シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※2008年ぶるぅお誕生日記念の短編です。
マザー、シャングリラに拾われてから一年が経ったソルジャー補佐です。年中無休の職場ですけど、ソルジャーのお役に立てるのならば休日返上なんて大したことではありません。いえ、ソルジャーのお顔を拝見できるだけで幸せ一杯、毎日が祝日みたいなもので…。そうこうする内にシャングリラの冬の一大イベント、クリスマスの日が近づいてきました。私がここへやって来たのは一年前の今頃でしたっけ…。
「もうすぐ二歳になるというのに、ぶるぅの悪戯は止まないようだね」
ソルジャーがフゥと溜息をつかれました。冬の訪れと共に青の間にコタツが再登場し(夏の間はコタツ布団が片付けられて座敷机風になっていたのです)、そこに座っておられます。向かい側で渋い顔をしておられるのはキャプテンでした。お出しした昆布茶にも、キャプテンがお好きな塩煎餅にも手をおつけにはなりません。
「ソルジャー、ぶるぅを叱ることができるのは貴方だけです。シャングリラに浮かれた空気が漂ってくると、悪戯も激しくなるようで…。夏の阿波踊りシーズンが凄かっただけに、クリスマス前はどうなることかと、もう心配で心配でたまりません」
考えただけで胃薬の量が増えそうです、とキャプテンは胃の辺りを押さえて仰いました。阿波踊りというのはソルジャーがお始めになったシャングリラの年中行事で、夏に行われる盆踊り大会みたいなものです。日頃から劇場で練習を欠かさない勝手連の皆さんはもちろんのこと、各部署ごとや気の合う仲間同士で『連』と呼ばれるグループが組まれ、丸4日間、至る所で熱い踊りが繰り広げられるのでした。模擬店も出ますし、それは賑やかな催しで…。
「確かにぶるぅは雰囲気に飲まれ易いかもしれないな。まだ子供だし、そんなものではないかと思うが」
「ですが、ソルジャー! 阿波踊りの練習が始まってから本番までの悪戯っぷりは本当に酷く、なまじサイオンが強力なだけに神出鬼没で泣かされました」
「ああ、お前も頭の上で派手に踊られた一人だったな」
「笑いごとではありません。皆が見ている前で金縛りにされ、半時間近くも踊りまくられたせいで翌日は腰が…」
そうでした。キャプテンは御自慢の阿波踊りを披露なさっている最中に犠牲になってしまわれたのです。運悪く腰を落とされたところで金縛りに遭い、無理な姿勢を強いられた結果は酷い腰痛。確かゼル様は同じ目に遭ってギックリ腰を患われたとか…。
「ともかく、ぶるぅは祭りとなると悪戯せずにはおれないのです。ヤツの悪戯は浮かれ気分に正比例します。…悪戯癖が直らないまま、またクリスマスが来るかと思うと…」
「クリスマス前の悪戯だったら、去年で経験済みじゃないか」
「それを仰るのなら、去年の阿波踊りシーズン前はどうでしたか? 今年ほど酷くはなかったように思うのですが」
「まだまだ子供だったからねぇ」
のんびりとお答えになるソルジャーでしたが、キャプテンは眉間に皺を刻んで。
「その通りです。ぶるぅは成長しているのです! 身体が成長しない分だけ、知恵が回るようになりました。どうすれば皆がビックリするか、そればかり考えて日々確実に成長を…」
「いいじゃないか。閉ざされた世界の中では、時に刺激も必要だよ」
「それは時と場合によります。私はシャングリラのキャプテンとして、皆に平穏なクリスマス・シーズンをプレゼントしたく…」
「天には栄え、か…」
そしてソルジャーが口ずさまれたのはクリスマスの賛美歌の一つでした。
「天(あめ)には栄え 御神にあれや 地(つち)には安き 人にあれやと…。つまり、クリスマス・シーズンくらいは平和が欲しいというわけだな」
「そのとおりです。それを実行できる力をお持ちなのはソルジャー、あなたお一人だけなのですから」
「やれやれ…。長老5人を代表しての直談判か。分かった、少し考えてみる」
あまり期待をしないように、とソルジャーは念を押されましたが、キャプテンは晴れ晴れとしたお顔になって。
「いいえ、あなたなら良い考えをお持ちの筈です。よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げると、おいでになった時よりも軽い足取りでスロープを下ってゆかれたのでした。悪戯が生き甲斐のような「そるじゃぁ・ぶるぅ」。その悪戯を封じ込めるなんて、そんなこと、果たして出来るのでしょうか…?
