シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ学園での特別生ライフも板についてきた学園生活十年目の夏。期末試験も終わり、終業式まで暫く授業が続きますけど、1年A組の主と化しつつある私たち七人グループには授業など必要ありません。それでも登校してくる理由は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のためで…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「やあ、今日もお勤めご苦労様。いい加減、サボリにしたらいいのに」
授業に出るなんて真面目だよねえ、と会長さんが笑っています。
「でもまあ、その内に欠員が出ると思えば今の内かな」
「…欠員って、何さ?」
ジョミー君の問いに、会長さんは。
「君のことだよ、君とサム。いずれは僧侶養成コースに行って貰わないと」
「お断りだってば!」
絶対行かない、とジョミー君が叫び、私たちは苦笑するばかり。この攻防戦もお約束です。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が完熟マンゴーがたっぷり入ったマンゴーパフェを用意してくれましたが…。
「おい、この器は何なんだ?」
キース君が不審がるのは当然、私たちだって目がまん丸。焼きうどんとかなら納得ですけど、何故に一人用の土鍋にパフェが? けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ笑顔で。
「あのね、土鍋を貰ったんだよ! だから自慢したくてやっちゃった♪」
「「「土鍋?」」」
「うん! 昨日、届けてくれたんだ。こんな土鍋!」
パァァッと青いサイオンが走り、絨毯の上に大きな土鍋が。お気に入りの寝床が土鍋な「そるじゃぁ・ぶるぅ」は専用の土鍋を幾つも持っているのに、また増えましたか…。でも、今までのヤツと何処が違うの?
「ぶるぅの土鍋は特別なんだよ」
私たちの疑問を読み取ったように、会長さんが。
「オーダーメイドの一点モノ! しかも注文は余程でないと受けない人だし、気が向いた時に作ってくれるだけなんだよねえ…。その代わり、お金は絶対受け取らないよ」
え。アレってそんなに頑固な職人さんの手作り品ですか?
「そういうこと。完全手作業、手びねりの逸品! …最初に作ってくれた時はさ、まさか寝床に化けるだなんて思ってなかったらしいけど…」
「「「え?」」」
「大きな土鍋を作ってみたからシャングリラ学園で鍋でもやるか、って家まで届けに来てくれたわけ。せっかく家まで来てくれたんだし、泊まっていけばって話になって…。楽しくドンチャンやっていた時に、「あのサイズならぶるぅも丸ごと煮られるぞ」って言い出してねえ」
「ぼく、ポイッってお鍋に入れられちゃったの! そしたらサイズがピッタリだったの!」
土鍋職人が「そるじゃぁ・ぶるぅ」を土鍋に入れたのは気持ちよく酔っ払った末の冗談だったらしいのですが、同じくほろ酔いで眠くなっていた小さな子供は土鍋でそのままスヤスヤと…。朝までグッスリ眠って起きれば気分爽快、元気一杯。
「ぶるぅが土鍋で寝るようになったのはそれからなんだよ。どうやらクセになるらしい」
「だってホントに気持ちいいもん! ベッドもいいけど土鍋も最高!」
大好きだもん、と新品の土鍋を自慢しまくる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。サイオンが染み込んだ愛用の土鍋もさることながら、新しい土鍋もワクワク感が高まるのだそうで…。
「んーとね、お日様で干してパリッとしたシーツと、おろしたてのシーツの違いかなぁ? どっちもホントにいい気分なんだ♪」
