シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
シャングリラ学園、今日も平和に事も無し。会長さんが大活躍した一学期の中間試験の結果発表が終礼の時にあり、1年A組はぶっちぎりで学年一位でした。会長さんは出席していなかったため、私たち七人グループはクラスメイトに御礼の言葉を託されて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日は抹茶のムースケーキにしてみたよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。
「新茶が美味しい季節だもんね! もうすぐ梅雨になっちゃうけれど」
「あー、そっか…」
雨の季節か、とジョミー君は憂鬱そう。サッカー少年だけにグラウンドが使えなくなる梅雨は好みじゃないのでしょう。私たちだって登下校で雨に濡れるのは好きじゃありません。瞬間移動で登校してくる会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」には関係の無いことですが。
「おっと、話がズレる前に伝言だ」
キース君が流れを遮って。
「クラスの連中が礼を言っていたぞ。ブルー、あんたとぶるぅにだ。1年A組は今回も無事に学年一位だ」
「当然だろうね。でなきゃ出てった意味が無い」
そのために試験を受けたんだから、と会長さんは答えたものの、すぐに大きな溜息が。
「定期試験ってヤツはいいよね、いつも範囲が決まってる。ヤマをかけてもそこそこ行けるし、年々難しくなるってわけでもないし…。でもねえ…」
「なんだ、試験制度が変わりそうなのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「ううん、シャングリラ学園に関しては大丈夫。そりゃあ長年の間に少しずつは変わって来てるけど……生徒が対応できないほどに急な変化は遂げないさ」
「他所の学校のことですか? そんなニュースがありましたっけ?」
知りませんよ、とシロエ君が首を傾げると…。
「他の学校には違いないねえ、ちょっと毛色が変わってるけど。…キース、君なら聞いているんじゃないかな? 養成道場の入試内容が変わったらしい」
「ああ、アレか…。筆記試験が中心だったのが如法衣脱着と日常勤行も厳しく採点するとか何とか」
「「「は?」」」
なんのことやらサッパリです。何処の学校の入試でしょう? ん? 道場と言ってたような…?
「分からない? 養成道場は研修を受けてお坊さんを目指す人の専門学校みたいなものさ」
会長さんの説明にジョミー君がサーッと青ざめて。
「そ、それって鉄拳道場のこと? 一年間で全部習えるけど、殴る蹴るは指導員の愛でプライバシーは一切無いって…」
「そうだよ、ジョミー。なにしろ特別な道場だからね、もちろん入試も必要だ。ここがハードルを上げて来たとなると、キースの大学の僧侶専門コースの方も似たような道を辿るかも…」
ねえ? と話を振られたキース君は。
「有り得るな。今は面接と筆記試験だけだが、如法衣脱着の追加は充分考えられる」
「にょほうい…って?」
法衣は何度も着せられてるよ、とジョミー君が返しましたが、そこで会長さんが再び溜息。
「じゃあ、袈裟被着偈を唱えてみたまえ」
「えっ?」
「けさひちゃくげ。如法衣というのは袈裟のことだ。袈裟を着たり脱いだりする時に必須の偈文」
「そ、そんなのがあったわけ!?」
初耳だよ、と叫ぶジョミー君の隣でサム君が情けなさそうに首を振っています。
「普段から小声で唱えてるんだぜ、俺もキースも。今まで気付かなかったのかよ…」
「そうだぞ、俺も何度も教えた筈だが? 覚えていないか、出だしはこうだ。だいさいげだっぷく」
「し、知らない…」
聞いたことも無い、とポカンとしているジョミー君。お経を覚えられないことは知っていましたが、法衣を着るのに必須の言葉も全く覚えていませんでしたか…。
大哉解脱服、無相福田衣、被奉如戒行、広渡諸衆生。
会長さんがサラサラと紙に書き付けたのが袈裟被着偈というヤツでした。
