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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ぶるぅの一番長い日

マザー、相変わらず無休のソルジャー補佐です。節分が終わり、寝込んでおられたキャプテンも復帰なさってシャングリラに日常が戻りました。バレンタインデーが近づいているので船内はちょっと浮かれておりますが。

甘いイベントを前提にして私の部屋にも「チョコレート申込書」が配られてきました。どうしようかな、と考えながら今日も青の間に出勤です。ソルジャーがコタツにおいでなのを見ると「玉砕覚悟でソルジャーに渡す」という誘惑が頭をもたげてきましたけれど、ソルジャーは贈り物の類は一切お受け取りにならないといいますし…ソルジャー補佐でもダメでしょうね。残念。…でも「義理チョコです」と渡すのはアリかもしれません。
「バレンタインデーのチョコレートかい?…義理チョコです、と言われたら流石に断るのは難しいかな。ぼくが上司なのは事実だからね」
「え、本当ですか、ソルジャー!?」
やたっ!役得ですよ、役得!やってて良かった、ソルジャー補佐!!
「義理チョコだったら貰ってもいい。ただし、ぼくが受け取ったことは誰にも口外しないこと」
「もちろんです!…あ、お返しはいいですから。ホワイトデーは無視して下さって結構ですから!」
憧れのソルジャーにチョコを渡せるなんて、もう頑張るしかありません。義理チョコと言いつつ手作りチョコなんか最高かも。そういえばチョコレート申込書に「チョコレート手作り講座のご案内」がありましたっけ。申し込んじゃおうかな、と思ってからハタと重大な問題に気付きました。無休の職場じゃ講座に出かける時間なんて…。
「行きたいんなら行ってもいいよ。リオだっているし、問題ないさ」
「そうですか?」
「うん。それに売り物じゃない手作りチョコなんて、ぶるぅがとても喜びそうだ」
え。ぶるぅ?もしかしなくてもソルジャーにチョコを差し上げると「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胃袋に…?
「どうだろうね。ぼくの気分とぶるぅ次第かな」
ひえぇ!!!…バレンタインデーまで「そるじゃぁ・ぶるぅ」には買い食いに燃えてもらわなくては。食べきれないほどチョコを買い込んでくれれば、ソルジャーのチョコにまで手出ししたりはしないでしょう。ソルジャーにはぜひとも、私のチョコを食べて頂くのです!
「…毎年、フィシスがくれるんだ。ブラウとエラは義理チョコをくれる」
あちゃ~、ライバル多数ですか。これはダメかもしれません。でも何事も参加することに意義があるとか言うんですから、諦めないで「手作りチョコレート講座」に行っちゃおうかな。
「あの講座はけっこう本格的だよ。…ん?……ぶるぅ?」
ソルジャーがハッと赤い瞳を宙に向けられ、お顔が一瞬、ひきつったように見えました。
「ソルジャー?…ソルジャー、どうかなさいましたか?」
「……………」
呼びかけてもお返事がありません。まさか「そるじゃぁ・ぶるぅ」がまた何かろくでもないことを…。
「ソルジャー!!」
「……ああ…。すまない…」
ソルジャーは視線を宙に泳がせたまま、考え込んでおられましたが。
「…ハーレイに連絡を取ってくれ。すぐにだ」
「はいっ!!」
私がブリッジを呼び出すと、ソルジャーはキャプテンに向かって叫ぶようにおっしゃいました。
「ドクターを連れてぶるぅの部屋に行ってくれ。ぼくも今、行く」
次の瞬間。
「飛ぶぞ」
ソルジャーに抱えられたと思った途端、私の視界はぐにゃりと歪んで…思わず瞑った目を開いた時にはそこは青の間ではなく、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋の扉の前でした。

「ぶるぅ!!!」
ソルジャーは私が初めてのテレポートでふらついている間に扉を開き、中へ飛び込んで行かれました。くらくらしている場合ではなさそうです。ぎゅっと拳を握って呼吸を整え、部屋に入ると。
「……ぶるぅ……」
