シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
マザー、一度も休暇を取っていないソルジャー補佐です。バレンタインデー前に特別休暇を頂いて「チョコレート手作り講座」に行こうかな、とチラッと思いはしましたが…公私混同も甚だしいのでキッパリすっかり諦めました。義理チョコの大義名分のもとにソルジャーに渡すチョコなんですから、手作りはちょっとやりすぎでしょう。
手作りチョコを諦めた私は前に配られた「チョコレート申込書」に「本命1個、義理1個」と記入して出しておきました。本命は一人1個限りで義理は5個までいけるのですが、ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」に渡せればいいので各1個。本命チョコは当然ソルジャー。バレンタインデーはいよいよ明日です。
「ソルジャー、おはようございます」
青の間に出勤するとソルジャーは朝食の最中でらっしゃいました。カフェオレにクロワッサンというメニューがとてもお似合いです。…コタツでさえなければ。しかもコタツには「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいて、飯櫃を抱えるような勢いで食べているではありませんか。お味噌汁と卵焼きと…朝から豚カツ…。
「ぶるぅが来たから一緒に食べることにしたんだ。…君に頼みがあるんだけれど」
「おかわりですか?」
しごく真面目に訊いた私にソルジャーはクスクスお笑いになり、リオさんにお皿を下げるようにとおっしゃいました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまだ食べています。
「ぶるぅを連れてこれに行ってほしい。君も行きたがっていただろう?」
コタツの上に置かれたものは「チョコレート手作り講座」の受講証でした。
「ぶるぅがね、バレンタインデーの特設売り場でチョコを散々買った挙句にチョコレート工場も見学したんだ。そこで試食をしている内に自分で作りたくなってきたらしい。ね、ぶるぅ?」
ご飯と豚カツをかきこみながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が頷きました。
「でもアルテメシアのチョコレート教室にはもう空きが無くて、シャングリラの講座に行きたいとぼくに頼みにやって来た。…定員はとっくに埋まっていたけど特別に入れてくれるそうだ」
シャングリラでソルジャーのお名前を出せば大抵のことは可能でしょう。チョコレート手作り講座に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を押し込むくらい朝飯前です。
「ただ、ぶるぅだけでは引き受けかねると言われてしまって…。君に付き添いを頼みたい。本当はぼくが行ってやりたいけれど、ぶるぅを特別扱いするのは…」
そうでした、ソルジャーは滅多に青の間からお出になりません。ついつい忘れがちですけれど、お身体が弱っておられるのをシャングリラの皆に悟られないよう配慮なさっておいでです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のカラオケ新曲発表会だって一度もお出かけにならないのですし、チョコレート手作り講座は論外でしょうね。
「分かりました。お引き受けします」
「よかった。…ぶるぅ、連れてってくれるってさ。悪戯をしちゃいけないよ」
「うん!!」
笑顔で頷く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私はソルジャーから受講証を受け取り、思いがけなく「チョコレート手作り講座」に出かけることになったのでした。
講座の開始時間にはまだ早く、リオさんが朝食のワゴンを下げていった後、私たちはコタツに座っていたのですが…講座案内を読んでいた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を傾げて尋ねました。
「ねぇ、ブルー。…これ、女の人が行くものなの?ここには何も書いてないけど」
「女性にしか配っていないはずだよ。…どうしたんだい?」
「やっぱり女の人だけなんだ…。どうして?アルテメシアでチョコレート手作り教室の案内を見て入っていったら「もう定員になりました、ってママに言ってね」と言われたよ」
「ママに言ってね、か。…お前が受けに来たとは思わなかったんだろう」
「だから子供じゃダメなのかと思って、ブルーの姿に見えるようにして別の教室に行ってみた。そしたらやっぱり定員ですって言われて、今度は「彼女によろしく」って。…彼女って女の人のことでしょ?」
「うん、女の人のことを彼女と言うね」
ソルジャーは微笑んで頷かれました。
「そして恋人を「彼女」と呼ぶこともある。お前はママや恋人の代わりに申し込みに来たと思われたんだよ。バレンタインデーは女性が好きな男性にチョコレートを贈る日だけど、知っていたかい?」
「…知らなかった。それでチョコレート売り場に女の人が一杯いたんだ…。女の人が好きな人にあげるんだったら、ブルーはフィシスから貰えるの?…フィシスってブルーの恋人だよね」
ゲホッ、とソルジャーが昆布茶にむせてしまわれ、何度か激しく咳き込まれて。
「ち、ちょっと違う…かな。大切だけど恋人っていうわけじゃない」
「恋人じゃないの?すごく仲良くしてるのに…。じゃあ、恋人ってどんなもの?」
「ぶるぅには…子供にはまだ難しいよ。好きな女の子ができたら自然に分かるさ」
ふぅん、と呟く「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ぼく、バレンタインデーっていろんなチョコレートを売り出す日だと思っていたよ。当日販売だけのもあるし。沢山買ったけど、女の人から貰える日なら…ぼくにも誰かくれるかな?」
