忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

情熱の木の実

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






今年のお花見は例年以上に賑やかなことになりました。春が来るのが遅かったため、桜の見頃がソルジャーの世界とズレたのです。ソルジャーは桜の花が大好きとあって、私たちの世界でもお花見するのだと言い出して…。
「凄かったねえ、アルテメシア公園の夜桜! ぼくの世界じゃ、あそこまで派手に出来ないし…」
桜の木だって一本しか無いし、と私服のソルジャーが御機嫌で喋っているのは会長さんの家のリビング。ソルジャーの隣には同じく私服のキャプテンが腰掛け、ゆったりとお茶を啜っています。今日は土曜で学校はお休み、私たちはソルジャーたちと一緒にお花見に繰り出したのでした。
「こっちの桜は見ごたえがあるよ、公園どころか山ごとまるっと桜だとかさ。桜のお菓子も沢山食べたし、もう最高に幸せで…」
「ブルー、タコ焼きは要らないのですか?」
キャプテンが指差す先には夜店で買ってきたタコ焼きが。ソルジャーはもちろん「食べる!」と答え、キャプテンが早速、つまようじで一個プスリと刺して。
「どうぞ」
「…ん……。桜もいいけど、タコ焼きもいいね」
幸せそうに頬張るソルジャーに、キャプテンが二つ目のタコ焼きを差し出し、ソルジャーからもお返しが。ああ、またしても始まりましたよ、バカップル…。会長さんがそれを横目で見ながら。
「ふふ、ハーレイには目の毒かな? ぼくは絶対してあげないしね」
「う、うむ…。お幸せならばそれでいいのだが、やはり見ていて物悲しいな…」
ガックリと項垂れているのは言わずと知れた教頭先生。昼間のお花見は「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製のお弁当を持ってのお出掛けでしたから、荷物運び要員として招集されてしまわれたのです。会長さんとのお花見とあって二つ返事でついて来られたわけですけれど、そこには余計なバカップルまで。
「はい、あ~ん♪」
「お好み焼きもありますよ、ブルー」
仲睦まじく食べさせ合いをしている二人は「ぶるぅ」すらも放置でした。もっとも「ぶるぅ」は食べ物さえあれば満足ですから、夜店で買ったフランクフルトやら串カツやらをガツガツと。同じ姿形の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は冷めかけたヤツをお皿に移してレンジで温めたり、お茶を淹れたり…。
「かみお~ん♪ お花見、楽しかったね! 来年もみんなで行きたいな♪」
「そうだね、ハーレイが黄昏れるのを見るのも楽しいし…。ブルーたちはホントに仲がいいから」
結婚するまでは波乱万丈だったのに、と会長さんが笑えば、ソルジャーがクスッと笑みを零して。
「もうハーレイはぼくだけのものだし、ぼくもハーレイだけのもの! わざわざ愛情を確かめなくてもバッチリ絆があるんだからさ、これ以上、何を求めると? せいぜい夜のバリエーションかな」
「その先、禁止!」
余計なことを口にするな、と予防線を張った会長さんに、ソルジャーは。
「分かってるってば。ぼくのハーレイもシャイだからねえ、ハーレイの前でその手の話をする気は無いさ。…だけど結婚っていうのはいいよ? 君もハーレイと結婚すれば満たされた生活が出来ると思うな」
「なんでぼくが! 大体、思い込みだけで突っ走るような妄想男に愛情なんかがあるわけないだろ!」
ハーレイが夢見ているのは理想の結婚生活のみ、と会長さん。
「ぼくに色々と世話してもらって、おまけに身体も欲しいというのがハーレイなんだよ。結婚したら家事全般をぼくにやらせて、自分はゴロゴロしてるだけ…ってね」
「それは違う!」
教頭先生が血相を変えて割って入りましたが、会長さんは。
「何処が違うのさ、そのとおりだろ? 君の夢って、家に帰ったらぼくがエプロン姿で迎えて食事かお風呂かって訊くヤツじゃないか。ぼくは毎日、君が中心の生活を送る羽目になるわけ」
「そ、それは…。それは私の勝手な夢で、お前がそれを嫌がるのならば、家事は私が全部やる!」
一つ屋根の下で暮らせるだけで充分なのだ、と教頭先生は頬を赤らめておられます。
「お前が嫁に来てくれるのなら、家事が二倍に増えても構わん。もちろん、ぶるぅの面倒も見る。ぶるぅに家事をさせようなどとは思わないから、よく考えて返事をくれれば…」
「どさくさに紛れてプロポーズって? そういう所も気に入らないんだ、ぼくへの愛が感じられないし!」
もっと相手を思いやれ、と会長さんに言い返されてズーンと落ち込む教頭先生。めり込んでいる人がいる状態ではバカップルも調子が出ないらしくて、「あ~ん♪」の代わりにお茶を飲みつつ、何やら二人で話しています。それでも二人の世界ですから、教頭先生にはお気の毒としか…。



教頭先生の方をチラチラ見ながら話し込んでいたバカップル。やがて二人で頷き合うと、私たちの方に向き直りました。口を開いたのはソルジャーです。
「…ハーレイの愛情なんだけどさ。あ、ぼくのハーレイじゃなくて、こっちのだよ? ブルーへの愛があるのかどうか、確かめる方法が無いこともない」
「………。どうせ、いかがわしい方法だろう?」
不機嫌全開な会長さんの問いに、ソルジャーは首を左右に振って。
「ううん、全然。君は結果を確かめるだけで、頑張るのはひたすらハーレイなんだ」
「最悪じゃないか! それに鍛えても無駄だと思うよ、ヘタレは治らないからね。治ったとしても、ぼくは付き合うつもりはないし」
そっち方面の趣味は全く無い、と会長さんがキッパリ言い切り、ソルジャーが深い溜息を。
「…ヌカロクとかじゃないってば。ハーレイが頑張ることになるのは園芸だよ」
「「「演芸?」」」
なんのこっちゃ、と目を丸くする私たち。教頭先生、口説き文句を言う練習でもするのでしょうか? 愛情をこめて愛の言葉を語るにしたって、それを練習していたとなればお芝居の台詞と変わりません。会長さんに笑い飛ばされるか、大根役者と罵られて終わりっぽいですが…。
「無駄だね、芝居っ気たっぷりの愛の告白なんてお笑いだよ」
努力するだけ無理、無茶、無駄、と会長さんが突っぱねましたが、ソルジャーは。
「違う、違う、それはエンゲイ違い! 君のハーレイにオススメなのは同じエンゲイでも農業の方」
「「「は?」」」
「育てるんだよ、ブルーへの愛で」
愛をこめるのが重要なのだ、とソルジャーが突き出した手のひらの上にフワリと青い光が灯って、それが消えると一粒の種が。
「これはね、ぼくがサイオン研究所から持って帰った植物の種。ハーレイに育てさせたんだけども、その後、シャングリラに住んでる恋人たちの間で密かなブームになったわけ」
「「「???」」」
「育てる人のサイオンを吸収するんだ、この植物は。…そして花をつけ、実を結ぶ。どんな実がなるかは愛情次第というだけあって、ついた名前が『情熱の果実の樹』なんだよ」
一大ブームを巻き起こしたという小さな種をソルジャーはテーブルに置きました。
「こっちのハーレイにブルーへの愛があるなら、ちゃんと実がなる筈なんだ。ブルーを想って毎日世話さえしていれば…ね。どう、ハーレイ? 挑戦するなら種をあげるよ」
「…で、ですが…。そのぅ、それはあなたの世界のもので…」
しどろもどろな教頭先生にソルジャーはパチンとウインクして。
「こっちの世界への影響だったら無問題! この木は自家受粉で実を付ける上、日光も必須じゃないからね。そこそこの明るさがある部屋なら充分育つし、その性質上、育てる人の寝室なんかが最適な環境ってヤツなのさ。君の寝室に閉じ込めておけば生態系には影響ないだろ?」
「…は、はあ……」
「どうする、これを育ててみる? それとも結果が怖いかな? 来月には分かってしまうもんねえ…」
これは成長が早いんだ、と指先で種をつつくソルジャー。
「一ヶ月ほどで大きく育って花が咲くんだ。今から植えれば来月の末頃に実がなる勘定。それまでに枯れてしまえば愛情云々以前の話だし、花も実もなければブルーへの愛があるかどうかが怪しいよね」
愛しているのは身体だけかも、と言われた教頭先生は真っ青になり、思い切り腰が引けています。種の栽培に失敗したなら会長さんへの愛情はゼロで、成功したって花や実が無ければ疑われるというわけで…。
「…お、お気持ちは有難いのですが、やはり環境のことを考えますと…。私の寝室も完全に密閉された空間というわけではないですし…。万一、こちらの世界の動植物と接触したら、と…」
やめておいた方が良さそうです、と断った教頭先生の横からスッと出たのは会長さんの白い手でした。
「ふうん…。ハーレイのぼくへの愛が分かるって? 面白いじゃないか、協力しよう。ぼくのサイオンでハーレイの寝室をシールドしておけば生態系への問題は無い。…ぼくのシールドが張られていたって、中で育てる種の方には特に影響しないんだよね?」
会長さんに視線を向けられたソルジャーはコクリと頷いて。
「うん、その点は大丈夫。ぼくのシャングリラは常にぼくのサイオンが張り巡らされた状態だ。そこで色々な姿に育ってくれた種だからねえ、育てる人のサイオンだけに反応するのは間違いないよ」
「了解。…じゃ、そういうことで、今夜から早速育てたまえ」
種を摘み上げた会長さんが教頭先生の褐色の手のひらにそれを押し付け、ニッコリ微笑んでみせました。
「…君の愛情が本物かどうか、これが教えてくれるってさ。枯らすのも良し、最初から植えずに逃げるのも良し。…愛があるなら育てられると思うんだけれど、どうするんだい?」
「…そ、育て方が…。み、水やりなどのやり方が……」
学校の方もありますし、と必死に逃げを打つ教頭先生に向かって、ソルジャーが。
「ああ、その点は心配無用だよ。ぼくのハーレイもキャプテンの仕事で多忙だからねえ、部屋に戻れるのは夜だけくらいなものだったけれど無事に育った。そうだよね、ハーレイ?」
「ええ。…先輩として一つアドバイスするなら、鉢でしょうか。最終的には持ち上げるのも一苦労というほどの木になりますから、大きめの鉢を御用意下さい」
愛さえあれば大丈夫ですよ、とキャプテンに太鼓判を押された教頭先生は完全に退路を断たれました。楽しげに笑う会長さんと、愛と余裕に満ち溢れているソルジャー夫妻と。もはや否とは言えません。お花見転じて園芸家への道、頑張って進んで下さいとしか…。



教頭先生が『情熱の果実の樹』とやらの種を押し付けられて以来、頻繁に顔を見せるようになったのがソルジャー。忙しいから今日はお茶だけ、などと言いつつ放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋を訪れ、週末に会長さんの家にお邪魔していればヒョイと現れ…。
「今の所は愛情は足りているみたいだねえ?」
スクスク育っているじゃないか、とソルジャーがアプリコットのタルトを口に運びながら教頭先生の家の方角を眺めているのは二週間が経った日曜日のこと。
「発芽した時点でブルーへの愛があるのは間違いないんだ。ハーレイも大喜びで世話をしてるし、このままで行けばまず枯れない」
「……迷惑な……」
既に勘違いMAXなんだ、と会長さんは顔を顰めました。
「ぼくへの愛を試されるんだから、ハーレイはもう必死なんだよ。植物は愛情をこめて育てれば綺麗な花が咲くらしい、なんて情報をヒルマンから仕入れてきたから大変で…。毎日せっせと話しかけてる」
「それはそれは。…ぼくのハーレイが育ててた時も同じだったよ、音楽を聴かせたりもしていたねえ」
「…それもやってる。おまけにぼくへの愛が大切だからね、ぼくの写真にキスする回数が激増した上に抱き枕もしっかり抱いてるんだけど!」
思い出しただけで寒気がする、と肩を竦める会長さんに、ソルジャーは。
「君だって乗り気だったじゃないか。面白そうだって言ってたし」
「………失敗すると思ってたんだよ、もっとデリケートな植物なんだと信じてたから」
あんな愛情でも育つだなんて騙された、と会長さんは不快そうですが、ソルジャーの方はニコニコと。
「分かってないのは君の方だよ。ハーレイの愛は本物だってば、多少暴走しているだけでね。…だから確実に花が咲くだろうし、君への熱い想いを秘めた美味しい実がなると思うんだけど」
「……嬉しくない……」
「そう言わずにさ。あっ、そういえば実の話ってしてたっけ?」
今日のおやつは狙ってるけど、と尋ねられて顔を見合わせる私たち。情熱の果実の樹に実がなる話は聞いていますが、そのことでしょうか? でも、狙ってるって、どの辺が…?
「やっぱり話していなかったよね? それじゃホントに偶然なんだ…」
美味しいけれど、とソルジャーはお代わり用のタルトが載った大皿を指差して。
「あの種はね、とても小さいヤツだったけれど、一ヶ月ちょっとで実がなるという成長の速さが示すとおりに色々と掟破りなんだよ。どうやら基本はアプリコットらしい」
「「「えっ?」」」
「でなきゃプラムか、そういうモノ。バラ科サクラ属の植物を土台に作った植物なんだと思う。…なにしろ花が桜に似てるし、実だってアプリコットやプラムにそっくり。…まあ、その辺は育てた人間の個性が出るけど」
花の色とか実の色とかに、と微笑むソルジャーのためにキャプテンが育てた時には桜そっくりの花が咲いたそうです。桜といえばソルジャーが一番好きな花じゃないですか!
「うん。あれはホントに嬉しかったな、ハーレイが桜っぽい花を咲かせてくれたわけだし…。ただ、如何せん、研究所が作った植物だ。先に葉っぱが茂っちゃってて、桜っぽさは殆ど無かったね」
そこが残念な所なんだ、と語りながらもソルジャーはとても嬉しそうで。
「でもって実の色はサクランボみたいに艶やかな赤! ぼくへの愛なら青じゃないかとも思ったけれど、ハーレイが好きなのはサイオンの色よりも瞳らしいんだ。ほらね、この色」
これを映した実だったんだよ、とソルジャーが示したものは自分自身の赤い瞳で、私たちは御馳走様としか言いようがありませんでした。バカップルになって結婚する前からキャプテンの愛情は溢れまくっていたようです。だったら教頭先生も…?
「そうだねえ、こっちのハーレイが育ててる木も赤い実をつけることになるんじゃないかな? ブルーに贈ろうと買った指輪がルビーなんだし、瞳の色にも惚れ込んでるよ」
「……迷惑すぎる……」
そんな木の実は見たくない、と会長さんは呻いていますが、恐らく時間の問題でしょう。教頭先生が愛情をこめてお世話している情熱の果実の樹は只今順調に成育中。育てる前こそ恐れていた教頭先生も今となっては「元気に育てよ」と燃えているのは確実で。
「いいじゃないか、君に対するハーレイの愛が形になるっていうのはさ。実がなったら食べてみるといい。ハーレイの愛で甘く熟した赤い実を食べれば、君の胸にもハーレイへの愛が芽生えるかも…」
「お断りだよ!」
そんな毒リンゴは絶対嫌だ、と叫ぶ会長さんの頭にあるのは『白雪姫』が食べた毒リンゴ。そこまで酷くはないんじゃないかと思いますけど、食べたくない気持ちも分からないではありません。私たちだって御相伴する気は無いですし…。
「なんだ、食べてあげようとも思わないわけ? せっかくの愛の証で結晶なのに」
分からないねえ、と頭を振り振り、ソルジャーは姿を消しました。会長さんはアプリコットのタルトへの食欲が失せたらしくて、お代わり用が一切れ余る結果に。えっ、そのタルトはどうなったかって? 情熱の果実とは無関係な私たちがジャンケンしました、当然です~!



会長さんへの愛が足りなくて花も実もつかずに終わるのでは…、と心配していた教頭先生。けれど寝室の窓辺に置かれた鉢の植物はついに蕾をつけ、それに気付いた教頭先生は万歳三唱したのだとか。一方、会長さんは覗き見をする気にもなれないそうで…。
「えっ、今日も覗いていないのかい?」
綺麗な花が咲いたのに、と呆れ顔なのは例によって遊びに来たソルジャー。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に顔を出す前に教頭先生の家に寄り、情熱の果実の樹を見て来たのです。
「あの花は君のイメージなのかな、それともハーレイの願望が入っているのかな? 桜と言うより桃の花に近いね、ピンクの色が濃いんだよ」
「…ハーレイの妄想の色だと思うな。ピンクというのはそういうイメージ。この世界じゃピンク映画って言うんだ」
口にしてからハッと息を飲み、「今のは無し!」と大慌てする会長さん。ピンク映画って何なんでしょう? ジョミー君たちと騒いでいると、キース君が。
「俺たちにはチケットが買えない映画だ。そのくらいのことは知っているさ」
これでも大学は出たんだからな、と教えてもらって納得です。なるほど、十八歳未満お断りの映画のことですね。でも……教頭先生が咲かせた花は本当にそんな映画のイメージ?
「違うんじゃないかと思うけどねえ…」
あれはハーレイの乙女趣味だろ、とソルジャーも異を唱え始めました。
「乙女って言うとアレだけれども、日頃から夢を見てるじゃないか。君との新婚生活はレースたっぷり、フリルたっぷりの薔薇色だよ? そういう気持ちが溢れ出た結果が桜よりも濃いめの色じゃないかと…」
「だったら薔薇色でいいだろう!」
思い切り深紅に咲かせればいい、と主張している会長さんにソルジャーは。
「…それが出来ればハーレイじゃないよ。深紅の薔薇色に咲かせたい所を恥じらった結果があれだってば」
「恥じらいだって!?」
おえぇっ、と胃袋が引っくり返りそうな声を上げ、会長さんはゲンナリとソファに…。
「まったく、なんてことを言ってくれるのさ…。あのハーレイが恥じらうかい? 毎晩ぼくの写真をオカズに妄想爆発、抱き枕を相手にサカッてるくせに」
「君を前にするとサカれないだろ、そこが恥じらい。…愛情の深さは証明されつつあるんだからさ、嫁に行けとまではまだ言わないから、婚約だけでも…。でもって少しずつ愛を深めれば、いつかは応えようって気にもなる。それがオススメ」
「嫌だってば!」
ぼくと君とは違うんだ、と怒鳴りつける会長さんの声はソルジャーには全く届いておらず。
「…こっちのハーレイに種をプレゼントした甲斐があったなぁ、ブルーへの愛が形になる日も遠くはないよ。赤くて瑞々しい実がついた時には盛大にお祝いしなくちゃね」
ブルーの家に鉢を運ぼう、とソルジャーはやる気満々でした。
「リビングの真ん中に鉢を据えてさ、みんなでシャンパンを開けて乾杯! ブルーとハーレイの前途を祝してパーティーなんかはどうだろう?」
「かみお~ん♪ パーティー、楽しそうだね!」
何も分かっていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」はパーティーという単語にだけ反応しちゃったみたいです。そこをソルジャーが上手く丸め込み、実が熟しそうな今週末がパーティーの日に決定しました。花が咲いてから一週間も経たない内に実が熟すなんて、聞いていたとおりに掟破りな植物ですねえ…。



情熱の果実の樹が教頭先生の愛で見事な実をつけ、会長さんの家のリビングに瞬間移動で運び込まれたのは土曜日の昼前のことでした。サイオンを使ったのは無論、ソルジャー。その傍らにはキャプテンが立ち、鉢よりも先に到着していた教頭先生に笑顔を向けて。
「素晴らしい木をお育てになられましたね。…ブルーから毎日聞いていましたが、これほどとは…。私が育てた木より見事かもしれません」
「あ、ありがとうございます…」
頑張った甲斐がありました、と頬を染めた教頭先生の視線の先には仏頂面の会長さん。たわわに実った赤い果実に目を向けもせず、反対側の壁を睨み付けています。
「…ブルー、私はお前だけを想って頑張ったのだが…。見てくれないのか?」
「迷惑なんだよ、そんな形にされたって! 愛してます、って押し付けられても嬉しくないし!」
秘すれば花って言うだろう、と会長さんは唇を尖らせて。
「本当にぼくを想っているなら、結婚しようとか愛しているとか、言わないものだと思うけど? ぼくは何度も断ってるんだ、そっと陰から見守ってるのが本物の愛じゃないのかな?」
こんなのは愛情の押し付けなんだ、と糾弾された教頭先生は「悪かった…」と肩を落として。
「すまない、ブルー…。お前への愛を証明できる、と思った私が馬鹿だったのだな…。実が熟したらお前に贈ろうと、贈って愛を告白しようと楽しみに育てていたのだが…」
申し訳ない、と教頭先生が深く頭を下げた時です。
「「「あっ!?」」」
艶々と輝いていた赤い果実の表面がひび割れ、ピシピシと細かく割れ始めました。愛情で育った情熱の果実は教頭先生の心のヒビに耐えられなかったというのでしょうか?
「わ、割れちゃった…」
壊れちゃうの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が泣きそうな声を上げたのですけど、真っ赤なプラムだかアプリコットだかはライチのような皮に変化しただけで砕け散ったりはしませんでした。それどころか…。
「「「えぇっ!?」」」
わしゃわしゃ、もしゃもしゃ。細かくひび割れた表皮から無数の毛が生え、四方八方に伸びて広がりまくって。
「……おい。これはランブータンだったのか?」
キース君の指摘が果実の現状を示しています。ぷるん、コロンと実っていた幾つもの実は今や毛だらけのランブータンと化し、見る影も無い状態に…。
「「「………」」」
何が起こったのかと鉢を見詰める私たちの沈黙を破ったのは会長さんで。
「…ハーレイ、これが君の本音で本性なんだ…?」
有り得ないよね、と冷ややかな瞳がランブータンもどきを蔑むように見ています。
「こんなに見事に実りました、って綺麗な外面を見せていたって、中身は毛だらけのケダモノってわけだ。ぼくへの愛情云々以前に、その先にある結婚生活だけを夢見て生きてるわけだね、要するに…?」
「ち、違う! わ、私はそんなつもりでは…!」
顔面蒼白の教頭先生が泣けど叫べど、艶やかな果実がランブータンもどきに変身したのは誰もが目撃した事実。会長さんは怒り狂って教頭先生を家から蹴り出し、ガチャリと鍵を掛けてしまいました。えっと、パーティーはどうなるんでしょう? お祝いの料理とシャンパンとかは…?



泣きの涙で玄関の扉を叩き続けていた教頭先生が諦めてションボリとエレベーターに乗り、駐車場から愛車で走り去るのを窓から見届けた会長さん。フンと鼻を鳴らし、怒り心頭の形相で。
「この鉢、割っていいのかな? それとも君が持ち帰って処分してくれるのかな?」
君の世界の植物だもんね、と会長さんに鉢と交互に見比べられたソルジャーは。
「…どっちでもいいけど、君は誤解をしているよ。ねえ、ハーレイ?」
「そうですね…。あなたが何も仰らないので、私も黙っていましたが…」
このままというのはどうなのでしょう、と眉間の皺を深くしたキャプテンに、会長さんが怪訝そうに。
「…何のことだい?」
「これですよ」
この実なんです、とキャプテンはランブータンもどきに手を触れて。
「最初からこの状態という実は幾つか見ました。こうなる前のひび割れた形も知っています。…どちらも良くあるパターンでしたね、私たちの船にいる恋人たちには」
「「「は?」」」
そんなにケダモノな人が多いのだろうか、と誰もが思ったのですが、キャプテンは。
「一気に二段階にも変化した実は初めてですよ。…恐らく最初は自信に溢れておいでになったと思われますが、迷惑だの何だのと罵られたためにナーバスになってしまわれたかと…。このタイプの実が出来るのはシャイな性格の人に多いんです」
「シャイだって!?」
ケダモノじゃないか、と会長さんが反論すれば、ソルジャーが。
「それが嘘ではないんだよ。…誤解してると言っただろう? ライチみたいにヒビ割れた皮はね、ライチの皮並みに固いんだ。愛情に溢れているけど、この愛情の実を食べて下さいって言える自信の無い内気なミュウだとアレになるわけ」
傷つかないための心の鎧かな、と言われてみればライチの皮は固いです。剥けばツルリと剥ける辺りが余計に心の鎧っぽい感じ。ソルジャー曰く、ライチタイプの果実の色は赤とは限らないそうですけども。
「それこそサイオンの色から本人の好み、あれこれと関係するからね。…でもって今のこの状態。毛だらけなのはケダモノじゃなくて心を隠すための蓑なんだよ。失敗したらどうしよう、愛情が通じなかったらどうしよう、って後ろ向きな気持ちが実を覆っちゃうとコレになるのさ」
「…それじゃハーレイは、ケダモノじゃなくて……」
「むしろ、その逆。君への愛はたっぷりだけど、その愛を君に受け取ってくれとか、押し付けたいとか、そういう気持ちは無いんだろう。…この木をせっせと育ててる間に勇気が出てきて普通の赤い実が出来たけど……本音はこっちの方だと思うよ、劇的に変化しちゃったからねえ」
可哀想に、とソルジャーが呟けば、キャプテンも。
「ええ、お気の毒なことをしました。愛情を確かめて貰うどころか、真逆になったようですし…。けれど誤解が解けたからには、少しは前進出来そうですね」
「却下!」
それとこれとは別物だ、と会長さんは突き放すように。
「ハーレイが逃げて帰った所が後ろめたさの証明だ。本当にケダモノっぽさが欠片も無いなら、普通にしてればいいだろう? なのに泣いたり許しを乞うのが汚れた心がある証拠。心当たりの一つや二つはあったってことさ、ケダモノのね」
ぼくにとっては大迷惑なケダモノ男、と会長さんは全く容赦しませんでした。教頭先生、会長さんへの思いの丈を素直に果実に反映し過ぎてドツボにはまったみたいです。ランブータンもどきに変化させなければ、ケダモノとまでは言われずに済んだと思うのですが…。
「とにかく、この木は処分して。パーティーは処分の打ち上げにするから」
会長さんの冷たい口調に、ソルジャーが渋々といった風情で。
「…仕方ないねえ、それじゃ向こうに送っておくよ。ハーレイ、それでかまわないよね?」
「もちろんです」
キャプテンが頷き、ランブータンもどきが実った情熱の果実の樹は鉢ごとソルジャーの世界の青の間へ送られてしまいました。その後は賑やかなパーティーが始まり、どんちゃん騒ぎだったのですけど。



「媚薬だって!?」
会長さんの悲鳴がリビングを貫いたのはお開きになる少し前。ソルジャーがキャプテンと手を握り合ってニッコリと…。
「そう、媚薬。情熱の果実の樹の実はね、贈り合った当人同士で食べれば普通に美味しい果物なんだ。…でもって無関係な恋人同士の二人に贈れば最強の媚薬になるらしい。流行ってた頃にそういう噂があったんだけど、残念ながら試す機会が無くて…」
なにしろ貴重な実なんだから、と話すソルジャーは他のミュウたちが育てた木の実を失敬しなかったみたいです。ソルジャーならではの自制心の賜物と言うべきでしょうか。
「だからね、君のハーレイが愛情こめて育て上げた木の実で楽しませて貰うよ、君も要らないって言ってたし…。ねえ、ハーレイ?」
「ええ、本当に効くか楽しみですね」
特別休暇を取りましょう、と濃厚なキスをしながらバカップルは消え失せ、残された会長さんが返せ戻せと叫んでいますが、情熱の果実の樹は二度と戻って来ませんでした。教頭先生の愛が育てたランブータン。会長さんに美味しく食べてもらいたかったと思うんですけど、報われないのはお約束かな…?



                 情熱の木の実・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 今回のお話、 『情熱の木の実』 には実は元ネタがあったりします。
 アルト様がハレブル無料配布本用に書かれた 『情熱の果実』 が元ネタです。
 作中に出てくる 『情熱の果実の樹』 の性質を更に大きく膨らませてみました。
 無料配布本をお持ちでしたら、ニヤリと笑って下さいです。
 お持ちでない方は「アルト様からの頂き物」のコーナーへどうぞ。
 以前、頂いたテキストが見つかりましたので掲載させて頂きましたv
 アルト様、ありがとうございます~!
 元ネタになったお話は、こちら→『情熱の果実

 そして来月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
 ハレブルな生存EDを昨年に書き上げましたし、もう追悼の必要は無い…のですが…。
 節目ということで、7月は 「第1&第3月曜」 の月2更新にさせて頂きます。
 次回は 「第1月曜」 7月1日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 更に7月28日には 『ハレブル別館』 の方に短編をUPする予定でございます。
 「ここのブルーは生きて青い地球に行けたんだっけ」と再確認して頂ければ幸いです。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、今月はホタル狩りにお出掛けするようです。ホタル、捕れるかな?
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv


 生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
 1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv









PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]