膝をついておられるソルジャーのすぐ横に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が倒れていました。コタツに入ったまま仰向けに倒れたようですけれど、はずみで頭でも打ったのでしょうか、ソルジャーが撫でておられるのに小さな身体はピクリとも動きません。さっきドクターを呼ぶようにおっしゃったのはこれなんですね。
「…息をしていないんだ」
「は?」
信じられない言葉を耳にして私は思わず聞き返しました。
「ぶるぅが…息をしていない。もう心臓も動いていない…」
「えぇぇっ!!??」
悲鳴を上げた私の前でソルジャーは床に屈み込み「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンを注いでおられましたが、やがて諦めたように首を振って小さな身体にそっと毛布をおかけになったのです。
「……駄目だ……」
「そんな…!」
そこへキャプテンがドクターと一緒に走っておいでになりました。ドクターは毛布をどけて「そるじゃぁ・ぶるぅ」の蘇生を何度も試みてらっしゃいましたが、やはり手の施しようがないらしく。
「…駄目です、ソルジャー…。どうしようもありません。…しかし、どうしてこんなことに…」
「分からない。ぼくが感じたのは苦しそうにぼくを呼ぶ思念だけだった」
ソルジャーは動かなくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔をじっと見つめておっしゃいました。
「でも、苦しそうな顔はしてないね。…ぶるぅ、助けてあげられなくてごめんよ…」
「ソルジャー…」
キャプテンが沈痛なお顔で小さな身体に毛布をかけて。
「お役に立てず、申し訳ございません。…こんなことになるのでしたら、豆まきの鬼などやらせたりは…。かわいそうなことをしました」
「…ハーレイ、済んだ事を言っても仕方ない。それより、これからのことをよろしく頼む。ぼくは青の間に戻るから…長老たちに連絡を取って皆で来てくれ」
誰よりも悲しい思いをしておいでの筈のソルジャーでしたが、瞳に涙はありませんでした。
「…戻るよ。今度は気をつけて」
「は、はいっ!」
ソルジャーに手を引かれ、また空間がぐにゃりと揺れて…気がつくと青の間。そこにはいつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」が運び込んできたコタツがあります。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、もう何処にも…。私の目から涙が零れ落ちました。

噛まれたり、悪戯されたり、散々な目に遭いましたけど、ソルジャー補佐になって分かったことは「そるじゃぁ・ぶるぅ」はソルジャーが大好きで、ソルジャーを地球に連れて行きたいと心から願っていたということ。私はいつの間にかそんな「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大好きになっていたようです。まさか…まさか、こんなことに…。
「…ぶるぅのために泣いてくれるんだね。…ありがとう…」
ソルジャーが静かにおっしゃいましたが、私は答えられませんでした。話そうとすると嗚咽になってしまいます。ソルジャーは泣いてらっしゃらないのに申し訳ないと思っても…どうしても。泣き止むことが出来ない内に時間が経ってしまったらしく、キャプテンと長老方が青の間においでになりました。
「…ソルジャー、この度はまことに…」
ヒルマン教授がそうおっしゃった後、どなたも言葉が続きません。私は根性で泣き止みました。ソルジャー補佐が泣いていたのでは、お役目を果たすどころではありませんから。
「…分からないもんだねえ。…あんなにやんちゃな子だったのに…」
ブラウ様がようやく口を開かれ、エラ様がワッと泣き出されました。それが合図だったかのようにキャプテンが姿勢を正され、目元に滲んだ涙を拭って。
「ソルジャー、心からお悔やみ申し上げます。…それで我々をお呼びになった理由は…」
「決まっている。ぶるぅの葬儀のことだ」
エラ様が泣き崩れてしまわれ、私も涙が滲んでくるのを抑えることができませんでした。
「ぼくは精一杯のことをしてやりたい。…仏式にしたいと思うが、通夜は今夜で間に合うだろうか」
「…ソルジャー、明日は友引です。ですから、今夜は仮通夜ということで…」