「いいかい、読むよ? だいさいげだっぷく、むそうふくでんね、ひぶにょかいぎょう、こうどしょしゅじょう。…最低限、これは覚えて欲しいんだけど」
「む、無理だよ、そんなの! お経と変わらないじゃない!」
絶対無理、とジョミー君が喚き、会長さんはキース君と顔を見合わせて。
「これはダメかも…。面接と筆記試験だけの間に押し込んだ方がいいかもしれない」
「そうだな、今ならまだ間に合うしな」
「ちょ、ちょっと! なんでいきなり!」
お坊さんなんて、とジョミー君は顔面蒼白。キース君の母校の大学にも一年コースが出来るのですけど、今はまだ二年コースだけ。押し込まれてしまえば二年間はガッツリ全寮制の生活です。
「や、やめてよ、せめて一年コースが出来てから!」
「分かってないねえ、そこの入試が難しくなるかもしれないよ? 今なら余程のヘマをしない限り、もれなく入学出来るんだからさ。…開祖様のお名前を書き間違えたらアウトだけども」
そこさえ押さえれば大丈夫、と会長さんは太鼓判を押しました。開祖様の名前は大切なんてレベルではなく、他の部分が文句無しの出来であっても、それを間違えれば不合格になるらしいです。他の人には許されている再試験という救済策も通用しなくて、「また来年」と放り出されるのだとか。
「君の場合は今でさえも充分に危ないんだよ、開祖様のお名前があるからね。これ以上ハードルが上がらない内に覚悟を決めて入学したまえ」
「い、嫌だってば! みんなも笑って見ていないでよ! 誰か助けてー!」
ピンチなんだよ、と泣きそうな顔のジョミー君は素敵な見世物で、誰も助けはしませんでした。会長さんはキース君に来年度の願書の取り寄せ方を尋ねています。面接には師僧も一緒に行くそうですから、会長さんがついて行くのでしょう。ジョミー君もいよいよ本格的に仏門入りか、と感慨深く眺めていると…。
「こんにちは」
不意に空間がユラリと揺れて、紫のマントが翻りました。
「誰か助けてって叫んでるから来てみたよ。助けになればいいんだろう?」
「どうして君がやって来るのさ! 関係無いだろ、君は坊主と無関係だし!」
さっさと帰れ、と会長さんが怒鳴りつければ、ソルジャーは。
「お坊さんとは関係無いけど、ハードルが上がる件については助け舟が出せるかなぁ…と。ブルー、人にばっかり無理強いしてないで君も努力をするべきだよ」
「は? …なんでぼくが?」
「いつかハーレイと結婚するかもしれないだろう? ぼくが思うにハーレイの頭の中では妄想が膨らむ一方かと…。結婚したらアレもやりたい、コレもやりたいとね。だけどハーレイは君しか相手にしたくないらしいし…。ということは、君の努力が必要なんだよ」
頑張りたまえ、と片目を瞑ってみせるソルジャー。
「男同士は元々ハードルが高い。そのハードルが年々更に高くなるんだ、痛い思いをしたくなければ相応の努力をしておかないと」
「却下! 誰がハーレイと結婚なんか!」
「…だったらジョミーに無茶を言うのもやめたまえ。本人が覚悟を決めない限りは何事もモノになりやしないよ。結婚生活も修行も同じさ」
「………。同じレベルで語ってほしくないんだけれど……」
修行の最中は禁欲が鉄則、とブツブツ文句を口にしながらも会長さんは少し考えを改めたようで。
「分かった、ジョミーに無理強いはしない。…ただし覚悟はしておいて貰う。逃げ回る年月が長くなるほど、入試のハードルが上がりそうだとね」
「ふふ、助けに来た甲斐があったかな? 良かったね、ジョミー」
微笑むソルジャーにジョミー君が土下座で御礼を繰り返しています。ソルジャーもたまには役に立つのか、と笑い合いながら始まるティータイム。抹茶のムースケーキは味も香りも絶品です~!
そんな騒ぎがあってから間もない金曜日の朝、普段通りに登校してゆくと校門の前にジョミー君たちが。輪になって何か見ているようです。えーっと…?
「あ、おはよう!」
ジョミー君に声を掛けられ、「これ」と指差されたその足元には一匹の猫。子猫ではなく大人の白猫、青い瞳が綺麗ですけど、ジョミー君って猫を飼ってましたっけ?