「ぶるぅ。…「好きです」って言ってくれる女の人がいそうかい?」
「………。いそうにないね」
節分の鬼にされたばかりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」はガックリと肩を落としました。
「ぼくを好きだって言ってくれるの、ブルーだけだよ。…ぼく、チョコレート貰えないんだ…」
あらら、とっても悲しそうです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」用に申し込んだのは義理チョコでしたが、手作り講座に行けるんだったら本命チョコが余りますから、それをプレゼントしましょうか。
チョコレート手作り講座の開催場所は食堂でした。シャングリラには大食堂の他にも幾つか食堂があり、講座の会場は定員の60名を収容できる小食堂です。
「こんにちは。受講に来ました」
チョコレートの香りが漂う部屋に「そるじゃぁ・ぶるぅ」と入っていくと悲鳴と思念が炸裂しました。
「うっそぉ!!!なんで~!?」
『食べられちゃう、チョコレート全部食べられちゃう~!!』
「静かに!…落ち着いて!!」
厨房の白い制服を着た男性講師がパニックになるのを食い止めましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の日頃の行いがどう評価されているか、非常によく分かる反応です。
「…ぼく、チョコレート作りを習いに来たんだ。悪戯しないよ、ブルーと約束してきたから」
「ソルジャーと!!?」
今度は黄色い悲鳴です。
「ソルジャーと約束!?…ソルジャーですって!?」
「もしかして、今年はソルジャーがチョコを受け取って下さることになったとか!?」
大変!勘違いされないよう、ソルジャー補佐としてちゃんと説明しなくては。
「えっと、皆さん…。ソルジャーがチョコレートを受け取られることはありません。そるじゃぁ・ぶるぅがここに来たのはチョコレートを作ってみたかったからで、特別な意味はないんです」
な~んだ、つまんない…という思念が会場中に広がりました。講師の先生方の挨拶の後、いよいよ講座の始まりです。上級、中級、初級コースがあり、私と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は初級コースで講師は男性。ソルジャーが前におっしゃったとおり、上級コースは本格的なチョコ菓子を作るようですね。
初級コースは型抜きチョコレートとトリュフ、生チョコのパヴェの中から1種類を選んで作ります。私に作れそうなのは型抜きチョコ。ハート型が沢山用意されていますが、ソルジャーに渡すのにハート型ではあんまりですし、お星様の形に決めました。2個作ってもいいらしいので「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもお星様チョコをあげられそうです。
「ぼく、これにする」
型を選んでいた私の横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が言いました。何の形にするんでしょう…って、えぇぇ!?小さな手が指差しているのはトリュフのレシピ。
「型に流すのはチョコレート工場で見てきたよ。だから、こっち」
ま…負けてるかも…「そるじゃぁ・ぶるぅ」に…。私がくらくらしている間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はマントを外し、白い割烹着を着せてもらって説明を聞き始めました。
「ねえ、中身は1種類しか作れないの?ぼく、いろんな味のを作りたいのに」
やる気満々で言ってますけど、講座の時間内に仕上げられるのは1種類が限度のようでした。けれど諦めるような「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく、講師の先生に食い下がります。。
「ぼく、サイオン使えば幾つも同時に作れるよ。中身の…えっと…ガナッシュっていうの?それ、おじさんの頭の中にある作り方を真似すれば色々なのが作れるんでしょ」
「読んだのか!?…いつの間に…。それに幾つも同時に作るなんて…」
「美味しそうなのを真似してみるね。足りない材料と道具、調理場から貸してもらおうっと」
材料などを揃えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はサイオンで複数の調理器具を同時に使ってガナッシュ作りを始めます。チョコレートを刻むだけならともかく、泡だて器やボールを6種類分も一度に操るなんて、どうして混乱しないんでしょう?しかも鼻歌まで歌っていますよ、十八番の「かみほー♪」を。
「…できたみたい。こんな感じでいいのかな」
出来上がった6種類のガナッシュを絞り袋に入れ、少しずつ絞り出してサイオンでくるくると丸めていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は講師の先生に味見を頼み、合格点を貰いました。本職並みだと褒められています。私、完全に負けたのでは…。
「あとは外側を作るだけだね。頑張らなくっちゃ」
型抜きチョコ用のチョコレートを湯煎している私の隣で「そるじゃぁ・ぶるぅ」も湯煎に取り掛かりました。温度調節に失敗してはやり直している私と違って一回で済ませ、丸めたガナッシュをサイオンで転がしながらチョコレートで綺麗にコーティング。それに比べて私のチョコは…。いえ、大切なのはチョコレートにこめた気持ちですよね。
「そるじゃぁ・ぶるぅ」は完成した6種類のトリュフを大きな箱に詰めてラッピングしてもらい、入りきらなかった分は講師の先生と試食してから自分の部屋へテレポートさせました。お次は白い割烹着のまま他のコースの見学です。熱心に見ている後姿はとても可愛く、悪戯者には見えません。そこへキャプテンがおいでになって…。
「ぶるぅがチョコを作っていると聞いて見に来たんだが、もう終わったのか?」
「はい。頭にくるほど上手でしたよ」
私は思念で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のトリュフ作りの様子をお目にかけました。
「サイオンとはな…。まるで手品を見ているようだ。その箱に全部入ったのか?」
「いいえ、とても沢山ありましたから…余った分は部屋に送ったみたいです」
「部屋に?」
甘いものが苦手なキャプテンの顔色が変わり、一歩後ろへお下がりになって。
「チョコは余っているんだな?…試食しろとか言われては困る。いや、ぶるぅなら絶対に言う…」
くるりと扉の方を向くなり足早に出てゆかれましたが、キャプテンは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコレート作りで大失敗をすると思って見に来られたのかもしれません。チョコレートまみれになるとか、謎の物体ができるとか。やがて講座は和やかに終わり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の付き添い役も無事終了。私の作品はお星様の形のチョコ2つです。明日はこのチョコを義理チョコと称してソルジャーに…。
「このチョコ、ブルーにあげるんだ。ぼくがプレゼントしたってかまわないよね」
トリュフ入りの箱を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が踊るような足取りで歩いていきます。
「そうだ、あそこで聞こえた話の中に分からないことがあったんだっけ」
また「恋人ってなに?」でしょうか。チョコレート作りは上手くても恋を知らない1歳児ですし。
「ううん、恋人じゃなくて…「受け」ってなに?」
「えっ?」
「チョコを作りに来たのがぼくじゃなくてブルーだったらよかったのに、って話してる人たちがいたんだよ。ブルーは「受け」だから絶対似合うって言っていたけど、受けっていったいなんのこと?」
ひゃぁぁ!!…誰が話してたのか知りませんけど、顰蹙です。ド顰蹙です。ソルジャー補佐として許すわけには…って、その前になんて言えばいいんでしょうか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ハーレイが来た時、その人たち、とてもはしゃいでた。ブルーにはやっぱりハーレイだ、って。ハーレイは攻めって言うらしいよ。受けとか攻めってどういう意味なの?」
なんということでしょう!シャングリラにそんな妄想をしている人がいるなんて。でも誰なのか分かりませんし、いくら私がソルジャー補佐でも犯人が分からないと怒鳴り込むことはできません。
「…ねえ、受けってブルーをバカにする言葉?」
私の怒りオーラを察した「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配そうに言いました。
「そういうわけではないんだけれど…。知らない方がいい下品な言葉ね」
「…でも、ものすごく楽しそうだった。ぼく、気になってしょうがないよ」
「私には楽しくない話だわ。説明する気にもなれないし」
「ふぅん…。いつか大人になったら分かるかなぁ?…忘れないように覚えとこうっと」
妙な話を聞いてしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですが、このまま忘れてほしいものです。明日は当日販売のみのチョコレートを買いに奔走すると聞いていますし、チョコレートのことで脳味噌が満杯になってくれますように…。
そして翌日、バレンタインデー。私はお星様チョコを1個ずつ箱に入れてラッピングしたものを持って出勤しました。申し込んであった「本命チョコ」と「義理チョコ」は私のおやつになる予定です。
「ソルジャー、義理チョコを持ってきました。そるじゃぁ・ぶるぅの分もあります」
「ぶるぅにも?…ありがとう。昨日の手作りチョコなんだね」
憧れのソルジャーに手渡せた上、お礼まで言ってもらえて感激ですが「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコレートを買いに出かけているので、お星様チョコの2つの箱はコタツの横に置かれました。やがてブラウ様とエラ様が義理チョコと言いつつ大きな箱を持っていらして、その次はフィシス様。美しく包装された箱をソルジャーにお渡しになり、お決まりの『フィシス様の地球』の出番です。
(…やっぱりフィシス様は特別なんだなぁ…。恋人じゃないっておっしゃったけど)
コタツでフィシス様と手を絡めてらっしゃるソルジャーは本当にお幸せそうでした。それからお二人で昼食を摂られ、私は同じコタツでお弁当。分相応という言葉が身にしみます。フィシス様は食後もゆっくりなさってお帰りになりましたけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまだ戻りません。
「あれこれ買っているんだろう。熱心に下調べをしてたようだし」
ソルジャーがそうおっしゃった時、通信用スクリーンが出現しました。キャプテンのお姿が映っています。場所は廊下のようですが…緊急連絡でもなさそうですし、いったいどうしたことでしょう。
「ハーレイ!」
スクリーンからソルジャーのお声が響きました。それと同時にキャプテンの前にソルジャーのお姿が…って、ソルジャーは青の間におられます。ご自分のお姿を他の場所に投影なさることがお出来になるとは知っていましたが、この目で見るのは初めてでした。
「…ハーレイ、待たせてすまなかった。これを渡したかったんだ」
幻影のソルジャーがキャプテンに謝りながら差し出されたのは、綺麗なリボンのかかった大きな箱。待ち合わせのご予定を伺った覚えはありませんけど、お忘れになっていたんでしょうか?しかも幻影でお会いになるなんて、いったいどういうおつもりで…?
「今日はバレンタインデーだから、お前にチョコレートを贈りたくて…誰もいない場所に来てもらった。ぼくの気持ちを受け取ってほしい。アルテメシアで一番甘いチョコレートだ」
ソルジャーの幻影がキャプテンに箱を手渡された瞬間、シャングリラ中に凄まじい悲鳴と驚愕の思念が響きました。スクリーンの映像と音声が生中継されていたようです。キャプテンは箱を抱えて固まってしまわれ、コタツにおられたソルジャーのお姿がフッと見えなくなったと思うと…。
「ぶるぅ!!!」
スクリーンの中にソルジャーがお二人。パシッと青いサイオンが弾け、キャプテンにチョコレートを渡した方のソルジャーが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿に変わって廊下に座り込みました。
「痛いよ、ブルー!」
頭を押さえている「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、リボンがかかった箱を手に呆然と立っておられるキャプテン。チョコレートの箱は幻じゃなかったみたいです。本物のソルジャーが「痛いよ」を連発している「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をコツンと軽く叩かれ、キャプテンに赤い瞳を向けて。
「すまない、ハーレイ。…全部ぶるぅの悪戯だ」
キャプテンはようやく我に返られたらしく、ソルジャーと偽ソルジャーだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」を交互に眺め、額を押さえて呻かれました。
「…では、私をここへお呼びになったのは…」
「ぶるぅだね。おまけに、お前がここへ来てから起こったことは監視カメラと通信システムを使って一斉中継されてしまった。…シャングリラ中が大騒ぎだが、どうする、ハーレイ?」
「…どうする、とおっしゃいましても…私には…」
「そうか、お前も被害者だったな。…いや、一番の被害者か…」
シャングリラの住人たちの思念は今もザワザワ騒いでいます。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯とはいえ、あんな光景を見せられたのではそう簡単に落ち着けるわけがありません。
「…みんな、驚かせてすまなかった」
ソルジャーのお顔がスクリーンに大写しになり、穏やかなお声が流れました。
「ぶるぅの悪戯で混乱させてしまったようだ。変な映像が流れはしたが、システム自体に影響はない。ぶるぅはぼくが叱っておくから、安心して持ち場に戻ってくれ」
青の間のスクリーンがフッと消え失せ、船内に渦巻いていた思念の波も引いていきます。生中継に使われていた全ての画面が正常に戻ったのでしょう。とんでもないヤツです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「…やれやれ、ぶるぅがあんな悪戯をするとは思わなかった」
テレポートで青の間に戻ってこられたソルジャーの後ろで「そるじゃぁ・ぶるぅ」がしゅんとした顔をしていました。一斉中継が終了した後、たっぷりとお説教をされたに違いありません。キャプテンに土下座して謝るようにとか言われたのかも。そういえば騒ぎの一因のチョコレートの箱が無いようですけど、いったい何処へ消えたのでしょう?
「あれはハーレイにプレゼントしたよ。バレンタインデーにチョコはつきものだ。せっかくの機会なんだし、ぶるぅが買った『アルテメシアで一番甘いチョコ』を味わってみるのもいいんじゃないかな」
ソルジャーは悪戯っぽい笑みを浮かべてコタツにお入りになりました。
「ハーレイにはとんだ災難だけど、ぶるぅに騙されたのが運の尽きだ。ぼくに呼ばれたと信じて待っていたらしい。…ぶるぅの思念とぼくの思念を間違えるなんて、信じられない気がするけどね」
言われてみればもっともです。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン能力はケタ外れですし、キャプテンを騙すくらいは簡単なのかもしれません。私も注意しなくては…。
「おかけでバレンタインデーの余興ができた。ぼくがハーレイにチョコを渡すのを見たい、と願っていた子たちがいたそうだ。ぶるぅはそれを実行したわけだが、その子たちの反応はどうだったのかな」
「受けとか攻めとか言ってた人たち?…喜んでたよ。ぼく、ちゃんと思念を追っていたんだ」
ニッコリ笑った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は自分が何をやらかしたのか、まるで分かっていませんでした。
「なるほどね。これだけの人数がいれば色々なことが起こってくるさ。…ところで、ぶるぅ。その子たちの心を二度と読んではいけないよ。病気がうつると困るから」
「えっ、あの人たち、何か病気にかかっているの?」
「うん。受けとか攻めとか、そういうことばかり考えたくなる…とても困った病気なんだ。もしもお前が感染したら、ぼくは一生お前と口を利かない」
「ええっ、そんなの嫌だよ、ブルー!…まだうつったりしていないよね?」
「今のところは大丈夫。でも次からは気をつけないと…。あの病気を治す薬は無いんだから」
そう諭された「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクンと頷き、ソルジャーと指切りをして「病気の人には近づかない」と約束しました。これで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が受けと攻めの意味を追求する恐れはないですね。さすがソルジャー、鮮やかですけど…病気のレッテルを貼られた人たち、自業自得とはいえ可哀相かも…。
船内一斉中継騒動と受け攻め問題が片付いた後、ソルジャーが手に取られたのは私が持ち込んだお星様チョコの箱でした。2つの箱をそっと並べてから1つを「そるじゃぁ・ぶるぅ」の前へ。
「ぶるぅ、バレンタインデーのチョコは貰えたかい?」
「…ううん、誰からも貰えなかった…」
「そうだろうね。悪戯ばかりしてるし、気に入らないと噛み付くし。誰もくれなくて当然だけど…ほら、見てごらん。お前にチョコレートを持ってきてくれた人がいたんだよ。ぼくとお前と1個ずつ、って」
「えっ、ほんと?…ぼく、チョコレート貰えたんだ!」
大喜びで箱を開いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、贈り主が私だと気付いてもガッカリしたりはしませんでした。なにしろシャングリラ中でたった1個の自分宛のチョコレートです。来年はもっと貰えるかも、と言い出しましたが、ソルジャーは夢を見ている「そるじゃぁ・ぶるぅ」に厳しい言葉をおっしゃいました。
「まず悪戯をやめないと。…それと噛み癖が直らない内は絶対にチョコは増えないね」
「…どっちも直すの難しいよ。でも頑張って来年はもっと…。あっ、大事なこと忘れてた!」
あたふたと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がテレポートで宙に取り出したのは昨日の手作りトリュフでした。
「ブルー、これ…昨日作ったチョコなんだ。先生に褒めてもらったよ。ブルーが行かせてくれた講座だったし、ぼく、ブルーのこと大好きだし…これあげる。要らないなんて言わないよね?」
心配そうな「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手からソルジャーが箱を受け取られて。
「要らないって言うと思うかい?…お前が頑張って作ったのに。ありがとう、ぶるぅ。お前からチョコを貰えるなんて、考えたこともなかったよ」
「よかった。…ぼく、今日も悪戯しちゃったけれど…でも大好きだよ、ブルーのこと」
ソルジャーは箱を開いて見事なトリュフを1個お食べになりました。美味しいよ、とおっしゃるソルジャーを見つめて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満足そうです。この後はきっと部屋に帰って山ほど買ったチョコレート各種をお腹一杯食べるんでしょうね。アイス大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」、チョコレートも大好きみたいです。
マザー、ソルジャーがキャプテンにお贈りになった『アルテメシアで一番甘いチョコレート』のその後の行方は分かりません。キャプテンはこっそり処分なさるような方ではない筈ですし、最近、胃薬の量が増えたと噂ですから、律儀に食べておられるのかも。
そして一部の女性の間では『ハレブル』というモノが熱く語られておりますが…シャングリラに悪影響が出そうになったらソルジャーが手を打たれるでしょう。私の記憶も消えてしまうかもしれませんから、その前に報告いたします。『ハレブル』とは一種の専門用語で、ハーレイ×ブルーの意味です、マザー。