ヒルマン教授がおっしゃいました。さすがは教授、ちゃんと暦を調べておいでになったようです。
「そうか。ならば今夜はぶるぅをゆっくり寝かせてやれるな」
ソルジャーのお言葉を聞いた私はとうとう我慢の限界を超え、エラ様と一緒に激しく泣き出してしまいました。こんなことではソルジャー補佐として失格ですが、もう駄目です。相談なさっている内容も聞こえず、長老方が退室なさったことにも気付かず、床に座り込んで泣き続けました。

「………。ハーレイたちは帰ったよ」
優しい声がして肩を叩かれ、赤い瞳に覗き込まれて…私は泣き止むしかありませんでした。ソルジャーが落ち着いていらっしゃるのにソルジャー補佐がいつまでも泣いているわけにはいきません。
「…すみません、ソルジャー…。取り乱しました…」
「いいよ。ぶるぅのため、なんだろう?」
またまた涙が零れ落ちそうになった私でしたが、こらえてなんとか立ち上がりました。
「…泣いてちゃ…仕事ができませんから…。私は何をすればいいんでしょうか…?」
「今夜は仮通夜ということになった。ぼくと一緒にぶるぅの部屋に行ってもらうことになる」
「……分かりました……」
「シャングリラに喪服は無いから、いつもの服で行けばいい。あ、それから…」
ソルジャーのお声が一瞬止まって。
「ぶるぅだけどね。…死んでなんかいないよ、ほんとは」
「…ええっ!?」
「正確には仮死状態だ。ぶるぅが自分でやったことだが、まだ子供だし…それに初めてのことだから蘇生するのにかなり時間がかかるだろう。出棺までに目が覚めればいいけど」
「はぁっ!???」
私の目はきっとまん丸になっていたでしょう。ソルジャーのおっしゃることは本当でしょうか?
「嘘じゃない。ぶるぅはシャングリラの誰かが食べようとしていた餅をサイオンでこっそり盗み出し、丸呑みして喉に詰まらせたんだ。苦し紛れにぼくに思念で助けを求め、窒息する前に自分で身体を凍結させた。…同じサイオンを使うのならば仮死になるより餅をどければよかったのにね」
そうおっしゃってソルジャーは宙に白い物体を取り出されました。
「これがぶるぅの喉に詰まっていた餅。だからぶるぅは仮死を解いてやればすぐに元気になるんだけれど…せっかくだからサイオンのトレーニングも兼ねてしばらく放っておこうと思う。頑張って自分で解くといい」
「そ、それじゃあ……お葬式は…」
「豆まきの件があったろう?…シャングリラの皆が倍返しでもいいという覚悟でぶるぅを節分の鬼にした。たっぷり後悔してもらうさ。…こんなことになるなら苛めたりしなきゃよかった、とね」
ソルジャーはニッコリ微笑まれました。
「ドクターにも仮死だと見抜けないよう、ぼくが細工をしておいた。…君の思念も封じさせてもらう。本当のことが皆に知れたら厳粛な葬儀が台無しだ。…それじゃ、ぶるぅの部屋に行こうか。ちゃんと悲しそうな顔をするんだよ」

「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に行くと、お線香の匂いが漂ってきました。コタツなどの家具は片付けられて壁に黒白の幕がかかっています。真ん中に敷かれた布団に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が白い着物を着て寝かされていて、顔の上には白い布。枕元にお線香と蝋燭が供えてあり、布団のそばにフィシス様が座っておいででした。
「…ソルジャー…」
しくしくと泣いてらっしゃるフィシス様ですが、ソルジャーの思念によるとフィシス様も真相をご存じだそうです。きっと私が大泣きしている間にこっそりお伝えになったのでしょう。でも流石はフィシス様。ソルジャーに思念を封じられている私と違ってきちんと芝居をしておいでです。『頑張ってね』と思念を送って下さいましたし。
「…ぶるぅ…」
ソルジャーが白い布を外して「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔を悲しそうに見ておられます。そこへヒルマン教授が緑の僧衣をお召しになって入ってこられ、続いて長老方。仮通夜といえどもシャングリラの重鎮が揃うようです。ソルジャーとフィシス様と私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそばに座布団を敷いて座りました。
「では、ソルジャー…そろそろ始めさせていただきますぞ」
ヒルマン教授が用意してきた鉦と木魚を叩かれ、厳かな声で読経を始められます。本物のお坊さんに引けをとりませんけど、何処で習ってこられたのでしょう…って、いけない、いけない。好奇心に燃えてる場合ではなく、悲しそうな顔をしなくちゃいけません。あちこちの部署から弔問の人が来てお焼香が始まりました。
「………豆鉄砲を作ってごめんよ…」
呟きながら手を合わせたのは戦闘班の人でしょう。私たちは参列者にお辞儀を返し、時々、布団の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に目を向けますが…一向に蘇生する気配はないようです。仮通夜なので弔問客は各部署の代表だけだったらしく、お焼香はすぐに長老方の順番になり、続いて私、フィシス様、最後にソルジャー。
(…思い切りしめっぽいんだけど…ソルジャーが嘘をおっしゃる筈がないものね)
お焼香をして手を合わせながら眺めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はどう見ても『仏様』でした。ヒルマン教授の読経が終わり、長老方はもう一度「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手を合わせてからお帰りになってゆかれます。私はソルジャーやフィシス様と一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋に残って交代で『仏様の番』をすることになりました。

思念が外に漏れないようソルジャーがシールドを張られた「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋はお焼香の残り香とお線香の匂いで一杯です。ソルジャーがそっと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の顔にかけられた白い布を外されましたが、眠っているような顔に血の気は全くありません。本当にちゃんと生き返ってくれるのでしょうか?
「…心配ない。手間取っているようだけど、ぶるぅは今も頑張っているよ」
ソルジャーはフィシス様と私を安心させるように微笑まれました。
「早く生き返ってくれないと…正直、ぼくも困るんだ。今夜は仮通夜だったからいつもの服でよかったけれど、本当に通夜をすることになったら…衣を着る羽目になるかもしれない」
「ころも?」
ころも…。衣って、なんでしょう?
「今日、ヒルマンが緑のを着てきただろう。あれと同じだよ。…ぼくのは緋色の衣だけれど」
「お坊さんの服ですか!?」
「衣、と言ってくれたまえ。ぼくもヒルマンも僧籍なんだ」
「えぇぇっ!!?」
私は心底、仰天しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお葬式を仏式でやりたい、とはおっしゃいましたが…ソルジャーが僧籍って…お坊さんの資格を持っておいでということですか?
「ああ。…シャングリラにもそういう資格を持っている者は必要だろうと思ってね。アルテメシアに来て間もない頃に、ぼくとヒルマンが最初に取った。ちゃんと人類に紛れ込んで得た資格だから本物だ。何度か修行に通って位も上がり、ぼくは高僧として緋色の衣が着られるんだよ」
「あ、あのぅ…。なんで仏教なんですか?」
「どんな人間でも『南無阿弥陀仏』と唱えるだけで極楽へ行ける、というのがいいじゃないか。もちろん他の宗教の資格を持っている者もいる。仏教は…若手で君が知っていそうなのはアイハラかな」
アイハラさんといえばブリッジの…。あの人もソルジャーも、ヒルマン教授もお坊さん…。そういえばいつだったか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお仕置きするために頂いたソルジャー直筆のお札に『南無阿弥陀仏』と筆で書かれてありましたっけ。っていうか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」…早く生き返ってこないとソルジャーにお経を読まれちゃいますよ!
