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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

眠れる森の男

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv




ゴールデンウィークも終わった爽やかな季節。早々と夏日なんかもありましたけれど、シャングリラ学園は平和です。中間試験は会長さんのお蔭で乗り切れるとあって1年A組はのんびりまったり、特別生の私たち七人グループは更に輪をかけてのんびりと…。
「いい天気だねえ…」
やっぱり何処かに行きたい気分、と言い出したのはジョミー君。今日は週末、私たちは会長さんの家に朝から遊びに来ていました。ドリームワールドへ行くという話もあったのですけど、昨日の予報では週末は雨。雨だと絶叫マシーンは楽しめませんし、こういう展開になったのです。
「だけど午後からは雨になると思うよ」
雨雲の動きを見てるとそんな感じ、と会長さん。
「多分、一転して土砂降りってパターンじゃないのかな。ウッカリ出ちゃうとずぶ濡れだよ」
「かみお~ん♪ 雨になったら瞬間移動で帰ってくる?」
何処かの陰に隠れてパパッと移動、という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の案に私たちは歓声を上げましたが。
「それもいいけど…。面白いモノを見付けたよ。これを高みの見物はどう?」
あっち、と会長さんが窓の外を指差しました。
「ハーレイがレッスンに出掛けたんだよね。燃えているから楽しいんじゃないかな」
「「「レッスン?」」」
「バレエだよ。『眠れる森の美女』のオーロラ姫に挑戦中なんだ」
「「「えぇっ!?」」」
ビックリ仰天の私たちに向かって会長さんは。
「まだレッスンを続けているっていうのが泣けるよねえ…。柔道とか水泳と同じで一度始めたスポーツってヤツは辞めると身体がなまってしまう気がするのかな? いくら練習しても発表会には出ないんだから勿体無いと思ってたけど……ハーレイもとうとうオーロラ姫かぁ…」
古典バレエの難役なんだ、と人差し指を立てる会長さん。
「そこまで行ったら道を極めたと言えるだろうね。始まりはぼくの悪戯だったけど、根性で昇りつめたわけ。せっかくだから見て行きたまえ。自力で覗き見は出来ないだろう?」
「俺たちのサイオンは未だにヒヨコレベルだからな…」
さっぱり見えん、とキース君が応えるのとリビングの壁が中継画面になるのは同時でした。映し出されたのは教頭先生。ロッカールームでシャツを脱いでいる所です。
「これからレオタードに着替えてレッスンってね。レッスンの時には紅白縞ではないんだよ」
「「「………」」」
青月印の紅白縞はアウターに響くなんてレベルのものではありません。ズボンを脱いだ教頭先生はビキニパンツでしたが、えーっと……これも会長さんのプレゼントですか? 赤と白の細いストライプ…。私たちの視線が集中すると、会長さんは慌てて右手を左右に振って。
「違う、違う、あれはハーレイが自分で見つけてきたヤツで…! 紅白縞にこだわりがあるからビキニパンツも紅白縞。流石に水泳用の褌までは紅白縞にはしなかったけど」
そっか、教頭先生のこだわりでしたか…。教頭先生は逞しい身体を黒のレオタードに包み、トウシューズを履いてリボンを結ぶとレッスン室へと出てゆきました。個人レッスンだそうで、女性の先生が一人だけ。バーを使っての準備運動などを終えるとレッスン開始。音楽に合わせて華麗な技が次から次へと…。

