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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

失せ物に注意

シャングリラ学園に新しい年度がやって来ました。お馴染みの入学式を経て私たちは今年も1年A組、担任はグレイブ先生です。新学期恒例の紅白縞のお届けイベントが済むと新入生向けの校内見学にクラブ見学。その後にやっと普通の授業が始まるわけですが…。
「えっ、グレイブが変だって?」
会長さんが目を丸くしたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋。私たちの前にはシフォン生地の中に桜クリームを入れ、苺クリームでコーティングした春らしいケーキが置かれています。会長さんは自分のケーキに銀のフォークを入れながら。
「いつものことだろ、グレイブが宿題多めなのは。新年度スタートで張り切ってるから抜き打ちテストもバンバンやるしさ」
「でも…」
やっぱりいつもと違うんだよ、とジョミー君。
「グレイブ先生、A組の生徒には容赦しないから気にしないけどさ。…他のクラスでも暴走するのはどうかと思うな」
「暴走だって?」
なんだい、それは? と会長さんが先を促し、ジョミー君が。
「そのまんまだよ、凄い暴走! 宿題は多いし、強烈に難しい抜き打ちテストをやらかすし…。それに補習もやるって言うんだ。いつもはA組だけでやるのに、他のクラスも合同で」
「…他のクラスまで? そんなの前にもあったっけ?」
「無いよ、他のクラスが対象になるのは定期試験の時だけだよ! だから変だと思うんだけど」
多分来週には阿鼻叫喚の地獄絵図、と告げるジョミー君に私たちも一斉に頷きました。特別生は成績を問われませんけど、一般の生徒はテストが全て。ゴールデンウィークも始まらない内から補習を食らってしまったのでは、学園生活はドップリ灰色です。
「俺たちは別に構わないんだが、あれではなあ…。流石にどうかと」
キース君までが珍しく庇うとあって、会長さんは俄然興味を抱いたようで。
「ふうん…。学生の本分は勉強だ、っていう点についてはグレイブと同意見の君まで言うのか。でもって、ぼくにどうしろと? 長老会議を招集しろって?」
「いや、そこまでは言ってない。…ただ、あんたなら暴走の原因が分かるかも…と」
「ぼくがグレイブを止めるのかい? 相性、イマイチなんだけどなあ…」
「それはあんたが色々やらかすからだろうが! ソルジャーとして正面から行けば先生も無下には出来んだろう」
よろしく頼む、とキース君が頭を下げて、私たちも一緒にペコリとお辞儀。お気楽極楽な特別生ライフを享受するには普通の生徒にも学園生活を楽しんで貰う必要が…。
「なるほど、君たちの精神衛生のためか。そういうことなら一肌脱ごう。…ぶるぅ、ケーキの残りを手土産用に詰めてくれるかな? こういうのは下準備が大切なんだ」
「グレイブ先生、甘党だっけ?」
ジョミー君の素朴な疑問に、会長さんは。
「違うよ、ミシェル先生用さ。女性はケーキが大好きだからね。そしてグレイブは愛妻家だ」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、と微笑んでいる会長さん。ケーキ持参で出掛ける先はグレイブ先生の数学準備室かな?

ケーキの箱を抱えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて私たちが向かったのは教職員の専用棟。先生方だけが利用できる食堂やラウンジなんかも備えた建物で、一般生徒は殆ど用事がありません。各科目の準備室は他にありますし、そっちへ行くのかと思ったのですが…。
「もう下校時刻を過ぎたからねえ、先生方は引き揚げてるよ。だからこっちに」
それに話すにも好都合、と会長さんは慣れた様子でエレベーターを呼び、みんな揃って目的の階へ。先生方の名札が出された扉が廊下にズラリと並んでいます。在室中は名札が出ていて、お留守の時は裏返す仕組み。グレイブ先生の名札の下には裏返された名札が一枚。
「ミシェル先生の名札だよ。今日は研究日で休みらしいね」
だけどケーキは役に立つ、と会長さんがノックをすると。
「入りたまえ」
グレイブ先生の声が返って、私たちはゾロゾロと部屋に踏み込みました。教頭室ではよくあるパターンですけど、他の場所では初めてかも…。
「なんだ、どうした? 非常に珍しい光景だな」
採点をしていたグレイブ先生が眼鏡を押し上げると、会長さんは「これ」とケーキの箱を差し出して。
「ぶるぅの手作り、桜クリームのシフォンだよ。ミシェル先生へのお土産にどうぞ」
「………。余ったのか?」
「そうじゃなくって、これは手土産。君に訊きたいことがあってね。…最近、暴走気味なんだって? 今もイラついている思念を受けたよ、テストの採点がかなり厳しくなってるようだ」
「お前には関係ないと思うが? 仕事の邪魔をしないで貰おう」
さっさと帰れ、とグレイブ先生は赤ペンの先を廊下に向けましたが。
「ダメだね、ソルジャーとして訊かせて貰う。教師として仕事に私情を挟むのはどうかと思うんだけど…。イライラの原因は何なんだい? 言わないなら心を読んじゃおうかな」
「…くそっ、そこの連中が喋ったんだな? 読まれるというのも不本意だ。…情けないから出来れば黙っていたかったのだが……。下着ドロだ」
「「「は?」」」
あまりにも想定外な言葉に私たちの目が点になり、グレイブ先生は不機嫌そうに。
「聞こえなかったのか? 下着ドロだ、と言ったんだ」
「…盗まれたのかい、君の下着が?」
信じられない、と会長さんが言えば、グレイブ先生は眉間に皺を刻んで。
「誰が私の下着だと言った! ミシェルのだ! しかも一度や二度ではない。干してあるのは二階のベランダだし、庭もあるのに盗まれるのだ! 残留思念を追おうとしたが、どうにもこうにも…」
「そりゃ無理だろうね、遺留品とかが無いんじゃねえ…。それがイライラの原因なのか。ぼくが捕まえてあげようか? その下着ドロ」
「……ミシェルの分だけ取り返してくれ。その他大勢のと一緒に証拠物件として警察の連中にまでジロジロ見られるのは腹が立つ!」
「あ、その気持ちはちょっと分かるかも…。了解、下着ドロをお縄にするより奪還なんだね」
任せておいて、と会長さんはパチンとウインク。えーっと…。安請け合いしちゃっていいんでしょうか? いいんですよね、最強のサイオンを持つタイプ・ブルーでソルジャーやってる人ですもんね…。

翌日、グレイブ先生の抜き打ちテストは実施されませんでした。予告されていた補習の方も自主学習ということでプリントに代わり、何処のクラスの生徒も胸を撫で下ろしています。それでもグレイブ先生の御機嫌の方は今一つ。下着ドロがまた出たのかもしれません。
とはいえ、大暴走は無事に収まり、週末を迎えた私たちは会長さんに連れられてグレイブ先生の家へ。勿論「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒です。門扉の脇のチャイムを鳴らすとミシェル先生が出迎えてくれて。
「ごめんなさいね、グレイブが無理をお願いしたみたいで…」
「ううん、全然。仲間が困っているとなったら解決するのがソルジャーだしね」
たかが下着泥棒でもさ、と微笑む会長さんと私たちはお茶とお菓子でもてなされてから、二階へ案内されました。下着泥棒が出るという現場へ侵入するには庭を横切らないと辿り着けない構造です。釣り竿などで盗み出すにしても、人目に立つと思うんですが…。
「こんな場所から盗むんだって? えらく度胸が据わってるパターン…」
常習犯かな、と下を見下ろす会長さんに、グレイブ先生が。
「恐らく慣れたヤツだろう。あれから後にも盗まれたからな」
「そうなんだ? だけど残留思念ってヤツが全く無いよ。此処まで入って来ないってことかな、道路から道具で盗ってるのかな?」
これは手強い、とベランダから身を乗り出していた会長さんが、ふと振り返って。
「……ミシェル、盗られたヤツっていうのは光るパーツが付いていた?」
「ラインストーン入りのお気に入りなら一昨日盗られたばかりだけれど…。見付かったの?」
「んーと…。光るモノがシュッと飛んで行くビジョンが……。あ、あれだ!」
あんな所に、と会長さんの指が示した先は公園に聳える大木でした。下着ドロはカラスだったのです。巣材にするために盗み出した下着を組み上げ、見事な巣が出来ているのだそうで…。
「畜生、カラスか! よくもミシェルの大事な下着を布団なんぞに…」
撃ち落としてやる、とグレイブ先生が空気銃を持ち出しましたが、会長さんは。
「やめたまえ。君とミシェルの射撃の腕前は知ってるけどね、カラスを撃つと倍返しだよ? いや、倍どころの騒ぎじゃないかな。…敵討ちとばかりに群れをなして糞攻撃をしに来るそうだから」
「…な、ならばどうしろと言うのだ、あの下着ドロを!」
「さあ? 網を張るとかするしか無いねえ、盗られた下着は取り戻すけどさ」
どっこいしょ、と会長さんが瞬間移動でベランダに運び込んだものは下着で出来上がった大きな巣。
「はい、ミシェルの分だけ取り返すんだろ? 他は戻しておくんだね。でないとカラス夫妻の糞攻撃だ」
「わ、私が元に戻しに行くのか? あの木まで?」
「ぼくが戻してあげてもいいけど、どれがミシェルの下着だったのかが丸分かりに…」
「それは困る! もういい、世話になった。ありがとう、心から感謝している」
帰ってくれ、とグレイブ先生がカラスの巣を抱え込み、ミシェル先生が御礼にと金封と菓子折を渡してくれました。有難く頂戴して失礼した帰り道、グレイブ先生夫妻の家の上をギャーギャーと飛び回るカラスの姿を見ましたが…。後は野となれ山となれ。グレイブ先生、木登り頑張って下さいね~!

下着泥棒事件が解決した翌週、グレイブ先生は生傷だらけで御登場。カラスの巣を戻しに登る間に嘴や足で攻撃されまくったに決まっています。会長さんによるとグレイブ先生の家のベランダにはカラス避けの網がキッチリ張られているのだとか。
「グレイブも流石に懲りたらしいね。二度あることは三度あるって言うからさ」
転ばぬ先の杖ってヤツだ、と会長さん。
「下着好きのカラスは多くはないと思うけど…。あのカラスたちが健在な内は確実にターゲットにしてくるだろうし、盗られたくなければ用心あるのみ」
「目を付けられると大変なんだな…」
たかがカラスだが、とキース君が相槌を打つと、サム君が。
「でもさ、カラスで良かったじゃねえかよ。本物の下着ドロだったら警察沙汰だろ? グレイブ先生が要らないって言ってもブルーは通報すると思うし…」
「まあね。ミシェルの分を取り返してから通報だよねえ、人間の場合は」
犯罪者には処罰が必要、と返して会長さんはシュークリームを頬張りました。これが素敵な変わり種。なんとタケノコのカスタード入り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の新作です。
「木の芽どきには増えると言っても、斟酌してたら何かが間違う。下着ドロでも痴漢でもさ。…だけどカラスは盲点だったな、どんな怪盗かと思っちゃったよ」
残留思念がゼロだもの、とクスクス笑う会長さんに、シロエ君が首を傾げて。
「それじゃどうして分かったんですか? 光るモノが見えたって言いませんでした?」
「ああ、あれかい? あれはカラスの思念じゃないんだ。何か手掛かりは無いのかなぁ、って探っていたら拾ったんだよ。通りかかった子供の思念さ。この前、光るモノが飛んでったよね、って」
カラスつきではなかったけれど、と語る会長さんによると、目撃者は本当に小さな幼稚園児の男の子。光るモノの方に意識が行ったため、カラスは記憶に無かったそうです。ただ飛び去った方向だけで。
「そっか、そんなので分かるんだ…。タイプ・ブルーって凄いよね」
ジョミー君が感心していますけど、そのジョミー君もタイプ・ブルー。いつになったら会長さん並みのサイオンをモノに出来るやら…。
「ジョミー、君だってタイプ・ブルーだよ? その気になれば怪盗だって夢じゃないのに」
会長さんの言葉に、ジョミー君の瞳がキラッと光って。
「えっ、怪盗?」
「そうさ、神出鬼没の怪盗ジョミー! 瞬間移動で金庫の中でも警備が厳重な美術館でも入り放題、指紋も残さず盗めます…ってね。タイプ・ブルーだと残留思念も消せるしさ」
他のサイオン・タイプだと難しいけど、と聞かされたジョミー君はロマンの世界に浸っています。
「…怪盗ジョミー…。カッコイイかも……」
「やめとけ、すぐにブルーに見付かるのがオチだ。速攻で警察に突き出されるぞ」
身も蓋も無いことを言い放ったのはキース君ですが、怪盗もいいと思うんだけどなぁ…。そう思ったのは私だけでは無かったようで。
「うん、怪盗も素敵だよね。ジョミーにはまだ無理だけどさ」
ぼくなら出来る、と会長さんが親指を立てて。
「ぶるぅと組めば最強タッグ! でもねえ、犯罪は割に合わないし…。何か盗んで面白いモノって無いのかなぁ?」
「おい。盗み自体が犯罪だろうが!」
それに坊主が何を言うか、と仏頂面のキース君。
「不偸盗は坊主の基本の中の基本だぞ! それをあんたが率先して破るか?」
「「「フチュウトウ?」」」
何ですか、それは? 私たちにはサッパリな専門用語に会長さんがニコニコと。
「不偸盗戒と言ってね、他人の物を盗まないこと。お坊さんには大事な戒律! だけど少しは遊び心も欲しいんだけど…」
「いい案だねえ、怪盗ブルー! 遊び心も大いに賛成」
パチパチパチ…と拍手が聞こえてバッと振り返る私たち。紫のマントが優雅に翻り、赤い瞳が煌めいて。
「こんにちは。今日はタケノコのシュークリームだって?」
どんな味がするのかなぁ、と現れたのはソルジャーでした。目的は新作のシュークリームか、はたまた怪盗ブルーの方か。なんとも読めない展開ですけど、シュークリームの方でありますように…。

「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ゆっくりして行ってね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシュークリームと紅茶を用意し、ソルジャーはソファにゆったりと。
「ふうん、タケノコなんかがカスタードクリームになるんだねえ…。意外だけれど美味しいや」
タケノコと言えば木の芽和えとかだと思ってた、とシュークリームがお気に召した様子のソルジャー。怪盗ブルーはついでだったか、と私たちはホッと安心しかけたのですが。
「あ、そうそう。さっきの怪盗ブルーだけどさ」
「「「!!!」」」
ああ、やっぱり…。聞き逃すようなキャラでは無かったっけ、と肩を落とす私たちにはお構いなしにソルジャーは。
「盗んで面白いモノってあると思うよ、遊び心もバッチリついててさ。…でもって多分、警察沙汰にもならないモノが」
「…なんだい、それは」
訊き返したのは言わずと知れた会長さん。怪盗ブルーの言い出しっぺだけに、ソルジャーの案が気になるらしく…。尋ねられたソルジャーの方はニッコリ笑って。
「紅白縞だよ、ハーレイの…ね」
「「「紅白縞!?」」」
「うん、この間もブルーが届けていただろ、新品を五枚! ハーレイは大事にしていると聞くし、アレが消えたらパニックだろうと…。だけど盗られたのは男物の下着だからねえ、警察にもちょっと言いにくそうだ」
あんなのを盗るのは余程の変態、とソルジャーが笑えば会長さんが。
「変態になってどうするのさ! それにハーレイの下着なんかを盗る趣味は無いよ、未使用でもね」
「…未使用だったらいいじゃないか。履いたヤツなら嫌かもだけど」
「良くないよ! 一度ハーレイの寝室に運び込まれた下着なんだよ? ぼくの写真とか抱き枕を相手に夜な夜な何をやっているのかバレバレだけに、そんな空気を吸ったヤツは御免蒙りたい」
「そういうものかな? せっかく面白そうなのに…」
もったいないよ、とソルジャーはプランを披露し始めました。
「閃いたのはカラスのお蔭さ。下着ドロが出たってトコから見てたんだ。…それでね、君のハーレイだったらどうするかなぁ…って。カラスが下着を盗む時には男物かどうかは気にしないだろ?」
「いや、その辺はどうか分からんぞ」
巣材だからな、とキース君。
「教頭先生の下着は面積が広い。上手く組み上げられるかどうか…」
「そっか、それはあるかもしれないねえ…。じゃあ、カラスの件は置いとこう。どうせ犯人は怪盗なんだし、カラスも何も関係無いさ。で、ハーレイの下着だけれど。…綺麗サッパリ盗まれちゃったらどうすると思う?」
「「「えっ…」」」
綺麗サッパリって、あるだけ全部? それは非常にお困りなんじゃあ…。
「ね、思いっ切り困る姿が目に浮かぶだろう? しかも消えたのがブルーに贈られた分だけだったら? 大切な取っておきの紅白縞が一枚も残っていなかったら?」
「…次にプレゼントを持って行った時に、感激のあまり泣くかもねえ…」
今すぐ消えたら二学期までは数ヶ月、と指折り数える会長さん。そんな長期間、教頭先生は平常心でいられるでしょうか? 大事な下着を盗まれたのに…。私たちがワイワイ騒いでいると、ソルジャーは。
「そこは根性で耐えると思うよ、ハーレイだから。…でもって突っ込みどころも其処だ。ハーレイがブルーに贈られたのを履くのは大切な日だと聞いてるし…。ブルーの家に招待されたら絶対、履くよね?」
「…履かないって方が有り得ないね」
不本意だけど、と唇を尖らせた会長さんがハタと手を打って。
「ひょっとして…。盗み出しておいて呼び付けようって言うのかい? この家に?」
「ご名答。大切な時に履かない下着だったら贈るだけ損とか、その方向で苛め倒すのはどうだろう?」
「その案、乗った!」
君が盗んでくれるなら…、と付け加えるのを会長さんは忘れませんでした。悪戯好きの会長さんと、悪ノリが好きなソルジャーと。誰が呼んだか、怪盗ブルー。教頭先生の大事な紅白縞が消え失せるのは、最早時間の問題ですねえ…。

翌日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと先にソルジャーが来ていました。あちらの世界が暇だったらしく、手にはバッチリ戦利品。
「ふふ、怪盗ブルー参上…ってね。紅白縞の未使用分だよ」
箱ごと盗み出しちゃった、と見せびらかしているのは会長さんが先日プレゼントしていたデパートの箱。きちんと包み直されていますが、中身は一枚減っているそうで。
「履くような日があったのかい、ってブルーに訊いたら、違うらしいね。プレゼントされた素晴らしい日の記念に一枚おろして履くんだってね」
「「「………」」」
そこまでは知りませんでしたってば…。ありそうな話ではありますけれど。
「これは別の場所に入っていたから、ハーレイは気付いていないと思う。でも今夜からは使用中のを盗むわけだし、いつおかしいと気付くかな? 一枚消えたらすぐ分かるのか、二、三枚消えてからなのか…。楽しみ、楽しみ」
「ブルー! 楽しみにするのはいいけど、此処へは持ち込み禁止だからね!」
ハーレイの使用済みなんて、と会長さんが釘を刺しています。盗んだ下着はソルジャーが自分の世界の青の間に保管するという約束になっていました。こうして怪盗ブルーと化したソルジャーは教頭先生の下着ドロに燃え、会長さんが贈った紅白縞は週末までに全部盗まれて…。
「さてと、ハーレイからの返事は来てるんだっけ?」
君の家に招待したんだよね、とソルジャーが訊いたのは金曜日の放課後。会長さんはコクリと頷き、「バッチリだよ」と微笑んで。
「ゴールデンウィークはシャングリラ号に乗り込むからねえ、その前にウチで賑やかにパーティーしよう、って電話をしたら食い付いた。念押しのメールにも返信が来たし、間違いなく勇んでやって来るさ」
「そういう時のための勝負パンツも無いっていうのに健気だねえ…」
「勝負パンツじゃないってば!」
「似たようなモノだろ、ここ一番って時に履くヤツなんだし。…勝負パンツとそうでないパンツを見分けるための仕掛けが泣けたよ」
目立たない場所に縫い取りが、とソルジャーは解説してくれました。会長さんからのプレゼントの他にも自分で買った紅白縞を沢山持っている教頭先生。自費購入の普段使いはウエストのゴムの部分にHの縫い取りがあるのだそうです。
「マジックで書けば簡単なのに、わざわざ縫い取りって凄いだろう?」
「…ハーレイにとっては愛着のある下着なんだよ、ぼくが贈るヤツとお揃いだから」
考えただけで頭痛がする、と会長さんは頭を抱えていますが、それでも延々と続いているのが紅白縞のプレゼント。それを盗まれてしまった教頭先生、明日のパーティーではどうなるのやら…。

そして迎えたパーティーの日。お好み焼きパーティーとのことで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が材料を揃え、ホットプレートもズラリ並んで後は焼くだけ。面子の方も教頭先生が来れば揃います。私服のソルジャーが大きく伸びをし、「まだかなぁ?」と呟いた所でチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ みんなが待ってるよ!」
「すまん、すまん。…少し支度に手間取って…」
申し訳ない、と現れた教頭先生を会長さんの視線が頭の天辺から足の先までジロジロと。
「…手間取った? その割にお洒落している風でもないけど?」
「い、いや…。それは、そのぅ…」
「何か見当たらなかったとか?」
「ち、違う! 決して失くしてしまったわけでは…!」
語るに落ちるとはこのことでしょうか。誰もなんにも言っていないのに、失くしてないとは藪蛇な…。神出鬼没な下着泥棒、怪盗ブルーを知る私たちはプッと吹き出し、会長さんは柳眉を吊り上げて。
「失くした、だって? それは聞き捨てならないねえ…。見当たらないとか、失くしてないとか、どうやらキーワードは失せ物らしい。…白状したまえ、何が消えたんだい?」
「な、何も…。この間から探してはいるのだが…」
「へえ…。家の中で何かが消えたらしいね、管理不行き届きって所かな? まあいいや、失せ物探しは得意なんだ。言ってくれれば探してあげるよ、サイオンを使えば一瞬だから」
「お、お前の手を煩わせるほどのものでは…」
それほど大したものではない、と教頭先生が脂汗を浮かべながら言った次の瞬間。
「……大したものではなかったんだ……」
地を這うような会長さんの声がしてグンと冷え込むリビングの空気。
「バレバレなんだよ、君の思念はダダ漏れだから! 動かぬ証拠も思いっ切り!」
この下着、と会長さんが教頭先生のベルトを引っ掴み、有無を言わさずズボンをグイッと引き下ろして。
「ウエストにHの縫い取りつき! 普段使いの紅白縞だ。…ぼくが贈った紅白縞は? せっかく招待してあげたのに、取っておきを履いて来ないような男にぼくが嫁入りするとでも? おまけに大したものじゃないって言ったよね?」
「そ、それは…。こ、言葉の綾というヤツで…! 本当なんだ、信じてくれ!」
朝から探して探しまくったんだ、と教頭先生は床に土下座し、額を絨毯に擦り付けています。ズボンを引き上げる余裕も無いため、紅白縞は丸見えのまま。みっともない姿を会長さんとソルジャーがクスクス笑いながら見ていることにも気付いていないのが気の毒としか…。

大切な紅白縞を紛失してしまった教頭先生の土下座とお詫びは実に苦しいものでした。盗まれたのだと言えばいいのに、管理不行き届きを問われては困ると思ったらしくて言い訳を重ね続けた果てに。
「た、頼む、次は必ず履いて来るから! 約束する!」
「…そうなんだ? じゃあ、仕切り直しで明日でもいいかな?」
ニヤリと笑う会長さんの真意を見抜けなかった教頭先生、たちまち顔を輝かせて。
「勿論だ! 明日は新品をおろして来よう」
「了解。デパートに買いに行こうと思ってるだろう? 甘いね、その前に全部買い占めるさ。ぶるぅ!」
会長さんの指がパチンと鳴らされ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がスタンバイ。教頭先生は見る見る青ざめ、喉の奥から絞り出すように。
「も、申し訳ない! す、すまない、ブルー…。お、お前に貰った下着なのだが……」
「盗まれたんだろ、知ってるよ。ついでに盗んだ犯人も…ね」
「は?」
ポカンとしている教頭先生の前にバサバサバサ…と宙から降り注いだのは紅白縞で。
「怪盗ブルー、只今参上! 返すよ、君の紅白縞」
「…あ、あなたが…?」
なんでまた、と愕然とする教頭先生に向かって、ソルジャーは。
「盗んでも罪になりそうになくて、面白いモノってないのかなぁ…ってブルーが言ったのが発端なんだよ。だけどブルーは使用済みの紅白縞まで盗む根性が無くってさ。だから代わりに」
「…で、では……全部あなたが……」
「そうなるね。ついでに盗んだ紅白縞を置いていたのは青の間なんだ。ぼくのハーレイは気付いてないから、いつもどおりに夫婦の時間を過ごしていたってわけなんだけど…。その間に紅白縞より素敵なモノを思い付いたよ、盗みの対象」
ソルジャーの瞳は悪戯っぽく輝いています。何を盗もうと言うのだろうか、と会長さんも私たちもグッと拳を握りました。紅白縞より素敵なモノって何でしょう?
「あ、みんなも期待しちゃってる? それじゃパーティーの前に発表! 怪盗ブルーが次に盗むのはハーレイにとって紅白縞より大切なモノさ」
「「「???」」」
「ハーレイはいつも言っているよね、一生ブルーひと筋だって。…なんだっけ、一生ブルーを愛し続けて、初めての相手もブルーだと決めてるんだっけ? その大切な童貞ってヤツを怪盗ブルーが」
「却下!」
会長さんが飛び出してソルジャーの口を塞ぐのと、耳まで真っ赤に染まってしまった教頭先生が鼻血を噴くのは同時でした。口を押さえられたソルジャーの方は思念で続きを叫んでいます。
『ハーレイの童貞を頂戴するのは怪盗ブルー! ベッドルームでもバスルームでも神出鬼没、御奉仕にも慣れた怪盗ブルーの身体を張っての盗みをよろしく! 紅白縞の中身の方も見事に盗んで見せます…ってね』
「却下だってば!」
絶対に却下、と喚き散らしている会長さん。ソルジャーの方は面白がってるだけじゃないかと思いますけど、真偽のほどは分かりません。教頭先生の家には当分の間、カラス避けならぬソルジャー避けのシールドが張り巡らされることになるのかも…。
教頭先生、怪盗ブルーに大事な童貞を盗まれないよう、パンツはしっかり履いたままで寝て下さいね~!



              失せ物に注意・了


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