シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
シャングリラ学園番外編は 「毎月第3月曜更新」 です。
第1月曜に「おまけ更新」をして2回更新の時は、前月に予告いたします。
お話の後の御挨拶などをチェックなさって下さいませv
今年の梅雨は雨が少なく、どうやら空梅雨になりそうでした。遊びに出掛けるには素晴らしいことで、今日も放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で何処へ行こうかと相談中。先日の蛍見物も素敵でしたし、梅雨ならではの楽しいイベントって蛍の他にも無いんでしょうか?
「うーん…。楽しいというか、変わった行事なら週末にあるよ」
滅多に見られないモノなんだけど、と会長さん。グッと身を乗り出す私たちの前のお皿には薄紫色をしたブルーベリーのチーズケーキが載っていました。アジサイに見立てられたケーキには赤や紫の花弁をつけたゼリーの花が散らしてあります。会長さんはケーキを一口食べて。
「雨が多いとやらないんだよね、雨乞いだから。で、見に行く?」
「なんか、それって楽しくなさそう…」
神社だよね、とジョミー君が呟けば、会長さんが。
「憶測でものを言わないように! 雨乞いイコール神社だなんて、その発想が気に入らないな」
「ええっ? だけど雨乞いって神様じゃない!」
龍神を呼ばないと雨にならない、とジョミー君が食い下がる横から割り込んだのはキース君です。
「甘いぞ、ジョミー。坊主でも雨は呼べるんだ。ソレイド八十八ヶ所を開いたお大師様はな、ちゃんと祈祷して龍王を呼んだ」
「「「えぇっ!?」」」
それは私たちも初耳でした。龍を呼ぶなら神社だとばかり…。でなきゃ陰陽師とかいうヤツです。お坊さんでも呼べるんだったら、会長さんでも呼べるとか?
「挑戦したことは無いけどねえ…。やってやれないことはないかも」
「出来るのかよ!? やっぱりブルーはすげえよな!」
弟子入りして良かった、とサム君が感動しています。会長さんは「それほどでもないよ」と苦笑しながら。
「ところで雨乞いはどうするのかな? 出掛けるんなら山歩きの用意が要るけれど」
「「「山歩き?」」」
「うん、山奥の滝でやるんだよ」
「滝なんだ?」
ちょっとソレっぽい感じかも、とジョミー君は興味が出てきた様子。私たちもワクワクですけど、どんなイベントなのでしょう?
「そりゃもう、他所では見られないってば! 知っているかい? 雨乞いと言えばアルテメシアの北の神社のヤツが有名なんだよ、ずっと昔にハーレイが恋愛祈願の締めに詣でていた所」
「ああ、初詣で神社仏閣を回り倒しておられた時か…」
思い出したぞ、とキース君。私たちも未だにハッキリ思い出せます。会長さんとの恋愛成就を祈願しておられた教頭先生、アルテメシア中の御利益スポットを巡拝した末に縁結びに効くという神社にお参り。丑の刻参りの神社だとばかり思っていたのに、実は縁結びの神様だそうで。
「あの神社はねえ、縁結びだけじゃないんだな。元々が水の神様だから、今でも春に雨乞い祭がある。あ、ドカンと降らせるためじゃなくって、農業に適した雨が降りますように、という目的。でもって昔は本物の雨乞い祈祷をしていた」
「そうなんですか?」
やっぱり神社じゃないですか、とシロエ君が突っ込みましたが、会長さんは気にせずに。
「そっちの祈祷は降り過ぎた時にも効くんだよ。旱魃の時には黒い馬、雨がやまない時は白馬を捧げて祈願するわけ」
えぇっ、それって生贄ですか? 馬は相当大きいですから、思いっ切り血生臭いのでは…。
「生贄じゃないよ、お供えだってば! 神社に行けば神馬がいるだろ?」
言われてみれば、そういう神社もありました。生贄にするんじゃなかったんだ、とホッと一息ついた所で会長さんが。
「滝壺に馬の骨を投げ込むっていう雨乞いもあるから、あながち勘違いとも言えないけどねえ…。多分、馬を奉納する方法が間違って伝わった結果だろうけど」
アレは危ない、と言う会長さんによると、馬の骨を使う雨乞いは住処を穢された龍神の怒りで雨が降るらしく、洪水などの災害に繋がりかねない両刃の剣。褒められたものではないそうです。
「その点、見に行こうかって言ってるヤツは平和だよ? なにしろ龍神を創るんだし」
「「「は?」」」
龍神って創れるものなのですか? 人間の分際で神様を…?