「ぼくの猫じゃないよ、迷い猫だよ。バス停にいたから声をかけたらついて来ちゃったんだ」
「そうらしい。帰れと言っても帰らなくてな」
校内にペットは持ち込めないのに、とキース君が困っています。人懐っこい猫で歩くとついて来てしまうらしく、どうしたものかと思案中だとか。教室に猫を連れて行ったらグレイブ先生、怒りますよねえ…。
「いっそ蹴飛ばしたら離れていくかもしれないが…」
そうした方がいいのだろうか、とキース君が言い、サム君が。
「可哀想だけど、それしかねえよなあ…。守衛さんには預かれないって言われたもんなあ」
でも誰が、と押し付け合う間にも猫はみんなの足にスリスリと身体を擦り付けて懐いています。蹴飛ばすなんて出来るわけもなく、そこへキンコーンと予鈴の音が。これはもう猫と一緒にサボるしかない、と私たちが覚悟を決めた所へ。
「かみお~ん♪」
「おはよう。猫を拾っちゃったんだって?」
校門から歩いて出て来たのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんでした。
「ぼくとぶるぅで預かっておくよ。君たちは授業に行くんだろう?」
「え、でも…。ペットは学校に持ち込み禁止って…」
ダメなんじゃあ、と心配そうなジョミー君に、会長さんは。
「ぶるぅの部屋なら問題ないさ。可愛い猫だね、ぼくとおいでよ」
ヒョイと猫を抱き上げて校門を入ってゆく会長さんに守衛さんは何も言いません。そうえば守衛さんもサイオンを持った仲間だっけ、と納得しつつ、私たちはダッシュで教室へと。出席義務の無い特別生といえども、登校する以上は遅刻したくはないですからね。
放課後になって「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんが猫と遊んでいました。とっくの昔に飼い主を見付けて引き渡したと思っていたのに…。私たちの視線を一身に集めた会長さんは。
「難しいんだよ、動物ってヤツは。…人間ほど記憶がハッキリしないし、意思の疎通も上手くいかない。とりあえずバス停に張り紙かなぁ、と思うんだけど」
どんなデザインが目を引くだろう、と尋ねる間にも会長さんは猫に懐かれています。頬をペロペロと舐められ、「くすぐったいよ」とクスクス笑って首を竦めて…。と、フワリと部屋の空気が揺らいで。
「バター猫とは斬新だねえ…」
妙な台詞を口にしながら現れたのはソルジャーでした。
「年々ハードルが高くなるから努力しろとは言ったけどさ。犬の代わりに猫なのかい?」
「「「は?」」」
首を傾げる私たちの横で会長さんが柳眉を吊り上げて。
「関係無いっ! これは迷ってきただけの猫!」
「…なんだ、つまらない…。犬はイマイチ好みじゃないから猫に走ったのかと思ったのに」
「そういう趣味は無いってば!」
会長さんとソルジャーの会話が意味する所はサッパリでした。猫だの犬だのって何でしょう? キース君にも分からないようで、私たちにはお手上げです。そこでソルジャーがニヤリと笑うと。
「あ、知らない? バター犬っていうのがあってね、こう、身体にバターを塗り付けて…」
「ストーップ!!」
会長さんが拳でダンッ! とテーブルを叩き、猫がビックリしています。会長さんは「よしよし」と猫の頭を撫でると、膝に乗せてソファに座り直して。
「バター犬について語るつもりはないけどね…。バター猫なら語ってもいい。バター猫のパラドックスというのがあるんだよ。ブルーは知らないみたいだけれど」
「「「バター猫のパラドックス?」」」
それは初めて聞く言葉。ソルジャーも知らないらしいです。会長さんは楽しそうに微笑んで。
「ある高さから猫を落とすと足から先に着地するよね? それと同じでバターを塗ったトーストを落とすとバターが塗られた面が下になるらしい。…じゃあ、猫の背中にバターを塗ったトーストを……バターの面を上にして括り付けてから落としたら? どっちが先に着地するわけ?」