土鍋、土鍋、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌でした。語り尽くせない魅力を秘めた土鍋とやらは、私たちにはサッパリですが…。
「土鍋って何処がいいんだろうねえ?」
分からないや、とジョミー君が呟いたのは帰り路。特別生は何時まで学校にいても良いのですけど、会長さんたちの夕食の都合もあるので長居しすぎないのが暗黙のルールになっています。夏だけに日が長く、まだまだ外は明るくて。
「俺にも分からんが、ぶるぅは土鍋が好きらしいしな…」
キース君が首を捻って。
「そういえば、あっちのぶるぅも土鍋だったか。ぶるぅと土鍋はセットものか?」
「あー、冷暖房完備の防音土鍋!」
そうだった、と頷くジョミー君。防音土鍋を使っているのはソルジャーの世界の「ぶるぅ」です。大人の時間を邪魔しないようにと与えられた土鍋らしいんですけど。
「冷暖房完備って、凄くない? それに防音だよ?」
「ぶるぅにプレゼントしたら喜ばれそうな土鍋だな…」
いいかもしれん、とキース君が親指を立てて。
「長年お世話になっているんだ、俺たちでプレゼントしてみないか? 冷暖房完備の防音土鍋を」
「「「え?」」」
「ブルーが言ってた土鍋職人とやらに特注するんだ。夏休みの記念になりそうだぜ」
「で、でも…。お金は絶対受け取らないって言ってましたよ?」
どうするんですか、とマツカ君は心配そうですが、キース君は。
「そこが頑固な職人ならではって感じだしな。そもそも作って貰えるかどうか…。代金の方はOKが出てから考えよう。まずは土鍋の注文からだ」
「でも、冷暖房完備で防音だよ? それ、職人さんの技でなんとかなるの?」
無理っぽいけど、とジョミー君が言い、シロエ君も。
「そうですよ。土鍋のくせに冷暖房完備なんて有り得ませんってば、おまけに防音なんですよ? 土をひねってどうこう出来る問題じゃないと思いますけど…。ぼくにもどんな仕組みなんだか謎だらけとしか」
「だからプレゼントする価値があるんだ、分かってないな」
自信たっぷりなキース君。もしかしてシロエ君にも分からないという土鍋の仕組みが読めてるとか? 私たちが突っ込みを入れると、キース君はニヤリと笑って。
「土鍋プロジェクトに賛成なのか、反対なのか? お前たち全員が賛成だったら策を披露する。夏休みの記念に土鍋ってヤツは手を挙げてくれ」
「「「…???」」」
キース君の策はともかく、土鍋プレゼントは良さそうです。とりあえず挙手しておくか、と考えたのは私だけではなく全員でした。キース君は「よし」と大きく頷いて。
「そうと決まれば飯を食いに行くぞ。マツカ、スポンサーをよろしく頼む」
「はい! …って、何処へ行くんですか? ぼくたち、いつもファミレスですよ?」
「お前に頼まないと行けない所だ。でないとあいつが釣れないからな」
「「「あいつ?」」」
誰のことだ、と派手に飛び交う『?』マーク。その間にキース君とマツカ君が意見を交わし、やがて校門前からタクシーに分乗して繰り出した先は高級老舗料亭が軒を連ねる花街、パルテノンの一角で。お馴染みの焼肉店とは違う構えに緊張しながら、奥のお座敷へレッツゴーです!
他のお客さんを見かけないな、と思いつつ案内された奥座敷。それもその筈、立派なお庭が見える奥の棟にはお客様は一日一組限定だとか。お客様がいつ現れても案内出来るよう、予約の無い日も部屋をキッチリ整えてあるというのですから、お値段の方はさぞゴージャスかと…。
「すまないな、マツカ。あいつが釣れなかったら空振りになるが…」
「その時はまた日を改めましょう。喜ばれそうな場所をリサーチしておきますよ。…それに、あちらにも色々と都合がおありでしょうし」
「うん、色々と都合はあったよ。色々と…ね」
「「「!!!」」」
紫のマントがフワリと翻り、現れたのはソルジャーです。