「ソルジャー、私は緋の衣をお召しになったところを見てみたいですわ」
「…フィシス…。そういえば、君は見たことがなかったか…」
そんな会話をなさっている横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の睫毛が僅かに動きました。
「ぶるぅ?」
ソルジャーが冷たくなった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の額に触れて呼びかけられると、頬にほんのり赤みがさして…私たちが覗き込む内に小さな胸が微かに上下し、ふぅっと聞き逃しそうな息を吐いて。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳がゆっくりと…じれったいほどゆっくりと開き、でも、焦点は定まらないまま。
「……ブルー……?」
息を吹き返した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一番最初に口にしたのは他ならぬソルジャーのお名前でした。ソルジャーはすぐに小さな身体を抱きしめ、サイオンを注ぎながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」の背中を撫でておられます。
「ぶるぅ…。頑張ったね、ぶるぅ…。大丈夫、ぼくはここにいるよ」
「…ブルー、ぼく…お餅が喉に詰まったんだ。苦しかったよ。…ブルーが助けてくれたんだね」
「ぼくは殆ど何もしてない。ぶるぅ、お前が自分で頑張ったんだ。…見てごらん」
ソルジャーは思念で今までの経過を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にお伝えになったようでした。ソルジャーのサイオンに助けられて元気になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分の姿と部屋の光景をキョロキョロ見回し、ポカンとして。
「…ぼく、死んじゃったの?…ねえ、ブルー…ぼく、本当は死んじゃってるの?」
「死んでないよ、ぶるぅ。みんな勘違いをしているだけだ。…今ならたっぷり悪戯ができる。その格好でそっと枕元に立って、「来たよ」と言ってやればいい。みんな幽霊が出たと思うだろうね」
ソルジャーのお言葉に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞳が輝き、とても嬉しそうにニコッと笑って。
「かみお~ん♪」
左前に着せられた白装束で飛び跳ねるように、歌いながら飛び出していってしまったのでした。

その夜、シャングリラの乗員は皆、恐ろしい目に遭ったようです。寝ていた人は枕元に立った白装束の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に「来たよ」と囁かれて震え上がり、十字を切るやら念仏を唱えるやらで朝まで眠れなかったとか。起きていた人も、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が苦手なブリッジにいた人を除く全員が白装束の幽霊に出会い、腰を抜かしたりパニックに陥ったりして医療部に搬送されました。もちろん医療部にも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の幽霊が…。
「ソルジャー!!」
翌朝、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の部屋で眠りこけていた私たちは扉を激しく叩く音に起こされました。ソルジャーがシールドを張ってしまわれたままだったので扉は内側からしか開けられません。
「ソルジャー!!…ご無事ですか、ソルジャー!!!」
キャプテンが絶叫しておられました。ソルジャーに寄り添うように白装束の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が眠っています。夜明けまで悪戯していたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」の帰りを待っている内に、ソルジャーもフィシス様も私も疲れて寝てしまったのでした。
「…どうした、ハーレイ。なんの騒ぎだ?」
ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を布団に運んで元通りに寝かせ、扉をお開けになりました。
「どうしたも何も…。出たのです、ぶるぅが!…ぶるぅの幽霊が…シャングリラ中に…」
蒼白なお顔のキャプテンの後ろには緑の僧衣のヒルマン教授が数珠を手に立っていらっしゃいます。
「私の部屋にもやって来ました。…ソルジャー、納棺を急いだ方が良さそうですぞ」
「…そうなのか…。もう少し寝かせておいてやりたかったが、仕方ないな」
悲しげなお顔をなさるソルジャーにキャプテンが強い口調でおっしゃいました。
「お気持ちは分かりますが、シャングリラの皆が怯えております。納棺してソルジャーに封印をお願いするしかないでしょう。…棺は土鍋を使う、というご意思はお変わりになっておられませんか?」
「ああ。…ぶるぅは土鍋で寝るのが好きだったからね。ただ、蓋をされるのは嫌いだったから…仮通夜の間は布団に寝かせた。もう蓋をしてしまうのか…」
「はい。そういうことで参りました。ゼルは幽霊騒ぎでベッドから落ちて腰を痛め、エラは頭痛で寝込んでおります。ブラウは私の代わりにブリッジで皆を落ち着かせるべく奮闘中で…。まさかブラウに納棺をさせるわけにはいきませんから」
キャプテンは奥に置かれていた土鍋を運び出し、蓋を外すと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を寝かせた布団に近づいて小さな身体を軽々と持ち上げられました。蘇生したとは夢にも思っておられないらしく、手際よく土鍋に入れておいでです。そういえば死後硬直って、そろそろ解ける頃でしたっけ…って、爆睡中ですか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「では、蓋を閉めさせていただきます。…よろしいですか、ソルジャー?」
ソルジャーが瞳を伏せて頷かれ、土鍋の蓋が閉められました。が、次の瞬間。
「狭いーーーっっっ!!!」
バァン、と土鍋の蓋が吹っ飛び、叫び声と共に躍り出たのは白装束の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。仰け反られたキャプテンに飛びかかるなり腕にガブリと噛み付き、勢いに乗ってガブリ、ガブリ。ヒルマン教授は腰を抜かして念仏を唱えておられます。…多分「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大嫌いな蓋を閉められたせいで目覚めたのでしょう。
「ぶるぅ、そのくらいで許しておあげ。…ハーレイはわざとやったんじゃないよ」
ふわり、とソルジャーの青いサイオンが「そるじゃぁ・ぶるぅ」を包み、キャプテンから引き剥がしました。そのまま手元に引き寄せ、宥めるように頭を撫でておられるのをキャプテンとヒルマン教授は呆然と見つめておいででしたが…噛まれた痛みで我に返られたキャプテンが苦痛に顔をしかめながら。
「…ソルジャー…。ぶるぅは…生きているのですか…?」
「ああ。昨夜遅くに生き返った。…みんなが見たのは幽霊じゃなくて、ぶるぅの悪戯だったんだよ」
「……なんと……」
キャプテンとヒルマン教授がヘタリと座り込まれます。ソルジャーは落ち着いてきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を優しく抱きしめ、笑みを浮かべておっしゃいました。
「ぶるぅが生き返ってくれたんだから、悪戯は許してやってほしい。…豆まきの鬼のお返しということにして貰えると嬉しいな。まだ1歳の子供だからね、大目に見てやってほしいんだ」
そしてソルジャーはシャングリラ全体を包み込むように、暖かく柔らかい思念を広げて。
『…ぶるぅが息を吹き返した。もうすっかり元気になったから。…みんな、心配をかけてすまなかった。ぶるぅの通夜と葬儀は中止だ。また悪戯をするだろうけど、いないよりはいいと思ってほしい』
わっ、とシャングリラ中から沸き立つような思念が上がりました。悲鳴と歓声が入り混じったような、それでも心からの安堵が押し寄せるように伝わってくるような…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がこの思念の波を覚えていてくれれば悪戯は減るのかもしれませんけど、子供ですから無理でしょうねぇ。

マザー、とんでもなく人騒がせな出来事でしたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の葬儀を出さずに済んで良かったです。あんなヤツでも本当に死んでしまったりしたら悲しいですし、なによりもソルジャーがとてもお嘆きになるでしょう。クリスマス前に「ぶるぅが消えてしまうかもしれない」と心配しておられたソルジャーのことを私は覚えていますから。
それにしても、お餅って危険だったのですね。「年齢に関係なく詰まる時は詰まる」と分かりましたので、今後、ソルジャーがお召し上がりになる時は細心の注意を払うことにいたします。なんといっても三百歳を超えておいでになるのですから危険です。詰まった時には掃除機がいい、という話は本当ですか、マザー…?




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