「うーん、見ていただけで疲れた…」
ジョミー君のぼやきは柔道部三人組以外には共通でした。ジャンプに回転、バランスなどと大きな身体で軽やかに踊る教頭先生のレッスンは延々と続き、私たちが先にギブアップ。早めのお昼にしてしまおう、とダイニングに移動してホワイトアスパラガスのクリームパスタを頬張っている最中です。
「教頭先生、まだ踊り続けているんだよね?」
ジョミー君の問いに会長さんが視線を外に走らせ、頷いて。
「オーロラ姫を全幕通しで、っていうのが今日のコンセプトみたいだからねえ…。オーロラ姫が難役なのは技術とか表現も難しいけど、体力勝負って所も大きいらしいよ。全幕を踊ると酷く消耗するそうだ」
それを顔に出さずに踊ってなんぼ、と会長さんは説明してくれました。
「本物の舞台だと衣装や背景なんかもつくから見ていて疲れはしないけど…。今日みたいにレッスン風景だけだと見物するのも根性が要る。疲れたという意見は正しい。…キースたちは柔道で鍛えてるから、他のみんなよりはマシってトコかな」
「…そうでもないぞ。動きのハードさは良く分かる。俺には到底無理だな、アレは」
スタミナ不足で倒れそうだ、とキース君。
「柔道の動きとは全く違うし、水泳とも使う筋肉が違う。なんとか踊り切れたとしても明くる日は筋肉痛で使い物にならんという気がするぞ」
「ふうん…。そんなに凄いのかい?」
そこまでだとは思わなかったよ、と口にする会長さんにキース君は。
「あんたはスポーツをやらないからな。教頭先生は物凄い努力を今日まで重ねて来られたんだろう。たかが寸劇の白鳥の湖のためにバレエの技を叩き込まれて何年だ? 難役と呼ばれる踊りに挑戦されるとは素晴らしすぎる」
「披露する場所は無いんだけどねえ? ハーレイは発表会に出ないし、自己満足に過ぎないんだけど」
「それでも道を極めようとなさっておられるんだ。俺は非常に感動している。だが…」
この気持ちをお伝えするのは無理だろうな、とキース君は残念そう。まさか覗き見をしてましたなんて言えませんしねえ、教頭先生に面と向かっては。
「そうか、感動するほどのことなのか…。だったらお祝いすべきかな?」
会長さんの言葉にパスタを巻き付けるフォークがピタリと止まり、部屋の中がサッと翳りました。
「オーロラ姫に辿り着いたハーレイを祝して記念に一発! どんなイベントがいいんだろう?」
パーティーがいいかな、それともパレード…、と会長さんが論う間に窓の外の空はみるみる黒い雲に覆われ、大粒の雨がいきなり叩きつけるようにバラバラと。
「うーん、どれもインパクトに欠けるよねえ…。オーロラ姫をもっと前面に出したいけれど、踊りを披露するって言うんじゃイマイチ新鮮味が無いような気が…」
それで充分新鮮だろう、と誰もが心で突っ込みを入れつつ沈黙しているのが分かります。迂闊に口を挟んだが最後、会長さんの悪だくみに手を貸してしまうのは確実で…。
「あ、そうだ!」
思い出した、と会長さんが手を叩いたのと季節外れの稲光とは同時でした。
「眠れる森の美女でいいんだ、眠れる森のハーレイだよ!」
「「「えぇっ!?」」」
やはり踊りの線で行くのか、と笑い物にされる教頭先生の姿が頭を掠めた所で雷の音がガラガラと。教頭先生、せっかくバレエを極めようとなさっているのに、お笑い一直線ですか…。

ゴロゴロ、ピカピカと外はすっかり荒れ模様。ドリームワールドにお出掛けしなくて正解でしたが、会長さんの家で過ごした時間もとんでもない結果を迎えました。教頭先生がオーロラ姫を踊れるようになられたお祝いに『眠れる森のハーレイ』だとは…。
「会場は何処にしようかな? ハーレイの家じゃイマイチだしねえ…」
首を捻っている会長さんに、キース君が。
「イマイチ以前の問題だろうが! あれだけの踊りを披露するにはそれなりの広さが必要と見たぞ。教頭先生の家では狭すぎだ」
「…誰が踊りを見せるって言った?」
「「「は?」」」
今度は私たちが揃って首を傾げることに。眠れる森のハーレイですから踊りを見せるイベントなのでは?
「踊りはどうでもいいんだよ。眠れる森のハーレイなんだよ、ハーレイが主役のイベントなんだ」
「だからオーロラ姫の役でしょ?」
踊るんじゃないの、とジョミー君が返せば、会長さんは。
「違うよ、本家本元のオーロラ姫さ。眠れる森の美女だろう? ハーレイは寝ているだけのイベント」
「「「???」」」
「あれは何年前だったかなぁ…。他所の国でね、『眠れる森の美女』がコンセプトの美術展が開催されたんだ。本物の美女がベッドに寝ていて、来場者のキスで美女が目覚めたら結婚するという趣向」
「「「えぇっ!?」」」
そんなイベントは初耳でしたが、会長さんによると本当らしく。
「これがまた凄いオチがついててねえ…。展示開始から二週間後に美女は目出度く目覚めたんだけど、目覚めのキスを贈ったのが女性だったんだ。美女も来場者も事前に結婚を約束する署名をしていたものだから、もう大変。その後、どうなったかは知らないけどね」
「…あんた、それを教頭先生でやろうというのか?」
キース君の引き攣った顔に、会長さんはニヤリと笑って。
「ご名答。ただし、ハーレイなんかと結婚するのは御免だって人も多いだろう。そういう人のキスでハーレイが目覚めてしまった場合は全面的にハーレイの責任ってことで慰謝料を支払うことにしておく」
「誰が支払うんだ?」
その慰謝料は、と胡乱な目をするキース君に会長さんがクッと喉を鳴らすと。
「ハーレイに決まっているだろう? 私が悪うございました、不愉快な思いをさせてしまってすみません…、と給料の半年分を渡すわけ。婚約指輪は給料の三ヶ月分だとハーレイは今も信じているよね? 婚約が破談になったら倍返しというのがお約束だから、三ヶ月の倍で半年分だ」
なんという凄まじいイベントなのだ、と頭を抱える私たち。教頭先生にとって旨味は全くありません。そんなイベントが開催できるわけがない、と誰もが考えたのですけれど…。
「甘いね、君たちはまだまだハーレイのことを分かっていない。来場者の中にぼくが含まれている可能性だってあるんだよ? ぼくのキスで目覚められたら結婚だ。…ぼくに拒否されて巨額の慰謝料ってケースはハーレイは絶対考えないね。キスで目覚めたら結婚あるのみ」
このイベントは実現可能、と会長さんはブチ上げました。
「君たちも泊まり込みで張り番をするって条件だったら、ぼくの家を会場にしても許可は出る。このリビングはどうだろう? それっぽく飾ってベッドを置いて…。展示期間は土日の二日間だけ! お遊びにはそれで充分だから」
次の週末には是非やりたい、と語り始めた会長さんを止められる人はいませんでした。今日の空模様の如く急転直下な運命を辿りそうな教頭先生、来週末には果たしてどうなっているのやら…。

会長さん主催の特別展示企画、『眠れる森のハーレイ』。話が最初に持って行かれたのは当然、教頭先生です。「会長さんは教頭先生の家に一人で行ってはいけない」というお約束は今も健在なだけに、私たちも同行してバレエのレッスンから帰宅なさった所へお邪魔したのですが。
「ね、アッサリ承諾しただろう? それも真っ赤な顔をして…さ」
クスクスクス…と笑いを漏らす会長さん。
「慰謝料を支払う羽目になったとしても万一のチャンスに賭けたいんだよ。ぼくのキスで目覚めちゃったら最高だよねえ、天国気分から一気に地獄。結婚転じて慰謝料ってね」
教頭先生は会長さんのサイオンで深く眠ることになるそうです。どんなはずみで目が覚めるのかは会長さんも一切仕掛けをしないらしくて、目覚めないまま展示期間が終了することも有り得るのだとか。
「丸二日間飲まず食わずで眠っていても消耗しないし、トイレも行かない。まさしく眠れる森の美女! 本人の了解を取り付けたからには、次はゼルたちに相談しないと」
教頭先生の家から瞬間移動で戻った会長さんは長老の先生方をゼル先生の家に集めて、私たちを連れて乗り込んで…。
「ほほう、眠れる森のハーレイとな?」
面白そうじゃ、とゼル先生が興味を示せばブラウ先生も。
「止める理由は無さそうだねえ。ブルーの身の安全は保証されてるみたいだし…。それでアレかい、あたしたちにもキスのチャンスはあるのかい?」
「勿論さ。イベントの性質上、一般生徒は無理だけど…。教職員と特別生には公開しようと思ってる。ソルジャーの自宅で展示会ってだけで人が呼べそうだろ、普段は非公開だしね」
「入場料は取るのかね?」
ヒルマン先生が尋ね、会長さんは少し考えてから。
「…うーん…。別にいいかな、気軽に遊びに来てもらいたいし。必要経費は花くらいだから」
「花ですか?」
エラ先生の不思議そうな顔に、会長さんがパチンとウインクをして。
「そこは当日のお楽しみ! やってもいいんだね、次の土日に」
「まあ、ええじゃろ。わしらの楽しみも増えそうじゃ」
「いいねえ、慰謝料ってヤツが手に入ったら皆で一杯やろうじゃないか」
ゼル先生とブラウ先生が大きく頷き、ヒルマン先生とエラ先生もゴーサインを出してしまいました。来週の土日は会長さんの家を会場にして『眠れる森のハーレイ』です。私たち七人グループは金曜の夜から泊まり込みで展示のお手伝い。明日はその打ち合わせですか、そうですか…。