「会議の予定もあったんだけど、全部ハーレイに押し付けてきた。君たちが御馳走してくれるなんて嬉しいじゃないか。それにお店も良さそうだし」
まずは着替え、とソルジャーが私服に変身すると間もなく仲居さんが先付を。一名余分に予約してありましたし、ソルジャーは情報操作がお手の物。最初から座っていたような顔をして早速お酒を頼んでいます。
「…で、ぼくを呼び出して御馳走してまで何が欲しいって? 聞かなくても分かっているんだけどさ」
ソルジャーはいいタイミングで覗き見をしていたようでした。私たちにはソルジャーを呼ぶだけの力が無いため、覗き見した上に飛び込んで来てくれるまで宴を繰り返す覚悟だったのに、初日に釣れるとはラッキーな…。
「え、だって。ここで来なくちゃ君たちだけで食べ歩きだろ? 指を咥えて見ているのは趣味じゃないんだよ。ふふ、来ただけの甲斐はあったな、美味しいや、これ」
地球に来たらやっぱり海の幸、とソルジャーは至極御満悦。先付から肝の煮凝りだの皮煎餅だのと並ぶ料理はハモづくしの懐石コースです。梅雨の水を飲んで美味しくなると言われるハモは今が最も高価な時期ですが、それだけに味も素晴らしいもの。ソルジャーを釣るならコレだ、とキース君とマツカ君の意見が一致したわけで…。
「ブルーにもハモは何度か御馳走して貰ったけど、君たちの奢りというのもいいね。情報提供料だと思えば遠慮なく飲み食いし放題! あ、此処ってお土産も頼めるのかな?」
ハーレイへのお土産に何か…、と言い出したソルジャーのためにマツカ君がハモ寿司を頼んでいます。白焼きとタレ焼きの二種類を詰め合わせて貰えるそうで、ソルジャーの御機嫌は更に良くなり。
「土鍋の設計図が欲しいんだって? ぶるぅが使っているヤツの」
「そうなんだ。なんとか教えて貰えないだろうか」
頼む、とキース君が座布団から下りて深く頭を下げ、私たちも慌てて倣いました。冷暖房完備の防音土鍋はソルジャーの世界に存在するもの。会長さんがシャングリラ号の設計図を貰ったように、それを教えて貰えばいいのだとキース君が思い付いたのです。そのために始めたのがソルジャー釣りで。
「たかが土鍋の設計図だし、勿体つける気は無いんだけれど…。大丈夫かなぁ、こんなのだよ?」
少し意識を空にして、と指示された次の瞬間、頭の中に広がったものは。
「「「!!?」」」
意味不明の数字と数式の列。これが土鍋の設計図ですか? あ、でも…キース君とかシロエ君なら分かるのかな、と思ったのですが。あれ? 二人とも悩んでる?
「な、何なんだ、これは?」
抽象画か、とキース君が呻けば、シロエ君が。
「違いますよ、芸術の爆発ですよ! これの何処が設計図なんですか!」
「え? ぼくにはお経に見えるんだけど…」
どう見てもお経、とジョミー君。どうやら全員が違うイメージを見ているようです。これはまんまと騙されたのか、と全員でソルジャーを睨み付ければ。
「うーん、やっぱり無理だったか…。君たちの知識が足りなさすぎると言うべきかな? 意味を正確に受け取れないから、身近な意味不明なモノに置き換わってしまっているんだよ。ブルーなら読めると思うけど」
「「「えぇっ?」」」
それじゃサプライズにならないじゃないか、と私たちはガックリしたのですけど。
「サプライズも何も…。そもそも君たち、土鍋職人の連絡先とかを知ってるのかい? ブルーに訊かなきゃ分からないよ、それ。ぼくも知らないわけじゃないけど、紹介までは出来ないし…」
赤の他人だから、とソルジャーはクスクス笑いながら。
「夏休みの記念に土鍋なんだ、と言えばブルーもぶるぅも喜ぶさ。あ、土鍋作りに燃えるのもいいけど海へ行くのを忘れないでよ? 今年も楽しみにしてるんだからね」
ハーレイとぶるぅも一緒に海の別荘、と期待に満ちているソルジャーと、土鍋作りのハードルの高さに打ちひしがれている私たちと。ハモ尽くしの懐石料理はこれから先が本番ですけど、土鍋はいったいどうなるんでしょう…?