お天気は意のままにならないもの。だからこそ雨乞いがあるわけですけど、その雨を降らせるのは龍神様だか龍王だか。お願いを聞いてもらうだけでも凄い努力が要りそうなのに、龍神を創るとなったら半端な技では無理でしょう。恐らく秘法の中の秘法で、非公開っぽい感じです。
「おい、俺たちが見ても大丈夫なのか?」
門前払いになるんじゃないか、とキース君が言い、マツカ君が。
「そうですよね…。精進潔斎するんでしょうから、穢れた人間はお断りかも…」
きっと立ち入り禁止ですよ、というマツカ君の意見は尤もでした。雨乞いの現場周辺は結界が張られていそうです。よく分からないものの、注連縄みたいなヤツだとか…。
「問題ない、ない。土足もオッケー!」
山道だから滑りにくい靴がお勧め、と会長さんはグッと親指を立ててますけど、本当に?
「平気だってば、シールドを張ってコッソリ行こうってわけでもないしね。見られちゃっても無問題どころか、新聞記者だって来てると思うよ」
「「「………」」」
新聞記者が来るというのは分かります。龍神を創り出すほどの秘法となれば取材したくもなるでしょう。でも野次馬と言うか、ただの見物人の高校生がゾロゾロいるのはマズイのでは…。
「えっ、人数は多ければ多いほどいいんじゃないかな、龍神がパワーアップしそうだからね。人が多いと力も高まる」
「…野次馬でもか?」
全く力になりそうもないが、とキース君が首を捻りましたが。
「でもさ、君たちだって期待を込めて見守るだろう? そういう期待を一身に集めてウナギが龍になるってわけさ」
「「「うなぎ!?」」」
う、ウナギって…かば焼きにするアレですか? 土用の丑に食べるウナギで、夜のお菓子なウナギですか…?
「そうだけど? 龍と見た目が似ているじゃないか」
どちらも長くてクネクネしてる、と会長さん。言われてみれば似てますけれども、どうすればウナギが龍神に…?
「お神酒を沢山振舞うんだよ。酒樽ってヤツがあるだろう? アレをお供えして、ウナギに中に入って頂く。そして上機嫌になって貰って天に昇って頂くわけさ」
「酒樽からか!?」
中で昇天させるのか、というキース君の予想はハズレでした。なんとウナギは酔っ払わせた後で山奥にある滝に投げ込むらしいのです。酔った勢いで滝を駆け昇り、天に昇って龍神に…という祈りをこめて。
「「「…それってスゴイ…」」」
「凄いだろう? オリジナリティーでは他の追随を許さないんじゃないかと思ってるんだ」
一見の価値は充分にある、と会長さん。雨乞いを行うのはアルテメシアに近い地域の鄙びた山村で、住民の数は減少傾向。賑やかしは大いに歓迎されそうだ、と会長さんは踏んでいます。
「だからさ、今度の週末は雨乞い見物! 龍神創りを見に行こうよ」
ウナギが龍になるんだよ、と念を押されなくても私たちの野次馬根性は既にMAXになっていました。好奇心旺盛なのが高校生というヤツです。この週末は山奥の滝にウナギを投げるのを見なくては!
