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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

恐るべき珍味

※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
 バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。

 シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
 第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
 お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv






シャングリラ学園、今日も平和に事もなし。学園祭も無事に終わって続く行事は期末試験ですが、私たちには特に関係ありません。試験勉強は必要ないですし、要は会長さんが1年A組に押し掛けてきて試験を受けるというだけのことで。
「打ち上げはやっぱり焼き肉だよね!」
いつものお店、とジョミー君。試験が終わるとパルテノンの高級焼き肉店でパーティーというのがお約束です。教頭先生から資金を毟って食べ放題でドンチャン騒ぎ。試験の楽しみはこれに尽きる、と誰もが思っているのですけど。
「うーん…。別に焼き肉でもいいんだけどさ」
ちょっとマンネリ気味だよね、と会長さんが口を挟みました。
「試験の度に焼き肉だろう? たまには違うコースもいいかな、と」
「かみお~ん♪ 昨日、広告が入っていたの!」
はい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が新聞の折り込み広告をテーブルに。カラフルな旅行広告の目玉は「カニ&フグ食べ放題」と書かれた温泉ツアーみたいです。
「これを見たらさ、カニもいいよねって気になって…。フグというのも捨て難い」
「どっちも美味しいシーズンだもんね!」
食べたくない? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は胸をときめかせている様子。その気になれば会長さんと食べに出掛けられる筈なんですけど、みんなでワイワイ食べたいらしくて。
「ねえねえ、カニでもフグでもいいから食べに行こうよ!」
せっかくだもん、とキラキラする瞳に、キース君が。
「打ち上げの代わりにツアーに行くのか? 日帰りプランのようではあるが」
「ううん、ツアーじゃダメなんだよ」
「「「は?」」」
サッパリ意味が分かりません。カニ&フグの食べ放題とか言い出したくせに、どうしてツアーはダメなんでしょう? 首を傾げる私たちに向かって、会長さんが。
「ツアーの値段を見てみたかい? これじゃ美味しいのは食べられないさ」
「「「え?」」」
「こんな値段で出掛けて行ったらカニは冷凍モノなんだ。もちろんフグも鮮度が落ちる。…本当に本場モノの獲れたてだとねえ、カニだけで値段が五倍になるかな」
旅行費抜きで、と会長さん。美味しいカニは本場で食べても思い切り高く、アルテメシアに運ばれてくると更に値段が跳ね上がるとか。



「ぼくが食べたいのはそういうカニさ。ハーレイの財布に与えられるダメージも半端じゃないし、味の方だって保証付き! ただ、カニだと会話が途切れがちなのが残念ポイント」
「そっか、黙々と食べちゃうもんね」
殻があるから、とジョミー君が相槌を打ち、私たちも何度か出掛けたカニ料理なんかを思い返して納得です。お刺身などでは話が弾んでも、焼きガニや鍋では沈黙しがち。打ち上げにはイマイチ向いていないかもしれません。
「カニとフグではお店も違ってくるんだよ。…どっちに行きたい?」
そう尋ねてくる会長さんの頭の中では焼き肉店は選択肢から既に外されているようでした。沈黙のカニか、それともフグか。賑やかな打ち上げをしたいんだったらフグでしょうけど、あっさり上品なフグを食べるよりかは焼き肉の方が楽しいような…。
「フグって上品すぎねえか?」
サム君が投げ掛けた疑問は至極当然、キース君たちが続きます。
「そうだな、俺たちは酒が飲めないし…。今一つ盛り上がりに欠けると思うが」
「フグは普通に食べに行こうよ、打ち上げじゃなくて!」
そうしよう、とジョミー君が言い出した所へ。
「ぼくは打ち上げはフグに一票」
「「「!!?」」」
バッと振り返った先に立っていたのは紫のマントのソルジャーでした。今は試験の打ち上げについて話をしている真っ最中で、生徒ではないソルジャーは全く無関係なのに、来ちゃいましたか、そうですか…。



「どうして君が出てくるのさ! 試験なんか受けないくせに!」
会長さんが怒鳴り付けても、ソルジャーは何処吹く風とばかりにソファにゆったり腰掛けて。
「ぶるぅ、ぼくのおやつは残ってる?」
「ちょっと待ってね、取ってくるから!」
パタパタパタ…と駆けて行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がアップルポテトパイのお皿を持って戻って来ました。アップルパイの上にスイートポテトを裏漉ししたクリームをたっぷりと載せた特製パイにソルジャーは早速フォークを入れています。熱々の紅茶もセットで登場。
「クリームが甘くて美味しいね、これ。食べに来た甲斐があったよ、ホント」
「さっさと食べて帰りたまえ! お代わりはお土産につけるから!」
君とは関係ない話だから、と会長さんは追い出しにかかったのですけれど。
「…ぼくもフグを食べたい気分なんだよ。ぼくの世界じゃ食べられないしね」
シャングリラでフグは養殖していない、とソルジャーお得意のSD体制攻撃が始まり、私たちはすっかり諦めモード。試験の打ち上げは焼き肉どころかソルジャーつきでフグ料理です。楽しくワイワイ騒ぐどころか、下手をすれば騒ぎになりそうな…。
「えっ、なんで? ぼくが混ざったら、どうして騒ぎになるんだい?」
「日頃の行いについて、よくよく考えてみるんだね。普通に食べて帰るだけって日も多いけれどさ、イベントの時に乱入されたら大抵ロクな結果にならない」
会長さんの鋭い指摘にソルジャーは「うーん…」と考え込んで。
「そうかなぁ? ぼくはフグ料理が食べたいだけだし、食べたら帰ると思うけど? ロクな結果にならないだなんて、たとえばフグにあたるとか?」
「「「えぇっ!?」」」
それは勘弁願いたい、と真っ青になる私たち。ソルジャーに引っかき回されるのも大概ですけど、フグ中毒の方が物騒です。
「あ、あれって解毒剤が無いんですよね?」
シロエ君が顔を強張らせる横から、キース君が。
「ああ、マムシとかハブのようにはいかないようだな。血清を打てばそれでOKという類の毒ではないそうだ。運が悪ければ今でも命を落とすらしいし」
「決め手は人工呼吸器らしいよ」
そう聞いている、と会長さん。
「フグにあたると筋肉が麻痺して、呼吸困難で死ぬんだってさ。そうなる前に人工呼吸器で強制的に酸素を送り込めたら助かるってわけ。怖いらしいね、フグ毒ってヤツは」
「それはもう!」
頷いたのはソルジャーでした。



「アレって一番苦しいかもねえ…。死ぬ瞬間まで意識は明瞭って言うだけあって、痺れ始めても息が出来なくなってきてもさ、苦しいだけでどうにもこうにも」
「…あたったわけ?」
もしかして、と尋ねた会長さんに、ソルジャーは。
「あたったんなら諦めもつくよ、美味しく食べた後のことだしね。自業自得とか言うだろう? だけど、ぼくのはそうじゃない。…単なる人体実験の結果」
「「「人体実験!?」」」
「そう、ミュウに対する毒物実験! フグの毒ってテトロドトキシンだよねえ、致死量は僅か1~2ミリグラムという猛毒。青酸カリの千倍の毒性とくれば、研究者たちが試してみないわけがない」
容赦なく投与されたのだ、と不敵に笑ってみせるソルジャー。
「いやもう、死ぬかと思ったけどさ…。そこは腐ってもサイオンなのかな、気付いたら呼吸が楽になってた。どういう理屈か、ぼくにも未だによく分からない。ぼくの世界のノルディの説では、毒物に対する免疫力に似たようなモノをサイオンで作り出せるとか…」
だから今ではフグでも平気、とソルジャーは自信満々でした。
「実験は一度じゃないからね。増量されたりしている内にさ、免疫力もアップしたわけ。フグにあたった程度の量では多分痺れもしないと思うよ。ぼくのハーレイもそこは同じだ。防御力に優れたタイプ・グリーンな分、ぼくより順応が早かったかも…」
「そこまでの目に遭っているのにフグを食べたいと言うのかい?」
恐々といった風情の会長さんに対するソルジャーの答えは。
「食べたいに決まっているだろう? 毒だけにあたった回数を思えば、食べ放題でも足りないよ。フグ尽くしで思い切り食べまくりたいね、もちろん猛毒の卵巣や肝臓とかってヤツも」
「ちょ、それは条例で禁止されてて、お店に思い切り迷惑が…!」
絶対にダメだ、と会長さん。お客さんの注文で提供しても、万一の事故が発生すると営業停止処分になるのだそうで、フグ料理店に迷惑を掛けるわけにはいかないとか。
「そうなんだ? だったら、ぶるぅに頼もうかなぁ?」
「「「えぇっ!?」」」
食べたいんだよ、とフグに執着し始めたソルジャー。フグを料理するには免許が必要だったと思うのですが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は資格を持っているのでしょうか?



フグは食いたし、命は惜しし。広く知られた言葉ですけど、そんな事態が降りかかってこようとは夢にも思っていませんでした。試験の打ち上げをどうしようか、と相談していただけなのに…。
「店がダメなら素人料理でいいだろう? フグを仕入れればいいだけなんだし、費用もうんと安く上がるよ」
「…アルテメシアじゃ素人には売ってくれないよ、フグは!」
フグ取扱者の免許が必要、と会長さんが声を荒げても、ソルジャーは全く気にせずに。
「アルテメシアじゃあダメってことはさ、売ってくれる場所があるってことだね? 条例で禁止と言ってただろう? 法律だったらアウトだけども、条例だと素人オッケーな場所が」
えっと、そういうことなんですか? 本当に? 私たちの視線を一身に集めた会長さんは額を押さえて。
「………。その調子だと、君はダメだと言ってもフグを買い付けてくるんだろうねえ…。結論から言うと、条例の無い場所はある。そこで素人がフグを調理しても問題はない。ただし、買ってきてアルテメシアで調理を始めたらアウトなんだよ」
「そうなのかい? それじゃコッソリ買ってくるから、バレないように君の家で派手にパーティーしようよ、フグ食べ放題!」
「待て、俺たちまで巻き添えなのか!?」
キース君は顔面蒼白、私たちも震え上がりました。素人料理でフグ食べ放題のパーティーだなんて、どう考えても危険です。あたらないというソルジャーはともかく、他の面々は誰があたるか分かりません。ソルジャーが助けてくれるにしたって、麻痺だの呼吸困難だのは…。
「巻き添えだなんて人聞きの悪い…。パーティーだってば、みんなで楽しく! あたった時には任せてくれればサイオンで補助してあげるから」
マッハの速さで回復するさ、とソルジャーがニッコリ笑っています。会長さんでも勝てないソルジャーなだけに、私たちは覚悟を決めるしかなかったのですが。



「かみお~ん♪ フグの免許なら持ってるよ!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今日ほど頼もしく思えたことはありません。でも、そんな資格をいつの間に…?
「えっとね、講習会に出るだけで取れちゃうの! 先生のお話を聴きに行くのが1回とね、捌き方を習うのが1回なの! 捌き方を習った後に試験があるんだよ♪」
簡単なんだ、と話す「そるじゃぁ・ぶるぅ」によると、講義の方はフグの種類や毒、条例などについての難しい話もあったそうです。しかし捌き方の後の試験では先生方が助け舟を出して下さるらしく、フグを捌ける腕さえあれば誰でも合格可能なもので。
「難しい問題は分かんなかったけど、ちゃんと合格出来ちゃった! だからフグ食べ放題のパーティーは出来るんだけど…。ブルー、ホントに卵も食べるの?」
絶対に食べちゃダメなんだよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は心配そうにソルジャーの顔を見詰めましたが。
「あたらないって言っただろう? 美味しいらしいし、是非食べたい。試験の打ち上げはフグ食べ放題、楽しみに待っているからね!」
今日は御馳走様、と微笑んだソルジャーはアップルポテトパイの残りをお土産に貰って意気揚々と帰ってゆきました。カニかフグかで会長さんが悩んだばかりに、試験の打ち上げは御禁制の部位を提供するというフグパーティー。えらい事態になりましたけれど、もうどうしようもないですよね…?



そうこうする内に期末試験の期間が訪れ、今日はいよいよ最終日。試験終了後に会長さんは教頭室へと出掛けて行って。
「貰って来たよ、今日のパーティー費用! フグを食べるから増額してよ、って頼んだら財布の中身を全部くれたさ」
「「「………」」」
教頭先生、相変わらず気前がいいようです。何かと物入りな年末年始が控えているのに、会長さんにおねだりされたらポンと財布の中身を全部…。
「あんた、家でやるんだというのを言わなかったな?」
焼き肉よりも安上がりの筈だ、というキース君の指摘を会長さんはサラリと流して。
「どうだったかなぁ? ぶるぅが市場に仕入れに行ったし、領収書とかは見ていないんだよ」
「えとえと…。フグは沢山買ってきたけど、焼き肉屋さんより安かったよ!」
そのお金でもう一回パーティーやってもお釣りがくるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは鼻歌交じりに毟ってきたお金を数えています。この人に何を言っても無駄だ、と私たちが溜息をついた所へ。
「こんにちは。フグ食べ放題、お相伴しに来たんだけれど」
「…君が主賓の間違いだろう? ぼくたちの方がお相伴だよ、大いにあたってくれたまえ」
卵巣も肝臓も食べ放題、とソルジャーに毒づく会長さん。打ち上げパーティーの会場は会長さんの家のダイニングです。会長さんとソルジャー、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンに包まれて瞬間移動した先は…。
「うわぁ、凄いね!」
ジョミー君が歓声を上げるだけあって、テーブルの上には薄く切られたフグのお刺身を盛ったお皿が何枚も。鍋にするための身も山ほどあります。免許を持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が用意した以上、ソルジャーが食べたい危険な部位はきちんと分けられている筈で。
「「「いっただっきまーす!!!」」」
まずはお刺身、と食べ始めると、これが絶品。朝一番に新鮮な活けフグを仕入れてきたそうで、料亭の味に全く引けを取りません。ゆびきに唐揚げ、焼きフグなんかも美味しいですし、流石は「そるじゃぁ・ぶるぅ」です。
「食べ放題ってのが嬉しいよな!」
サム君が唐揚げを頬張り、マツカ君も。
「フグ専門の高級店だと食べ放題コースは無いですからね。此処でしか出来ない贅沢かも…」
お代わりし放題なのが凄いです、と褒められるだけあってフグはいくらでもありました。お刺身も唐揚げも次から次へと追加のお皿が出て来ます。毒のことなんかすっかり忘れて食べまくっていると。



「そうそう、こんなのも買ってみたんだけれど」
食べてみる? と会長さんがキッチンからお皿を運んで来ました。えーっと、これって何ですか? 白っぽい皮に茶色の中身、何かのスライスみたいです。スライスしたレモンも添えてあるのが二皿分。同じものでは無さそうな…。
「ブルーだけしか食べられないんじゃつまらないかと思ってさ。フグの子の粕漬けと糠漬けだけど」
「「「!!!」」」
椅子が無かったら、思い切り後ろに飛びすざっていたと思います。キース君が引き攣った顔で。
「ふ、フグの子というのは卵巣か? 猛毒だろうが、それをどうしろと!」
「卵巣だけど…。これって毒はとっくに抜けてるんだよ、フグの子を食べたい人向けのヤツで」
「へえ、そんなのがあるのかい?」
知らなかったよ、とソルジャーが一切れ摘み上げるなりモグモグと。
「ふうん、ビールに合いそうな感じだね。でもって、こっちが糠漬けだって? お酒が欲しくなる味だよね、うん」
「…おい、本当に毒は抜けているのか?」
こいつの感覚はアテにならん、とキース君がソルジャーを指差せば、会長さんは。
「大丈夫、そこは保証する。ブルーが言うとおり、お酒のおつまみ向きなんだけど…。君たちも食べたかったらどうぞ」
「かみお~ん♪ ホントに毒は無いんだよ! あのね、お塩の中に漬け込んで水分を取るの! それを半年だったかなぁ? その間に毒が抜けるんだって! 糠漬はそこから一年漬けてね、粕漬けは糠漬けを二カ月漬けるの!」
「……そこまでやるのか……」
気が長すぎる、と呻きながらもキース君は糠漬けを一切れ齧ってみて。
「これが卵巣というヤツなんだな、まあ、美味い…と言えんこともない。あたらなければ、だが」
「痺れるくらいが丁度いい、って言う食通もいるんだけどねえ?」
会長さんが混ぜっ返して、私たちは思わずブルッ。それでも糠漬けと粕漬けとやらを味見してみて、こういうのよりは唐揚げや焼きフグが美味しいよね、という結論に。
「なるほど、君たちはお酒を飲まないしね…。これもけっこういけるんだけどな」
会長さんの前にはしっかりお酒が置かれています。ソルジャーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」も一緒に飲みながら粕漬け、糠漬け。とある地方の特産品で、そこでしか製造許可は下りないそうです。まさかフグの卵巣を食べることになるとは思いませんでしたよ、世の中、ホントに広いとしか…。



それからが本日のメイン・イベント。この日のために「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフグ取扱者免許をフル活用した猛毒の肝臓と卵巣を載せたお皿がソルジャーの前に。
「はい、どうぞ! でも本当に大丈夫なの?」
「平気だって言っているだろう? で、どうやって食べるんだい?」
興味津々のソルジャーに、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
「生でもいけるし、お鍋に入れても美味しいんだって! あとね、焼くのと天麩羅があるよ」
白子と同じ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が答えています。白子の天麩羅なら私たちもさっき食べました。サクサクとろりと美味しかったですが、卵巣も同じ食べ方ですか…。
「おや、君たちも食べたくなった? チャレンジするなら面倒みるよ?」
あたった時はぼくにお任せ、とソルジャーにウインクされましたけど、そんな度胸はありません。痺れるくらいが丁度いいとは思いませんから、此処は見物に徹するまでです。
「なんだ、チャレンジしないんだ? じゃあ、ぼく一人で頂いちゃおうかな。まずはお刺身、と」
ソルジャーは卵巣をお箸でつまんで薬味たっぷりのポン酢の中へ。そして頬張り、満足そうに。
「いいねえ、白子とは風味が違うよ。糠漬けと粕漬けも良かったけれど、フグはやっぱり鮮度が命! こう、トロッとして、舌がとろける味わいだよね」
「それが猛毒なんだけど?」
まさか本気で食べるとは、と呆れ顔の会長さんを横目にソルジャーはお刺身を次から次へと。一人用の鍋も用意して貰い、鍋の味の方も満喫中で。
「ホントのホントに美味しいよ? 君も試してみればいいんだ、もしかしたら最初から平気かも…。だって実験中じゃないしね、それに腐ってもタイプ・ブルーだ」
あたらない可能性もゼロではない、と会長さんを煽るソルジャー。その一方で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んで焼くのと天麩羅も味わって…。



「こんなに美味しいとは思わなかったなぁ、実験で酷い目に遭った時はさ。…だけど御蔭で美味しいモノに出会えたわけだし、結果オーライって所かな? またやりたいねえ、フグ食べ放題! 君たちがドカンと食べてくれれば、卵巣と肝臓が沢山余るし」
クセになりそう、と言うソルジャーは私たちが食べ続けている無毒の部分にはもはや興味が無さそうでした。自分専用とばかりに盛り付けられた禁断の部位に夢中です。
「…ブルーがあそこまで言ってるからには、多分、ホントに美味しいんだろうな…」
どう思う? と私たちに訊いたのは会長さん。キース君がたちまち顔色を変えて。
「チャレンジする気か!? やめとけ、あたってからでは遅いんだぞ!」
「でもねえ…。フグは食いたし、命は惜ししとは言うんだけどさ、フグをカンバと呼ぶ地方もあって」
「「「は?」」」
「カンバは棺桶の方言らしい。棺桶を置いてでもフグを食べるからカンバなんだよ。棺桶まで用意して食べたいほどの味となったら、やっぱり一度は食べたいよね」
イチかバチかだ、と会長さんはソルジャーが繰り広げる禁断の宴を眺めています。
「フグ中毒は早ければ二十分ほどで発症するらしい。その二十分はとっくに過ぎたし、ブルーも大丈夫かもと言ってたし…。ここは運試しに食べてみようかと」
「落ち着け、あんた、酔ってるだろう!?」
「酔ってないってば、至って正気で至って本気」
禁断のグルメを止めないでくれ、と会長さんは本気でした。ソルジャーの一人鍋の隣に移動してきた会長さんを見て、ソルジャーが。
「あっ、食べる気になったんだ? それじゃ早速、景気づけに一杯」
フグはやっぱりひれ酒だよね、とソルジャーが注いだ土瓶のお酒を会長さんはクイッと飲み干して…。どうなることか、と気が気ではない私たちを他所に卵巣のお刺身をポン酢に浸すとポイッと口に入れたのでした。



「信じたぼくが馬鹿だったよ!」
こんな規格外の人間を、と会長さんが激怒する隣でソルジャーは悠然と一人鍋。肝臓と卵巣はかなり減ってしまい、それを補おうと普通の部分も煮ています。
「規格外とは失礼だねえ? すぐに助けてあげただろう? 軽く痺れただけのくせにさ」
痺れるくらいが丁度いいのがフグだよね、と同意を求められても困惑するしかありません。フグ毒にあたった会長さんは唇が痺れただけらしいですが、ソルジャーがサイオンで補助しなかったら救急車のお世話になっていたかもしれないわけで…。
「ぼくが救急搬送されてしまったら、大変なことになるんだよ! ぶるぅはフグ取扱者の免許を取り上げられてしまうかもだし、その辺をどう思っているわけ!?」
「そうならないって分かってるから食べてるんだよ、今でもね。他の子たちがあたったとしても、ぼくなら素早く対処できるさ。…ついでに君はもう免疫が出来ちゃってるから、これから先はもう大丈夫」
フグ千匹でも問題なし、とソルジャーは笑みを浮かべています。実験体時代の経験を基に会長さんのサイオンの流れを誘導したとかで、フグ毒に対する免疫はバッチリらしいのですけど…。
「そんなのが何の役に立つのさ、ぼくは君みたいに毒を食べる趣味は無いんだよ! なんでわざわざフグなんか!」
「でも、美味しいって大喜びで食べてたじゃないか。刺身も鍋も天麩羅もさ」
「そ、それは…。確かに美味しかったけど……」
命懸けで食べるほどのものでは、とモラルの問題を口にする会長さん。
「ぼくも一応、高僧だしね…。命ってヤツを粗末にするのはどうかと思うし、美味しい、食べたい、と思う気持ちも煩悩の内だ。そういう欲望を心から消すのも大切な修行の一つなんだよ」
「煩悩だか欲望だかはともかく、命は粗末にならないよ? もう免疫が出来てるんだし」
大いにフグを食べるべき、と食い下がるソルジャーは禁断の美味にすっかり魅せられてしまっていました。会長さんが教頭先生から毟った予算は半分以上も余っています。そのお金でもう一度フグ食べ放題パーティーを、とソルジャーは心底、切望していて。



「明日もやろうよ、フグパーティー! 土曜日だから!」
「そ、それは…。君の世界の都合の方は?」
シャングリラにも色々あるだろう、と会長さんが切り返すと。
「明日ならハーレイも来られるんだよ、午後から休暇の予定だったし! ハーレイもフグ毒の実験をされているから、その敵討ちにハーレイにもコレを食べさせたいんだ」
ダメならお土産に今日の残りを…、と言うソルジャー。キャプテンも人体実験でフグ毒を試されたとは聞きましたけれど、これはソルジャーお得意のSD体制攻撃です。お断りすれば良心が痛んでどうしようもなくなる反則技で…。
「…分かったよ、もう一度やればいいんだね? 君のハーレイもゲストにして…。ん? ハーレイ? 待てよ、これは使えないこともないかも…」
ブツブツと呟き始めた会長さん。何か思い付いたというのでしょうか?
「そうだ、ハーレイを呼べばいいんだ! でもって派手に禁断のヤツを食べれば楽しい事になる…かもしれない」
「こっちのハーレイにも食べさせるのかい?」
ソルジャーの瞳が楽しげに輝き、会長さんが頷いて。
「そういうこと! ぼくだけがフグにあたったというのも腹が立つ。ハーレイだったら巻き添えにされても本望だろうし、ここは一発、御招待!」
「お、おい! あんた、命を粗末にするのはどうかと思うと言わなかったか?」
キース君が止めに入りましたが、会長さんが聞く耳を持つ筈が無く。
「えっ、別に粗末にはならないだろう? ぼくにはやり方が分からないけど、ブルーは確実な救命方法を知ってるわけだし、無問題! 解毒の時間は御愛嬌ってことで」
「「「御愛嬌?」」」
それはどういう意味なのだ、と誰もが一斉に突っ込んだものの、答えは得られませんでした。明日は再び会長さんの家でフグ食べ放題の大宴会。キャプテンと教頭先生も交えてのパーティー、無事に終わればいいんですけど…。



そして翌日。私たちは昼前に会長さんの家に集まり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が山のようなフグを捌いてゆくのを見学しました。猛毒の卵巣と肝臓は脇に除けられ、残りが切り身や薄くスライスされたお刺身などに…。骨は出汁や骨せんべいになり、捨てる部分はありません。
「…ホントは捨てなきゃダメなんだけど…。食べても大丈夫な人がいるしね」
ブルーも大丈夫になったらしいし、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうに盛り付けしています。やがてソルジャーとキャプテンが現れ、間もなく玄関のチャイムが鳴って。
「かみお~ん♪ ハーレイも来たよ!」
「やあ、ハーレイ。いらっしゃい」
にこやかに迎えた会長さんに、教頭先生は戸惑いながら。
「いいのか? 私が混ざっても…?」
「もちろんさ。君がくれた予算が余ったからねえ、パーティーなんだと言っただろう? フグ食べ放題だよ、楽しくやってよ。店じゃ食べられない禁断の味も用意したんだ」
「禁断の味?」
「そう! 猛毒だからって禁止されてる卵巣に肝臓、サイオンがあれば食べても平気らしいんだ」
ブルーが教えてくれたんだよ、と笑顔で話す会長さんに教頭先生はコロッと騙されて。
「ほほう…。これが卵巣というヤツか」
初めて見るな、とお箸で摘んでいる教頭先生に、ソルジャーが。
「ポン酢で食べるのが一番かな? トロリとした味わいが生きるしね」
「それを言うなら天麩羅もだよ、サクサクの衣と熱々の中身がなんとも言えない」
あれが最高、と会長さん。キャプテンはソルジャーに促されるまま、お刺身に鍋にと禁断の味を堪能しています。もちろんソルジャーと会長さんもパクパク食べているわけで…。
「ハーレイ、フグは鮮度が命! 眺めていないで早く食べたら?」
「う、うむ…。サイオンさえあれば全く問題ないのだな?」
「問題ない、ない! ぼくだって食べているだろう?」
男は度胸も大切だよね、と会長さんに微笑みかけられた教頭先生は周りが見えていませんでした。きちんと注意を払っていたなら、私たち七人組と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は禁断の部位に手出しをせずに食べているのだと分かったでしょうに…。
「よし、私も男だ、ひとつ食べてみるか。…ん? なかなかに美味いな、これは」
酒も進みそうだ、と危ない道に足を踏み入れた教頭先生が唇の痺れを訴え始めたのは鍋や天麩羅まで味わった後。会長さんたちは平気であれこれ食べ続けています。
「す、少し痺れる気がするのだが…」
「ああ、それかい? フグは少し痺れるくらいが丁度いいって言うんだよ」
それも味わいの内だよね、と会長さん。教頭先生はまたしてもコロッと騙され、やめればいいのに箸を進めてしまった果てに…。



「えーっと…。本当にこれでいいのかい?」
見たこともない方法だけど、と首を捻ったソルジャーの前には巨大な桶がありました。漬物用だとかいう大きなもので、会長さんの背丈くらいの高さがあって。
「フグ中毒には昔からコレって言われてるんだよ」
人工呼吸器が出来る前まではお約束、と返す会長さん。桶にはたっぷりと砂が詰められ、漬物ならぬ教頭先生が首まで埋められている状況で。
「フグ毒は呼吸が麻痺するだろう? あれは筋肉が麻痺するからさ。こうやって砂に埋めておくとね、胸郭が動かなくなるらしい。そして横隔膜だけの動きで細々と肺が膨らむらしくて、なんとか呼吸が出来るってわけ」
究極の民間療法なんだよ、と得意げに語る会長さんですが、私たちの頭の中には教頭先生の思念波が延々と響き続けています。
『それは違うと思うのだが…! 頼む、普通に救急車を…!』
「ダメだね、ぶるぅがフグ取扱者の免許を召し上げられてもいいのかい? 第一、あたったのは君一人だけだ。ぼくもブルーも、あっちのハーレイも平気だし!」
フグ中毒は自己責任だ、と会長さんは冷たく切って捨てました。
「そこで当分、埋まっていたまえ。フグ毒は死ぬ瞬間まで意識明瞭なのが売りだし、本当に危ないと思った時には思念でノルディを呼ぶんだね」
そうすれば万事円満解決、と会長さんは桶にクルリと背中を向けて。
「さあ、宴会を続けようか。…思わぬ邪魔が入ったけれども、フグにあたるような無粋な馬鹿は放っておくのが一番だ、ってね」
『ま、待ってくれ、ブルー! 私は、私は本当にだな…!』
「本当に痺れてるんだって? いい話じゃないか、ぼくに痺れてメロメロなんだろ? 大切なぼくをノルディの餌食にしたくなければ、解毒するまで黙って耐える!」
それまで桶で頑張って、と鼻先で笑う会長さんと、思念で必死に危機を訴える教頭先生と。ようやっとソルジャーが教頭先生のサイオンを調整してあげたのは宴会が終わった後でした。しかし助かった教頭先生、ホッと一息つく暇も無く。
「ハーレイ、今日はせっかくの宴をブチ壊してくれてありがとう。桶からは自力で這い出すことだね、そこまで面倒見ないから!」
瞬間移動で桶ごと自宅に届けられてしまった教頭先生はフグ中毒で疲れ果てた上、砂がサイオンでガッツリ固められていたせいで…。



「ハーレイが無断欠勤じゃと?」
「いえ、思念で連絡はあったのですけど…。どうにも動きが取れないのだとか」
ゼル先生たちの職員室での様子を「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン中継で見ながら、私たちと会長さんとソルジャーは笑い転げていました。今は月曜日の放課後です。桶一杯の砂に首まで埋まった教頭先生、明日には出勤出来るでしょうか?
フグは食いたし、命は惜しし。教頭先生、無断欠勤で済んだ分だけ、マシだと思って下さいね~!




                 恐るべき珍味・了


※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
 禁断のグルメ、フグの卵巣の粕漬けと糠漬けは実在します。通販でも買えるようですよ!
 このお話はオマケ更新ですので、今月の更新はもう一度あります。
 次回は 「第3月曜」 10月21日の更新となります、よろしくお願いいたします。
 毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv


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 こちらでの場外編、10月は教頭先生の修行で始まるようです。どんな修行を…?
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