キャプテンが心配なさったとおり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯は増加する傾向にありました。クリスマスまで一ヶ月以上あるんですけど、シャングリラには既にクリスマスの雰囲気が溢れています。クリスマス・カードの見本が配られてきたり、公園にクリスマス・ツリーとイルミネーションが飾り付けられて毎晩華やかに輝いていたり…。浮かれ気分の船のあちこちで起こる小さな騒ぎは、いつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「昨日は5人噛まれたそうだ」
青の間に出勤すると、ソルジャーが昨日の被害者の数を仰います。噛まれた人の他にも悪戯された人が何人もいて、苦情処理は全てキャプテンの仕事。これではクリスマスまでにキャプテンが胃潰瘍になってしまわれるかも…。なんとか打つ手は無いものだろうか、とソルジャー補佐なりに考えましたが、名案はありませんでした。
「今日も朝一番に悪戯の苦情がハーレイの所へ持ち込まれた。…明日から十二月になるんだったね」
「はい、そうです」
「ではハーレイに頼まれたことを実行しようか。…ぶるぅ!」
ソルジャーが何も無い空間に呼びかけられると…。
「かみお~ん♪」
クルクルッと宙返りしながらパッと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が現れました。ここで会うのは久しぶりです。いつもしょっちゅう顔を出しては、専用湯飲みで昆布茶や抹茶ジェラートを味わっていたのに…。つまり、それだけ悪戯に忙しかったというわけでしょうか?
「なぁに、ブルー? 何かくれるの?」
ニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は赤と緑のクリスマスカラーの派手なリボンを握っています。
「あのね、今、これでハーレイを飾ろうと思ってたんだ♪ 髪の毛にいっぱい結ぼうかなぁ、って」
「なるほど。危機一髪だったらしいな、ハーレイ」
クスッと笑っておられるソルジャー。クリスマスカラーのリボンを頭にいっぱいつけたキャプテンのお姿、誰だって見たいだろうと思うんですけど……ソルジャー補佐でも、ソルジャーでも! けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悪戯を封じてくれとキャプテンが嘆願にいらした以上、そんなこと望んじゃいけませんよね。
「ぶるぅ、そのリボンはぼくが預かっておこう。代わりに、これ」
ソルジャーが宙に取り出されたのは、子供たちに配られているアドベント・カレンダーでした。
「ぼく、これ、とっくに貰ったよ! 明日から毎日、日付の所を開けるんだよね。中にお菓子が入ってるんだ。去年も貰ったから覚えてるもん」
「そうだね。でも、特別にもう一つ。これは青の間に置いておくから、毎晩、寝る前に開けにおいで」
「ブルーからのプレゼント?」
「うん。…それとセットでこっちにハンコが」
コタツの上にコトリと置かれた箱の中にはスタンプセットが入っていました。
「いいかい。これは三種類ある。ごらん、『よくできました』と『このちょうし』、『がんばろう』の三つだ。毎晩、お前がカレンダーの窓を一つ開けてお菓子を出す。窓の中には絵がついてるけど、窓の裏側には絵が無いだろう? そこへハンコを押すんだよ」
「なんで?」
「お前が頑張ってるかどうかのチェック。とてもいい子だった日は『よくできました』、悪戯をしなかった日は『このちょうし』、悪戯の報告を受け取った日には『がんばろう』。カレンダーはクリスマス・イブまであるから、イブの日の夜にこれをお前の部屋に置くことにする。…イブの夜にお前の部屋に来るのは誰だい?」
ソルジャーがお尋ねになると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は…。
「えっ? えっと…えっと…サンタのおじさん!」
「よくできました。このカレンダーはサンタクロースに見てもらうための成績表だ。知ってるかい、ぶるぅ? 悪い子の靴下にはプレゼントの代わりに鞭が入っているそうだよ。鞭を貰った子は、その鞭でお尻を叩かれるのさ」
「……嘘……」
「本当のことだ。去年お前は沢山プレゼントを貰ったけれど、それは初めてのクリスマスだったからじゃないかと思ってる。普通あれだけ悪戯してれば、鞭を貰っても仕方ない。去年が特別だったんだ。…でも、今年はそうはいかないよ。このままじゃ、お前の靴下の中身は…」
そのお言葉が終らない内に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の目からポロポロと涙が零れ始めました。
「…やだよぅ…。鞭なんて、お尻を叩かれるなんて……やだよぅ…」
「ぼくも悲しいよ、お前が鞭を貰ったら。…だから成績表を作った。今から始めても間に合わないかもしれないけれど、やらないよりはマシだろう。十二月はいい子にしてました、って証明すれば鞭だけはやめてくれるかも…」
「………。ほんと?」
「ああ。お前の努力次第だけどね。…どうする? このカレンダーで頑張るかい?」
涙目の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと大きく頷きました。サンタクロース用の成績表とは、ソルジャー、素晴らしい思い付きです!