次の日も雨が降る気配は全く無くて、ウナギの雨乞いは行われそうな感じです。地域の行事だけに降ってしまえば中止らしいですし、このまま降らずに週末を…、と農家の皆さんの御苦労も考えることなく登校してみれば。
「あれっ、キース、なんだか顔色悪くない?」
落ち込んでるみたいに見えるけど、とジョミー君が指摘するとおり、キース君の顔色が冴えません。
「あ、ああ…。ちょっと困ったことになった…かもしれん」
「週末、法事が入っちゃったとか?」
「そうではないが…。ウナギ見物にも影響するかも…」
詳しい説明は放課後だ、と言ったきり、キース君は口を噤んでしまいました。普段通りの雑談とかはするのですけど困り事とやらには触れずじまいで、私たちも気になるあまりにウナギ見物が頭から消えてしまいそうです。この際、流れちゃってもいいか、という気分になって迎えた放課後。
「「「丑の刻参り!?」」」
キース君が「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で紡いだ言葉はウナギも吹っ飛ぶ代物でした。元老寺の裏山に聳える大きな椎の木。その幹に立派な藁人形が打ち付けてあったらしいのです。
「…俺は寝ていて気付かなかったが、親父は夜中に音を聞いたそうだ。トイレに起きたら裏山の方からカコーン、カコーンと妙な音が何度も何度も繰り返し…な」
不審に思ったアドス和尚は夜が明けるなり裏山に登り、お焚き上げに使う焼却炉が壊されていないかチェックしてから更に上へと。特に異変も見られないため、休憩しようと立ち寄った椎の巨木で藁人形を発見したそうで。
「もちろん撤去してお焚き上げしたが、また来ないとも限らない。続くようなら銀青様にお願いしたい、と実は親父が」
「ふうん? 続いた場合は週末はウナギどころじゃないねえ…」
丑の刻参りと御対面か、と会長さん。え、なんで? ウナギと両立は無理なんですか? ウナギは丑の刻参りに比べたらインパクトは無いに等しいですけど、暇を持て余すのが特別生ライフ。どうせなら両方モノにしたい、と私たちは考えたのですが…。
「君たちの気持ちは分からないでもないけどさ。…ウナギと同じで丑の刻参りも期間限定イベントなんだよ」
「「「えっ?」」」
「もしかして分かっていないのかな? 丑の刻参りは七日間で成就するものだ。来週の土曜まで待っていたんじゃ呪いが発動してしまう。誰が呪われているのか分からないけど、雨乞い見物なんて遊びよりかは人命救助が最優先!」
頼まれた以上は土曜の夜は元老寺に泊まって張り込みだ、と会長さんは大真面目。ウナギの雨乞いは日曜日の朝に出発しないと間に合わないそうで、両立するのは難しいとか。
「丑の刻参りに出くわしちゃったら、精進潔斎の真逆だからね。お祓いするのは簡単だけどさ、地域の大切な雨乞い祭に野次馬参加は流石にマズイよ。だからウナギは諦めて欲しいな」
その代わり丑の刻参り見物で、と提案された方向転換に私たちは頷くしかありませんでした。本当だったら会長さんが単独で当たるべき丑の刻参り処理に同行出来ると言われてしまえば、そちらが遙かに魅力的。だって丑の刻参りですよ? そうそうお目にかかれませんよ?
「…お前たちは本当に気楽でいいな」
フウと溜息をつくキース君。
「その調子では、親父がブルーに一任したいと言い出す理由も知らんだろう? …いいか、丑の刻参りはな…。人に見られると失敗するんだ」
「そのくらいのこと、知ってるよ!」
だから見物するんじゃないか、とジョミー君が声を上げ、私たちも頷きましたが、キース君は。
「…やはり本当に知らんようだな…。丑の刻参りに失敗すると呪いは自分に降りかかる。それを避ける道は一つしか無い。…見た人間を殺すことだ」
「「「!!!」」」
そこまでは知りませんでした。見てしまったら殺されるなんて、そんな理不尽な…!