そして始まった夏休み。朝からジリジリと強い日差しが照りつける中、私たちはマツカ君が手配してくれたマイクロバスでアルテメシアの郊外へ向かっていました。山を越えた向こう、アルテメシアとは名ばかりのド田舎の山奥が目的地です。
「アレが本当に土鍋の設計図だったとはな…。俺もまだまだ勉強不足だ」
情けない、と嘆くキース君の手には防音土鍋の設計図。私たちは結局、会長さんに全てを話して設計図を何とかしてくれと泣きついたのです。ソルジャー釣りは会長さんに大ウケで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は土鍋プレゼントと聞いて大感激。会長さんはその場で設計図を読み解いてくれて…。
「でも凄いですねえ、会長」
あんな技は初めて見ました、とシロエ君が絶賛しているのは土鍋の設計図のプリントアウト。会長さんはプリンターの電源だけをオンにして設計図を印刷したのでした。なんでも頭の中にある設計図をデータに変えて送ったとかで、手間が省けていいとか何とか…。
「確かに一度書き出すとなると面倒ですけど、データに変換するなんて…。そっちも難しそうですよ」
「あの設計図が読めるヤツだぞ? 俺たちには理解できないレベルだろうさ」
なんと言っても設計図はコレだ、とキース君が広げた紙には土鍋のデザイン画と寸法などが。私たちには土鍋の欠片も見えなかったのに、本当に土鍋だったのです。けれど冷暖房と防音の仕組みは今も分からず、会長さんも「それを名人に見せればいいさ」と笑っただけで。
「名人とやらには分かるんだろうが、本当に何処が冷暖房完備で防音なんだ…」
分からんぞ、とキース君がブツブツ呟き、マツカ君が。
「問題はその名人ですよ。名前を呼ばれるのが何より嫌いで「名人」としか呼べないんですよね?」
「そうらしいな。ブルーは当然名前を知ってるんだろうが、かなり気難しい相手のようだ」
覚悟しておけ、と言われるまでもなく私たちは緊張しています。やがてバスが止まった場所は山の麓で、少し登った所に見えるのが噂の土鍋職人の家。キース君を先頭に登ってゆくと…。
「なんじゃ、なんじゃ、お前らは! 私有地じゃと書いてあるじゃろうが!」
木造平屋建ての家の裏から棒を振り回して飛び出して来た老人が一人。
「「「ゼル先生!?」」」
「はぁ? なんでその名を…」
ゼル先生に瓜二つの老人はポカンとした後、豪快にカッカッと笑い始めて。
「なんじゃ、シャングリラ学園の特別生かい。ゼルは従兄じゃ、ワシの方が一つ年下なんじゃ」
まあ入れ、と招き入れられてビックリ仰天。煤けた梁や太い柱の古民家と呼ぶに相応しい家なのに、最先端のパソコンなどがズラリ揃っているようですが…。
「ああ、あの辺はワシの趣味じゃな。土をひねるのに機械は一切使っておらんが、分析とかは好きじゃでな。…それで作りたい土鍋というのは何じゃ? ぶるぅ用なら大体決まっておるんじゃが…」
「あ、これです」
キース君が設計図を差し出すと、名人は仔細に検分してから。
「ふむう…。技術的には不可能は無い。しかしじゃな…。問題はコレじゃ」
「「「???」」」
「ここの部分じゃ、成分表じゃ! この割合で混ざった土ならサイオンとの兼ね合いで冷暖房完備の防音土鍋が作れるじゃろう。それは保証する。サイオンについてはワシも研究しとるでな。…ただ、ワシは頑固な職人じゃ。土を混ぜるというのは好かん」
それに適した土が手に入るまで何年でも待つ主義なのだ、と名人はパソコンを起動して。
「…ふうむ…。やはり無いのう、その土が採掘可能な場所は限られると思っておったのじゃが…。ワシは国産にこだわるタチでな、他の国の土は一切使わん。この国でこの種の土が採れるのはアルテメシア近辺の一部だけじゃ」
この範囲じゃ、と名人が色を変えて表示してくれた部分は見事に市街地と重なりました。何処かのお宅の庭を掘らせて頂くしかないというのでしょうか? 名人曰く、百年ほど前なら田畑だった場所も多かったらしいのですが…。
「こういうわけじゃから、諦めるんじゃな。土が無ければ土鍋も作れん」
無駄足じゃったな、と名人がパソコンの電源を切ろうとした時。
「ま、待って下さい!」
キース君が叫んで、地図の表示を指差して。
「此処です、此処に少しだけ…。此処は俺の家の裏山の辺りじゃないかと」
「なんじゃと? ほほぅ…。此処だけ飛び地で分布しておるのか。よく見付けたのう、では、掘ってこい! いいか、要るのはこれだけじゃぞ。乾燥させて使うんじゃから」
名人が寄越した特大の袋は五つでした。それにキッチリ粘土を詰めてお届けすれば土鍋を作って貰えるのです。目指せ、冷暖房完備の防音土鍋。キース君の家の裏山で掘りまくるぞ~!