「それと…これはぼくからの話だけども」
アドベント・カレンダーとスタンプセットをコタツの横の床に置いてから、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべて。
「クリスマスの日は、お前の二歳の誕生日だ。プレゼントには何がいい? 去年はクリスマスケーキだったね」
「今年もくれるの?」
「もちろんだよ。欲しいものがあったら言ってごらん。用意できるものなら何でも…」
「お菓子のおうち!!」
勢いよく答える「そるじゃぁ・ぶるぅ」。いかにも食いしん坊らしいリクエストでした。
「お菓子の家? ああ、クリスマス前だから売ってるだろうね」
「あんな小さいのじゃなくて…中で寝られるようなヤツ! ぼく、お菓子の家の中で寝てみたいんだ」
「そ、それはまた…凄い話だけど、食べるのかい?」
「寝るのに飽きたら少しずつ齧っていくんだよ。そうだ、ブルーも遊びに来る? 広かったら中でお茶が飲めるし」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は本気のようです。ソルジャーは厨房と思念を交わしておられましたが、やがて至って真面目なお顔で。
「ぶるぅ、お菓子の家を作って貰えるかどうかはお前次第だ。厨房でも散々悪戯しただろう? 料理長が言っていたよ、今からクリスマスまで悪戯しないなら作ります、ってね。それも厨房だけじゃない。シャングリラ全体での悪戯だ。こうなるとカレンダーだけでは心許ないな。…用意しておいた甲斐があった」
そう仰って取り出されたのは立派なクリスマス・リースでした。モミや柊で出来てますけど、コタツの上に置かれたリースには赤い蝋燭が一本、立てられています。これって、ドアや壁とかに飾るんじゃなくて、テーブルとかに置くんでしょうか? 吊り下げるデザインには見えません。蝋燭はリースに対して垂直に立っているんですから。
「これはシャングリラではあまり見かけないかもしれないね。ぼくもキリスト教徒ではないし、馴染みのあるものではないけれど…。アドベント・リースと言うんだよ、ぶるぅ。アドベント・クランツと呼ぶ人もいる」
「…あどべんと……りいす?」
「そう。クリスマスまでの日曜ごとに蝋燭を一本、立てていくんだ。クリスマス前に日曜日が四回。それぞれを第一アドベント、第二アドベント…と呼んで蝋燭を立てる。第一アドベントはもう済んじゃったから、最初の一本はぼくが立てておいた」
これの面白い所はね、とソルジャーは真ん中を指差されて。
「アドベント・カレンダーはイブまでだけど、アドベント・リースはクリスマスまで。クリスマスの日に真中に白い蝋燭を立てるんだ。お前が悪戯せずにいい子でいたら、残りの赤い蝋燭を日曜日ごとに増やしてあげる。蝋燭がちゃんと四本になって、サンタからも鞭を貰わずに済めば…クリスマスの日に白い蝋燭を立ててあげよう」
「それって…うんと頑張れってこと? 頑張らないと誕生日プレゼントも貰えないの?」
「お店で売ってるお菓子の家なら、鞭を貰ってもプレゼントできる。ぼくが買ってくればいいんだから。でも、お前が欲しい大きな家は……料理長に頼まないと作れないしね」
どうする? と尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はキュッと拳を握り締めて。
「ぼく、頑張る! サンタさんのプレゼントも、すごく大きなお菓子の家も…どっちも絶対ほしいもん!」
「いい子だ。じゃあ、今日から早速頑張るんだよ。ハーレイに悪戯しようとしたのは未遂だったから数えない。ハンコを押すのは明日からだけど、アドベント・リースの方はもう始まっているんだから…悪戯は禁止、いい子でいること。そして明日から毎晩ハンコを貰いに来ること」
「分かった! 悪戯も噛むのも我慢する。だからブルーもハンコ押してね、『よくできました』って書いてあるハンコ! 日曜日には赤い蝋燭を貰うんだもん!」
そう叫ぶなり「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消え失せました。後に残ったのはクリスマス・カラーのリボンです。いったい何処へ行ったんでしょう?