「いや、丑の刻参りをやる人間は真剣だ。精神状態も普通ではない。人を呪い殺したい勢いだからな、一人殺すも二人殺すも大して変わらんという心境になる」
逃げ切れなかったらおしまいだぞ、とキース君もまた真剣です。
「それほどのヤツを相手にするには俺と親父は力不足だ。呪いのパワーを一気に浄化しない限りは人が死ぬのは避けられん。…まぁ、そこまでの呪力を持ったヤツが丑の刻参りはしないと思うが、死ぬ所までは行かなくてもだ、怪我や病気は充分有り得る」
「そうなんだよねえ、丑の刻参りはそれなりに効くことがあるんだよ。余計な不幸を避けるためにもアドス和尚の依頼は受けなくちゃ」
丑の刻参りが定着したら元老寺の評価も下がっちゃうしね、という会長さんの言葉にキース君が「よろしく頼む」と深く一礼しています。宿坊もやってるお寺ですから、丑の刻参りの名所になったら客足に響きそうですものね。
ウナギの雨乞いか、丑の刻参りの見物か。私たちの週末の予定を決めるのは元老寺に出たという藁人形。次の日も椎の木には藁人形が打ち付けられて、続く金曜の朝も打ち付けてあって…。
「これでウナギは流れたね。明日はみんなで元老寺だ」
会長さんの鶴の一声、土曜日は元老寺の宿坊にお泊まりすることに。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」には迎えのタクシー、私たちは普通に路線バスで出掛けて山門前に集合です。
「銀青様、お呼び立てして誠に申し訳ございません」
アドス和尚が何度もお辞儀し、イライザさんもペコペコと。会長さんは「気にしてないよ」とニッコリ微笑み、宿坊の部屋に荷物を置いてから。
「今朝もあったと言っていたよね、ちゃんと残してくれている?」
「そ、それはもう…。銀青様の仰せですから」
指一本触れておりません、とアドス和尚が言うのは藁人形。昨日までのは見付ける度にお焚き上げしたそうですけれども、今日の未明に打ち付けられた分は椎の木に残してあるそうで。
「それじゃ早速、見に行ってくるよ。ついでに処分しとくから」
人目に立ったらマズイもんね、と片目を瞑ると会長さんは私たちを引き連れて裏山へと。椎の木はかなり上の方です。登る途中でシロエ君が。
「どうしてお寺なんでしょう? 丑の刻参りって神社でやるものじゃないんですか?」
「「「あ…」」」
そこは完全に盲点でした。お寺でやっても意味が無いんじゃあ、と安心しかけたのですが。
「甘いね、丑の刻参りの名所になってるお寺もあるよ」
アッサリと返す会長さん。
「要は人に見られずに打ち付けられればいいわけだから…。あそこは効く、と思われちゃったら一巻の終わり。こういう世界はクチコミでねえ、次から次へと志願者が来るさ。ね、キース?」
「そうならないよう、あんたに頼んでいるんだろうが!」
「有難いよねえ、依頼金! アドス和尚は気前がいい。成功報酬も貰えるそうだし頑張らなくちゃ」
「せめてお布施と言ってくれ…」
坊主ならな、と嘆くキース君。アドス和尚は会長さんが大喜びする金額を支払ったみたいです。解決すれば更なるお金が会長さんの懐に…。
「かみお~ん♪ 椎の木、見えてきたよ!」
ホントに何かくっついてるね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねて行こうとするのを会長さんは鋭く制止。心得の無い人が迂闊に触ると危ないそうで、幹に打ち付けられた藁人形を会長さんが検分するのを私たちは遠巻きに見守ることに。藁人形は間もなくサイオンの青い焔で燃やされて…。
「…どうだった? 何か分かったか?」
スタスタと戻ってきた会長さんにキース君が声を掛けると。
「うーん…。凄い一念は籠もってる。一撃必殺みたいな感じで呪い殺すとは叫んでるけど、それに負けない勢いでさ、…妙な叫びが聞こえてくるんだ。金儲け! 金儲け! って」
「「「金儲け!??」」」
なんじゃそりゃ、と頭上に飛び交う『?』マーク。会長さんにも意味がサッパリ掴めないらしく。
「仕事のライバルでも呪ってるのかなぁ、それとも遺産相続とかかな? どちらにしても呪い殺せばお金が入ってくるんだろう。あーあ、イヤなものを見ちゃったよ」
金の亡者とは見苦しい、と顔を顰める会長さん。その会長さんも教頭先生から毟り取る時は金の亡者も真っ青な事実を口に出来る勇者はいませんでした。それはともかく、正真正銘の丑の刻参りなら中止させないといけません。誰かが死ぬか、怪我か病気になるわけで…。
「そうなんだよねえ、そこそこ力はあると見た。ぼくからすれば指先一つで消せる程度の代物だけど、アドス和尚には荷が重いかな。お焚き上げでは対抗不可能。…相談してくれて良かったよ」
でなければマズイ評判が立っていたかも、と山を下り始める会長さんにキース君が。
「感謝する。今夜、なんとかしてくれるんだな?」
「もちろんさ。君も一緒に来るつもりだろ? みんな揃って見学ってね」
丑の刻参りは見ごたえがあるよ、と楽しげに笑う会長さんはワクワクしているようでした。高僧としての力を揮えるチャンスは珍しいだけに腕が鳴るというヤツでしょう。会長さんがいなかったなら、元老寺は丑の刻参りの名所と化したかもしれませんねえ…。
その夜、会長さんは御自慢の緋色の衣ではなく墨染の衣に輪袈裟なスタイル。曰く、緋色の衣は丑の刻参りの輩ごときに見せるものではないそうです。アドス和尚とイライザさんも交えて庫裏のお座敷で夜食のお寿司やお菓子を食べつつ待ち受けていると。
「…シッ! どうやら来たようですぞ」
開け放たれた窓の向こうからカコーン、カコーンと不気味な音が響いて来ました。間違いなく裏山の方角です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が暗闇の奥に瞳を凝らして…。
「来たね、本物の本格派だ」
「うわぁぁん、怖いよ、鬼みたいだよぅ~!」
頭に蝋燭つけてるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はブルブル震えて縮こまってしまい、アドス和尚とイライザさんに預けて行くしかありません。私たちは会長さんが張ったシールドで姿を隠して裏山へと。空梅雨とはいえ空は曇って星一つ見えず、真っ暗な中を会長さんのサイオン誘導で登り続けて…。
『『『…で、出たぁ…』』』
もうイヤだ、と走り出したい気分になったのは会長さんを除く全員だったと思います。椎の木の下でカコーン、カコーンと藁人形を打ち付けている白衣の男。丑の刻参りの絵図そのままに頭に五徳を載せて蝋燭を灯し、素足に履いた一本歯の高下駄。きっと胸には鏡をぶら下げ、櫛を咥えているのでしょう。
カコーン、カコーンと釘を打つ男は鬼としか見えず、震え上がるだけの私たちをシールドの中に残して会長さんが出て行きました。丑の刻参りが失敗するのは見られた時。会長さんなら無事に全てを解決出来ると分かってはいても、恐ろしく…。
「ちょっと、そこの君」
『『『は?』』』
会長さんが発した言葉は緊張感ゼロなものでした。釘を打つ音が止み、振り返った男は櫛を咥えてはいましたけれど、思いっ切りバツが悪そうで。
「丑の刻参りの現行犯で逮捕する。…元老寺の庫裏まで来て貰おうか」
「…す、すいません~っ!!!」
男の口からポロリと櫛が落ち、会長さんが取り出したロープでお縄になった犯人の声と容貌は大学生に毛が生えたようなもの。実年齢だと私たちとは大して変わりがなさそうで…。
「すみません、本当にすみません~!」
警察は勘弁して下さい、とアドス和尚の前で土下座した男は泣きの涙でベラベラと喋り始めました。中学時代からオカルトに凝り、独学と自己流の修行を重ねて一応の呪力を身につけたらしく。
「「「丑の刻参り代行業?」」」
「は、はい…。クチコミで評判が広がりまして、ネットでの依頼も受け付けています」
七日間ならこのお値段で、と尋ねていないことまで喋った男に会長さんが額を押さえながら。
「…それで打ち付ける度に「金儲け!」と心で叫んでいたのか…。修行不足だよ、君」
「そ、そうですか? でもですね、この商売、けっこうボロイんですよ」
「性根を入れ替えて修行することを心の底からお勧めするね。君の力なら相当上まで行けるだろう。千日回峰行をこなして大阿闍梨と呼ばれてみたくないかい? まるっきり坊主というのが嫌なら山伏なんかも向いてると思う」
お日様の下で正々堂々と法力で勝負の人生はどうか、と説いた会長さんは幾つかの宗派の長老とやらに宛てて紹介状を書き、白衣の男に手渡しました。
「君なら何処がどういう宗派か分かるだろう。好きな所を選んで入門したまえ、でないといずれ身を滅ぼすよ? 代行業は儲かるだろうけど、少しずつ負のパワーが溜まっていくから今のままだと君の来世は…」
「や、やめます、代行業は今日で廃業します! お客さんには全額返金しますんで!」
「それがいいだろうね。…ところで、肝心なことを君に訊くのを忘れてた。どうして元老寺を選んだんだい、実行場所に」
「え、えーっとですね、お客さんとの兼ね合いというか…。最高に効くスポットってヤツを毎回検討するんです。お客さんの家からは鬼門に当たって、ウチの会社からは吉方位の神社仏閣を選んで代行するのが商売の秘訣ってヤツなんですよ」
元老寺が丑の刻参りの舞台に選ばれてしまった理由は商売繁盛だったのです。アドス和尚とキース君が呻き声を上げ、イライザさんは「あらあらあら…」と困惑顔。なんとも素晴らしすぎるチョイスに会長さんも「うーん…」としか声が出ませんでした。丑の刻参り代行業者、恐るべし…。
こうして元老寺から丑の刻参りの藁人形は消えましたけれど、代行業者とはいえ呪力は本物。穢れに触れてしまった以上は朝一番でのウナギの雨乞い見物はダメ、と会長さんに止められてしまった私たちは不満たらたらで。
「あーあ、丑の刻参りは偽物だったし、ウナギは見そびれちゃったしさあ…」
不幸な週末だったよね、とジョミー君が嘆く隣でシロエ君が。
「ホントですよね、業者さんだっただなんて最低ですよ。…あ、消えてる」
「「「何が?」」」
一斉にシロエ君の手元の端末を覗き込む私たち。今日は月曜日の放課後、いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でマンゴームースとオレンジムースを三層に重ねたケーキを食べつつ談笑中です。シロエ君の端末には表示エラーのメッセージが。
「あの業者さんのサイトですよ。昨日の夜には近日閉鎖って書いてありました。顧客の人と連絡がついて返金作業が済んだんでしょうね、消えたってことは」
仕事が早い、と褒めるシロエ君によると業者さんが契約中だった顧客だけでも百人以上だったとか。これまでに受けてきた仕事の数も驚くほどの凄い数字で。
「それ、どうやって調べたんだよ?」
サム君の素朴な疑問にシロエ君はニコッと笑うと。
「ハッキング以外に無いでしょう? 住所と電話番号なんかも分かりましたけど、要りますか?」
「「「い、要らない!!!」」」
ウナギが流れてしまっただけでも大迷惑だった丑の刻参り代行業者。住所と電話番号なんかを手に入れたって得をする筈も無いわけで…。
「おや、そうかい?」
そうでもないよ、と会長さん。
「彼は近々、とあるお寺に入門を願い出るようだ。いずれ高僧として名を上げたなら、一文字書いて貰っただけでもドカンと値打ちが出るんだけども」
「「「!!!」」」
そういうことなら話は別です。私たちはシロエ君がゲットした住所や電話番号などの個人情報を紙に書き付け、キース君に保管をお願いしました。蛇の道は蛇ですし、彼が成功した暁にはキース君から連絡を取って貰って墨跡とかをゲットしなくては…!
「でもさぁ、そこまでが長いよねえ…」
出世払いの値打ち物より見逃したウナギ、とジョミー君が話を振り出しに戻し、私たちは再びブツブツと。丑の刻参りが業者さんだと気付くよりも前に味わった恐怖は喉元過ぎればなんとやらです。
「ホントにウナギが見たかったですね、あっちは由緒正しい本物ですから」
代行業者なんかじゃなくて、とシロエ君が溜息をついた時。
「はい、ウナギ」
「「「!!?」」」
背後からニュッと伸びてきた手に振り返ってみれば、紫のマントのソルジャーが。
「ウナギ、ウナギと嘆いてるから買ってあげたよ、ウナギのかば焼き」
そこの商店街のヤツ、とテーブルに置かれた袋の中身は本物のウナギのかば焼きでした。けれど私たちが欲しかったモノはウナギと言っても食べるヤツじゃなくて、龍神に化けるというヤツで…。
「ああ、アレねえ…。別に普通のウナギだったよ、酔っ払ってたみたいだけれど」
滝壺に放り込まれた後は寝てたようだよ、と話すソルジャーは覗き見していたらしいです。会長さんの話で興味を持ってしまい、新聞社の動きから場所を特定、そして見物。
「でもさ、しっかり雨が降ったね。地域限定にわか雨! ウナギが龍になっちゃったのか、参加した人たちの一念なのかは謎だけどさ」
どっちかと言えば後者かな、とソルジャーはソファに腰掛けて。
「ミュウでなくても人間のパワーは凄いんだね。丑の刻参りの代行業者にはビックリしたけど、ホントに力が半端じゃなかった。…もしもブルーが止めなかったら呪われてたんだろ、依頼人の恋人」
「「「恋人?」」」
「なんだ、そこまでは知らなかったのか…。そういえば喋っていなかったかな? 依頼人の件は守秘義務だとかで」
ぼくには筒抜けだったけど、と得意げに胸を張るソルジャーによれば、元老寺で行われていた丑の刻参りは恋人の呪殺を依頼してきた若い女性のためのもの。浮気を繰り返されるよりかは殺して自分一人のものに、という恐ろしい妄執に基づいたもので。
「その発想が凄すぎるよね。自分だけの物にならないのなら殺してしまえって所がさ。…文字通り身を焦がす恋ってヤツだ」
ロマンだよねえ、とウットリするソルジャーは丑の刻参りに深い感銘を受けたようです。そこまでの恋をしてみたいだとか、そのくらい想われてみたいものだとか、既婚者のくせに妙な寝言を。別の世界の人ならではのズレた感覚なのでしょう。とりあえずウナギは食べときますか…。
「「「バラ撒いた!?」」」
私たちの悲鳴が響き渡ったのは、ソルジャーのお土産のウナギのかば焼きを美味しく食べた後のこと。量が少なかったため細切りにして、細ネギと刻み海苔、それにワサビを一緒に御飯に乗っけて混ぜてから食べてみたのです。「そるじゃぁ・ぶるぅ」お勧めの『ひつまぶし』風は美味でしたが…。
「き、君はいったい、何を考えて…!」
会長さんが口をパクパクさせるのを見て、ソルジャーは。
「えっ、呪い殺したい程の勢いで想われてみるのも素敵だよね、って思ったんだけど?」
「それがどうしてこうなるのさ!」
信じられない、と叫ぶ会長さんとコクコク頷く私たち。テーブルの上には封筒が置かれ、それの中身は会長さんがマッハの速さで元通りに突っ込んだソルジャーの写真の詰め合わせです。なんでも「ぶるぅ」に撮らせたとかで、色っぽいどころの騒ぎではない全裸の写真が何枚も…。
「いいのが撮れたと思うんだけどなぁ、こう、いわゆる恥ずかしい写真というヤツ? バラ撒かれたくなければ言うことを聞け、って時に使われるのはああいうヤツかと」
「その通りだよ、そういう写真を撮った理由が知りたいんだけど!」
聞いたら後悔しそうだけども、と拳を震わせる会長さんに、ソルジャーはしれっとした顔で。
「深く想われてみたかったんだよ、ハーレイに……さ。ぼくがハーレイ以外の誰かと親密な仲で、あんな写真を撮らせるほどに心も身体も許していたならどうなるかなぁ、って」
「…君のハーレイなら自分の及ばなさを悔みまくるとしか思えないけど? 間違っても君を呪い殺したい方向なんかへ行くようなキャラじゃなさそうだよね」
黙って身を引くタイプと見た、と会長さんが言えばソルジャーはパチンとウインクをして。
「だからバラ撒いたと言ってるんだよ、シャングリラ中に! ぼくの恥ずかしい写真をバラ撒いたのは何処の誰だか、ハーレイはぼくの名誉のためにも追及せざるを得ないじゃないか」
もはやブリッジどころではない、と瞳を輝かせているソルジャー。
「キャプテンとしての任務も威厳も消し飛んでるねえ、男のクルーを端から捕まえて訊きまくっているよ、お前なのか、と。いやもう、胸倉を掴んで凄い勢い」
「……それで犯人が見つかるわけ? 君とぶるぅの共作なのに?」
まさかシャングリラを巻き込むとは、と会長さんはキャプテンとソルジャーの世界のシャングリラ号のクルーに同情しています。妙な写真を一方的に押し付けられてバラ撒かれた上、いる筈もない間男探しにキャプテンが奔走しているだなんて…。
「犯人ならいずれ見つかるよ。いずれ出頭してお縄になるんだ、でもって、お仕置きされるんだよ。恥ずかしい写真をバラ撒くだなんて、あなたはいけない人ですね…って、嫉妬に狂ったハーレイにさ」
どんなプレイをされるんだろう、とソルジャーは視線を宙に彷徨わせ、頬を薔薇色に染めていました。バラ撒いた写真は回収して処分し、見た人の記憶も綺麗に処理して、嫉妬に狂って駆け回っているというキャプテンの長い一日に関する記憶もデータも全て消すのだそうですが…。
「ふふ、残るのはねえ、ハーレイが手荒く扱ったぼくの身体に残った痕だけ。それを示してこう言うんだよ。「昨日は何があったんだい? 君は普通じゃなかったよね」って。もちろんハーレイに記憶は無いから、ひたすら謝るだけだと思う。それがまたいい」
そのネタを使って当分楽しむ、とソルジャーは夢見心地でした。ソルジャーとの仲をひた隠しに隠しているキャプテンがそれを忘れて犯人探しと怒りに燃えている姿が嬉しいらしく。
「…いいねえ、ここまで深く想われてるとは分かってたけど、形にされるとグッとくる。あんなハーレイを見られるだなんて、丑の刻参りに大感謝だよね」
出頭するまでお世話になるよ、と座り直したソルジャーが帰るのは夜でしょう。それまでの間、どんな猥談が飛び出してくるか分かりません。恥ずかしい写真とやらがある上、キャプテンだって走り回っているわけで…。
元老寺に出た丑の刻参りは、斜め上どころか宇宙の果てまでワープしそうな波乱を呼んでくれました。まさかソルジャーの世界のシャングリラ号に騒ぎを起こしてしまうとは…。代行業者の人は立身出世を遂げそうです。異世界にまで余波が及ぶ人物、きっと大物になれますよ~!
見世物は呪法・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
丑の刻参りがメインのお話でしたが、ウナギの雨乞いも本当に存在するんですよね…。
そして来月11月でシャングリラ学園番外編は連載開始から5周年を迎えます。
5周年のお祝いに来月も 「第1月曜」 にオマケ更新をして月2更新にさせて頂きす。
次回は 「第1月曜」 11月4日の更新となります、よろしくお願いいたします。
毎日更新の場外編、 『シャングリラ学園生徒会室』 にもお気軽にお越し下さいませv
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こちらでの場外編、10月は教頭先生の修行を巡ってロクでもないことに…?
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