「「「えぇっ?」」」
猫の足が先か、バターが先か。どう考えても猫の足だろうと思いましたが、果たして本当にそうなのでしょうか? バターを塗られたトーストではないと言い切れるだけの根拠は何処にも無いような…。
「ね、面白い話だろう? 猫は浮いたままになるとか、反重力が生まれることになるとか、色々な説があるんだよ。論文を書いちゃった人までいたりする。…猫の方が遙かに高尚なわけさ、バターって単語が絡むとね」
「へえ…。それは有名な話なのかい?」
興味津々なのはソルジャー。会長さんは論より証拠とネットで結果を検索して見せ、私たちにも見せてくれました。各国語で解説されてますから知る人ぞ知る説なのでしょう。バタートーストを背中に括り付けられた猫のイラストもついています。
「かみお~ん♪ なんだか面白そうだね! でも…実験するのは可哀想だよね」
トーストはいつでも焼けるんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が猫の背中を撫で、ソルジャーが。
「どっちかと言えば、その猫をハーレイに差し入れた方が面白いことになるんじゃないかな? ブルー御用達のバター猫です、って」
「「「???」」」
なんのこっちゃ、と首を捻った私たちですが、会長さんは。
「…一瞬、猛烈に腹が立ったけど、それもいいかもしれないねえ…。ハーレイのことだから、バター猫のパラドックスを知っていたって、バター猫だと渡されちゃったら勘違いしてくれそうだ。その話、乗った! ぼくが自分で差し入れるのは嫌だけど」
「だったら、ぼくに任せてよ。今日は金曜だし、ハーレイも明日は休みだよね? もう絶好の差し入れ日和だと思うんだ」
おいで、とソルジャーが差し出した手に猫はスリスリしています。ソルジャーは猫を抱き上げ、頬ずりをして。
「ハーレイが家に帰った所で差し入れするのがベストだろうね。まだ早すぎるし、ぼくも飼い主探しを手伝うよ。張り紙もいいけど、もうちょっと…」
猫の記憶も探って探れないことはない、と頑張ったソルジャーのお蔭で猫が車に乗って来たことが分かりました。ということは御近所の人が飼っている猫では無さそうです。張り紙の効果があるのかどうか自信が無くなってきましたけれど、とりあえずバス停と校門の前と、その周辺に貼っておきますかねえ…。
猫の写真を載せて特徴を書いた張り紙をベタベタと貼って回った私たち。連絡先はシャングリラ学園の休日も繋がる番号です。係の職員さんには猫の話をしておきましたが、教頭先生には内緒の秘密。私たちは猫を連れ、ソルジャーも一緒に瞬間移動で会長さんの家にお邪魔して…。
「えとえと…。生のお魚はあげてもいいんだよね?」
お料理したのがダメなんだよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿に入れた舌平目の切り身を猫が美味しそうに食べています。学校にいる間はキャットフードと猫缶でしたし、新鮮な味がするのでしょう。私たちの夕食は舌平目の白ワイン蒸しでした。もちろん他にもスープにお肉と盛りだくさん。
「さてと…。もう少ししたら出掛けようかな、ハーレイも食事をするようだ」
教頭先生の様子を窺っていたらしいソルジャーがニッコリ笑って。
「もちろん君たちも一緒に来るよね、見物しなくちゃ一生の損! ハーレイの一世一代の勘違いだよ?」
え。私たちもついて行くんですって? ここで中継を見るんじゃなくて? 会長さんの意見の方は…、と顔を窺えば笑みを湛えて頷いています。ということは、お出掛けですか…。そんなに凄い見世物なのでしょうか、バター猫って?