「いつものショップ調査だよ」
ソルジャーがクスクスとお笑いになり、アドベント・リースをクリスマス・ツリーの側に置くようにと仰いました。青の間のクリスマス・ツリーは今年も「そるじゃぁ・ぶるぅ」が調達して来て、公園のツリーの点灯式があった日から静かに青く輝いています。
「クリスマスまで悪戯禁止、噛むのも禁止。…普通ならストレスが溜まって大変だろうけど、ぶるぅは外へ出られるからね。ショップ調査にグルメ三昧、発散する場所は沢山あるさ」
言われてみればそうでした。シャングリラの中で騒ぎを起こさなければ『よくできました』のハンコです。それに外では「そるじゃぁ・ぶるぅ」もそんなに悪さはしない筈…。いつだったか、バニーガールのいるお店に行って泥酔したことはありましたが。
カレンダーとリースを貰った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は頑張りました。悪戯される人も噛まれる人もなくなり、去年の騒ぎが嘘のよう。シャングリラに来たばかりだった私も散々な目に遭いましたけど、今年はなんとも平和です。キャプテンは相変わらずの胃痛持ちでらっしゃいますが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が原因の胃痛はすっかり治まっているようで…。
「ソルジャー、どんな魔法をお使いになったのですか?」
キャプテンがコタツで塩煎餅を齧りながらお尋ねになると、ソルジャーはミカンを剥きながら。
「アドベント・カレンダーとリースだよ。飾ってあるから見るといい」
「…あれですか?」
立ち上がって見に行かれたキャプテンの頬が緩みました。アドベント・カレンダーの開いた窓の裏側に押された『よくできました』というハンコ。そして赤い蝋燭が三本立てられたアドベント・リース。蝋燭は本当は毎朝の食事の時に灯すそうですが、ソルジャーは「そるじゃぁ・ぶるぅ」がハンコを押して貰いに来た時に灯すようにしていらっしゃいます。
「ぶるぅがね、とても励みにしてるんだ。カレンダーからどんなお菓子が出てくるか…。どんなハンコが貰えるか。カレンダーのお菓子くらいサイオンで簡単に分かるだろうに、それをしないのが可愛くて。キャンデーでもチョコレートでも、嬉しそうな顔をして大事に食べるよ。普段からは想像もつかないな」
「ホールケーキを一口でペロリというヤツが……ですか?」
「うん。赤い蝋燭も順調に増えて、ぶるぅが来ている間だけ灯しているんだけれど…けっこう減っているだろう? ゆっくりとお菓子を食べて、楽しかった事の報告をして帰っていくんだ。ずっとこんな調子ならいいのに…と思ってしまう」
「やはり継続は無理そうですか…」
「多分ね」
ソルジャーとキャプテンは顔を見合せて苦笑なさいました。いい子にしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は期間限定なのでしょう。それでも、やれば出来るっていうのが凄いですけど。キャプテンがコタツにお戻りになると、ソルジャーが…。
「お菓子の家はどうなっている? 厨房に迷惑をかけているのは分かっているが」
「順調です。しかし、御自分で組み立てるというのはやめて下さい。お身体に負担がかかるのですし、運ぶのも組み立てるのも我々がやらせて頂きます」
「…ぼくがやりたいと頼んでも…?」
「駄目です。キャプテンとして許可できません。どうしても、と仰るのなら、最後の仕上げをお願いします」
粉砂糖を撒くだけですからね、と笑ってキャプテンはお帰りになりました。ソルジャーは小さな溜息をつかれて。
「ぶるぅが楽しみにしている家だし、ぼくが組み立ててやりたかったんだけどな…。でも、ハーレイが言うことも尤もだ。そんな余力があるんだったら、クリスマス・パーティーに最後まで出席するべきだよね」
去年、ソルジャーはパーティーを欠席なさっています。お身体が弱っておられるのですし、大事を取ってのことでしたけれど…シャングリラの人々と気軽に話せる機会を逃したことを今も悔やんでおられるのでした。
「そうそう、ぶるぅのクリスマス・プレゼントを用意しなくっちゃ。ちょっと出てくる」
フッと青の間から消えてしまわれたソルジャーは、プレゼントの包みを抱えて戻っておいでになりました。去年は湯飲みでしたけれども、今年は何を…?
「クッションだよ。土鍋の形をしてるんだ。ちゃんと鍋と蓋とに分かれていてね」
ひえぇ! そんな変わり種がありますか! 大きな包みは青の間の奥の小部屋に隠され、クリスマス・イブの夜に私がキャプテンの部屋へ運んで行くことになりました。今年もキャプテンがサンタ役をなさって下さるのです。幸せ者ですよね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
アドベント・リースに四本目の赤い蝋燭が灯り、アドベント・カレンダーの窓に『よくできました』のハンコがズラリと並んだクリスマス・イブ。朝からシャングリラ中がお祭り気分で、ソルジャーは去年の教訓を踏まえてシャングリラ中の視察の代わりに公園で皆と挨拶を交わされました。お蔭でお身体の調子も良くて、夜のパーティーは最後まで出席なさいましたし、ソルジャー補佐も一安心です。
「ぶるぅのプレゼントをよろしくね。アドベント・カレンダーはぶるぅの部屋に送っておいたから」
「はい!」
帰り際に預かった土鍋クッションの包みを抱えてキャプテンのお部屋に伺うと、今年もサンタの扮装をなさっておられました。真っ赤な衣装に真っ赤な帽子、真っ白な髭がお似合いです。大きな袋には長老の皆様からのプレゼントが詰められていて、土鍋クッションを押し込む余地は無いような…。
「今年のプレゼントは大きめだから、と仰っていたのはこれのことか。袋を肩にかけて腕に抱えて行くしかなさそうだな」
少々間抜けなサンタだが、とキャプテンはクッションの包みを抱えてごらんになりました。
「こういう時にトナカイと橇が無いのは実に不便だ。…ブラウあたりに手伝わせるかな。カードを書いたのはブラウだし」
「は?」
「来年もいい子でいるように、というサンタクロースからのメッセージだ。ソルジャーが成績表を作って下さったからには、ちゃんと評価が必要だろう。読んだぶるぅが悪戯を減らしてくれれば最高なんだが」
ほら、と差し出された封筒の表には『そるじゃぁ・ぶるぅ君へ サンタクロースより』と筆跡を変えて書いてあります。カードはエラ様がお作りになったということでした。きっと本物のサンタさんからの手紙のように見えるんでしょうね。それをキャプテンがアドベント・カレンダーの側に置いてこられるというわけです。とても頑張っていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」、明日の朝に目を覚ましたら大喜びに違いありません。
(去年は、そるじゃぁ・ぶるぅが消えてしまうかも、ってソルジャーと一緒に心配したけど、今年はいい夢、見られそうだな)
一年前の今頃はソルジャーのお部屋で「そるじゃぁ・ぶるぅ」の出生の秘密を聞いて、怖くて眠れませんでしたっけ。朝になったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は消えているんじゃないかって。けれど今年は大丈夫。私はサンタ役のキャプテンにお辞儀してから、クリスマスの飾りがあちこちにあるシャングリラの通路を自分の部屋へと向かいました。
そしてクリスマスの日がやって来て…。
「ブルー!!」
青の間に出勤した途端に現れたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋でした。いえ、よく見るとこれは…土鍋クッション? ソルジャーがお買いになったとは聞いてましたが、本当に土鍋そっくりです。
「サンタさんから貰ったんだ! いい子にしてたね、って誉めてくれたよ。見て、見て、これってクッションでね、他のプレゼントも入れて持って来ちゃった♪」
あれこれと取り出しながら「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎ。サンタさんからのメッセージカードも大事に運んで来ていました。エラ様とブラウ様の力作は効果絶大だったようです。
「来年もいい子でいなさい、って書いてあるんだよ。噛み付いたり悪戯しないでいい子でいたら、みんなから大好きと言ってもらえるから、って。本当かなぁ?」
「本当だと思うよ。試しにいい子にしてみるかい?」
「…えっと、えっと…。少しずつでもいいのかなぁ? 急には無理! 今日が限界!」
「おやおや。そんなことを言ってるんなら、白い蝋燭を灯すのをやめるよ? せめてお正月まで頑張るんだね」
ソルジャーがコタツの上にアドベント・リースを移動させてきて、真中に白い蝋燭を置かれました。
「どうする、ぶるぅ? お正月までいい子にするなら…」
「いい子にする! お願い、いい子にするから蝋燭を点けて!」
「約束だよ。じゃあ…メリー・クリスマス。それからハッピーバースデー、ぶるぅ。二歳の誕生日おめでとう」
四本の赤い蝋燭にポッと火が灯り、白い蝋燭にも火が灯って…。
『『『メリー・クリスマス!…ハッピーバースデー、そるじゃぁ・ぶるぅ!』』』
シャングリラ中からお祝いの思念が響きます。ソルジャーが中継なさっていたのでしょうか。
「ぶるぅ、お前の部屋へ行ってみよう。お菓子の家が出来たらしいよ」
「ほんと!?」
次の瞬間、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の前に立っていました。ソルジャーのお力なのか「そるじゃぁ・ぶるぅ」の力なのかは分かりません。先頭の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は扉を開けるなり大歓声。
「うわぁ、本物のお菓子の家!!」
そこには立派なお菓子の家が出来上がっていて、キャプテンが立っておられます。
「ソルジャー、最後の仕上げをお願いします。この粉砂糖を屋根に振りかけて完成です」
「これだね。砂糖の雪が積もるってわけだ」
青いサイオンの光が舞って、お菓子の家に真っ白な粉雪が散りました。あれ? それだけじゃないのかな?
「ぶるぅ、コーディングしておいたよ。これで賞味期限は十年くらいになったと思う。だから大事に食べるんだね」
「えっ、十年も待てないよ! 来年の誕生日までには食べるんだ。でも、しばらくはここで寝ようっと! 土鍋クッションも貰ったし…。そうだ、ブルー、このクッションを使ってよ。お菓子の家でお茶にしようよ、すぐにケーキを貰ってくるから! クッションは蓋の方がいい? それともお鍋?」
大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、幸せそうな笑顔のソルジャー。私はお邪魔みたいです。キャプテンと二人でそっとお部屋を抜け出しましたが、引き止める声はしませんでした。
「ソルジャーのあんなお顔は珍しい。ぶるぅはソルジャーにだけは幸せを運んでくるようだな」
いつものことだが、と仰るキャプテンのお顔も綻んでいます。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一緒に入れるお菓子の家。もしかするとソルジャーは今夜は青の間にお戻りにならないのかも…。お身体に障らないのならそれもいいかな、と考えながら私は青の間に向かいました。私の職場は青の間です。とりあえずいつもの時間になるまで詰めていることにしましょうか。
マザー、ソルジャーは夜には青の間にお戻りになりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のベッドはソルジャーには小さすぎるらしいのです。けれど、お菓子の家はとても居心地が良いそうで…。
「あの中にいると甘い香りに包まれるんだ。ぼくに子供の頃の記憶は無いけど、子供の夢ってあんなのだろうね」
土鍋クッションの座り心地も素敵だよ、と仰るソルジャーがお使いになったのが蓋だったのか鍋の方かは聞きそびれました。どちらにしても想像するだけで楽しいです。お菓子の家で土鍋クッションにお座りになるソルジャーのお姿、いつか拝見したいものだと願ってしまう罪深い私をお許し下さい…。
- <<幻の夜
- | HOME |
- ぶるぅの弟子入り>>