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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

究極のスープ

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv







新しい年がやって来ました。とはいえ、私たちの日常がガラリと変わる筈も無く…。昨年の暮れはクリスマスだの「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日だのと賑やかに騒ぎ、年末年始は元老寺。年が明けてからは初詣やらシャングリラ学園恒例の闇鍋、かるた大会などの行事が続いて、今は一月半ばです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
今日も寒いね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれる放課後のお部屋。熱々の栗のスフレが出てきて、みんなでワイワイやっていると。
「……基本は百人前なんだよね……」
「「「は?」」」
唐突に呟かれた言葉の主は「そるじゃぁ・ぶるぅ」。誰もが顔に『?』マークを貼り付けています。百人前って、栗のスフレが?
「あっ、ごめん! えとえと、栗のスフレは違うの!」
そうじゃなくって、とワタワタしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の横から会長さんが。
「別のものだよ、ね、ぶるぅ?」
「うん、えーっと…。なんて言ったらいいのかなぁ…」
「そのまんま言えばいいじゃないか。スープだよ、って」
「「「スープ!?」」」
私たちは目を剥きました。基本が百人前のスープというのは何でしょう?
「なるほどな…。スープなら別に分からんでもない」
あれは大量に作るらしいし、とキース君。
「いわゆるスープストックだろう? そこから色々と作るんだよな?」
「ううん、そういうスープじゃなくって…。出来上がったスープが百人前なの!」
「宴会料理か? 大きなパーティーだったら充分にアリだ」
「そうなんだけど…。パーティーに出すには高すぎるかも…」
材料も手間もかかるんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は言っていますが、パーティーってヤツはピンからキリまで。うんとゴージャスな宴会とかなら高いスープもアリなのでは?



「どうだかねえ…」
口を挟んだのは会長さんです。
「そのスープだってヤツを食べて来たから、ぶるぅは悩んでいるんだよ。本場のレシピで作りましたとは言っていたけど、いわゆるパチモノ。お値段はゴージャスだったんだけどね」
「いったい何のスープなんです? ウミガメですか?」
あまり見かけない食材ですよね、とマツカ君が尋ね、シロエ君が。
「ウミガメって食べてもいいんですか!? 保護されている動物なんじゃあ…?」
「ああ、それはね…」
クジラと同じさ、と会長さん。
「絶対にダメってわけではないんだ。一部の地域じゃ漁が許可されている。だけど市場には出回らないし、普通は亀のスープと言ったらスッポンだよね」
「そうなんだ…。で、ウミガメだったの?」
ジョミー君の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が首を横に振って。
「違うよ、オリオ・スープっていう名前なんだ」
「…コンソメ系か?」
きっとそうだな、とキース君が頷き、サム君が。
「なんでコンソメになるんだよ?」
「知らないのか? スパゲッティとかであるだろうが、アーリオ・オーリオってのが」
アーリオがニンニクでオーリオがオイルだ、とキース君は説明してくれました。
「オリーブオイルを指すらしいぞ。オイルを使うならコンソメ系のスープだろうと…。ミネストローネでもコンソメ系だと言えんことはない」
なるほど、流石はキース君! 名前だけで推理出来るというのが凄いです。言い出しっぺの「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「すごーい!」と感心してますし…。なのにチッチッと指を左右に振ったのは会長さん。
「コンソメ系なのは正解だけどね、オイルってわけじゃないんだな。オリオ・スープはオラって言葉から来てるんだ。意味するところは煮込んだってこと」
「…そう来たか…。まあ、料理は俺の専門外だ。ついでに仏教と無関係な国の言語も無縁だ」
知ったことか、と言いつつ、キース君もオリオ・スープは気になるようで。
「それで、どういうスープなんだ? 材料も手間もかかるというのは煮込むからか?」
「うん! だから基本が百人前なの!」
その材料でないと作れないの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えましたが、オリオ・スープっていうのは何物ですか?



基本は百人前なのだ、と主張している「そるじゃぁ・ぶるぅ」はオリオ・スープのレシピを持っている模様。けれどスープの作り方しか知らないようで、会長さんが苦笑しながら。
「元々は宮廷料理なんだよ。戦争する代わりに政略結婚という方針だった世界帝国の御自慢のスープさ。美味しい上に栄養たっぷり、舞踏会では一番疲れるダンスの後に出してたらしいね」
「スタミナ食か?」
キース君の突っ込みに会長さんは「ご名答」と微笑んで。
「オリオ・スープだけを専門に作る厨房があったという話だよ。そのくらい手間がかかるわけ。…それを出します、っていう案内状を貰ったのがクリスマス・シーズンでさ。ぶるぅと行って来たんだけれど…」
「それがパチモノ?」
遠慮も何も無いジョミー君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は二人で顔を見合わせると。
「んーと、んーとね、…とっても美味しかったんだけど…」
「パンチが足りないって言うのかな? 本当にそれだけの素材と手間をかけたのか、って気がしちゃってねえ…」
反則のサイオンを使ったのだ、と会長さん。食事しながら意識を厨房に滑り込ませて、シェフの記憶を読んだのだそうで。
「それなりの素材は使っていたけど、百人前で仕込んだわけじゃなかった。ついでに手間と時間も採算が取れる範囲内でさ…。それ以来、ぶるぅは少しガッカリしてるんだ」
美味しかったのは本当だけどね、と語る会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が食べたオリオ・スープは『美食家風』と冠されていたそうで、フォアグラや綺麗に切られた野菜、ハーブなどを盛ったお皿に別仕立ての熱々のスープを注ぐ形式。
「元がズッシリしたスープだから、口当たりを軽くするのに野菜とハーブかと思ったんだ。だけど違うって気がしたし…」
「あれでも美味しかったんだもの、本物はもっと美味しいスープの筈なんだよ。…食べてみたいなぁ、オリオ・スープ…」



でも基本が百人前なんだよね、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」はオリオ・スープに未練たらたら。諦め切れない気持ちが顔に出ています。この調子では会長さんが何処かの店に百人前を特注するのでは、と私たちは考えたのですが…。
「ぶるぅ、チャレンジしちゃおうか? この面子ならなんとかなるさ」
「えっ、ホント!? 作っていいの!?」
百人前だよ、と念を押した「そるじゃぁ・ぶるぅ」に会長さんはニッコリと。
「余ったら冷凍しておけばいいし、それ以前に余らないかもしれない。おやつ代わりに一日に八杯って女帝もいたらしいよ? この人数が一人で八杯ずつ食べたとしたら、百人前でも残り僅か…ってね」
「ちょっと待て! そのスープとやらを食えというのか、俺たちに?」
それも八杯も、とキース君が叫びましたが、会長さんは涼しい顔で。
「食べるだけじゃないよ、作るんだよ。どうせならそっちの方が楽しい。労働の後の食事は美味しいものだし、みんなでドカンと百人前!」
「…作るわけ?」
ぼくは料理はダメなんだけど、とジョミー君がおずおずと言えば「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「お鍋の番も楽しいんじゃないかな、アクを掬うのは出来るでしょ?」
「それくらいなら……って、本気で作るの? 百人前も?」
冗談だよね、と訊き返したジョミー君に向かって、会長さんは。
「入試のシーズンまでまだ少しある。三学期は何かと慌ただしいけど、今が一番暇な時期! スープ作りで遊ぼうよ。途中で二日間寝かせるっていう過程があるから、今度の週末に食べるんだったら仕込みは明後日! 君たちは学校をサボりたまえ」
材料はそれまでに揃えておこう、と会長さんがブチ上げ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大歓声。私たちに反論する権利などある筈も無く、オリオ・スープ作りが決定しました。明後日は朝から授業をサボッて会長さんの家に集合です。欠席届を出すべきか否か、なんとも悩ましい所ですねえ…。



登校義務が無く、出欠も問われない特別生の私たち。それでも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で過ごす時間や部活などなど、学校に魅力満載なだけに登校し続けているのが実態です。サボるとなれば必要も無い欠席届を出してしまうのも、つい、習慣で…。
「お前は何って書いたんだよ?」
サム君がジョミー君に訊いているのは欠席理由。私たちは会長さんのマンションに近いバス停で待ち合わせ、マンションへと向かう途中です。
「えっ、そのままだよ? ブルーの家でスープを作るので休みます、って」
「うわーっ、マジかよ! 俺、法事だって書いちまった…。お前がそれならバレバレじゃねえかよ」
嘘なんか書いておくんじゃなかった、と嘆くサム君の後ろで吹き出しているのはキース君。月参りに行くと書こうとしたそうですけど、思い直してジョミー君と同じく本当の理由を書いたのだそうで。
「俺もスープ作りと書いたからには法事って理由はアウトだな。俺が月参りと書いていたなら、お前も見習いで同行ってことで逃げを打てたかもしれないが」
「あーあ、やっちまった…。グレイブ先生の心象、最悪…」
ズーンと落ち込むサム君の背中をシロエ君がポンと軽く叩いて。
「大丈夫ですって、サム先輩! 本来は要らない欠席届を出してるんです、それだけで好印象ですよ。作ったスープでグレイブ先生に何か被害があるならともかく、全く関係無いわけですし」
「そうそう、グレイブ先生はスープと関係無いもんね!」
だからキッチリ書いておいたよ、とジョミー君が明るく笑えばマツカ君が。
「…関係があるのは教頭先生なんですよね…」
「いつものパターンでスポンサーだっけ? うーん、どのくらいかかるんだろう…」
百人前だもんねえ、とジョミー君が首を捻る内にマンションの入口に着きました。管理人さんがドアを開けてくれ、エレベーターへ。ちなみに欠席届にスープ作りと記入したのはジョミー君とキース君だけだったりします。私は家族で外出と書き、スウェナちゃんとマツカ君が一身上の都合で、シロエ君は自主学習。
「七人中、二人が一身上の都合で、二人がスープ作りというのがな…」
どう考えてもスープ作りで決定だ、とキース君が可笑しそうに結論づけて会長さんの家の扉の脇のチャイムを鳴らすと、中から勢いよく扉が開いて。



「かみお~ん♪ 準備、バッチリだよ!」
頑張ろうね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が案内してくれた先はキッチンではなくてリビングでした。えっと…此処ってホントにリビング? いつものフカフカの絨毯やソファは?
「いらっしゃい。ビックリしただろ、無理もないけど」
スープ作りに備えて改造、と会長さんが得意そうに示す先には明らかに業務用のガスコンロなどが。巨大な鍋といい、こんなの何処から…? 私たちの疑問を読み取ったように、会長さんは。
「マザー農場から借りたんだよ。あそこは一般客向けの設備とは別に、シャングリラ号のクルーの交流会とかのパーティー用に厨房を設けているからね。使ってない分を借りて来たわけ」
ついでに食材もお願いしたよ、と会長さん。それなら教頭先生の負担は軽いかもしれません。なんと言ってもキャプテンですし、割引とかがあるのかも…。ホッと息をついた私たちですが、会長さんはニヤリと笑って。
「マザー農場の分は割引があるけど、食材は他にも要るからねえ…。それに全部をマザー農場ので賄うわけにはいかないんだ。なんと言っても宮廷料理! 最上級で揃えなくっちゃ。ねえ、ぶるぅ?」
「うん! バターも普通のバターじゃダメなの! 外国の王室で使ってるバターはコレだから」
ほらね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が見せてくれたのは包みが違うという点を除けばスーパーで普通に見かけるサイズのバター。ところがどっこい、お値段はなんと八倍だそうで。
「えっとね、最初はコレとマザー農場の子牛肉なの!」
最高級のお肉だよ、と抱えて来た塊は十キロもの重さ。それを切り分け、バターで軽く焼くところからオリオ・スープ作りが始まるのです。私たちは基本は見学、場合によっては手伝いという位置づけでエプロンなどを着け、思い思いの場所に立ったのですが。
「…やあ。面白そうなことを始めるんだって?」
「「「!!?」」」
紫のマントがフワリと揺れて、現れたのはソルジャーでした。料理は食べるの専門としか思えない人が出て来るなんて、どうしてこういうタイミングで…?



「オリオ・スープって言ったっけ? それってスタミナ食なんだよね?」
瞳を輝かせているソルジャーに、会長さんが冷たい口調で。
「君の魂胆は分かってるけど、今回は読みを間違えてるから! そっちのスタミナじゃないんだ、これは。どっちかと言えば栄養補給に近いかな? 精力増強が目的だったら漢方薬の店にでも相談したまえ」
「えっ…。それじゃ、ぼくのハーレイに飲ませても特に効果は見られないわけ?」
「そうなるね。…それに君は満足してるんだと思ってたけどな、結婚して以来」
「うん、ハーレイも頑張ってるしね。…なんだ、そういうスープじゃなかったのか…」
たまには刺激が欲しかった気も、と呟いたソルジャーは子牛肉の大きな塊を見詰め、王室御用達のバターとやらを検分してから。
「…スタミナの方は勘違いとしても、美味しいスープが出来るんだったら食べたいな。最上級の食材ってだけでも凄そうだしさ」
「だったら週末に出直せば? 今日は仕込みの段階なんだよ」
さっさと帰れ、と手をヒラヒラとさせた会長さんに、ソルジャーは。
「仕込みの日だっていうのは知ってる。だけど学校をサボッてまで作るスープって面白そうだよ、見学したって構わないだろう? それともアレかい、日頃SD体制の下で苦労している…」
「分かったってば! いてもいいけど、今日の食事は賄い食しか出せないからね。ぶるぅはスープに掛かりっきりになるし、ぼくたちだって手伝うんだ」
ああ忙しい、と会長さんが言い終える前にソルジャーは私服に着替えていました。会長さんの家に預けている服があるのです。会長さんはソルジャーにもエプロンを着けさせ、ついに始まったオリオ・スープ作り。子牛肉が切り分けられてバターで焼かれる香ばしい匂いがリビングに…。



「えっと、えっとね、お鍋に水! 三十リットル!」
誰か計って、という「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声で柔道部三人組が大鍋へと。桁外れに大きな鍋もマザー農場からの借り物です。そこへ骨付きのスープ用肉を十五キロ。脂肪分の少ない牛肉といえども、これまたマザー農場で育てた高級なもので…。
「お野菜、お野菜…っと! ニンジン、セロリ、パセリにタマネギ~♪」
歌いながら野菜を刻む「そるじゃぁ・ぶるぅ」。大鍋の中に野菜たっぷりと最初に焼いた子牛肉とが入りました。これがスープの原液だそうで、アクを掬いながらコトコト煮るのです。
「なんだ、量は凄いけど単純だよね」
そう言ったジョミー君は鍋の番に回され、残った面子は並行してやるべき作業のお手伝い。えっ、五百グラムの栗を剥いて焼く? 更に同量の粉糖を混ぜて、スープの原液一リットルで一時間以上煮てから漉す?
「おい、ウサギなんかどうやって捌けというんだ! 頼む、ソテーの段階だけにしてくれ、ベーコンと一緒にやるんだよな? なんだと、それにスープを注いで煮てから漉せだと?」
無理だ、と叫ぶキース君の隣ではマツカ君とシロエ君がお手上げ状態。二人の前には山ウズラが二羽、野鴨が一羽。これも捌いて根菜類と一緒にソテーし、スープで煮込んで裏漉しです。他にも大量のカブをバターでソテーしてから煮込んで裏漉し、キャベツと根菜とベーコンをじっくり炒めてスープで煮込んで…。



「かみお~ん♪ レンズ豆は洗うだけでいいからね! でもって煮込んで裏漉しするの!」
いとも簡単に言ってのけてくれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はスウェナちゃんと私がモタモタと剥いていた栗をササッと仕上げ、ウサギの下ごしらえに移りました。でも…栗を焼くってどの程度まで? 煙が上がっちゃダメなのでしょうし、サッパリです。
「うへえ、誰だよ、単純だなんて言ったヤツはよ…」
俺も大鍋の係でいいや、とサム君が逃げ、マツカ君とシロエ君もジビエの前から敵前逃亡。結局、スープ作りを手伝ったのはウサギとベーコンのソテーに挑んだキース君と、キャベツなどを炒めた会長さんだけ。他はソルジャーも含めて全員、それぞれの鍋を煮込む時間のチェック係になり果てたという…。
「…スタミナ食って言われるわけだよ、作り手のスタミナを吸い取るスープとか言わないかい?」
見ていただけでも疲れ果てた、とソルジャーが口にした言葉は名言でした。全ての作業は終わって何種類ものスープが漉され、保存用の器に入れられています。大鍋で煮ていた原液も漉して、これも二日間、冷蔵保存。仕上げは土曜日のお楽しみですが…。
「スープ作りに使った体力を取り戻せるのが土曜日だという気がしてきたぞ」
俺も気力が尽き果てそうだ、とキース君がエプロンを着けたままでラーメンを啜り、私たちも同じくズルズルと。賄い食は土鍋で煮込んだ味噌ちゃんこでした。雑炊で締める予定が、ほぼ全員がスタミナ不足という悲惨な事態に前段階としてラーメンを追加。
「えとえと…。みんな、大丈夫? もっとニンニク入れた方がいい?」
元気が出るよ、と鍋を仕切っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」は元気一杯、笑顔全開。これが若さと言うものでしょうか、子供は風の子、元気な子としか…。



オリオ・スープの仕込みで奪われた私たちのスタミナは戻るまでに一日かかりました。スープ作りでサボッた翌日はキース君を除いた全員が寝坊で遅刻。時間どおりに登校したというキース君は朝のお勤めを寝過ごしそうになってアドス和尚に叩き起こされたために間に合っただけで、授業中に居眠りを…。
「あいつが言ってた通りだぜ。…作り手のスタミナを吸い取るんだ、アレは」
まさか今頃になって居眠りするとは、と悔しがっているキース君。大学との掛け持ち時代でさえも一度も居眠りしなかっただけに、やってしまったショックは大きいでしょう。特別生だけに注意されてはいませんけれど、よりにもよってエラ先生の授業でしたし…。
「やあ。今日は全員、遅刻だって?」
放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で出迎えた会長さんに「俺は違う!」と猛然と噛み付いたものの、キース君の居眠りの汚点は消えないわけで。
「たかが居眠り、されど居眠り…ってね。やっぱりスタミナは大切だよね」
土曜日にはしっかり取り戻そう! と会長さんが言い、出て来た飲み物はココアでしたが、なんだか普段と違う味わい。ワインにシナモン、バニラビーンズ、おまけに薔薇とジャスミンの花びらも加えてあるらしいのです。
「オリオ・スープと同じ国の宮廷風っていう所かな。ぶるぅが頑張って作ったんだよ、みんな昨日のスープ作りでバテちゃったから、って」
「かみお~ん♪ ちょっと反則しちゃった! ホントはね、薔薇とジャスミンをココアパウダーに混ぜたら二日間おかないとダメらしいんだけど、サイオンでフリーズドライしたんだ♪」
香りが移ればいいんだもんね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教えてくれた宮廷風ココアのレシピは手が込んだもの。生クリームに牛乳、チョコレートなどを何段階にも分けて加えるもので…。
「…すまん。居眠りくらいで文句を言ってはいけないな…。ありがとう、ぶるぅ」
お前の方が小さいのにな、とキース君が頭を下げて、私たちも有難く特製ココアを頂いていると、部屋の空間がグニャリと歪んで紫のマントが翻り。



「そのココア、ぼくにもくれるかな?」
「「「………」」」
また来たのかい! と言いたい気持ちを私たちはグッと飲み込みました。ソルジャーは早速ココアを淹れてもらって、おやつのクグロフまで受け取っています。土曜日まで来ないと思っていたのに…。
「今日はお願いに来たんだよ」
「ココアを、かい? それともクグロフ? 昨日は賄い食しか出せないよって言ったじゃないか!」
それを承知で居座ったくせに、と会長さんが糾弾すれば、ソルジャーは。
「えっと、ココアはついでなんだ。ホントに元気が出そうな味だね、身体の芯から温まるし…。お願いしたいのはココアじゃなくて、昨日のオリオ・スープの方。土曜日に食べに来る時なんだけど、ぼくのハーレイも一緒にいいかな?」
「…スタミナ食の性質が違うと言ったけど?」
意味が無いよ、と会長さんに断られそうになったソルジャーですが。
「そうじゃなくって、美味しいスタミナ食っていうのが大切なんだよ! こんなに美味しくてスタミナたっぷり、とハーレイに教えておきたいんだ」
「それにどういう意味があるのさ?」
「ぼくの今後の食生活! ハーレイのぼくへの愛が本物だったら、ぼくの世界での食生活が劇的に改善されることになる……かもしれない」
食事というのは案外面倒で、とソルジャーは深い溜息をついて。
「こっちの世界だと美味しい食べ物が沢山あるし、いくらでも食べたくなるんだけれど…。あっちに帰るとあんまり食事をしたい気持ちにならないんだよね。前から言っているだろう?」
言われてみれば、そういう話もありました。実際に見たわけじゃないので真偽の程は分かりませんけど、ソルジャーは食事が嫌いなのです。お菓子だけあればそれで充分、何も食べたくないらしく…。栄養剤を打ってくれればそれでいい、とキャプテンに言ったとか言わないとか。
「だからさ、オリオ・スープってヤツが美味しかったら、作らせようと思うんだ。スープなら食べるのも面倒じゃないしね」
「…作るのが面倒なスープだってことは、身をもって知ったんじゃなかったかい?」
「専用キッチンを設けておけばいいんだろ? 専属の料理人が大勢いれば疲れないしさ」
作業の面倒さは人数でカバー、と言い切ったソルジャーはオリオ・スープ専用キッチンを自分の世界のシャングリラ号に作る気でした。スポンサーの教頭先生ですら呼んで貰えない試食会にキャプテン登場らしいです。オリオ・スープが美味しかった場合、どういう結果になるんだか…。



そして土曜日。会長さんの家のリビングで最後の仕上げが始まりました。ソルジャーとキャプテンも見守る中で赤身の牛肉一キロが切られ、十個分の卵白を混ぜた所に先日作って保存してあった全てのスープと原液が。コトコト煮込んで脂肪分を除き、根菜とキノコをたっぷり加えて煮詰めていって…。
「ブルーから聞いてはいましたが…。仕上げだけでも一仕事ですね」
いい匂いですが、と鍋を見ているキャプテンの横を「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサッと駆け抜けながら。
「誰か、お鍋をかき混ぜてて! ぼく、鶏をソテーするから!」
「あ、ああ…。しかし…」
まだ入れるのか、とキース君が呆れたように鍋係を代われば「そるじゃぁ・ぶるぅ」は冷蔵庫から鶏を二羽取り出してきて捌いてソテー。それと羊のもも肉とが鍋に入れられ、これで終わりかと思いきや…。
「「「四時間!?」」」
「うん! 今から四時間、煮込むんだけど…。でもって最後に漉すんだよ。そしたら味を整えて、熱々の内に食べるんだ♪」
お喋りしながら煮込んでいれば四時間くらいはすぐだもんね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と、初参加なのに既にゲッソリ疲れた顔のキャプテンとは見事に対照的でした。念願の百人前が基本のスープを作れて嬉しくてたまらない「そるじゃぁ・ぶるぅ」は他の料理を用意するのも抜かりなく…。
「わーい、完成! スープがメインだからテリーヌとお肉のパイ包みとにしてみたよ!」
ノルマは一人に八杯だよね、とダイニングに移動して注がれたスープは普通のコンソメよりも濃い目の深い褐色。八杯なんて絶対無理ですし、教頭先生にもお裾分けしてあげればいいや、と掬って口に運んでみれば。



「「「美味しい!!!」」」
頬っぺたが落ちそうとはこのことでしょうか。コンソメにしては濃厚なのに、少しもヘビーな感じがしません。癖になりそうと言うか、何杯でもお代わり出来そうというか…。テリーヌや肉のパイ包み、サラダをおつまみにして誰もがゴクゴク。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も満足そうで。
「うん、これでこそ本物だね。挑戦した甲斐があったね、ぶるぅ」
「お鍋とか借りなきゃ作れないのが残念だよう…。百人前が基本だなんて…」
毎日だって作りたいよ、と疲れ知らずな「そるじゃぁ・ぶるぅ」はオリオ・スープを一人用の土鍋に注いで蓋をし、『おすそわけです』と書いたメモを貼り付けて瞬間移動させました。送り先は教頭先生の家。会長さん曰く、土鍋の下には鍋敷き代わりに材料費の請求書を敷いたそうですが…。
「なんか凄い金額になっていそうだと思うんだけど…」
いくらだったの、というジョミー君の質問に、会長さんはクスッと笑って。
「食事の時に値段を訊くのはマナー違反だと思わないかい? 美味しければそれでいいんだよ。次にハーレイと出会った時に御馳走様と言えばいいのさ」
「「「………」」」
その台詞を言える度胸の持ち主は私たちの中にはいませんでした。マザー農場の最高級のお肉に、各国王室御用達のバター。その他も全部、最上級の材料を揃えたのですし、きっと考えない方が…。



「聞いたかい、ハーレイ? こっちのハーレイには御馳走様だけでいいらしい。…それでね…」
君のぼくへの愛の深さはどれくらいだろう、とソルジャーが赤い瞳を煌めかせて。
「思った以上に美味しいよ、これ。ぼくたちの世界じゃ素材が多少落ちるだろうけど、そこそこの味は出せると思う。…こんなスープが毎日出るなら、ぼくは食事をしてもいい」
「で、ですが…。山ウズラだの野鴨だのは…」
「大丈夫、ぼくが調達してくるから! 君は専用の厨房と料理人を手配してくれるだけでいいんだ。それにミュウにとっても悪い話じゃなさそうだけどねえ?」
虚弱体質の人が多いんだから、とソルジャーはキャプテンを見詰めています。
「ぼくが毎日八杯としても、九十人分ほど余るんだ。順番に配っていけば体質も改善出来るかも…。美味しい上に栄養満点、ソルジャー御用達の特製スープって士気も上がると思わないかい?」
キャプテンなら何とか出来るだろう、と期待に満ちた笑顔で迫られ、グッと言葉に詰まるキャプテン。食事をするのを嫌うソルジャーが「これさえあれば食べてもいい」と告げたスープは素晴らしい味で、栄養面でも文句無し。けれど作るには途轍もない手間と時間が必要で…。
「す、少し考えさせて下さい。…ヒルマンたちにも相談してみた上で結論を…」
「ヘタレ!」
何年振りかで聞いた単語がダイニングに響き渡りました。
「ぼくに満足な食事もさせられない男が伴侶だなんて泣けてくるよ。当分おやつしか食べてやらない! ついでに青の間にも立ち入り禁止だ!」
先に帰って反省してろ、とキャプテンを強制送還したソルジャーはオリオ・スープを何度もお代わり。本当に気に入ったみたいですけど、自分の世界で食事代わりに食べられる日は来るのでしょうか? キャプテンの愛が試されるのは構わないとして、スープ作りで疲れ果てるクルーが出て来ないよう、こっちで量産すべきですかねえ…?




                    究極のスープ・了



※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 ドタバタとトンデモ展開が売りのシャングリラ学園ですけど、たまにはほのぼの。
 お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」にスポットライトを当ててみました。
 作中に出てくるオリオ・スープは実在しますし、レシピもそれに基づいています。
 チャレンジなさりたい方は、どうぞ作ってみて下さい。

 そして今月はアニテラでのソルジャー・ブルーの祥月命日、7月28日が巡って来ます。
 当サイトはハレブルな生存EDを持ち、シャングリラ学園シリーズもソルジャー生存で
 完結しておりますから、追悼の必要は微塵も無かったりしますけど。
 節目の月だけに、今月は 「第1&第3月曜」 の月2更新にさせて頂きます。
 次回は 「第3月曜」 7月15日の更新となります、よろしくお願いいたします。

 更に7月28日には 『ハレブル別館』 の方に短編をUPする予定でございます。
 「ここのブルーは生きて青い地球に行けたんだっけ」と再確認して頂ければ幸いです。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
 こちらでの場外編、6月はホタル狩りで大荒れでしたが、さて、7月はどうなりますやら。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv

 生徒会室の過去ログ置き場も設置しました。1ヶ月分ずつ順を追って纏めてあります。
 1ヵ月で1話が基本ですので、「毎日なんて読めない!」という方はどうぞですv









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