「まあね」
誰の思考が零れていたのか、会長さんがクスクス笑いを堪えながら。
「正直、ハーレイが何処までやるかは分からない。場合によっては女の子向けにモザイク必須なこともあるかも…。そういうものだよ、バター猫はね」
「あんた、パラドックスとか言わなかったか!?」
キース君がすかさず噛み付き、会長さんは。
「その前にブルーが言ってた筈だよ、犬の話を。…身体にバターを塗るとかなんとか」
「「「………」」」
「バター犬っていうのがあってね、そっちが身体にバターを塗る方。…猫はトーストでパラドックスだ。だけどハーレイが勘違いすれば猫だって犬と混同されるし、その時は立派な見世物だよね」
お楽しみに、と赤い瞳を煌めかせている会長さんは完全に悪戯モードでした。きわどいネタで教頭先生をからかう時の瞳です。ソルジャーの方は言わずもがなで、私たちは猫を拾ったばかりに大惨事に巻き込まれようとしている模様。バター犬だかバター猫だか知りませんけど、とんでもないことになりそうな気が…。
猫を抱いたソルジャーと、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒にシールドに入って姿を消した私たちとが瞬間移動で教頭先生の家に押し掛けたのは一時間ほど後のこと。夕食を終えた教頭先生はリビングのソファで新聞を読みながら寛いで座っておられましたが。
「こんばんは、ハーレイ」
「…!?」
ソルジャーの服は会長さんの私服ですけど、それでも絶対に見間違えないのが教頭先生。新聞を置いてサッと立ち上がり、「こんばんは」と挨拶をして。
「どうなさいました、こんな時間に?」
「…ん、ちょっと……。君にお届け物があってさ」
これ、とソルジャーが猫を軽く揺すり、ニャーと可愛い鳴き声が…。
「猫…ですか?」
「うん。一晩君に貸そうかなぁ…って。実はね、これはブルーの猫で」
「ブルーの?」
「そう。ブルーが仕込んだ猫なんだけど、今夜はブルーが留守なんだ。それでさ、猫も寂しいだろうと…。君さえ良ければ一晩世話してみないかい?」
嘘八百を並べるソルジャーに教頭先生は頬を赤らめ、猫を眺めて。
「ブルーが猫を飼っていたとは知りませんでした。ですが…本当によろしいのですか? ブルーに知れたら大変なことになりそうな気がするのですが…」
「そうでもないよ? 多分…だけどね。君との結婚に備えて努力しておけ、って助言しといたら飼った猫だし、問題無いんじゃないかと思う」
「は? それはどういう…」
「結婚生活に向けての第一段階! まずはここから、ってことで挑戦したのがバター猫だった」
「……ば、バター猫……」
ツツーッと教頭先生の鼻から赤い筋が垂れ、プッと吹き出す会長さん。バター猫は予想に違わず万年十八歳未満お断りには無縁の世界の産物だったみたいです。耳にしただけで鼻血が出るとは…。ソルジャーは教頭先生が鼻にティッシュを詰める姿に「大丈夫かい?」と声を掛けて。
「その様子だと預かってもらうのは難しいかな? 普通に飼い猫として面倒を見てくれるだけでもいいんだけれど…。バター猫として使わなくっても」
「い、いえ…! ぜひ本来の姿を見たいと…! ブルーが飼っているバター猫なら!」
拳を握り締めた教頭先生に、会長さんがチッと舌打ちをして。
『…スケベ』
「………? 何か仰いましたか?」
キョロキョロしている教頭先生はシールドの中の私たちには気付いていません。代わりにソルジャーが「何も」と答え、教頭先生に猫を渡して艶やかな笑みを。
「それじゃ、一晩お願いするよ。あ、この子の名前は好きなようにどうぞ。…ブルーは特に名付けていないし、ブルーと呼ぶのも一興かもね。ねえ、ブルー?」
呼び掛けられた猫がニャアと嬉しそうに鳴き、教頭先生はボンッ! と一気に耳まで真っ赤に。
「そ、そうか…。お前の名前はブルーと言うのか…」
「ニャア?」
「ああ、ブルー…。今夜は私のベッドで寝ような、いつもブルーと寝ているのだろう?」
「ミャア~…」
すりすりすり。猫に頭を擦り寄せられた教頭先生は既にソルジャーが視界に入っていませんでした。バター猫の効果、恐るべし。
「ハーレイ? ぼくはこれで失礼するよ」
「…あっ、す、すみません! お、おかまいもしませんで…」
「気にしないでもいいってば。いい夜をね。…おやすみ、ハーレイ」
瞬間移動したと見せかけてソルジャーもフッとシールドの中に。猫と教頭先生の夜はまだ始まったばかりだというのに、なんだかとってもヤバそうな気配が…。
ソルジャーを見送った教頭先生が向かった先はバスルーム。その前に猫にミルクをやるべきかどうか思案した末に。
「…いや、ここでミルクをやってはいかんな。やはり空腹にしておかないと」
そう言ってバスルームに消えた教頭先生に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が怒っています。