週明けには会長さんが立派なチラシを作って来ました。フルカラーで凛々しい船長服の教頭先生が刷られていますが、しっかりと『祝・オーロラ姫記念』の文字とオーロラ姫を踊れるようになるまでの経緯が書かれています。興味を持った人はこちらまで、とバレエスタジオの連絡先と住所つき。
「…あんた、踊りの方も忘れたわけではなかったんだな?」
見学希望者が押し掛けて行ったらどうするつもりだ、と詰め寄るキース君に、会長さんは涼しい顔で。
「発表会には一切出ないんだから、踊りを披露できるチャンスじゃないか。バレエスタジオには伝えておいたよ、見学希望があるようだったらオーロラ姫の衣装を届けさせるから…って」
衣装代はぼくからのプレゼント、と悪びれもしない会長さん。この様子では既に発注済みに違いありません。案の定、スタジオには問い合わせの電話が相次いだそうで、教頭先生のオーロラ姫は近日中に披露という運びになりました。でも、その前に展示です。金曜日の夜、私たちは会長さんの家に泊まりに出掛けて…。
「…おい。ベッドと言っていなかったか?」
キース君が会長さんを振り返ったのは、賑やかな夕食を終えてリビングに移動した時のこと。今日はゲストルームに荷物を置いて直ぐにダイニングの方へ直行したため、リビングに入ったのは初めてです。えっと…いつの間に畳敷きに? いつものフカフカの絨毯やソファは?
「ベッドのつもりだったんだけどね、気が変わったのさ。どうせならより面白く! 此処に布団で、こっちに祭壇」
「「「は?」」」
なんのこっちゃ、と畳しか無いリビングを見回す私たちの前に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が布団の山を担いで来ました。
「かみお~ん♪ この辺に敷けばいい?」
「ぶるぅ、枕はそっちじゃない。北はこっちだから」
こちら向けで、と会長さんが直した布団は北枕というヤツでした。これって…仏様用の布団なのでは?
「あ、分かってくれた? 最初はベッドを置いて薔薇の花を飾ろうと思ったんだけど…。ハーレイに薔薇の花が似合うと思うかい? 何かが違う、と考えた末に菊ってことで」
菊なら祭壇の方がピッタリ、と微笑む会長さんが私たちを指揮して設えた祭壇には白菊が飾られ、蝋燭やお線香、お焼香台までが置かれています。
「ハーレイにも白装束を着せてやりたいトコなんだけど、そうなるとキスが絵にならないし…。北枕ってだけで掛け布団は無し、服も船長服で行く。顔には布の代わりに特製手拭い」
コレ、と会長さんが広げた手拭いには『祝・オーロラ姫』の文字が躍っています。船長服で布団に北枕、顔には手拭い。更に白菊だらけの祭壇とお焼香台って、どう考えてもお笑いでしかありません。会長さんとの結婚を夢見て明日やって来た教頭先生、打ちのめされなければいいんですけど。

私たちの心配を他所に、翌朝現れた教頭先生は御機嫌でした。会長さんに案内されたリビングの設えを豪快に笑い飛ばすと、結婚と慰謝料の件についての誓約書に嬉々としてサイン。
「この飾り付けではキス出来るヤツが減りそうだ。…それだけでグンと確率が上がる。ブルー、お前もキスしてくれるのだろう?」
「それは勿論。御希望とあれば読経もさせて貰うよ、今日中に君が目覚めなかったら一晩置いておくことになるから」
「いや、それは…。お前が私のためにというのは嬉しいのだが、経を読まれてもな…」
成仏したら結婚出来ん、と真顔で言い切った教頭先生はゲストルームで船長服に着替え、戻って来て布団に横になると。
「…よろしく頼む。是非、お前のキスで目覚めたいものだ」
「自分の幸運を祈りたまえ。ぼくは一切、細工はしない約束だから」
いくよ、と会長さんの右手が目を閉じた教頭先生の額に置かれて、暫くすると豪快なイビキがグオーッ、グオーッと…。これじゃイメージ台無しじゃないか、とジョミー君たちと顔を見合わせていると、イビキは消えて急に静かに。ちょ、ちょっと、この展開はヤバイんじゃあ?
「大丈夫」
心配無いよ、と会長さんが片目を瞑ってみせました。
「イビキの方が眠りが浅いんだ。深く眠ればイビキもかかない。…さてと、手拭いを…」
会長さんは教頭先生の顔に手拭いを被せ、褐色の両手を胸の上で組ませて深く一礼。
「…南無阿弥陀仏」
「お、おい…。結局、そうなるわけか?」
キース君の指摘に、会長さんは「あっ」と声を上げて。
「ダメだ、つい…。職業病っていうヤツかな? これは仏様じゃなくて展示物だっけ、今回のメイン」
やっちゃった、と苦笑しながら私たちを引き連れ、リビングの前の廊下に置かれた椅子に腰掛ける会長さん。そこには記帳台っぽく机が据えられ、上に誓約書が積まれていました。教頭先生が自分のキスで目覚めた場合は結婚します、というものです。来場者はこれに記入した後、教頭先生にキスをするわけで。
「もうすぐ開場…ってね。誰が来るかな、トップバッター」
今日は玄関の扉は開け放たれています。来場者は仲間ばかりですからマンションの入口に来れば管理人さんが通してくれますし…。と、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと椅子から立ち上がって。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
「ふふふ、朝一番から並んでおったんじゃ! 一人一回限りとは書いてないでのう」
何度でも挑戦してやるわい、と登場したのはゼル先生。誓約書にサインしてリビングに入るなり、ウッと息を飲んでおられましたが…。
「葬式がなんじゃ、要はハーレイとの熱いキッスじゃ! 慰謝料で一攫千金じゃでな」
わしのものじゃ、と布団の脇にドスンと座り込み、手拭いを外して思いっ切り……ブッチュー!
「「「……スゴイ……」」」
ここまでやるか、と誰もが驚くディープキスをかましたゼル先生。しかし教頭先生は目覚めず、空振りに。
「はい、残念でした。本日はお参り頂いてどうも」
会長さんがゼル先生に手渡した封筒には『会葬御礼』の文字が。清め塩の小袋がくっついたそれを開いたゼル先生は爆笑しながら玄関を出てゆかれました。中身は『あなたはヘタレと診断されました』と書かれた紙だそうです。教頭先生にヘタレの診断を下されちゃったら、大抵の人は笑いますよねえ…。

眠れる森の美女ならぬ教頭先生。もしもキスして目覚めたならば結婚するか、慰謝料か。ゼル先生がトップを飾った後はブラウ先生、ヒルマン先生と長老の先生方が続々と訪れ、エラ先生も。グレイブ先生御夫妻、まりぃ先生と一攫千金狙いの列は途切れることなくエンドレスです。
「えーっと…。今で何周くらいしたっけ?」
ジョミー君が指を折り、シロエ君が。
「確かジルベールさんがラストだったと思うんです。さっき見ましたから、十周はしたと思います」
「ジルベールは自信あったっぽいもんなぁ…」
一度目の怒りっぷりが半端なかった、と肩を竦めているサム君。欠席大王と名高いジルベールは同じく特別生のボナール先輩と並んでキスには自信があるらしく、腕自慢で展示に乗り込んで来たようで。そこへ例のヘタレ診断が下るわけですから、怒るのも無理はありません。
「教頭先生は全くお目覚めにならないな…」
溜息をつくキース君の肩を会長さんがポンと叩いて。
「だったら、君が頑張りたまえ。展示時間終了後はいくらでもチャンスがあるんだからさ」
「いや、それは…。お、俺には一攫千金の趣味は…」
「違うだろう? ハーレイとキスする度胸は無い、と素直に認めた方がいい」
でないと強制的にキスして貰うよ、と笑みを浮かべる会長さんに私たちの全身の毛が逆立ちました。万年十八歳未満お断りの身で教頭先生とキスはキツイです。いくら展示だ、芸術なのだとゴリ押されても、それだけは無理というもので。
「…やっぱり君たちはキスしないのか。ちょっと残念。おっと、そろそろ時間かな?」
閉場の準備、と会長さんが立って行って玄関の脇に残り時間を示す時計を置いたようです。それから半時間ほどして本日のラスト、ヒルマン先生が入っておいでになりましたが。
「………。やはり私では駄目なようだね…」
ゼルの方が分があるのだろうか、と呟きながらヘタレ診断書を受け取るヒルマン先生。
「明日も展示だと書いてあったが、ハーレイが目覚めない場合はどうなるのだね?」
「該当者なしで終了かな。慰謝料を毟れないのは残念だけど」
会長さんの答えを聞いたヒルマン先生は「ふうむ…」と御自慢の髭を引っ張って。
「それは少々つまらなすぎる。ここまで人気を呼んでいるのだ、楽しいイベントにしなければ」
明日もみんなで努力しよう、とヒルマン先生が帰ってゆかれた後に会長さんが玄関の扉を閉めると、誓約書を取ってサラサラとサイン。
「目指せ慰謝料! だけど一日一度で沢山、今日はこれっきり」
手拭いをどけて教頭先生の唇にキスした会長さんですけど。
「なにさ、ぼくにも気付かないのかい! 本当にもう最低としか言いようがないよ、ヘタレのくせに!」
ヘタレにヘタレと断定された、とキレまくる会長さんは多分自信があったのでしょう。キスさえすれば慰謝料ゲットと思っていたのに見事に空振り。怒り狂った会長さんが緋色の衣に着替えて教頭先生に読経したのは至極当然の結果だと思いますです…。

翌日も『眠れる森のハーレイ』は朝から大人気。クチコミで噂が広まったらしく、シャングリラ号で見掛けた人やらマザー農場の職員さんまでが来ています。自信満々なエロドクターも来てキスをしたのに教頭先生は一向に起きず、刻一刻と迫る閉場時間。
「……つまらない……」
会長さんがポツリと零した言葉に総毛立ったのは私たち。このまま教頭先生が目覚めなかったら、会長さんはどうする気でしょう? 会長さんのキスで一発で起きてくれればいいんですけど、昨日みたいに空振りしたら巻き込まれそうな気がします。一人で何度もキスをするとは思えませんし…。
「やばいよ、誰か起こしてくれないと…」
ジョミー君も同じ考えに至ったらしく、私たちは祈るような気持ちで最後の入場客となったエロドクターに熱いエールを送ったのですが。
「…私にヘタレ診断を突き付けるとはいい度胸です。童貞のくせに生意気な…!」
そのまま一生ヘタレていなさい、と教頭先生に罵声を浴びせてエロドクターは帰ってゆきました。教頭先生は何千回とキスされたのに、ついに目覚めなかったのです。これで閉場ということは、今、誓約書に記入している会長さんのキスで起きなかったら…。
「…面白そうなことをやってるじゃないか」
フワリと翻った紫のマントがこれほど頼もしく思えたことは今までにありませんでした。
「キスでハーレイを起こすんだって? …どれどれ」
ぼくもサインを、と誓約書を一枚手に取るソルジャー。その隣にはキャプテンまでがくっついていて。
「ハーレイ、お前も書くんだよ。これも人助けというヤツだ。そこの子たちが困っているから人数は多い方がいい。……ブルー、まさか嫌とは言わないだろうね?」
「言わないけどさ…。そりゃ、ジョミーたちを巻き込むよりかはマシなんだけどさ、もしもハーレイが君たちのキスで目覚めた場合はどうなるんだい?」
「ん? 決まってるだろう、結婚じゃなくて慰謝料だよ! ぼくもハーレイも結婚してる身だ、三人目は…ちょっと。じゃ、そういうことで」
ニッコリ笑って教頭先生にキスを贈ったソルジャーでしたが、貰ったものは慰謝料ではなくて会葬御礼。
「どうしてさ!? ちゃんと思念で呼び掛けたんだよ、君のふりをして!」
「………。途中から覗き見してたんだろう? 小細工は一切していないんだよ、ぼくだからって反応するわけじゃない。ハーレイの反応は誰にも読めない」
「なんだって!? じゃあ、無理矢理に叩き起こす!」
意地でも起こして慰謝料ゲットだ、と喚き散らしているソルジャーを他所にキャプテンが「これも仕事」とばかりに教頭先生にキスをしています。これはこれで珍しい図だ、と頭の何処かでボンヤリと考えながら眺めていると…。
「「「わわっ!?」」」
教頭先生の瞳がパッチリと開き、愕然とした表情で。
「……ブルーでは……ない……の…か……?」
「…ど、どうすればいいのです、ブルー! け、結婚ということですか!?」
あなたとは離婚になるのですか、と叫ぶキャプテンの方もパニックでした。キャプテンもきっと話を最後まで聞かなかったに違いありません。教頭先生から慰謝料を貰いさえすれば結婚しなくて済むのですけど、それを知らずに誓約書にサインしたようで…。
「ブルー、なんとかして下さい! 私はあなたと離婚する気は…!」
「一体どうなっているのだ、ブルー! 世界が違うと慰謝料の話は無効なのか? 私は結婚するしかないのか、どうなんだ、ブルー!」
大パニックで結婚の危機から逃れようとするキャプテンと教頭先生と。二人をポカンと見ていた会長さんとソルジャーの瞳が悪戯っぽく輝いたのは暫く経ってからでした。
「…困ったなぁ…。ぼくと離婚してまで結婚かぁ…。でもまあ、それも刺激的かもね、略奪されたら取り返そうって気になるし」
「そうか、あのヘタレが略奪婚ねえ…。たまには応援してみようかな、ぼくから意識が逸れるかも」
それも良きかな、と手を握り合ったソルジャーと会長さんは勘違いから生まれつつあるカップルを応援するようです。パニック状態の二人が冷静になるのが先か、結婚話が思い切り暴走するのが先か。教頭先生とキャプテンのキスから生まれた勘違いカップル、褐色の肌の二人に乾杯!



                眠れる森の男・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 本編の連載開始から5周年記念で月2更新と予告したくせに、専用掲示板から突然
 お引っ越しになってしまって申し訳ございませんでした。
 来月は 「第3月曜」 更新ですと、今回の更新から1ヵ月以上経ってしまいます。
 ですから5月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして、月2更新の予定です。
 次回は 「第1月曜」 5月6日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、『シャングリラ学園生徒会室』 もお気軽にお越し下さいませ。
 新コンテンツ、『ウィリアム君のお部屋』 では公式絵の船長と遊べますv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、今月は…。ソルジャー夫妻と「ぶるぅ」もセットでお花見です。
←『シャングリラ学園生徒会室』は、こちらからv

 『ウィリアム君のお部屋』 も、上記から。生徒会室の中にリンクがあります。
 船長に餌(ラム酒)をあげたり、撫でたり出来るゲームです。5分間隔で遊べます。
 元のゲームのプログラムをしっかり改造済み。ご訪問が無い日もポイントは下がりません。
 のんびり遊んでやって下さい、キャプテンたるもの、辛抱強くてなんぼです。

 サーチ登録してない強みで公式絵を使用しております。通報は御勘弁願います。
 1時間刻みで変わる絵柄が24枚、お世話の内容に対応した絵もございます。
 「外に出す」と5分で戻ってきますが、空き部屋を覗くとほんのりハレブル風味だとか…。


※生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
 1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv










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