アルテメシアの街に取って返した私たちは元老寺へとマイクロバスを走らせ、もうすぐ山門が見えてくるという辺りになって。
「この辺で止めてくれないか?」
キース君が運転手さんに声をかけ、クーラーの効いた車内から暑さ真っ盛りの夏空の下へ。山門に横づけでいいじゃないか、と誰からともなく文句が上がれば、キース君は。
「…シッ、騒ぐな! こっちへ回るぞ」
連れて行かれたのは山門ではなく、駐車場の裏手へと抜ける道でした。道幅も狭く、両脇から竹藪が迫って来ます。キース君は駐車場へ出るわけでもなく、そのまま山道になった道路を登り始めて。
「もう少し行けば作業小屋がある。そこでシャベルとツルハシを調達しよう」
「なんかさぁ…。キース、コソコソしてない?」
ジョミー君の指摘に、キース君は肩を竦めてみせて。
「お前なら堂々と行けるのか? 俺の家の裏山は墓地なんだぞ」
「「「えぇっ!?」」」
思い切り忘れ去ってましたよ、その事実! よりにもよって墓地を掘ろうと言うんですか? いくら土鍋が作れるからって、お墓の土というのはちょっと…。知らないお宅の庭を掘らせて貰った方が、と皆が口々に止めにかかると。
「誰が墓地の土を使うと言った? その上の方は普通に山だ。そこを掘ろうと思ってるんだが、一応、寺の土地だしな…。掘り返して大穴を開けたと親父にバレたら大惨事になるのが目に見えている。粘土の層に辿り着くまでに1メートルだぞ?」
「そ、そうだったっけ…」
ヤバイかもね、とジョミー君が青ざめ、シロエ君が。
「急いで掘って埋め戻しましょう。上手く隠せばバレませんって!」
「そう願いたいぜ、俺も。…見えたぞ、作業小屋だ」
元老寺の裏山の手入れを委託している業者さんが道具を置いているという小屋の鍵はダイヤル式の南京錠で、キース君がサックリ解除。チェーンソーなどが置かれた中から穴掘りに使える道具を持ち出し、更に上へと登って行って。
「よし、この辺ならいいだろう。あの木で寺から死角になるし…。掘るぞ」
「「「オッケー!」」」
ザック、ザックと山肌を掘り返し始める男の子たち。スウェナちゃんと私は大きな椎の木の陰に座って見物しながら見張り役を兼ねていたのですけど。
「ちょ、ちょっと…! あそこ…」
「アドス和尚!?」
墨染めの衣のアドス和尚が汗を拭き拭き、私たちが通って来たルートを登って来ます。もしやバレたか、と焦りましたが、よくよく見れば脇に何本もの卒塔婆を抱えているようで。
「…ビックリした…。あんな所に焼却炉があるのね」
「お焚き上げってヤツなのかもね」
アドス和尚は卒塔婆を焼却炉に押し込んで点火し、もうもうと上がる煙に向かって読経中の様子。キース君たちに思念波で注意を送れば「そこからは死角」との答えで一安心です。粘土の層も出て来たらしく、これから掘り出すらしいのですが…。って、アドス和尚がこっちに来る? ど、どうしよう、真っ直ぐ登って来ますよ~!
「…まったく、親に隠れてコソコソするとは情けない…」
実に情けない、とアドス和尚が扇子で頭に風を送りながら。
「お焚き上げが終わって少し涼もうと登ってくればこの始末とは…。ぶるぅ殿の土鍋に使うと一言断りを言いに来ていれば、業者さんに頼んで掘って貰っても良かったんじゃ。なに、それは名人が許さんと? まあ、自分たちで掘るのが一番じゃろうが…」
それにしても情けない、とアドス和尚は怒り心頭。
「いいか、わしに黙ってコソコソと持ち出そうというのは盗みじゃぞ? 作業小屋の鍵も同じじゃ、業者さんの信頼を裏切るというのは如何なものか…。道具はきちんと手入れをしてから戻しておけい。分かっておるのか、キース!」
「は、はいっ!」
「お前が言い出した盗みじゃからな、罰はお前が受けるんじゃ。粘土掘りが終わったら夜のお勤めで罰礼じゃぞ! いいな、御本尊様の前で千回じゃ!」
わしがキッチリ数えるからな、と言い捨ててアドス和尚は山を下ってゆきました。キース君が思い切り黄昏れてますが、罰礼って何のことでしたっけ?
「うわ~、罰礼千回かよ…。頑張れよな」
サム君がキース君の肩を叩いて励まし、キョトンとしている私たちに。
「あー、罰礼って言っても素人さんには通じねえか…。南無阿弥陀仏に合わせて五体投地だよ、それを千回。普通は百回で膝が笑うぜ」
「「「………」」」
なんとも気の毒な展開でしたが、今更どうにもなりません。冷暖房完備の防音土鍋の完成までには人柱も必要だったようです。ともあれ、名人が寄越した袋に五杯分の粘土は手に入りました。脇道の駐車場に待たせてあったマイクロバスに積み込み、明日の朝一番で名人の所へお届けに。
「じゃあ、キース先輩、罰礼、頑張って下さいね~!」
シロエ君が窓から乗り出して手を振り、私たちも。
「「「頑張って~!!!」」」
尊い目的のために犠牲になったキース君を元老寺に残し、マイクロバスは各自の家を回って流れ解散なルートへと。袋の中身の何の変哲もない粘土の山が素敵な土鍋に変身する日が待ち遠しいです~。
理想の土を受け取った名人は土鍋が完成するまでの過程を丁寧に説明してくれました。粘土を乾燥させて細かく砕いた後、不純物を取り除いてから幾つもの段階を経て練り上げて…。それから手びねりで蓋から作り、胴も出来たら日陰で干して、更に天日干し。充分に乾燥したら素焼き、釉薬をかけていよいよ本焼き。
「本焼きだけで二十時間近くかかるんじゃ。冷ますのに一日半はかかるし、大変なんじゃぞ。しかし季節が良かったわい。天日干しに向いておるから、夏休みの終わり頃には立派な土鍋が出来上がるじゃろう」
「「「よろしくお願いしまーす!!!」」」
一斉に頭を下げる私たち。名人は早速作業にかかるのだそうで、その間は人付き合いはお断りとの話です。土鍋の代金は一切不要、受け取りのために出向いて来ることも「必要ない」と切り捨てられて。
「土鍋が出来たら、ワシが直接届けに行くんじゃ。なにしろ大事な作品じゃからな、他人様には任せられんて。礼は要らんぞ、ワシは自分の好きなモノしか作らんからのう」
ではな、と粘土袋を乾燥用の小屋に運んでゆく名人は二度と振り返りはしませんでした。こうして注文した冷暖房完備の防音土鍋が完成したのはソルジャーたちとの恒例の海の別荘行きも終わり、夏休みも残り僅かという頃で…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! 土鍋、ありがとう!」
昨日の夜に届いたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねているのは会長さんの家のリビングです。そこには見事な艶を纏った名人作の土鍋が据えられ、私たちも感無量。会長さんの手を借りる結果になっちゃいましたが、冷暖房完備の防音土鍋を「そるじゃぁ・ぶるぅ」にプレゼント出来たのは嬉しいことで…。
「寝心地は試してくれたのか?」
キース君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満面の笑顔で頷くと。
「うん、最高! いつもの土鍋と同じで静かだし、中もホントに涼しいよね!」
「「「いつも?」」」
それって普段と変わりが無いって意味なのでは、と衝撃を受ける私たち。もしかしてソルジャーに騙されたとか、名人の腕ではソルジャーの世界の技は再現不可能だとか? しかし…。
「そうか、気付いていなかったんだ?」
クスクスクス…と会長さんが笑い出しました。
「ぶるぅの土鍋は元から冷暖房完備で防音なんだよ、偶然の産物だったんだけどね。名人が最初に作った土鍋の素材が例の土だったのさ。だからぶるぅはグッスリ眠れてお気に入りの寝床になったってわけ」
「「「嘘…」」」
「ホントだってば、嘘はつかない。その後、サイオンの研究が進んで土に秘密があるのも分かった。それ以来、ぶるぅの土鍋は色やデザインが変わることはあっても土だけは絶対アレなんだよ」
「お、おい…。だったら今後は品薄なんじゃあ…」
住宅街になっていたぞ、とキース君が言い、私たちもコクコク頷きましたが。
「ああ、その点は大丈夫! 君の家の裏山を掘らなくてもね、土は充分にあるってば。シャングリラ号へ行くための飛行場があるだろう? あの一帯はシャングリラ学園の所有地だ。そこにたっぷり埋蔵されてる」
「なんだと!? 名人に見せて貰った分布図では…」
「出てないだろうね、あの辺りの情報はサイオンで常に攪乱されてる。そこは名人も承知してるから、本当の情報を反映させた分布図なんかは作らないさ。…一人暮らしの変人だよ? 一筋縄で行くわけがない」
罰礼千回お疲れ様、と可笑しそうに笑い転げる会長さんと、新しい土鍋で大喜びの「そるじゃぁ・ぶるぅ」と。人柱まで立てた土鍋作りが成功したのは確かですけど、元から冷暖房完備で防音の土鍋だっただなんて…。ガックリ項垂れる私たちに向けて、会長さんがパチンとウインク。
「分かってないねえ、ぶるぅはシャングリラ学園のマスコットだよ? そのマスコットの御用達となれば、土鍋も勿論、最高級! 言わば土鍋の最高峰だね、冷暖房完備の防音土鍋は。煮炊きに使えば味も絶品!」
御飯を炊くと美味しいんだよ、と微笑む会長さんの横から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「鍋物も美味しく出来ちゃうよ! 秋になったら試してみる? お料理専用のヤツもあるんだ、名人の土鍋。大きな土鍋でドカンと鍋物!」
「いいね、ブルーやぶるぅも呼ぼうか、設計図をくれた御礼にさ」
今年の秋は鍋パーティー! と会長さんがブチ上げ、名人作の冷暖房完備の防音土鍋を囲む集いが開かれそうです。味噌鍋がいいかな、締めはラーメン、それとも雑炊? 土鍋プレゼントは空振りでしたが、最高の土鍋で鍋パーティーが出来るんだったら、ここはめでたし、めでたしですよね~!
土鍋の最高峰・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
余談 『土鍋の最高峰』 は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が土鍋を寝床にしている理由
でしたが、思い切り後付け設定です。何も考えていませんでした!(キッパリ!)
悪戯小僧な「そるじゃぁ・ぶるぅ」が土鍋で寝ていたのを、ついそのまま…。
それじゃ流石にマズイよね、と最後の最後に文字通り捻り出してみましたです。
シャングリラ学園で「書きたかったこと」「書かねばならないこと」はコレで全部。
ここから先は思い付くまま、気の向くままに月イチ更新で突っ走ります。
年度末で締め括ってから完結編までには百年もございますからねえ…。
その間に起こったであろう数々のドタバタを書き散らかしてゆくつもりです。
時間の流れも季節もメチャクチャ、そんな連載が始まります。
「毎月第3月曜」 更新ですが、「第1月曜」 にも更新して月2に
なる月もありそうです。その時は前月にお知らせしますので、どうぞ御贔屓にv
場外編の方は引き続き 「毎日更新」ですから、よろしくお願いいたします。
←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv