね、とハーレイを真っ直ぐ見詰めたけれども、いとも簡単に返った答え。少しも考え込んだりせずに。
「忘れるわけがないだろう。…俺を誰だと思ってるんだ?」
シャングリラを纏めていたキャプテンだぞ、前のお前の席くらい分かる。あったかどうかも。
確かに席など無かったんだが、そいつは「要らない」からだったろうが。
前のお前はソルジャーだったし、ソルジャーには青の間という立派な居場所があってだな…。
用がある時は、皆が出向いて行くもんだ、とハーレイは澱みもせずに続けた。他の仲間が行けば済むから、ソルジャーの席は青の間にだけあれば充分だ、と。
「それに、会議の時には席があったぞ」とも。…長老たちを集めた会議の場では。
ハーレイに指摘されたこと。会議の時のソルジャーの席。それは間違いなくあった。
キャプテンの他にもヒルマンやゼルを集めて、六人で会議をする時は。「この席がそうだ」と、皆が空けておく席。…後から遅れて行った時にも、その席はいつも空いていたから。
「会議の時って…。それはそうだけど…」
あの席には誰も座っていなかったけれど、でも…。あそこ以外に、前のぼくの席は…。
無かったじゃない、と訴えたけれど、ハーレイはフンと鼻を鳴らした。「あれで充分だろ」と。
「会議の時にも席が無かったのなら、文句を言ってくれてもいいが?」
俺やヒルマンたちは座っていたのに、お前だけが突っ立っていたのなら。…椅子なんか無しで。
しかし、そうなってはいない。ソルジャーの席は一番奥だ、と決まっていたろうが。
お前が遅れてやって来たって、誰もあそこに座っちゃいないぞ。他の席に座って待つだけで。
誰も座りに行かない以上は、あれがお前の席だったわけで…。
お前の席はきちんとあった、と言われたらグウの音も出ない。ソルジャーのための席の件では。今、ハーレイが言った通りに、「まるで無かった」わけではないから。
会議の時なら、いつも「此処だ」と決まっていた席。扉から一番離れた所がそうなのだ、と。
皆よりも早く着いた時には、迷わずに其処に座っていた。先にストンと腰を下ろして、その日の会議の中身なんかを考えながら。
とはいえ、本当に「会議の時だけ」だった席。それもハーレイたちとの会議。他の仲間たちまで集まる時には、ソルジャーの席は「あって無いようなもの」。一番奥には違いなくても、お飾りのように座っていただけ。発言の機会も得られないままで。
(ああいう大きな会議の時には、ハーレイたちが進行役で…)
ソルジャーは最後に承認するだけ。「こういう具合に決まりました」と報告されたら、頷いて。
「それで頼むよ」とか、「それなら、続きは日を改めて検討するように」とか。
あの席は少し違うだろう。「自分の場所」と呼ぶよりは…。
(此処に座っていて下さい、って…)
座らされたわけで、お気に入りでも何でもない。
自分で選んでいいのだったら、あれだけ大勢が集まるからこそ、真ん中の方にいたかった。皆の意見がよく聞ける場所で、自分の考えも述べられる席。「こうしたらどうかな?」と。
ソルジャーの肩書きにこだわりはせずに、船の仲間の一人として。
なのに、貰えなかった席。会議の時でも、無かったも同じな席だったから…。
「ハーレイたちとの会議だったら、ぼくの席は確かにあったけど…。決まってたけど…」
でも、他のみんなと会える時には、前のぼくの席は無かったんだよ。会議の時でも。
ソルジャーは此処、って決まってはいても、あの席じゃ何も出来なかったし…。ぼくの意見は、先にハーレイたちが聞いてて、それを伝えるだけだったし。
酷いよ、ぼくだけ自分の席が無かったなんて。…青の間で座っているだけなんて…。
前のぼくの席が欲しかったよ、と重ねて言っても、ハーレイは耳を貸そうともせずに。
「ソルジャーの席は必要ない。シャングリラがどんなにデカイ船でも」
エラはもちろん、前の俺やヒルマンやゼルやブラウたち。…それに各部門の責任者もだな。
船の誰もがそう考えたせいで、ソルジャーの席は何処にも作られなかったんだが?
お前も分かっていた筈だろうが、どうしてそういうことになったか。…何のためにソルジャーの席を作らず、皆が青の間に行くという形を取っていたのか。
それにしてもだ、どうしていきなり席の話だ?
いったい何処から持って来たんだ、前のお前の席が無かった苦情だなんて…?
とうの昔に時効だろうが、とハーレイは呆れたような顔。「何年経ったと思ってるんだ?」と。
「それは分かっているけれど…。シャングリラだって、もう無いんだけれど…」
思い出したんだよ、前のぼくには自分の席が無かったことを。
今日の帰りに乗ったバスでね、ぼくの席が空いていなくって…。あれは普通の路線バスだから、ぼくが勝手に決めている席で、指定席とは違うんだけど…。
二つあるんだよ、ぼくのお気に入り。いつもだったら、どっちかに座って帰れるのに…。今日は二つとも塞がっちゃってて、空かないままになっちゃった…。
席は他にも空いてたけどね。別の席には座って帰れたんだけど…。
それでもツイていない気分、と帰り道に感じたことを話した。お気に入りの席に座れないまま、家まで帰る羽目になったから。「ツイてないよ」と何度も心で零したから。
勝手に選んだバスの座席でさえ、空いていなかったら気分が沈む。
逆にストンと座れた時には、「ぼくの席だよ」と嬉しいもの。家で座る場所は尚更、この部屋の椅子も、ダイニングの椅子も、あったら心が安らぐもの。「ぼくの席は此処」と。
そういう席が、前の自分も欲しかった、と。バスの席のようなものでもいいから。
誰かが座っていたっていいし、と例に挙げたのが食堂の席。船の仲間が集まる食堂、あそこには指定席は無かった。誰もが空いている席を探して、腰を下ろして食べていた場所。
「お気に入りの席がある仲間だって、きっと多かった筈なんだよ。今のぼくみたいに」
今日もあそこの席で食べよう、って思って行ったら、他の誰かに座られてたとか…。
前のぼくの席も、そういう席で良かったんだよ。此処がいいな、って勝手に選んだ場所で。
気が向いた時に出掛けて座れれば充分だから、と言ったのだけれど。塞がっていたら、他の席を探して座るから、とも訴えたけれど…。
「お前なあ…。今のお前なら、その考えでも別にかまいはしないんだが…」
前のお前が生きてた時代と、場所をよくよく考えてみろ。いったい何処で暮らしてたのか。
シャングリラは大勢の仲間が乗ってた船だが、路線バスとは違うんだ。
踏みしめる大地を手に入れるために地球を目指す船で、ミュウの箱舟。外の世界じゃ、ミュウは生きてはいけないからな。…人類に端から殺されちまって。
シャングリラがそういう船だった上に、前のお前がソルジャーだから…。
バスの乗客気分じゃ困る、とハーレイは顔を顰めてみせた。「皆はともかく、お前は駄目だ」と眉間の皺まで深くして。
ソルジャーは、船の仲間たちを導く灯台。他の仲間と一緒の席には座れない、と。
「そんな…。食堂の席くらい、一緒でいいのに…」
ぼくのお気に入りの席を見付けて、其処に座れたら良かったのに…。塞がってた時は、ちゃんと他のを探すから。…「ぼくの席だ」って、座ってる人を追っ払ったりはしないから…。
「それが駄目だと言っているんだ。シャングリラって船は、路線バスではなかったからな」
ソルジャーと気軽に触れ合えるような、遠足気分の旅じゃなかった。…地球を目指す旅は。
地球の座標は掴めなくても、誰もが地球を目指してたんだ。あの船の中じゃ。
前のお前も承知してたろ、自分の立場というヤツを。…ソルジャーはどう生きるべきかを。
仲間たちが何を期待したかも…、と鳶色の瞳が見据えてくる。「覚えてるよな?」と。
「…覚えてるけど…。前のぼくだって、ちゃんと分かっていたけど…」
でも、今のぼくは…。
今のぼくだと、前のぼくとは生きてる時代が違うから…。周りも全く違っちゃうから…。
頭では分かっているつもりだって、心がついていかないんだよ…!
今のぼくが同じことになったら、寂しい気分になっちゃうよ、と白いシャングリラを思い出す。
長く暮らした懐かしい船に、もう戻ることは出来ないけれど。
前の自分は死んでしまって、シャングリラも時の彼方に消えた。けれど今でも、忘れてはいない白い船。忘れることなど出来ない船。
あの船にソルジャーの席があったとしたなら、もっと身近な船だったのに、と思いは募る。
「そう思わない? ぼくのお気に入りの席があったら、今よりもずっと懐かしくって…」
もう戻れないって分かっていたって、座ってみたくなるんだよ。好きだった席に。
他の仲間に座られていたら、ガッカリしちゃった席でいいから…。ぼくが勝手に決めちゃってた席で、指定席なんかじゃなくていいから…。
食堂にあったら良かったのにね、と夢見るけれど。そういう席が欲しかったけれど…。
「さっきから何度も言ったがな? それは駄目だと」
お前が懐かしむ気持ちは分かるが、思い出す時に「身近な船だ」と言われる船では話にならん。
シャングリラは船の仲間たちにとっては、箱舟というヤツだったんだ。船の他には、生きられる場所は何処にも無かった。
世界の全てになってた船だぞ、あれだけが全てで、外の世界は無いのと同じだ。
その頂点に立ってたお前が、身近な存在になっていたなら、皆の気が緩む。ソルジャーが好きな席を選んで、「此処がいい」と座るような船では。
ついでに、ソルジャーの席が決まってても同じことだな。お前が食堂やブリッジなんかに、日に何回も顔を出してたら…。皆と気軽に話すようになるし、そんな船では駄目なんだ。
今の平和な時代だったら、それでも困りはしないんだがな。
ソルジャーが身近な存在だろうが、シャングリラが身近な船だろうが。
平和な時代の宇宙船なら…、と説くハーレイの意見は正しい。ミュウの箱舟だった船では、皆の気分が緩めばおしまい。ソルジャーや船が身近になったら、緊張感が消えてしまうから。
「そうだろうけど…。ハーレイが言う通りだけれど…」
前のぼくだって、ホントに分かっていた筈だけど…。
そういうものだと思っていたから、ぼくの席、無くても良かったんだと思う。
作って欲しいって言わなかったし、自分で勝手に選んで決めてもいなかったから…。
食堂とかに出掛けた時にも、用事が済んだら、いつでも直ぐに出て行ったから…。
でも寂しいよ、と拭えない思い。前の自分に「お気に入りの席」が無かったことは確かだから。
懐かしい白い鯨の中には、そんな席など無かったから。
「前のぼくの席、欲しかったのに…。欲しいのは、今のぼくだけど…」
欲しがったって、シャングリラはもう無いけれど…。前のぼくだって、もういないけど…。
でも…、と何度も繰り返していたら。
「そう言うな。寂しい気持ちは分からんでもないが、済んじまったことはどうにもならん」
だがな、じきにお前の席が出来るから。…シャングリラの中に。
あと少しだけの辛抱だ、というハーレイの言葉に目を丸くした。白いシャングリラは時の彼方に消えたし、宇宙の何処にも残っていない。その中に席を作ろうだなんて、不可能なこと。
「ハーレイ、それって…。どういう意味?」
シャングリラはとっくに消えちゃったんだよ、どうやってぼくの席を作るの?
遊園地にあるヤツのことなの、シャングリラの形の乗り物なら色々あるけれど…?
デートに出掛けてそれに乗るの、と瞬かせた瞳。遊具の中なら、お気に入りの座席も選べそう。一番前に乗るのがいいとか、真ん中だとか。…一番後ろがいいだとか。
「いや、遊園地のヤツじゃない。それだと、お前、困るだろうが」
シャングリラは今も一番人気の宇宙船だし、遊園地のも行列だ。お気に入りの席が出来たって、次に並んだら、全く違う場所にしか乗せて貰えないとか…。ありそうだろ?
俺が言うのは、今の俺たちのシャングリラだ。
いつかお前とドライブする予定の俺の車だ、お前の席は助手席だろう…?
ちゃんとお前の席が出来るぞ、と言われてようやく気が付いた。白いシャングリラの代わりに、今ならではのシャングリラ。車の形になったシャングリラがあることに。
「そうだっけ…!」
船のシャングリラは無くなったけれど、今のハーレイのシャングリラ…。
あれがあるよね、あの中だったら、ぼくの席だって出来るんだっけ…!
ハーレイが運転席に座って、ぼくは助手席。運転するのを横で見てたり、地図を広げたり…。
ちゃんとあるね、と嬉しくなった自分のための席。
前の自分には「お気に入りの席」さえ無かったけれども、今度は貰えるのだった。
いつか大きくなった時には、ハーレイと二人きりのシャングリラの中に、自分の席を。
そう考えたら、綻んだ顔。前の自分が持てなかった席を、今の自分は貰うことが出来る。
白い鯨のようだった船より、ずっと小さい車の中に。ハーレイと二人で乗るシャングリラに。
楽しみだよね、と夢を膨らませていたら、ハーレイの瞳に覗き込まれた。
「ずいぶんと嬉しそうな顔だが…。機嫌、直ったか?」
バスでお気に入りの席を逃しちまって、ツイていないと嘆いてたのがお前だが…。
前のお前の席のことまで思い出した挙句に、俺に文句を言っていたのも、お前なんだが…?
ツイてる気分になって来たのか、と尋ねられたから「うんっ!」と笑顔になった。
「今日は駄目だよ、って思ってたけど、もう平気。いいこと、ちゃんとあったから!」
大きくなったら、シャングリラの中に、ぼくの席を貰えるんだから。
ハーレイと指切りしなくったって、席は絶対、貰えるものね。ドライブの時は。ぼくを乗せずに走って行ったら、ハーレイ、慌てて戻ってくるのに決まってるもの。
凄く大きな忘れ物だよ、とクスクス笑った。
恋人とドライブに行こうというのに、その恋人を乗せるのを忘れて走り出すなんて、可笑しくて笑いが止まらない。ハーレイはどれほど慌てることかと、きっと平謝りだろうと。
「うーむ…。お前を忘れて行っちまうってか?」
やりかねないよな、「ちゃんと乗ったか?」って訊いていたって、お前、勝手に返事だけして、ドアを開けて降りていそうだから。
ドライブの途中の休憩の時に、可愛い動物か何かを見付けて行っちまうとか…。何か美味そうなものを見付けて、「買ってこよう」と降りちまうだとか。
「やっちゃいそう…。ドアをバタンと閉めた途端に、また開けちゃって降りるんだよ」
ハーレイ、ちゃんと確かめてよね。ぼくを忘れて行かないように。
忘れて走って行かれちゃっても、ぼくは思念波、飛ばせないから…。
それに動物とかに夢中で、気が付くまでにも、うんと時間がかかっちゃいそう。ハーレイの車が行っちゃった、ってポカンと道端に立つまでにはね。
「まったくだ。俺も大概ウッカリ者だが、お前の方でも負けちゃいないな」
下手をしたなら、俺が慌てて戻って来た時、「どうしたの?」と訊きかねないぞ。
置いて行かれたことにも気付いていなくて、動物と遊んでいるだとか…。
何かを買おうと列に並んでて、俺の方には目もくれないとか、そんな具合で。
ありそうだよな、とハーレイも心配する「恋人を乗せるのを忘れて走ってゆく」こと。知らない間に降りてしまって、「忘れて行かれた」ことにも気付かない恋人の方も、大いに有り得る。
「ぼく、本当にそうなっちゃうかも…。ハーレイが気を付けてくれないと…」
置き去りなことにも気が付かないなら、ハーレイ、謝るどころじゃないね。ぼくの方が、うんと叱られちゃいそう。…「置き去りだぞ」って、凄い勢いで。
前のぼくなら、ハーレイに叱られたりはしないんだけど…、と肩を竦めた。前の自分はウッカリ者ではなかったのだし、「自分の席」さえ貰えないほど、雲の上の人という扱い。
そんなソルジャーを、キャプテンは叱りはしなかった。叱る理由が無かったから。
「前のお前か…。確かに、そういうことで叱っちゃいないな、俺は」
無理をしすぎて熱を出したとか、そんな時しか叱っていない。今のお前とはかなり違うな、前のお前というヤツは。…自分の席さえ持てないくらいに、偉すぎたしっかり者だったから。
それに比べて、お前ときたら…。俺に置き去りにされたことさえ、気付かないってか…?
そうだ、面白いことを思い付いたぞ。前のお前と今のお前が違いすぎるなら、これはどうだ?
今のお前をソルジャー扱いするというのは。…置き去り防止にも良さそうだし。
いいかもしれん、とハーレイは顎に手を当てている。「これなら置き忘れも無いからな」と。
「ソルジャー扱いって?」
それって何なの、どうして置き去り防止になるの?
今のぼくをソルジャー扱いするって、どういう風に…?
分かんないよ、と目をパチクリとさせたけれども、ハーレイは「ソルジャーだしな?」と笑う。
「ソルジャーは偉くて、雲の上の存在だったんだから…。そいつをお前に反映するのさ」
車の中でのお前の席に。…お前を乗せて行く場所に。
お前の気に入りの場所は助手席だろうが、車ってヤツは、目上の人を乗せる時にはだな…。
助手席じゃなくて後部座席に乗せて行くものなんだぞ、違うのか?
タクシーなんかはそうなってるが、という解説。車の中での偉い人の場所。
「そうだけど…。それじゃ、ハーレイがぼくを乗せて行くのは…」
助手席じゃなくて、後ろの席なわけ?
ぼくは隣に乗っていたいのに、ソルジャー扱いで後ろになるの…?
酷くない、とハーレイを縋るように見た。後部座席では、ハーレイの姿もよく見えないから。
「いや、酷いとは思わんが?」
お前をそっちの席に乗っけて、俺は運転に専念する、と。
「ソルジャー、次はどちらに参りましょうか?」といった具合にな。
後ろだったら、ドアの開け閉めも俺がきちんと確認しないと…。目上の人はドアを閉めるのも、運転手任せというヤツだから。
お前を乗せるのを忘れる心配も無くなるわけだ、とハーレイは自信たっぷりだけれど。
「それって、酷い…」
ハーレイの姿が見えないじゃないの、ぼくの席から!
助手席だったら隣同士で楽しいけれども、後ろなんかに乗せられちゃったら…!
「そうでもないだろ、楽しめる筈だと思うんだがな?」
お前は偉そうに言えばいいんだ、後ろの席から。次はあっちだの、此処で停めろだの。
好き放題に命令してればいいだろうが、と言われたソルジャー扱い。助手席の代わりに、後ろの席に座って、偉そうに出掛けてゆくドライブ。
「うーん…。どう見ても、偉そうだけど…」
今のぼくは少しも偉くないのに、ソルジャー扱いで後ろだなんて…。でも…。
置き去りの心配はしなくていいよね、と考えてみたら、そんなドライブも愉快かもしれない。
前の自分だった時と違って、今はハーレイと二人きりなのだし、後ろで偉そうにしていても…。
(ソルジャーごっこで遊んでるだけで…)
その状況を楽しめばいい。
キャプテン・ハーレイに命令をして。…ソルジャー・ブルーになったつもりで。
(あの店に寄ってくれたまえ、って…)
やってみるのもいいかもしれない。
「かしこまりました」と車を運転してゆくハーレイ。
二人きりで乗るシャングリラのハンドルを握って、大真面目に。キャプテン・ハーレイだった頃さながらに、「面舵一杯!」と声を上げたりもして。
(ぼくがソルジャーなら、ハーレイはキャプテン…)
そういうドライブも悪くはない。遊びで偉そうに乗ってゆくなら、後部座席が自分の席でも。
置き去り防止のために乗せられる後部座席と、それとセットのソルジャー扱い。
ハーレイの車がシャングリラになって、自分のための席がその中に出来て…。
「…ハーレイ、それって、着いたらドアも開けてくれるの?」
運転手さんだと、着いたら開けてくれるけど…。ハーレイが運転してくれる時も…?
「当然だろうが。俺は運転手に徹するまでだ」
お前をウッカリ置き去りにしないよう、後ろの席に乗せるからには頑張らんとな?
乗り降りの時は、ドアを恭しく開け閉めしてやる。「どうぞ」と、それは丁寧に…な。
任せておけ、とハーレイは運転手になる気でいるらしい。ソルジャー扱いでドライブしようと。
「ホントに偉そうな恋人だけど…」
そんなのでいいの、ハーレイは…?
ソルジャーごっこだって知らない人が見たなら、恋人に馬鹿にされてるみたいじゃない…?
「いいんじゃないのか、俺がお前に首ったけってことで。…恋人同士だとは分かるんだから」
甘やかされて我儘放題なんだな、と誰もが温かく見てくれるさ。
本当は置き去り防止のためとか、ソルジャー扱いだとかは気付きもせずに。
「ふふっ、熱々?」
ハーレイはぼくにぞっこんなわけで、運転手までしてるってわけ…?
「そんなトコだな、お前、本当にやってみたいか?」
置き去り防止の方はともかく、ソルジャー扱いで後ろの席に乗って行くこと。
「ちょっぴりね」
ほんのちょっぴりなんだけど…。でも、そういうのも楽しそう…。
前のぼくには、ソルジャーの席が無かったから…。その分、今のぼくが欲しいな、その席。
「よしきた、お前にソルジャーの席をプレゼントだな?」
かまわないぞ、とハーレイが片目を瞑るから。「好きにしていいぞ」と言ってくれたから。
いつかドライブしてゆく時には、たまに頼んでみるのもいい。
「今日はソルジャーの席がいいな」と。
白いシャングリラには、ソルジャーの席など無かったけれども、今なら貰える。
今のハーレイの車にだったら、ソルジャーの席を作れるから。
偉そうに座る席だけれども、きっと二人で楽しくドライブしてゆけるから…。
お気に入りの席・了
※シャングリラには無かった、前のブルーの席。お気に入りの席が無かったソルジャー。
けれど、今度は専用の席を貰えるようです。ハーレイが運転する車の中に、自分だけの座席。
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