「酷いや、ハーレイ! お腹いっぱい食べさせてあげなきゃ!」
「うーん…。ぶるぅには難しすぎるかな? お腹いっぱいだとダメになっちゃうのさ、バター猫は」
ソルジャーの説明は私たちにも意味不明。どうして食べさせてはいけないのだ、と問い詰めましたが、「今に分かるよ」と笑われただけ。やがて教頭先生がバスローブを纏って出てきて、冷蔵庫から取り出したものはバターのケースで。
「行くぞ、ブルー。ベッドは二階だ」
「ニャ~オ」
すりすりすり。猫は教頭先生の足に身体を擦り付けながら二階へ上がってゆきました。私たちも追い掛けて教頭先生の寝室へ。会長さんの写真があちこちに飾られた中で一番目立つのはベッドの上の抱き枕です。会長さんの写真がプリントされたそれを教頭先生はギュッと抱き締め、キスをしてから。
「…さて、ブルーと有難く過ごさせて貰うか…。しかし…」
教頭先生はベッドに座ってバターのケースを開け、じっと見詰めて。
「バター猫など考えたこともなかったな…。ブルーが愛用しているバター猫というのは嬉しいのだが、やはり王道はあそこだろうか? しかし、ブルーにいきなり求めては嫌われそうな気もするし…。いや、猫のブルーは気にしないのだから、この際、思い切って頼むというのも…」
「「「???」」」
教頭先生の言っていることは全く分かりませんでした。どういう意味だ、と悩む私たちの隣では会長さんがギリギリと奥歯を噛み締めています。
「よ、よくも王道だの、いきなりだのと…。なんだってぼくが!」
「だから前にも言っただろう? 年々ハードルが高くなるよ、って。早い間に結婚しとけばいいのにさ」
そうしたまえ、とソルジャーに肩を叩かれた会長さんは。
「却下だってば!」
結婚なんかするもんか、と会長さんが怒っているとも知らない教頭先生、ベッドに上って来た猫の喉を指先で優しく撫でて。
「ブルー、お前は何処から舐めたい? 普段ブルーとどういう時間を過ごしているのか知らないのだが、初めてなら無難なのは胸なのだろうか?」
「ミャア!」
「そうか、頑張ってくれるのか。そう言われると悪い気はせんな。王道で行ってみるのが良さそうだ。…ブルー、お前ならさぞ巧いのだろう。…よろしく頼む」
なにしろ私は初めてなのだ、と恥ずかしそうに教頭先生の無骨な指がバターへと伸び、左手でバスローブの紐を解いて前を開け…。そこでモザイクがかかりました。ま、まさかバターを塗るというのは…!
「そのまさかさ」
ウッと息を飲む私たちの目の前で教頭先生はバターを塗り塗り。右手だけでは足りなかったらしく、左手までがバターを掬っています。たっぷりと塗り付け終わると、徐に猫を手招きして。
「…さあ、ブルー…。お前の番だ…」
「ミャア~オ…」
ペロペロペロ。差し出された教頭先生の指先についたバターを小さな舌が舐め始めた時。
「舐めちゃダメーっ!!!」
「「「!!!」」」
シールドの中から飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が猫を抱き締め、教頭先生を睨み付けて。
「バターはお塩が多すぎるんだよ! ミルクでいいのに、酷いよ、ハーレイ!」
「…ぶ…、ぶるぅ…? ど、どうしてお前が…」
腰を抜かさんばかりの教頭先生の目の前でシールドが解かれ、ソルジャーに会長さんに私たちに…と勢揃いしたギャラリーの面子。教頭先生がパニックに陥りながらもバスローブの前をかき合せたのは至極当然の結果でしょう。バターまみれの大事な場所なんて、見せびらかすモノじゃありませんってば…。
「…まったくハーレイには呆れ果てるよ。バター猫のパラドックスを知らないどころか、猫にバターを食べさせるべきじゃないってことまで知らないとはねえ…。おまけにぼくがバター猫を飼って仕込んでるって? ハーレイとの結婚に備えて努力中だなんて、思い上がりにも程があるさ」
それなりに面白かったけど、と会長さんがクスクス笑っているのは土曜日の午後。私たちとソルジャーは昨夜は会長さんの家に泊めて貰って散々笑い転げたのでした。バター犬だの猫だのは今一つ分からないままですけれど、教頭先生が大人の時間に関わりのある勘違いをしたのは確かです。
「バター猫はぼくも最初に勘違いをしたし、猫の餌にも疎いけどさ…。あそこまで真面目に実行されると気分爽快ってヤツだよね。ハーレイが猫を飼わないことを祈っているよ」
心の底から、と言うソルジャーに会長さんが。
「その目的で飼うなら犬だろ?」
「ううん、最初の出会いが猫だったんだよ? 今更、犬には走れないと思う。飼うなら猫でそれも白いの、青い瞳で名前はブルーってね」
「大却下!!」
飼おうとしたら猫を保護する、と絶叫している会長さん。バター猫とやらが存在するのが許せないのか、ブルーという名前がダメなのか。それとも猫の身体に良くないというバターを舐めさせる行為が動物愛護の観点からしてアウトになるのか、どれが却下の理由でしょう?
「さあねえ、やっぱり名前がアウトじゃないのかな?」
何と言ってもブルーだから、とソルジャーが可笑しそうに笑っています。
「あの時のハーレイの大胆な台詞は凄かっただろう? お前ならさぞ巧いのだろうとか、お前の番だとか…。本物のブルーに向かって言いたい台詞が大爆発って所かな。…ブルーは巧いとか下手とか以前に一度も経験無しなのにねえ?」
ぼくは巧いよ、と自慢したソルジャーに会長さんがサイオンを使って投げ付けたのは未開封のバターの箱でした。
「巧いなら全部舐めたまえ! 舐め終わるまでは三時のおやつも夕食も無しだ!」
「ちょ、ちょっと…! ぼくは料理もしてないバターは…」
「それくらいの量なら楽勝だろ? 君のハーレイだと思うんだね。サイズ的にはバターの方が絶対、小さい!」
「ぼくはハーレイを食べ尽くしたりはしないってば!」
食べたいだけで、と騒ぐソルジャーが三時のおやつにありつけるのは何時になるのか分かりません。私たちは揃って囃し立て、リビングに無責任なエールが響き渡りました。
「「「バ・タ・ア! バ・タ・ア!!」」」
美味しいおやつには目が無いソルジャー、おやつのためならバターくらいは舐め尽くしそうな気もします。えっ、あの猫はどうなったかって? 張り紙を見た飼い主さんから電話があって無事に引き渡されました。マザー農場で飼われている猫で、食材納入のトラックに迷い込んじゃったらしいです。
「「「バ・タ・ア! バ・タ・ア!!!」」」
「うう…。いつかブルーをバター猫にしてみせるからね、それもハーレイ専属の!」
このバターに懸けて実現させてみせる、と呪いの言葉を吐いたソルジャーがギブアップしたのは半分も舐めない内でした。せめて砂糖が入っていれば…、と白旗を掲げる姿に誰もが爆笑。それから暫くバター・ソルジャーと呼ばれてましたが、これは名誉の称号なのか、不名誉なのか、どっちでしょうねえ?
可愛い拾い物・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
今回、ちょっときわどいネタでしたけれど、「バター猫のパラドックス」なるモノは
本当に存在いたします。気になる方は検索なさって下さいね。
シャングリラ学園番外編は今月も月2更新です。
次回は 「第3月曜」 5月20日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 もお気軽にお越し下さいませ。
新コンテンツ、 『ウィリアム君のお部屋』 では公式絵の船長と遊べますv
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、今月は…。お花見の旅に向かったソルジャー夫妻のその後は如何に?←『シャングリラ学園生徒会室』は、こちらからv
『ウィリアム君のお部屋』 も、上記から。生徒会室の中にリンクがあります。
船長に餌(ラム酒)をあげたり、撫でたり出来るゲームです。5分間隔で遊べます。
元のゲームのプログラムをしっかり改造済み。ご訪問が無い日もポイントは下がりません。
のんびり遊んでやって下さい、キャプテンたるもの、辛抱強くてなんぼです。
サーチ登録してない強みで公式絵を使用しております。通報は御勘弁願います。
1時間刻みで変わる絵柄が24枚、お世話の内容に対応した絵もございます。
「外に出す」と5分で戻ってきますが、空き部屋を覗くとほんのりハレブル風味だとか…。
生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv